(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-08
(45)【発行日】2023-09-19
(54)【発明の名称】接合方法および熱交換部材
(51)【国際特許分類】
B23K 20/00 20060101AFI20230911BHJP
B23K 20/24 20060101ALI20230911BHJP
【FI】
B23K20/00 310H
B23K20/24
B23K20/00 310L
(21)【出願番号】P 2021011082
(22)【出願日】2021-01-27
【審査請求日】2022-09-08
(31)【優先権主張番号】P 2020010660
(32)【優先日】2020-01-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】弁理士法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石川 貴浩
(72)【発明者】
【氏名】太田 星
(72)【発明者】
【氏名】小山 真司
【審査官】山内 隆平
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-262375(JP,A)
【文献】国際公開第2013/183560(WO,A1)
【文献】特開2018-059198(JP,A)
【文献】特開昭61-073888(JP,A)
【文献】特開2011-200930(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 20/00
B23K 20/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の時効硬化性銅合金部材を接合しその後に熱処理する接合方法であって、
第一と第二の銅合金部材の表面を、
アルカリ溶液中に浸漬する、あるいは、アルカリを含む蒸気に曝露する工程を行うことなく、有機酸溶液中で煮沸する、あるいは、有機酸を含む蒸気に曝露する工程と、
その後、前記第一と第二の銅合金部材の表面を突き合わせて、加熱及び加圧して、前記第一と第二の銅合金部材を接合する工程と、
を有する接合方法。
【請求項2】
請求項
1に記載の接合方法であって、
前記接合する工程のあと、前記接合体を溶体化し時効硬化処理する工程、
を有する接合方法。
【請求項3】
複数の時効硬化性銅合金部材を接合しその後に熱処理する接合方法であって、
前記銅合金部材がベリリウムを構成元素として含む場合に、第一と第二の銅合金部材の表面をアルカリ溶液中に浸漬する、あるいは、アルカリを含む蒸気に曝露する工程と、
その後、前記第一と第二の銅合金部材の表面を有機酸溶液中で煮沸する、あるいは、有機酸を含む蒸気に曝露する工程と、
その後、前記第一と第二の銅合金部材の表面を突き合わせて、加熱及び加圧して、前記第一と第二の銅合金部材を接合する工程と、
その後当該接合体を溶体化し時効硬化処理する工程と、
を有する接合方法。
【請求項4】
前記アルカリ溶液が水酸化ナトリウム水溶液である、請求項
3に記載の接合方法。
【請求項5】
前記時効硬化性銅合金は、ベリリウム銅25合金(UNS番号C17200)、ベリリウム銅11合金(UNS番号C17510)、ベリリウム銅10合金(UNS番号C17500)、ベリリウム銅CuCoNiBe(CEN番号CW103C)、クロム銅(UNS番号C18200)、クロムジルコニウム銅(UNS番号C18510、CEN番号CW106C)、CuNiSn合金(UNS番号C72700、C72950、C72900)、ジルコニウム銅(UNS番号C15000)、コルソン銅(UNS番号C19010、C70250,C70320)のいずれか1以上である請求項
1~4のいずれか1項に記載の接合方法。
【請求項6】
前記銅合金は、ベリリウム銅25合金(UNS番号C17200)、ベリリウム銅11合金(UNS番号C17510)、ベリリウム銅10合金(UNS番号C17500)、ベリリウム銅CuCoNiBe(CEN番号CW103C)、クロム銅(UNS番号C18200)、クロムジルコニウム銅(UNS番号C18510、CEN番号CW106C)、CuNiSn合金(UNS番号C72700、C72950、C72900)のいずれか1以上である請求項
