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  • -焼結合金及び金型 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-19
(45)【発行日】2023-09-27
(54)【発明の名称】焼結合金及び金型
(51)【国際特許分類】
   C22C 1/051 20230101AFI20230920BHJP
   B22F 3/14 20060101ALI20230920BHJP
   C03B 11/00 20060101ALI20230920BHJP
   C22C 29/02 20060101ALI20230920BHJP
   C22C 29/06 20060101ALI20230920BHJP
   G02B 3/00 20060101ALI20230920BHJP
【FI】
C22C1/051 G
B22F3/14 D
C03B11/00 M
C22C29/02
C22C29/06 B
G02B3/00 Z
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2023515705
(86)(22)【出願日】2023-03-08
(86)【国際出願番号】 JP2023008768
【審査請求日】2023-03-08
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000238016
【氏名又は名称】冨士ダイス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(74)【代理人】
【識別番号】100168206
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 健二
(72)【発明者】
【氏名】スィトゥモラン ステパヌス リキー
(72)【発明者】
【氏名】小椋 勉
【審査官】今井 拓也
(56)【参考文献】
【文献】特許第6049978(JP,B1)
【文献】特許第5770357(JP,B1)
【文献】米国特許出願公開第2003/0024350(US,A1)
【文献】特表2022-552291(JP,A)
【文献】特開2018-115378(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/051
B22F 3/14
C03B 11/00
C22C 29/02
C22C 29/06
G02B 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、W及びMoのうち1種以上と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr3C2相とからなり、前記化合物相を13~37体積%含有し、前記化合物相には、前記化合物相の金属元素の総量に対してW及びMoのうち1種以上が0.1~45原子%固溶していることを特徴とする焼結合金。
【請求項2】
TaとNb及び/又はTiとの金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする焼結合金。
【請求項3】
Taと、C及びNのうち1種以上とからなり、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする焼結合金。
【請求項4】
Nb及びTiの金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする焼結合金。
【請求項5】
Nbと、C及びNとからなり、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする焼結合金。
【請求項6】
Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、W及びMoのうち1種以上と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr3C2相とからなり、前記金属相を8.2体積%以下含有し、前記化合物相を13~37体積%含有し、前記化合物相には、前記化合物相の金属元素の総量に対してW及びMoのうち1種以上が0.1~45原子%固溶していることを特徴とする焼結合金。
【請求項7】
TaとNb及び/又はTiとの金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記金属相を8.2体積%以下含有し、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする焼結合金。
【請求項8】
Taと、C及びNのうち1種以上とからなり、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記金属相を8.2体積%以下含有し、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする焼結合金。
【請求項9】
