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7351510トマトパウダー、トマトパウダーの製造方法、及びトマトパウダー抽出物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-19
(45)【発行日】2023-09-27
(54)【発明の名称】トマトパウダー、トマトパウダーの製造方法、及びトマトパウダー抽出物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 19/00 20160101AFI20230920BHJP
   C07C 11/21 20060101ALI20230920BHJP
   C07C 5/22 20060101ALI20230920BHJP
   A23B 7/02 20060101ALI20230920BHJP
【FI】
A23L19/00 Z
C07C11/21
C07C5/22
A23B7/02
A23L19/00 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019168072
(22)【出願日】2019-09-17
(65)【公開番号】P2021045050
(43)【公開日】2021-03-25
【審査請求日】2022-07-20
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年7月25日、日本食品工学会 第20回(2019年度)年次大会 講演要旨集に要約として、カロテノイドのシス異性化に関する研究について公開した。令和1年8月7日、8月8日日本食品工学会第20回(2019年度)年次大会にて、カロテノイドのシス異性化に関する研究について公開した。
(73)【特許権者】
【識別番号】599002043
【氏名又は名称】学校法人 名城大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000497
【氏名又は名称】弁理士法人グランダム特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】本田 真己
【審査官】河島 拓未
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-147742(JP,A)
【文献】特表2014-527080(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108338343(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第105942327(CN,A)
【文献】韓国公開特許第10-2012-0044554(KR,A)
【文献】C. Y. Wang and B. H. Chen,Tomato pulp as source for the production of lycopene powder containing high proportion of cis-isomers,European Food Research and Technology,2005年09月28日,222,347-353
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
C07C
A23B
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
Mintel GNPD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リコピン全体を100質量%とした場合にシス型リコピンが38.46質量%以上であり、
植物油としてトマトの果実由来の植物油のみを含有し、かつ、
イソチオシアネート含有材料を含有しない、シス型リコピンが富化されたトマトパウダー。
【請求項2】
有機化合物としてトマトの果実由来の有機化合物のみを含有する、請求項1に記載のシス型リコピンが富化されたトマトパウダー。
【請求項3】
トマトの果実を粉末化したトマトパウダーを、リコピンを溶解する媒体を添加しない粉体の状態において、オールトランス型リコピンの融点以上で加熱する工程を含むシス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法。
【請求項4】
前記加熱する工程は、過熱水蒸気加熱によって行われる、請求項3に記載のシス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法。
【請求項5】
前記加熱する工程は、加熱時間が20分以下である、請求項3又は請求項4に記載のシス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法。
【請求項6】
請求項3から請求項5のいずれか1項に記載の方法により得られたシス型リコピンが富化されたトマトパウダーを、エタノールで抽出する工程を含む、トマトパウダー抽出物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シス型リコピンが富化されたトマトパウダー、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法、及びトマトパウダー抽出物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リコピンは、強力な抗酸化作用を有し、健康食品や化粧品、食用色素など幅広い用途で利用されている。リコピンは分子内に多くの共役二重結合を有し、天然では二重結合が全てトランス体のオールトランス型リコピンとして多く存在する。一方で、動物体内においては二重結合の一部がシス異性化したシス型リコピンが豊富に存在しており、オールトランス型リコピンよりシス型リコピンの方が、体内吸収性および機能性(抗酸化作用、抗癌作用など)が優れていることが報告されている。また、シス型リコピンは、オールトランス型リコピンより溶解度が高く、また低結晶性であり、加工性に優れている。
