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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-08
(45)【発行日】2023-09-19
(54)【発明の名称】解析方法及び解析システム
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/00 20220101AFI20230911BHJP
【FI】
G06N10/00
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019194370
(22)【出願日】2019-10-25
(65)【公開番号】P2021068281
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-07-27
(73)【特許権者】
【識別番号】390019839
【氏名又は名称】三星電子株式会社
【氏名又は名称原語表記】Samsung Electronics Co.,Ltd.
【住所又は居所原語表記】129,Samsung-ro,Yeongtong-gu,Suwon-si,Gyeonggi-do,Republic of Korea
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】佐久間 怜
(72)【発明者】
【氏名】中村 悟史
(72)【発明者】
【氏名】べ ジェヒョン
【審査官】渡辺 順哉
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/089553(WO,A1)
【文献】特表2019-537129(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06N 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
古典コンピュータが、電子数がN(Nは自然数)である解析対象の物質についてのN±1電子系を表わす基底関数に対応する部分系のハミルトニアン演算子と、前記基底関数の重なり行列に対応する演算子とを、スピン演算子に変換し、
量子コンピュータが、前記スピン演算子の期待値を計算し、
前記古典コンピュータが、
前記期待値に基づいて、前記ハミルトニアン演算子に相当するハミルトニアン行列の要素及び前記重なり行列の要素を計算し、
前記ハミルトニアン行列及び前記重なり行列に基づいて、一電子グリーン関数を計算する
解析方法。
【請求項2】
前記古典コンピュータが、前記一電子グリーン関数を用いて、前記物質の電子状態を計算する
請求項1に記載の解析方法。
【請求項3】
前記基底関数は、N電子系の基底状態の波動関数に電子の生成演算子及び消滅演算子を作用させて構築されたものである
請求項1又は2に記載の解析方法。
【請求項4】
前記波動関数は、VQE(Variational Quantum Eigensolver)法に従って、前記古典コンピュータ及び前記量子コンピュータによって計算される
請求項3に記載の解析方法。
【請求項5】
前記古典コンピュータが、Jordan-Wigner変換又はBravyi-Kitaev変換により、前記ハミルトニアン演算子と、前記基底関数の重なり行列に対応する演算子とを、前記スピン演算子に変換する
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の解析方法。
【請求項6】
古典コンピュータと、量子コンピュータとを備え、
前記古典コンピュータは、電子数がN(Nは自然数)である解析対象の物質についてのN±1電子系を表わす基底関数に対応する部分系のハミルトニアン演算子と、前記基底関数の重なり行列に対応する演算子とを、スピン演算子に変換し、
前記量子コンピュータは、前記スピン演算子の期待値を計算し、
前記古典コンピュータは、
前記期待値に基づいて、前記ハミルトニアン演算子に相当するハミルトニアン行列の要素及び前記重なり行列の要素を計算し、
前記ハミルトニアン行列及び前記重なり行列に基づいて、一電子グリーン関数を計算する
解析システム。
【請求項7】
前記古典コンピュータは、前記一電子グリーン関数を用いて、前記物質の電子状態を計算する
請求項6に記載の解析システム。
【請求項8】
前記基底関数は、N電子系の基底状態の波動関数に電子の生成演算子及び消滅演算子を作用させて構築されたものである
請求項6又は7に記載の解析システム。
【請求項9】
前記波動関数は、VQE(Variational Quantum Eigensolver)法に従って、前記古典コンピュータ及び前記量子コンピュータによって計算される