Nb及びTiの金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記金属相を8.2体積%以下含有し、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする焼結合金。
【請求項10】
Nbと、C及びNとからなり、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記金属相を8.2体積%以下含有し、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする焼結合金。
【請求項11】
前記化合物相の粒度が0.1~6μmであることを特徴とする請求項1~10のいずれかに記載の焼結合金。
【請求項12】
請求項1~10のいずれかの焼結合金からなる金型。
【請求項13】
Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr 3 C 2 相とからなる焼結合金を製造する方法であって、
前記化合物相を13~37体積%含有し、
原料粉末を成形し、得られた成形体をホットプレスにより焼結することを特徴とする焼結合金の製造方法。
【請求項14】
Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr 3 C 2 相とからなる焼結合金を製造する方法であって、
前記化合物相を13~37体積%含有し、
前記金属相の含有量は0.5体積%以下であり、
原料粉末を成形し、得られた成形体をホットプレスにより焼結することを特徴とする焼結合金の製造方法。
【請求項15】
前記ホットプレスを、真空中又は不活性ガス雰囲気下で、20~100 MPaの圧力、1200~1500℃の焼結温度で行うことを特徴とする請求項13又は14に記載の焼結合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結合金及び金型に関する。
【背景技術】
【0002】
各種光学レンズ成形用金型の材料にはSUS420J2、超微粒超硬合金、バインダレス超硬合金等が用いられるが、非球面レンズ等の金型といった形状精度が求められる場合には熱膨張係数が小さいバインダレス超硬合金が使用されてきた。
【0003】
一方、赤外線センサーや赤外線カメラに用いるレンズは、中~遠赤外線を透過しやすいレンズ(以降、「赤外線用レンズ」と記す。)を必要とする。従来の赤外線用レンズは、ガラス転移温度は700℃以上と高温であるため金型成形は困難であったが、ガラス転移温度が500℃未満であるカルコゲナイドガラスレンズが提供されるようになった。
【0004】
カルコゲナイドガラスは熱膨張係数が15.0~25.0 MK-1と大きいため、熱膨張係数が4.7~5.1 MK-1であるバインダレス超硬合金の金型で成形すると不具合を生じやすい。このため、特許第5770357号では、バインダレス超硬合金よりも熱膨張係数が大きくレンズ材料との熱膨張係数差が小さいCr3C2-Ti(C,N)-VC-Ni合金を用いて成形時の不具合を解消した。
【0005】
しかし、上記の材料はTi(C,N)が脆弱であることもあり金型面の鏡面仕上げに時間を要することがある。このため特許第6049978号では、同様にレンズガラス材料との熱膨張係数差が小さいため成形時に不具合が生じにくく、またTi(C,N)よりも硬度が低いNbCを用いて鏡面性が得やすいCr3C2-NbC-Ni合金を発明した。
【0006】
これらの合金は、バインダレス超硬合金よりも耐酸化性にも優れる材料ではあるが、最近は、レンズ成形可能回数を増加させるため、金型面の鏡面性をより長く維持できる材料が求められている。また、使用温度が800℃を超える場合も見られ、耐酸化性はさらに重要となる。さらに、熱膨張係数の大きいレンズ材料に限らず通常のレンズ材料でもそのレンズ形状によっては大きい熱膨張係数を有する金型のほうが不具合なく成型されることがある。また、カルコゲナイドガラスレンズの成形用金型に限らず、鏡面性に優れ、かつ優れた高耐摩耗性、耐酸化性を備えた部品成形用金型、部材や工具等が求められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、優れた耐酸化性を有し、かつ鏡面性に優れ、金型寿命も高めることができる焼結合金を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の第一の実施態様による焼結合金は、Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、W及びMoのうち1種以上と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr3C2相とからなり、前記化合物相を13~37体積%含有し、前記化合物相には、前記化合物相の金属元素の総量に対してW及びMoのうち1種以上が0.1~45原子%固溶していることを特徴とする。
本発明の第二の実施態様による焼結合金は、TaとNb及び/又はTiとの金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする
