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特許7349798反射防止膜、光学素子及び反射防止膜の成膜方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-14
(45)【発行日】2023-09-25
(54)【発明の名称】反射防止膜、光学素子及び反射防止膜の成膜方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/115 20150101AFI20230915BHJP
   G02B 1/14 20150101ALI20230915BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20230915BHJP
【FI】
G02B1/115
G02B1/14
C23C14/08 N
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019040263
(22)【出願日】2019-03-06
(65)【公開番号】P2020144208
(43)【公開日】2020-09-10
【審査請求日】2022-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000133227
【氏名又は名称】株式会社タムロン
(74)【代理人】
【識別番号】100124327
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 勝博
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 穣
(72)【発明者】
【氏名】川俣 和生
(72)【発明者】
【氏名】橋本 涼
【審査官】植野 孝郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-333908(JP,A)
【文献】特開2011-39218(JP,A)
【文献】特開平3-255401(JP,A)
【文献】特公昭56-17641(JP,B2)
【文献】特開2004-269988(JP,A)
【文献】特開2003-7585(JP,A)
【文献】特開2007-248828(JP,A)
【文献】特開2020-30237(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/10- 1/18
C23C14/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定箇所における法線と光軸とがなす角度によって示される凸の光学面の傾斜角度θの最大傾斜角度が25°以上である凸の光学面を有する光学素子に設ける反射防止膜であり、前記凸の光学面側に設ける複数の光学薄膜からなる多層構造を備え、各光学薄膜は、前記凸の光学面と前記光軸とが直交する点を中心とするとき、前記凸の光学面の傾斜角度θが25°以上である領域に設ける膜の少なくとも一部の物理膜厚が、前記凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚よりも厚い前記反射防止膜を形成するための反射防止膜の成膜方法であって、
前記光学素子を回転させながら、当該光学素子の前記凸の光学面側に成膜ソースからの成膜材料を堆積させて膜を形成する成膜工程と、
回転する前記光学素子の前記凸の光学面側に、イオン源からのイオン又はプラズマ源からのプラズマを前記光軸に対して傾斜した方向から照射することにより、前記凸の光学面側の中心に堆積した成膜材料を当該凸の光学面側の周辺部よりも多く除去しつつ緻密化し、前記イオン源又は前記プラズマ源に近い側の前記凸の光学面の領域によって、前記イオン源又は前記プラズマ源から遠い側の前記凸の光学面の領域への前記イオン又は前記プラズマの入射を遮蔽する照射工程とを備え、
前記成膜工程と前記照射工程とを行うことにより、前記多層構造を構成する各光学薄膜を形成することを特徴とする反射防止膜の成膜方法。
【請求項2】
前記照射工程は、前記光学素子の前記凸の光学面側に、前記イオン又は前記プラズマを前記光軸に対して45°以上90°以下の角度で傾斜した方向から照射するものである請求項1に記載の反射防止膜の成膜方法。
【請求項3】
前記光学素子を、前記光軸とは異なる軸を回転軸として回転させるものである請求項1又は請求項2に記載の反射防止膜の成膜方法。
【請求項4】
前記イオン又は前記プラズマは、He、Ne、Ar、Xe、Xrの群より選択される1種以上の希ガス又は窒素から形成したイオン又はプラズマである請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の反射防止膜の成膜方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、反射防止膜、それを備える光学素子及び反射防止膜の成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、凸の光学面に多層構造の反射防止膜を備える光学素子が知られている。多層構造を構成する各光学薄膜は、通常、真空蒸着法やスパッタ法によって成膜される。このような方法で成膜された光学薄膜では、一般的に、任意の測定箇所における物理膜厚dxはdx=d0cosθの式に概ね従い、中心よりも周辺部の物理膜厚が薄い。ここで、d0は、凸の光学面の中心に設けた膜の物理膜厚であり、θは、測定箇所における法線と光軸とがなす角度によって示される凸の光学面の傾斜角度である。
【0003】
中心よりも周辺部の物理膜厚が薄いため、周辺部の反射特性が短波長側へシフトする。さらに、周辺部では光学面に対する光の入射角度が大きくなるため、周辺部の反射特性が短波長側へシフトする。そのため、凸の光学面の最大傾斜角度θが25°以上である光学素子に、中心よりも周辺部の物理膜厚が薄い光学薄膜を積層した反射防止膜を設けた場合には、光学薄膜の物理膜厚と入射角度の両方の影響によって、周辺部の反射特性が短波長側へ大きくシフトし、ゴーストが発生するという問題がある。
【0004】
このような光学特性を改善するため、近年、中心から周辺部に亘って物理膜厚が均一な光学薄膜が提案されている。例えば、特許文献1には、蒸着源に対してレンズ光軸を70°傾斜させた姿勢で光軸を中心に回転する光学素子の凸面に対して、イオン又はプラズマを照射しながら成膜する成膜方法が開示されている。特許文献2には、光軸を中心に自転しつつ他の軸の周りを公転する光学素子の凸面に単一の蒸発源からの蒸着粒子が付着する際に、所定形状の遮蔽板によって蒸着粒子の付着を遮蔽する成膜方法が開示されている。特許文献3には、金属ターゲットから放出されたスパッタ粒子を光学素子の凹面に蒸着させて金属膜を形成するスパッタ処理工程と、当該金属膜にイオンビームを照射して当該金属膜から放出されたスパッタ粒子を再度、前記光学素子の凹面に蒸着させる再スパッタ処理工程と、前記金属膜に酸素ラジカルビームを照射して酸化処理を行う酸化処理工程とを行う成膜方法が開示されている。
【0005】
ところが、上記光学素子に物理膜厚が均一な光学薄膜を積層した反射防止膜を設けた場合には、傾斜角度θが小さい領域では入射角度φが小さい光の反射率を低く抑えることができるものの、傾斜角度θが大きい領域では入射角度φが大きい光の反射率を低く抑えることができないという問題がある。ここで、入射角度φは、光学素子の光学面上の測定箇所における法線と光の入射方向とのなす角度である。
【0006】
さらに、特許文献1に開示の成膜方法は、光学素子を光軸を中心として回転させることによって物理膜厚を均一化するため、2個以上の光学素子に対して同時に成膜することができず生産性が低いという問題がある。特許文献2に開示の成膜方法は、光学素子のサイズや形状によって遮蔽板の形状を変更する必要がある上にチャンバーの汚れ具合が成膜に影響するため、長期に亘って所望の膜厚を有する光学薄膜を得ることが困難であるという問題がある。特許文献3に開示の成膜方法は、光学素子の凸の光学面には適用できないという問題がある。なぜなら、スパッタ処理工程によって凸の光学面に形成された金属膜にイオンビームを照射すると、凸の光学面から放出されたスパッタ粒子は凸の光学面から離間する方向へ進むため、このスパッタ粒子を凸の光学面に再度成膜させることができないからである。
【0007】
一方、中心部よりも周辺部の物理膜厚が厚い光学薄膜も提案されている。例えば、特許文献4には、3層の光学薄膜からなり、1層目及び3層目の光学薄膜は中心部と周辺部の物理膜厚が均一であり、2層目の光学薄膜は中心部よりも周辺部の物理膜厚が厚い反射防止膜が開示されている。この反射防止膜を構成する各光学薄膜は、光軸を中心に自転しつつ他の軸の周りを公転する凸の光学素子に複数の蒸発源からの蒸着粒子が付着する際に、絞り板によって蒸発源からの蒸発量を制御して蒸着粒子の付着量を制限することにより、膜厚分布が制御されたものである。そして、特許文献4に開示の反射防止膜は、主波長が193.4nmである光(紫外線)が0~35°の入射角度でレンズ中心部に入射したときの反射率を0.3%以下とし、上記紫外線が10~40°の入射角度でレンズ周辺部に入射したときの反射率を0.3%以下とすることができ、全ての位置における光学特性を光の入射角度を考慮した一様な反射防止効果等の光学特性を備えるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2006-91600号公報
