(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-13
(45)【発行日】2023-09-22
(54)【発明の名称】生体内物質の可視化装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/053 20210101AFI20230914BHJP
A61B 5/25 20210101ALI20230914BHJP
【FI】
A61B5/053
A61B5/25
(21)【出願番号】P 2019134646
(22)【出願日】2019-07-22
【審査請求日】2022-05-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/高度なIoT社会を実現する横断的技術開発(小規模研究開発)/リンパ浮腫トモグラフィク・モニタの研究開発委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100153763
【氏名又は名称】加藤 広之
(72)【発明者】
【氏名】武居 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】バイディラ ラマダン マルリン
(72)【発明者】
【氏名】川嶋 大介
【審査官】高松 大
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-538062(JP,A)
【文献】特表2006-525840(JP,A)
【文献】特開2017-029487(JP,A)
【文献】特開2014-204849(JP,A)
【文献】特表2014-525764(JP,A)
【文献】特開2003-169779(JP,A)
【文献】特開2015-051101(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0175055(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/053
A61B 5/25
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用者の体の周囲に配置される複数の電極を備えた電極バンドを2つ以上有し、前記2つ以上の電極バンドが概ね平行に配置された生体内物質の可視化装置において、
前記複数の電極間に電気信号を印加することで電気的特性を計測する計測手段と、
前記計測手段が計測した電気的特性に基づき
前記電極バンドが配置された部位の断面の再構成画像を生成する画像再構成手段と、
前記再構成画像に基づき生体内物質の移動量又は移動方向を推定する移動推定手段とを備えた生体内物質の可視化装置。
【請求項2】
前記計測手段が計測する電気的特性は、導電率、誘電率、インピーダンス、レジスタンス、リアクタンス、キャパシタンス、アドミタンス、コンダクタンス、サセプタンス及び位相の少なくともいずれかである請求項1記載の生体内物質の可視化装置。
【請求項3】
少なくとも1つ以上の前記電極バンドが前記体を押圧する機能を有する請求項1または2記載の生体内物質の可視化装置。
【請求項4】
前記電極バンドを3つ有し、前記3つの電極バンドが概ね平行に配置された請求項1乃至3のいずれか
1項に記載の生体内物質の可視化装置。
【請求項5】
前記電気信号として周波数の異なる複数の信号を有し、前記生体内物質に応じて周波数を切り替えることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか
1項に記載の生体内物質の可視化装置。
【請求項6】
前記生体内物質が水又はタンパク質である請求項1乃至5のいずれか
1項に記載の生体内物質の可視化装置。
【請求項7】
前記画像再構成手段は、前記2つ以上の電極バンドが配置された複数の断面における前記再構成画像を生成し、
前記移動推定手段は、前記複数の断面における再構成画像間の相互演算を行うことにより前記生体内物質の3次元の移動量又は移動方向を可視化する請求項1乃至6のいずれか1項に記載の生体内物質の可視化装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内物質の可視化装置に関し、より詳細には、タンパク質、水などの移動または脂肪組織や筋肉組織などの組織遷移を可視化する装置として好適なものに関する。
【背景技術】
【0002】
