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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-11
(45)【発行日】2023-09-20
(54)【発明の名称】硫黄系正極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/58 20100101AFI20230912BHJP
【FI】
H01M4/58
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023005293
(22)【出願日】2023-01-17
(62)【分割の表示】P 2018212308の分割
【原出願日】2018-11-12
(65)【公開番号】P2023040270
(43)【公開日】2023-03-22
【審査請求日】2023-01-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】弁理士法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久保 達也
(72)【発明者】
【氏名】中条 文哉
(72)【発明者】
【氏名】皆川 康久
【審査官】前田 寛之
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-85290(JP,A)
【文献】特開2012-54237(JP,A)
【文献】特表2017-521847(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01 M4/58
H01M10/052
C01B32/00-32/991
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄系正極活物質の製造方法であって、
(1)鎖状有機化合物と硫黄とを含んでなる原料を準備する工程、および、
(2)原料を、窒素原子ドーピングガス雰囲気下で、熱処理する工程
を含んでなる、窒素原子がドープされた硫黄系正極活物質の製造方法であって、
熱処理における熱処理の温度が250℃~550℃である製造方法。
【請求項2】
熱処理における熱処理の温度が300℃~450℃である、請求項1記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項3】
原料が、導電性炭素材料をさらに含む、請求項1または2記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の硫黄系正極活物質の製造方法により、硫黄系正極活物質を製造した後、さらに、
(3)該硫黄系正極活物質を用いて、正極を作製する工程
を含んでなる、正極の製造方法。
【請求項5】
請求項4記載の正極の製造方法により、正極を製造した後、さらに、
(4)該正極を用いて、リチウムイオン二次電池を作製する工程
を含んでなる、リチウムイオン二次電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池に用いることができる、新規な硫黄系正極活物質、当該硫黄系正極活物質を含んでなる電極、および、当該電極を含んでなるリチウムイオン二次電池の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非水電解質二次電池の一種であるリチウムイオン二次電池は充放電容量が大きいため、主として携帯電子機器用の電池として用いられている。またリチウムイオン二次電池は、電気自動車用の電池としても使用量が増加しており、性能の向上が期待されている。
【0003】
リチウムイオン二次電池の正極活物質としては、コバルトやニッケル等のレアメタルを含むものが一般的に用いられる。しかし、レアメタルは、流通量が少なく入手が必ずしも容易でない上、高価であるため、近年、レアメタルに代わる物質を用いた正極活物質が求められている。また、酸化化合物系の正極活物質では、過充電などにより、正極活物質中の酸素が放出され、その結果、有機電解液や集電体が酸化、燃焼されることにより、発火、爆発などに至る危険性がある。
【0004】
他方、正極活物質として、硫黄を用いる技術が知られている。正極活物質として硫黄を用いると、当該硫黄はレアメタルに比べて入手が容易で、かつ安価であるだけでなく、リチウムイオン二次電池の充放電容量を大きくできるという利点もある。例えば、正極活物質として硫黄を用いたリチウムイオン二次電池は、一般的な正極材料であるコバルト酸リチウムを用いたリチウムイオン二次電池の、約6倍の充放電容量を達成できることが知られている。また、硫黄は、酸素に比べて反応性が低く、過充電などによる発火、爆発などの危険性が低い。しかし、正極活物質として単体の硫黄を用いたリチウムイオン二次電池は、充放電を繰り返した際に電池容量が低下するという問題がある。すなわち硫黄は、放電時にリチウムと化合物を生成しやすく、生成した化合物はリチウムイオン二次電池の非水系電解液(例えば、エチレンカーボネートやジメチルカーボネート等)に可溶であるため、充放電を繰り返すと、電解液への硫黄の溶出によって充放電容量が徐々に低下してしまう。そこで、電解液への硫黄の溶出を抑制して、サイクル特性(充放電の繰り返しにも拘わらず、充放電容量が維持される特性)を向上するために、硫黄に硫黄以外の材料(例えば、炭素材料等)を配合した正極活物質が提案されている。例えば、特許文献1には、炭素と硫黄を主な構成元素とする所定のポリ硫化カーボンを用いる技術が開示されている。また、特許文献2には、ポリイソプレンと硫黄粉末の混合物を熱処理して得られる硫黄系正極活物質について開示がある。しかし、リチウムイオン二次電池のサイクル特性には、未だ向上の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2002-154815号公報
