(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-20
(45)【発行日】2023-09-28
(54)【発明の名称】溶接構造体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 11/11 20060101AFI20230921BHJP
B23K 11/00 20060101ALI20230921BHJP
【FI】
B23K11/11 540
B23K11/00 570
(21)【出願番号】P 2019053310
(22)【出願日】2019-03-20
【審査請求日】2021-11-04
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1:〔講演概要〕 ・一般社団法人溶接学会 平成30年度 春季全国大会 溶接学会全国大会講演概要 第102集(2018-4) 2:〔講演会〕 ・一般社団法人溶接学会 平成30年度 春季全国大会 溶接学会全国大会講演会 講演スライド資料
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
(72)【発明者】
【氏名】中澤 嘉明
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/064817(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/159770(WO,A1)
【文献】特開平07-136773(JP,A)
【文献】特開2008-173666(JP,A)
【文献】特開2014-188548(JP,A)
【文献】特開2014-223669(JP,A)
【文献】特開昭61-216871(JP,A)
【文献】古迫 誠司、宮崎 康信,インサート材を用いた高強度鋼鈑スポット溶接継手強度の向上,溶接学会全国大会公演概要,日本,溶接学会,2017年,第100 集,30-31,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwstaikai/2017s/0/2017s_30 /_pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/11
B23K 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フランジ部を有する第1の鋼板部材と、
前記第1の鋼板部材のフランジ部に対応する部位に平坦部を有する第2の鋼板部材とを備え、
かつ前記第1の鋼板部材と第2の鋼板部材のうち少なくとも1枚は、引張強さが780MPa以上であり、
前記第1の鋼板部材のフランジ部と前記第2の鋼板部材の平坦部とが重ねられて抵抗スポット溶接により
前記フランジ部の長手方向に間隔を置いて形成された複数の溶接部位で接合されてなる溶接構造体において;
さらに前記第1の鋼板部材のフランジ部と前記第2の鋼板部材の平坦部との間に鋼からなるインサート板が介挿されており、
前記フランジ部と前記平坦部との重なり部位のうち、前記インサート板が介挿された領域内に抵抗スポット溶接によるナゲットが形成されており、
前記インサート板は、その板厚tiが前記鋼板部材の板厚thとの関係で、
1.0>ti/th>0.20
の範囲内にあ
り、
前記インサート板は、前記複数の溶接部位に跨がるように、前記フランジ部と前記平坦部との間に介挿されている
ことを特徴とする溶接構造体。
ここで、
前記インサート板を挟んだ前記各鋼板部材の板厚が互いに異なる場合は、薄い方の鋼板部材の板厚をthとする。
【請求項2】
前記第1の鋼板部材として、長さ方向に対して直交する断面の形状としてハット型断面を有する鋼板部材が用いられていることを特徴とする請求項1に記載の溶接構造体。
【請求項3】
前記第2の鋼板部材として、長さ方向に対して直交する断面の形状としてハット型断面を有する鋼板部材が用いられていることを特徴とする請求項2に記載の溶接構造体。
