(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-13
(45)【発行日】2023-09-22
(54)【発明の名称】燃料電池システムのための氷点下始動方法
(51)【国際特許分類】
H01M 8/04858 20160101AFI20230914BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20230914BHJP
H01M 8/04225 20160101ALI20230914BHJP
H01M 8/04302 20160101ALI20230914BHJP
H01M 8/04701 20160101ALI20230914BHJP
H01M 8/04746 20160101ALI20230914BHJP
H01M 4/92 20060101ALI20230914BHJP
H01M 4/90 20060101ALI20230914BHJP
H01M 8/04537 20160101ALI20230914BHJP
H01M 8/0432 20160101ALI20230914BHJP
【FI】
H01M8/04858
H01M8/10 101
H01M8/04225
H01M8/04302
H01M8/04701
H01M8/04746
H01M4/92
H01M4/90 X
H01M8/04537
H01M8/0432
H01M4/90 B
(21)【出願番号】P 2019510410
(86)(22)【出願日】2017-08-25
(86)【国際出願番号】 IB2017001020
(87)【国際公開番号】W WO2018046993
(87)【国際公開日】2018-03-15
【審査請求日】2020-08-20
(32)【優先日】2016-09-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】522100316
【氏名又は名称】セルセントリック・ゲーエムベーハー・ウント・コー・カーゲー
(73)【特許権者】
【識別番号】500493207
【氏名又は名称】フォード モーター カンパニー
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100168583
【氏名又は名称】前井 宏之
(72)【発明者】
【氏名】マイケル・プロクター
(72)【発明者】
【氏名】ヨースケ・フクヤマ
(72)【発明者】
【氏名】リチャード・フェローズ
(72)【発明者】
【氏名】タケシ・シオミ
(72)【発明者】
【氏名】ローラ・イワン
【審査官】大内 俊彦
(56)【参考文献】
【文献】特表2003-508877(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0076581(US,A1)
【文献】特開2011-249078(JP,A)
【文献】特表2013-502682(JP,A)
【文献】特開2010-27468(JP,A)
【文献】特表2003-504807(JP,A)
【文献】特開2013-20795(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00-8/2495
H01M 4/90-4/92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0℃未満の始動温度から燃料電池システムを始動させる方法であって、前記システムは、固体高分子電解質形燃料電池の直列スタックを備える燃料電池スタックを備え、前記燃料電池内のカソードはORR触媒を備え、前記燃料電池内のアノードは、HOR触媒とOER触媒とを備え、前記OER触媒は前記HOR触媒とは異なり、前記燃料電池スタックは、最
大OER/ORR電流密度によって特徴付けられ、前記最大OER/ORR電流密度は、燃料の供給なしで動作しているときに前記燃料電池スタックから出力される最大電流密度であり、かつ燃料電池温度と前記燃料電池内の相対湿度の関数であり、前記方法は、
前記始動の開始から前記燃料電池の温度が0℃に達するまで、引き出され
る電流密度が、前記燃料電池温度においておよび最大含水量において、前記最大OER/ORR電流密度未満であるように、前記燃料電池スタックから電流を引き出すことを含む、方法。
【請求項2】
