(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-13
(45)【発行日】2023-09-22
(54)【発明の名称】還元剤の還元状態の持続性向上方法、持続性が向上した還元剤、この還元剤を含む培地、及び、この培地を用いる嫌気性微生物の培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20230914BHJP
C07K 5/093 20060101ALI20230914BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C07K5/093
(21)【出願番号】P 2019135445
(22)【出願日】2019-07-23
【審査請求日】2022-07-22
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-1469
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-1470
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-1471
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301037213
【氏名又は名称】独立行政法人製品評価技術基盤機構
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 雅子
(72)【発明者】
【氏名】高畑 陽
(72)【発明者】
【氏名】内野 佳仁
(72)【発明者】
【氏名】山副 敦司
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-108061(JP,A)
【文献】特開2006-288272(JP,A)
【文献】特開2003-154382(JP,A)
【文献】特開平07-079791(JP,A)
【文献】特開平05-076373(JP,A)
【文献】特表2018-532430(JP,A)
【文献】Standards in Genomic Sciences,2015年,Vol.10, No.102,pp.1-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元型グルタチオンを、嫌気条件下で
80℃以上125℃以下、15分以上25分以下の加熱処理することを特徴とする還元状態の持続性向上方法。
【請求項2】
嫌気条件下で
80℃以上125℃以下、15分以上25分以下の加熱処理した還元型グルタチオンからなる還元剤。
【請求項3】
請求項2に記載の還元剤を含むことを特徴とする培地。
【請求項4】
還元型グルタチオンを含む培地を密封容器内で嫌気性ガス置換し、
80℃以上125℃以下、15分以上25分以下の加熱処理することを特徴とする培地の製造方法。
【請求項5】
前記還元型グルタチオンの濃度が、1mM以上10mM以下であることを特徴とする請求項4に記載の培地の製造方法。
【請求項6】
請求項3に記載の培地を用いることを特徴とする嫌気性微生物の培養方法。
【請求項7】
前記嫌気性微生物が、デハロコッコイデス(Dehalococcoides)属細菌であることを特徴とする請求項6に記載の培養方法。
【請求項8】
前記還元型グルタチオンの濃度が、1mM以上10mM以下であることを特徴とする請求項6または7に記載の培養方法。
【請求項9】
前記培地の容量が、10L以上であることを特徴とする請求項6~8のいずれかに記載の培養方法。
【請求項10】
前記デハロコッコイデス属細菌が、受託番号NITE P-14
71として寄託されたUCH007株またはその変異株であることを特徴とする請求項7~9のいずれかに記載の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、還元剤の還元状態の持続性向上方法、具体的には、還元型グルタチオンを嫌気状態で加熱処理する還元状態の持続性向上方法と、還元状態の持続性が向上した還元剤と、この還元剤を含む培地、この培地を用いた嫌気性微生物の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を用いる浄化技術は、排水処理における活性汚泥法や嫌気処理法などに広く利用されている。また、近年では、有害化学物質で汚染された土壌や地下水を微生物により浄化する技術(バイオレメディエーション)が、環境負荷および浄化コストの小さい浄化方法として着目されている。
【0003】
テトラクロロエチレン(PCE)やトリクロロエチレン(TCE)などの塩素化エチレン類は、安価で油に対する洗浄力の強い溶剤として、金属産業、半導体産業、ドライクリーニング店など幅広い分野で使用されている。その一方、塩素化エチレン類による土壌や地下水汚染について多くの報告があり、社会問題となっている。
塩素化エチレン類のバイオレメディエーションには、「テトラクロロエチレン(PCE)→トリクロロエチレン(TCE)→シス-1,2-ジクロロエチレン(cis-DCE)→塩化ビニルモノマー(VCM)→エチレン」という還元的脱塩素化反応により塩素化エチレン類を無害化する嫌気性脱塩素化菌が用いられている。
【化1】
【0004】
