(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-12
(45)【発行日】2023-09-21
(54)【発明の名称】環状ポリシラン化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07F 7/21 20060101AFI20230913BHJP
【FI】
C07F7/21
(21)【出願番号】P 2019125206
(22)【出願日】2019-07-04
【審査請求日】2022-01-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 惇基
(72)【発明者】
【氏名】内藤 良太
【審査官】奥谷 暢子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭54-130541(JP,A)
【文献】特開平04-282389(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属ナトリウムと、テトラヒドロフランと、下記式(I)で示される化合物または下記式(II)で示される化合物と、下記式(III)で示されるシランモノマー化合物とを含む反応液を、-10℃以上かつ該反応液の沸点未満で反応させる反応工程を含む、環状ポリシラン化合物の製造方法であって、
前記環状ポリシラン化合物が六員環化合物である、環状ポリシラン化合物の製造方法。
【化1】
(式(I)および(II)中、X
1およびX
2は酸素原子であり、
R
1
~R
8
は独立してかつ繰り返し単位ごとにも独立して水素原子またはアルキル基を表し、n
1およびn
2は2以上7以下の整数である。)
【化2】
(式(III)中、X
3およびX
4は独立してハロゲン原子またはアルコキシ基を表し、R
11およびR
12は独立して水素原子、炭化水素基、アルコキシ基またはハロゲン原子を表し、n
3は1以上の整数である。)
【請求項2】
前記式(I)で示される前記化合物におけるn
1および前記式(II)で示される前記化合物におけるn
2が5である、請求項1に記載の環状ポリシラン化合物の製造方法。
【請求項3】
前記シランモノマー化合物の濃度が、0.01g/mL以上0.20g/mL以下となるように、前記反応液が調製されている、請求項1または2に記載の環状ポリシラン化合物の製造方法。
【請求項4】
前記テトラヒドロフランの量が、前記シランモノマー化合物1gあたり0.1mL以上30mL以下となるように、前記反応液が調製されている、請求項1~3のいずれか1項に記載の環状ポリシラン化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状ポリシラン化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素繊維は千数百度の高温大気中においても耐熱性および耐酸化性に優れた繊維である。この特性を生かし、原子力分野および航空宇宙分野での適用が期待されている。
【0003】
炭化ケイ素繊維は、前駆体であるポリカルボシランなどの有機ケイ素高分子化合物を、紡糸、不融化および焼成することによって得られる。超耐熱性の炭化ケイ素繊維を得るには、繊維を形成する高分子化合物への酸素原子の導入を抑制する必要がある。そのため、酸素含有量が少ない有機ケイ素高分子化合物を使用し、不融化の際には酸素を導入しない方法を採用することで、超耐熱性の炭化ケイ素繊維が製造されている。ドデカメチルシクロヘキサシランなどの環状ポリシラン化合物は、酸素含有率が0.1重量%程度のポリカルボシランを得ることができることから、炭化ケイ素繊維の前駆体となる有機ケイ素高分子化合物の原料として有用である。
【0004】
ポリシラン化合物を得るために、種々の研究がなされている。例えば、特許文献1には、ドデカメチルシクロヘキサシランの製造方法として、以下の方法が記載されている。まず、キシレンと金属ナトリウムとを加熱還流し、ジクロロジメチルシランを滴下してポリジメチルシランを得る。次いで精製したポリジメチルシランと金属ナトリウムのナフタレン分散体とテトラヒドロフラン(THF)とを室温で撹拌混合した後、撹拌しながら加熱還流後、室温まで冷却後、エタノールを添加する方法である。
【0005】