【文献】特開2012-150933号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、リチウムイオン二次電池の充放電容量を維持した上でサイクル特性を向上させることができる、新規な硫黄系正極活物質、当該正極活物質を含んでなる正極、および、当該正極を含んでなるリチウムイオン二次電池、並びに、それらの製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題解決のため、鋭意検討した結果、鎖状有機化合物と硫黄とを含んでなる原料を熱処理して硫黄系正極活物質を製造する際に、熱処理時の雰囲気を、窒素原子ドーピングガス雰囲気とすれば、充放電容量を維持した上でサイクル特性を向上させることができる硫黄系正極活物質を製造し、提供できることを見出し、さらに検討を重ねて、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、
[1]鎖状有機化合物と硫黄とを含んでなる原料を窒素原子ドーピングガス雰囲気下で熱処理した、窒素原子がドープされた硫黄系正極活物質、
[2]鎖状有機化合物がジエン系ゴムである、上記[1]記載の硫黄系正極活物質、
[3]鎖状有機化合物がハイシスブタジエンゴムである、上記[1]記載の硫黄系正極活物質、
[4]窒素原子ドーピングガスがアンモニアガスである、上記[1]~[3]のいずれかに記載の硫黄系正極活物質、
[5]熱処理における熱処理の温度が250℃~550℃、より好ましくは300℃~450℃である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の硫黄系正極活物質、
[6]原料が、導電性炭素材料をさらに含む、上記[1]~[5]のいずれかに記載の硫黄系正極活物質、
[7]導電性炭素材料が、グラファイト構造を有する炭素材料である、上記[6]記載の硫黄系正極活物質、
[8]硫黄含有量が45.0質量%以上、より好ましくは50.0質量%以上、さらに好ましくは51.0質量%以上、さらに好ましくは52.0質量%以上、さらに好ましくは53.0質量%以上、さらに好ましくは54.0質量%以上、さらに好ましくは55.0質量%以上である、上記[1]~[7]のいずれかに記載の硫黄系正極活物質、
[9]上記[1]~[8]のいずれかに記載の硫黄系正極活物質を含んでなる正極、
[10]上記[9]記載の正極を含んでなるリチウムイオン二次電池、
[11]硫黄系正極活物質の製造方法であって、
(1)鎖状有機化合物と硫黄とを含んでなる原料を準備する工程、および、
(2)原料を、窒素原子ドーピングガス雰囲気下で、熱処理する工程
を含んでなる、窒素原子がドープされた硫黄系正極活物質の製造方法、
[12]熱処理における熱処理の温度が250℃~550℃、より好ましくは300℃~450℃である、上記[11]記載の硫黄系正極活物質の製造方法、
[13]原料が、導電性炭素材料をさらに含む、上記[11]または[12]記載の硫黄系正極活物質の製造方法、
[14]上記[11]~[13]のいずれかに記載の硫黄系正極活物質の製造方法により、硫黄系正極活物質を製造した後、さらに、
(3)該硫黄系正極活物質を用いて、常法により、正極を作製する工程
を含んでなる、正極の製造方法、
[15]上記[14]記載の正極の製造方法により、正極を製造した後、さらに、
(4)該正極を用いて、常法により、リチウムイオン二次電池を作製する工程
を含んでなる、リチウムイオン二次電池の製造方法、
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、リチウムイオン二次電池の充放電容量を維持しながら、サイクル特性を向上できる、新規な硫黄系正極活物質、当該活物質を含んでなる正極、および、当該正極を含んでなるリチウムイオン二次電池を製造し、提供することができる。
【0010】
本明細書において、「サイクル特性」とは、充放電の繰り返しにも拘わらず、二次電池の充放電容量が維持される特性をいう。したがって、充放電の繰り返しに伴い、充放電容量の低下の度合いが大きく、容量維持率が低い二次電池はサイクル特性が劣っているのに対し、逆に、充放電容量の低下の度合いが小さく、容量維持率が高い二次電池はサイクル特性が優れている。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例において、硫黄系正極活物質の製造に使用した反応装置を模式的に示す断面図である。
図2】実施例2と比較例2の硫黄系正極活物質について、X線光電子分光法(XPS、ワイドスキャン)により解析した結果である。
図3】実施例2の窒素原子1s軌道のピークを拡大して、波形解析した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の構成について詳述する。
【0013】
<硫黄系正極活物質>
一の側面において、本開示は、鎖状有機化合物と硫黄とを含んでなる原料を窒素原子ドーピングガス雰囲気下で熱処理した、窒素原子がドープされた硫黄系正極活物質に関する。
【0014】
