(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-11
(45)【発行日】2023-09-20
(54)【発明の名称】質量分析装置及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20230912BHJP
【FI】
G01N27/62 B
(21)【出願番号】P 2022546834
(86)(22)【出願日】2020-09-04
(86)【国際出願番号】 JP2020033694
(87)【国際公開番号】W WO2022049744
(87)【国際公開日】2022-03-10
【審査請求日】2022-10-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 慶春
(72)【発明者】
【氏名】奥村 大輔
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/082294(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/229954(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/103312(WO,A1)
【文献】特表2009-512161(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/26
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の質量電荷比を有するイオンについて
、質量分析装置を構成する各部の測定パラメータを最適化することにより得られる当該イオンの測定強度の最高値よりも低い値である基準値が保存された記憶部と、
前記所定の質量電荷比を有するイオンを含む試料を測定する際に、該イオンの測定強度が前記基準値となるように各部の測定パラメータを調整するパラメータ調整部と
を備える質量分析装置。
【請求項2】
イオン化部、イオン輸送部、前段質量分離部、イオン解離部、後段質量分離部、及びイオン検出部をそれぞれ構成部として有し、
前記パラメータ調整部は、前記構成部単位で測定パラメータを調整する、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記測定パラメータが、所定の電極に印加される直流電圧の値である、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記記憶部に複数の前記基準値が保存されており、
さらに、
前記複数の基準値のうちのいずれかの選択を受け付ける基準値選択部
を備え、
前記パラメータ調整部が、前記所定の質量電荷比を有するイオンの測定強度が前記基準値選択部が受け付けた基準値となるように各部の測定パラメータを調整する、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記複数の基準値が、それぞれ質量分析装置の機種と対応付けられており、
前記基準値選択部は、
測定に使用する、複数の質量分析装置の機種の選択を受け付ける機種選択部と、
前記機種選択部が受け付けた複数の機種に対応付けられたイオンの測定強度の基準値のうち、最も小さい基準値を決定する基準値決定部と
を備え、
前記パラメータ調整部が、前記所定の質量電荷比を有するイオンの測定強度が前記基準値決定部が決定した基準値となるように各部の測定パラメータを調整する、請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項6】
所定の質量電荷比を有するイオンについて質量分析装置を用いて質量分析を行う際に、予め定められた、前記質量分析装置の各部の測定パラメータを最適化することにより得られる当該イオンの測定強度の最高値よりも低い値である基準値で該イオンが検出されるように前記各部の測定パラメータを調整する、質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置及び質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
試料に含まれる目的成分を定量するためにクロマトグラフ質量分析装置が用いられている。クロマトグラフ質量分析装置では、クロマトグラフのカラムによって、試料に含まれる目的成分を他の成分から分離し、質量分析装置に導入する。質量分析装置では、導入された成分をイオン化して目的成分に特徴的な質量電荷比を有するイオンを測定し、その強度に基づいて目的成分を定量する。
【0003】