【文献】特開2010-138477号公報
【文献】特開2012-128321号公報
【文献】特開2003-7585号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献4には、特定の波長のみの光が入射したときの反射防止性能については開示されているものの、波長帯域の広い光が入射したときの反射防止性能については一切開示されていない。さらに、特許文献4に開示の成膜方法は、自公転するレンズに対して、レンズの公転軸の直下に配置された第一蒸発源と、レンズの公転軌道の直下に配置された第二蒸発源及び第三蒸発源とによって成膜を行う。よって、レンズと各蒸発源との位置関係が重要であり、レンズの公転軌道上、すなわち、レンズの公転軸の同心円上にレンズを一列に並べることが必須であるため、生産性が低いという不都合がある。
【0010】
そこで、本件発明は、最大傾斜角度が25°以上である光学素子の凸の光学面の傾斜角度が大きい領域に波長帯域の広い光が大きな入射角度で入射するときに、広い波長帯域に亘って光の反射を低く抑えることができる反射防止膜及びそれを備える光学素子を提供することを目的とする。さらに、本件発明は、そのような反射防止膜の生産性に優れた成膜方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本件発明者らは、上述の課題を解決するため鋭意検討を行った結果、以下の発明に想到した。
【0012】
即ち、本件発明に係る反射防止膜は、測定箇所における法線と光軸とがなす角度によって示される凸の光学面の傾斜角度θの最大傾斜角度が25°以上である凸の光学面を有する光学素子に設ける反射防止膜であって、前記凸の光学面側に設ける複数の光学薄膜からなる多層構造を備え、各光学薄膜は、前記凸の光学面と前記光軸とが直交する点を中心とするとき、前記凸の光学面の傾斜角度θが25°以上である領域に設ける膜の少なくとも一部が、前記凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚よりも厚いことを特徴とする。
【0013】
本件発明に係る光学素子は、最大傾斜角度が25°以上である凸の光学面を有する光学素子であって、上述した反射防止膜を前記凸の光学面に備えることを特徴とする。
【0014】
本件発明に係る反射防止膜の成膜方法は、上述した反射防止膜を形成するための反射防止膜の成膜方法であって、前記光学素子を回転させながら、当該光学素子の前記凸の光学面側に成膜ソースからの成膜材料を堆積させて膜を形成する成膜工程と、回転する前記光学素子の前記凸の光学面側に、イオン源からのイオン又はプラズマ源からのプラズマを前記光軸に対して傾斜した方向から照射することにより、前記凸の光学面側の中心に堆積した成膜材料を当該凸の光学面側の周辺部よりも多く除去しつつ緻密化し、前記イオン源又は前記プラズマ源に近い側の前記凸の光学面の領域によって、前記イオン源又は前記プラズマ源から遠い側の前記凸の光学面の領域への前記イオン又は前記プラズマの入射を遮蔽する照射工程とを備え、前記成膜工程と前記照射工程とを行うことにより、前記多層構造を構成する各光学薄膜を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本件発明の反射防止膜は、最大傾斜角度が25°以上である凸の光学面を有する光学素子に設ける複数の光学薄膜からなる多層構造を備えるものであり、各光学薄膜は、前記凸の光学面の傾斜角度θが25°以上である領域に設ける膜の少なくとも一部が、前記凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚よりも厚いものである。本件発明によれば、各光学薄膜が上述した膜厚分布を備えるため、最大傾斜角度が25°以上である光学素子の凸の光学面の傾斜角度θが大きい領域に波長帯域の広い光が大きな入射角度で入射するときに、広い波長帯域で光の反射を低く抑えることができる反射防止膜及びそれを備える光学素子を提供することができる。
【0016】
そして、本件発明の反射防止膜の成膜方法は、上述した成膜工程と照射工程とを行うことにより、各層の光学薄膜を成膜し上記反射防止膜を形成することができる。よって、本件発明によれば、生産性に優れた反射防止膜の成膜方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本件発明に係る反射防止膜を示す模式的断面図である。
図2】本件発明に係る反射防止膜の成膜方法を実施する成膜装置の模式図である。
図3図2に示す成膜装置の要部拡大図である。
図4】本発明に係る反射防止膜の成膜方法を実施する成膜装置の概略図である。(a)は成膜装置の正面図であり、(b)は光学素子支持装置を下側から見た底面図である。
図5】実施例1、3及び比較例1の反射防止膜を設ける光学素子を示す図である。
図6】実施例2、4及び比較例2の反射防止膜を設ける光学素子を示す図である。
図7】実施例1から2の反射防止膜を構成する各光学薄膜の膜厚分布を示すグラフである。(a)は実施例1を示し、(b)は実施例2を示す。
図8】実施例3から4の反射防止膜を構成する各光学薄膜の膜厚分布を示すグラフである。(a)は実施例3を示し、(b)は実施例4を示す。
図9】比較例1から2の反射防止膜を構成する各光学薄膜の膜厚分布を示すグラフである。(a)は比較例1を示し、(b)は比較例2を示す。
図10】実施例1の反射防止膜の分光反射率を示すグラフである。(a)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが0°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが0°、10°、20°である入射光の分光反射率を示し、(b)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが35°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが20°、30°、40°である入射光の分光反射率を示し、(c)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが60°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが40°、50°、60°である入射光の分光反射率を示す。
図11】実施例2の反射防止膜の分光反射率を示すグラフである。(a)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが0°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが0°、10°、20°である入射光の分光反射率を示し、(b)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが35°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが20°、30°、40°である入射光の分光反射率を示し、(c)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが70°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが50°、60°、70°である入射光の分光反射率を示す。
図12】実施例3の反射防止膜の分光反射率を示すグラフである。(a)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが0°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが0°、10°、20°である入射光の分光反射率を示し、(b)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが35°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが20°、30°、40°である入射光の分光反射率を示し、(c)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが70°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが50°、60°、70°である入射光の分光反射率を示す。