なお、理論に拘束されることは意図しないが、本開示において、硫黄系正極活物質が優れた効果を奏するメカニズムは、以下のように考えられる。まず、硫黄系正極活物質は、熱処理工程において、鎖状有機化合物と硫黄との反応による硫化物の生成過程と、固体硫黄(S8)のアモルファス化や蒸気化(硫黄の変性)による活物質への取り込み過程とが、協奏反応的に進行することにより作製されると考えらえるが、この時の雰囲気を、窒素原子ドーピングガスとすることで、窒素原子がドープされた硫黄系正極活物質を得ることができる。この窒素原子がドープされた硫黄系正極活物質において、ドープ部位には分極などが存在すると考えられる。そして、正極で生じた多硫化物イオンはこのドープ部位に吸着され易くなり、吸着された多硫化物イオンは負極へ移動しにくくなるので、多硫化物イオンが正極で繰り返し充放電反応に寄与することとなる。その結果、容量維持率の低下がより抑制されると推測される。
【0015】
活物質に窒素原子を導入するには、原料として窒素原子を有する化合物を用いることもできるが、その場合、適用できる化合物に限りがあり、また効果を示す化合物が非常に限定的であるという難点がある。その点、本開示では、原料として窒素原子を有する化合物を選定しなくとも、活物質に窒素原子を導入することができるという利点がある。
【0016】
(鎖状有機化合物)
鎖状有機化合物は、側鎖を有していてもよい炭素主鎖からなる有機化合物である。鎖状有機化合物としては、例えば、直鎖状または分岐鎖状のアルカン、アルケン、アルキンなどの炭化水素が挙げられる。また、鎖状有機化合物は、一つ以上の慣用の官能基で置換されていてもよい。そのような慣用の官能基としては、カルボキシ基、水酸基、アルデヒド基、チオール基、スルホニル基、アルコキシカルボニル基、アミノ基、アミノカルボニル基等が挙げられる。
【0017】
鎖状有機化合物は、硫黄との反応性を確保する観点から、硫黄のラジカル化が起きる温度よりも高い沸点を有するものであることが好ましい。硫黄のラジカル化が起きる温度は、通常約160℃付近である。鎖状有機化合物の沸点は、170℃以上であることが好ましく、180℃以上であることが好ましく、200℃以上であることが好ましい。一方、該沸点の上限は特に限定されないが、鎖状有機化合物としては、その分子量が700万以下であることが好ましく、より好ましくは600万以下、さらに好ましくは500万以下、さらに好ましくは300万以下、さらに好ましくは100万以下である。鎖状有機化合物を構成する炭素数は、鎖状有機化合物が有する官能基の種類によっても異なるが、例えば、鎖状有機化合物が鎖状カルボン酸の場合、炭素数は4以上であることが好ましい。なお、炭素数が4の鎖状カルボン酸とは、例えば、酪酸、クロトン酸である。一般に、鎖状有機化合物の炭素数は、例えば、5以上であればよく、6以上がより好ましく、8以上がより好ましい。一方、該炭素数の上限は、本開示の効果が損なわれない限り特に限定されないが、通常、60万以下であることが好ましく、より好ましくは50万以下、さらに好ましくは30万以下、さらに好ましくは10万以下、さらに好ましくは1万以下である。
【0018】
鎖状有機化合物としては、側鎖を有していてもよい炭素主鎖からなる長い鎖状有機化合物の集合体であるゴム(より詳しくは、未加硫ゴム)、あるいは、側鎖を有していてもよい炭素主鎖に置換基としてカルボキシ基を有する化合物などを挙げることができる。これら鎖状有機化合物は、さらに、一つ以上の上述の官能基で置換されていてもよい。
【0019】
ゴムとしては、好ましくは、天然ゴム、イソプレンゴム、ブタジエンゴム等のジエン系ゴムが挙げられる。ゴムは1種または2種以上を組み合わせて使用することができる。中でも、天然ゴムやハイシスポリブタジエンゴムが特に好ましい。両ゴムは、分子鎖が折れ曲がった不規則な構造をとりやすく、隣り合う分子鎖間の分子間力を比較的小さくして結晶化を生じにくくできるので、硫黄系正極活物質の柔軟性、加工性を向上できる。特に、ハイシスポリブタジエンゴム等のブタジエンゴムを用いるのが好ましい。ここで、ハイシスポリブタジエンゴムとは、シス1,4結合含量が多いポリブタジエンゴムをいう。シス1,4結合含量は、例えば、95質量%以上であることが好ましく、96質量%以上であることがより好ましく、97質量%以上であることがさらに好ましく、98質量%以上であることがさらに好ましい。シス1,4結合含量は、赤外吸収スペクトル分析により算出される。
【0020】
側鎖を有していてもよい炭素主鎖に置換基としてカルボキシ基を有する化合物としては、例えば、脂肪酸を挙げることができる。脂肪酸は1種または2種以上を組み合わせて使用することができる。好ましい脂肪酸の例としては、炭素数4~30(好ましくは炭素数12~28)の脂肪酸であり、ステアリン酸が好ましい。
【0021】
鎖状有機化合物は、1種または2種以上を組合せて使用することができる。
【0022】
(硫黄)
硫黄としては粉末硫黄、不溶性硫黄、沈降硫黄、コロイド硫黄等の種々の形態のものをいずれも使用できるが、このうち、沈降硫黄、コロイド硫黄が好ましい。硫黄の配合量は、鎖状有機化合物100質量部に対して、250質量部以上が好ましく、より好ましくは300質量部以上である。250質量部以上であることで充放電容量やサイクル特性を向上できる傾向がある。一方、硫黄の配合量について、上限は特にないが、通常は、1500質量部以下、好ましくは1250質量部以下である。1500質量部を超えても充放電容量やサイクル特性はさらに向上しにくく、1500質量部以下であることがコスト的に有利な傾向がある。
【0023】
(導電性炭素材料)
