(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-11
(45)【発行日】2023-09-20
(54)【発明の名称】細胞培養基材
(51)【国際特許分類】
C12M 3/04 20060101AFI20230912BHJP
C12N 5/00 20060101ALI20230912BHJP
C08F 120/26 20060101ALI20230912BHJP
【FI】
C12M3/04 A
C12N5/00
C08F120/26
(21)【出願番号】P 2021524053
(86)(22)【出願日】2019-12-18
(86)【国際出願番号】 JP2019049582
(87)【国際公開番号】W WO2020130033
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2022-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2018238607
(32)【優先日】2018-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】安齊 崇王
(72)【発明者】
【氏名】平原 一郎
【審査官】平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-012811(JP,A)
【文献】特開2016-063801(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0191634(US,A1)
【文献】特開2016-112397(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00- 3/10
C12N 1/00- 7/08
C08F 10/00-246/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性高分子基材の少なくとも一方の面に、
テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート由来の構成単位(1)
のみから構成される重合体を含む被覆層を有し、
前記被覆層の単位面積あたりに含まれる前記重合体の質量の割合が、2μg/cm
2を超え
、
前記親水性高分子基材が、親水化ポリエーテルスルホンである、細胞培養基材
。
【請求項2】
請求項
1に記載の細胞培養基材を有する、バイオリアクター。
【請求項3】
請求項
2に記載のバイオリアクターを用いて幹細胞を培養する、幹細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞増殖活性に優れる細胞培養基材ならびに当該細胞培養基材を用いるバイオリアクターおよび幹細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療や創薬の開発に際し、細胞培養技術が用いられている。特に幹細胞の使用に注目が集まっており、ドナー細胞から増殖した幹細胞を用いることにより、損傷や欠陥のある組織を修復・置換する技術が盛んに研究されている。ヒトを含め動物の細胞のほとんどは、浮遊状態では生存できず、何かに接着した状態で生存する接着(足場依存)性細胞である。このため、接着(足場依存)性細胞を高密度に培養して、生体組織と類似した培養組織を得るための機能的な培養基材の開発が様々行われている。
【0003】
細胞培養基材としては、従来、プラスチックやガラスの容器が使用されてきたが、これらの細胞容器の表面にプラズマ処理などを施すことが報告されている。当該処理がなされた基材は、細胞との接着性に優れ、細胞の増殖および機能維持を行うことができる。
【0004】
一方、細胞培養基材(細胞培養容器)の構造は、従来の平面な皿(プレート)構造以外に、バッグ内に培養足場として多孔体を挿入した構造、中空糸(ホローファイバー)構造、スポンジ構造、綿状(ガラスウール)構造、複数のディッシュを積層した構造など、多様化が進んでいる。このように構造が多様化・複雑化した培養容器に対しては、プラズマ処理を行うことが困難もしくは不可能である。
【0005】
そこで、プラズマ処理以外の方法として、細胞接着を促す高分子化合物を用いたコーティングが検討されている。例えば、非特許文献1には、テトラヒドロフルフリルアクリレートのホモポリマー(PTHFA;ポリテトラヒドロフルフリルアクリレート)を含む溶液をポリスチレン製の細胞培養基材の表面に塗布することで、細胞培養基材への細胞接着性が向上することが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Colloids and Surfaces B; Biointerfaces 145 (2016) 586-596.
【発明の概要】
【0007】
中空糸型バイオリアクターに使用される中空糸膜は、通常、培地交換を行うために、親水化処理が施されている。本発明者らは、非特許文献1に記載されたPTHFAを含む溶液をスピンコート法によって塗布することで親水性高分子基材を表面処理し、細胞接着性および細胞増殖性が向上するか検討した。その結果、細胞増殖性が十分でなく、さらなる改善が必要であることが判った。したがって、バイオリアクター用中空糸膜のような親水性高分子化合物からなる細胞培養基材について、細胞増殖性のさらなる向上が求められている。
【0008】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、親水性高分子基材に対して優れた細胞増殖性を付与できる手段を提供することを目的とする。
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意研究を行った。その結果、特定の構造を有するフルフリル(メタ)アクリレート由来の構成単位(1)を有する重合体を用いて親水性高分子基材の表面に被覆する際に、被覆量を特定の範囲内に制御することにより、上記課題を解決できることを知得した。本発明は、上記知見に基づいて完成した。
【0010】
すなわち、上記目的は、親水性高分子基材の少なくとも一方の面に、下記式(1)で表されるフルフリル(メタ)アクリレート由来の構成単位(1)を有する重合体を含む被覆層を有し、当該被覆層の単位面積あたりに含まれる重合体の質量の割合が2μg/cm2を超える、細胞培養基材によって達成できる。
【0011】
【0012】
ただし、R1は、水素原子またはメチル基であり、R2は、下記式(1-1)または下記式(1-2):