本発明の第三の実施態様による焼結合金は、Taと、C及びNのうち1種以上とからなり、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする。
本発明の第四の実施態様による焼結合金は、Nb及びTiの金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする
本発明の第五の実施態様による焼結合金は、Nbと、C及びNとからなり、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする
【0010】
本発明の第の実施態様による焼結合金は、Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、W及びMoのうち1種以上と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr3C2相とからなり、前記金属相を8.2体積%以下含有し、前記化合物相を13~37体積%含有し、前記化合物相には、前記化合物相の金属元素の総量に対してW及びMoのうち1種以上が0.1~45原子%固溶していることを特徴とする。
本発明の第七の実施態様による焼結合金は、TaとNb及び/又はTiとの金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記金属相を8.2体積%以下含有し、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする
本発明の第八の実施態様による焼結合金は、Taと、C及びNのうち1種以上とからなり、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記金属相を8.2体積%以下含有し、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする。
本発明の第九の実施態様による焼結合金は、Nb及びTiの金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記金属相を8.2体積%以下含有し、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする。
本発明の第十の実施態様による焼結合金は、Nbと、C及びNとからなり、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr 3 C 2 相とからなり、前記金属相を8.2体積%以下含有し、前記化合物相を13~37体積%含有することを特徴とする。
【0016】
前記化合物相の粒度が0.1~6μmであるのが好ましい。
【0017】
本発明の金型は上記いずれかの焼結合金を備えることを特徴とする。
本発明の一実施態様による焼結合金の製造方法は、Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Cr 3 C 2 相とからなる焼結合金を製造する方法であって、前記化合物相を13~37体積%含有し、原料粉末を成形し、得られた成形体をホットプレスにより焼結することを特徴とする。
本発明の別の実施態様による焼結合金の製造方法は、Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、C及びNのうち1種以上とからなる固溶相を形成し、80体積%以上のものがNaCl型構造を有する化合物相と、Ni、Co及びFeのうち1種以上からなる金属相と、Cr 3 C 2 相とからなる焼結合金を製造する方法であって、前記化合物相を13~37体積%含有し、前記金属相の含有量は0.5体積%以下であり、原料粉末を成形し、得られた成形体をホットプレスにより焼結することを特徴とする。
前記ホットプレスを、真空中又は不活性ガス雰囲気下で、20~100 MPaの圧力、1200~1500℃の焼結温度で行うのが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、優れた耐酸化性を有し、かつ鏡面性に優れ、金型寿命も高めることができる焼結合金が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の焼結合金の断面SEM組織の一例を示すSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の一実施態様による焼結合金は、Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、C及びNのうち1種以上とを含み、NaCl型構造を有する化合物相MCと、Cr3C2相とからなることを特徴とする。
【0021】
