(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-19
(45)【発行日】2023-09-27
(54)【発明の名称】回転ツール
(51)【国際特許分類】
B23K 20/12 20060101AFI20230920BHJP
【FI】
B23K20/12 344
(21)【出願番号】P 2020007245
(22)【出願日】2020-01-21
【審査請求日】2022-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】502444733
【氏名又は名称】日軽金アクト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】馮 科研
【審査官】松田 長親
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/172300(WO,A1)
【文献】特開2001-205454(JP,A)
【文献】特開2003-39182(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 20/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ショルダ部と、前記ショルダ部に設けられた攪拌ピンとを備え、摩擦攪拌に用いられる回転ツールであって、
前記回転ツールは、前記ショルダ部の底面において、前記攪拌ピンの基端部の周囲に設けられたすり鉢状溝部と、
前記すり鉢状溝部の径方向外側において、前記ショルダ部の底面の外周縁の一部を周方向にわたって切り欠いて形成された切欠き部と、
前記切欠き部の一端部から延設されて、前記切欠き部と前記すり鉢状溝部とを連結する溝部と、を備
え、
前記溝部は、前記切欠き部の延在方向に対して、前記切欠き部の一端部から前記回転ツールの中心方向に向けて折れ曲がって形成されており、
前記溝部が形成された前記切欠き部の一端部において、前記溝部の壁面からなり、前記すり鉢状溝部の周方向外側の外縁部を頂部として有するエッジ部が形成されている、
ことを特徴とする回転ツール。
【請求項2】
前記ショルダ部の底面の外周縁に、先端側に向けて縮径するテーパー部が設けられており、
前記切欠き部は、前記テーパー部の先端部に設けられている、
請求項1に記載の回転ツール。
【請求項3】
前記溝部は、前記テーパー部の先端部に設けられている、
請求項2に記載の回転ツール。
【請求項4】
前記切欠き部は、周方向に所定の長さで円弧状に形成されており、
前記溝部は、前記切欠き部の端部のうち回転方向に対向する側の端部から前記すり鉢状溝部に延設されており、
前記溝部の延長方向に沿う仮想線と、当該仮想線と前記切欠き部の外周縁との交点における接線とのなす角度が鈍角となっている、
請求項1乃至請求項
3のいずれか一項に記載の回転ツール。
【請求項5】
前記切欠き部及び前記溝部は、前記攪拌ピンの周囲に複数組形成されている、
請求項1乃至請求項
4のいずれか一項に記載の回転ツール。
【請求項6】
前記攪拌ピンの外周面には螺旋溝が刻設されており、
前記螺旋溝が前記攪拌ピンの基端から先端に向けて左回りに形成されるとともに、前記回転ツールの先端側から見て、前記切欠き部の時計回り方向における終端部側から前記溝部が延設されるか、または、前記螺旋溝が前記攪拌ピンの基端から先端に向けて右回りに形成されるとともに、前記回転ツールの先端側から見て、前記切欠き部の反時計回り方向における終端部側から前記溝部が延設される、
請求項1乃至請求項5のいずれか一項に記載の回転ツール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦攪拌で用いられる回転ツールに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、特許文献1には、ショルダ部と、ショルダ部の底面に設けられた攪拌ピンとを備えた回転ツールが開示されている。当該回転ツールのショルダ部の底面には、攪拌ピンの周囲を取り囲むようにして平面視渦巻状に突設された突条部が設けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の回転ツールによれば、突条部を設けることで、塑性流動材を攪拌ピン側に流動させることができるため、摩擦攪拌部が金属不足になるのを防ぐことができる。しかし、回転ツールの押し込みによって、摩擦攪拌部の肉厚が薄くなる減肉が生じることで、被摩擦攪拌部材の強度が低下するおそれがあった。また、減肉量に応じた面削が必要となるため、生産性の低下に繋がっていた。さらに、摩擦攪拌時に移動する回転ツールのショルダ部の外周部と被摩擦攪拌部材との接触により、摩擦攪拌部にバリが発生していた。またさらに、回転ツールの摩耗が激しくなるため、ツールの交換が多くなり製造コストが嵩むという問題があった。また、突条部が破損すると摩擦攪拌部に破損片が残留し、摩擦攪拌不良となるおそれがあった。
【0005】
このような観点から、本発明は、摩擦攪拌部の減肉とバリの発生を抑制して摩擦攪拌を行うことができるとともに、耐摩耗性を高めることができる回転ツールを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、本発明は、ショルダ部と、前記ショルダ部に設けられた攪拌ピンとを備え、摩擦攪拌に用いられる回転ツールであって、前記回転ツールは、前記ショルダ部の底面において、前記攪拌ピンの基端部の周囲に設けられたすり鉢状溝部と、前記すり鉢状溝部の径方向外側において、前記ショルダ部の底面の外周縁の一部を周方向にわたって切り欠いて形成された切欠き部と、前記切欠き部の一端部から延設されて、前記切欠き部と前記すり鉢状溝部とを連結する溝部と、を備え、前記溝部は、前記切欠き部の延在方向に対して、前記切欠き部の一端部から前記回転ツールの中心方向に向けて折れ曲がって形成されており、前記溝部が形成された前記切欠き部の一端部において、前記溝部の壁面からなり、前記すり鉢状溝部の周方向外側の外縁部を頂部として有するエッジ部が形成されている、ことを特徴とする。
【0007】
