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特許7345731レーザー脱離/イオン化質量分析用基板、及び、それを用いたレーザー脱離/イオン化質量分析法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-08
(45)【発行日】2023-09-19
(54)【発明の名称】レーザー脱離/イオン化質量分析用基板、及び、それを用いたレーザー脱離/イオン化質量分析法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20230911BHJP
【FI】
G01N27/62 F
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019185483
(22)【出願日】2019-10-08
(65)【公開番号】P2021060323
(43)【公開日】2021-04-15
【審査請求日】2022-07-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】溝下 倫大
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 有理
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 雅和
(72)【発明者】
【氏名】後藤 康友
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-115187(JP,A)
【文献】特開2010-175338(JP,A)
【文献】特開2019-167259(JP,A)
【文献】特開2018-036259(JP,A)
【文献】特開2010-078346(JP,A)
【文献】特表2007-526446(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
G01N 27/92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー脱離/イオン化質量分析法に用いる分析用基板であって、フッ素原子含有炭化水素基を含むレーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備え、かつ、
前記レーザー光を吸収可能な有機基がナフタルイミド環の構造を含有する有機基であることを特徴とするレーザー脱離/イオン化質量分析用基板。
【請求項2】
前記フッ素原子含有炭化水素基がアルキル基中の水素原子が部分的にフッ素原子に置換されてなるフルオロアルキル基であることを特徴とする請求項1に記載のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板。
【請求項3】
前記有機シリカが前記有機基を含有する有機ケイ素化合物の重合体からなることを特徴とする請求項1又は2に記載のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板。
【請求項4】
レーザー脱離/イオン化質量分析法に用いる分析用基板が、請求項1~のうちのいずれか一項に記載のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板であることを特徴とするレーザー脱離/イオン化質量分析法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー脱離/イオン化質量分析用基板、並びに、それを用いたレーザー脱離/イオン化質量分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析法(mass spectrometry:MS)は、測定対象分子を含む試料(サンプル)をイオン化して測定対象分子由来のイオンを質量電荷比(質量/電荷(m/z))によって分離して検出することにより、その測定対象分子の化学構造に関する情報を得る分析方法である。このような質量分析法(MS)の一つとして、近年では、試料のイオン化にレーザー脱離/イオン化法(laser desorption/ionization:LDI)を利用する、いわゆるレーザー脱離/イオン化質量分析法が利用されており、種々の質量分析用の基板の利用が検討されている。
【0003】
例えば、2014年に発行されたAnalyst(Vol.139)の5999頁~6009頁に記載されたHashim Z. Alhmoud et al.の論文「Surface-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry using ordered silicon nanopillar arrays(非特許文献1)」においては、エッチング処理によって形成されたシリコンのナノピラー構造(シリコンナノピラーアレイ)の表面に対して(トリデカフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロオクチル)ジメチルクロロシランを反応させることで表面処理を行った基板をレーザー脱離/イオン化質量分析法に利用することが提案されている。しかしながら、このような非特許文献1に記載のような基板は高感度な分析を行うといった点では十分なものではなかった。
【0004】
また、特開2018-185200号公報(特許文献1)においては、レーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有し、平均細孔径が5~50nmの細孔を有し、かつ、表面開口率が33~70%である有機シリカ多孔膜を備えるレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板が開示されている。このような特許文献1に記載のようなレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板は、レーザー脱離/イオン化質量分析法に用いた場合に十分な感度で分析を行うことが可能なものであった。しかしながら、このようなレーザー脱離/イオン化法(LDI)を採用した質量分析の分野においては、更に精度の高い分析が行えるように、より高感度な分析を行うことが可能となるような、新たな分析用基板の出現が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-185200号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Hashim Z. Alhmoud et al.,「Surface-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry using ordered silicon nanopillar arrays」,Analyst,Vol.139,2014年発行,5999頁~6009頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、質量分析に利用した場合にマススペクトルにおいて十分に高いシグナル強度で測定対象分子を検出でき、十分に高感度な分析を行うことを可能とするレーザー脱離/イオン化質量分析用基板、及び、それを用いたレーザー脱離/イオン化質量分析法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、レーザー脱離/イオン化質量分析法に用いる分析用基板を、フッ素原子含有炭化水素基を含むレーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備えるものとすることにより、質量分析に利用した場合にマススペクトルにおいて十分に高いシグナル強度で測定対象分子を検出でき、これにより十分に高感度な分析を行うことが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板は、レーザー脱離/イオン化質量分析法に用いる分析用基板であって、フッ素原子含有炭化水素基を含むレーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備え、かつ、
前記レーザー光を吸収可能な有機基がナフタルイミド環の構造を含有する有機基であることを特徴とするものである。
【0010】
上記本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板においては、前記フッ素原子含有炭化水素基がアルキル基中の水素原子が部分的にフッ素原子に置換されてなるフルオロアルキル基であることが好ましい。
【0012】
さらに、上記本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板においては、前記有機シリカが前記有機基を含有する有機ケイ素化合物の重合体からなることが好ましい。
【0013】
また、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析法は、レーザー脱離/イオン化質量分析法に用いる分析用基板が、上記本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板であることを特徴とする方法である。
【0014】
なお、本発明によって上記目的が達成される理由は必ずしも定かではないが、本発明者らは以下のように推察する。すなわち、先ず、レーザー脱離/イオン化質量分析において、優れた分析性能を発現するには、レーザー脱離/イオン化を効率よく行うために基材と測定対象分子(分析対象物質)との相互作用を適切に制御する必要がある。ここで検討すると、先ず、測定対象分子(分析対象物質)と基板表面(固体表面)が強く相互作用するような場合、その基板表面からの測定対象分子の脱離が阻害されてしまい、質量分析の精度が低下してしまうものと考えられる。また、測定対象分子の脱離にのみ着目すれば、分析時に利用するレーザー光の強度を上げて、測定対象分子(分析対象物質)をイオン化して脱離させることも考えられるが、この場合には、不純物等も同時にイオン化され易い状態となるため、分解能やS/N(signal/noise)比が低下してしまい、精度の高い分析ができなくなるといった問題が生じ得る。このような点を考慮すれば、そのようなレーザー強度の増強によらずに、より高いシグナル強度が得られることが望ましい。
【0015】