本開示においては、得られる硫黄系正極活物質の導電性を向上させる目的で、熱処理の原料に、導電性を有する炭素材料をさらに添加してもよい。このような導電性炭素材料としては、グラファイト構造を有する炭素材料が好ましい。炭素材料としては、例えば、カーボンブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、黒鉛、カーボンナノチューブ(CNT)、カーボンファイバー(CF)、グラフェン、フラーレンなどの縮合芳香環構造を有するものが使用できる。導電性炭素材料としては1種または2種以上を使用することができる。
【0024】
中でも安価で分散性に優れることから、アセチレンブラック、カーボンブラック、ケッチェンブラックが好ましい。また、アセチレンブラックやカーボンブラックやケッチェンブラックに、CNTやグラフェンなどを少量併用してもよい。かかる併用系により、コストを大幅に上昇させることなく、リチウムイオン二次電池のサイクル特性をさらに向上させることが可能となる。なお、CNTやグラフェンの併用量は、導電性炭素材料の総量の8質量%以上、12質量%以下であるのが好ましい。
【0025】
該導電性炭素材料の配合量は、鎖状有機化合物100質量部に対して、5質量部以上が好ましく、より好ましくは10質量部以上である。配合量が5質量部以上であることで、充放電容量やサイクル特性を一層向上させるという目的を達成し易い傾向がある。一方、該配合量は、50質量部以下が好ましく、より好ましくは40質量部以下である。50質量部以下であることで、硫黄系正極活物質における硫黄を含む構造の割合が相対的に低下せず、充放電容量やサイクル特性を一層向上させるという目的を達成し易い傾向がある。
【0026】
(その他の材料)
熱処理の原料には、この分野で通常使用されるその他の材料を、所望により、添加することができる。
【0027】
(窒素原子がドープされた硫黄系正極活物質)
窒素原子がドープされた硫黄系正極活物質とは、原料の熱処理による硫黄系正極活物質の形成過程において、窒素原子ドーピングガスから窒素原子を取り込むことにより、窒素原子を含有するに至った硫黄系正極活物質である。本開示の硫黄系正極活物質は、初期容量が500mAh/g以上である。
【0028】
[窒素原子ドーピングガス]
窒素原子ドーピングガスとは、熱処理の雰囲気ガスとして使用した際に、当該熱処理によって原料から硫黄系正極活物質が生成される際に、硫黄系正極活物質に窒素原子が取り込まれるよう作用するガスであり、そのようなガスであればいずれのものも、窒素原子ドーピングガスとして、好適に使用することができる。窒素原子ドーピングガスとしては、例えば、アンモニアガス、亜酸化窒素ガス等が挙げられ、このうち、アンモニアガスが好ましい。
【0029】
[窒素原子ドーピングガス雰囲気下での熱処理]
窒素原子ドーピングガス雰囲気下での熱処理は、この分野の常法により適宜実施できるが、例えば、後記の熱処理工程の記載に倣い、実施することができる。この場合、熱処理の温度は、250℃~550℃の範囲が好ましい。250℃以上であることで、硫化反応が不十分となることを避け、目的物の充放電容量の低下を防止できる傾向がある。一方、550℃以下とすることで、原料の分解を防ぎ、収率の低下や、充放電容量の低下を防止できる傾向がある。熱処理の温度は、300℃以上がより好ましく、450℃以下がより好ましい。熱処理の時間は、原料の種類、熱処理温度等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、1~6時間であることが好ましい。1時間以上であることで、熱処理を十分に進行させることができる傾向があり、6時間以下であることで、構成成分の過剰な熱分解を防止できる傾向がある。
【0030】
(硫黄系正極活物質)
本開示の硫黄系正極活物質は、炭素と硫黄を主たる成分とするものであり、硫黄量が多い方が充放電容量やサイクル特性が向上する傾向にある。そのため、硫黄の含有量は多い程好ましい。一般に、硫黄量の好ましい範囲としては、硫黄系正極活物質中、45.0質量%以上であることが好ましく、50.0質量%以上がより好ましく、51.0質量%以上がさらに好ましくは、52.0質量%以上がさらに好ましく、53.0質量%以上がさらに好ましく、54.0質量%以上がさらに好ましく、55.0質量%以上がさらに好ましくい。ただし、導電性炭素材料を配合する場合には、当該導電性炭素材料を構成する炭素の影響で、硫黄の含有量が多少下回っても、充放電容量やサイクル特性の向上効果を期待できる場合がある。そのような場合の硫黄の含有量は、上述の硫黄量を約5.0質量%下回るものであってもよい。
【0031】
また、熱処理により鎖状有機化合物は硫黄と反応し、硫化水素が放出される。このため、硫黄系正極活物質の水素含有量は、1.6質量%以下であることが好ましい。1.6質量%以下である場合には、熱処理(硫化反応)が十分であるという傾向がある。したがって、この場合、充放電容量が向上する傾向にある。水素含有量は、より好ましくは1.0質量%以下、さらに好ましくは0.5質量%以下、さらに好ましくは0.3質量%以下、さらに好ましくは0.2質量%以下、さらに好ましくは0.1質量%以下である。
【0032】
硫黄系正極活物質において、窒素含有量は、良好な容量維持率の観点から、1.0質量%以上が好ましく、より好ましくは1.5質量%以上であり、さらに好ましくは2.0質量%以上であり、さらに好ましくは2.5質量%以上であり、さらに好ましくは3.0質量%以上であり、さらに好ましくは3.5質量%以上である。また、窒素含有量は、良好な初期容量の観点から、15質量%以下であることが好ましく、より好ましくは10質量%以下であり、さらに好ましくは7.5質量%以下である。
【0033】
