(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-19
(45)【発行日】2023-09-27
(54)【発明の名称】湿式摩擦材用接着剤組成物および湿式摩擦板
(51)【国際特許分類】
C09J 161/06 20060101AFI20230920BHJP
C09J 159/00 20060101ALI20230920BHJP
C09J 11/06 20060101ALI20230920BHJP
C09J 129/14 20060101ALI20230920BHJP
C09K 3/14 20060101ALI20230920BHJP
F16D 69/04 20060101ALI20230920BHJP
【FI】
C09J161/06
C09J159/00
C09J11/06
C09J129/14
C09K3/14 530G
C09K3/14 530F
F16D69/04 A
(21)【出願番号】P 2023539141
(86)(22)【出願日】2023-04-05
(86)【国際出願番号】 JP2023014048
【審査請求日】2023-06-26
(31)【優先権主張番号】P 2022062802
(32)【優先日】2022-04-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002141
【氏名又は名称】住友ベークライト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕司
【審査官】井上 明子
(56)【参考文献】
【文献】特開平9-310063(JP,A)
【文献】特開2020-63361(JP,A)
【文献】特開2020-63360(JP,A)
【文献】特開2014-24881(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102796270(CN,A)
【文献】特開平4-154885(JP,A)
【文献】特開2000-203899(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09J 1/00-201/10
C09K 3/14
F16D 1/00-71/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レゾール型フェノール樹脂、
ポリビニルブチラール、
炭素数1以上6以下のカルボン酸、および
アルコール系溶剤、
を含む湿式摩擦材用接着剤組成物。
【請求項2】
前記炭素数1以上6以下のカルボン酸の含有量は、当該湿式摩擦材用接着剤組成物の固形分に対して、0.1質量%以上10質量%である、請求項1に記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
【請求項3】
前記炭素数1以上6以下のカルボン酸は、酢酸を含む、請求項
1に記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
【請求項4】
前記アルコール系溶剤は、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、およびtert-ブチルアルコールから選択される少なくとも1つを含む、請求項
1に記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
【請求項5】
ニッケルを実質的に含まない、請求項
1に記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
【請求項6】
コバルトを実質的に含まない、請求項
1に記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
【請求項7】
メタノールトレランス(25℃)が、1000%以上である、請求項
1に記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
【請求項8】
金属基材と、
前記金属基材に、請求項1乃至7のいずれかに記載の湿式摩擦材用接着剤組成物を介して接着された摩擦材と、を備える湿式摩擦板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式摩擦材用接着剤組成物および湿式摩擦板に関する。
【背景技術】
【0002】
オートマチック車等の自動変速機には、発進、停止、変速時にエンジンの力をトランスミッションに伝えたり遮断したりするために、エンジンとトランスミッション(変速機)の間にクラッチが取り付けられている。摩擦材は、当該クラッチが適切に機能するために用いられるが、一般に、オイルを使用する「湿式摩擦材」と、オイルを使用しない「乾式摩擦材」とに分けられる。湿式摩擦材は、オイルを使用することにより、摩擦熱の上昇を抑制することができる。湿式摩擦材は、コアプレートと呼ばれる金属に接着剤を塗布し、フェノール樹脂等からなる摩擦部材と接着することにより製造される。
