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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-19
(45)【発行日】2023-09-27
(54)【発明の名称】レーザー表面処理方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/073 20060101AFI20230920BHJP
【FI】
B23K26/073
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019149294
(22)【出願日】2019-08-16
(65)【公開番号】P2021030243
(43)【公開日】2021-03-01
【審査請求日】2022-07-25
(73)【特許権者】
【識別番号】591114803
【氏名又は名称】公益財団法人レーザー技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000156938
【氏名又は名称】関西電力株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100187827
【弁理士】
【氏名又は名称】赤塚 雅則
(72)【発明者】
【氏名】藤田 雅之
(72)【発明者】
【氏名】小路 泰弘
(72)【発明者】
【氏名】大類 正洋
【審査官】松田 長親
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-309516(JP,A)
【文献】国際公開第2013/133415(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00-26/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続波であるレーザー光(L)のビーム径の大きさを調節するビーム径調節工程と、
表面処理を行う対象物(3)の表面で前記レーザー光(L)が所望のスポット径となるようにその焦点位置を調節する焦点距離調節工程と、
前記レーザー光(L)を前記対象物(3)の表面で走査させるレーザー走査工程と、
を有し、前記ビーム径調節工程と前記焦点距離調節工程で調節された前記対象物(3)の表面における前記レーザー光(L)のスポット径が0.5~3.0mmの範囲であって、前記レーザー走査工程において、前記対象物(3)に対する前記レーザー光(L)の走査が、前段走査と後段走査の多段に分けて行われ、前段走査の際の走査速度を後段走査の際の走査速度よりも小さくすることによって、前段走査におけるエネルギー密度を後段走査におけるエネルギー密度よりも大きくして塗装被膜を予め変質させるとともに、後段走査におけるレーザー光(L)の走査速度1m/秒以上として前記塗装被膜を除去するレーザー表面処理方法。
【請求項2】
前記対象物(3)の表面に照射される前記レーザー光(L)のエネルギー密度が、前段走査において5.0×10-8~1.0×10-5J/μmの範囲内であり、後段走査において5.0×10-8~1.0×10-6J/μmの範囲内である請求項に記載のレーザー表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、構造物の表面に形成された塗装や錆などの被膜を除去するためのレーザー表面処理装置及びレーザー表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁や管体などの構造物の表面に形成された塗装や錆などの被膜を除去するために、その構造物の表面にパルス波のレーザー光を照射する手法(レーザークリーニング、レーザーケレン)がこれまで広く採用されてきた。近年は、パルス波のレーザー光に加え、低コストの連続波のレーザー光を照射し、構造物の下地や母材に与える熱的損傷を抑制する手法が検討されている。
【0003】
