(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-08
(45)【発行日】2023-09-19
(54)【発明の名称】一重項酸素消去剤のスクリーニング方法及び評価キット
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20230911BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230911BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230911BHJP
A61K 36/47 20060101ALN20230911BHJP
A61P 39/06 20060101ALN20230911BHJP
【FI】
C12Q1/02
G01N33/50 Z ZNA
G01N33/15 Z
A61K36/47
A61P39/06
(21)【出願番号】P 2019063073
(22)【出願日】2019-03-28
【審査請求日】2022-01-26
(73)【特許権者】
【識別番号】591230619
【氏名又は名称】株式会社ナリス化粧品
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 奈緒美
(72)【発明者】
【氏名】田中 美登里
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 広之
(72)【発明者】
【氏名】中野 千尋
【審査官】馬場 亮人
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-042482(JP,A)
【文献】J. Agric. Food Chem.,2003年,Vol.51,p.6844-6850
【文献】J. Am. Chem. Soc.,1997年,Vol.119,p.9081-9082
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/6876
G01N 33/50
G01N 33/15
C12Q 1/02
A61K 36/47
A61P 39/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(A)~(C)の工程を含む、生体内の
分子内に2つ以上連結した硫黄分子を含む化合物の産生を亢進することによって生体内の一重項酸素を消去する素材のスクリーニング方法。
(A) 培養細胞に被験物質を添加し
た群と添加していない群を、任意の期間培養するステップ
(B)
培養細胞に被験物質を添加した群と被験物質を添加していない群において、次の(b-1)及び/または(b-2)の発現量を測定するステップ
(b-1)分子内に2つ以上連結した硫黄分子を含む化合物
(b-2)分子内に2つ以上連結した硫黄分子を含む化合物合成酵素
(C)
ステップ(B)で得られたそれぞれ対応する結果を、培養細胞に被験物質を添加した群と被験物質を添加していない群とで比較した際に、被験物質を添加した群の発現量が被験物質を添加していない群より多い場合に、被験物質に生体内の一重項酸素消去能があると判定するステップ
【請求項2】
前記分子内に2つ以上連結した硫黄分子を含む化合物が、システインパースルフィド、シ
ステインポリスルフィド、グルタチオンパースルフィド、グルタチオンポリスルフィド、
から選択される少なくとも1種以上を含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記分子内に2つ以上連結した硫黄分子を含む化合物の合成酵素が、シスタチオニンβ合
成酵素、シスタチオニンγリアーゼから選択される少なくとも1種以上を含む請求項1又は請求項2記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一重項酸素消去剤のスクリーニング方法及び評価キットに関する。具体的には、サルフェン硫黄の発現量に着目した、一重項酸素消去作用の評価方法、一重項酸素を消去する素材のスクリーニング方法及びその評価キットに関する。
【背景技術】
【0002】
活性酸素種は、ストレスや加齢、紫外線等の様々な刺激によって生じ、生体に影響を及ぼす。活性酸素種としては、一般的にスーパーオキサイドアニオン、ヒドロキシラジカル、過酸化水素等の還元分子種、または一重項酸素等の励起分子種が知られている。還元分子種はフリーラジカルを発生させることで容易に生体内のタンパク質の断片化を引き起こしたり、細胞内のDNAに障害をもたらすことが知られている一方で、酸素分子が励起した励起分子種である一重項酸素は、電子状態、励起状態が還元分子種と大きく異なるため、全く別の作用を有することが知られている。一重項酸素は特にタンパク質の架橋重合、脂質の過酸化等を引き起こし、特にコラーゲンに架橋形成させシワやたるみの発生に関与したり(非特許文献1)、炎症や色素沈着にも関与していることが知られている(非特許文献2)。
