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特許7350959複数デバイスにわたる機械波信号の吸収の抑制
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-15
(45)【発行日】2023-09-26
(54)【発明の名称】複数デバイスにわたる機械波信号の吸収の抑制
(51)【国際特許分類】
   H02J 50/40 20160101AFI20230919BHJP
   A61N 1/00 20060101ALI20230919BHJP
   A61N 7/00 20060101ALI20230919BHJP
   A61B 34/00 20160101ALI20230919BHJP
   H02J 50/15 20160101ALI20230919BHJP
【FI】
H02J50/40
A61N1/00
A61N7/00
A61B34/00
H02J50/15
【請求項の数】 15
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2022154282
(22)【出願日】2022-09-27
(62)【分割の表示】P 2022559294の分割
【原出願日】2021-05-19
(65)【公開番号】P2023018681
(43)【公開日】2023-02-08
【審査請求日】2022-10-19
(31)【優先権主張番号】63/032,023
(32)【優先日】2020-05-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】519063358
【氏名又は名称】シービーエヌ ナノ テクノロジーズ インク.
【氏名又は名称原語表記】CBN NANO TECHNOLOGIES INC.
(74)【代理人】
【識別番号】110001139
【氏名又は名称】SK弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100130328
【弁理士】
【氏名又は名称】奥野 彰彦
(74)【代理人】
【識別番号】100130672
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】ホッグ, タッド
【審査官】田中 慎太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平1-305945(JP,A)
【文献】特開平2-19147(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0271919(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0201130(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0080639(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02J 50/00-50/90
A61B 34/00
A61N 1/00
A61N 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
伝達媒質に分布させられるとともに機械波信号からエネルギーを抽出するように構築された複数のデバイスを動作させる方法であって、
少なくとも1つの送信源から、前記伝達媒質に伝達された機械波信号を前記デバイスで受信するステップと、
前記送信源からより遠くにある少なくとも1つの選択位置で受信が行われるように、前記送信源により近いデバイスが機械波エネルギーの抽出により引き起こす前記機械波信号の減衰を制限するために、前記送信源に対する近さに基づいてデバイスの動作を調整するステップと、
を備え、前記デバイスの動作を調整する前記ステップは、下記(a)~(e)の群から選ばれる少なくとも1つのステップを含む、方法。
(a)複数の前記より近いデバイスのうちの少なくとも部分集合が、複数の信号吸収機構のうちの少なくとも部分集合を非活性化させるステップ。
(b)複数の前記より近いデバイスのうちの少なくとも部分集合が、結果として生ずる信号吸収の低減のために少なくとも一つの信号吸収機構の動作特性を調整するステップ。
(c)複数の前記より近いデバイスのうち少なくとも部分集合で前記機械波信号を能動的に吸収する時間を低減するステップ。
(d)前記複数のデバイスの部分集合による前記機械波信号の吸収をそれらデバイスの位置に基づいて低減するステップ。
(e)前記機械波信号が主に吸収される周波数を前記送信源に対する相対的位置によって決定するように、前記複数のデバイスのうち少なくとも部分集合を動作させるステップ。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、
前記デバイスの前記動作を調整するステップは、前記より近いデバイスが動作しているときに当該より近いデバイスによる前記信号の吸収を、より遠くのデバイスによる信号の吸収よりも低減し、
当該低減は、複数の前記より近いデバイスのうちの少なくとも部分集合が複数の信号吸収機構のうちの少なくとも部分集合を非活性化させることにより行われる、方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって、
前記デバイスの前記動作を調整するステップは、前記より近いデバイスが動作しているときに当該より近いデバイスによる前記信号の吸収を、より遠くのデバイスによる信号の吸収よりも低減し、
当該低減は、複数の前記より近いデバイスのうちの少なくとも部分集合が結果として生ずる信号吸収の低減のために少なくとも一つの信号吸収機構の動作特性を調整することにより行われる、方法。
【請求項4】
請求項1に記載の方法であって、
前記デバイスの前記動作を調整するステップは、複数の前記より近いデバイスのうち少なくとも部分集合で前記信号を能動的に吸収する時間を低減する、方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法であって、
調整期間中に、複数の前記より近いデバイスのうち少なくとも部分集合が前記信号の能動的な吸収を停止する、方法。
【請求項6】
請求項1に記載の方法であって、
前記デバイスの前記動作を調整するステップは、前記複数のデバイスの部分集合による前記信号の吸収をそれらデバイスの位置に基づいて低減する、方法。
【請求項7】
請求項6に記載の方法であって、
前記複数のデバイスのうちの少なくとも部分集合は、前記信号を能動的に吸収している間に、前記送信源からより遠くにある少なくとも1つの選択位置へ信号が送信されることを妨げる位置から回避するように移動する、方法。
【請求項8】
請求項6に記載の方法であって、
複数の前記より近いデバイスのうちの少なくとも部分集合は、前記送信源からより遠くにある少なくとも1つの選択位置へと信号を送信することを妨げる位置にあるときに、当該部分集合による信号の吸収を低減する、方法。
【請求項9】
請求項6に記載の方法であって、
前記複数のデバイスのうち前記信号の吸収に制限を設けるように設計される少なくとも部分集合は、前記複数のデバイスのうち吸収に制限が設けられない他の部分集合よりも、前記送信源により近い位置で動作する、方法。
【請求項10】
請求項1に記載の方法であって、
前記信号は一つよりも多くの周波数で送信され、
前記デバイスの前記動作を調整するステップは、前記信号が主に吸収される前記周波数を前記送信源に対する相対的位置によって決定するように前記複数のデバイスのうち少なくとも部分集合を動作させる、方法。
【請求項11】
請求項10に記載の方法であって、
前記送信源により近い複数の前記デバイスのうち少なくとも部分集合は、前記送信源からより遠くのデバイスよりも高い周波数で前記信号を主に吸収する、方法。
【請求項12】
請求項1から請求項11のいずれか1項に記載の方法であって、
前記信号は圧力波信号である、方法。
【請求項13】
少なくとも1つの送信源からの機械波信号が伝達される伝達媒質内で動作するためのデバイス群であって、
前記デバイス群は、複数のデバイスを備え、
前記複数のデバイスそれぞれが、
前記デバイスによる使用のために周囲の媒質から機械波エネルギーを吸収する、少なくとも1つのエネルギー吸収機構と、
前記デバイスでの機械波エネルギーの抽出により引き起こされる前記機械波信号の減衰を制限するように、前記送信源に対する前記デバイスの近さに基づいて前記少なくとも1つのエネルギー吸収機構の動作を調整するコントローラと、
を備え、前記調整は、下記(a)~(e)の群から選ばれる少なくとも1つの調整を含む、デバイス群。
(a)前記デバイスの複数の信号吸収機構のうちの少なくとも部分集合を非活性化させる。
(b)結果として生ずる信号吸収の低減のために、前記デバイスの少なくとも一つの信号吸収機構の動作特性を、前記信号吸収機構の動作中に、調整する。
(c)前記デバイスにより前記機械波信号を能動的に吸収する時間を低減する。
(d)前記デバイスによる前記機械波信号の吸収を、そのデバイスの位置に基づいて、選択的に低減する。
(e)前記機械波信号が主に吸収される周波数を前記送信源に対する前記デバイスの相対的位置によって決定するように、前記デバイスを動作させる。
【請求項14】
請求項13に記載のデバイス群であって、
前記少なくとも1つの信号吸収機構は、圧力波信号からエネルギーを抽出するように構築された、デバイス群。
【請求項15】
少なくとも1つの送信源からの機械波信号が伝達される伝達媒質内で動作するためのデバイス群であって、
前記デバイスが、請求項1から請求項12のいずれか1つの方法を行うように構築された、デバイス群。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、音響信号などの機械波信号を吸収する多数のデバイスの動作に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リモートデバイスは様々な用途に使用されうる。デバイスに電力を供給するため、および/またはデバイスと通信するために、信号が頻繁に使用される。適切な伝達物質内で動作するデバイスの場合、そのような信号は機械波として伝送することができ、液体環境では圧力波(本明細書では一般に「音響信号」と呼ばれる)が頻繁に採用される。音響信号が採用されるデバイス動作の例として、米国特許8,743,659、8,743,660、8,755,252、8,760,972、8,787,115、8,837,258、および10,024,950(インコーポレーションが適切な法域において参照によりここに全て組み込まれる)は、サイズがマイクロスケールまたはナノスケールであるデバイスへと伝送されるか、そのようなデバイスから伝送されるか、および/またはそのようなデバイスの間で伝送される電力および/または通信信号について記述している。好適な用途の一例では、そのようなデバイスは、医療目的のために生物の体内で動作することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】米国特許第8,743,659号明細書
【文献】米国特許第8,743,660号明細書
【文献】米国特許第8,755,252号明細書
【文献】米国特許第8,760,972号明細書
【文献】米国特許第8,787,115号明細書
【文献】米国特許第8,837,258号明細書
【文献】米国特許第10,024,950号明細書
【発明の概要】
【0004】
多くの信号吸収デバイスにより引き起こされる機械波信号の減衰は、例えば、より信号送信源により近い位置(「より近い」とは、一般に、必ずしも単に距離によってではなく、信号伝播の観点から定義される)にあるデバイスの信号吸収を低減するようにデバイスの特性及び/又は動作を調整するというオペレーション方法により緩和できる。基本的な方法では、多数のデバイスが伝達物質に分布し、少なくとも1つの送信源(例えば、トランスデューサ)からその伝達物質の中へ機械波信号が送信される。そして、送信源からより遠くの少なくとも1つの選択位置で受信が行われるように、デバイスの動作の調整が行われて送信源により近いデバイスによる信号の減衰が制限される。機械波信号は、デバイスに電力を供給するため及び/又はデバイスと通信するためなど、様々な目的で使用され得るものである。選択位置は、伝達物質内の特定位置(例えば、生物体内で動作する場合、選択位置は生物の特定の身体部分であり得る)であるか、又は相対的な位置(例えば、選択位置は、単に伝達物質内で送信源(1つ又は複数)からある距離を超えた領域とすることも可能であるし、送信源からさらに遠くの特定のデバイス又はデバイスグループでもあり得る)である。同様に、送信源の「近さ」は、相対的な近さ(例えば、他のデバイスと比較してより近くにあるデバイス)として扱われ得るし、絶対的な近さ(例えば、特定の距離内のすべてのデバイス)でもありうるし、或いは、他の要因(例えば、送信源からの実際の物理距離にかかわらず、受信信号強度に基づく等)によって決定された近さでもあり得る。本明細書で述べる例では、減衰の緩和は、圧力波信号(本明細書では「音響信号」と称する)の例を用いて扱われる。
【0005】
1つの方法グループでは、動作中における信号吸収を減らすように、送信源により近いデバイスの動作が調整される。デバイスは信号吸収に使用する幾つかの構造を非活性化することができ、及び/又は、活性のままで吸収を減少させるようにそのようなデバイスを調整することもできる(圧力変動に反応する範囲を制限したり、反応速度を制限したりするなど)。より近くのデバイスは、調整された期間、全ての能動的な吸収を停止し得る。そのような期間は、例えば、時間に基づいて、または送信された制御信号によって調整され得る。いくつかの例では、特定の位置基準を満たすデバイスのみが信号の能動的吸収を停止する。一例として、送信源と選択された位置との間の経路内にデバイスが位置する場合にのみ、デバイスが吸収を停止(または大幅に減少)しうる。動作を調整するために制御信号が使用される所では、そのような制御信号は、送信源から又は1つまたは複数のデバイスそのものからなど、様々な位置から送信され得る。例えば、強い機械波信号強度を必要とする動作を行う必要があるデバイスは、信号の減衰を避けるために一時的に動作を停止させるべく最も近くの送信源と当該デバイスとの間に位置するデバイスのために制御信号を送信しうるものであり、これにより制御信号を送信するデバイスによって受信が行われる。
【0006】
方法の別のグループ(多くの場合、上記のグループと重複する)において、デバイスの動作は、位置に基づいて信号の吸収を減らするように調整される。上述のように、デバイスは、(上述した如く、制御信号に応答しているか否かにかかわらず)その位置に基づいて能動的吸収を停止または低減することができる。デバイスが位置調整機能を有する場合、デバイスは、送信源と選択位置との間の経路を回避するように動く(または動かない)ことができる。いくつかの方法において、送信源により近いところで操作されるデバイスは、送信源からより遠いところで操作されるデバイスよりも機械波信号の吸収が少なくなるように設計されている。
【0007】
