(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-08
(45)【発行日】2023-09-19
(54)【発明の名称】胃癌バイオマーカー及びその用途
(51)【国際特許分類】
C12N 15/11 20060101AFI20230911BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20230911BHJP
G01N 33/574 20060101ALI20230911BHJP
C12Q 1/6886 20180101ALI20230911BHJP
【FI】
C12N15/11 Z ZNA
C12Q1/686 Z
G01N33/574 Z
C12Q1/6886 Z
(21)【出願番号】P 2020525409
(86)(22)【出願日】2019-05-28
(86)【国際出願番号】 JP2019021098
(87)【国際公開番号】W WO2019244575
(87)【国際公開日】2019-12-26
【審査請求日】2022-03-02
(31)【優先権主張番号】P 2018118340
(32)【優先日】2018-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】志村 貴也
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 弘靖
【審査官】西村 亜希子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-195803(JP,A)
【文献】YU, Y. et al.,MicroRNA profiling of human gastric cancer,Molecular Medicine Reports,2009年,Vol.2,pp.963-970,ISSN: 1791-3004, 特にAbstract
【文献】Agilent Technologies, Agilent-070156 Human_miRNA_V21.0_Microarray 046064 (gene name version) GEO,2018年03月16日,[検索日2023年3月20日],インターネット,<URL https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GPL24741,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?view=data&acc=GPL24741&id=43484&db=GeoDb_blob160>
【文献】RAI, R.P. et al.,Elevated expression of miR-223 and miR-21 in Helicobacter pylori induced gastric cancer patients,17th International Congress on Infectious Diseases / International Journal of Infectious Diseases,2016年,Vol.45 Suppl.,p.147,ISSN: 1201-9712, 全文
【文献】HUANG, S. et al.,Serum microRNA expression profile as a diagnostic panel for gastric cancer,Japanese Journal of Clinical Oncology,2016年,Vol.46, No.9,pp.811-818,ISSN: 1465-3621, 特にAbstract, Figure 1-3, Table 3-4
【文献】ZHANG, C. et al.,Three-microRNA signature identified by bioinformatics analysis predicts prognosis of gastric cancer,World J. Gastroenterol.,2018年03月,Vol.24, No.11,pp.1206-1215,ISSN: 2219-2840, 特にAbstract
【文献】KAO, H.-W. et al.,Urine miR-21-5p as a potential non-invasive biomarker for gastric cancer,Oncotarget,2017年,Vol.8,pp.56389-56397,ISSN: 1949-2553, 特にAbstract
【文献】miRBase rel.21 に対応した SurePrint miRNA Microarrays rel. 21, [retrieved on 2019-08-08],Agilent Technology,2015年,全文,<https://www.chem-agilent.com/pdf/Low_5991-6250JAJP.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/
C12Q
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中のhsa-miR-6807-5p又はhsa-miR-6856-5p、或いはhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せからなる胃癌バイオマーカーの発現レベル
が基準値を超えるか否か判別可能なように、前記胃癌バイオマーカーを検出することを特徴とする、
胃癌検査を補助する方法。
【請求項2】
以下のステップ(1)~(3)を含む、請求項
1に記載の方法:
(1)被検者から採取された検体中の前記胃癌バイオマーカーを検出し、発現レベルを決定するステップ;
(2)被検者のピロリ菌感染検査の結果を用意するステップ;
(3)ステップ(1)で決定した発現レベルと、ステップ(2)で用意したピロリ菌感染検査の結果に基づき、
胃癌検査を補助するステップ。
【請求項3】
hsa-miR-3610及びhsa-miR-4669を標準化因子とした標準化によって、胃癌バイオマーカーの発現レベルが決定される、請求項
1または2に記載の方法。
【請求項4】
hsa-miR-3610、hsa-miR-4669及びhsa-miR-6803-5pを標準化因子とした標準化によって、胃癌バイオマーカーの発現レベルが決定される、請求項
1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記胃癌バイオマーカーの