他にも、特許文献2では、以下の方法が記載されている。まず、ジクロロメタンおよびN,N,N’,N’’,N’’-ペンタエチルジエチレントリアミン(PEDETA)を含む混合物に、トリクロロシランを滴下し、窒素雰囲気下において還流させて、PEDETAと環状ポリシランとの錯体を生成させる。続いて、錯体を精製して単離する。その後、単離した錯体にグリニャール試薬を反応させることで環状ポリシラン化合物であるドデカオルガノシクロヘキサンシランを得る方法である。なお、ジクロロメタンに代えて、ジクロロメタンとテトラヒドロフランの混合溶媒を使用した例も記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭54-130541号公報
【文献】特表2013-518109号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1および2に記載の技術では、加熱還流および精製操作を必須とするため、操作が煩雑であるという問題がある。
【0008】
そこで、本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、還流を行うことなく、環状ポリシラン化合物を高い収率で得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者が鋭意検討した結果、驚くべきことに、特定の有機添加剤を用いることで、還流を行わなくとも高い収率で環状ポリシラン化合物を得ることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、上記の課題を解決するために、本発明に係る環状ポリシラン化合物の製造方法は、金属ナトリウムと、テトラヒドロフランと、下記式(I)で示される化合物または下記式(II)で示される化合物と、下記式(III)で示されるシランモノマー化合物とを含む反応液を、-10℃以上かつ該反応液の沸点未満で反応させる反応工程を含む、環状ポリシラン化合物の製造方法である。
【0010】
【0011】
式(I)および(II)中、X1およびX2は繰り返し単位ごとに独立して酸素原子、硫黄原子、-NR9-または-PR10-を表し、R1~R8は独立してかつ繰り返し単位ごとにも独立して水素原子またはアルキル基を表し、R9およびR10は独立してかつ繰り返し単位ごとにも独立してアルキル基を表し、n1およびn2は2以上7以下の整数である。
【0012】
【0013】
式(III)中、X3およびX4は独立してハロゲン原子またはアルコキシ基を表し、R11およびR12は独立して水素原子、炭化水素基、アルコキシ基またはハロゲン原子を表し、n3は1以上の整数である。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る環状ポリシラン化合物の製造方法によれば、還流を行うことなく、環状ポリシラン化合物を高い収率で得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る環状ポリシラン化合物の製造方法の一実施形態について説明する。
【0016】
1.環状ポリシラン化合物の製造方法
本実施形態に係る環状ポリシラン化合物の製造方法は、金属ナトリウムと、THFを含む溶媒と、有機添加剤と、シランモノマー化合物とを含む反応液を-10℃以上かつ該反応液の沸点未満で反応させる反応工程を含む。
【0017】
また、本実施形態に係る環状ポリシラン化合物の製造方法では、上述の反応工程に先立って開始される、反応液を調製する調製工程を含んでいてもよい。
【0018】
<反応工程>
本実施形態における反応工程は、以下の反応液を-10℃以上かつ該反応液の沸点未満で反応させる工程である。
【0019】
〔反応液〕
本実施形態における反応液は、金属ナトリウムと、溶媒と、有機添加剤と、シランモノマー化合物とを含む。
【0020】
(有機添加剤)
本実施形態における反応液に含まれる有機添加剤は、下記式(I)で示される化合物または下記式(II)で示される化合物である。
【0021】
【0022】
式(I)および(II)中、X1およびX2は繰り返し単位ごとに独立して酸素原子、硫黄原子、-NR9-または-PR10-を表す。R1~R8は独立してかつ繰り返し単位ごとにも独立して水素原子またはアルキル基を表し、R9およびR10は独立してかつ繰り返し毎にも独立してアルキル基を表す。n1およびn2は2以上7以下の整数である。
【0023】
中でも、X1およびX2は、繰り返し単位ごとに独立して、酸素原子、硫黄原子または-NR9-であることが好ましく、酸素原子または硫黄原子であることがより好ましく、酸素原子であることがさらに好ましい。特に好ましい形態では、全ての繰り返し単位におけるX1およびX2が、酸素原子または硫黄原子であり、最も好ましくは、酸素原子である。
【0024】