別のグループの方法(これもまた、上述した方法と重複する場合がある)において、機械波信号は一つ以上の周波数で送信され、デバイスが信号を積極的に吸収する周波数は減衰を減らすために調整されるものであり、例えば、送信源への近さに基づいた周波数で受信することが可能である。一例として、送信源により近い位置にあるデバイスは、より遠い位置にあるデバイスよりも高い周波数の信号を吸収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、デバイスで使用される音響信号を吸収するための構成要素の一例を提供することができるピストンアセンブリを示す等角図である。
図2図2は、ハウジングに対するピストンの変位に抵抗を与える調節可能定荷重ばねを形成するシートの重なりによって図1に示すような小型ピストンアセンブリの応答をどのように調節できるかの一例を示す図であって、シート間のファンデルワールス引力のような引力がピストンの変位に対する抵抗を提供する。
図3図3は、図1に示すピストンアセンブリの粘性抵抗係数をその変位の関数として示すグラフであり、流体中を移動する分離ディスクの値と比較したものである。
図4図4は、音圧波に応答するピストンの変位を示すグラフであり、三つの異なる負荷に接続されたピストンについての位置を示している。
図5A図5Aは、多数のピストンを球状デバイス上に配置することができる方法の一例を示す図である。
図5B図5Bは、デバイスの表面が圧縮されてピストンのような作用を提供することができる、代替のデバイスを示す図である。
図5C図5Cは、デバイスの表面が圧縮されてピストンのような作用を提供することができる、代替のデバイスを示す図である。
図5D図5Dは、デバイスの表面が圧縮されてピストンのような作用を提供することができる、代替のデバイスを示す図である。
図5E図5Eは、デバイスの表面が圧縮されてピストンのような作用を提供することができる、代替のデバイスを示す図である。
図6A図6Aは、軟組織の場合(6A)について、送信源から異なる距離にあるデバイスの利用可能な信号電力を周波数の関数として示すグラフである。
図6B図6Bは、肺組織の場合(6B)について、送信源から異なる距離にあるデバイスの利用可能な信号電力を周波数の関数として示すグラフである。
図7図7は、軟組織におけるデバイスの有効エネルギー吸収断面積を周波数の関数として示すグラフであり、デバイスが信号を積極的に吸収している場合とデバイスが事実上剛体である場合とを比較したものである。
図8A図8Aは、軟組織(8A)の場合について、周波数の関数として、送信源からの異なる距離において、直径1ミクロンのデバイスの群によって生じる信号減衰を例示するグラフである。
図8B図8Bは、肺組織(8B)の場合について、周波数の関数として、送信源からの異なる距離において、直径1ミクロンのデバイスの群によって生じる信号減衰を例示するグラフである。
図9図9は、2つの異なる距離と周波数について、デバイス数の関数として電力減衰を示すグラフである。
図10図10は、距離の関数として電力減衰を示すグラフであり、デバイスが信号を可能な限り吸収する場合と吸収に上限を設けた場合とを比較したものである。
図11図11は、2つの異なる周波数で信号を送信する場合の距離による電力減衰を示すグラフであり、送信源により近いデバイスが高い周波数で吸収する方法と単一の周波数が使用される方法とを比較している。
図12図12は、周波数の関数としての信号電力を示すグラフであり、特定領域のデバイスが信号の吸収を停止する方法と、デバイスが位置に関係なく吸収を行う方法とを、送信源から2つの距離で比較した結果を示すグラフである。
図13A図13Aは、水体内で動作する、より大きな(1mm径の)デバイスについて、送信源から3つの距離にあるデバイスの利用可能な電力を周波数の関数として例示するグラフである。図13Aのデバイスの数は、軟組織及び肺組織用の図8A及び図8Bに例示される1ミクロンデバイスの場合と同じ総体積を有するように選択される。
図13B図13Bは、水体内で動作する、より大きな(1mm径の)デバイスについて、送信源から3つの距離にあるデバイスの利用可能な電力を周波数の関数として例示するグラフである。図13Bでは、はるかに少ない数のデバイスが使用される。
図14図14は、図13Aと同様の3つの距離における利用可能電力に対する周波数を示すグラフであり、各デバイスによって吸収される電力に上限が設定されているものである。
図15図15は、図13A図14(異なる垂直スケールを持つ)における電力対周波数カーブを比較したグラフであり、10cmの距離における利用可能電力の差を、特に、考慮される範囲において高い周波数について示している。
図16図16は、距離に対する信号電力の減衰を示すグラフであり、信号を50KHzと100KHzの成分に分割した場合(実線)を、いずれかの周波数を単独で使用した場合(破線)と比較したものである。
図17図17は、図16と同様に距離による減衰量を比較したグラフであるが、100KHzと300KHzとに信号を分割したものである。
図18図18は、距離による信号電力の減衰を示すグラフであり、50KHz、100KHz及び300KHzの3つの周波数に信号を分割したものである。
図19図19は、3つの異なる方式についての、3つの距離(データポイントの形状によって示される)で利用可能な信号電力を周波数と比較するグラフである。その3つの異なる手法は、デバイスが図5に示されるようなものである手法(すなわち、図13Aと同じカーブ)と、すべてのデバイスがより大きな可動範囲を有しより少数のピストンを備える方式(破線)と、信号源により近い(すなわち、3cm以内の)デバイスのみがより少数且つより大きな範囲のピストンを有する混合方式(点線)と、である。
図20図20は、図19と同様のグラフであるが、多数且つ小範囲のピストンを有するすべてのデバイス(実線、図13Aと同じ曲線)および少数且つ大範囲のピストンを有するすべてのデバイス(破線)の方法を、異なる混合デバイス方法に対して比較するものである。この方法(点線)において、少数且つ大範囲のピストンを有するデバイスは、多数且つ小範囲のピストンを有するデバイスよりも信号源からより遠くに(すなわち、3cmを超えて)配置されている。
図21図21は、図19に示した方法と同様の方法を比較したグラフであるが、より少数のピストンを有するデバイスは、より多数のピストンを有するデバイスと同じサイズのピストンを有し、したがって、より大きな自由内部容積を有する。示された方法は、より多数のピストンを有するすべてのデバイス(実線、図13Aと同じカーブ)、及び、信号源から3cm以内であってより少数のピストンを有するデバイス(点線)に対するものである。
図22図22は、信号源から15cmの距離での電力対周波数を、2つの方法について比較したグラフである。方法の1つは、すべてのデバイスが可能な限りの電力を吸収する場合(破線)であり、方法のもう1つは、送信源から10cm以内のデバイスが吸収しない場合(アクティブな吸収をやめるか、或いは、送信源と測定深度15cmの間の位置から遠ざかる)である。
図23A図23Aは、デバイスが、制御信号に応答して、所望位置に通じる経路に沿って能動的な吸収を停止する方法のいくつかの例を示す図である。
図23B図23Bは、デバイスが、制御信号に応答して、所望位置に通じる経路に沿って能動的な吸収を停止する方法のいくつかの例を示す図である。
図23C図23Cは、デバイスが、制御信号に応答して、所望位置に通じる経路に沿って能動的な吸収を停止する方法のいくつかの例を示す図である。
図23D図23Dは、デバイスが、制御信号に応答して、所望位置に通じる経路に沿って能動的な吸収を停止する方法のいくつかの例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
多数のデバイスを「群れ」で一緒に動作させると、デバイスが伝達物質内で動作しているときに音響信号の減衰に影響を与える可能性がある。そのような音響信号は、デバイスへの電力伝送、またはデバイスへの通信、デバイスからの通信、及び/またはデバイス間の通信など、様々な目的を果たすことができる。いくつかの方法では、デバイス自体以外の構造物へと作用させられるのを目的として音響パワーが使用されることがあり、音響パワーを使用して所望位置に熱を発生させる等により、医療患者の癌細胞を死滅させる等である。
【0010】
多数のデバイスを動作する際にこれまで見過ごされてきた問題の1つは、デバイスが音響信号を能動的に吸収することで減衰が発生することである。ここで述べるように、そのような能動的吸収は減衰の重要な原因であり、音響信号の送信源からより遠くの位置で信号強度を著しく減少させる可能性がある。したがって、そのような減衰を軽減するようにデバイスを動作させる方法は、伝達物質の所望の位置に十分な信号強度が存在することを保証するのに役立つはずである。
【0011】
本明細書では、主に、生物の体内で動作する医療デバイスの例を扱い、生物は伝達物質を提供する。このような場合の典型的な伝達物質には、血液などの体液、及び様々な組織が含まれる。しかし、本書で説明する方法は、音響信号が伝達される伝達物質の中で多数のデバイスが動作するあらゆる状況に広く適用可能である。例としては、水域または貯蔵タンク内で動作するデバイスの群れ、および液体で満たされた地層を探査する群れが挙げられる。同様に、本説明では、群内のデバイスに電力を供給するための音響信号の使用を取り上げたが、本説明と同様の方法を、通信または他の目的で使用される音響信号にも採用することが可能である。
【0012】
この議論では、ピストンの粘性抵抗と、熱および粘性効果による音響散逸を評価するためのモデルを使用する。これらのシミュレーションは,Comsol Multiphysics(登録商標) Acoustics Moduleソフトウェアを使用してモデル化されたものであり、これはCOMSOL,Inc., One First Street, Suite 4, Los Altos, CA 94022(https://www.comsol.com/acoustics-module)から入手可能である。
【0013】
音は物質中を伝播する縦波で構成されている。ほとんどの生体組織では、音速と密度が表1に示した値に近い。
【0014】
【表1】
表1:組織の音響特性
【0015】
組織の差異は、音を反射、散乱、吸収する。ここで検討した周波数について、代表的な低吸収組織と高吸収組織の減衰量を表1に示す。周波数fの音圧は、距離xにおいてexp(-αtissuefx)のように減少する。
【0016】
粘性および熱的な境界層で、追加的な散逸が発生する。例えば、血流中を循環するデバイスの境界層は、表2に示すような特性を持つ流体中にある。ここで、デバイス周囲の流体の粘性と熱の特性は、水と血漿の特性に近いとみなされている(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。熱容量は定圧時のものであり、比は定圧時の熱容量と定容積時の熱容量との比である。
【0017】
【表2】


表2:デバイス周辺の流体の粘性・熱的特性

【0018】
超音波画像処理では、通常、皮膚上にある1つの小型トランスデューサを使用する。全身の隅々で動作するデバイスに電力を供給するためには、体全体に分布した複数のトランスデューサを使用するのがより良い方法である。以下の説明では、最も近いトランスデューサから約20cm以内にあるデバイスに利用可能な電力を評価する。これは、複数のトランスデューサが身体、または、身体のうち少なくともデバイスが電力を必要とする領域をカバーしていることに相当する。この例では、表3に示すように、デバイスのサイズは、分析した音の波長よりもはるかに小さい。ここで音の周波数および波長の例とデバイスのサイズの例を比較すると、k=2π/λは周波数fで波長λ=c/fの音の波数であり、rdevice=1μmはデバイスの半径である。
【0019】
【表3】
表3:デバイスサイズと比較した音響周波数と波長
【0020】
周辺物質中の音響信号をデバイスに有用なものにするために、様々なデバイスが使用され得る。分析の目的で、以下の議論は、周辺物質からデバイス用電力を抽出するのに使用されるピストンの例を採用して、信号吸収が引き起こす減衰の一例に関する数値評価を提供する。また、そのような吸収が信号の伝送に及ぼす影響を緩和するために採用できる方法の有効性についても説明する。この方法は、信号が異なる目的(すなわち、電力伝送ではなく通信またはセンシング)のために伝送される状況、および/または信号を受信するためにデバイス上の異なる構造が採用される状況など、複数のデバイスが信号を吸収するあらゆる状況にとって有益なはずである。
【0021】
圧力変化に応じて動くピストンは、圧力波からエネルギーを抽出することができる。図1は、内径Dおよび高さHを有するハウジング104内で限られた範囲で動くように拘束された、直径dおよび厚さτのピストン102を有するピストンアセンブリ100の形状を示す(図は、ピストンからピストンの動きによって動力を与えられる機構への連結を図示していない)。図1において、点106は、ピストン102の運動の限界を示す。これらの点106の間の距離は、可動範囲2aとピストンの厚さτの和である。ピストン102の下にあるバネ108は、復元力を提供する。本解析では、半径1μmを有するデバイスを考慮し、ピストン102とハウジング104は表4に示される寸法について解析され、これにより図2に示され後述するような定荷重ばね110のための寸法も提供される。
【0022】
【表4】
【0023】
音波は、雰囲気値を中心にした急速な圧力変化である。雰囲気圧力は時間や体内の位置によって変化する(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。例えば、血液とともに移動するデバイスは、動脈から静脈に移動する際に、約10秒かけて約20kPaの減圧に遭遇する。加えて、動脈の圧力は心拍ごとに5kPa程度変化する。これらの圧力変化は、組織における超音波の安全レベルに相当する大きさであるが、音圧よりもはるかにゆっくりと変化する。例えば、ここで検討している周波数における超音波の周期は数マイクロ秒であり、雰囲気圧力におけるこれらの変化よりもはるかに短い。さらに、通信(Hogg and Freitas, "Acoustic communication for medical nanorobots," Nano Communication Networks, 2012)および運動(Hogg, "Using surface-motions for locomotion of microscopic robots in viscous fluids," J. of Micro-Bio Robotics, 2014)などのデバイス活動は、一般にデバイスへの電力供給のためにここで考慮した超音波よりずっと高いまたは低い周波数での圧力変動を生じさせる可能性がある。また、容器内での動作中にデバイスが位置を変化させることによる、数パスカルの小さな変動もある(Hogg, "Stress-Based Navigation for Microscopic Robots in Viscous Fluids," Journal of Micro-Bio Robots, 2018)。
【0024】