3又は4に記載の接合方法。
【請求項7】
前記有機酸が、ギ酸、酢酸、クエン酸から選ばれる1種以上のカルボン酸である、請求項1~
6のいずれか1項に記載の接合方法。
【請求項8】
請求項1~
7のいずれか1項に記載する接合方法で製造された時効硬化性銅合金製の熱交換部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、銅合金の接合方法および熱交換部材を開示する。
【背景技術】
【0002】
従来、耐水素部材が用いられるものとしては、例えば、燃料電池自動車(FCV)が挙げられる。FCVの燃料である水素は、常温で気体であるため、ガソリン等の液体燃料に比べてエネルギー体積密度が極めて低い。このため、FCVでは、ガソリン等と同様の航続距離を確保するために、30MPaや70MPaといった非常に高圧な水素燃料タンクが必要となっている。またFCVへ水素を供給する水素ステーションでは、このような高圧な水素を供給するために45MPaや90MPaといったさらに高圧の水素を取り扱う必要がある。
【0003】
このような高圧水素下で金属材料を使用すると、多くの材料で水素による強度低下や絞り特性の低下(水素脆化)が発生する。現在のところ使用できる金属材料は、アルミニウム合金や一部のオーステナイト系ステンレス鋼等に限られている(例えば、非特許文献1~4参照)。またFCVへ水素を供給する水素ステーションで使用されるプレクーラーの熱交換器は、水素及び冷媒を通す流路を形成するため、スリット又は溝を備えた金属板を多層接合した構造を有する。当該熱交換器は材質としては水素脆性の少ないSUS316L-Ni当量材を選定し、これを拡散接合して構成されているが、素材の熱伝導率が低いので熱交換効率が低くランニングコストが高い上、設備の小型化にも不向きである。発明者らは、ベリリウム銅が熱伝導率と強度が高く耐水素特性に優れ、熱交換部材等に好適である事を見出したが(特許文献1~3)、その好適な接合方法ならびに接合体は知られていなかった。また、このベリリウム銅合金などの耐水素特性に優れた高強度熱伝導の時効硬化性合金の、母材強度に迫る高い強度と、耐水素脆性に優れる好適な接合方法は知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-029034号公報
【文献】特開2016-140883号公報
【文献】特許第6132316号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Safety Standard for Hydrogen System, NASA, NSS 1740.16(2005)
【文献】Effect of High-Pressure Hydrogen on, Metals (1968), American
【文献】日本自動車研究所規格「圧縮水素自動車燃料装置用容器の技術基準(JARI-S001)及び付属品の技術基準(JARI-S002)」(2004年発行)
【文献】高圧ガス保安協会規格「70MPa圧縮水素自動車燃料装置用容器の技術基準 KHKS 0128」(2012年制定)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高圧部品の設計には、公式による設計(例えば、高圧ガス保安法特定設備規則)と解析による設計(例えば、高圧ガス保安協会KHK―S―0220)がある。いずれも、材料の引張強度を基準として許容応力が定められるため、引張強度が高いほど、高い許容設計応力で設計ができ、部材の肉厚を薄くすることができる。特に部品を構成するにあたっては接合部位を含め信頼性を確保する必要があるため、現在はSUS316L-Ni当量材の接合体など接合部を含め耐水素特性に優れた素材が用いられているが熱伝導特性が低い点に難点があり、高い熱伝導率を有しかつ水素脆性が少なく高い引張強度を示す有用な金属接合体は見いだされていなかった。