かかる構成によれば、進行方向前側では、切欠き部及び溝部を介して塑性流動材をすり鉢状溝部へ効率良く流入させることができる。また、流入した塑性流動材をすり鉢状溝部で保持することができる。さらに、進行方向後側付近では、塑性流動材を溝部を介してすり鉢状溝部の外部へ排出することができる。このとき、回転ツールの回転によって、排出された塑性流動材を摩擦攪拌部の表面に均一に固着させることができる。これにより、攪拌ピンの周囲の摩擦攪拌効率が高まり摩擦攪拌部の金属不足を防いで摩擦攪拌部の減肉を抑制するとともに、バリの発生を抑制することができる。また、従来技術のようにショルダ部の底面に突出する突条部は設けないため、耐摩耗性を高めることができる。
また、かかる構成によれば、切欠き部に溜まった塑性流動材がエッジ部に突き当たって溝部に流れ込むとともに、進行方向前側でエッジ部によって切り取られた塑性流動材が溝部に取り込まれて、これらの流動部材を溝部を通してすり鉢状溝部へ導くことができる。これにより、切欠き部及び溝部を介して、塑性流動材をすり鉢状溝部へ一層効率よく流入させることができる。
【0008】
また、前記ショルダ部の底面の外周縁に、先端側に向けて縮径するテーパー部が設けられており、前記切欠き部は、前記テーパー部の先端部に設けられていることが好ましい。
【0009】
かかる構成によれば、テーパー部によって進行方向前側に存在する被摩擦攪拌部材を押さえ付けながら塑性流動材を切欠き部へ導くことができるため、摩擦攪拌部の金属不足をより防ぐとともに、バリの発生をより抑制することができる。
【0010】
また、前記溝部は、前記テーパー部の先端部に設けられていることが好ましい。
【0011】
かかる構成によれば、テーパー部から導かれた塑性流動材を切欠き部及び溝部を介してすり鉢状溝部へ効率よく流入させることができる。
【0014】
また、前記切欠き部は、周方向に所定の長さで円弧状に形成されており、前記溝部は、前記切欠き部の端部のうち回転方向に対向する側の端部から前記すり鉢状溝部に延設されており、前記溝部の延長方向に沿う仮想線と、当該仮想線と前記切欠き部の外周縁との交点における接線とのなす角度が鈍角となっていることが好ましい。
【0015】
かかる構成によれば、切欠き部及び溝部によって塑性流動材をすり鉢状溝部へより効率よく導くことができる。また、ショルダ部の底面のすり鉢状溝部に保持された余分な塑性流動材を溝部から排出して、回転ツールの回転によって溝部から排出された塑性流動材を進行方向後側の摩擦攪拌部の表面に均一に固着させることができる。これにより、摩擦攪拌部の金属不足をより防いで摩擦攪拌部の減肉をより抑制するとともに、バリの発生をより抑制することができる。
【0016】
また、前記切欠き部及び前記溝部は、前記攪拌ピンの周囲に複数組形成されていることが好ましい。
【0017】
かかる構成によれば、バランス良く摩擦攪拌を行うことができる。
また、前記攪拌ピンの外周面には螺旋溝が刻設されており、前記螺旋溝が前記攪拌ピンの基端から先端に向けて左回りに形成されるとともに、前記回転ツールの先端側から見て、前記切欠き部の時計回り方向における終端部側から前記溝部が延設されるか、または、前記螺旋溝が前記攪拌ピンの基端から先端に向けて右回りに形成されるとともに、前記回転ツールの先端側から見て、前記切欠き部の反時計回り方向における終端部側から前記溝部が延設されることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る回転ツールによれば、摩擦攪拌部の減肉とバリの発生を抑制して摩擦攪拌を行うことができるとともに、耐摩耗性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施形態に係る回転ツールの斜視図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る回転ツールを攪拌ピンの先端側から見た斜視図である。
【
図3】本発明の実施形態に係る回転ツールを示す底面図である。
【
図4】本発明の実施形態に係る回転ツールを示す側断面図である。
【
図5A】本発明の実施形態に係る回転ツールの使用状態を示す側断面図である。
【
図5B】本発明の実施形態に係る回転ツールの使用状態を示す模式平面図である。
【
図6A】試験1の実施例1の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の平面図である。
【
図6B】試験1の実施例1の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
【
図7A】試験1の実施例1の挿入深さ0.6mmに係る摩擦攪拌後の平面図である。
【
図7B】試験1の実施例1の挿入深さ0.6mmに係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
【
図8】試験2の比較例1に係る回転ツールの斜視図である。
【
図9A】試験2の比較例1の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の平面図である。
【
図9B】試験2の比較例1の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後のマクロ側断面図である。
【
図10A】試験2の実施例2の挿入深さ0.2mmに係る摩擦攪拌後の平面図である。
【
図10B】試験2の実施例2の挿入深さ0.2mmに係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
【
図11A】試験2の実施例2の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の平面図である。
【
図11B】試験2の実施例2の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
【
図11C】試験2の実施例2の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の摩擦攪拌終了位置付近の平面図である。
【
図11D】試験2の実施例2の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の摩擦攪拌終了位置付近のマクロ側断面図である。
【
図12A】試験3の実施例3の回転ツールを示す斜視図である。
【
図12B】試験3の実施例3の回転ツールを示す側面図である。
【
図12C】試験3の実施例3の回転ツールを示す底面図である。
【
図13A】試験3の比較例2の挿入深さ0.2mmに係る摩擦攪拌後の断面図である。
【
図13B】試験3の比較例2の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の断面図である。