【請求項4】
前記第2の鋼板部材として、平板状の鋼板部材が用いられていることを特徴とする請求項2に記載の溶接構造体。
【請求項5】
請求項1~請求項4のいずれか一の請求項に記載の溶接構造体を製造するにあたり、
予め前記第1の鋼板部材と前記第2の鋼板部材と前記インサート板とを用意しておき、
前記第1の鋼板部材のフランジ部の板面と、前記第2の鋼板前記部材の平坦部とのうち、いずれか一方の板面に前記インサート板を接合した後、前記フランジ部と前記平坦部とを、それらの間に前記インサート板が介在するように重ね、その後、インサート板が介在する重ね領域内に抵抗スポット溶接を施すことを特徴とする溶接構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の車体の骨格などに使用される、鋼板からなる複数の部材をスポット溶接してなる溶接構造体、及びその溶接構造体を製造するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体の骨格部品としては、従来から、鋼板からなる二つの部材、例えばハット型断面を有する二つの部材を組み合わせるか、あるいはハット型断面を有する部材と平板状の部材とを組み合わせて、スポット溶接により接合した溶接構造体が多用されている(例えば特許文献1参照)。
【0003】
この種の従来の溶接構造体の具体的な一例を
図16、
図17に示す。
第1の鋼板部材1は、長板状の鋼板の幅方向両側部分を略U字形状をなすように折り曲げ、さらに両端部を外側に折り曲げてフランジ部11、12を形成して、長手方向に直交する断面形状としてハット型断面を有する形状に加工したものである。また第2の鋼板部材2も、同様にフランジ部21、22を形成して、長手方向に直交する断面形状としてハット型断面を有する形状に加工したものである。なお
図16に示す例では、第1の鋼板部材1のハット型断面の深さD1が、第2の鋼板部材2のハット型断面の深さD2よりも深く作られている。
【0004】
そして第1の鋼板部材1と第2の鋼板部材2とを、それぞれのハット型断面の開放側(底面に対して反対側)が向き合うように配置して、第1の鋼板部材1のフランジ部11、12と、第2の鋼板部材2のフランジ部21、22とを重ね合わせ、重ね合わされたフランジ部11、12;21、22同士を抵抗スポット溶接によって接合し、全体としてほぼ角筒状をなす中空の溶接構造体4が形成されている。スポット溶接により形成されたナゲット(溶接金属)を符号3で示す。
ここで、スポット溶接は、フランジ部11、12;21、22の長さ方向に所定のピッチP、例えば30mm程度のピッチPで間隔を置いて施される。したがって各ナゲット3は、フランジ部11、12;21、22の長さ方向にピッチPで形成されている。
【0005】
なおハット型断面を有する鋼板部材を製造する方法としては、長板状の鋼板(熱延鋼板もしくは冷延鋼板)に冷間もしくは熱間でプレス加工やロール成形等の加工を施し、鋼板にハット型断面形状を付与する方法が一般的である。
一方、最近では、車体の軽量化、衝突安全性を確保するために、骨格部品などの鋼板としては、高強度鋼板を使用することが望まれるようになっている。そしてハット型断面を有する鋼板部材の素材としては、例えば780MPa以上の引張強さを有する高強度鋼板を用いることが望まれている。また、高強度鋼板についてハット型断面を付与する加工方法としては、熱間でプレス加工(ホットスタンプ)を施すことも多くなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】古迫誠司ら「自動車ボディの接合技術における最近の課題とその対策技術-前編」新日鉄技報第393号(2012)、p.69-75
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ハット型断面を有する鋼板部材を組み合わせて、スポット溶接によりフランジ部の重ね合わせ部位を接合した溶接構造体では、溶接時やその後の電着塗装時などにおいて、溶接部に水素が侵入することによる脆化(水素脆化)が生じることがある。特に高強度鋼板を用いた場合には、溶接部に水素脆化が生じやすいことが認識されている。
