(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-19
(45)【発行日】2023-09-27
(54)【発明の名称】撥液性被膜の製造方法及び撥液性表面を有する積層体
(51)【国際特許分類】
C23C 16/02 20060101AFI20230920BHJP
C23C 16/27 20060101ALI20230920BHJP
C23C 16/42 20060101ALI20230920BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20230920BHJP
【FI】
C23C16/02
C23C16/27
C23C16/42
B32B9/00 A
(21)【出願番号】P 2019135164
(22)【出願日】2019-07-23
【審査請求日】2022-04-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000131625
【氏名又は名称】株式会社シンク・ラボラトリー
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100147935
【氏名又は名称】石原 進介
(74)【代理人】
【識別番号】100080230
【氏名又は名称】石原 詔二
(72)【発明者】
【氏名】崔 ▲ジュン▼豪
(72)【発明者】
【氏名】下澤 善広
(72)【発明者】
【氏名】重田 核
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 吉伸
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-079484(JP,A)
【文献】特開平08-337874(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/02
C23C 16/27
C23C 16/42
B32B 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板にヘキサメチルジシロキサン膜を成膜する工程と、
前記ヘキサメチルジシロキサン膜をプラズマエッチングし、該ヘキサメチルジシロキサン膜の表面に針状構造を形成する工程と、
前記プラズマエッチング後のヘキサメチルジシロキサン膜にフッ素含有DLC膜を成膜する工程と、
を含む、撥液性被膜の製造方法。
【請求項2】
前記撥
液性被膜の表面の水の接触角が100°以上であり、滑落角が0°以上90°以下である、請求項1記載の撥液性被膜の製造方法。
【請求項3】
前記プラズマエッチング後のヘキサメチルジシロキサン膜の表面粗さの最大高さSzが2.5μm以上である、請求項1又は2記載の撥液性被膜の製造方法。
【請求項4】
前記ヘキサメチルジシロキサン膜の成膜をプラズマ利用イオン注入成膜法により行う、請求項1~3のいずれか1項記載の撥液性被膜の製造方法。
【請求項5】
前記フッ素含有DLC膜の成膜をプラズマ利用イオン注入成膜法により行う、請求項1~4のいずれか1項記載の撥液性被膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥液性被膜の製造方法及び撥液性表面を有する積層体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高い硬度を有する撥水性被膜として、フッ素含有DLC膜が知られており、例えば、特許文献1の実施例2のサンプル2-1及び2-2-では、SUSの基板上にヘキサメチルジシラザンでプラズマCVD法により膜厚384.6nm又は402nmの非晶質炭素膜を形成した後、この非晶質珪素膜上にDLC膜を形成し、このDLC膜上にフッ素含有DLC膜を成膜し、水の接触角が80°以上95°以下の撥水性被膜を成膜する方法が記載されている。しかしながら、特許文献1記載の撥水性被膜は、水の接触角が95°以下であり、撥水性が十分とはいえなかった。
【0003】
さらに、インクジェットヘッドのインク吐出面等では、静的接触角である通常の接触角のみならず、動的接触角である、液滴が滑落する滑落性が重要であり、滑落性に優れると共に高強度を有する撥液性被膜が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】WO2016/132562号公報