R1~R8は、独立してかつ繰り返し単位ごとにも独立して水素原子または炭素数1~3のアルキル基であることが好ましく、水素原子、エチル基またはメチル基であることがより好ましく、水素原子またはメチル基であることがさらに好ましい。特に好ましい形態では、R1~R8が独立して水素原子またはメチル基であり、より好ましくは、全てのR1~R8が水素原子または全てのR1~R8がメチル基であり、さらに好ましくは、全てのR1~R8が水素原子である。
【0025】
R9およびR10は独立してかつ繰り返し毎にも独立して炭素数1~3のアルキル基であることが好ましく、メチル基もしくはエチル基であることがより好ましい。さらに好ましくは、全ての繰り返し構造においてR9およびR10がメチル基である。
【0026】
n1およびn2は、好ましくは2以上6以下の整数であり、反応系内のナトリウムイオンを捕捉して反応を加速させる観点からは、5であることが特に好ましい。
【0027】
反応液が、上述の有機添加剤を含むことによって、還流を行うことなく、環状ポリシラン化合物を高い収率で得ることができる。なお、反応液には、式(I)で示される化合物および式(II)で示される化合物の一方のみが含まれていてもよく、両方が含まれていてもよい。
【0028】
本実施形態において、好ましく用いることができる有機添加剤の例として、式(I)で示される化合物においては、ジグライム、トリグライムおよびテトラグライムを挙げることができ、式(II)で示される化合物においては、ジオキサン、12‐クラウン‐4、15‐クラウン‐5および18‐クラウン‐6を挙げることができる。特に好ましくは、15‐クラウン‐5およびテトラグライムである。これら有機添加剤は、市販のものを用いてもよく、当業者に周知の技術により合成したものを用いてもよい。
【0029】
(溶媒)
本実施形態における反応液は、溶媒としてテトラヒドロフラン(以下、「THF」ということがある)を含む。反応液がTHFを含んでいることで、還流を行うことなく、環状ポリシラン化合物を高い収率で得ることができる。
【0030】
また、本実施形態における反応液が含む溶媒は、THF以外の溶媒をさらに含む混合溶媒であってもよい。THF以外の溶媒としては、THFを溶解させることができ、かつ、金属ナトリウムを分散させることができ、さらに、金属ナトリウムと反応しないことが好ましい。より具体的には、非極性溶媒および飽和エーテル溶媒などを挙げることができる。
【0031】
非極性溶媒としては、例えば、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ベンゼンおよびトルエンなどが挙げられるが、中でもヘキサン、トルエンおよびキシレンが好ましく、ヘキサンおよびトルエンがより好ましく、ヘキサンがさらに好ましい。飽和エーテル溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、1,2-ジメトキシエタン、4-メチルテトラヒドロピラン、2-メチルテトラヒドロフラン、ビス(2-メトキシエチル)エーテル、1,4-ジオキサン、およびシクロペンチルメチルエーテルなどが挙げられる。中でも、水と分離しやすく、分液操作を行えば環状ポリシランを簡便に精製できるという観点から、4-メチルテトラヒドロピラン、2-メチルテトラヒドロフラン、およびシクロペンチルメチルエーテルが好ましい。さらにこの中でも、価格を抑える観点からは、4-メチルテトラヒドロピランおよびシクロペンチルメチルエーテルがより好ましく、4-メチルテトラヒドロピランがさらに好ましい。これら溶媒は、単独で用いてもよいし、2種以上の混合物として用いてもよい。
【0032】
反応液がTHF以外の溶媒として、THFよりも安価な溶媒を含む場合、環状ポリシラン化合物の製造コストを抑えることができる。
【0033】
(金属ナトリウム)
本実施形態における反応液に含まれる金属ナトリウムの形態は、特に限られないが、表面積を大きくして環状ポリシラン化合物の収率をより高めるという観点から、ナトリウムディスパージョンであることが好ましい。
【0034】
本明細書においてナトリウムディスパージョン(SD)とは、平均粒径1μm以上30μm以下の金属ナトリウムを電気絶縁油に分散させたものである。平均粒径は反応性および安全性の観点から、2μm以上10μm以下であることが好ましく、3μm以上5μm以下であることがより好ましい。電気絶縁油としては、流動パラフィンなど脂肪族炭化水素などが挙げられる。ナトリウムディスパージョンにおける金属ナトリウムの量は、特に限らないが、安全性の観点から、20重量%以上30重量%以下であることが好ましい。
【0035】
(シランモノマー化合物)
