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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-07
(45)【発行日】2023-09-15
(54)【発明の名称】癌治療薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/427 20060101AFI20230908BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230908BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20230908BHJP
   A61P 13/08 20060101ALI20230908BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230908BHJP
【FI】
A61K31/427
A61P35/00
A61P35/04
A61P13/08
A61P43/00 111
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023522767
(86)(22)【出願日】2023-01-20
(86)【国際出願番号】 JP2023001710
【審査請求日】2023-04-13
(31)【優先権主張番号】P 2022008336
(32)【優先日】2022-01-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】506111240
【氏名又は名称】学校法人 愛知医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100202120
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 修
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 元彦
(72)【発明者】
【氏名】梅澤 一夫
(72)【発明者】
【氏名】山村 彩
【審査官】新留 素子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/150252(WO,A1)
【文献】DAS, Dibash K. et al,miR-1207-3p regulates the androgen receptor in prostate cancer via FNDC1/fibronectin,Experimental Cell Research,2016年,Vol.348,pp.190-200
【文献】SATO, Motohiko et al.,Protection of Cardiomyocytes from the Hypoxia-Mediated Injury by a Peptide Targeting the Activator o,PLOS ONE,2014年,Vol.9, No.3,e91980
【文献】DATABASE REGISTRY [Online] US: American Chemical Society [retrieved on 2023.03.09],Retrieved from STN,Registry No. 331244-90-7,(Entered STN 2001.04.13)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00 ~ 33/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)で表される化合物又はその医薬的に許容される塩を含有してなる、癌治療薬。
【化1】
【請求項2】
さらに、医薬的に許容される賦形剤を含有してなる、請求項1に記載の癌治療薬。
【請求項3】
前記癌が前立腺癌である、請求項1又は2に記載の癌治療薬。
【請求項4】
前記癌が転移性前立腺癌である、請求項1又は2に記載の癌治療薬。
【請求項5】
前記癌が、ヒト正常前立腺上皮細胞に比べてAGS8の発現レベルの上昇を伴う癌である、請求項1又は2に記載の癌治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の構造式を有する化合物又はその医薬的に許容される塩を含有してなる癌治療薬に関する。より具体的には前立腺癌治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