目的成分を定量する際には、分析対象試料の測定前に質量分析装置の測定パラメータを調整する。質量分析装置は、イオン化部、イオン輸送光学系、質量分離部、イオン検出部などのユニットで構成されており、ユニット毎に電極に印加する電圧の大きさ等の測定パラメータがある。特許文献1には、こうした測定パラメータを自動的に調整(オートチューニング)することが記載されている。オートチューニングでは、標準物質を含んだ標準試料を質量分析装置に導入し、各ユニットの測定パラメータが異なる複数の条件で標準物質から生成される所定のイオンの強度を測定する。そして、イオンの測定強度が最も高くなるように各ユニットの測定パラメータを調整する。
【0004】
オートチューニングを行った後、それぞれが異なる既知の濃度で目的成分を含有する複数の標準試料を質量分析し、目的成分由来の所定のイオンの測定強度と目的成分の含有量の関係を表す検量線を作成する。そして、分析対象試料を質量分析し、前記イオンの測定強度を前記検量線と照合して当該試料に含まれる目的成分を定量する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
長期にわたって質量分析装置を使用し続けると各ユニットの電極等の構成部品に経年劣化が生じる。電極等が経年劣化すると、経年劣化前と同じ測定パラメータを用いて電極等に電圧を印加しても、イオンの挙動を制御するための電場が経年劣化前とは異なり、測定の精度が低下する。その結果、過去にオートチューニングを行ったときと同じ精度や感度でイオンを測定することができなくなる。
【0007】
また、多数の試料を質量分析するために複数の質量分析装置を併用することがある。こうした場合は、通常、同一機種の質量分析装置が用いられる。しかし、同一機種の質量分析装置であっても公差の範囲内で装置の構成部品の寸法や組み付け精度が相違する。そのため、全ての質量分析装置で同じ測定パラメータを用いて電極等に電圧を印加しても、装置毎に生成される電場が相違し、同じ精度や感度でイオンを測定することができない。
【0008】
これらの問題は、試料の分析毎、及び質量分析装置毎に個別の検量線を作成することにより解決することが可能である。しかし、分析毎かつ装置毎に検量線を作成するには、その都度、異なる既知の濃度で目的成分を含有する複数の標準試料を調製し、それぞれを測定する作業が必要であり、時間と手間がかかってしまう。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、装置の経年劣化や機差に関わらず、簡便かつ正確に質量分析を行うことができる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
所定の質量電荷比を有するイオンについて、各部の測定パラメータを最適化することにより得られる当該イオンの測定強度の最高値よりも低い値である基準値が保存された記憶部と、
前記所定の質量電荷比を有するイオンを含む試料を測定する際に、該イオンの測定強度が前記基準値となるように各部の測定パラメータを調整するパラメータ調整部と
を備える。
【0011】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析方法は、
所定の質量電荷比を有するイオンについて質量分析装置を用いて質量分析を行う際に、予め定められた、前記質量分析装置の各部の測定パラメータを最適化することにより得られる当該イオンの測定強度の最高値よりも低い値である基準値で該イオンが検出されるように前記各部の測定パラメータを調整する
ものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る質量分析装置及び質量分析方法では、所定の質量電荷比を有するイオンについて、予め、各部の測定パラメータを最適化することにより得られる当該イオンの測定強度の最高値よりも低い値である基準値を記憶部に保存しておく。そして、所定のイオンの測定強度がこの基準値となるように各部の測定パラメータを調整する。従来の質量分析装置では、所定のイオンの測定強度が最高値になるように測定パラメータを調整していたため、質量分析装置が経年劣化すると、その最高値でイオンを測定することが不可能になっていたが、本発明に係る質量分析装置及び質量分析方法では、前記基準値として経年劣化が生じても到達可能なイオンの強度値を使用することで、分析毎に検量線を作成することなく正確に質量分析を行うことができる。また、質量分析装置に機差がある場合でも、使用する全ての質量分析装置で取得可能なイオンの測定強度の基準値を設定することで、装置毎に検量線を作成することなく全ての質量分析装置で正確に質量分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明に係る質量分析装置の一実施例の要部構成図。
【
図2】本発明に係る質量分析方法に関するフローチャート。
【
図3】コリジョンセルの入口に配置された第3イオンレンズへの印加電圧の値に対するイオンの測定強度の変化を示すグラフ。
【
図4】コリジョンセルの入口に配置された第1イオンレンズへの印加電圧の値に対するイオンの測定強度の変化を示すグラフ。