前記最大OER/ORR電流密度は、-2.2Vの平均燃料電池電圧をもたらすように引き出される前記電流密度である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記引き出される電流密度が、前記燃料電池温度においておよび最大含水量において、前記最大OER/ORR電流密度未満であるが10%以内であるように、前記燃料電池スタックから電流を引き出すことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記燃料電池システムを始動させる前に、前記最大OER/ORR電流密度を0℃未満の温度の関数として決定することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記燃料電池内の膜電極接合体を代表する膜電極接合体を使用して、前記最大OER/ORR電流密度を決定することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記HOR触媒は、白金である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記OER触媒は、酸化イリジウムである、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記燃料電池システムを始動させる前に、前記最大OER/ORR電流密度を0℃未満の相対湿度の関数として決定することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項9】
前記燃料電池システムは、前記直列スタック内の個々の燃料電池電圧を監視するためのセル電圧モニタをさらに備え、前記方法は、
前記直列スタック内の個々の燃料電池電圧を監視することと、
いずれかの個々の燃料電池電圧が-2.2ボルトを下回る場合に、前記燃料電池スタックから引き出される電流を減少することと、を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記始動の前記開始から前記燃料電池の温度が0℃に達するまで、引き出される前記電流密度が、前記始動温度においておよび最大含水量において、前記最大OER/ORR電流密度未満であるように、前記燃料電池スタックから電流を引き出すことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記燃料電池システムは、燃料電池温度を監視するための温度モニタをさらに備え、前記方法は、
前記燃料電池温度を監視することと、
引き出される前記電流密度が、前記燃料電池温度において、前記最大OER/ORR電流密度未満であるように、前記燃料電池温度が上昇するにつれて前記燃料電池スタックから引き出される前記電流密度を増加させることと、を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記燃料電池システムは、前記燃料電池スタックの高周波抵抗を監視する高周波抵抗モニタをさらに備え、前記方法は、
前記燃料電池スタックの前記高周波抵抗を監視することと、
前記測定された高周波抵抗に基づいて前記燃料電池内の前記相対湿度を推定することと、
前記始動の前記開始から、引き出される前記電流密度が、前記始動温度でのおよび前記始動相対湿度において前記最大OER/ORR電流密度未満であるように、前記燃料電池スタックから電流を引き出すことと、
引き出される前記電流密度が、前記燃料電池温度においておよび前記燃料電池内の前記相対湿度において、前記最大OER/ORR電流密度未満であるように、前記燃料電池温度が上昇するにつれて、かつ前記燃料電池内の前記相対湿度が増加するにつれて、前記燃料電池スタックから引き出される前記電流密度を増加することと、を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記燃料電池システムは、自動車燃料電池システムである、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
固体高分子電解質形燃料電池の直列スタックを備える燃料電池スタックを備える燃料電池システムであって、前記燃料電池内の前記アノードは、HOR触媒とOER触媒とを備え、前記OER触媒は前記HOR触媒とは異なり、前記燃料電池システムは、請求項1に記載の方法に従って動作するように構成されている、燃料電池システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
背景
本発明は、氷点下の温度で燃料電池システムを始動させるための改良された方法に関する。特に、本発明は、固体高分子電解質形燃料電池スタックを備える自動車燃料電池システムを始動する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子電解質形燃料電池などの燃料電池は、反応物、すなわち燃料(水素など)および酸化剤(酸素または空気など)を電気化学的に変換して電力を発生する。固体高分子電解質形燃料電池は、概して、カソード電極とアノード電極との間にプロトン伝導性固体高分子膜電解質を採用する。これらの2つの電極の間に挟まれた固体高分子膜電解質を含む構造は、膜電極接合体(MEA)として知られている。電極が膜電解質上に被覆されて一体構造を形成するMEAは市販されており、触媒被覆膜(CCM)として知られている。
【0003】
触媒は、セル電極で起こる電気化学反応の速度を高めるために使用される。特にセルのカソード側で、許容可能な反応速度を達成するためには、白金のような貴金属に基づく触媒が典型的に必要とされる。単位重量当たり最大の触媒活性を達成するために、貴金属は、一般に、非常に高い表面積、例えば高表面積炭素粒子を有する耐腐食性担体上に配設される。
