(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-19
(45)【発行日】2023-09-27
(54)【発明の名称】樹脂組成物およびその樹脂成形体
(51)【国際特許分類】
C08L 101/12 20060101AFI20230920BHJP
C08K 9/02 20060101ALI20230920BHJP
G02B 1/04 20060101ALI20230920BHJP
G02B 5/08 20060101ALI20230920BHJP
【FI】
C08L101/12
C08K9/02
G02B1/04
G02B5/08 A
(21)【出願番号】P 2019135114
(22)【出願日】2019-07-23
【審査請求日】2022-07-20
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100101498
【氏名又は名称】越智 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100128668
【氏名又は名称】齋藤 正巳
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100101498
【氏名又は名称】越智 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100136799
【氏名又は名称】本田 亜希
(72)【発明者】
【氏名】東 正樹
(72)【発明者】
【氏名】酒井 雄樹
(72)【発明者】
【氏名】小嶋 貴博
【審査官】宮内 弘剛
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-178112(JP,A)
【文献】特開2015-024945(JP,A)
【文献】国際公開第2014/030293(WO,A1)
【文献】特開2018-031063(JP,A)
【文献】特開2016-023212(JP,A)
【文献】国際公開第2019/087722(WO,A1)
【文献】特開2017-048071(JP,A)
【文献】特開2013-249330(JP,A)
【文献】特開2013-018975(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08K
C08L
G02B 1/04
G02B 5/08
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0℃から60℃の線膨張係数が負の値である金属酸化物粒子と、
0℃から60℃の線膨張係数が正の値である熱可塑性樹脂と、
を有する樹脂組成物であって、
前記金属酸化物粒子は、結晶相転移の際
に価数が変化する
金属元素を含み、
前記金属酸化物粒子の表面には、Si、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物が設けられていることを特徴とする樹脂組成物。
【請求項2】
前記金属元素を含有する化合物が一般式(1)で表わされるアルコキシド化合物の縮合物であることを特徴とする請求項1に記載の樹脂組成物。
SiR1
n1R2
m1 一般式(1)
(一般式(1)中、R1はメチル基、メトキシ基、およびエトキシ基のいずれかから選ばれる官能基であり、R2は末端がエポキシ、アミン、イミン、および(メタ)アクリロキシ基のいずれかから選ばれる炭素数が8以下の官能基である。また、n1は正の整数であり、m1は正の整数または0であり、かつn1+m1は4である。)
【請求項3】
前記金属元素を含有する化合物が、一般式(2)で表わされるアルコキシド化合物の縮合物であることを特徴とする請求項1に記載の樹脂組成物。
M1R3
n2R4
m2 一般式(2)
(一般式(2)中、M1はAlまたはTiであり、R3は炭素数8以下のアルキル基および炭素数8以下のアルコキシ基から選ばれる官能基であり、R4は末端がエポキシ、アミン、イミン、(メタ)アクリロキシ基、リン酸エステル、およびスルホン酸エステルのいずれかから選ばれる炭素数が8以下の官能基である。また、M1がAlのとき、n2は正の整数であり、m2は正の整数または0であり、かつn2+m2は3である。M1がTiのとき、n2は正の整数であり、m2は正の整数または0であり、かつn2+m2は4である。)
【請求項4】
前記金属酸化物粒子が一般式(B)で表わされる金属酸化物の粒子であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の樹脂組成物。
BiNi
1-xM
3
xO
y 一般式(B)
(一般式(B)中、M
3はAl、V、Cr、Mn、Fe、Co、GaおよびSbから選ばれる少なくとも1種の金属元素である。また、xは0.02以上0.50以下であり、yは3以下である。)
【請求項5】
前記樹脂組成物における前記金属酸化物粒子の体積分率が23体積%以上33体積%以下である請求項1乃至4のいずれか1項に記載の樹脂組成物。
【請求項6】
前記熱可塑性樹脂がポリカーボネート樹脂、シクロオレフィン樹脂のいずれかから選ばれる少なくとも1種である請求項1乃至5のいずれか1項に記載の樹脂組成物。
【請求項7】
0℃から60℃の線膨張係数が負の値である金属酸化物粒子と、
0℃から60℃の線膨張係数が正の値である樹脂と、
を有する樹脂組成物であって、
前記金属酸化物粒子は、一般式(A)で表される金属酸化物の粒子であり、
前記金属酸化物粒子の表面には、Si、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物が設けられていることを特徴とする樹脂組成物。
(Bi
1-x1M
1
x1)(Ni
1-x2M
2
x2)O
y 一般式(A)
(一般式(A)中、M
1はランタノイド、Y、およびInからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であり、M
2はAl、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ga、およびSbからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素である。また、x1、x2、およびyは、x1が0.02以上0.15以下であり、x2が0.02以上0.50以下であり、yが3以下である。)