雰囲気圧力の変化によって、(図1Aに示されるばね108によって提供されるような)固定された復元力を有するピストンは、雰囲気圧力からの力がその復元力に近いときにのみ音響圧力に応答するであろう。その範囲外では、ピストン102は、その運動の限界の1つで固定され、エネルギーを収集しないであろう。この制限を回避するために、変化する雰囲気圧力に合わせて復元力を調節するべきである。雰囲気圧力は音響変動よりもはるかにゆっくりと変化するので、その力は、圧力波の複数の期間にわたるピストン上の平均測定圧力に基づいて調整され得る。この測定には、ピストン機構上の力センサー、またはデバイス表面の他の部位にある圧力センサーが使用される(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。その代わりに、コントローラがピストンの平均位置を測定し、その平均がピストンの範囲の中央付近に保たれるように復元力を調整することも可能である。時間の例としては、コントローラは、雰囲気圧力の変化に適応させるために、数ミリ秒にわたる平均化によって復元力を調整することができる。
【0025】
雰囲気圧力を補償するアプローチの一つはバネであり、変位に比例した復元力を持つ。しかし、変位に比例して力が大きくなるため、ピストン運動が制限され、音圧によるエネルギーの多くがバネの位置エネルギーに蓄積される。このエネルギーを回収する機構を追加しないと、音圧が低下したときにポテンシャルエネルギーが流体中に放出され、音響エネルギーの吸収ではなく、散乱に至ってしまう。
【0026】
定荷重ばねは、音響エネルギーの捕集に対して、より有用なアプローチである。ナノスケールでは、重なり合う分子デバイスは、ファンデルワールス相互作用による定力ばねとして振る舞うことができる(Cumings and Zettl, "Low-friction nanoscale linear bearing realized from multiwall carbon nanotubes," Science, 2000)、(Liu,Liu et al, "Interlayer binding energy of graphite: A mesoscopic determination from deformation," Physical Review B, 20, American Physical Society, 2012)。この力は、重なりが大きくなる方向を向く。これにより図2に示すような幾何形状が導かれ、定荷重ばね110は、ピストン102に取り付けられたピストンシート112と、ハウジング104に取り付けられたハウジングシート114によって作られ、ピストンシート112はハウジングシート114の下に存在する(説明のために、水平方向のスケールが図1よりも誇張されていることに注意されたい)。ピストンシート112は、ピストン102と共に垂直方向に移動し、それによって、シート(112、114)間の垂直方向の重なりであるhspringを変化させる。この構成では、ファンデルワールス引力がピストンシート112を上方に引き寄せ、周囲の流体からピストン102にかかる圧力に逆らってピストン102を押し上げる。太い縦線は、シート(112、114)とそれぞれのピストン(102)またはハウジング(104)との間の接続部を示す。これらの接続部はシート(112、114)同士の重なり平面からオフセットされており、これは相対運動の範囲が制限を受けるのを避けるためである。ハウジング104内でハウジングシート114の位置を水平に移動させることは、水平方向の重なりLspringを調整するように作用する。これがスプリング110の反力を調整するのであるが、その理由は、反力が、動きに対して垂直な方向におけるシート(112、114)同士の重なり長Lspringに比例するからである。
【0027】
【数1】
【0028】
バネ定数Kspringは、ネストされたナノチューブでは0.16N/mであり(Cumings and Zettl, "Low-friction nanoscale linear bearing realized from multiwall carbon nanotubes," Science, 2000)、グラフェンシートは0.2N/mである(Liu,Liu et al, "Interlayer binding energy of graphite:A mesoscopic determination from deformation," Physical Review B, 20, American Physical Society, 2012)。シートはこの用途には好都合であり、なぜなら水平方向に位置を変えることで、すなわちLspringを変えることで雰囲気圧力の変化に応じてバネの力を調整できるからである。
【0029】
例えば、表4に示す寸法を有する場合に、1気圧の外圧によるピストン102にかかる力は、7nNである。定荷重ばね110は、この力をオーバーラップLspring=35nmで補償する。この重なりは、ここで考慮したピストン直径dよりもかなり小さく、重なり合うシート(112、114)をピストンハウジング104内で調整するための十分なスペースを確保することが可能である。
【0030】
図2に示す幾何形状において、各シート(112、114)の垂直方向の広がりは、ピストン運動範囲(2a+t)に少なくとも等しくなるべきである。これにより、ピストン範囲は、ハウジング高さHの3分の1以下に制限される。35nmの数倍の大きさの水平オーバーラップがハウジング直径内に収まるので、より効率的なハウジング容積の使用が可能である。したがって、定荷重ばね110は、レバーを介してピストン102に接続されうる。重なりが大きければ、ピストン102にかかる圧力を十分に補償するほどバネの力は大きくなり、その一方で、シート(112、114)の垂直方向の重なりは、ピストンの動きよりも小さな、対応する倍数で変化する。したがって、より小さな垂直方向広がりを有するシートが採用され得るものであり、且つピストンは図2に示すよりもハウジングのより大きな割合にわたって動き得る。これは、所定のハウジング深さでより大きな範囲のピストン運動を実現するため、または所定の運動範囲に必要なハウジング深さを減らすために有用であり、これによりハウジングの容積を減らし、デバイス内に他の部品用のスペースを確保することができる。
【0031】
図2に示す定力ばね110は互いに摺動する2枚のシート(112、114)で構成されるが、ハウジング104は複数の摺動シートを含むことができ、複数の摺動シートはそれらの重なりを独立に調整する別々の水平調整能力を有する。それらのシートをピストン直径よりはるかに薄くすることができるからである。これは、故障に対してある程度の冗長性を提供するか、または異なるアクチュエータが異なる力範囲の調整を取り扱うことを可能にするであろう。その代わりに、1つ以上の調整可能な平面と入れ子状のナノチューブとを組み合わせることで力を発生させることもでき、これらは調整可能ではない。この場合、ナノチューブは体内の最低雰囲気圧力に対応する力を提供しうるのであり、この最小値を超える雰囲気圧力範囲でのみ調整可能平面が力を提供すればよい。
【0032】
ここで考えるような小さなスケールでの運動では、抗力はピストン速度に比例する。
【0033】
【数2】
【0034】
抗力係数ktotalは、ピストン運動(「内部」摩擦)に直接起因する摩擦kからの寄与と、デバイス内の機構を動かす用途から生じる摩擦kloadからの寄与とを有する。デバイスへの電力供給によるダンピングは、例えば、ピストン運動により駆動されるデバイス内機械装置の摩擦から発生する。
【0035】
内部摩擦は、ピストン外部の液体を通じた運動による粘性抵抗と、ピストンとハウジングとの間の摺動摩擦とからなる。
【0036】
【数3】
【0037】
ここで、kviscousは粘性による抗力、kslidingslidingは摺動面による抗力、Aslidingは摺動面の面積を表す。ピストン運動をデバイス内の機器に接続する連結部の運動から生じる摩擦は、ここでは個別に考慮しない。代わりに、kloadに含まれるピストン外部の散逸の一部であり、デバイス内の電力使用効率を決定する。
【0038】
式(3)のkに対する第1の寄与は、粘性抵抗によるものである。低レイノルズ数で粘度ηの流体中を速度vで移動する大きさdの物体は、その直径と流体粘度に比例した抗力を受ける(Happel and Brenner, "Low Reynolds Number Hydrodynamics," The Hague, Kluwer, 1983)。したがって、この抗力の便宜上の特性は、粘性抵抗係数g=kviscous/(dη)である。このg値は、物体の形状や方向、近傍の境界との関係によって決まる。例えば、境界のない流体中では、直径dの平らな円盤が流体中を面一で動く場合、g=8となる(Berg, "Random Walks in Biology," Princeton University Press, 1993)。
【0039】
この場合の粘性抵抗は、流体がハウジング表面とどのように相互作用するかによって、特に流体と固体表面との間の滑りなし境界条件からの偏差によって決まる(Mate, "Tribology on the Small Scale: A Bottom Up Approach to Friction, Lubrication, and Wear," OUP Oxford, 2008)。
【0040】
このように様々な可能性があるため、ここでは、ハウジング壁面での流体の運動についていくつかの境界条件を設けて抗力を評価した。すなわち、1)ピストン表面から1nmの範囲では静止しているハウジングと動いているピストンとの間に高いせん断力が働くため滑りがない条件、2)ハウジングとピストンの間に弾性膜があり、流体速度はハウジングとピストンの間で直線的に増加する条件、そして、3)ハウジングの壁に沿った滑りがある条件である。図3は、表4で与えられたパラメータを有するピストンがこれらの選択をした場合の抗力係数gを示すグラフであり、流体にさらされるハウジング表面上の様々な境界条件に対して、デバイス表面下の位置の関数として粘性抵抗係数gをプロットするものである。比較のために、破線は、あらゆる境界から遠く離れた流体中を面一で移動する孤立したディスクの抗力を示している。図3に基づいて、最悪の場合の推定値として、以下の議論では、比較的大きな値であるg=45が使用され、単純化のために、gはピストン位置に依存しないものとする。
【0041】
式(3)のkに対する第2の寄与は、摺動面からの摩擦である。剛性の高い材料では、原子的に平坦な表面に対するkslidingの理論的な推定値は、ピストン運動の場合のように音速よりかなり低い速度で10kg/(ms)よりやや小さい値を与える(Drexler, "Nanosystems:Molecular Machinery, Manufacturing, and Computation," New York, John Wiley & Sons, 1992)、(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。摺動摩擦を推定するために、ここでは、ksliding=10kg/(ms)が使用される。
【0042】
摺動領域は、ハウジング104に隣接するピストン102端部表面と、定荷重ばね110の板材(112,114)の重なり合う面とを含む。
【0043】
【数4】
【0044】
定荷重ばね110の重なり面積Lspringspringは、0.01μm以下である。したがって、表4より、Asliding<0.03μmとなる。
【0045】
【0046】
以上の考察により、音響圧力の変動に応じてピストン102が移動する際の抗力が推定される。また、アクチュエータは、雰囲気圧力の変化に応じて定荷重ばね110のオーバーラップLspringを変化させる。この調整時の摺動抵抗は下記式(5)である。
【0047】
【数5】
【0048】
例として、1秒間にp=5kPa程度の心拍中の雰囲気圧の変化がある。この場合、Lspringを2nm変化させる必要がある。前述の摺動面積の境界、すなわちLspringspring<0.01μmを使用すると、この変化時の摩擦による散逸は10-16pW未満と無視できるほど小さくなる。
【0049】
ハウジングシート114の水平位置を調整するアクチュエータは、F=Kspringspringに相当する力を加えて重なり量Lspringを変化させる。重なりを△Lspringだけ小さくするために、アクチュエータはW=F△Lspringの仕事をする。オーバーラップhspringは、ピストンの位置によって変化する。図2の形状の典型的な例は、hspring=100nmである。理論的な分析によれば、例えば、静電アクチュエータはこのような力を提供でき、ここで検討したピストンサイズに対して重なりを調整するのに十分小さくできる(Drexler, "Nanosystems: Molecular Machinery, Manufacturing, and Computation," New York, John Wiley & Sons, 1992)。先ほどの1秒間に5kPaの圧力変化の例から続けると、△Lspring=2nmなので、W=4×10-17Jである。このエネルギーは散逸する必要はない。アクチュエータが行った仕事は、シート(112、114)の位置に位置エネルギーとして蓄積される。このエネルギーは、後に雰囲気圧力が上昇したときに、シート(112、114)がLspringを増加させるために行う仕事として回収され得る。しかしながら、この仕事が雰囲気圧力の1秒間の変化の間に完全に散逸したとしても、10-5pWという依然として無視できる散逸に相当する。この潜在的に回避可能な散逸は、式(5)で記述される滑り摩擦によるものよりもはるかに大きく、原子レベルの精密な機構の回転運動にも見られる性質である(Hogg, Moses et al., "Evaluating the Friction of Rotary Joints in Molecular Machines," arXiv.org, 2017)。
【0050】
ピストン中央平面の位置xについては、ピストンがその範囲の中央にあるときをx=0の条件とし、xの符号は、正の値であるとピストン102がデバイスの中心から遠くにあること(図2に示す向きでは鉛直上方)を意味するように選択される。xの最大値はa>0と定義され、ピストンの位置は-aからaの間の範囲にある。
【0051】
ピストン102は、加えられた圧力、バネFspringおよび減衰Fdragに応じて運動する。圧力はpambient+p(t)であり、p(t)は音響圧力、pambientは流体中の雰囲気圧力である。流体圧力は内側に押し、スプリング110は外側に押す。これらの力がピストン102をその可動範囲を超えて押し出そうとするときはいつでもピストン102は停止する。したがって、ピストン102をその可動範囲で停止させない限り、その位置xは次式に従って変化する。
【0052】
【数6】
【0053】
ここで、Aはピストンの断面積、mはピストンの質量である。
【0054】
ここで考えた大きさおよび速度の物体の運動では、粘性力が支配的である(Purcell, "Life at low Reynolds number," American J. of Physics, 45, 1977)。つまり、Fdragとピストンにかかる力とが釣り合う速度でピストンが動く。つまり、ピストンは流体中の終端速度で動くので、式(6)は式(7)となる。
【0055】
【数7】
【0056】