【0004】
水は、水素および空気反応物で動作するセル内の主要な副産物である。動作において、水素はアノード触媒で酸化されて水素イオン(プロトン)と電子とを生み出す。前者は、プロトン伝導性ポリマー電解質を通ってカソードに輸送され、後者は外部回路を通ってカソードに輸送され、それによって有用な電力を提供する。アノード触媒におけるこの正常の反応は、水素酸化反応(HOR)として知られている。カソード触媒では、酸素が還元され、プロトンおよび電子と結合して水を生み出す。カソード触媒におけるこの反応は、酸素還元反応(ORR)として知られている。
【0005】
多孔質ガス拡散層(GDL)が、反応ガスを電極に均一に拡散させるのを助けるために2つの電極に隣接して通常採用される。さらに、各々反応物のための多数の流体分配チャネルを備えるアノード流れ場プレートおよびカソード流れ場プレートが、それぞれの電極に反応物を分配し、燃料電池内で起こる電気化学反応の副産物を除去するために、アノードおよびカソードGDLそれぞれに隣接して提供される。単一セルの出力電圧は1Vのオーダであるので、より高い出力電圧を提供するために、商業用途のために複数のセルが通常直列に一緒に積み重ねられている。そのようなスタックでは、1つのセルのアノード流れ場プレートは、このため、隣接するセルのカソード流れ場プレートに隣接している。組み立ての目的のために、一組のアノード流れ場プレートは、スタックを組み立てる前に、対応する組のカソード流れ場プレートにしばしば接着される。アノードおよびカソードの流れ場プレートの接着された対は、バイポーラプレートアセンブリとして知られている。燃料電池スタックは、自動車用途などで使用するために、直列および/または並列の相互接続されたスタックのアレイにさらに接続することができる。
【0006】
水とともに、熱は、燃料電池内で起こる電気化学反応からの重要な副産物である。このため、燃料電池スタックを冷却するための手段が一般に必要とされる。高電力密度を達成するように設計されたスタック(例えば、自動車スタック)は、典型的には、熱を迅速かつ効率的に除去するためにスタック全体に液体冷却剤を循環させる。これを達成するために、多数の冷却剤チャネルを備える冷却剤流れ場もまた、典型的には、スタック内のセルの流れ場プレートに組み込まれる。冷却剤流れ場は、流れ場プレートの電気化学的に不活性な表面上に形成されてもよく、このため、冷却剤を反応物から確実に分離して保持しながら、セル全体に冷却剤を均等に分配することができる。
【0007】
特定の用途では、燃料電池スタックは、様々な長さの時間および様々な温度での貯蔵を含む繰り返しのオンオフデューティサイクルを受け得る。短時間でこのようなスタックを確実に始動させることができることが概して望ましい。自動車のような特定の用途では、凍結をかなり下回る貯蔵状態からの比較的迅速かつ信頼できる始動を必要とし得る。これは、そのような温度でのセルの比較的低い速度能力のために、および0℃未満で動作している場合のセル内の水管理に関連付けられた問題のためにも、両方で重大な難問を提起した。適切な燃料電池動作(例えば、膜電解質の水和)には一定量の水が必要とされ、かつ電力を供給した結果としての水も発生する。しかしながら、そのような温度で液体の水が存在するところでは、もちろん氷が形成される。
【0008】
氷の存在は、保管時、または始動時にどれくらいあるか、およびその場所に依存して問題になる可能性がある。燃料電池の電気化学的活性領域における氷の形成は、凍結温度未満からの始動中に特に問題となり得る。例えば、氷は、燃料電池スタック内の1つまたは複数のセル内のアノード内またはアノードへの燃料の流れを塞ぎ得る。そのセルまたは複数のセル内の燃料の不十分な供給は、燃料枯渇として知られる状態をもたらし得る。燃料枯渇状態にあるセルは、次に直列スタック内の他のセルからの電流によって電圧反転に駆動され得る。影響を受けたセルまたは複数のセルは、電圧反転の程度および持続時間に応じて深刻な損傷を被り得る。
【0009】
US6936370は、燃料電池が電圧反転に追いやられる可能性がある様々な状況、ならびにその中で起こる反応について論じている。例えば、燃料枯渇中に電流を通すために、水電解およびアノード成分の酸化などの反応が、燃料電池のアノードで起こり得る。後者の反応は、不可逆的な損傷を引き起こす可能性がある。しかしながら、アノード成分の酸化を超えてその前の電解反応を促進することにより、燃料電池をセル反転に対してはるかに耐性にすることができる。これは、燃料酸化を促進するために使用される典型的なアノード触媒(すなわち、HOR)に加えて、アノードに触媒組成物を組み込んで水電解反応を促進することによって達成することができる。組み込まれた触媒組成物は、このため水を電気分解するために特に選択され、一般に酸素発生反応(OER)触媒として知られている。この目的のための典型的な触媒組成物は、酸化イリジウムを含む。他の関連する触媒組成物は、当該技術分野において、例えばUS2012/0214084において開示されている。