【請求項8】
0℃から60℃の線膨張係数が負の値である金属酸化物粒子と、
0℃から60℃の線膨張係数が正の値である樹脂と、
を有する樹脂成形体であって、
前記金属酸化物粒子は、結晶相転移の際
に価数が変化する
金属元素を含み、
前記金属酸化物粒子の表面には、Si、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物が設けられていることを特徴とする樹脂成形体。
【請求項9】
0℃から60℃の線膨張係数が負の値である金属酸化物粒子と、
0℃から60℃の線膨張係数が正の値である樹脂と、
を有する樹脂成形体であって、
前記金属酸化物粒子は、一般式(A)で表される金属酸化物の粒子であり、
前記金属酸化物粒子の表面には、Si、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物が設けられていることを特徴とする樹脂成形体。
(Bi
1-x1
M
1
x1
)(Ni
1-x2
M
2
x2
)O
y
一般式(A)
(一般式(A)中、M
1
はランタノイド、Y、およびInからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であり、M
2
はAl、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ga、およびSbからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素である。
また、x1、x2、およびyは、x1が0.02以上0.15以下であり、x2が0.02以上0.50以下であり、yが3以下である。
)
【請求項10】
前記樹脂成形体の0℃から60℃の線膨張係数が0ppm/℃より大きく45ppm/℃以下である請求項8
または9に記載の樹脂成形体。
【請求項11】
0℃から60℃の線膨張係数が負の値である金属酸化物粒子と、0℃から60℃の線膨張係数が正の値である樹脂と、を有する樹脂成形体の製造方法であって、
前記金属酸化物粒子は、結晶相転移の際に価数が変化する金属元素を含み、
前記金属酸化物粒子の表面にSi、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物を設ける工程と、
前記化合物が設けられた前記金属酸化物粒子と、前記樹脂とを混合する工程と、
前記化合物が設けられた前記金属酸化物粒子が混合された前記樹脂を成形する工程と、
を備えることを特徴とする樹脂成形体の製造方法。
【請求項12】
0℃から60℃の線膨張係数が負の値である金属酸化物粒子と、0℃から60℃の線膨張係数が正の値である樹脂と、を有する樹脂成形体の製造方法であって、
前記金属酸化物粒子は、一般式(A)で表される金属酸化物の粒子であり、
前記金属酸化物粒子の表面にSi、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物を設ける工程と、
前記化合物が設けられた前記金属酸化物粒子と、前記樹脂とを混合する工程と、
前記化合物が設けられた前記金属酸化物粒子が混合された前記樹脂を成形する工程と、
を備えることを特徴とする樹脂成形体の製造方法。
(Bi
1-x1
M
1
x1
)(Ni
1-x2
M
2
x2
)O
y
一般式(A)
(一般式(A)中、M
1
はランタノイド、Y、およびInからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であり、M
2
はAl、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ga、およびSbからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素である。
また、x1、x2、およびyは、x1が0.02以上0.15以下であり、x2が0.02以上0.50以下であり、yが3以下である。
)
【請求項13】
筐体と、該筐体内に配置される複数のレンズにより構成される光学系と、を有するレンズ鏡筒であって、
前記筐体が請求項8
乃至10のいずれか1項に記載の樹脂成形体からなるレンズ鏡筒。
【請求項14】
基材と、該基材上に反射膜が設けられた反射光学素子であって、
前記基材が請求項8
乃至10のいずれか1項に記載の樹脂成形体からなる反射光学素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂組成物およびその樹脂成形体に関する。特に負の熱膨張性を有する金属酸化物を熱可塑性樹脂に添加した新規な樹脂組成物およびその樹脂成形体を用いた低熱膨張性部材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、電子部材、光学部材や構造部材は、金属や樹脂、セラミックスやガラスといった素材からなる。これら従来の素材は、正の線膨張性を有しているために、環境温度の上下に応じて膨張や収縮を生じる。特に、樹脂材料は外熱に対する体積膨張の程度が大きいので、それらの材料を用いた部材は精密機器のパフォーマンスに影響を与えている。
【0003】
このような問題を解決するために、負の熱膨張性を有する金属酸化物の利用が提案されている。リン酸ジルコニウム系の化合物など、負の熱膨張性を持つ金属酸化物は古くから知られていたが負の線膨張係数の絶対値が小さく、樹脂本来の加工性を損なわない添加量で樹脂材料の正の熱膨張を打ち消すにはその性能は十分とはいえなかった。
【0004】
しかし近年、負の線膨張係数の絶対値がより大きな金属酸化物が発見されてきている。これらの金属酸化物は少量で樹脂材料の正の熱膨張を打ち消すことが可能となり、一部の樹脂材料への応用が開示されている。
【0005】
例えば特許文献1には、ペロブスカイト構造を有するBiNiO3のうち、Biの一部をランタノイド、Y、In等の金属元素Mで置換した負熱膨張性材料(Bi1-xMx)NiO3を樹脂に配合して、熱膨張を抑制した樹脂組成物の開示がある。しかしながら、金属元素Mとして高価な元素が用いられており製造コストが高くなるとともに、金属元素Mが希少元素であるため供給が不安定であるという問題がある。また、これらの材料は温度ヒステリシスが大きいという課題もあった。
【0006】