上記式の導出に式(2)が使用されている。もしピストンがその運動の限界であるx=±aに達した場合、加わる力の符号が変わるまでそこに留まる(すなわち、dx/dt=0)。図11に関して後述するように、デバイスが生体内で動作するところでは、雰囲気圧力は、デバイスの位置および/または動作に応じて、周期的に変化し得る。例えば、循環系で動作するデバイスの場合、デバイスが循環系を移動すると、動脈で高圧、静脈で低圧を経験し、雰囲気圧力が変化する。このサイクルは約1分間続く。同様に、動脈にある場合は、心臓の収縮により、約1秒の時間スケール、すなわち1Hzで雰囲気圧力が変化する(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。
【0057】
定荷重ばねは雰囲気圧力に順応する、すなわちFspring=pambientAと仮定できる。時間の原点は、最小の音圧になるように任意に選択されるので、デバイスの位置において角周波数ω=2πf、振幅p>0の音に対してp(t)=-pcos(ωt)となる。これらの定義により、ピストン運動を評価するための便宜的な無次元パラメータは、次のようになる。
【0058】
【数8】
【0059】
規格化位置X=x/a、時間をωtと定義すると、式(7)は、下記となる。
【0060】
【数9】
【0061】
ピストンに対する粘性抵抗は、その位置に依存する(図3参照)。簡単のため、この変化を本計算では無視し、代わりに抗力係数kviscous、ひいてはkは上述のように位置とは無関係であるものとみなす。この場合、式(9)は下記式を与える。
【0062】
【数10】
【0063】
ピストンが可動域の中心で始動する場合は、X(0)=0となる。
【0064】
式(10)は、λ≦1+kratioのときの完全なピストン運動を記述している。この不等式を満たさない場合、ピストンは各サイクルの一部をその範囲の限界で停止して過ごし、式(9)はこれらの停止の間のみ成立する。図4はこのような場合を説明するためのもので、50kPa、100kHzの音圧に応答する表4のピストン運動(時間の関数としてのピストン位置)を示している。この場合、λ=4.17である。曲線は、ピストンが3つの負荷のいずれかに接続されたときのピストン位置を時間の関数として示したものである。3つの負荷とは、kloadが、k、(λ-1)k(破線)又は9kに等しいということである。破線カーブは、式(10)が完全な運動を記述する最小の負荷である。
【0065】
ピストンが動くと、式(2)から、Fdragx=ktotalの割合で抗力に対してエネルギーを散逸させる。このうち、kloadは、ピストンが組み込まれたデバイスの利用可能電力として、負荷によって散逸される。
【0066】
式(10)がピストンの完全な運動を記述しているとき、音圧変化の1周期における時間平均電力は、次式となる。
【0067】
【数11】
【0068】
式(3)より、最大のPloadはkload=k(すなわちkratio=1)のときで、このときPload=Ptotal/2=A/(8k)である。これは、式(10)が完全な運動を記述する場合、すなわち、λ≦2の場合に成り立つ。
【0069】
もしλ>2である場合、kload=kのときには各音響周期においてピストンがその運動限界で停止する。ピストンは、停止中には電力を供給しない。この場合、ピストンは、kloadの値がいくらか大きいときに負荷に対してより多くの動力を供給する。特に、kratio=λ-1は、式(10)が完全な運動を記述する最小の負荷である。式(11)から、この選択は、kloadのどんな大きな値よりも大きなPloadを与える。kratioが1とλ-1との間にあるときの運動を数値的に評価すると、最大Ploadは、λ-1よりもわずかに小さいときのkloadで発生することがわかる。つまり、ピストンが動いている間、より速いピストン速度による大きな電力は、ピストンが限界で停止している短い時間の電力不足を補って余りあるものである。しかし、この最大値は、kratio=λ-1のときのPloadよりもわずかに大きいだけであり、この議論に関連する範囲であるλ<5では3%未満ほど多い。kloadが小さいことによる利点はわずかであるため,簡単のために,λ>2のときに利用可能な電力を推定するために,kratio=λ-1という値が使用される。
【0070】
これらのケースを組み合わせると、次のようになる。
【0071】
【数12】
【0072】
安全上、超音波の強度は長時間使用する場合は1000W/m程度に制限される(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。そしてそれは圧力振幅p=55kPaと対応していて、これは平面波の時間平均エネルギーフラックスが次式だからである。
【0073】
【数13】
【0074】
ここで、pは音圧変化の振幅、ρは流体の密度、cは音速である。
【0075】
一つのデバイスが電力を取り出すために複数のピストンを使用することができ、球面202に対して分配された複数のピストンアセンブリ100を有するデバイス200の一例が、図5Aに図示されている。デバイス200は、ピストンアセンブリ100の高さ水準面よりも下側において、内球体204によって表される内部容積を有する。いくつかの場合において、デバイスの露出した表面の実質的な部分または全体を、圧力波に応答して変位可能なものとして採用することが実用的であり得る。図5B図5Eは、そのようなデバイスのいくつかの例(220、230、240、250)を示している。図5Bのデバイス220は、ピストンアセンブリ100と同様の作用を提供するために、互いに圧縮(幻線で示す構成に)および拡張できる2つの伸縮部分(224、226)を有する外殻222を有する。図5Cに示されるデバイス230は、部分的に可撓性であるシェル232を採用していて、増大した圧力によって押し込まれ得る反転可能領域234を有しており、ピストンに類似する作用を提供する。図5Dに示されるデバイス240および図5Eに示されるデバイス250はそれぞれ、弾性構造、重なり合うプレート、または同様の構造によって提供され得る圧縮可能なシェル(それぞれ242、252)を有する。デバイス240のシェル242は、一方向に優先的に圧縮され、デバイス250のシェル252は、その表面にわたって均一に圧縮される。これらのデバイスでは、シェルの収縮および膨張によって再放出されない吸収エネルギー量を低減するようにデバイスを動作させることが課題となりうる。
【0076】
以下の議論では、デバイス200が1μmの半径と表5に示されるパラメータとを有すると仮定し、各ピストンアセンブリ100が表4で上記したパラメータを有すると仮定する。表5における割合は、ピストンハウジング104を含んでおり、デバイス200の容積および表面積のうちピストンアセンブリ100が占める割合がどの程度であるかを示している。デバイス200の内部では、ピストンハウジング104の底部が、内球204の表面積の46%を使用している。ピストン102自体、すなわちピストンアセンブリ100の可動部分は、デバイス200の表面積のfsurface=11%を使用する。音源強度は55kPaに相当し(式(13))、送信位置においてトランスデューサに隣接する組織に音源圧力を与えるように反射損失によって減少する。この例ではトランスデューサについて述べたが、別の送信源を採用することも可能である。
【0077】
【表5】
表5:デバイス及び信号のパラメータ
【0078】
このシナリオでは、ピストンは50%のデューティ比で動作する。このサイクルは、例えば近くの骨からの強い反射による干渉に起因する圧力最小位置にデバイスが永久的に位置することのないように、音場を半波長分移動させるトランスデューサの調整に起因してデバイスの位置の圧力が変化すると生じる可能性がある。デューティ比はまた、ピストン運動の影響を受ける表面を他の用途に使うのを可能にする(または設計や制御を簡素化する)ために、デバイスが時々集電をオフにすることから生じる可能性もある。例としては、通信のための表面振動の使用(Hogg and Freitas, "Acoustic communication for medical nanorobots," Nano Communication Networks, 2012)や、或いは移動(Hogg, "Using surface-motions for locomotion of microscopic robots in viscous fluids," J. of Micro-Bio Robotics, 2014)などがある。加えて、ピストン運動は、表面付近の流体の流れを変化させ、デバイスがその位置と運動を推定するために使用され得る表面上のストレスのパターンを変化させる(Hogg, "Stress-Based Navigation for Microscopic Robots in Viscous Fluids," Journal of Micro-Bio Robots, 2018)。あるいは、このデューティ比が必要ではない場合、ここで示された結果は、10個のピストンが継続的に動作するデバイスつまり100%のデューティ比に対応することになり、それによって他の用途、例えば化学センシング用途により多くの表面積が残される。
【0079】
皮膚から様々な距離にある軟組織内のデバイスと、肺組織内のデバイスという2つの状況について、デバイスが利用できる電力を検討する。肺の表面は皮膚から約5cm下にあり、皮膚上のトランスデューサと肺の表面との間で多少の減衰が生じる。さらに、肺と軟部組織の音響インピーダンスが異なるため、肺に到達した音響エネルギーの約36%しか肺に伝わらない(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。さらに、肺は部分的に肋骨で覆われている。骨は、到達した音の一部しか伝達せず、骨を通過した音は、軟組織での減衰よりも約20倍速く減衰する(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。肺のさまざまな部分に到達する電力は、肋骨と皮膚上のトランスデューサとの相対的な位置関係に依存する。これらの要因のおおよその説明として、肺の音響エネルギーは、まず5cmの軟組織を通って減衰し、その後、入射エネルギーの20%が肺に入るものとここでは考えている。
【0080】
図6A及び図6Bは、図6Aに示す典型的な低減衰の場合(軟組織)、及び図6Bに示す肺内のデバイスについて、皮膚から様々な距離で動作するときにデバイス200が利用できる電力を示すグラフである。周波数とパワーは対数スケールで表示されていることに注意されたい。それぞれのカーブの横にある値は、皮膚からの距離(軟部組織の場合)または肺における皮膚に面する側の表面からの距離(肺組織の場合)を示している。グラフから、100kHz前後の周波数は、デバイスと音源との間の減衰が少ない領域でデバイスに電力を供給するのによく適していることがわかる。40kHzなどやや低い周波数を使用することで減衰を部分的に補うことができるものの、肺の奥深くで動作するデバイスでは使用できる電力がかなり少なくなる。生物体内で動作するデバイスの場合、不快な可聴音を避けるために50kHzを超える周波数を使用することができ(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)、より広い聴覚範囲を有する種における獣医用途では、かかる不快感がより高い周波数で発生する可能性がある。例えば、多くの方法において、生物学的状況における約300kHzを超える周波数は、デバイスによる能動的吸収がなくとも、距離による著しい減衰に悩まされる。他の伝達物質で動作するデバイスの場合、適切な周波数は、望ましい動作に関する特定の詳細に基づいて決定することができる。例えば、通信の場合、周波数は、距離による減衰と情報速度の最適化の両方を考慮して選択されてもよい。
【0081】
この結果は、他の設計でより大きな電力を供給できる可能性を示している。例えば、デバイスのピストンを増やすことができるが、そうすると他の構成要素に利用できる容積と表面積が減少する。ある程度大きなデバイスであれば、より多くの、あるいはより大きなピストンを収容することができる。これは、固定位置に埋め込まれるデバイスに有用である可能性がある。しかし、デバイスのサイズを大きくすることは、一般に、循環系を移動することを意図したデバイスには適しておらず、典型的にはここで考慮した直径2ミクロンよりも大幅に大きなサイズにはすべきではない(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。以下、より大きなデバイスと構成のいくつかの例について分析する。
【0082】
デバイスの電力吸収によって、圧力波の強度が弱められる。デバイスが各ピストンでどれだけの電力を吸収するかということ、すなわち式(11)のPtotalについては、摩擦と負荷の両方で上記説明したとおりである。加えて、デバイスは、それらの音響特性と周辺組織の音響特性との差異に起因して、圧力波を変化させる。特に、微細なデバイスは生体組織よりも硬いものとなりやすい(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。このため、デバイスは組織とは著しく異なる音響特性を持ち、デバイス周囲の境界層で散乱と散逸が発生する。以下の考察では、デバイスが電力を吸収するかどうかにかかわらず発生するこれらの損失について評価する。
【0083】
ここで考慮した音の波長は、デバイスサイズよりはるかに大きい(表3参照)。これにより、デバイス周辺の散乱および散逸の評価が簡略化される。特に、波長が長いということは、音がデバイス表面の特徴の分布に鈍感であることを意味する。さらに、ある時間における音圧は、デバイス全体でほぼ同じになる。そのため、すべてのシリンダが互いに同位相で動く。このように、ピストンを個別にモデル化するのではなく、音圧変動によって引き起こされるピストンの動きを、デバイスの表面に一様に広がったその平均値として扱うことで、デバイスの音響への影響を推定することができる。
【0084】
具体的には、式(7)は音響圧力p(t)に応じた各ピストンの運動を与える。定荷重バネが雰囲気圧力を打ち消すので、dx/dt=-p(t)A/ktotalとなる。デバイスの剛性により、表面の残部での圧力に応じた動きは無視できる程度である。ピストンが割合fsurfaceにわたって表面を覆っている場合、対応する均一な応答は、それらの2つのケースの平均、すなわち、β=fsurfaceA/ktotalのときの半径方向速度-βp(t)を有するものとして表面全体を扱うことである。表5に記載したデバイスの場合、fsurface=11%である。表4のパラメータでは、ピストン運動の全範囲は、この平均運動から球半径の約2%の変化に相当する。したがって、球の大きさ、すなわち半径rdeviceが一定であることが合理的な近似となる。
【0085】
音はその伝搬方向に沿って物質をわずかに前後させる。これにはデバイス全体が動かされることも含まれる。しかし、デバイスの剛性が高いので、周囲の組織や流体と比べると、デバイスの部品は互いの相対的な動きが小さい。
【0086】
