(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-11
(45)【発行日】2023-09-20
(54)【発明の名称】核物質分布測定装置
(51)【国際特許分類】
G01T 1/16 20060101AFI20230912BHJP
G01T 1/17 20060101ALI20230912BHJP
G01T 1/36 20060101ALI20230912BHJP
G01T 1/20 20060101ALI20230912BHJP
【FI】
G01T1/16 A
G01T1/17 C
G01T1/17 D
G01T1/36 D
G01T1/20 B
G01T1/20 F
G01T1/20 E
G01T1/20 G
(21)【出願番号】P 2020062776
(22)【出願日】2020-03-31
【審査請求日】2022-09-12
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A 発表論文のコピー
(73)【特許権者】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【氏名又は名称】村上 大勇
(72)【発明者】
【氏名】森下 祐樹
【審査官】小林 幹
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-279184(JP,A)
【文献】特開2007-163280(JP,A)
【文献】特表2000-507698(JP,A)
【文献】米国特許第06525323(US,B1)
【文献】Yuki Morishita et al.,“Detection of alpha particle emitters originating from nuclear fuel inside reactor building of Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant”,Scientific Reports,2019年,9:581,p.1-14
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01T 1/00-1/16
G01T 1/167-7/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線を発する核物質の空間分布を前記放射線の強度の空間分布を検出することによって測定する核物質分布測定装置であって、
入射したα線、β線を吸収してパルス状の出力信号を発すると共に、入射した前記α線、入射した前記β線の入射位置及び入射時刻が認識され、かつ前記出力信号が前記α線、前記β線のいずれによるものかが識別される位置検出型放射線検出器と、
入射した前記α線と入射した前記β線の前記入射時刻に基づき、時間差が一定の範囲内で入射した前記α線と前記β線の組み合わせをα―β相関イベントとして認識し、
認識された前記α―β相関イベントに対応する前記入射位置より、
測定時間内における前記α―β相関イベントの空間分布を算出し、
当該空間分布より、前記放射線の前記位置検出型放射線検出器による検出結果におけるバックグラウンド成分を推定し、
前記位置検出型放射線検出器によって測定された
前記放射線の
強度の空間分布を、推定された前記バックグラウンド成分を用いて補正する解析部と、
を具備することを特徴とする核物質分布測定装置。
【請求項2】
前記α―β相関イベントに対応する前記α線、前記β線は、それぞれ
222Rnの崩壊系列において発せられるα線、β線であることを特徴とする請求項1に記載の核物質分布測定装置。
【請求項3】
前記解析部は、前記出力信号より前記α線又はβ線のエネルギーを算出することを特徴とする請求項1又は2に記載の核物質分布測定装置。
【請求項4】
前記位置検出型放射線検出器は、
放射線を吸収してパルス状の蛍光を発し、α線を吸収した場合の前記蛍光の減衰時定数と、β線を吸収した場合の前記蛍光の減衰時定数が異なる材料で構成された板状のシンチレータと、
前記蛍光を受けて前記蛍光に対応した前記出力信号を出力すると共に、前記蛍光の入射位置が認識される位置検出型光検出器と、
を具備し、
前記解析部は、
前記出力信号におけるピークよりも後において前記出力信号が減衰する期間を少なくとも含む第1の期間内における前記出力信号の積分値であるI1と、
前記出力信号におけるピークよりも後において前記出力信号が減衰する期間であり第1の期間よりも始期が後であ
り終期が第1の期間と同一である第2の期間内における前記出力信号の積分値であるI2と、
を算出し、