請求項8に記載の解析システム。
【請求項10】
前記古典コンピュータは、Jordan-Wigner変換又はBravyi-Kitaev変換により、前記ハミルトニアン演算子と、前記基底関数の重なり行列に対応する演算子とを、前記スピン演算子に変換する
請求項6乃至9のいずれか1項に記載の解析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は解析方法及び解析システムに関し、特に、物質の電子状態の解析のための解析方法及び解析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
量子コンピュータにより、物質の電子状態を解析する技術が提案されている。例えば、非特許文献1は、量子コンピュータを用いた、グリーン関数に基づく電子状態の計算方法について開示している。この文献に記載された方法では、時間ベースのグリーン関数を計算し、得られた時間ベースのグリーン関数にフーリエ変換を行うことで周波数ベースのグリーン関数を得ている。また、非特許文献2は、量子コンピュータを用いてグリーン関数を計算する技術について開示している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Pierre-Luc Dallaire-Demers and Frank K. Wilhelm, “Method to efficiently simulate the thermodynamic properties of the Fermi-Hubbard model on a quantum computer”, PHYSICAL REVIEW A 93, 032303 (2016)
【文献】Taichi Kosugi and Yu-ichiro Matsushita, “Construction of Green’s functions on a quantum computer: applications to molecular systems”, arXiv:1908.03902, August 13, 2019
【文献】A. Peruzzo et al., “A variational eigenvalue solver on a photonic quantum processor”, Nature Communications, 5:4213 (2014)
【文献】A. Szabo and N. S. Ostlund, “Modern Quantum Chemistry”, Dover Publications (1996)
【文献】A. G. Taube and R. J. Bartlett, “New perspectives on unitary coupled-cluster theory”, International Journal of Quantum Chemistry, Vol 106, 3393-3401 (2006)
【文献】G. Ortiz, J. E. Gubernatis, E. Knill, and R. Laflamme, “Quantum algorithms for fermionic simulations”, Phys. Rev. A 64, 022319 (2001)
【文献】S. Bravyi and A. Kitaev, “Fermionic quantum computation”, Annals of Physics, Vol. 298, 210-226 (2002)
【文献】J. C. Spall, “Multivariate stochastic approximation using a simultaneous perturbation gradient approximation”, IEEE Transactions on Automatic Control 37, 332-341 (1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、非特許文献1の手法ではトロッター(Trotter)分解という量子演算の分割を行うために、多数の量子ゲートを必要とする。このため、現在の量子コンピュータでは実現が困難である。
【0005】
本発明はかかる問題点を解決するためになされたものであり、量子コンピュータによる計算で必要とされる量子ゲート数を抑制しつつ、グリーン関数を計算することができる解析方法及び解析システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明にかかる解析方法では、
