(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-15
(45)【発行日】2023-09-26
(54)【発明の名称】メカニカルシール
(51)【国際特許分類】
F16J 15/34 20060101AFI20230919BHJP
【FI】
F16J15/34 G
F16J15/34 C
F16J15/34 H
(21)【出願番号】P 2019222535
(22)【出願日】2019-12-09
【審査請求日】2022-06-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000101879
【氏名又は名称】イーグル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100206911
【氏名又は名称】大久保 岳彦
(74)【代理人】
【氏名又は名称】溝渕 良一
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【氏名又は名称】堅田 多恵子
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】名護 典寛
(72)【発明者】
【氏名】村 義博
【審査官】大山 広人
(56)【参考文献】
【文献】特表昭59-500527(JP,A)
【文献】実開昭63-060766(JP,U)
【文献】実開昭55-068753(JP,U)
【文献】実開昭63-178671(JP,U)
【文献】特開平09-068283(JP,A)
【文献】実開平05-001074(JP,U)
【文献】特開平04-004365(JP,A)
【文献】特開2002-122243(JP,A)
【文献】実開昭63-184264(JP,U)
【文献】米国特許第04552368(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/34-15/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに相対摺動する一対の密封環を有し、被密封流体を封止するメカニカルシールであって、
前記一対の密封環の外径側及び内径側のうち一方が被密封流体側であり、他方が漏れ側であり、
一方の密封環は、
径方向漏れ側に
、周方向に離間しかつ少なくとも背面側に開口する複数の切欠溝が配置されており、前記切欠溝と前記被密封流体側の空間との間には、環状の二次シール部材が配置されており、
前記一方の密封環の他方の密封環側には軸方向に段状に突出し、該他方の密封環と摺動する摺動面を具えるノーズ部が周方向に亘って環状に設けられて
おり、
前記二次シール部材は、前記一方の密封環の背面側端面に配置されているメカニカルシール。
【請求項2】
前記摺動面における
径方向漏れ側の端部は、前記切欠溝における
径方向被密封流体側の端部よりも
径方向漏れ側に配置されている請求項1に記載のメカニカルシール。
【請求項3】
前記摺動面における
径方向被密封流体側の端部は、前記切欠溝における
径方向被密封流体側の端部よりも
径方向漏れ側に配置されている請求項2に記載のメカニカルシール。
【請求項4】
軸方向に沿った径方向断面において、前記切欠溝の最大箇所の面積は、前記ノーズ部の面積よりも大きい請求項1ないし3のいずれかに記載のメカニカルシール。
【請求項5】
各前記切欠溝は、前記一方の密封環の中心から放射状に延びる基準面を基準として周方向に面対称を成している請求項1ないし4のいずれかに記載のメカニカルシール。
【請求項6】
隣り合う前記切欠溝同士の間に形成された肉厚部の
径方向漏れ側の端部の周方向の寸法が、前記切欠溝の
径方向漏れ側の端部の周方向の寸法よりも長い請求項1ないし5のいずれかに記載のメカニカルシール。
【請求項7】
前記一方の密封環は一体形成されている請求項1ないし6のいずれかに記載のメカニカルシール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メカニカルシールに関する。
【背景技術】
【0002】