【
図5】第2イオンガイドへの印加電圧の値に対するイオンの測定強度の変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る質量分析装置の実施例について、以下、図面を参照して説明する。
図1は本発明に係る質量分析装置の一実施例である三連四重極型質量分析装置(以下、単に「質量分析装置」とも呼ぶ。)1の要部構成図である。本実施例では三連四重極型質量分析装置(トリプル四重極型質量分析装置)について説明するが、他の構成の質量分析装置(シングル四重極型質量分析装置、イオントラップ型質量分析装置、四重極-飛行時間型質量分析装置等)においても本発明を適用することができる。
【0015】
本実施例の質量分析装置1は、大別して、質量分析部2と、質量分析部2を構成する各部の動作を制御する制御・処理部4から構成されている。
【0016】
質量分析部2は、イオン化室20、第1中間真空室21、第2中間真空室22、及び分析室23を有する。これらの各室は真空チャンバ内に設けられている。イオン化室20は略大気圧であり、第1中間真空室21はロータリーポンプ(図示略)により真空排気された低真空室、第2中間真空室22及び分析室23はターボ分子ポンプにより真空排気された高真空室となっており、第1中間真空室21、第2中間真空室22、分析室23の順に段階的に真空度が高くなる多段作動排気系の構成を有している。
【0017】
イオン化室20には、試料溶液に電荷を付与して噴霧するエレクトロスプレイイオン化用プローブ(ESIプローブ)201が設置されている。イオン化室20と第1中間真空室21との間は細径の加熱キャピラリ202を通して連通している。
【0018】
第1中間真空室21には、イオンを収束させつつ後段へ輸送する、複数枚の円環状の電極で構成された第1イオンレンズ群211が配置されている。第1中間真空室21と第2中間真空室22との間は頂部に小孔を有するスキマー212で隔てられている。
【0019】
第2中間真空室22にはイオンを収束させつつ後段へ輸送する、それぞれが複数のロッド電極で構成された、第1イオンガイド221と第2イオンガイド222が配置されている。第2中間真空室22と分析室23の間は、隔壁に形成された小孔を通じて連通している。
【0020】
分析室23には、前段四重極マスフィルタ(Q1)231、コリジョンセル232、後段四重極マスフィルタ(Q3)235、及びイオン検出器236が配置されている。前段四重極マスフィルタ231はプリロッド電極2311、メインロッド電極2312、及びポストロッド電極2313で構成されている。コリジョンセル232の入口には第2イオンレンズ群233が、その後段には多重極マスフィルタ(q2)234が配置されている。第2イオンレンズ群233は、いずれも円盤状を有する電極である、第1イオンレンズ2331、第2イオンレンズ2332、及び第3イオンレンズ2333で構成されており、コリジョンセル232に入射したイオンを収束させて多重極マスフィルタ234に導入する。また、コリジョンセル232には、アルゴンガス、窒素ガスなどの衝突誘起解離ガス(CIDガス)を導入するためのガス導入口が設けられている。後段四重極マスフィルタ235はプリロッド電極2351及びメインロッド電極2352で構成されている。イオン検出器236は、イオンを入射させて電子を生成するコンバージョンダイノード2361と、コンバージョンダイノード2361で生成された電子を増倍させる二次電子増倍管2362を備えている。
【0021】
質量分析部2では、SIM(選択イオンモニタリング)測定、MS/MSスキャン測定(プロダクトイオンスキャン測定)、MRM(多重反応モニタリング)測定等を行うことができる。SIM測定では、前段四重極マスフィルタ(Q1)231ではイオンを選別せず(マスフィルタとして機能させず)、後段四重極マスフィルタ(Q3)235を通過させるイオンの質量電荷比を固定してイオンを検出する。
【0022】
一方、MS/MSスキャン測定及びMRM測定では、前段四重極マスフィルタ(Q1)231及び後段四重極マスフィルタ(Q3)235の両方をマスフィルタとして機能させる。前段四重極マスフィルタ(Q1)231ではプリカーサイオンとして設定された質量電荷比のイオンのみを通過させる。また、コリジョンセル232の内部にCIDガスを供給し、プリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成する。MS/MSスキャン測定では後段四重極マスフィルタ(Q3)235を通過させるイオンの質量電荷比を走査しつつ、MRM測定では後段四重極マスフィルタ(Q3)235を通過させるイオンの質量電荷比を固定して、プロダクトイオンを検出する。
【0023】