本実施形態におけるシランモノマー化合物は、下記式(III)で示される化合物である。
【0036】
【0037】
式(III)中、X3およびX4は独立してハロゲン原子またはアルコキシ基を表す。R11およびR12は独立して水素原子、炭化水素基、アルコキシ基またはハロゲン原子を表す。n3は1以上の整数である。
【0038】
X3およびX4ならびにR11およびR12におけるアルコキシ基としてはメトキシ基およびエトキシ基などが挙げられ、ハロゲン原子としてはフッ素原子、塩素原子、臭素原子およびヨウ素原子などが挙げられる。これらはケイ素との電気陰性度差が大きく、シランモノマー化合物内で分子内分極を起こすため、反応性に富んでおり、反応において脱離基として機能する置換基である。このような置換基としては、シランモノマー化合物自体の安定性および安定供給の観点から、ハロゲン原子が好ましく、塩素原子がより好ましい。
【0039】
シランモノマー化合物におけるアルコキシ基またはハロゲン原子の数は、2つ以上(2つ、3つ、または4つなど)であることが好ましいが、分岐なく環状ポリシラン化合物を形成する観点から、2つ(X3およびX4のみがハロゲン原子)であることがより好ましい。1つのシランモノマー化合物における2つ以上のアルコキシ基またはハロゲン原子は、互いに同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0040】
X3およびX4は、独立してハロゲン原子またはアルコキシ基であるが、環状ポリシラン化合物の収率を高くする、という観点から、両者はいずれもハロゲン原子であることが好ましい。
【0041】
R11およびR12における炭化水素基としては、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基およびアリール基などが挙げられる。
【0042】
R11およびR12は、環状ポリシラン化合物における側鎖となり得る。そのため、合成目的の環状ポリシラン化合物に合わせてシランモノマー化合物のR11およびR12を選択すればよい。一例において、R11およびR12は、水素原子または炭化水素基であることが好ましく、炭化水素基であることがより好ましく、アリール基、または炭素数1~6のアルキル基であることが好ましく、フェニル基、n‐ヘキシル基またはメチル基であることがより好ましく、メチル基であることが特に好ましい。
【0043】
n3は1以上の整数であるが、合成目的の環状ポリシラン化合物のケイ素数以下であることが好ましい。n3は、シランモノマー化合物自体の安定性およびシランモノマー化合物どうしの反応性を高める観点から、1または2であることが好ましく、1であることがより好ましい。
【0044】
一例において、シランモノマー化合物は、X3およびX4が独立してハロゲン原子を表し、R11およびR12が独立して水素原子または炭化水素基を表し、n3が1以上の整数であることが好ましい。さらに好ましい例では、X3とX4とは同一の原子である。
【0045】
一般的に、金属とシランモノマー化合物とを接触させて環状ポリシランを製造する際には、環状ポリシラン化合物と鎖状ポリシラン化合物が生成する。しかし、上述の好ましいシランモノマー化合物を用いると、鎖状ポリシラン化合物(分岐した化合物を含む)などを生成する副反応が抑制され、環状ポリシラン化合物が生成する反応の割合が高くなる。よって、上述したシランモノマー化合物を用いることは、環状ポリシランの収率を高くする観点から好ましい。
【0046】
〔反応液の組成〕
本実施形態における反応液の各成分の含有量について以下に述べる。
【0047】
反応液に含まれる有機添加剤の量は、例えば、金属ナトリウムの量との物質量比によって規定することができ、金属ナトリウム1モルあたり0.01モル以上0.20モル以下であることが好ましく、0.03モル以上0.10モル以下であることがより好ましく、0.4モル以上0.08モル以下であることがさらに好ましい。有機添加剤の量がこの範囲内にあることで、反応系内のナトリウムイオンを効率よく捕捉して反応を効率よく進めることができ、より高い収率で環状ポリシラン化合物を得ることができる。
【0048】
反応液に含まれる溶媒の量は、より高い収率で環状ポリシラン化合物を得る観点から、反応液中のシランモノマー化合物1gあたり5mL以上25mL以下であることが好ましく、7mL以上20mL以下であることがより好ましく、9mL以上15mL以下であることがさらに好ましい。
【0049】