嫌気性脱塩素化菌の一種であるデハロコッコイデス(Dehalococcoides)属細菌は、cis-DCE以降の脱塩素化を進行できることが報告されている唯一の細菌である。すなわち、塩素化エチレン類のバイオレメディエーションにおいて、処理対象土壌中にデハロコッコイデス属細菌が存在しないとcis-DCEまでしか脱塩素化できない。また、デハロコッコイデス属細菌が存在していたとしても、環境中でのデハロコッコイデス属細菌の菌体量は非常に少なく、その増殖速度も遅いため、浄化期間が長期化するという問題がある。
【0005】
このような問題を解決するため、デハロコッコイデス属細菌を人為的に培養して増加させ、浄化対象とする環境に導入して浄化を促進させる方法(バイオオーグメンテーション)が期待されている。しかし、デハロコッコイデス属細菌は、絶対嫌気性であり、電子供与体として水素のみを利用するなど活動条件が極めて厳しく、その単離や培養が難しいという問題がある。本発明者らは、特許文献1において、国内で初めて、デハロコッコイデス・エスピーUCH007株(NITE P-1471、以下、UCH007株ともいう)を単離し、このUCH007株を用いる塩素化エチレン類の浄化方法を提案している。
【0006】
ここで、嫌気性菌を安定的に培養するには、気密性の高い容器に培地を入れ、容器内の気相を窒素ガス等の酸素を含まないガスをパージして置換することが行われている。そして、デハロコッコイデス属細菌のような、より高い嫌気状態を必要とする絶対嫌気性細菌の場合は、培地に還元剤を添加して酸化還元電位(Oxidation-Reduction Potential:ORP)をさらに低くする必要がある。還元剤には様々な種類があり、到達するORP、到達速度、効果の持続性等に違いがあるが、添加する還元剤の種類と量は、還元剤の特性だけでなく、還元剤に対する微生物の感受性を考慮し決定されなければならない。
【0007】
デハロコッコイデス属細菌を培養するための還元剤としては、これまで、硫化鉄(0.5mM(設定濃度))、硫化ナトリウム(0.2-0.5mM)+L-システイン(0.2mM)+DL-ジチオトレイトール(0.5-1mM)の組み合わせ、クエン酸塩またはニトリロ三酢酸塩と錯体化したチタン(III)(0.2-1.5mM)等が知られている(非特許文献1、特許文献1の段落0050)。
これらの還元剤は、デハロコッコイデス属細菌を気密性の高い培養容器で培養する場合に限り安定的な培養できるが、少しでも空気が入ると、菌の増殖が阻害されてしまうという課題があった。そして、培養スケールを大きくすると気密性を高く保つことが難しく、少量の空気が混入する可能性が高くなるため、デハロコッコイデス属細菌を大量に培養することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Loffler, F.E., Yan, J., Ritalahti, K.M., Adrian, L., Edwards, E.A., Konstantinidis, K.T., Muller, J.A., Fullerton, H., Zinder, S.H. & Spormann, A.M. " Dehalococcoides mccartyi gen. nov., sp. nov., obligately organohalide-respiring anaerobic bacteria relevant to halogen cycling and bioremediation, belong to a novel bacterial class, Dehalococcoidia classis nov., order Dehalococcoidales ord. nov. and family Dehalococcoidaceae fam. nov., within the phylum Chloroflexi." Int. J. Syst. Evol. Microbiol. (2013) 63: p625-635.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
還元剤の持続性向上方法、還元状態の持続性が向上した還元剤と、この還元剤を含む培地と培地の製造方法、及び、この培地を用いた嫌気性微生物の培養方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の課題を解決するための手段は以下の通りである。
1.還元型グルタチオンを、嫌気条件下で加熱処理することを特徴とする還元状態の持続性向上方法。
2.嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンからなる還元剤。
3.2.に記載の還元剤を含むことを特徴とする培地。
4.還元型グルタチオンを含む培地を密封容器内で嫌気性ガス置換し、加熱処理することを特徴とする培地の製造方法。
5.前記還元型グルタチオンの濃度が、1mM以上10mM以下であることを特徴とする4.に記載の培地の製造方法。
6.3.に記載の培地を用いることを特徴とする嫌気性微生物の培養方法。
7.前記嫌気性微生物が、デハロコッコイデス(Dehalococcoides)属細菌であることを特徴とする6.に記載の培養方法。
8.前記還元型グルタチオンの濃度が、1mM以上10mM以下であることを特徴とする6.または7.に記載の培養方法。
9.前記培地の容量が、10L以上であることを特徴とする6.~8.のいずれかに記載の培養方法。
10.前記デハロコッコイデス属細菌が、受託番号NITE P-1471として寄託されたUCH007株またはその変異株であることを特徴とする7.~9.のいずれかに記載の培養方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、還元型グルタチオンを溶解させた蒸留水や培地が嫌気状態で加熱処理することで、還元状態の持続性が格段に向上するという新規な知見に基づいている。