制御・処理部4は、記憶部41に加えて、機能ブロックとして、基準値選択部42と測定パラメータ調整部43を備えている。基準値選択部42は機種選択部421と基準値決定部422を含んでいる。制御・処理部4の実体は一般的なパーソナルコンピュータであり、該コンピュータに予めインストールされた質量分析プログラムを実行することによりパーソナルコンピュータのプロセッサが上記各部として機能する。また、制御・処理部4には、入力部5、表示部6が接続されている。
【0024】
記憶部41には基準値記憶部411及び測定パラメータ記憶部412が設けられている。基準値記憶部411には、所定のイオンについて、当該質量分析装置の測定パラメータを全て最適化した状態で得られる測定強度の最高値よりも低い値である、当該イオンの測定強度の基準値が保存されている。この基準値は、本実施例の質量分析装置1の機種だけでなく、他の質量分析装置の機種についても設定されており、機種名とイオンの測定強度の基準値が対応付けられて基準値記憶部411に保存されている。上記所定のイオンとは、例えば質量較正等に用いられる標準試料に含まれる物質から生成されるイオンである。標準試料は、例えば質量分析装置の製造元から提供される。あるいは、質量分析装置の使用者が自ら調製した標準試料を用いてもよい。質量分析装置を特定の目的成分の検出や定量のために使用する場合には、当該成分から生成されるイオンと同種のイオン、類似のイオン、あるいは同じ質量電荷比を有するイオンを生成する標準物質を含んだ標準試料を用いるとよい。
【0025】
基準値記憶部411に保存されるイオンの測定強度の基準値は、以下のようにして予め決めておくことができる。
【0026】
本実施例の質量分析装置1は、イオンを輸送あるいは測定するために、第1イオンレンズ群211、第1イオンガイド221、第2イオンガイド222、前段四重極マスフィルタ231、第2イオンレンズ群233、多重極マスフィルタ234、後段四重極マスフィルタ235、及びイオン検出器236を備えている。
【0027】
例えば、これら8つの構成要素がそれぞれ、平均して90%のイオン透過率を有するとした場合、装置全体では平均して約43%のイオンが透過することになる。各構成要素に機差があることを考慮し、各構成要素のイオン透過率のばらつきの標準偏差σを0.033333(約1を最大値として上記平均0.9との差分を3σと近似)、分散を標準偏差の二乗である0.001111とする。すると、装置全体としての分散は0.008889(各部品の分散×構成要素の数)、標準偏差σ(分散の平方根)は0.094281となる。
【0028】
ここで、機差によるイオン透過率のばらつきの範囲の最大値が平均値+3σ、最小値が平均値-3σであるとすれば、前者は71%、後者は15%となる。即ち、同一種類の機種であっても、イオン透過率に15~71%の範囲内での機差があることになる。従って、15%/71%≒0.2という係数を設定すれば機差に関わらず同一感度で質量分析を行うことが可能となる。つまり、質量分析部2の全てのパラメータを最適化した状態で得られる、所定のイオンの測定強度の20%を基準値として設定しておけば、機差の範囲内で最大のイオン透過率(71%)を有する質量分析装置を用いたイオンの測定強度を、機差の範囲内で最小のイオン透過率(15%)を有する質量分析装置を用いたイオンの測定強度に一致させることができる。
【0029】
上記は最も極端な場合を想定した例であり、例えば、平均的なイオン透過率を基準として15%/43%≒0.35という係数を設定してもよい。あるいは、0.2~0.35の範囲内の適宜の値を係数として設定してもよい。ここで挙げた数値はいずれも、イオンの測定強度の基準値を決定する一例であり、質量分析装置の種類、構成要素の数や機差等を考慮し、実際に使用する質量分析装置に応じて適宜の基準値を設定することができる。例えば、複数の質量分析装置のそれぞれについて、全てのパラメータの値を最適化したときに得られる所定のイオンの測定強度を実際に測定し、その中で最もイオンの測定強度が小さいものを全ての質量分析装置に共通の基準値として設定することもできる。
【0030】
測定パラメータ記憶部412には、質量分析を実行する際に使用する測定パラメータの値が保存されている。測定パラメータの値は、ESIプローブ201、第1イオンレンズ群211、第1イオンガイド221、第2イオンガイド222、前段四重極マスフィルタ231、コリジョンセル232、後段四重極マスフィルタ235、及びイオン検出器236という構成要素毎にまとめて保存されている。また、各部の測定パラメータについて、後述する測定パラメータの調整時に値を変更する対象とすべき測定パラメータの種類が併せて保存されている。本実施例の質量分析装置1では、コリジョンセル232の入口に設けられている第2イオンレンズ群233のうちの、第3イオンレンズ2333に対する印加電圧の値が調整対象として登録されている。
【0031】