本明細書において、元素の含有量は、常法に従い、元素分析により測定される。
【0034】
<硫黄系正極活物質の製造>
一の側面において、本開示は、硫黄系正極活物質の製造方法であって、(1)鎖状有機化合物と硫黄とを含んでなる原料を準備する工程(工程(1))、および、(2)原料を、窒素原子ドーピングガス雰囲気下で、熱処理する工程(工程(2))を含んでなる、窒素原子がドープされた硫黄系正極活物質の製造方法に関する。
【0035】
(工程(1))
工程(1)は、熱処理に供するための、鎖状有機化合物と硫黄とを含んでなる原料を準備する工程である。熱処理にあたり、鎖状有機化合物と硫黄とを含んでなる原料は、次工程に先立ち予め混練し、および/または、微細化しておくことが望ましい。原料化合物の混練は常法に従い実施することができる。また、混練物の微細化は、例えば、原料を乳鉢で粉砕することにより粉状にしたり、あるいは、はさみを用いて細かく刻むことなどにより実施することができる。混練および微細化は、熱処理における反応性を高める上で有効な手段である。
【0036】
(工程(2))
工程(2)は、上記で得た原料を、窒素原子ドーピングガス雰囲気下で、熱処理する工程である。
【0037】
[窒素原子ドーピングガス]
窒素原子ドーピングガスとは、熱処理の雰囲気ガスとして使用した際に、当該熱処理によって原料から硫黄系正極活物質が生成される際に、硫黄系正極活物質に窒素原子が取り込まれるよう作用するガスであり、そのようなガスであればいずれのものも、窒素原子ドーピングガスとして、好適に使用することができる。窒素原子ドーピングガスとしては、例えば、アンモニアガス、亜酸化窒素ガス等が挙げられ、このうち、アンモニアガスが好ましい。
【0038】
[熱処理]
熱処理とは、原料を、窒素原子ドーピングガス雰囲気下で、熱処理する工程である。ここで、熱処理の温度とは、原料の昇温完了後の到達温度であって、原料の熱処理のために一定時間維持される温度をいう。熱処理の温度は、250℃~550℃の範囲が好ましい。250℃以上であることで、硫化反応が不十分となることを避け、目的物の充放電容量の低下を防止できる傾向がある。一方、550℃以下とすることで、原料の分解を防ぎ、収率の低下や、充放電容量の低下を防止できる傾向がある。熱処理の温度は、300℃以上がより好ましく、450℃以下がより好ましい。熱処理の時間は、原料の種類、熱処理温度等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、1~6時間であることが好ましい。1時間以上であることで、熱処理を十分に進行させることができる傾向があり、6時間以下であることで、構成成分の過剰な熱分解を防止できる傾向がある。熱処理は、例えば、窒素原子ドーピングガス雰囲気下の石英管中で実施される。
【0039】
[装置]
熱処理工程は、この分野で通常使用される熱処理用の装置を用いて実施することができ、そのような装置としては、例えば、図1に記載のものが挙げられる。また、熱処理工程は、二軸押出機等の連続式の装置を用いて実施することもできる。この場合、該装置内で、原料を混練して粉砕・混合しながら、熱処理も施すなど、硫黄系正極活物質を一連の操作により連続して製造できるというメリットがある。
【0040】
(残留物除去工程)
熱処理後に得られる処理物中には、熱処理時に昇華した硫黄が冷えて析出した未反応硫黄などが残留している。これら残留物はサイクル特性を低下させる要因となるため、できるだけ除去することが望ましい。残留物の除去は、例えば、減圧加熱乾燥、温風乾燥、溶媒洗浄などの常法に従い、実施することができる。
【0041】
(粉砕、分級)
得られた硫黄系正極活物質は、所定の粒度となるように粉砕し、分級して、電極の製造に適したサイズの粒子とすることができる。粒子の好ましい粒度分布としては、メジアン径で5~25μm程度である。なお、先に説明した二軸押出機を用いた熱処理方法では、混練時のせん断によって、硫黄系正極活物質の製造と同時に、製造した硫黄系正極活物質の粉砕も行うことができる。
【0042】
<正極>
一の側面において、本開示は、上記硫黄系正極活物質を含んでなる正極に関する。当該正極は、リチウムイオン二次電池用正極として使用することができる。
【0043】
リチウムイオン二次電池用正極は、正極活物質として上記硫黄系正極活物質を用いること以外は、一般的なリチウムイオン二次電池用正極と同様にして、作製することができる。例えば、該正極は、粒子状にした硫黄系正極活物質を、導電助剤、バインダ、および溶媒と混合してペースト状の正極材料を調製し、当該正極材料を集電体に塗布した後、乾燥させることによって作製することができる。また、その他の方法として、該正極は、例えば、硫黄系正極活物質を、導電助剤、バインダ、および少量の溶媒とともに、乳鉢などを用いて混練し、かつフィルム状にしたのち、プレス機等を用いて集電体に圧着して、作製することもできる。
【0044】
[導電助剤]
導電助剤としては、例えば、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber:VGCF)、炭素粉末、カーボンブラック(CB)、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、黒鉛、あるいは、アルミニウムやチタンなどの正極電位において安定な金属の微粉末等が例示される。これらの導電助剤は、1種または2種以上を使用することができる。
【0045】
[バインダ]