発現レベルは胃癌の罹患と正の相関を示す、請求項
1~
4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記胃癌バイオマーカーがqRT-PCR法で検出される、請求項
1~
5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記胃癌バイオマーカーのCt値から標準化因子Ct値を減じた値(ΔCt値)を求めた後、被検者がピロリ菌感染陽性の場合とピロリ菌感染陰性の場合に分けて設定された、ΔCt値を変数とした二つの数式を用い、
胃癌検査を補助する、請求項
6に記載の方法。
【請求項8】
前記胃癌バイオマーカーの
発現レベルは胃癌の病期と正の相関を示す、請求項
1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記検体が尿又は血液である、請求項
1~
8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
検体中のhsa-miR-6807-5p又はhsa-miR-6856-5p、或いはhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せからなる胃癌バイオマーカーを検出するための試薬と取扱い説明書を含む、胃癌検査用キット。
【請求項11】
前記試薬が、hsa-miR-6807-5p検出用試薬とhsa-miR-6856-5p検出用試薬の組合せである、請求項
10に記載の胃癌検査用キット。
【請求項12】
マイクロRNA抽出用試薬、標準化因子特異的プライマー、DNAポリメラーゼ、逆転写酵素、dNTP、尿検体採取容器、反応装置及び検出装置からなる群より選択される一以上の要素を更に含む、請求項
10または11に記載の胃癌検出用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は胃癌の検査/診断に有用な指標及びその用途に関する。詳細には、胃癌バイオマーカー及びそれを利用した検査方法等に関する。本出願は、2018年6月21日に出願された日本国特許出願第2018-118340号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
胃癌診断のゴールドスタンダードは、上部消化管内視鏡検査とそれに伴う組織診断であるが、高侵襲であり高価であることから、健常者を対象とした検診などのスクリーニング検査では推奨されない。一方、胃癌検診の現場においては上部消化管造影検査が現在広く導入されているが、当該検査によって胃癌死亡率が低下することは科学的に証明されていない。また、消化管造影検査は、被検者にバリウムを服用後に体位変換を行い、バリウム貯留による胃壁の変形や拡張の程度、バリウム付着の状況により、消化管病変を拾い上げるものであり、腫瘍成分が胃壁の表層に留まるような早期がんの描出は困難である。
【0003】
血液検査ではCEAやCA19-9などの血清腫瘍マーカーが利用されているが、これらの分子については、感度の低さから(胃癌診断の感度はCEAで24.0%、CA19-9で27.0%と報告されている)診断マーカーとしての使用は推奨されていない。また、胃癌に特異的なバイオマーカーの開発が進められているが(例えば、特許文献1、2)、臨床応用された例はない。尚、本願発明のバイオマーカーを構成する分子に関する文献を以下に列挙する(特許文献3~7、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-192909号公報
【文献】国際公開第2016/103761号パンフレット
【文献】国際公開第2015/194627号パンフレット
【文献】国際公開第2015/194615号パンフレット
【文献】国際公開第2015/190586号パンフレット
【文献】国際公開第2015/190542号パンフレット
【文献】国際公開第2015/182781号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【文献】https://doi.org/10.3892/mmr_00000199 (Title: MicroRNA profiling of human gastric cancer. Published in Molecular Medicine Reports, November 2009. DOI:10.3892/mmr_00000199)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の通り、胃癌の診断に有用なバイオマーカーがないのが現状である。そこで本発明は、実用性の高い、胃癌に特異的でかつ低侵襲なバイオマーカーの提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、低侵襲かつ簡便な検査が可能になることを重視しつつ、胃癌に特異的なバイオマーカーの創出を目指して研究を進めた。具体的には、尿中から胃癌に特異的なバイオマーカーを同定することを試みた。300例を超える検体を使用し、詳細且つ網羅的解析を実施した結果、特定のマイクロRNAが高い特異度及び感度で胃癌の判定を可能にすることが判明した。即ち、胃癌の診断能に優れたバイオマーカーを同定することに成功した。また、検討の過程において、胃癌の判定に有用な基準や臨床応用する際に有益な情報等がもたらされた。一方、更なる検討の結果、尿中のみならず血清中においても、同定されたマイクロRNAが胃癌バイオマーカーとして機能し、当該バイオマーカーを検出する際の検体として各種体液を利用可能なこと(即ち、汎用性の高さ)が明らかとなった。また、重要な知見として、同定されたマイクロRNAが早期(ステージI)の胃癌の検出・診断に有用であることが判明した。一方、同定されたマイクロRNAが胃癌治療の根治度を極めて良好に反映することが明らかとなった。この事実は、当該マイクロRNAが胃癌治療の根治度の判定はもとより、根治度と密接な関係にある「胃癌再発の予測」に有用なバイマーカーとしても機能し得ることを示す。
以上の成果及び考察に基づき、以下の発明が提供される。
[1]hsa-miR-6807-5p、hsa-miR-6856-5p及びhsa-miR-575からなる群より選択される、一のマイクロRNA又は二以上のマイクロRNAの組合せからなる、胃癌バイオマーカー。
[2]尿検体中又は血液検体中で検出されることを特徴とする、[1]に記載の胃癌バイオマーカー。
[3][1]又は[2]に記載の胃癌バイオマーカーの発現レベルを指標にすることを特徴とする、胃癌の検査方法。