【文献】特開2001-156013号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、滑落性に優れ、超撥水性と高硬度を兼ね備えた、高強度の撥液性表面を有する積層体、及び撥液性被膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明の撥液性被膜の製造方法は、基板にヘキサメチルジシロキサン膜を成膜する工程と、前記ヘキサメチルジシロキサン膜をプラズマエッチングし、該ヘキサメチルジシロキサン膜の表面に針状構造を形成する工程と、前記プラズマエッチング後のヘキサメチルジシロキサン膜にフッ素含有DLC膜を成膜する工程と、を含む、撥液性被膜の製造方法である。
【0007】
前記撥液性被膜の表面の水の接触角が100°以上であり、滑落角が0°以上90°以下であることが好適である。
【0008】
前記プラズマエッチング後のヘキサメチルジシロキサン膜の表面粗さの最大高さSzが2.5μm以上であることが好ましい。
【0009】
前記ヘキサメチルジシロキサン膜の成膜をプラズマ利用イオン注入成膜法により行うことが好適である。また、前記フッ素含有DLC膜の成膜をプラズマ利用イオン注入成膜法により行うことが好適である。
【0010】
本発明の撥液性表面を有する積層体は、基板と、該基板上に形成された、表面に針状構造を有するヘキサメチルジシロキサン膜と、該ヘキサメチルジシロキサン膜上に形成されたフッ素含有DLC膜と、を含む、撥液性表面を有する積層体である。
【0011】
前記積層体の表面の接触角が100°以上であり、滑落角が0°以上90°以下であることが好適である。
【0012】
前記ヘキサメチルジシロキサン膜の表面粗さの最大高さSzが2.5μm以上であることが好適である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、滑落性に優れ、超撥水性と高硬度を兼ね備えた、高強度の撥液性表面を有する積層体、及び撥液性被膜の製造方法を提供することができるという著大な効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、これらは例示的に示されるもので、本発明の技術思想から逸脱しない限り種々の変形が可能なことはいうまでもない。
【0015】
本発明の撥液性被膜の製造方法は、基板にヘキサメチルジシロキサン膜(HMDSO膜)を成膜する工程と、前記ヘキサメチルジシロキサン膜をプラズマエッチングし、該ヘキサメチルジシロキサン膜の表面に針状構造を形成する工程と、前記プラズマエッチング後のヘキサメチルジシロキサン膜にフッ素含有DLC膜(F-DLC膜)を成膜する工程と、を含むものである。
【0016】
本発明の積層体は、基板と、該基板上に形成された、表面に針状構造を有するヘキサメチルジシロキサン膜と、該ヘキサメチルジシロキサン膜上に形成されたフッ素含有DLC膜と、を含む、撥液性表面を有する積層体であり、前記撥液性被膜の製造方法により好適に製造することができる。
【0017】
前記基板としては、特に制限はないが、例えば、SUS等の金属、ポリマー等が好適に用いられる。
【0018】
前記基板にヘキサメチルジシロキサン膜を成膜する方法としては、公知のヘキサメチルジシロキサン膜(HMDSO膜)の成膜方法を用いることができるが、プラズマ利用イオン注入成膜法(PBII&D法)やプラズマCVD装置を用いた方法が好適である。本発明方法は、プラズマ利用イオン注入成膜法による一貫プロセスで行うことがより好適である。プラズマ利用イオン注入成膜法(PBII&D法)に用いられるプラズマ発生装置としては、公知のプラズマ発生装置を用いることができるが、例えば、特許文献2記載のプラズマ発生装置は好適に用いられる。
【0019】
前記ヘキサメチルジシロキサン膜は、Si-C、Si-O結晶が主となる非晶質である。前記ヘキサメチルジシロキサン膜の膜厚は、3μm以上が好ましく、5~10μmがより好ましい。
【0020】
前記ヘキサメチルジシロキサン膜をプラズマエッチングする方法としては、特に制限はなく、公知のエッチング方法を用いることができるが、プラズマエッチング後のヘキサメチルジシロキサン膜の表面粗さの最大高さSzが所望の値、例えば、Szが2.5μm以上となるようにエッチングすることが好適である。上記表面粗さはJIS規格に基づき測定することができる。
【0021】
エッチングに用いられるガス種としては、特に制限はなく、公知の活性ガスが用いられるが、例えば、SF6及びO2が好適に用いられる。
【0022】
エッチングにおけるガスの圧力を調整することにより、針状構造の表面粗さの最大高さSzを調整することができる。ガスの圧力が高くなると、表面に到達する活性種の濃度が増加し、エッチング量が増加し、それに伴い表面粗さの最大高さSzも増加し、針状構造の単位(横幅)も大きくなる。さらに、高圧力でエッチング処理することにより、HMDSO膜のSi-C、Si-O結合のパッシベーション効果を強く発現することができる。ガスの圧力は、1~20Paが好ましく、2~10Paがより好ましい。