被密封流体の漏れを防止するために、相対回転して摺動面同士が摺動する一対の密封環を備えたメカニカルシールが用いられている。このようなメカニカルシールにおいては、近年、摺動により失われるエネルギーの低減が望まれており、摺動面間の潤滑性向上を図るメカニカルシールが開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1に示されるメカニカルシールは、回転軸とともに回転する第1の密封環と、ハウジングに固定される第2の密封環と、を備え、これら密封環の摺動面同士を摺動させることで外径側の空間に密封される被密封流体が内径側の空間へ漏れることを防止している。また、第2の密封環の外径側には、内径方向の切欠きとして形成された第1歪制御用凹部が周方向に複数配置されているとともに、第2の密封環における摺動面と反対側には、軸方向のザグリ穴として形成された第2歪制御用凹部が周方向に複数配置されている。被密封流体の圧力が第2の密封環に作用したときには、第1歪制御用凹部及び第2歪制御用凹部を基点として第2の密封環を変形させ、歪みを生じさせることにより、第2の密封環の摺動面に凹凸が形成されるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2009-79634号公報(第7頁、第3図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1のメカニカルシールによれば、第1の密封環及び第2の密封環の相対回転時には、第2の密封環の摺動面に形成される凸部が第1の密封環の摺動面に摺動する実質的な摺動面として機能し、第2の密封環の摺動面に形成される凹部に被密封流体を導入し且つ摺動面間に排出することで摺動面間に動圧を発生させ、その動圧により摺動面同士を離間させ、該摺動面間に被密封流体を介在させることで潤滑性が向上し、低摩擦化を実現している。しかしながら、特許文献1のメカニカルシールにあっては、第1歪制御用凹部及び第2歪制御用凹部によって第2の密封環の内部に応力を発生させ、変形させる構成であるため、第2の密封環の強度が低下し、第2の密封環が破損してしまう虞があった。また、被密封流体の圧力が第2の密封環に作用したときに、第1歪制御用凹部及び第2歪制御用凹部を基点として変形されることで、第2の密封環は全体に分散されるようにして歪みが生じるようになっているため、摺動面の所望の位置に凹凸を形成することが困難であり、第1の密封環との摺動接触状態を適切に設定できない虞があった。
【0006】
本発明は、このような問題点に着目してなされたもので、強度が高く、且つ摺動面の接触状態を適切に設定できるメカニカルシールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明のメカニカルシールは、
互いに相対摺動する一対の密封環を有し、被密封流体を封止するメカニカルシールであって、
一方の密封環は、径方向において前記被密封流体とは反対側に設けられ、周方向に離間しかつ少なくとも背面側に開口する複数の切欠溝が配置されており、前記切欠溝と前記被密封流体側の空間との間には、環状の二次シール部材が配置されており、
前記一方の密封環の他方の密封環側には軸方向に段状に突出し、該他方の密封環と摺動する摺動面を具えるノーズ部が周方向に亘って環状に設けられている。
これによれば、切欠溝を有するため、被密封流体の圧力により一方の密封環が被密封流体とは反対側に縮径、或いは、拡径するように変形するとともに、他方の密封環側に摺動面を具えるノーズ部が設けられているため、摺動面近傍の強度を高めて一方の密封環が破損し難くかつノーズ部の径方向位置を設定することで他方の密封環との摺動接触状態を適切に設定することができる。
【0008】
前記摺動面における前記被密封流体と径方向反対側の端部は、前記切欠溝における前記被密封流体側の端部よりも前記被密封流体と径方向反対側に配置されていてもよい。
これによれば、一方の密封環における他方の密封環側の部位の軸方向への膨出を摺動面に好適に伝達できる。
【0009】
前記摺動面における径方向前記被密封流体側の端部は、前記切欠溝における前記被密封流体側の端部よりも前記被密封流体と径方向反対側に配置されていてもよい。
これによれば、一方の密封環における他方の密封環側の部位の軸方向への膨出を摺動面により好適に伝達できる。
【0010】
径方向断面において、前記切欠溝の最大箇所の面積は、前記ノーズ部の面積よりも大きくてもよい。
これによれば、切欠溝の径方向断面積がノーズ部の径方向断面積よりも大きいので、摺動面を確実に他方の密封環側に膨出させることができる。
【0011】