【0007】
更に、例えば、70MPa級の水素ステーションでは、空になって低圧となったFCVのタンクへ水素を3分程度で充填するため、水素の温度が急上昇することがある。このため、充填直前に水素を急速に-40℃まで冷却するプレクーラーと呼ばれる設備が必要である。しかしながら、プレクーラーの主要構成要素である熱交換器では、熱伝導に劣るSUS316L-Ni当量材等が使用されている。そのため熱交換器が大型になってしまっており、従来のガソリン等の補給用ディスペンサーに比べて非常に大きな設置面積が必要となっている。銅合金は耐水素特性に優れるが、とりわけ高強度を有する時効硬化型銅合金においては、厳しい熱衝撃を伴う溶体化時効処理が必要であり、この処理に耐える水素特性劣化を伴わない接合層を有する接合法は知られていなかった。
【0008】
本開示は、このような課題に鑑みなされたものであり、耐水素脆化特性と熱伝導特性に優れた新規の耐水素接合部材たる銅合金の接合方法及び熱交換部材を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した目的を達成するために、本発明者らは、素材として銅合金、特に耐水素脆化特性や、引張強度、熱伝導性が高いベリリウム銅合金を用い、当該ベリリウム銅を接合するにあたり、接合層に水素吸蔵量が多く高圧水素と接する使用条件下で水素特性を劣化させる元素であるNi,Ti等の元素を含まない接合層を形成する上で、有機酸による表面処理、減圧加圧下における接合、溶体化と時効処理が有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本開示の耐水素部材は、水素と接触する状態で用いられる接合部分を有する耐水素部材であって、
銅合金表面のCuO、Cu2O、BeO、CrO、ZnOなどの酸化皮膜をカルボン酸などの有機酸で除去するとともにカルボン酸塩などの有機酸被膜を形成して再酸化を抑止し、当該処理材の接合面同士を接触させ、減圧雰囲気下で加圧加熱させることでカルボン酸被膜を揮発させて活性な銅合金表面を母材以外の元素を添加することなく接合し、接合体を溶体化処理しその後に治具による拘束をしてまたはせずに時効処理することで接合部に水素特性を劣化させる元素を含有しない高い熱伝導率と強度と耐水素特性に優れた接合体である。
【発明の効果】
【0011】
本開示では、熱伝導率が高く、耐水素脆化特性がよい新規な耐水素部材及び耐水素部材の製造方法を提供することができ、水素ステーションのプレクーラーなど高効率の熱交換部材として好適に利用することができる。
【0012】
また、本開示は、
複数の銅合金部材の接合方法であって、
当該銅合金部材がベリリウムを構成元素として含む場合に、第一と第二の銅合金部材の表面をアルカリ溶液中に浸漬する、あるいは、アルカリを含む蒸気に曝露する工程と、
その後、前記第一と第二の銅合金部材の表面を有機酸溶液中で煮沸する、あるいは、有機酸を含む蒸気に曝露する工程と、
その後、前記第一と第二の銅合金部材の表面を突き合わせて、加熱及び加圧して、前記第一と第二の銅合金部材を接合する工程を有する、ものとしてもよい。
【0013】
あるいは、本開示の接合方法は、
複数の時効硬化性銅合金部材を接合しその後に熱処理する接合方法であって、
第一と第二の銅合金部材の表面を、有機酸溶液中で煮沸する、あるいは、有機酸を含む蒸気に曝露する工程と、
その後、前記第一と第二の銅合金部材の表面を突き合わせて、加熱及び加圧して、前記第一と第二の銅合金部材を接合する工程と、を有する、ものとしてもよい。
この接合方法において、前記接合する工程のあと、前記接合体を溶体化し時効硬化処理する工程、を有するものとしてもよい。
【0014】
あるいは、本開示の接合方法は、
複数の時効硬化性銅合金部材を接合しその後に熱処理する接合方法であって、
前記銅合金部材がベリリウムを構成元素として含む場合に、第一と第二の銅合金部材の表面をアルカリ溶液中に浸漬する、あるいは、アルカリを含む蒸気に曝露する工程と、