還元型グルタチオンを、嫌気状態で加熱処理するという容易な方法により、還元状態の持続性を向上させることができる。還元状態の持続性が向上した本発明の還元剤は、多少の空気(酸素)が混入しても還元状態を維持することができ、この還元剤を含む本発明の培地は、嫌気条件の維持が容易である。そのため、この培地を用いた本発明の培養方法は、嫌気性微生物をより安定して培養することができる。本発明の培養方法は、多少の空気が混入しても還元状態を維持することができるため、大容量での培養に適しており、10L以上の大容量での培養に適している。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図3】実験4における塩素化エチレン類濃度の経時変化を示すグラフ。
【
図4】実験5における塩素化エチレン類濃度の経時変化を示すグラフ。
【
図5】実施例14で、培地量15LでTCEを分解したときの塩素化エチレン類濃度の経時変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、還元型グルタチオンを溶解させた蒸留水や培地が嫌気状態で加熱処理することで、還元状態の持続性が格段に向上するという新規な知見に基づくものである。
以下に、本発明を順に説明する。
【0015】
「還元剤」
本発明の還元剤は、嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンを含む。
グルタチオンは、グルタミン酸、システイン、グリシンの3つのアミノ酸からなるトリペプチドであり、「還元型グルタチオン」とも称される。還元型グルタチオンにおいて、還元能を担うのはシステイン構造由来のチオール基であり、酸素が混入すると、チオール基が酸化されてジスルフィドとなり、2つのグルタチオン分子がジスルフィド結合で結合した酸化型グルタチオンとなる。
【0016】
還元型グルタチオンを嫌気状態で加熱する際の温度は、80℃以上が好ましく、100℃以上がより好ましく、110℃以上であることがさらに好ましい。加熱する温度の上限は、140℃以下程度である。また、嫌気状態で加熱処理する温度は、10分以上であることが好ましく、20分以上であることがより好ましい。加熱処理条件の一例として、115℃~125℃で15~25分間が挙げられる。
【0017】
嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンが、嫌気条件下で加熱処理していない還元型グルタチオンと比較して還元状態の持続性が格段に向上する原因は、現時点で不明である。本発明者らは、嫌気条件下での加熱処理により還元型グルタチオン(トリペプチド)が分解されて、スルフィド結合を有するモノペプチド、ジペプチドが生じ、これらの混合物となり、酸素が混入すると、これらスルフィド結合を有するモノペプチド、ジペプチド、トリペプチド間でジスルフィド結合が形成されるためであると推測している。なお、システインを嫌気条件下で加熱処理しても、還元状態の持続性に変化は認められない。
【0018】
「培地」
本発明の培地は、嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンを含む。本発明の培地は、嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンを含めばよく、電子受容体源、微生物の生育に必要な炭素源、窒素源、無機塩、微量元素、酵母エキス等を含むことができ、固体培地及び液体培地のいずれであってもよい。
【0019】
炭素源としては、メタノールやエタノール等のアルコール類、ピルビン酸、酢酸、乳酸などの有機酸類が挙げられる。ピルビン酸は、電子供与体としても作用するため、ピルビン酸を用いることが好ましい。
窒素源としては、例えば、ペプトン、カシトン、尿素、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、各種アミノ酸が挙げられる。
無機塩としては、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩が挙げられる。
微量元素としては、鉄、コバルト、銅、亜鉛、ホウ素、ニッケル、モリブデンが挙げられる。
上記に例示した炭素源、窒素源、無機塩、微量元素は1種でもよく、2種以上を適宜組み合わせてもよい。
さらに、本発明の微生物の増殖を促進するための栄養源として、シアノコバラミン等のビタミン、酵母エキス、麦芽エキスなどを適量添加してもよい。
【0020】
本発明の培地の製造方法は特に制限されず、常法に従って製造することができる。例えば、以下の方法1、2により製造することができる。
方法1:還元型グルタチオンを含む全成分を混合した後、嫌気条件下で加熱処理する方法。
方法2:還元型グルタチオン以外の成分を含む水溶液をガス置換・滅菌処理した後、別にガス置換・加熱処理した還元型グルタチオン水溶液を嫌気的に添加する方法。
培地の加熱処理(滅菌処理)の条件は、培地の種類に応じて適宜選択すればよく、例えば、115℃~125℃で15~25分間が例示できる。
【0021】