【0013】
【0014】
ただし、R3は、炭素原子数1~3のアルキレン基である;で表される基である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本発明のバイオリアクター(中空糸型バイオリアクター)の一実施形態を示す部分側面図である。
【
図2】
図2は、
図1のバイオリアクターの一部切欠側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の細胞培養基材は、親水性高分子基材の少なくとも一方の面に、下記式(1)で表されるフルフリル(メタ)アクリレート由来の構成単位(1)を有する重合体を含む被覆層を有し、当該被覆層の単位面積あたりに含まれる重合体の質量の割合が、2μg/cm2を超えることを特徴とする:
【0017】
【0018】
ただし、R1は、水素原子またはメチル基であり、R2は、下記式(1-1)または下記式(1-2):
【0019】
【0020】
ただし、R3は、炭素原子数1~3のアルキレン基である;で表される基である。
【0021】
本発明によれば、親水性高分子基材に対して優れた細胞増殖性を付与することができる。
【0022】
本明細書において、上記式(1)で表されるフルフリル(メタ)アクリレートを単に「フルフリル(メタ)アクリレート」と、また、上記式(1)で表されるフルフリル(メタ)アクリレート由来の構成単位(1)を単に「構成単位(1)」とも称する。また、構成単位(1)を有する重合体を単に「重合体」または「本発明に係る重合体」とも称する。さらに、被覆層の単位面積あたりに含まれる重合体の質量の割合を単に「重合体の被覆量」または「被覆量」とも称する。
【0023】
また、本明細書において、「(メタ)アクリレート」とは、アクリレートおよびメタクリレートの双方を包含する。同様にして、「(メタ)アクリル酸」とは、アクリル酸およびメタクリル酸の双方を包含し、「(メタ)アクリロイル」とは、アクリロイルおよびメタクリロイルの双方を包含する。
【0024】
また、本明細書において、「親水性」とは、対象物表面の水に対する接触角が50°以下、好ましくは40°以下であることをいう。なお、本明細書において、接触角は、接触角計(測定方法;JIS R 3257:1999(静滴法)準拠)により測定される値を採用するものとする。
【0025】
本発明の細胞培養基材は、上記重合体を含む被覆層が親水性高分子基材の少なくとも一方の面に特定の被覆量で形成されてなることを特徴とする。上記重合体を特定の被覆量用いて形成される被覆層は、優れた細胞増殖性を有する。ここで、本発明の構成による上記作用効果の発揮のメカニズムは以下のように推測される。なお、本発明は下記推測に限定されるものではない。
【0026】
上述したように、中空糸型バイオリアクターを用いた細胞培養技術において、中空糸膜への細胞接着性の向上が求められている。バイオリアクターに使用される中空糸膜は、通常、培地交換を行うために、親水化処理が施されている。しかしながら、親水化処理された中空糸膜は、細胞接着性が低いという問題点を有していた。一方、非特許文献1には、ポリテトラヒドロフルフリルアクリレート(PTHFA)を用いて、ポリスチレン製の細胞培養基材を表面処理することで、細胞培養基材への細胞接着性が向上することが開示されている。そこで、本発明者らは、非特許文献1に記載されたPTHFAを含む溶液をスピンコート法によって塗布することで親水性高分子基材を表面処理し、細胞接着性および細胞増殖性が向上するか検討した。その結果、細胞増殖性が十分でなく、さらなる改善が必要であることが判った(下記比較例1)。
【0027】
そこで、本発明者らは、細胞増殖性を向上させるための手段について鋭意検討した。その結果、重合体の被覆量を2μg/cm2超とすることにより、有意に細胞増殖性が向上することを見出した。
【0028】
当該重合体を用いて親水性高分子基材を表面処理すると、親水性高分子基材上に、適度な疎水性を有する(例えば、水に対する接触角が約60~70°である表面を有する)被覆層が形成される。当該被覆層を有する親水性高分子基材を用いて細胞を培養すると、培地に含まれる細胞接着因子(細胞接着性タンパク質)が当該被覆層に良好に吸着し、これを介して細胞が接着しやすくなると推測される。また、表面に吸着した細胞接着性タンパク質のインテグリン結合サイトが細胞側に向くことで良好な細胞増殖性を発揮すると考えられる。
【0029】
以下、本発明の好ましい実施の形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態のみには限定されない。
【0030】
本明細書において、範囲を示す「X~Y」は、XおよびYを含み、「X以上Y以下」を意味する。また、特記しない限り、操作および物性等の測定は室温(20~25℃)/相対湿度40~50%RHの条件で測定する。
【0031】
<細胞培養基材>
本発明の細胞培養基材は、親水性高分子基材の少なくとも一方の面に、上記重合体を特定の被覆量で含む被覆層が形成されてなる。
【0032】
親水性高分子基材の表面に、本発明に係る重合体を特定の被覆量で含む被覆層を形成すると、優れた細胞増殖性(細胞伸長性)を発現することができる。また、本発明に係る重合体を含む被覆層を有する細胞培養基材は、細胞接着性にも優れる。加えて、本発明に係る重合体を含む被覆層は、重合体を溶媒に溶解し、この溶液を親水性高分子基材表面に塗布することによって簡便に形成できる。このため、本発明に係る重合体を使用することにより、細胞培養基材(細胞培養容器)の形状・設計によらず、基材表面に細胞増殖性(さらには細胞接着性)を有する被覆層を形成できる。
【0033】
[被覆層]
被覆層は、下記で説明する重合体を単位面積あたり2μg/cm2を超える量で含む。単位面積あたりの重合体量の割合が2μg/cm2以下であると十分な細胞増殖活性が得られないおそれがある。また、単位面積あたりの重合体量の割合の上限は、細胞培養基材に求められる他の機能(培地透過性、ガス交換性など)を考慮すると100000μg/cm2以下である。なお、当該割合は、好ましくは10μg/cm2以上700μg/cm2以下であり、より好ましくは36μg/cm2以上600μg/cm2以下であり、さらに好ましくは60μg/cm2以上500μg/cm2以下であり、特に好ましくは100μg/cm2以上400μg/cm2以下である。上記割合であれば、細胞接着活性と細胞増殖活性とをバンランよく両立できる。
【0034】