【0003】
特許文献1には、リコピン富含トマト含油樹脂を溶媒中で長時間加熱して、リコピンを異性化する方法が開示されている。この方法によれば、高い安定性、生物学的利用可能性および生物学的効果を示す、リコピンのシス型異性体の組成物を提供することができると記載されている。異性化工程に用いることができる溶媒は、炭化水素、塩素化炭化水素、エステル、ケトン、アルコール;具体的にはC3-C10脂肪族炭化水素、C1-C3塩素化溶媒、C3-C6エステル、C3-C8ケトンおよびC1-C8アルコール;より具体的にはヘキサン、四塩化炭素、酢酸エチル、アセトンおよびブタノールが例示されている。
【0004】
特許文献2には、5-シス-リコピン含有組成物の製造方法が開示されている。具体的な方法として、トマトペーストより公知の手法にて精製したリコピン結晶に胡麻油を混合した混合物を加熱処理する方法と、トマトから調製されたオレオレジンに胡麻油を混合した混合物を加熱処理する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2010-500302号公報
【文献】特開2017-1959号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に開示される技術のように、有機溶媒を使用することは、近年の消費者の自然志向も相まって、環境面や製品の安全性(残留溶媒)の面で好ましくない。また、特許文献2に開示される技術のように、植物油を使用する場合、最終製品のリコピン濃度が低下することが懸念される。さらに、安全性に配慮したうえで、天然物から十分な濃度のリコピンを抽出するための技術が求められている。
【0007】
本発明は、上記の実情に鑑みてなされたものであって、有機溶媒などの化学薬品を使用せずに、リコピンを効率的にシス異性化することにより、シス型リコピンが富化されたトマトパウダー、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法を提供することを目的とする。さらに、より安全で、十分な濃度のリコピンを抽出できるトマトパウダー抽出物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のシス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、リコピン全体を100質量%とした場合にシス型リコピンが20質量%以上である。
【0009】
このシス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、有機溶媒などの化学薬品を使用せずに処理し、トマトパウダーにおけるリコピンを効率的にシス異性化することにより得られる。そして、例えば、飲食品用、飼料用、リコピン抽出原料用等として汎用性が高いトマトパウダーの状態で、シス型リコピンの含有率が高い製品を提供することができる。
【0010】
本発明のシス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法は、トマトの果実を粉末化したトマトパウダーを、リコピンを溶解する媒体を添加しない粉体の状態において、オールトランス型リコピンの融点以上で加熱する工程を含む。
【0011】
このトマトパウダーの製造方法によれば、有機溶媒などの化学薬品を使用せずに、トマトパウダーにおけるリコピンを効率的にシス異性化することができ、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーを得ることができる。そして、例えば、飲食品用、飼料用、リコピン抽出原料用等として汎用性が高いトマトパウダーの状態で、シス型リコピンの含有率が高い製品を提供することができる。
【0012】
また、本発明のトマトパウダー抽出物の製造方法は、上記の方法により得られたシス型リコピンが富化されたトマトパウダーを、エタノールで抽出する工程を含んでいる。天然に多く存在するリコピンは、エタノールに難溶性であるオールトランス型リコピンを多く含み、リコピンをエタノールで抽出することが困難であった。一方、上記構成によれば、オールトランス型リコピンよりもエタノールへの溶解度が高いシス型リコピンが富化されたトマトパウダーをエタノールで抽出することによって、人体への安全性の高い溶媒で、より多くのリコピンを含むトマトパウダー抽出物を得ることができる。
【0013】
したがって、本発明の一態様によれば、有機溶媒などの化学薬品を使用せずに、リコピンを効率的にシス異性化することにより、シス型リコピンが富化されたトマトパウダー、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法を提供することができる。また、本発明の他の態様によれば、より安全で、十分な濃度のリコピンを抽出できるトマトパウダー抽出物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】(a)は、オールトランス型リコピンの構造を表す図である。(b)は、シス型リコピンの代表的な異性体である13-シス-リコピンの構造を表す図である。(c)は、シス型リコピンの代表的な異性体である9-シス-リコピンの構造を表す図である。(d)は、シス型リコピンの代表的な異性体である5-シス-リコピンの構造を表す図である。
図2】(a)は、サンプル1に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。(b)は、サンプル10に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。(c)は、サンプル26に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。(d)は、サンプル7に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。(e)は、サンプル32に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。