その後、前記第一と第二の銅合金部材の表面を有機酸溶液中で煮沸する、あるいは、有機酸を含む蒸気に曝露する工程と、
その後、前記第一と第二の銅合金部材の表面を突き合わせて、加熱及び加圧して、前記第一と第二の銅合金部材を接合する工程と、
その後当該接合体を溶体化し時効硬化処理する工程と、
を有する、ものとしてもよい。
【0015】
本開示の接合方法において、前記アルカリ溶液が水酸化ナトリウム水溶液であるものとしてもよい。
【0016】
本開示の接合方法において、前記時効硬化性銅合金は、ベリリウム銅25合金(UNS番号C17200,JIS番号C1720以下同じ)、ベリリウム銅11合金(UNS番号C17510,JIS番号C1751 以下同じ)、ベリリウム銅10合金(UNS番号C17500)、ベリリウム銅CuCoNiBe(CEN番号CW103C)、クロム銅(UNS番号C18200)、クロムジルコニウム銅(UNS番号C18510、CEN番号CW106C)、CuNiSn合金(UNS番号C72700、C72950、C72900)、ジルコニウム銅(UNS番号C15000)、コルソン銅(UNS番号C19010、C70250,C70320)のいずれか1以上であるものとしてもよい。
【0017】
本開示の接合方法において、前記両性金属元素を構成元素として含む銅合金は、ベリリウム銅25合金(UNS番号C17200)、ベリリウム銅11合金(UNS番号C17510)、ベリリウム銅10合金(UNS番号C17500)、ベリリウム銅CuCoNiBe(CEN番号CW103C)、クロム銅(UNS番号C18200)、クロムジルコニウム銅(UNS番号C18510、CEN番号CW106C)、CuNiSn合金(UNS番号C72700、C72950、C72900)のいずれか1以上であるものとしてもよい。
【0018】
本開示の接合方法において、前記有機酸が、ギ酸、酢酸、クエン酸から選ばれる1種以上のカルボン酸であるものとしてもよい。
【0019】
本開示の熱交換部材は、上述したいずれかに記載する接合方法で製造された時効硬化性銅合金製の熱交換部材としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】水素ステーション10の構成の概略の一例を示す説明図である。
【
図2】熱交換器30の構成の概略の一例を示す説明図である。
【
図3】評価材の成分ならびに機械物理特性を示す図である。
【
図5】ギ酸処理効果などのピール強度の試験方法を示す図である。
【
図6】無酸素銅(OFC)に対するギ酸処理、アルカリ前処理(アルカリ処理+ギ酸処理)の効果を示す図である。
【
図7】黄銅(Cu-40Zn)に対するギ酸処理、アルカリ前処理(アルカリ処理+ギ酸処理)の効果を示す図である。
【
図8】クロム銅(Cu-0.9Cr)に対するギ酸処理、アルカリ前処理(アルカリ処理+ギ酸処理)の効果を示す図である。
【
図9】ベリリウム銅25合金に対するギ酸処理、アルカリ前処理(アルカリ処理+ギ酸処理)の効果を示す図である。
【
図10】ベリリウム銅11合金に対するギ酸処理、アルカリ前処理(アルカリ処理+ギ酸処理)の効果を示す図である。
【
図11】接合ならびに引張試験の試験方法ならびに試験結果を示す図である。
【
図12】アルカリ処理+ギ酸処理材を行ったベリリウム銅11合金の接合界面のEPMAによる解析結果を示す図である。
【
図13】表面処理なし、ギ酸処理、アルカリ前処理(アルカリ処理+ギ酸処理)を行ったOFC(無酸素銅)のFT-IRによる表面解析結果を示す図である。
【
図14】表面処理なし、ギ酸処理、アルカリ前処理(アルカリ処理+ギ酸処理)を行ったCuBe11合金のFT-IRによる表面解析結果を示す図である。
【