【0003】
クラッチやブレーキ等の摩擦材を作製する際に使用される接着剤には、機械的特性、電気的特性および接着性に優れた樹脂材料であるレゾール型フェノール樹脂が一般に使用されている。そのため、レゾール型フェノール樹脂については、得られる湿式摩擦材の摩擦特性や耐摩耗特性を改善するため、および接着強度等の硬化特性を改善するために、従来から種々の検討がなされてきた。
【0004】
湿式摩擦材に用いられるレゾール型フェノール樹脂として、例えば、特許文献1および特許文献2記載のものがある。特許文献1には、短い硬化時間で高い耐熱性を有する摩擦材用接着剤として、レゾール型フェノール樹脂と、ポリビニルブチラール樹脂と、多価の金属塩である酢酸ニッケルまたは酢酸コバルトと、亜硝酸の金属塩または亜硝酸のエステルとを含む接着剤組成物が開示されている。
【0005】
特許文献2には、優れた接着強度を示す、レゾール型フェノール樹脂と、硝酸塩又は硝酸とを含む湿式摩擦板用接着剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-24881号公報
【文献】特開2006-83892号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、湿式摩擦材用の接着剤に対する要求はますます高くなっている。本発明は、これらの要求に応えるべく開発されたものであり、優れた接着強度を有し、さらに耐熱性(高温下での接着強度の低下抑制)を有する湿式摩擦材用接着剤組成物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、フェノール樹脂を含む樹脂組成物に、炭素数1~6のカルボン酸を配合することにより、優れた接着力を有するとともに、耐熱性(高温下での接着強度の低下抑制)に優れ、湿式摩擦材用途に好適に使用できる接着剤が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明によれば、以下に示す湿式摩擦材用接着剤組成物および湿式摩擦板が提供される。
【0010】
[1]レゾール型フェノール樹脂、ポリビニルブチラール、炭素数1以上6以下のカルボン酸、およびアルコール系溶剤、を含む湿式摩擦材用接着剤組成物。
[2]上記炭素数1以上6以下のカルボン酸の含有量は、当該湿式摩擦材用接着剤組成物の固形分に対して、0.1質量%以上10質量%である、項目[1]に記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
[3]上記炭素数1以上6以下のカルボン酸は、酢酸を含む、項目[1]または[2]に記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
[4]上記アルコール系溶剤は、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、およびtert-ブチルアルコールから選択される少なくとも1つを含む、項目[1]~[3]のいずれかに記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
[5]ニッケルを実質的に含まない、項目[1]~[4]のいずれかに記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
[6]コバルトを実質的に含まない、項目[1]~[5]のいずれかに記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
[7]メタノールトレランス(25℃)が、1000%以上である、項目[1]~[6]のいずれかに記載の湿式摩擦材用接着剤組成物。
[8]金属基材と、当該金属基材に、項目[1]~[7]のいずれかに記載の湿式摩擦材用接着剤組成物を介して接着された摩擦材と、を備える湿式摩擦板。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、優れた接着強度を有するとともに、高い耐熱性を有する湿式摩擦材用接着剤組成物、およびこれを用いて作製された湿式摩擦板が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0013】
[湿式摩擦材用接着剤組成物]
本実施形態の湿式摩擦材用接着剤組成物(以下、「接着剤組成物」とも称する)は、レゾール型フェノール樹脂と、ポリビニルブチラールと、炭素数1以上6以下のカルボン酸と、アルコール系溶剤とを含む。以下に、各成分について説明する。
【0014】
(レゾール型フェノール樹脂)
本実施形態の接着剤組成物に用いられるレゾール型フェノール樹脂は、フェノール樹脂とアルデヒド類とを塩基性触媒の存在下で反応させて得られるレゾール型フェノール樹脂である。
【0015】