癌が日本人の死因の第一位になってから久しく、現在では年間30万人以上の国民が、癌で死亡している。また、生涯のうちに癌にかかる可能性は、男性の2人に1人、女性の3人に1人と推測されている。世界レベルで見ても癌による死亡者数は増加しており、世界保健機構(WHO)の外部研究組織である国際がん研究機関(IARC)によれば、癌による年間死者数は2030年までに、08年からほぼ倍増の1330万人に達すると予測している。
【0003】
癌の中でも前立腺癌は、高齢男性にみられる癌である。世界的にみると、前立腺癌は特に欧米で発症頻度の高い癌であり、アメリカにおいては男性の癌の中での罹患数及び死亡者数は上位を占める。日本において前立腺癌は、もともとあまり多く見られる癌ではなかったが、人口の高齢化と共にその罹患率は急激に増加し、最近の統計(国立研究開発法人国立がん研究センター 2018年全国登録罹患データ)では、邦人男性癌の罹患数1位となっており、今後も増加していくと予想される。
【0004】
前立腺癌の治療法としては、「手術療法」「放射線療法」「ホルモン療法」などが挙げられる。その中で「ホルモン療法」はどのステージにおいても使われる治療法である。これは、前立腺癌の多くが、精巣及び副腎から分泌される男性ホルモン(アンドロゲン)の影響を受けて増殖しているため、アンドロゲンの分泌や働きを抑えることによって、前立腺癌細胞の増殖を抑制しようとする治療法である。
【0005】
このホルモン療法は、癌細胞の増殖がアンドロゲン依存性であるうちは有効であるが、数年もすると、前立腺癌はホルモン療法抵抗性を持つ。治療の開始時期や、前立腺癌の進行ステージによっても異なるが、初回のホルモン治療の平均的な効果持続期間は3年と言われている。そしてホルモン非感受性となった癌細胞は浸潤、転移が進みやすい。前立腺癌は特にリンパ節と骨(特に脊柱と骨盤骨)に転移しやすく(これを、「転移性前立腺癌」ともいう)、転移した部位にもよるが制御が困難となりやすく、5年非再発生存率は20%(5年再発率80%)、5年生存率は50%(死亡率50%)とも言われている(The Lancet Oncology (2013), 14, 149-158参照)。そのため、転移性前立腺癌の治療に有効な治療法が必要とされていた。
ところで、前立腺癌にActivator of G-protein signaling 8(以下、「AGS8」ということもある)の発現が認められ、その発現レベルは進行癌や転移性前立腺癌でより高く、また、発現の有無が生命予後と相関することが報告された(非特許文献1参照)。
【0006】
一方で発明者らは、これまで、心筋細胞の低酸素誘導アポトーシスにおいてAGS8とG蛋白βγサブユニット(以下、「AGS8-Gβγ」ということもある)の相互作用が極めて重要な役割を果たすことを明らかにし、その相互作用を阻害することは、虚血性損傷から心筋を保護するための新しいアプローチとなり得ることを報告してきた(非特許文献2参照)。あるいは、AGS8-Gβγ相互作用を阻害するように設計されたペプチドは、血管内皮増殖因子(VEGF)誘導性の血管形成を阻害することを報告してきた(非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Dibash K.Das et al., “miR-1207-3p regulates the androgen receptor in prostate cancer via FNDC1/fibronectin”, Experimental Cell Research, 2016, 348(2):190-200
【文献】Motohiko Sato et al., “Protection of Cardiomyocytes from the Hypoxia-Mediated Injury by a Peptide Targeting the Activator of G-Protein Signaling 8”, PLos One, 2014、 9(3) :e91980
【文献】Hisaki Hayashi et al., “Activator of G-protein signaling 8 is involved in VEGF-mediated signal processing during angiogenesis”, Journal of Cell Science, 2016, 129 (6): 1210-1222