[4]hsa-miR-6807-5p又はhsa-miR-6856-5p、或いはhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せからなり、早期胃癌の検出用である、[1]又は[2]に記載の胃癌バイオマーカー。
[5][4]に記載の胃癌バイオマーカーの発現レベルを指標にすることを特徴とする、早期胃癌の検査方法。
[6]hsa-miR-6807-5p又はhsa-miR-6856-5p、或いはhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せからなり、胃癌治療の根治度の判定用又は胃癌再発の予測用である、[1]又は[2]に記載の胃癌バイオマーカー。
[7]以下のステップ(1)~(3)を含む、[3]に記載の方法:
(1)被検者から採取された検体中の前記胃癌バイオマーカーを検出し、発現レベルを決定するステップ;
(2)被検者のピロリ菌感染検査の結果を用意するステップ;
(3)ステップ(1)で決定した発現レベルと、ステップ(2)で用意したピロリ菌感染検査の結果に基づき、胃癌の罹患を判定するステップ。
[8]ステップ(1)で検出する胃癌バイオマーカーがhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pであり、hsa-miR-3610及びhsa-miR-4669を標準化因子とした標準化によって、胃癌バイオマーカーの発現レベルが決定される、[7]に記載の方法。
[9]ステップ(1)で検出する胃癌バイオマーカーがhsa-miR-575であり、hsa-miR-3610、hsa-miR-4669及びhsa-miR-6803-5pを標準化因子とした標準化によって、胃癌バイオマーカーの発現レベルが決定される、[7]に記載の方法。
[10]前記胃癌バイオマーカーのレベルは胃癌の罹患と正の相関を示す、[7]~[9]のいずれか一項に記載の方法。
[11]前記胃癌バイオマーカーがqRT-PCR法で検出される、[7]~[10]のいずれか一項に記載の方法。
[12]前記胃癌バイオマーカーのCt値から標準化因子Ct値を減じた値(ΔCt値)を求めた後、被検者がピロリ菌感染陽性の場合とピロリ菌感染陰性の場合に分けて設定された、ΔCt値を変数とした二つの数式を用い、胃癌の罹患を判定する、[11]に記載の方法。
[13]以下のステップ(1)~(3)を含む、[5]に記載の方法:
(1)被検者から採取された検体中の前記胃癌バイオマーカーを検出し、発現レベルを決定するステップ;
(2)被検者のピロリ菌感染検査の結果を用意するステップ;
(3)ステップ(1)で決定した発現レベルと、ステップ(2)で用意したピロリ菌感染検査の結果に基づき、早期の胃癌の罹患を判定するステップ。
[14]ステップ(1)で検出する胃癌バイオマーカーがhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pであり、hsa-miR-3610及びhsa-miR-4669を標準化因子とした標準化によって、胃癌バイオマーカーの発現レベルが決定される、[13]に記載の方法。
[15]前記胃癌バイオマーカーのレベルは胃癌の病期と正の相関を示す、[13]又は[14]に記載の方法。
[16]前記胃癌バイオマーカーがqRT-PCR法で検出される、[13]~[15]のいずれか一項に記載の方法。
[17]前記胃癌バイオマーカーのCt値から標準化因子Ct値を減じた値(ΔCt値)を求めた後、被検者がピロリ菌感染陽性の場合とピロリ菌感染陰性の場合に分けて設定された、ΔCt値を変数とした二つの数式を用い、早期の胃癌の罹患を判定する、[16]に記載の方法。
[18]検体が尿又は血液である、[7]~[17]のいずれか一項に記載の方法。
[19][1]に記載の胃癌バイオマーカーを検出するための試薬と取扱い説明書を含む、胃癌検査用キット。
[20][4]又は[6]に記載の胃癌バイオマーカーを検出するための試薬と取扱い説明書を含む、胃癌検査用キット。
[21]前記試薬が、hsa-miR-6807-5p検出用試薬とhsa-miR-6856-5p検出用試薬の組合せである、[19]又は[20]に記載の胃癌検査用キット。
[22]前記試薬が、hsa-miR-575検出用試薬である、[19]に記載の胃癌検査用キット。
[23]マイクロRNA抽出用試薬、標準化因子特異的プライマー、DNAポリメラーゼ、逆転写酵素、dNTP、尿検体採取容器、反応装置及び検出装置からなる群より選択される一以上の要素を更に含む、[19]~[22]のいずれか一項に記載の胃癌検出用キット。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図5】トレーニングセット解析(miR-3610+miR-4669で標準化)の結果。オッズ比の算出には2
-ΔCtの100倍を使用した。
【
図6】トレーニングセットのROC曲線(尿中miRNA診断パネル)。
【
図7】バリデーションセット解析(miR-3610+miR-4669で標準化)の結果。オッズ比の算出には2
-ΔCtの100倍を使用した。
【
図8】バリデーションセットのROC曲線(尿中miRNA診断パネル)。
【
図9】モデル式(-1.471+1.7486×(HP)+63.424×2
-ΔCt(miR-6807-5p)+7.8641×2
-ΔCt(miR-6856-5p))(但し、式中のHPはピロリ菌感染陽性の場合は1、ピロリ菌感染陰性の場合は0)を用いた胃癌のリスク判定。胃癌有病率は0.2%として計算した。
【
図10】トレーニングセット解析(miR-3610+miR-4669+miR-6803-5pで標準化)の結果。オッズ比の算出には2
-ΔCtの100倍を使用した。
【
図11】トレーニングセットのROC曲線(尿中miRNA診断パネル)。
【
図12】バリデーションセット解析(miR-3610+miR-4669+miR-6803-5pで標準化)の結果。オッズ比の算出には2
-ΔCtの100倍を使用した。
【
図13】バリデーションセットのROC曲線(尿中miRNA診断パネル)。
【
図14】モデル式(-1.2062+2.2727×(HP)+18.4419×2
-ΔCt(miR-575))(但し、式中のHPはピロリ菌感染陽性の場合は1、ピロリ菌感染陰性の場合は0)を用いた胃癌のリスク判定。胃癌有病率は0.2%として計算した。
【
図15】血清中miRNAをバイオマーカーとした検証実験の結果。miR-3610+miR-4669で標準化し、健常者と胃癌患者の間でバイオマーカーの発現を比較した。