これらの課題を解決するため、特許文献2には、Niの一部をAl、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ga等の金属元素Mで置換した負熱膨張性材料Bi(Ni1-xMx)O3を硬化性樹脂に配合して熱膨張を抑制した樹脂組成物の開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第5795187号公報
【文献】特許第6143197号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2に記載の材料を熱可塑性樹脂へ配合した場合、溶融押出や射出成形の加工時に負の熱膨張性が低下するという課題があることを見出した。本発明は、熱可塑性樹脂へ負熱膨張性材料を添加して熱加工した場合の、負熱膨張の機能低下を抑制することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の樹脂組成物は、0℃から60℃の線膨張係数が負の値である金属酸化物粒子(以下、「負熱膨張性金属酸化物粒子」とも称する。)と、0℃から60℃の線膨張係数が正の値である熱可塑性樹脂と、を有する樹脂組成物であって、前記金属酸化物粒子は、結晶相転移の際に金属元素の価数が変化するものであり、前記金属酸化物粒子の表面には、Si、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物が設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、負の熱膨張性を有する金属酸化物粒子の熱可塑性樹脂との複合化時の機能低下が抑制され、より低熱膨張性を有する材料が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施形態に係る樹脂組成物の模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態である、反射光学素子の概略斜視図である。
【
図3】本発明の一実施形態である、一眼レフデジタルカメラ600の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明する。
本発明の実施形態に係る樹脂組成物は、
図1に示すように負の熱膨張性を有する金属酸化物粒子1と熱可塑性樹脂3からなり、負熱膨張性金属酸化物粒子に共有結合性の保護層2が形成されていることを特徴としている。
【0013】
<負の熱膨張性を有する金属酸化物>
本発明の実施形態に係る樹脂組成物に含まれる金属酸化物は負の熱膨張性を有しており、その負の熱膨張性は結晶相転移に起因していることを特徴としている。また、その結晶相転移は、構成金属間の電子授受を駆動力とすることを特徴としている。
【0014】
構成金属間の電子授受を駆動力とした結晶相転移を示す金属酸化物は、その種類は特に制限されるものではないが、一般式(A)で表されるペロブスカイト型の複合金属酸化物が知られている。
(Bi1-x1M1
x1)(Ni1-x2M2
x2)Oy 一般式(A)
【0015】
ここで、M1はランタノイド、Y、およびInからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であり、M2はAl、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ga、およびSbからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素である。また、x1、x2、およびyは、x1が0.02以上0.15以下であり、x2が0.02以上0.50以下であり、yが3以下である。
また、ペロブスカイト型の複合金属酸化物は、一般式(B)で表されるペロブスカイト型の金属酸化物であってもよい。
BiNi1-xM3
xOy 一般式(B)
【0016】
ここで、一般式(B)中、M3はAl、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ga、およびSbからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素である。また、xおよびyは、xが0.02以上0.50以下であり、yが3以下である。一般式(B)で示される金属酸化物は希少元素が用いられていないため製造コストと供給安定性に優れ、温度ヒステリシスが小さいという利点がある。
【0017】
さらに、一般式(B)中のM3はFeであることがより好ましい。M3がFeである場合、一般式(B)で表されるペロブスカイト型の金属酸化物は、-50℃から200℃の範囲内で昇温に対しては体積収縮、降温に対しては体積膨張を伴う結晶相転移温度が存在するため、常温付近の実用環境下で効果的に樹脂の熱膨張を抑制することができる。
【0018】
一般式(B)で表される金属酸化物は、BiとM3とNiの複合金属酸化物を意味している。換言すると、一般式BiNiO3で示されるニッケル酸ビスマスのニッケルサイトの一部がM3で置換されている。なお、xが0.02より小さいと、一般式(B)で表されるペロブスカイト型の金属酸化物は十分な負の熱膨張性を得ることができない。
【0019】
一般式(B)を例に、負の熱膨張性が発現される機構を説明する。この化合物の母物質であるBiNiO3は、Bi3+
0.5Bi5+
0.5Ni2+O3という特徴的な価数状態を持つペロブスカイト型の複合金属酸化物である。ペロブスカイト構造では、Ni-O結合が結晶構造の骨格を作っており、Biはその隙間を埋めている。
【0020】
Niの一部を3価が安定な金属元素であるM3で置換することにより、Bi3+
0.5Bi5+
0.5Ni2+O3という価数状態が不安定化する。この結果、昇温によってBi3+(Ni,M)3+O3という価数状態への変化が生じ、Ni2+からNi3+への価数変化に伴ってNi-Oが収縮すると、全体の体積が収縮する。すなわち、構成金属間の電子授受を駆動力とした結晶相転移により、本実施形態に係る金属酸化物の負の熱膨張性が実現される。
【0021】
本発明の実施形態に係る樹脂組成物中において負熱膨張性金属酸化物は粒子形状をとるが、その形は球状、板状や針状などいかなる形であっても良い。粒子を同体積の球体と仮定した時の、該球体の数平均粒径は0.002μm以上2mm以下であることが好ましく、より好ましくは0.01μm以上0.2μm以下であり、さらに好ましくは0.04μm以上0.1μm以下である。0.01μm以上0.2μm以下であれば粒子の凝集と沈降を同時に抑制し均一な分散が可能となり、0.04μm以上0.1μm以下であれば材料粘度が熱成形に適しており表面性の良好な成形品が得られる樹脂組成物となる。