リンパ浮腫は四肢が異常に腫れる疾患で、婦人がん手術後の30%の患者に発症し「見放された後遺症」とも言われ、ごく最近になって注目され始めた疾患である。発見が遅れると完治できず発症リスクは生涯続き、心理的負担が大きい。現在、本邦ではリンパ浮腫患者(リスク患者含め)はベースで69万人、毎年7万人増加し続けている。アジアの感染症リンパ浮腫は120万人、欧州米国では3000万人、さらに世界上では1.9億人のリンパ浮腫患者が存在する。
【0003】
リンパ浮腫の原因は、感染や、生まれつきのリンパ管の異常によるものもあるが、その多くは癌の手術でリンパ液の流れが悪くなることにより発生する閉塞性リンパ浮腫で、手では乳癌、足では子宮癌の術後に発生することがほとんどである。このため発症に対する不安をもつ患者は定期的な検査通院を行うことになり時間的、経済的な負担が大きく、検査通院を行うことができない患者は重症化リスクが高い。また、ステージ0や1の早期発見が極めて重要であるもののいまだにその検出機器が存在しない。
【0004】
一般的なリンパ浮腫のメカニズムとして、末梢の動脈から水やタンパク質が細胞間質液に流れだし、その一部は静脈に入り他はリンパ管に入り、水やタンパク質が循環しているが、動脈の静水圧pa=32mmHg、動脈の膠質浸透圧πp=28mmHg、細胞間質液の膠質浸透圧πi=22mmHg、静脈の静水圧pv=15mmHgのバランスが乱れることにより水やタンパク質が細胞間質液に滞留する。リンパ浮腫の場合は、リンパ管が閉塞しており、多くの水やタンパク質が細胞間質液に滞留する。
【0005】
従来のリンパ浮腫モニタ装置として、使用者の腕又は足の周囲に配置される複数の電極を備えた電極バンドと、アルブミン量に基づく複数の電極間の電気的特性を測定する計測手段と、計測手段が測定した電気的特性に基づきリンパ浮腫の状態を推測するリンパ浮腫推測手段とを備えた装置が開示されている(特許文献1参照)。
【0006】
この従来のリンパ浮腫モニタ装置に関して
図9を用いて説明する。腕の周囲に配置される複数の電極を備えた電極バンド2と、情報処理装置1(計測手段およびリンパ浮腫推測手段)と、ケーブル3とで構成され、情報処理装置1は、電極バンド2に接続され、電極バンド2が配される腕断面の電気的特性を計測し、リンパ浮腫の状態を推測することのできるものである。すなわち、所定位置の腕断面をトモグラフィー計測できる構成で、所定断面のリンパ浮腫の状態を推測することができる。
【0007】
リンパ浮腫の治療には、リンパ管の閉塞部位を特定することが重要であり、そのためには、水やタンパク質の移動量又は移動方向を特定する必要がある。しかしながら、従来のリンパ浮腫モニタ装置では、所定断面の水やタンパク質の分布は推定できても、水やタンパク質の移動量又は移動方向を特定することができないという課題を有していた。
【0008】
また、他の従来のリンパ浮腫検出機器については、生体に注入されたインドシアニングリーン(ICG)の蛍光観察装置が実用化されているが、侵襲的な医療行為であり、家庭では用いることはできない。また、生体インピーダンス法を用いた低侵襲のリンパ浮腫検出機器は、海外において販売された事例はあるが、本邦の医療機器承認はされておらず、さらにはトモグラフィー計測ではないので、リンパ浮腫の位置がわからない。さらに、生体インピーダンスの体組成計は、多数販売されているが、トモグラフィー計測ではないので、リンパ浮腫の位置はわからない。
【0009】
さらに、臨床で用いられているリンパ浮腫検査法に、微量の放射線を出す薬剤を注射して撮像するリンパシンチグラフィ法があるが、検査に60分以上かかるとともに放射性物質を注射するため患者への負担は極めて大きい(非特許文献1参照)。また、比較的最近開発されたICGリンパ管造影法は、インドシアニングリーンを皮下・皮内注射して近赤外線カメラで観察する方法であり、放射性物質を使用しない点で前記のリンパシンチグラフィ法より安全性は高いが、やはり侵襲性は高く、装置も高価である(非特許文献2参照)。
【0010】
比較的侵襲性の低いリンパ浮腫検査法としては、腕と下肢に電極を配置して腕と下肢間の細胞間質液の電気的特性を測定してリンパ管の閉塞の有無を検査する方法が開発されているが、身体のどの部分にどの程度のリンパ管の閉塞があるかを推定することはできない(非特許文献3参照)。
【0011】