【0003】
活性酸素種による障害を抑制する主な手段としては、従来活性酸素を直接的に消去する方法が用いられてきた。しかしながら一般に抗酸化剤として知られている素材は、還元分子種のスーパーオキサイドやヒドロキシラジカル等のフリーラジカルの直接的な消去作用を評価しているものが多く、励起分子種の一重項酸素等の非ラジカル種の消去作用については明確ではないものがほとんどであり、一般に抗酸化作用を持つと呼ばれる素材でも、一重項酸素の消去作用を持つとは限らないことが分かっている(特許文献1)。
【0004】
従来用いられてきた一重項酸素消去剤は、一重項酸素と直接反応することで一重項酸素を消去する物質であり、例えばローズマリー抽出物(特許文献1)、カロチン、トコフェノール(特許文献2)、アスタキサンチン(特許文献3)等が挙げられる。しかしながら、従来の生体外から適用する一重項酸素の直接的な消去剤はそれ自体の化学的安定性が悪く保存中に経時的に劣化し一重項酸素消去能が低下するものが多いのが現状である。また生体外から供給する際には、代謝による不活性化・消失などの作用も受けやすい。そのため一重項酸素の直接的な消去剤の外用は、一重項酸素消去能の持続性に課題があり、体内に存在する有害な一重項酸素を消去しきれずその悪影響から生体を十分に保護できていないという課題があった。
【0005】
他方、活性酸素種による障害を抑制する手段として、生体内に存在する消去酵素の発現量を増加させることで活性酸素種を消去するといった間接的な方法も用いられてきた。特に還元分子種の活性酸素種の場合は、カタラーゼ、スーパーオキサイドディスムターゼ等の活性酸素消去酵素が生体内に存在することが確認されており、これらの生体内での発現量や酵素活性を増強させることで活性酸素種を消去する試みが広く行われている。
しかしながら励起分子種の一重項酸素においては、生体内での消去機序が明らかとなっていないため、生体内における一重項酸素消去物質の増強といった手段はとることができなかった。そのため、従来の一重項酸素消去剤のスクリーニング方法は、一重項酸素を直接的に消去する物質の選別といった手段に限定されていた。
【0006】
近年、生体内での活性酸素制御システムとして、活性イオウ分子種(サルフェン硫黄)の存在が明らかとなった。サルフェン硫黄は、システイン、グルタチオン中のチオール基に硫黄分子が連続結合した構造をもち、求核反応性に富む分子である。サルフェン硫黄は、シスタチオニンβ合成酵素(CBS)、シスタチオニンγリアーゼ(CSEまたはCTH)といった酵素により生体内で産生され、システインやグルタチオンに硫黄分子が複数結合したシステインパースルフィド(グルタチオンポリスルフィド)、グルタチオンパースルフィド(グルタチオンポリスルフィド)のほか、タンパク質中のシステイン残基に硫黄分子が結合したポリサルファー(ポリチオール)化タンパク質などが存在する。サルフェン硫黄は、高い過酸化水素(還元分子種)消去作用のほか、活性酸素種によるレドックスシグナルを制御し、細胞毒性を抑制することが知られている(非特許文献3)。しかしながら、励起分子種の活性酸素である一重項酸素の消去作用については全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】J.Soc.Cosmet.Chem.,28(2):163-171,1994
【文献】J.Am.Oil Chem.Soc.,54:234-238,1977
【文献】Proc.Natl.Acad.Sci.USA,111(21):7606-11,2014
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2011-184357号
【文献】特開平11-222412号
【文献】特開平8-73312号
【発明の概要】
【0009】
このような状況下、発明者らは生体内に存在する一重項酸素消去作用を有する物質に関し研究を行ったところ、生体内においてCBSやCSE等の酵素によって産生される、サルフェン硫黄にその作用があることを突き止めた。
【0010】
一重項酸素に起因する症状を解決するには、安定性や代謝により作用の持続性が低くなりやすい一重項酸素の直接的消去剤を生体外から適用するよりも、生体内で一重項酸素消去物質を常に安定的に作り出し維持するほうがより高い一重項酸素消去能を発揮できると確信し、発明完成に至った。