溶接部に水素脆化が生じれば、遅れ破壊を招いて、継手性能、ひいては車体性能に悪影響を及ぼす恐れがある。そこで、溶接部に水素脆化が生じないような溶接構造体とすることが強く望まれる。しかしながら従来は、溶接部の水素脆化、とりわけ高強度鋼板を用いた場合の溶接部の水素脆化の問題に対する対策は、必ずしも十分に講じられているとは言えず、特許文献1でも水素脆化の問題については言及されていない。
【0009】
本発明は以上の事情を背景としてなされたもので、少なくとも1枚が780MPa以上の引張強さを有する鋼板からなる複数の鋼板部材を用いて抵抗スポット溶接により組み立てた溶接構造体として、溶接部の水素脆化を防止し得るようにした溶接構造体、及びその製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、少なくとも1枚が780MPa以上の引張強さを有する鋼板からなる複数の鋼板部材を用いて抵抗スポット溶接により組み立てた溶接構造体における溶接部の水素脆化を防止する手段を開発するべく、種々実験・検討を重ねたところ、次のような知見が得られた。
【0011】
溶接部付近に水素脆化が生じやすくなる原因は、次のように考えられる。
すなわち、ハット型断面を有する鋼板部材を製造するにあたっては、長板状の鋼板にプレス加工やロール成形等の加工を施すのが通常である。このような加工によってハット型断面を形成する場合、加工後のスプリングバック等に起因して、フランジ部の寸法精度、形状精度にばらつきが生じやすい。そのため、ハット型断面を有する鋼板部材を組み合わせて、スポット溶接により前述のような溶接構造体を製造するためにフランジ部同士を重ね合わせた場合、その重ね合わせ部位において、一方の鋼板部材のフランジ部板面と、他方の鋼板部材のフランジ部板面との間に、不可避的に隙間が生じることが認識されている。
【0012】
図18に、ハット型断面を有する第1の鋼板部材1と第2の鋼板部材2とを組み合わせた状態(スポット溶接前の状態)で、第1の鋼板部材1のフランジ部11と、第2の鋼板部材2のフランジ部21と間に隙間5が存在している状況を模式的に示す。隙間5の間隔(空隙寸法)Gは、一般には0.3mm~1.0mm程度となり、場合によっては1.0mmを越えることもある。
【0013】
このような隙間5が存在するフランジ部11、21の重ね合わせ部位にスポット溶接を施して、ナゲット3が形成された状態を
図19に模式的に示す。
スポット溶接時において、溶接部位では、電極による加圧によって隙間5が消滅する方向に母材鋼板(フランジ部11、21)が弾性変形して、その個所に引張応力が生じる。とりわけナゲット3の端部3aからそれに隣接する鋼板母材の熱影響部位(HAZ)付近に集中して大きな引張応力が生じることが知見された。
図19において大きな応力集中が生じた領域を鎖線丸囲いSで示す。
【0014】
このように溶接部付近に大きな引張残留応力が存在する状態で侵入水素量が臨界値に達すれば、溶接部付近に水素脆化による遅れ破壊を引き起こしやすいことが判明した。
特に高強度鋼板を使用している場合には、ハット型に加工した後のスプリングバック量が大きくなりやすく、またスポット溶接時の引張応力も大きくなりやすい。そのため高強度鋼板では、応力集中が顕著となって、溶接部の水素脆化を招きやすいことが認識された。
【0015】
なお高強度鋼板についてのハット型断面を付与するための加工としては、前述のように熱間でプレス加工(ホットスタンプ)を施すことも多くなっており、ホットスタンプでは成形後のスプリングバックも少なくなるのが通常である。しかしながら、高温でのプレス加工(ホットスタンプ)直後の焼入れ時において、冷却速度のばらつきが大きくなることがあり、その結果フランジ部の形状精度が下がり、前述のような隙間が生じやすくなって、水素脆化を招きやすくなることがある。
【0016】