本実施形態で用いられるレゾール型フェノール樹脂の合成のために使用されるフェノール類としては、フェノール;o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール等のクレゾール類;o-エチルフェノール、m-エチルフェノール、p-エチルフェノール等のエチルフェノール類;イソプロピルフェノール、ブチルフェノール、p-tert-ブチルフェノール等のブチルフェノール類;p-tert-アミルフェノール、p-オクチルフェノール、p-ノニルフェノール、p-クミルフェノール等のアルキルフェノール類;フルオロフェノール、クロロフェノール、ブロモフェノール、ヨードフェノール等のハロゲン化フェノール類;p-フェニルフェノール、アミノフェノール、ニトロフェノール、ジニトロフェノール、トリニトロフェノール等の1価フェノール置換体:1-ナフトール、2-ナフトール等の1価のフェノール類;およびレゾルシン、アルキルレゾルシン、ピロガロール、カテコール、アルキルカテコール、ハイドロキノン、アルキルハイドロキノン、フロログルシン、ビスフェノールA、ビスフェノールF、ビスフェノールS、ジヒドロキシナフタリン等の多価フェノール類等が挙げられる。これらは、単独でかまたは2種以上混合して使用できる。
【0016】
本実施形態で用いられるレゾール型フェノール樹脂の合成のために使用されるアルデヒド類としては、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、トリオキサン、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、ポリオキシメチレン、クロラール、ヘキサメチレンテトラミン、フルフラール、グリオキザール、n-ブチルアルデヒド、カプロアルデヒド、アリルアルデヒド、ベンズアルデヒド、クロトンアルデヒド、アクロレイン、テトラオキシメチレン、フェニルアセトアルデヒド、o-トルアルデヒド、サリチルアルデヒド等が挙げられる。これらは、単独で使用してもよいし、2種類以上組み合わせて使用してもよい。また、これらのアルデヒド類の前駆体あるいはこれらのアルデヒド類の溶液を使用することもできる。中でも、製造コストの観点から、ホルムアルデヒド水溶液を使用することが好ましい。
【0017】
本実施形態で用いられるレゾール型フェノール樹脂の合成のために使用される塩基性触媒としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等のアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の水酸化物;炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム等の炭酸塩;石灰等の酸化物;亜硫酸ナトリウム等の亜硫酸塩;リン酸ナトリウム等のリン酸塩;アンモニア、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ヘキサメチレンテトラミン、ピリジン等のアミン類等が挙げられる。
【0018】
本実施形態で用いられるレゾール型フェノール樹脂の合成のために使用される反応溶媒としては、水が一般的であるが、有機溶媒を使用してもよい。このような有機溶媒の具体例としては、アルコール類、ケトン類、芳香族類等が挙げられる。またアルコール類の具体例としては、メタノール、エタノール、プロピルアルコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、グリセリン等が挙げられる。ケトン類の具体例としては、アセトン、メチルエチルケトン等が挙げられる。芳香族類の具体例としては、トルエン、キシレン等が挙げられる。
【0019】
レゾール型フェノール樹脂の形態としては、固形、水溶液、溶剤溶液、および水分散液が挙げられる。中でも、作業性が良好となる点から、メタノール、エタノール、メチルエチルケトン、およびアセトン等の溶剤に溶解した溶液であることが好ましい。
【0020】
本実施形態の接着剤組成物に用いられるレゾール型フェノール樹脂は、1000以上3000以下の重量平均分子量を有することが好ましいく、1200以上2000以下の重量平均分子量を有することがより好ましい。上記範囲内の重量平均分子量を有するレゾール型フェノール樹脂は、優れた接着性と溶剤溶解性を両立することができる。結果として、このようなレゾール型フェノール樹脂を含む接着剤組成物は、優れた接着性を有するとともに、優れた塗布性または取扱い性を有し得る。
【0021】