なお、重合体の単位面積あたりの質量は、後述の実施例のように、被覆層が重合体のみからなる場合は、被覆層のコート前後の膜の質量差を表面積で除した値として求めることができる。また、コート前後の膜の質量差が不明な場合や、被覆層が重合体以外のものを含む場合は、下記のようなGPCを用いた分析方法により測定することが可能である。すなわち、被覆層が形成された細胞培養基材を3g切り出し、これをスクリューキャップ付きガラス管に充填し、アセトンを25ml添加し、120分間撹拌することにより、被覆層に含まれる全ての重合体を抽出する。アセトン抽出液を別のスクリューキャップ付きガラス管に全量移し、ヒートブロックを用いて、アセトンを蒸発させる。蒸発乾固物が入ったガラス管にテトラヒドロフランを10ml添加し、蒸発乾固物を溶解する。一方、本発明に係る各重合体を1000μg/mlの割合で含有するTHF溶液(標準液)をそれぞれ調製し、これをGPCを用いて分析し、各重合体に相当するピークの面積を算出する。続いて蒸発乾固物THF溶解液(試験液)についてGPCを用いて分析し、同様に各重合体に相当するピークの面積を算出する。その後、各重合体について下記式1を用いて試験液中の重合体の量を、式2を用いて被覆層の単位面積あたりの重合体の質量の割合をそれぞれ算出する。式2で得られた各重合体についての割合の総和が、被覆層の単位面積あたりに含まれる重合体の質量の割合に相当する。
【0035】
【0036】
(重合体)
本発明に係る重合体は、下記式(1)で表されるフルフリル(メタ)アクリレート由来の構成単位(1)を有する。当該重合体を用いることで、親水性高分子基材に優れた細胞増殖性(さらには細胞接着性)を付与することができる。加えて、当該重合体の溶液を親水性高分子基材表面に塗布することによって、様々な形状の基材に対しても被覆層を簡便に形成できる。このため、本発明に係る重合体であれば、様々な形状・設計の細胞培養基材(細胞培養容器)対して、細胞増殖性(さらには細胞接着性)に優れた被覆層を形成できる。
【0037】
本発明に係る重合体は、構成単位(1)を必須に含むが、構成単位(1)に加えて、他のモノマーに由来する構成単位をさらに有していてもよい。ここで、他のモノマーは、細胞接着性を阻害しないものであれば特に制限されない。具体的には、他のモノマーとしては、アクリルアミド、N,N-ジメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド、メタアクリルアミド、N,N-ジメチルメタクリルアミド、N,N-ジエチルメタクリルアミド、エチレン、プロピレン、N-ビニルアセトアミド、N-イソプロペニルアセトアミド、N-(メタ)アクリロイルモルホリン等がある。これらの他のモノマーは、1種単独であっても、2種以上を組み合わせて用いられてもよい。重合体が他のモノマーに由来する構成単位をさらに有する場合の他のモノマーに由来する構成単位の組成は、細胞接着性を阻害しないものであれば特に制限されないが、構成単位(1)に対して、0モル%を超えて10モル%未満であることが好ましく、3~8モル%程度であることがより好ましい。
【0038】
ただし、細胞増殖性(さらには細胞接着性)のさらなる向上の観点から、重合体は、他のモノマーに由来する構成単位を含まない、すなわち、構成単位(1)のみから構成されることが好ましい。すなわち、本発明の好ましい形態によると、重合体は、構成単位(1)から構成される。
【0039】
(構成単位(1))
構成単位(1)は、下記式(1)のフルフリル(メタ)アクリレート由来である。なお、重合体を構成する構成単位(1)は、1種単独であってもよいし、2種以上の組み合わせであってもよい。すなわち、構成単位(1)は、1種単独の下記式(1)のフルフリル(メタ)アクリレート由来の構成単位のみから構成されても、あるいは下記式(1)のフルフリル(メタ)アクリレート由来の2種以上の構成単位から構成されてもよい。なお、後者の場合、各構成単位は、ブロック状に存在しても、ランダム状に存在してもよい。
【0040】
【0041】
【0042】
上記式(1)中、R1は、水素原子またはメチル基である。
【0043】
R2は、上記式(1-1)または式(1-2)で表される基である。これらのうち、細胞増殖性(さらには細胞接着性)のさらなる向上などの観点から、R2は、上記式(1-1)で表される基であると好ましい。上記式(1-1)および(1-2)中、R3は、炭素原子数1~3のアルキレン基である。ここで、炭素原子数1~3のアルキレン基としては、メチレン基(-CH2-)、エチレン基(-CH2CH2-)、トリメチレン基(-CH2CH2CH2-)、およびプロピレン基(-CH(CH3)CH2-または-CH2CH(CH3)-)がある。中でも、細胞増殖性(さらには細胞接着性)のさらなる向上の観点から、R3は、メチレン基(-CH2-)、エチレン基(-CH2CH2-)が好ましく、メチレン基(-CH2-)がより好ましい。
【0044】
すなわち、フルフリル(メタ)アクリレートとしては、テトラヒドロフルフリルアクリレート、テトラヒドロフルフリルメタクリレート、フルフリルアクリレート、フルフリルメタクリレート、5-[2-(アクリロイルオキシ)エチル]テトラヒドロフラン、5-[2-(メタクリロイルオキシ)エチル]テトラヒドロフラン、5-[2-(アクリロイルオキシ)エチル]フラン、5-[2-(メタクリロイルオキシ)エチル]フラン等がある。これらは、1種単独であっても、2種以上を組み合わせて用いられてもよい。中でも、細胞増殖性(さらには細胞接着性)のさらなる向上の観点から、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレートであることが好ましく、テトラヒドロフルフリルアクリレート(THFA)であることがより好ましい。
【0045】
上記重合体の重量平均分子量(Mw)は、特に制限されないが、好ましくは50,000~800,000である。上記範囲内であれば、重合体の溶媒に対する溶解性が向上し、基材への塗布を均一に行いやすくなる。重合体の重量平均分子量は、塗膜形成性を向上させるという観点から、より好ましくは100,000~500,000であり、特に好ましくは150,000~350,000である。
【0046】
本明細書において、「重量平均分子量(Mw)」は、標準物質としてポリスチレンを、移動相としてテトラヒドロフラン(THF)をそれぞれ使用するゲル浸透クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography、GPC)により測定した値を採用するものとす