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来の一重項酸素を直接消去する物質を選別するスクリーニング方法により選別された一重項酸素消去物質は、代謝や安定性といった面で一重項酸素消去能の持続性に問題があり、体内に存在する有害な一重項酸素を消去しきれずその悪影響から生体を十分に保護できていなかった。
【0012】
そこで本発明は、生体内での一重項酸素消去物質の産生を亢進させ、安定的に一重項酸素を消去することができる素材のスクリーニング方法を提供することを課題とする。また、一重項酸素に起因する生体への影響を抑制する素材のスクリーニング方法およびキットの提供を課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
生体内に存在するサルフェン硫黄の発現量を指標とすることで上記課題を解決した。
【0014】
本発明は、以下のスクリーニング方法を提供するものである。
(1)サルフェン硫黄を指標とする一重項酸素消去能剤のスクリーニング方法。
(2)サルフェン硫黄の合成酵素の遺伝子発現量またはタンパク質発現量を指標とする一重項酸素消去能剤のスクリーニング方法。
(3)サルフェン硫黄の合成酵素が、シスタチオニンβ合成酵素、シスタチオニンγリアーゼから選択される少なくとも1種以上を含む(2)の方法。
(4)サルフェン硫黄が、システインパースルフィド、システインポリスルフィド、グルタチオンパースルフィド、グルタチオンポリスルフィド、から選択される少なくとも1種以上を含む(1)乃至(3)記載の方法。
(5)次の(A)~(C)の工程を含む、一重項酸素消去剤のスクリーニング方法
(A)培養細胞に被験物質を添加し、任意の期間培養するステップ
(B)サルフェン硫黄及び/またはサルフェン硫黄合成酵素の発現量を測定するステップ
(C)被験物質を添加した群とそうではない群のサルフェン硫黄及び/またはサルフェン硫黄合成酵素の発現量を比較し、一重項酸素消去能を評価するステップ
(6)一重項素消去能を判定するキットであって、サルフェン硫黄の発現量及び/またはその合成酵素の発現量を測定する手段を含んでなるキット。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、従来の化学的に不安定な一重項酸素消去剤の外用に頼ることなく、生体内での一重項酸素消去物質(サルフェン硫黄)の産生を亢進することにより、生体内で安定的に一重項酸素を消去し、一重項酸素に起因する生体への影響を改善できる素材を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
分子内に2つ以上連結した硫黄分子を含む化合物およびその他素材によるヒドロキシラジカル消去作用を示す図。
【
図2】
分子内に2つ以上連結した硫黄分子を含む化合物およびその他素材による一重項酸素消去作用を示す図。
【
図3】各種素材によるCSE遺伝子発現量の亢進作用の比較図。
【
図4】各種素材によるサルフェン硫黄産生亢進作用の比較図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一重項酸素消去作用を有する素材をスクリーニングする方法、及びその評価キットにおいては、被験物質を培養細胞に添加し、一定時間培養後におけるサルフェン硫黄の存在量の変化、あるいはサルフェン硫黄合成酵素の遺伝子発現量またはタンパク質発現量の変化を指標とする。これにより、生体に存在するサルフェン硫黄の発現量を増加させ一重項酸素を消去する効果のある素材をスクリーニングすることができる。
本発明における「評価キット」は、上記評価方法に用いられるキットである。
【0018】
本発明のスクリーニングに用いる培養細胞の種類は、サルフェン硫黄を発現する細胞であれば特に限定されないが、ケラチノサイト又はメラノサイト、ファイブロブラスト、マクロファージ、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞等が好ましい。細胞の培養の条件としては、通常の培養条件、例えば市販のダルベッコMEM(DMEM)培地を用いる他、本発明のスクリーニング方法の実行を妨げない、具体的にはサルフェン硫黄の発現量の測定、およびサルフェン硫黄合成酵素をコードする遺伝子の発現量の測定を妨げない培養条件であれば、特段の限定なく適用することができる。また培養細胞の培養期間は、培養細胞がコンフルエントとなりその形質が変化しない範囲であれば特段の限定なく適用することができる。
【0019】
本発明におけるサルフェン硫黄には、システインやグルタチオンに硫黄分子が複数結合したシステインパースルフィド(グルタチオンポリスルフィド)、グルタチオンパースルフィド(グルタチオンポリスルフィド)のほか、タンパク質中のシステイン残基に硫黄分子が結合したポリサルファー(ポリチオール)化タンパク質等が挙げられるが、連結する硫黄分子の数は特に指定されない。