バインダとしては、ポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidene DiFluoride:PVDF)、ポリ四フッ化エチレン(PTFE)、スチレン-ブタジエンゴム(SBR)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリ塩化ビニル(PVC)、メタクリル樹脂(PMA)、ポリアクリロニトリル(PAN)、変性ポリフェニレンオキシド(PPO)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等が例示される。これらのバインダは、1種または2種以上を使用することができる。
【0046】
[溶媒]
溶媒としては、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアルデヒド、アルコール、ヘキサン、水等が例示される。これら溶媒は、1種または2種以上を使用することができる。
【0047】
[配合量]
これら正極を構成する材料の配合量は、特に問わないが、例えば、硫黄系正極活物質100質量部に対して、導電助剤2~100質量部、バインダ2~50質量部、および適量の溶媒を配合するのが好ましい。
【0048】
[集電体]
集電体としては、リチウムイオン二次電池用正極に一般に用いられるものを使用すればよい。例えば、集電体としては、アルミニウム箔、アルミニウムメッシュ、パンチングアルミニウムシート、アルミニウムエキスパンドシート、ステンレススチール箔、ステンレススチールメッシュ、パンチングステンレススチールシート、ステンレススチールエキスパンドシート、発泡ニッケル、ニッケル不織布、銅箔、銅メッシュ、パンチング銅シート、銅エキスパンドシート、チタン箔、チタンメッシュ、カーボン不織布、カーボン織布等からなるものが例示される。このうち、黒鉛化度の高いカーボンで構成されたカーボン不織布やカーボン織布からなる集電体は、水素を含まず、硫黄との反応性が低いために、本開示の硫黄系正極活物質を正極活物質とする場合の集電体として好適である。黒鉛化度の高い炭素繊維の原料としては、カーボン繊維の材料となる各種のピッチ(すなわち、石油、石炭、コールタールなどの副生成物)やポリアクリロニトリル繊維(PAN)等を用いることができる。
【0049】
<リチウムイオン二次電池>
一の側面において、上記正極を含んでなるリチウムイオン二次電池に関する。
【0050】
リチウムイオン二次電池は、正極として上記正極を用いること以外は一般的なリチウムイオン二次電池を作製する場合と同様にして、作製することができる。例えば、該リチウムイオン二次電池は、上記硫黄系正極活物質を含む正極に、負極および電解質、さらには、所望により、セパレータ等の部材を使用して、常法に従い、作製することができる。こうして作製したリチウムイオン二次電池は、充放電容量が大きくサイクル特性に優れる。
【0051】
(負極)
負極材料としては、公知の金属リチウム、黒鉛などの炭素系材料、シリコン薄膜などのシリコン系材料、銅-錫やコバルト-錫などの合金系材料を使用できる。負極材料として、リチウムを含まない材料、例えば、上記した負極材料の内で、炭素系材料、シリコン系材料、合金系材料等を用いる場合には、デンドライトの発生による正負極間の短絡を生じ難い点で有利である。ただし、これらのリチウムを含まない負極材料を本開示の正極と組み合わせて用いる場合には、正極および負極が何れもリチウムを含まない。このため、負極および正極の何れか一方、または両方にあらかじめリチウムを挿入するリチウムプリドープ処理が必要となる。リチウムのプリドープ法としては公知の方法に従えばよい。例えば、負極にリチウムをドープする場合には、対極に金属リチウムを用いて半電池を組み、電気化学的にリチウムをドープする電解ドープ法によってリチウムを挿入する方法や、金属リチウム箔を電極に貼り付けたあと電解液の中に放置し電極へのリチウムの拡散を利用してドープする貼り付けプリドープ法によりリチウムを挿入する方法が挙げられる。また、正極にリチウムをプリドープする場合にも、上記した電解ドープ法を利用することができる。リチウムを含まない負極材料としては、特に、高容量の負極材料であるシリコン系材料が好ましく、その中でも電極厚さが薄くて体積当りの容量で有利となる薄膜シリコンがより好ましい。
【0052】
(電解質)
リチウムイオン二次電池に用いる電解質としては、有機溶媒に電解質であるアルカリ金属塩を溶解させたものを用いることができる。有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジメチルエーテル、γ-ブチロラクトン、アセトニトリル等の非水系溶媒から選ばれる少なくとも一種を用いるのが好ましい。電解質としては、LiPF6、LiBF4、LiAsF6、LiCF3SO3、LiI、LiClO4等を用いることができる。電解質の濃度は、0.5mol/L~1.7mol/L程度であればよい。なお、電解質は液状に限定されない。例えば、リチウムイオン二次電池がリチウムポリマー二次電池である場合、電解質は固体状(例えば、高分子ゲル状)をなす。
【0053】
(セパレータ)
リチウムイオン二次電池は、上述した負極、正極、電解質以外にも、セパレータ等の部材を備えてもよい。セパレータは、正極と負極との間に介在し、正極と負極との間のイオンの移動を許容するとともに、正極と負極との内部短絡を防止する。リチウムイオン二次電池が密閉型であれば、セパレータには電解液を保持する機能も求められる。セパレータとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリロニトリル、アラミド、ポリイミド、セルロース、ガラス等を材料とする薄肉かつ微多孔性または不織布状の膜を用いるのが好ましい。
