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特許7349128高温超伝導線材、その製造方法および製造装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-13
(45)【発行日】2023-09-22
(54)【発明の名称】高温超伝導線材、その製造方法および製造装置
(51)【国際特許分類】
   H01B 12/06 20060101AFI20230914BHJP
   H01F 6/06 20060101ALI20230914BHJP
   C01G 1/00 20060101ALI20230914BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20230914BHJP
【FI】
H01B12/06 ZAA
H01F6/06 140
H01F6/06 150
C01G1/00 S
H01B13/00 565D
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019133014
(22)【出願日】2019-07-18
(65)【公開番号】P2021018891
(43)【公開日】2021-02-15
【審査請求日】2022-07-11
(73)【特許権者】
【識別番号】504193837
【氏名又は名称】国立大学法人室蘭工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金沢 新哲
(72)【発明者】
【氏名】川村 幸裕
【審査官】北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/024528(WO,A1)
【文献】JIN Xinzhe el al.,Fabrication of 16-main-core RE123 split wire using inner split method,IEEE Transactions on Applied Superconductivity,volume.29,number.5,2019年02月22日,p.1-4,[online],[retrieved on 2023年04月25日],Retrieved from the Internet:<URL:http://hdl.handle.net/10258/00009896
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 12/06
H10N 60/80
H01F 6/06
C01G 1/00
H01B 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層上に形成された金属製の安定化層を有し、
前記酸化物超伝導層に、長手方向のクラックが複数形成されており、
前記クラックのそれぞれは1μm以下の幅を有し、
前記クラックの長手方向の配置は不規則である、
ことを特徴とする、高温超伝導線材。
【請求項2】
前記複数のクラックの幅方向の配置は不規則である
請求項1に記載の高温超伝導線材。
【請求項3】
幅方向に隣接する2つのクラックの間隔が50μm以下である、
請求項1または2に記載の高温超伝導線材。
【請求項4】
前記酸化物超伝導層は、REBaCu7-δ(ただし、REは一つまたは複数の希土類元素)からなる、
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の高温超伝導線材。
【請求項5】
テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層上に形成された金属製の安定化層を備え、前記酸化物超伝導層に長手方向のクラックが長手方向に不規則に複数形成された高温超伝導線材の製造方法であって、
テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層を用意するステップと、
前記金属基板の前記中間層が形成されていない面の方から刃部材を押し当てることにより、前記酸化物超伝導層にクラックを形成するステップと、
を含む、高温超伝導線材の製造方法。
【請求項6】
前記刃部材の刃先の幅は1μm以上から100μm以下である、
ことを特徴とする請求項5に記載の高温超伝導線材の製造方法。
【請求項7】
前記クラックを形成するステップでは、前記金属基板の変形が20%以下となる力で、前記刃部材を前記金属基板に押し当てる、
ことを特徴とする請求項6に記載の高温超伝導線材の製造方法。
【請求項8】
前記刃部材は複数の回転刃を重ねたものであり、
前記クラックを形成するステップでは、前記高温超伝導線材を、互いに対向して設けられた前記刃部材とガイドローラの間を通過させることにより、前記クラックを形成する、