【
図14A】試験3の実施例3の挿入深さ0.2mmに係る摩擦攪拌後の断面図である。
【
図14B】試験3の実施例3の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の断面図である。
【
図15】試験3の挿入深さと板厚との関係を示すグラフである。
【
図17A】試験4の比較例3に係る摩擦攪拌後の平面図である。
【
図17B】試験4の比較例3に係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
【
図18A】試験4の比較例5に係る摩擦攪拌後の平面図である。
【
図18B】試験4の比較例5に係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
【
図19A】試験4の実施例4に係る摩擦攪拌後の平面図である。
【
図19B】試験4の実施例4に係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施形態に係る回転ツールについて図面を用いて詳細に説明する。本発明は以下の実施形態のみに限定されるものではない。また、実施形態における構成要素は、一部又は全部を適宜組み合わせることができる。
図1及び
図2に示すように、回転ツール1は、摩擦攪拌に用いられるツールであって、ショルダ部2と、攪拌ピン3とを有する。回転ツール1は、例えば、工具鋼で形成されている。
【0021】
ショルダ部2は、円柱状を呈し摩擦攪拌装置の主軸に接続される部位である。攪拌ピン3は、ショルダ部2の底面2aにおいて、ショルダ部2と同心で設けられている。なお、攪拌ピン3は、例えばショルダ部2と偏心して設けられていても良い。攪拌ピン3は、先端に向けて先細りになっている。攪拌ピン3の先端には、回転中心軸線Zに対して垂直な平坦面3aが形成されている。攪拌ピン3の外周面には螺旋溝が刻設されている。回転ツール1を右回転させる場合は、螺旋溝を攪拌ピン3の基端から先端に向けて左回りに形成することが好ましい。
【0022】
一方、回転ツール1を左回転させる場合は、螺旋溝を基端から先端に向けて右回りに形成することが好ましい。これにより、攪拌ピン3によって塑性流動材が先端側に導かれるため、摩擦攪拌部の金属部材(被摩擦攪拌部材)の塑性流動と攪拌をより促進するとともに、被摩擦攪拌部材の外部に溢れ出る金属を低減することができる。
【0023】
図1に示すように、ショルダ部2の底面2aには、すり鉢状溝部11と、切欠き部12A,12Bと、溝部13A,13Bと、テーパー部14とが形成されている。一組の切欠き部12Aと溝部13Aは、ショルダ部2の底面2aの一方側において、連続して形成されている。また、他の一組の切欠き部12Bと溝部13Bは、ショルダ部2の底面2aの他方側において、連続して形成されている。なお、以降、切欠き部12Aと切欠き部12Bとを特に区別しない場合は、切欠き部12と総称して説明する。また、溝部13Aと溝部13Bとを特に区別しない場合は、溝部13と総称して説明する。
【0024】
すり鉢状溝部11は、攪拌ピン3の基端部の周囲に全周に亘って形成されている。すり鉢状溝部11は、底部11aを最深部とし、攪拌ピン3の基端部側と、すり鉢状溝部11の周方向外側の外縁部11bとを頂部とする凹状になっている。すり鉢状溝部11は、摩擦攪拌の際に塑性流動材を保持する部位である。すり鉢状溝部11は、平面視で攪拌ピン3を中心とするすり鉢状であり、断面視で底部11aを最深部とする凹状であることで、底部11aに塑性流動材を多く充填して保持できるようになっている。なお、摩擦攪拌の際に、底部11aが被摩擦攪拌部材の表面よりもやや高い位置に配置するように回転ツール1の押し込み量を制御することが好ましい。これにより、ツールの回転によって、底部11aと連結する溝部13からあふれ出る塑性流動材を、進行方向後側付近の摩擦攪拌部の表面に滑らかに均して固着させることができる。さらに、摩擦攪拌部表面を、被摩擦攪拌部材の元の表面よりもやや高い位置、または同じ程度の高さ位置となるように塑性流動材を固着させることで、摩擦攪拌部の減肉を抑制することができる。
【0025】
切欠き部12は、すり鉢状溝部11の径方向外側において、ショルダ部2の底面2aの外周縁を周方向にわたって切り欠いて形成されている。切欠き部12は、ショルダ部2の底面2aの外周縁の全周に亘って連続して形成されておらず、ショルダ部2の底面2aの外周縁の一部を切り欠いて形成されている。なお、ショルダ部2の底面2aにテーパー部14が設けられていることから、ショルダ部2の底面2aと、テーパー部14の回転ツール1の先端側とで形成される角部に切欠き部12が形成されている。すなわち、切欠き部12は、テーパー部14の先端部に設けられている。切欠き部12は、すり鉢状溝部11に沿って、所定の長さで円弧状に形成されている。切欠き部12は、回転中心軸線Zに対して垂直な平坦面であり、深さが一定になっている。切欠き部12の内縁には、切欠き部12から外縁部11bまで立ち上がる側壁15が形成されている。すり鉢状溝部11と切欠き部12とは、すり鉢状溝部11の外縁部11bと側壁15とを挟んで隔てられており、溝部13によって連結されている。
図3に示すように、切欠き部12は、その一端部12aから他端部12bまでの開き角度αが約135°となるように延設されている。切欠き部12A,12Bは、回転中心軸線Zを中心に点対称となる位置に一対設けられている。なお、
図2及び
図3では、切欠き部12及び溝部13を目立たせるためにハッチを付している。
【0026】
溝部13は、切欠き部12の一端部12aからすり鉢状溝部11に連続して延設された溝である。溝部13は、摩擦攪拌のときに切欠き部12からすり鉢状溝部11に塑性流動材が流動するように形成されている。具体的には、溝部13は、切欠き部12のうち回転ツール1の回転方向に対して対向する側(本実施形態では一端部12a)から延設されている。言い換えれば、回転ツール1の先端側から見た場合、回転ツール1が回転する際に回転方向において先行する切欠き部12の先行端部に対して他端側となる後行端部の側から溝部13は延設される。より具体的には、回転ツール1を右回転させる場合は、回転ツール1の先端側から見て、切欠き部12の時計回り方向における終端部側(本実施形態では一端部12a)から溝部13は延設される。また、回転ツール1を左回転させる場合は、回転ツール1の先端側から見て、切欠き部12の反時計回り方向における終端部側から溝部13は延設される。溝部13は、本実施形態では切欠き部12の一端部12aからすり鉢状溝部11内まで直線状に延設されている。溝部13は、断面視矩形状に形成されている。なお、溝部13の断面形状は特に限定されず、例えば曲線状に形成されていても良い。切欠き部12の幅L1は、溝部13の幅L2よりも若干小さくなっているが、幅L1,L2は適宜設定すればよい。