【0054】
(形状)
リチウムイオン二次電池の形状は特に限定されず、円筒型、積層型、コイン型、ボタン型等の種々の形状にできる。
【0055】
<発明の明確性>
本開示のうち、硫黄系正極活物質は、「窒素原子ドーピングガス雰囲気下で熱処理した」という技術的特徴を有するが、本願明細書の表1には、たとえ同じ原料を用いたとしても、熱処理の温度の相違により、得られる硫黄系正極活物質の性能が異なること、すなわち、これら硫黄系正極活物質を用いてリチウムイオン二次電池を製造して評価した場合に放電容量や容量維持率が大きく異なることが示されている(450℃で熱処理した実施例2と、200℃で処理した比較例3および600℃で処理した比較例4との比較)。すなわち、熱処理の温度に応じて、得られる硫黄系正極活物質が別物となることが明らかである。しかし、このように物としてそれぞれ異なる硫黄系正極活物質を、製造方法によることなく、その構造や特性により的確に特定することはおよそ実際的でなく、ほぼ不可能である。よって、当該硫黄系正極活物質に係る発明は明確である。
【実施例
【0056】
本開示を実施例に基づいて説明するが、本開示は、実施例にのみ限定されるものではない。
【0057】
以下に、本明細書において使用した各種薬品をまとめて示す。各種薬品は必要に応じて常法に従い精製を行った。
【0058】
<試験に使用した材料>
鎖状有機化合物1:ハイシスブタジエンゴム(BR150L、シス1,4結合含量:98質量%、宇部興産(株)から入手可能)
鎖状有機化合物2:ステアリン酸(東京化成工業(株)から入手可能)
硫黄:沈降硫黄(鶴見化学工業(株)から入手可能)
導電性炭素材料:アセチレンブラック(デンカブラック、電気化学工業(株)から入手可能)
NH3:アンモニアガス(住友精化(株)から入手可能)
2:窒素ガス(日本エア・リキード(株)から入手可能)
【0059】
実施例1
<硫黄系正極活物質の製造>
(原料の調製)
表1の配合に従い配合した材料を、混練機(混練試験装置ミックスラボ、(株)モリヤマ製)で混練することにより、原料を調製した。こうして得た原料は、さらに乳鉢で粉状にし、熱処理工程に供した。
【0060】
(反応装置)
原料の熱処理には、図1に示す反応装置1を用いた。反応装置1は、原料2を収容して熱処理するための、有底筒状をなす石英ガラス製の、外径60mm、内径50mm、高さ300mmの反応容器3、当該反応容器3の上部開口を閉じるシリコーン製の蓋4、当該蓋4を貫通する1本のアルミナ保護管5((株)ニッカトー製の「アルミナSSA-S」、外径4mm、内径2mm、長さ250mm)と、2本のガス導入管6とガス排出管7(いずれも、(株)ニッカトー製の「アルミナSSA-S」、外径6mm、内径4mm、長さ150mm)、および反応容器3を底部側から加熱する電気炉8(ルツボ炉、開口幅φ80mm、加熱高さ100mm)を備えている。
【0061】
アルミナ保護管5は、蓋4から下方が、反応容器3の底に収容した原料2に達する長さに形成され、内部に熱電対9が挿通されている。アルミナ保護管5は、熱電対9の保護管として用いられる。熱電対9の先端は、アルミナ保護管5の閉じられた先端で保護された状態で、原料2に挿入されて、当該原料2の温度を測定するために機能する。熱電対9の出力は、図中に実線の矢印で示すように、電気炉8の温度コントローラ10に入力され、温度コントローラ10は、この熱電対9からの入力に基づいて、電気炉8の加熱温度をコントロールするために機能する。
【0062】
ガス導入管6とガス排出管7は、その下端が、蓋4から下方へ3mm突出するように形成されている。また反応容器3の上部は、電気炉8から突出して外気に露出されている。そのため、反応容器3の加熱によって原料から発生する硫黄の蒸気は、図中に一点鎖線の矢印に示すように反応容器3の上方へ上昇するものの途中で冷却され、液滴となって、図中に破線の矢印で示すように滴下して還流される。そのため、反応系中の硫黄が、ガス排出管7を通って外部に漏れだすことはない。
【0063】
ガス導入管6には、図示しないガスの供給系から、雰囲気ガスが継続的に供給される。またガス排出管7は、水酸化ナトリウム水溶液11を収容したトラップ槽12に接続されている。反応容器3からガス排出管7を通って外部へ出ようとする排気は、一旦、トラップ槽12内の水酸化ナトリウム水溶液11を通ったのちに外部へ放出される。そのため排気中に、加硫反応によって発生する硫化水素ガスが含まれていても、水酸化ナトリウム水溶液と中和されて排気からは除去される。
【0064】
(熱処理工程)
熱処理の工程は、まず原料2を反応容器3の底に収容した状態で、ガスの供給系から、100ml/分の流量で雰囲気ガスを継続的に供給しながら、供給開始30分後に、電気炉8による加熱を開始した。そして原料の温度が450℃に達した時点で、450℃を維持しながら2時間熱処理をした。次いで雰囲気ガスの流量を調製しながら、雰囲気ガスの雰囲気下生成物の温度を25℃まで自然冷却させたのち、該生成物を反応容器3から取り出した。
【0065】
(未反応硫黄の除去)
熱処理工程後の生成物に残存する未反応硫黄(遊離した状態の単体硫黄)を除去するために、以下の工程をおこなった。すなわち、該生成物を乳鉢で粉砕し、粉砕物2gをガラスチューブオーブンに収容して、真空吸引しながら250℃で3時間加熱して、未反応硫黄が除去された(または、微量の未反応硫黄しか含まない)硫黄系正極活物質を得た。昇温速度は10℃/分とした。
【0066】
<リチウムイオン二次電池の作製>
(正極)