反応中の溶媒に含まれるTHFの量は、シランモノマー化合物1gあたり0.1mL以上あればよいが、1.0mL以上であることがより好ましく、3.5mL以上であることがさらに好ましい。THFの量がこの範囲内にあることで、高い収率で環状ポリシラン化合物を得ることができる。また、THFの量は、シランモノマー化合物1gあたり30mL以下であることが好ましく、25mL以下であることがより好ましく、20mL以下であることがより好ましく、15mL以下であることがさらに好ましい。このように、本実施形態に係る環状ポリシラン化合物の製造方法は、THFは少量であってもよく、製造コストを抑えることができる。
【0050】
一例において、反応液中の溶媒に占めるTHFの量は、1体積%以上あればよいが、環状ポリシラン化合物の収率をより高くする観点から、5体積%以上であることが好ましく、10体積%以上であることがより好ましく、20体積%以上であることがより好ましく、50体積%以上であることがより好ましく、75体積%以上であることがさらに好ましい。また、溶媒は、THFのみ(他の溶媒を含まない)であってよいが、THFよりも安価な溶媒と混合して製造コストを抑える観点からは、溶媒に占めるTHFの量は、50体積%以下であることが好ましく、25体積%以下であることがより好ましく、10体積%以下であることがさらに好ましい。
【0051】
反応液中の金属ナトリウムの量は、シランモノマー化合物の量との比で規定することができる。金属ナトリウムの量とシランモノマー化合物の量との比は、特に限定されないが、環状ポリシラン化合物の収率の観点からは、金属ナトリウムは、シランモノマー化合物のアルコキシ基またはハロゲン原子、それぞれ1官能基あたり、1.00モル当量以上であることが好ましい。また、反応後処理の観点からは、反応液に含まれる金属ナトリウムは、シランモノマー化合物のアルコキシ基またはハロゲン原子、それぞれ1官能基あたり3モル当量以下であることが好ましい。また、副反応抑制の観点から1.50モル当量以下であることがより好ましく、1.3モル当量以下であることがさらに好ましい。
【0052】
反応液中のシランモノマー化合物の濃度は、0.01g/mL以上0.20g/mL以下であることが好ましく、0.03g/mL以上0.15g/mL以下であることがより好ましく、0.04g/mL以上0.10g/mL以下であることがさらに好ましい。また、シランモノマー化合物の量は、特に限定されないが、反応液中の溶媒1mLあたり0.01g以上0.15g以下であることが好ましく、0.03g以上0.13g以下であることがより好ましく、0.05g以上0.12g以下であることがさらに好ましい。
【0053】
〔反応条件〕
反応工程は、反応液を-10℃以上かつ該反応液の沸点未満で反応させる工程である。ここで、「反応液の沸点未満」とは、反応液が還流する温度の下限よりも低い温度を指す。なお、上述の通り、本実施形態に係る環状ポリシラン化合物の製造方法が、調製工程を含んでいる場合、反応液の反応は、調製工程における反応液の調製が完了する前に開始することがある。この場合、反応工程と調製工程とは並行して行われることになるが、反応工程における温度は、調製工程の全ての段階における溶液の沸点未満でもあることが好ましい。
【0054】
反応温度は、-5℃以上であることが好ましく、0℃以上であることがより好ましく、10℃以上であることがより好ましく、20℃以上であることがさらに好ましい。また、反応温度は、50℃未満であることが好ましく、45℃未満であることがより好ましく、40℃未満であることがより好ましく、35℃未満であることがより好ましく、30℃未満であることがより好ましい。また、発熱抑制の観点からは、室温以下であることが好ましく、23℃未満であることがさらに好ましい。ここで、「室温以下」とは、27℃以下、26℃以下、または25℃以下を意図している。一例において、反応温度は22℃である。
【0055】
反応温度が上述の範囲内にあることで、環状ポリシラン化合物を高い収率で得ることができる。また、還流を行わないことで、得られる環状ポリシラン中の六員環の環状ポリシランの割合を多くすることができる。生成される環状ポリシランの中でも六員環の環状ポリシランは安定性が良いことから、六員環の環状ポリシランを効率よく得られることは好ましい。
【0056】
反応工程の時間は特に限定されないが、例えば、1時間以上8時間以下であることが好ましく、3時間以上7時間以下であることがより好ましく、4時間以上6時間以下であることがさらに好ましい。
【0057】