古典コンピュータが、電子数がN(Nは自然数)である解析対象の物質についてのN±1電子系を表わす基底関数に対応する部分系のハミルトニアン演算子と、前記基底関数の重なり行列に対応する演算子とを、スピン演算子に変換し、
量子コンピュータが、前記スピン演算子の期待値を計算し、
前記古典コンピュータが、
前記期待値に基づいて、前記ハミルトニアン演算子に相当するハミルトニアン行列の要素及び前記重なり行列の要素を計算し、
前記ハミルトニアン行列及び前記重なり行列に基づいて、一電子グリーン関数を計算する。
【0007】
本発明にかかる解析システムは、
古典コンピュータと、量子コンピュータとを備え、
前記古典コンピュータは、電子数がN(Nは自然数)である解析対象の物質についてのN±1電子系を表わす基底関数に対応する部分系のハミルトニアン演算子と、前記基底関数の重なり行列に対応する演算子とを、スピン演算子に変換し、
前記量子コンピュータは、前記スピン演算子の期待値を計算し、
前記古典コンピュータは、
前記期待値に基づいて、前記ハミルトニアン演算子に相当するハミルトニアン行列の要素及び前記重なり行列の要素を計算し、
前記ハミルトニアン行列及び前記重なり行列に基づいて、一電子グリーン関数を計算する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、量子コンピュータによる計算で必要とされる量子ゲート数を抑制しつつ、グリーン関数を計算することができる解析方法及び解析システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施の形態にかかる解析システムの構成を示すブロック図である。
図2】電子数がNである物質の基底状態について計算する処理の流れを示すフローチャートである。
図3】グリーン関数を計算する処理の流れを示すフローチャートである。
図4】古典コンピュータによって行なわれるステップS305の処理の流れを示すフローチャートである。
図5A】水素分子の電子状態の計算結果を示すグラフである。
図5B】水素分子の電子状態の計算結果を示すグラフである。
図5C】水素分子の電子状態の計算結果を示すグラフである。
図5D】水素分子の電子状態の計算結果を示すグラフである。
図6】エネルギー状態密度から計算された最低占有エネルギーと最高占有エネルギーの差を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を適用した具体的な実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0011】
図1は、実施の形態にかかる解析システム10の構成を示すブロック図である。図1に示すように、解析システム10は、古典コンピュータ100と、量子コンピュータ200とを備える。解析システム10は、解析対象の物質の電子状態を解析するシステムである。ここで、解析対象の物質の電子数をN(Nは自然数)とする。
【0012】
古典コンピュータ100は、パーソナルコンピュータ、サーバなどの任意のノイマン型コンピュータであり、プロセッサとメモリを含み、プロセッサがメモリに格納された命令(コンピュータプログラム)を実行することにより処理を行う。コンピュータプログラムは、様々なタイプの非一時的なコンピュータ可読媒体(non-transitory computer readable medium)を用いて格納され、コンピュータに供給することができる。非一時的なコンピュータ可読媒体は、様々なタイプの実体のある記録媒体(tangible storage medium)を含む。非一時的なコンピュータ可読媒体の例は、磁気記録媒体(例えばフレキシブルディスク、磁気テープ、ハードディスクドライブ)、光磁気記録媒体(例えば光磁気ディスク)、CD-ROM(Read Only Memory)、CD-R、CD-R/W、半導体メモリ(例えば、マスクROM、PROM(Programmable ROM)、EPROM(Erasable PROM)、フラッシュROM、RAM(random access memory))を含む。また、プログラムは、様々なタイプの一時的なコンピュータ可読媒体(transitory computer readable medium)によってコンピュータに供給されてもよい。一時的なコンピュータ可読媒体の例は、電気信号、光信号、及び電磁波を含む。一時的なコンピュータ可読媒体は、電線及び光ファイバ等の有線通信路、又は無線通信路を介して、プログラムをコンピュータに供給できる。
【0013】