質量分析装置を初めて使用する際には、各部の測定パラメータの初期値が保存されている。測定パラメータの初期値としては、例えば、当該質量分析装置の出荷時にイオンの測定強度が最も高くなるように最適化された値が保存される。また、後述する測定パラメータの調整作業が過去に実施されている場合には、測定パラメータ記憶部412には、基準値毎に、直近に調整された測定パラメータの値が対応付けられて保存される。
【0032】
ここで、本実施例の質量分析装置1における測定パラメータについて説明する。
【0033】
ESIプローブ201に関する測定パラメータには、例えばESIプローブ201に対して印加する直流電圧(ESI電圧)、ネブライザガスのガス温度及びガス流量、ESIプローブ201の先端位置(加熱キャピラリ202の入口に対する位置)、加熱キャピラリ202の加熱温度が含まれる。
【0034】
第1イオンレンズ群211に関する測定パラメータには、例えば円環状の各電極に印加する直流電圧の大きさ、高周波電圧の振幅及び周波数、並びに各電極の位置が含まれる。
【0035】
第1イオンガイド221及び第2イオンガイド222に関する測定パラメータには、例えばロッド状の各電極に印加する直流電圧の大きさ、高周波電圧の振幅及び周波数、並びに各電極の位置が含まれる。
【0036】
前段四重極マスフィルタ231の測定パラメータには、例えばプリロッド電極2311、メインロッド電極2312、及びポストロッド電極2313のそれぞれに印加する直流電圧の大きさ、高周波電圧の振幅及び周波数、と各電極の位置が含まれる。
【0037】
コリジョンセル232の測定パラメータには、例えば第2イオンレンズ群233を構成する各イオンレンズに印加する直流電圧の大きさ、高周波電圧の振幅及び周波数が含まれる。また、コリジョンセル232の測定パラメータには、コリジョンガスの圧力、コリジョンセル232内に配置されている多重極マスフィルタ234に印加する直流電圧の大きさ、高周波電圧の振幅及び周波数、コリジョンセル232の入口と出口にそれぞれ印加する直流電圧も含まれる。
【0038】
後段四重極マスフィルタ235の測定パラメータには、例えばプリロッド電極2351及びメインロッド電極2352のそれぞれに印加する直流電圧の大きさ、高周波電圧の振幅及び周波数、メインロッド電極に印加する直流電圧の大きさ、高周波電圧の振幅及び周波数、プリロッド電極2351及びメインロッド電極2352の位置が含まれる。
【0039】
イオン検出器236の測定パラメータには、コンバージョンダイノード2361及び二次電子増倍管2362の位置や、二次電子増倍管2362における増倍率が含まれる。
【0040】
本実施例のクロマトグラフ質量分析装置は、実際に分析対象試料の質量分析を行う前に実行する、測定パラメータの調整(オートチューニング)に特徴を有する。
【0041】
質量分析装置を長期にわたって質量分析装置を使用し続けると各ユニットの電極等の構成部品に経年劣化が生じる。電極等が経年劣化すると、経年劣化前と同じ測定パラメータを用いて電極等に電圧を印加しても、イオンの挙動を制御するための電場が経年劣化前とは異なり、測定の精度が低下する。その結果、過去にオートチューニングを行ったときと同じ精度や感度でイオンを測定することができなくなる。
【0042】
また、多数の試料を質量分析するために複数の質量分析装置を併用することがある。こうした場合は、通常、同一機種の質量分析装置が用いられる。しかし、同一機種の質量分析装置であっても公差の範囲内で装置の構成部品の寸法や組み付け精度が相違する。そのため、全ての質量分析装置で同じ測定パラメータを用いて電極等に電圧を印加しても、装置毎に生成される電場が相違し、同じ精度や感度でイオンを測定することができない。質量分析装置の機種が異なる場合も当然、質量分析の精度や感度が異なる。
【0043】
本実施例の質量分析装置1では、上記のいずれの場合でも、全ての質量分析装置で常に同じ量の目的成分から生成されるイオンが同じ強度で測定されるように測定パラメータを調整する。以下、本実施例のクロマトグラフ質量分析装置における測定パラメータの調整について説明する。
【0044】
使用者が測定パラメータの調整を指示すると、機種選択部421は、基準値記憶部411に保存されている、複数の、所定のイオンの測定強度の基準値と質量分析装置の機種名の組を読み出して、基準値及び/又は機種名を表示部6に表示する。
【0045】
使用者は、表示部6に表示されている複数の基準値のうちの1つ、又は質量分析装置の機種名を選択する(ステップ1)。例えば、使用者が自ら操作している質量分析装置のみを用いて測定対象試料を質量分析する場合、また、その質量分析装置と同機種の質量分析装置のみを併用して測定対象試料を質量分析する場合には、当該機種又は当該機種に対応付けられている基準値を選択する。一方、他機種の質量分析装置を併用して測定対象試料を質量分析する場合には、使用する機種の中で最もグレードが低い機種、又はその機種に対応付けられている基準値を選択する。使用者が機種(又は基準値)を選択すると、基準値決定部422は選択された機種に対応付けられている基準値(又は選択された基準値)を測定パラメータの調整に用いる基準値に決定する。