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1では、前立腺癌、特に転移性前立腺癌においてAGS8が高い割合で発現していることが示され、非特許文献3ではAGS8の機能発現のためにはAGS8とGβγの相互作用が極めて重要な役割を果たすことが示唆されたが、具体的に前立腺癌に対する治療方法はこれまで示されていない。さらに、非特許文献3に記載されたような、AGS8-Gβγ相互作用を阻害するようなペプチドでは、生体内での安定性が低いため、治療薬には適さないという課題があった。
そこで本発明においては、AGS8-Gβγ相互作用を阻害することにより癌細胞の増殖を抑える癌治療薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく、本発明者らはAGS8が癌治療における新たな標的となると考え、AGS8-Gβγの会合を阻害する化合物のスクリーニングを行い、その有効性を詳細に検討した。その結果、特定の化合物に、癌細胞の増殖を阻害する効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、本発明の実施形態は、以下に挙げる構成を含み得る。
【0010】
(1)一般式(1)で表される化合物又はその医薬的に許容される塩を含有してなる、癌治療薬。
【化1】
(2)さらに、医薬的に許容される賦形剤を含有してなる、(1)に記載の癌治療薬。
(3)前記癌が前立腺癌である、(1)又は(2)に記載の癌治療薬。
(4)前記癌が転移性前立腺癌である、(1)~(3)のいずれか1項に記載の癌治療薬。
(5)前記癌が、ヒト正常前立腺上皮細胞に比べてAGS8の発現レベルの上昇を伴う癌である、(1)~(4)のいずれか1項に記載の癌治療薬。
【発明の効果】
【0011】
本発明の癌治療薬によれば、癌細胞の分化増殖及び移動を阻害することができ、癌細胞の増殖を特異的に抑制することができる。癌の中でも、前立腺癌、特にホルモン療法が効きにくいアンドロゲン非依存的前立腺癌の治療に有効である。そして、このようなアンドロゲン非依存的な癌は転移性があるため、言い換えると転移性前立腺癌の治療に有効である。さらに、本発明の癌治療薬が、AGS8-Gβγの会合を阻害するという作用機序を有することから、アンドロゲン非依存的な転移性前立腺癌の中でも、AGS8が発現している癌細胞に対して特に有効である。また本発明の癌治療薬は毒性が低く、患者への負担も少ない。また、胃や腸で分解されずに血中へと運ばれるため、様々な投与方法を選択することができ、患者にとって手軽な経口投与方法も採用できるというメリットもある。さらに低分子化合物であるため、バイオ医薬品と異なり製造コストを低く抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】正常前立腺上皮細胞に対する、PC-3、DU145細胞におけるAGS8のmRNA発現レベルを示す図。
図2】本発明の癌治療薬の、AGS8-Gβγサブユニット会合阻害確認結果を示す図。
図3】PC-3、DU-145細胞における本発明の癌治療薬による細胞毒性を示す図。
図4】DU-145細胞における本発明の癌治療薬による細胞生存率を示す図。
図5】DU-145細胞における本発明の癌治療薬による細胞遊走阻害を示す図。
図6】本発明の癌治療薬のin vivoでの腫瘍形成抑制効果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
<Activator of G-protein signaling 8と癌>
【0014】
三量体Gタンパク質は、3つのサブユニットα、β及びγからなるヘテロ三量体を形成し、生体内の分子スイッチとして機能し、生理調節に重要な役割を果たす。サブユニットのうち、GβサブユニットとGγサブユニットは安定的に結びつき、Gβγ複合体が1つのサブユニットとして機能する。三量体Gタンパク質は、細胞表面のGタンパク質共役型受容体(GPCR)によって活性化され、GPCRが認識した様々な外部刺激を細胞内シグナルへと変換する。
【0015】