各前記切欠溝は、前記一方の密封環の中心から放射状に延びる基準面を基準として周方向に面対称を成していてもよい。
これによれば、一方の密封環が被密封流体の圧力を受けたときに、基準面を中心として切欠溝の周方向に対称に変形が生じるので、切欠溝の周方向中央部に位置する摺動面を大きく膨出させることができる。
【0012】
隣り合う前記切欠溝同士の間に形成された肉厚部の前記被密封流体とは径方向反対側の端部の周方向の寸法が、前記切欠溝の前記被密封流体とは径方向反対側の端部の周方向の寸法よりも長くてもよい。
これによれば、切欠溝の周方向の寸法よりも肉厚部の周方向の寸法が長いので、一方の密封環の強度を確保しつつ、摺動面の軸方向への膨出量を大きくとることができる。
【0013】
前記一方の密封環は一体形成されていてもよい。
これによれば、一方の密封環は一体形成されており、一方の密封環の単位体積当たりの強度が一定であるため、一方の密封環における他方の密封環側の部位を確実に変形させることができ、且つ加工しやすい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施例1におけるメカニカルシールの一例を示す側断面図である。
【
図2】静止密封環の摺動面を軸方向から見た図である。
【
図3】静止密封環の背面を軸方向から見た図である。
【
図4】(a)は
図3のA-A断面図、(b)は
図3のB矢視図である。
【
図5】静止密封環がハウジング及びシールカバーに取付けられた状態を示す側断面図である。
【
図6】(a)は静止密封環に被密封流体の圧力が作用する受圧部を示す概略図、(b)は(a)の状態から被密封流体の圧力により静止密封環が縮径した状態を示す概略図である。
【
図7】静止密封環の薄板部の膨出量を示す概略図である。
【
図9】(a)はノーズ部を静止密封環の端面の内径側に配設した状態を示す概略図、(b)はノーズ部を静止密封環の端面の径方向中央部に配設した状態を示す概略図、(c)はノーズ部を静止密封環の端面の外径側に配設した状態を示す概略図である。
【
図10】本発明の実施例2における静止密封環を示す図である。
【
図11】本発明の実施例3における静止密封環を示す図である。
【
図12】本発明の実施例4における静止密封環を示す図である。
【
図13】本発明の実施例5における静止密封環を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係るメカニカルシールを実施するための形態を実施例に基づいて以下に説明する。
【実施例1】
【0016】
実施例1に係る摺動部品につき、
図1から
図9を参照して説明する。尚、本実施例においては、メカニカルシールを構成する密封環の外径側を被密封液体側(高圧側)、内径側を漏れ側としての大気側(低圧側)として説明する。さらに尚、静止密封環の摺動面側を正面側として説明する。
【0017】
図1に示される一般産業機械用のメカニカルシール1は、互いに対向する摺動面11,21の外径側から内径側(すなわち大気A側)に向かって漏れようとする被密封液体Fを密封するインサイド型のものであって、被取付機器を構成するハウジング4に固定されたシールカバー5に、回転が規制された状態で設けられた円環状の一方の密封環としての静止密封環10と、回転軸3に固定スリーブ2を介して回転軸3と一体的に回転可能な状態で設けられた円環状の他方の密封環としての回転密封環20と、から主に構成されている。回転密封環20は、固定スリーブ2に対して軸方向に移動可能な状態で取付けられており、図示しないスプリングによって回転密封環20が静止密封環10に向けて軸方向に付勢された状態で、回転軸3に伴い回転することにより、静止密封環10の摺動面11と回転密封環20の摺動面21とが互いに密接摺動するようになっている。尚、後述するが、静止密封環10の摺動面11は、回転密封環20側(以下、正面側ということもある)の端面10aよりも軸方向に突出して形成されるノーズ部12の端面であり、この摺動面11は、後述する被密封液体Fによる圧力が負荷される前の自然状態では、その全面にわたり軸方向に対して直交する平坦面である。また回転密封環20の摺動面21は、全面にわたり軸方向に対して直交する平坦面である。
【0018】