以上のような認識をベースとして、さらに検討を重ねた結果、少なくとも1枚が780MPa以上の引張強さを有する鋼板からなる複数の鋼板部材における、スポット溶接のために重ね合わされる部位の板面間(すなわち重ね合わせにおいて隙間が生じる個所)に、鋼からなるインサート板を介挿させて、上記の隙間をインサート板によって埋めた状態とすることを考えた。そして、その状態でインサート板が介挿された重ね合わせ部位にスポット溶接を施せば、既に述べたようなナゲット端での引張応力の集中を緩和することが可能となって、水素脆化が生じにくくなることを知見し、本発明をなすに至った。
【0017】
以下に本発明の具体的な態様について示す。
【0018】
本発明の基本的な態様(第1の態様)の溶接構造体は、
フランジ部を有する第1の鋼板部材と、
前記第1の鋼板部材のフランジ部に対応する部位に平坦部を有する第2の鋼板部材とを備え、
かつ前記第1の鋼板部材と第2の鋼板部材のうち少なくとも1枚は、引張強さが780MPa以上であり、
前記第1の鋼板部材のフランジ部と前記第2の鋼板部材の平坦部とが重ねられて抵抗スポット溶接により前記フランジ部の長手方向に間隔を置いて形成された複数の溶接部位で接合されてなる溶接構造体において;
さらに前記第1の鋼板部材のフランジ部と前記第2の鋼板部材の平坦部との間に鋼からなるインサート板が介挿されており、
前記フランジ部と前記平坦部との重なり部位のうち、前記インサート板が介挿された領域内に抵抗スポット溶接によるナゲットが形成されており、
前記インサート板は、その板厚tiが前記鋼板部材の板厚thとの関係で、
1.0>ti/th>0.20
の範囲内にあり、
前記インサート板は、前記複数の溶接部位に跨がるように、前記フランジ部と前記平坦部との間に介挿されている
ことを特徴とするものである。
ここで、前記インサート板を挟んだ前記各鋼板部材の板厚が互いに異なる場合は、薄い方の鋼板部材の板厚をthとする。
【0020】
また本発明の第2の態様の溶接構造体は、
前記第1の鋼板部材として、長さ方向に対して直交する断面の形状としてハット型断面を有する鋼板部材が用いられていることを特徴とする前記第1の態様の溶接構造体である。
【0021】
また本発明の第3の態様の溶接構造体は、
前記第2の鋼板部材として、長さ方向に対して直交する断面の形状としてハット型断面を有する鋼板部材が用いられていることを特徴とする前記第2の態様の溶接構造体である。
【0022】
また本発明の第4の態様の溶接構造体は、
前記第2の鋼板部材として、平板状の鋼板部材が用いられていることを特徴とする前記第2の態様の溶接構造体である。
【0023】
また本発明の第5の態様の溶接構造体の製造方法は、
前記第1~第4のいずれか一の態様の溶接構造体を製造するにあたり、
予め前記第1の鋼板部材と前記第2の鋼板部材と前記インサート板とを用意しておき、
前記第1の鋼板部材のフランジ部の板面と、前記第2の鋼板前記部材の平坦部とのうち、いずれか一方の板面に前記インサート板を接合した後、前記フランジ部と前記平坦部とを、それらの間に前記インサート板が介在するように重ね、その後、インサート板が介在する重ね領域内に抵抗スポット溶接を施すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、少なくとも1枚が780MPa以上の引張強さを有する鋼板からなる複数の鋼板部材を用いて抵抗スポット溶接により組み立てた溶接構造体として、溶接部の水素脆化を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の第1の実施形態の溶接構造体を示す縦断面図である。
【
図3】
図2のIII-III線における拡大断面図である。
【
図4】
図2のIV-IV線における拡大断面図である。
【
図5】本発明の第2の実施形態の溶接構造体を、
図2に対応して示す平面図である。
【
図6】本発明の第3の実施形態の溶接構造体を、
図1に対応して示す縦断面図である。
【
図7】本発明の第4の実施形態の溶接構造体を、