量子コンピュータ200は、ゲート型量子コンピュータである。すなわち、量子コンピュータ200は、量子ゲートを含み、量子ゲートを用いて量子計算を行なうコンピュータである。古典コンピュータ100と量子コンピュータ200とは、有線又は無線のネットワークを介して通信可能に接続されており、データを双方向に転送可能である。
【0014】
図2から図4は、解析システム10による処理の流れを示すフローチャートである。以下、図2から図4を参照しつつ、解析システム10の処理について説明する。本実施の形態で示される解析方法は、主に、物質の基底状態のエネルギー及び波動関数を計算する第1の処理(図2)と、第1の処理で得られた結果を用いてグリーン関数(より詳細には、一電子グリーン関数)を計算する第2の処理とを含む。なお、基底状態のエネルギー及び基底状態の波動関数が既知である場合には、第1の処理を省略することができる。
【0015】
まず、第1の処理について説明する。図2は、電子数がNである物質の基底状態について計算する処理の流れを示すフローチャートである。本実施の形態では、図2に示すように、VQE(Variational Quantum Eigensolver)法に従って、古典コンピュータ100及び量子コンピュータ200によって、基底状態が計算される。具体的には、例えば、非特許文献3に記載されたVQE法に従って、基底状態が計算される。
【0016】
まず、ステップS201において、古典コンピュータ100は、解析対象である物質の構造情報および電子数Nに対応するハミルトニアン演算子Hを構成する展開係数を計算する。
【0017】
ここで、ハミルトニアン演算子Hは、以下の式(1)で表わされ、式(1)の右辺に示されるhij及びVijklが展開係数である。
【0018】
【数1】
【0019】
なお、式(1)に現れるc,c,c,cは電子の消滅演算子であり、c ,c は電子の生成演算子である。また、添え字i,j,k,lは、用いる基底関数のインデックス番号を表す。通常、基底関数としてはHartree-Fock法(非特許文献4)の一電子波動関数(正準軌道)などが用いられるが、別な関数が用いられてもよい。
【0020】
展開係数hij及びVijklはそれぞれ原子単位系において次のような形式で与えられ、ステップS201において、古典コンピュータ100で計算される。
【0021】
【数2】
【0022】
【数3】
【0023】
この2つの式において、φ(r,σ)は、用いられる基底関数を表し、rは空間座標、σはスピン座標である。上付き添え字の*は複素共役を示す。また、式(2)のv(r)は一般的なポテンシャルであり、物質中の原子核が作るクーロンポテンシャルなどを含む。Vijklは電子の間に働くクーロンポテンシャルである。
【0024】
次に、ステップS202において、古典コンピュータ100は、N電子系の基底状態の波動関数|N,0>についての試行波動関数のパラメータを初期化する。すなわち、古典コンピュータ100は、試行波動関数|N,0>のパラメータの初期値を設定する。なお、波動関数|N,n>は、N電子系のn(ただし、nは0以上の整数)番目のエネルギー準位の波動関数を表わす。したがって、n=0の場合、|N,n>は、基底状態の波動関数を表わし、n>1の場合、|N,n>は、励起状態の波動関数を表わす。
【0025】
ここで、N電子系の基底状態の波動関数|N,0>は、以下の式(4)のように、パラメータの組{θ}を含んだ形で表わされるものとする。
【0026】
【数4】
【0027】
ここで、|HF>は、Hartree-Fock法で表される電子の基底状態の波動関数である。また、U(θ)はパラメータθを含むユニタリ演算子であり、具体的な関数形はたとえば非特許文献5のunitary coupled cluster法などを用いる。
【0028】
本実施の形態では、解析システム10は、試行波動関数|N,0>を用いてハミルトニアン演算子の期待値であるエネルギー期待値<N,0|H|N,0>を計算する。このために、まず、ステップS203において、古典コンピュータ100は、ハミルトニアン演算子をスピン演算子へ変換する。古典コンピュータ100は、ハミルトニアン演算子HをJordan-Wigner変換(非特許文献6)又はBravyi-Kitaev変換(非特許文献7)などを用いてスピン演算子の組に変換する。具体的には、古典コンピュータ100は、以下の式(5)に示されるように変換する。
【0029】
【数5】
【0030】
ここで、αは、スピン演算子へ展開したときの展開項を表す添え字である。また、hαは展開係数である。Pαはスピン自由度を含んだ基底関数の数をMとして、以下の式(6)に示すように、M個のスピン演算子piαの直積で表される。なお、各スピン演算子piαは、スピン演算子X、Y、Zまたは恒等演算子Iのいずれかの値をとりうる。