静止密封環10及び回転密封環20は、代表的にはSiC(すなわち硬質材料)同士またはSiC(すなわち硬質材料)とカーボン(すなわち軟質材料)の組み合わせで形成されるが、これに限らず、摺動材料はメカニカルシール用摺動材料として使用されているものであれば適用可能である。尚、SiCとしては、ボロン、アルミニウム、カーボン等を焼結助剤とした焼結体をはじめ、成分、組成の異なる2種類以上の相からなる材料、例えば、黒鉛粒子の分散したSiC、SiCとSiからなる反応焼結SiC、SiC-TiC、SiC-TiN等があり、カーボンとしては、炭素質と黒鉛質の混合したカーボンをはじめ、樹脂成形カーボン、焼結カーボン等が利用できる。また、上記摺動材料以外では、金属材料、樹脂材料、表面改質材料(例えばコーティング材料)、複合材料等も適用可能である。
【0019】
図2及び
図3に示されるように、静止密封環10は、軸方向視で円環状を成す短筒状に形成されており、該静止密封環10における正面側の端面10aには、回転密封環20側に径方向の一部が突出するノーズ部12が環状に形成されている。また、静止密封環10における摺動面11の背面側(すなわち回転密封環20とは反対側)には、該背面側と内径側に開口して軸方向に延びる切欠溝13が周方向に複数等配に形成されている。なお本実施例では切欠溝13が周方向に8箇所形成されているが、切欠溝13の数は本実施例に限らない。
【0020】
言い換えれば、静止密封環10には、周方向に離間して複数配設される切欠溝13の間に、離間して複数配設される肉厚部としての厚板部14と、隣り合う厚板部14同士の正面側を連結し、厚板部14よりも軸方向に肉薄の第1薄板部15と、第1薄板部15から軸方向に延び隣り合う厚板部14同士の高圧側の部位を連結し、厚板部14よりも径方向に肉薄の第2薄板部16と、が形成されている。また第2薄板部16の第1薄板部15側には、径方向に段差を成す段差部16aが形成されており、この段差部16aとシールカバー5の前面部に縮径された縮径部5a(
図1参照。)とが軸方向に係合することで、静止密封環10が抜け止めされている。尚、厚板部14における回転密封環20側の面である正面、及び第1薄板部15における回転密封環20側の面である正面が面一に形成されており、静止密封環10の端面10aを構成している。また、厚板部14における外周面、及び第2薄板部16における外周面が面一に形成されており、静止密封環10の外周面を構成している。段差部16a、縮径部5aは、静止密封環10が他の手段で抜け止めされていれば、無くてもよく、その場合、静止密封環10は一様の周面でもよく、また、他の凹凸形状となっていてもよい。
【0021】
図3及び
図4に示されるように、切欠溝13は、背面視または内径方向から見て矩形状を成している。詳しくは、切欠溝13は、周方向に対向して平行に延びる一対の面13cと、これらの面13cにそれぞれ直交し該面13cの外径側の部位を繋ぐように延びる面13b(すなわち切欠溝13の外径面13b)と、各面13c及び面13bの前端側の部位を直交して繋ぐように延びる面(すなわち第1薄板部15の背面)と、で構成されている。この切欠溝13の被密封液体F(
図5参照)とは径方向反対側かつ背面側の端部13aの周方向の寸法L1、言い換えれば切欠溝13と隣接する厚板部14の内径側かつ背面側端部をつなぐ円弧線は、隣り合う切欠溝13同士の被密封液体F(
図5参照)とは径方向反対側かつ背面側の端部14aの周方向の離間寸法L2、言い換えれば厚板部14の内径側かつ背面側端部の周方向に延びる円弧線の寸法L2よりも短くなっている(L1<L2)。尚、切欠溝13の形状は切欠溝13の周方向中央部を通るように静止密封環10の中心から放射状に延びる面S(以下単に基準面Sという。
図4(b)の二点破線を参照。)を基準として面対称に形成されていればよく、これにより、後述のように、静止密封環10が被密封液体Fの圧力を受けたときに、変形が基準面Sを中心に対称に生じ、切欠溝13を区画する第1薄板部15の周方向中央部にその変形応力が集中し、また、その変形の向きは摺動面11側に向かうため、変形応力は摺動面11に伝達され、後述する摺動面11の膨出が効率よく生じる。
【0022】
第1薄板部15の軸方向の厚み寸法L4は、厚板部14の軸方向の厚み寸法L5よりも短い(L4<L5)。
【0023】
第2薄板部16の厚み寸法L6は、厚板部14の径方向の厚み寸法L7よりも短い(L6<L7)。
【0024】
また、特に