図13】実施例4の反射防止膜の分光反射率を示すグラフである。(a)は反射防止膜の光学面の傾斜角度θが0°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが0°、10°、20°である入射光の分光反射率を示し、(b)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが35°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが20°、30°、40°である入射光の分光反射率を示し、(c)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが70°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが50°、60°、70°である入射光の分光反射率を示す。
図14】比較例1の反射防止膜の分光反射率を示すグラフである。(a)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが0°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが0°、10°、20°である入射光の分光反射率を示し、(b)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが35°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが20°、30°、40°である入射光の分光反射率を示す。
図15】比較例1の反射防止膜の分光反射率を示すグラフである。(a)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが60°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが40°、50°、60°である入射光の分光反射率を示し、(b)は反射防止膜上の光学面の傾斜角度θが70°である箇所に対応する箇所で測定した、入射角度φが50°、60°、70°である入射光の分光反射率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本件発明に係る反射防止膜及びその成膜方法、並びに、反射防止膜を備える光学素子の実施の形態を説明する。
【0019】
1.反射防止膜
本件発明に係る反射防止膜は、測定箇所における法線と光軸とがなす角度によって示される凸の光学面の傾斜角度θの最大傾斜角度が25°以上である凸の光学面を有する光学素子に設ける反射防止膜であって、前記凸の光学面側に設ける複数の光学薄膜からなる多層構造を備え、各光学薄膜は、前記凸の光学面と前記光軸とが直交する点を中心とするとき、前記凸の光学面の傾斜角度θが25°以上である領域に設ける膜の少なくとも一部が、前記凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚よりも厚いことを特徴とする。
【0020】
反射防止膜は、光学素子の最大傾斜角度が25°以上である凸の光学面に設けるものであり、n層(nは2以上の整数)の光学薄膜が積層した多層構造を備える。最大傾斜角度が25°以上である凸の光学面とは、凸の光学面内で傾斜角度θを測定したとき、傾斜角度θが25°以上である箇所が存在するような光学面をいう。例えば、最大傾斜角度が25°以上である凸の光学面が、中心から周辺部に向かって傾斜角度が徐々に大きくなる光学面である場合には、凸の光学面の周辺部の傾斜角度θは25°以上である。凸の光学面は、曲率を有する面であってもよく、自由曲面であってもよい。最大傾斜角度が25°以上であって自由曲面である凸の光学面とは、凸の光学面上の任意の2点の法線のなす角度をγとするとき、角度γ/2が25°以上である光学面をいう。このとき、角度γ/2を形成する線分を、凸の光学面を備える光学素子の光軸とみなすことができる。
【0021】
図1に、本件発明の実施の形態である反射防止膜を示す。図1に示す反射防止膜1は、最大傾斜角度が90°、すなわち、周辺部の傾斜角度θが90°である凸の光学面11aを備える光学素子11に設けるものである。但し、反射防止膜の最大傾斜角度は90°に限定されるものではなく、25°以上であれば任意の角度とすることができる。以下、凸の光学面11aを「光学面11a」と略記することがある。図1に示す反射防止膜1は、7層の光学薄膜2が積層した多層構造を備えるが、層の数は2層以上であれば任意の数とすることができる。7層の各光学薄膜2は、光学面11aに近い側から順に、第1層の光学薄膜2a、第2層の光学薄膜2b、第3層の光学薄膜2c、第4層の光学薄膜2d、第5層の光学薄膜2e、第6層の光学薄膜2f、第7層の光学薄膜gとも表記する。なお、図1中の光学薄膜2のハッチングを省略する。
【0022】
多層構造を構成する各光学薄膜は、光学素子の凸の光学面と前記光軸とが直交する点を中心とするとき、凸の光学面の傾斜角度θが25°以上である領域に設ける膜の少なくとも一部が、凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚よりも厚くなっている。
【0023】
本件発明に係る反射防止膜は、多層構造を構成する各光学薄膜が上述した膜厚分布を備えるため、最大傾斜角度が25°以上である光学素子の凸の光学面の傾斜角度θが大きい領域に波長帯域の広い光が大きな入射角度で入射するときに、広い波長帯域に亘って光の反射を低く抑えることができる。
【0024】
ここで、反射防止性能について詳述する。通常、光学素子の凸の光学面に対して光が入射するとき、凸の光学面の傾斜角度θが小さい領域には入射角度φの小さい光が入射する一方、傾斜角度θが大きい領域には入射角度φの大きい光が入射する。光の入射角度φが大きいほど、分光特性は短波長側へシフトする。これに対し、本件発明に係る反射防止膜では、凸の光学面の傾斜角度θが25°以上である領域に設ける膜の少なくとも一部が、凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚よりも厚いことにより、分光特性の短波長側へのシフトを打ち消すことができる。この結果、本件発明に係る反射防止膜によれば、凸の光学面の傾斜角度θが大きい領域に波長帯域の広い光が大きな入射角度で入射するときに、広い波長帯域に亘って光の反射を低く抑えることができる。
【0025】
具体的に反射防止性能を示すと、本件発明に係る反射防止膜は、例えば、最大傾斜角度が25°以上である光学素子の凸の光学面の傾斜角度θが35°である領域に、波長420nm以上680nmの光が20°以上40°以下の入射角度φで入射したとき、上記波長の光の反射率を1%以下に抑えることができる。前記凸の光学面の傾斜角度θが60°である領域に、上記波長の光が40°以上60°以下の入射角度φで入射したとき、光の反射率を10%以下に抑えることができる。凸の光学面の傾斜角度θが70°である領域に、上記波長の光が70°の入射角度φで入射したとき、光の反射率を20%以下に抑えることができる。
【0026】
各光学薄膜は、光学素子の有効領域を考慮すると、前記凸の光学面の傾斜角度θが25°以上80°未満である領域に設ける膜の少なくとも一部が、前記凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚よりも厚いものであることが好ましい。
【0027】
そして、各光学薄膜は、前記凸の光学面の傾斜角度θが25°以上75°未満である領域に設ける膜の全体が、前記凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚よりも厚いものであることがより好ましい。このような光学薄膜を積層した反射防止膜は、上述した広い波長帯域に亘って光の反射を低く抑える効果をより確実に得ることができる。
【0028】
さらに、各光学薄膜は、前記凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚をd0とし、当該光学薄膜の任意の測定箇所における物理膜厚をdxとするとき、前記凸の光学面の傾斜角度θが25°以上である領域に設ける膜のうち、前記凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚よりも厚い部分の物理膜厚が、以下の条件式を満たすものであることが好ましい。
1<dx/d0≦1.3
【0029】