図3】(a)は、加熱温度とシス型リコピン含有率の関係を表すグラフである。(b)は、加熱温度とリコピン残存率の関係を表すグラフである。
図4】(a)は、加熱時間とシス型リコピン含有率の関係を表すグラフである。(b)は、加熱時間とリコピン残存率の関係を表すグラフである。
図5】温風加熱と過熱水蒸気加熱におけるリコピン分解に関するアレニウスプロットを表すグラフである。
図6】(a)は、加熱温度とリコピン回収率の関係を表すグラフである。(b)は、加熱温度とトマトパウダー抽出物におけるシス型リコピン含有率の関係を表すグラフである。
図7】(a)は、サンプル30に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。(b)は、サンプル30をエタノールで抽出して得られたトマトパウダー抽出物に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。(c)は、サンプル30をエタノールで抽出して得られた残渣に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明における好ましい実施の形態を説明する。
上記シス型リコピンが富化されたトマトパウダーにおいて、有機化合物としてトマトの果実由来の有機化合物のみを含有してもよい。この構成によれば、外部から添加された有機溶媒や植物油を含まないトマトパウダーを得ることができ、例えば、飲食品用、飼料用として特に好ましい。
【0016】
上記トマトパウダーの製造方法において、前記加熱する工程は、過熱水蒸気加熱によって行われてもよい。この構成によれば、リコピン残存率の低下を抑制するすることができる。
【0017】
上記トマトパウダーの製造方法において、前記加熱する工程は、加熱時間が20分以下であってもよい。この構成によれば、リコピン残存率の低下を抑制するすることができる。
【0018】
以下、本発明を具体化した実施形態について説明する。なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0019】
1.シス型リコピンが富化されたトマトパウダー
シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、トマトの果実由来の粉体であり、シス型リコピンを所定量以上含むトマトパウダーである。このシス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、トマトの果実を粉末化してなる未処理のトマトパウダー(以下「原料となるトマトパウダー」とも称する)に、後述する加熱工程を施すことで製造することができる。
【0020】
「トマト」は特定の品種に限定されることなく、任意の品種を利用することができる。「トマトの果実」は完熟であっても、未完熟であってもよい。トマトの果実は、トマトの果実自体、カットトマト、粉砕物、ジュース、ペースト、ピューレ、及びこれらから分離された分離物より選択される任意の形態のものを適宜使用することができる。「トマトパウダー」は、トマトの果実を乾燥して、粉末化したものである。乾燥及び粉末化の手段は、例えば、噴霧乾燥、ドラムドライヤー、凍結乾燥、減圧加熱乾燥、常圧加熱乾燥等を用いて行うことができる。乾燥及び粉末化に際しては、必要に応じて、破砕機や粉砕機を適宜組み合わせて用いることができる。乾燥及び粉末化する手段において、加熱処理をする場合には、リコピンの酸化分解を抑制するという観点において、オールトランス型リコピンの融点以下の温度で加熱することが好ましい。
【0021】
リコピン(lycopene)は、化学式C4056(分子量536.87)で表されるカロテノイドである。図1に示すように、リコピンは11個の共役二重結合を有するため、様々なシス異性体が存在する。本願においては、リコピンの11個の共役二重結合のうち1個でもシス型を含む異性体をシス型リコピンと称し、すべてがトランス型である異性体をオールトランス型リコピンと称する。単に「リコピン」という場合には、シス型リコピンとオールトランス型リコピンの双方を含むものとする。
なお、本願において、リコピン含有量及びシス型リコピン含有率は、逆相カラムや順相カラムを用いたHPLC(高速液体クロマトグラフィー)法により測定できる。定量は、クロマトグラム中における各リコピン異性体ピークのピーク面積に基づいてなされる。例えば、リコピン全体を100質量%とした場合におけるシス型リコピン含有率(質量%)は、次の式により求めることができる。
【数1】
【0022】
シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、リコピン全体を100質量%とした場合にシス型リコピンが20質量%以上である。以下の説明では、リコピン全体を100質量%とした場合のシス型リコピン含有率を、単にシス型リコピン含有率ともいう。なお、原料となるトマトパウダーは、リコピン全体を100質量%とした場合にシス型リコピンが、通常10質量%以下である。原料となるトマトパウダーに含まれるシス型リコピンは少量であるから、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーにおけるシス型リコピン含有率は、リコピンのシス異性化率を表す指標となり得る。
【0023】
シス型リコピンが富化されたトマトパウダーのシス型リコピン含有率(質量%)は、十分な量のシス型リコピンを得るという観点から、50質量%以上であることがより好ましく、65%質量以上であることがさらに好ましい。シス型リコピンが富化されたトマトパウダーのシス型リコピン含有率は、通常90質量%以下であり、後述するリコピン残存率の低下を抑制するという観点から、80質量%以下としてもよく、70質量%以下としてもよい。