【0022】
<保護層>
負の熱膨張性を示す金属酸化物粒子の構成金属間の電子授受は可逆的であり、負熱膨張性金属酸化物粒子が単独状態であるか、あるいは他の物質と混合・複合化されていても常温付近の温度変化ではその可逆性は失われない。しかしながら、負熱膨張性金属酸化物粒子と熱可塑性樹脂が複合化されておりかつ周囲が還元雰囲気下にある場合、一定の温度以上では金属酸化物の負の熱膨張性の可逆性が失われ、その機能が失活する。
【0023】
可逆性が失われる機構は未だ明確にはされてはいないものの、一般式(A)で表される化合物および一般式(B)で表される化合物において、金属原子は高酸化状態にあるため、酸化可能なC-H結合、特に酸化容易な脂肪族鎖を有する熱可塑性樹脂と高温で反応し、ヒドリドによる還元を受けやすいものと想定される。
【0024】
この負熱膨張性金属酸化物粒子の還元を防ぐため、本発明の実施形態に係る樹脂組成物の有する負熱膨張性金属酸化物粒子は、その表面に金属酸化物粒子と熱可塑性樹脂の間の電子授受を阻害する化合物が設けられている。ここで、電子授受を阻害する化合物は、Si、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物であることがこのましい。さらに、金属酸化物粒子と熱可塑性樹脂の間の電子授受を阻害する化合物が、共有結合性の保護層として、負熱膨張性金属酸化物粒子の表面に設けられることが好ましい。ここで、共結合性の保護層とは、保護層が金属結合やイオン結合ではなく、共有結合で形成されていることを意味する。また、保護層の負熱膨張性金属酸化物粒子と結合しない外殻側は、熱可塑性樹脂組成物と相溶性の高い有機構造であることが好ましい。さらには、この保護層は負熱膨張性金属酸化物粒子と熱可塑性樹脂と化学的に結合する、カップリング効果を持つことがより好ましい。
【0025】
温度変化時の膨張収縮挙動が正反対となる負の熱膨張成分と正の熱膨張成分の界面では、剥離が発生しやすく其々の膨張収縮挙動が追従しづらい。保護層が負熱膨張性金属酸化物粒子と熱可塑性樹脂とを化学的に結合することで、温度変化時の負熱膨張性金属酸化物粒子の体積変化が熱可塑性樹脂へ伝達して、効果的に樹脂の熱膨張を抑制する効果が期待できる。
【0026】
負熱膨張性金属酸化物粒子の表面にSi、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物を設ける工程において、負熱膨張性金属酸化物粒子と反応しうる酸や塩基を触媒として用いることが困難なため、中性条件で反応するアルコキシド化合物が好ましい。
【0027】
上記Si、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物としては、一般式(1)または一般式(2)で表わされるアルコキシド化合物の縮合物が挙げられる。
SiR1n1R2m1 一般式(1)
一般式(1)中、R1はメチル基、メトキシ基、およびエトキシ基のいずれかから選ばれる官能基であり、R2は末端がエポキシ、アミン、イミン、および(メタ)アクリロキシ基のいずれかから選ばれる炭素数が8以下の官能基である。また、n1は正の整数であり、m1は正の整数または0であり、かつn1+m1は4である。n1およびm1が2以上の整数であるとき、複数のR1およびR2は、それぞれ同じであっても異なっていてもよい。
【0028】
M1R3n2R4m2 一般式(2)
一般式(2)中、M1はAlまたはTiであり、R3は炭素数8以下のアルキル基および炭素数8以下のアルコキシ基から選ばれる官能基であり、R4は末端がエポキシ、アミン、イミン、(メタ)アクリロキシ基、リン酸エステル、およびスルホン酸エステルのいずれかから選ばれる炭素数が8以下の官能基である。また、M1がAlのとき、n2は正の整数であり、m2は正の整数または0であり、かつn2+m2は3である。M1がTiのとき、n2は正の整数であり、m2は正の整数または0であり、かつn2+m2は4である。n2およびm2が2以上の整数であるとき、複数のR3およびR4は、それぞれ同じであっても異なっていてもよい。
【0029】
一般式(1)および一般式(2)において、R2およびR4は、末端がエポキシまたはアミンである炭素数が8以下の官能基であることが好ましく、アミンは2級アミンであることが好ましい。また、R2およびR4は、末端がエポキシである炭素数が8以下の官能基であることがより好ましい。
【0030】
一般式(1)または一般式(2)で表わされるアルコキシド化合物としては、具体的には、シランカップリング剤、アルキルアルコキシシラン、テトラエトキシシラン、シラザン等のシラノール類や、アルミネートやチタネート等のカップリング剤が挙げられる。
【0031】
さらに好ましくは、保護層が一般式(1)で表わされるアルコキシド化合物の縮合物で形成されているものであり、一般式(1)中のn1が2または3、かつm1が2または1である。これらのシラノール類は縮合反応によってシラノール同士が共有結合を形成するともに、金属酸化物とも共有結合を形成することができ、化学的にも安定な保護層を得ることができる。
【0032】
これら一般式(1)で表わされるアルコキシド化合物としてのシラノール類であって、一般に市販されている代表的なものとしては、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-(2-アミノエチルアミノ)プロピルトリメトキシシラン、3-フェニルアミノプロピルトリメトキシシラン等が挙げられる。また、これらの一般式(1)で表されるアルコキシド化合物を複数組み合わせて用いてもかまわない。
【0033】
これらのシラノール類のうち一部はカップリング剤として広く用いられており、無機粒子と樹脂の密着剤としての利用や、無機粒子と酸素との反応、すなわち酸化を抑制する保護層の形成に利用できることが知られている。本発明では、負熱膨張性金属酸化物の相転移機構から金属酸化物の還元を抑制することが重要であるという仮説を立て、金属酸化物の表面に保護層を形成することによって、負熱膨張性金属酸化物粒子の樹脂組成物中での熱安定性向上を実現するに至った。
【0034】