この条件式は、前記凸の光学面の傾斜角度θが25°以上である領域に設ける膜のうち、物理膜厚が前記凸の光学面の中心に設ける膜の物理膜厚d0よりも厚い部分では、任意の測定箇所における物理膜厚dxが前記中心に設ける膜の物理膜厚d0の1倍以上1.3倍以下の範囲に収まっていて、その部分に物理膜厚が過度に厚い箇所が存在しないことを意味する。その場合には、光学素子の凸の光学面の傾斜角度θが大きい領域に大きな入射角度で入射した光の反射を、より確実に抑制することができると共に、ゴーストの発生を抑制することができる。一方、上記条件式を満たさない場合、すなわち、光学素子の凸の光学面の傾斜角度θが25°以上である領域に設ける膜にdx/d0≦1である部分が存在する場合には、その領域に入射した光の反射を抑制できないことがあるため好ましくない。また、光学素子の凸の光学面の傾斜角度θが25°以上である領域に設ける膜に1.3<dx/d0である部分が存在する場合には、上述した分光特性の短波長側へのシフトを過度に打ち消して長波長側へシフトさせてしまい、青色のゴーストが発生することがあるため好ましくない。
【0030】
上記光学薄膜の膜厚は、断面SEMや接触式の膜厚計で測定することができる。或いは、光学薄膜の反射率をエリプソメータ等によって測定し、シミュレーションによって反射率から膜厚や屈折率を算出することができる。
【0031】
ところで、本件発明に係る反射防止膜は、反射率をより低減するために、高屈折率層である光学薄膜と低屈折率層である光学薄膜とを備えることが好ましい。さらに、反射防止膜は、屈折率が高屈折率層と低屈折率層との中間である中間屈折率層を備えてもよい。高屈折率層、低屈折率層及び中間屈折率層を、適宜組み合わせて反射防止膜を構成することができる。
【0032】
高屈折率層としては、TiO、Nb、ZrO、La、Ta、HfOの群より選択される1種以上の金属酸化物を含むものが好ましい。このような高屈折率層は、2.0以上の高屈折率を実現することができる。また、低屈折率層としては、SiOを単独で含むか、又は、SiOとAlとの混合物を含むものが好ましい。このような低屈折率層は、屈折率を1.50以下に低減することができる。そして、最終層の低屈折率層はSiOを含むものが好ましい。さらに、中間屈折率層としては、Al、Y、YbF等の金属酸化物や、Al+L等の混合物を含むものが好ましい。このような中間屈折率層は、1.50以上2.0以下の屈折率を実現することができる。例えば、図1に示す反射防止膜1において、第1層の光学薄膜2a、第3層の光学薄膜2c、第5層の光学薄膜2e及び第7の光学薄膜2fをSiOからなる低屈折率層とし、第2層の光学薄膜2b、第4層の光学薄膜2d及び第6層の光学薄膜2fをTiOからなる高屈折率層としてもよい。
【0033】
上述した反射防止膜を構成する各光学薄膜は、後述する成膜方法によって形成することができる。成膜方法の中でイオン又はプラズマを使用するため、光学薄膜はイオン又はプラズマを構成する元素を含むものとなる。例えば、Arをプラズマ化して成膜した場合には、二次イオン質量分析(SIMS)によって、光学薄膜が1×1019原子%/cm以上のArを含むことを確認することができる。但し、光学薄膜が1×1022原子%/cm以上のArを含む場合には、当該光学薄膜が緻密化していないことがあるため好ましくない。
【0034】
2.反射防止膜の成膜方法
次に、上述した反射防止膜の成膜方法の実施の形態を説明する。本件発明に係る反射防止膜の成膜方法は、上述した反射防止膜を形成するための反射防止膜の成膜方法であって、前記光学素子を回転させながら、当該光学素子の前記凸の光学面側に成膜ソースからの成膜材料を堆積させて膜を形成する成膜工程と、回転する前記光学素子の前記凸の光学面側に、イオン源からのイオン又はプラズマ源からのプラズマを前記光軸に対して傾斜した方向から照射することにより、前記凸の光学面側の中心に堆積した成膜材料を当該凸の光学面の周辺部よりも多く除去しつつ緻密化し、前記イオン源又は前記プラズマ源に近い側の前記凸の光学面の領域によって、前記イオン源又は前記プラズマ源から遠い側の前記凸の光学面の領域への前記イオン又は前記プラズマの入射を遮蔽する照射工程とを備え、前記成膜工程と前記照射工程とを行うことにより、前記多層構造を構成する各光学薄膜を形成することを特徴とする。
【0035】
本件発明に係る反射防止膜の成膜方法は、例えば、図2及び図3に示す成膜装置によって実施することができる。図2及び図3に示す成膜装置は、実施の形態の一つであり、これに限定されるものではない。特に、成膜工程については、様々な形態、例えばスパッタ、CVD等を成膜ソースとして適用することが可能であり、本実施形態の成膜工程に限定されない。はじめに、この成膜装置の実施の形態について説明する。
【0036】
図2に示す成膜装置21は、内部を真空に保持可能な成膜室31内に、遊星回転機構を備える光学素子支持装置41と、成膜ソースとしての蒸着源51と、イオン銃61とを備える。本実施形態では、イオンを照射するイオン銃61を用いるが、イオン銃61に代えて、プラズマを照射するプラズマ銃を用いてもよい。
【0037】
光学素子支持装置41は、成膜室31の天井壁から吊り下げられ、回転可能な円盤状の支持基体42と、支持基体42の周縁部に吊り下げられ、回転可能な円盤状の光学素子ホルダ43とを備える。支持基体42は、図示しない第1モータの駆動によって自転する。支持基体42の自転軸をL1とする。光学素子ホルダ43は、図示しない第2モータの駆動によって自転する。光学素子ホルダ43の自転軸をL2とする。また、光学素子ホルダ43は、第1モータの駆動によって、支持基体42の自転軸L1を回転軸として公転する。支持基体42には6個の光学素子ホルダ43が等間隔に配設されている。但し、図2では2個の光学素子ホルダ43のみを記載し、他の光学素子ホルダ43については記載を省略する。
【0038】
本実施形態では、光学素子ホルダ43は、光学素子11が取り付けられて成膜が行われる成膜面43aが斜め下方向を向くように支持基体42に吊り下げられている。成膜面43aの向きは、角度調節機構44によって調整される。図2は、成膜面43aが鉛直方向に対して20°傾いた状態を示している。成膜面43aには、反射防止膜が形成される光学面11aを外側に向けた状態で、複数の光学素子11が光学素子ホルダ43の自転軸L2の周囲に同心円状に配置される。例えば、光学素子ホルダ43の自転軸L2の周囲に7個の光学素子11を等間隔に配置し、その外周に14個の光学素子11を等間隔に配置することができる。但し、図2では2個の光学素子11のみを記載し、他の光学素子11については記載を省略する。このように、本実施形態では、光学素子支持装置41に6個の光学素子ホルダ43が設けられ、各光学素子ホルダ43に14個の光学素子11を配置可能であるため、最大84個の光学素子11に対して同時に成膜が可能である。そして、成膜面43aに取り付けられた光学素子11は、光軸OAが鉛直方向に対して傾斜した姿勢をとる。本実施形態では、成膜面43aが平坦であるため、各光学素子11の光軸OAと光学素子ホルダ43の自転軸L2とが平行であるが、必ずしも平行でなくてもよい。
【0039】
本実施形態では、蒸着源51は、図2に示すように、成膜室21の底部であって光学素子ホルダ43の公転軌道の内方に設けている。但し、蒸着源51の位置は、この位置に限定されない。例えば、サイドスパッタを行う場合には、蒸着源51を光学素子ホルダ43に対して水平方向の位置に設けることができる。蒸着源51は、電子銃、抵抗加熱、スパッタ源、イオン銃やプラズマ銃によるスパッタ、プラズマ銃による加熱蒸着、化学的蒸着法、イオンプレーティング等を用いて、成膜材料である蒸着物質を成膜することができる。蒸着源51として、例えば、TiO、Nb、ZrO、La、Ta、HfO、SiO、Al等、種々の光学材料を使用することができる。蒸着源51からの蒸着物質は、広がりをもちながら上昇し、光学素子11の光学面11a、光学素子ホルダ43等に堆積する。蒸着物質は、様々な方向から光学素子11の光学面11a側に入射するが、主に鉛直下方向から入射する。すなわち、蒸着物質は、主に、光軸OAに対して傾斜した方向から光学素子11の光学面11aに入射する。例えば、ある瞬間には、蒸着物質は、光軸OAに対して角度αで傾斜した方向D1から光学素子11の光学面11a側に入射する。角度αは、蒸着源51の位置や成膜面43aの向き等を変えることによって調整することができる。図2は、角度αが70°である状態を示している。そして、蒸着物質の光学面11a側への堆積速度は、成膜室31内の圧力(真空度)、蒸着源51の位置、蒸着源51の成膜条件(抵抗加熱の温度や蒸発面積、電子銃の電子線サイズ、エミッション電流、加速電圧)等によって制御することができる。
【0040】
本実施形態では、イオン銃61もまた、成膜室21の底部であって、光学素子ホルダ43の公転軌道の内方であって、支持基体42の自転軸L1に対して蒸着源51とは反対側の位置に設けている。但し、イオン銃61の位置は、後述するように、自己遮蔽を行うことができるのであれば、この位置に限定されない。イオン銃61は、イオンを高速で照射する。本実施形態では、He、Ne、Ar、Xe、Xrの群より選択される1種以上の希ガス又は窒素と適宜Oをイオン銃61に導入し、イオン銃61によってそれらのガスをイオン化して照射する。イオン銃61によって照射されたイオンは、加速されているため高い直進性を有している。イオン銃61は、イオンを所定の方向に向けて照射する。例えば、ある瞬間には、イオン銃61は、イオンが光軸OAに対して角度βで傾斜した方向D2から光学素子11の光学面11a側に入射するように、イオンを照射する。角度βは、イオン銃61の位置や照射角度を変えることによって調整することができる。図2では、角度βが70°である状態を示している。イオン銃61の照射エネルギーは、加速電圧、ビーム電流、ビーム電圧、成膜圧力、ガス導入種、ガス導入量等によって制御することができる。