ここで、上記特許文献1に記載のような従来のレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板について検討する。ここで、有機シリカが有機ケイ素化合物の加水分解、重縮合によって形成される場合、一般的に得られる有機シリカには未反応のシラノール(Si-OH)が残留し、得られる有機シリカ薄膜の表面には水酸基が存在することとなる。また、このような有機シリカ薄膜においては、場合により有機シリカの骨格に含まれる有機基に起因する極性基等も存在し得る。そのため、上記特許文献1に記載のような従来の有機シリカ基板においては、仮に、測定対象分子(分析対象物質)が有機シリカ薄膜の表面上の上記水酸基や極性基等と相互作用しやすい基を持つ場合には、その有機シリカ薄膜の表面に測定対象分子が強く相互作用して吸着され得ることから、測定対象分子の種類によっては、その脱離及びイオン化をより高い水準で効率よく行うといった点では必ずしも十分ではない場合も生じ得ると推察される。この点について検討すると、近年では、メタボロミクス、プロテオミクス、医薬品及びバイオ医薬品等に対してもレーザー脱離/イオン化質量分析が適用されており、レーザー脱離/イオン化質量分析は、創薬、疾病診断臨床研究等、様々な分野への応用が進められている。これら分野では、タンパク質、ペプチド、バイオマーカー等の水溶性分子を測定対象にすることが多い。そして、そのような水溶性分子(親水性分子)を測定対象分子とした場合について検討すると、上記特許文献1に記載のような従来のレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板は、有機シリカ薄膜の表面の水酸基等に由来して測定対象分子がより強く吸着され得ると考えられることから、測定対象分子の種類によっては、前述のように、脱離及びイオン化をより高い水準で効率よく行うといった点では必ずしも十分ではない場合も生じ得る(なお、この点について、同様のことは、金属酸化物の基板あるいは表面に酸化層を有するシリコン等の表面に水酸基を有する基板でも起こり得る)。そのため、特許文献1に記載のような従来のレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板は、有機シリカ薄膜の表面に強く吸着され得るような測定対象分子を分析する場合に、得られるマススペクトルの測定対象分子のシグナル強度(ピーク強度)をより高い強度のものとするといった点においては必ずしも十分なものではなかった。なお、このような特許文献1に記載の有機シリカ基板は、基板の製造時に、特許文献1に記載の条件を満たすような細孔を形成するためにエッチング処理等の煩雑な工程が必要であり、製造工程が比較的煩雑なものとなってしまう。一方で、特許文献1に記載されている有機シリカ多孔膜を形成するための原料化合物(例えば、特許文献1に例示されている有機ケイ素化合物)を用いて薄膜を形成しつつ、その薄膜を特許文献1に記載の条件を満たすような細孔を備えるものとしなかった場合には、レーザー脱離/イオン化質量分析に利用した際に必ずしも高感度な分析を行うことはできない(特許文献1の比較例1等参照)。なお、上記特許文献1においては、有機基の骨格構造の違いによる質量分析性能の違いについては何ら言及がなく、アルキル基を含む有機基を有する有機シリカを製造し得ることは例示されてはいるものの、アルキル基がもつ疎水性の効果については特に検証がなされていない。
【0016】
一方、上記非特許文献1においては、(トリデカフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロオクチル)ジメチルクロロシランを反応させることで基板の表面処理を行っている。このような表面処理により、疎水基が表面に導入されると(上述の「(トリデカフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロオクチル)ジメチルクロロシラン」は、いわゆるシランカップリング剤として利用され、表面の酸化層を有するシリコン基板と反応させると、表面にトリデカフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロオクチル基が導入されることとなる)、表面の親水性を低減させることが可能となる。そのため、上記非特許文献1に記載されているような基板を用いて、水溶性分子(親水性分子)を測定対象分子とした場合、測定対象分子(分析対象物質)と基板表面(固体表面)とが強く相互作用することを抑制できるものと考えられる。しかしながら、上記非特許文献1に記載の基板は、基本的にシリコンからなるため、熱伝導性が高く、基板がレーザー光を吸収しても、そのレーザー光のエネルギーが熱として容易に散逸してしまう傾向にあり、そのレーザー光のエネルギーを基板から、基板上に載置(担持)されている測定対象分子に移動せしめることは困難である。また、非特許文献1に記載の基板は、基板の製造時にエッチング処理等の煩雑な工程が必要であるとともに、エッチング処理や表面処理といった各種処理に採用する方法や条件によって、表面状態が異なるものとなることから、表面状態の均一性や再現性を確保するといった点においても必ずしも十分なものとはならない。そのため、上記非特許文献1に記載のような基板は、同様の性能を有する基板を簡便に製造することが困難であった。また、非特許文献1に記載の基板の製造はエッチング処理後に表面処理を行う必要もあり、工程が多く煩雑である。
【0017】
これに対して、本発明においては、レーザー脱離/イオン化質量分析用基板をフッ素原子含有炭化水素基を含むレーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備えるものとしており、その薄膜中の有機基によりレーザー光を吸収させることが可能である。そのため、質量分析時には基板にレーザー光を吸収させて、そのレーザー光のエネルギーを基板上に載置(担持)されている測定対象分子に効率よく移動せしめて、測定対象分子をイオン化/脱離することが可能である。また、本発明においては、上記レーザー光を吸収可能な有機基がフッ素原子含有炭化水素基を含んでいる。このようなフッ素原子含有炭化水素基は、アルキル基と比較するとより高い疎水性を発揮可能なものである。そして、このようなフッ素原子含有炭化水素基を含む有機基を骨格に有するため、本発明にかかる有機シリカからなる薄膜においては、薄膜の表面に存在するフッ素原子含有炭化水素基により、十分な疎水性を発揮でき、測定対象分子が仮に水溶性分子(親水性分子)であっても、基板の表面と水溶性分子(測定対象分子)との相互作用を十分に弱めることができる。そのため、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板に、測定対象分子を担持させた場合には、測定対象分子が基板表面に弱く吸着されている状態となり、質量分析の際に分子の脱離をより効率よく行うことが可能となる。このように、本発明においては、前記有機基が含むフッ素原子含有炭化水素基により表面の状態を疎水性とすることができ、測定対象分子(分析対象物質)と有機シリカ薄膜の表面の相互作用を弱めることができるとともに、質量分析時に有機基にレーザー光を吸収させてレーザー光のエネルギーを効率よく利用することが可能となることから、種々の有機分子や生体分子といった分析対象物質に対して、よりスムーズな脱離/イオン化を促進することができる。そのため、本発明においては、より高感度でかつより均一な分析を行うことが可能となって、分析時の検出シグナル強度の向上と、シグナル強度の均一性の向上とを図ることが可能となるものと本発明者らは推察する。
【0018】
また、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板においては、前記有機シリカからなる薄膜として、前記有機基を含有する有機ケイ素化合物の重合体からなる有機シリカ薄膜を好適に利用できる(本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板の好適な形態)。そして、この場合においては、疎水性の高いフッ素原子含有炭化水素基を有する有機ケイ素化合物(有機シラン原料)を加水分解・重縮合することにより、容易に有機シリカ(重合体)を合成することが可能となり、これにより疎水基を材料中及び表面に均一に導入することが可能となる。これに対して、上記非特許文献1に記載のような方法を採用した場合においては、基板の表面状態の制御に表面化学修飾を行う後処理が採用されていることから、最終的に得られる基板の表面状態は処理条件や処理方法に依存してしまう。そのため、上記非特許文献1に記載のような方法を採用した場合においては、表面状態の均一性や再現性を確保するといった点においても必ずしも十分なものとはならない。また、このような後処理を採用する場合、表面処理後に再度洗浄操作等も必要であり、工程数が多く、基板を得るための方法が煩雑となる。一方、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板において、前記有機シリカを前記有機基を含有する有機ケイ素化合物の重合体からなるものとした場合においては、上述のような後処理は不要となり、かかる重合体を合成することで、有機ケイ素化合物(有機シラン原料)に由来する繰り返し単位(重合ユニット)毎に、確実にフッ素原子含有炭化水素基(疎水基)が導入されることとなるため、生成した有機シリカの表面特性(疎水性)は、基本的に一定の状態に保たれ、表面状態の均一性や再現性を十分に確保しながら基板を製造することが可能であり、更には、製造時の工程数も大幅に削減することが可能である。なお、測定対象分子(分析対象物質)と基板表面(固体表面)が強く相互作用するような場合には、滴下した測定対象分子の溶液が乾燥する過程において対象物質が特異的に吸着されて凝集し、凝集物が生成され得るが、上述のような有機ケイ素化合物の重合体からなる基板の表面は、有機基が有する疎水基(フッ素原子含有炭化水素基)に由来して適度な吸着性で測定対象分子を担持できる状態となっているため、その表面上の特定の部位に測定対象分子の特異的な吸着が生じることを十分に抑制しながら、該基板の表面に、測定対象分子をより均一に担持できる。そのため、前記有機シリカを、前記有機基を含有する有機ケイ素化合物の重合体からなるものとした場合には、試料の担持領域内において測定位置(レーザー光の照射する位置:照射スポット)を変更した場合においても、測定される測定対象分子のシグナル強度のばらつきをより小さなものとすることも可能である。従って、本発明において、有機シリカからなる薄膜に、前記有機ケイ素化合物の重合体からなる有機シリカの薄膜を用いた場合には、より優れた質量分析性能を発現することが可能となるものと本発明者らは推察する。また、このような有機ケイ素化合物の重合体からなる有機シリカの薄膜を備える、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板の好適な実施形態においては、有機ケイ素化合物の重合といった簡便な方法で基板を製造可能であるにもかかわらず、薄膜が均一に疎水基を含むものとなり、薄膜の製造後に表面処理等の後処理を施して所望の疎水基を導入したり、必ずしも複雑な構造を形成することが不要であるため、重合後の状態でそのまま十分に高性能の質量分析用基板として利用できる。そのため、このような基板は、生産性の向上やコストの低減を図ることも可能なものであるともいえる。このように、本発明においては、有機シリカからなる薄膜の種類によっては、複雑な構造の形成や化学的な後処理を必要とせず、有機ケイ素化合物の重合といった簡便な方法で表面状態の均一性や再現性の高い基板を効率よく製造することも可能となり、製造工程の簡便化といった点においても利点が高いものと本発明者らは推察する。そのため、本発明においては、質量分析に利用した場合にマススペクトルにおいて十分に高いシグナル強度で測定対象分子を検出でき、十分に高感度な分析を行うことを可能としつつ、より簡便に製造することが可能な基板を提供することも可能であるものと本発明者らは推察する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、質量分析に利用した場合にマススペクトルにおいて十分に高いシグナル強度で測定対象分子を検出でき、十分に高感度な分析を行うことを可能とするレーザー脱離/イオン化質量分析用基板、及び、それを用いたレーザー脱離/イオン化質量分析法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例1で行った質量分析試験1の結果として得られたマススペクトル(LDI-MSスペクトル)のグラフである。
図2図1に示すマススペクトル(LDI-MSスペクトル)のグラフの質量電荷比(m/z)が1290~1310の領域を拡大して示すグラフである。
図3】実施例1で行った質量分析試験2の結果として得られたスペクトル強度(シグナル強度)の二次元分布(強度分布)を濃淡により示す図面である。
図4】比較例1で行った質量分析試験3の結果として得られたマススペクトル(LDI-MSスペクトル)のグラフである。
図5】実施例2で行った質量分析の結果として得られたマススペクトル(LDI-MSスペクトル)のグラフである。