請求項5から7のいずれか1項に記載の高温超伝導線材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導層に人工的にクラックを導入した高温超伝導線材、ならびに、その製造方法および製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
超伝導線材は、交流電流(AC)利用では、電動機、ケーブル、発電機に用いられ、直流電流(DC)利用では、NMR(Nuclear Magnetic Resonance)装置や、MRI(Magnetic
Resonance Imaging)装置などに広く用いられている。近年は、希土類系の高温超伝導線材(REBCO線材)が生産されており、これを用いた研究開発が行われている。
【0003】
超伝導線材を用いたコイルでは、DC利用におけるマグネットの遮蔽電流磁場や、AC利用における交流損失(ACロス)を低減するために、超伝導層を細線化することが求められる。しかし、高い臨界電流を持つREBCO線材を製造するには結晶成長で配向をそろえる必
要があるため、NbTiのように断面が円形の多芯線ができず、通常幅が数mmで厚さ数百μm
の単芯テープ線になっている。これを解決しようとして、線材の基板上に複数の溝を長手方向に形成させて超伝導層を複数フィラメント化した多芯構造のスクライビング線材が提案されている。スクライビングの手法として、機械的な研削や、化学的なエッチング、レーザによる切断などが提案されている(特許文献1-3)。また、より細かい多芯構造を持つスプリット線材も提案されている(特許文献4,非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-141688号公報
【文献】特開2011-96566号公報
【文献】特表2013-503422号公報
【文献】国際公開第2016/024528号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】T Machi, K Nakao, T Kato, T Hirayama and K Tanabe, "Reliable fabrication process for long-length multi-filamentary coated conductors by a laser scribing method for reduction of AC loss", Supercond. Sci. Technol. 26 (2013) 105016 (15pp)
【文献】Xinzhe Jin, Yasuteru Mawatari, Toshihiro Kuzuya, Yusuke Amakai, Yoshinori Tayu, Naoki Momono, Shinji Hirai, Yoshinori Yanagisawa, Hideaki Maeda, "Fabrication of 16-main-core RE123 split wire using inner split method," IEEE Transactions on Applied Superconductivity, 29, 6601304 (4pp), 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、機械的な研削や化学的なエッチングを用いたスクライビング方法による多芯化では、フィラメント間の最小溝幅が約0.2mmであるため、溝を複数形成させると臨
界電流が半分程度に低下していることが報告されている(非特許文献1)。
【0007】
一方、レーザを用いたスクライビング方法による多芯化では、レーザスポット径を小さくすることにより溝幅を狭くできるため、機械的な研削や化学的なエッチングと比較して交流損失の低減が期待される。しかしながら、この手法では、フィラメント間の溝に安定化層材料由来の溶融物(屑)が残るためフィラメント間の電気抵抗が低下し、カップリン
グ効果により交流損失の低減効果が得られなくなるといった問題がある(特許文献2、特許文献3)。このため、弱いレーザを用いてゆっくり例えば数m/h程度の速度でスクライ
ビングすることや、レーザ照射工程以外に溶融物を除去するための工程(例えばエッチング工程)などが必要となり、製造工程の煩雑化やコストの高騰を招く可能性がある。
【0008】
なお、精密機械式であるスプリット方法による多芯化では、折り曲げまたは加圧による押しつぶしにより、直線的なスプリットを複数形成できるため、他の多芯化方法と比べ、交流損失を大きく低減できる。この手法では、臨界電流を80%以上に大きく改善できるので、DC利用におけるNMRとMRIなど高磁場で有効性が高いものの、モータなどの低磁場応用では、例えば1T以下で、臨界電流を向上できるまでは至っていない。
【0009】