【0041】
次に、反射防止膜の成膜方法の実施の形態について説明する。ここでは、図1に示す反射防止膜1を成膜する方法について説明する。以下の成膜工程と照射工程とを同時に又は交互に繰り返し行うことによって、まず、光学素子11の光学面11a上に第1層の光学薄膜2aを形成し、続いて、第2層の光学薄膜2bから第7層の光学薄膜2gを順に形成する。以下、第1層の光学薄膜2aの形成について詳しく説明する。
【0042】
(成膜工程)
成膜工程は、以下のようにして行う。本実施形態では、蒸着源51にAlを用いて第1層の光学薄膜2aを形成する。支持基体42の自転軸L1及び光学素子ホルダ43の自転軸L2を回転軸として光学素子11を回転させた状態で、蒸着源51を加熱して蒸着物質(Al)を蒸発させる。蒸着物質が光学素子11の光学面11a上に堆積することにより、膜が形成される。蒸着物質は、光学面11a上に様々な方向から入射するが、主に光軸OAに対して傾斜した方向D1から光学面11aに入射する。光学素子11が上述のように回転しているため、光学素子11の光学面11a上に形成される膜の膜厚分布は、上述したdx=d0cosθの式に概ね従う。すなわち、成膜工程によって光学面11a上に形成される膜は、光学面11aの中心で物理膜厚が最も厚く、傾斜角度θが大きくなって光学面11aの周辺部に近付くにつれて物理膜厚が薄くなっている。
【0043】
(照射工程)
照射工程は、以下のようにして行う。支持基体42の自転軸L1及び光学素子ホルダ43の自転軸L2を回転軸として光学素子11を回転させた状態で、イオン銃61によってイオンを照射する。イオンが光学素子11の光学面11a上に堆積した蒸着物質に衝突すると、堆積した蒸着物質にエネルギーが付与される。その結果、イオンが衝突した箇所では、イオンが成膜をアシストするものとして作用し、光学面11a上に形成された膜が緻密化される。さらに、光学面11a上に堆積した蒸着物質が除去され、膜が減厚される。蒸着物質に衝突したイオンは、その一部が何らかの形態で膜の中に残存する。
【0044】
イオン銃61によって照射されたイオンは、加速電圧によって意図的に加速されているため、蒸着源51からの蒸着物質と比較して、直進性が高い。そのため、イオンは、光学素子11の光軸OAに対して傾斜した方向D2から光学面11aに入射する。光学素子11の光学面11aは、傾斜角度が25°以上である箇所が存在するようなRの深い光学面である。そのため、光学面11aのイオン銃61に近い側の領域によって、光学面11aのイオン銃61から遠い側の領域(図3中、二重鎖線で囲んだ領域R)へのイオンの入射が遮蔽される。これを「自己遮蔽」と称す。自己遮蔽は、光学面11aの中心部では生じず、周辺部で生じる。具体的には、光学面11aの中心部は、光学素子11の回転に関係なく、イオンが入射される入射領域となる。ここで、光学面11aの中心部とは、光学素子11の光学面11aの中心から所定距離以内の円領域を意味する。一方、光学面11aの周辺部は、光学素子11の回転に伴って、入射領域とイオンの入射が遮蔽される遮蔽領域とが入れ替わる。その結果、光学面11aの中心部では、周辺部と比較して、イオンが多く入射し、光学面11a上からの蒸着物質の除去量が多くなる。例えば、光学面11aの中心部では、光学面11a上に堆積した蒸着物質のうちの20%以上が除去されるのに対し、光学面11aの周辺部での除去量は数%程度に留まる。なお、本実施形態では、光学素子ホルダ43の自転軸L2の周囲に光学素子11を配置しているため、光学面11aへのイオン照射位置は、光学素子ホルダ43の自転に伴って上下左右にも変化する。ところが、イオン銃61によって照射されたイオンは直進性が高いため、光学素子ホルダ43の回転に伴って光学面11aへのイオン照射位置が上下左右に変化しても、自己遮蔽が十分に生じて、光学面11aの中心部に堆積した蒸着物質を多く削ることができる。
【0045】
このように、照射工程でのイオン照射によって、成膜工程によって光学面11a上に形成した膜が減厚されると共に緻密化される。そして、上述した成膜工程と照射工程とを同時に又は交互に繰り返し行うことにより、光学面11a上に形成された膜が徐々に厚くなっていくと共に、光学面11aの中心に設けられた膜よりも、光学面11aの傾斜角度θが25°以上である領域に設けられた膜の物理膜厚がより厚くなっていく。このとき、成膜工程及び照射工程の条件を適宜変更し、成膜工程及び照射工程のいずれを優先して行うか、バランスを取りながら繰り返し行う。以上により、光学素子11の凸の光学面11a上に、Alからなり所望の膜厚を有する第1層の光学薄膜2aを形成することができる。第1層の光学薄膜2aの膜厚分布は、光学面11aの傾斜角度θが25°以上である領域に設けられた膜の物理膜厚が、光学面11aの中心に設けられた膜よりも厚くなっている。
【0046】
その後、蒸着源51の材料を適宜変更しながら、成膜工程と照射工程とを条件を適宜変更しながら繰り返し行い、第1層の光学薄膜2aの上に、残りの光学薄膜2b~2gを形成する。第2層から第7層の光学薄膜2b~2gは、第1層の光学薄膜2aと同様の膜厚分布を備える。以上のようにして、図1に示す、光学素子11の光学面11a上に、光学薄膜2a~2gからなる多層構造を備える反射防止膜1を形成することができる。
【0047】
成膜工程と照射工程とを交互に行う場合には、次のように行うのが好ましい。まず、成膜工程によって膜を形成する。膜厚が10nmに達する前に照射工程を行い、膜の表層を削り取って膜を減厚することによってサブ層を形成する。この成膜工程と照射工程とを繰り返すことによってサブ層を積層し、所望の膜厚を有する第1層の光学薄膜2aを形成する。これに対し、膜厚が10nmを超えた後に照射工程を行ったのでは、サブ層の表層部では緻密化の効果が生じる一方、サブ層の深層部では緻密化の効果が生じない。そのため、得られた第1層の光学薄膜2aは、緻密な層と緻密でない層とが積層し、深さ方向に不均質なものとなるため好ましくない。以上のことから、成膜工程と照射工程とを交互に行うよりも、同時に行う方がより好ましい。同時に行う場合には、緻密な層のみが積層し、深さ方向に均質な第1層の光学薄膜2aを得ることができる。
【0048】
本実施形態の装置構成では、光学素子11が蒸着源51に近付いたときに、主に成膜工程が行われ、光学面11a上の膜が厚くなる。一方、光学素子11がイオン銃61に近付いたときには、主に照射工程が行われ、光学面11a上の膜が薄くなる。そして、成膜工程において膜が厚くなる速度、すなわち、蒸着物質の堆積速度は、上述した成膜条件によって制御することができる。また、照射工程において膜が薄くなる速度、すなわち、イオンによる蒸着物質の除去速度は、上述したイオン照射エネルギーによって制御することができる。
【0049】
ここで、図2を参照しながら、蒸着物質の光学面11aへの入射方向D1と光学素子11の光軸OAとのなす角度α、及び、イオンの光学面11aへの入射方向D2と光軸OAとのなす角度βについて説明する。まず、角度αについて説明する。蒸着源51からの蒸着物質は、広がりをもって上昇する。光学素子1が蒸着源51の直上に位置するときに、蒸着物質の光学面11aへの堆積量は最も多くなる。例えば、その位置における光学素子11の光軸OAと鉛直方向とがなす角度を角度αと規定する。本実施形態では、角度αを70°としているが、角度αは0°以上90°以下が好ましく45°以上90°以下の範囲であることがより好ましい。角度αが0°であるとき、光学素子11の光軸OAは鉛直方向に一致する。角度αが90°を超えると、光学素子11の光軸OAが水平方向よりも上を向く。蒸着物質の光学面11aの中心部への堆積量が減少して、成膜速度が遅くなるため好ましくない。一方、光学素子ホルダ43での取り付け位置に関係なく複数の光学素子11に対して均等に成膜するためには、角度αは0°以上でなるべく小さい方が好ましい。角度αが小さい例としては、平板ガラスに光学多層膜フィルターを成膜する平面遊星回転機構を有する成膜装置を挙げることができる。しかし、角度αが45°未満であると、成膜工程において、光学面11aの中心部での蒸着物質の堆積量が多くなる一方、周辺部での堆積量が過度に少なくなる。その場合、光学面11aの傾斜角度θが25°以上である領域に設けられた物理膜厚を、光学面11aの中心に設けられた膜よりも厚くするためには、照射工程で光学面11aの中心部に設けられた膜をより多く削る必要があり、照射工程に長時間を要することがある。以上のことから、照射工程に要する時間をより短くするためには、角度αは45°以上90°以下がより好ましい。