【0024】
シス型リコピンが富化されたトマトパウダー100g当たりのリコピン含有量(mg/100g)は、十分な量のシス型リコピンを得るという観点から、50mg/100g以上であることが好ましく、100mg/100g以上であることがより好ましく、300mg/100g以上であることがさらに好ましい。シス型リコピンが富化されたトマトパウダー100g当たりのリコピン含有量(mg/100g)は、通常600mg/100g以下である。
【0025】
原料となるトマトパウダー100g当たりのリコピン含有量(mg/100g)は、50~600mg/100gであってもよい。原料となるトマトパウダー100g当たりのリコピン含有量は、市場に広く流通するトマトパウダーを原料とするという観点から、50~300mg/100gとすることができる。また、原料となるトマトパウダー100g当たりのリコピン含有量は、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーにおいて十分な量のシス型リコピンを得るという観点から、リコピン含有量が300~600mg/100gとすることができる。このようなリコピン含有量が高いトマトパウダーは、いわゆる高リコピン品種と称されるトマトから得ることができる。
【0026】
続いて、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーのリコピン残存率(%)について説明する。リコピン残存率(%)は、次の式により求めることができる。
【数2】
【0027】
シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、リコピン残存率(%)が65%以上であることが好ましく、80%以上であることが好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。このリコピン残存率(%)は100%以下である。リコピン残存率(%)が上記の下限値以上であれば、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーのリコピン含有量、さらに、リコピン中のシス型リコピン含有率を確保するという観点において好ましい。
【0028】
シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、有機化合物としてトマトの果実由来の有機化合物のみを含有していてもよい。日本食品標準成分表2015年版(七訂)によれば、トマトの果実は、可食部100g当たり、一般成分として水分94.0g、たんぱく質0.7g、脂質0.1g、炭水化物4.7g、灰分0.5gを含んでいる。また、トマトの果実は、可食部100g当たり有機酸0.4gを含んでいる。原料となるトマトパウダー100g当たりの脂質の含有量(mg/100g)は、800~2000mg/100gである。この脂質は、大部分が脂肪酸とグリセリンがエステル結合した植物油として存在する。なお、「有機化合物としてトマトの果実由来の有機化合物のみを含有する」とは、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーにおいて不可避的に混入する不純物の存在を許容し得る。この不可避不純物は、トマトパウダーにおいて、原料中に存在したり、製造工程において不可避的に混入したりするもので、本来は不要なものであるが、微量であり、トマトパウダーの特性に影響を及ぼさないため、許容されている不純物ということができる。この不可避不純物は、トマトパウダーを有機溶媒で処理した場合に残留する溶媒よりも少ない量であり、例えば、シス型リコピンが富化されたトマトパウダー100g当たりの含有量(mg/100g)が、0.01mg/100g以下である。
【0029】
シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、加熱処理によってやや色味が濃くなり、香ばしい香りが付与される他は、原料となるトマトパウダーと同様の性状とすることができる。トマトパウダーの性状としては、色味、風味、食感を例示できる。食感は、トマトパウダーの平均粒子径、粒度分布、粒子形状等の影響により変化し得る。シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、外部から添加された植物油を含んでおらず、そのような植物油がトマトパウダーの風味等に影響を与えることがない。言い換えれば、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、原料となるトマトパウダーの性状を適宜選定し、後述する加熱工程における加熱手段、加熱温度、加熱時間を適宜設定することにより、所望の性状とすることができ、飲食品としての利便性に優れる。
【0030】
シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、飲食品用のトマトパウダーとして用いることができる。本発明のシス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、残留溶媒等の有機溶媒を含んでおらず、近年の健康志向の高まりも相まって飲食品用としての商品価値が高い。また、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、粉体であるから、食品や飲料に手軽に加工できる。シス型リコピンが富化されたトマトパウダーを用いた飲食品としては、トマトパウダーを水に懸濁したトマトジュースや、トマト風味のスープ、トマトパウダーを添加して色味付けや風味付けがなされた食品等を例示できる。また、トマトパウダー自体を食品やサプリメントとして、経口摂取してもよい。
【0031】