【0010】
電圧反転状態を検出し、電圧反転から生じる可能性のある損傷を防止するために、数多くの他の技術がこの分野で開発されている。例えば、付与された日本国特許JP5200414およびJP5287815は、いずれかの電極における電圧反転を検出する方法を開示している。一方、付与された日本国特許JP4998609は、電圧反転中の劣化を回避する方法を開示している。ここで、制御ユニットは、負の電圧が発生している期間に燃料電池に許容される積算電流値と電流密度との相関関係を予め記憶している。負電圧が検出された場合、制御ユニットは、積算電流値と相関の電流密度とで規定される動作許容範囲内に収まるように燃料電池から出力される電力を制限する出力制限処理を実行する。別の例では、US2013/0095405は、積算電流値測定ユニットを含む燃料電池システムを開示している。積算電流値測定ユニットは、負電圧セルのアノードで水分解反応により酸素が生成される期間に、燃料電池から出力される電流の時間積分によって積算電流値を測定する。制御ユニットは、酸素発生期間における積算電流値とアノードにおける酸素消費速度との間の第1の相関関係と、酸素発生期間における燃料電池の電流密度とアノードにおける酸素生成速度との間の第2の相関関係とを使用して、アノード内の酸素量を減らし得る、またはそれを下回る電流密度を得て、得られた電流密度よりも低い電流密度で燃料電池に電力を出力させる。
【0011】
現在までの進歩にもかかわらず、起動時に発生する可能性のある電圧の逆転による劣化を回避しつつ、燃料電池システムを零下温度から始動するためのより高速な方法が必要とされている。本発明は、これらの必要性を満たすための選択肢を示し、さらに関連する利点を提供する。
【発明の概要】
【0012】
本発明は、燃料電池システムを始動する方法に関し、そのシステムは、そのカソードが酸素還元反応(ORR)触媒を備え、そのアノードが水素酸化反応(HOR)触媒および酸素発生反応(OER)触媒の両方を備える(例えば、前述のUS6936370に開示されているような)固体高分子電解質形燃料電池スタックを備える。本方法は、0℃未満の始動温度から燃料電池システムを始動させることを含む。本方法では、始動の開始から燃料電池の温度が0℃に達するまで、燃料電池スタックの電流は十分に低く保たれ、そのため、引き出される電流密度は、酸素発生および酸素還元反応がアノードおよびカソードでそれぞれ起こるスタックの能力を超えない。
【0013】
具体的には、本発明の方法は、0℃未満の始動温度から燃料電池システムを始動させるためのものである。本方法は、固体高分子電解質形燃料電池の直列スタックを備える燃料電池スタックを備えるシステムを対象としている。本スタックでは、燃料電池カソードは、ORR触媒を備え、燃料電池アノードは、HOR触媒およびOER触媒の両方を備え、OER触媒はHOR触媒とは異なる。このような燃料電池スタックは、最大出力OER/ORR電流密度によって特徴付けられ、最大OER/ORR電流密度は、燃料の供給なしで動作するときの燃料電池スタックから出力される最大電流密度である。この最大電流密度出力は、燃料電池温度および燃料電池内の相対湿度の関数である。そして本方法自体は、始動の開始から燃料電池温度が0℃に達するまで、引き出される電流密度が燃料電池温度においておよび最大含水量において、最大OER/ORR電流密度未満であるように、燃料電池スタックから電流を引き出すことを含む。
【0014】
上述したように、最大OER/ORR電流密度は、燃料の供給なしで動作するときの燃料電池スタックから出力される最大電流密度である。-2.2Vの平均燃料電池電圧をもたらす引き出される電流密度は、アノードにおける実質的な炭素腐食を本質的に回避する電流密度であり、したがってこのような電流密度は最大OER/ORR電流密度であると考えることができる。
【0015】
好ましい実施形態では、より速い始動のために、前述の限度を超えることなく、最も妥当な電流密度が採用される。例えば、好ましい実施形態は、引き出される電流密度が、燃料電池温度においておよび最大含水量において、最大OER/ORR電流密度未満であるが10%以内であるように、燃料電池スタックから電流を引き出すことを含むことができる。
【0016】
本方法を実行するために必要とされる重要な情報は、燃料電池システムを始動させる前に決定することができる。たとえば、これには、燃料電池システムを始動させる前に、最大OER/ORR電流密度を0℃未満の温度の関数として決定することが含まれる。さらに、このような情報は、燃料電池内の膜電極接合体を代表する膜電極接合体を使用して決定することができる。
【0017】
例示的な実施形態では、HORおよびORR触媒は両方とも白金であり、OER触媒は酸化イリジウムである。
【0018】