またサルフェン硫黄合成酵素には、シスタチオニンβ合成酵素(CBS)、シスタチオニンγリアーゼ(CSEまたはCTH)等に代表されるタンパク質が挙げられる。
【0020】
本発明でいう「サルフェン硫黄を指標とする」とは、任意の方法を用いてサルフェン硫黄の存在量を効果判定の基準にするという趣旨である。例えば、被験物質の存在により、サルフェン硫黄をコントロール群より増加させることができる場合、効果ありと判定することができる。サルフェン硫黄の検出方法としては、例えば、サルフェン硫黄の存在下にてのみ蛍光を発するプローブを細胞に添加しておき、被験物質の有無によるプロープの蛍光量の変化量を測定することでサルフェン硫黄の存在量を検出する。また、サルフェン硫黄の代謝産物を測定することで、間接的に測定することもできる。
【0021】
「サルフェン硫黄の合成酵素の遺伝子発現量及び/またはタンパク質発現量を指標にする」とは、サルフェン硫黄の合成酵素の遺伝子発現量及び/またはタンパク質発現量を効果判定の基準にするという趣旨である。例えば、被験物質の存在により、サルフェン硫黄合成酵素、同タンパク質の量をコントロール群より増加させることができる場合に効果ありと判定することができる。多くの場合、サルフェン硫黄合成酵素の遺伝子発現量の変化と、同タンパク質発現量の変化は連動するので、少なくとも一方を指標とすれば良いが、双方を指標としても支障はない。具体的には、サルフェン硫黄合成酵素のタンパク質発現量、またはそれをコードする遺伝子の発現量を、任意の方法を用いて測定した結果を用いることができる。例えば、当該遺伝子の配列に特異的に結合する配列を有するDNA断片をプライマーとして用いてPCRを行い、定量的な検出を行う。なお、上述した種々の因子をコードする遺伝子配列はそれぞれ公開されており、当業者は適宜プライマーを設計してPCRに供することができる。また、当該タンパク質の細胞内存在量を、ウエスタンブロッティング法やELISA法、放射免疫測定(Radioimmunoassy)法、免疫染色法、質量分析法等の常法で定量的に測定した結果を用いてもよい。また、サルフェン硫黄合成酵素の代謝産物を測定することで、間接的に当該タンパク質量を測定することもできる。
【0022】
被験物質には、特に制限はない。動物由来エキス、菌類の培養物、又はこれらの酵素等処理物、化合物又はその誘導体等であっても被験物質として用いることが出来、液状の他、粉末状、ジェル状等であっても差し支えない。
【0023】
本発明のスクリーニング方法を用いた評価キットは、当該方法を使用していれば特に限定はされない。一つのキットで本発明のスクリーニング方法を具備するものでも良いし、二つ以上キットに分かれていても差し支えない。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を実施例について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0025】
<サルフェン硫黄の一重項酸素消去能の確認>
発明者らは以下の方法により、サルフェン硫黄は一般的な抗酸化作用(フリーラジカル消去作用)のみならず、一重項酸素消去作用を有していることを見出した。
【0026】
<被験物質の調製>
分子内に硫黄分子を有する化合物である、Sodium Disulfide、またはS odium Trisulfide、またはSodium Tetrasulfide(すべて和光純薬製) 、システイン(和光純薬) 、還元型グルタチオン(和光純薬) に精製水を加え、任意の濃度の溶液を調製し、それを希釈したものを被験物質とした。なお、対照物質には精製水を用いた。
【0027】
<ヒドロキシラジカル消去試験>
ヒドロキシラジカル消去試験は、以下の要領で行った。なお、用いた試薬類はすべて和光純薬より入手した。
≪ビスエチレンジアミン銅硫酸塩水溶液の調製≫
硫酸銅五水和物とエチレンジアミンをモル比が1:2となるように精製水50 mLに溶解し、95%エタノール水溶液を適量加え、紫色の結晶を析出させた。吸引濾過により結晶を取り出した後、結晶を99.5%エタノールにて2回洗浄した。濾紙上で結晶を一晩乾燥させることで、ビスエチレンジアミン銅硫酸塩二水和物([Cu(C2H8N2)2]SO4・2H2O)を得た。これを精製水に溶解し、1mMビスエチレンジアミン銅硫酸塩水溶液を調製した。
≪ヒドロキシラジカル消去試験≫