【0031】
【数6】
【0032】
次に、ステップS204において、量子コンピュータ200は、設定されたパラメータで与えられる試行波動関数を用いて、各スピン演算子の期待値を計算する。具体的には、量子コンピュータ200は、各スピン演算子Pαの期待値<N,0|Pα|N,0>の計算を行う。
【0033】
次に、ステップS205において、古典コンピュータ100は、ステップS204で得られたPαの期待値<N,0|Pα|N,0>から、N電子系の基底状態のエネルギー期待値E を計算する。具体的には、古典コンピュータ100は、以下の式(7)を計算する。
【0034】
【数7】
【0035】
このようにして得られるエネルギー期待値が最小となるようなパラメータθの値を、反復計算により決定する。具体的には、上述したステップS204、及び後述するステップS205からステップS207の処理が繰り返される。なお、この繰り返し処理においては、既存の最小化ルーチン、たとえばSimultaneous perturbation stochastic approximation法(非特許文献8)などを用いる。
【0036】
ステップS206では、古典コンピュータ100は、ステップS205で算出されたエネルギー期待値が収束したか否かを判定する。たとえば、古典コンピュータ100は、繰り返し処理のt回目においてステップS205で算出されたエネルギー期待値と、t+1回目においてステップS205で算出されたエネルギー期待値との差が所定の差分以下である場合、エネルギー期待値が収束したと判定する。
【0037】
エネルギー期待値が収束していない場合(ステップS206でNo)、処理はステップS207へ移行する。ステップS207では、古典コンピュータ100は、試行波動関数のパラメータθの値を更新する。古典コンピュータ100は、たとえば、所定の変更規則に従って、パラメータθの値を変更することにより更新する。ステップS207の後、処理はステップS204に戻る。すなわち、量子コンピュータ200によって、更新されたパラメータで与えられる試行波動関数を用いて、スピン演算子の期待値を計算する。
【0038】
エネルギー期待値が収束した場合(ステップS206でYes)、ステップS208において、古典コンピュータ100は、N電子系の基底状態の波動関数のパラメータを決定する。すなわち、古典コンピュータ100は、現在のパラメータの値をN電子系の基底状態の波動関数のパラメータの値として確定する。これにより、確定したパラメータで与えられる波動関数が、解析対象の物質のN電子系の基底状態の波動関数とされる。なお、収束したエネルギー期待値は、解析対象の物質のN電子系の基底状態のエネルギー期待値である。したがって、解析システム10による図2に示す処理により、N電子系の基底状態の波動関数及びエネルギー期待値が計算される。
【0039】
次に、第2の処理、すなわち、第1の処理(図2)で得られた結果を用いてグリーン関数を計算する処理について説明する。図3は、グリーン関数を計算する処理の流れを示すフローチャートである。以下、図3に沿って説明する。
【0040】
ステップS301において、古典コンピュータ100は、解析対象の物質のN+1電子系の部分系を表現する基底関数|B N+1>及び解析対象の物質のN-1電子系の部分系を表現する基底関数|B N-1>を、第1の処理で計算された基底状態の波動関数|N,0>を用いて、以下の式(8)及び式(9)に示すように定義する。すなわち、古典コンピュータ100は、N+1電子系の部分系を表現する基底関数及びN-1電子系の部分系を表現する基底関数を、N電子系の基底状態の波動関数に電子の生成消滅演算子を作用させて構築する。
【0041】
【数8】
【数9】
【0042】
ここで、Cは一般化された消滅演算子を表わし、C は一般化された生成演算子を表わす。一般化された消滅演算子とは、1以上の生成消滅演算子の組み合わせにより、電子を1つ消滅させる演算子であり、一般化された生成演算子とは、1以上の生成消滅演算子の組み合わせにより、電子を1つ生成させる演算子である。具体的には、C、C は、以下の(1)、(2)のような演算子を含み得る。なお、C、C は、(1)で示される演算子のみを含んでもよいし、(2)で示される演算子のみを含んでもよいし、(1)で示される演算子及び(2)で示される演算子を含んでもよい。
【0043】
(1)1つの生成消滅演算子(すなわち、式(1)においてハミルトニアン演算子を展開する際に用いたいずれか1つの生成消滅演算子)からなる演算子:
この場合、C、C は、次のように表わされる。
【0044】
【数10】
【0045】