【
図16】血清中miRNAをバイオマーカーとした検証実験の結果。miR-3610+miR-4669で標準化した場合のROC曲線(血清miRNA診断パネル)。
【
図17】血清中miRNAをバイオマーカーとした検証実験の結果。miR-3610+miR-4669+miR-6803-5pで標準化し、健常者と胃癌患者の間でバイオマーカーの発現を比較した。
【
図18】血清中miRNAをバイオマーカーとした検証実験の結果。miR-3610+miR-4669+miR-6803-5pで標準化した場合のROC曲線(血清miRNA診断パネル)。
【
図19】健常者(149例)と早期(ステージI)胃癌症例(95例)での比較検討の結果。
【
図20】健常者(149例)と早期(ステージI)胃癌症例(95例)のROC曲線。
【
図21】miR-6807-5p発現レベル(左)及びmiR-6856-5p発現レベル(右)と臨床病期との相関。
【
図22】胃癌組織中のmiR-6807-5p/miR-6856-5p miRNA発現レベル。
【発明を実施するための形態】
【0009】
1.胃癌バイオマーカー
本発明の第1の局面は胃癌バイオマーカーに関する。本明細書において「胃癌バイオマーカー」とは、胃癌の罹患の指標となる生体分子のことをいう。本発明のバイオマーカーは胃癌の検出(胃癌に罹患していることの把握)、特に早期の胃癌の検出に有用である。また、胃癌治療の根治度の判定及び胃癌再発の予測にも利用され得る。即ち、治療効果を評価することへの利用も図られる。
【0010】
胃癌は、胃に発生する上皮性悪性腫瘍の総称であり、組織型、病期(ステージ)等によって細かく分類される。初期の胃癌では自覚症状が出ることは少なく、また、かなり進行しても無症状の場合もあり、早期に胃癌を発見するため定期的な胃癌検診が推奨される。胃癌の診断には血液検査、胃X線検査、内視鏡検査、病理検査、超音波検査、CT検査、注腸検査等が行われる。
【0011】
本明細書において「生体分子」とは、生体内に見出される分子(化合物)をいう。本発明では生体分子であるマイクロRNAをバイオマーカーとして用いるが、その利用(典型的には検査方法への適用)に際しては、生体から分離された検体(試料)中の当該分子が用いられることになる。検体には尿、血液(血清、血漿又は全血)、唾液、汗、消化液等のヒト体液が用いられるが、好ましくは尿又は血液を検体とする。即ち、好ましい態様では、尿中又は血中のマイクロRNAが本発明のバイオマーカーとなる。
【0012】
マイクロRNAは、生体内に存在する22塩基程度の小分子RNAである。マイクロRNAは、3’非翻訳領域(3'UTR)に部分相補的配列を有する標的遺伝子に結合し、mRNAの不安定化や翻訳を抑制することで、タンパク質産生を抑制する。このマイクロRNAの機能は、遺伝子の転写後発現制御として重要な機構の一部を構成する。
【0013】
本発明のバイオマーカーは特定のマイクロRNA、即ち、hsa-miR-6807-5p、hsa-miR-6856-5p又はhsa-miR-575、或いはこれらの中の二つ以上の組合せからなる。組合せは特に限定されないが、好ましくはhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せが採用される。hsa-miR-6807-5p又はhsa-miR-6856-5p、或いはhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せを採用した場合、早期の胃癌の検出において特に有用なバイオマーカーとなる。胃癌の病期はステージI、II、III及びIVに大別される。特に言及がない場合、本発明における「早期の胃癌」はステージI(I期)の胃癌である。本発明のバイオマーカーを胃癌治療の根治度の判定又は胃癌再発の予測に用いる場合も、hsa-miR-6807-5p又はhsa-miR-6856-5p、或いはhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せが採用される。
【0014】
hsa-miR-6807-5pは配列GUGAGCCAGUGGAAUGGAGAGG(配列番号11)からなるマイクロRNAである。同様に、hsa-miR-6856-5pは配列AAGAGAGGAGCAGUGGUGCUGUGG(配列番号12)からなるマイクロRNA、hsa-miR-575は配列GAGCCAGUUGGACAGGAGC(配列番号1)からなるマイクロRNAである。
【0015】
尚、説明の便宜上、本明細書では、マイクロRNAの名称の内、「hsa-」を省略することがある。
【0016】
2.胃癌バイオマーカーを利用した検査
本発明の第2の局面は本発明のバイオマーカーの用途に関し、胃癌の検査方法(以下、「本発明の検査方法」とも呼ぶ)を提供する。本発明の検査方法は胃癌を簡便に検出する手段として有用である。本発明の検査方法によれば、胃癌を罹患しているか否か(罹患の有無)の判定を可能にする客観的根拠が提供される。また、本発明の検査方法の一態様は早期の胃癌の検出に有用であり、当該態様の場合は早期の胃癌に罹患しているか否の判定に有用な客観的根拠が得られることになる。本発明の検査方法がもたらす情報(検査結果)は、生体内の状態ないし変化を反映したバイオマーカー(生体分子)という客観的な指標に基づくものであり、それ自体で胃癌の判定を可能にするが、それを補助的に利用し、必要に応じてその他の指標も考慮して最終的な判断(典型的には確定診断)を行うことにしてもよい。尚、医師の判断を含む診断との区別をより明確にするために、本発明の検査方法を、「胃癌検査を補助する方法」と呼ぶこともできる。本発明は、医師の判断によらず、客観的(指標)を利用することで、胃癌の診断に有益な情報をもたらす。
【0017】
本発明の検査方法では、被検者由来の検体における、本発明のバイオマーカーの発現レベルが指標として用いられる。ここでの「レベル」は、典型的には「量」ないし「濃度」を意味する。但し、慣例及び技術常識に従い、検出対象の分子を検出できるか否か(即ち見かけ上の存在の有無)を表す場合にも用語「レベル」が用いられる。
【0018】
典型的には、本発明の検査方法では以下のステップ(1)~(3)を行う。
(1)被検者から採取された検体中の前記胃癌バイオマーカーを検出し、発現レベルを決定するステップ
(2)被検者のピロリ菌感染検査の結果を用意するステップ
(3)ステップ(1)で決定した発現レベルと、ステップ(2)で用意したピロリ菌感染検査の結果に基づき、胃癌の罹患を判定するステップ
【0019】
ステップ(1)