例えば、特許文献1に係るレーザー照射装置は、レーザー光源として連続波を発振するファイバーレーザー(好適な出力範囲が200~500W)を採用している。このレーザー光は、レンズなどの光学系によって20~200μmの微小スポット径まで集光される。また、焦点での単位時間当たりのエネルギー密度は、1.25×10-4~5×10-4J/μmとされることから(特許文献1の段落0052、0062、図2Aなど参照)、このレーザー光のスポット径を考慮すると、レーザー光の走査速度は1m/秒以下の低速であると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開2013-133415号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に係る各装置においては、被膜の除去には高いエネルギー密度のレーザー光を連続照射する必要があるという技術思想に基づき、レーザー光を200μmの微小スポット径に集光するとともに、走査速度を1m/秒以下の低速とすることを基本としている。この場合、1時間当たりの処理面積は1m以下となって作業効率が非常に低いため、作業コストの増大を招く問題がある。しかも、高いエネルギー密度を確保するために、2000Wクラスの高出力レーザー装置が必要となることもあり、設備コストが嵩む問題もある。
【0006】
そこで、この発明は、レーザー光を用いた構造物の表面処理を低コストでかつ効率よく行うことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、この発明においては、連続波であるレーザー光を発振するレーザー光源と、前記レーザー光のビーム径の大きさを調節するビーム径調節部と、表面処理を行う対象物の表面で前記レーザー光が所望のスポット径となるようにその焦点位置を調節する焦点距離調節部と、前記レーザー光を前記対象物の表面で走査させるレーザー走査部と、を有し、前記ビーム径調節部と前記焦点距離調節部によって調節された前記対象物の表面における前記レーザー光のスポット径が0.5~3.0mmの範囲であって、前記レーザー走査部で走査した前記レーザー光の走査速度が1m/秒以上であるレーザー表面処理装置を構成した。
【0008】
このように、対象物の表面におけるレーザー光のスポット径を拡大しつつ走査速度を高めることにより、対象物の表面を高速で処理することができるため(例えば、1時間当たりの処理面積が1~20m)、その表面処理を低コストで、かつ効率よく行うことができる。
【0009】
前記構成においては、前記対象物の表面に照射される前記レーザー光のエネルギー密度が5.0×10-8~1.0×10-6J/μmの範囲内である構成とすることができる。
【0010】
このように、レーザー光のエネルギー密度を比較的低くしたことにより、大型で高価な高出力レーザー装置を採用する必要がない。このため、作業現場における装置の可搬性が高まり、作業をスムーズに進めることができる。また、表面処理コストを一層抑制することもできる。エネルギー密度が5.0×10-8J/μmよりも小さいと、対象物の表面をスムーズに処理することが難しくなり、エネルギー密度が1.0×10-6J/μmよりも大きいと、対象物の母材表面が黒化し、酸化被膜などが生成されたり、無駄な電力を消費したりするため、エネルギー密度を上記の範囲とするのが好ましい。
【0011】
前記各構成においては、前記レーザー走査部が、ポリゴンミラー又はガルバノミラーを備えている構成とすることができる。
【0012】
ポリゴンミラーの回転、又は、ガルバノミラーの往復動によって、対象物上でレーザー光を走査させると、その走査を高速かつ高精度に行うことができる。このため、作業時間を短縮できるとともに、レーザー光の走査位置の誤差による未処理部分の発生や処理ムラを防止することができる。
【0013】
また、この発明においては、連続波であるレーザー光のビーム径の大きさを調節するビーム径調節工程と、表面処理を行う対象物の表面で前記レーザー光が所望のスポット径となるようにその焦点位置を調節する焦点距離調節工程と、前記レーザー光を前記対象物の表面で走査させるレーザー走査工程と、を有し、前記ビーム径調節工程と前記焦点距離調節工程で調節された前記対象物の表面における前記レーザー光のスポット径が0.5~3.0mmの範囲であって、前記レーザー走査工程で走査した前記レーザー光の走査速度が1m/秒以上であるレーザー表面処理方法を構成した。
【0014】
このように、対象物の表面におけるレーザー光のスポット径を拡大しつつ走査速度を高めることにより、既述の通り、対象物の表面処理を低コストでかつ効率よく行うことができる。
【0015】
この構成においては、前記対象物の表面に照射される前記レーザー光のエネルギー密度が5.0×10-8~1.0×10-6J/μmの範囲内である構成とすることができる。
【0016】