(2)複数の生成消滅演算子により表わされる演算子(すなわち、式(1)においてハミルトニアン演算子を展開する際に用いた生成消滅演算子の組み合わせ(生成消滅演算子の積)により表わされる演算子):
この場合、Cは、q(qは1以上の整数)個の生成演算子とq+1個の消滅演算子とが組み合わされた演算子である。また、C は、q(qは1以上の整数)個の消滅演算子とq+1個の生成演算子とが組み合わされた演算子である。たとえば、一例として、合計3個の生成消滅演算子が組み合わされた演算子を示すと、次のように表わされる。
【0046】
【数11】
【0047】
すなわち、この場合、Cは2個の消滅演算子と1個の生成演算子の組み合わせとなっており、C は2個の生成演算子と1個の消滅演算子の組み合わせとなっている。
なお、組み合わせる生成消滅演算子の数は、3個に限らず、5個、7個など、任意の奇数個の生成消滅演算子を組み合わせてもよい。どの組み合わせを用いるかは、ユーザーがあらかじめ指定する。
【0048】
上述した(1)で説明した演算子と(2)で説明した演算子とをまとめて言及すると、Cはq(qは0以上の整数)個の生成演算子とq+1個の消滅演算子とが組み合わされた演算子であり、C は、q(qは0以上の整数)個の消滅演算子とq+1個の生成演算子とが組み合わされた演算子である、と言うこともできる。
【0049】
解析システム10は、上述の通り定義された基底関数|B N+1>及び|B N-1>を用いて表されるN+1電子系及びN-1電子系の部分系の行列表示されたハミルトニアンHN+1及びHN-1と、これらハミルトニアンの基底関数の重なりを表す行列、すなわち、重なり行列SN+1及びSN-1とを、以下のように計算する。
【0050】
まず、ステップS302において、古典コンピュータ100は、N+1電子系およびN-1電子系の部分系のハミルトニアン行列(ハミルトニアン演算子に相当する行列)の要素と、このハミルトニアン行列に対応する重なり行列の要素とを計算するための演算子をスピン演算子の組に変換する。
【0051】
上記の基底関数系|B N+1>及び|B N-1>を用いると、N+1電子系及びN-1電子系の部分系のハミルトニアン行列HN+1及びHN-1のI行J列の成分(すなわち、(I,J)行列要素)であるHIJ N+1及びHIJ N-1は以下の式(12)、式(13)のように与えられる。また、これらハミルトニアン行列に対応する重なり行列SN+1及びSN-1のI行J列の成分(すなわち、(I,J)行列要素)であるSIJ N+1及びSIJ N-1は以下の式(14)、式(15)のように与えられる。
【0052】
【数12】
【数13】
【数14】
【数15】
【0053】
ステップS302において、古典コンピュータ100は、上記4つの式において、<N,0|と|N,0>の中に現れる演算子CHC 、C HC、C 、及びC のそれぞれを、Jordan-Wigner変換(非特許文献6)又はBravyi-Kitaev変換(非特許文献7)などを用いてスピン演算子の組に変換する。すなわち、ステップS302では、古典コンピュータ100は、電子数がNである解析対象の物質についてのN±1電子系を表わす基底関数に対応する部分系のハミルトニアン演算子(CHC 及びC HC)と、基底関数の重なり行列に対応する演算子(C 、及びC )とを、スピン演算子に変換する。つまり、古典コンピュータ100は、消滅演算子とハミルトニアン演算子と生成演算子の積で表わされる演算子(CHC )、生成演算子とハミルトニアン演算子と消滅演算子の積で表わされる演算子(C HC)、消滅演算子と生成演算子の積で表わされる演算子(C )、及び、生成演算子と消滅演算子の積で表わされる演算子(C )を、それぞれスピン演算子に変換する。具体的には、古典コンピュータ100は、以下の式(16)、式(17)、式(18)、及び式(19)に示されるように変換する。
【0054】
【数16】
【数17】
【数18】
【数19】
【0055】
ここで、αは、スピン演算子へ展開したときの展開項を表す添え字である。また、hIJ,α N+1、hIJ,α N-1、sIJ,α N+1、及びsIJ,α N-1は展開係数である。Pαはスピン自由度を含んだ基底関数の数をMとして、以下の式(20)に示すように、M個のスピン演算子piαの直積で表される。なお、各スピン演算子piαは、スピン演算子X、Y、Zまたは恒等演算子Iのいずれかの値をとりうる。
【0056】
【数20】
【0057】
次に、ステップS303において、量子コンピュータ200は、第1の処理で計算された基底状態の波動関数|N,0>を用いて、各スピン演算子の期待値を計算する。具体的には、量子コンピュータ200は、各スピン演算子Pαの期待値<N,0|Pα|N,0>の計算を行う。
【0058】