ステップ(1)では、被検者から採取された検体を用意し、本発明のバイオマーカー(胃癌バイオマーカー)を検出し、発現レベルを決定する。早期の胃癌の検出を目的とする場合は、バイオマーカーとしてhsa-miR-6807-5p又はhsa-miR-6856-5p、或いはhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せが採用される。被検者は特に限定されない。即ち、胃癌の罹患の有無の判定が必要な者に対して広く本発明を適用することができる。例えば、胃癌の兆候や胃癌に特徴的な症状を認める者等、胃癌を罹患している可能性/疑いがある者の他、自覚症状がない者(健常者を含む)も被検者となり得る。
【0020】
検体は、本発明の実施に先立って採取しておく。尿、血液(血清、血漿又は全血)、唾液、汗、消化液等、各種体液を検体として用いることができる。好ましい態様では、尿、血清又は血漿を検体として用いる。尚、検体は常法で採取、調製すればよい。
【0021】
このステップでは、検体中のバイオマーカーを検出するが、バイオマーカーの発現レベルを厳密に定量することは必須でない。即ち、後続のステップ(3)において胃癌の罹患が判定可能となる程度にバイオマーカーを検出できればよい。例えば、検体中のバイオマーカーのレベルが所定の基準値を超えるか否かが判別可能なように検出を行うこともできる。
【0022】
バイオマーカーの検出方法は特に限定されない。例えば、qRT-PCR法に代表される、核酸増幅反応を利用した方法、マイクロアレイによって検出可能である。核酸増幅反応としては、PCR(Polymerase chain reaction)法若しくはその変法の他、LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法(Tsugunori Notomi et al. Nucleic Acids Research, Vol.28, No.12, e63, 2000; Kentaro Nagamine, Keiko Watanabe et al. Clinical Chemistry, Vol.47, No.9, 1742-1743, 2001)、ICAN(Isothermal and Chimeric primer-initiated Amplification of Nucleic acids)法(特許第3433929号、特許第3883476号)、NASBA(Nucleic Acid Sequence-Based Amplification)法、LCR(Ligase Chain Reaction)法、3SR(Self-sustained Sequence Replication)法、SDA(Standard Displacement Amplification)法、TMA(Transcription Mediated Amplification)法、RCA(Rolling Circle Amplification)等を採用することができる。
【0023】
検出結果からバイオマーカーの発現レベルが決定される。発現レベルを決定する際には、正確性や客観性等を高めるために、通常、標準化が行われる。標準化には恒常的な発現を認めるマイクロRNAの検出結果を利用する。例えば、hsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せをバイオマーカーとした場合には、好ましくはhsa-miR-3610とhsa-miR-4669を標準化因子として用いる。即ち、hsa-miR-3610とhsa-miR-4669の検出結果でhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの検出結果を補正し、ステップ(3)の判定に用いる発現レベルとする。同様にhsa-miR-575をバイオマーカーとした場合には、好ましくはhsa-miR-3610、hsa-miR-4669及びhsa-miR-6803-5pを標準化因子に利用し、標準化された発現レベルを決定する。
【0024】
qRT-PCR法でバイオマーカーを測定するのであれば、発現レベルの決定にCt値(Threshold Cycle)を利用するとよい。この場合、例えば、バイオマーカーのCt値から標準化因子のCt値(標準化因子Ct値)を減じた値(ΔCt値)を求め、ΔCt値をステップ(3)の判定に用いる発現レベルとする。
【0025】
ステップ(2)
ステップ(2)では、被検者のピロリ菌感染検査の結果を用意する。ピロリ菌感染検査は、本発明の実施に先立って行われる。ピロリ菌感染検査の種類、方法等は特に限定されず、例えば、尿素呼気試験、便中抗原検査、血中又は尿中抗ピロリ菌IgG抗体検査、内視鏡検査、病理組織学的検査、迅速ウレアーゼ試験、培養法等によって検査すればよい。尚、ステップ(2)と上記のステップ(1)の順序は問わない。即ち、いずれを先に行ってよく、また、並行して行うことにしてもよい。
【0026】
ステップ(3)
ステップ(3)では、ステップ(1)で決定した発現レベルと、ステップ(2)で用意したピロリ菌感染検査の結果に基づき、胃癌の罹患を判定する。早期の胃癌の検出を目的とする場合には、早期の胃癌の罹患が判定されることになる。精度のよい判定を可能にするため、例えば、ステップ(1)で得られた発現レベルをコントロール(対照検体)の発現レベルと比較しつつ、或いは、コントロールの発現レベルに基づき設定された基準に照らして判定するとよい。コントロールには例えば、健常者のバイオマーカー発現レベル、及び/又は胃癌患者のバイオマーカー発現レベル、或いは早期(ステージI)胃癌患者のバイオマーカー発現レベル(早期の胃癌の検出を目的とする場合)を用いることができる。
【0027】
後述の実施例に示す通り、本発明のバイオマーカーとなる、hsa-miR-6807-5p、hsa-miR-6856-5p及びhsa-miR-575はいずれも、胃癌症例で有意な発現上昇が認められた。即ち、本発明のバイオマーカーの発現レベルは胃癌の罹患と正の相関を示す。従って、バイオマーカーの発現レベルについては、それが高いことが胃癌を罹患していることの基本的な指標(判定基準)となる。一方、hsa-miR-6807-5p及びhsa-miR-6856-5pについては、早期(ステージI)胃癌症例で有意な発現上昇が認められた。従って、これらのバイオマーカーの発現レベルが高いことは、早期胃癌を罹患していることの指標(判定基準)となる。
【0028】