本発明の方法を使用するとき、燃料電池内の実際の相対湿度を考慮に入れることが有利であり得る。このため、関連する実施形態は、燃料電池システムを始動させる前に、最大OER/ORR電流密度を0℃未満の相対湿度の関数として決定することをさらに含む。
【0019】
直列スタック内の個々の燃料電池電圧を監視するためのセル電圧モニタをさらに備える燃料電池システムでは、本方法は、直列スタック内の個々の燃料電池電圧を監視すること、およびいずれかの個々の燃料電池の電圧が-2.2ボルトを下回る場合、燃料電池スタックから引き出される電流を減らすことをさらに含むことができる。このようにして、始動中にアノードおよびカソードの両方の流れ場が塞がれる不利な状況に対して保護が提供される。
【0020】
さらに、本方法は、始動の開始から燃料電池温度が0℃に達するまでスタックから定電流を引き出すこと(すなわち、引き出される電流密度が、始動温度でのおよび最大含水量において、最大OER/ORR電流密度未満であるように燃料電池スタックから電流を引き出すこと)を単に含むことができる。
【0021】
代わりに、別の実施形態では、燃料電池システムは、燃料電池温度を監視するための温度モニタをさらに備えることができる。そのうえ本方法は、燃料電池温度を監視すること、および望ましくは、引き出される電流密度が、燃料電池温度において最大OER/ORR電流密度未満であるように、燃料電池温度が上昇するにつれて燃料電池スタックから引き出される電流密度を増加させることを含むことができる。
【0022】
さらに別の実施形態では、および始動中の燃料電池内の相対湿度の変化を利用するために、燃料電池システムは、燃料電池スタックの高周波抵抗を監視する高周波抵抗モニタをさらに備えることができる。本方法は、次に、
燃料電池スタックの高周波抵抗を監視することと、
測定された高周波抵抗に基づいて燃料電池内の相対湿度を推定することと、
始動の開始から、引き出される電流密度が、始動温度でおよび始動相対湿度で最大OER/ORR電流密度未満であるように、燃料電池スタックから電流を引き出すことと、
引き出される電流密度が、燃料電池温度においておよび燃料電池内の相対湿度において最大OER/ORR電流密度未満であるように、燃料電池温度が上昇するにつれて、かつ燃料電池内の相対湿度が増加するにつれて、燃料電池スタックから引き出される電流密度を増加させることと、のステップを含むことができる。
【0023】
本発明の方法は、自動車燃料電池システムにおける使用に特に適している。さらに、本発明はまた、そのような方法に従って動作するように構成された燃料電池システムも含む。
【0024】
本発明のこれらおよび他の態様は、添付の図面および以下の詳細な説明を参照することによって明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】様々な状態下での代表的な燃料電池の最大電流密度を零下の温度の関数としてプロットしたものである。
【
図2】(a)および(b)は、
図1の最大OER/HERおよびOER/ORR電流密度を決定することができる例示的なCV曲線を示す。
【
図3】代表的な燃料電池のOER/ORR最大電流密度を-15℃での相対湿度の関数としてプロットしたものである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本明細書において、「1つの(a)」および「備える(comprises)」などの単語は、制限のない意味で解釈されるべきであり、少なくとも1つを意味するものとみなされるが、1つだけに限定されない。
【0027】
水素酸化反応(HORと略される)は、水素がアノードで酸化されて水素イオン(プロトン)と電子を生成する燃料電池における正常半反応である。HOR触媒は、この酸化半反応を触媒することができる触媒材料である。HOR触媒には、白金およびその合金またはそれらの混合物が含まれる。
【0028】
酸素還元反応(ORRと略される)は、酸素をカソードで還元して水を生成する燃料電池における正常半反応である。ORR触媒は、この還元半反応を触媒することができる触媒材料である。ORR触媒には、白金およびその合金またはそれらの混合物が含まれる。
【0029】
酸素発生反応(OERと略される)は、水がアノードで酸化される燃料電池の電圧反転中に起こり得る電解半反応である。OER触媒は、この酸化半反応を触媒することができる触媒材料である。OER触媒もまた、白金およびその合金および混合物を含むことができる。しかしながら、本発明の文脈において、関連するOER触媒は、改善された電圧反転耐性を提供する目的のために主に含まれるORR触媒とは異なる触媒である。このように、OER触媒は、典型的には、イリジウムおよびその酸化物、ルテニウムおよびその酸化物である。
【0030】
水素発生反応(HERと略される)は、水素がカソードで生成される燃料電池の電圧反転中に起こり得る別の半反応である。カソードで酸化剤が不十分になると(酸化剤枯渇)、アノードで生成したプロトンは電解質を横切り、カソードで直接電子と結合して水素ガスを生成する可能性がある。HER触媒は、この酸化半反応を触媒することができる触媒材料である。HER触媒はまた、白金およびその合金および混合物を含むことができる。