る。具体的には、重合体をテトラヒドロフラン(THF)に10mg/mlの濃度となるように溶解し、試料を調製する。このようにして調製された試料について、GPCシステムLC-20((株)島津製作所製)にGPCカラムLF-804(昭和電工(株)製)を取り付け、移動相としてTHFを流し、標準物質としてポリスチレンを用いて、重合体のGPCを測定する。標準ポリスチレンで較正曲線を作製した後、この曲線に基づいて重合体の重量平均分子量(Mw)を算出する。
【0047】
本発明に係る重合体は、特に制限されず、例えば、塊状重合、懸濁重合、乳化重合、溶液重合、リビングラジカル重合法、マクロ開始剤を用いた重合法、重縮合法等など、従来公知の重合法を適用して作製可能である。
【0048】
上記方法において、単量体溶液の調製で使用できる重合溶媒は、上記使用される単量体を溶解できるものであれば特に制限されない。例えば、水、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール等のアルコール、ポリエチレングリコール類などの水性溶媒;トルエン、キシレン、テトラリン等の芳香族系溶媒;およびクロロホルム、ジクロロエタン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン等のハロゲン系溶媒などが挙げられる。これらのうち、単量体の溶解しやすさなどを考慮すると、メタノールまたはエタノールが好ましい。また、単量体溶液中の単量体濃度は、特に制限されないが、単量体溶液中の単量体濃度は、通常15~60質量%であり、より好ましくは20~50質量%であり、特に好ましくは25~45質量%である。なお、上記単量体濃度は、上記式(1)のフルフリル(メタ)アクリレートと、使用する際にはこれと共重合し得る単量体(他のモノマー、共重合性単量体)との合計濃度を意味する。
【0049】
重合開始剤は特に制限されず、公知のものを使用すればよい。好ましくは、重合安定性に優れる点で、ラジカル重合開始剤であり、具体的には、過硫酸カリウム(KPS)、過硫酸ナトリウム、過硫酸アンモニウム等の過硫酸塩;過酸化水素、t-ブチルパーオキシド、メチルエチルケトンパーオキシド等の過酸化物;アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジヒドロクロリド、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジスルフェートジハイドレート、2,2’-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)ジヒドロクロリド、2,2’-アゾビス[N-(2-カルボキシエチル)-2-メチルプロピオンアミジン)]ハイドレート、3-ヒドロキシ-1,1-ジメチルブチルパーオキシネオデカノエート、α-クミルパーオキシネオデカノエート、1,1,3,3-テトラブチルパーオキシネオデカノエート、t-ブチルパーオキシネオデカノエート、t-ブチルパーオキシネオヘプタノエート、t-ブチルパーオキシピバレート、t-アミルパーオキシネオデカノエート、t-アミルパーオキシピバレート、ジ(2-エチルヘキシル)パーオキシジカーボネート、ジ(セカンダリーブチル)パーオキシジカーボネート、アゾビスシアノ吉草酸等のアゾ化合物が挙げられる。また、例えば、上記ラジカル重合開始剤に、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、アスコルビン酸等の還元剤を組み合わせてレドックス系開始剤として用いてもよい。重合開始剤の配合量は、単量体合計量1molに対して、0.5~5mmolが好ましい。このような重合開始剤の配合量であれば、単量体の重合が効率よく進行する。
【0050】
上記重合開始剤は、上記式(1)のフルフリル(メタ)アクリレート、および使用する際にはこれらと共重合し得る単量体(他のモノマー、共重合性単量体)と、重合溶媒とそのまま混合されてもよいが、予め他の溶媒に溶解した溶液の形態で単量体および重合溶媒と混合されてもよい。後者の場合、他の溶媒としては、重合開始剤を溶解できるものであれば特に制限されないが、上記重合溶媒と同様の溶媒が例示できる。また、他の溶媒は、上記重合溶媒と同じであってもまたは異なってもよいが、重合の制御のしやすさなどを考慮すると、上記重合溶媒と同じ溶媒であることが好ましい。また、この場合の他の溶媒における重合開始剤の濃度は、特に制限されないが、混合のしやすさなどを考慮すると、重合開始剤の添加量が、他の溶媒100質量部に対して、好ましくは0.1~10質量部、より好ましくは0.5~5質量部である。
【0051】
また、重合開始剤を溶液の形態で使用する場合には、単量体(フルフリル(メタ)アクリレート、および任意で用いられる共重合性単量体)を重合溶媒に溶解した溶液を、重合開始剤溶液の添加前に予め脱気処理を行ってもよい。脱気処理は、例えば、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガスにて、上記溶液を10秒~5時間程度バブリングすればよい。脱気処理の際は、上記溶液を30℃~80℃程度、好ましくは下記の重合工程における重合温度に調温してもよい。
【0052】
次に、上記単量体溶液を加熱することにより、単量体を重合する。ここで、重合方法は、例えば、ラジカル重合、アニオン重合、カチオン重合などの公知の重合方法が採用でき、好ましくは製造が容易なラジカル重合を使用する。
【0053】
重合条件は、上記式(1)のフルフリル(メタ)アクリレート、および使用する際にはこれらと共重合し得る単量体(他のモノマー、共重合性単量体))が重合できる条件であれば特に制限されない。具体的には、重合温度は、好ましくは30~80℃であり、より好ましくは40℃~55℃である。また、重合時間は、好ましくは1~24時間であり、好ましくは5~12時間である。上記したような条件であれば、単量体の重合が効率よく進行する。また、重合工程におけるゲル化を有効に抑制・防止すると共に、高い製造効率を達成できる。
【0054】
また、必要に応じて、連鎖移動剤、重合速度調整剤、界面活性剤、およびその他の添加剤を、重合の際に適宜使用してもよい。
【0055】
重合反応を行う雰囲気は特に制限されるものではなく、大気雰囲気下、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気等で行うこともできる。また、重合反応中は、反応液を攪拌してもよい。
【0056】