反応工程では、反応液を撹拌することが好ましい。撹拌時間は特に限定されないが、例えば、1時間以上8時間以下であることが好ましく、3時間以上7時間以下であることがより好ましく、4時間以上6時間以下であることがさらに好ましい。撹拌は、全期間にわたって行ってもよいし、所定の期間のみ行ってもよいし、何度かに分けてもよい。一例において、後述する混合液へシランモノマー化合物を添加した後の撹拌時間は5時間である。撹拌は、例えば、撹拌翼、マグネチックスターラーまたは振盪機などによって行うことができるがこれに限らない。
【0058】
<調製工程>
本実施形態における環状ポリシランの製造方法は、反応工程に先立って開始される、反応液を調製する調製工程を含んでいてもよい。反応液は上述の各成分を混合することで、調製できる。
【0059】
調製工程における、各成分の混合順序は特に制限されない。例えば、金属ナトリウム、シランモノマー化合物または有機添加剤とTHFとを混合した後、残りの成分を加えてもよいし、それぞれを独立に任意の順で混合して調製してもよい。ただし、鎖状ポリシラン化合物などが生成するなどの副反応を抑制して環状ポリシラン化合物の収率を高くする観点から、金属ナトリウムとシランモノマー化合物とは、直接混合しないことが好ましい。
【0060】
反応液を調製する方法の一例として、金属ナトリウムとTHFを含む溶媒と有機添加剤とを含む混合液を調製し、調製した混合液にシランモノマー化合物を添加する方法が挙げられる。以下、この方法について述べる。
【0061】
金属ナトリウムとTHFを含む溶媒と有機添加剤とを含む混合液を調製する場合、混合液は、例えば、以下のように調製することが好ましい。
【0062】
まず、THFを含む溶媒に金属ナトリウムを加える。このときの溶液の温度は特に限定されないが、0℃以上室温以下であることが好ましい。一例において、THFを含む溶媒に金属ナトリウムを加える際の温度は室温(23℃~27℃程度)である。金属ナトリウムは溶媒中に分散していることが好ましい。よって、溶媒に金属ナトリウムを加えるときは、沈降する前に撹拌することが好ましく、溶液を撹拌しながら加えることがより好ましい。
【0063】
続いて、有機添加剤を添加して混合液とする。このときの溶液の温度は特に限定されないが、0℃以上であることが好ましく、10℃以上であることがより好ましく、20℃以上であることがさらに好ましい。
【0064】
その後、上述の方法によって調製した混合液に、シランモノマー化合物を添加する。このとき、シランモノマー化合物は分割添加することが好ましく、滴下することがより好ましい。これにより、局所的にシランモノマー化合物の濃度が高まることが低減されるため、鎖状ポリシラン化合物の生成が抑えられる。そのため、環状ポリシラン化合物が生成する反応の割合が増加し、環状ポリシラン化合物の収率が高くなる。
【0065】
単位時間当たりのシランモノマー化合物の添加量は特に限定されず、全体の容量などに応じて適宜設定すればよい。一例において、シランモノマー化合物の添加量は、1分当たり全添加量の3.3%以上であることが好ましく、10%以上33%以下であることがより好ましい。
【0066】
添加に要する時間は特に限定されず、全体の容量などに応じて適宜設定すればよいが、例えば、1分以上30分以下であることが好ましく、2分以上15分以下であることがより好ましく、3分以上10分以下であることがさらに好ましい。一例において、添加時間は5分である。一例において、添加時間は5分である。
【0067】
シランモノマー化合物の添加は、混合液中で局所的にシランモノマー化合物の濃度が高まることを低減する観点から、撹拌しながら行うことが好ましい。また、シランモノマー化合物の添加が終了した後も撹拌を続けることが好ましい。
【0068】
添加時の混合液の温度は、‐10℃以上60℃未満であることが好ましく、15℃以上30℃未満であることがより好ましく、室温であることがさらに好ましい。また、添加するシランモノマー化合物の温度は、‐10℃以上60℃未満であることが好ましく、15℃以上30℃未満であることがより好ましく、室温であることがさらに好ましい。ここで、「室温」とは、23~27℃程度を意図している。
【0069】
上述のように添加操作を行うことによって、環状ポリシラン化合物をより高い収率で得ることができる。
【0070】
なお、混合液に添加するシランモノマー化合物は、上述の式(III)で示されるシランモノマー化合物単独でもよいし、最終的に反応液に含まれる溶媒のうちの一部の溶媒と予め混合されたシランモノマー化合物溶液であってもよい。また、最終的に反応液に含まれる全ての溶媒が、シランモノマー化合物と混合されていてもよい(この場合、混合液は溶媒を含まない)。一例において、シランモノマー化合物は常温で液体であるため、溶媒と混合され得る。
【0071】
