(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-13
(45)【発行日】2023-09-22
(54)【発明の名称】植物の成長促進方法
(51)【国際特許分類】
A01N 63/20 20200101AFI20230914BHJP
A01N 25/00 20060101ALI20230914BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20230914BHJP
A01G 22/22 20180101ALI20230914BHJP
A01G 7/00 20060101ALI20230914BHJP
A01C 1/00 20060101ALI20230914BHJP
【FI】
A01N63/20
A01N25/00 102
A01P21/00
A01G22/22 Z
A01G7/00 605Z
A01C1/00 A
(21)【出願番号】P 2020143558
(22)【出願日】2020-08-27
【審査請求日】2022-05-06
(73)【特許権者】
【識別番号】594158150
【氏名又は名称】学校法人君が淵学園
(73)【特許権者】
【識別番号】592008767
【氏名又は名称】株式会社松本微生物研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】520328707
【氏名又は名称】株式会社Ciamo
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮坂 均
(72)【発明者】
【氏名】古賀 碧
(72)【発明者】
【氏名】後藤 みどり
(72)【発明者】
【氏名】牧 孝昭
(72)【発明者】
【氏名】山田 直樹
【審査官】奥谷 暢子
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-227322(JP,A)
【文献】特開平08-310910(JP,A)
【文献】特開2007-176759(JP,A)
【文献】特開2004-018272(JP,A)
【文献】特開2015-039359(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N
A01P
A01G
A01C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネの種もみを、播種前に
、ロドバクター属の細菌又はロドシュードモナス属の細菌の
、死菌の懸濁液に浸漬することを特徴とする植物の成長促進方法。
【請求項2】
前記死菌が破砕されていないものであることを特徴とする請求項
1に記載の植物の成長促進方法。
【請求項3】
前記ロドバクター属の細菌がロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)であることを特徴とする請求項
1又は2に記載の植物の成長促進方法。
【請求項4】
前記ロドシュードモナス属の細菌がロドシュードモナス・パルストリス(Rhodopseudomonas palustris)であることを特徴とする請求項
1又は2に記載の植物の成長促進方法。
【請求項5】
前記懸濁液中の前記
死菌の濃度が、1×10
4 菌/mL~1×10
7 菌/mLであることを特徴とする請求項1~
4のいずれか
に記載の植物の成長促進方法。
【請求項6】
ロドバクター属の細菌又はロドシュードモナス属の細菌の
、破砕されていない死菌を主成分として含有することを特徴とする
、イネの種もみの成長促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の成長促進方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光合成細菌を植物に投与することによって該植物の成長を促進する効果が得られることは従来から知られている(例えば、非特許文献1~3を参照)。光合成細菌は、病原性がなく、培養も容易であることから、光合成細菌の菌体を主成分とする植物成長促進剤が、農業、園芸、造園などの分野で広く利用されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Effects of Rhodobacter capsulatus inoculation in combination with graded levels of nitrogen fertilizer on growth and yield of rice in pots and lysimeter experiments, World Journal of Microbiology & Biotechnology 15: pp.393-395 (1999)
【文献】Field Evidence for the Potential of Rhodobacter capsulatus as Biofertilizer for Flooded Rice, Curr Microbiol. 62:pp.391-395 (2011)