【0027】
図3に示すように、回転中心軸線Zを通るとともに、切欠き部12の一端部12a側と溝部13との交点を通る線を基準線Xとした場合、溝部13の延長方向に沿う仮想線L4と基準線Xとのなす角度βが30°になっている。また、溝部13の延長方向に沿う仮想線L4と、切欠き部12の外周縁とが交差する点を交点Pとする。交点Pにおける切欠き部12の外周縁の接線L3と、溝部13の延長方向に沿う仮想線L4とのなす角度δが120°となるように溝部13が配設されている。なお、回転中心軸線Zを通り基準線Xに直行する線を基準線Yとする。角度δは90°以上となることが好ましく、鈍角となることがより好ましい。
【0028】
溝部13の延設方向は、摩擦攪拌の際に塑性流動材をすり鉢状溝部11に導くことができればどのような形状でもよいが、本実施形態によれば溝部13からすり鉢状溝部11へ塑性流動材を効率よく導くことができる。
図4に示すように、切欠き部12は、高さ方向において、すり鉢状溝部11の底部11aよりも若干ショルダ部2側に位置するように形成されている。
【0029】
溝部13は、切欠き部12の周方向に向けた延在方向に対して、切欠き部12の一端部12aから回転ツール1の中心方向に向けて折れ曲がって形成されている。そして、溝部13が形成された切欠き部12の一端部12aにおいて、切欠き部12の他端部12bとは遠位となる側の溝部13の壁面からなり、すり鉢状溝部11の外縁部11bを頂部として有するエッジ部13aが形成されている。回転ツール1のショルダ部2の底面2aにおいて、エッジ部13aの頂部となる外縁部11bが最も高く突出している。
【0030】
なお、本実施形態では、回転中心軸線Zを中心に点対称となるように切欠き部12及び溝部13を等間隔で2組設けたが、切欠き部12及び溝部13は、1組でもよいし、3組以上設けてもよい。すなわち、切欠き部12及び溝部13は、攪拌ピン3の周囲に複数組形成されていてもよい。
【0031】
テーパー部14は、ショルダ部2の下端から攪拌ピン3側に縮径するように形成されている。テーパー部14の先端部の外周縁には切欠き部12が設けられている。テーパー部14の先端部の外周縁から、すり鉢状溝部11に向けて溝部13が設けられている。テーパー部14の周囲には、螺旋溝が形成されている。回転ツール1を右回転させる場合は、螺旋溝をテーパー部14の基端から先端に向けて左回りに形成することが好ましい。
【0032】
一方、回転ツール1を左回転させる場合は、螺旋溝を基端から先端に向けて右回りに形成することが好ましい。これにより、テーパー部14によって塑性流動材が先端側(攪拌ピン3側)に導かれるため、被摩擦攪拌部材の外部に溢れ出る金属を低減することができる。なお、テーパー部14は省略してもよい。
【0033】
図5A及び
図5Bに示すように、金属部材M1に対して摩擦攪拌を行う場合、金属部材M1の表面M1aに右回転させた攪拌ピン3を挿入する。より詳しくは、テーパー部14の外周面が金属部材M1の表面M1aと接触するように挿入深さを設定する。
【0034】
図5Bに示すように、摩擦攪拌を行うと、回転ツール1の進行方向前側付近では、攪拌ピン3及びテーパー部14で攪拌された塑性流動材は、テーパー部14によって押さえられるとともに、切欠き部12Aと溝部13Aとを介してすり鉢状溝部11側に導かれる。また、被摩擦攪拌部材と接触したエッジ部13aが被摩擦攪拌部材の材料を塑性流動させながら切り取り、切り取られた塑性流動材が溝部13Aに取り込まれる。また、回転ツール1の移動に伴い切欠き部12Aに導かれた溜まった塑性流動材は、切欠き部12A内に沿って周方向に導かれ、回転ツール1の進行方向前側付近で折れ曲がり箇所に位置するエッジ部13aに突き当たって溝部13Aに流れ込む。そして、切欠き部12Aから溝部13Aに流れ込んだ塑性流動材と、エッジ部13aによって切り取られた塑性流動材とが、溝部13Aを通ってすり鉢状溝部11へ導かれる(
図5Bの矢印参照)。
【0035】
すり鉢状溝部11は、攪拌ピン3の基端部の全周に亘ってすり鉢状になっているため、塑性流動材がすぐに外部に溢れることなく、回転ツール1の高速回転及びすり鉢状溝部11の傾斜面によって攪拌ピン3の周囲に塑性流動材を保持することができる。
【0036】
回転ツール1の進行方向後側付近では、すり鉢状溝部11から溝部13Bを介して塑性流動材が排出され、テーパー部14から回転ツール1の外部へ排出される(
図5Bの矢印参照)。
図5Aに示すように、進行方向後方側から外部に排出された塑性流動材は、テーパー部14によって押さえられ、塑性化領域Wの上層を構成する肉盛部Waとなる。なお、摩擦攪拌の際に、底部11aを金属部材M1の表面M1aよりやや高い位置に配置することで、底部11aと連結する溝部13から溢れ出る塑性流動材を、テーパー部14によって塑性化領域Wの上層に押さえつけることができる。これにより、摩擦攪拌部の表面に形成される肉盛部Waは、少なくとも外縁部11bが押し込まれていた位置よりも高く、好ましくは金属部材M1の表面M1aと比べて若干高いか同じ程度の高さ位置となるようにできる。このようにして、回転ツール1によれば、摩擦攪拌部の減肉を抑制して、肉盛を形成するように摩擦攪拌を行うことができる。つまり、溝部13は、回転ツール1の進行方向前側では、塑性流動材をすり鉢状溝部11側へ導く機能を有する、また、溝部13は、回転ツール1の進行方向後側では、塑性流動材を溝部13を介してすり鉢状溝部11の外部へ排出することで、摩擦攪拌部に肉盛部Waを形成する機能を有する。
【0037】