【0050】
次に、角度βについて説明する。イオン銃61から照射されたイオンは、直進性を有するため、光学素子11がイオン銃61の照射口に対向する箇所に位置するときに、イオンの光学面11aへの入射量は最も多くなる。例えば、その位置における光学素子11の光軸OAと、光学面11aの中心とイオン銃61とを結ぶ線分とがなす角度を角度βと規定する。本実施形態では、角度βを70°としているが、角度βは45°以上90°以下であることが好ましい。角度βが45°以上であることにより、光学面11aの傾斜角度θが25°以上である領域に設けられた膜の少なくとも一部が光学面11aの中心に設けられた膜の物理膜厚よりも厚いという膜厚分布を実現することができる。例えば半球形状(最大傾斜角度が90°)のように最大傾斜角度が特に大きい凸の光学面11の場合には、角度βを60°以上とすることが好ましい。角度βが45°未満であると、イオン照射時の自己遮蔽が不十分となり、上記膜厚分布を実現するのが困難であるため好ましくない。一方、角度90°を超えると、光学面11aの中央部へのイオン照射量が減り、中央部で膜を削るのが困難になるため好ましくない。
【0051】
また、本実施形態の成膜方法では、光学素子11は、光軸OAとは異なる軸を回転軸として回転する。具体的には、光学素子11は、遊星回転機構を備える光学素子支持装置41によって、支持基体42の自転軸L1を軸として回転すると共に、光学素子ホルダ43の自転軸L2を軸として回転する。そのため、光学素子11は、支持基体42の自転軸L1を軸とする回転に伴って水平方向に移動(回転)しつつ、光学素子ホルダ43の自転軸L2を軸とする回転に伴って上下方向、左右方向に移動する。このとき、光学素子11の光学素子ホルダ43への取り付け位置、すなわち、自転軸L2から光学素子11までの距離によって、成膜工程によって成膜される膜厚が異なる。また、光学素子1の取り付け位置によって、照射工程で光学面11a上のイオンの入射領域及び遮蔽領域の範囲が異なる。しかしながら、光学素子11が水平方向、上下方向、左右方向に移動した状態で、成膜工程及び照射工程が行われるため、光学素子11の取り付け位置に関係なく、複数の各光学素子11に対して反射防止膜1を均等に成膜することができる。従って、本実施形態の成膜方法は、反射防止膜1の量産に好適である。なお、光学素子11は、照射工程を行うときに自己遮蔽が生じるように回転していればよく、その回転方法についてはこれに限定されない。
【0052】
そして、本実施形態の成膜方法によれば、最大84個の光学素子11に対して、各層の光学薄膜2が同様の膜厚分布を備える反射防止膜1を同時に成膜することができるため、優れた生産性を得ることができる。
【0053】
さらに、本実施形態では、図2に示す成膜装置21を用いた成膜方法について説明したが、これに限定されない。例えば、従来、薄膜の成膜に一般に使用される汎用スパッタ装置を用いてもよい。図4を参照しながら、汎用スパッタ装置を用いる成膜方法について簡単に説明する。汎用スパッタ装置は、図4(a)に概略を示すように、内部を真空に保持可能な成膜室内に、光学素子支持装置101と、蒸着源111と、イオン銃121とを備える。蒸着源111及びイオン銃121は、図4に示す蒸着源51及びイオン銃61と同じものを用いることができる。
【0054】
光学素子支持装置101は、円盤状の支持基体102と、支持基体102に配設され、支持基体102よりも小径の光学素子ホルダ103とを備える。光学素子支持装置101は、光学素子ホルダ103の成膜面103aが成膜室の底部を向くように、成膜室の天井壁から吊り下げられる。図4(b)に示すように、支持基体102は、その中心を自転軸L1として回転し、自転軸L1の周囲に2個以上の光学素子ホルダ103が配置される。光学素子ホルダ103は、その中心を自転軸L2として回転する。光学素子ホルダ103の成膜面103aには、その自転軸L2の周囲に2個以上の光学素子11を配置することができる。このとき、光学素子11の光軸OAは鉛直方向に一致している。また、図4(a)に示すように、蒸着源111は、例えば、成膜室の底部であって光学素子ホルダ103の回転軌道の直下に設けられる。イオン源121は、例えば、成膜室の底部かつ光学素子ホルダ103の回転軌道の直下であって、蒸着源111とは別の位置に設けられる。イオン銃121は、斜め上方に向かってイオンを照射する。イオン銃121は、光学素子11の光学面11a側に向かって、光軸OAに対して45°以上90°以下の角度βで傾斜した方向からイオンを照射させることができるように、イオン銃121の位置が調整されている。以上のような図4に示す装置構成によっても、上述した本実施形態の成膜方法を行うことができる。そして、上述した照射工程を行うときに自己遮蔽を生じさせることができる。
【0055】
3.光学素子
本件発明に係る光学素子は、最大傾斜角度が25°以上である凸の光学面側に、上述した反射防止膜を備えることを特徴とする。本件発明によれば、上述した反射防止膜を備えることにより、傾斜角度θが大きい領域に波長帯域の広い光が大きな入射角度φで入射したときに、広い波長帯域に亘って光の反射を低く抑えることができる光学素子を提供することができる。光学素子としては、撮影光学素子や投影光学素子を挙げることができ、具体的には、レンズとして、例えば、一眼レフカメラの交換レンズやデジタルカメラ(DSC)に搭載されるレンズ、携帯電話機に搭載されるデジタルカメラ用のレンズ、照射系のプロジェクター用レンズ、車等のヘッドライト用の自由曲面レンズ、レーザー加工用レンズやアキシコンレンズ、DVD、CD、ブルーレイ用のピックアップレンズ、携帯電話やスマートフォンのカメラに用いられるレンズ等、各種のレンズを挙げることができる。
【0056】
光学素子に設けられる反射防止膜を構成する各層の光学薄膜は、上述したとおり、蒸着物質を堆積させる成膜工程と、イオン又はプラズマを照射する照射工程とによって形成することができる。そのため、上述した凸の光学面上に第1層の光学薄膜を成膜するときに、照射工程でイオン、プラズマ、電子等が凸の光学面に衝突することがある。光学素子が特定の硝材からなる場合、例えば、フッ素を含むFCD1のような硝材からなる場合には、凸の光学面に加速された電子等が衝突すると、光学素子において光の吸収が発生することがあり好ましくない。
【0057】
そこで、本件発明に係る光学素子は、凸の光学面と反射防止膜との間に、当該凸の光学面へのイオン、プラズマ、又は電子の入射を防止するための保護層を備えることが好ましい。保護層上に第1層の光学薄膜を成膜することにより、電子等が光学素子に直接衝突することを防ぎ、光の吸収を防ぐことができる。保護層は、光学素子と同一の屈折率を有する材質からなることが好ましい。例えば、光学素子がFCD1(屈折率1.497)の硝材からなる場合、保護層を屈折率がほぼ同一であるSiOで構成するのが好ましい。屈折率がほぼ同一であることによって硝材と保護層との界面がほぼ存在しないものとみなすことができる。そのため、光学的な干渉効果がなく、保護層が存在するにも関わらず保護層が存在しないときと同等の光学特性を得ることができる。このとき、保護層の膜厚が不均一であっても、光学特性への影響を防ぐことができる。そのため、保護層は、イオンやプラズマを用いない通常の真空蒸着法等によって成膜することができる。例えば、蒸着源51を用いて上述した成膜工程を行うことによって保護層を成膜することができる。保護層の膜厚は0.5nm以上であることが好ましく、5nm以上であることがより好ましい。保護層の膜厚が0.5nm未満であると、凸の光学面への被覆が不十分となり、第1層の光学薄膜を成膜するときに凸の光学面への希ガスや窒素の付着を防ぐことができないことがあるため好ましくない。
【0058】
さらに、本件発明に係る光学素子は、反射防止膜の表面に、機能膜として防汚膜や硬質膜を備えていてもよい。例えば、フッ素コーティングを施した防汚膜や、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、SiOからなる硬質膜を設けることができる。光学特性への影響を防ぐため、機能膜の膜厚は10nm以下であることが好ましい。
【0059】
次に、実施例および比較例を示して本件発明を具体的に説明する。但し、本件発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0060】
本実施例では、図2に示す成膜装置21を用いて上述した成膜方法を行うことにより、光学素子11の凸の光学面11a上に11層の光学薄膜2からなる反射防止膜1を形成した。反射防止膜1を構成する第1層、第3層、第5層、第7層、第9層及び第11層の光学薄膜2はSiOからなり、第2層、第4層、第6層、第8層及び第10層の光学薄膜2はTiOからなる。
【0061】
(光学素子)
光学素子11として、材質がTAF1であり、図5に示す形状のものを用いた。図5に示す光学素子11において、凸の光学面11a上の任意の位置で傾斜角度θを測定したところ、その傾斜角度は65°であった。このことから、本実施例で用いた光学素子11における凸の光学面11aの最大傾斜角度は65°以上である。なお、図5中の符号ILは、入射光の入射方向を意味する。