I2/I1の値に基づいて、前記出力信号がα線、β線のどちらによるものかを識別することを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の核物質分布測定装置。
【請求項5】
前記材料は、有機化合物であることを特徴とする請求項4に記載の核物質分布測定装置。
【請求項6】
前記材料はスチルベンであることを特徴とする請求項5に記載の核物質分布測定装置。
【請求項7】
前記解析部は、I2/I1と予め設定された閾値との間の大小関係において、I2/I1が大きな場合に前記出力信号がα線によるものと認識し、I2/I1が小さな場合に前記出力信号がβ線によるものと認識することを特徴とする請求項5又は6に記載の核物質分布測定装置。
【請求項8】
前記位置検出型光検出器は位置検出型シリコン光電子増倍管であることを特徴とする請求項4から請求項7までのいずれか1項に記載の核物質分布測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線を発する核物質の空間分布を測定するための核物質分布測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
原子炉等における放射性物質の評価においては、人工放射性核種であるプルトニウム(Pu:239Pu、238Pu等)を検知することが必要であり、特に施設中におけるPuの分布を測定することが求められる。このためには、例えば239Puが発するピークエネルギーが5.1MeVのα線の空間分布を測定する手法が用いられる。しかしながら、239Puの存在量は一般的には少なく、天然放射性核種であり上記と近いエネルギーのα線を発する222Rn(ラドン)が存在するために、239Puの分布を高精度で測定することが困難である。すなわち、239Puの存在をα線の検出によって検知する際には、222Rnに起因するα線がそのバックグラウンド成分として存在することが239Puの検知の障害となっている。
【0003】
ここで、
222Rnに起因するα線とは、
222Rnの崩壊系列において子孫核種に壊変する際に発せられるα線である。
図10に
222Rnの崩壊系列を示す。ここでは、各過程の半減期、放射される放射線(α線又はβ線の種別)及びそのピークエネルギーも示されている。このように、
222Rnは、
222Rn→
218Po→
214Pb→
214Bi→
214Po→
210Pbの壊変系列で壊変し、各過程においてα線、β線が発せられる。この際、各過程の半減期や、発せられるα線、β線のエネルギーは様々である。
【0004】
このため、Puから発せられるα線を検出する際に、222Rnに起因したα線の影響を低減するための技術が提案されている。例えば、特許文献1には、222Rnが天然放射性核種であるために一般的には広い範囲にわたり一様に分布しているのに対し、Puは天然には存在しないために一般的には極めて局所的に分布すること、及びPuが発するα線のピークエネルギーと222Rnに起因したα線のピークエネルギーが異なることを利用し、検出されたα線の2次元マッピング結果を用いてα線のバックグラウンドレベルを推定し、このバックグラウンドレベルが222Rnによるものとする技術が記載されている。この手法によって、検出された放射線のうち、このようなバックグラウンド成分を除去することによって、検知対象となる核物質(Pu等)の分布を適正に認識することができる。
【0005】
また、特許文献2、非特許文献1には、
図10に示された崩壊系列のうちで特に
214Biから
210Pbに至る際の反応に特に着目することによって
222Rnに起因するバックグラウンド成分を低減する技術が記載されている。
【0006】
ここで、214Biは20分程度の半減期で3.26MeV程度のβ線等を発して214Poに壊変する。その後、214Poは164μsの半減期で7.68MeVのα線を発して210Pbに壊変する。この際の214Poの半減期は、上記の壊変系列の過程で最も短く、214Biの壊変で発せられるβ線と214Poの壊変で発せられるα線はほぼ同時に発せられるとみなすことができる。
【0007】
このため、特許文献2に記載の技術においては、Puから発せられるα線を検出する際にα線用とβ線用の2つの検出器を用い、α線の検出時刻とβ線の検出時刻とが近いもの(β-α相関事象として認識されたもの)に対応したα線を検出から除外することによって、222Rn起因のバックグラウンド成分を低減している。これによって、検知対象となる核物質(Pu等)の分布をより高精度で認識することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2016-151454号公報