前記の一般式(1)または一般式(2)で表わされるアルコキシド化合物の縮合反応により負熱膨張性金属酸化物粒子に保護層を設ける場合、乾式法あるいは湿式法いずれの方法を用いてもよい。特に好ましくは、湿式法である。
【0035】
代表的な乾式法の手順としては、ヘンシェルミキサー、ボールミル等の攪拌機を用いて負熱膨張性金属酸化物粒子と一般式(1)または一般式(2)で表わされるアルコキシド化合物、必要に応じて少量のアルコール系溶剤を添加して攪拌し、100℃以上に加熱することで脱水縮合反応が進行して保護層が形成される。
【0036】
代表的な湿式法の手順としては、アルコール系溶剤に負熱膨張性金属酸化物粒子を加えてスターラー等で攪拌しながら、一般式(1)または一般式(2)で表わされるアルコキシド化合物を逐次添加する。表面に均一な保護層を形成するため、超音波振動機やホモジナイザー、ジェットミル、ボールミル、ビーズミル等の分散機を併用したりしてもよい。10分から数時間程度の所定時間経過後にろ過、遠心分離などによって負熱膨張性金属酸化物粒子を回収し、100℃以上に加熱することで脱水縮合反応が進行して保護層が形成される。
【0037】
保護層の形成は、エネルギー分散型X線分析(EDX)、X線光電子分光法(ESCA)、赤外吸収(IR)スペクトル測定などの公知の方法により確認することができる。保護層は、負熱膨張性金属酸化物粒子の表面の全体を覆っていることが好ましいが、負熱膨張性金属酸化物粒子と熱可塑性樹脂の間の電子授受を阻害することができれば、負熱膨張性金属酸化物粒子の表面を部分的に覆うように設けられていてもよい。
【0038】
<熱可塑性樹脂>
本発明の実施形態に係る樹脂組成物に用いられる熱可塑性樹脂は、0℃から60℃において正の線膨張係数を有する樹脂である。通常、入手可能な樹脂材料は0℃から60℃において正の線膨張係数を有している。線膨張係数に配向依存性のある結晶性樹脂や配向方向において金属に近い線膨張係数を示す繊維強化樹脂であっても本発明に用いることができる。
【0039】
熱可塑性樹脂の種類の例としては、ポリカーボネート樹脂、シクロオレフィン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート等のエステル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド等のポリアミド、ポリ塩化ビニル、ABS樹脂、フッ素樹脂、液晶ポリマー、ポリフェニレンスルフィド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン等の芳香族ポリエーテルケトンなどの樹脂が挙げられる。これらの樹脂を混合して用いても良い。
【0040】
より好ましくは、ポリカーボネート樹脂、シクロオレフィン樹脂、ポリスチレン樹脂のうちから選ばれる樹脂を用いることができる。これらの樹脂は非晶性樹脂でありかつ飽和吸水率が低いため、成形収縮が小さく湿度変化に対しても寸法安定性の高い光学用成形品の製造に向いた樹脂組成物を得ることができる。
【0041】
<樹脂組成物の製造方法>
本発明の実施形態に係る樹脂組成物の製造方法は特定の方法に限定されるものではなく、樹脂化合物一般に採用されている混合方法を用いることができる。例えば、タンブラー、V型ブレンダー、バンバリーミキサー、混練ロール、ニーダー、単軸押出機、二軸以上の多軸押出機等の混合機によって、表面にSi、AlおよびTiから選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有する化合物(以下、この項において単に「化合物」とも称する。)が設けられた、すなわち保護層で被覆した負熱膨張性金属酸化物粒子と熱可塑性樹脂と混練して製造することができる。
【0042】
また、熱可塑性樹脂に有機溶媒を添加して溶解させた上で、保護層で被覆した負熱膨張性金属酸化物粒子を添加して粒子を分散させ、溶媒を減圧除去し、減圧加熱乾燥することでも製造することができる。粒子をより均一に分散させるための手法としては、例えばスターラー等の攪拌機と超音波振動機を組み合わせたり、ホモジナイザーやジェットミル、ボールミル、ビーズミル等の分散機を用いたりすることができる。
【0043】
樹脂組成物の製造においては、保護層で被覆した負熱膨張性金属酸化物粒子と熱可塑性樹脂、および必要に応じて用いられるその他の添加剤のうち複数の成分を予め予備混合または予備混練してもよいし、同時に混合または混練してもよい。
【0044】
その他の添加剤としては、負の熱膨張性を示す金属酸化物以外の無機充填剤・繊維類、脂肪酸アミド、脂肪酸エステル、脂肪酸の金属塩等の滑剤・離型剤、ベンゾトリアゾール系化合物やベンゾフェノン系化合物、サリチル酸フェニル化合物等の紫外線吸収剤やヒンダートアミン系安定剤、フェノール系やリン系の酸化防止剤、スズ系の熱安定剤、各種帯電防止剤、ポリシロキサン等の摺動性向上剤、酸化チタンやカーボンブラック等に代表される各種顔料や染料の着色剤、ワックスやシリコーン樹脂等の可塑化剤などが挙げられる。
【0045】
これらの添加剤の添加量は得られる樹脂組成物に対し10質量%以下であることが好ましく、より好ましくは5質量%以下である。これらの加工助剤の添加量が多い場合、得られる成形品から加工助剤の溶出が起こる場合があり、また樹脂組成物の熱膨張性にも影響を及ぼす。
【0046】
本発明の実施形態に係る樹脂組成物において、負熱膨張性金属酸化物粒子の樹脂組成物の全成分に占める体積分率は、10体積%を超え50体積%以下の範囲にあることが好ましい。より好ましくは20体積%を超え35体積%以下である。負熱膨張性金属酸化物粒子の体積分率が小さすぎる場合は熱可塑性樹脂のもつ正の熱膨張性を十分に打ち消すことができず、50体積%を超過すると熱可塑性樹脂が本来有する機械物性が損なわれる。樹脂組成物の樹脂成形体を射出成形により得る場合は、溶融粘度の観点から、負熱膨張性金属酸化物粒子の全成分に占める体積分率は23体積%以上33体積%以下であることがより好ましい。
【0047】
ここで負熱膨張性金属酸化物粒子の樹脂組成物の全成分に占める体積分率は、構成材料それぞれについて質量分率をそれぞれの比重で除したものの総和値を計算し、負熱膨張性金属酸化物粒子の質量分率を金属酸化物の比重で除したものを前記の総和値で除することで求めることができる。
【0048】