【0062】
(成膜条件)
まず、光学素子ホルダ43の自転軸L2の周囲に2個以上の光学素子11を配置し、光学素子ホルダ43を傾けて成膜面43aが鉛直方向に対して10°傾く姿勢を保持した。支持基体42を自転させつつ、光学素子ホルダ43を自転させることにより、光学素子11を回転させた。成膜室31内に流量20sccmの酸素ガスを導入して1.5×10-2Paの真空度に調整した。そして、光学素子11を温度250℃に加熱した状態で、上述の成膜工程と照射工程とを繰り返し行うことにより、11層の各光学薄膜2を成膜した。
【0063】
成膜工程では、蒸着源51として、第1層、第3層、第5層、第7層、第9層及び第11層の光学薄膜2の成膜にSiOを用い、第2層、第4層、第6層、第8層及び第10層の光学薄膜2の成膜にTiOを用いた。光学素子ホルダ43の成膜面43aが鉛直方向に対して10°傾いていることにより、蒸着源51から蒸発した蒸着物質は、主に、光軸OAに対して角度α=80°で傾斜した方向D1から、光学素子11の光学面11aに入射した。
【0064】
照射工程では、イオン銃61によるイオン照射に際して、流量40sccmのArガスを導入し、イオン銃61によってArガス及び酸素ガスをイオン化して照射した。このとき、イオン銃61の加速電圧を1.5kVとした。照射されたイオンは、光軸OAに対して角度β=75°で傾斜した方向D2から、光学素子11の光学面11aに入射した。
【実施例2】
【0065】
本実施例では、以下の成膜条件で、実施例1とは異なる光学素子11の凸の光学面11a上に7層の光学薄膜2からなる反射防止膜1を形成した。反射防止膜1を構成する第1層、第3層、第5層及び第7層の光学薄膜2はSiOからなり、第2層、第4層及び第6層の光学薄膜2はTiOからなる。
【0066】
(光学素子)
光学素子11として、材質がTAF1であり、図6に示す形状のものを用いた。図6に示す光学素子11において、凸の光学面11a上の任意の位置で傾斜角度θを測定したところ、その傾斜角度は80°であった。このことから、本実施例で用いた光学素子11における凸の光学面11aの最大傾斜角度は80°以上である。また、図6からも、本実施例で用いる光学素子11は、実施例1で用いた光学素子11よりも最大傾斜角度が大きいことが明らかである。
【0067】
(成膜条件)
本実施例では、光学素子ホルダ43の成膜面43aが鉛直方向に対して7°傾く姿勢を保持したこと以外は、実施例1と同様に光学素子11を回転させた。成膜室31内の雰囲気は、実施例1と同一とした。そして、成膜工程は、蒸着源51から蒸発した蒸着物質が、主に、光軸OAに対して角度α=83°で傾斜した方向D1から、光学素子11の光学面11aに入射した点を除いて、実施例1と同一にして行った。照射工程は、イオンが光軸OAに対して角度β=78°で傾斜した方向D2から、光学素子11の光学面11aに入射するように照射を行った点を除いて、実施例1と同一にして行った。
【実施例3】
【0068】
本実施例では、以下の成膜条件で、実施例1と同一の光学素子11の凸の光学面11a上に7層の光学薄膜2からなる反射防止膜1を形成した。反射防止膜1を構成する第1層、第3層及び第5層の光学薄膜2はAlからなり、第2層、第4層及び第6層の光学薄膜2はTiOとLaとの混合物からなり、第7層はSiOからなる。
【0069】
(成膜条件)
本実施例では、光学素子11の回転条件は、実施例2と同一とした。成膜室31内の雰囲気は、実施例2と同一とした。そして、成膜工程は、蒸着源51として、第1層、第3層及び第5層の光学薄膜2の成膜にAlを用い、第2層、第4層及び第6層の光学薄膜2の成膜にTiOとLaと混合物を用い、第7層の光学薄膜2の成膜にSiOを用いた点を除いて、実施例2と同一にして行った。照射工程は、イオン銃61の加速電圧を1.2kVに変更した点以外は、実施例2と全く同一にして行った。
【実施例4】
【0070】
本実施例では、以下の成膜条件で、実施例2と同一の光学素子11の凸の光学面11a上に、7層の光学薄膜2からなる反射防止膜1を形成した。反射防止膜1の各光学薄膜2を構成する材料は、実施例2と同一である。
【0071】
(成膜条件)
本実施例では、光学素子ホルダ43の成膜面43aが鉛直方向に対して5°傾く姿勢を保持したこと以外は、実施例1と同様に光学素子11を回転させた。そして、成膜工程は、実施例2と全く同一にして行った。照射工程は、イオンが光軸OAに対して角度β=80°で傾斜した方向D2から、光学素子11の光学面11aに入射するように照射を行った点を除いて、実施例2と同一にして行った。
【比較例】
【0072】
[比較例1]
本比較例では、実施例1と同一の光学素子11の凸の光学面11a上に、実施例1とは異なる成膜方法で、11層の光学薄膜2からなる反射防止膜1を形成した。反射防止膜1の各光学薄膜2を構成する材料は、実施例1と同一である。
【0073】
(成膜方法)
本比較例では、成膜装置として汎用の成膜装置であるシンクロン社製のBMC1300を用いた。この成膜装置は、内部を真空に保持可能な成膜室内に、光学素子11が配置されるドームと、実施例1で用いたものと同一の蒸着源51及びイオン源61とを備える。このドームは、実施例1で用いた光学素子ホルダとは異なり、ドーム形状となっている。ドームは、上に凸となる姿勢で成膜室の天井壁に吊り下げられ、その中心を回転軸として回転する。ドームは、内側の凹面が成膜面であり、当該成膜面に光学素子11が配置される。本比較例で用いたドームには、成膜面の回転軸の周囲に300個以上の光学素子11を配置できる。成膜面が凹面であることにより、成膜面に取り付けられた光学素子11は、その光軸OAが鉛直方向に対して配置によって5~30°傾いた姿勢となる。
【0074】
そして、実施例1と同様に、成膜工程及び照射工程を行った。成膜工程は、蒸着源1から蒸発した蒸着物質が、主に、光軸OAに対して角度α=5~30°で傾斜した方向D1から光学素子11の光学面11aに入射した点以外は、実施例1と全く同一にして行った。照射工程は、イオン銃によって照射されたイオンが、光軸OAに対して角度β=10~40°で傾斜した方向D2から、光学素子11の光学面11aに入射した点以外は、実施例1と全く同一にして行った。
【0075】
[比較例2]
本比較例では、実施例2と同一の光学素子11の凸の光学面11a上に、比較例1と同一の成膜方法で、11層の光学薄膜2からなる反射防止膜1を形成した。反射防止膜1の各光学薄膜2を構成する材料は、比較例1と同一である。
【0076】
[評価項目]
得られた実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1について、以下の評価を行った。
(1)光学薄膜の膜厚分布
実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1を構成する各層の光学薄膜2について、断面SEMによって膜厚を測定し、膜厚分布を求めた。膜厚の測定は、各光学薄膜2の、光学素子11の光学面11a上で傾斜角度θが0°、25°、35°、45°、60°、70°、80°である箇所に対応する箇所に対して行った。各層の光学薄膜2の膜厚分布は、その層が光学素子11側から何番目の層であるかに関係なく、材質が同一であれば同一であった。光学薄膜2の材料別の膜厚分布を図7から図9に示す。図中の横軸の角度θは、反射防止膜1上の測定箇所における、光学素子11の光学面11aの傾斜角度θに対応する角度である。
【0077】
(2)外観
実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1について、外観を評価した。外観の評価は、反射防止膜1に反射色のムラがあるか否かを目視で観察することによって行った。結果を表1に示す。表1中の「外観」欄において、「○」印は反射色のムラが観察されなかったことを示し、「×」印は反射色のムラが観察されたことを示す。
【0078】
(3)ゴースト
実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1について、ゴーストが発生するか否か評価した。この評価は、ストレイライト試験によって行った。結果を表1に示す。表1中の「ゴースト」欄において、「○」印はゴーストが全く発生しなかったことを示し、「△」印は弱いゴーストが発生したことを示し、「×」印は強いゴーストが発生したことを示す。
【0079】
(4)分光反射特性