重合後の重合体は、再沈澱法(析出法)、透析法、限外濾過法、抽出法など一般的な精製法により精製することができる。
【0057】
精製後の重合体は、凍結乾燥、減圧乾燥、噴霧乾燥、または加熱乾燥等、任意の方法によって乾燥することもできるが、重合体の物性に与える影響が小さいという観点から、凍結乾燥または減圧乾燥が好ましい。
【0058】
[親水性高分子基材]
本発明では、親水性高分子基材の少なくとも一方の面に、上記重合体を含む被覆層が形成される。ここで、親水性高分子基材とは、高分子基材の表面が親水性である(すなわち、高分子基材表面の水に対する接触角が50°以下、好ましくは40°以下である)高分子基材をいう。なお、親水性高分子基材の水に対する接触角の下限値は特に制限されない(下限値0)。高分子基材表面の水に対する接触角は、被覆層を形成する前の基材が入手可能な場合には、被覆層を形成する前の基材について接触角計(測定方法;JIS R 3257:1999(静滴法)準拠)により測定することで求めることができる。一方、細胞培養基材をアルコール等の有機溶媒等で洗浄することにより被覆層を除去した後、得られた高分子基材について上記測定方法により接触角を求めることもできる。
【0059】
被覆層は、親水性高分子基材の細胞が接触する(例えば、細胞を含む液を流す、細胞を培養する)側の面に少なくとも形成される。また、被覆層は親水性高分子基材表面全体に形成される必要はない。被覆層は、細胞が接触する(例えば、細胞を含む液を流す、細胞を培養する)親水性高分子基材表面部分(一部)に形成されればよいが、細胞増殖性(さらには細胞接着性)のさらなる向上の観点から、被覆層が、細胞が接触する(例えば、細胞を含む液を流す、細胞を培養する)側の親水性高分子基材表面全体に形成されることが好ましい。
【0060】
親水性高分子基材を構成する材料は、特に制限されず、例えば、ポリアミド(PA)、ポリアラミド(PAA)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリアリールエーテルスルホン(PAES)、ポリスルホン(PSU)、ポリアリールスルホン(PASU)、ポリカーボネート(PC)、ポリエーテル、ポリウレタン(PUR)、ポリエーテルイミド、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリアクリロニトリル、ポリテトラフルオロエチレン等の疎水性ポリマー;ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリグリコールモノエステル(polyglycolmonoester)、水溶性セルロース
誘導体、ポリソルベート、ポリエチレン-ポリプロピレンオキサイド共重合体等の親水性ポリマーなどが挙げられる。疎水性ポリマーは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。親水性ポリマーは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0061】
本発明の一実施形態において、親水性高分子基材は、ポリアミド(PA)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリアリールエーテルスルホン(PAES)およびポリビニルピロリドン(PVP)からなる群より選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。かような材料を含む親水性高分子基材は、バイオリアクターの中空糸膜として好適に使用される。
【0062】
本発明に係る親水性高分子基材は、上記疎水性ポリマーおよび上記親水性ポリマーの混合物からなるものであってもよく、例えば、ポリアミド(PA)、ポリアリールエーテルスルホン(PAES)およびポリビニルピロリドン(PVP)の混合物を含むものであってもよい。かような材料を含む親水性高分子基材は、バイオリアクターの中空糸膜として特に好適に使用される。親水性高分子基材が疎水性ポリマーおよび親水性ポリマーの混合物を含むものである場合において、例えば、疎水性ポリマーおよび親水性ポリマーの合計量に対して、疎水性ポリマーの含有量が65~95質量%であり、親水性ポリマーの含有量が5~35質量%であってもよい。
【0063】
親水性高分子基材の構造は、限定されず、平面構造に加えて、多孔体を挿入した構造、中空糸構造、多孔質膜構造、スポンジ構造、綿状(ガラスウール)構造など様々な構造(形状)に設計することが可能である。後述するように、本発明の細胞培養基材は、バイオリアクター、特に中空糸型バイオリアクターに好適に使用できる。このため、親水性高分子基材は中空糸を有することが好ましく、複数の中空糸から構成される多孔質膜(中空糸膜)であることがより好ましい。
【0064】
中空糸の内径(直径)は、特に制限されないが、好ましくは50~1,000μm、より好ましくは100~500μm、特に好ましくは150~350μm程度である。また、中空糸の外径(直径)は、特に制限されないが、好ましくは100~1,200μm、より好ましくは150~700μm、特に好ましくは200~500μm程度である。中空糸の長さは、特に制限されないが、好ましくは50~900mm、より好ましくは100~700mm、特に好ましくは150~500mm程度である。中空糸膜を構成する中空糸の数は、特に制限されないが、例えば、約1,000~100,000本、より好ましくは3,000~50,000本、特に好ましくは5,000~25,000本程度である。一実施形態においては、親水性高分子基材は、平均長約295mm、平均内径215μm、平均外径315μmの中空糸約9000本から構成される。ここで、被覆層は、中空糸膜の内面または外面に形成されてもよいが、内面(内腔)表面に形成されることが好ましい。
【0065】
中空糸の外側層は一定の表面粗さを有する開孔構造を有していてもよい。細孔の開口(直径)は、特に制限されないが、約0.5~約3μmの範囲であり、中空糸の外側表面の細孔数は1平方ミリメートル(1mm2)当たり約10,000から約150,000の範囲であってもよい。ここで、中空糸の外側層の厚みは、特に制限されないが、例えば、約1~約10μmの範囲である。中空糸は、外側に次の層(第2層)を有していてもよく、この際、次の層(第2層)は、約1~約15μmの厚さのスポンジ構造を有することが好ましい。このような構造を有する第2層は、前記外側層の支持体として機能できる。また、本形態において、中空糸は、上記第2層の外側にさらに次の層(第3層)を有していてもよく、この際、さらなる次の層(第3層)は、指状構造を有することが好ましい。このような構造を有する第3層であれば、機械的安定性が得られる。また、分子の膜移動抵抗が低くなるような高い空隙容量を提供できる。本形態において、使用中は、指状空隙は流体で満たされ、該流体によって、拡散および対流における抵抗は、空隙容量が小さいスポンジ充填(sponge-filled)構造を有するマトリックスの場合よりも、低くなる。この第