一方、健康管理用に一般に広まりつつある生体インピーダンス測定装置として、掌と足裏間の電気的特性を測定することにより水分量、タンパク質量、ミネラル量、および脂肪量を提示する装置が市販されているが、身体のどの部分にどの程度存在しているかを特定することはできないため、例えば上記したリンパ浮腫等の疾病や、身体的疲労によっても起きる細胞間質液の特定部分への過剰蓄積や、脂肪がどの部分で過多であるか等を検知することはできない(非特許文献4参照)。
【0012】
また、特許文献2では、上腕と下肢にそれぞれ4個程度の電極を配置し、浮腫の度合を示す浮腫指標値を生体インピーダンスに応じて算定する指標算定手段が提案されているが、一般的な体組成計は、5factors(weight, height, age, gender and impedance value)の指標より、たとえば、f=50kHz for Extra Cellular Water(ECW)とf=100kHz for Total Body Water(TBW)などのいくつかの印加周波数から、水分量や筋肉量を求めるものであるが、やはり身体のどの部分にどの程度の浮腫があるかを示すことはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2017-029487号公報
【文献】特開2013-233357号公報
【非特許文献】
【0014】
【文献】JR 東京総合病院リンパ外科・再建外科センターhttps://www.jreast.co.jp/hospital/consultation/pdf/002006027/lymphoscintigraphy.pdf#search=%27%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%27
【文献】ICGリンパ管造影ガイド下リンパ管細静脈吻合術https://www.jstage.jst.go.jp/article/jca/52/October/52_327/_pdf
【文献】impedimed社ホームページhttps://www.impedimed.com/products/l-dex-u400/
【文献】Inbodyホームページhttps://www.inbody.co.jp/jp/intro/Technology.aspx
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
従来の各種装置では、侵襲的な医療行為で、家庭では用いることができない問題点や、トモグラフィー計測ではないので、リンパ浮腫の位置がわからない問題点や、検査に60分以上かかるとともに放射性物質を注射するため患者への負担が極めて大きい問題点を有していた。
【0016】
以上の問題点を解決する構成として、短時間で、しかも非侵襲的で体の所定位置の断面をトモグラフィー計測できる特許文献1の構成が提案されたが、生体内物質の移動量、移動方向、停滞量、停滞面積などを推定できないという問題点を有していた。そのため、例えば、リンパ浮腫の治療にとって重要なリンパ管の閉塞部位を特定することができなかった。
【0017】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、生体内物質の移動量又は移動方向(タンパク質、水などの移動、脂肪組織、筋肉組織の遷移など)を推定できる生体内物質の可視化装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、使用者の体の周囲に配置される複数の電極を備えた電極バンドを多段に配する構成で、生体内物質の移動量又は移動方向(タンパク質、水などの移動、脂肪組織、筋肉組織の遷移など)を推定できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0019】
そして、本発明の第一観点に係る生体内物質の可視化装置は、使用者の体の周囲に配置される複数の電極を備えた電極バンドを2つ以上有し、2つ以上の電極バンドが概ね平行に配置された生体内物質の可視化装置において、複数の電極間に電気信号を印加することで電気的特性を計測する計測手段と、計測手段が計測した電気的特性に基づき生体内物質の移動量又は移動方向を推定する移動推定手段とを備えたことを特徴とする。
【0020】
さらに、計測手段が計測する電気的特性は、導電率、誘電率、インピーダンス、レジスタンス、リアクタンス、キャパシタンス、アドミタンス、コンダクタンス、サセプタンス及び位相の少なくともいずれかであると望ましい。
【0021】
さらに、少なくとも1つ以上の電極バンドが体を押圧する機能を有すると望ましい。
【0022】