ステップ(3)における判定は定性的、半定量的、定量的のいずれであってもよい。定性的判定と定量的判定の例を以下に示す。以下の例は、胃癌の罹患を判定する場合の例であるが、早期胃癌の罹患の判定についても同様である。判定区分の数、各判定区分に関連付けられるバイオマーカーの発現レベル、判定結果等は、下記の例に何らとらわれることなく、予備実験等を通して任意に設定することができる。また、判定に用いる基準値やカットオフ値は、例えば、使用する検体、要求される精度(信頼度)などを考慮しつつ設定すればよい。基準値やカットオフ値の設定にあたっては、多数の検体を用いた統計的解析を利用するとよい。二つのマイクロRNAの組合せ(例えばhsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せ)をバイオマーカーとした場合には、各々について基準値やカットオフ値が設定される。或いは、組合せについての判別式を作成し、当該判別式についての基準値やカットオフ値を設定することにしてもよい。尚、ここでの判定は、その判断基準から明らかな通り、医師や検査技師など専門知識を有する者の判断によらずとも自動的ないし機械的に行うことができる。
【0029】
(定性的判定の例)
ピロリ菌感染陽性且つバイオマーカー発現レベルが基準値Aよりも高いとき、又はピロリ菌感染陰性且つバイオマーカー発現レベルが基準値Bよりも高いときに、「胃癌に罹患している」と判定し、ピロリ菌感染陽性且つバイオマーカー発現レベルが基準値A以下のとき、又はピロリ菌感染陰性且つバイオマーカー発現レベルが基準値B以下のときに、「胃癌に罹患していない」と判定する。
【0030】
(定量的判定の例)
以下に示すように、ピロリ菌感染陽性とピロリ菌感染陰性の各々について発現レベルの範囲毎に罹患している可能性(%)を予め設定しておき、罹患している可能性(%)を判定する。
(i)ピロリ菌感染陽性
a<発現レベル:胃癌に罹患している可能性は80%より大きい
b<発現レベル≦a:胃癌に罹患している可能性は20%~80%
発現レベル<b:胃癌に罹患している可能性は20%未満
(ii)ピロリ菌感染陰性
c<発現レベル:胃癌に罹患している可能性は20%より大きい
d<発現レベル≦c:胃癌に罹患している可能性は5%~20%
発現レベル<d:胃癌に罹患している可能性は5%未満
【0031】
上記の通り、ステップ(1)におけるバイオマーカーの検出にqRT-PCR法を利用する場合、好ましくは、バイオマーカーのCt値から標準化因子Ct値を減じた値(ΔCt値)をバイオマーカー発現レベルとしてステップ(3)の判定を行う。判定の際には、被検者がピロリ菌感染陽性の場合とピロリ菌感染陰性の場合に分けて設定された、ΔCt値を変数とした二つの数式を用いるとよい。例えば、hsa-miR-6807-5pとhsa-miR-6856-5pの組合せをバイオマーカーとしたときには、hsa-miR-6807-5pのΔCt値(ΔCt(miR-6807-5p)と表記する)とhsa-miR-6856-5pのΔCt値(ΔCt(miR-6856-5p)と表記する)を変数とした二つの数式(ピロリ菌感染陽性の場合の数式1とピロリ菌感染陰性の場合の数式2)を設定し、計算値(被検者がピロリ菌感染陽性であれば数式1によって計算され、被検者がピロリ菌感染陰性であれば数式2によって計算されることになる)が基準値以上であれば「胃癌を罹患している」又は「胃癌を罹患している可能性が高い」と判定し、計算値が基準値より低いのであれば「胃癌を罹患していない」又は「胃癌を罹患している可能性は低い」と判定する(「判定例1」と呼ぶ)。一方、hsa-miR-6807-5p、hsa-miR-6856-5p及びhsa-miR-575の中の一つをバイオマーカーとしたときには、ΔCt値を変数とした二つの数式(ピロリ菌感染陽性の場合の数式3とピロリ菌感染陰性の場合の数式4)からなる条件を用い、当該条件を満たすときに「胃癌を罹患している」又は「胃癌を罹患している可能性が高い」と判定し、当該条件を満たさないときに「胃癌を罹患していない」又は「胃癌を罹患している可能性は低い」と判定する(「判定例2」と呼ぶ)。以下、判定例1と判定例2に用いられる数式の例を示す。尚、判定例2はhsa-miR-575をバイオマーカーとしたときに特に有効である。
【0032】
<判定例1>
ピロリ菌感染陽性の場合(数式1):a×2-ΔCt(miR-6807-5p)+b×2-ΔCt(miR-6856-5p)
ピロリ菌感染陰性の場合(数式2):c×2-ΔCt(miR-6807-5p)+d×2-ΔCt(miR-6856-5p)
但し、式中のa~dは定数である。定数a~dの具体例はa=65、b=14、c=63、d=5である(詳細は後述の実施例を参照)。
【0033】
<判定例2>
ピロリ菌感染陽性の場合(数式3):2-ΔCt>e
ピロリ菌感染陰性の場合(数式4):2-ΔCt>f
但し、式中のe、fは定数である。定数e、fの具体例はe=0.03446916、f=0.02673549
である(詳細は後述の実施例を参照)。
【0034】
ステップ(3)における判定結果は胃癌の診断に有用な情報となり、胃癌の診断はもとより、胃癌の早期発見、より適切な治療方針の決定(効果的な治療法の選択など)等に役立つ。また、詳細な検査(例えば二次検診)を受診する契機にもなり得る。
【0035】
ところで、上記の通り、本発明のバイオマーカーは胃癌治療の根治度の判定及び胃癌再発の予測にも利用され得る。この用途の場合には、例えば、被検者から採取された検体中のバイオマーカーを検出し、発現レベルを決定するステップ(i)を行った後、ステップ(i)で決定した発現レベルに基づき、胃癌治療の根治度又は胃癌を再発する可能性(リスク)を判定する(ステップ(ii))。ステップ(i)は上記のステップ(1)と同様である。但し、胃癌治療の根治度又は胃癌再発の判定を必要とする者、即ち、胃癌に罹患し、治療を受けた者(治療経験者)が被検者となる。ここでの治療は、根治的療法としての治療効果が期待できる限りにおいて特に限定されるものではないが、典型的には外科的治療(通常、ステージや病態等を考慮し、内視鏡的腫瘍切除術、腹腔鏡的手術、縮小手術、定型手術又は拡大手術が選択される。また、必要に応じてリンパ節郭清が行われる)が該当する。ステップ(ii)の判定では、胃癌切除後の全ての症例においてバイオマーカー(hsa-miR-6807-5p、hsa-miR-6856-5p)の有意且つ顕著な発現低下を認めた事実に基づき、バイオマーカーの発現レベルが低いことが、胃癌治療の根治度が高いこと(胃癌治療の根治度を判定する場合)、及び胃癌再発の可能性(リスク)が低いこと(胃癌再発を予測する場合)の指標(判定基準)となる。判定が定性的、半定量的、定量的のいずれであってもよいことや、判定に用いる基準値やカットオフ値等に関しては、上記のステップ(3)に準ずる。