次に、ステップS304において、古典コンピュータ100は、ステップS303で得られたPαの期待値<N,0|Pα|N,0>から、各行列要素HIJ N+1、HIJ N-1、SIJ N+1、及びSIJ N-1を計算する。具体的には、古典コンピュータ100は、以下の式(21)、式(22)、式(23)、及び式(24)を計算する。
【0059】
【数21】
【数22】
【数23】

【数24】
【0060】
その後、古典コンピュータ100は、要素が計算されたハミルトニアン行列及び重なり行列に基づいて、一電子グリーン関数を計算する。具体的には、古典コンピュータ100は、以下に説明する処理を行なう。
【0061】
まず、ステップS305において、古典コンピュータ100は、基底関数|B N+1>及び|B N-1>の線形従属性に由来する重なり行列SN+1及びSN-1の非正則性を取り除く。すなわち、古典コンピュータ100は、ハミルトニアン行列および重なり行列の縮約を行う。そして、古典コンピュータ100は、縮約されたハミルトニアン行列および重なり行列についての一般化固有値問題を計算する。
【0062】
図4は、古典コンピュータ100によって行なわれるステップS305の処理の流れを示すフローチャートである。以下、図4に沿ってステップS305について具体的に説明する。
【0063】
ステップS401において、古典コンピュータ100は、重なり行列SN+1及びSN-1を対角化し、それぞれの固有値及び固有ベクトルを計算する。
【0064】
次に、ステップS402において、古典コンピュータ100は、それぞれの行列について、得られた固有値のうち、0よりも大きい固有値を選択し、選択された固有値に対応する固有ベクトルを列にもつ行列RN+1及びRN-1を生成する。すなわち、行列RN+1は、各列が、重なり行列SN+1の0より大きい固有値に対応する固有ベクトルによって構成された行列である。同様に、行列RN-1は、各列が、重なり行列SN-1の0より大きい固有値に対応する固有ベクトルによって構成された行列である。なお、古典コンピュータ100は、たとえば、あらかじめユーザーによって指定された閾値以上の固有値を選択することにより、0よりも大きい固有値を選択してもよい。
【0065】
次に、ステップS403において、古典コンピュータ100は、行列RN+1及びRN-1を用いて、ハミルトニアン行列HN+1、HN-1、及び、重なり行列SN+1、SN-1を以下のように変形する。なお、†は複素転置行列(エルミート行列)を表す。
【0066】
【数25】
【数26】
【数27】
【数28】
【0067】
上記の式(25)において、左辺の行列H~N+1は、行列HN+1の変形後の行列を表わす。また、上記の式(26)において、左辺の行列H~N-1は、行列HN-1の変形後の行列を表わす。また、上記の式(27)において、左辺の行列S~N+1は、行列SN+1の変形後の行列を表わす。また、上記の式(28)において、左辺の行列S~N-1は、行列SN-1の変形後の行列を表わす。
【0068】
次に、ステップS404において、古典コンピュータ100は、上述した操作で得られた変形された行列H~N+1、H~N-1、S~N+1、及びS~N-1を用い、以下の式(29)及び式(30)で表わされる一般化固有値問題を解く。これにより、古典コンピュータ100は、N+1電子系のエネルギー固有値Eν N+1と、この固有値に対応する固有ベクトルZJν N+1と、N-1電子系のエネルギー固有値Eν N-1と、この固有値に対応する固有ベクトルZJν N-1とを計算する。ここでνはエネルギー準位を表す添字である。なお、各行列について、下付き文字を付けて表記することにより、行列要素を表わす。たとえば、H IJ N+1は、行列H~N+1の(I,J)成分を表わす。他の行列についても同様である。
【0069】
【数29】
【数30】
【0070】
再び、図3を参照し、以降の処理について説明する。
ステップS305の後、ステップS306において、古典コンピュータ100は、グリーン関数(一電子グリーン関数)を計算する。具体的には、古典コンピュータ100は、エネルギー期待値E 、エネルギー固有値Eν N+1、Eν N-1、波動関数|N,0>、電子の消滅演算子c、基底関数|B N+1>、|B N-1>、行列RN+1、RN-1、固有ベクトルZJν N+1、ZJν N-1の値を用い、周波数またはエネルギーωにおけるグリーン関数の(i,j)成分であるGij(ω)を以下のように計算する(式(31)から式(35)参照)。なお、i、jは、ハミルトニアン演算子を展開する基底関数の上述した添字と同じものである。また、*は複素共役をを表す。また、ηは正の無限小の数であり、計算上、有限の正の数として近似されることもある。ηとともに記載されているiは虚数単位である。また、ZN+1は、ZJν N+1を成分としてもつ行列であり、ZN-1は、ZJν N-1を成分としてもつ行列である。式(34)、式(35)において、(RN±1N±1Iνは、「行列RN±1と行列ZN±1の積である行列RN±1N±1の(I,ν)成分を表す。