図6】実施例3で行った質量分析の結果として得られたマススペクトル(LDI-MSスペクトル)のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
【0022】
<レーザー脱離/イオン化質量分析用基板>
本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板は、レーザー脱離/イオン化質量分析法に用いる分析用基板であって、フッ素原子含有炭化水素基を含むレーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備えることを特徴とするものである。
【0023】
このような薄膜(有機シリカ薄膜)を構成する有機シリカは、レーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する。ここで、「レーザー光を吸収可能」とは、吸収波長等は特に制限されず、いずれかの波長の光を吸収することが可能であればよい。また、本発明において「レーザー光を吸収可能な有機基」は、波長200~600nm(更に好ましくは250~450nm、特に好ましくは300~400nm)の範囲に吸収極大波長を有する有機基であることが好ましい。このような有機基の吸収極大波長が前記下限未満では、レーザー脱離/イオン化法(LDI)に利用した場合において、そのような波長のレーザー光を吸収させると、測定対象物(測定対象分子)とともに、有機シリカ薄膜中の有機基が該光により分解されてしまい、結果的に効率よく質量分析することが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると、そのような波長の光を照射して光を吸収させても、測定対象分子のイオン化に必要な光エネルギーを得ることは困難となる傾向にある。このように、前記有機基が上記波長範囲に吸収極大波長を有することで、質量分析に利用する波長域のレーザー光をより効率よく吸収させることも可能となる。
【0024】
また、前記有機シリカ薄膜が骨格に有する「レーザー光を吸収可能な有機基」としては、例えば、質量分析の際に利用するレーザー光を吸収することが可能な構造を有する有機基等が挙げられる。このような有機基としては、その利用するレーザー光の波長にもよるが、レーザー光を吸収可能な構造として、芳香族環状構造を有する有機基(例えばトリフェニルアミン環、ナフタルイミド環、スチリルベンゼン環、フルオレン環、ジビニルベンゼン環、ジビニルピリジン環、アクリドン環、メチルアクリドン環、クアテルフェニル環、アントラセン環等の芳香族環状構造を有する有機基)が挙げられる。
【0025】
さらに、このようなレーザー光を吸収可能な有機基としては、10個以上の炭素原子を含む芳香族環状構造を含有するものがより好ましい。このような10個以上の炭素原子を含む芳香族環状構造を含有する有機基によれば、より効率よくレーザー光を吸収することが可能となる。このような芳香族環状構造としては、トリフェニルアミン環、ナフタルイミド環、スチリルベンゼン環、フルオレン環、アクリドン環、メチルアクリドン環、クアテルフェニル環、アントラセン環、ピレン環、アクリジン環、フェニルピリジン環、ぺリレン環、ペリレンビスイミド環、ジフェニルピレン環、テトラフェニルピレン環、ポルフィリン環、フタロシアニン環、ジケトピロロピロール環、ジチエニルベンゾチアジアゾール環を挙げることができる。なお、このような芳香族環状構造を有する有機基は、かかる芳香族環状構造の部分に結合する置換基を有していてもよい。
【0026】
また、このようなレーザー光を吸収可能な有機基としては、光照射に対する化学的安定性の観点から、トリフェニルアミン環、ナフタルイミド環、ピレン環、ペリレン環、及び、アクリドン環からなる群から選択されるいずれかの芳香族環状構造を含有するものがより好ましく、中でも、ナフタルイミド環の構造を含有する有機基が特に好ましい。なお、前記有機シリカ薄膜は、有機基として1種の有機基を単独で有するものであっても、あるいは、複数種の有機基を組み合わせて有するものであってもよい。
【0027】
また、本発明においては、前記レーザー光を吸収可能な有機基は、フッ素原子含有炭化水素基を含むものである。このような有機基としては、例えば、前記芳香族環状構造を有しかつ該芳香族環状構造を構成する原子(炭素原子、窒素原子等)の少なくとも1つに結合している前記フッ素原子含有炭化水素基を有する有機基を挙げることができる。
【0028】
このようなフッ素原子含有炭化水素基としては、炭化水素基からなる骨格を有し、その炭化水素基中の少なくとも一部の水素原子がフッ素原子に置換された基であることが好ましい。また、このような炭化水素基は、該基を形成する炭素の少なくとも一部がヘテロ原子(例えば酸素原子、窒素原子等)で置換された形態のものであってもよい(2つ以上の炭化水素基がヘテロ原子により結合された形態のものであってもよい)。このようなフッ素原子含有炭化水素基の骨格を形成する「炭化水素基」は、直鎖状のものであってもあるいは分岐鎖状のものであってもよい。また、このようなフッ素原子含有炭化水素基の骨格部分を形成する「炭化水素基」は、炭素数が1~18であることが好ましく、5~18であることがより好ましい。このような炭素数が前記上限を超えると、生成する有機シリカからなる薄膜中のレーザー光を吸収可能な有機基の密度が低下してしまい、レーザー光の吸収性能が低下してしまう傾向にある。
【0029】
また、このようなフッ素原子含有炭化水素基としては、1個以上の水素原子がフッ素原子に置換された炭素数が1~18の炭化水素基を1つ以上有する基であることが好ましく、3個以上の水素原子がフッ素原子に置換された炭素数が1~18の炭化水素基を1つ以上有する基であることがより好ましく、11個以上の水素原子がフッ素原子に置換された炭素数が3~18の炭化水素基を1つ以上有する基であることがより好ましい。
【0030】
このようなフッ素原子含有炭化水素基としては、例えば、フルオロアルキル基、フルオロエーテル基等が挙げられる。ここで、フルオロアルキル基とは、水素原子の少なくとも一部がフッ素原子に置換されたアルキル基(水素原子が部分的にフッ素原子に置換されたアルキル基又はパーフルオロアルキル基)を意味する。このようなフルオロアルキル基は、炭素原子に結合する水素原子が1個以上のフッ素原子により置換されたアルキル基であればよく、直鎖状のものであっても分岐鎖状のものであってもよい。
【0031】
このようなフルオロアルキル基は、炭素原子に結合する水素原子が1個以上のフッ素原子により置換された炭素数が1~18(より好ましくは5~18)の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基であることが好ましい。なお、このようなフルオロアルキル基の炭素数が前記上限を超えると生成する有機シリカからなる薄膜中のレーザー光を吸収可能な有機基の密度が低下してしまい、レーザー光の吸収性能が低下してしまう傾向にある。このようなフルオロアルキル基としては、例えば、式:CF-、CF-CH-、CF-CF-、CF-CH-CH-、CF-CF-CH-、CF-CF-CF-、F-CH-CF-CH-CH-、CF-CF-CH-CH-、CF-CF-CF-CH-、CF-CF-CF-CF-CH-、CF-CF-CF-CF-CF-CH-で表される基等が挙げられる。
【0032】
また、このようなフルオロアルキル基としては、下記一般式(i)
-(CH-(CF-Z (i)
(式中のZは式:-H、-F、-CH、-CHF、-CHF、及び、-CFで表される基の中から選択されるいずれかの基を示し、nは0~6のいずれかの整数を示し、mは0~18のいずれかの整数を示す。)
で表される基であることが好ましい。このような式(i)中のZとしては、フッ素含有率がより高いものとなり疎水性が向上するといった観点から、式:-CF、-F、及び、-CHF(特に好ましくは式:-CF)で表される基の中から選択されるいずれかの基がより好ましい。また、このような式(i)中のnは0~6(より好ましくは0~4)の整数である。このような式(i)中のnが前記上限を超えるとフッ素含有率の低下により疎水性が低下する傾向にある。さらに、このような式(i)中のmは0~18(より好ましくは2~18)のいずれかの整数である。このようなmが前記上限を超えると生成する有機シリカからなる薄膜中のレーザー光を吸収可能な有機基の密度が低下してしまい、レーザー光の吸収性能が低下してしまう傾向にある。
【0033】
また、前記フルオロエーテル基としては、例えば、下記一般式(ii):
-(R10-O)-R20 (ii)
(式中、R10は炭素数1~16のフルオロアルキレン基を示し、R20は炭素数1~16のフルオロアルキル基を示し、nは1以上の整数を示す。]
で表される構造部分を有する基を挙げることができる。このようなR10として選択され得るフルオロアルキレン基は、水素原子が1個以上のフッ素原子により置換されてなるアルキレン基であればよく、直鎖状のものであっても、分岐鎖状のものであってもよく、特に制限されないが、有機基の密な分子パッキングによる高密度化の観点からは、直鎖状のものであることが好ましい。また、このようなR10として選択され得るフルオロアルキレン基は炭素数は1~16(より好ましくは2~8)である。このような炭素数が前記上限を超えると生成する有機シリカからなる薄膜中のレーザー光を吸収可能な有機基の密度が低下してしまい、レーザー光の吸収性能が低下してしまう傾向にある。このようなR10としては、例えば、式:-CF-、-CF-CF-、-CF-CF-CF-、-CF-CF-CF-CF-、-CF-CF(CF)-、-CF-CF-CF(CF)-、-CF-CF(CF)-CF-で表される基を挙げることができる。
【0034】
また、R20として選択され得るフルオロアルキル基は水素原子が1個以上のフッ素原子により置換されてなるアルキル基であればよく、直鎖状のものであっても、分岐鎖状のものであってもよく、特に制限されないが、有機基の密な分子パッキングによる高密度化の観点からは、直鎖状のものであることがより好ましい。また、このようなR20として選択され得るフルオロアルキル基は炭素数は1~16(より好ましくは2~8)である。このような炭素数が前記上限を超えると生成する有機シリカからなる薄膜中のレーザー光を吸収可能な有機基の密度が低下してしまい、レーザー光の吸収性能が低下してしまう傾向にある。このようなR20として選択され得るフルオロアルキル基としては、式:-CF、-CH-CF、-CF-CF、-CH-CH-CF、-CH-CF-CFで表される基等が挙げられる。さらに、式(ii)中のnは1以上の整数であればよいが、有機基の密度の低下の抑止の観点から、1~4の整数であることがより好ましい。
【0035】
また、このようなフッ素原子含有炭化水素基としては、中でも、フッ素含有炭化水素基の極性を低く抑える観点から、フルオロアルキル基(水素原子の少なくとも一部がフッ素原子に置換されたアルキル基)であることがより好ましい。
【0036】
さらに、前記有機シリカからなる薄膜(有機シリカ薄膜)において「有機基を骨格に有する」とは、シリカ薄膜のシリカ骨格を形成するケイ素(Si)に、直接又は間接的に(他の元素を介して)結合された前記有機基が存在していることを意味する。なお、このような有機シリカ薄膜としては、シロキサン構造(式:-(Si-O)-構造)を形成するケイ素原子同士が有機基により架橋された構造(架橋構造)を有することにより、骨格に有機基が導入されていることがより好ましい。
【0037】
このような有機基を骨格に有する有機シリカは、前記有機基を有する有機ケイ素化合物の重合体(縮合体)からなる薄膜であることが好ましい。このような有機ケイ素化合物としては、下記一般式(1-i)~(1-iv):
【0038】
【化1】
【0039】