図1に対応して示す縦断面図である。
【
図8】本発明の溶接構造体におけるナゲット端の応力集中状況の一例を説明するための模式図である。
【
図9】本発明者等の実験における、インサート板を用いなかった場合のLTS試験片の形状・寸法を示す略解図である。
【
図10】本発明者等の実験における、インサート板を用いた場合のLTS試験片の形状・寸法を示す略解図である。
【
図11】本発明者等の実験による、TSS試験片についてのインサート板の板厚と最大荷重との関係を示すグラフである。
【
図12】本発明者等の実験による、CTS試験片についてのインサート板の板厚と最大荷重との関係を示すグラフである。
【
図13】本発明者等の実験による、LTS試験片についてのインサート板の板厚と最大荷重との関係を示すグラフである。
【
図14】本発明の第1の実施形態もしくは第2の実施形態の溶接構造体を製造する方法の第1の例を説明するための略解図である。
【
図15】本発明の第1の実施形態もしくは第2の実施形態の溶接構造体を製造する方法の第2の例を説明するための略解図である。
【
図16】従来の溶接構造体の一例を、
図1に対応する断面位置で示す縦断面図である。
【
図17】
図16に示す従来の溶接構造体の一例の平面図である。
【
図18】従来の溶接構造体における、スポット溶接すべき重ね合わせ部位での、スポット溶接前の隙間の発生状況を示す模式的な断面図である。
【
図19】
図18に示すような隙間が発生した媒位について、スポット溶接を施した状態を示す模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、本発明の各実施形態の溶接構造体について、図面を参照して詳細に説明する。
【0027】
<第1の実施形態>
本発明の第1の実施形態の溶接構造体4を、
図1~
図4に示す。第1の実施形態において、溶接構造体4は、第1の鋼板部材1及び第2の鋼板部材2と、インサート板6とからなる。ここで、第1の鋼板部材1及び第2の鋼板部材2は、少なくとも一方が780MPa以上の引張強さを有する鋼板からなる部材であればよく、例えば第1の鋼板部材1及び第2の鋼板部材2が、ともに780MPa以上の引張強さを有する鋼板からなるものであってもよい。またインサート板6は、これらの鋼板部材1、2と同等もしくは低強度の鋼板からなるものである。
【0028】
第1の鋼板部材1は、例えば780MPa以上の引張強さを有する長板状の鋼板をプレス加工やロール成形などにより、長手方向に直交する断面の形状としてハット型を有する形状に加工したものである。したがって第1の鋼板部材1は、幅方向の両端にフランジ部11、12を有している。
【0029】
第2の鋼板部材2は、基本的には、第1の鋼板部材1のフランジ部11、12に対向してフランジ部11、12に重ねられる平坦部21A、22Aを有する鋼板からなるものであればよい。但し本実施形態では、第1の鋼板部材1と同様に、780MPa以上の引張強さを有する長板状の鋼板をプレス加工やロール成形などにより、長手方向に直交する断面の形状としてハット型を有する形状に加工したものとされている。したがって本実施形態では、第2の鋼板部材2も、幅方向の両端にフランジ部21、22を有しており、そのフランジ部21、22が上記の平坦部21A、22Aに相当する。
【0030】
第1の鋼板部材1と第2の鋼板部材2とは、それぞれのハット型断面の開放側(底面に対して反対側)が向き合うように配置されている。そして第1の鋼板部材1のフランジ部11、12と、第2の鋼板部材2のフランジ部21、22とが重ね合わされ、その重ね合わせ部位における、第1の鋼板部材1のフランジ部11、12と第2の鋼板部材1のフランジ部21、22の板面の対面部位間に前記インサート板6が介挿されている。
【0031】
インサート板6は、基本的には、その板面のサイズが溶接部位のナゲット3の径dnよりも大きい寸法の鋼板材とし、ナゲット3を含む部位に、ナゲット3の周縁部の外側まで延出するように配設されていればよい。したがって、例えば後述する第2の実施形態(