また、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、家畜類又は家禽類の飼料への配合剤として用いることができる。このような飼料は、摂取した家畜類又は家禽類の健康促進に寄与するとともに、家畜類又は家禽類から得られる食肉や、家禽類が生産する卵を摂取したヒトの健康促進に寄与し得る。さらに、家禽類の飼料として用いる場合には、生産される家禽卵の卵黄に蓄積されるリコピン濃度を高くすることができ、特に好ましい。具体的には、卵黄に蓄積されるリコピン濃度を、対照家禽卵(トマトパウダーを含まない飼料を給与した他は同様にして生産された家禽卵)に比して3倍以上とすることができる。また、この家禽卵は、対照家禽卵に比して、DSMニュートリションジャパン株式会社製のヨークカラーファンを用いて決定される卵黄の色番号を高くすることができる。このため、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーを卵黄の色揚げ剤として飼料に用いることにより、家禽卵の商品価値を高めることができる。
【0032】
シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、リコピン抽出原料としても有用であり、例えば、飲食品(サプリメントを含む)用や、化粧料用のリコピン抽出原料として用いることができる。このリコピンの抽出には、人体への安全性の高い溶媒であるエタノールを用いることができる。つまり、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、エタノール抽出によるリコピン抽出原料として用いることができる。
【0033】
続いて、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーを、エタノールで抽出して得られたトマトパウダー抽出物のリコピン回収率(%)について説明する。リコピン回収率(%)は、次の式により求めることができる。なお、原料となるトマトパウダーのリコピン含有量は、リコピン残存率(%)を説明する際に例示した含有量のものを好適に用いることができる。
【数3】
【0034】
シス型リコピンが富化されたトマトパウダーは、エタノール抽出によるリコピン回収率(%)が、35%以上であることが好ましく、55%以上であることがより好ましい。このエタノール抽出によるリコピン回収率(%)は、通常90%以下である。エタノール抽出によるリコピン回収率(%)が上記の下限値以上であれば、安全性の高い溶媒で、より多くのリコピンを回収するという観点において好ましい。このような高いリコピン回収率が達成される理由は、シス型リコピンがオールトランス型リコピンよりエタノールへの溶解度が高いことに起因して、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーではエタノールによるリコピンの抽出効率が向上したためであると推測される。
【0035】
また、エタノールで抽出して得られたトマトパウダー抽出物のシス型リコピン含有率(質量%)は、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーのシス型リコピン含有率(質量%)よりも高い。具体的には、トマトパウダー抽出物のシス型リコピン含有率(質量%)は、50質量%以上とすることができ、さらに75質量%以上とすることができる。これは、シス型リコピンがオールトランス型リコピンよりもエタノールへの溶解度が高いことに起因して、エタノール抽出の過程において、シス型リコピンを濃縮する作用が奏されたためであると推測される。
【0036】
2.シス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法
シス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法は、トマトの果実を粉末化したトマトパウダーを、リコピンを溶解する媒体を添加しない粉体の状態において、オールトランス型リコピンの融点以上で加熱する工程(以下、加熱工程と称する)を含む。
【0037】
「リコピンを溶解する媒体」としては、エタノール、イソプロピルアルコール、アセトン、酢酸エチル、ヘキサン等の有機溶媒、胡麻油、大豆油、コーン油、オリーブ油等の植物油、超臨界二酸化炭素等の超臨界流体、イオン液体を例示できる。「粉体の状態」とは、粒子同士が一体化していない状態を表す。つまり、「リコピンを溶解する媒体を添加しない粉体の状態」は、トマトパウダーそのままの状態を例示できる。このように粉体の状態で加熱することにより、トマトパウダーの表面積が大きくなり、短い加熱時間でオールトランス型リコピンを異性化することが可能となる。この「リコピンを溶解する媒体を添加しない粉体の状態」は、後述する過熱水蒸気加熱によって供給される水蒸気のように、リコピンが溶解しない気体の供給を妨げるものではない。
【0038】
「オールトランス型リコピンの融点」は、シス型リコピンの融点よりもやや高く、約175℃である。本願発明者は、オールトランス型リコピンの融点以下の加熱によっても、長時間の加熱によりシス異性化が進行することを確認した。例えば、140℃、30分の加熱により、シス型リコピン含有率約20質量%のシス型リコピンが富化されたトマトパウダーを得ることができ、160℃、30分の加熱により、シス型リコピン含有率約43質量%のシス型リコピンが富化されたトマトパウダーを得ることができる。しかし、「オールトランス型リコピンの融点」以上で加熱することにより、「オールトランス型リコピンの融点」以下で加熱する場合に比して、短い加熱時間で、シス型リコピン含有率をより高くすることができ、好ましい。
【0039】