3層は、好ましくは約20~約60μmの厚さを有する。
【0066】
中空糸および多孔質膜の製造方法は、特に制限されず、公知の製造方法が同様にしてあるいは適宜修飾して適用できる。例えば、中空糸は、延伸法または固液相分離法により壁に微細孔が形成されてなることが好ましい。
【0067】
バイオリアクターに使用される中空糸膜は、通常、中空糸膜内外での培地交換を行うために、親水化処理が施されている。しかし、かような親水性高分子基材を用いて細胞を培養した場合、培地に含まれる細胞接着因子(細胞接着性タンパク質)が基材に吸着しにくいため、細胞接着性に乏しい。そこで、上記重合体を用いて親水性高分子基材の表面処理を行うと、基材表面が適度に疎水化し(例えば、水に対する接触角が60~70°程度となり)、細胞接着因子が吸着しやすくなる。
【0068】
親水性高分子基材の製造方法は、特に制限されず、例えば、(i)上記親水性ポリマーを用いて、または上記疎水性ポリマーおよび親水性ポリマーの混合物を用いて、従来公知の方法で親水性高分子基材を製造する方法、(ii)上記疎水性ポリマーを用いて、または上記疎水性ポリマーおよび上記親水性ポリマーの混合物を用いて、従来公知の方法で高分子基材を製造した後、プラズマ処理、コロナ処理、プライマー処理等の公知の手段を用いて高分子基材表面を親水化させる方法等が挙げられる。
【0069】
親水性高分子基材としては、市販品を使用してもよく、例えば、バクスター株式会社製ポリフラックス(登録商標)、ディーアイシーコベストロポリマー株式会社製デスモパン(登録商標)等が挙げられる。
【0070】
[被覆層の形成方法]
親水性高分子基材表面に本発明に係る重合体を含む被覆層を形成する方法は特に制限されない。例えば、親水性高分子基材の表面が平面な皿(プレート)構造を有する場合には、本発明に係る重合体を溶解させた重合体含有溶液を所定の面に塗布(例えば、ウェルに添加)した後、乾燥する方法が使用できる。また、例えば、親水性高分子基材が中空糸または多孔質膜である場合には、本発明に係る重合体を溶解させた重合体含有溶液を中空糸の細胞接触部に接触させた(例えば、中空糸内表面(内腔)または外表面に流通させた)後、乾燥する方法が使用できる。なお、親水性高分子基材が複数の中空糸からなる多孔質膜である場合には、重合体含有溶液による被覆は、1本の中空糸に対して行った後中空糸を束ねても、または複数の中空糸を束ねて多孔質膜を作製した後に行ってもよい。
【0071】
ここで、本発明に係る重合体を溶解させる溶媒は、細胞培養基材への影響(変形、ひび、破壊等)が小さい溶媒が適している。このような溶媒としては、例えば、水、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール等のアルコール、ポリエチレングリコール類などの水性溶媒;アセトン等のケトン系溶媒;テトラヒドロフラン等のフラン系溶媒などが挙げられる。上記溶媒は、1種単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。中でも、本発明に係る重合体の溶解性の向上等を考慮すると、溶媒が水とアルコールとの混合溶媒であると好ましい。当該混合溶媒に用いられるアルコールは、重合体の溶解性の向上という観点から、炭素数1~4の低級アルコールであると好ましく、中でも、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノールが好ましく、イソプロパノールが特に好ましい。すなわち、溶媒は、水およびイソプロパノールから構成されることが好ましい。ここで、水およびイソプロパノールの混合比は、特に制限されないが、例えば、水:イソプロパノールの混合比(体積比)が、1:1~50であることが好ましく、1:5~15であることがより好ましい。また、重合体含有溶液中の重合体の濃度は、特に制限されない。基材への塗布しやすさ、コートむらの低減効果などを考慮すると、好ましくは0.0001~5質量%、より好ましくは0.001~2質量%である。
【0072】
また、重合体の被覆方法は、特に制限されないが、充填、ディップコーティング(浸漬法)、噴霧、スピンコーティング、滴下、ドクターブレード、刷毛塗り、ロールコーター、エアーナイフコート、カーテンコート、ワイヤーバーコート、グラビアコート、混合溶液含浸スポンジコート等、従来公知の方法を適用することができる。
【0073】
また、重合体の塗膜の形成条件は、特に制限されない。例えば、重合体含有溶液と親水性高分子基材との接触時間(例えば、重合体含有溶液の中空糸内腔または外表面に流通させる時間)は、塗膜(ゆえに被覆層)の形成しやすさ、コートむらの低減効果などを考慮すると、1~5分が好ましく、1~3分がより好ましい。また、重合体含有溶液と親水性高分子基材との接触温度(例えば、重合体含有溶液の中空糸内腔または外表面に流通させる温度)は、塗膜(ゆえに被覆層)の形成しやすさ、コートむらの低減効果などを考慮すると、5~40℃が好ましく、15~30℃がより好ましい。
【0074】
重合体含有溶液の親水性高分子基材表面への塗布量は、特に制限されないが、乾燥後の被覆層における重合体の単位面積あたりの質量の割合が上記範囲内となるような量であることが好ましい。なお、1回の接触(塗布)にて上記塗布量が得られない場合には、所望の塗布量となるまで、接触(塗布)工程(または塗布工程および下記乾燥工程)を繰り返してもよい。
【0075】
次に、親水性高分子基材と重合体含有溶液との接触後に、塗膜を乾燥させることによって、本発明に係る重合体による被覆層(被膜)が親水性高分子基材表面に形成される。ここで、乾燥条件は、本発明に係る重合体による被覆層(被膜)形成できる条件であれば特に制限されない。具体的には、乾燥温度は、5~50℃が好ましく、15~40℃がより好ましい。上記乾燥工程は、単一の条件で行われても、または異なる条件で段階的に行ってもよい。また、乾燥時間は、特に制限されないが、例えば1~60時間程度である。また、親水性高分子基材が多孔質膜(中空糸膜)である場合には、5~40℃、より好ましくは15~30℃のガスを中空糸の重合体含有溶液塗布面に連続してまたは段階的に流通させることによって、塗膜を乾燥させてもよい。ここで、ガスの種類は、塗膜(被覆層)に何ら影響を及ぼさず、塗膜を乾燥できるものであれば特に制限されない。具体的には、空気、および窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガスなどが挙げられる。また、ガスの流通量は、塗膜を十分乾燥できる量であれば特に制限されないが、ガスの流通量が好ましく5~150L/分であり、より好ましく30~100L/分となるような量である。