このようにすると、既述の通り、レーザー光のエネルギー密度が比較的低いため、大型で高価な高出力レーザー装置を採用する必要がない。このため、作業現場における装置の可搬性が高まり、作業をスムーズに進めることができる。また、表面処理コストを一層抑制することもできる。
【0017】
また、この発明においては、連続波であるレーザー光のビーム径の大きさを調節するビーム径調節工程と、表面処理を行う対象物の表面で前記レーザー光が所望のスポット径となるようにその焦点位置を調節する焦点距離調節工程と、前記レーザー光を前記対象物の表面で走査させるレーザー走査工程と、を有し、前記ビーム径調節工程と前記焦点距離調節工程で調節された前記対象物の表面における前記レーザー光のスポット径が0.5~3.0mmの範囲であって、前記レーザー走査工程において、前記対象物に対する前記レーザー光の走査が、前段走査と後段走査の多段に分けて行われ、前段走査の際の走査速度を後段走査の際の走査速度よりも小さくすることによって、前段走査におけるエネルギー密度を後段走査におけるエネルギー密度よりも大きくするとともに、後段走査におけるレーザー光の走査速度が1m/秒以上であるレーザー表面処理方法を構成した。
【0018】
例えば、白色系の塗料を剥離する場合において、まず、前段走査で対象物の表面に相対的に高いエネルギー密度のレーザー光を照射することによって、その塗料を変質(例えば黒化)して剥離を行いやすい表面状態とする。次に、後段走査で、変質した塗料の表面に相対的に低いエネルギー密度のレーザー光を照射することによって、その変質した塗料を除去する。
【0019】
このように、レーザー走査工程を多段に分けて行うことにより、対象物の表面に形成された被膜の状態によらず、その処理作業をスムーズに行うことができる。このレーザー走査工程の段数は前段走査と後段走査の2段に限定されず、例えば前段走査と後段走査の間に中段走査を挟んで、3段以上の段数とすることもできる。
【0020】
レーザー光の走査を多段で行う構成においては、前記対象物の表面に照射される前記レーザー光のエネルギー密度が、前段走査において5.0×10-8~1.0×10-5J/μmの範囲内であり、後段走査において5.0×10-8~1.0×10-6J/μmの範囲内である構成とすることができる。
【0021】
このようにすると、高エネルギー密度の前段走査において対象物の表面を確実に変質させつつ、低エネルギー密度の後段走査において変質した表面を確実に除去することができる。
【発明の効果】
【0022】
この発明では、連続波であるレーザー光を発振するレーザー光源と、前記レーザー光のビーム径の大きさを調節するビーム径調節部と、表面処理を行う対象物の表面で前記レーザー光が所望のスポット径となるようにその焦点位置を調節する焦点距離調節部と、前記レーザー光を前記対象物の表面で走査させるレーザー走査部と、を有し、前記ビーム径調節部と前記焦点距離調節部によって調節された前記対象物の表面における前記レーザー光のスポット径が0.5~3.0mmの範囲であって、前記レーザー走査部で走査した前記レーザー光の走査速度が1m/秒以上であるレーザー表面処理装置を構成した。
【0023】
このように、対象物の表面におけるレーザー光のスポット径を拡大しつつ走査速度を高めることにより、対象物の表面を高速で処理することができるため(例えば、1時間当たりの処理面積が1~20m)、その表面処理を低コストで、かつ効率よく行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】この発明に係るレーザー表面処理装置の構成を示す概略図
図2】レーザー走査部の第一例(ポリゴンスキャナ)を示す概略図
図3】レーザー走査部の第一例におけるレーザー光の反射状態を示す概略図であって、(a)最小傾斜面で反射された状態、(b)最大傾斜面で反射された状態
図4】レーザー走査部の第二例(ガルバノスキャナ)を示す概略図
図5図1に示すレーザー表面処理装置におけるレーザー光のエネルギー密度とスポット径の範囲を示す図
図6図1に示すレーザー表面処理装置で管体表面を処理した状態を示す図(第一例)
図7図1に示すレーザー表面処理装置で管体表面を処理した状態を示す図(第二例)
図8図1に示すレーザー表面処理装置で管体表面を処理した状態を示す図(第三例)
【発明を実施するための形態】
【0025】
この発明に係るレーザー表面処理装置の構成を図面に基づいて説明する。このレーザー表面処理装置は、図1に示すように、連続波であるレーザー光Lを発振するレーザー光源1と、レーザー光Lのビーム径の大きさを調節するビーム径調節部2と、表面処理を行う対象物3の表面でレーザー光Lが所望のスポット径となるようにその焦点位置を調節する焦点距離調節部4と、レーザー光Lを対象物3の表面で走査させるレーザー走査部5を有している。