本発明の実施形態に係る樹脂組成物の構成比率や成分については、公知の分離技術および分析技術を組み合わせて知ることができる。その方法や手順は特に制限されないが、一例として、熱可塑性樹脂組成物から有機成分を抽出した溶液を各種クロマトグラフ法等で成分を分離したのちに各成分について分析することができる。
【0049】
樹脂組成物から有機成分を抽出するには、有機成分を溶解可能な溶媒に樹脂組成物を浸して溶解させればよい。予め樹脂組成物を細かく破砕したり溶媒を加熱撹拌したりすることで、抽出に必要とする時間を短縮することができる。
【0050】
使用する溶媒は樹脂組成物を構成する有機成分の極性に応じて任意に選択できるが、トルエンやキシレン等の芳香族溶媒、テトラヒドロフランやジオキサン、塩化メチレン、クロロホルム、N-メチルピロリドン、ヘキサフルオロ-2-プロパノール等の溶媒が好適に用いられる。また、これらの溶媒を任意の比率で混合して用いてもよい。
【0051】
ここで有機成分を分離した後に残る残渣を乾燥して秤量することで、樹脂組成物中に含まれる無機成分の含有量を知ることができる。樹脂組成物中の無機成分の含有量を知る方法としては、他に熱重量分析(TGA)等で樹脂の分解温度以上まで温度を上げて灰分を定量する方法もある。
【0052】
また、有機成分を抽出した後に残る残渣を乾燥したサンプルの蛍光X線分析を行うことで、金属酸化物に含まれる元素やその構成比率を知ることができる。また、残渣を核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定や赤外吸収(IR)スペクトル測定、ラマンスペクトル測定、マススペクトル測定、加熱ガスクロマトグラフ測定などの公知の手法により分析することで、金属酸化物の保護層の構成成分を知ることができる。
【0053】
溶融混練等の加熱を加える樹脂組成物の製造加工、および成形加工において加工温度は、加工装置の種類や性能、熱可塑性樹脂、負熱膨張性金属酸化物粒子、および必要に応じて用いられるその他の添加剤の成分の性状に応じて任意に設定できる。加工温度については通常100~300℃、好ましくは120~270℃、より好ましくは140~250℃である。この温度が低すぎると高粘度となり加工が困難であり、また必要以上に温度が高すぎると構成成分の熱分解が問題となり、物性の低下や成形品の外観不良が発生するおそれがある。
【0054】
本発明の実施形態に係る樹脂成形体は、本発明の実施形態に係る樹脂組成物を成形することにより得られる。樹脂成形体の成形方法としては、特定の方法に限定されるものではなく、熱可塑性樹脂の成形方法として一般に採用されている方法を用いることができる。例えば、溶融押出成形、射出成形、真空成形、プレス成形などを用いることができる。
【0055】
本発明の実施形態に係る樹脂組成物を用いることで、本発明の実施形態に係る樹脂成形体の0℃から60℃における線膨張係数は、0ppm/℃より大きく45ppm/℃以下とすることができる。
【0056】
本発明の実施形態に係る樹脂成形体は、熱膨張を抑制した構造材料、記録材料、電子材料、光学材料として用いることができる。とくに、撮像装置、集光装置、露光装置や光学観察装置といった光学機器の光学精度に関わる光学用途成形物、光学素子、鏡筒、ミラーに好適に用いることができる。以下に、一例として反射光学素子および光学機器を示す。
【0057】
(反射光学素子)
図2は本発明の一実施形態である反射光学素子の概略斜視図である。反射光学素子10は、基材11と、該基材上に形成された反射膜12を備える。反射膜12は、例えば、アルミニウム、銀、クロム等からなる反射膜12である。反射率が高いという観点から、好ましくはアルミニウムまたは銀、より好ましくは銀からなる反射膜12である。反射膜12の表面には保護膜や増反射膜などを設けても良く、所望の特性を示す範囲内において、種々の膜構成を用いることができる。
【0058】
本発明の実施形態に係る樹脂成形体は基材11に用いることができる。本発明の樹脂成形体は線膨張係数が小さいため、温度変化による体積変化の少ない反射光学素子10を提供することができる。
【0059】
(光学機器)
図3は、本発明の一実施形態である、一眼レフデジタルカメラ600の概略構成図である。
図3において、カメラ本体602とレンズ鏡筒601とが結合されているが、レンズ鏡筒601はカメラ本体602に対して着脱可能な交換レンズである。
【0060】
被写体からの光は、レンズ鏡筒601の筐体内(筐体620内)の撮影光学系の光軸上に配置された複数のレンズ603、605などからなる光学系を通過し、撮像素子610に受光される。
【0061】
レンズ605は内筒604によって、フォーカシングやズーミングのためにレンズ鏡筒601の外筒に対して可動支持されている。
【0062】
撮影前の観察期間では、被写体からの光は、カメラ本体602の筐体内(筐体621内)の主ミラー607により反射され、プリズム611を透過後、ファインダレンズ612を通して撮影者に撮影画像が映し出される。主ミラー607は例えばハーフミラーとなっており、主ミラー607を透過した光はサブミラー608によりAF(オートフォーカス)ユニット613の方向に反射され、例えばこの反射光は測距に使用される。また、主ミラー607は主ミラーホルダ640に接着などによって装着、支持されている。不図示の駆動機構を介して、撮影時には主ミラー607とサブミラー608を光路外に移動させ、シャッタ609を開き、撮像素子610にレンズ鏡筒601から入射した撮影光像を結像させる。また、絞り606は、開口面積を変更することにより撮影時の明るさや焦点深度を変更できるよう構成される。
【0063】
本発明の実施形態に係る樹脂成形体は筐体620、筐体621に用いることができる。本発明の実施形態に係る樹脂成形体は線膨張係数が小さいため、温度変化による体積変化の少ない光学機器を提供することができる。
【0064】
[実施例]
本実施例と比較例で用いた原材料は以下のとおりである。
(負熱膨張性金属酸化物粒子A)
<A-1>
3.7040gのBi2O3、0.8788gのNi、0.9807gのFe(NO3)3・9H2Oを35%硝酸溶液50mlに溶解し、スターラーで撹拌しながら蒸発乾固させた。得られた粉体を空気中750℃で熱処理した後、酸化剤として過塩素酸カリウムを全体の20質量%となるように混ぜ込み、金カプセルに封入した。高圧合成装置によりこのカプセルを、6万気圧、750℃の条件下で30分間処理した。得られた試料を水洗して塩化カリウムを除去し、負熱膨張性を示す金属酸化物BiNi0.85Fe0.15O3を合成した。