図4(a)に示されるように、ノーズ部12は、静止密封環10の端面10aの内径側に寄せて配置されている。すなわち、ノーズ部12の内径端は、第2薄板部16の内径端よりも内径側に配置されている。より詳しくは、静止密封環10の摺動面11の内径端11aが第2薄板部16の内径端である切欠溝13の外径面13bよりも内径側に配置されている。尚、本実施例では、ノーズ部12が第2薄板部16と軸方向に重畳しないようになっている形態を例示したが、少なくともノーズ部12の内径端(すなわち被密封液体Fと反対側の端部)が切欠溝13の外径端よりも内径側に配置されていれば、ノーズ部12の外径端が第2薄板部16と軸方向に一部重畳していてもよい。
【0025】
次に、メカニカルシール1の使用時の静止密封環10の形態について
図5~
図9に基づいて説明する。
【0026】
図5に示されるように、静止密封環10がハウジング4及びシールカバー5に取付けられた状態にあっては、ハウジング4の正面に環状に凹溝4aが形成され、凹溝4aに配置された無端状の二次シール6例えばOリングが、周方向一様(すなわち周方向に同じような形状)に設けられ、静止密封環10の背面側(すなわち回転密封環20とは反対側)における外径側の端面に圧接されており、被密封液体Fは、二次シール6よりも外径側の静止密封環10とシールカバー5との間に浸入し、二次シール6よりも内径側の切欠溝13(すなわち大気A側)への浸入は防止されている。すなわち、静止密封環10の外周面、具体的には厚板部14、第1薄板部15、第2薄板部16、及びノーズ部12の外周面は、外径から内径に向けて被密封液体Fの圧力を受ける受圧部17として構成されている。つまり、二次シール6は静止密封環10の周囲で切欠溝13よりも被密封液体F側に配置され、切欠溝13に被密封液体Fが流入しない配置であればよい。尚、被密封液体Fによる力は、受圧部17以外にも第1薄板部15の前面(すなわち端面10a)や段差部16aの前面に背面側に向けて軸方向に作用するが、静止密封環10の外周面、特に厚板部14の外周面に支配的に作用し、後述のように静止密封環10が縮径するようになる。また、静止密封環10の内周面、具体的には厚板部14、第1薄板部15、第2薄板部16、及びノーズ部12の内周面は、被密封液体Fよりも低圧の大気A側に面している。
【0027】
図6(a)(b)に示されるように、静止密封環10の受圧部17が被密封液体Fの圧力を受けると、切欠溝13があるため、他の箇所と比較して強度的に弱い静止密封環10の軸方向背面側の部位が圧力により縮径するようになる。具体的には、特に
図6(b)に示されるように、静止密封環10の受圧部17が被密封液体Fの圧力を受けると、隣り合う厚板部14の背面側の部位及び内径側の部位は互いに接続されておらず、言うなれば自由端であるので厚板部14の背面側の部位且つ内径側の部位が周方向に互いに近づくように押圧されて静止密封環10が縮径する。また、第1薄板部15およびノーズ部12には切欠溝13が無く無端環状であり、構造的強度が高いため、軸方向において摺動面11に近いほど変形しにくい。そのため、静止密封環10は背面側の部位が大きく縮径し、摺動面11側の部位が小さく縮径する。これにより、
図6(b)の右図で示すように、この押圧により生じた内部応力により厚板部14よりも薄い第1薄板部15を軸方向に回転密封環20側に膨出させることができるようになっている。また、第1薄板部15が回転密封環20側に膨出されると、第1薄板部15に沿ってノーズ部12も膨出するように変形する。尚、
図6では、説明の便宜上、第2薄板部16の変形量や第1薄板部15の膨出量を実際よりも大きく図示している。
【0028】
また、
図6(b)に示されるように、切欠溝13は外径側に第2薄板部16が存在し、内径側の空間に連通するように開口されているので、第1薄板部15は、外径側の部位に比べて内径側の部位が変形しやすく、第1薄板部15における回転密封環20側への膨出量は内径側の部位が大きくなっている。また、ノーズ部12は、静止密封環10の端面10aの内径側に配設されているので、第1薄板部15の大きな膨出を受けて変形するようになっている。また、第1薄板部15は、その周方向両端よりも周方向中央部の方が回転密封環20側への膨出量が大きくなっている。第1薄板部15の膨出態様について、より詳しくは、第1薄板部15を回転密封環20側から軸方向に見た図である
図7に示されるように、第1薄板部15の周方向中央部かつ最内径箇所(すなわち径方向において被密封流体とは最も反対側の箇所)が最も膨出し、最内径箇所から周囲に末広がり状に膨出している。尚、