さらに、電極バンドを3つ有し、3つの電極バンドが概ね平行に配置された構成が望ましい。
【0023】
さらに、電気信号として周波数の異なる複数の信号を有し、生体内物質に応じて周波数を切り替えることが望ましい。
【0024】
さらに、生体内物質が水又はタンパク質であると望ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、X線CT装置に代わる被曝の心配のない非侵襲的な3次元CT装置となる。また、電極バンドを多段に配置し画像再構成することで、空間3次元画像の経時変化の計測が可能になるため経時的な計測により、生体内物質の遷移がわかる。
【0026】
また、多段の電極バンドより取得した画像群を画像演算することにより物質の移動量、移動方向、停滞量、停滞面積の計測、画像化が可能となる。例えば、この計測結果をAI診断することで、生体組織内の状態を把握することが可能となる。また、生体内物質の移動情報をもとにAI診断することで、現在の病状やこれからの病状の遷移を推定することができる。
【0027】
また、各生体内物質に応じて反応する電気信号(周波数)が異なる。この特性を利用することによって、複数の周波数を利用することで、生体内物質の種類を特定することができるため、タンパク質、水などの物質移動または脂肪組織、筋肉組織などの組織遷移を観察することができ、病理解明に必要な計測技術となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】実施形態に係る生体内物質の可視化装置の概略を示す図である。
【
図2】実施形態に係る生体内物質の可視化装置の構成を示す図である。
【
図3】カフを有するEISTセンサを実際に足に装着した場合の模様を示す図である。
【
図4】実施例に係る圧力負荷・無負荷時の再構成画像の一例を示す図である。
【
図5】実施例に係る断面Bに圧力を負荷した際の再構成画像の経時変化と、各断面(A、B、C)における脂肪組織内の物質濃度の経時変化を示す図である(生体内物質が上方に移動する場合)。
【
図6】実施例に係る断面Bに圧力を負荷した際の再構成画像の経時変化と、各断面(A、B、C)における脂肪組織内の物質濃度の経時変化を示す図である(生体内物質が下方に移動する場合)。
【
図7】実施例に係る複数断面(7断面)における物質濃度分布の再構成画像を経時的に取得し、各断面、各時刻で画像間の相互演算を行うことで物質の移動量・移動方向を推定する物質移動推定手段の概念図である。
【
図8】実施例に係るリンパ浮腫の進行段階(Stage)について物質移動流束Jと導電率変化σ
sを関数としてプロットした場合の図である。
【
図9】従来のリンパ浮腫モニタ装置の概略を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0030】
図1は、本実施形態の生体内物質の可視化装置の概略図である。本装置は、複数の電極からなる電極バンドを3つ有し(A、B、C)、この3つの電極バンドが概ね平行に配置されたEISTセンサ、EISTシステム、PC、コンプレッサ、カフから構成されている。EISTシステム内に計測手段を有し、各電極バンド内の2つの電極間に電流を印加し、2つの電極間の電圧を計測する。これを電極の組み合わせを変えて計測し、取得したすべての電圧をCT法による逆問題解法から導電率または誘電率または位相の再構成画像を得る。この再構成画像は、電極バンドを巻き付けた体の部位の断面内分布をあらわす。印加電流の周波数を変化させることで各周波数分の再構成画像が取得される。また、EISTシステムは、電流印加、電圧計測、電極組み合わせの切り替え、周波数切り替えを担い、計測データは無線通信でPCに送られる。計測データはPC内において処理され、再構成画像が出力される。また、コンプレッサはカフを締め付けるために取り付けられており、特定部位、本実施形態では、Bの電極バンドに圧力を印加できるようになっている。すなわち、Bの電極バンドが体を押圧する構成になっている。
【0031】
この再構成画像により、
図1に示すように、3つの電極バンド(A、B、C)の各断面の骨、筋肉、皮下組織の分布を測定することができる。
【0032】
なお、3つの電極バンドが概ね平行に配置されているが、ここで「概ね平行」とは、完全な平行を含むことはもちろんであるが、実質的に平行とみなすことができる程度の誤差を含むことを意味する。より具体的には、例えばプラスマイナス10度程度の誤差は許容できる。なお「概ね平行」の用語については、本明細書の他の要素において用いられる場合も同様である。