【0046】
測定パラメータの調整に使用する基準値が決定すると、測定パラメータ調整部43は、測定パラメータ記憶部412に保存されている各部の測定パラメータの値を読み出す(ステップ2)。そして、使用者に標準試料をセットするよう促す画面を表示部6に表示する。
【0047】
使用者が標準試料をセットし、測定開始を指示すると、測定パラメータ調整部43は測定パラメータ記憶部412から読み出した測定パラメータの値を用いて標準試料の質量分析を実行し(ステップ3)、測定強度の基準値が対応付けられている所定のイオンの強度を測定する。
【0048】
標準試料の測定を完了すると、測定パラメータ調整部43は、所定のイオンの測定強度と基準値が一致している(イオンの測定強度と基準値の差が予め決められた許容範囲内である)かを判定する(ステップ4)。
【0049】
上記の通り、質量分析装置1の使用開始時にはイオンの測定強度が最も高くなるように最適化された測定パラメータの値が保存されている。従って、通常、この時点で測定される所定のイオンの強度は基準値よりも大きくなる(ステップ4でNO)。本実施例の質量分析装置1では、このイオンの強度の測定値を敢えて下げるように、即ち測定パラメータの一部を最適値から敢えて外すようにして測定パラメータを調整する。
【0050】
測定パラメータ調整部43は、測定パラメータ記憶部412から、調整の対象とすべき測定パラメータの種類を読み出す。上記の通り、本実施例の質量分析装置1では、コリジョンセル232の入口に設けられている第2イオンレンズ群233のうちの第3イオンレンズ2333に対する印加電圧の値が調整対象として登録されている。そこで、測定パラメータ調整部43は、先の測定で使用した印加電圧の値(即ちイオンの測定強度が最大になるように調整された最適値)から予め決められた大きさだけ印加電圧の値を変更した、新たな測定パラメータを設定する(ステップ5)。そして、新たに設定した測定パラメータを用いて再び標準試料を測定し(ステップ3)、所定のイオンの強度を測定する。
【0051】
測定パラメータの値を変更した後に行った測定において、イオンの強度が基準値に一致している場合には(ステップ4でYES)、測定パラメータの値の調整を終了する。
【0052】
一方、イオンの強度が基準値に一致していない(依然としてイオンの測定強度が基準値よりも大きく、その差が予め決められた許容範囲内である)場合には(ステップ4でNO)、再び、先の測定で使用した印加電圧の値からさらに、予め決められた大きさだけ印加電圧の値を変更した、新たな測定パラメータを設定する(ステップ5)。そして、新たに設定した測定パラメータを用いて再び標準試料を測定し(ステップ3)、所定のイオンの強度を測定する。このように、所定のイオンの測定強度が基準値に一致するまで測定パラメータの値の変更と所定のイオンの強度の測定を繰り返し行う。
【0053】
所定のイオンの測定強度値が基準値に一致すると(ステップ4でYES)、測定パラメータ調整部43は、測定パラメータ記憶部412内の、イオンの測定強度の基準値に対応付けられている測定パラメータの値を保存(更新)する(ステップ6)。
【0054】
本実施例の質量分析装置では、上記のようにコリジョンセル232の入口に配置された第2イオンレンズ群233のうちの第3イオンレンズ2333に印加する電圧によりイオンの測定強度値を調整する。その理由を以下に説明する。
【0055】
図3に、第3イオンレンズ2333に対する印加電圧とイオンの測定強度の関係を示す。図中の、388.25>45.05等の表記は、質量電荷比が+388.25であるイオンをプリカーサイオンとして選択し、そのプリカーサイオンの開裂により生成したイオンの中から質量電荷比が+45.05であるイオンをプロダクトイオンとして選択するMRM測定におけるプロダクトイオンの強度であることを示す。
図3には、4種類の異なるMRMトランジションのそれぞれについて、第3イオンレンズ2333への印加電圧を変化させたときのプロダクトイオンの測定強度の変化を示している。
図3に示す結果から分かるように、印加電圧の大きさとイオンの測定強度の関係は、MRMトランジションの種類を問わずほぼ同じである。また、印加電圧を変更することにより、イオンの測定強度を20%未満から100%という広い範囲で調整可能であることが分かる。さらに、印加電圧の変化に対するイオンの測定強度の変化も緩やかである。これらを踏まえ、本実施例では第3イオンレンズ2333への印加電圧によりイオンの測定強度値を調整した。
【0056】
第3イオンレンズ2333以外の構成要素に対する印加電圧とイオンの測定強度の関係について、第1イオンレンズ2331及び第2イオンガイド222を例に説明する。