化合物相MCは、Ti、Ta及びNbの炭化物、炭窒化物、窒化物、またそれらの固溶体であり、NaCl型構造を有する。このようにTi、Ta及びNbのいずれかを含みNaCl型構造を有する化合物相MCを主成分とすることにより、焼結合金の耐酸化性が向上する。化合物相MCにはTi、Ta及びNbのうち1種以上を含んでもよい。なかでも化合物相MCにTiが含まれることにより、特に優れた耐酸化性が得られる。化合物相MCはTa又はNbにTiをさらに含む固溶相でもよい。その場合、Tiの含有量は、化合物相MCに含まれる金属元素量に対して10~90 mol%であるのが好ましく、40~80 mol%であるのがより好ましい。化合物相MCは炭化物又は炭窒化物であるのが好ましい。Ti、Ta及びNbのうちTi炭化物は硬さが高いため化合物相MCにTiが多いときは耐摩耗性に優れる材料となるが硬脆い傾向もあるため鏡面性が得にくい場合もあり、そのような場合にはTi添加量を少な目にしたほうがよい。また、Ti、Ta及びNbのうち成分が被加工材料に混入することを避けたい場合にはその元素量を少なくして調整することができる。また、酸素、ホウ素をさらに含んでもよいし、酸化物、ホウ化物でもよい。
【0022】
化合物相MCを13~37体積%含有するのが好ましい。化合物相MCが13体積%未満であるとき、Cr3C2相が粒成長しやすいため十分な強度が得られない。化合物相MCが37体積%より多い場合にはCr3C2相より化合物相MCは硬脆いため鏡面性が得にくくなり、また同時にCr3C2相の含有量が減少するため熱膨張係数が小さい傾向となる。化合物相MCの含有量は20~35体積%であるのがより好ましい。
【0023】
化合物相MCには、化合物相MCの金属元素の総量に対してW及びMoのうち1種以上が0.1~45原子%固溶しているのが好ましい。WCやMo2Cは単体では六方晶構造を有するが、化合物相MCに固溶している場合にはNaCl型の結晶構造を維持したまま、化合物相(硬質相)の粒成長を抑制しつつ、耐酸化性をさらに向上させることができる。このとき、WやMoの含有量を変化させることで合金の剛性や硬さを変化させることができるので、用途によって合金が所望の剛性を得るような組成を選択することができるし、合金の硬さを変化させて鏡面仕上げしやすさや耐摩耗性を調整することができる。NaCl型の結晶構造を維持しつつ、耐酸化性が向上するように、0.1~43原子%程度の少量のWやMoを固溶させても良いし、剛性や硬さのバランスを考慮すると、化合物相MCの金属元素の総量に対してW及びMoのうち1種以上が5~40原子%固溶しているのがより好ましく、10~35原子%固溶しているのがさらに好ましい。
【0024】
ここで、化合物相MCがNaCl型の結晶構造を有するとは、合金組織において、Cr化合物相以外の化合物相のうち80体積%以上のものがNaCl型の結晶構造を有することを意味する。すなわち、NaCl型の結晶構造以外にも、六方晶構造を有する結晶や酸化物、ホウ化物等を少量含んでいても良く、化合物相MCが複数の金属元素を含む場合、NaCl型の結晶構造を有する固溶体以外に、コアリム組織を有する硬質相を含んでいても良い。また、化合物相MCは組成が異なる複数の種類の相で構成されてもよい。
【0025】
Cr3C2相は10.3 MK-1と高い熱膨張係数を有し、かつ1300 HVに近い硬さを有するので、Cr3C2相を主成分とすることにより、熱膨張係数が高くなり、鏡面仕上げがしやすくなり、鏡面性が向上する。またC3C2相を主成分とし、耐酸化性に優れたNaCl型構造の化合物相MC以外の硬質相を含まないことにより、より優れた鏡面性を長期にわたり維持できる相乗効果が得られる。
【0026】
Cr3C2相を形成させることができず、Cr23C6相やCr7C3相が形成させた場合にはその含有量に比例して熱膨張係数が低下する。また、Cr3C2相よりも脆弱であるため工具として不具合を生じやすい。Cr3C2相にCr23C6相やCr7C3相が少量であれば含まれていても良く、ここで、「Cr3C2相」とは、クロム化合物のうち80体積%以上がCr3C2相であることをいう。
【0027】
化合物相MCに含まれる金属元素量に対する、化合物相MCに含まれるCやN等の軽元素量の原子数比は0.8以上であるのが好ましい。軽元素量の原子数比が0.8よりも小さいと十分に緻密化せず、さらに比が小さいとCr3C2相やNaCl型構造の化合物相MC以外の化合物相が生じやすくなり高耐酸化性を得ることができない。金属元素と軽元素の原子比は、使用したCr3C2原料粉末炭素量と添加比率から試算したCr3C2相の炭素量を焼結体の合金炭素量から引いて残りの成分から原子数比を算出して求めた。化合物相MCに含まれる金属元素量に対する、化合物相MCに含まれるCやN等の軽元素量の原子数比は1.0以下であるのが好ましい。軽元素量の原子数比がそれより大きいと、合金中に遊離炭素が生成しやすくなる。
【0028】
化合物相MCの粒度は0.1~6μmであるのが好ましい。化合物相MCの粒度は、焼結合金の任意の断面における化合物相MCの、同一面積の円に換算した時の直径とする。化合物相MCの粒度が0.1μmとするには原料粉末を微細にする必要がありコストアップにつながりまた粉末の成形性も悪化する。化合物相MCの粒度が6μmよりも大きいとき鏡面性が低下して金型として不具合を生じることがある。化合物相MCの粒度は、焼結合金の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮像し、得られたSEM写真から画像解析ソフトを用いて求めることができる。化合物相MCの粒度は0.5~3μmであるのがより好ましい。