実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1について、大塚電子株式会社製の反射分光膜厚計FE-3000によって分光反射率を測定した。このとき、反射防止膜1上の、光学素子11の光学面11a上で傾斜角度θが0°、35°、60°、70°である箇所に対応する箇所に対して、入射光の波長を350nm以上1000nm以下の範囲で変化させながら、0°、10°、20°、30°、40°、50°、60°、70°の入射角度φで入射させたときの分光反射率を測定した。結果を図10から図15及び表1に示す。表1は、例えば、実施例1では、反射防止膜1の中心、すなわち、光学素子11の光学面11a上で傾斜角度θが0°である箇所(光学面11aの中心)に対応する箇所で、光の波長を上記範囲で変化させながら入射角度φ0°で入射した光の反射率を測定したとき、平均反射率は0.1%であり、最大反射率は0.2%であったことを示している。
【0080】
(5)耐磨耗性
実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1について、耐磨耗性を評価した。まず、新東科学株式会社製の往復磨耗試験機TYPE30を用いて、500g重の荷重を付与した状態で移動距離10mmを移動速度1200mm/分で100往復させた。そして、反射防止膜1の最表面の光学薄膜2について、中心(光学面11aの傾斜角度θが0°に対応する位置)及び周辺部(光学面11の傾斜角度θが60°に対応する位置)のキズの有無を目視で観察した。表1中の「耐磨耗性」欄において、「○」印は中心及び周辺部の両方でキズが観察されなかったことを示し、「×」印は中心又は周辺部の少なくとも一方でキズが観察されたことを示す。
【0081】
【表1】
【0082】
[評価結果]
以下、各実施例及び比較例の評価結果について述べる。
(1)光学薄膜の膜厚分布に関する評価結果
図7から図9を参照しながら、実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1を構成する各光学薄膜2の膜厚分布について述べる。図7及び図8に示すように、実施例1から4の各光学薄膜2は、光学薄膜を構成する材質がいずれの場合であっても、中心、すなわち、傾斜角度θが0°である測定箇所における物理膜厚が最も小さく、測定箇所の傾斜角度θが大きくなるにつれて物理膜厚が厚くなり、傾斜角度θが60°から70°である領域で物理膜厚が最も厚くなっている。そして、実施例1から3の各光学薄膜2は、中心の物理膜厚d0に対する任意の測定箇所における物理膜厚dxの比であるdx/d0が1より大きく1.3未満の範囲に収まっている。さらに、実施例4の光学薄膜2は、傾斜角度θが0°以上60°以下である測定箇所及び80°である測定箇所ではdx/d0が1より大きく1.3未満の範囲に収まっているが、傾斜角度θが70°である測定箇所ではdx/d0が1.3を超えている。
【0083】
一方、図9に示すように、比較例1から2の各光学薄膜2は、光学薄膜を構成する材質がいずれの場合であっても、中心の物理膜厚が最も厚く、測定箇所の傾斜角度θが大きくなるにつれて物理膜厚が薄くなっている。そして、比較例1から2の各光学薄膜2は、任意の測定箇所における物理膜厚dxがdx=d0cosθの式に概ね従っている。
【0084】
(2)外観に関する評価結果
表1を参照しながら、実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1の外観について述べる。実施例1から4の反射防止膜1は、反射色のムラが観察されておらず外観が優れている。一方、比較例1から2の反射防止膜1は、反射色のムラが観察され、外観が劣っている。反射色のムラは、反射防止膜1の中心を基準として中心対称に観察された。
【0085】
(3)ゴーストに関する評価結果
表1を参照しながら、実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1のゴーストの有無について述べる。実施例1から3の反射防止膜1は、ゴーストが全く観察されなかった。実施例4の反射防止膜1は、弱い青色のゴーストが観察された。一方、比較例1から2の反射防止膜1は、強いゴーストが観察された。
【0086】
(4)分光反射特性に関する評価結果
表1及び図10から図15を参照しながら、実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1の分光反射特性について述べる。図9から図13に示すように、実施例1から4の反射防止膜1は、反射防止膜1の中心、すなわち、光学素子11の光学面11aの傾斜角度θが0°である箇所(光学面11aの中心)に対応する箇所で測定したとき、波長が420nm以上680nm以下であって入射角度φが0°以上20°以下である光の反射率が0.5%以下であった。また、反射防止膜1上の光学面11aの傾斜角度θが35°である箇所に対応する箇所で測定したとき、波長が上記範囲であって入射角度φが20°以上40°以下の光の反射率が1%以下であった。そして、反射防止膜1上の光学面11aの傾斜角度θが70°である箇所に対応する箇所で測定したとき、波長が上記範囲であって入射角度φが50°以上60°以下である光の反射率が7%以下であった。さらには、反射防止膜1上の光学面11aの傾斜角度θが70°である箇所に対応する箇所で測定したとき、波長が上記範囲であって入射角度φが70°である光の反射率が15%以下であった。これらの結果から、実施例1から4の反射防止膜1は、光学素子11の凸の光学面11aの傾斜角度θが小さい領域に小さな入射角度φで入射した、波長が420nm以上680nm以下の光の反射を低く抑えることができると共に、凸の光学面11aの傾斜角度θが大きい領域に大きな入射角度φで入射した上記波長の光の反射を低く抑えることができることが明らかである。すなわち、実施例1から実施例3の反射防止膜1は、中心から周辺部までの全体に亘って、広い波長帯域の光に対する反射防止特性に優れることが明らかである。
【0087】
一方、図12に示すように、比較例1の反射防止膜1は、光学面11aの傾斜角度θが0°である箇所に対応する箇所で測定したとき、波長が上記範囲であって入射角度φが0°以上20°以下の光の反射率は0.5%以下であった。しかしながら、光学面11aの傾斜角度θが35°である箇所に対応する箇所で測定したとき、波長が420nm以上550nm以下であって入射角度φが20°以上40°以下の光の反射率は1%以下であったが、波長が550nmを超えると反射率が大きくなり、波長が680nmであると反射率が10%を超えている。さらに、光学面11aの傾斜角度θが60°である箇所に対応する箇所で測定したとき、波長が420nm以上680nm以下であって入射角度φが30°以上50°以下の光の反射率は10%を大きく上回り、30%近くに達する。これらの結果から、比較例1の反射防止膜1は、凸の光学面11aの傾斜角度θが大きい領域に大きな入射角度φで入射した、波長が420nm以上680nm以下の光の反射を低く抑えることができないことが明らかである。そして、比較例2の反射防止膜1の分光反射特性は、比較例1の反射防止膜1と同様の結果であった。
【0088】
(5)耐磨耗性に関する評価結果
表1を参照しながら、実施例1から4及び比較例1から2の反射防止膜1の耐磨耗性外観について述べる。実施例1から4の反射防止膜1は、中心及び周辺部の両方でキズが観察されず、耐磨耗性に優れている。一方、比較例1から2の反射防止膜1は、中心又は周辺部の少なくとも一方でキズが観察され、耐磨耗性が劣っている。これらのことから、実施例1から4の反射防止膜1が耐磨耗性に優れるのは、光学薄膜2を形成した際にイオン銃61によるイオン照射によって光学薄膜2が緻密化された結果、耐磨耗性が向上したからであると考えられる。
【0089】
(6)総評
以上の結果から、実施例1から4の反射防止膜1は、光学素子の凸の光学面の傾斜角度θが大きい領域に大きな入射角度φで入射した、広い波長帯域の光の反射を低く抑えることができると共に、光学素子の凸の光学面の傾斜角度θが小さい領域に小さな入射角度φで入射した、広い波長帯域の光の反射を低く抑えることができることが明らかになった。そして、実施例1から4の反射防止膜1は、反射色のムラもなく、ゴーストがほとんど生じない上に耐磨耗性に優れることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本件発明に係る反射防止膜及びそれを備える光学素子は、最大傾斜角度が25°以上であるようなRの深い凸の光学面を備える、撮影光学素子や投影光学素子等の種々の光学素子に好適である。そして、本件発明に係る反射防止膜の成膜方法は、これらの反射防止膜の形成に好適である。
【符号の説明】
【0091】
1 反射防止膜
2 光学薄膜
2a~2g 各層の光学薄膜
11 光学素子
11a 凸の光学面
51,111 蒸着源
61,121 イオン銃(イオン源)
D1 蒸着物質が凸の光学面側へ入射するときの入射方向
D2 イオン又はプラズマが凸の光学面側へ入射するときの入射方向
OA 光学素子の光軸
α 光学素子の光軸に対して蒸着物質の入射方向がなす角度
β 光学素子の光軸に対してイオン又はプラズマの入射方向がなす角度
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15