図7においては、第1薄板部15の膨出量を網点で概略的に図示しており、網点の濃度が高いほど軸方向への膨出量が大きいことを示している。さらに尚、
図7では、説明の便宜上、ノーズ部12の図示を省略している。
【0029】
図8に示されるように、第1薄板部15が回転密封環20側に膨出されることで、摺動面11において、第1薄板部15の周方向中央部に対応する部分は凸部8として形成され、微視的には該凸部8は回転密封環20の摺動面21と接触する部分となるとともに、第1薄板部15の周方向両端部に対応する部分および厚板部14は凹部7として形成され、微視的には回転密封環20の摺動面21と接触しない部分となる。これら、静止密封環10の摺動面11と回転密封環20の摺動面21との間に互いに接触する部分と軸方向に離間する部分とが周方向に交互に等間隔で生じる、すなわち周方向において、凸部8同士の間に凹部7が周方向に規則的に形成される。尚、被密封液体Fは気体と比べ粘度が高いため、メカニカルシール1の停止時に凹部7から低圧側の空間に漏れ出すことはなく、若しくは漏れ出す量は微量である。
【0030】
静止密封環10と回転密封環20とが相対回転したときには、凹部7の周方向終端には凸部8が形成されているため、凹部7内に流入した被密封液体Fが回転密封環20の回転方向に追随移動し、凹部7において被密封液体Fの圧力が高められ、圧力の高められた被密封液体Fは凹部7の終端である凸部8近傍からその周辺に流出する。これにより、静止密封環10の摺動面11と回転密封環20の摺動面21とは僅かに離間されるとともに、摺動面11,21間に存在する被密封液体Fにより、良好な潤滑状態を成すようになっている。特に、上記した厚板部14同士が周方向に近づくように押圧されることで、第1薄板部15には、膨出した凸部8が、周方向に離間して複数形成されるため、これらの凸部8の間に形成される凹部7内に被密封液体Fを保持し易く、また回転密封環20の回転により動圧を発生させることができる。
【0031】
また、
図9(a)に示されるように、ノーズ部12が第1薄板部15の内径側(すなわち静止密封環10の端面10aの内径側)に寄せて配置されることでノーズ部12を大きく膨出させることができるとともに摺動面11を大きく傾斜させることができる。これによれば、凸部8の膨出量が大きくなり、凸部8と凹部7との軸方向の距離を大きく確保できるため、摺動面11,21間に被密封液体Fを多く保持でき、摺動面11,21の潤滑性を向上させることができる。
【0032】
また、
図9(b)に示されるように、ノーズ部12が静止密封環10の端面10aの径方向中間に配設されることで、
図9(a)の状態よりもノーズ部12の膨出を抑えることができるとともに摺動面11の傾斜を小さくできるため、
図9(a)の状態よりも摺動面11,21間から漏れる被密封液体Fの量を少なくできる。
【0033】
さらに
図9(c)に示されるように、ノーズ部12が第1薄板部15の外径側(すなわち静止密封環10の端面10aの外径側)に配設されることで、
図9(b)の状態よりもノーズ部12の膨出および摺動面の傾斜を抑えることができるため、
図9(b)の状態よりも更に摺動面11,21間から漏れる被密封液体Fの量を少なくできる。
【0034】
このように、メカニカルシール1の用途に合わせてノーズ部12が形成される径方向の位置を適宜選択することにより、ノーズ部12の膨出量・摺動面11の傾斜角度を変化させ、摺動面11,21の接触具合が適切に設定することができる。尚、
図9では、説明の便宜上、第1薄板部15及びノーズ部12の膨出量を実際よりも大きく図示している
【0035】
以上説明したように、静止密封環10は切欠溝13を有するため、被密封液体Fの圧力を受けたときには、厚板部14同士が近づき、静止密封環10が被密封液体Fとは反対側に縮径するように変形するが、回転密封環20側に摺動面11を具えるノーズ部12が設けられているため、摺動面11近傍の強度を高めて静止密封環10が破損し難くすることができる。さらに、ノーズ部12の径方向位置を適宜設定することでメカニカルシール1の用途に合わせて回転密封環20との摺動接触状態を適切に設定することができる。
【0036】
また、摺動面11における被密封液体Fと径方向反対側の端部である内径端11aは、切欠溝13における被密封液体F側の端部である外径面13bよりも被密封液体Fと径方向反対側に配置されている。これによれば、摺動面11の内径端11aは、被密封液体Fの圧力を受けたときに回転密封環20側に膨出する第1薄板部15に配置されているので、静止密封環10における軸方向側(すなわち回転密封環20側)への膨出を摺動面11に好適に伝達できる。