(式(1-i)~(1-iv)中、Xは、m価の有機基を示し、Rはアルコキシ基(好ましくは炭素数1~5のアルコキシ基)、ヒドロキシル基(-OH)、アリル基(CH=CH-CH-)、エステル基(好ましくは炭素数1~5のエステル基)及びハロゲン原子(塩素原子、フッ素原子、臭素原子、ヨウ素原子)からなる群から選択される少なくとも一つを示し、Rはアルキル基及び水素原子からなる群から選択される少なくとも一つを示し、n及び(3-n)はそれぞれケイ素原子(Si)に結合しているR及びRの数を示し、nは1~3の整数を示し、mは1~4の整数を示し、式(1-iv)中のLは単結合又はエーテル基、エステル基、アミノ基、アミド基及びウレタン基からなる群から選択されるいずれか1種の2価の有機基を示し、式(1-iv)中のYは炭素数1~4のアルキレン基を示す。]
で表される有機ケイ素化合物を好適に利用できる。なお、Xで表される基(m価の有機基(結合手は省略))が、有機ケイ素化合物の重合物(有機シリカ)の骨格中の有機基においてレーザー光を吸収可能な構造を有する部分となる。
【0040】
なお、このような一般式(1-i)~(1-iv)で表される化合物中の「レーザー光を吸収可能な有機基」に関して、前記一般式(1-i)で表される化合物においては該式中においてXで表される基(m価の有機基(結合手は省略))が「レーザー光を吸収可能な有機基」となり、前記一般式(1-ii)で表される化合物においては、式:
【0041】
【化2】
【0042】
(式(I)中、Xはm価の有機基を示し、mは1~4の整数を示す(このように、X及びmは、一般式(1-i)~(1-iv)中のX及びmと同義である)。)
で表される有機基が「レーザー光を吸収可能な有機基」となり、また、前記一般式(1-iii)で表される化合物においては、式:
【0043】
【化3】
【0044】
(式(II)中、Xはm価の有機基を示し、mは1~4の整数を示す(このように、X及びmは、一般式(1-i)~(1-iv)中のX及びmと同義である)。)
で表される有機基が「レーザー光を吸収可能な有機基」となり、前記一般式(1-iv)で表される化合物においては、式:
X-(L-Y)- (III)
[式(III)中、Xはm価の有機基を示し、Lは単結合又はエーテル基、エステル基、アミノ基、アミド基及びウレタン基からなる群から選択されるいずれか1種の2価の有機基を示し、Yは炭素数1~4のアルキレン基を示し、mは1~4の整数を示す(このように、X、L、Y及びmは、一般式(1-iv)中のX、L、Y及びmと同義である)。]
で表される有機基が「レーザー光を吸収可能な有機基」となる。このように、化合物中のケイ素と結合する基であって式中のXで示す基を含有する有機基が「レーザー光を吸収可能な有機基」となる。
【0045】
このような有機ケイ素化合物の重合体からなる有機シリカ薄膜によれば、いわゆる光捕集アンテナ機能をより効率よく発現させることが可能な傾向にあり、これにより、より効率よく測定対象分子をイオン化することが可能となる傾向にある。なお、ここにいう「光捕集アンテナ機能」とは、光を照射した場合に光エネルギーを吸収して励起したエネルギーを細孔の内部に集約する機能をいい、かかる機能を利用すれば、吸収したレーザー光の光エネルギーを細孔の内部に担持された測定対象分子により効率よく移動させることが可能となる傾向にある。なお、このような「光捕集アンテナ機能」の定義は特開2008-084836号公報に記載されている定義と同様である。
【0046】
また、このような有機ケイ素化合物の重合体は、シロキサン構造(式:-(Si-O)-で表される構造)を形成するケイ素原子同士が有機基により架橋された構造(架橋構造)を有するものとなり、これにより骨格に前記有機基を有する構造のものとなる(いわゆる「架橋型有機シリカ薄膜」となる)。ここで、上記一般式(1-i)で表されかつ式中のRがエトキシ基、nが3、mが2である有機ケイ素化合物の重合反応を一例として、かかる架橋構造について説明すると、下記一般式(2):
【0047】
【化4】
【0048】
(式中、Xはm価の有機基を示し、pは繰り返し単位の数に相当する整数を示す。)
で表されるような反応により、重合後に得られる有機シリカ薄膜は、有機基(X)によりシロキサン構造(式:-(Si-O)-で表される構造)を形成するケイ素原子が架橋された構造の繰り返し単位を有するものとなる(なお、pの数は特に制限されないが、一般的には10~1000程度の範囲であることが好ましい。)。なお、このような架橋構造が形成された場合(有機シリカ薄膜が前記架橋型有機シリカ薄膜となる場合)には、これを質量分析に利用した場合に、照射レーザー光をより効率よく吸収し、有機シリカ薄膜に担持された測定対象分子に対して、より効率良く励起エネルギーを移動できる傾向にある。
【0049】
また、上記一般式(1-i)~(1-iv)におけるRとしては、縮合反応(重合反応)を制御し易いという観点からアルコキシ基及び/又はヒドロキシル基が好ましい。なお、同一分子中に複数のRが存在する場合、Rは同一でも異なっていてもよい。このような一般式(1-i)~(1-iv)におけるRとして選択され得るアルキル基としては、炭素数1~5のアルキル基が好ましい。なお、同一分子中に複数のRが存在する場合、Rは同一でも異なっていてもよい。さらに、上記一般式(1-i)~(1-iv)において、式中のn及び(3-n)は、それぞれケイ素原子(Si)に結合しているR及びRの数を示す。ここにおいて、nは1~3の整数を示すが、縮合した後の構造をより安定なものとすることが可能であるという点からnが3であることが特に好ましい。また、上記一般式(1-i)~(1-iv)中のmは、前記有機基(X)に直接又は間接的に結合しているケイ素原子(Si)の数を示す。このようなmは1~4の整数を示す。このようなmは、安定なシロキサンネットワークを形成し易いという観点から、2~4(特に好ましくは2~3)であることがより好ましい。
【0050】
また、式(1-iv)中のLとしては、高い化学的安定性確保の観点から、単結合又はエーテル基であることがより好ましい。なお、同一分子中に複数のLが存在する場合、Lは同一でも異なっていてもよい。更に、式(1-iv)中のYとしては、重合後のケイ素の高密度化と膜の柔軟性の両立の観点から、エチレン基又はプロピレン基であることがより好ましい。なお、同一分子中に複数のYが存在する場合、Yは同一でも異なっていてもよい。
【0051】
また、上記一般式(1-i)~(1-iv)中のXはm価の有機基を示す。このような式(1-i)~(1-iv)中においてXで表される「m価の有機基」としては、前記芳香族環状構造(レーザー光を吸収可能な構造)と前記フッ素原子含有炭化水素基とを有する有機基であることが好ましく、中でも、波長300~400nmのレーザー光の吸収能力と、より高い化学的安定性とを有するといった観点から、下記式(10):
【0052】
【化5】
【0053】
(上記一般式(10)中、記号*は、該記号を付した結合手が上記式(1-i)~(1-iv)中のXに結合する結合手であることを示し、Rfはフッ素原子含有炭化水素基を示す。)
で表される有機基(ナフタルイミド環からなる芳香族環状構造と、フッ素原子含有炭化水素基とを有する有機基)がより好ましい。このように、前記有機シリカが有する「レーザー光を吸収可能な有機基」としては、ナフタルイミド環を構造中に含みかつフッ素原子含有炭化水素基を含む有機基が特に好ましい。また、このような有機ケイ素化合物としては、有機シリカからなる薄膜を形成した場合に、該薄膜内において有機基(より好ましくはナフタルイミド環からなる芳香族環状構造とフッ素原子含有炭化水素基とを有する有機基)のパッキング状態をより高密度なものとすることが可能な化学構造であることから、上記一般式(1-i)で表される化合物を利用することが好ましい。
【0054】
なお、このような有機ケイ素化合物を製造するための方法は特に制限されず、その設計に応じて、公知の反応等(置換反応等)を適宜利用して、有機ケイ素化合物の有機基(例えば芳香族環状構造)中にフッ素原子含有炭化水素基を導入する等して有機ケイ素化合物を製造する方法を適宜採用でき、例えば、レーザー光を吸収可能な有機基を有するケイ素化合物を調製することが可能な公知の方法を採用しつつ、そのケイ素化合物を調製する反応のいずれかの段階(ケイ素化合物となる前又は後のいずれかの段階)において、公知の置換反応等を適宜利用して、有機基にフッ素原子含有炭化水素基を導入することにより(例えば、ケイ素化合物となる前の化合物(有機基を構成する部位を含む化合物等)中の骨格原子;や、ケイ素化合物を形成した後に、そのケイ素化合物中に含まれる有機基の骨格原子;等に対して、公知の置換反応等を適宜利用して、フッ素原子含有炭化水素基を導入することにより)、前記有機ケイ素化合物を調製する方法等を採用してもよい。
【0055】
また、このようなレーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜(有機シリカ薄膜)としては、1種の有機基を単独で含有するものであってもよく、あるいは、2種以上の有機基を組み合わせて含有するものであってもよい。なお、2種以上の有機基を組み合わせて含有する有機シリカ薄膜としては、上記一般式(1-i)~(1-iv)のうちのいずれかで表され且つXの種類が異なる、複数種の有機ケイ素化合物の重合体等が挙げられる。
【0056】
なお、前記有機ケイ素化合物の重合体としては、本発明の効果を損なわない範囲で、その重合体を調製する有機ケイ素化合物に、前記有機ケイ素化合物以外の他の有機ケイ素化合物を含んでいてもよい。このような他の有機ケイ素化合物としては、例えば、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラブトキシシランといったテトラアルコキシシラン等が挙げられる。
【0057】
また、このような有機シリカからなる薄膜としては、表面積の増加に伴い、分析対象分子の吸着量が増加するため、凹凸構造を有する薄膜を好適に利用できる。このような凹凸構造は、柱状の空隙部からなる細孔が形成された多孔構造、あるいは、柱状体が配列されたピラーアレイ構造であってもよい。なお、ここにいう「柱状」は、略円柱、略多角柱等のいわゆる柱状のものの他、略円錐状、略多角錐状等のような、両端部の大きさ(直径、長さ等)が異なる形状のものも含む概念である。このような凹凸構造は、ナノインプリントにより効率よく製造できる。
【0058】
また、このような有機シリカからなる薄膜としては、該有機シリカの粒子からなる薄膜であってもよい。このように、本発明にかかる有機シリカからなる薄膜として、粒子状の有機シリカからなる薄膜を利用してもよい。このような粒子状の有機シリカの平均直径は数nmから数十μmであってもよく、特に制限されないが、20~600nmであることがより好ましい。
【0059】
また、このような有機シリカからなる薄膜の厚みは、20~2000nmであることが好ましく、50~1000nmであることがより好ましく、100~500nmであることが更に好ましい。このような厚みが前記下限未満では、質量分析の基板として利用した場合にレーザー光を十分に吸収できず、測定対象分子の脱離及びイオン化の効率が低下してしまう傾向にあり、他方、前記上限を超えると、分析に関与しない膜の割合が増えてしまい(膜中に分析に関与しない領域が増えてしまい)、コストが増加する傾向にあるとともに、薄膜と基板との密着性の低下を招いてしまう傾向にある。
【0060】
また、このような有機シリカからなる薄膜を備える本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板の形態は、特に制限されるものではないが、例えば、基材と、該基材上に積層した前記有機シリカからなる薄膜(有機シリカ薄膜)とを備える積層体の形態として利用してもよい。
【0061】