従来Gタンパク質は、ホルモンや薬剤、物理刺激などを認識した受容体によって活性化される分子スイッチとされてきたが、近年、受容体以外のタンパク質がGタンパク質を活性化し、これが病態生理調節機構として機能していることが明らかとなってきた。そのタンパク質の1つがActivator of G-protein signaling 8(AGS8)である。
【0016】
本発明者らの研究によれば、低分子干渉RNA(siRNA)によるAGS8のノックダウンは、血管内皮増殖因子(VEGF)によって誘発される管腔形成及びVEGFによって刺激される細胞の増殖と遊走を阻害した。さらに、AGS8-Gβγ相互作用を阻害するペプチドは、血管内皮増殖因子(VEGF)誘導性の血管形成を阻害した(非特許文献3参照)。このことから、本発明者らはAGS8の機能にはGβγとの会合が重要であることを明らかにした。また、AGS8は、癌細胞の中でも特に前立腺癌細胞に発現しており、特に進行した前立腺癌である転移性前立腺癌細胞に高いレベルで発現しているという報告がある(非特許文献1参照)。そして、進行した前立腺癌はアンドロゲン非依存的となることが多いことが知られている。そこで本発明者らは、AGS8と癌との関係に着目し、スクリーニングによりAGS8を治療標的とする癌治療薬を見出し、本発明を完成させた。具体的には、AGS8が機能を発揮するのに必要なAGS8-Gβγサブユニットの会合を阻害する化合物をスクリーニングし、その有効性を確認した。
<癌治療薬>
【0017】
本発明の癌治療薬は、下記一般式で表される化合物又はその医薬的に許容される塩を含有している。下記一般式で表される化合物又はその塩を有効量含むことが好ましい。(なお、以降、下記一般式で表される化合物を「AGS8阻害薬」ということもある。)
【化1】
上記基本骨格が維持されているのであれば、置換基を有していても良い。置換基の数は1又はそれ以上でも良い。置換基を2つ以上有する場合は、当該置換はそれぞれ同一又は異なっていても良い。
【0018】
医薬的に許容される塩とは、過度な毒性、刺激及びアレルギー反応などを起こすことなく、少なくともヒトへの使用に適したものをいう。本発明の効果を損なわないものであればよく、アルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩などの塩基性塩、塩酸塩・硫酸塩・硝酸塩・酢酸塩・クエン酸塩・酒石酸塩・メタンスルホン酸塩・トルエンスルホン酸塩等の有機酸塩、アミノ酸との塩であってもよい。
【0019】
上記化合物及びその塩は、既知の方法により製造でき、また、市販のものを入手して用いることができる。日本薬局方に準拠したものを用いることができれば好ましい。有機合成により合成できるため、バイオ医薬品と異なり製造コストを低く抑えることができる。
【0020】
本発明の癌治療薬は、低分子化合物であるため、生体内でも安定である。非特許文献3に記載されている、AGS8とGβγの間の相互作用を阻害するように設計されたペプチドでは、接種すると体内の酵素により分解されやすく、薬として期待できるほどの効果が出ない。また、一般的に細胞膜は細胞の内外を隔てるバリアとしての役割を持っており、巨大分子はもちろん、タンパク質や核酸などの生体高分子は、親水性が高いために、細胞膜を透過することができない。そのため、医療目的で、任意の物質を細胞内に導入することは一般的には容易ではない。実験室レベルでは、細胞内にタンパク質を送達する方法としてトランスフェクション法が利用されている。導入する細胞や、導入する目的の生体分子の種類など、多様な条件に対応するために、様々なトランスフェクション試薬が販売されているが、導入効率や細胞傷害や毒性を考慮すると、更なる改良が望まれているのが現状である。
【0021】
例えば、非特許文献3では、ペプチドを細胞へ送達するためにPLUSin(Polyplus)というトランスフェクション試薬が用いられているが、ペプチドに用いるトランスフェクション試薬は脂質親和性小胞に基づいている。この試薬は細胞膜傷害性があり、細胞に強い毒性を示すことがある。また、トランスフェクション試薬による細胞への試料の導入は、試薬と導入対象細胞の数などの諸条件を最適化することが必要で、最適化条件が揃うことで適当な導入が得られる。生体内投与では、均一な導入条件を得ることが難しく、試料導入に不均一性が生じる。
【0022】
一方本発明の癌治療薬は、低分子化合物であるため、細胞膜を通過して細胞内に取り込まれやすい。トランスフェクション試薬も不要なため、試薬による細胞傷害や毒性の心配もない。
【0023】