以上説明した本実施形態に係る回転ツール1によれば、進行方向前側では、切欠き部12及び溝部13を介して塑性流動材をすり鉢状溝部11へ効率良く流入させることができる。また、流入した塑性流動材をすり鉢状溝部11で保持することができる。さらに、進行方向後側付近では、溝部13を介してすり鉢状溝部11の外部へ塑性流動材を排出することができる。このとき、回転ツール1の回転によって、排出された塑性流動材を摩擦攪拌部の上部に堆積させて、摩擦攪拌部の表面の表面組織として均一に固着させることができる。このようにして攪拌ピン3の周囲の摩擦攪拌効率が高まることで、摩擦攪拌部の金属不足を防いで減肉を抑制するとともに、バリの発生を抑制することができる。また、塑性化領域Wに肉盛部Waを形成することができる。したがって、摩擦攪拌後の摩擦攪拌部が比較的に平坦な状態で形成された被摩擦攪拌部材を得ることができる。また、従来技術のようにショルダ部の底面に突出する突条部は設けないため、耐摩耗性を高めることができる。したがって、回転ツール1の交換頻度を抑えることができ、また、回転ツール1の破損により生じる問題を回避しやすくなる。
【0038】
また、本実施形態のようにテーパー部14を設けることで、テーパー部14の傾斜によって、進行方向前側に存在する塑性流動材を押さえ付けながら、切欠き部12と溝部13とを介して、より多くの塑性流動材をすり鉢状溝部11側へ導くことができるため、摩擦攪拌部の金属不足をより防いで減肉を抑制するとともに、バリの発生をより抑制することができる。
【0039】
また、本実施形態のように、溝部13をテーパー部14の先端部に設けることが好ましい。かかる構成によれば、テーパー部14から導かれた塑性流動材を切欠き部12及び溝部13を介してすり鉢状溝部11へ効率よく流入させることができる。
【0040】
また、本実施形態のように、切欠き部12の延在方向に対して溝部13が折れ曲がって形成されており、溝部13が形成された切欠き部12の一端部12aにエッジ部13aが形成されていることが好ましい。かかる構成によれば、切欠き部12Aに溜まった塑性流動材がエッジ部13aに突き当たって溝部13Aに流れ込むとともに、進行方向前側でエッジ部13aによって切り取られた塑性流動材が溝部13Aに取り込まれて、これらの流動部材を溝部13Aを通してすり鉢状溝部11へ導くことができる。これにより、切欠き部12及び溝部13を介して、塑性流動材をすり鉢状溝部11へ一層効率よく流入させることができる。
【0041】
また、本実施形態のように、切欠き部12は、周方向に所定の長さで円弧状に形成されており、溝部13は、回転方向に対向する側の切欠き部12の一端部12aからすり鉢状溝部11に延設されており、接線L3と、溝部13の延長方向に沿う仮想線L4とがなす角度δが鈍角となっていることが好ましい。
かかる構成によれば、切欠き部12及び溝部13によって塑性流動材をすり鉢状溝部11へより効率よく導くことができる。また、ショルダ部2の底面2aのすり鉢状溝部11に保持された余分な塑性流動材を溝部13から排出して、回転ツール1の回転によって溝部13から排出された塑性流動材を進行方向後側の摩擦攪拌部の表面に均一的に固着させることができる。これにより、摩擦攪拌部の金属不足をより防いで摩擦攪拌部の減肉をより抑制するとともに、バリの発生をより抑制することができる。
【0042】
また、本実施形態のように切欠き部12及び溝部13は、攪拌ピン3の周囲に等間隔で複数組形成されていることが好ましい。かかる構成によれば、摩擦攪拌条件に応じてバランス良く摩擦攪拌を行うことができる。
【0043】
なお、回転ツール1は適宜設計変更が可能である。例えば、溝部13の形状、角度、深さは、摩擦攪拌のときに切欠き部12から溝部13を通ってすり鉢状溝部11に塑性流動材が流動すれば、どのような形態であってもよい。また、切欠き部12の形状、開き角度α、深さは、摩擦攪拌のときに切欠き部12から溝部13を通ってすり鉢状溝部11に塑性流動材が流動すれば、どのような形態であってもよい。
【0044】
上述した実施形態では、切欠き部12の深さが一定になって形成されている場合を例示した。切欠き部12は周方向において深さが変化するように形成してもよい。切欠き部12は、溝部13と連続する一端部12aから他端部12bに向かうにつれて、他端部12b側の深さが減少するようにスロープ状に形成することができる。言い換えれば、他端部12b側では切欠きの深さが浅く、溝部13に向かうにつれて深さが増すように切欠き部12を形成することができる。また、切欠き部12は、溝部13と連続する一端部12aから他端部12bに向かうにつれて、幅が減少するように形成することができる。言い換えれば、他端部12b側では切欠きの幅が狭く、溝部13に向かうにつれて幅が増すように切欠き部12を形成することができる。これらの場合、摩擦攪拌時に被摩擦攪拌部材と先行して接触する他端部12bに加わる負担を減らして、回転ツール1の摩耗や破損を抑えることができる。また、溝部13に近い一端部12a側の容積が大きくなることで、塑性流動材をすり鉢状溝部11に効率よく流動させることができる。
【0045】
上述した実施形態では、回転ツール1を用いて金属部材M1に対して摩擦攪拌を行う場合を例示して説明した。言うまでもなく、本発明の回転ツールの適用対象は金属部材M1に限定されず、2以上の金属部材の接合に用いることができる。例えば、本発明の回転ツールは、2以上の金属部材を付き合わせた突合せ部の接合に用いることができる。また、本発明の回転ツールは、2以上の金属部材を重ね合わせた重ね合わせ部の接合に用いることができる。そして、本発明の回転ツールによれば、2以上の金属部材の接合に用いる場合にも、上述した実施形態と同様の作用効果を奏し、摩擦攪拌部(接合部)の減肉とバリの発生を抑制して摩擦攪拌を行うことができるとともに、耐摩耗性を高めることができる。
【実施例】
【0046】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例では試験1、試験2、試験3及び試験4を行った。
<試験1>
試験1は、実施例1の回転ツール1Aを用いて摩擦攪拌を行い、挿入深さと摩擦攪拌後の塑性化領域Wの関係を確認することを目的とした。
【0047】
試験1では、
図6A及び
図6Bに示すように、摩擦攪拌を行う金属部材M1としてアルミニウム合金A6063-T5を用いた。金属部材M1の厚さは29.9mmに設定した。回転ツールの回転数は650rpmとし、移動速度は200mm/minに設定した。回転ツールは右回転させるように設定した。回転ツール1Aの傾斜角度は0°とし、移動距離は150mmに設定した。回転ツール1Aの挿入深さは、0.4mm又は0.6mmに設定した。なお、挿入深さとは、摩擦攪拌の際に金属部材M1の表面M1aからすり鉢状溝部11の外縁部11bまでの距離を言う。
【0048】