このような基材としては、前記有機シリカ薄膜を支持することが可能なものであればよく、特に制限されず、シリカ膜を製造する際に利用することが可能な公知の基材(例えば、シリコン基材(Si基材)、ITO基材、FTO基材、石英基材、ガラス基材、各種金属基材、各種薄膜、等)を適宜利用できるが、中でも、レーザー脱離/イオン化質量分析により好適に利用できることから、導電性基板が好ましい。このような導電性基板としては、特に制限されるものではないが、例えば、ステンレス鋼、シリコン基材、ITO膜からなる基材、ZnO膜からなる基材、SnO膜からなる基材、FTO膜からなる基材等を用いることができる。このような基材としては、その形態は特に制限されないが、平板状のものが好ましい。
【0062】
このような有機シリカからなる薄膜を備える本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板を製造するための方法は特に制限されず、公知の方法を適宜利用することが可能であるが、例えば、レーザー光を吸収可能な有機基(なお、該有機基は前記フッ素原子含有炭化水素基を含むものである)を有する前記有機ケイ素化合物を部分的に重合せしめて得られたゾル溶液を用いて、前記基材上に該ゾル溶液の塗膜を形成した後、これを硬化せしめることにより、前記有機シリカからなる薄膜を得ることにより、レーザー脱離/イオン化質量分析用基板を製造する方法(以下、便宜上、かかる方法を「方法(I)」と称する)を好適に利用することができる。以下、該方法(I)について簡単に説明する。
【0063】
このような方法(I)に利用するゾル溶液(コロイド溶液)は、前記レーザー光を吸収可能な有機基を有する有機ケイ素化合物を部分的に重合せしめて得られるものである。このようなゾル溶液は、前記有機ケイ素化合物を用いる以外は、シリカ構造体を製造する分野において、いわゆるゾル-ゲル法として知られる公知の方法を採用することにより適宜形成することができる。なお、このようなゾル溶液は、前記有機ケイ素化合物を部分的に加水分解及び縮合反応せしめて得られる部分重合物を含む溶液であることが好ましい。このような溶液に利用する溶媒としては、特に制限されず、いわゆるゾル-ゲル法に用いられる公知の溶媒を適宜利用でき、例えば、メタノール、エタノール、メトキシエタノール、1-プロパノール、イソプロパノール、アセトン、テトラヒドロフラン、N,N-ジメチルホルムアミド、1,4-ジオキサン、アセトニトリル等の有機溶媒が挙げられる。このような溶媒の中でも室温付近での揮発性及び有機化合物の高い溶解性の観点から、メトキシエタノール、1-プロパノール、イソプロパノール、1,4-ジオキサン、テトラヒドロフランが好ましい。
【0064】
また、このようなゾル溶液を調製する際に、前記有機ケイ素化合物を部分的に重合せしめるための諸条件(温度や反応時間)は特に制限されず、用いる有機ケイ素化合物の種類に応じて、例えば、反応温度を0~100℃程度、反応時間は5分~24時間程度としてもよい。また、このような部分的な重合を効率よく進行せしめるといった観点からは、酸触媒を利用することが好ましい。このような酸触媒としては、塩酸、硝酸、硫酸といった鉱酸等が挙げられる。
【0065】
このようなゾル溶液を調製するための方法としては、例えば、前記有機ケイ素化合物と前記溶媒と前記酸触媒とを含む溶液を準備し、かかる溶液を室温(20~28℃、好ましくは25℃)で0.5~12時間程度撹拌することによって、前記有機ケイ素化合物を部分的に重合(部分加水分解および部分重縮合)させて、ゾル溶液を調製する方法を採用してもよい。このように撹拌して反応させる場合において、前記撹拌時間が前記下限未満になると、シリル基の加水分解反応が不十分となり、製膜後の膜の硬化反応が進行し難い傾向にある。
【0066】
なお、前記ゾル溶液には、目的の設計に応じて、前記有機ケイ素化合物以外の他の有機ケイ素化合物(例えば、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラブトキシシランといったテトラアルコキシシラン等)を更に含有させてもよい。
【0067】
また、ゾル溶液としては、溶媒中の前記有機ケイ素化合物の含有量が0.2~20質量%であることが好ましく、0.5~7質量%であることがより好ましい。このような有機ケイ素化合物の含有量が前記下限未満では厚みを制御しながら均一膜を製造することが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えるとゾル溶液中において反応を制御することが困難となり、安定なゾル溶液を調製することが困難となる傾向にある。
【0068】
さらに、このようなゾル溶液としては、溶媒中の前記有機ケイ素化合物の含有量が2~200g/Lであることが好ましく、5~150g/Lであることがより好ましい。このような有機ケイ素化合物の含有量が前記下限未満では厚みを制御しながら均一膜を製造することが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えるとゾル溶液中において反応を制御することが困難となり、安定なゾル溶液を調製することが困難となる傾向にある。
【0069】
また、このようなゾル溶液は、前記有機ケイ素化合物を部分的に重合せしめて形成した後、製造時のコンタミネーション防止及びより高い平滑性の確保の観点から、メンブレンフィルター等で濾過した後に製膜に利用することが好ましい。
【0070】
また、上記のゾル溶液から得られる塗膜の形成方法は特に制限されず、ゾル溶液を、型にキャストする方法や各種コーティング方法で基材に塗布する方法が好適に採用される。さらに、このようなコーティング方法としては、公知の方法(例えば、バーコーター、ロールコーター、グラビアコーターなどを用いて塗布する方法、ディップコーティング、スピンコーティング、スプレーコーティング等といった方法)を適宜採用することができる。
【0071】
また、このようなゾル溶液から得られる膜(未硬化又は半硬化)の厚みとしては、0.1~100μmであることが好ましく、0.1~25μmであることがより好ましい。このような膜の厚みが前記下限未満では基板全面において膜の厚みを均等に保つことが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると流動や液だれによって膜厚にむらができ易い傾向にある。
【0072】
また、このような塗膜を硬化させる方法としては、用いた有機ケイ素化合物の種類に応じて、その加水分解及び縮合反応が進行するような条件を適宜採用すればよく、その温度や加熱時間等は特に制限されない。なお、ゾル溶液の種類によっては、前記ゾル溶液から塗膜を形成(例えば、スピンコートにより塗膜を形成)した際に、同時に硬化が進行する場合もあり、そのような場合には、塗膜の形成後、特に加熱等を施す必要はない。また、このような塗膜を硬化させる方法としては、25~150℃程度の温度で1~48時間程度の時間加熱せしめることが好ましい。このように加熱することで、前記有機ケイ素化合物及び/又は前記有機ケイ素化合物の部分重合物の加水分解及び縮合反応を更に進行せしめることが可能となり、これにより、前記ゾル溶液から得られる塗膜を硬化せしめて前記有機シリカからなる薄膜(有機シリカ薄膜)を形成することが可能となる。なお、このような硬化工程においては、残留するアルコキシ基の加水分解や薄膜の硬化をより効率よく進行せしめるために、前記塗膜を、上記温度範囲(25~150℃)で加熱しながら1~48時間程度、塩酸の蒸気に暴露することが好ましい。このような塩酸の蒸気の暴露により、塗膜の表面のみならず、内部における反応促進が可能となり、残留するアルコキシ基の加水分解や薄膜の硬化をより効率よく進行せしめることが可能となると共に、得られる薄膜の表面に水酸基を露出させることも可能となる。なお、このような方法(I)においては、前記ゾル溶液を用いて塗膜を形成した後、硬化する前に、その塗膜にナノインプリントにより凹凸構造を形成し、その後、硬化せしめることにより、凹凸構造を有する多孔膜(有機シリカ薄膜)を得ることも可能である。
【0073】
このようにして薄膜を形成することにより、フッ素原子含有炭化水素基を含むレーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備える本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板を得ることができる。
【0074】
以上、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板について説明したが、以下、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析法を説明する。
【0075】
<レーザー脱離/イオン化質量分析法>
本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析法は、レーザー脱離/イオン化質量分析法に用いる分析用基板が、上記本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板であることを特徴とする方法である。
【0076】
このようなレーザー脱離/イオン化質量分析の方法としては、分析用基板として上記本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板(以下、場合により、単に「本発明の質量分析用基板」と称する)を用いること以外は、特に制限されず、例えば、本発明の質量分析用基板を用いる以外は、公知の方法で採用している条件と同様の条件を採用することによりレーザー脱離/イオン化質量分析する方法を適宜採用できる。また、このようなレーザー脱離/イオン化質量分析の方法としては、例えば、分析用基板として上記本発明の質量分析用基板を用い、該基板中の前記有機シリカからなる薄膜(有機シリカ薄膜)の表面上に、測定対象分子を含む試料を担持せしめた後、該基板上の試料担持部位にレーザー光を照射することにより、前記測定対象分子をイオン化して質量分析を行う方法を好適に採用することができる。以下、このような本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析法として好適な質量分析法について簡単に説明する。
【0077】
このような方法に用いる試料は、測定対象分子を含むものである。このような測定対象分子としては特に制限されないが、本発明により、より高い検出感度で測定することが可能となることから、生体由来の分子又は生体試料中の分子であることが好ましい。このような生体由来の分子又は生体試料中の分子としては、糖、タンパク質、ペプチド、糖タンパク質、糖ペプチド、核酸、糖脂質等がより好ましく、これらの分子に対しては、本発明の効果をより高度なものとすることが可能となる傾向にある。また、このような測定対象分子としては、天然物から調製されるもの、天然物を化学的又は酵素学的に一部改変して調製されるものの他、化学的又は酵素学的に調製されるものであってもよい。また、生体に含まれる分子の部分構造を有するものや生体に含まれる分子を模倣して作製されたものであってもよい。
【0078】
また、このような試料(測定対象分子を含む試料)は、測定対象分子そのものであってもよいし、あるいは、測定対象分子を含むもの(例えば、生体の組織、細胞、体液や分泌物(例えば、血液、血清、尿、精液、唾液、涙液、汗、糞便等)等)であってもよい。このように、前記試料(測定対象分子を含む試料)としては、直接生体試料を用いてもよい。また、試料の前駆体(測定対象分子の前駆体等)を上記本発明の質量分析用基板の有機シリカからなる薄膜(有機シリカ薄膜)の表面上に担持させた後に酵素処理等を行なって、基板の表面上で測定対象分子を調製してもよい。この場合には、前記試料前駆体を、上記本発明の質量分析用基板に担持させた後に処理を行なうことで、結果的に試料を上記本発明の質量分析用基板の有機シリカ薄膜の表面上に担持することとなる。