本発明の癌治療薬の投与対象は、癌の治療が望まれる、又は必要とされるヒト及び非ヒト哺乳動物である。非ヒト哺乳動物とは例えばサル、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスターなどであり、ペット動物、家畜、実験動物を含む。好ましい投与対象としてはヒトが挙げられる。
【0024】
本発明の癌治療薬は、上記AGS8阻害薬を有効成分として含有し、必要に応じ、非毒性で不活性の医薬的に許容される賦形剤、例えば固体状、半固体状もしくは液状の希釈剤、分散剤、充填剤及び担体と混合することにより、製剤化される。さらに本発明の効果を損なわない範囲において、安定剤、保存剤、pH調整剤、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料防腐剤、媒質、生理食塩水、別な薬効を有する薬剤が添加剤として含んでいてもよい。
<剤形及び投与量>
【0025】
本発明の癌治療薬の剤形は特に限定されず、経口投与用製剤(錠剤、被覆錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤など)、経気道投与用製剤、腹腔内投与用製剤、経静脈投与用製剤、注射剤、坐剤、貼付剤、軟膏剤等が例示できるが、経口投与用製剤、経気道投与用製剤又は経静脈投与用製剤が好ましい。経静脈投与用製剤としては、静脈注射製剤や点滴静脈注射製剤が挙げられる。ヒトにおいては経口投与用製剤又は経静脈投与用製剤が好ましい。
【0026】
本発明の癌治療薬の投与量は、使用目的、投与対象、投与対象の性別、年齢、体重、癌の進行ステージ等を考慮して適宜調製することができるが、ヒトに対して投与する場合は、患者の体重に対してAGS8阻害薬を1回当たり1~10mg/kg、好ましくは3~10 mg/kg含んでいることが好ましい。前記範囲であれば、本発明の効果を奏しやすく、毒性も小さいため副作用が少ない。投与レジメとしては、上記範囲内の量を、1日1回毎日投与してもよく、1日~2日おきに間欠的に投与することが挙げられる。なお、この投与量は、種々の条件で変動するので、上記範囲より少ない投与量や投与回数で充分な場合もあるし、また上記範囲を超えた投与量や投与回数が必要な場合もある。
【0027】
本発明の癌治療薬を投与する際は、他の癌治療薬と併用投与してもよい。例えば、経口癌治療薬であるイクスタンジ(登録商標)、ザイティガ(登録商標)、注射薬であるタキソテール(登録商標)、ジェブタナ(登録商標)、骨転移治療薬であるゾーフィゴ(登録商標)と併用投与してもよい。
併用投与とは、本発明の癌治療薬の投与と同時、又は本発明の癌治療薬投与の前後に投与することである。あるいは、本発明の癌治療薬と、上記他の癌治療薬を混合して一つの製剤とすることもできる。
<適用対象>
【0028】
本発明の癌治療薬は、例えば、前立腺癌、悪性黒色腫(メラノーマ)、扁平上皮癌、基底細胞癌、肺癌(小細胞肺癌、非小細胞肺癌、肺の腺癌及び肺の扁平上皮癌が挙げられる)、腹膜の癌、肝細胞癌、胃癌(gastric or stomach cancer)(胃腸癌を含む)、膵臓癌、神経膠芽腫、子宮頚癌、卵巣癌、肝臓癌、膀胱癌、肝癌、乳癌、結腸癌、結腸直腸癌、子宮内膜癌、子宮癌、唾液腺癌、腎臓癌(kidney or renal cancer)、外陰部癌、甲状腺癌、眼瞼腫瘍(脂腺癌や基底細胞癌を含む)、結膜腫瘍、眼窩腫瘍(涙腺腫瘍を含む)、眼内腫瘍(網膜芽細胞腫や脈絡膜悪性黒色腫を含む)、悪性リンパ腫、眼部転移性腫瘍が或いは種々のタイプの頭頚部癌(口腔癌、咽頭癌、上咽頭癌、中咽頭癌、下咽頭癌、喉頭癌、鼻・副鼻腔癌、唾液腺癌、甲状腺癌などを含む)への適用が挙げられる。中でも前立腺癌への適用が好ましく、ホルモン療法が効きにくいアンドロゲン非依存的前立腺癌への適用がより好ましく、さらにアンドロゲン非依存的転移性前立腺癌への適用が好ましい。
【0029】
アンドロゲン非依存的前立腺癌とは、アンドロゲン依存性を示す癌が、一定期間のホルモン療法(アンドロゲン除去療法)が行われた後に、抵抗性(耐性)を獲得した癌を示す。アンドロゲン非依存的前立腺癌か否かについては、本明細書においては、前立腺癌診療ガイドライン2016年版(日本泌尿器科学会編、メディカルレビュー社)に示される基準に照らし、4週以上空けて測定した癌特異抗原の値(例えば、PSA値)が最低値から25%以上、かつ上昇幅が特定値(例えば、2.0ng/mL)以上である場合に、抵抗性を示す癌と判断する。本明細書において特に言及しない場合には、PSA値が最低値から25%以上、かつ上昇幅が、2.0ng/mL以上である場合に、アンドロゲン非依存的前立腺癌と判断する。