【0029】
Cr3C2相の粒度は9μm以下が望ましい。化合物相MCの粒度が9μmを超えると鏡面性が低下する場合がある。Cr3C2相の粒度は、化合物相MCの粒度と同様に求める。Cr3C2相の粒度は0.5~7μmであるのがより好ましい。
【0030】
本発明の焼結合金は、普通焼結、ホットプレス焼結等により得られる。すなわち、所定の量の粉末を秤量して湿式混合・粉砕、乾燥ののち金型により加圧成形して粉末成形体を得る。この粉末成形体を切削加工又は研削加工して必要な形状にしても良いし、粉末成形体を仮焼結した後に機械加工して所定の形状を得てもよい。また、所定形状の型に粉末を充填してホットプレス焼結して所定の形状を得てもよい。普通焼結の場合には、この粉末成形体を真空中、又は窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下で、1300~1500℃の焼結温度で焼結することで得られる。
【0031】
焼結後にさらにHIP処理を行っても良い。HIP処理は、焼結温度よりも低い温度で行ってもよい。焼結温度より高い場合、Cr炭化物などが粒成長し、強度低下が起こるためである。それにより、焼結の際に生じたポアを低減することができる。HIP処理により組織粒度の調整をすることもできる。
【0032】
本発明の別の実施態様による焼結合金は、Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、C及びNのうち1種以上とを含み、NaCl型構造を有する化合物相と、Niを含む金属相と、Cr3C2相とからなることを特徴とする。金属相量を含むことで所望の熱膨張係数、靭性を得ることができる。金属相の含有量は8.2体積%以下であるのが好ましい。金属相としてNiを含むことにより焼結性を向上させ、また靭性を向上させることができるが、金属相の含有量が8.2体積%超であると仕上げ加工後の面粗さRaが粗くなり、高温での使用時における耐工具変形性が低下する。金属相の含有量は8体積%以下であるのがより好ましい。
【0033】
金属相はNiのみからなっても良いが、Niの代わりにCo及び/又はFeを用いても良い。またNiとCo及び/又はFeとを組み合わせても良い。Niは焼結合金の焼結性を高め、また、耐酸化性を高める。CoやFeは焼結合金の室温及び高温の強度を高める。またFeは比較的安価に入手することができる。工具の使用用途により必要とする特性を得るため、各元素の含有量を選ぶことができる。
【0034】
金属相量に関わらず普通焼結、ホットプレス焼結いずれの方法を用いてもよい。ホットプレス焼結を用いる場合には焼結温度を低くすることができる。金属相量が少なく普通焼結では緻密な合金が得にくい場合にはホットプレスにより焼結しても良い。その場合、金属相の含有量は0~0.5体積%であるのが好ましく、0~0.4体積%であるのがより好ましい。金属相を含まないか微量の金属相を含む焼結合金をホットプレスにより形成することにより、焼結性を維持しつつ、鏡面性をより高めることができ、金型として好適な焼結合金が得られる。
【0035】
ホットプレスは、一般的に焼結合金を形成するものであれば特に限定されないが、焼結条件は、真空中、又は窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下で、20~100 MPaの圧力、1200~1500℃の焼結温度で行うのが好ましい。また通電焼結などホットプレス以外の装置を用いてもよい。
【0036】
本発明の焼結合金は、金型、特にレンズ成形用の金型の材料として好適に用いることができ、ガラス転移温度Tgが500℃未満と低く、熱膨張係数が15~25 MK-1のカルコゲナイドガラスレンズの成形用金型として特に好適に用いることができる。また、カルコゲナイドガラスレンズに限らず、部品成形する金型に通常の超硬合金やバインダレス超硬合金よりも大きい熱膨張係数や優れる耐酸化性が要求される場合に好適に用いることができるし、高熱膨張係数と高耐摩耗性と優れた耐酸化性が求められる部材や工具等に好適に用いることができる。
【実施例
【0037】
本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0038】
原料粉末には、Cr3C2(2.2μm)、Ni(2.4μm)、Co(1.4μm)、Fe(3.0μm)、TaC(1.8μm)、NbC(1.6μm)、TiC(1.7μm)、Ti(C0.5,N0.5)(2.3μm)、TaN(2.1μm)、Nb(C0.7N0.3)(2.5μm)、WC(0.8μm)、Mo2C(3.4μm)及び表1に記載の各種固溶体粉末を用いた。固溶体粉末は表1に示す組成となるように炭化物、窒化物及び炭窒化物を配合して湿式混合した粉末を高温炉で固溶体化処理を行い、粉砕・篩別して原料粉末(1.3~3.1μm)として調製した。なお、表1に記載の化合物相MCを構成する化合物比率は、配合時の化合物比率と焼結合金の炭素量と窒素量を加味して各化合物に換算して求めた。