【0036】
3.胃癌検査用キット
本発明は、胃癌検査用のキットも提供する。本発明のキットは、本発明のバイオマーカーを検出するための試薬(バイオマーカー検出用試薬)を必須の要素として含む。バイオマーカー検出用試薬の例はバイオマーカー特異的プライマーである。
【0037】
好ましい一態様では、バイオマーカー検出用試薬として、hsa-miR-6807-5p検出用試薬(例えばhsa-miR-6807-5p特異的プライマー)とhsa-miR-6856-5p検出用試薬(例えばhsa-miR-6856-5p特異的プライマー)の組合せがキットに含まれる。この態様の場合、標準化因子としてのhsa-miR-3610及びhsa-miR-4669を検出するための試薬、即ち、hsa-miR-3610検出用試薬(例えばhsa-miR-3610特異的プライマー)とhsa-miR-4669検出用試薬(例えばhsa-miR-4669特異的プライマー)もキットに含めることが好ましい。
【0038】
別の好ましい一態様では、hsa-miR-575検出用試薬(例えばhsa-miR-575特異的プライマー)がキットに含まれる。この態様の場合、標準化因子としての、hsa-miR-3610、hsa-miR-4669及びhsa-miR-6803-5pを検出するための試薬、即ち、hsa-miR-3610検出用試薬(例えばhsa-miR-3610特異的プライマー)、hsa-miR-4669検出用試薬(例えばhsa-miR-4669特異的プライマー)及びhsa-miR-6803-5p検出用試薬(例えばhsa-miR-6803-5p特異的プライマー)もキットに含めることが好ましい。
【0039】
本発明のキットには、通常、取り扱い説明書が添付される。胃癌検査方法を実施する際に使用するその他の試薬(マイクロRNA抽出用試薬、DNAポリメラーゼ、逆転写酵素、dNTP等)、装置ないし器具(尿検体採取容器、反応装置、検出装置等)をキットに含めてもよい。
【実施例】
【0040】
胃癌特異的なバイオマーカー(胃癌バイオマーカー)を見出すべく、以下の検討を行った。
1.方法
(1)実験スキーム・対象・臨床検体
まず、全コホート372例(健常者:197例、胃癌患者:175例)から、年齢・性別をランダムにマッチさせた306例を抽出し、それらをランダムに(i)網羅的解析コホート8例(健常者・胃癌患者:各4例)、(ii)トレーニングセット190例(健常者・胃癌患者:各95例)、(iii)バリデーションセット108例(健常者・胃癌患者:各54例)の3群に分類した(
図1、2)。
【0041】
最初に、(i)の網羅的解析コホート8例を用いてmiRNAアレイ解析を行い、胃癌症例の尿中で有意に上昇または低下しているmiRNAを抽出した。次に、(ii)のトレーニングセット190例において、(i)で抽出した各miRNAをqPCR法で測定し、多変量解析により有意な胃癌バイオマーカーを抽出し、診断パネルを構築した。最後に、独立した(iii)バリデーションセット108例を用い、(ii)で樹立した診断パネルの精度を検証した。
【0042】
(2)RNA抽出・cDNA合成
採取直後より-80℃にて凍結保存されていた尿検体200μlから、miRNeasy Serum/Plasma Kit(Qiagen, Valencia, CA)を用いて、プロトコールに従いmiRNAを抽出した。抽出されたmiRNAを鋳型として、TaqMan Advanced MicroRNA cDNA Synthesis Kit(ThermoFisher Scientific, Waltham, USA)を用いてプロトコール通りにcDNA合成を行った。
【0043】
(3)マイクロアレイ解析
抽出されたmiRNAを用いて、SurePrint miRNA microarray(Agilent, Santa Clara, USA)にて解析を行った。データの解析にはGeneSpringGX(Agilent)を用いた。
(4)qPCR
合成されたcDNAを用いてTaqMan Advanced MicroRNA Assayを用いて、7500 Fast real-time PCR system(ThermoFisher Scientific, Watham, USA)を使用しqRT-PCRを行った。サーマルサイクル及び使用したプライマーの配列は下記の表(表1、2)に記載する。
【0044】
【0045】
使用したTaqMan Advanced MicroRNA Assays
【表2】
【0046】
2.結果
(1)miR-3610及びmiR-4669を標準化因子とした解析
網羅的解析コホート8例を用いてmiRNAアレイ解析を行った結果、胃癌症例の尿中で有意に上昇または低下しているmiRNAが複数抽出された(
図3、4)。
【0047】
次に、トレーニングセット190例において、抽出された各miRNAをqPCR法で測定した結果、miR-3610、miR-4669を標準化因子とした多変量解析によりmiR-6807-5p、miR-6856-5pが有意な胃癌バイオマーカーとして同定された(
図5)。胃癌バイオマーカー(miR-6807-5p、miR-6856-5p)とピロリ菌感染の状態(陽性)を用い、診断パネル「ピロリ菌感染の状態(陽性)と、尿中バイオマーカー(miR-6807-5p、miR-6856-5p)の発現によるバイオマーカーパネル」を構築した(
図6)。
【0048】
最後に、トレーニングセットで樹立した診断パネルの精度をバリデーションセット108例で検討したところ(
図7)、AUCが0.885(95%信頼区間: 0.825-0.948)と非常に良好な結果であった(
図8)。
【0049】
ピロリ菌感染の状態(陽性)と、尿中バイオマーカー(miR-6807-5p、miR-6856-5p)の発現を利用した判定方法の一例として、多変量解析(ロジスティック解析)の結果を考慮しつつ、下記の簡易モデル式を作成した。ピロリ菌感染陽性の場合、ピロリ菌感染陰性の場合のいずれについても、計算式の値が0.68以上を胃癌とすると、「感度:72.4%、特異度:60.8%」の判定結果が得られた。尚、式中のΔCt(miR-6807-5p)はmiR-6807-5pのΔCt値、ΔCt(miR-6856-5p)はmiR-6856-5pのΔCt値をそれぞれ表す。
ピロリ菌感染陽性の場合:65×2-ΔCt(miR-6807-5p)+14×2-ΔCt(miR-6856-5p)
ピロリ菌感染陰性の場合:63×2-ΔCt(miR-6807-5p)+5×2-ΔCt(miR-6856-5p)