方法1、方法2のいずれで製造した培地も、還元状態の持続性が向上しており、酸素が多少混入しても還元状態を維持することができる。ただし、方法1で製造した培地は、加熱処理後に還元状態となっているのに対し、方法2で製造した培地は、添加時等に酸素が混入してしまう場合がある。そのため、短時間かつ簡単に培地調製できる方法1で製造することが好ましい。
【0022】
「培養方法」
本発明の培養方法は、嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンを含む培地で嫌気性微生物を培養する。本発明の培養方法で培養する嫌気性微生物は、特に制限されず、硝酸塩、硫酸塩、鉄、VOC等の酸素以外の物質を最終電子受容体として呼吸を行う嫌気性菌(デハロコッコイデス属細菌等)、メタン菌、発酵菌等が挙げられる。また、本発明の培養方法で使用する培地、培養条件は、培養する嫌気性微生物の種類に応じて、適宜調整することができる。
以下に、デハロコッコイデス属細菌の培養を例に説明する。
【0023】
デハロコッコイデス属細菌は、塩素化エチレン類および塩素化エタン類を脱塩素化する能力を有する。デハロコッコイデス属細菌であっても、その種類により分解可能な塩素化エチレン類は異なる。培養したデハロコッコイデス属細菌をバイオオーグメンテーション等で塩素化エチレン類の浄化に利用する場合は、塩素化エチレン類をエチレンまで完全に脱塩素化できる菌株であることが好ましく、一例として、デハロコッコイデス・エスピー(Dehalococcoides sp.)UCH007株またはその変異株が挙げられる。なお、本明細書において、変異株とは、16S rRNA遺伝子の塩基配列が、98%以上の相同性を有する株を意味する。16S rRNA遺伝子の相同性は、99%以上であることが好ましく、99.5%以上であることがより好ましく、100%であることがさらに好ましい。
【0024】
UCH007株は、受託番号NITE P-1471として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8(郵便番号292-0818))に、2012年11月22日付で寄託されている。
UCH007株の菌学的性質は、以下のとおりである。
(a)形態学的性状
非運動性、胞子非形成、円盤状形態(光学顕微鏡での観察は困難)。
(b)培地の一例
絶対嫌気。電子供与体として水素、電子受容体としてTCEあるいはcis-DCE、炭素源として酢酸塩を使用する。bicarbonate buffer。pH7.2。H2/CO2の混合ガス(80:20)で培地・培養容器内をガス置換する。
【0025】
(c)生理学的特徴
絶対嫌気性。脱ハロゲン呼吸によりエネルギーを獲得する。電子供与体として水素を利用、電子受容体として塩素化エチレン類を利用。
トリクロロエチレン(TCE)、シス-1,2-ジクロロエチレン(cis-DCE)、1,1-ジクロロエチレン(1,1-DCE)、塩化ビニルモノマー(VCM)の脱塩素化能を有する。炭素源として酢酸塩を資化。ビタミンB12要求性。高濃度の硫化物(還元剤として使用)に感受性。
増殖温度:30℃。
至適pH:7.2±0.3。
【0026】
本発明において、デハロコッコイデス属細菌は、単独で培養してもよく、分離した純粋株を他の菌を含むバイオコンソーシア(複合微生物系)として共培養することができる。例えば、スルフロスピリラム(Sulfurospirillum)属細菌と共培養することが好ましい。スルフロスピリラム属細菌は、デハロコッコイデス属細菌の脱塩素化反応を促進する能力を備えており、デハロコッコイデス属細菌と共培養することにより、デハロコッコイデス属細菌の脱塩素化によるエネルギー獲得を助け、デハロコッコイデス属細菌の増殖を促進することができる。スルフロスピリラム属細菌としては、スルフロスピリラム・エスピー(Sulfurospirillum sp.)UCH001株(以下、UCH001株ともいう)、スルフロスピリラム・エスピー(Sulfurospirillum sp.)UCH003株(以下、UCH003株ともいう)のいずれか、または両方、もしくは、これらの変異株が挙げられる。
【0027】
UCH001株、UCH003株は、それぞれ受託番号NITE P-1419、NITE P-1470として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8(郵便番号292-0818))に、2012年11月22日付で寄託されている。
UCH001株、UCH003株の形態学的性状、培地上の特徴、生理学的特徴は以下のとおりであり、両株で共通している。
【0028】
(a)形態学的性状
湾曲又はらせん状桿菌。
鞭毛を有する。運動性を有する。胞子非形成。
【0029】
(b)培地の一例
絶対嫌気。フマル酸塩、乳酸塩、酢酸塩を使用する。bicarbonate buffer。pH7.2。H2/CO2の混合ガス(80:20)で培地・培養容器内をガス置換する。
【0030】
(c)生理学的特徴
嫌気性。硝酸塩やフマル酸等を電子受容体とする呼吸によりエネルギーを獲得する。電子供与体として水素、ギ酸、ピルビン酸、乳酸などを利用。炭素源として酢酸塩等を資化。
増殖温度:30℃
生育pH:pH7.2
【0031】
デハロコッコイデス属細菌の培養に際しては、培養するデハロコッコイデス属細菌の特性に応じて、1種または2種以上の塩素化エチレン類を混合して培地に添加することができる。塩素化エチレン類としては、PCE、TCE、cis-DCE、VCMのいずれか、またはそれらを複数含む組み合わせであることが好ましい。
【0032】