このような課題を考慮し、本発明は、超伝導性能向上と交流損失低減(遮蔽電流改善)を両立させる高温超伝導線材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第一の態様は、テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層上に形成された金属製の安定化層を有し、前記酸化物超伝導層に、長手方向のクラックが複数形成されており、前記クラックのそれぞれは1μm以下の幅を有する、ことを特徴とする。
【0011】
本明細書において、高温超伝導層に形成されるクラック(亀裂、ひび(罅))とは、その部分で材料が切断または電気的に遮断される箇所である。特に、酸化物超伝導層に形成されるクラックとは、その部分に超伝導電流が流れないように切断されることを意味する。
【0012】
本態様におけるクラックは、上述のように超伝導電流が流れないような切断である限り幅が細いことが望ましく、例えば、クラックの幅は1μm以下であり、さらに好ましくは0.1μm以下である。
【0013】
また、長手方向のクラックとは、必ずしも線材の長手方向と平行な直線であることを意味するものではなく、微視的に見たときに直線でなくてもよい。
【0014】
本態様において、複数のクラックは不規則に形成されることが好ましい。ここで「不規則に形成される」とは、個々のクラックの長さ、幅方向に隣接するクラック間の間隔、長手方向に隣接するクラック間の間隔、の少なくともいずれか、より好ましくはこれらの全てが、不定(一定ではない)に形成されることを意味する。個々のクラックの長さは1mm以下の不定の長さであることが好ましい。
【0015】
幅方向に隣接するクラック間の間隔は、50μm以下の不定の長さであることが好ましい。ただし、線材幅方向に分離された複数のクラック形成範囲(ライン)にクラックが形成される場合、1つのクラック形成範囲内での隣接するクラック間の間隔が50μm以下であればよく、異なるクラック形成範囲内のクラックのあいだの距離はこれ以上であってもよい。さらに、線材全体において、さらに好ましくは各クラック形成範囲内において、少なくともある1組の隣接するクラックについて、幅方向の間隔が10μm以下であることが好ましい。
【0016】
本態様のような不規則なクラックが人工的に形成された超伝導線材は、線材面に垂直な磁場を通過させることができ、AC利用では交流磁化損失、DC利用では反磁性を低減することができる。したがって、このような高温超伝導線材を用いた超伝導コイルを製造することで交流損失や遮蔽電流磁場などを低減することができる。また、クラックの幅が小さい
ので、自己磁場中での超伝導性能の劣化を大いに抑制できる。したがって、多数のクラックを形成することができ、低磁場中での臨界電流向上が可能である。
【0017】
本発明の第二の態様は、テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層上に形成された金属製の安定化層を備え、前記酸化物超伝導層に長手方向のクラックが複数形成された高温超伝導線材の製造方法であって、テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層を用意するステップと、前記金属基板の前記中間層が形成されていない面の方から刃部材を押し当てることにより、前記酸化物超伝導層にクラックを形成するステップと、を含むことを特徴とする。
【0018】
なお、クラックを形成するステップは、金属基板上に酸化物超伝導層が形成されているが安定化層は形成されていない状態で実施してもよいし、安定化層まで形成されている状態で実施してもよい。前者の場合には、クラックを形成するステップの後に安定化層を形成するステップを設けてもよい。
【0019】
クラックを形成するステップでは、前記刃部材を、線材長手方向に沿って押し当てることが好ましい。また、刃部材として回転刃部材を用い、回転刃部材を回転させながら線材長手方向に沿って相対的に移動させつつ、前記金属基板に押し当てることが好ましい。
【0020】
本態様によれば、金属基板が刃部材から圧力を受けると、引き裂き応力として酸化物超伝導層まで印加されて、酸化物超伝導層に線材長手方向のクラックが不規則に複数形成される。
【0021】
本態様において、前記刃部材の刃先の幅は20μm以下であることが好ましい。また、加える荷重の強さは、酸化物超伝導層が一部切断できるが、金属基板はほぼ変形しない程度とすることが好ましい。前記クラックを形成するステップでは、前記金属基板の変形が20%以下となる力で、前記刃部材を前記金属基板に押し当てることが好ましい。例えば、金属基板が厚さ0.2mmのステンレス鋼(SUS)基板である場合は、外径30mmの刃部材を1つの刃先あたり1N以上10N以下の力で押し当てることが好ましい。また、金属基板が厚さ0.2mmのハステロイ基板である場合は、刃部材を1つの刃先あたり2N以上20N以下の力で押し当てることが好ましい。
【0022】