【0071】
【数31】
【0072】
【数32】
【数33】
【数34】
【数35】
【0073】
これにより、物質の電子状態を解析するためのグリーン関数を得ることができる。このように、本実施の形態では、時間ベースのグリーン関数の計算ではなく、周波数ベースのグリーン関数の計算を、古典コンピュータ100と量子コンピュータ200とを用いて行なう。本実施の形態によれば、量子コンピュータ200をスピン演算子の期待値の計算のみに用いるため、従来の提案されている計算手法に比べ、必要な量子ゲートを抑制することができる。すなわち、本実施の形態によれば、量子コンピュータによる計算で必要とされる量子ゲート数を抑制しつつ、グリーン関数を計算することができる。
【0074】
このようにして得られたグリーン関数Gを用い、物質のさまざまな電子状態に関する物理量を計算することが可能である。したがって、古典コンピュータ100は、ステップS306の計算結果を用いて、電子状態の計算を行なってもよい。
つまり、ステップS307として、古典コンピュータ100は、ステップS306で計算された一電子グリーン関数を用いて、物質の電子状態を計算してもよい。これにより、量子コンピュータによる計算で必要とされる量子ゲート数を抑制しつつ、電子状態を計算することができる。
【0075】
以下、グリーン関数を用いた電子状態の計算の一例について説明する。たとえば、エネルギー状態密度D(ω)は以下の式(36)に示される計算を行なうことにより得られる。
【0076】
【数36】
【0077】
なお、上式において、πは円周率、Imは虚数部分、δはデルタ関数、| |は絶対値を表す。実用上は、デルタ関数は有限の幅をもつ関数として近似されることがある。
【0078】
図5及び図6は、上述したグリーン関数の計算を、古典コンピュータを用いた疑似的な量子計算により行ない、水素分子の電子状態を計算した結果を示す。ここでは、水素原子間の距離が1.4auの場合(図5A図5B参照)と3.0au場合(図5C図5D参照)の2つの結果を示している。なお、1au≒5.29×10-11mである。この計算においては、第1の処理の基底状態の計算においてunitary coupled cluster法を用いた。また、ハミルトニアン演算子を展開する基底関数としてHartree-Fock法の正準軌道を用いた。また、Hartree-Fock法の正準軌道を展開する関数としては、STO-3Gという関数系を用いた。
【0079】
図5Aから図5Dは、縦軸を、式(36)のデルタ関数の係数である|fiν N+1、|fiν N-1とし、横軸を、エネルギー(単位はeV)としてプロットしたものである。図5Aから図5Dに示す結果は、上述した一般化された生成消滅演算子として、1つの生成消滅演算子(c又はc )を用いた場合の結果である。また、図5A及び図5Cは、上述したステップS402において、1つの固有値を選択した場合の結果を示し、図5B及び図5Dは、上述したステップS402において、2つの固有値を選択した場合の結果を示す。
【0080】
また、図6は、エネルギー状態密度から計算された最低占有エネルギーと最高占有エネルギーの差を表にしたものである。なお、表内の数値の単位はeVである。図6では、比較のため、Hartree-Fock法による結果と、厳密解も併記している。図6から、本実施の形態による電子状態の計算の精度が高いことがわかる。
【0081】
以上、実施の形態について説明した。なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【0082】
例えば、上述の実施の形態では、基底状態を、VQE(Variational Quantum Eigensolver)法に従って、古典コンピュータ100及び量子コンピュータ200によって計算したが、他の方法により計算してもよい。すなわち、上述した第1の処理は、一例に過ぎず、他の処理によって基底状態の計算が行われてもよい。また、基底状態があらかじめ特定されている場合には、第1の処理は省略されてもよい。
【符号の説明】
【0083】
10 解析システム
100 古典コンピュータ
200 量子コンピュータ
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図5D
図6