試験1の実施例1に係る回転ツール1Aは、ショルダ部2と、攪拌ピン3とを有し、ショルダ部2の底面2aには、すり鉢状溝部11と、切欠き部12A,12Bと、溝部13A,13Bと、テーパー部14とが形成されている。ショルダ部2の外径は25mmとし、攪拌ピン3の長さは23.8mmとした。テーパー部14のテーパー角度は90°に設定した。溝部13の幅は2.0mm、深さは1.5mmに設定した。つまり、溝部13の深さ(1.5mm)は、挿入深さ(0.4mm又は0,6mm)よりも大きく設定している。すり鉢状溝部11の傾斜角度γ(
図4参照)は30°に設定した。すり鉢状溝部11の外径は25mmに設定した。攪拌ピン3の螺旋溝は、基端から先端に向けて左回りになっており、V溝の角度を60°、ピッチを1.25mmに設定した。テーパー部14の螺旋溝は、基端から先端に向けて左回りになっており、V溝の角度を60°、ピッチを0.5mmに設定した。切欠き部12は攪拌ピン3を中心として円弧状に形成されており、攪拌ピン3の中心から内周側の壁部までの長さが12.5mm、攪拌ピン3の中心から外周側の壁部までの長さが14.0mmであり、切欠き部12の幅は1.5mm、深さは1.5mm、開き角度αは約135°に設定した。溝部13の延長方向に沿う仮想線L4と基準線Xとのなす角度βは30°に設定した。溝部13の延長方向に沿う仮想線L4と、仮想線L4と切欠き部12の外周縁との交点Pにおける接線L3とのなす角度δは120°に設定した。溝部13A,13Bは攪拌ピン3に対して点対称となるように配置した。
【0049】
図6Aは、試験1の実施例1の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の平面図である。
図6Bは、試験1の実施例1の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。従来の回転ツールであると、挿入深さ(被摩擦攪拌部材の表面からショルダ部の底面までの距離)と同じくらい摩擦攪拌部に減肉(金属不足)が発生するが、
図6A及び
図6Bに示すように、実施例1において挿入深さを0.4mmに設定した場合、摩擦攪拌部の減肉はほぼ見られなかった。なお、塑性化領域Wの片側にバリVがわずかに発生した。
【0050】
図7Aは、試験1の実施例1の挿入深さ0.6mmに係る摩擦攪拌後の平面図である。
図7Bは、試験1の実施例1の挿入深さ0.6mmに係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
図7A及び
図7Bに示すように、実施例1において挿入深さを0.6mmに設定した場合でも、摩擦攪拌部の減肉はほぼ見られなかった。なお、塑性化領域Wの片側にバリVがわずかに発生した。
【0051】
<試験2>
試験2は、実施例2の回転ツール1Bを用いて摩擦攪拌を行い、挿入深さと摩擦攪拌後の塑性化領域Wの関係を確認することを目的とした。
【0052】
試験2では、摩擦攪拌を行う金属部材M1としてアルミニウム合金A6063-T5を用いた。金属部材M1の厚さは4.9mmに設定した。回転ツールの回転数は4000rpmとし、移動速度は500mm/minに設定した。回転ツールは右回転させるように設定した。回転ツール1Aの傾斜角度は0°とし、移動距離は150mmに設定した。回転ツール1Aの挿入深さは、0.2mm、0.4mm、または0.6mmに設定した。
【0053】
試験2の実施例2に係る回転ツール1Bは、ショルダ部2と、攪拌ピン3とを有し、ショルダ部2の底面2aには、すり鉢状溝部11と、切欠き部12A,12Bと、溝部13A,13Bと、テーパー部14とが形成されている。攪拌ピン3の長さは3.2mmとした。テーパー部14のテーパー角度は90°に設定した。溝部13の幅は1.5mm、深さは1.0mmに設定した。すり鉢状溝部11の傾斜角度γ(
図4参照)は20°に設定した。すり鉢状溝部11の外径は7mmに設定した。攪拌ピン3の螺旋溝は、基端から先端に向けて左回りになっており、V溝の角度を60°、ピッチを0.5mmに設定した。テーパー部14の螺旋溝は、基端から先端に向けて左回りになっており、V溝の角度を60°、ピッチを0.5mmに設定した。切欠き部12の幅は1.0mm、深さは1.0mm、開き角度αは120°に設定した。溝部13の延長方向に沿う仮想線L4と基準線Xとのなす角度βは30°に設定した。溝部13の延長方向に沿う仮想線L4と、仮想線L4と切欠き部12の外周縁との交点Pにおける接線L3とのなす角度δは120°に設定した。
【0054】
図8に示すように、試験2の比較例1に係る回転ツール100は、ショルダ部102と、攪拌ピン103と、突条部105とを有している。攪拌ピン103の外周面には基端から先端に向けて左回りの螺旋溝が形成されている。ショルダ部102の底面には、当該底面に突出する突条部105が渦巻き状に形成されている。突条部105は、底面の外周端を始点として、中心方向に向けて、回転ツール100の先端側から見て時計回りの渦巻状に約1周して、攪拌ピン103を除いた底面の径方向中間部付近まで延在するように形成されている。突条部105の厚さは0.6mm、高さは1.0mmとして、断面視矩形状に突出するように形成されている。回転ツール100を用いて金属部材M1に対して挿入深さを0.4mmに設定して回転ツール100を所定の距離で移動させて摩擦攪拌を行った。回転ツールは右回転させるように設定した。なお、ここでの挿入深さとは、摩擦攪拌の際に金属部材M1の表面M1aから突条部105の先端までの距離を言う。
【0055】
図9Aは、試験2の比較例1の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の摩擦攪拌終了位置付近の平面図である。
図9Bは、試験2の比較例1の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の摩擦撹拌終了位置付近のマクロ側断面図である。
図9A及び
図9Bに示すように、試験2の比較例1では、塑性化領域Wの両側にバリVが大量に発生している。また、
図9Bに示すように、金属部材M1の表面M1aから、塑性化領域Wの表面Wyまでの厚み方向の距離が大きくなっている。また、塑性化領域Wの表面Wyは、ショルダ部102が押し込まれていた位置とほぼ同じ高さとなっている。つまり、試験2の比較例1であると摩擦攪拌部の減肉(金属不足)が大きくなっている。なお、塑性化領域Wの表面Wyの減肉は、減肉された体積に相当する塑性流動材が塑性化領域Wの両側に排出されて、バリVが形成されることにより生じたものである。