このような構成によれば、金属基板を劣化させずに、酸化物超伝導層に細いクラックを複数形成することが可能である。
【0023】
また、本態様において、前記クラックを形成するステップでは、前記高温超伝導線材を、同一の回転軸で重ねられた複数の回転刃部材と、ガイドローラとの間を通過させることにより、前記クラックを形成する、ことも好ましい。
【0024】
このような構成によれば、1回のステップで広い範囲にわたってクラックを形成することができるため、長尺化を容易に達成でき、複数のクラックを同時に形成できる。また、このような方法によって形成されるクラックは、断続的な破線ではなく不規則(ランダム)な分布となるが、線材長手方向では互いに平行に形成することができる。
【0025】
また、本態様において、酸化物超伝導層にクラックを形成するステップの後に、酸化物超伝導層を保護する金属製の安定化層を形成するステップを含むことが好ましい。これにより、安定化層の付いた高温超伝導線材が製造できる。
【0026】
本発明の第三の態様は、テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層表面に形成された金属製の安定化層を有し、前記酸化物超伝導
層に長手方向のクラックが複数形成された高温超伝導線材の製造装置であって、ガイドローラと、前記ガイドローラと対向して設けられた複数の回転刃が重ねられた回転刃部材を備える高温超伝導線材の製造装置である。
【0027】
本態様の製造装置を用いることで、酸化物超伝導層に長手方向に沿ったクラックが形成された超伝導線材を容易に製造することができる。
【0028】
また、本発明は、上記のようにして接続された高温超伝導線材を用いた超伝導コイルとしても捉えることができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、本発明は、超伝導性能向上と交流損失低減(遮蔽電流改善)を両立させる高温超伝導線材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】実施形態に係るREBCO線材の構造を説明する図である。
図2】実施形態に係るREBCO線材のREBCO層に形成されるクラックを説明する模式図である。
図3】実施形態に係るREBCO線材のREBCO層に形成されるクラックの別の例を示す図である。
図4】実施形態に係るREBCO線材の製造方法を説明する模式図である。
図5】実施形態に係るREBCO線材の製造装置を説明する模式図である。
図6】実施形態に係るREBCO線材のREBCO層の断面および表面の外観観察の結果を示す図である。
図7】実施形態に係るREBCO線材の磁化測定の結果を示す図である。
図8】実施形態に係るREBCO線材の電流電圧特性測定の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を、実施例に基づいて例示的に詳しく説明する。ただし、この実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0032】
<概要説明>
本実施形態は、REBCO層および中間層(バッファ層)のみにクラックが多数形成されているREBCO線材(高温超伝導線材)である。REBCO層(および中間層)に多数のクラック(ひび(罅))が形成されているので、高温超伝導多か(罅)線と称することもできる。以下、本実施形態に係るREBCO線材の構造について説明する。
【0033】
REBCO線材10の構造を図1(a)に示す。一実施形態に係るREBCO線材10は、金属基板11、中間層12、REBCO層13、銀安定化層14、銅安定化層15からなる多層構造を有する。ここで、REBCO層13および中間層12には、図1(b)~(d)に示すように、REBCO線材10の長手方向に沿ったクラック16が設けられているのに対し、金属基板11、銀安定化層14、銅安定化層15にはこのようなクラックが設けられていない。クラックの深さ(厚さ)は不規則であり、REBCO層13から中間層12にかけてクラックが形成されていてもよいし、REBCO層13のみにクラックが形成されてもよい。なお、図1(b)はREBCO線材10の垂直断面を示し、図1(c)はREBCO層13および中間層12の上面から見た図、図1(d)は金属基板11を下面から見た図である。図1(b)ではクラック16が線材中央に3つのみ存在しているが、図1(c)に示すように、長手方向の場所によって、クラック16の本数は0本
以上であり、また、幅方向の位置も線材中央に限られるわけではない。
【0034】
クラック16は、REBCO層13のREBCO材料をその部分で切断したものである。クラック16によって、REBCO材料は電気的に分離あるいは遮断される。なお、REBCO材料が電気的に分離あるいは遮断されるというのは、その部分において超伝導電流が流れないことを意味する。
【0035】