一様な表面運動および球への入射平面波というこの近似は、球の近くの流体における散乱と散逸の評価を単純化する軸対称な音場を与える。よって、ここでの解析では、球体周囲の音が、入射平面波に対する応答として球面上の境界条件を伴って評価され、その境界条件とは、半径方向速度が-βp(t)と平面波による周期的な流体速度の半径方向成分との和に等しいというものである。波長が長い場合、散乱音は入射波よりはるかに弱い(Hilgenfeldt and Lohse, "Response of bubbles to diagnostic ultrasound: a unifying theoretical approach," European Physic Journal, 1998)。そこで、さらに単純化すると、境界条件のp(t)を入射平面波の圧力に置き換えることができる。この単純化により、境界条件は散乱圧の値に依存しなくなり、散乱音の評価は剛体および気泡からの散乱と同じ手順となる(Fetter and Walecka, "Theoretical Mechanics of Particles and Continua," Dover Publications, 2003)、(Hilgenfeldt and Lohse, "Response of bubbles to diagnostic ultrasound: a unifying theoretical approach," European Physic Journal, 1998)、(Sullivan-Silva, "Underwater acoustic scattering from spherical particulates and bubbles," Newport, RI, United States Navy, 1989)が、ただしここで説明する可動面の境界条件を伴う。
【0087】
波に対する物体の影響を示す有用な指標は、その物体の減衰断面積である。すなわち、式(13)で与えられる入射圧力波の時間平均フラックスに対する、波の1周期にわたる散乱または吸収された電力の比率である。この減衰断面積は、当該物体の幾何学的な表面積又は断面積とは大きく異なることがある。
【0088】
上記の単純化により、散乱体の大きさに比べて大きな波長について、散乱音を解析的に評価することが可能である(Fetter and Walecka, "Theoretical Mechanics of Particles and Continua," Dover Publications, 2003), (Sullivan-Silva, "Underwater acoustic scattering from spherical particulates and bubbles," Newport, RI, United States Navy, 1989)。球体によって散乱される音は、上記の境界条件を使用して、入射平面波に応答して評価される:球体表面の半径方向速度は、-βpinc(t)と球体の質量中心で平面波によって引き起こされる周期的な流体速度の半径方向成分との和に等しくなる。散乱を評価するにあたり散逸効果は無視するものとし、以下ではこれらの効果を別個に扱う。
【0089】
【0090】
【数14】
【0091】
振幅はヘルムホルツの方程式を満たす。
【0092】
【数15】
【0093】
ここで、k=ω/cは波数である。時間平均のフラックスは次式のようになる。
【0094】
【数16】
【0095】
ここで、pはpの複素共役である(Fetter and Walecka, "Theoretical Mechanics of Particles and Continua," Dover Publications, 2003)。
【0096】
ある球面上で境界条件を合わせるのに簡便な表現は、その球を中心とする球面座標でz方向を入射平面波の進行方向としたうえで、圧力を表現することである。全音圧は入射波と散乱波との和であり、p=pinc+pとなる。
【0097】
z軸に沿って伝搬する入射平面波の圧力振幅は、pinc=pikzであり、pは波の圧力の大きさである。球座標ではz=rcos(θ)なので、平面波を球座標の波動方程式の解で表すと、圧力はモード間の和となる(Fetter and Walecka, "Theoretical Mechanics of Particles and Continua," Dover Publications, 2003), (Sullivan-Silva, "Underwater acoustic scattering from spherical particulates and bubbles," Newport, RI, United States Navy, 1989)。
【0098】
【数17】
【0099】
ここで、F=i(2m+1)、Pは次数mのレジェンドル多項式、jは次数mの球面Bessel関数である。式(14)より、対応するz方向の速度振幅は、vinc=p/(ρc)eikzとなる。 この速度の半径方向成分はvinccos(θ)である。
【0100】
同様に、散乱圧の振幅pは、拡大を伴う出射波となる(Fetter and Walecka, "Theoretical Mechanics of Particles and Continua," Dover Publications, 2003)。
【0101】
【数18】
【0102】
ここで、h(1) は次数mの第1種の球面ハンケル関数であり、下記に述べるように、係数Aは球面での境界条件とのマッチングにより決定される。
【0103】
球面では、音の速度振幅の半径方向成分が、指定された境界条件と一致する。式(14)から、この条件は次式になる。
【0104】
【数19】
【0105】
この式は球の半径r=rdeviceで評価され、vincは球の質量中心すなわちz=0で評価される。この式に上記の入射波と散乱波についての展開式を代入すると、すべての極角θに対して成立するはずの関係式が得られる。これは各モードを別々にマッチングさせることを要し、それによって散乱波の係数Aが決定される。特に、P(x)=xであるから、入射速度vincはモードm=1にのみ寄与する。
【0106】
【0107】
【数20】
【0108】
ここで、dS=rsin(θ)dθdφは球の微分表面積で、極角と方位角はそれぞれθとφである。散乱音は球面上に広がるが、このモデルにおいては減衰しない。したがって、積分は半径rに依存しない。
【0109】
音の波長が球の半径に比べて大きい場合、すなわちkrdevice 1の場合、m=0とm=1とのモードのみが散乱音に大きく寄与する。この長波長の限界は、ここで考察した場面にも当てはまる(表2参照)。この場合、係数は以下のようになる。
【0110】
【数21】
【0111】
これらの値を式(20)に使用すると、散乱断面積が得られる。
【0112】
【数22】
【0113】
最初の因子πr deviceはデバイスの幾何学的断面積である。krdevice<<1なので、散乱断面積はデバイスの大きさよりずっと小さい。
【0114】
硬い球体はβ=0に対応し、その場合、式(22)は(4/9)πr device(krdeviceとなる(Hilgenfeldt and Lohse, "Response of bubbles to diagnostic ultrasound: a unifying theoretical approach," European Physic Journal, 1998)。これはレイリー散乱で、音の周波数の4乗に比例する(Rayleigh, "The principle of similitude," Nature, 1915)。もし、球体の質量中心が波に対して動くことができず、固定されている場合、断面積は少し大きくなり、その割合は4/9ではなく、7/9となる。
【0115】
デバイス表面付近では、粘性と熱との効果により音の伝搬が変化し、散逸が発生する。これは粘性と熱の境界層で発生し、粘性と熱の散逸の特性長はそれぞれ下記値(A1)と下記値(A2)とである(Fetter and Walecka, "Theoretical Mechanics of Particles and Continua," Dover Publications, 2003)。ここで検討したシナリオでは、これらの境界層はデバイス表面から約1ミクロン広がっていて、デバイスのサイズに匹敵する距離である。
【0116】
【0117】
これらの効果は、ここでは表2に示す水または血漿の粘性および熱的特性を使用して評価されている。これは血流中のデバイスには合理的であり、その理由は、境界層が小さいため、血管が通過する組織の特性ではなく、血液の特性がデバイス周囲の境界層における挙動を決定するからである。波長がほとんどの血管の大きさに比べて大きいので、音の伝搬に組織の減衰特性を使用した場合とは対照的である(表1参照)。
【0118】
散逸は上記の近似式を用いて数値的に評価される。液体中の音について予想されるように、粘性散逸は熱効果による散逸よりはるかに大きい。この散逸を平面波のフラックスで割ると、球の周りの流体中における散逸の断面積が得られる。
【0119】
球体周囲の境界層における粘性損失は、球体表面における滑りなし条件から生じる。適切に設計された表面は、上述したように、この散逸を減少させることができるだろう。粘性抵抗を低減するためのナノスケール表面構造に加え、デバイス表面は例えばいくつかの接線方向の動きを許容するように設計されてもよく、なぜなら半径方向の動きと接線方向の動きの両方を組み合わせることで表面振動に基づく移動効率を向上可能だからである(Hogg, "Using surface-motions for locomotion of microscopic robots in viscous fluids," J. of Micro-Bio Robotics, 2014)。半径方向のピストン運動とともに、ある程度の接線方向の運動がある表面は、デバイスがないときの流体の音響運動に、よりよく合致する可能性がある。そのような表面は、剛体表面よりも音波への影響が少なく、したがって粘性散逸も少なくなる。
【0120】
図7は、超音波源から20cmの軟組織内のデバイスについて、平面波からエネルギーを取り去るプロセスの寄与を示し、これは図6Aの下方のカーブで示されるのと同じシナリオである。50kPaのトランスデューサから20cmの軟組織内に位置する、20個のピストンを有する単一のデバイスについて、断面積に対する周波数がプロットされる。複数のカーブは、ピストンによって吸収されるエネルギー、デバイスの周りの流体における散逸、およびデバイスによって散乱されるエネルギーの断面を示している。比較のため、破線カーブは硬い球体による散逸と散乱の断面積を示している(ピストンが運動限界に固定され、音圧変化に反応しないデバイスに対応する)。横の点線はデバイスの幾何学的断面積πr deviceである。縦の点線は、λ=2となる周波数160kHzである(式(8)参照)。音波からエネルギーを除去するための全断面積は、これら3つの寄与の合計となる。図7に示すように、ここで検討したケースでは、吸収が断面積の支配的な寄与となる。つまり、移動するピストンは、デバイスの周りの粘性境界層における散逸よりも、音波からはるかに多くのエネルギーを抽出する。これは、散乱エネルギーよりもはるかに大きな効果である。図7は、硬い球体が境界層で音を散乱、散逸させることも示しているが、この減衰は、電力を吸収するデバイスからの減衰より数桁小さい。
【0121】
多数のデバイスを使用する応用分野においては、著しい減衰が発生し、送信源からの距離が増加するにつれて信号電力が著しく減少することがある。典型的な用途では、送信源からより離れた位置にあるデバイスが利用できる電力が減少する可能性がある。このことは、電源が体外にある場合に特に懸念される。皮膚から体内深部のデバイスに至る経路の近くにデバイスがある場合、体内深部に到達する音を大幅に減衰させる可能性がある。以下の考察では、表6に示したシナリオ例でこれらの影響を定量化するために、上記のように1つのデバイスが音に与える影響を使用して、多数のデバイスによる減衰を評価する。これらの例では、容積Vbody=50Lの身体にさまざまな数のデバイスを使用している。典型的な間隔は、隣接するデバイス間の平均距離であり、デバイスあたりの平均体積の立方根として見積もられている。
【0122】
【表6】
表6:容積50Lのボディに複数のデバイスを搭載した場合のシナリオ
【0123】
この解析では、異なるデバイスからのインコヒーレントな散乱を想定している。この場合、減衰は、デバイスの数密度と1つのデバイスの減衰断面積の積となる。数密度νdeviceと断面積σとのデバイスの場合、振幅減衰は以下のようになる。
【0124】
【数23】
【0125】
電力の減衰はこの2倍となる。
【0126】
多数のデバイスの効果を推定する場合、デバイスは体全体に一様に分布していると考えられ、そのためνdeviceは身体容積に対するデバイスの数の比である。実際には、この値には多少のばらつきがある可能性がある。例えば、デバイスが血液量に一様に分布している場合、血液供給の多い部位や少ない部位は、それに応じてνdeviceが大きくなったり小さくなったりする。その代わりに、デバイスが身体の一部、例えば単一の臓器に集中する場合、所定の数のデバイスに対応する数密度は、その領域で大きくなり、それに応じて減衰も大きくなり、他の位置では小さくなる。採用されるデバイスの数密度は、実行される特定のオペレーションに依存する。例えば、ミクロンサイズのデバイスが採用される場合、ここでの方法は、50Lの容積に対して1010~1012の範囲のデバイス数密度の観点から議論される。より大きなデバイスの場合、デバイスの総体積を同程度に保つために、デバイスあたりの体積の増加に比例して数密度を減少させることができる。これらの例では、半径1ミクロンから半径1ミリメートルまでのサイズのデバイスが取り上げられているが、特定のオペレーションでは、これらの範囲外のデバイスを採用することも可能である。
【0127】
上述したように、図7は、ピストンによって吸収されるエネルギーが断面積に支配的に寄与していることを示している。このように、多数のデバイスの効果を評価するために、電力吸収の計算が使用される。
【0128】
図8A及び図8Bは、複数のデバイスが音響信号を能動的に吸収している、異なる深さにおける電力と対周波数との対応を示すグラフである。これらのグラフは、軟組織(8A)及び肺組織(8B)についての、音源からの様々な距離における電力に対する1011個のデバイスの効果を示している。電力を収集するデバイスによる減衰を伴う電力(実線カーブ)は、表5の条件についてプロットされており、破線カーブは、デバイス減衰なしのときの電力と周波数との対応を示していて、図6Aおよび図6Bから得られる。
【0129】
図6A及び図6Bと比較すると、この個数のデバイスが、高周波数及び距離において軟組織内の電力を著しく減少させることが分かる。一方、肺の減衰は非常に大きいため、デバイスによる追加の減衰は比較的軽微である。軟組織の減衰は、図9に示すように、デバイスを追加すると急激に増加する。これは、表5のシナリオについて、身体容積に一様に分布するデバイスの数の関数として、軟組織内の電力を収集するデバイスによる減衰と電力をプロットしたものである。複数のカーブは、示された音源からの距離と音の周波数とに対応している。
【0130】
上述したように、電力を抽出する多数のデバイスは組織における減衰を著しく増加させるものであり、そうでなければより深いデバイスに大きな電力が供給されうる。以下の議論では、この問題を軽減するために使用されうるデバイス動作方法をいくつか説明する。これらの方法の組み合わせや変形を採用することができ、いくつかのケースでは、デバイスを異なる時間または場所で異なるように動作させ、電力抽出による減衰が追加されても、柔軟に電力を割り当てることができる。
【0131】