シランモノマー化合物と混合される溶媒の好ましい例としては、運転操作および溶媒回収の簡略化という観点から、混合液中に含まれる溶媒であることが好ましい。より具体的には、例えば、非極性溶媒および飽和エーテル溶媒などが挙げられる。非極性溶媒としては、例えば、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ベンゼン、トルエンおよびキシレンなどが挙げられる。飽和エーテル溶媒としては、例えば、THF、1,2-ジメトキシエタン、2-メチルテトラヒドロフラン、4-メチルテトラヒドロピラン、ビス(2-メトキシエチル)エーテル、1,4-ジオキサン、およびシクロペンチルメチルエーテルなどが挙げられる。これらの溶媒は、単独で用いてもよいし、2種以上の混合物として用いてもよい。中でもTHF、4-メチルテトラヒドロピランおよびシクロペンチルメチルエーテルが好ましく、THFがより好ましい。
【0072】
添加するシランモノマー化合物が予め溶媒と混合されている場合、シランモノマー化合物を混合液に添加した際に、局所的にシランモノマー化合物の濃度が高くなることが低減される。そのため、鎖状ポリシラン化合物が生成する反応よりも、環状ポリシラン化合物が生成する反応の割合が増加し、環状ポリシラン化合物の収率が高くなる。
【0073】
シランモノマー化合物と混合される溶媒の量は特に限定されないが、鎖状ポリカルボシランの生成抑制の観点から、シランモノマー化合物1gあたり、1mL以上50mL以下であることが好ましく、3mL以上20mL以下であることがより好ましく、4mL以上10mL以下であることがさらに好ましい。シランモノマー化合物と溶媒との混合方法は特に制限されないが、0℃以上室温以下で混合および撹拌することが好ましい。
【0074】
2.環状ポリシラン化合物
本実施形態に係る環状ポリシラン化合物の製造方法によって得られる環状ポリシラン化合物は、原料のシランモノマー化合物が環状または多環状に重合した化合物であり、シランまたは有機シランの側鎖を有することもある。本実施形態で生成する環状ポリシラン化合物は、例えば、下記式(IV)で示される。
【0075】
【0076】
R13およびR14は、それぞれ、原料である上記式(III)で示される化合物におけるR11およびR12と同一である。n4は3以上の整数である。一例において、n4は5または6であることが好ましい。
【0077】
なお、原料のシランモノマー化合物のR11およびR12がハロゲン原子またはアルコキシ基である場合、側鎖を有する環状または多環状のポリシラン化合物が得られることがある。
【0078】
3.まとめ
以上から明らかなように、本発明は以下を包含する。
【0079】
金属ナトリウムと、テトラヒドロフランと、下記式(I)で示される化合物または下記式(II)で示される化合物と、下記式(III)で示されるシランモノマー化合物とを含む反応液を、-10℃以上かつ該反応液の沸点未満で反応させる反応工程を含む環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0080】
【0081】
式(I)および(II)中、X1およびX2は繰り返し単位ごとに独立して酸素原子、硫黄原子、-NR9-または-PR10-を表し、R1~R8は独立してかつ繰り返し単位ごとにも独立して水素原子またはアルキル基を表し、R9およびR10は独立してかつ繰り返し単位ごとにも独立してアルキル基を表し、n1およびn2は2以上7以下の整数である。
【0082】
【0083】
式(III)中、X3およびX4は独立してハロゲン原子またはアルコキシ基を表し、R11およびR12は独立して水素原子、炭化水素基、アルコキシ基またはハロゲン原子を表し、n3は1以上の整数である。
【0084】
また、前記式(I)で示される前記化合物におけるX1およびX2、ならびに前記式(II)で示される前記化合物におけるX3が酸素原子である環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0085】
また、前記シランモノマー化合物の濃度が、0.01g/mL以上0.20g/mL以下となるように、前記反応液が調製されている製造方法。
【0086】
前記テトラヒドロフランの量が、前記シランモノマー化合物1gあたり0.1mL以上30mL以下となるように、前記反応液が調製されている環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0087】
また、前記環状ポリシラン化合物が、六員環化合物である、環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0088】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例】