【0039】
金属相成分を少量含む試料では、金属粉末と他の粉末とを湿式粉砕して予備粉砕した粉末を用い、金属相成分を4体積%以上含む試料では予備粉砕せずにそのまま用いた。また試料に応じて粉末に含まれる酸化物の還元や炭素量の調整を目的としてC粉末を加えた。
【0040】
焼結は、窒素又はアルゴンの不活性ガス雰囲気下での普通焼結、又はホットプレス焼結を行い、得られた焼結体にHIP処理を行い、発明品1~28及び比較品1~2の焼結合金を作製した。普通焼結において、焼結温度を1440℃とし、圧力を40 kPaとし、焼結雰囲気をN2又はArとした。ホットプレス焼結(発明品7、8、9、10、11、13、14、比較品2)において、焼結温度を1250℃とし、焼結雰囲気をArとした。
【0041】
【表1-1】
【0042】
【表1-2】
【0043】
(抗折力)
発明品1~28及び比較品1~2の焼結合金の抗折力(MPa)を、JISB4104の方法による抗折力測定(3点曲げ試験)により求めた。
【0044】
(ロックウェル硬さ)
発明品1~28及び比較品1~2の焼結合金のロックウェル硬さ(HRA)を、CIS027B焼結合金のロックウェルA硬さ試験方法によって測定した。
【0045】
(熱膨張係数)
発明品1~28及び比較品1~2の焼結合金を縦型熱膨張計にて室温から500℃及び800℃に加熱し、それぞれ熱膨張係数RT-500℃及びRT-800℃(MK-1)の測定を行った。
【0046】
(耐酸化性)
発明品1~28及び比較品1~2の焼結合金を大気中において800℃及び1000℃で30分間加熱し、酸化増量(単位面積当たりの酸化重量)(g/m2)をそれぞれ求めた。
【0047】
(仕上げ加工後の面粗さ)
発明品1~28及び比較品1~2の焼結合金をダイヤモンドスラリーを用いて鏡面仕上げした後の面粗さRa(nm)を求めた。
【0048】
(評価)
発明品1~28及び比較品1~2の焼結合金を用いて金型を作成し、カルコゲナイドガラスレンズを繰り返し成形し、繰り返し回数及び繰り返し使用した後の成形面の鏡面性等により、金型の評価を行った。
【0049】
表2に発明品1~28及び比較品1~2の焼結合金の特性をまとめた。抗折力は700 MPa以上であれば工具作製や工具使用上で問題を生じることはない。硬度は90.0 HRAより高ければ摩耗により工具寿命が低下することはない。熱膨張係数(500℃)は8 MK-1以上であれば本発明合金の中から必要な合金を選定することができる。耐酸化性は優れるほど工具寿命は長くなり、仕上げ面粗さが小さいほど工具として使用したときに被成型材の品位は高まる。
【0050】
【表2】
【0051】
発明品1~28の焼結合金は、所望の熱膨張係数を維持しながら優れた耐酸化性を有し、かつ鏡面性に優れ、優れた抗折力及び硬度を有し、金型寿命も高めることができるものであった。なお、発明品28は、化合物相MCである(W,Ta,Ti)Cの原料粉末を(W,Ti)C粉末と(W,Ti)Cへの固溶限内の量のTaC粉末とで配合した。発明品15は、化合物相MCの含有量が12体積%と少ないために、Cr3C2相が粒成長し、他の発明品と比べて低強度となり、少し欠けが見られた。発明品19は、化合物相MCの含有量が40体積%と多いために、熱膨張係数が小さく、硝材の離型性と鏡面性が他の発明品と比べてやや悪かった。発明品21は、金属相の含有量が9体積%と多かったために、仕上げ後の面粗さRaが粗く、鏡面性が他の発明品と比べてやや悪かった。比較品1は、化合物相MCが六方晶のWCからなるものであったため耐酸化性が悪く所定の使用可能回数を満たさなかった。比較品2は、化合物相MCである(W,Ti)Cの原料粉末をTiC粉末とTiCへの固溶限よりも多いWC粉末とで配合し、固溶体化処理を行っていないため、得られた焼結合金に六方晶であるWC相が残留し、耐酸化性が悪く、使用回数が少なかった。
【0052】
発明品5、13、22及び25は、他の発明品と比べてやや耐酸化性が劣ったが、所定の回数を繰り返し使用できた。発明品16と発明品18は、耐酸化性に優れ、所定回数を繰り返し使用した後も、なお鏡面性を維持し、使用を継続できた。
【0053】
発明品18の焼結合金の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮像した。得られたSEM写真を図1に示す。図1のSEM写真の灰黒色がCr3C2相を表し、灰白色が化合物相MCを表している。図1のSEM写真から画像解析ソフト(Media Cybernetics社製Image-Pro Plus)を用いて、化合物相MC及びCr3C2相の粒度を求めた。化合物相MCの平均粒度は1.3μmであり、Cr3C2相の平均粒度は0.9μmであった。化合物相MCに含まれる金属元素量に対する、化合物相MCに含まれる軽元素量であるCの原子数比は0.93であった。
【要約】
Nb、Ta及びTiのうち1種以上の金属元素と、C及びNのうち1種以上とを含み、NaCl型構造を有する化合物相と、Cr3C2相とからなる焼結合金。
図1