本実施形態で用いられるレゾール型フェノール樹脂は、これに含まれる遊離フェノール量が、レゾール型フェノール樹脂全体に対して5.0質量%以下であることが好ましく、4.0質量%以下であることがより好ましい。レゾール型フェノール樹脂に含まれる遊離フェノール量の下限値は、特に限定されないが、レゾール型フェノール樹脂全体に対して、例えば、0.1質量%以上であり、好ましくは0.5質量%以上である。遊離フェノール量が上記上限値以下であることにより、レゾール型フェノール樹脂は、優れた保存安定性を有する。また、遊離フェノール量が上記下限値以上であることにより、遊離アルデヒドを完全に除去するための特別な装置や工程が不要であるため、製造コストを抑えることができる。
【0022】
本実施形態で用いられるレゾール型フェノール樹脂は、フェノール類(P)とアルデヒド類(F)とを、配合モル比(F/P)が1.5以上、好ましくは1.5以上2.0以下、より好ましくは1.6以上1.9以下となるような比率で、反応が間に仕込み、さらに重合化触媒としての上述の塩基性触媒を添加して、適当な時間(例えば、3~6時間)還流を行うことにより得られる。フェノール類(P)とアルデヒド類(F)との配合モル比(F/P)が、1.5未満である場合には、生成するレゾール型フェノール樹脂の重量平均分子量が1000より小さくなる場合がある。またフェノール類(P)とアルデヒド類(F)との配合モル比(F/P)が、2.0を超える場合は、反応中に樹脂のゲル化が進行し易くなるため、反応効率が低下し、また重量平均分子量が3000を超える高分子量のレゾール型フェノール樹脂が生成するため好ましくない。反応温度は、例えば、40℃~120℃であり、好ましくは60℃~100℃である。これにより、ゲル化を抑制して、目的の分子量のレゾール型フェノール樹脂を得ることができる。
【0023】
(ポリビニルブチラール)
本実施形態の接着剤組成物に用いられるポリビニルブチラールは、酸触媒の存在下、ポリビニルアルコールをブチルアルデヒドでブチラール化することにより得られるエラストマーである。ポリビニルブチラールの重量平均分子量は、特に限定されないが、ポリビニルブチラールの取り扱い性等の観点から、好ましくは1.0×104~1.0×105であり、より好ましくは2.0×104~8.0×104であり、さらに好ましくは3.3×104~5.5×104である。なお、重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)により測定されたポリスチレン換算によるものをいう。
【0024】
ポリビニルブチラールの重合度は、200~3000が好ましい。重合度が200以上のポリビニルブチラールを用いることにより、得られる接着剤組成物は摩擦材用として使用するのに十分な接着強度を有し、重合度が3000以下のポリビニルブチラールを用いることにより、得られる接着剤組成物の溶融時の粘度を低く抑えることができ、これにより、金属基材に塗布する際の取扱い性が良好となるとともに、金属基材と摩擦材とを強固に接着することができる。
【0025】
ポリビニルブチラールの含有量は、レゾール型フェノール樹脂100重量部に対し、好ましくは、1重量部以上50重量部以下であり、より好ましくは、5重量部以上30重量部以下である。ポリビニルブチラールの含有量を下限値以上とすることにより、得られる接着剤組成物は摩擦材用として使用するのに十分な接着強度を有し、上限値以下とすることにより、接着剤組成物の溶融時の粘度を低く抑えることができ、塗布性や作業性を改善できる。
【0026】
(炭素数1~6のカルボン酸)
本実施形態の接着剤組成物は、炭素数1以上6以下のカルボン酸を含む。炭素数1以上6以下のカルボン酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸等が挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。中でも、得られる接着剤組成物の接着強度の改善と、取扱い性および入手容易性の観点から、酢酸を用いることが好ましい。上記カルボン酸を含むことにより、接着強度がさらに向上した接着剤組成物を得ることができる。
【0027】
接着剤組成物中の上記カルボン酸の含有量は、組成物の固形分全体に対し、好ましくは、0.1質量%以上10質量%以下であり、より好ましくは、1質量%以上10質量%以下であり、より好ましくは、2質量%以上10質量%以下である。鉄塩の含有量を上記範囲内とすることにより、得られる接着剤組成物は摩擦材用として使用するのに十分な接着強度を有するとともに、優れた耐熱性(高温下での接着強度の低下抑制)を有する。
【0028】
実施形態の接着剤組成物は、従来の接着剤に接着性の改善のために使用されていたニッケルやコバルトといった環境負荷の高い物質を実質的に含まない。このような本実施形態の接着剤組成物は、これを用いて作製される摩擦板の制動時に発生する摩耗粉にこれらの環境負荷の高い物質が含まれないため、環境汚染の虞がない。また、本実施形態の接着剤組成物は、鉄塩を含むことにより、ニッケルやコバルトを含まなくても、高い接着性と耐熱性(高温下での接着強度の低下抑制)を備え得る。
【0029】
(アルコール系溶剤)