【0023】
また、エッチング時間を調整することにより、針状構造の表面粗さの最大高さSzを調整することが可能である。エッチング時間が長くなるとエッチング量が増加し、それに伴い表面粗さの最大高さSzも増加し、針状構造の単位(横幅)も大きくなる。さらに、長時間エッチング処理することにより、HMDSO膜のSi-C、Si-O結合のパッシベーション効果を強く発現することができる。エッチング時間は、30~240分が好ましく、120~180分がより好ましい。
【0024】
エッチング処理後のヘキサメチルジシロキサン膜表面の針状構造は、原子間力顕微鏡により測定することができる。針状構造の表面粗さの最大高さSzは2.5μm以上10μm以下が好ましい。針状構造の算術平均粗さRaは0.200以上3.000以下が好ましい。針状構造の平均高さは、1.5μm以上が好ましい。針状構造の幅と高さのアスペクト比は大きい程、好ましく、アスペクト比は1:1以上1:10以下が好ましく、1:1.5以上1:10以下がより好ましい。
針状構造の表面粗さの最大高さSzが大きくなると接触角も大きくなり、滑落角は小さくなる。針状構造の平均高さ1.5μm以上、Sz2.5μm以上、アスペクト比が1:1以上の微小突起を形成することにより、エアポケットが形成され、Cassie-Baxter状態となり、極めて良好な滑落性が得られる。
【0025】
滑落性は、滑落角により評価することができる。前記滑落角は、液滴が滑落するときの傾斜角であり、基板を傾斜していく滑落法により測定することができる。前記接触角は、接線法やθ/2法等の公知の測定方法により測定することができる。
【0026】
前記フッ素含有DLC膜(F-DLC膜)の成膜方法としては、特に制限はなく公知の成膜方法を用いることができるが、PBII&D法やプラズマCVD装置を用いた方法が好適であり、バイポーラPBII&D法がより好適である。針状構造を有するHMDSO膜上にF-DLC膜を形成することにより、滑落性に優れ、超撥水性と高硬度を兼ね備えた、高強度の撥液性被膜を得ることができる。
【0027】
F-DLC膜の膜厚は、10nm以上1000nm以下が好ましく、100nm以上300nm以下がより好ましい。膜厚が厚い程、機械的特性は向上するが、ヘキサメチルジシロキサン膜表面の針状構造の凹凸が埋まり、Szが減少し、滑落性が低下する為、F-DLC膜の膜厚を上記範囲とすることにより、より滑落性に優れ、超撥水性と高硬度を兼ね備えた、高強度の撥液性表面を得ることができる。
【0028】
前記F-DLC膜は、HMDSO膜が良好な密着性を有している為、前記針状構造を有するHMDSO膜上に直接形成することができるが、HMDSO膜上に中間層を介してF-DLC膜を形成しても良い。中間層としては特に制限はないが、例えば、DLC層が好適である。
【0029】
本発明方法により、被膜の表面の水の接触角が100°以上、被膜の滑落角が0°以上90°以下と、極めて滑落性及び撥水性に優れた撥液性被膜を得ることができる。前記撥液性被膜の接触角は120°以上がより好適である。また、前記撥液性被膜の滑落角は50°以下がより好適である。
【0030】
前記撥液性被膜の硬度(ビッカース硬さ)は200HV以上が好ましく、300HV以上がより好ましい。
【0031】
前記撥液性被膜の表面構造は、HMDSO膜の針状構造を維持することが好適である。該針状構造の表面粗さの最大高さSzは1.6μm以上10μm以下が好ましい。針状構造の算術平均粗さRaは0.180以上3.000以下が好ましい。針状構造の平均高さは、1μm以上が好ましい。針状構造の幅と高さのアスペクト比は大きい程、好ましく、アスペクト比は1:0.7以上1:10以下が好ましく、1:1以上1:10以下がより好ましい。
【0032】
本発明の撥液性表面を有する積層体は、撥液性及び強度が要求される用途に好適に用いられ、特に、インクジェットヘッドのインク吐出面に好適である。
【実施例】
【0033】
以下に実施例をあげて本発明をさらに具体的に説明するが、これらの実施例は例示的に示されるもので限定的に解釈されるべきでないことはいうまでもない。
【0034】
(実施例1)
SUS基板上に下記条件によりHMDSO膜をPBII&D法で成膜した。得られたHMDSO膜の膜厚は12μmであった。
<HMDSO膜の成膜条件>
成膜時間:638分
ガス種・流量:HMDSO 20sccm・Ar 47sccm