図15】表面処理なし、ギ酸処理、アルカリ前処理(アルカリ処理+ギ酸処理)を行ったBeのFT-IRによる表面解析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本開示の銅合金部材は、熱交換部材として、とりわけ、水素と接触する状態で用いられる熱交換部材として用いられる銅合金接合体である。この銅合金接合体は、Beの含有量が0.20質量%以上2.70質量%以下の範囲であり、CoとNiとFeとの合計の含有量が0.20質量%以上2.50質量%以下の範囲であり、CuとBeとCoとNiとFeとの合計の含有量が99質量%以上の範囲であるベリリウム銅合金等からなるものとしてもよい。このベリリウム銅合金としては、Beの含有量が0.2質量%以上0.6質量%以下の範囲であり、Niの含有量が1.4質量%以上2.2質量%以下の範囲であるCuBe11合金(UNS番号C17510)や、Beの含有量が1.80質量%以上2.00質量%以下の範囲であり、CoとNiとの合計の含有量が0.2質量%以上の範囲であり、CoとNiとFeとの合計の含有量が0.6質量%以下の範囲であるCuBe25合金(UNS番号C17200)が好適である。
この銅合金部材としては、他にベリリウム銅CuCoNiBe(CEN番号CW103C)、クロム銅(UNS番号C18200)、ジルコニウム銅(UNS番号C15000)、クロムジルコニウム銅(UNS番号C18510)、コルソン銅(UNS番号C19010)、CuNiSn(UNS番号C72700、C72950、C72900)等の時効硬化型銅合金であってもよい。
【0022】
これら銅合金は表面に酸化皮膜があるため、接合時にあたってはこの皮膜を除去し、接合時まで再度の酸化膜形成を抑止する必要がある。
本開示においては銅合金部材の表面を、有機酸溶液中で煮沸することで、酸化皮膜を除去するとともに、表面に有機酸塩被膜を形成することで酸化皮膜の再形成を抑止する。有機酸としては、例えばギ酸、酢酸、クエン酸などのカルボン酸の1種を選ぶ事ができる。例えばベリリウム銅にギ酸で処理を施した場合、表層ではBe(HCOO)2、Be4O(HCOO)6、Cu(HCOO)2等のギ酸塩被膜が形成される。
ここで有機酸溶液中での煮沸処理は、有機酸を含む蒸気に曝露する処理をもって代替することもできる。
【0023】
Beのように強固な酸化皮膜を形成する両性金属(酸にも強塩基にも反応する元素)を含有する銅合金の処理においては、前記有機酸処理に先立ち、接合面を水酸化ナトリウム水溶液のようなアルカリ溶液中に浸漬し、あるいはアルカリを含む蒸気に曝露することにより表面に形成されたこれら元素の酸化物皮膜を有効に除去し、さらには、Be(OH)2やNa2[Be(OH)4]等の水酸化物に置換することで、その後有機酸処理において、酸化物皮膜から置換されたこれら水酸化物がBe(HCOO)2やBe4O(HCOO)6等の有機酸塩に置換されることで、有機酸処理効果を更に高める事ができる。
【0024】
接合に当たっては前記有機酸処理を施した銅合金材料の接合面をつき合わせて、接合部に対して垂直方向の加圧をしつつ減圧下で加熱を行って接合する。上述のベリリウム銅において形成されるギ酸塩の例においては、減圧下昇温中に下記の様に分解し、接合面は酸化皮膜を再形成することなく拡散接合される。
2Cu(HCOO)2 + O2 → 2Cu + 2H2O +2CO2
2Be(HCOO)2 + O2 → 2Be + 2H2O +2CO2
Be4O(HCOO)6 + O2 → 4Be + 3H2O +6CO2
【0025】
本開示により形成された接合体は、有機酸塩を生成させなかった場合に比べ、最低約2倍、合金の種類によっては10倍の接合強度を有する接合体が形成され、さらにこれを溶体化時効処理する場合においては有機酸塩を生成させなかった場合において溶体化の熱衝撃に耐えられない場合があるのに対して、母材時効後強度の80%に達する接合強度が得られた。
【0026】
接合された銅合金部材は、接合時の加温により加工硬化や時効析出に伴う強度が失われるので、接合後の溶体化処理とその後の時効処理(CuNiSnのようなスピノーダル分解型合金においては、溶体化処理とスピノーダル分解処理と表現される)により強度を高めることが好ましい。
【0027】