【0030】
そして、癌がアンドロゲン非依存的になると、病勢の進行により転移が多く認められる。癌の進行度は病期と言われ、一般的にTMN分類(T(tumor):前立腺の癌の状態、N(nodes):リンパ節転移の有無、M(metastasis):遠隔転移)という分類法が使用される。これらは各種画像診断により行われる。本明細書においても、前立腺癌が転移しているか否かは、MRI、CT、そして骨転移が疑われる場合は骨シンチグラフィーの各種画像診断により診断される。
【0031】
本発明の癌治療薬はAGS8-Gβγの会合を阻害するという作用機序を有することから、アンドロゲン非依存的前立腺癌の中でも、ヒト正常前立腺上皮細胞に対して、AGS8の発現レベルが上昇している癌に対して有効である。なお、アンドロゲン非依存的になると転移が多く認められるが、本明細書においてはヒト正常前立腺上皮細胞に対してAGS8の発現レベルが上昇していれば、転移性前立腺癌か否かは問わない。
【0032】
AGS8の発現レベルは、生検により採取された、又は手術により切除された検体において、AGS8の発現量が定量できればその方法は特に限定されないが、例えば定量的real-time (qRT) PCRやマイクロアレイ等を用いることができる。qRT-PCRは、例えば市販の試薬と装置を用いて行うことができる。具体的には細胞からmRNAを抽出し、cDNAを合成する。合成したcDNAを鋳型として、リアルタイムPCR装置を用いてqRT-PCRを行うことができる。プライマーの配列は5’-TTCCGTAACCCTCTCCCG-3’ (センス) 、 5’-AACCCACGATCAAGGTCCAC-3’ (アンチセンス)を用いることができる。
【0033】
癌細胞及びヒト正常前立腺上皮細胞に対してAGS8発現量を測定し、癌細胞のヒト正常前立腺上皮細胞に対するmRNAの発現比率が2fold以上であれば、本発明におけるAGS8の発現レベルが上昇している癌であると言える。好ましくは5fold以上である。さらに好ましくは100fold以上であればよい。
【実施例
【0034】
以下に示す実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
(AGS8阻害薬)
【0035】
理化学研究所化合物バンクNPDepoからパイロットライブラリーを入手し、AGS8とGβγサブユニットの会合阻害活性を有する化合物のスクリーニングに供し、本発明のAGS8阻害薬を特定した。特定したAGS8阻害薬はナミキ商事株式会社を介して、海外のサプライヤー(Asinex(ロシア)、Sundia MediTech Company(中国、上海))から購入し、試験に用いた。
(細胞)
【0036】
アンドロゲン非依存性転移性癌細胞PC-3(骨転移前立腺癌細胞由来)及びDU-145(脳転移前立腺癌細胞由来)は、医用細胞資源センター(東北大学加齢医学研究所)から入手した。5%CO2、95%O2、37℃の加湿インキュベーター内で、10%胎児ウシ血清(FBS; GIBCO)、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシン(いずれもGIBCO)を添加したRPMI-1640培地(Life Technologies、 Inc.)を用いて単層培養した。
【0037】
ヒトの正常な前立腺上皮細胞(PrEC)は、 ロンザから購入し、10%FBS及び100U/mLペニシリンと100μg/mLストレプトマイシン(いずれもGIBCO)を添加したPrEGM Bullet Kit Medium(ロンザ)で37℃条件下にて培養した。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)はロンザより入手した。本実施例において、全ての実験において用いた細胞は60%~70%のコンフルエンスまで増殖させた。
(AGS8発現量の確認試験)
【0038】