デハロッコッコイデス属細菌は、絶対嫌気性であるため、培養においては、培地調製時、試薬添加時、菌液接種時、サンプリング時等に、極力空気の混入を減らすことが重要である。例えば、揮発しやすい塩素化エチレン類等の試薬の添加や菌液の接種に用いる滅菌済み注射器は、予め滅菌窒素ガスを用いたガス置換処理をするか、あるいは還元剤で満たし空泡を完全に追い出す処理をしておくことが好ましい。また、加熱できないビタミン溶液等はガス置換とフィルター滅菌処理を行うが、滅菌用フィルターについても、予め滅菌窒素ガスを用いたガス置換処理をするか、あるいは予め内部を還元剤で満たし空気を追い出した後、さらに、ガス置換したビタミン溶液を通し還元剤を追い出す処理をしておくことが好ましい。これらの処理においても、還元剤として加熱滅菌処理した還元型グルタチオンを使用することが好ましい。
【0033】
培養は、静置培養、振盪培養等の各種培養法により行うことができる。培養法、温度、pH、期間等の培養条件は、培養するデハロコッコイデス属細菌に応じて、適宜選択することができる。例えば、通常、培養温度は25℃以上35℃以下、pHは6.5~7.5の範囲、培養期間は2ヶ月程度である。また、培養する際の気体は、通常、H2/CO2の混合ガスの混合ガスを使用するが、炭素源としてピルビン酸を使用する場合は、N2/CO2の混合ガス(pH緩衝剤として重炭酸塩を用いる場合)又はN2ガス(重炭酸塩以外のpH緩衝剤を用いる場合)を使用することができる。H2とCO2の体積比は、特に制限されないが、70:30~90:10であることが好ましい。また、N2とCO2の体積比は、特に制限されないが、70:30~90:10であることが好ましい。
【実施例】
【0034】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0035】
「実験1:嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオン水溶液の嫌気を保持する能力の確認」
以下の方法で、水溶液1~3を用意し、レサズリンの色の変化を観察することで、それぞれの水溶液の嫌気状態の評価を行った。なお、レサズリンは、還元状態で透明となり、酸素が存在するとピンク色を呈する。
【0036】
「実施例1」水溶液1(5mM還元型グルタチオン水溶液を嫌気・加熱処理したもの)
レサズリン10mg/Lを溶かした蒸留水に、還元型グルタチオンを5mM(1.53g/L)になるように溶かし、その還元型グルタチオン水溶液10mlを20ml容バイアル瓶に入れて、窒素ガスで7分間バブリングしガス置換した後、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓して、加熱処理(オートクレーブ121℃、20分)した。
【0037】
「実施例2」水溶液2(嫌気・加熱処理した還元型グルタチオン濃縮液を蒸留水に添加し、5mM還元型グルタチオン水溶液にしたもの)
レサズリン10mg/Lを溶かした蒸留水10mlを20ml容バイアル瓶に入れて、窒素ガスで7分間バブリングしガス置換した後、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓して、加熱処理(オートクレーブ121℃、20分)した。このバイアル瓶に、別で用意した嫌気条件下で加熱処理した500mM還元型グルタチオン水溶液100μlを、窒素ガスで置換処理した注射器を使って、封入した。この500mM還元型グルタチオン水溶液は、10mlの蒸留水を20ml容バイアル瓶に入れ、500mMの濃度に相当する還元型グルタチオン1.53gを混ぜ、窒素ガスで7分間バブリングしガス置換した後、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓して、加熱処理(オートクレーブ121℃、20分)することで用意した。
【0038】
「比較例1」水溶液3(嫌気処理した還元型グルタチオン濃縮液を蒸留水に添加し、5mM還元型グルタチオン水溶液にしたもの)
レサズリン10mg/Lを溶かした蒸留水10mlを20ml容バイアル瓶に入れて、窒素ガスで7分間バブリングしガス置換した後、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓して、加熱処理(オートクレーブ121℃、20分)した。このバイアル瓶に、別で用意した嫌気処理のみ行った167mM還元型グルタチオン水溶液300μlを、嫌気処理した注射器を使って、封入した。この167mM還元型グルタチオン水溶液は、10mlの蒸留水を20ml容バイアル瓶に入れ、167mMの濃度に相当する還元型グルタチオン0.51gを混ぜ、窒素ガスで7分間バブリングしガス置換した後、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓することで用意した。
【0039】
作製後5時間まで、レサズリンの色の変化を観察することで、嫌気状態の評価を行った。また、5時間経過した後に、注射器を使って、10mlの空気を封入し、1時間後のレサズリンの色の変化を観察することで、それぞれの水溶液の嫌気状態の評価を行った。結果を表1、
図1に示す。
に示す。
【0040】
【0041】
水溶液1は、加熱処理後(オートクレーブ処理後)無色となり、5時間後も無色であった。また、空気を封入した後も無色であり、還元状態の持続性に優れていた。
水溶液2は、還元型グルタチオンを添加した直後は濃いピンクであったが、経時で色が薄くなり、5時間後に透明となった。また、空気を封入した後も無色であり、還元状態の持続性に優れていた。