【0065】
メノウ乳鉢で10分間この金属酸化物を粉砕して、負熱膨張性金属酸化物粒子A-1を得た。光学顕微鏡でその粒径を計測したところ、数平均粒子径は0.86μmであった。
【0066】
また、この粒子のX線回折測定を行い、リートベルト解析によるフィッテイング計算を行い、結晶相分率と格子定数の変化から算出した0℃~60℃の範囲における線膨張係数の値は、-187ppm/℃であった。この線膨張係数は固形粒子に含まれうる空隙やミクロ欠陥の影響を取り除いた材料固有の理論値である。
【0067】
<A-2>
A-1の合成条件を4万気圧に変えた以外は同等の条件で負熱膨張性金属酸化物粒子A-2を合成した。線膨張係数の値は、-146ppm/℃であった。
【0068】
(保護層形成材料B)
<B-1>
主成分を3-グリシドキシプロピルトリメトキシシランとしたエポキシ官能基を有するシランカップリング剤(商品名:OFS-6040、東レ・ダウコーニング社製)
<B-2>
主成分を3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシランとしたエポキシ官能基を有するシランカップリング剤(商品名:KBM-402、信越化学工業社製)
<B-3>
主成分を3-(2-アミノエチルアミノ)プロピルトリメトキシシランとしたアミノ官能基を有するシランカップリング剤(商品名:OFS-6020、東レ・ダウコーニング社製)
<B-4>
主成分を3-アミノプロピルトリエトキシシランとしたアミノ官能基を有するシランカップリング剤(商品名:KBE-903、信越化学工業社製)
<B-5>
主成分を3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシランとしたメタクリル官能基を有するシランカップリング剤(商品名:OFS-6030、東レ・ダウコーニング社製)
【0069】
(熱可塑性樹脂C)
<C-1>
光学用ポリカーボネート(商品名:AD-5503、帝人社製パンライト、0℃から60℃の線膨張係数が74ppm/℃)
<C-2>
光学用シクロオレフィン樹脂(商品名:ZEONEX E48R、日本ゼオン社製、0℃から60℃の線膨張係数が63ppm/℃)
【0070】
熱可塑性樹脂C-1およびC-2の0℃から60℃の線膨張係数は、以下のように求めた。
【0071】
円柱の中央部に6mm四方の貫通孔が開いており、貫通孔の上下面から鏡面駒で封が可能なプレス型を用意した。このプレス型の貫通孔部分に得られた熱可塑性樹脂Cを充填しその上下を鏡面駒で封をした。熱プレス機(商品名:AH-10TD、アズワン社製)を用い上下方向から500kgの圧力を付与して160℃にてプレス成形を行い、直方状の成形体を作成した。
【0072】
この直方状の成形体について、80℃で10分放置して成形応力を除去した上で、熱分析装置(TMA)(商品名:Q400、TAインスツルメント社製)を用いて線膨張係数を測定した。線膨張係数の測定では、成形体のプレス方向およびプレス垂直方向のそれぞれについて0℃から60℃の区間を含む昇降温過程を5℃/分の速度で3サイクル行い、その平均値を求めた。
【0073】
(保護層の形成方法)
保護層を、湿式法により負熱膨張性金属酸化物粒子Aの表面に形成した。1.0gの負熱膨張性金属酸化物粒子Aを水とエタノールの1:9混合溶液1mlに加えてスターラーで10分間攪拌したのち、5分間超音波処理しスラリーを得た。
【0074】
このスラリーを攪拌しながら、20mgの保護層形成材料Bをマイクロシリンジで滴下して10分間攪拌を続けた。攪拌後静置して粒子を沈降させた上で上澄みを除去し、エタノール5mlで2回洗浄した。洗浄後に得られた固形物を120℃で1時間加熱して脱水縮合反応を進行させた。続いて120℃で真空乾燥し、常温に冷却した後にメノウ乳鉢で10分間粉砕を行い、表面に保護層形成材料Bの縮合物が設けられた粒子を得た。
【0075】
ここで得られた粒子を、熱重量分析(TGA)(商品名:Q500、TAインスツルメント社製)を用いて常温から500℃までの質量変化を測定し、灰分を算出した。保護層形成材料B-1からB-4を用いた場合その灰分は98%となり、2質量%相当の保護層形成材料B-1からB-4の縮合物が設けられていることが確認できた。一方、保護層形成材料B-5を用いた場合灰分は99.6%であり、0.4質量%相当の保護層形成材料B5の縮合物が設けられていることが確認できた。
【0076】
(樹脂組成物の製造および成形)
<実施例1>
熱可塑性樹脂として光学用ポリカーボネートC-1のペレットの破砕物0.135gを、テトラヒドロフラン2mlを溶媒として50℃で溶解させた。この溶液に0.368gのエポキシ官能基を有する保護層形成材料B-1で保護層を形成した負熱膨張性金属酸化物粒子A-2を加え、スターラーで10分間攪拌したのち、5分間超音波処理した。スターラーで攪拌しながら沸点まで昇温して溶媒を揮発させたのち、120℃で真空乾燥し、常温に冷却した後にメノウ乳鉢で10分間粉砕を行って樹脂組成物を得た。
【0077】
円柱の中央部に6mm四方の貫通孔が開いており、貫通孔の上下面から鏡面駒で封が可能なプレス型を用意した。このプレス型の貫通孔部分に得られた樹脂組成物を充填しその上下を鏡面駒で封をした。熱プレス機(商品名:AH-10TD、アズワン社製)を用い上下方向から500kgの圧力を付与して160℃にてプレス成形を行い、直方状の成形体を作成した。
【0078】
この直方状の成形体について、80℃で10分放置して成形応力を除去した上で、熱分析装置(TMA)(商品名:Q400、TAインスツルメント社製)を用いて線膨張係数を測定した。線膨張係数の測定では、成形体のプレス方向およびプレス垂直方向のそれぞれについて0℃から60℃の区間を含む昇降温過程を5℃/分の速度で3サイクル行い、その平均値を求めた。
【0079】
<実施例2>
実施例1の保護層形成材料BをB-1からB-2に変更した以外は実施例1と同じ条件で樹脂組成物と成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0080】
<実施例3>
実施例1の保護層形成材料BをB-1からB-3に変更した以外は実施例1と同じ条件で樹脂組成物と成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0081】