【0026】
レーザー光源1は、中心コアにイッテルビウムYbが添加されたファイバーレーザー(波長1095nm、出力200W)(以下、レーザー光源1と同じ符号を付する。)である。ファイバーレーザー1は、光ファイバーからレーザー光Lが直接出射されるため、ビーム品質が高く集光性に優れている。また、多くのレンズ系を必要としないため、可搬性にも優れている。このファイバーレーザー1として、エルビウムEr、又は、ネオジムNdを添加したものを採用することもできる。なお、ファイバーレーザーの代わりに、YAGレーザーやCOレーザーなどを採用できる可能性もある。
【0027】
このレーザー光源1の出力は、50~1000Wの範囲内とするのが好ましく、100~500Wの範囲内とするのがさらに好ましい。また、レーザー光Lの波長は、1060~1100nmの範囲内とするのが好ましい。
【0028】
ビーム径調節部2は、複数のレンズによって構成されるビームエキスパンダ(以下、ビーム径調節部2と同じ符号を付する。)である。ビームエキスパンダ2は、ファイバーレーザー1から出射したレーザー光Lを、平行ビーム状態を保ったままそのビーム径を拡大する機能を有している。このビームエキスパンダ2によって、対象物3に照射されるレーザー光Lのスポット径が0.5~3.0mmの範囲の所望の大きさとなるように、所定のビーム径に拡大される。
【0029】
焦点距離調節部4は、レンズ(以下、焦点距離調節部4と同じ符号を付する。)である。ビームエキスパンダ2によってビーム径を拡大するとともに、レンズ4をレーザー光Lの光軸方向に沿って移動して、3次元立体形状を有する対象物3の表面でレーザー光Lが常に所望のスポット径となるようにすることで、スムーズに表面処理を行うことができる。
【0030】
レーザー走査部5は、図2に示すポリゴンミラー6を備えたポリゴンスキャナ5aである。ポリゴンミラー6は、回転軸7の周りに高速回転する回転多面鏡である。この実施形態では、回転軸7の周りに回転する8面のミラーが形成されたポリゴンミラー6を採用している。この8面のミラーのうち、一のミラーに入射したレーザー光Lは、その一のミラーによって反射され、回転軸7周りの回転に伴って対象物3上で線状の照射領域(図2中に白抜き矢印で示した領域)を形成する。対象物3上におけるレーザー光Lの走査速度が1m/秒以上となるように、ポリゴンミラー6の回転速度が制御される。
【0031】
この実施形態においては、8面のミラーの傾斜角度がそれぞれ異なるポリゴンミラー6を採用している。図3(a)に示すように、傾斜角が最も小さい最小傾斜面6aに入射したレーザー光Lは、回転軸7周りの回転に伴って対象物3上に示すA1の領域を照射する。これに対し、図3(b)に示すように、傾斜角が最も大きい最大傾斜面6bに入射したレーザー光Lは、回転軸7周りの回転に伴って対象物3上に示すA2の領域を照射する。
【0032】
このように、ポリゴンミラー6を構成する各ミラーによってレーザー光Lが順次反射されることによって、対象物3上の所定の領域(例えば、図1中に示す矩形領域A)の表面処理を行うことができる。しかも、ポリゴンミラー6を回転軸7周りに高速回転させて、対象物3上での走査速度を1m/秒以上とすることにより、その表面処理を迅速に行うことができる。所定の領域の表面処理が終わったら、レーザー表面処理装置又は対象物3のいずれか又は両方を、手動で又は移動装置によって自動で移動させて、対象物3の他の領域の表面処理を引き続いて行う。
【0033】
ポリゴンミラー6のミラーの面数や、それぞれのミラーの角度は特に限定されず、ポリゴンミラー6の回転速度、対象物3の表面におけるレーザー光Lのスポット径、処理領域の面積などに対応して適宜変更することができる。
【0034】
レーザー走査部5として、ポリゴンスキャナ5aの代わりに、図4に示すガルバノスキャナ5bを採用することもできる。ガルバノスキャナ5bは、対象物3上でレーザー光Lを特定の一方向に走査するXスキャンミラー8a(ガルバノミラー)と、レーザー光Lを前記特定の一方向と直交する方向に走査するYスキャンミラー8b(ガルバノミラー)を有している。Xスキャンミラー8aにはX軸モータ9aが、Yスキャンミラー8bにはY軸モータ9bがそれぞれ併設されており、各ミラー8a、8bは各モータ9a、9bによって往復動する。
【0035】