溶体化処理条件は、合金組成により異なるが、例えば前述のCuBe25(UNS番号C17200)では、720℃以上830℃以下の温度範囲で、塩浴処理なら5分以上大気炉処理なら30分以上保持した後に水冷する処理が効果的であり、CuBe11(UNS番号C17510)では、800℃以上950℃以下の温度範囲で、前記と同様時間保持した後に水冷する処理が効果的である。その他、ベリリウム銅CuCoNiBe(CEN番号CW103C)、クロム銅(UNS番号C18200)、ジルコニウム銅(UNS番号C15000)、クロムジルコニウム銅(UNS番号C18510)、コルソン銅(UNS番号C19010)、CuNiSn(UNS番号C72700、C72950、C72900)等においても750℃以上950℃以下の温度範囲で、上述と同様時間保持した後に水冷する処理が効果的である。
【0028】
時効硬化処理条件は、組成により異なるが、例えば前述のCuBe25(UNS番号C17200)では、300℃以上330℃以下の温度範囲で、90分以上8時間以下保持する処理が効果的である。同じくCuBe11(UNS番号C17510)では、430℃以上500℃以下の温度範囲で、90分以上8時間以下保持する処理が効果的である。その他、ベリリウム銅CuCoNiBe(CEN番号CW103C)、クロム銅(UNS番号C18200)、ジルコニウム銅(UNS番号C15000)、クロムジルコニウム銅(UNS番号C18510)、コルソン銅(UNS番号C19010)、CuNiSn(UNS番号C72700、C72950、C72900)等においても350℃以上550℃以下の温度範囲で、90分以上8時間以下保持する処理が効果的である。
【0029】
この接合体製作にあたっては、例えば、りん銅ろう(JISZ3264)などのろう材を用いたり、接合層にNi等のメッキを施すことで酸化皮膜を破壊し接合することも可能であるが、前述のように、接合後の溶体化処理とその後の時効処理の過程で融点の低いろう材層が溶融破損する恐れがあること、また、残留する接合層にNi,Tiなどの水素吸蔵量の多い元素が一定量以上含まれる場合、水素脆化の原因となるため好ましくない。
【0030】
ここで、上述した銅合金部材の用途の一例を説明する。上述した銅合金、特に、ベリリウムを含む銅合金は、高い耐水素脆化特性を有する耐水素部材として用いることができる。この銅合金は、より高い機械的強度、より高い熱伝導性、より高い導電性、そして、より高い加工性を有する。
図1は、水素ステーション10の構成の概略の一例を示す説明図である。
図2は、熱交換器30の構成の概略の一例を示す説明図である。水素ステーション10は、
図1に示すように、燃料電池自動車(FCV)18へ水素を供給する施設であり、圧縮機11、冷凍機13、ディスペンサー16及び蓄圧器20を備えている。圧縮機11、蓄圧器20、熱交換器30及びディスペンサー16は、高圧配管12が接続されており、圧縮機11から蓄圧器20へ、蓄圧器20から熱交換器30及びディスペンサー16へ高圧水素を供給する。圧縮機11は、水素製造所や低圧水素を運搬する運搬車から供給された水素を例えば70MPa以上の高圧に圧縮する装置である。高圧配管12は、高圧水素が流通する管状部材である。冷凍機13は、FCV18の水素タンク40へ供給される水素を冷却する装置である。この冷凍機13は、供給管14を介して冷媒を熱交換器30へ供給し、熱交換して温度上昇した冷媒を熱交換器30から回収管15を介して回収する。ディスペンサー16は、FCV18に接続して水素タンク40へ水素を供給する装置である。蓄圧器20は、圧縮機11により高圧となった水素を貯蔵する収容部材(タンク)である。上述した銅合金部材は、圧縮機11や高圧配管12、冷凍機13、供給管14、回収管15、ディスペンサー16、蓄圧器20などの本体や配管、弁、シール部材などの1以上に用いられるものとしてもよい。
【0031】
熱交換器30は、蓄圧器20とディスペンサー16との間に配設され、高圧水素を予め冷却する装置である。熱交換器30は、
図2に示すように、高圧水素の流路と冷媒の流路とが耐水素部材により形成されており、高圧水素と冷媒とが非接触で熱交換する機構を有する。上述した銅合金部材は、この熱交換器30の流路や弁、配管、シール部材などに用いられるものとしてもよい。FCV18は、高圧水素を貯蔵する水素タンク40を備えている。上述した銅合金部材は、この水素タンク40の本体や弁、配管、シール部材などに用いられるものとしてもよい。