図1(a)~1(c)では、線材幅方向の一部の範囲17のみにクラック16が形成されているREBCO線材10を示しているが、図2に示すように、線材幅方向の全体にわたってクラック16が形成されてもよい。より多くのクラックを形成することで、交流損失の低減効果が増加し、磁場中での臨界電流も増加する。
【0036】
それぞれのクラック16の幅は、電気的な遮断が達成できる範囲で細いことが好ましく、0.1μm以下であることが好ましいが、1μm以下であればよく、10μm程度であってもよい。クラック16の幅を細くすることで、臨界電流の低下を抑制できる。また、それぞれのクラック16の長手方向の長さは、1mm以下であることが好ましい。さらに、クラック16の配置は、長手方向および幅方向ともに不規則(ランダム)である。したがって、隣接するクラックの間隔も不規則となる。幅方向のクラック間隔は50μm以下であることが好ましい。また、任意の長手方向位置において、幅方向の少なくともいずれかの箇所に、幅方向の間隔が10μm以下、より好ましくは5μm以下の隣接クラックが存在することが好ましい。また、任意の長手方向位置において、少なくとも1本以上のクラックが存在することが好ましく、20μmあたりに1本以上の密度でクラックが存在することがより好ましい。ただし、ある長手方向位置にクラックが全く存在しなくても構わない。
【0037】
図1,2ではクラック16を線材長手方向の直線として描いているが、図6等に示すように微視的に見れば必ずしも直線ではない。ただし、クラック幅の10倍程度以上の幅方向の揺らぎはなく、このような意味でクラック16は線材長手方向に沿っているといえる。
【0038】
それぞれのクラック16の幅が小さく、また材料の除去がない加工であるため、クラックによる臨界電流の低下の影響が少ない。これは、多数のクラックを形成できることを意味する。
【0039】
複数のクラック16が不規則に形成されることの利点を、図3を参照して説明する。図3(a)はクラック16が不規則に形成された線材(本実施形態)を示し、図3(b)はクラック(あるいはスプリットライン)が規則的に形成された線材(比較例)を示す。交流磁化損失は、超伝導材料の反磁性と関連があり、反磁性が大きいほど損失が大きくなるのが通常である。比較例に係る線材では4つのクラックで2つの全体電流ループ33,34が形成されるのに対し、本実施形態に係る線材では3つのクラックでも1つの全体電流ループ31しか形成されないので交流損失を低減できる。より詳細に説明すると、本実施形態に係る線材において、電流経路32は時計回りと反時計回りを繰り返すので、反磁性にはほとんど影響を与えない。また、超伝導渦電流はクラック間の長手方向の隙間と幅方向の間隔の両方に関連し、これらの最小幅によって規定される。クラックを均等に設けるよりも不規則に設けた方が、(クラックの本数が同じであるという条件下で)最小幅を小さくでき、したがって流れる電流量が小さくなり反磁性を小さくできる。
【0040】
REBCO層13にクラック16を形成する方法について図4を参照して説明する。まず、金属基板11に中間層12およびREBCO層13を設けた線材40を用意する。線材40には、安定化層14,15はまだ設けていない状態である。そして、REBCO層
13を下にした状態で線材40を硬質材料の部材42上に載置し、硬質材料の刃部材の刃先41を押し当てる。金属基板11は刃先41の圧力を受けると、矢印43で示したような引き裂き応力がREBCO層13まで印加される。これにより、刃先41を押し当てた部分の周りに1つまたは複数のクラック16が形成される。刃先41を押し当てる力は金属基板11が変形しない程度の弱い力であっても、REBCO層13にクラック16を形成することができる。刃部材として回転刃(ローラー丸刃)を用い、回転刃を回転させると、線材長手方向に沿った複数のクラックがランダムに形成される。
【0041】
このようにして、REBCO層13にクラック16を形成した後に、線材40の周りに銀安定化層14や銅安定化層15を設けて、REBCO線材10が得られる。安定化層が設けられた線材に対して、刃先41を押し当ててREBCO層13にクラックを形成してもよい。
【0042】
<実施形態>
(製造方法および製造装置)
以下、実施形態に係るREBCO線材10の製造方法および製造装置についてより詳細に説明する。
【0043】
テープ状の金属基板11に中間層12を介してREBCO層13が形成された線材を用意する。例えば、線材の幅は4mmである。金属基板11は、ニッケルまたはニッケル合金(ステンレス鋼(SUS)やハステロイなど)等の各種金属材料等から構成され、厚さが約50μmである。中間層(バッファ層)12は、単層構造あるいは複層構造であり金属酸化物からなり、厚さ約0.4μmである。REBCO層(酸化物超伝導層)13は、希土類系酸化物超伝導材料(REBaCu7-δ)からなり、厚さ約3μmである。ここで、REは、一つまたは複数の希土類元素を表す。希土類元素には、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luが含まれる。この状態のREBCOテープ線は安定化層(保護層)が設けられていない状態であり、以下では単にREBCOテープ線と称する。