上記において説明したポリゴンスキャナ5a、ガルバノスキャナ5bは、レーザー走査部5の一例であって、ウェッジプリズムなどの他の光学部品を採用することもできる。
【0036】
このレーザー表面処理装置においては、対象物3の表面におけるスポット径が0.5~3.0mmとなるようにファイバーレーザー1から出射されるビーム径を拡大したので、図5に示すように、対象物3の表面におけるレーザー光Lのエネルギー密度は、5.0×10-8~1.0×10-6J/μmの範囲内となる。このエネルギー密度は、連続波を発振するファイバーレーザーを用いた従来例(エネルギー密度が1.25×10-4~5.0×10-4J/μm)と比較して数桁低いエネルギー密度であり、大型で高価な高出力レーザー装置を採用する必要がない。このため、作業現場における装置の可搬性が高まる。また、レーザー光Lの走査速度を1m/秒以上の高速としたので、作業性が大幅に高まり、表面処理コストを抑制することができる。
【0037】
例えば、対象物3の表面で1mmのスポット径に集光したレーザー装置(出力200W)からのレーザー光Lを走査速度5m/秒で走査したとき、対象物3の表面におけるエネルギー密度は4.0×10-7J/μmとなり、1時間当たりで18mの広範囲を表面処理することができる。
【0038】
この表面処理装置を用い、表面に塗装被膜が形成された鋼管の表面処理を実施した。この表面処理に係るレーザー表面処理方法は、連続波であるレーザー光Lのビーム径の大きさを調節するビーム径調節工程と、表面処理を行う対象物3の表面でレーザー光Lが所望のスポット径となるようにその焦点位置を調節する焦点距離調節工程と、レーザー光Lを対象物3の表面で走査させるレーザー走査工程とを有する。
【0039】
ビーム径調節工程と焦点距離調節工程で調節された対象物3の表面におけるレーザー光Lのスポット径は0.5~3.0mmの範囲である。レーザー走査工程における、対象物3に対するレーザー光Lの走査は、前段走査と後段走査の多段に分けて行われ、前段走査の際の走査速度を後段走査の際の走査速度よりも小さくすることによって、前段走査におけるエネルギー密度を後段走査におけるエネルギー密度よりも大きくしている。また、後段走査におけるレーザー光Lの走査速度は1m/秒以上である。
【0040】
図6に表面に白色の塗装被膜が形成された鋼管を示す。白色の塗装被膜は、レーザー光Lによる表面処理が難しいことが多い。例えば、この鋼管の表面に、ファイバーレーザー1(出力242W)のレーザー光Lを1mmのスポット径に集光し、走査速度2.3m/秒(エネルギー密度1.1×10-7J/μm)で走査しても、図6中の(a)に示すように、塗装被膜に変化は見られなかった。さらに、走査速度を1.1m/秒(エネルギー密度2.1×10-7J/μm)と低速化してエネルギー密度を高めて走査しても、図6中の(b)に示すように、塗装被膜に多少の変色が確認されたものの大きな変化は見られなかった。
【0041】
この鋼管に対して、前段走査として、走査速度0.45m/秒(エネルギー密度5.4×10-7J/μm)で走査した後に、後段走査として、走査速度2.3m/秒(エネルギー密度1.1×10-7J/μm)で走査する多段走査を実施した。この前段走査を行うことにより、図6中の(c)に示すように、塗装被膜が黒化した。さらに後段走査を行うことにより、図6中の(d)に示すように、黒化した塗装被膜が完全に剥離して、金属光沢を有する鋼管の下地が露出した。
【0042】
このように、前段走査によって塗装被膜を予め変質(例えば、塗装被膜に含まれる有機物を黒化)させることにより、単独の照射では塗装被膜に何ら変化を与えることができなかった低エネルギー密度の後段走査によって、その塗装被膜を完全に除去することができた。
【0043】
レーザー走査工程における多段走査は、図7に示すように、表面に白色の塗装被膜と灰褐色の表面被膜の多層の被膜が形成された鋼管に対しても有効である。この鋼管の表面に、ファイバーレーザー1(出力242W)のレーザー光Lを1mmのスポット径に集光し、走査速度2.3m/秒(エネルギー密度1.1×10-7J/μm)で走査しても、図7中の(a)に示すように、最表面の灰褐色の表面被膜はある程度除去できるものの、その下層の白色の塗装被膜には何ら変化を与えることはできなかった。さらに、走査速度を1.1m/秒(エネルギー密度2.1×10-7J/μm)と低速化してエネルギー密度を高めて走査しても、図7中の(b)に示すように、白色の塗装被膜を十分除去することはできなかった。
【0044】