【0032】
以上詳述した本開示の銅合金部材及びその製造方法では、熱伝導率が高く、耐水素脆化特性がよい新規な耐水素部材及び耐水素部材の製造方法を提供することができる。
【0033】
なお、本開示は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本開示の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【実施例】
【0034】
《ピール試験による評価》
[試験片の準備]
図3に示すOFC(無酸素銅JIS番号C1020)、黄銅(Cu-40Zn JIS番号C2801)、CuBe11(JIS番号C1751)、CuBe25(JIS番号C1720)については、直径1mmの線材と10×10×10×5mmの板材とし、クロム銅(UNS番号C18200)については、直径3mmの線材と10×10×10×5mmの板材を準備し、線材は
図5に示すようにR5.0の曲率で90度の曲げを付けたうえで、
図4に示す工程で表面処理を行ない、評価試料を作製した。
すなわち、比較例として表面処理なしとするものは、各線材と板材をアセトン中で超音波洗浄して脱脂を行った後、そのまま接合した。
条件1とするものは、各線材と板材をアセトン中で超音波洗浄して脱脂を行ったのち、100℃に加温した98%ギ酸水溶液中に0.5~96分浸漬したのち蒸留水で10秒間洗浄した。
条件2とするものは、各線材と板材をアセトン中で超音波洗浄して脱脂を行ったのち、室温で5%NaOH水溶液に0~240秒浸漬し、その後100℃に加温した98%ギ酸水溶液中に6分浸漬したのち蒸留水で10秒間洗浄した。
【0035】
[接合]
次に、
図5の斜視図に示すように、板材の上に、R5.0の曲率で90度に曲げた線材の片端を押し付けて加熱することで接合した。この際の接合温度条件は、それぞれ
図6~
図10に示すとおりである。
【0036】
[ピール強度の測定]
接合により得られた試験材に対して、ピール試験(クロスヘッド速度:0.17mm/秒)によりピール強度を測定した。試験結果は、それぞれ
図6~
図10に示すとおりである。
【0037】
[FT-IR測定]
無酸素銅(OFC)、CuBe11合金、Be金属に対して、FT-IR(日本分光(株)社製FT/IR-4200)を用いて表面解析を行った。測定は、表面処理なし、ギ酸処理、アルカリ前処理(アルカリ処理+ギ酸処理)を行った試料を用いた。
【0038】
[表面処理の効果]
図6、
図7、
図8より、OFC,黄銅、クロム銅においては ギ酸処理をしていない比較対照の試料より、ギ酸処理を行った試料はピール強度が上がること、ギ酸塩処理に先立ち、アルカリ置換処理を行なってもピール強度は改善されずにむしろ低下することがわかる。
これは前述の様に、ギ酸処理をした試料は前処理において酸化皮膜が除去された表面にギ酸塩が生成し、その後の接合の減圧下昇温中に銅ギ酸塩被膜が分解し表層に接合の障害となる酸化皮膜がない活性な接合表面同士が加圧下で接合されること、またギ酸処理に先立つアルカリ処理においては、
図13に例を示すように特に有効なアルカリ処理による水酸化被膜が形成されることが少ないために、そののちのギ酸塩被膜の形成に有利に働く事が少ないためであると推定される。
また、
図9、
図10よりベリリウム銅合金においては、ギ酸処理をしていない比較対照の試料より、ギ酸処理を行った試料はピール強度が上がること、ギ酸塩処理に先立ち、アルカリ置換処理を行うとベリリウムを含まない他合金ではみられなかったピール強度はより改善が確認されることがわかる。
これは前述の様に、ギ酸処理をした試料は前処理において酸化皮膜が除去された表面にCu(HCOO)
2、Be(HCOO)
2やBe
4O(HCOO)