水溶液3は、還元型グルタチオンを添加した直後は濃いピンクであった。2時間後まで少しずつ色が薄くなったが、それ以降は色に変化がなくピンクで留まり、無色にはならなかった。空気を封入した後も、ピンクのままであった。
【0042】
「実験2:還元型グルタチオン水溶液とシステイン水溶液を嫌気条件下で加熱処理した場合の嫌気を保持する能力の比較」
以下の方法で、水溶液4、5を用意し、レサズリンの色の変化を観察することで、それぞれの水溶液の嫌気状態の評価を行った。
【0043】
「実施例3」水溶液4(5mM還元型グルタチオン水溶液を嫌気・加熱処理したもの)
レサズリン10mg/Lを溶かした蒸留水に、還元型グルタチオンを5mM(1.53g/L)になるように溶かし、その還元型グルタチオン水溶液10mlを20ml容バイアル瓶に入れて、窒素ガスで7分間バブリングしガス置換した後、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓して、加熱処理(オートクレーブ121℃、20分)した。
【0044】
「比較例2」水溶液5(5mMシステイン塩酸塩水溶液を嫌気・加熱処理したもの)
レサズリン10mg/Lを溶かした蒸留水に、L-システイン塩酸塩一水和物を5mM(0.878g/L)になるように溶かし、そのシステイン塩酸塩水溶液10mlを20ml容バイアル瓶に入れて、窒素ガスで7分間バブリングしガス置換した後、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓して、加熱処理(オートクレーブ121℃、20分)した。
【0045】
オートクレーブ後、バイアル瓶が室温まで冷めた後、注射器を使って、10mlの空気を封入し、17時間後のレサズリンの色の変化を観察することで、それぞれの水溶液の嫌気状態の評価を行った。結果を表2、
図2に示す。
【0046】
【0047】
還元型グルタチオンを、嫌気条件下で加熱処理した水溶液4は、加熱処理後(オートクレーブ処理後)無色となった。また、空気を封入した後も無色であり、還元状態の持続性に優れていた。
それに対し、システインを、嫌気条件下で加熱処理した水溶液5は、加熱処理後(オートクレーブ処理後)薄いピンク色であった。また、空気を封入した直後も同様の薄いピンク色であったが、時間の経過に従い、徐々にレサズリンの色が濃くなり、17時間後濃いピンクになった。
【0048】
「実験3:加熱温度と還元型グルタチオン水溶液の嫌気保持能の関係の確認」
10mlの蒸留水を20ml容バイアル瓶に入れ、167mMの濃度に相当する還元型グルタチオン0.51gを混ぜ、窒素ガスで7分間バブリングしガス置換した後、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓し、嫌気処理のみ行い、加熱処理していない還元型グルタチオン水溶液を用意した。
レサズリン10mg/Lを溶かした蒸留水10mlを20ml容バイアル瓶に入れて、窒素ガスで7分間バブリングしガス置換した後、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓して、加熱処理(オートクレーブ121℃、20分)した。このバイアル瓶に、上記で用意した167mM還元型グルタチオン水溶液300μlを、嫌気処理した注射器を使って、封入した。
【0049】
「比較例3」
上記の嫌気処理のみ行った還元型グルタチオン水溶液のバイアル瓶を、作製後5時間静置し、レサズリンの色が濃いピンクのままで変化しなくなったことを確認してから、室温で1時間50分静置した。また、静置後に、注射器を使って、10mlの空気を封入した。
【0050】
「比較例4」
40℃で20分間静置した後、室温で1時間半静置した以外は、比較例3と同様にした。
「実施例4」
80℃で20分間静置した後、室温で1時間半静置した以外は、比較例3と同様にした。
「実施例5」
120℃で20分間静置した後、室温で1時間半静置した以外は、比較例3と同様にした。
【0051】
培養前後の色の変化を観察することで、嫌気状態の評価を行った。また、空気封入してから1時間後のレサズリンの色の変化を観察することで、それぞれの水溶液の嫌気状態の評価を行った。結果を表3に示す。
【0052】
【0053】
還元型グルタチオンは、嫌気条件下、80℃以上で加熱処理することにより、還元能が向上することが確認できた。80℃より120℃で加熱することで、空気封入後もレサズリンが無色を維持できる還元状態を持続できることが確認できた。
【0054】
「実験4:還元剤別の培養試験」
表4に、使用した重炭酸塩緩衝培地(He, J., Holmes, V.F., Lee, P.K., Alvarez-Cohen, L. "Influence of Vitamin B12 and Cocultures on the Growth of Dehalococcoides Isolates in Defined Medium." Appl. Environ. Microbiol. (2007) 73: p2847-2853.のMineral salts mediumを一部改変)の組成を示す。また、表4中の微量元素溶液、セレナイト・タングステート溶液の組成をそれぞれ下記の表5、6に示す。重炭酸塩緩衝培地の調製は、特許第6103518号の実施例2と同様に行った。
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】