<実施例4>
実施例1の保護層形成材料BをB-1からB-4に変更した以外は実施例1と同じ条件で樹脂組成物と成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0082】
<実施例5>
実施例1の光学用ポリカーボネートC-1のペレットの破砕物の量を0.121gに変更し、負熱膨張性金属酸化物粒子A-2の量を0.505gに変更した以外は実施例1と同じ条件で樹脂組成物と成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0083】
<実施例6>
実施例1の熱可塑性樹脂Cを光学用ポリカーボネートC-1のペレットの破砕物からC-2の破砕物0.114gに変更し、溶媒をテトラヒドロフランからo-キシレンに変更した以外は実施例1と同じ条件で樹脂組成物と成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0084】
<実施例7>
実施例1の金属酸化物粒子をA-2からA-1に変更した以外は実施例1と同じ条件で樹脂組成物と成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0085】
<実施例8>
実施例1のプレス成形温度を190℃に変更した以外は同じ条件で成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0086】
<実施例9>
実施例1のプレス成形温度を250℃に変更した以外は同じ条件で成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0087】
<比較例1>
実施例1のエポキシ官能基を有する保護層形成材料B-1で保護層を形成した負熱膨張性金属酸化物粒子A-2を、0.344gの保護層が形成されていない負熱膨張性金属酸化物粒子A-2に変更した以外は同じ条件で樹脂組成物と成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0088】
<比較例2>
実施例6のエポキシ官能基を有する保護層形成材料B-1で保護層を形成した負熱膨張性金属酸化物粒子A-2を、0.339gの保護層が形成されていない負熱膨張性金属酸化物粒子A-2に変更した以外は同じ条件で樹脂組成物と成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0089】
<比較例3>
実施例9のエポキシ官能基を有する保護層形成材料B-1で保護層を形成した負熱膨張性金属酸化物粒子A-2を、0.344gのシランカップリング剤による保護層が形成されていない負熱膨張性金属酸化物粒子A-2に変更した以外は同じ条件で樹脂組成物と成形体を作成し、線膨張係数を測定した。
【0090】
(複合化前後での粒子性能変化)
実施例1から実施例9および比較例1から比較例3について、複合化前の熱可塑性樹脂と負熱膨張性金属酸化物粒子の線膨張係数、複合化後の樹脂組成物を成形した成形体の線膨張係数、粒子体積濃度に対して線形加成性が成り立つ場合を仮定して換算される複合化後の負熱膨張性金属酸化物粒子の線膨張係数を表1にまとめた。なお、表1中「粒子」は、「負熱膨張性金属酸化物粒子」を指す。
【0091】
なお、ここで線形加成性が成り立つ場合とは、例えば、組成物の線膨張係数がその構成物の線膨張係数と体積分率の積の総和と一致する場合を指す。組成物の構成物間の相互作用や弾性率差などの影響から、一般には組成物の線膨張係数とその構成物の線膨張係数と体積分率の積の総和にはずれが生じることが知られているが、本発明の樹脂成形体および樹脂成形体中の熱可塑性樹脂および負熱膨張性金属酸化物粒子の体積濃度の条件においては、おおむね近似の関係が成り立つ。
【0092】
【0093】
実施例1と比較例1の比較では、保護層が形成されている場合には複合化前後での粒子の線膨張係数の変化が少なく、線膨張係数の小さい成形体が得られていることが示される。
【0094】
実施例1から4は、負熱膨張性金属酸化物粒子の表面を保護する処理剤の種類を変えたものである。エポキシ官能基やアミノ官能基を有する保護層形成材料を用いた実施例1から4では、複合化前後での負熱膨張性金属酸化物粒子の線膨張係数の変化は少なかった。これはエポキシ官能基やアミノ官能基を有する保護層形成材料が、負熱膨張性金属酸化物粒子を変性させない中性条件でも効率的にカップリング反応が進行するため、より好ましく用いることができたことを示している。
【0095】
実施例5は、負熱膨張性金属酸化物粒子の樹脂組成物の全成分に占める体積分率を33体積%としたときの結果である。実施例5の成形体の線膨張係数は、複合化前の熱可塑性樹脂の1/10以下の低線膨張係数となった。
【0096】
また、実施例1、実施例6と比較例2の結果から、熱可塑性樹脂の種類によらず保護層が効果を発揮することが確認できた。
【0097】
実施例9と比較例3はプレス成形における加工温度が250℃と特に高温であり、いずれも負熱膨張性金属酸化物粒子の熱劣化が進行しているものの、保護層が形成されている実施例9のほうが複合化後の成形体の線膨張係数が小さい値に抑えられていることがわかる。
【0098】
以上より、本発明によって負熱膨張性金属酸化物粒子の熱可塑性樹脂との複合化時の機能低下が抑制され、より低熱膨張性を有する樹脂組成物が得られることが確認できる。
【0099】
なお、本発明は、以上説明した実施形態および実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で多くの変形が可能である。また、本発明の実施形態および実施例に記載された効果は、本発明から生じる最も好適な効果を列挙したに過ぎず、本発明による効果は、実施形態および実施例に記載されたものに限定されない。
【符号の説明】
【0100】
1 負熱膨張性を示す金属酸化物粒子(負熱膨張性金属酸化物粒子)
2 保護層
3 熱可塑性樹脂
10 反射光学素子
11 基材
12 反射膜
600 一眼レフデジタルカメラ
601 レンズ鏡筒
602 カメラ本体
603 レンズ
604 内筒
605 レンズ
606 絞り
607 主ミラー
608 サブミラー
609 シャッタ
610 撮像素子
611 プリズム
612 ファインダレンズ
613 AF(オートフォーカス)ユニット
620 筐体
621 筐体
640 主ミラーホルダ