上記で得た硫黄系正極活物質3mgとアセチレンブラック2.7mgとポリテトラフルオロエチレン(PTFE)0.3mgとの混合物を、ヘキサンを適量加えつつ、メノウ製乳鉢でフィルム状になるまで混練し、フィルム状の正極材料を得た。この正極材料全量を、直径14mmの円形に打ち抜いたアルミニウムメッシュ(メッシュ粗さ#100)にプレス機で圧着し、80℃で一晩乾燥させて、正極を得た。
【0067】
(負極)
負極としては、金属リチウム箔(直径14mm、厚さ500μmの円盤状、本城金属(株)製)を用いた。
【0068】
(電解液)
電解液としては、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの混合溶媒に、LiPF6を溶解した非水電解質を用いた。エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとは体積比1:1で混合した。電解液中のLiPF6の濃度は、1.0mol/lとした。
【0069】
(リチウムイオン二次電池)
上記正極、負極および電解液を用いて、コイン電池を製作した。詳しくは、ドライルーム内で、セパレータ〔セルガード(Celgard)社製のCelgard(登録商標)2400、厚さ25μmのポリプロピレン微孔質膜〕とガラス不織布フィルタ〔厚さ440μm、ADVANTEC社製、GA100〕とを正極と負極との間に挟装して、電極体電池とした。この電極体電池を、ステンレス容器からなる電池ケース(CR2032型コイン電池用部材、宝泉(株)製)に収容した。電池ケースには電解液を注入した。電池ケースをカシメ機で密閉して、コイン型のリチウムイオン二次電池を得た。
【0070】
実施例2、3および比較例1~4
表1の配合および熱処理工程の条件に従う以外は、実施例1と同様に処理して、原料、硫黄系正極活物質、および、リチウムイオン二次電池を作製した。
【0071】
<元素分析>
実施例、比較例で製造した硫黄系正極活物質の元素分析をした。
【0072】
炭素(C)、水素(H)、および窒素(N)については、エレメンタール社(Elementar)製の全自動元素分析装置 vario MICRO cubeを用いて測定した質量から、硫黄系正極活物質の総量中に占める質量比(%)を算出した。また硫黄(S)は、ダイオネクス(Dionex)社製のイオンクロマトグラフ装置DX-320に、同社製のカラム(IonPac AS12A)を用いて測定した質量から、硫黄系正極活物質の総量中に占める質量比(%)を算出した。
【0073】
<放電容量、および容量維持率の測定>
各実施例、比較例で作製したコイン型のリチウムイオン二次電池について、試験温度30℃の条件下で、硫黄系正極活物質1gあたり33.3mAに相当する電流値の充放電をさせた。
【0074】
放電終止電圧は1.0V、充電終止電圧は3.0Vとした。また充放電を繰り返し、各回の放電容量(mAh/g)を測定するとともに、2回目の放電容量(mAh/g)を初期容量とした。初期容量が大きいほど、リチウムイオン二次電池は充放電容量が大きく好ましいと評価できる。また10回目の放電容量DC10(mAh/g)と30回目の放電容量DC20(mAh/g)から、

式(a):容量維持率(%)=(DC30/DC10)×100

により、容量維持率(%)を求めた。先に説明したように容量維持率が高いほど、リチウムイオン二次電池はサイクル特性に優れていると言える。
【0075】
<X線光電子分光法(XPS)>
硫黄系正極活物質について、導入された窒素原子の状態を、KRATOS AXIS-ULTRA((株)島津製作所製)を用いて、X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy)により測定した。結果を図2および図3に示す。
【0076】
【表1】
【0077】
元素分析より、アンモニアガス雰囲気中で熱処理することにより、硫黄系正極活物質に窒素原子が導入されていることが確認できた。
【0078】
図2は、実施例2と比較例2の硫黄系正極活物質についてのXPS(ワイドスキャン)によるデータである。図2より、約400eV付近の窒素原子の1s軌道のピーク(N1s)が比較例2では見られないが、アンモニアガス雰囲気中で熱処理した実施例2ではピークが出現し、窒素原子が導入されていることが確認できる。
【0079】
図3は、実施例2のN1sを拡大して表示し、該ピークを、波形解析により、N1sNo.1(398.271eV)、ピリジン型(398.919eV)、ピロール型(400.281eV)およびN1sNo.2(401.263eV)の各ピークに分離した結果である。このことから、当該硫黄系正極活物質に導入された窒素原子は、ピリジンやピロールといったヘテロ環式芳香族化合物のようなπ共役構造を構成しているものを含むことが示唆された。
【0080】
上記表1から、本開示の硫黄系正極活物質は、初期容量が500mAh/g以上であることが好ましく、容量維持率が87%以上であることが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本開示によれば、リチウムイオン二次電池の充放電容量を維持しながら、サイクル特性を向上できる、新規な硫黄系正極活物質、当該活物質を含んでなる正極、および、当該正極を含んでなるリチウムイオン二次電池を製造し、提供することができる。
【符号の説明】
【0082】
1 反応装置
2 原料
3 反応容器
4 シリコーン製の蓋
5 アルミナ保護管
6 ガス導入管
7 ガス排出管
8 電気炉
9 熱電対
10 温度コントローラ
11 水酸化ナトリウム水溶液
12 トラップ槽
図1
図2
図3