全量70mlのガラスバイアル瓶に、表4に示す培地(0.1%レサズリンナトリウムを含む)50mlを加え、表7に示す還元剤を0.5g/Lまたは1.0g/Lとなるように添加して密栓し、窒素ガスで培地を10分間パージして滅菌処理(121℃、20分)した。冷却後に、予め滅菌窒素ガスを用いてシリンジ内のガスと置換した注射器を使い、無菌的かつ嫌気的に、表8に示すビタミン溶液10mlとTCE溶液(500mg/L、1ml)を加えて培地を作製した。作製したレザズリンを含む培地はいずれも透明であり、還元状態を示していた。
【0059】
【0060】
【0061】
各培地に、別途培養したUCH007株とUCH001株の共培養液(UCH007株:1.32×10
6copies/ml)を1ml植菌し、28℃の恒温室で静置培養を開始した。定期的に培養液中の塩素化エチレン類の濃度をGCMS(島津製作所製 GCMS-QP2010 Ultra)により定量した。塩素化エチレン類濃度の経時変化を
図3に示す。
【0062】
比較例5、6より嫌気条件下で加熱処理したシステインは5.7mM(1.0g/L)の添加量で、比較例7、8より嫌気条件下で加熱処理した硫化ナトリウムは4.2mM(0.5g/L)の添加量で、塩素化エチレン類の脱塩素化を阻害することが確認できた。
それに対し、実施例1~4で用いた嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンは、3.3mM(1.0g/L)の濃度でも塩素化エチレン類の脱塩素化を阻害しなかった。また、嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンと硫化ナトリウムを併用しても、硫化ナトリウム0.25mM(0.06g/L)以下では、脱塩素化を阻害しないことが確認できた。
【0063】
「実験5:嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンの濃度がデハロコッコイデス属細菌の培養に及ぼす影響の確認」
デハロコッコイデス属細菌のTCE脱塩素化反応の進行が、培地に含まれる嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンの濃度の違いにより、どのように影響を受けるか確認を行った。また、従来の還元剤「硫化ナトリウム・L-システイン・DL-ジチオトレイトール混合液(三種混合還元剤)」を使った条件との比較も行った。
【0064】
表9に、使用した重炭酸塩緩衝培地(He, J., Holmes, V.F., Lee, P.K., Alvarez-Cohen, L. "Influence of Vitamin B12 and Cocultures on the Growth of Dehalococcoides Isolates in Defined Medium." Appl. Environ. Microbiol. (2007) 73: p2847-2853.のMineral salts mediumを一部改変した組成を示す。また、表9中の三種混合還元剤の組成を下記表10に示す。
【0065】
培地に加える還元型グルタチオン及び三種混合還元剤の最終濃度を表11に示す。還元型グルタチオンと三種混合還元剤とは培地に加えたタイミングが異なり、還元型グルタチオンが他の培地成分とともに最初から混ぜられたのに対して、三種混合還元剤は還元剤を含まない培地を調製後、最後に滅菌済み注射器を用いて無菌的かつ嫌気的に加えられた。
【0066】
重炭酸塩緩衝培地の培地の調製は次のとおり行った。
トリクロロエチレンストック溶液、ビタミン溶液、三種混合還元剤以外の成分を混合し(還元型グルタチオンは最初から混合する)、pHを約7.2に調整した。20ml容バイアル瓶に培地を10mlずつ分注し、H2/CO2(80/20)混合ガスで7分間バブリングしガス置換した後、PTFEライナーゴム栓とアルミシールで密栓してオートクレーブ処理(121℃、20分)した。この培養容器に、予め滅菌窒素ガスを用いてシリンジ内のガスと置換した注射器を使い、無菌的かつ嫌気的に、下記の別途調製したトリクロロエチレンストック溶液、ビタミン溶液、三種混合還元剤を加え、重炭酸塩緩衝培地を調製した(なお、還元型グルタチオンを使う条件では、三種混合還元剤は添加しない)。
【0067】
トリクロロエチレンストック溶液は、50ml容の遮光バイアル瓶に20mlの蒸留水とスターラーバーを入れ、N2ガスで置換し、PTFEライナーゴム栓とアルミシールで閉じてオートクレーブした後、ガスタイトシリンジを使って4.5μlのトリクロロエチレンを入れ、終夜攪拌することによって調製した。
三種還元剤は、下記表10に示す組成の溶液を調製し、20ml容バイアル瓶に10mlずつ分注し、N2ガスで7分間バブリングしガス置換した後、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓してオートクレーブ処理(121℃、15分)した。
【0068】
【0069】
【0070】
【0071】
20mlのバイアル瓶(ガスクロマトグラフィー用、PTFE加工ブチルゴム栓)に、上記重炭酸塩緩衝培地10mlを分注し、滅菌したシリンジを用いて上記実験4で用いたUCH007株とUCH001株の共培養液を100μl植菌し、30℃の恒温室で静置培養を開始した。培養14日目に培養液中の塩素化エチレン類の濃度を、キャピラリーカラム(Agilent J&W GCカラム DB-624、0.32mm×30m)とFIDを装備したガスクロマトグラフィー(モデル6890N、Agilent Technologies社)を用いて、ヘッドスペース法にて定量した。結果を