【文献】特開2007-163280号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】福本哲夫、石山央存、伊藤成樹、「β-α相関事象測定を用いた待機塵埃の自然放射性核種の連続観測-核燃料取り扱い施設などからの人工放射性核種のオンライン検知に向けて-」、RADIOISOTOPES、57巻、670頁(2008年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献2等に記載の方法においては、α線用とβ線用の検出器が必要となった。更に、核物質の認識のためには検出したα線のエネルギースペクトルを測定することが必要となるのに対して、このためには専用の信号処理系が必要となり、測定機器が複雑となった。更に、特許文献2に記載の方法においては、核物質(Pu)の検知のために検出されたα線のうち、
214Poが発したα線は除外されるものの、他のバックグラウンド成分、
図10において例えば
222Rnが
218Poに壊変する際に発せられる5.49MeVのα線の影響は除去できなかった。
【0011】
特許文献1に記載の技術においては、検出された放射線の空間的分布のみからバックグラウンド成分が推定されるため、例えば検出対象となる核物質が空間的に広がって分布している場合や、222Rnの存在が一様ではない場合には、バックグラウンド成分を適切に推定できない場合があった。
【0012】
このため、放射線のバックグラウンド成分を適切に認識することによって核物質の分布を適正に認識できる技術が望まれた。
【0013】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の核物質分布測定装置は、
放射線を発する核物質の空間分布を前記放射線の強度の空間分布を検出することによって測定する核物質分布測定装置であって、入射したα線、β線を吸収してパルス状の出力信号を発すると共に、入射した前記α線、入射した前記β線の入射位置及び入射時刻が認識され、かつ前記出力信号が前記α線、前記β線のいずれによるものかが識別される位置検出型放射線検出器と、入射した前記α線と入射した前記β線の前記入射時刻に基づき、時間差が一定の範囲内で入射した前記α線と前記β線の組み合わせをα―β相関イベントとして認識し、認識された前記α―β相関イベントに対応する前記入射位置より、測定時間内における前記α―β相関イベントの空間分布を算出し、当該空間分布より、前記放射線の前記位置検出型放射線検出器による検出結果におけるバックグラウンド成分を推定し、前記位置検出型放射線検出器によって測定された前記放射線の強度の空間分布を、推定された前記バックグラウンド成分を用いて補正する解析部と、を具備することを特徴とする。
本発明の核物質分布測定装置において、前記α―β相関イベントに対応する前記α線、前記β線は、それぞれ222Rnの崩壊系列において発せられるα線、β線であることを特徴とする。
本発明の核物質分布測定装置において、前記解析部は、前記出力信号より前記α線又はβ線のエネルギーを算出することを特徴とする。
本発明の核物質分布測定装置において、前記位置検出型放射線検出器は、放射線を吸収してパルス状の蛍光を発し、α線を吸収した場合の前記蛍光の減衰時定数と、β線を吸収した場合の前記蛍光の減衰時定数が異なる材料で構成された板状のシンチレータと、前記蛍光を受けて前記蛍光に対応した前記出力信号を出力すると共に、前記蛍光の入射位置が認識される位置検出型光検出器と、を具備し、前記解析部は、前記出力信号におけるピークよりも後において前記出力信号が減衰する期間を少なくとも含む第1の期間内における前記出力信号の積分値であるI1と、前記出力信号におけるピークよりも後において前記出力信号が減衰する期間であり第1の期間よりも始期が後であり終期が第1の期間と同一である第2の期間内における前記出力信号の積分値であるI2と、を算出し、I2/I1の値に基づいて、前記出力信号がα線、β線のどちらによるものかを識別することを特徴とする。
本発明の核物質分布測定装置において、前記材料は、有機化合物であることを特徴とする。
本発明の核物質分布測定装置において、前記材料はスチルベンであることを特徴とする。
本発明の核物質分布測定装置において、前記解析部は、I2/I1と予め設定された閾値との間の大小関係において、I2/I1が大きな場合に前記出力信号がα線によるものと認識し、I2/I1が小さな場合に前記出力信号がβ線によるものと認識することを特徴とする。