【0089】
〔実施例1〕
アルゴン置換を行った200mLの4つ口フラスコに、溶媒および金属ナトリウムとして、それぞれ、テトラヒドロフラン(THF)30mLおよびナトリウムディスパージョン(25重量%ナトリウム分散体)4.99gを仕込み、撹拌した。撹拌後、有機添加剤として15‐クラウン‐5 0.6045gを加え、混合液を調製した。また、THF25mL(溶媒)にジクロロジメチルシラン3.22gを溶解し、シランモノマー化合物溶液を調製した。
【0090】
常温で撹拌しながら、シランモノマー化合物溶液を混合液に5分間かけて滴下した。滴下後、液温を22℃に保ち、5時間反応させた。
【0091】
ガスクロマトグラフィを用いて反応液分析を行い、環状ポリシラン化合物の生成を確認し、環状ポリシラン化合物の収率(wt%)を求めた。また、得られた生成物中のドデカメチルシクロヘキサシランの割合を算出し、六員環選択率(wt%)を求めた。結果を表1に示す。なお、表1中の「Si溶液」は、シランモノマー化合物溶液を指す。
【0092】
〔実施例2〕
有機添加剤をテトラグライム0.6100gとした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0093】
〔実施例3〕
混合液中のTHFを23.5mLとし、シランモノマー化合物溶液中のTHFを19.5mLとした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0094】
〔実施例4〕
混合液中のTHFを17.2mLとし、シランモノマー化合物溶液中のTHFを14.3mLとした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0095】
〔実施例5〕
混合液中およびシランモノマー化合物溶液中の溶媒をいずれも、75体積%THFと25体積%ヘキサンとの混合溶媒とした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0096】
〔実施例6〕
混合液中およびシランモノマー化合物溶液中の溶媒をいずれも、50体積%THFと50体積%ヘキサンとの混合溶媒とした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0097】
〔実施例7〕
混合液中およびシランモノマー化合物溶液中の溶媒をいずれも、25体積%THFと75体積%ヘキサンとの混合溶媒とした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0098】
〔実施例8〕
混合液中およびシランモノマー化合物溶液中の溶媒をいずれも、17.5体積%THFと82.5体積%ヘキサンとの混合溶媒とした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0099】
〔実施例9〕
混合液中およびシランモノマー化合物溶液中の溶媒をいずれも、10体積%THFと90体積%ヘキサンとの混合溶媒とした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0100】
〔実施例10〕
混合液中およびシランモノマー化合物溶液中の溶媒をいずれも、5体積%THFと95体積%ヘキサンとの混合溶媒とした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0101】
〔実施例11〕
混合液中およびシランモノマー化合物溶液中の溶媒をいずれも、1体積%THFと99体積%ヘキサンとの混合溶媒とした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0102】
〔比較例1〕
有機添加剤を添加しなかったこと以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0103】
〔比較例2〕
有機添加剤をベンゾフェノン0.5035gとした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0104】
〔比較例3〕
混合液中およびシランモノマー化合物溶液中の溶媒をいずれも、ヘキサンとした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0105】
〔比較例4〕
反応中の液温を67℃として、還流を行った以外は、実施例1と同様に操作を行った。なお、67℃は、調製した反応液における沸点である。
【0106】