本実施形態の接着剤組成物は、上記成分がアルコール系溶剤に溶解または分散された液状物として提供される。本実施形態の接着剤組成物の溶剤として用いられるアルコール類としては、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、およびtert-ブチルアルコールが挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。中でも、取扱い性の簡便性の観点から、メタノールが好ましく用いられる。
【0030】
(鉄塩)
本実施形態の接着剤組成物は、鉄塩を含んでもよい。鉄塩としては、第二鉄塩、または第三鉄塩が挙げられる。好ましくは、鉄塩は、硫酸鉄(II)、または硫酸鉄(III)等の硫酸塩である。硫酸塩の具体例としては、硫酸鉄(II)、硫酸鉄(II)7水和物、硫酸鉄(III)アンモニウムが挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0031】
鉄塩を用いる場合、その含有量は、組成物の固形分全体に対し、好ましくは、0.1質量%以上10質量%以下であり、より好ましくは、0.5質量%以上8質量%以下であり、より好ましくは、0.8質量%以上6質量%以下である。鉄塩の含有量を上記範囲内とすることにより、得られる接着剤組成物は摩擦材用として使用するのに十分な接着強度を有するとともに、優れた耐熱性(高温下での接着強度の低下抑制)を有する。
(その他の成分)
【0032】
本実施形態の接着剤組成物は、上記成分に加え、本発明の効果を損なわない範囲で、ニトリルブタジエンゴムおよびスチレンブタジエンゴム等のエラストマー、界面活性剤、難燃剤、酸化防止剤、着色剤、シランカップリング剤等の添加剤を含んでもよい。
【0033】
(接着剤組成物の製造)
本実施形態に係る接着剤組成物は、上述のアルコール系溶媒中に、上述した成分を、公知の方法を用いて混合することにより得られる。
【0034】
本実施形態の接着剤組成物は、上記成分を含むことにより、優れた接着性および耐熱性を有するとともに、溶剤溶解性に優れる。本実施形態の接着剤組成物は、溶解性の指標としてのメタノールトレランス(25℃)が1000%以上である。そのため、使用時の作業性および塗工性に優れる。なお、メタノールトレランスの値が高いほど、メタノールに対する溶解性が高いことを示し、湿式摩擦材用接着剤の用途においては、100%以上が求められる。
なお、メタノールトレランスは、以下のようにして測定できる。
まず、500mlのメスシリンダーに10mlの接着剤組成物を測り取り、25℃に保ち撹拌しながら、徐々にメタノールを添加して行う。接着剤組成物とメタノールの混合溶液が白濁した時点のメタノールの添加量(体積)から次式により算出する。
メタノールトレランス(%)=(メタノール添加量(ml)/接着剤組成物10ml)×100
【0035】
また、本実施形態の接着剤組成物の粘度は、例えば、300mPa以上、10000mPa以下であり、好ましくは450mPa以上、8000mPa以下であり、より好ましくは、600mPa以上、6000mPa以下である。このような範囲の粘度を有する接着剤組成物は、高い接着強度を有するとともに、作業性および塗工性において優れる。
なお、粘度は、JIS Z8803に準拠して、E型粘度計(東機産業社製)を用いて測定される。
【0036】
[湿式摩擦板]
本実施形態の接着剤組成物は、湿式摩擦板を作製するために好適に使用される。湿式摩擦板は、金属基材(鋼板)と摩擦板とを、本実施形態の接着剤組成物を用いて接着することにより作製される。より詳細には、湿式摩擦板は、金属基材に本実施形態の接着剤組成物を塗布し、この金属基材の接着剤組成物が塗布された面上に、摩擦材を配置して接着させることにより製造される。本実施形態の接着剤組成物は、塗工性および作業性に優れるため、上記の工程が首尾よく実施できる。またこのようにして得られた湿式摩擦板は、摩擦板と金属基材とが強固に接着されているため、優れた強度を有する。
【0037】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例および比較例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0039】
[接着剤組成物の調製]
(実施例1)
撹拌装置、還流冷却器及び温度計を備えた反応装置に、フェノール100重量部、37%ホルマリン水溶液151重量部(F/Pモル比=1.7)、トリエチルアミン5重量部を添加し、還流条件下で40分間反応させた。その後、91kPaの減圧条件下で脱水を行いながら系内の温度が70℃に達したところでメタノールを40重量部加えて、80℃で2時間反応させ、重量平均分子量1382のレゾール型フェノール樹脂を得た。これにメタノールを120重量部、ポリビニルブチラール樹脂30重量部、酢酸4.5重量部を加えて溶解させて混合し、遊離フェノール1.5%、不揮発分50%の接着剤組成物を得た。
【0040】