本発明の核物質分布測定装置において、前記位置検出型光検出器は位置検出型シリコン光電子増倍管であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明は以上のように構成されているので、放射線のバックグラウンド成分を適切に認識することによって核物質の分布を適正に認識することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施の形態に係る核物質分布測定装置の構成を示す図である。
【
図2】本発明の実施の形態に係る核物質分布測定装置における動作を示すフローチャートである。
【
図3】本発明の実施の形態に係る核物質分布測定装置におけるバックグラウンド成分の補正の例(その1)を模式的に示す図である。
【
図4】本発明の実施の形態に係る核物質分布測定装置におけるバックグラウンド成分の補正の例(その2)を模式的に示す図である。
【
図5】本発明の実施の形態に係る核物質分布測定装置において用いられる位置検出型放射線検出器の構成を示す図である。
【
図6】本発明の実施の形態に係る核物質分布測定装置において用いられる位置検出型放射線検出器で用いられるシンチレータの材料を用いた場合のα線、β線による出力信号のパルス波形を示す図である。
【
図7】α線、β線の弁別を出力信号によって行う手法を説明する図である。
【
図8】本発明の実施の形態に係る核物質分布測定装置において用いられる位置検出型放射線検出器によってα線、β線が混在した下で得られたα線(a)、β線(b)のエネルギースペクトルである。
【
図9】本発明の実施の形態に係る核物質分布測定装置において用いられる位置検出型放射線検出器で用いられるシンチレータの材料の他の例を用いた場合のα線、β線による出力信号のパルス波形を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態に係る核物質分布測定装置について説明する。この核物質分布測定装置においては、α線、β線を検出する放射線検出器が用いられる。この放射線検出器においては、2次元位置検出型のものが用いられ、検出されたα線、β線の検出器内の位置情報も認識することができる。
【0018】
図1は、上記の原理により動作する核物質分布測定装置1の構成を単純化して示す図である。板状の位置検出型放射線検出器10は、α線、β線を吸収し、各々の吸収によってパルス状の出力信号を発する。この際、吸収したα線、β線の位置検出型放射線検出器10中の入射位置も認識することができる。このため、例えば検知対象となる核物質が分布した板状の試料とこの位置検出型放射線検出器10を近接させ、この核物質の発するα線、β線をこの位置検出型放射線検出器10で検出することによって、試料中におけるこの核物質の2次元分布を測定することができる。位置検出型放射線検出器10は、電源40で供給される電圧で動作する。また、この位置検出型放射線検出器10は、α線とβ線を共に検出できるが、この際に、検出した放射線がα線、β線のいずれかであるかが認識可能とされる。位置検出型放射線検出器10の詳細については後述する。
【0019】
位置検出型放射線検出器10から発せられるパルス状の出力信号はアナログ信号であるため、これがデジタイザ20によってデジタル化されてからコンピュータ30に入力する。デジタイザ20としては、実際にはデジタルオシロスコープを用いることができる。
【0020】
コンピュータ30における解析部31は、検出結果として、この出力信号をその位置情報と共に認識し、これを記憶部32に記憶させることができる。この際、この検出結果を、α線、β線とで区分して記憶することができる。また、コンピュータ30には、各種の情報(測定結果)の2次元分布等を表示させることができる表示部33も設けられる。ここでは、検出対象となる核物質は238Puや
239Puであるために、238Puが発する5.499MeV、239Puが発する5.156MeVのα線が主に検出されるものとする。このため、バックグラウンド成分が除去された後のα線の2次元強度分布は、238Pu、239Puの分布を反映する。
【0021】
図2は、この核物質分布測定装置1の動作を示すフローチャートである。ここでは、まず、位置検出型放射線検出器10がα線又はβ線を検出することによって、パルス状の出力信号が発せられる(S1)。この出力信号は、デジタイザ20によってデジタル化されてコンピュータ30に入力する。解析部31は、この出力信号の波形データを、その位置情報、検出時刻と共に認識する。
【0022】
その後、解析部31は、この波形データから、この出力信号がα線によるものかβ線によるものかを後述するように認識する(S2)。また、解析部31は、この出力信号のピーク値から、この場合のα線又はβ線のエネルギーも認識する。その後、このように認識されたエネルギーと位置情報、検出時刻を、α線、β線毎に区分して記憶部32に記憶させることができる(S3)。上記の動作は、測定時間の終了(S4:Yes)まで、位置検出型放射線検出器10がα線又はβ線を検出する度に繰り返される。これによって、測定時間内において検出されたα線、β線のエネルギーと入射位置情報、検出時刻が、α線、β線毎に区別されて記憶部32に記憶される。