【文献】Promoting Effects of a Single Rhodopseudomonas palustris Inoculant on Plant Growth by Brassica rapa chinensis under Low Fertilizer Input, Microbes Environ. 29: pp.303-313 (2014)
【文献】A. Koga, M. Goto, T. Morise, H.T.D. Tran, T. Kakimoto, K. Kashiyama, N. Yamauchi, K. Nakayama, S. Hayashi, S. Yamamoto, H. Miyasaka, Value-added recycling of distillation remnants of Kuma Shochu: a local traditional Japanese spirit, with photosynthetic bacteria. Waste Biomass Valor. https://doi.org/10.1007/s12649-019-00919-z (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来の植物成長促進剤は、一般的に光合成細菌を生菌(生きた菌)の状態で含んでいるため、保管時や運搬時の管理が難しいという問題があった。更に、従来、光合成細菌の植物への投与方法としては、葉面散布、根元への灌注、水田への流し込み等が一般的であるが、これらの投与方法は圃場で行うために多くの労力を要し、且つ使用する光合成細菌の量も多い。例えば水田への流し込みでは1反(10a)当り10リットル程度の光合成細菌培養液が必要となる。
【0005】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、光合成細菌の投与による植物の成長促進方法において、投与に係る手間やコストを低減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために成された本発明に係る植物の成長促進方法は、植物の種子を、播種前に光合成細菌の死菌の懸濁液に浸漬することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0007】
上記の通り、本発明に係る植物の成長促進方法は、光合成細菌の懸濁液に植物の種子を浸漬することによって、植物への光合成細菌の投与を行うものであるため、従来の葉面散布、根元への灌注、又は水田への流し込み等による投与に比べて、光合成細菌の使用量や投与に係る労力を抑えることができる。また、光合成細菌を死菌の状態で投与するため、投与前における菌体の保管時及び輸送時の管理が容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の一実施形態に係る植物の成長促進方法の概略を示す模式図。
【
図2】純粋培養した光合成細菌株Rhodobacter sphaeroides NBRC 12203
Tの生菌又は死菌の種々の濃度の懸濁液で処理した種もみの総根長、根の表面積、及び根端数を示すグラフ。
【
図3】純粋培養した光合成細菌株Rhodopseudomonas palustris NBRC 16661の死菌の種々の濃度の懸濁液で処理した種もみの総根長、根の表面積、及び根端数を示すグラフ。
【
図4】焼酎粕培地で培養した光合成細菌Rhodobacter sp. Turu3及び Rhodopseudomonas sp. Turu2の生菌又は死菌の懸濁液で処理した種もみの総根長、根の表面積、及び根端数を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、植物の種子を光合成細菌の懸濁液で浸漬処理した後に播種すると、その後の根の伸長、特に細根(側根)の伸長が顕著に促進されることを見出した。更に、本発明者は、光合成細菌は死菌(死んだ菌)の状態で投与しても、生菌(生きた菌)の状態で投与するのと同等の成長促進効果が得られることを見出した。本発明に係る植物の成長促進方法は、上記知見に基づいて想到されたものである。
【0010】
すなわち、本発明に係る植物の成長促進方法は、植物の種子を、播種前に光合成細菌の死菌の懸濁液に浸漬するものである。
【0011】
なお、前記光合成細菌の死菌は、破砕されていない(すなわちインタクト(intact)である)ことが望ましい。
【0012】
ここで、「破砕されていない」とは、光合成細菌の菌体が、細胞破砕のための処理、例えば、超音波処理、ホモジナイザー処理、乳鉢・乳棒による処理、凍結融解処理、又は酵素による細胞の溶解処理などを受けていないことを意味する。
【0013】
なお、前記植物の種類は特に限定されるものではないが、本発明に係る植物の成長促進方法は、特にイネに好適に用いることができる。
【0014】