【0076】
このような方法によれば、本発明に係る重合体を含む被覆層を、親水性高分子基材上に効率よく形成できる。なお、接着させる細胞のタイプに応じて、親水性高分子基材を、フィブロネクチン、ラミニン、コラーゲン等の細胞接着因子によってさらに処理してもよい。このような処理により、細胞の基材表面への接着や細胞の成長をさらに促進できる。なお、親水性高分子基材が複数の中空糸からなる多孔質膜である場合には、細胞接着因子による処理は、1本の中空糸に対して行った後中空糸を束ねても、または複数の中空糸を束ねて多孔質膜を作製した後に行ってもよい。また、細胞接着因子による処理は、本発明に係る重合体を含む被覆層を形成した後であっても、または本発明に係る重合体を含む被覆層を形成する前であっても、または本発明に係る重合体を含む被覆層を形成するのと同時であってもよい。
【0077】
本発明において、親水性高分子基材上に形成される被覆層の厚み(乾燥膜厚)は、0.005~20μmであることが好ましい。
【0078】
<バイオリアクター>
本発明の細胞培養基材は、細胞増殖性(さらには細胞接着性)に優れる。このため、本発明の細胞培養基材は、バイオリアクターに好適に使用できる。すなわち、本発明は、本発明の細胞培養基材を有するバイオリアクターを提供する。ここで、バイオリアクターは、平面型バイオリアクターであっても中空糸型バイオリアクターであってもよいが、中空糸型バイオリアクターが特に好ましい。このため、以下では、好ましい実施形態として、中空糸型バイオリアクターについて説明するが、本発明のバイオリアクターは平面型バイオリアクターであってもよく、この場合でも下記実施の形態を適宜変更することによって適用できる。また、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0079】
本発明の細胞培養基材が好適に使用できるバイオリアクターは、特に制限されないが、本発明の細胞培養基材およびバイオリアクターを、例えば、特表2010-523118号公報(特許第5524824号)(WO 2008/124229 A2)、特表2013-524854号公報(特許第6039547号)(WO 2011/140231 A1)、特表2013-507143号公報(特許第5819835号)(WO 2011/045644 A1)、特開2013-176377号公報(WO 2008/109674)、特表2015-526093号公報(WO 2014/031666 A1)、特表2016-537001号公報(WO 2015/073918 A1)、および特表2017-509344号公報(WO 2015/148704 A1)などに記載される細胞培養/増殖システム;さらにはテルモBCT株式会社製のQuantum細胞増殖システムに適用することができる。従来、細胞培養では、インキュベーター、安全キャビネット、クリーンルーム等の設備が別々に必要であるが、上記したような培養システムはこれらの機能を全て備えているため、設備を非常に簡略化できる。また、上記したようなシステムを用いて細胞培養中の温度やガスを制御することで、機能的にクローズドなシステムを確保でき、細胞培養をクローズドな環境でかつ自動的に行うことができる。
【0080】
以下に、本発明のバイオリアクターの一実施形態を図面を参照しながら説明するが、本発明は下記形態に限定されない。
【0081】
図1は、本発明のバイオリアクター(中空糸型バイオリアクター)の一実施形態を示す部分側面図である。また、
図2は、
図1のバイオリアクターの一部切欠側面図である。
図1および
図2において、バイオリアクター1は、本発明の細胞培養基材2が細胞培養チャンバー3内に収納されてなる。細胞培養チャンバー3は、4つの開口部すなわち4つのポート(入口ポート4、出口ポート6、入口ポート8、出口ポート10)を有する。ここで、細胞を含む培地が、入口ポート4を介して、細胞培養チャンバー3内の細胞培養基材2の中空糸の毛細管内側(IC)空間に流されて、出口ポート6から排出される。これにより、細胞が効率よく中空糸内腔表面に接着(付着)・培養する。一方、培地やガス(酸素、二酸化炭素等)は、入口ポート8を介して、細胞培養チャンバー3内の細胞培養基材2の中空糸の毛細管外側(EC)と接触するように流され、出口ポート10から排出される。これにより、細胞培養チャンバー3内で培地成分等の小分子が中空糸内に流入するまたは不要成分が中空糸内から排出され、中空糸表面に接着した細胞が培養される。また、所定時間培養した後は、トリプシンを含む液(例えば、PBS)を、入口ポート4を介して細胞培養チャンバー3内の細胞培養基材2の中空糸の毛細管内側(IC)空間に導入し、所定時間(例えば、5~10分程度)保持する。次に、培地やPBS等の等張液を、入口ポート4を介して細胞培養チャンバー3内の細胞培養基材2の中空糸の毛細管内側(IC)空間に流して細胞にせん断力を付加することによって、細胞を中空糸内壁から剥離し、バイオリアクターから細胞を、出口ポート6を介して回収する。なお、上記形態では、細胞が中空糸の毛細管内側(IC)に接着したが、本発明は上記形態に限定されず、細胞を含む培地を入口ポート8から出口ポート10に流して、細胞を効率よく中空糸外表面に接着(付着)させ、培地を入口ポート4から出口ポート6に中空糸内腔に流して、細胞を培養させてもよい。また、入口ポート4から出口ポート6への流体の流れは、入口ポート8から出口ポート10への流体の流れに対して、並流方向または逆流方向のいずれであってもよい。
【0082】
[バイオリアクターの用途]