図5参照)に示すように、第1、第2の鋼板部材1、2のフランジ部11,12;21、22の長手方向に間隔を置いて形成された複数の溶接部位(ナゲット)に跨って(共通して)連続する長板状のスペーサ板6が配設されていてもよい。但し第1の本実施形態では、各溶接部位ごとに、例えば板面形状(厚みに対して直交する方向の面の形状)が正方形をなすインサート板6が、個別に配設されている。
【0032】
第1、第2の鋼板部材1、2のフランジ部11,12;21、22の重ね合わせ部位(インサート板6が介挿された部位)には、フランジ部11,12;21、22の長手方向に間隔を置いて抵抗スポット溶接が施されて、複数のナゲット3が所定のピッチPで等間隔に形成されている。これによって、ハット型断面を有する第1、第2の鋼板部材1、2が接合されて、全体としてほぼ矩形の断面をなす中空筒状の溶接構造体4が形成されている。ここで、複数のナゲット3が並ぶピッチPの寸法は特に限定しないが、一般には15mm~45mm程度、代表的には30mm程度とされる。なおこれら複数のナゲット3は、すべて等しいピッチPで並ぶ必要はない。
【0033】
なお、上記のように構成された溶接構造体4における長手方向に直交する断面(矩形断面)の寸法は特に限定されるものではなく、従来から自動車の車体の骨格部品として用いられている溶接構造体と同等であればよく、例えば
図1に示されている矩形断面の幅CWは80~200mm程度、高さCHは80~200mm程度であればよい。また、矩形断面部分からのフランジ部の延出幅FWは、12~20mm程度であればよい。
【0034】
<第2の実施形態>
図5には、本発明の第2の実施形態の溶接構造体4を示す。なお第2の実施形態の溶接構造体4が第1の実施形態の溶接構造体と異なる点は、インサート板6の構成だけであり、そこで第2の実施形態の溶接構造体を示す図としては、第1の実施形態の溶接構造体についての平面図(
図2)に対応する平面図のみを、
図5として示している。
第2の実施形態の溶接構造体4においては、インサート板6として、フランジ部11、12;21、22の長手方向に連続する長板状の鋼板を用いている。すなわち、フランジ部11、11B;21、22の長手方向に間隔を置いて形成された複数の溶接部位(ナゲット)3に跨って、インサート板6が、フランジ部同士の重ね合わせ部位に介挿されている。
【0035】
このように複数の溶接部位(ナゲット)3に跨ってインサート板を介挿した構成とすれば、各溶接部位ごとにインサート板6を介挿した第1の実施形態の溶接構造体と比較し、インサート板6の数を少なくすることができる。そのため、溶接構造体の組み立て(製造)にあたって、用意する部品点数の減少と作業効率の向上により、コスト低減を図ることができる。
【0036】
<第3の実施形態>
図6には、本発明の第3の実施形態の溶接構造体4を示す。なお第3の実施形態の溶接構造体4が第1の実施形態の溶接構造体と異なる点は、第2の鋼板部材2の断面形状だけであり、そこで第3の実施形態の溶接構造体を示す図としては、第1の実施形態の溶接構造体についての縦断面図(
図1)に対応する縦断面図のみを、
図6として示している。
第3の実施形態の溶接構造体4においては、第2の鋼板部材2として、平坦な平板状(長板状)の鋼板が用いられている。すなわち第3の実施形態の溶接構造体4の第2の鋼板部材2は、第1の実施形態の溶接構造体の第2の鋼板部材のようなハット型断面を有していない。したがってこの場合、フランジ部も持たない。そして第3の実施形態の溶接構造体では、ハット型断面を有する第1の鋼板部材1の幅方向両端のフランジ部11、12と、長板状の第2の鋼板部材の幅方向両端付近の平坦部21A、22Aとが重ね合わされ、かつその重ね合わせ部位にインサート板6が介挿されている。
【0037】
<第4の実施形態>
図7には、本発明の第4の実施形態の溶接構造体4を示す。なお第4の実施形態の溶接構造体4が第1の実施形態の溶接構造体と異なる点は、第2の鋼板部材2の断面形状及びその断面での方向性だけであり、そこで第4の実施形態の溶接構造体を示す図としては、第1の実施形態の溶接構造体についての縦断面図(