なお、本発明に係る植物の成長促進方法において、前記光合成細菌の種類は特に限定されるものではないが、いずれも紅色非硫黄細菌であることが望ましく、その中でも、特にロドバクター属の光合成細菌又はロドシュードモナス属の光合成細菌であることが望ましい。前記ロドバクター属の光合成細菌としては、例えば、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)を好適に用いることができる。また、ロドバクター・スフェロイデスとしては、「PSB凍結菌体」、「オーレスPSB」、「光オーレス」、「NEWパナオーレス」、又は「オーレスみどり」の名称で市販されている菌体(販売元:株式会社松本微生物研究所)等を好適に用いることができる。また、前記ロドシュードモナス属の光合成細菌としては、例えば、ロドシュードモナス・パルストリス(Rhodopseudomonas palustris)を好適に用いることができる。また、ロドシュードモナス・パルストリスとしては、例えば、「光合成細菌 活性液」の名称で市販されている菌体(販売元:有限会社イーエムテックフクダ)等を好適に用いることができる。
【0015】
図1に、本発明の一実施形態に係る植物の成長促進方法の概略を示す。この方法では、光合成細菌の菌体(生菌)を含む培養液に対して加熱処理等を施すことによって前記菌体を死滅させ、得られた菌体(死菌)の懸濁液を、必要に応じて水などで適当な濃度に希釈する。前記光合成細菌の菌体(生菌)を含む培養液は、純粋培養した光合成細菌の培養液でもよいし、焼酎粕等を利用して培養した純粋培養でない光合成細菌を主たる構成微生物とする培養液であってもよい。なお、前記培養液を加熱処理する際の温度の目安は、60℃以上、望ましくは70℃以上、より望ましくは100℃以上であるが、これに限定されるものではない。その後、前記懸濁液に植物の種子(イネの種もみなど)を所定時間に亘って浸漬した後、当該種子を通常通りに播種して栽培する。なお、浸漬処理を行う時間の目安は、12時間~36時間、望ましくは20時間~28時間、より望ましくは22時間~26時間程度であるが、これに限定されるものではない。また、浸漬処理時の前記懸濁液中における光合成細菌の濃度の目安は、1×10
4 菌/mL~1×10
7 菌/mL程度、より望ましくは、1×10
5 菌/mL~1×10
7 菌/mL程度であるが、これに限定されるものではない。
【0016】
本発明に係る植物の成長促進方法により、植物の根の成長が促進され、その結果、栄養や水分の吸収効率が向上して植物体全体の成長を促すことができる。また、本発明に係る方法では、種子の段階で光合成細菌の投与を行うため、従来の葉面散布、根元への灌注、水田への流し込み等のように圃場での投与を行う場合に比べて手間が掛からず、光合成細菌の使用量も従来の方法に比べると極めて僅かで済む。例えば、光合成細菌をイネに投与する場合、従来の水田への流し込み投与では、光合成細菌の培養液を1反(10a)当り10リットル程度投与する必要があったが、本発明の方法では、例えば、同様の培養液(ただし加熱等により殺菌処理したもの)を10,000倍に希釈して得られた死菌の懸濁液10Lに1反分の種もみ(3 kg)を浸漬することで効果が得られるため、1反当りに使用する培養液の量は1mLで済むこととなる。また、本発明の方法では、光合成細菌を死菌の状態で投与するため、生菌の状態で投与する場合に比べて、投与前の菌体の保管及び輸送時の管理が容易となる。例えば、本発明の方法では、投与前の菌体(死菌)を長期間安定して保存することができ、菌体を凍結保存しておくことも可能である。また、菌体の保管中又は輸送中に一時的な高温に晒されても問題がない。また、外国への輸出を行う場合も生菌の状態で輸出する場合のような特別な許可を得る必要がないという利点もある。また、非破砕の光合成細菌の懸濁液を投与する場合には、当該懸濁液の調製が一層容易となり、植物への光合成細菌の投与に掛かる手間を更に軽減することができる。
【0017】
なお、本発明は、光合成細菌の破砕されていない死菌を主成分として含有することを特徴とする植物の成長促進剤をも提供するものである。
【実施例1】
【0018】
以下、本発明の効果を確認するために行った実施例について説明する。本実施例では、純粋培養した光合成細菌株Rhodobacter sphaeroides NBRC 12203Tの生菌又は死菌を、種々の濃度でイネの種もみに投与して根の成長への影響を調べた。
【0019】
(実験方法)
まず、独立行政法人製品評価技術基盤機構より入手したRhodobacter sphaeroidesの標準菌株(NBRC 12203T)を、同機構が指定するSA Medium (NBRC Medium No.360)を用いて純粋培養した。そして、生きた状態の菌体(生菌)を含む光合成細菌培養液(菌濃度 1x109 菌/mL)を希釈することにより、 1x104 菌/mL、 1x105 菌/mL、 1x106 菌/mL、 及び1x107 菌/mLの生菌懸濁液をそれぞれ調製した。また、前記生菌を含む光合成細菌培養液(菌濃度 1x109 菌/mL)をオートクレーブ処理(121℃、15分)した後、水で希釈することにより、 1x104 菌/mL、 1x105 菌/mL、 1x106 菌/mL、 及び1x107 菌/mLの死菌懸濁液を調製した。なお、前記各懸濁液の調製に際しては、波長660nmにおける濁度OD660を測定し、OD660 = 1が、1x109 菌/mLであるとして菌濃度を計算した。