動作の1つの方法において、デバイスは、利用可能な電力に基づいてその動作を調整することができる。例えば、デバイスは、組織の深部にいるときよりも、皮膚の近くにいるときの方がより多くの電力を有する。したがって、デバイスは、データ分析または通信などの電力集約的なタスクを、皮膚の近くに来るまで延期することができる。逆に、組織の奥深くにあるデバイスは、より限定されたタスクしか実行できなかったり、断続的にしか動作しなかったりする可能性がある。
【0132】
受け取った電力を使用するかわりに、デバイスは後ほどの使用のためにエネルギーを貯蔵することができる(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。蓄積されたエネルギーは、より高いバースト電力を供給したり、音が減衰して十分な電力を供給できない位置にデバイスがあるときの電力を供給したりすることができる。エネルギー貯蔵により、エネルギーを収集する場面と、デバイスの負荷を駆動するためにこれが使用される場面とを切り分けることができる。
【0133】
エネルギー貯蔵は、デバイスの大きさを混合させて使用する場合にも有効である。つまり、毛細管内を移動できるほどには小さくなく、固定位置に置かれた大きなデバイスが、エネルギーを収集し貯蔵することができるであろう。このようなデバイスは、その表面を振動させることで、組織内に分布する小型トランスデューサとして機能し、近くを通過する小型デバイスに電力を供給することが可能である。この電力伝送は、外部トランスデューサからの電力よりもはるかに小さな距離で行われるため、外部トランスデューサで使用されると大幅に減衰する可能性がある高い周波数を使用することが可能である。これらの大型デバイスは、電力供給と通信との両方を行うことができ、より高い周波数によってより大きな効率を得ることができる(Hogg and Freitas, "Acoustic communication for medical nanorobots," Nano Communication Networks, 2012)。
【0134】
皮膚付近のデバイスは、集電量を減らすことで、減衰への寄与を減らすことができる。その1つの方法として、一部のピストンを固定することで、アクティブなピストンの数を減少させることができるだろう。あるいは、デバイスは各々のピストンの収集電力を減少させることができるだろう。これには、(各ピストンの負荷を増加させることによって)動きを遅くしたり、或いは(例えば、ピストン動作範囲を縮小することによって)各音響サイクルの一部でピストンを停止させたりすることが含まれるであろう。同じ電力であれば、後者の方法の方がより多くの散逸をもたらし、結果としてより高い減衰をもたらす。
【0135】
ピストン運動を音響サイクルのほんの一部ではなく複数の音響サイクルにわたって停止させることには、皮膚近傍のデバイスが電力吸収のデューティ比を同期させる場合に、さらなる利点がある。皮膚近傍のすべてのデバイスが電力吸収を停止している間、音の減衰が減少し、より高い電力が大量に送り込まれてより深い組織で利用可能となる。これは、デューティ比が同期されずにより深いデバイスへの平均電力がいくらか増加するだけの場合とは、対照的である。同期信号は、トランスデューサから音波に加えるか、デバイスのクロックから供給することができる。
【0136】
また、高圧の変動でピストンを限界まで押し上げるように、ピストンの範囲を選択する方法もある。ピストンが限界に達している間は電力を吸収せず、ピストンはデバイス表面の他の部分と同様の剛性となる。この場合、半波長以下の間隔にあるデバイスは、ほぼ同時に極端な圧力変動を経験することで、自動的にほぼ同期することになる。これは、皮膚の近くで使用されるデバイスに特に有効である。このようなデバイスは、ピストンの範囲を大きくしなくても大きな電力を得ることができ、他の用途に利用可能なより多くの体積を持ちうる。
【0137】
これらのデバイスが境界層での散逸や散乱によって依然として音を減衰させているにもかかわらず(図7を参照)、少ない電力を集めることで音響減衰への主要な寄与を減らすことができる。この操作方法を使用する一例として、図10は、もし緩和方法が採用されない場合に、1000KHzの信号の僅かな電力だけが音源(図9参照)から20cmに残るような、非常に多数のデバイス(1012個)を伴う状況を示している。図10に示す方法では、デバイスが電力制限を有することで、他のデバイスが相当の電力を受取り可能となる深さがかなり増加する。図10のカーブは、デバイスが利用可能な電力をすべて使用する場合と、デバイスがそれぞれ100pW以上使用しないように制限される場合とで、距離に対する電力を比較したものである。
【0138】
2つ以上の周波数を使用することで,身体の深部にあるデバイスにより多くの電力を供給することができる。このアプローチの一例では、皮膚に近いデバイスは高い周波数から電力を抽出し、減衰がより少ない低い周波数はより深くのデバイスのために確保される。低周波から電力を抽出しないことで、送信源により近いデバイスは、デバイス周りの流体の散乱と粘性散逸とによって、音を受動的に減衰させるだけである。この受動的な減衰は、電力抽出による減衰よりもかなり小さい(図7参照)。デバイスは、予め指定された距離で高周波または低周波を吸収することを選択することができ、すなわち、設計者によってロボット制御に組み込まれるものであり、デバイスがその距離を感知することができるか、または感知できる別のデバイスからコマンドを受信すると想定される。周波数選択を決定するために別の基準を使用することもでき、一例として、デバイスは適応型であり、各周波数を短時間試した後で最も強力な電力を与えるものを選ぶことができであろうし(例えば、短距離で高い周波数が、低くて長い周波数のものより大きな強度で送信される場合など)、他の例として、デバイスは、切り替え時期を決定するために高周波数および低周波数からの電力の比率を使用することができるであろう(例えば、図11または後述の図16~18に示される値を使用する)。デバイスは、移動に伴って、または利用可能な電力が例えば送信源により近い他のロボットの移動に起因して変化することに伴って、これらの方法を切り替えることもありうる。医療用または獣医学的用途に分割周波数を使用することの1つの制限は、周波数の結合強度が合計強度の安全限界を超えることができないということである。したがって、音を2つ以上の周波数に分割すると、その周波数を単独で使用する場合よりも、各周波数からの電力が少なくなる。
【0139】
図11は、この方法の動作の一例を示す。この方法では、デバイスはより高い周波数から利用可能な電力を監視する。周波数が少なくとも2.3pWを提供するときにその周波数が電力用に使用され、これは音源から8cmの距離で発生する。そうでない場合は、低い周波数に切り替えられる(ここでのデバイスの「距離」は、距離そのものではなく、信号強度によって決定されることに留意されたい)。図11は、この方法が1012台のデバイスに使用された様子を示している。実線カーブは表5の場合の電力を示しているが、1000W/mの音源強度を100kHzと300kHzとに分割し、音源圧力をそれぞれ43kPaと23kPaとしたことが異なる。全てのデバイスにこれらの周波数のうちの1つだけを使用する場合と比較して、この分割周波数アプローチでは,深い位置にあるデバイスにより大きな電力を供給できる。この方法では、音源から10cm離れたデバイスは、皮膚に少し近づいたデバイスよりも大きな電力を有する。このように、音響電力は体内への距離に応じて単調に減少する必要はない。異なる周波数で送信するいくつかの追加の例は、図16図18を用いて後述する。
【0140】
この技術を実現する一つの方法は、式(7)で述べたように、周囲の圧力の変動を補償するのと同じ方法で、皮膚に近いデバイスが低い周波数に反応しないようにバネを調節することである。例えば、音響信号が2つの周波数で送信される場合(そして、周囲の圧力と位相差を無視する)、時間の関数としての全圧力は、2つの周波数からの圧力を結合したものである。
【0141】
【数24】
【0142】
ここで、φ1およびφ2は、2つの周波数の位相角である。送信源付近にある各デバイスの定荷重ばねは、低周波数音響信号の周波数と一致する周波数に調整されてこれを効果的に打ち消すことができ、この手法はデバイスが循環系で動作する場合に雰囲気圧力を補償するための調整と同様である。
【0143】
上述したように、循環系で動作するデバイスでは雰囲気圧力が変化し、循環系全体では毎分約1回の周波数、動脈で動作する場合は約1Hzの周波数の有効圧力サイクルが生じる。圧力に対するピストン応答の調整は、これらの変化を補償するように行うことができる。これらの変化は、吸収の周波数を選択するために使用されるものよりもはるかに緩やかである。デバイスの制御フィードバックとして考えられるのは、関連する時間スケール(例えば、循環の場合は数十秒、心拍の場合はミリ秒)でピストンの平均位置を測定することである。この測定された平均位置と、例えばピストン範囲の両端の間にあるピストン中間位置との差は、制御誤差信号となり得るものであり、デバイスは、従来の制御方法(例えばPIDコントローラ)を使用してその誤差を減らすためにばね力を調整することができる。
【0144】
吸収の周波数を選択するための調整の例として、周波数が100kHzと300kHzの間で分割されている場合(図11の説明参照)には、より近くのデバイスは、100kHzの圧力変動を補償するように定荷重ばねを調整することができる(したがって、300kHzの信号のみを吸収する)。この補償(例えば、PIDコントローラのようなコントローラの指示の下で実行される)は、雰囲気圧力の変化を調整するために必要な場合よりもはるかに迅速にオーバーラップ量Lspringを変化させることを必要とする。極端な例として、50kPaの圧力振幅を持つ音源に近いデバイスを考えてみる。この場合、圧力波の半周期ごとに、この2倍の圧力変化に対応する必要がある。これは、5μsでLspringを約35nm変化させることに相当する。式(5)を参照しLspringspringの上限値0.01μmを使用すると、この調整は10-3pW未満の散逸となる。雰囲気圧力の変化に対応するために散逸する電力よりもはるかに大きいものの、この散逸はデバイスの利用可能電力よりもはるかに少ない。より遠くにあるデバイスは100kHzの周波数のみを吸収するように調整することもできるが、そのようなデバイスに到達する前に300kHzの周波数が大きく減衰するため、通常、そのような調整を行うことに利点はない。
【0145】
いくつかの用途では、デバイスが長時間、一箇所に留まることがある。このような場合、減衰の問題は、異なるクラスのデバイスを採用することによって低減することができる。例えば、皮膚の近くの高出力環境で動作するように設計されたデバイスは、高周波数のみを使用しうるであろうし、したがって、高周波数ではその可動範囲が小さいので、より少数のより浅いピストンを備えるであろう。このようなピストンは、低い周波数で電力を集めるのにあまり効果的でない。一方、より深い位置での動作を目的としたデバイスでは、より深くまで浸透する低い周波数の波からより効率的に電力を収集するために、ピストンにその容積の多くを割くことができるだろう。つまり、すべてのデバイスが同じ設計の場合よりも、異種混合のデバイス設計の方が音響電力の利用可能性に適合する可能性がある。異種デバイスの使用は、図19A図22Bに関してさらに議論される。
【0146】
特定の位置に音響信号を伝送することが望まれる状況では、デバイスは送信源と当該位置との間の特定の経路から回避することができ、これにより更に多くの音響エネルギーを所望位置に到達させることができる。一例として、皮膚近くのデバイスは、皮膚と深部組織との間の位置を避けることができ、それによって、それらの深部領域にあるデバイスへ送られる信号が減衰するのを避けることができる。これらの領域は、静止しているとは限らない。例えば、一部の組織は、呼吸のたびに数センチメートル動くが、これは、ここで考慮した波長よりも大きい。もしこれが追加電力を必要とする深部位置に対してのデバイスの位置を変化させる場合、デバイスはこの動きに適応する必要がある。深部のデバイスが継続的な電力を必要としない場合、デバイスは必要に応じてこの緩和策を時折採用するだけで、深い位置のデバイスと浅い位置のデバイスとに交互に電力を与えることができる。この方法では、各デバイスが自分自身の使用に必要なエネルギーに集中するよりもむしろ、デバイスがグループとしてエネルギー収集と使用とを管理する。この方法は、主たる電力使用活動が比較的小さな深部領域で行われる場合に特に有効である。
【0147】
図12は、この動作方法の一例の効果を示す図であって、皮膚上のトランスデューサと肺の表面との間の経路をデバイスが回避する場合のものである。この場合、デバイスの数は、肺と皮膚との間の組織において音をかなり減衰させるのに十分大きい数(1012個のデバイス)である(図9を参照)。それらの位置を避けることで、肺のデバイスにより多くの電力を供給することができる。図12の実線カーブは、デバイスが肺表面と皮膚との間の位置を避けた場合の電力を示している。比較のために、破線カーブで示す電力は、均一に分布したデバイスが肺と皮膚との間を含むすべての位置で電力を吸収する場合のものを示している。複数のカーブの横にある数値は、皮膚に面する肺表面からの距離を示している。これらの方法の更なる例は、図22図23Dに関して後述される。
【0148】
理想的には、このデバイス動作方法の場合、デバイスは、所望位置への伝送経路を妨げる領域を積極的に回避するであろう。したがって、それらは、図7で比較されるいずれのメカニズムによっても減衰に寄与しないであろう。しかし、ある領域からデバイスを移動させると、他の領域での密度が高くなり、それにより、それらの領域での減衰が、デバイスが均一に分布している場合にここで述べた値よりも大きくなる。
【0149】
経路外への移動の代わりに、デバイスが経路位置を通過していることを検出したときに、デバイスがその電力吸収を停止または低減することによって、ほとんど同じ効果を達成することができる。このようなデバイスは、その表面付近での散乱と散逸によって依然として音を減衰させるが、能動的に電力を吸収する場合よりは遥かに少ない(図7を参照)。
【0150】
別の操作方法では、近隣との距離を測定できるデバイスは、波長よりもかなり低いスケールで音響特性を精密に調整するために自分自身を配置することができ、それにより、音場を操作するために動的音響メタマテリアルを作成することができる(Chen and Chan, "Acoustic cloaking and transformation acoustics," Journal of Physics D. Apr: Applied Physics, 11, IOP Publishing, 2010)、(Zheludev, "The road ahead for metamaterials," Science, 2010)。これには、デバイスがその役割を果たすために追加の電力を必要とするような小さくて深い領域に音を集中させることが含まれるであろう。
【0151】