【0033】
また、本実施形態において電極バンドは、上記のとおり複数の電極を配置することのできるものであって、電極バンドを使用者の足に限らず、腕、胴体などの体に巻きつけることで、複数の電極を使用者の体の周囲に配置させることができるものとなっている。
【0034】
また、本実施形態において電極バンドは、上記の機能を有する限りにおいて限定されるわけではないが、例えば布、ゴム、皮等の柔軟性のある素材で構成されていることが好ましい一例である。
【0035】
また、本実施形態において複数の電極は、上記のとおり電極バンドに配置されている。複数の電極の材質は、導電性である限りにおいて限定されるわけではないが、例えば銅、アルミニウム、金、銀等の金属であることが好ましい。さらに、複数の電極の形状は、上記の機能を有する限りにおいて限定されるわけではなく、丸、楕円、多角形、不定形であってもよいが、例えば四角形、更には板状であることは好ましい一例である。また、本実施形態において、複数の電極の形状はいずれも同じ形であることが好ましい。
【0036】
また、本実施形態では、電気的特性として導電率または誘電率または位相を用いて説明したが、同様の解析を行うことができる限りにおいてインピーダンス、レジスタンス、リアクタンス、キャパシタンス、アドミタンス、コンダクタンス及びサセプタンスの少なくともいずれかを計測することとしてもよい。
【0037】
また、本実施形態では、3つの電極バンドを設けたが、生体内物質の移動量又は移動方向を推定する限りにおいて3つに限定されるわけではなく、2つ以上(2つ、又は4つ以上)の電極バンドを設けることで生体内物質の移動量又は移動方向を推定することは可能である。
【0038】
また、本実施形態では、カフを締め付けるためにコンプレッサを設けた。これは、カフの締め付けで体を押圧することで、生体内物質(特に水又はタンパク質)の移動を加速させる機能を有するため、生体内物質の移動量又は移動方向を計測する計測時間を短縮できる効果を有する。計測時間を短縮する必要がない場合、脂肪組織、筋肉組織の遷移を計測する場合、自然な状態での生体内物質の移動を計測する場合などは、カフ及びコンプレッサを設けなくでもよい。また、カフを設ける電極バンドは、上段の電極バンドAでも、下段の電極バンドCでもよく、生体内物質の移動方向を計測する場合、カフを設けた電極バンドの両側にカフを設けない電極バンドを設けることが好ましく、生体内物質の移動量を計測する場合、端部の電極バンドにカフを設けて、生体内物質の移動側に複数の電極バンドを設けることが好ましい。
【0039】
図2は、本実施形態の生体内物質の可視化装置の構成図である。EISTセンサは複数の電極バンドからなり、EISTシステムに接続されている。また、カフ及びコンプレッサは必要に応じて使用する。EISTシステムには、計測手段と無線通信手段を有しており、EISTセンサに対して周波数を切り替えて生体内物質に応じた周波数を有する信号を印加する構成であり、周波数を切り替えて電流や電圧の信号印加・計測ができ、さらに無線通信手段によりPCとのやり取りができる。PCでは、EISTシステムより受信したデータをもとに画像再構成・物質移動推定・AI推定を行うことができる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0041】
図3は、実際に本発明のカフを有するEISTセンサを使用者の足の周囲に装着した模様を示す。3つの電極バンドが概ね平行に内蔵され、中段の電極バンドがカフを有する構成のものである。
【0042】
図4は、
図3の生体内物質の可視化装置を用いて計測した一例を示す。コンプレッサを使用してカフを締め付けて下腿部に圧力を負荷した状態(右図)と無負荷の状態(左図)における再構成画像(導電率分布)を示す。すなわち、3つの電極バンドのうち中段の電極バンドの配置された断面の再構成画像である。得られた画像において、外側の導電率の低い領域が脂肪層を表し、内側の導電率の高い領域が筋肉層を表す。白破線は両層の境界線を表している。この境界線は、導電率分布をある閾値により区分けしたものである。圧力負荷時と圧力無負荷時とを比較すると、脂肪層の領域の厚さの変化(境界線の変化)が確認できる。
【0043】
図5(生体内物質が上方に移動する場合)および
図6(生体内物質が下方に移動する場合)では、断面Bに圧力を負荷した際の再構成画像の経時変化と、各断面(A、B、C)における脂肪組織内の物質濃度の経時変化を示している。時刻t