試験管に1mMビスエチレンジアミン銅硫酸塩水溶液を20μL、0.05Mリン酸バッファー(pH7.4)を90μL加えた。ここに、30mM過酸化水素水または精製水を20μLずつ加え、40度で1時間反応させた。ここで被験物質を任意の濃度になるよう精製水で希釈したものを20μLずつ添加した。さらに45mM2-デオキシーD-リボース水溶液を50μL加え、40度で1時間反応させた。0.07N水酸化ナトリウム溶液に溶解した70mMチオバルビツール酸水溶液を1.2mL加えたのち、1M塩酸水溶液を100μL加えた。試験管上部に蓋をし、沸騰水浴で30分間加熱し、その後直ちに30分間水冷した。得られた反応液を100μLずつ96穴プレートに移し、蛍光マイクロプレートリーダー(TECAN)にて540nmの吸光度を測定した。次に示す数式を用いて、ヒドロキシルラジカル消去率を算出した。
【0028】
【0029】
<一重項酸素消去試験>
一重項酸素消去試験は、以下の要領で行った。なお、用いた試薬類はすべて和光純薬より入手した。
≪DPBF反応溶液の調製≫
DPBF反応溶液は、以下に示す各成分を、(A):(B):(C)=8:1:1容量の割合で混合し調製する。
(A)1、3-ジフェニルイソベンゾフラン(DPBF)を99.5%エタノールに完全に溶解させた後、等量の精製水と混合することで調製した、0.2mMDPBF溶液
(B)ローズベンガルを50%エタノールに溶解して調製した、0.016mMローズベンガル水溶液
(C)〔0026〕で調製した任意の濃度の被験物質
≪Blank反応溶液の調製≫
Blank反応溶液は、以下に示す各成分を、(A):(B):(C)=8:1:1容量の割合で混合し調製する。
(A)50%エタノール水溶液
(B)ローズベンガルを50%エタノールに溶解して調製した、0.016mMローズベンガル水溶液
(C)〔0026〕で調製した任意の濃度の被験物質
≪一重項酸素消去試験≫
DPBF反応溶液またはBlank反応溶液100μLを96穴プレ-トに添加し、蛍光マイクロプレートリーダーにて415nmの吸光度を測定した。UVランプFL20S・BLB(東芝社)にてUV-Aをプレートに550mJ/cm2照射した後、再度415nmの吸光度を測定した。式2に示す数式からUV-A照射後の吸光度の減少量を算出し、さらに式3に示す数式を用いて、一重項酸素消去率を算出した。
【0030】
【0031】
【0032】
<結果>
各被験物質はすべて分子内に硫黄分子を有しており、システイン、還元型グルタチオンは分子内に各1つの硫黄分子、Sodium Disulfideは分子内に2つの連結した硫黄分子、Sodium Trisulfideは3つの連結した硫黄分子、Sodium Tetrasulfideは4つの連結した硫黄分子を有する。
図1からすべての被験物質は40~60%程度のヒドロキシラジカル消去力を有することが確認された。しかしながら、
図2で
は、Sodium Disulfide、またはSodium Trisulfide、またはSodium Tetrasulfid
eのみ一重項酸素消去能を有することが確認された。システイン、還元型グルタチオンはヒドロキシラジカル消去能を有していた一方、一重項酸素消去能については有していなかったことから、ヒドロキシラジカル消去能と一重項酸素消去能には関係がないことが示唆された。これより、硫黄分子を複数連結した
構造は、硫黄分子を1つのみ有するシステインや還元型グルタチオン分子とは全く異なる作用を有することが示され、一重項酸素消去という特徴的な作用を有することが確認された。
【0033】
このことから、生体内のサルフェン硫黄の存在量を増加させることができれば、一重項酸素が関与する生体や皮膚老化への悪影響についても緩和することができ、シワやたるみの予防改善、また美白を達成することが可能となると言える。
【0034】
サルフェン硫黄合成酵素を指標とし、一重項酸素消去作用を有する素材をスクリーニングする方法は、例えば以下の方法により行うことができる。
<被験物質の調製>
乾燥させた植物原体に10倍の質量の精製水を加えて60℃、4時間加熱抽出した。抽出物の乾燥残分に対して、精製水を質量比で1:100(10,000ppm)となるように加えて希釈したものを被験物質とした。なお用いた植物原体は、サチャインチ(Plukenetia volubilis L.)種子圧搾残渣のほか、セロシア(Celosia argentea)種子、グリーンコーヒー(Coffea)種子(豆)、カロブ(Ceratonia siliqua)種子である。
【0035】
<サルフェン硫黄合成酵素の遺伝子発現量増強作用の確認>