100kHz付近の周波数は、身体の多くで最も大きな電力を供給する。しかし、1cm以上のデバイスや減衰の大きい組織内では、ほとんどパワーが受けられない。減衰の少ない組織内であっても、デバイスの位置が僅かなスケールで変化するだけで、電力は変化しうる。これは、デバイス周囲にある流体の粘性が高くなると電力が減少するためである(式(12)を参照)。ここで説明するシナリオは、血管内のデバイスに対応する。血管の外側のデバイスは、はるかに大きな粘度に遭遇する可能性があり(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)、したがって、血管内の近くのデバイスよりも電力が小さくなる。まとめると、超音波は実現可能な電源であるが、その電力量は、マクロスケールとミクロスケールの両方における体内のデバイス位置によって大きく変化する。
【0152】
音響パワーは、デバイスの設計に課題をもたらす。ピストンは比較的単純なエネルギー収集器であるが、デバイスの容積と表面のかなりの部分を使用するため、例えば燃料電池からの化学動力と比較すると、かさばりもする(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)、(Hogg and Freitas, "Chemical Power for microscopic robots in capillaries," Nanomedicine: Nanotechnology, Biology and Medicine, 2, 2010)。したがって、十分な電力を集めるために十分なピストンを使用すると、デバイスの容積または表面の利用パフォーマンスが低下する可能性がある。たとえば、化学物質のタンク、エネルギーの貯蔵、または情報処理に相当する容積がデバイスに必要な場合がある。また、デバイスは、様々な任務のために表面積を必要とする可能性がある。多くの場合、重要な任務の1つは、化学センサやポンプに充てられる表面である。このようなデバイスは、総表面積よりもはるかに小さくすることができ、多数のデバイスを配置する余裕をもたらす(Freitas, "Nanomedicine, Volume I: Basic Capabilities," Landes Bioscience, 1999)。この任務では、化学物質の収集は、化学物質を吸収する表面積の割合に弱く依存するだけなので、ピストンは大きな問題にはならないだろう(Berg, "Random Walks in Biology," Princeton University Press, 1993)。しかし、ピストンに割かれる面積は、他の用途ではより制限される可能性がある。例えば、かなりの表面積が必要な場合として、通信(Hogg and Freitas, "Acoustic communication for medical nanorobots," Nano Communication Networks, 2012)または移動(Hogg, "Using surface-motions for locomotion of microscopic robots in viscous fluids," J. of Micro-Bio Robotics, 2014)がある。これらの競合する用途に対する可能な緩和策は、ピストンが複数の機能を実行することである。例えば、雰囲気圧力の変化に対応してスプリングの力を調整するアクチュエータは、ピストンを動かすための力を提供することも可能である。これは移動用の表面振動を容易に提供するであろうし、そしてそれは低い周波数(1~10kHz)ではあるがここで検討したピストンと同様の運動範囲を伴うものである(Hogg, "Using surface-motions for locomotion of microscopic robots in viscous fluids," J. of Micro-Bio Robotics, 2014)。一方、音響通信のためにピストンを動かすには、はるかに高い周波数とより小さな可動域が必要であり(Hogg and Freitas, "Acoustic communication for medical nanorobots," Nano Communication Networks, 2012)、これは、周囲の圧力変化に対応してばねを調節するアクチュエータの能力を超える可能性がある。
【0153】
上記では、主にミクロンサイズのデバイスに焦点をあてて述べてきたが、このようなデバイスは、循環系を容易に移動することができるため、医療用途として特に注目されている。しかし、説明した操作方法は、多数のデバイスが伝達物質内で操作されるあらゆる状況に適用可能である。このようなアプリケーションの例として、以下の分析では、ミリメートルサイズのデバイス(上記の議論で取り上げたデバイスの1000倍の大きさ)を検討する。ここでは、デバイスが大きな水槽の中で動作し、水槽の壁から音響パワーが供給されるとする。水槽の一部または全部の表面から平面波が入射する。音源(すなわち、表面上の最も近い送信機、距離は平面波を良好に近似できるほど小さいと仮定)までの距離の関数として、デバイスが利用できる電力を評価する。計算を簡単にするために、タンクの他の表面は十分に離れているか、吸収されているので、それらの表面からの反射や干渉を考慮する必要はないとする。これらの仮定は、組織内で動作するミクロンサイズのデバイスを評価するために上記で使用された設定と類似する。
【0154】
組織内のミクロンサイズのデバイスに関する上記の分析と比較して、本例は、いくつかの点で異なっている。留意すべき点として、これらは、減衰を軽減するための本件の操作方法が持つ有効性を説明するための2つの例として提供されているものであり、限定的なものであると見なすべきではない。これらの方法は、広範囲のサイズおよび異なる状況において複数のデバイスを操作するのに有益である。
【0155】
この例で使用されるように、水は生体流体と比較して粘度が低く、この粘度の低さとデバイスの大きさにより、低レイノルズ数近似はそれほど正確では無い。評価した距離とデバイスの数において、生体組織と比較して流体(水)の音響減衰が小さいことは、実質的にすべての減衰がデバイスに起因することを意味しており、組織(例:肺)からの寄与が大きいということはない。デバイスのサイズが大きいということは、ミクロンサイズのデバイスよりも、ここで検討される波長により近いサイズであることを意味していて、これはデバイスが電力を吸収していないときの受動散乱(硬い球体からの散乱)の解析の精度を低下させるものである。なぜなら、その解析はデバイスが波長よりもはるかに小さいと想定しているからである(上記の表3参照)。このような大きなデバイスの場合、対応する低い周波数(例えば、デバイスのサイズの少なくとも10倍の波長を有する周波数)を採用することが有益であり、これはもはや超音波ではなく、水槽のサイズと同等またはそれよりも大きい波長を有することがありうる。大気圧にさらされた水槽内のデバイスは、圧力が一定(すなわち、時間変化がない)であり、これは心拍による血管、特に動脈での圧力変化とは異なる。そのため、本例の大型デバイスは、雰囲気圧力の変化に対応する必要がない(このことは、周囲の圧力が一定である状況で動作するマイクロデバイスにも当てはまる)。しかし、水中での深さに基づく静水圧の変化はある。これは、ミクロンサイズのデバイスが動脈から静脈へと移動する際の、位置による圧力の変化と類似している。これらの大型デバイスのピストン摩擦は、原子レベルの精度を持つミクロンサイズのデバイスの解析と同様に、粘性抵抗が支配的であるとともに、ハウジング内を移動するピストンの滑り摩擦よりも粘性減衰のほうがはるかに大きいと仮定される。このことは、原子レベルで滑らかな表面については、滑り摩擦係数ksliding=10kg/(ms)という推定に基づくと、妥当である。この値はMEMSデバイスの滑り摩擦をかなり過小評価していることが推測される。もし、滑り摩擦が粘性による抗力に匹敵するほど大きければ、各デバイスはより少ない電力しか取り出せず、音もあまり減衰しなくなる。これは、減衰方法を説明する上で重要な違いではないが、もしデバイスの減衰がこの議論での想定よりも小さければ、ここで示された結果は、対応する多数のデバイスからの実際の減衰に対応するものであろう。
【0156】
表7は、以下の議論に使用される音響特性およびデバイスのパラメータを示したものである。振幅吸収係数は周波数に依存する(NMI テーブル4.2,p.117)。散乱断面積については、上記の式(14)の考察から、デバイスがピストンをロックすると硬い球体として散乱および散逸を生じさせ、デバイスが電力を吸収しないことによる減衰が与えられる。デバイスの数密度は、マイクロデバイスの例と同じ総体積になるように選択されている。このデバイスは、ミクロンサイズのデバイスの1000倍の大きさであるため、それぞれ10倍の体積を持つ。50Lの身体容積に1012個のミクロンサイズのデバイスを入れると、個数密度は2×1013個/mとなり、ミリサイズのデバイスはその10倍少なく、つまり2×10個/mとなる。この数密度の場合、一様に配置されたデバイスの典型的な間隔は約37mmである。音響強度については、マイクロデバイスの例のように生物学的安全限界に制限する必要はないが、ここでは明瞭性を保つために同じ値1000W/mを採用した。時間平均フラックスは下記式(B1)の値Fであり、強度1000W/mの場合、55kPaの音圧変動に相当し、水面での多少の損失を考慮して、入射圧はp=50kPaが便宜的な選択である。シリンダ運動の粘性抵抗係数kviscousは、流体中を速度vで移動するときの抗力として定義される。Fdrag=kviscousvでありkviscous=gηdpistonとなる。ここでηは流体粘度、dpistonはピストンの直径である。この例では、ミクロンサイズの解析で使用されたのと同じ粘性抵抗係数g=45を使用しているため、ピストン直径を1000倍にすると、kviscousも同じだけ大きくなる。
【0157】
【0158】
【表7】
表7:ミリメータサイズを持つデバイス例のパラメータ
【0159】
例えば、100kHzは15mmであり、20kHzは75mmであり、1kHzは1500mm(表3より)であるように、波長はデバイスサイズに比べて大きい。
【0160】
比較を行う基礎として、図13A及び図13Bは、水域で動作する大型(1mm径)デバイスについて、送信源から3つの距離にあるデバイスの周波数の関数として利用可能な電力を示す図である。軸は対数的にスケーリングされていることに注意されたい。図13Aのデバイスの数密度(20,000/meter)は、図8A及び図8Bに例示された1ミクロンデバイスの場合と同じ総体積を有するように選択され、図13Bのデバイスの数密度は、はるかに小さい(4,000/meter)。減衰圧力は、減衰微分方程式を数値的に解くことによって評価される。
【0161】
【数25】
【0162】
ここで、α(x)は減衰係数で、流体による減衰(この例では小さい)とデバイスの電力吸収による減衰が寄与していて、これは圧力に依存するため非線形方程式となる。高周波数では、送信源からの距離が長くなるにつれて、利用可能な電力が大幅に減衰することがわかる。
【0163】
図14および図15は、各デバイスがその位置で利用可能な限り多くの電力を吸収するのではなく、デバイスが吸収する電力量を制限することの効果を示す図である。そのような制限は、場所に基づいて行われうるだろうし(例えば、送信源に近いすべてのデバイスがその電力吸収を制限する)、協調的な方法で行われうるだろう(例えば、送信源に近いすべてのデバイスは一定期間電力の収集を停止することができ、その目的は送信源からより離れた位置に比較的減衰されていない信号を大量に送り込むことを可能にするためである)。
【0164】
図14は、図13Aに示される状況と同様の方法で、3つの距離における利用可能電力と周波数との関係を示すが、しかしながらこの場合、各デバイスによる電力吸収は0.3Wで上限が設定される。より大きな距離におけるこの方法の効果を示すために、図15は送信源から10cmの距離における利用可能電力の電力対周波数カーブを比較していて、これらのカーブは図13Aおよび図14から引用されているが、異なる垂直尺度で提示されている。より高い周波数(ここで分析した範囲内)に対する差は、明白である。デバイスが0.3Wの制限を受けずに吸収する場合、音源に近いデバイスは音を大幅に減衰させ、深部にあるデバイスが利用可能な高周波数の信号電力はほとんど残らない。
【0165】
図11に関して(生体組織内で動作するミクロンサイズのデバイスの例について)上述したように、信号は複数の周波数で伝送することができ、デバイスは伝送源からの相対距離に応じて異なる周波数を吸収することができる。図16A図18は、周波数分割のいくつかの例におけるこのような動作方法の効果を示す図である。これらの例は、一組の周波数(図16及び図17)について、及び3つの周波数が採用される例(図18)(近い、中間、及び深いデバイスについて)への一般化について、送信源からの距離の増加に応じて利用可能な電力を比較するものである。平均流束と圧力の関係は周波数に依存せず、そしてこれらの例では図11で100kHzと300kHzとを用いた例と同様に送信源圧力が低周波数と高周波数とに分割されていて、低周波数は43kPaで高周波数は25kPaとされる。
【0166】
これらの場合のいずれにおいても、デバイスの応答は、ミクロンサイズのデバイスについて上述した方法と同様の方法で、特定の周波数の吸収のために調整することができる。例えば、信号からエネルギーを吸収するためにピストンが採用される場合、ピストンのばね剛性は調整(高精度時計に採用されるような調整手段の使用、MEMSアクチュエータ等によって)することが可能であり、及び/又はピストンに直接に力が与えられる(MEMSアクチュエータ又は同様の手段の使用等によって)ことが可能であり、調整の周波数及び大きさは、望ましくない周波数又は複数の周波数を有効に打ち消すように選択され得る。図11に関して上述したように、デバイスが吸収用の特定の周波数を選択するときの決定に、様々な基準を使用することができる。例としては、位置(一つ又は複数の送信源からの距離、または指定された経路内の位置など)に基づいて、または受信信号強度などに基づいて周波数を選択することである。デバイスは、他のデバイスと協調して周波数を変更することもでき、例えば、周期的に周波数を切り替えて、その期間中に特定の周波数の吸収を減少または増加させることができる。
【0167】
図16に示す第1の方法では、信号を50KHzと100KHzに分割し、送信源から10cm以内のデバイスは100KHzでのみ吸収し、それより遠くのデバイスは50KHzで吸収している。図16における複数の実線はこの方法を採用した場合の距離に対する電力を示していて、その一方で、複数の破線は、信号全体を50KHzで送信した場合(点線)と100KHzで送信した場合(破線)とについての距離に対する電力を示している。
【0168】
図17は、同様の方法であるが、信号を100KHzと300KHZの周波数で分割している場合である。ここでも、複数の実線は、送信源から10cm以内のデバイスが300KHZでのみ吸収し、それ以上は100KHZで吸収する場合の距離に対する電力を示していて、その一方で、複数の破線は、すべての信号を100KHzで送信する場合(点線)と300KHzで送信する場合(破線)とについての距離に対する電力を示している。
【0169】