PC-3、DU-145 及びPrECにおけるAGS8発現量は、定量的real-time (qRT) PCRを用いて測定した。具体的には、PureLink RNA Mini Kit(Ambion)を使用して培養細胞の懸濁液からTotal RNAを抽出し、High-Capacity cDNA逆転写キット(Thermo Fisher Scientific)を使用して逆転写を行い、qRT-PCR分析を行った。qRT-PCRは、Step One PlusリアルタイムPCRシステム(Applied Biosystem)を用い、TB Green Premix Ex Taq II(タカラバイオ)のプロトコルに従って行った。特定のPCRプライマーは次のように設計された。
ヒトAGS8リアルタイムPCRのプライマー配列は、以下を用いた。
5'-TTCCGTAACCCTCTCCCG-3 '(センス)及び
5'-AACCCACGATCAAGGTCCAC-3'(アンチセンス)
ヒト正常前立腺上皮細胞(PrEC)に対するPC-3及びDU-145のAGS8相対的発現量は、比較Ct値法によって決定された。
【0039】
その結果を図1に示す。ヒト正常前立腺上皮細胞に比べ、アンドロゲン非依存性転移性癌細胞PC-3は、AGS8が5.7 fold、DU-145が240 fold発現しており、何れの細胞もヒト正常前立腺上皮細胞に対してAGS8の発現レベルが上昇していることが分かる。
(AGS8-Gβγサブユニット会合阻害確認試験)
【0040】
本発明の癌治療薬が、AGS8-Gβγサブユニットの会合を阻害するかをプルダウンアッセイにより確認した。AGS8(AGS8のC端372アミン酸)をコードする遺伝子をpGEX-4T vector (Amersham Biosciences)に組み込み、GSTタグ融合蛋白として大腸菌(Esche-richia coli BL21、 Amersham Biosciences)に発現させた。菌体破壊後、溶出したGST-AGS8をGlutathione-Sepharose 4Bを用いてアフィニティ精製した。G蛋白β1γ2サブユニットは昆虫細胞に合成させたものを用いた。100nMのGST-AGS8、10nMのGβ1γ2、本発明の癌治療薬(最終濃度16μg/ml)およびAGS8-Gβγサブユニットの会合を阻害しない化合物(最終濃度16μg/ml)を添加し、4℃、300μlの反応液中(20mM Tris-HCl、pH7.4、0.6mM EDTA、1mM dithiothreitol、70mM NaCl、0.01% Lubrol、 10μm GDP、and 10mM MgCl2)で18時間反応させた。反応後、Glutathione-Sepharose 4Bを反応チューブ内に加え、1時間GST-AGS8Cを吸着させた。Glutathione-Sepharose 4Bは3回反応液で洗浄し、非特異的吸着を除去し、吸着していた蛋白質をLaemmli サンプルバッファーに溶出した。サンプルは全量をウェルにロードし、10%ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で分離した。分離したタンパク質はImmobilon-P PVDFメンブレンに転写し、一次抗体として抗Gβサブユニット抗体(1:1,000; AC-74; Sigma-Aldrich)、二次抗体としてHRP(西洋ワサビペルオキシダーゼ)で標識化し、ImmunoStar LD(Fujifilm Wako Pure Chemical Corp.)を使用して検出、Amersham Imager 600システム(GE Healthcare Life Sciences)を使用して画像を分析した。
【0041】
その結果を図2に示す。InputはGST-AGS8とGβ1γ2を含む1/50量の混合反応液である。GST-AGS8はGβγサブユニットを共沈降させたが、本発明の癌治療薬(図2ではAGS8阻害薬と記載)16μg/mlの存在下では、レジンに沈降してくるGβサブユニットの量が減少している。一方、同濃度のAGS8-Gβγサブユニットの会合を阻害しない化合物(図2では対照群と記載)は、GST-AGS8によるGβサブユニットの共沈降に影響を与えなかった。したがって、本発明の癌治療薬はAGS8-Gβγサブユニットの会合を阻害することが明らかとなった。
(細胞毒性試験)
【0042】
細胞が薬剤の毒性により破壊されると、酵素であるLDHが培養液中に溶出される。そこで、ほとんどすべての細胞が傷害を受けるであろう条件で溶出されるLDHの濃度を100%として、本発明の癌治療薬の細胞毒性を評価した。
【0043】