図4に示す。
【0072】
還元型グルタチオンは、1~10mMのいずれの範囲内でも脱塩素化が進行し、デハロコッコイデス属細菌の増殖が促進していることが示された。還元型グルタチオンを5mM添加した場合に、TCE、cis-DCEの分解が進んでおり、デハロッコッコイデス属細菌が顕著に増加したことが確認できた。また、還元型グルタチオンが10mMでもデハロコッコイデス属細菌は培養できており、培養時に高濃度の還元型グルタチオンを用いてより高い還元状態の維持が可能であることが示された。
なお、UCH007株は、デハロコッコイデス属内の系統グループであるVictoriaグループに属する。我々は、Victoriaグループにとは異なるCornellグループに属する菌株においても本発明に基づく方法で安定的に培養できることを確認しており、このことから本培養法は、デハロコッコイデス属細菌全体に適用できるものと考えられる。
【0073】
「実験6 本発明を用いることにより、絶対嫌気性デハロコッコイデス属細菌を大容量の容器で培養できることを示す実験」
培養スケールを大きくすると、気密性を高く保つことが難しく空気が混入する可能性が高くなるため、高い嫌気度を要求するデハロコッコイデス属細菌を培養することは困難であった。
還元型グルタチオンを、嫌気条件下で加熱処理するという本発明に基づく方法で、デハロコッコイデス属細菌を安定的に大量培養できるかを確認した。また、従来の還元剤「硫化ナトリウム・L-システイン・DL-ジチオトレイトール混合液(三種混合還元剤)」を使った条件との比較も行った。
【0074】
大量培養用の培養容器として、管頭部(蓋)に菌液やガスの採取が可能なサンプリングポートを設ける改造を行った5ガロンのビア樽(コーネリアスタイプ)を使用した。
サンプリングポートは、ビア樽の蓋に12φmm程度の穴を開け、エイブル株式会社製のナット締め付け式φ12電極口(品番:C00000-C005)及びブチルゴム製O-リングを使って隔壁のネジ口を設け、そこに日電理化硝子株式会社製の凍結乾燥用ブチルゴム栓・B(大)を装着し、エイブル株式会社製φ12袋ナット(品番:C00000-C008)で締め付けて固定することで制作した。滅菌済み注射器を用いてブチルゴム栓に注射針を穿刺することで菌液やガスの採取を行った。
【0075】
「実施例14」還元型グルタチオンを含む培地を使用して大量培養したもの
上記で蓋を改造した5ガロンのビア樽からなる培養容器に、表12に示す還元型グルタチオンを含む培地を10L、15L又は18L入れたものをそれぞれ作製した。なお、表12に示す組成は、蒸留水1Lあたりに対する組成である。還元型グルタチオンを含む培地調製の手順は以下の通り行った。(1)培地をビア樽に入れて、1時間、窒素ガス置換を行った。(2)オートクレーブ滅菌(121℃、20分間)した。(3)オートクレーブ直後から1時間窒素ガス置換した後、さらに、容器を氷水に浸し、容器全体の温度が室温以下になるまで(30分程度)ガス置換した。(4)予め滅菌窒素ガスを用いたガス置換処理した注射器を使い、無菌的かつ嫌気的に、表8に示すビタミン溶液と、TCE又はcis-DCEのストック溶液を加えた。
培地調製後、別途培養していたUCH007株とUCH001株の共培養液を、窒素ガス置換処理した注射器を使って、培地の100分の1量を植菌し、室温で静置培養を開始した。培養中、定期的に培養液中の塩素化エチレン類の濃度を、キャピラリーカラム(Agilent J&W GCカラム DB-624、0.32mm×30m)とFIDを装備したガスクロマトグラフィー(モデル6890N、Agilent Technologies社)を用いて、ヘッドスペース法にて定量した。
【0076】
【0077】
「比較例10」従来の還元剤「硫化ナトリウム・L-システイン・DL-ジチオトレイトール混合液(三種混合還元剤)」を培地に添加して大量培養したもの
蓋を改造した5ガロンのビア樽に還元型グルタチオンを除いた表12に示す培地を10L入れて、上記の還元型グルタチオンを含む培地調製の手順(1)~(4)と同じ様に培地調製を行ったが、手順(4)において、三種混合還元剤を、無菌的かつ嫌気的に、硫化ナトリウム、L-システイン及びDL-ジチオトレイトールを最終濃度0.2mM、0.2mM、0.5mMになるように添加した。この三種混合還元剤の濃度はデハロコッコイデス属細菌を培養するのに適切な濃度であり(非特許文献1)、20ml容のバイアル瓶に10mlの培地を入れるような培養スケールでは、培地に入れたレサズリンの色が透明になり、問題無くデハロコッコイデス属細菌を問題無く培養できることを確認している。
【0078】
比較例10では、還元剤を添加しても培地に含まれるレサズリンの色がピンクのまま留まり、デハロコッコイデス属細菌を培養可能な状態まで酸化還元電位を下げることができなかった。
それに対し、還元型グルタチオンを含む培地をガス置換しオートクレーブした実施例14では、培地調製後、常にレサズリンの色が無色となり、培地に添加するVOCの種類がTCE、cis-DCEのいずれの場合でも、また、培地量が10L、15L、18Lのいずれの場合でも、デハロコッコイデス属細菌を安定的に培養できることが確認された。一例として、TCEを使った培地量15Lの場合の塩素化エチレン類の濃度の経時変化を
図5に示す。嫌気条件下で加熱処理した還元型グルタチオンからなる還元剤を用いることにより、5ガロンのビア樽を使用した大量培養でもデハロコッコイデス属細菌を安定的に培養できることが確認された。