上述したように、本発明のバイオリアクターは、細胞増殖性(さらには細胞接着性)に優れる細胞培養基材を備えている。ここで、本発明のバイオリアクターで培養できる細胞は、接着(足場依存)性細胞、非接着性細胞、またはこれらの任意の組み合わせのいずれであってもよいが、細胞接着性に優れる細胞培養基材を備えていることから、本発明のバイオリアクターは、接着(足場依存)性細胞の培養に特に好適に使用できる。ここで、接着(足場依存)性細胞としては、間葉系幹細胞(MSC)等の幹細胞、線維芽細胞などの、動物の細胞などがある。上述したように、幹細胞が再生医療や創薬の開発にあたって注目が集めている。このため、本発明のバイオリアクターは、幹細胞の培養に好適に使用できる。すなわち、本発明は、本発明のバイオリアクターを用いて幹細胞を培養する、幹細胞の培養方法を提供する。ここで、幹細胞の培養方法は、特に制限されず、通常の培養方法が同様にしてあるいは適宜修飾して適用できる。
【実施例】
【0083】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。なお、下記実施例において、特記しない限り、操作は室温(25℃)で行われた。また、特記しない限り、「%」および「部」は、それぞれ、「質量%」および「質量部」を意味する。
【0084】
<重合体の製造>
[製造例1:重合体1の合成]
20ml容量のガラス製耐圧試験管に、テトラヒドロフルフリルアクリレート2.00g(0.0128mol)、メタノール3gを加えた後、窒素ガスを10秒間バブリングした。次いで、重合開始剤として2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)0.004g(0.013mmol)を加えた後、45℃に設定したヒートブロックで6時間加熱した。重合液をヘキサン50mlに加え、析出したポリマー成分を回収、減圧乾燥し、ポリテトラヒドロフルフリルアクリレート(PTHFA)(重合体1)を得た。重合体1の重量平均分子量は470000であった。
【0085】
<親水性高分子基材へのコーティング>
(実施例1)
上記製造例1で得た重合体1を水:イソプロパノールの混合比(体積比)が、1:9の混合溶媒に溶解させ、濃度1.0質量%の重合体溶液を調製した。市販の親水化ポリエーテルスルホン膜(親水性PES膜、ポアサイズ0.1μm、表面積20cm2、メンブレンソリューションズ社製、表面の水に対する接触角20°)を上記重合体溶液に浸漬し、25℃で2分静置した。親水性PES膜を引き揚げ、室温で50時間乾燥し、親水性PES膜の表面に被覆層を有する細胞培養フィルム1を得た。なお、コート前後の膜の質量差を表面積で除した値を被覆層における重合体の単位面積あたりの質量として算出したところ、400μg/cm2であった。
【0086】
(実施例2~4、比較例1)
実施例1において、重合体溶液の濃度をそれぞれ0.1質量%、0.05質量%、0.01質量%、0.001質量%としたこと以外は実施例1と同様にして、親水性PES膜の表面に被覆層を形成し、細胞培養フィルム2~5を得た。なお、被覆層における重合体の単位面積あたりの質量は、それぞれ、60μg/cm2、36μg/cm2、10μg/cm2、2μg/cm2であった。
【0087】
(比較例2)
重合体1をコーティングする前の親水化ポリエーテルスルホン膜をそのまま細胞培養フィルム6とした。
【0088】
各細胞培養フィルムについて上記方法により被覆層表面の水に対する接触角を測定した結果を下記表1に示す。
【0089】
<接触角測定>
接触角計(測定方法;JIS R 3257:1999(静滴法)準拠)により、被覆層表面の水に対する接触角を測定した。結果を下記表1に示す。
【0090】
<細胞接着活性測定>
細胞として、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(ロンザ、ウォーカーズビル、メリーランド州、アメリカ合衆国)を使用した。ドナーは22歳男性で、CD13、CD29、CD44、CD73、CD90、CD105、SD166≧90%、CD14、CD31、CD45≦5%のものを使用した。
【0091】
上記細胞培養フィルム1~6を配置した96穴組織培養用ポリスチレンディッシュに上記ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を8×103細胞/ウェルとなるように播種したのち、37℃にて、加湿、5%CO2存在下で、Mesenchymal Stem Cell
Growth Medium 2(プロモセル、ベッドフォード、マサチューセッツ州、アメリカ合衆国)で1日培養した。培養終了後、10%WST-1(Premix WST-1 Cell Proliferation Assay System、タカラバイオ、滋賀、日本)を含むMesenchymal Stem Cell Growth Medium 2に交換して、加湿、常圧下(37℃、5%CO2)で4時間インキュベートしたのち、マイクロプレートリーダーで吸光度(450nm、対照600nm)を測定して、細胞接着活性とした。結果を下記表1に示す。
【0092】
<細胞増殖活性測定>
上記細胞培養フィルム1~6を配置した96穴組織培養用ポリスチレンディッシュに上記細胞接着活性測定で用いたものと同じヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を4×103細胞/ウェルとなるように播種したのち、37℃にて、加湿、5%CO2存在下で、Mesenchymal Stem Cell Growth Medium 2(プロモセル、ベッドフォード、マサチューセッツ州、アメリカ合衆国)で3日培養した。培養終了後、10%WST-1(Premix WST-1 Cell Proliferation
Assay System、タカラバイオ、滋賀、日本)を含むMesenchymal Stem Cell Growth Medium 2に交換して、加湿、常圧下(37℃、5%CO2)で4時間インキュベートしたのち、マイクロプレートリーダーで吸光度(450nm、対照600nm)を測定して、細胞増殖活性とした。結果を下記表1に示す。
【0093】
【0094】
上記表1に示すように、重合体の被覆量が2μg/cm2より多い細胞培養フィルム1~4は、重合体の被覆量が2μg/cm2以下または未コートである細胞培養フィルム5~6に比べて、優れた細胞増殖活性を示した。なお、細胞培養フィルム4は、重合体をコーティングしていない細胞培養フィルム6と比べて、細胞接着活性に大きな差は見られなかったが、細胞増殖活性は有意に向上することが示された。この原因は定かではないが、表面に吸着した細胞接着性タンパク質のインテグリン結合サイトが細胞側に向くことで良好な細胞増殖活性が発揮されたと推測される。
【符号の説明】
【0095】
1…バイオリアクター、
2…細胞培養基材、
3…細胞培養チャンバー、
4,8…入口ポート、
6,10…出口ポート。