【0044】
このようなREBCOテープ線に対して、ローラーブレード(回転刃部材)を備えるクラック形成装置による処理を施すことで、REBCOテープ線のREBCO層にクラックを形成する。
【0045】
クラック形成装置20の構造について、図5(a),5(b)を参照して説明する。図5(a)はクラック形成装置20の全体概要を示す図である。クラック形成装置20は、送り出し部21、ガイドローラ対22,クラック形成ローラ対23、ガイドローラ24、巻き取り部25を備える。
【0046】
送り出し部21は、REBCOテープ線が巻き線されたリールを含み、巻き取り部25は、REBCOテープ線を巻き取る電動式のローラを含む。巻き取り部25がREBCOテープ線を巻き取ることで、REBCOテープ線が送り出し部21と巻き取り部25の間を走行する。なお、送り出し部21のリールには、走行方向と反対の回転力を付勢するブレーキが備えられており、REBCOテープ線に対して所定の強さの張力を発生させる。本実施形態では、約10MPa~50MPa程度の張力をかけることが適切である。
【0047】
ガイドローラ対22は、REBCOテープ線の幅方向への移動を規制するためのものである。ガイドローラ対22は、互いに対向して設けられた下側ローラ22aと上側ローラ22bからなる。下側ローラ22aの外周部には、後述するガイドローラ23aと同様にテープ線幅(4mm)程度の溝(凹部)が設けられている。上側ローラ22bには、下側ローラ22aの溝と嵌合する凸部が設けられる。下側ローラ22aと上側ローラ22bが
REBCOテープ線を溝部に挟み込むことで、REBCOテープ線の幅方向の位置が位置決めされる。ガイドローラ対24も、ガイドローラ対22と同様の構成を有する。
【0048】
クラック形成ローラ対23は、REBCOテープ線のREBCO層(および中間層)にクラックを形成するためのものである。クラック形成ローラ対23は、互いに対向して設けられたガイドローラ23aと複数のローラーブレード(ローラー丸刃)23bからなる。クラックローラ対23を、テープ線の走行方向から見た図を図5(b)に示す。
【0049】
ガイドローラ23aの外周部には、テープ線幅(4mm)程度の溝(凹部)Gが設けられている。ガイドローラ23aのうち、少なくとも溝部Gの底面部は、SUSなどの硬質材料で構成される。これは、ローラーブレード23bによってREBCOテープ線に応力が加えられたときに、REBCOテープ線が折り曲がらないようにするためである。
【0050】
ローラーブレード23bの外周部には全周にわたって刃先(刃部材)Bが設けられる回転刃である。刃先Bの材料は、十分な硬度が得られれば任意の材料であってよく、通常のカッターの刃先として用いられる超硬合金を用いることができる。また、刃先の幅は本実施形態では20μmであるが、これより細くても太くても良い。ローラーブレード23bは複数重ねられており、REBCOテープ線の全幅に渡ってローラーブレード23bの刃先を押し当てられるようになっている。図5(b)では図示の簡略化のために3つのローラーブレード23bしか示していないが、例えば、テープ線幅が4mmであり、1枚のローラーブレード23bの幅が0.3mmであれば、13枚のローラーブレードを重ねる(並べる)ことができる。
【0051】
また、ローラーブレード23bには、所定の応力が印加できるように応力制御部が接続される。所定の応力とは、応力印加によるREBCOテープ線の引き裂きに伴って、REBCO層13(および中間層12)にクラックが生じるが、金属基板11がほぼ変形しない程度の応力である。例えば、金属基板11がSUS基板であれば、1枚のローラーブレードあたり5Nの力を印加して、刃先の集中応力が10~30MPaとなるようにする。また、金属基板11がハステロイ基板であれば、1枚のローラーブレードあたり20Nの力を印加して、刃先の集中応力が40~120MPaとなるようにする。金属基板11がほぼ変形しないというのは、例えば、金属基板11の変形が20%以下であることを意味する。応力制御部は、例えば、ロードセル(応力検知部)とロードセルの出力に応じて応力を印加する応力印加部を備える。あるいは、応力制御部はローラーブレード23bをガイドローラ23a方向に付勢するバネであってもよい。
【0052】
クラック形成ローラ対23の位置においてREBCOテープ線がローラーブレード23b側に凸な曲線状となるように、ガイドローラ対22、24をクラック形成ローラ対23よりも下側(ガイドローラ23a側)に配置している。これにより、REBCOテープ線とガイドローラ23aの接触面積が大きくなり幅方向の規制が十分に行える。また、REBCOテープ線とローラーブレード23bの接触面積が小さくなりローラーブレード23bの横方向(テープ線の幅方向)の移動を抑制できる、REBCOテープ線の引き裂きを抑制できるなどの効果が得られる。