図4は、第1イオンレンズ2331に対する印加電圧とイオン測定強度の関係を示すグラフである。図中の表記、及び測定したMRMトランジションは
図3と同じである。
図4に示す結果から、印加電圧の大きさとイオンの測定強度の関係は、MRMトランジションの種類を問わずほぼ同じであり、また、第1イオンレンズ2331に対する印加電圧を変更することによっても、イオンの測定強度を広い範囲で調整可能であることが分かる。しかし、第1イオンレンズ2331に対する印加電圧の変化に対するイオンの測定強度の変化が大きいため、第3イオンレンズ2333への印加電圧に比べて、第1イオンレンズ2331への印加電圧の変更によりイオンの測定強度を調整することは難しい。
【0057】
図5は、第2イオンガイド222に対する印加電圧とイオン測定強度の関係を示すグラフである。図中の表記、及び測定したMRMトランジションは
図3及び4と同じである。
図5に示す結果から、印加電圧の大きさとイオンの測定強度の関係は、MRMトランジションの種類を問わずほぼ同じであることが分かる。しかし、第2イオンガイド222への印加電圧を変更することによって調整可能なイオンの測定強度の範囲が狭い。そのため、イオンの測定強度の基準値が小さい場合、第2イオンガイド222への印加電圧のみではイオンの測定強度を調整することができない。
【0058】
上記のように、本実施例におけるイオンの測定強度値の調整は、装置や分析の時期を問わずイオンの測定感度を一定にすることを目的とするものであり、この調整によって質量電荷比が異なるイオンに対して異なる影響を及ぼすことは好ましくない。また、パラメータ値をわずかに変更しただけでイオンの測定強度が大きく変化することも好ましくない。
【0059】
例えば、ESIプローブ201の位置、ネブライザガスの供給量と温度、印加電圧といった測定パラメータは、測定対象試料や目的成分の特性に応じて最適化する必要があるため、イオンの測定強度の調整の対象にすることは好ましくない。また、例えば、イオン検出器236の二次電子増倍管2362による増幅率は、質量電荷比を問わずイオンの測定強度をほぼ一律に変化させるものであるが、増倍率を変更することによるイオンの測定強度の変化が大きく、イオンの測定強度を基準値に一致させることが難しい。このような理由から、本実施例では第2イオンレンズ群233の第3イオンレンズ2333に対する印加電圧の大きさを変更している。もちろん、上記要件を満たす特性を有する他の測定パラメータを調整の対象に使用することもできる。あるいは、複数の測定パラメータを調整の対象としてもよい。
【0060】
上記実施例は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。上記実施例では基準値記憶部411に複数の基準値を保存しておき、その中の1つを使用者に選択させる構成としたが、基準値記憶部411に1つの基準値のみを保存しておき、測定パラメータの調整時にその基準値を自動的に選択するように構成してもよい。
【0061】
上記実施例では第3イオンレンズ2333に対する印加電圧のみを調整するため、オートチューニングを実行する構成としたが、ESIプローブ201、第1イオンレンズ群211等の位置の調整を行う場合には、使用者が手作業で対象の構成物を移動してもよい。あるいは、対象の構造物を移動させる移動機構を設け、上記実施例と同様にオートチューニングを実行するようにしてもよい。
【0062】
また、上記実施例では1つの機種に対して1つの所定のイオンの基準値を対応付ける構成としたが、1つの機種に対して、質量電荷比や化学構造が異なる複数のイオンについて測定強度の基準値を対応づけておき、使用者にいずれか1つの所定のイオンを選択させるようにしてもよい。例えば、食品に含まれる農薬の定量と、生体試料に含まれる薬物の定量が主たる用途である質量分析装置の場合に、農薬由来の所定のイオンの測定強度値と、薬物由来の所定のイオンの測定強度値を保存しておき、測定パラメータの調整後に実行する測定対象試料に応じたものを使用者に選択させるように構成することもできる。
【0063】
[態様]
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0064】
(第1項)
一態様に係る質量分析装置は、
所定の質量電荷比を有するイオンについて、各部の測定パラメータを最適化することにより得られる当該イオンの測定強度の最高値よりも低い値である基準値が保存された記憶部と、
前記所定の質量電荷比を有するイオンを含む試料を測定する際に、該イオンの測定強度が前記基準値となるように各部の測定パラメータを調整するパラメータ調整部と
を備える。
【0065】
(第6項)
また、一態様に係る質量分析方法は、
所定の質量電荷比を有するイオンについて質量分析装置を用いて質量分析を行う際に、予め定められた、前記質量分析装置の各部の測定パラメータを最適化することにより得られる当該イオンの測定強度の最高値よりも低い値である基準値で該イオンが検出されるように前記各部の測定パラメータを調整する