加熱工程は、加熱手段を特に限定するものではないが、例えば、過熱水蒸気加熱、温風加熱、遠赤外線加熱、マイクロ波加熱、エクストルーダー加熱などを例示することができる。このうち、加熱工程は、過熱水蒸気加熱によって行われることが好ましい。過熱水蒸気加熱では、大気圧下でトマトパウダーに過熱水蒸気を接触させ、加熱処理を行う。過熱水蒸気は、沸点以上の温度に加熱された水蒸気を指し、被処理物に効率的に熱エネルギーを与えることができ、かつ低酸素雰囲気下で処理を行うことができる。このため、加熱構成を過熱水蒸気加熱で行うことによって、リコピンの残存率の低下を抑制しつつシス異性化率を確保することができる。
【0040】
加熱工程における加熱温度は、次のような範囲が好ましい。本願発明者は、トマトパウダーをオールトランス型リコピンの融点(約175℃)以上の温度で5分間加熱した場合、リコピンのシス異性化が進行し、温度に比例してシス型リコピン含有率(質量%)が増加するという新たな知見を得た。この知見より、加熱工程における加熱温度は、180℃以上であることが好ましく、190℃以上であることがより好ましく、220℃以上であることがより好ましい。オールトランス型リコピンの融点(約175℃)以上の温度で加熱した場合に、リコピンのシス異性化が進行する理由は定かではないが、オールトランス型リコピンの溶融状態においてシス異性化が促進されたためであると推測される。一方、本願発明者は、トマトパウダーを240℃超の温度で5分間加熱した場合、温風加熱と過熱水蒸気加熱の双方でリコピン残存率(%)が低下し、温風加熱と過熱水蒸気加熱のうち、過熱水蒸気加熱の方がリコピンの分解が有意に抑制されるという新たな知見を得た。この知見より、加熱工程における加熱温度は、240℃以下であることが好ましく、230℃以下であることがより好ましく、225℃以下であることがさらに好ましい。また、リコピン残存率の低下を抑制するという観点において、加熱工程は過熱水蒸気加熱により行われることが好ましい。過熱水蒸気加熱によりリコピン残存率の低下を抑制することができる理由は、過熱水蒸気加熱では、低酸素雰囲気下で加熱対象物を加熱することができ、リコピンの高温下での、酸化分解が抑制されたためであると推測される。
【0041】
加熱工程における加熱時間は、次のような範囲が好ましい。本願発明者は、加熱工程における加熱時間が長い程、リコピンのシス異性化率が高くなるという新たな知見を得た。このシス異性化率は、オールトランス型リコピンの融点以上での加熱において、加熱開始から10分間は急激に高くなり、10分~20分までは緩やかに高くなり、20分~30分までは略横ばいとなる。この知見より、加熱工程における加熱時間は、1分以上であることが好ましく、3分以上であることがより好ましく、4分以上であることがさらに好ましい。一方、本願発明者は、加熱工程における加熱時間が長い程、リコピン残存率が低下するという新たな知見を得た。このリコピン残存率は、温風加熱においては10分を超えると顕著に低下し、過熱水蒸気加熱においては20分を超えると顕著に低下する。この知見より、加熱工程における加熱時間は、10分以下であることが好ましく、8分以下であることがより好ましく、6分以下であることがさらに好ましい。また、加熱工程が過熱水蒸気加熱により行われる場合には、加熱時間は、20分以下であることが好ましく、15分以下であることがより好ましく、10分以下であることがさらに好ましい。また、オールトランス型リコピンの融点以上で加熱する場合、加熱時間が20分超になるとトマトパウダーの風味が損なわれるという知見も得られ、そのような観点からも、加熱時間をより短くすることが好ましい。
【0042】
3.トマトパウダー抽出物の製造方法
リコピン含有組成物の製造方法は、上述した方法により得られたシス型リコピンが富化されたトマトパウダーを、エタノールで抽出する工程を含む。エタノール抽出の手法は、特に限定するものではないが、エタノールにシス型リコピンが富化されたトマトパウダーを加えて、例えば、室温以上かつエタノールの沸点以下の温度で、所定時間振とう、懸濁することにより抽出することができる。エタノール抽出の抽出時間は60分以下とすることができ、さらに30分以下とすることができる。この抽出時間は、通常5分以上である。任意工程として、懸濁液をろ過して、残渣を取り除き、得られたろ液を蒸発乾固することにより、固体のトマトパウダー抽出物を得ることができる。
【0043】
4.本実施形態の効果
以上説明したように、本実施形態によれば、有機溶媒などの化学薬品を使用せずに、効率的にリコピンをシス異性化することができ、シス型リコピンが富化されたトマトパウダー、シス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法を提供することができる。また、本実施形態によれば、より安全で、十分な濃度のリコピンを抽出できるトマトパウダー抽出物の製造方法を提供することができる。
【実施例
【0044】
以下、実施例により更に具体的に説明する。
【0045】
1.シス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造
原料となるトマトパウダーとして、リコピン含有量110mg/100g、シス型リコピン含有率8.2質量%、含水率6.5%のトマトパウダー(販売元:シーアンドエー株式会社)を準備した。トマトパウダー1gを20mlのガラスバイアルに入れ、下記の表1及び表2に記載の加熱条件で処理したサンプル1~33を得た。温風加熱処理及び過熱水蒸気加熱処理には、ウォーターオーブン(シャープ株式会社製、AX-XW600)を用いた。加熱処理後、サンプルから直ちにリコピンを抽出して、総リコピン及びシス型リコピンを定量した。リコピンを定量する際のHPLCは、下記の条件で行った。
【0046】
100mlのねじ蓋付試験管にトマトパウダー約100mgを測り取り、水400μl、アセトン50mlを加えた。懸濁したトマトパウダーを、氷温にて、15分間超音波処理して、リコピンを抽出した。リコピン抽出物を0.22μmのPTFEフィルター(大阪ケミカル株式会社製)に通し、ろ液を40℃、減圧下で蒸発乾固した。得られたリコピンをヘキサンに溶解し、HPLC用のサンプルを得た。得られたサンプルは、以下の条件で順相HPLC分析に供した。