1~t
3は圧力負荷時であり、その他の期間は圧力無負荷時である。
図5では断面Aの領域Aおよび領域Bにおいて、
図6では断面Cの領域Dおよび領域Eにおいて物質濃度の上昇のちに減少が観察される。逆に、断面Bの領域Cにおいては物質濃度の減少のちに増加が観察される。これは、断面Bへの圧力負荷によって移動した物質が断面AまたはCに向かって移動したことを反映した図である。
【0044】
本装置によって、周波数を切り替えて2つ以上の周波数により電気的特性を測定することで、各周波数の再構成画像が取得される。導電率・誘電率・位相の周波数応答をもとに物質固有に反応する周波数を単一または複数選定し、加算・差分演算により物質濃度を算出することができる。したがって、各再構成画像の画像演算により物質の特定や濃度分布画像が取得される。例えば、細胞間質に存在するアルブミン濃度分布画像が取得される。同様に各周波数の画像相互演算により、脂肪組織の種類(皮下脂肪、内臓脂肪、中性脂肪、セルライト、白色脂肪細胞、褐色脂肪細胞)の特定および脂肪組量の分布画像が取得される。
【0045】
図7は、複数断面(7断面)における物質濃度分布の再構成画像を経時的に取得し、各断面、各時刻で画像間の相互演算を行うことで物質の移動量・移動方向を推定する物質移動推定手段の概念図である。
図1と異なる点は、カフ及びコンプレッサを設けていない点で、自然な状態での生体内物質の移動を計測することができる。P1からP7は、7断面の電極バンドを用いて取得した断面画像を示している。横軸tは時刻を示しており、左右の画像群は時刻t=t
1およびt=t
2における物質濃度分布を示している。これら7断面、2つの時刻における画像群の画像演算により、時間差△t=t
2-t
1で生じた物質移動量および移動方向を算出することができる。まず、2つの時刻間の画像を3次元方向において離散的に微分演算し、3方向の微分成分を算出する。これら3方向の微分成分が移動方向をあらわすベクトル量(
図7における矢印参照)となり、ベクトルの大きさが移動量を、ベクトルの方向が移動方向をあらわす。
図7においては、生体内物質が、P4からP1方向に、P4からP7方向に移動していることが可視化できる。また、電極バンドの電極に印加する電気信号の周波数を、生体内物質に応じた周波数に切り替えることで、特定の生体内物質の移動量又は移動方向を可視化できる。そして、特定の時刻(例えば、t=t
1)において、7断面の再構成画像を取得できるので、非侵襲的な3次元CT装置としての機能も有する。
【0046】
図8はリンパ浮腫の進行段階(Stage)について物質移動流束Jと導電率変化σ
sを関数としてプロットした場合の図である。リンパ浮腫患者を対象にStage、性別、人種、BMI、J、σ
sの情報を取得した。AI診断方法としてディープラーニングを行い、Stageのクラスタリングした結果が
図8である。本発明の生体内物質の可視化装置を用いて、物質移動流束Jと導電率変化σ
sとを計測することで、おおよそのリンパ浮腫の進行段階(Stage)を判別することができる。
【0047】
以上、本実施例により、X線CT装置に代わる被曝の心配のない非侵襲的な3次元CT装置となることを確認した。また、電極バンドを多段に配置し画像再構成することで、空間3次元画像の経時変化の計測が可能になるため経時的な計測により、生体内物質の遷移がわかることを確認した。また、多段の電極バンドより取得した画像群を画像演算することにより物質の移動量、移動方向、停滞量、停滞面積の計測、画像化が可能となるので、例えば、この計測結果をAI診断することで、生体組織内の状態を把握することが可能となり、生体内物質の移動情報をもとにAI診断することで、現在の病状やこれからの病状の遷移を推定することができる。さらに、各生体内物質に応じて反応する電気信号(周波数)が異なる特性を利用することによって、複数の周波数を利用することで、生体内物質の種類を特定することができるため、タンパク質、水などの物質移動または脂肪組織、筋肉組織などの組織遷移を区別して観察することができ、病理解明に必要な計測技術となる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、タンパク質、水などの移動または脂肪組織や筋肉組織などの組織遷移を可視化する生体内物質の可視化装置として、産業上利用可能である。
【符号の説明】
【0049】
1 情報処理装置(計測手段およびリンパ浮腫推測手段)
2 電極バンド
3 ケーブル