【0079】
また、前述の「測定対象分子」としては、上記試料に含有されている分子であって、その化学構造を決定したい分子そのものであってもよく、あるいは、上記試料に含有されている分子であって、その化学構造を決定したい分子を誘導体化した分子(例えば、いわゆる標識分子を化学構造を決定したい分子に結合させることにより得られる質量分析に供される分子)であってもよい。このように、「測定対象分子」は、誘導化していない分子であってもよく、あるいは、標識分子により誘導化した分子であってもよい。なお、誘導化の有無は特に制限されず、利用する有機シリカ薄膜中の有機基の種類や、化学構造を決定したい分子の種類等に応じて適宜決定すればよい。このように、化学構造を決定したい分子によっては必ずしも誘導化を行なう必要はない。なお、このような測定対象分子の分子量については特に限定はないが、他の測定方法での正確な測定が困難であり本発明の特徴をより発揮し易いことから、160以上であることが好ましく、500以上であることがより好ましく、1000以上であることが特に好ましい。
【0080】
また、前記測定対象分子として、化学構造を決定したい分子を誘導体化した分子を利用する場合、その誘導体化は、前記有機基が吸収した光エネルギー(前記有機シリカ薄膜が吸収した光エネルギー)を受容可能にする標識分子、好ましくは、上記有機シリカ薄膜の発光スペクトルとスペクトルの重なりを有する吸収帯を有する標識分子と共有結合させることにより行うことが好ましい。
【0081】
このような標識分子は、有機シリカ薄膜から供与されるエネルギーの受容体としての効果を有するものであれば特に限定されないが、蛍光標識試薬として市販されている分子を利用してもよい。このような標識分子としては、例えば、ピレン誘導体、fluorescein誘導体、rhodamine誘導体、シアニン色素、Alexa Fluor(登録商標)、2-アミノアクリドン、6-アミノキノリン等が挙げられる。
【0082】
また、エネルギー供与体である前記有機シリカ薄膜とエネルギー受容体である標識分子の組合せは、エネルギー移動の効率、有機シリカ薄膜の発光スペクトルと測定対象分子の吸収スペクトルとの重なり、相互作用の強度等の点から適宜決定できる。例えば、有機シリカ薄膜としてトリフェニルアミン基を有する架橋型有機シリカ薄膜を利用する場合は、標識分子として、2-アミノアクリドン等を好適に利用でき、また、有機シリカ薄膜としてメチルアクリドン基を有する架橋型有機シリカ薄膜を利用する場合は、標識分子として、4-Fluoro-7-nitrobenzofurazan、4-Fluoro-7-sulfobenzofurazan、3-Chlorocarbonyl-6,7-dimethoxy-1-methyl-2(1H)-quinoxalinone等を好適に利用できる。このような標識分子は、対象分子と化学結合し易い官能基を有することが好ましく、誘導体化は別の容器で行ってから使用してもよいし、上記本発明の質量分析用基板が備える有機シリカ薄膜の表面上で行ってもよい。
【0083】
なお、分析用基板として上記本発明の質量分析用基板を用いることによって測定対象分子をより効率よくイオン化することが可能となる理由は必ずしも定かではないが、本発明者らは以下のように推察する。すなわち、先ず、本発明の質量分析用基板が備える有機シリカからなる薄膜に対してレーザー光が照射されると、該膜中の有機基によりレーザー光が吸収される。このようにしてレーザー光を吸収させることで、前記有機シリカからなる薄膜に吸収された光エネルギーを測定対象分子(エネルギー受容体)に移動させることが可能となる。このように、前記有機シリカからなる薄膜(有機シリカ薄膜)は、レーザー光を照射すると、光エネルギーを測定対象分子(エネルギー受容体)に移動させるエネルギー供与体として作用する。なお、このような有機シリカ薄膜(エネルギー供与体)から測定対象分子(エネルギー受容体)へのエネルギー移動としては、発光を経由しないエネルギー移動(例えば分子間の励起エネルギー移動や電子移動、あるいは、熱エネルギーとしての移動)、及び、発光を経由するエネルギー移動(例えばレーザー光を吸収した有機シリカ薄膜の有機基から発せられた光を測定対象分子が吸収するエネルギー移動(発光再吸収によるエネルギー移動))が考えられる。そして、このようなエネルギー移動により、レーザー光を利用してより効率よく測定対象分子をイオン化することが可能となるものと本発明者らは推察する。
【0084】
また、本発明においては、このようなエネルギー移動により、レーザー光を利用してより効率よく測定対象分子をイオン化することを可能とするものであると考えられることから、測定対象分子と有機基は以下の関係を満たすようにして選択することが好ましい。すなわち、前記エネルギー移動(有機シリカ薄膜(エネルギー供与体)から測定対象分子(エネルギー受容体)へのエネルギー移動)がどのようなものであっても、より効率よくエネルギー移動させることが可能となるといった観点からは、上記有機シリカ薄膜中の前記有機基により照射レーザー光を吸収させた後に、該有機シリカ薄膜の有機基から発せられる光のスペクトル(有機基からの発光スペクトル)と、前記測定対象分子の吸収スペクトルとが少なくともある1つの波長において重なるようにして、有機基及び測定対象分子を選択することがより好ましい。このように、前記有機基からの発光スペクトルと前記測定対象分子の吸収スペクトルとがなくともある1つの波長において重なっている場合には、前記有機シリカからなる薄膜が吸収した光エネルギー又は前記有機シリカからなる薄膜の励起エネルギーが、測定対象分子により効率よく移動する傾向にある。特に、発光を経由してエネルギー移動する場合、前記有機シリカ薄膜が照射レーザー光を吸収して発光するものであり、かつ、該有機シリカ薄膜の発光スペクトル(有機基からの発光スペクトル)と、上記測定対象分子の吸収スペクトルとが、少なくともある1つの波長において重なっていることがより好ましい。このような発光により有機シリカからなる薄膜から出た光エネルギーが測定対象分子に効率よく移動する傾向にあるためである。
【0085】
また、エネルギー移動の形式がどのようなものであっても(発光を経由する場合であっても、発光を経由しない場合であっても)、上記有機シリカからなる薄膜の発光スペクトルの短波長端の方が、上記測定対象分子の吸収スペクトルの長波長端より短波長側にあることによって、該有機シリカからなる薄膜の発光スペクトルと、該測定対象分子の吸収スペクトルとが、少なくともある1つの波長において重なっていることがより好ましい。このような場合には、前記有機シリカからなる薄膜が吸収した光エネルギーが、光エネルギー又は励起エネルギーとして測定対象分子に対して、より効率よく移動する傾向にある。
【0086】
このようなレーザー脱離/イオン化質量分析法においては、質量分析に際して、先ず、上記本発明の質量分析用基板が備える有機シリカからなる薄膜(有機シリカ薄膜)の表面上に測定対象分子を含む試料を担持せしめる。このような試料の担持方法としては特に制限されないが、例えば、上記質量分析用基板が備える有機シリカからなる薄膜の表面に対して前記試料を含む溶液を塗布し、溶媒を除去することで試料を載置することにより、上記本発明の質量分析用基板に対して試料を担持する方法を採用することが好ましい。このような試料を含む溶液に利用する溶媒としては特に制限されないが、測定対象分子としてペプチド分子を利用する場合において、その溶解性の観点、更には、汎用性の観点から、水、アセトニトリル、メタノール、及び、これらの2種以上の混合溶媒を利用することが好ましい。また、前記試料を含む溶液を塗布する方法は特に制限されないが、調整溶液量が少量でよく、規定量の試料をより効率よく導入(担持)できることから、該溶液を滴下することにより塗布する方法を採用することが好ましい。なお、前述のように、試料前駆体(酵素処理前の分子)を上記本発明の質量分析用基板に担持した後に酵素処理を行なって、該基板上で測定対象分子(酵素処理物)を調製することにより、結果的に上記本発明の質量分析用基板が備える有機シリカからなる薄膜(有機シリカ薄膜)の表面上に、測定対象分子(酵素処理物)を含む試料を担持してもよい。このように、上記本発明の質量分析用基板上に最終的に測定対象分子を含む試料(測定対象分子そのもの、測定対象分子の誘導化物、測定対象分子と標準物質との混合物等)を担持することが可能であれば、試料を担持する方法は特に制限されない。
【0087】
本発明においては、上述のようにして、上記本発明の質量分析用基板の有機シリカからなる薄膜(有機シリカ薄膜)の表面上に測定対象分子を含む試料を担持せしめた後、該膜の試料担持部位にレーザー光を照射することにより、前記測定対象分子をイオン化して質量分析を行う。
【0088】
このような質量分析に用いるレーザー光源としては、特に制限されず、例えば、窒素レーザー(337nm)、YAGレーザー3倍波(355nm)、NdYAGレーザー(256nm)、炭酸ガスレーザー(9400nm、10600nm)等のレーザー光源が挙げられるが、有機シリカ薄膜が効率的に光を吸収できる波長のレーザー光源であるという観点から、窒素レーザー又はYAGレーザー3倍波のレーザー光源が好ましい。
【0089】
また、前記レーザー光源(例えば窒素レーザーの光源)を用いて、レーザー光を前記基板上の試料担持部位に照射する。このようにしてレーザー光を試料担持部位に照射することで、前記測定対象分子をイオン化することが可能となる。なお、イオン化のメカニズムは、既に説明した通り、レーザーの照射部位に存在する前記有機基により照射レーザーが吸収され、吸収された光エネルギーが効率よく測定対象分子に移動することにより生じるものであると本発明者らは推察する。なお、レーザー光の照射条件(照射強度、照射時間等)は特に制限されず、測定対象分子に応じて、公知の質量分析の条件の中から最適となる条件を適宜選択して設定すればよい。
【0090】
また、質量分析のためのイオンの分離検出方法は特に限定されず、二重収束法、四重極集束法(四重極(Q)フィルター法)、タンデム型四重極(QQ)法、イオントラップ法、飛行時間(TOF)法等を適宜採用でき、これによりイオン化した分子を質量/電荷比(m/z)に従って分離し検出することが可能である。なお、このようなイオンの分離検出には、市販の装置を適宜利用でき、例えば、ブルカー・ダルトニクス社製の質量分析計(商品名「autoflex」等)、Shimadzu社製のイオントラップ飛行時間型質量分析計(商品名「AXIMA-QIT等」)等を適宜利用してもよい。このようにして、イオン化された測定対象分子の質量分析を行うことができる。
【0091】
なお、このような本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析法は、分析用基板として上記本発明の質量分析用基板を用いていることから、前記有機シリカからなる薄膜が有する前記有機基中のフッ素原子含有炭化水素基により、測定対象分子を含む試料の特異的な吸着等が抑制され、より均一に測定対象分子を含む試料を基板上に担持できるとともに基板の表面と測定対象分子の相互作用が十分に抑制されているため、レーザー光を照射することで、容易に測定対象分子を脱離/イオン化することが可能であり、マススペクトルにおいて測定対象分子のシグナル強度をより高いものとすることができる。そのため、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析法によれば、より高感度な分析を行うことが可能となるものと本発明者らは推察する。また、本発明においては、測定対象分子(分析対象化合物)にマトリクス化合物(低分子有機物)を混合した試料(サンプル)を利用する必要がないことから、マトリクス由来のピークを検出することなく、測定対象分子に由来するピークを高感度で測定することが可能であり、マトリクス化合物(低分子有機物)を利用する方法と対比して、より簡易で迅速な分析を行うことが可能となる。