【0037】
また、
図4(a)に示されるように、径方向断面において、切欠溝13の最大箇所の面積は、ノーズ部12の面積よりも大きい。これによれば、切欠溝13の径方向断面積がノーズ部12の径方向断面積よりも大きいので、ノーズ部12の構造強度よりも第1薄板部15の回転密封環20側への膨出が大きく作用しやすくなり、摺動面11を確実に回転密封環20側に膨出させることができる。
【0038】
また、第2薄板部16は、隣り合う厚板部14同士の外径側の部位を連結しており、隣り合う厚板部14同士の間の空間である切欠溝13が被密封液体F側の空間に連通しないので、切欠溝13と被密封液体Fとの圧力差を大きく確保することができ、第1薄板部15の回転密封環20側への膨出を確実に行うことができる。
【0039】
また、第1薄板部15の軸方向の厚み寸法L4は、厚板部14の軸方向の厚み寸法L5に比べて薄いため、静止密封環10の縮径に追従して第1薄板部15を応答性高く膨出させることができる。
【0040】
また、第2薄板部16の厚み寸法L6は、厚板部14の径方向の厚み寸法L7に比べて薄いため、静止密封環10の縮径に追従して第2薄板部16を応答性高く変形させることができる。
【0041】
また、第1薄板部15よりも構造強度の高い厚板部14の周方向内径側の部位の寸法L2が、切欠溝13の周方向内径側の部位の寸法L1よりも長いので、静止密封環10の強度を確保できるとともに、第1薄板部15の周方向の長さが短いため、静止密封環10が縮径したときに変形する箇所が局所的となり、集中するため、回転密封環20への膨出量を大きくとることができる。
【0042】
また、第1薄板部15において、厚板部14と第1薄板部15とが周方向に等配されており、摺動面11に等配して凹凸を形成することができるので、静止密封環10と回転密封環20との摺動性をより向上させることができる。
【0043】
また、静止密封環10は、厚板部14、第1薄板部15、第2薄板部16、ノーズ部12が一体形成されているので、各部位が別素材や別部材で形成されている静止密封環に比べて、第1薄板部15及び第2薄板部16を確実に変形させることができる。また、環状の部材に切欠溝13を切欠き形成すればよいので、静止密封環10を加工しやすい。
【実施例2】
【0044】
次に、実施例2に係るメカニカルシールにつき、
図10を参照して説明する。尚、前記実施例と同一構成で重複する構成の説明を省略する。
【0045】
図10に示されるように、実施例2における静止密封環100は、切欠溝131が背面側と外径側の空間に開口するように形成されている。すなわち、第2薄板部161が第1薄板部151から軸方向に延びて隣り合う厚板部141同士の内径側の部位を連結するように形成されている。また、静止密封環100がハウジング4及びシールカバー5に取付けられた状態にあっては、ハウジング4に形成された凹溝4a’に配置された二次シール6が静止密封環100の背面側における内径側の端面に圧接されており、被密封液体Fは、摺動面111の内径側の空間に配置されている。すなわち、静止密封環100の内周面、具体的には厚板部141、第1薄板部151、第2薄板部161、及びノーズ部121の内周面は、内径から外径に向けて被密封液体Fの圧力を受ける受圧部171となっている。
【0046】
図10(b)(c)に示されるように、静止密封環100の受圧部171が被密封液体Fの圧力を受けると、静止密封環100が外径側に変形して、各厚板部141が互いに遠ざかるように外径方向に移動し、これにより厚板部141よりも薄い第1薄板部151を背面側に収縮させることができるようになっている。
【実施例3】
【0047】
次に、実施例3に係るメカニカルシールにつき、
図11を参照して説明する。尚、前記実施例と同一構成で重複する構成の説明を省略する。
【0048】
図11に示されるように、実施例3における静止密封環200は、切欠溝231が背面側の空間に開口するように形成されている。すなわち、第2薄板部261が第1薄板部251の外径側の部位から軸方向に延び隣り合う厚板部241同士の外径側の部位を連結するように形成されているとともに、側板部262が第1薄板部251の内径側の部位から軸方向に延び隣り合う厚板部241同士の内径側の部位を連結するように形成されている。