図1)に対応する縦断面図のみを、
図7として示している。
【0038】
第4の実施形態の溶接構造体4において、第2の鋼板部材2は、ハット型断面を有する部材とされている。但し、第1の実施形態の溶接構造体とは異なり、第2の鋼板部材2は、そのハット型断面の開放方向が第1の鋼板部材1のハット型断面の開放方向と同方向を向くように配置された状態で、第1の鋼板部材1と組み合わされている。すなわち、第2の鋼板部材2のハット側断面の凸側が第1の鋼板部材1のハット型断面の凹側に挿入されている。このような第4の実施形態の溶接構造体4においても、ハット側断面をなす第1の鋼板部材1のフランジ部11、12とハット型断面をなす第2の鋼板部材2のフランジ部21、22とが、それらの間にインサート板6が介挿された状態で重ね合わされ、そのインサート板6が介挿された重ね合わせ部位においてスポット溶接が施されて、ナゲット3が形成されている。
【0039】
以上のような各実施形態の溶接構造体の作用・効果について、次に説明する。
なお以下の説明では、第2の鋼板部材2としては第1、第2、第4の実施形態と同様に、ハット型断面を有する部材、すなわち幅方向両端に、平坦部21A、22Aとしてフランジ部21、22を有しているものとしている。したがって、重ね合わせ部位についても、第1の鋼板部材1のフランジ部11A、11Bと第2の鋼板部材2における平坦部21A、22Aであるフランジ部21、22とを重ね合わせた部位に、インサート板6を介挿したものとして説明している。ここで、第3の実施形態の溶接構造体として示したように、第2の鋼板部材2として、フランジ部を持たない平坦な板材を用いた場合については、以下の説明中における第2の鋼板部材2のフランジ部21、22を、第2の鋼板部材2の幅方向両端側の平坦部21A、22Aと読み替えることができる。
【0040】
<各実施形態の溶接構造体の第1の作用・効果>
重ね合わされたフランジ部11、12;21、22の相互間、特に溶接部位におけるフランジ部の相互間にインサート板6が挿入されているため、インサート板6を挿入しない状態で重ね合わせた従来技術の場合に生じる隙間(
図18の隙間5)が、インサート板6によって埋められることになる。そのため、溶接部位におけるフランジ部11、12;21、22の相互間に隙間が実質的に存在しないか、または存在してもその隙間の寸法(間隔)が、インサート板6を挿入しない状態で重ね合わせた場合よりも格段に小さくなる。
【0041】
そのため、例えば
図5に模式的に示しているように(また従来例についての
図19と比較すれば明らかなように)、スポット溶接時における溶接部位への電極による加圧による母材鋼板の変形が生じないか、又は変形量が少なくなり、その結果、ナゲット端での引張応力も小さくなって、応力集中が緩和される。すなわち、インサート板6の挿入によって、スポット溶接時のナゲット端付近での母材鋼板(鋼板部材)の変形が少なくなると同時に、応力集中箇所が、ナゲット3の2か所の端部3b、3cからそれに隣接する2枚の鋼板からなる鋼板部材1、2の熱影響部(HAZ)に至る領域(
図8の鎖線囲い部分T、U)の2か所に分散されるため、応力が緩和され、その結果、水素脆化が生じにくくなるのである。
すなわち、インサート板を挿入しない状態で重ね合わせた場合には、隙間の存在によってナゲット端に応力が集中し、その残留応力によって疲労強度が低下することが懸念される。これに対して、インサート板を挿入しておくことによって、スポット溶接時におけるナゲット端での応力集中が緩和されて、引張の残留応力が小さくなる。これは、水素脆化の抑制に効果がある。また引張の残留応力が小さくなることは、疲労強度の向上にも効果がある。
【0042】