ヒト真皮線維芽細胞を、牛胎児血清10.0%を加えたダルベッコMEM(D-MEM)培地に懸濁し、5×104cells/mLになるように細胞懸濁液を調製し24穴培養プレートに500μLずつ播種した。37℃、5%CO2/95%空気の加湿条件で3~4日間培養し、被験物質を終濃度30ppmになるように培地に加えた。なお、対照物質として、それぞれの被験物質の溶媒の精製水を終濃度30ppmになるように加えた。37℃、5%CO2/95%空気の加湿条件で24時間培養後、Total RNA Purification Kit(Jena Bioscience)を用いて、Total RNAを抽出した。その後、PrimeScript RT Reagent Kit(TaKaRa)を用いて逆転写を行い、cDNAを合成した。得られたcDNAを鋳型として、サルフェン硫黄合成酵素CSEおよびGAPDH(グリセルアルデヒド3-リン酸 デヒドロゲナー ゼ;ハウスキーピング遺伝子として使用)の発現量を以下のプライマー及び酵素を用いて、リアルタイムPCR(7500 Real Time PCR System、アプライドバイオシステムズ)にて測定した。プライマーには、CSE用センスプライマー(5’-GAATGGCAGTTGCCCAGTTC-3’)、アンチセンスプライマー(5’-GGGCAGCCCAGGATAAATAAC-3’)、GAPDH用センスプライマー(5’-CCACATCGC TCAGACACCAT-3’)、アンチセンスプライマー(5’-TGACCAGGC GCCCAATA-3’)を用いた。PCRの反応にはPower SYBR Green Master Mix(アプライドバイオシステムズ)を使用し、遺伝子発現の解析は比較Ct法にて行った。つまり、被験物質添加による遺伝子発現量の変化は、コントロール群のCSEのCt値をGAPDHのCt値で補正した値を100とし、それに対する相対量(%)として求めた。
【0036】
図3より、セロシア、グリーンコーヒー豆、カロブ抽出物の添加では、CSE遺伝子発現量は対照物質(コントロール)に対して60~100%となり、CSE遺伝子発現量はほぼ変化なしあるいはむしろ減少した。その一方、サチャインチ抽出物の添加では、コントロールに対し140%程度にまで増加した。以上より、サチャインチ抽出物には、サルフェン硫黄合成酵素の遺伝子発現量を増加させる効果があることが示され、本発明のスクリーニング方法を利用することにより一重項酸素消去作用を有する素材を選択することが可能であることが確認された。
【0037】
サルフェン硫黄の発現量を指標とし、一重項酸素消去作用を有する素材をスクリーニングする方法は、例えば以下の方法により行うことができる。
<被験物質の調製>
〔0034〕と同様に行った。
【0038】
<サルフェン硫黄発現量増強作用の確認>
サルフェン硫黄発現量確認の試験は、以下の要領で行った。
≪SSP4反応溶液の調製≫
SSP4反応溶液は、以下に示す各成分を、(A):(B)=1:250容量の割合で混合し調製する。
(A)サルフェン硫黄検出試薬SSP4(同仁化学研究所)1mgにジメチルスルホキシド(DMSO)を165μL加えて溶解した。
(B)Cethyltrimethylammonium bromide(CTAB)36.4mgを精製水1mLにて溶解した。ダルベッコMEM(D-MEM)培地にて200倍希釈した。
≪サルフェン硫黄発現量の確認≫
ヒト真皮線維芽細胞を、牛胎児血清10.0%を加えたダルベッコMEM(D-MEM)培地に懸濁し、5×104cells/mLになるように細胞懸濁液を調製し96穴培養プレートに100μLずつ播種した。37℃、5%CO2/95%空気の加湿条件で2日間培養したのち、被験物質を終濃度30ppmになるように培地に加えた。なお、陰性対照として、それぞれの被験物質の溶媒の精製水を終濃度30ppmになるように加えた。37℃、5%CO2/95%空気の加湿条件で24時間培養後、培地を除去し、SSP4反応溶液を各ウェルに50μLずつ添加した。37℃、5%CO2/95%空気の加湿条件で15分間インキュベートしたのち溶液を除去し、PBS(-)で各ウェルを洗浄後100μLを添加し、蛍光顕微鏡(キーエンス)を用いて蛍光像を取得した。
【0039】
図4より、サチャインチ抽出物を添加した細胞群では、コントロールに対しサルフェン硫黄の発現量を反映する蛍光量が増加することが確認され、細胞内のサルフェン硫黄が増加していることが示された。これに対し、カロブ抽出物を添加した細胞群では、コントロールに対しサルフェン硫黄の発現量を反映する傾向量には変化が見られず、細胞内のサルフェン硫黄が増加していないことが示された。本発明のスクリーニング方法を利用することにより一重項酸素消去作用を有する素材を選択することが可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0040】
以上の結果から、本願のスクリーニング方法を用いることで、生体内で安定的に一重項酸素を消去できる素材を見出すことができる。すでに述べたとおり、一重項酸素はシワやたるみ、色素沈着にも関与していることから、このスクリーニング方法で見出すことができる素材には、シワやたるみの予防改善、美白効果があることが期待される。