HUVEC又はDU-145細胞を96ウェル培養プレートに6,000細胞/ウェルの密度で播種した。一晩培養した後、細胞を、本発明癌治療薬(1、3、10、13、100μg/mL)を含む培地中で48時間インキュベートした。細胞毒性は、LDHアッセイキット(同仁化学研究所)を使用して培地に放出されたLDH量を評価した。得られた結果は、SpectraMax M3(Molecular Devices)を使用して450nmの吸光度で比色定量した。
【0044】
その結果を図3に示す。本発明の癌治療薬を投与しても、正常細胞及びDU-145細胞いずれにおいても、LDHの濃度依存的な上昇が見られず、1~100μg/mLの範囲において、有意な細胞毒性は認められなかった。
(DU-145細胞の生存率確認試験)
【0045】
DU-145細胞の生存率に対する本発明の癌治療薬の効果を確認した。DU-145細胞を96ウェルプレートを用いて10%ウシ胎児血清含DMEM培地で培養し、異なる用量の本発明の癌治療薬で処理した。48時間後に処理し、Cell Counting Kit-8アッセイを使用して細胞生存率を評価した。6回の実験の平均±SEMで示した。
【0046】
その結果を図4に示す。本発明の癌治療薬を投与すると、用量依存的にDU-145細胞の細胞生存率が有意(p<0.01)に下がったことから、細胞増殖を抑制したことが分かる(一元配置分散分析 (ANOVA)にて解析)。
(DU-145細胞の遊走阻害試験)
【0047】
5×104細胞/200μlで懸濁されたDU-145を、3%BSAで前処理された8μmポア(BD Biosciences)のフィブロネクチンコーティングされたトランスウェルインサートに播種した。 細胞遊走は、24ウェルプレートの下部チャンバーに150 ng/mlのPDGF-BBを添加することにより誘導した。18時間後、脱脂綿スワブを使用して、フィルターの上面に残存する細胞を除去した。トランスウェルインサートは4%PFAで固定し、1%クリスタルバイオレットで染色した。コントロールとして、リン酸緩衝生理食塩水を添加したものを用いた。ランダムに各トランスウェルインサートの下側をデジタル顕微鏡画像として撮影し、染色された細胞をカウントした。データは、独立して7回行い、平均±SEMとして表した。(一元配置分散分析 (ANOVA) にて解析)
【0048】
その結果を図5に示す。本発明の癌治療薬であるAGS8阻害薬を添加すると、遊走細胞数を有意(p<0.01)に抑えた。一般的に癌細胞は、発生した組織から離脱し、基底膜を壊して周辺の組織に浸潤していく。その後癌細胞は血管内を遊走し、血液によって体内の別の場所へ運ばれ、運ばれた先で増殖することにより転移する。本発明の癌治療薬は癌細胞の遊走を阻害するため、癌細胞転移抑制剤として有用である。
(in vivoでの腫瘍形成抑制試験)
【0049】
雄のBALB /cヌードマウス(5週齢)(日本SLC株式会社)を入手した。DU-145細胞(4×106細胞/200μL)を無血清RPMI-1640培地に懸濁し、マトリゲル(1:1比)と混合し、マウスの脇腹領域に皮下移植した。本発明の癌治療薬を0.9%生理食塩水に懸濁し、毎日腫瘍に10μg、30μgずつ皮下注射した。
1週間おきにDU-145細胞移植部分を切開して腫瘍を取り出し、腫瘍体積及び重量を測定した。腫瘍体積(mm3)は、長径、短径をノギスで測定し、長径×(短径)2/2で算出した(各n=6)
【0050】
図6(A)に、コントロールとして0.1%生理食塩水を投与したもの及び10 μg、30μgの本発明の癌治療薬を1~4週間投与した後の代表的な腫瘍を示す。図6(B)にはコントロール及び本発明の癌治療薬を1~4週間投与した後の腫瘍体積、(C)には腫瘍重量を示す。各時点における処置群間の統計的な差は、二元配置分散分析(ANOVA)とTukey’s correction検定によって検出した。
コントロールでは、1週目~4週目にかけて腫瘍増殖が見られた。一方、本発明の癌治療薬を投与したところ、腫瘍体積及び重量を有意に(**p <0.01)抑制した。(図6(A)~(C))。なお試験中、いずれのマウスも外観異常は認められず、本発明の安全性が示された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
一般式(1)で表される化合物又はその医薬的に許容される塩は癌の治療に適用できる。
【要約】
【課題】癌細胞の増殖を抑える癌治療薬を提供すること。
【解決手段】一般式(1)で表される化合物又はその医薬的に許容される塩を含有してなる癌治療薬。
【選択図】なし
図1
図2
図3
図4
図5
図6