【実施例
【0092】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0093】
(合成例1:有機シリカの原料化合物の調製)
下記反応式(I):
【0094】
【化6】
【0095】
に沿って、先ず、上記式(100)で表される化合物を製造した後、上記式(101)で表される化合物を製造した。以下、かかる化合物の製造の際に利用した方法を、式(100)で表される化合物を調製する工程と、式(101)で表される化合物を調製する工程とに分けて説明する。なお、各化合物の同定は、重クロロホルム溶液中でH NMRスペクトルを測定することによって行った。また、このようなNMRスペクトルの測定には、測定装置として日本電子株式会社製の商品名「JNM-ECX400P」を用いた。
【0096】
<式(100)で表される化合物の調製工程>
先ず、窒素雰囲気下、1,8-ナフタル酸無水物(1.98g、10.0mmol)及び1H,1H-ウンデカフルオロヘキシルアミン(10.0g、33.4mmol)をジメチルアセトアミド(DMAc:60mL)と混合し、125℃で72時間加熱撹拌することにより混合液を得た。次いで、前記混合液を室温(25℃)まで冷却した後、水(200mL)を添加することにより沈澱物を析出せしめた。次に、前記混合液中に析出した沈澱物を吸引ろ過により回収し、水洗することにより固形分を得た。次いで、得られた固形分を水/メタノールを用いて再沈澱させた後、沈殿物を吸引ろ過することにより回収した。その後、得られた沈澱物にメタノール(100mL)を加え、60℃で加熱撹拌することにより混合液を得た後、得られた混合液を冷却して-20℃で一晩(15時間)静置した。そして、該混合液中に析出した析出物を吸引ろ過により回収し、-20℃のメタノールで洗浄した。次いで、かかる洗浄後の析出物を真空乾燥することで目的とする化合物(褐色固体)を得た(収量:4.11g、収率:86%)。なお、得られた化合物は、H NMRスペクトルの測定結果から、上記式(100)で表される化合物であることが確認された。H NMRスペクトルの測定結果を以下に示す。
【0097】
H NMR (CDCl,δ in ppm):5.03(t,J(H,F)=15.6Hz,2H),7.80(m,2H),8.28(m,2H),8.67(m,2H)。
【0098】
<一般式(101)で表される化合物の調製工程>
先ず、窒素雰囲気下、上記式(100)で表される化合物(4.00g、8.35mmol)及びRuH(CO)(PPh(183.6mg、0.20mmol)を、メシチレン(80mL)と混合して100℃に加熱することで均一な溶液とした。次に、前記溶液にビニルトリイソプロポキシシラン(7.81g、8.98mL、33.6mmol)を加えた後、160℃で3時間加熱撹拌して反応液を得た。次に、前記反応液を室温(25℃)まで冷却した後、該反応液を中性シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより展開溶媒を徐々に変えながら精製することにより(〔精製の最初の段階で利用した展開溶媒〕クロロホルム/ヘキサン(容量比:1/2)、〔精製の途中の段階で利用した展開溶媒〕クロロホルムのみ、〔精製の最後の段階で利用した展開溶媒〕クロロホルム/エタノール(容量比:20/1))、目的とする化合物を含むフラクションを回収した。次いで、得られたフラクションからロータリーエバポレーターで溶媒を除去した後、残渣をクロロホルム(100mL)に再溶解し、金属捕捉剤(SiliCycle社製の商品名「SiliaMetS(登録商標) DMT」)を20g添加して、室温(25℃)で3日間撹拌して混合物を得た。次いで、前記混合物から吸引ろ過により金属捕捉剤を除去し、得られたろ液からロータリーエバポレーターで溶媒を除去した後、残渣を60℃に加熱しながら真空乾燥することで、粗生成物(紫色固体)を得た(粗収量:7.89g、粗収率:100%)。次いで、得られた粗生成物を2-メトキシエタノールを用いて再結晶(-20℃)により精製し、目的とする化合物(白色固体)を得た(収量:5.40g、収率:69%)。なお、得られた化合物は、H NMRスペクトルの測定結果から、上記式(101)で表される化合物であることが確認された。H NMRスペクトルの測定結果を以下に示す。
【0099】
H NMR (CDCl,δ in ppm):1.04(m,4H),1.24(d,J=6.2Hz,36H),3.51(m,4H),4.31(sep,J=6.2Hz,6H),5.07(t,J(H,F)=15.5Hz,2H),7.57(d,J=8.5Hz,2H),8.03(d,J=8.5Hz,2H)。
【0100】
(実施例1)
〔質量分析用の基板の調製〕
合成例1で得られた上記式(101)で表される化合物(90mg)を1-プロパノール(1mL)中に溶解して溶解液を得た後、該溶解液中に2mol/L(2M)の塩酸(12μL)を加え、室温(25℃)で30分間撹拌した後、更に、2-メトキシエタノール(200μL)を添加して5分間撹拌することにより、ゾル溶液を調製した。次いで、得られたゾル溶液をメンブレンフィルターで濾過した後、その濾過後のゾル溶液をシリコン基板上にスピンコート(2000rpmで4s)することにより製膜し、ナフタルイミド環とフッ素原子含有炭化水素基(式:-CH-(CF-CFで表される基)とを含む有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜(膜厚:250nm)を備える基板(有機シリカ薄膜/シリコン基材)を調製した。なお、このようにして得られた有機シリカからなる薄膜は、後述の質量分析試験1及び2を行う前に、エタノール溶液中で30分間超音処理を施して洗浄した。
【0101】
〔質量分析試験1〕
測定対象分子(分析対象物質)としてアンジオテンシンI(Angiotensin I、分子量:1296.5)を選択して、上述のようにして得られた有機シリカからなる薄膜を備える基板(有機シリカ薄膜/シリコン基材)を分析用の基板として、レーザー脱離/イオン化質量分析を実施した。
【0102】
先ず、イオン化剤としてトリフルオロ酢酸(0.88nmol/μL)を含むアンジオテンシンIの水溶液(アンジオテンシンIの濃度:1pmol/μL)を、試料担持用の溶液として準備した。次に、該試料担持用の溶液を前記基板(有機シリカ薄膜/シリコン基材)の有機シリカ薄膜の表面上に1μL滴下することにより塗布した。次いで、前記基板に塗布した前記溶液を自然乾燥させて(前記溶液から溶媒を蒸発させて)、該基板の有機シリカ薄膜の表面上にアンジオテンシンI(試料)を担持した。その後、分析装置としてブルカー・ダルトニクス社製の商品名「Autoflex maX」を用いて、リフレクトロンモードにて、前記基板のアンジオテンシンIを担持した領域(溶液を塗布し、乾燥させた箇所)内の任意の一箇所(1スポット)に、レーザー強度60%の条件でレーザー光(YAGレーザー3倍波、波長:355nm)を10回照射し(レーザー光を1スポットあたり計10ショットし)、レーザー光のショットごとに得られるマススペクトルを積算(スペクトルの積算回数:10回)することにより、マススペクトル(LDI-MSスペクトル)を求めた。このようにして求められたマススペクトル(LDI-MSスペクトル)を図1及び図2に示す(図2は、図1に示すグラフ(マススペクトル)の質量電荷比(m/z)が1290~1310の領域のグラフの拡大図である)。
【0103】
このような測定の結果として得られた図1及び図2に示すマススペクトル(LDI-MSスペクトル)においては、同位体を含むアンジオテンシンIのプロトン付加体のシグナルが、質量電荷比(m/z)が1296.6、1297.6、及び、1298.6の位置において明瞭に観測された。また、不純物成分のシグナルが出やすい質量電荷比(m/z)が200~600の領域には、ほとんどピークが見られなかった。このような結果から、上述のようにして得られた有機シリカからなる薄膜を備える基板は、十分に高感度な分析が可能なものであることがわかった。
【0104】
〔質量分析試験2〕
上述のようにして得られた有機シリカからなる薄膜を備える基板(有機シリカ薄膜/シリコン基材)を分析用の基板として用いて、以下のようにして、1点(1スポット)あたり計100ショット(1スポットあたりのスペクトルの積算回数:100回)のレーザー照射を行い、合計で約200点の測定点に対してレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行って、基材上の試料(サンプル)の分布状態を確認した。すなわち、先ず、上記質量分析試験1で採用している方法と同様にして基板の有機シリカ薄膜の表面上にアンジオテンシンI(試料)を担持した。その後、該基板上のアンジオテンシンI(試料)を担持した領域を含む、2mm角の領域に対して、150μm間隔でレーザー光(1点あたり計100ショット)を照射することにより合計で約200点の測定点にそれぞれレーザー光を照射し、各測定点のスペクトル強度をそれぞれ測定して、有機シリカ薄膜の表面上の2mm角の領域に対して、試料の分布状態に関するマッピング測定を行った。なお、スペクトル強度の測定に際しては、分析装置としてブルカー・ダルトニクス社製の質量分析計(ブルカー・ダルトニクス社製の商品名「Autoflex maX」)を用い、前記レーザー光としてYAGレーザー3倍波(波長:355nm)を用い、レーザー強度60%の条件で測定点ごとにレーザー光を100回照射して、スペクトルを100回積算することにより、各測定点ごとにスペクトル強度を求めた。このようにして、スペクトル強度(シグナル強度)の二次元分布(強度分布)を濃淡により示す図面(約200点の測定部位と、各測定部位のシグナル強度との関係を示した図面)を求め、その結果を図3に示す。
【0105】
このような図3に示す測定結果から明らかなように、試料担持用の溶液を塗布した領域(液滴跡が確認された領域)内においては、ほぼ全測定点においてアンジオテンシンIに由来するピークが十分に高い強度で検出された。このように、試料担持用の溶液を塗布した領域(図3中の円形の液滴跡の領域)に関しては、ほぼ全面に亘ってアンジオテンシンIに由来するピークが十分に高い強度で確認されたことから、前記有機シリカからなる薄膜の表面上に十分に均一にアンジオテンシンIが担持されていることが分かった。このような結果から、前記有機シリカからなる薄膜を備える基板を質量分析用の基板として利用した場合には、試料の分布の均一性が十分に高い状態で試料を担持させることが可能となることが分かった。
【0106】
(合成例2:比較用の有機シリカの原料化合物の調製)
下記反応式(II):
【0107】
【化7】
【0108】
に沿って、先ず、上記式(200)で表される化合物を製造した後、上記式(201)で表される化合物(比較用の有機シリカの原料化合物)を製造した。以下、かかる化合物の製造の際に利用した方法を、式(200)で表される化合物を調製する工程と、式(201)で表される化合物を調製する工程とに分けて説明する。なお、各化合物の同定は、重クロロホルム溶液中でH NMRスペクトルを測定することによって行った。また、このようなNMRスペクトルの測定には、測定装置として日本電子株式会社製の商品名「JNM-ECX400P」を用いた。
【0109】
<式(200)で表される化合物の調製工程>