【0049】
静止密封環200は、第1薄板部251の内径側及び外径側に第2薄板部261、側板部262が設けられていることから、実施例1の形態に比べて被密封液体Fの圧力を受けた際に縮径し難いが、構造強度が確保されているので、静止密封環200の破損等を防止できる。また、側板部262により、大気A側の空間から切欠溝231内にコンタミが混入することが防止されており、切欠溝231内にコンタミが混入することにより第2薄板部261や第1薄板部251の変形が阻害されることが防止される。
【実施例4】
【0050】
次に、実施例4に係るメカニカルシールにつき、
図12を参照して説明する。尚、前記実施例と同一構成で重複する構成の説明を省略する。
【0051】
図12に示されるように、実施例4における静止密封環300は、切欠溝331が背面側と内径側に開放し、背面側から見て半円形状に形成されている。これによれば、静止密封環300における内径側
の部位の変形代が大きく確保されているので、被密封液体Fの圧力を受けたときに、周方向に切欠溝331を挟んで対向する厚板部341の内径側
の部位が外径側
の部位よりも互いに近づくように縮径するとともに、切欠溝331の外径側
の部位が小さくなっているので、厚板部341の近接により生じる内部応力を第2薄板部361に有効に伝達でき、静止密封環300が縮径しやすくなる。また、切欠溝331の加工性が高い。
【実施例5】
【0052】
次に、実施例5に係るメカニカルシールにつき、
図13を参照して説明する。尚、前記実施例と同一構成で重複する構成の説明を省略する。
【0053】
実施例5における静止密封環400の切欠溝431は、背面側と内径側に開放し、隣接する厚板部441同士の周方向の側壁部441a,441bと、第2薄板部461の内周面461aと、第1薄板部451の背面と、により構成されている。側壁部441a,441bは、内径から外径に向けて平行に延び、内周面461aは、側壁部441a,441bの外径端から外径側に膨出するように円弧状に延びて互いを連結している。これによれば、第2薄板部461を薄く形成することができるので、第2薄板部461が変形しやすく、静止密封環400が縮径しやすくなる。
【0054】
以上、本発明の実施例を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0055】
例えば、前記実施例では、切欠溝13の周方向の寸法L1が厚板部14の周方向内径側の部位の寸法L2よりも短く形成されている形態を例示したが、切欠溝は厚板部の周方向よりも長く形成されていてもよい。この場合、静止密封環が縮径されたときに摺動面間に生じる凹部の周方向の寸法を大きく取ることができる。
【0056】
また、前記実施例では、厚板部14が周方向に等配されている形態を例示されたが、厚板部の周方向の長さや数量は自由に変更することができる。
【0057】
また、前記実施例では、静止密封環10に切欠溝13が形成されている形態を例示したが、回転密封環20に切欠溝13が形成されていてもよいし、両方に切欠溝13が形成されていてもよい。
【0058】
また、前記実施例では、被密封流体が液体である形態を例示したが、被密封流体は、気体であってもよいし、液体と気体が混合したミスト状であってもよい。
【0059】
また、前記実施例では、二次シール部材が静止密封環の背面側に配設される形態を例示したが、これに限られず、例えば、静止密封環の外径側に配置されていてもよい。つまり、第2薄板部の被密封流体側の面、例えば実施例1では第2薄板部16の外周面に高い圧力がかかる状態であればよい。
【符号の説明】
【0060】
1 メカニカルシール
3 回転軸
6 二次シール
7 凹部
8 凸部
10,10’ 静止密封環(一方の密封環)
11,11’ 摺動面
12 ノーズ部
13,13’ 切欠溝
14,14’ 厚板部(肉厚部)
15,15’ 第1薄板部
16,16’ 第2薄板部
17 受圧部
20 回転密封環(他方の密封環)
21 摺動面
100 静止密封環
121 ノーズ部
131 切欠溝
141 厚板部(肉厚部)
151 第1薄板部
161 第2薄板部
171 受圧部
200 静止密封環
231 切欠溝
241 厚板部(肉厚部)
251 第1薄板部
261 第2薄板部
262 側板部
A 大気
F 被密封液体(被密封流体)