【0053】
REBCOテープ線を、このように構成されたクラック形成装置20のクラック形成ローラ対23の間を通過させることで、REBCOテープ線は長手方向に沿って引き裂かれて、長手方向のクラックがREBCO層13(および中間層12)に形成される。
【0054】
なお、クラック形成装置20はより簡易なものであってもよい。例えば、送り出し部21や巻き取り部25を備えずに手動でREBCOテープ線を移動させて、クラック形成ローラ対23によってクラックを形成してもよい。また、ガイドローラ対22,24のいず
れかまたは両方を省略しても構わない。
【0055】
最後に、クラック形成装置20によってREBCO層13に人工的なクラック16を形成したテープ線に対して、金属製の安定化層を既知の手法により設ける。
【0056】
(測定結果)
上記のようにして作成したREBCO線材の特性について説明する。以下の結果はいずれも、安定化層を設ける前のテープ線についてのものである。
【0057】
・外観観察
図6(a)はREBCO層13の断面構造、図6(b)はクラック形成処理後のREBCO層の金属基板側表面、図6(c)はREBCO層13を金属基板11から剥がした露出面(REBCO層13側の表面)のSEM観察結果である。
【0058】
図6(b)に示すように、13枚のローラーブレード23bによる加工ラインが、線材長手方向と平行に現れている。個々の加工ラインの幅は、ローラーブレード23bの刃先の幅とほぼ同じ20μm程度である。
【0059】
図6(c)は、1つの加工ラインに対応するREBCO層13の表面を拡大した画像である。加工ラインの幅(ローラーブレード23bの刃先の幅)である20μmよりも広い約60μmの幅にわたって、10本程度のクラックが形成されている。これは引き裂き加工によるためであると理解できる。それぞれのクラックは、線材の長手方向に沿っており、幅が0.1μm以下であることがわかる。0.1μm幅のクラックは、従来技術で形成可能な最小幅である10μmの100分の1程度である。また、クラックの長手方向の長さが1mm以内であることも確認された。
【0060】
また、各クラックの幅方向の間隔は不規則であり、近いものは1μm~数μ程度で隣接している。1つの加工ライン(幅約20μm)に対応するクラック形成範囲(幅60μm)には、クラックが密に形成される。1つのクラック形成範囲内で最も離れている隣接クラックの間隔は30μm程度である。また、各クラックの長手方向の終端位置も不規則であり、長手方向の隙間部分が幅方向に渡って一致するような部分は見られない。
【0061】
1つの加工ラインに対して約10本のクラックが形成され、線材幅全体では13本の加工ラインにより約130本のクラックが形成される。
【0062】
1つの加工ラインあたり平均5N以下の小さい圧力を印加しているため、図6(a)に示すように、REBCO層は当然ながら、金属基板(SUS基板)にも凹みなどの変形が現れていない。
【0063】
・磁化測定
クラックを形成したREBCOテープ線(多か線;サンプルB)の磁化測定について説明する。図7は、SQUID磁束計(カンタムデザイン社MPMS)を用いて測定した印加磁場と磁化の強さの関係を示す図である。この磁化測定では、長さ4mmのREBCOテープ線を2枚重ねたものをサンプルとして測定している。測定手順は、まずサンプルを印加磁場ゼロの状態で77Kまで冷却し、77Kに保温したままテープ面に垂直な磁場を印加しながら磁化測定を行った。
【0064】
図7のグラフの横軸は印加磁場の強さを表し、縦軸はサンプルの磁化の強さを表す。なお比較のために、クラック形成前のREBCOテープ線(単芯線;サンプルA)もサンプルとして同様の磁化測定を行っている。図7のグラフのうち、71がクラックを形成した
REBCOテープ線(多か線)、72がクラックを形成していないREBCOテープ線(単芯線)の測定結果である。
【0065】
図7からわかるように、クラックを多数形成したREBCOテープ線は、クラックを形成していないREBCOテープ線よりも、反磁性が平均5分の1程度に減少されている。両方のグラフは線材中のSUS基盤層の磁性により、プラス磁化方向へ同じ程度の傾きを示す。なお、交流磁化損失は履歴で囲まれた面積であるため、同じく5分の1に低減される。
【0066】
・電流電圧特性測定
クラックを形成したREBCOテープ線の電流電圧特性測定について説明する。
【0067】
長さ25cmのクラックを形成したREBCOテープ線(多か線;サンプルB)を用いて、液体窒素温度(77K)で、自己磁場(外部印加磁場ゼロ)と外部印加磁場0.7Tでの直流電流-電圧特性を測定した。比較のために、クラック形成前のREBCOテープ線(単芯線;サンプルA)についても同様の測定をおこなっている。