【0047】
順相HPLC分析の条件
装置:高速液体クロマトグラフProminence システム(株式会社島津製作所社製)
カラム:Nucleosil 300‐5(長さ:250mm×3本、内径:4.6mm、粒子径:5μm、ジーエルサイエンス株式会社製)
移動相:ヘキサン(0.075% DIPEA(ジイソプロピルエチルアミン)含有)
流速:1.0mL/min
検出波長:460nm
カラム温度:40℃
【0048】
また、サンプル1,6,14,16,22,30,32について、加熱処理したトマトパウダーを、エタノールで抽出して、トマトパウダー抽出物を得た。詳細には、100mlのねじ蓋付試験管に加熱処理したトマトパウダー1gを測り取り、エタノール30mlを加えた。抽出は、振とう培養器(タイテック株式会社製、Bioshaker BR180LF)を用いて、200rpm、40℃、30分の条件で行った。得られたトマトパウダー抽出物を、0.22μmのPTFEフィルターに通して残渣を取り除き、ろ液を40℃、減圧下で蒸発乾固した。得られたトマトパウダー抽出物は、ヘキサンに溶解し、上述の条件で順相HPLC分析に供した。
【0049】
各サンプルのシス型リコピン含有率(質量%)、リコピン残存率(%)、エタノール抽出によるリコピン回収率(%)、トマトパウダー抽出物のシス型リコピン含有率(質量%)は、順相HPLC分析によって得られたクロマトグラム中のピーク面積に基づいて算出した。シス型リコピン含有率(質量%)及びリコピン残存率(%)の測定については、サンプル毎に3回測定を行い、エタノール抽出によるリコピン回収率(%)、トマトパウダー抽出物のシス型リコピン含有率(質量%)の測定については、サンプル毎に2回測定を行なった。各測定値は、スチューデントのt検定を行い、5%を有意水準とし、解析した。
【0050】
5.結果及び考察
5-1.測定結果
シス型リコピン含有率(質量%)、リコピン残存率(%)、エタノール抽出によるリコピン回収率(%)、トマトパウダー抽出物のシス型リコピン含有率(質量%)の測定結果を表1及び表2に表す。表1及び表2の測定値は、複数回測定された測定値の平均値である。表1及び表2において「-」は、測定を行っていないことを表す。「シス型リコピンが富化されたトマトパウダー」のカテゴリーにおいて、サンプル1~4,6,18~22は比較例であり、その他のサンプルは実施例である。「シス型リコピンが富化されたトマトパウダーの製造方法」のカテゴリーにおいて、サンプル1~9,18~25は比較例であり、その他のサンプルは実施例である。

【表1】

【表2】
【0051】
5-2.HPLC分析の結果
図2(a)は、サンプル1(未処理)に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。図2(b)は、サンプル10(温風過熱、180℃、5分)に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。図2(c)は、サンプル26(過熱水蒸気過熱、180℃、5分)に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。図2(d)は、サンプル16(温風過熱、240℃、5分)に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。図2(e)は、サンプル32(過熱水蒸気過熱、240℃、5分)に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。
【0052】
この結果から、トマトパウダーをオールトランス型リコピンの融点以上の温度で5分間加熱する場合において、加熱温度が高い程、シス型リコピンに由来するピークが増加することが確認された。また、得られるシス型リコピン異性体の種類は、温風加熱(図2(b)及び(d))と過熱水蒸気加熱(図2(c)及び(e))の間で同様であることが確認された。
【0053】
5-3.加熱温度の影響
図3(a)は、加熱温度とシス型リコピン含有率の関係を表すグラフである。横軸が加熱工程における加熱温度(℃)を表し、縦軸がシス型リコピン含有率(質量%)を表す。図3(b)は、加熱温度とリコピン残存率の関係を表すグラフである。横軸が加熱工程における加熱温度(℃)を表し、縦軸がリコピン残存率(%)を表す。図3(a)及び図3(b)のグラフ中、白の棒グラフ(HAH)は温風加熱の結果であり、黒の棒グラフ(SSH)は過熱水蒸気加熱の結果である。グラフ中、アスタリスク「*」は統計学的に有意差があることを示している。
【0054】
この結果から、トマトパウダーをオールトランス型リコピンの融点(約175℃)未満の温度で5分間加熱した場合、リコピンのシス異性化が十分に進行しないことが分かった。一方、トマトパウダーをオールトランス型リコピンの融点(約175℃)以上の温度で5分間加熱した場合、リコピンのシス異性化が進行し、温度に比例してシス型リコピン含有率(質量%)が増加することが分かった。リコピンのシス異性化率は温風加熱と過熱水蒸気加熱で同様であった。トマトパウダーを250℃で5分間加熱した場合のシス型リコピン含有率(質量%)は、温風加熱と過熱水蒸気加熱の双方で約80%に達した。また、トマトパウダーを240℃超の温度で5分間加熱した場合、温風加熱と過熱水蒸気加熱の双方でリコピン残存率(%)が低下し、リコピンの分解が進行していることが分かった。しかし、温風加熱と過熱水蒸気加熱のうち、過熱水蒸気加熱の方がリコピンの分解が有意に抑制されていた。
【0055】
5-4.加熱時間の影響
図4(a)は、加熱時間とシス型リコピン含有率の関係を表すグラフである。横軸が加熱工程における加熱時間(分)を表し、縦軸がシス型リコピン含有率(質量%)を表す。図4(b)は、加熱時間とリコピン残存率の関係を表すグラフである。横軸が加熱工程における加熱時間(分)を表し、縦軸がリコピン残存率(%)を表す。図4(a)及び図4(b)のグラフ中、実線のグラフ(HAH)は温風加熱の結果であり、破線のグラフ(SSH)は過熱水蒸気加熱の結果である。四角形のプロットが付されたグラフは加熱温度が140℃であり、三角形のプロットが付されたグラフは加熱温度が160℃であり、丸形のプロットが付されたグラフは加熱温度が180℃である。