【0031】
ここで、「HOR/ORR電流密度」という語句は、燃料電池が正常に動作しているとき、すなわちアノードでHORが起こりカソードでORRが起こっているときの電流密度を意味する。「最大HOR/ORR電流密度」は、正常動作状態下で燃料電池から得ることのできる最大電流密度である。
【0032】
同様に、「OER/ORR電流密度」という語句は、燃料電池が、アノードで起こるOERおよびカソードで起こるORRで動作しているときに得られる電流密度を意味する。この状態は、燃料枯渇状態のために燃料電池が電圧反転を受けているとき、およびOERがアノードで持続可能であるときに生じる。これは、水が存在しているとき、かつアノードがOER触媒を備えるときに当てはまる。その場合、「最大OER/ORR電流密度」は、これらの反転状態下で燃料電池から得ることのできる最大電流密度である。
【0033】
また、「OER/HER電流密度」という語句は、燃料電池が、アノードで起こっているOERおよびカソードで起こっているHERで動作しているときに得られる電流密度を意味する。上述したように、HERは、燃料電池が酸化剤枯渇を受けているときに生じる。このため、この状況では、燃料電池は燃料および酸化剤の枯渇の両方を受けている。このような状態は、燃料電池のアノードとカソードの両方に閉塞が起こったときに起こり得る。その場合、「最大OER/HER電流密度」は、これらの厳しい反転状態下で燃料電池から得ることのできる最大電流密度である。
【0034】
本発明は、0℃未満の始動温度から燃料電池システムを始動させる方法、および燃料電池のアノードが電圧耐性の目的でOER触媒を備えるシステムに関する。具体的には、システムは、そのカソードがORR触媒を備え、そのアノードがHORおよびOERの両方を備える固体高分子電解質形燃料電池スタックを備える。従来技術におけるこのようなシステムでは、スタックから引き出される始動電流は、始動中のいずれかの潜在的な問題を回避するために、通常、非常に低く控えめな一定値に設定されることがある。1つのセルまたは複数のセルが電圧反転を経験している事象では、引き出される電流が非常に低く設定されて常に安全に維持でき(例えば、アノードOER触媒での電解反応によって)、それによって損傷を防ぐことができた。しかしながら、この手法はスタックへの損傷を防ぐことができる一方で、不必要に遅くなり、したがって長い始動時間をもたらし得る。
【0035】
本発明は、燃料電池がOER/ORRモードで機能しているとき、例えば、セルがアノード枯渇のために電圧反転を受け、アノードおよびカソードそれぞれにおいて本質的にOERおよびORRのみが起こっているときには、燃料電池にほとんど損傷が与えられないという理解を利用する。概して、セルを通過する電流が、セルがOER/ORRモードで動作することができる割合を超えない限り、損傷は本質的に防止される。換言すれば、スタックから引き出される電流密度がセルの最大OER/ORR電流密度未満である限り、損傷は防止される。しかし最速の始動のために、そうでなくてもスタックを可能な限り最大OER/ORR電流密度に近づけて(例えば、約10%以内で)動作させることが有利である。
【0036】
燃料電池の最大OER/ORR電流密度は、温度およびセル内の含水量(またはセル内の相対湿度)を含むいくつかの要因の関数である。しかしながら、それは燃料電池温度の特に強い関数である。このため、他の要因が燃料電池の最大OER/ORR電流密度に影響を及ぼしても、燃料電池温度とその燃料電池温度において最大OER/ORR電流密度に基づいて電流を制限することは、最も実用的な目的として、始動中のスタックへの損傷を防止することができる。燃料電池の温度が0℃に達すると、氷の形成および氷閉塞による関連した電圧反転のリスクがなくなり、このため、もはや電流をこのように制限する必要はない。
【0037】
以下の実施例に示すように、最大OER/ORR電流密度は、概して、セル内の含水量が増加するにつれてより大きい。このため、所定の燃料電池温度における燃料電池の最大OER/ORR電流密度は、燃料電池内に最大含水量が存在するときに起こる。さらにまた、以下の実施例に示すように、最大OER/ORR電流密度は、アノード枯渇状態下で経験的に決定することができる(例えば、電流掃引をセルに印加してセル電圧を測定することによって)。-2.2ボルトの平均燃料電池電圧をもたらす引き出される電流密度は、最大OER/ORR電流密度を表すことができる。
【0038】
燃料電池の最大OER/ORR電流密度と燃料電池温度との間の関係は、予め(例えば、実際の用途において燃料電池システムを始動させる前に)決定されることが好ましい。これは、例えば、スタック内の実際の燃料電池内の膜電極接合体を代表する膜電極接合体を使用して行うことができる。
【0039】