【0056】
一方、
図10Aは、試験2の実施例2の挿入深さ0.2mmに係る摩擦攪拌後の平面図である。
図10Bは、試験2の実施例2の挿入深さ0.2mmに係る摩擦攪拌後の断面図である。
図10A及び
図10Bに示すように、実施例2の挿入深さ0.2mmの場合、比較例1に比べてバリVの発生を大幅に抑制できた。また、比較例1のような摩擦攪拌部の減肉は観察されなかった。
図10B及び後述する
図11Bは、摩擦攪拌後の断面に対してフッ酸溶液を用いたエッチングを行ったものである。
図10Bでは、塑性化領域Wが、末広がりの山状の形状を上下逆さに配置した領域として形成されている。この山状の領域の底部にあたる、塑性化領域Wの表面部に、厚さ約0.2mmの連続する帯状をした白色の模様を呈する組織が観察された。この組織は、実施形態で例を挙げて説明した通り、回転ツール1Bの回転によって、溝部13から溢れ出た塑性流動材が塑性化領域Wの上部に均一に固着されて、肉盛部Waが形成されたことにより生じたものである。この肉盛部Waは、摩擦攪拌前の金属表面に存在する酸化皮膜とは異なり、また、肉盛部Waの下方の塑性流動領域Wとは異なる流動の仕組みにより形成された組織である。
【0057】
また、試験2の実施例2では塑性化領域Wにトンネル状の欠陥も発生しなかった。
【0058】
図11Aは、試験2の実施例2の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の平面図である。
図11Bは、試験2の実施例2の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の断面図である。
【0059】
図11Cは、試験2の実施例2の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の摩擦攪拌終了位置付近の平面図である。
図11Dは、試験2の実施例2の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の摩擦攪拌終了位置付近のマクロ側断面図である。
図11A、
図11B、
図11C及び
図11Dに示すように、実施例2の挿入深さ0.4mmの場合、比較例1に比べてバリVの発生を抑制できた。また、比較例1に比べて摩擦攪拌部の減肉を小さくすることができた。また、
図11Bには、
図10Bと同様に、塑性化領域Wの表面部に厚さ約0.3mmの連続する帯状をした白色の模様を呈する組織が観察された。これも、挿入深さ0.2mmの場合と同様に、肉盛部Waが形成されたことにより生じたものである。また、試験2の実施例2では塑性化領域Wにトンネル状の欠陥も発生しなかった。また、実施例2の挿入深さ0.4mmでは、
図11Dに示すように、塑性化領域Wの表面の高さが、外縁部11bが押し込まれていた位置よりも高くなり、塑性化領域Wに肉盛部Waが形成されていることが確認された。この肉盛部Waは、
図10B及び
図11Bに観察された帯状をした白色の模様を呈する組織により形成されたものである、すなわち、回転ツール1Bの回転によって、溝部13から溢れ出た塑性流動材が塑性化領域Wの上部に均一に固着されることで形成される肉盛部Waによって、塑性化領域Wが肉盛されている。
【0060】
<試験3>
試験3は、実施例3の回転ツール1Cを用いて摩擦攪拌を行い、挿入深さと摩擦攪拌後の塑性化領域Wとの関係を確認することを目的とした。
【0061】
試験3では、摩擦攪拌を行う金属部材M1としてアルミニウム合金A6063-T5を用いた。金属部材M1の厚さは10mmに設定した。回転ツールの回転数は2400rpmとし、移動速度は600mm/minに設定した。回転ツールは右回転させるように設定した。回転ツール1Cの傾斜角度は0°とし、移動距離は150mmに設定した。回転ツール1の挿入深さは、0.2または0.4mmに設定した。
【0062】
図12Aに示すように、実施例3における回転ツール1Cは、ショルダ部2と、攪拌ピン3とを有する。ショルダ部2の外径は15mmとし、攪拌ピン3の長さは6mmとした。ショルダ部2の底面2aにはすり鉢状溝部11と、切欠き部12A,12Bと、溝部13A,13Bとを有する。
図12Bに示すように、すり鉢状溝部11の傾斜角度γは12°に設定した。すり鉢状溝部11の外径は12mmに設定した。
図12Cに示すように、ショルダ部2の底面2aに、攪拌ピン3を中心として点対象に配置される一対の円弧状の切欠き部12を形成した。切欠き部12は、溝部13と連続する一端部12aから他端部12bに向けて、他端部12b側の3分の1ほどの領域においては、幅が減少するととともに、深さが減少するように形成した。切欠き部12の他端部12b側では末端に向かうにつれて幅が狭くなり、最終的には他方の切欠き部12及び溝部13に連結することなく幅が0となっている。切欠き部12の一端部12aの幅は2.0mm、一端部12aの深さは1.0mm、開き角度αは175°に設定した。このようにして、切欠き部12は、ショルダ部2の底面2aの外周縁全体近くに亘って形成した。切欠き部12の底面からすり鉢状溝部11の外縁部11bまでの高さ方向の距離は1.0mmに設定した。溝部13の幅は1.5mmに設定した。溝部13の延長方向に沿う仮想線L4と基準線Xとのなす角度βは30°に設定した。溝部13の延長方向に沿う仮想線L4と、仮想線L4と切欠き部12の外周縁との交点Pにおける接線L3とのなす角度δは120°に設定した。溝部13A,13Bは攪拌ピン3に対して点対称となるように配置した。回転ツール1Cには、前記した実施形態のテーパー部14は設けていない。
【0063】
試験3の比較例2に係る回転ツールは、
図8に示すものと同形状のものである。
図8を参照すると、比較例2に係る回転ツールの突条部105の高さは1.0mmとし、厚さは0.6mmとした。
【0064】
試験3では、比較例2に係る回転ツール及び実施例3に係る回転ツール1Cで金属部材M1に対してそれぞれ摩擦攪拌を行い、マクロ断面を観察した。比較例2及び実施例3ともに挿入深さを0.2mmまたは0.4mmに設定した。
【0065】
図13Aは、試験3の比較例2の挿入深さ0.2mmに係る摩擦攪拌後の断面図である。
図13Bは、試験3の比較例2の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の断面図である。
図13A及び