【0020】
次に、乾燥状態のイネ(品種「くまさんの力」)の種もみを、各濃度の生菌懸濁液又は死菌懸濁液に24時間浸漬した。また、対照試験として、光合成細菌を含まない水に前記種もみを24時間浸漬した。浸漬後、種もみを水洗いして、土壌として Pro-Mix PGX (70% peat moss)を収容した49穴のセルトレイ(28 cm x 28cm)に種もみを播種した。その後、25℃、12時間明・12時間暗条件で、15日間栽培したのち、根の成長を評価した。
【0021】
根の成長の評価には、専用解析ソフトWinRHIZO(Regent Instruments Inc.)を使用した。具体的には、まず、WinRHIZO専用トレイに水を張り、前記種もみから伸びた根から土を落とした上で、当該根を広げ、A4フラットベッドスキャナー(EPSON GT-X980)を用いて根の画像を取り込んだ。以上で取り込んだ根の画像をWinRHIZOで解析し、総根長 (cm)、根の表面積 (cm2)、及び根端数(根の総数)を評価した。なお、評価に用いる種もみの数は各区とも5とした。
【0022】
(結果)
上記試験の結果を
図2に示す。 同図から明らかなように、光合成細菌Rhodobacter sphaeroides NBRC 12203
Tの生菌懸濁液で処理した種もみ、及び前記光合成細菌の死菌懸濁液で処理した種もみのいずれにおいても、1×10
4 菌/mL ~1×10
7 菌/mL の濃度において、対照(水で浸漬処理したもの)に比べて総根長、根の表面積、及び根端数が増大していた。なお、生菌で処理したものと死菌で処理したものとで大きな差はみられず、いずれも最も効果的な濃度は1×10
5菌/mL付近であった。以上のことから、イネの種もみをRhodobacter sphaeroides NBRC 12203
Tの懸濁液に浸漬することで根の成長を促進できること、及び死菌でも生菌と同等の効果が得られることが確認された。
【実施例2】
【0023】
純粋培養した光合成細菌株Rhodopseudomonas palustris NBRC 16661の死菌を、種々の濃度でイネの種もみに投与して根の成長への影響を調べた。
【0024】
(実験方法)
まず、独立行政法人製品評価技術基盤機構より入手した標準光合成細菌株Rhodopseudomonas palustris NBRC 16661を、同機構が指定するSA Medium (NBRC Medium No.360)を用いて純粋培養し、実施例1と同様の方法により、1x104 菌/mL、 1x105 菌/mL、 1x106 菌/mL、 及び1x107 菌/mLの死菌懸濁液を調製した。そして、これらの死菌懸濁液を使用して、実施例1と同様の手順によりイネの種もみの浸漬処理、播種、栽培、及び根の成長の評価を行った。なお、評価に用いる種もみの数は各区とも5とした。
【0025】
(結果)
上記試験の結果を
図3に示す。同図から明らかなように、光合成細菌Rhodopseudomonas palustris NBRC 16661の死菌懸濁液で処理した種もみにおいても、1×10
4 菌/mL~1×10
7 菌/mL の濃度において、対照(水で浸漬処理したもの)に比べて総根長、根の表面積、及び根端数が増大していた。なお、最も効果的な濃度は1×10
4菌/mL付近であった。以上のことから、イネの種もみをRhodopseudomonas palustris NBRC 16661の死菌懸濁液に浸漬した場合にも根の成長を促進できることが確認された。
【実施例3】
【0026】
焼酎粕培地で培養した光合成細菌(純粋培養ではない光合成細菌)Rhodobacter sp. Turu3及び Rhodopseudomonas sp. Turu2の生菌又は死菌の懸濁液でイネの種もみを処理して根の成長促進効果を調べた。
【0027】
(実験方法)
熊本県八代市坂本町鶴喰の水田土壌から単離したRhodobacter sp. Turu3とRhodopseudomonas sp. Turu2を、非特許文献4に記載の球磨焼酎粕を原料に作成した培地で培養し、その後、光合成細菌培養液を希釈することによって1x105 菌/mLの生菌懸濁液を調製した。また、前記光合成細菌培養液(菌濃度 1x109 菌/mL)をオートクレーブ処理(121℃、15分)した後、希釈することにより、1x105 菌/mLの死菌懸濁液を調製した。なお、前記生菌懸濁液及び死菌懸濁液の調製に際しては、波長450nmでカロテン類の吸収を測定し、OD450 = 2が1x109 菌/mLであるものとして菌濃度を計算した。
【0028】
以上の生菌懸濁液及び死菌懸濁液を使用して、実施例1と同様の手順によりイネの種もみの浸漬処理、播種、及び根の測定を行った。なお、評価に用いる種もみの数は各区とも5とした。
【0029】
(結果)
上記試験の結果を
図4に示す。同図から明らかなように、焼酎粕培地で培養した光合成細菌Rhodobacter sp. Turu3及びRhodopseudomonas sp.Turu2共に、生菌又は死菌のいずれによる種もみ処理によっても根の成長促進効果が得られることが確認された。