6等のギ酸塩が生成し、その後の接合の減圧下昇温中にこれら銅ギ酸塩被膜、ベリリウムギ酸塩被膜が分解し、表層に接合の障害となる酸化皮膜がない活性な接合表面同士が加圧下で接合されること、また、ギ酸塩処理に先立つアルカリ処理においては、銅酸化皮膜CuOに加えて両性金属元素であるベリリウムの酸化物であるBeOが除去された表面にBe(OH)
2やNa
2[Be(OH)
4]等の水酸化物が形成され、これがその後のギ酸処理でCu(HCOO)
2、Be(HCOO)
2 やBe
4O(HCOO)
6等のギ酸塩被膜に効果的に置換され、その後の接合の減圧下昇温中に分解し、表層に接合の障害となる酸化皮膜がない活性な接合表面同士が加圧下で接合されるためであると理解される。
この形成されたアルカリ被膜からの置換によるギ酸塩被膜の有効な形成は、
図14に示すように強度試験からはその効果が判明しているCuBe11においても、形成効果が十二分にはよみとれなかったが、
図15に示す純ベリリウムにおいてその有効性(置換メカニズム)が確認できた。
【0039】
《引張試験による評価》
[試験片の準備]
図3に示す組成の直径32×50mmの試験片二個一組を準備し、接合面は平研でRa≦0.2μmに調整した。表に記載する機械物理特性は素材に備考欄の熱処理を施した
場合に得られるものである。
図4に示すように、試験条件1ではビーカーに98%ギ酸を入れて100℃に加熱して試験片を6分間浸漬した後取り出して蒸留水で10秒洗浄して接合用試験片とした。
試験条件2ではビーカーに室温で5%水酸化ナトリウム水溶液に90秒浸漬し、その後別のビーカーに98%ギ酸を入れて100℃に加熱して試験片を6分間浸漬した後取り出して蒸留水で10秒洗浄して接合用試験片とした。
【0040】
[接合体の作製]
素材接合面を突き合わせ、
図11に示す真空度で加圧、加熱して接合した。
接合は、加圧後減圧し、表記載の真空度に達した後減圧を続けながら5℃/分の速度で昇温し、表記載の保持温度で記載時間保持した後、炉冷し、炉内温度が50℃以下になるまで加圧減圧を続けたのちに取出した。
【0041】
[熱処理]
接合材には、
図11に記載の溶体化処理、時効処理を施した。
溶体化処理は表記載温度の塩浴に記載時間浸漬したのち、水冷した。
時効処理は真空炉に挿入し、減圧を続けながら5℃/分の速度で昇温し、表記載の保持温度で記載時間保持した後、炉冷し、炉内温度が50℃以下になったのち取出した。
【0042】
[試験片の作製]
試験片は接合素材から、接合部が試験片中央位置となるようにASTM E8M Specimen3に規定される試験片を加工し、引張試験を行った。
引張試験結果を
図11に示す。
【0043】
表3の実施例2の接合部断面について、SEM観察、EPMA解析を行った。
結果を
図12に示す。
【0044】
(結果と考察)
図11より、ギ酸処理をしていない比較対照の試料より、ギ酸処理を行った試料は接合材の引張強度ならびに当該接合材に溶体化時効処理を施した材料の引張強度が上がること、ギ酸塩処理に先立ちアルカリ置換処理を行うとこれらの引張強度は、さらに改善されることがわかる。改善される理由は前述のとおりである。
【0045】
図12より、本接合方法にかかる接合体は、接合界面にNi,Tiなどの高い水素吸蔵挙動を示す元素が含まれていないことが確認される。例えば接合にあたり、NiろうやTiを含むAgろうなどを用いた場合、あるいは接合面にNiメッキ処理をおこなった場合には、水素に触れる雰囲気下で使用した場合に当該接合部が水素脆化を起こす恐れがある。本接合方法による接合体は、高強度、高熱伝導であり、接合面にこれら元素が集積せず水素脆化の恐れがないので、例えば水素ステーションにおいて高圧水素の熱交換に用いられるプレクーラーの接合手法として好適である。
【0046】
なお、本開示は上述した実施例に何ら限定されることはなく、本開示の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0047】
10 水素ステーション、11 圧縮機、12 高圧配管、13 冷凍機、14 供給管、15 回収管、16 ディスペンサー、18 燃料電池自動車(FCV)、20 蓄圧器、30 熱交換器、40 水素タンク。