【0056】
この結果から、オールトランス型リコピンを高温で加熱した場合、加熱時間が長くなるほど、リコピンのシス異性化が進行することが分かった。180℃で30分加熱した場合、温風加熱と過熱水蒸気加熱の双方で、シス型リコピン含有率は約80質量%に達した。また、オールトランス型リコピンの融点以下の温度で加熱した場合であっても、シス型リコピン含有率は徐々に増加することが分かった。これには、トマトパウダー由来の脂質がリコピンの溶融(溶解)に寄与している可能性がある。この場合であっても、140℃超の高温で加熱した場合に、加熱時間を適宜設定することにより、シス型リコピン含有率が20質量%以上となり得ることが示唆された。
【0057】
また、高温で長時間にわたるトマトパウダーの加熱は、リコピンのシス異性化を引き起こすが、リコピンの分解も促進することが分かった。例えば、トマトパウダーを180℃で30分間、温風加熱するとリコピン残存率は17.3%のみになる。一方、過熱水蒸気加熱では、リコピンの分解が抑制され、180℃で30分間加熱するとリコピン残存率は68.7%になる。このため、高温で長時間(例えば、10分を超えて)加熱する場合には、過熱水蒸気加熱が好ましいことが示唆された。
【0058】
高温での加熱において、温風加熱より過熱水蒸気加熱の方がリコピンの分解が抑制されることを確認するために、温風加熱と過熱水蒸気加熱におけるリコピン分解の活性化エネルギー(E)を、アレニウスの式を使って求めた。リコピンの分解が一次反応であると仮定して、140℃、160℃、180℃で30分間加熱した後のリコピン含有量と加熱前のリコピン含有量に基づき、リコピンの分解速度を算出した。図5は、温風加熱と過熱水蒸気加熱におけるリコピン分解に関するアレニウスプロットを表すグラフである。図5中、黒丸のプロットは温風加熱のグラフを表し、白丸のプロットは過熱水蒸気加熱のグラフを表す。これらの計算から、温風加熱におけるリコピン分解の活性化エネルギーが72.0kJmol-1と算出され、過熱水蒸気加熱におけるリコピン分解の活性化エネルギーが101.0kJmol-1と算出された。過熱水蒸気加熱の活性化エネルギーが温風加熱の活性化エネルギーに比して高いことにより、過熱水蒸気加熱の方が温風加熱によりリコピンが分解されにくいことが示唆された。
【0059】
5-5.トマトパウダー抽出物
図6(a)は、加熱温度とリコピン回収率の関係を表すグラフである。横軸が前処理温度(上述の加熱工程における加熱温度)(℃)を表し、縦軸がリコピン回収率(%)を表す。図6(b)は、加熱温度とトマトパウダー抽出物におけるシス型リコピン含有率の関係を表すグラフである。横軸が前処理温度(上述の加熱工程における加熱温度)(℃)を表し、縦軸がトマトパウダー抽出物におけるシス型リコピン含有率(質量%)を表す。図6(a)及び図6(b)のグラフ中、網掛けの棒グラフは前処理なしの結果であり、白の棒グラフ(HAH)は温風加熱の結果であり、黒の棒グラフ(SSH)は過熱水蒸気加熱の結果であり、灰色の棒グラフは、加熱処理を行っていない原料のトマトパウダーの結果である。
【0060】
この結果から、トマトパウダーをオールトランス型リコピンの融点(約175℃)以上の温度で5分間加熱した場合、リコピン回収率(%)が未処理の場合や、オールトランス型リコピンの融点(約175℃)以下の温度で加熱した場合に比して増加することが分かった。また、トマトパウダーをオールトランス型リコピンの融点(約175℃)以上の温度で5分間加熱した場合、シス型リコピン含有率(質量%)が未処理の場合や、オールトランス型リコピンの融点(約175℃)以下の温度で加熱した場合に比して増加することが分かった。
【0061】
図7(a)は、サンプル30(過熱水蒸気過熱、200℃、5分)に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。図7(b)は、サンプル30をエタノールで抽出して得られたトマトパウダー抽出物に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。図7(c)は、サンプル30をエタノールで抽出して得られた残渣に含まれるリコピンのHPLCクロマトグラムである。
【0062】
この結果から、サンプル30におけるシス型リコピン含有率が55.8質量%であり、そのトマトパウダー抽出物のシス型リコピン含有率が73.2質量%であり、その残渣のシス型リコピン含有率が19.8質量%であることが分かった。エタノール抽出の前処理として、加熱工程を行うことにより、リコピン回収率を増加するだけでなく、体内吸収性および機能性(抗酸化作用、抗癌作用など)に優れるシス型リコピン含有率が高いトマトパウダー抽出物が得られることが分かった。
【0063】
前述の例は単に説明を目的とするものでしかなく、本発明を限定するものと解釈されるものではない。本発明を典型的な実施形態の例を挙げて説明したが、本発明の記述および図示において使用された文言は、限定的な文言ではなく説明的および例示的なものであると理解される。ここで詳述したように、その形態において本発明の範囲または本質から逸脱することなく、添付の特許請求の範囲内で変更が可能である。ここでは、本発明の詳述に特定の構造、材料および実施例を参照したが、本発明をここにおける開示事項に限定することを意図するものではなく、むしろ、本発明は添付の特許請求の範囲内における、機能的に同等の構造、方法、使用の全てに及ぶものとする。
本発明は上記で詳述した実施形態に限定されず、本発明の請求項に示した範囲で様々な変形または変更が可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7