【0023】
測定時間内における全ての検出によって上記の情報が記憶された後、解析部31は、β線の検出時刻とα線の検出時刻とが近い組み合わせ(α-β相関イベント)を抽出する(S5)。この組み合わせは、
図10における、β線を発する
214Biの壊変と、α線を発する
214Poの壊変に対応すると推定される。この組み合わせのために認識される時間差は、
図10における
214Poの半減期(164μs)に対応して設定され、例えば1msとすることができる。この点については、特許文献2に記載の技術と同様である。この場合において、
214Biが発するβ線のエネルギーと大きく異なるエネルギーのβ線や、
214Poが発するα線のエネルギーと大きく異なるエネルギーのα線を、この組み合わせから除外し、これらのエネルギーに近いエネルギーのβ線、α線のみから上記のα-β相関イベントを抽出させてもよい。あるいは、位置検出型放射線検出器10における画素毎にα-β相関イベントを抽出してもよい。
【0024】
特許文献2に記載の技術と同様に、このように認識されたα-β相関イベントは、測定対象となる核物質(239Pu)ではなく、天然放射性核種である222Rnに起因すると推定することができる。ここで、解析部31は、α―β相関イベントの組み合わせにおけるα線、β線の個々の入射位置を2次元マッピングして表示部33で表示させることができる(S6)。この分布は、試料における222Rnの分布を反映していると推定される。
【0025】
解析部31は、この結果より、222Rnに起因したバックグラウンド成分を算出することができる(S7)。このバックグラウンド成分は、例えば前記のα―β相関イベントの2次元分布における特定の傾向が見られずこの2次元分布がランダムな分布であるとした場合には、この2次元分布の平均値(一定値)がバックグラウンド成分に対応すると推定することができる。ただし、上記のα―β相関イベントとして222Rnに起因する全てのバックグラウンド成分を検出することは実際には困難であるため、実際には、推定されるバックグラウンド成分は、α―β相関イベントの数の平均値の定数倍とされ、この定数は、実験結果等から適宜設定することができる。この場合には、検出されたα線の検出強度(c/s)からこのバックグラウンド成分を差し引いた値を、補正後のα線の検出強度とすることができる(S8)。
【0026】
図3は、この動作を模式的に示す図であり、ここでは便宜上α線の強度分布が1次元分布であるとしており、横軸は1次元上の位置に対応し、縦軸はα線の検出強度である。
図3(a)は補正前の強度分布、
図3(b)は推定されたバックグラウンド成分(一定値)、
図3(c)は補正後の強度分布をそれぞれ示す。ここで、
238Puや
239Puは実際には位置Xに存在するものとしており、補正前(
図3(a))における実際のバックグラウンド成分はB1であるものとする。実際にはバックグラウンド成分には
222Rnに起因するもの以外も存在するのに対して、上記のように推定されたバックグラウンド成分B2は
222Rnに起因するものであるため、
図3(b)に示された、推定されたバックグラウンド成分B2は、B1よりも小さくなる。このため、補正後においてもバックグラウンド成分を零とすることは困難であるが、補正後のバックグラウンド成分B3(=B1-B2)(
図3(c))を低下させることができ、
238Puや
239Puの強度のバックグラウンド成分(B3)に対するコントラストを高めることができ、
238Puや
239Puの検出精度を高めることができる。
【0027】
あるいは、例えば前記のα―β相関イベントの2次元分布に明確な傾向がある場合には、この傾向を考慮し、例えばこの分布を近似した近似式を用いてバックグラウンド成分を設定し、同様の操作を行わせることができる。
図4は、このような場合の例を
図3に対応させて示す図である。補正前の状態である
図4(a)において、バックグラウンド成分B4は、図中右側に向けて直線的に増加しているものとする。こうした場合においても、このバックグラウンド成分B4の少なくとも一部が上記のα―β相関イベントとして認識される場合には、位置の関数(
図4の場合には一次関数)としてバックグラウンドレベルB5を
図4(b)に示されるように推定することができる。このため、補正後である
図4(c)に示されるように、補正後のバックグラウンド成分B6(=B4-B5)を小さくすることができる。バックグラウンド成分が他の分布をもつ場合においても同様である。