これに対し、上記と同様に、前段走査として、走査速度0.45m/秒で走査(エネルギー密度5.4×10-7J/μm)することにより、図7中の(c)に示すように塗装被膜を黒化させ、さらに後段走査として走査速度2.3m/秒で走査(エネルギー密度1.1×10-7J/μm)することにより、図7中の(d)に示すように、黒化した塗装被膜を完全に剥離して、金属光沢を有する鋼管の下地を露出させることができた。
【0045】
前段走査におけるレーザー光Lのエネルギー密度は、5.0×10-8~1.0×10-5J/μmの範囲内で適宜決定することができるが、5.0×10-8~5.0×10-6J/μmの範囲内とするのが好ましく、5.0×10-8~1.0×10-6J/μmの範囲内とするのがさらに好ましい。後段走査におけるレーザー光Lのエネルギー密度は、5.0×10-8~1.0×10-6J/μmの範囲内で適宜決定することができるが、5.0×10-8~5.0×10-7J/μmの範囲内とするのが好ましい。
【0046】
なお、上記においては、多段走査を前段走査と後段走査の2段としたが、前段走査と後段走査の間に中段走査を挟んで、3段以上の多段走査とすることもできる。
【0047】
この表面処理装置を用い、表面に塗装被膜が形成されていない鋼管の表面処理を実施した。この表面処理に係るレーザー表面処理方法は、上記と同様に、連続波であるレーザー光Lのビーム径の大きさを調節するビーム径調節工程と、表面処理を行う対象物3の表面でレーザー光Lが所望のスポット径となるようにその焦点位置を調節する焦点距離調節工程と、レーザー光Lを対象物3の表面で走査させるレーザー走査工程とを有する。
【0048】
ビーム径調節工程と焦点距離調節工程で調節された対象物3の表面におけるレーザー光Lのスポット径は0.5~3.0mmの範囲であって、レーザー走査工程で走査したレーザー光Lの走査速度は1m/秒以上である。
【0049】
図8に示す鋼管の表面には、メッキ層や錆(酸化被膜)などの層が形成されている。図8中の(a)に示すように、ファイバーレーザー1(出力242W)のレーザー光Lを1mmのスポット径に集光し、走査速度2.3m/秒(エネルギー密度1.1×10-7J/μm)で走査したとき、及び、図8中の(b)に示すように、走査速度1.1m/秒(エネルギー密度2.1×10-7J/μm)で走査したときのように、レーザー光Lのエネルギー密度が比較的低い場合でも、良好な剥離状態を得ることができた。
【0050】
なお、比較的低速の走査速度0.45m/秒(エネルギー密度5.4×10-7J/μm)で走査すると、図8中の(c)に示すように、鋼管の表面が黒化することがある。この黒化物は、過剰な強度のレーザー光の照射によって、鋼管の母材金属の表面に形成されたと考えられる。一旦形成された黒色の鋼管表面は、白色の塗装被膜が黒化したものと異なり、さらに高速の走査速度2.3m/秒(エネルギー密度1.1×10-7J/μm)で走査しても、図8中の(d)に示すように黒化がさらに進むだけで剥離することはできない。このため、レーザー光Lのエネルギー密度が過剰とならないように、レーザー光Lの走査速度を調節するのが好ましい。
【0051】
レーザー光Lのエネルギー密度は、5.0×10-8~1.0×10-6J/μmの範囲内で適宜決定することができるが、5.0×10-8~5.0×10-7J/μmの範囲内とするのが好ましい。
【0052】
上記の実施形態は、いずれの点においても例示に過ぎず、レーザー光Lを用いた構造物の表面処理を低コストでかつ効率よく行う、というこの発明の課題を解決し得る限りにおいて、上記で説明した構成要素に、適宜変更を加えることができる。
【0053】
また、本願発明に係るレーザー表面処理装置及びレーザー表面処理方法は、対象物の表面に形成された塗装被膜、メッキ層、錆などに加えて、対象物の表面に付着した油分、塩分、固形物(例えば、船底に付着した貝など)の除去に適用することもできる。
【符号の説明】
【0054】
1 レーザー光源(ファイバーレーザー)
2 ビーム径調節部(ビームエキスパンダ)
3 対象物
4 焦点距離調節部(レンズ)
5 レーザー走査部
5a ポリゴンスキャナ
5b ガルバノスキャナ
6 ポリゴンミラー
6a 最小傾斜面
6b 最大傾斜面
7 回転軸
8a Xスキャンミラー(ガルバノミラー)
8b Yスキャンミラー(ガルバノミラー)
9a X軸モータ
9b Y軸モータ
L レーザー光
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8