図18は、信号を3つの周波数(50kHz、100kHz、300kHz)に分割した場合の距離による利用可能電力を示す図であり、送信電力は3つの周波数で等しく分割されていて、各周波数は29kPa、(すなわち50kPa/√3)であり、各周波数は20cmの距離の1/3に使用される(従って0~6.7cmのデバイスは300kHzで吸収し、6.7~13.4cmのデバイスは100kHzで吸収し、13.4~20cmのデバイスは50kHzで吸収する)。複数の周波数が採用される場合、特定の距離範囲内のデバイスは、より遠くに位置するデバイスで使用される周波数を吸収しないようにのみ調整されてもよい。図18に示す例では、0~6.7cmに位置するデバイスは50kHzと100kHzの両方の周波数を吸収しないように調整し、6.7~13.4cmに位置するデバイスは50kHzの周波数を吸収しないように調整する。
【0170】
他の方法としては、既知の位置でデバイスを動作させることが意図されている場合、送信源から異なる距離に異なる複数のデバイス(または異なる動作をさせる複数のデバイス)を設けるというものがある。複数のデバイスは、信号吸収特性が相違している。説明のために、ここで議論される複数の例では信号からエネルギーを吸収するために採用されるピストンの数及び/又は構成が異なっているが、しかしデバイスの他の特性も変化させることができるであろう。図19図21は、そのような方法のいくつかの例を示している。図19及び図20の例では、多数の小範囲ピストンを有するデバイスと少数の大範囲ピストンを有するデバイスとで周波数の関数としての吸収が比較されるものであり、どちらの場合もピストン総体積が等しくされる(これは、すべてのデバイスが他の構成要素、例えばコンピュータ、結合部位などのためにその体積の一定割合を必要とする場合に適切である)。図21は、ピストンの数は変化させるが、ピストンの大きさは一定にした場合を比較したものである。
【0171】
図19及び図20について、表7で上述したデバイスが、半分の数のピストンを有するが各々のピストン範囲が2倍とされているデバイスと比較検討される。より少数でより大きな範囲のピストンを有するこれらのデバイスは、送信源の近くで吸収する電力が少ないものであり、そしてそれらがもたらす減衰は少なく、より深くにあるデバイスがより多くの電力を受信することを可能にする。
【0172】
図19は、3つの方法を比較しており、そのうちの2つは、送信源の近くで使用されたときに、より少数のピストンを有するデバイスの制限された吸収を利用するものである。示された1つの方法は、図13の場合と同じであり、より多数の、より小さい範囲のピストンを有するデバイスのみが採用される(実線、データポイント形状は、信号源からの距離を示す)。別の方法(破線)では、全てのデバイスが半分の数のピストンを有するが、各ピストンは2倍の動作範囲を有する。第3の方法では、より少数でより大きな範囲のピストンを有するデバイスは、送信源から3cm以内で動作し、元のピストン数およびサイズ(表7に規定)を有するデバイスは、送信源から3cm以上のところで動作する。図19は、3つの距離における周波数に対する電力の結果を表している。0cmの距離では、少数ピストンのデバイスを用いる2つの方法のカーブが重なっていることに注意されたい。これらの方法を比較すると、混合デバイスタイプ(点線)を使用すると、全デバイスが多数のピストンを有する場合と比較して、より高い周波数において5cmおよび10cmの深さで利用可能なエネルギーがより多く得られることが分かる。全てのデバイスを少数ピストンとする方法(破線)では、結果はまちまちで、ある深さと周波数ではデバイスを混合する手法よりも利用可能電力が少なく、より高い周波数では10cmの深さでより多くの電力を得ることができる。このことから、デバイスの組み合わせと動作周波数は、特定の用途に合わせて最適化できることが示唆される。このような最適化は、信号の用途に依存することもある。上記の議論は、信号強度に焦点を当てており、これは、信号が電力伝送に使用される状況(デバイスに電力を供給するため、治療上の理由から目標位置に音響エネルギーを適用するためなど)において主に考慮される場合がある。このような最適化は、典型的には、周波数帯域幅だけでなく信号対雑音比にも依存するもので、下式のシャノン・ハートレーの定理による。
【0173】
【数26】
【0174】
ここで、Cはチャネル容量、Bは帯域幅、S/Nは信号雑音比である。信号対雑音比は、信号強度だけでなく、雑音にも依存し、伝達物質が特定の周波数で雑音にさらされる状況では、送信のために選択される周波数は、著しい雑音が存在するそのような周波数を回避するようになされてもよい。通信しているデバイス(またはデバイスと通信している外部送信源)が重要なノイズ源である場合、デバイスが送信および/または吸収の周波数を調整して、そうしなければ受信が困難な特定の位置でのノイズを低減することは有利であり得る。
【0175】
図20は、図19に示した状況と逆に、デバイスがより少数且つより大きな範囲のピストンを有して信号源から3cm以上離れて動作し、信号源から3cm以内のデバイスは表7の元々のピストン数及びサイズを有している状態を示している。図20は、この方法(点線)と、全てのデバイスのピストン数が多い方法(実線)と、全てのデバイスのピストン数が少ない方法(破線)とを比較したものである。距離0cmの場合、デバイス混在方式のカーブは、すべてのデバイスのピストン数が多い方式のカーブと重なっている。この方法(点線)において、全てのデバイスでピストン数が多くされた方法(実線)と比較すると、デバイスの種類を混合して使用した場合、高周波数では10cmの深さで使用可能なエネルギーが多くなるが、低周波数ではその深さと5cmの深さでやや少なくなることがわかる。全てのデバイスでピストン数を少なくした方法(破線)と比較すると、デバイスの種類が混在している場合、高い周波数では深さ5cmと10cmの電力が少なくなり、低い周波数ではこれらの深さでの利点はないことがわかる。0cmの深さでは混合デバイスの方がより多くの電力を利用できるが、送信源近くのデバイスへの十分な電力供給について心配することは稀なので、実用的なメリットはほとんどない。
【0176】
図21は、全てのデバイスがより多数のピストンを有する方法と、デバイスの種類を混在させた代替的状況とを比較したものである。ここで、複数のデバイスは、利用可能な内部空間容積が異なっている。したがって、信号源から3cm以上遠い位置にあるデバイスは表7に示すパラメータを有し、3cm以内にあるデバイスはピストンの数が半分であるが、ピストンの大きさは同じである(図19について議論された、より少ないピストンを有するデバイスのピストン移動範囲が2倍とされている状況とは対照的である)。この例は、あるデバイスがその容積の多くをピストンに費やし、高い電力を与えるが、他のコンポーネントのためのスペースが比較的少ないという状況をシミュレートするものであり、その一方で、他のデバイスはピストン容積が少なく他のコンポーネントのための容積が大きい。少容積のデバイスが主に音源の近くで動作する場合、より少ないピストン数でも十分な電力を得られる可能性がある。この状況は、電力という点では、フルセットのピストンを持つデバイスが、より小さなデューティ比で動作させたり、或いは半分のピストンの動作を停止させたりする方法と同等である(ただし、その場合でもピストンの容積は確保されるため、他の部品のためのスペースは確保されない)。
【0177】
図21は、3つの深さにおける周波数の関数として利用可能電力をプロットしたものであって、全てのデバイスが元のピストン数及びサイズ(表7に記載)を有する状況(実線)と、より少ないピストン数のデバイスが音源の3cm以内に位置し元のピストン数のデバイスがより遠くに位置する状況(点線)と、を比較したものである。この比較から、より近いデバイスで少ないピストン数を使用することで、高周波数では5cmと10cmの深さでより多くの電力を得られることがわかる。ピストン数が少ないデバイスは0cmの距離で電力が少なくなるが、送信源のより近くでの利用可能電力が制限要因になることは稀であるため、これは一般的に懸念されることではない。ピストン数が少ないデバイスは吸収する電力が少なく(これにより、より深い位置にあるデバイスが使用可能な分が多くなる)、より近い距離にありピストン数の少ないデバイスは、より深くにあるデバイスよりも依然としてより多くの電力を有する。これは、浅いデバイスが電力吸収を制限していること(図10に関して前述)と同様であるが、この場合、浅いデバイスは、他の構成要素に対して解放されたより多くの内部容積を有するであろう。これは、これらの選択肢の間の1つのトレードオフを示すものであり、すなわちピストン数が少ないデバイスは、他のコンポーネントをより多く運ぶことができるが、電力を得るために送信源により近いところで動作する必要がある。電力を制限するデバイスは浅い位置でも深い位置でも動作できる柔軟性があるが、これは深い位置にあるときにより多くのピストンを使用して減衰する音圧を多少補うことが可能だからである。低周波数では、ピストンの数が少ないデバイスの方が、より深くにあってピストンの数が多いデバイスよりも、得られる電力が少ない。
【0178】
デバイスの位置に関する情報が得られる状況(典型的には、デバイスのモニタリング入力によって内部的に決定され、及び/又は外部デバイスによって決定され、位置情報又は操作指示のいずれかが外部デバイスから当該デバイスに伝達される)において、デバイスが送信源と送信源からそのデバイスよりもより遠くの位置との間の経路内にあるときに、音響信号の能動的吸収をしないようにデバイスを動作させることができる。この結果を得るための2つの一般的な方法は、そのような経路内にあり送信源に近いデバイスが信号を能動的に吸収しないようにする(受動的減衰のみを生じさせる)ことと、移動能力を持つデバイスがそのような経路から離れるか避ける(送信源に近いこれらのデバイスから減衰が生じないようにする)ことである。流体自体はセンチメートル単位の距離ではほとんど減衰しないので、第2の方法は、深部にあるデバイスが表面までの距離を低減することと同様の効果がある。例えば、もし表面から5cm以内のデバイスが遠ざかったとすると、深さ10cmのデバイスが持つ電力は、デバイスが一様に分布している場合に深さ5cmのデバイスが持つであろう電力と同じである。この場合、デバイスが電力を吸収しないときの流体や散乱は非常に小さいので、この2つの方法は類似している。事実上、送信源から距離d以内のデバイスが電力を吸収しない又は経路を確保しないことで、全てのデバイスが電力を吸収しているときに送信源に距離dだけ近づいた場合に得られるであろう電力と同じ電力が、より深いデバイスに与えられる。この状況は、肺組織内で動作するミクロンサイズのデバイスについて、図12に関連して上述したものと同様である。
【0179】
図22は、そのような方法の一例を示すものであり、10cm以内のデバイスが能動的な吸収を停止する場合(破線)と停止しない場合(実線)について、深さ15cmにおける利用可能電力と周波数との対を比較するものである。より浅い深さのデバイスが能動的に吸収しない方法における15cm距離でのカーブは、図13Aにおける5cm深さのカーブと非常に似ており、送信源から10cm以内のデバイスが吸収しない場合、深さ15cmでの効果は、すべてのデバイスが信号を能動的に吸収する方法における5cm深さのデバイスと本質的に同じであることを示している。
【0180】
図23A~23Dは、伝達物質206全体に分布する図5に示すようなデバイス200を動作させるいくつかの例を示す図である。デバイス200は、経路210に沿ってトランスデューサ208によって所望位置に送信される信号の減衰を低減するように動作し、図22の電力対周波数グラフに示されるものと類似の状況を提供する(そして、その場合、送信源からの距離による物質の違いがあることを除いて、図12に示される状況に類似している)。図23A及び図23Bに示される方法において、制御信号は、(吸収される一次信号に加えて)トランスデューサ208によって生成され、そしてデバイス200により受信される。経路210内に位置するそれらのデバイス200'は、一次信号の能動的な吸収を停止し(または著しく低減し)、信号をトランスデューサ208からより遠くに位置するデバイス200によって受信することができるようにする。さらに遠いデバイスへの経路をクリアすることが示されているが、このような経路は、信号が何らかの他の所望のターゲット領域に伝送されているときに採用され得る。
【0181】
図23Cは、図23Bに示される方法に対する代替方法を示していて、移動能力を有するデバイス200が、動作を停止するのではなく、制御信号に応答して経路210の外に移動した場合である。これは経路210における信号吸収を減少させるが、能動的に信号を吸収するデバイス200の数が増加することで周囲の物質206における吸収を増加させることに留意されたい。
【0182】
図23Dは、別の代替方法を示している。示される状況は、図23Aに示される状況と類似しているが、ここでは、制御信号が、トランスデューサ208から遠くに位置するデバイス200''によって送信される。この信号に応答して、最も近くのトランスデューサ208とデバイス200''との間にあるそれらのデバイスは、(図23Bに示されるように)能動的に吸収することをやめるか、或いは(図23Cに示されるように)経路の外に移動することが可能である。この方法は、デバイス200''が短時間に比較的大きな電力を必要とする場面でデバイス200''への十分な電力を可能にし得るものであり、そのような場面は例えば、エネルギー貯蔵デバイスの再充電、データのバースト送信、または同様の一時的な高エネルギー活動などである。
【0183】
いずれの方法においても、経路210における吸収回避が不要になったときに制御信号を送信することができ、デバイス200は、(図23Bに示す方法の場合)能動的な吸収を再開するか、或いは(図23Cに示す方法の場合)経路210に戻るかのいずれかを行うことが可能である。
【0184】
上記で議論された様々な緩和方法は、そのようなことが特定の状況にとって有益である場合に組み合わせて使用され得ることが理解されるべきである。例えば、信号吸収を制限する方法は、考察が信号吸収を停止することに取り組む場合に使用され得うるし、特定の状況下で信号吸収を低減または停止するために考察した方法は、位置、タイミング、通信信号による調整などに基づくなど、追加の考慮事項に基づいて実施され得る。そして、動作に関するこれらの方法は、混在するデバイス種類の使用および/または異なる周波数での異なるデバイスの動作と組み合わせられる可能性がある。加えて、方法およびデバイスの動作パラメータが位置の観点から議論される場合、そのような位置は、絶対位置(体内の特定の器官内の位置など)または相対位置(送信源、他のデバイス、異なる器官の間の界面などに対する距離または位置など)に基づいて決定され得るものであり、これは特定の状況および所望の動作目的の必要性に応じて行われるものである。
【0185】
説明のために特定の実施例を採用した上記の議論は、添付の請求項の精神および範囲を限定するものと見なすべきではない。
【0186】
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図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
図6A
図6B
図7
図8A
図8B
図9
図10
図11
図12
図13A
図13B
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23A
図23B
図23C
図23D