(実施例2)
酢酸の添加量を、9.0重量部に変更した以外は、実施例1と同様にして、接着剤組成物を得た。
【0041】
(実施例3)
4.5重量部の酢酸に加え、1.5重量部の硫酸鉄(II)を添加したこと以外は、実施例1と同様にして、接着剤組成物を得た。
【0042】
(比較例1)
撹拌装置、還流冷却器及び温度計を備えた反応装置に、フェノール100重量部、37%ホルマリン水溶液151重量部(F/Pモル比=1.7)、トリエチルアミン5重量部を添加し、還流条件下で40分間反応させた。その後、91kPaの減圧条件下で脱水を行いながら系内の温度が70℃に達したところでメタノールを40重量部加えて、80℃で2時間反応させ、重量平均分子量1382のレゾール型フェノール樹脂を得た。これにメタノールを120重量部、ポリビニルブチラール樹脂30重量部を加えて溶解させて混合し、遊離フェノール1.5%、不揮発分50%の湿式摩擦材用接着剤組成物を得た。
【0043】
(比較例2)
撹拌装置、還流冷却器及び温度計を備えた反応装置に、フェノール100重量部、37%ホルマリン水溶液117重量部(F/Pモル比=1.2)、30%アンモニア水溶液4重量部を添加し、還流条件下で40分間反応させた。その後、91kPaの減圧条件下で脱水を行いながら系内の温度が70℃に達したところでメタノールを20重量部加えて、80℃で1時間反応させた。次いで、メタノールを80重量部を加えることにより、不揮発分50%のレゾール型フェノール樹脂を得た。
得られたレゾール型フェノール樹脂100重量部と、ポリビニルブチラール樹脂12重量部と、メタノール12重量部を溶解させて混合し、接着剤組成物を得た。
【0044】
(比較例3)
撹拌装置、還流冷却器及び温度計を備えた反応装置に、フェノール100重量部、37%ホルマリン水溶液117重量部(F/Pモル比=1.2)、30%アンモニア水溶液4重量部を添加し、還流条件下で40分間反応させた。その後、91kPaの減圧条件下で脱水を行いながら系内の温度が70℃に達したところでメタノールを20重量部加えて、80℃で1時間反応させた。次いで、メタノールを80重量部を加えることにより、不揮発分50%のレゾール型フェノール樹脂を得た。
得られたレゾール型フェノール樹脂100重量部と、ポリビニルブチラール樹脂13重量部と、レゾルシンを2重量部と、メタノール15重量部を溶解させて混合し、固形分全体に対してレゾルシンを3質量%含む接着剤組成物を得た。
【0045】
[評価]
実施例1~3および比較例1~3で得られた接着剤組成物を、以下の物性について測定し、性能を評価した。
【0046】
(溶剤溶解性)
溶剤溶解性を、メタノールトレランスを測定することにより評価した。メタノールトレランスの値が大きいほど、樹脂組成物のメタノールに対する溶解性が高いことを示す。
メタノールトレランスの測定:まず、500mlのメスシリンダーに10mlの接着剤組成物を測り取り、25℃に保ち撹拌しながら、徐々にメタノールを添加した。接着剤組成物とメタノールの混合溶液が白濁した時点のメタノールの添加量(体積)から次式により算出した。結果を表1に示す。
メタノールトレランス(%)=(メタノール添加量(ml)/接着剤組成物10ml)×100
【0047】
(粘度)
粘度の測定:JIS Z8803に準拠して、E型粘度計(東機産業社製)を用いて、接着剤組成物の粘度を測定した。結果を表1に示す。
【0048】
(接着強度)
接着剤組成物の接着強度を、250℃の温度下で接着した場合、および300℃の温度下で接着した場合の非剥離面積率を測定することにより評価した。非剥離面積率の値が大きいほど、接着強度が高いことを示す。
非剥離面積率の測定(接着温度250℃):酸洗鋼板に、上述の接着剤組成物を塗布し、アラミド基材にフェノール樹脂を含浸・硬化させて作製した含浸紙を熱プレス(250℃、10MPa)で接着し、90℃折り曲げた時に接着面が剥離していない面積を測定し、折り曲げる前の接着面積に対する割合(%)を算出した。結果を表1に示す。
非剥離面積率の測定(接着温度300℃):酸洗鋼板に、上述の接着剤組成物を塗布し、アラミド基材にフェノール樹脂を含浸・硬化させて作製した含浸紙を熱プレス(300℃、10MPa)で接着し、90℃折り曲げた時に接着面が剥離していない面積を測定し、折り曲げる前の接着面積に対する割合(%)を算出した。結果を表1に示す。
【0049】
【0050】
実施例の接着剤組成物は、250℃の温度で接着した場合、および300℃の温度で接着した場合の両方において、高い接着強度を有していた。
【0051】
この出願は、2022年4月5日に出願された日本出願特願2022-062802号を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【要約】
レゾール型フェノール樹脂、ポリビニルブチラール、炭素数1以上6以下のカルボン酸、およびアルコール系溶剤、を含む湿式摩擦材用接着剤組成物。