【0050】
一方、多変量解析(ロジスティック解析)の結果からモデル式(-1.471+1.7486×(HP)+63.424×2
-ΔCt(miR-6807-5p)+7.8641×2
-ΔCt(miR-6856-5p))(但し、式中のHPはピロリ菌感染陽性の場合は1、ピロリ菌感染陰性の場合は0)を作成し、過去の統計から60歳以上の日本の胃がん有病率を0.2%と仮定すると、当該モデル式により、A(胃がん低リスク)、B(胃がん平均的リスク)、C(胃がん高リスク)の3群にリスク分類でき(
図9)、C群では二次精査を必要とするなどの判断にも利用できるものと考えられる。
【0051】
(2)miR-3610、miR-4669及びmiR-6803-5pを標準化因子とした解析
miR-3610、miR-4669に加え、次の候補であるmiR-6803-5pを加えた3つのmiRNAを標準化に使用した際には、トレーニングセットを用いた解析においてピロリ菌感染の状態(陽性)とmiR-575が有意なバイオマーカーとして抽出された(
図10、11)。
【0052】
「ピロリ菌感染の状態(陽性)と、尿中バイオマーカーmiR-575の発現によるバイオマーカーパネル」の精度をバリデーションセット108例で検討したところ、AUCが0.830 (95%信頼区間: 0.752-0.907)と非常に良好な結果であった(
図12、13)。
【0053】
判定方法の一例として、miR-6807-5pとmiR-6856-5pをバイオマーカーに使用した場合(上記)と同様に、多変量解析(ロジスティック解析)の結果を考慮しつつ、下記の条件を作成したところ、「感度:67.1%、特異度:51.7%」で判定可能であった。尚、式中のΔCt(miR-575)はmiR-575のΔCt値を表す。
【0054】
<条件>下記の数式を満たす場合に「胃癌を罹患している」と判定する。
ピロリ菌感染陽性の場合:2-ΔCt(miR-575)>0.03446916
ピロリ菌感染陰性の場合:2-ΔCt(miR-575)>0.02673549
【0055】
一方、多変量解析(ロジスティック解析)の結果からモデル式(-1.2062+2.2727×(HP)+18.4419×2
-ΔCt(miR-575))(但し、式中のHPはピロリ菌感染陽性の場合は1、ピロリ菌感染陰性の場合は0)を作成し、過去の統計から60歳以上の日本の胃がん有病率を0.2%と仮定すると、当該モデル式により、A(胃がん低リスク)、B(胃がん平均的リスク)、C(胃がん高リスク)の3群にリスク分類でき(
図14)、C群では二次精査を必要とするなどの判断にも利用できるものと考えられる。
【0056】
(3)他の体液中でのバイオマーカーの検出
胃癌患者の尿中で有意に上昇した、miR-6807-5p、miR-6856-5p及びmiR-575の3種類のmiRNAは、血清など他の体液を検体とした場合でもバイオマーカーとして使用可能と推察される。そこで、以下の検証実験を行った。
【0057】
年齢・性別をマッチさせた64例(胃癌・健常者:各32例)の血清を使用し、miR-6807-5p、miR-6856-5p及びmiR-575の発現をqPCRで測定した。尚、測定方法は上記の実験に準じた。
【0058】
2種類のmiRNA(miR-3610、miR-4669)を用いた標準化、3種類のmiRNA(miR-3610、miR-4669、miR-6803-5p)を用いた標準化のいずれの場合においても、miR-6807-5p、miR-6856-5p及びmiR-575は、健常者と比較して胃癌患者の血清中で有意な高発現を認めた(
図15~18)。この結果は、尿に限らず、血清、或いは他の体液検体中においても、3種類のmiRNA(miR-6807-5p、miR-6856-5p、miR-575)が胃癌特異的なバイオマーカーとして有用であることを示唆する。尚、標準化因子として使用したmiR-3610、miR-4669及びmiR-6803-5pは、尿中や血清中等に恒常的に安定して発現しているため、体液中miRNAの標準化因子として有用である。
【0059】
(4)早期胃癌の検出・診断、胃癌治療の根治度の判定
バイオマーカー(miR-6807-5p、miR-6856-5p)が早期胃癌の検出・診断に有効であるか検証するため、尿検体を用い、トレーニングセット・バリデーションセット内の健常者(149例)とステージIの早期胃癌症例(95例)での比較検討を行ったところ、miR-6807-5p、miR-6856-5pともに健常者と比較し、ステージIの早期胃癌患者の尿中での高発現を認めた(
図19)。また、ROC解析においても、「ピロリ感染陽性と、尿中miR-6807-5p・miR-6856-5p発現によるバイオマーカーパネル」はAUC=0.748(95%信頼区間:0.683-0.812)となり、健常者と早期胃癌患者間を良好に識別した(
図20)。更に、2種類の尿中バイオマーカー(miR-6807-5p、miR-6856-5p)の発現レベルはともに、臨床病期と有意な正の相関を示した(
図21)。2種類のバイオマーカー(miR-6807-5p、miR-6856-5p)の組織中の発現レベル解析では、miR-6807-5pは正常組織と比べ胃癌組織内で有意に高発現を示し、症例少なく有意ではないもののmiR-6856-5pも正常部と比較し胃癌組織内で高発現の傾向を示した(
図22)。更に、胃癌の切除前後の尿中miRNA発現解析をとしたところ、尿中バイオマーカー(miR-6807-5p、miR-6856-5p)はいずれも、胃癌切除後には有意且つ著明な発現低下を認め(
図23)、胃癌治療の根治度を極めて良好に反映することが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は胃癌の診断に有用なバイオマーカーを提供する。本発明のバイオマーカーは尿や血清等の検体中で検出可能であり、低侵襲且つ簡便な検査を可能にする。特に、尿を検体に用いた場合には、「無侵襲に」、「簡単に」、「自宅でも」検査・診断が可能になり、例えば、検診一次スクリーニングの現場において極めて有用である。また、本発明のバイオマーカーを利用すれば精度の高い検査が可能となる。
【0061】
本発明は、例えば、病院、保健所、検診車等で行われる健康診断における尿検査の一項目として実施することができる。また、尿を検体に用いた場合においては、自宅で採取した尿を検査機関に送付して検査するという、新たなスタイルの検査も可能となる。
【0062】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【配列表】