【0028】
図3、4においては単純化のために強度分布が1次元分布とされたが、実際には、解析部31は、補正後のα線の2次元強度分布を表示部33に表示させることができる(S9)。この強度分布は
238Pu、
239Puの分布を補正前よりもより高精度に反映する。
【0029】
なお、上記の2次元強度分布を、238Pu、239Puが発するα線のピークエネルギー付近のエネルギー帯域の強度分布としてもよい。この場合、上記のような補正において差し引かれるバックグラウンド成分は、このエネルギー帯域内におけるものとして、α-β相関イベントの数から、このエネルギー帯域におけるものとして換算される。
【0030】
上記の方法において、実測されたα線の2次元強度分布からバックグラウンド成分を推定して補正する点については、特許文献1に記載の技術と類似している。しかしながら、ここでバックグラウンド成分を推定するために用いられるのはα―β相関イベントであるために、特許文献1に記載の技術よりも高精度となる。このため、例えば
図4の例のようにバックグラウンド成分自身に分布がある場合においても、この補正をより適正に行うことができる。
【0031】
また、特許文献2に記載の技術においては、上記におけるα―β相関イベントに対応するα線が検出結果から除外されることによって、
222Rnの影響が低減される。この場合において除外されるのは、
図10における
214Poが発するα線のみであり、例えば
222Rnや
218Poが発するα線は除外されない。これに対して、本願発明の技術において推定されるバックグラウンド成分は、α―β相関イベントの強度から認識された
222Rnの存在量に対応するため、結果的に
図10における全ての過程で発せられるα線の影響が包含された上で補正が行われる。このため、上記の方法によれば、特許文献2に記載の技術よりも高精度で
238Puや
239Puを検出することができる。
【0032】
なお、
図2におけるS1~S4の動作は、位置検出型放射線10からの1回のパルス出力(α線又はβ線の1回の検出)毎に行うことができるが、記憶部32がデジタイザ20からの出力を全て記憶部32に記憶させた後に、出力毎に
図2におけるS1~S4の動作を行わせてもよい。この場合、デジタイザ20としてデジタルオシロスコープを用いた場合には、出力をデジタルオシロスコープ側で記憶させてもよい。
【0033】
次に、位置検出型放射線検出器10について説明する。
図5は、この位置検出型放射線検出器10の構成を示す図である。ここでは、α線、β線を吸収することによって蛍光を発する板状のシンチレータ11と、板状のシンチレータ11からの発光(蛍光)を、その入射位置を認識した上で検出する位置検出型光検出器12が用いられる。
【0034】
位置検出型光検出器12は、表面に入射した微弱な可視光の強度とその入射位置を認識できる構成のものが用いられ、位置検出型シリコン光電子増倍管(Position Sensitive Si Photomultiplier)が特に好ましく用いられる。
図5においては位置検出型光検出器12とシンチレータ11は便宜上離間して示されているが、これらは実際には近接させて設けることができる。位置検出型シリコン光電子増倍管は、シリコンを用いて構成された光電子増倍管であり、例えば8×8画素のものを用いることができる。単一の出力に対する画素毎の出力を解析することによって、光(シンチレータ10からの発光)の入射位置を上記の画素よりも細かな精度、例えば512×512画素相当で算出することもできる。
【0035】
ここで用いられるシンチレータ11を構成する材料は有機化合物であり、例えばスチルベンである。
図6は、スチルベンにα線、β線を入射させた際の蛍光を光電子増倍管で検出した出力のパルス波形であり、位置検出型光検出器12からの出力信号の波形に対応する。ここで、ピーク値は規格化されて統一されている。このように、スチルベンをシンチレータの材料として用いることにより、α線、β線を共に検出することができる。ただし、両者においては、特にパルスの減衰時定数が大きく異なり、α線の方がβ線よりも減衰時定数が大きい。このため、減衰時定数の違いを用いて両者を弁別することができる。このような減衰特性はシンチレータを構成する材料の物性により定まる。
【0036】
図7は、このための手法を説明する図である。
図7は、
図6に示されたパルス形状を模式的に示す。ここでは、まず、このパルス出力における期間(第1の期間)T1の間の積分値I1が算出される。ここで、T1はパルスの立ち上がり(ピークの前)からピーク後において強度が十分に減衰するまでの減衰期間のほぼ全域にわたる期間として設定され、例えば