それで本発明の非常に基本的な実施形態では、燃料電池スタックから引き出される電流は、燃料電池スタックの始動温度のみに基づいている。すなわち、(スタック温度が0℃に達するまで)引き出される電流は一定で、始動温度での最大OER/ORR電流密度によって制限されている。やはり、上述のように、最も速い始動のために、引き出される電流は、そうでなくても電流密度が可能な限り最大OER/ORR電流密度に近く(例えば、約10%以内に)なるようにされる。
【0040】
しかしながら、スタック温度が上昇するにつれて、セルの最大OER/ORR電流密度もまた増加し、それにより、スタック内のセルに悪影響を及ぼすことなくより大きな電流を引き出すことが可能になる。それで好ましい実施形態では、始動中に引き出される電流は、最大OER/ORR電流密度の増加に従って増加する。例えば、そのような好ましい実施形態では、燃料電池システムは、燃料電池温度を監視するための温度モニタをさらに備える。かつ本方法は、引き出される電流密度が、現実の燃料電池温度の上昇時に最大OER/ORR電流密度未満であるように、燃料電池温度を監視して、燃料電池温度が上昇するにつれて燃料電池スタックから引き出される電流密度を増加させることを含む。
【0041】
上記では、燃料電池内の含水量(または相対湿度)が最大OER/ORR電流密度に及ぼす影響は考慮されていなかった。その代わりに、本質的に、セル内の含水量が最大であったと仮定した。実際上は、セルは通常シャットダウンされ、高湿度状態で保存されるので、これは合理的な仮定である。セルが真に最大含水量の状態にない場合でも、最大OER/ORR電流密度の差は、セルを電圧逆転の損傷から保護することに関しては重要ではない。これは、高湿度下で広い湿度範囲にわたって最大OER/ORR電流密度の程々の変化のみが明らかである以下の実施例で例証されている。しかしながら、低い含水量(例えば、相対湿度<<50%)では、最大OER/ORR電流密度に相当な変化があり得る。
【0042】
それで改善された制御のために、好ましい実施形態では、燃料電池スタック内の含水量の影響も考慮され、計算に入れられる。そのような実施形態では、燃料電池システムは、燃料電池スタックの高周波抵抗を監視するための高周波抵抗モニタをさらに備えることができる。次に、この測定された高周波抵抗に基づいて、燃料電池内の含水量または相対湿度が推定される。それからここでの本発明の方法では、始動の開始から、引き出される電流密度が、始動温度でのおよび始動相対湿度において最大OER/ORR電流密度未満であるように、電流が燃料電池スタックから引き出される。その後、燃料電池スタックから引き出される電流密度は、引き出される電流密度が、燃料電池温度においておよび燃料電池内の相対湿度において最大OER/ORR電流密度未満であるように、燃料電池温度が上昇するにつれて、および燃料電池内の相対湿度が増加するにつれての両方で増加される。
【0043】
他の実施形態では、燃料電池のアノード側を塞ぐ(燃料枯渇状態をもたらす)だけでなく、燃料電池のカソード側を塞ぐ(同じく酸化剤枯渇状態をもたらす)可能性がある深刻な氷閉塞の可能性に対して防止するようにさらなる保護が組み込まれ得る。そのような場合、アノードおよびカソードで起こる反応はそれぞれOERおよびHERである。このよりまれな種類の「二重閉塞」状態は、予期される最大OER/ORR電流密度を提供することができないように、燃料電池の電流能力を著しく制限する可能性がある。その結果、何らかのセルへの損傷が持続する可能性がある。
【0044】
それで例示的な実施形態では、そのような「二重閉塞」に対する保護は、直列スタック内の個々のセル電圧を監視するためにシステム内にセル電圧モニタを組み込むことによって提供することができる。始動中、個々の燃料電池電圧が監視され、いずれかの個々の燃料電池電圧が約-2.2ボルトを下回る場合、燃料電池スタックから引き出される電流が低減される。
【0045】
このため、0℃未満の始動温度から燃料電池システムを始動するための様々な方法が開示されている。本方法は、そのカソードがORR触媒を含み、そのアノードがHOR触媒およびOER触媒の両方を含む固体高分子電解質形燃料電池スタックを備えるシステムに適用される。本方法では、始動の開始から燃料電池の温度が0℃に達するまで、燃料電池スタックの電流は十分に低く保たれ、そのため、引き出される電流密度は、酸素発生および酸素還元反応がアノードおよびカソードでそれぞれ起こるスタックの能力を超えない。スタックをOER/ORRモードでの動作に制限することによって、損傷が防止される。しかしながら、最大OER/ORR電流密度に近づけて動作させることによって、より速い始動時間を達成することができる。
【0046】
以下の実施例は、本発明の特定の態様を例証するものであるが、決して限定するものとして解釈されるべきではない。
【実施例】
【0047】
実験的燃料電池は、従来の構成要素および構築技術を用いて調製された。次に、燃料電池の最大電流密度は、温度および相対湿度の関数として種々の状態下で決定された。
【0048】