【0068】
電圧端子は、長手方向に20cmの間隔で配置し、電流を20A/minで上昇させながら、テープ線全体での電流電圧特性を測定した。臨界電流の基準Iは0.1μV/cmである。得られた電流電圧特性曲線を図8に示す。
【0069】
グラフ81,82は、それぞれ自己磁場での多か線および単芯線の特性を示す。自己磁場では、本手法の多か線サンプルBの臨界電流(139.8A)は、元の単芯線サンプルAの臨界電流(163.7A)の86%程度を保持しており、n値は同じ30である。幅方向で130本程度のクラックを有しながらも、臨界電流は非常に高い保持率を持ち、1本のクラックに対して臨界電流は平均0.1%程度しか降下していない。
【0070】
グラフ83,84は、それぞれ多か線サンプルBおよび単芯線サンプルAについて、線材のテープ面に垂直磁場0.7Tをかけて測定した結果を示す。多か線サンプルBの臨界電流(42.7A)は、元の単芯線サンプルAの臨界電流(38.1A)よりも14%向上している。これは、垂直磁場中で1本のクラックに対して、臨界電流が平均0.1%増加することになる。n値は外部印加磁場中でも変化はなく、線材劣化はないと考えられる。
【0071】
本発明者らは、線材長手方向に幅10μm程度のスプリットライン(スリット)を設けてテープ線を複数のフィラメントに分割した多芯テープ線(スプリット線)を開発しており、外部磁場2.5Tで元の線材(単芯線)の臨界電流を上回ることを発表している(非特許文献2)。これに対して、今回提案する人工クラック入り超伝導線材(多か線)は、0.7T程度の低磁場で臨界電流の向上が得られる。モータは大型であっても1T以下の磁場で運転されるため、モータへの応用が期待できる。
【0072】
(本実施形態の有利な効果)
本実施形態に係る超伝導線材は、超伝導層(REBCO層)に、細いクラックが長手方向に沿って不規則に多数形成されている。
【0073】
クラックが不規則に形成されるので、電流ループの数を減り、また電流経路が時計回りと反時計回りを繰り返すので反磁性の影響を抑制できる。さらに、超伝導渦電流は、クラック間の間隔の最小値によって決まるので、複数のクラックを均等幅で形成するよりも、部分的に幅が狭くなるように形成した方が、反磁性を抑制できる。
【0074】
また、クラックの幅が0.1μmと従来の10μm幅の100分の1程度に細いことから、超伝導性能の劣化を抑制できる。
【0075】
このように、本実施形態によれば、超伝導性能向上と交流損失低減(遮蔽電流改善)の両立が図れる。
【0076】
また、本実施形態においては、複数のローラーブレードを重ねてREBCO層へのクラック形成を同時におこなうため、1度の処理で多数(上記の例では130本)のクラックが形成できる。これは非常に簡便な手法であり、量産化および長尺化が可能となる。
【0077】
また、金属基板および安定化層にはクラックが形成されず破壊されないことから、機械的強度を保つことができ、高磁場での使用に支障がない。
【0078】
<その他の実施形態>
REBCO線材の構成は種々の変形が可能である。例えば、上記の説明では、REBCOテープ線を移動させて、クラック形成装置のクラック形成ローラ対によってクラックを形成しているが、REBCOテープ線を固定した状態でクラック形成ローラ対(またはローラスリッター)を移動させてもよい。さらに、回転刃以外の直線的な刃を押し当ててクラックを形成してもよい。さらには、REBCO層13に対して線材幅方向の引き裂き力を印加できれば必ずしも刃先を押し当てる必要は無く、例えば、REBCO層を幅方向に引っ張ることによりクラックを形成してもよい。
【0079】
また、安定化層が金属基板およびREBCO層の周囲全体を覆うように設けられているREBCOテープ線ではなく、安定化層がREBCO層上だけに設けられたREBCOテープ線を用いても構わない。
【0080】
また、上記の説明では、幅が0.1μm以下のクラックを形成しているが、クラックの幅は1μm以下であってもよいし、10μm以下であってもよい。また、クラックの間隔は狭いことが交流損失低減(遮蔽電流改善)の観点から好ましいが、その間隔は任意であってよい。例えば、平均的に30μmに1本の割合でクラックが設けられており、クラックの形成が不規則であれば、平均値である30μmよりも近い距離で隣接するクラックの組が存在する。また、幅方向に隣接する2つのクラックの間隔が50μm以下とすることも好ましい。ただし、加工ラインのあいだの部分の隣接クラックの間隔はこれ以上であっても構わない。
【符号の説明】
【0081】
10 REBCO多芯テープ線
11 金属基板
12 中間層
13 REBCO層
16 クラック
20 クラック形成装置
23 クラック形成ローラ対
23a ガイドローラ
23b ローラーブレード
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8