図13Bに示すように、比較例2であると、挿入深さ0.2mm、0.4mmのいずれの場合も塑性化領域Wの両側にバリVが大量に発生した。また、金属部材M1の表面M1aから塑性化領域Wの表面Wyまでの距離が大きくなった。つまり、摩擦攪拌部の減肉が大きくなった。
【0066】
一方、
図14Aは、試験3の実施例3の挿入深さ0.2mmに係る摩擦攪拌後の断面図である。
図14Bは、試験3の実施例3の挿入深さ0.4mmに係る摩擦攪拌後の断面図である。
図14A及び
図14Bに示すように、回転ツール1Cを用いた実施例3であるとバリはほとんど発生していなかった。また、摩擦攪拌部の減肉もほとんど発生していなかった。
【0067】
図15は、試験3の挿入深さと板厚との関係を示すグラフである。
図15に示すように、比較例2に比べて、実施例3の方が摩擦攪拌後の板厚(塑性化領域Wの板厚)を大きくすることができた。つまり、比較例2に比べて、実施例3の方が摩擦攪拌部の減肉を少なくすることができた。また、実施例3において挿入深さを0.2mmに設定すると、元板厚(摩擦攪拌前の厚さ)よりも板厚を大きくすることができた。実施例3において挿入深さを0.3mmに設定すると、摩擦攪拌前とほぼ同じ板厚になった。また、実施例3において挿入深さを0.4mmと大きくしても、摩擦攪拌部の減肉を抑制することができた。また、試験3の回転ツール1Cでは、テーパー部14を設けなくても、バリを抑制することができるとともに、塑性化領域Wの減肉を抑制することができた。
【0068】
<試験4>
試験4は、実施例4の回転ツール1Dを用いて摩擦攪拌を行い、切欠き部12及び溝部13の効果を確認することを目的とした。
【0069】
試験4では、摩擦攪拌を行う金属部材M1としてアルミニウム合金A6063-T5を用いた。金属部材M1の厚さは10mmに設定した。回転ツールの回転数は2400rpmとし、移動速度は600mm/minに設定した。回転ツールは右回転させるように設定した。回転ツール1Dの傾斜角度は0°とし、移動距離は150mmに設定した。回転ツール1Aの挿入深さは、0.6mmに設定した。
【0070】
図16に示すように、比較例3の回転ツール200は、溝部及び切欠き部をともに備えていない形態である。すり鉢状溝部11の傾斜角度γは12°に設定した。ショルダ部2の外径を15mmとし、攪拌ピン3の基端部の外径を6mmとし、先端部の外径を4mmとした。攪拌ピン3の長さは6mmとした。
【0071】
比較例4の回転ツール300は、切欠き部を備えるが、溝部を備えていない形態である。すり鉢状溝部11の傾斜角度γは12°に設定した。ショルダ部2の外径を15mmとし、攪拌ピン3の基端部の外径を5mmとした。攪拌ピン3の長さは3mmとした。切欠き部12’はショルダ部2の底面の外周縁に周方向の全体にわたって形成し、幅は1.25mm、深さは1.0mmとした。切欠き部12の底面からすり鉢状溝部11の外縁部11bまでの高さ方向の距離は1.5mmとした。
【0072】
比較例5の回転ツール400は、溝部を備えるが、切欠き部を備えていない形態である。すり鉢状溝部11の傾斜角度は12°に設定した。ショルダ部2の外径を15mmとした。攪拌ピン3の長さは6mmとした。溝部13は、ショルダ部2の底面の外周縁において、等間隔で三つ設けた。溝部13の径方向の幅は2.5mm、周方向の長さは5mm、深さは0.4mmに設定した。
【0073】
実施例4の回転ツール1Cは、
図12A~12Cで示した試験3の回転ツール1Cと同じである。比較例3,4,5及び実施例4ともに挿入深さを0.6mmに設定した。
【0074】
図17Aは、試験4の比較例3に係る摩擦攪拌後の平面図である。
図17Bは、試験4の比較例3に係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
図17A及び
図17Bに示すように、比較例3であると、塑性化領域Wの片側に大量のバリVが発生した。塑性化領域Wの表面Wyから金属部材M1の表面M1aまでの距離も大きかった。つまり、摩擦攪拌部の減肉が大きかった。また、
図17Bに示すように、塑性化領域Wの上部にトンネル状欠陥Qが発生した。このトンネル状欠陥Qは、摩擦撹拌中に金属が押し出されて、塑性化領域Wの金属が不足することで生じると考えられる。
【0075】
比較例4については、概況図はないが、塑性化領域Wにバリが多く発生するとともに、摩擦攪拌部の減肉も大きかった。また、塑性化領域Wにトンネル状欠陥も発生した。
【0076】
図18Aは、試験4の比較例5に係る摩擦攪拌後の平面図である。
図18Bは、試験4の比較例5に係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
図18A及び
図18Bに示すように、比較例5であると、塑性化領域Wの片側に大量のバリVが発生した。塑性化領域Wの表面Wyから金属部材M1の表面M1aまでの距離は、比較例3に比べて小さくなった。つまり、比較例5は、塑性化領域Wでの減肉の発生が見られたものの、比較例3に比べて減肉を小さくすることができた。一方、
図18Bに示すように、塑性化領域Wにトンネル状欠陥は発生しなかった。他方、塑性化領域Wの表面Wyに小さな凹凸(ギザギザ)が発生した。
【0077】
図19Aは、試験4の実施例4に係る摩擦攪拌後の平面図である。
図19Bは、試験4の実施例4に係る摩擦攪拌後のマクロ断面図である。
図19A及び
図19Bに示すように、実施例4であると塑性化領域Wの片側にバリVがわずかに発生したものの、比較例3~5に比べて大幅にバリVの発生を抑制できた。また、実施例4であると比較例3~5に比べて摩擦攪拌部の減肉も抑制できた。また、実施例4であると塑性化領域Wにトンネル状欠陥も発生しなかった。さらに、実施例4では、塑性化領域Wの表面の高さが、外縁部11bが押し込まれていた位置よりも高くなり、塑性化領域Wに肉盛が形成されていることが確認された。
【0078】
以上のように、比較例4,5のように、切欠き部12及び溝部13の片方のみを有する回転ツールに比べて、実施例4の回転ツール1Cによれば、ショルダ部2の底面2aに、すり鉢状溝部11と、切欠き部12と、溝部13とを備えた形態であるため、バリVの発生を抑制することができるとともに、摩擦攪拌部の減肉を抑制して、塑性化領域Wに肉盛を形成することができる。また、回転ツール1Cによれば、塑性化領域Wのトンネル状欠陥の発生も防ぐことができる。
【符号の説明】
【0079】
1 回転ツール
2 ショルダ部
3 攪拌ピン
11 すり鉢状溝部
12 切欠き部
13 溝部
V バリ
W 塑性化領域