実験用燃料電池は、2つの炭素繊維ガス拡散層(GDL)の間に挟まれた触媒被覆膜(CCM)を備えていた。CCM内の膜電解質は、従来のNafion(登録商標)パーフロオロスルホン酸イオノマー膜であった。アノードは、HORおよびOER触媒の両方、すなわちカーボンブラック担持白金および酸化イリジウム粉末をそれぞれ含んでいた。カソードは、やはりカーボンブラック担持白金であるORR触媒を含んでいた。流れ場プレートを各々のGDLに適用し、アセンブリを従来の方法で完了させた。その後、供給された反応物として水素および空気を用いて一定の電流密度で数時間運転することによってセルを調整し、安定した定常状態の性能を得た。次に、最大電流密度データを以下に示すように決定した。この試験では、水素と空気をそれぞれ燃料と酸化剤として再び使用した。
【0049】
図1は、様々な状態下での実験用燃料電池の最大電流密度を-30℃~0℃の温度の関数としてプロットしたものである。ここで、供給された水素は乾燥しており、供給された空気は80%RHであった。(最大電流密度値は、-2.2ボルトのセル電圧に達するまでセルが維持できる最大印加電流密度を表す。これらの値は、
図2(a)および
図2(b)に関して以下に説明するように決定された。)ここで調査された様々な状態は、
図1に「正常」、「OER/ORR」、および「OER/HER」(それぞれ+、丸、およびXとして表示された各状態に関連付けられたデータを有する)として示されている。
【0050】
正常状態下では、アノードおよびカソードには従来の(すなわち正常の)圧力および流量で水素および空気がそれぞれ供給された。このため、正常状態は、反応ガスの閉塞がなく、枯渇状態がない典型的な燃料電池を表す。OER/ORR状態下では、水素はもはやアノードに供給されず、それによって燃料電池に燃料枯渇を生じさせている。このため、OER/ORR状態は、例えば、低温始動中のアノードにおける氷閉塞状態をシミュレートする。OER/HER状態下では、水素はもはやアノードに供給されず、空気はもはやカソードに供給されず、それによって燃料電池に燃料および酸化剤の枯渇の両方を生じさせている。このため、OER/HER状態は、例えば、低温始動中のアノードとカソードの両方で稀な二重の氷閉塞状態をシミュレートする。
【0051】
図1から明らかなように、最大OER/ORR電流密度は、最大正常電流密度と比較してより小さいがそれでも有意である。さらに、最大OER/ORR電流密度は、セル温度の顕著な関数である。
【0052】
図1からまた明らかなように、最大OER/HER電流密度は、全ての測定されたセル温度において低い。このように、燃料枯渇を受けているセルは、電圧反転中にOER/ORRモードで動作しているときにかなりの電流を維持することができ得る一方で、燃料および酸化剤の枯渇の両方を受けているセルは、特に温度が上昇するにつれて、同じような電流を維持することができ得ない。
【0053】
図2(a)および
図2(b)は、代表的な燃料電池の最大電流密度を決定するための例示的な方法を示す。(例えば、この方法を用いて
図1および
図3の最大電流密度を決定した。)ここでは、連続的な電流掃引を異なる状態下で実験燃料電池に印加し、得られたセル電圧を記録した。
図2(a)は、-25℃のOER/HER状態下で動作しているセルの掃引を示している。ここでの最大電流密度は、平均電流掃引でセル電圧が-2.2ボルトに下がる電流密度と見なされた。
図2(b)は、-25℃のOER/ORR状態で動作しているセルの掃引サイクルを示す。再び、ここでの最大電流密度は、平均電流掃引でセル電圧が-2.2ボルトに下がる電流密度と見なされた。
【0054】
この実験用燃料電池を用いて、最大電流密度に及ぼす相対湿度の変化の影響も調査した。ここでは、両方の反応物が同じ指示RHで供給された。
図3は、-15℃の相対湿度の関数として燃料電池のOER/ORR最大電流密度をプロットしたものである。
図3から明らかなように、最大電流密度は、高い相対湿度(例えば、およそ60~100%RH)では広い湿度範囲にわたって程々に変化するだけである。しかしながら、低い相対湿度では、セルは乾燥しすぎて多くの電流を維持することができず、そのため、低いRH(例えば、40%)では非常に低い最大電流密度が見られる。
【0055】
本明細書で言及されている上記米国特許、米国特許出願、外国特許、外国特許出願および非特許刊行物の全ては、それらの全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0056】
本発明の特定の要素、実施形態および用途を示し、説明してきたが、特に前述の教示に照らして、本開示の趣旨および範囲から逸脱することなく、当業者によって改変がなされ得るので、当然のことながら、本発明はそれらに限定されないことが理解されるであろう。例えば、前述の説明は主に液体冷却式燃料電池システムを対象としていたが、空冷式または他の燃料電池システムにも開示された方法を使用することを考慮することが可能である。そのような改変は、添付の特許請求の範囲の権限および範囲内にあると考慮されるべきである。