プロセス圧力:2.0Pa
繰り返し周波数:1000pps
RFパルス幅:50μs
HVパルス幅:10μs
パルスディレー:70μs
RF入射電力:320W
負パルスの高電圧:-5kV
【0035】
前記得られたHMDSO膜を下記条件によりプラズマエッチングし、HMDSO膜の表面に針状構造を形成した。得られたHMDSO膜表面の針状構造を原子間力顕微鏡により測定面積5μm×5μmで測定した。HMDSO膜表面の針状構造の表面粗さの最大高さSzは3.561μm、算術平均粗さRaは0.569μm、幅と高さのアスペクト比は1:1.5であった。
<プラズマエッチング条件>
エッチング時間:180分
ガス種・流量:SF6 27sccm・O2 7sccm
ガス比率 SF6:O2=4:1
ガス圧力:2.0Pa。ガスを直接吹き付けて行った。
パルス周波数:4000pps
正パルス電圧:2.0kV
正パルス幅:5.0μs
負パルス電圧:-5kV
負パルス幅:5.0μs
負パルスディレー:20.0μs
【0036】
前記エッチング後のHMDSO膜上に、バイポーラPBII&D法を用いて下記条件によりDLC中間層を成膜した後、F-DLC膜を成膜し、積層体を得た。DLC中間層の膜厚は30nm、F-DLC膜の膜厚は200nm、F/C比率が70%であった。
<DLC中間層の成膜条件>
成膜時間:2分
ガス種・流量:C6H5CH3 10sccm
ガス圧力:0.4Pa
パルス周波数:4000pps
正パルス電圧:1.5kV
正パルス幅:5.0μs
負パルス電圧:-5.0kV
負パルス幅:5.0μs
負パルスディレー:20.0μs
<F-DLC膜の成膜条件>
成膜時間:4分
ガス種・流量:C6F6 40sccm
ガス圧力:2.0Pa
パルス周波数:4000pps
正パルス電圧:1.2kV
正パルス幅:5.0μs
負パルス電圧:-10.0kV
負パルス幅:5.0μs
負パルスディレー:10.0μs
【0037】
得られた積層体のF-DLC膜表面の針状構造を原子間力顕微鏡により測定面積5μm×5μmで測定した。針状構造の表面粗さの最大高さSzは2.898μm、算術平均粗さRaは0.474μm、幅と高さのアスペクト比は1:1であった。
また、得られた積層体の表面の水の接触角、滑落角、滑落の有無を下記方法により測定した。測定結果を表1に示す。
1)水の接触角の測定方法:θ/2法により測定した。
2)滑落角の測定方法:基板を傾斜していく滑落法により測定した。90°までに滑落しなかった場合を×と評価した。
3)滑落性の評価:
評価基準:水滴をのせた基板を傾けていったときに、90°までに滑落した場合を○と評価し、滑落しなかった場合を×と評価した。
【0038】
(実施例2)
エッチング後のHMDSO膜上に、DLC中間層を成膜せずにF-DLC膜を成膜した以外は実施例1と同様の方法により積層体を得た。得られた積層体について、実施例1と同様の方法により測定を行った。積層体のF-DLC膜表面の針状構造の表面粗さの最大高さSzは1.666μm、算術平均粗さRaは0.228μm、幅と高さのアスペクト比は1:0.7であった。積層体の水の接触角及び滑落性の結果を表1に示す。
【0039】
【0040】
(比較例1)
実施例1と同様の方法により、SUS基板上にHMDSO膜を成膜した。得られたHMDSO膜の接触角及び滑落性について実施例1と同様の方法により測定した。結果を表2に示す。
【0041】
(比較例2)
実施例1と同様の方法により、SUS基板上にHMDSO膜を成膜した後、プラズマエッチングし、HMDSO膜の表面に針状構造を形成した。得られた表面に針状構造を有するHMDSO膜の接触角及び滑落性について実施例1と同様の方法により測定した。結果を表2に示す。
【0042】
(比較例3)
実施例1のF-DLC膜の成膜方法と同様の条件により、SUS基板上にF-DLC膜を成膜した。得られたF-DLC膜の接触角及び滑落性について実施例1と同様の方法により測定した。結果を表2に示す。
【0043】
(比較例4)
SUS基板上にHMDSO膜を成膜した後、プラズマエッチングを行わなかった以外は実施例1と同様の方法により、SUS基板-HMDSO膜-DLC中間層-F-DLC膜からなる積層体を得た。得られた積層体のF-DLC膜の接触角及び滑落性について実施例1と同様の方法により測定した。結果を表2に示す。
【0044】
(比較例5)
Si基板上に、バイポーラPBII&D法を用いて実施例1と同様の条件によりDLC中間層を成膜した後、F-DLC膜を成膜し、積層体を得た。得られた積層体のF-DLC膜の接触角及び滑落性について実施例1と同様の方法により測定した。結果を表2に示す。
【0045】