図6の例では0~1200nsの期間である。
【0037】
一方、ここではT1の期間内におけるもう一つの期間(第2の期間)T2も設定される。T2は、終期がT1と等しく、始期が、T1よりも前でありパルスのピーク後の減衰期間の途中となるように設定される。このパルス出力における期間T2の間の積分値I2も算出され、I2<I1となる。このようにI2、I1を設定した場合、
図6においては、減衰時定数が大きなα線におけるI2/I1は、β線におけるI2/I1よりも大きくなる。すなわち、I2/I1の値によって
図6の出力を識別することができる。
【0038】
また、
図6においてはα線、β線による出力のピークが統一されて示されているが、実際にはこれらのピーク値はα線、β線のエネルギーに応じて変化し、様々である。ここで、シンチレータを、対象となるエネルギー範囲のα線、β線がこのシンチレータで十分吸収される程度に厚くすれば、これらのα線、β線のエネルギーはほぼ全てがこのシンチレータで吸収され、吸収されたエネルギーは全て上記の蛍光に寄与する。このため、上記のパルス出力のピーク値により、検出されたα線、β線のエネルギーを適正に認識することができる。また、上記のピーク値の代わりにパルス波形の全体の積分値であるI1からエネルギーを算出してもよい。
【0039】
この際、異なるエネルギーのα線に対して、上記のI1、I2はこのピーク値にほぼ比例するため、これらの比であるI2/I1の値はα線のエネルギーには依存しない。この点についてはβ線についても同様である。このため、エネルギーに依存しない、α線とβ線の弁別のための指標としてI2/I1を用いることができる。このため、上記のシンチレータとこの弁別手法を用いて、α線、β線それぞれのエネルギースペクトルを得ることができる。
【0040】
I2、I1、あるいは更にパルスのピーク値は、位置検出型光検出器12からの出力信号をデジタル化して記憶することによって容易に算出することができる。この際、
図6におけるT1、T2の始期、終期は、このようなI2/I1による弁別がしやすいように、例えば標準試料から発生したα線、β線を検出することによって設定することができる。
【0041】
また、前記のように、コンピュータ30は、出力信号のピーク値やI1から、α線又はβ線のエネルギーを認識することもできる。
図8は、このように認識されたα線(a)、β線(b)のエネルギースペクトルである。ここで、横軸はピーク値のチャンネル(エネルギーに対応)であり、α線のエネルギースペクトルのピーク(
図8(a))は7.68MeVに対応する。同様にβ線のエネルギースペクトルも得られている(
図8(b))が、ここでのチャンネルと実際のエネルギーの値の対応関係はα線とβ線とで異なる。
【0042】
このように、位置検出型放射線検出器10においては、α線、β線を識別して検出することができる。このため、前記の核物質分布測定装置1において、この位置検出型放射線検出器10を特に好ましく用いることができる。
【0043】
図6の例では、シンチレータの材料としてスチルベンが用いられたが、同様の特性を有する他の有機化合物も用いることができる。
図9は、このような例として、プラスチックシンチレータ(商品名EJR-299-33:Eljen Technology社製)における、
図6に対応したパルス波形である。この場合においても、α線によるパルス波形の方がβ線によるパルス波形よりも減衰時定数が長いことが確認できる。このため、こうした材料も、上記のシンチレータ11として用いることができる。
【0044】
ただし、同様にα線、β線を、その入射位置情報と共に検出できる限りにおいて、他の位置検出型放射線検出器を用いることもできる。この場合、例えば特許文献2に記載の技術と同様に、α線用の検出器とβ線用の検出器を同時に用いてもよい。あるいは、α線用のシンチレータとβ線用のシンチレータとを組み合わせて用い、共通の光検出器(位置検出型光検出器)を用いてもよい。
【0045】
また、上記の例では、検出する対象となるのが239Puであるものとしたが、他の核物質であっても、α線によって検出され、かつ222Rnの崩壊系列でその検出に際してのバックグラウンドとなるα線が発せられるものであれば、同様に検出することができる。更に、222Rn以外の核種であっても。その崩壊系列で上記と同様のα-β相関イベントとして認識できるものが存在する核種がバックグラウンドの原因となる場合においては、同様である。
【符号の説明】
【0046】
1 核物質分布測定装置
10 位置検出型放射線検出器
11 シンチレータ
12 位置検出型光検出器
20 デジタイザ
30 コンピュータ
31 解析部
32 記憶部
33 表示部
40 電源