ものである。
【0066】
第1項に記載の質量分析装置及び第6項に記載の質量分析方法では、所定の質量電荷比を有するイオンについて、予め、各部の測定パラメータを最適化することにより得られる当該イオンの測定強度の最高値よりも低い値である基準値を記憶部に保存しておく。そして、所定のイオンの測定強度がこの基準値となるように各部の測定パラメータを調整する。従来の質量分析装置では、所定のイオンの測定強度が最高値になるように測定パラメータを調整していたため、質量分析装置が経年劣化すると、その最高値でイオンを測定することが不可能になっていたが、第1項に記載の質量分析装置及び第6項に記載の質量分析方法では、前記基準値として経年劣化が生じても到達可能なイオンの強度値を使用することで、分析毎に検量線を作成することなく正確に質量分析を行うことができる。また、質量分析装置に機差がある場合でも、使用する全ての質量分析装置で取得可能なイオンの測定強度の基準値を設定することで、装置毎に検量線を作成することなく全ての質量分析装置で正確に質量分析を行うことができる。
【0067】
(第2項)
第1項に記載の質量分析装置において、
イオン化部、イオン輸送部、前段質量分離部、イオン解離部、後段質量分離部、及びイオン検出部をそれぞれ構成部として有し、
前記パラメータ調整部は、前記構成部単位で測定パラメータを調整する。
【0068】
第2項に記載の質量分析装置では、構成部単位で測定パラメータを調整することで、他の構成部への影響を抑えつつイオンの測定強度を調整することができる。
【0069】
(第3項)
第1項又は第2項に記載の質量分析装置において、
前記測定パラメータが、所定の電極に印加される直流電圧の値である。
【0070】
質量分析装置における測定パラメータのうち、各部に設けられた電極に印加される高周波電圧はイオンを収束させたり質量分離したりすることを目的とする場合が多く、高周波電圧の大きさや周波数を変更すると分析対象試料の測定結果に影響を及ぼす可能性がある。一方、各部に設けられた電極に印加される直流電圧は主としてイオンの加速や減速を目的するものであり、イオンの質量電荷比との相関性が低い。従って、第3項に記載の質量分析装置では、分析対象試料の測定結果への影響を抑えつつ、所定のイオンの測定強度が基準値になるように測定パラメータを調整することができる。
【0071】
(第4項)
第1項から第3項に記載の質量分析装置において、
前記記憶部に複数の前記基準値が保存されており、
さらに、
前記複数の基準値のうちのいずれかの選択を受け付ける基準値選択部
を備え、
前記パラメータ調整部が、前記所定の質量電荷比を有するイオンの測定強度が前記基準値選択部が受け付けた基準値となるように各部の測定パラメータを調整する。
【0072】
(第5項)
第4項に記載の質量分析装置において、
前記複数の基準値が、それぞれ質量分析装置の機種と対応付けられており、
前記基準値選択部は、
測定に使用する、複数の質量分析装置の機種の選択を受け付ける機種選択部と、
前記機種選択部が受け付けた複数の機種に対応付けられたイオンの測定強度の基準値のうち、最も小さい基準値を決定する基準値決定部と
を備え、
前記パラメータ調整部が、前記所定の質量電荷比を有するイオンの測定強度が前記基準値決定部が決定した基準値となるように各部の測定パラメータを調整する。
【0073】
第4項に記載の質量分析装置では、複数の基準値の中から所望の値を選択して測定パラメータを調整することができる。例えば第5項に記載の質量分析装置のように、測定対象試料の質量分析を複数の異なる機種の質量分析装置を用いて行う場合に、最もグレードの低い(イオンの検出感度が低い)質量分析装置に合わせた基準値を選択し、機種が異なる質量分析装置間でイオンの検出感度を一致させることができる。
【符号の説明】
【0074】
1…質量分析装置
2…質量分析部
20…イオン化室
201…ESIプローブ
202…加熱キャピラリ
21…第1中間真空室
211…第1イオンレンズ群
212…スキマー
22…第2中間真空室
221…第1イオンガイド
222…第2イオンガイド
23…分析室
231…前段四重極マスフィルタ
2311…プリロッド電極
2312…メインロッド電極
2313…ポストロッド電極
232…コリジョンセル
233…第2イオンレンズ群
2331、2332、2333…イオンレンズ
234…多重極マスフィルタ
235…後段四重極マスフィルタ
2351…プリロッド電極
2352…メインロッド電極
236…イオン検出器
2361…コンバージョンダイノード
2362…二次電子増倍管
4…制御・処理部
41…記憶部
411…基準値記憶部
412…測定パラメータ記憶部
42…基準値選択部
421…機種選択部
422…基準値決定部
43…測定パラメータ調整部
5…入力部
6…表示部