先ず、窒素雰囲気下、1,8-ナフタル酸無水物(1.98g、10.0mmol)及び2-エチルヘキシルアミン(1.94g、15.0mmol)をピリジン(10mL)と混合し、110℃で7時間加熱撹拌することにより混合液を得た。次いで、前記混合液に水(200mL)を添加して反応をクエンチした後、更にクロロホルム(200mL)を加え、分液ロートを用いた抽出処理を行った。このような抽出処理により有機層を回収した後、該有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥し、その後、ろ過により硫酸マグネシウムを除去して、ろ液を得た。次いで、得られたろ液からロータリーエバポレーターで溶媒を除去し、残渣を-20℃のメタノールを用いた再結晶により精製し、目的とする化合物(白色固体)を得た(収量1.45g、収率47%)。なお、得られた化合物は、H NMRスペクトルの測定結果から、上記式(200)で表される化合物であることが確認された。H NMRスペクトルの測定結果を以下に示す。
【0110】
H NMR(CDCl,δ in ppm):0.88(t,J=7.1Hz,3H),0.94(t,J=7.4ppm,3H),1.26-1.44(m,8H),1.96(m,1H),4.14(m,2H),7.76(m,2H),8.21(m,2H),8.61(m,2H)。
【0111】
<一般式(201)で表される化合物の調製工程>
先ず、窒素雰囲気下、上記式(200)で表される化合物(1.00g、3.23mmol)及びRuH(CO)(PPh(74.1mg、0.08mmol)をメシチレン(20mL)と混合して100℃に加熱することで均一な溶液とした。次に、前記溶液にビニルトリイソプロポキシシラン(3.00g、3.45mL、12.9mmol)を加えた後、160℃で3時間加熱撹拌して反応液を得た。次に、前記反応液を室温(25℃)まで冷却した後、該反応液を中性シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより展開溶媒を徐々に変えながら精製することにより(〔精製の最初の段階で利用した展開溶媒〕クロロホルム/ヘキサン(容量比:1/2)、〔精製の途中の段階で利用した展開溶媒〕クロロホルムのみ、〔精製の最後の段階で利用した展開溶媒〕クロロホルム/エタノール(容量比:20/1))、目的とする化合物を含むフラクションを回収した。次いで、得られたフラクションからロータリーエバポレーターで溶媒を除去した後、残渣をクロロホルム(100mL)に再溶解し、金属捕捉剤(SiliCycle社製の商品名「SiliaMetS(登録商標) DMT」)を3g添加して、室温(25℃)で3日間撹拌して混合物を得た。次いで、前記混合物から吸引ろ過により金属捕捉剤を除去し、得られたろ液からロータリーエバポレーターで溶媒を除去した後、残渣を60℃に加熱しながら真空乾燥することで、目的とする化合物(粘性液体)を得た(収量:1.00g。収率:40%)。なお、得られた化合物は、H NMRスペクトルの測定結果から、上記式(201)で表される化合物であることが確認された。H NMRスペクトルの測定結果を以下に示す。
【0112】
H NMR(CDCl,δ in ppm):0.87(t,J=7.1Hz,3H),0.92(t,J=7.4ppm,3H),1.24(d,J=6.2Hz,36H),1.26-1.44(m,8H),1.90(m,1H),3.52(m,4H),4.13(m,2H),4.31(sep,J=6.2Hz,6H),7.53(d,J=8.4Hz,2H),7.97(d,J=8.4Hz,2H)。
【0113】
(比較例1)
〔質量分析用の基板の調製〕
合成例2で得られた上記式(201)で表される化合物(90mg)を1-プロパノール(1mL)中に溶解して溶解液を得た後、該溶解液中に2mol/L(2M)の塩酸(12μL)を加え、室温(25℃)で60分間撹拌した後、更に、2-メトキシエタノール(200μL)を添加して5分間撹拌することにより、ゾル溶液を調製した。次いで、得られたゾル溶液をメンブレンフィルターで濾過した後、その濾過後のゾル溶液をシリコン基板上にスピンコート(1800rpmで4s)することにより製膜し、ナフタルイミド環とアルキル基(2-エチルヘキシル基)とを含む有機基を骨格に有する比較用の有機シリカからなる薄膜を備える、比較用基板(比較用の有機シリカ薄膜/シリコン基材)を調製した。なお、このようにして得られた比較用の有機シリカからなる薄膜は、後述の質量分析試験3の試験を行う前に、エタノール溶液中で30分間超音処理を施して洗浄した。
【0114】
〔質量分析試験3〕
基板の種類を前記比較用基板に変更した以外は、上述の質量分析試験1(実施例1において行った質量分析の試験)と同様の方法を採用して質量分析を行った。しかしながら、アンジオテンシンIに由来するピークを十分に確認することができなかった。そこで、基板の種類を前記比較用基板に変更するとともにレーザー強度の条件を60%から70%に変更した以外は、上述の質量分析試験1と同様の方法を採用して質量分析を行った(質量分析試験3)。このようにして求められたマススペクトル(LDI-MSスペクトル)を図4に示す。
【0115】
図4に示すマススペクトル(LDI-MSスペクトル)からも明らかなように、アンジオテンシンIのプロトン付加体のシグナルは、質量電荷比(m/z)が1296.6の位置において検出されたものの、スペクトルのS/N比が低くアンジオテンシンIのプロトン付加体のシグナルを必ずしも明瞭に測定することができなかった。なお、比較用基板を用いて質量分析試験2と同様の測定を行うことを試みたものの、S/N比が低いためマッピング測定ができなかった。
【0116】
このような実施例1及び比較例1で行った質量分析の結果から、図1図4とを対比すると、ナフタルイミド環とともにフッ素原子含有炭化水素基(式:-CH-(CF-CFで表される基)を含む有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備える基板(実施例1で調製した基板)によって、ナフタルイミド環とともにアルキル基(2-エチルヘキシル基)を含む有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備える比較用基板よりも、より感度の高い質量分析を行うことが可能となることが確認された。
【0117】
(実施例2)
先ず、実施例1で採用している「質量分析用の基板の調製」の方法と同様にして、質量分析用の基板を調製した。そして、かかる基板を用い、測定対象分子(分析対象物質)をアンジオテンシンIからポリ(エチレングリコール)ジメチルエーテル(数平均分子量:1000)に変更し、試料担持用の溶液の種類を、イオン化剤としてトリフルオロ酢酸(0.88nmol/μL)を含むポリ(エチレングリコール)ジメチルエーテルの水溶液(濃度:5pmol/μL)に変更し、質量分析時にスペクトルの積算回数(レーザー光の照射回数)を10回から100回に変更した以外は、上記質量分析試験1(実施例1において行った質量分析の試験)で採用している方法と同様の方法を採用してレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行い、マススペクトル(LDI-MSスペクトル)を求めた。得られたマススペクトル(LDI-MSスペクトル)を図5に示す。
【0118】
図5に示す結果からも明らかなように、マススペクトルにおいて、質量電荷比(m/z)が1037.8(22量体)の位置を中心にして等間隔なシグナルパターン(繰り返し単位を含むポリマー特有の等間隔なシグナルパターン:ポリマーに特有のピーク形状)が明瞭に観測された。このように、マススペクトルにおいて、ポリ(エチレングリコール)ジメチルエーテルのナトリウム付加体に由来するシグナルが、質量電荷比(m/z)が1037.8(22量体)の位置を中心にして明瞭に観測された。なお、各シグナルの間隔は、ポリ(エチレングリコール)ジメチルエーテルの繰り返しユニットの質量電荷比(m/z)に相当する44となっていた。また、このようなマススペクトル(図5)においては、15量体(m/z=729.6)から29量体(m/z=1345.9)のスペクトルが特に明瞭に検出された。このような結果から、ナフタルイミド環とフッ素原子含有炭化水素基(式:-CH-(CF-CFで表される基)とを含む有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備える基板(有機シリカ薄膜/シリコン基材)が、ポリマー(高分子材料)の質量分析用の基板として十分に有用であることが分かった。
【0119】
(実施例3)
先ず、実施例1で採用している「質量分析用の基板の調製」の方法と同様にして、質量分析用の基板を調製した。そして、かかる基板を用い、測定対象分子(分析対象物質)をアンジオテンシンIからインスリンに変更し、試料担持用の溶液の種類を、イオン化剤としてトリフルオロ酢酸(0.88nmol/μL)を含むインスリンの水溶液(濃度:5pmol/μL)に変更し、質量分析時にレーザー強度を60%から80%に変更し、質量分析時にスペクトルの積算回数(レーザー光の照射回数)を10回から100回に変更し、更に、測定に際してリフレクトロンモードからリニアモードに変更した以外は、上記質量分析試験1(実施例1において行った質量分析の試験)で採用している方法と同様の方法を採用してレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行い、マススペクトル(LDI-MSスペクトル)を求めた。得られたマススペクトル(LDI-MSスペクトル)を図6に示す。
【0120】
図6に示す結果からも明らかなように、マススペクトルにおいて、インスリンのプロトン付加体のシグナルが、質量電荷比(m/z)が5805.4の位置において明瞭に観察された。このような結果から、ナフタルイミド環とフッ素原子含有炭化水素基(式:-CH-(CF-CFで表される基)とを含む有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備える基板(有機シリカ薄膜/シリコン基材)を用いることで、分子量が5000を超えるようなペプチドも分析できることが確認され、高分子量の測定対象分子を十分に高い感度で分析することが可能であることが分かった。
【0121】
実施例1~3に示す結果から、フッ素原子含有炭化水素基を含むレーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜を備える本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板によれば、マトリクス化合物(低分子有機物)を利用することなく、レーザー脱離/イオン化法により、試料をイオン化して質量分析することが可能であることが確認されるとともに、測定対象分子の種類が高分子量のものであっても、マススペクトルにおいて、十分に高いシグナル強度で測定対象分子を検出できることが確認された。このような結果から、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板によれば、十分に高感度な質量分析を行うことが可能となることが分かった。また、実施例1に示す結果(特に、質量分析試験2の結果)から、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板においては、試料を十分に均一に担持することが可能となることも分かった。
【産業上の利用可能性】
【0122】
以上説明したように、本発明によれば、質量分析に利用した場合にマススペクトルにおいて十分に高いシグナル強度で測定対象分子を検出でき、十分に高感度な分析を行うことを可能とするレーザー脱離/イオン化質量分析用基板、及び、それを用いたレーザー脱離/イオン化質量分析法を提供することが可能となる。このような本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用基板は、レーザー脱離/イオン化法(LDI)により測定対象分子を質量分析する際に利用する基板として特に有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6