ここで、高強度鋼板、例えば引張強さが780MPa以上の鋼板を、各鋼板部材の少なくとも1枚に用いている場合、成形加工後のスプリングバック量が大きくなって隙間も大きくなりやすいことに加え、スポット溶接時のナゲット端の引張応力も大きくなる傾向を示すため、インサート板を使用しない場合にはナゲット端の応力集中も顕著となって、水素脆化が生じやすくなる。しかしながら、インサート板を挿入すれば、高強度鋼板を使用した場合でも、前述のような応力集中の緩和効果によって、水素脆化の発生を確実に抑制することが可能となる。
【0043】
<各実施形態の溶接構造体の第2の作用・効果>
インサート板を挿入しない状態で重ね合わせてナゲットを形成した場合に溶接部に荷重が負荷されれば、ナゲット端に応力が集中する。こうした場合、たとえば車体の衝突時に溶接部が早期に破断することとなり、車体の衝突安全性が安定しなかったり、損なわれたりする可能性がある。これに対して、インサート板を挿入しておくことによって、スポット溶接時におけるナゲット端での応力集中が緩和される(応力が小さくなる)結果、溶接部の強度も十分に確保することが可能となる。その結果、優れた車体の衝突安全性を安定確保しやすくなる。
【0044】
<各実施形態の溶接構造体の第3の作用・効果>
第1、第2の鋼板部材のいずれか少なくとも一方にめっき鋼板、特に亜鉛メッキ鋼板を用いて、フランジ部の重ね合わせ部位にめっき層が存在する溶接構造体の場合、スポット溶接時にめっき層が溶融して、液体金属(めっき層の溶融金属)が固体金属(めっき鋼板の母材部)に接する状態となる。そのためいわゆる液体金属脆化(LME)が母材鋼板に生じ、それに起因する割れ(LME割れ)がスポット溶接後の溶接部付近に生じることが懸念される。特に高強度鋼板、例えば引張強さが780MPa以上の鋼板を、各鋼板部材の少なくとも1枚に用いている場合、成形加工後のスプリングバック量が大きくなって隙間も大きくなりやすいため、インサート板を使用しない場合にはナゲット端の応力集中も顕著となって、LME割れが生じやすくなる。しかしながら、インサート板を挿入すれば、高強度鋼板を使用した場合でも、応力集中の緩和効果によって、LME割れの発生を抑制することが可能となる。
ここで、LME割れは、電極と鋼板が接している側でも発生する場合がある。電極側の鋼板表面でもLME割れが発生するのは、高温で、かつ高い応力ひずみが負荷される条件下である。特に隙間が大きい場合は、電極による鋼板の押し込み程度が増大し、電極側の鋼板表面の応力ひずみが高くなると考えられる。その結果、LME割れの発生確率が高まる。しかし、インサート材を使用すれば、電極の押し込み程度が軽減されて、電極側の鋼板表面の応力ひずみを低減可能となる。その結果、電極側の鋼板表面のLME割れの発生を抑制することが可能となるのである。
【0045】
さらに、溶接構造体の各要素についての好ましい条件について説明する。
【0046】
<鋼板部材を構成する高強度鋼板>
第1、第2の鋼板部材を構成する鋼板の少なくとも1枚としては、引張強さが780MPa以上、好ましくは980MPa以上の鋼板を用いる。
第1、第2の鋼板部材を構成する高強度鋼板の引張強さがいずれも780MPa未満では、インサート板を介挿しない場合でも、スポット溶接時におけるナゲット端での応力集中が比較的少ない。そのため溶接部位での水素脆化も比較的生じにくく、また疲労強度の低下も少なく、さらにはめっき鋼板を用いた場合のLME割れの発生の恐れも少ない。なお、これらの現象については、引張強さが780MPa未満の鋼板では、応力集中だけでなく、溶接部硬さが低いことや感受性が低いことも影響していると思われる。
これに対し、第1、第2の鋼板部材を構成する鋼板の少なくとも一方の引張強さが780MPa以上であれば、インサート板を介挿しない場合、スポット溶接時におけるナゲット端での応力集中が大きい。そのため溶接部位での水素脆化も生じやすく、そのほか疲労強度の低下も懸念され、さらにはめっき鋼板を用いた場合のLME割れも発生しやすくなる。ここで引張強さが780MPa以上の高強度鋼板では、780MPa未満の鋼板とは反対に、溶接部硬さが高いことや感受性が高いことも現象の発生し易さに影響していると思われる。
一方、インサート板を介挿すれば、第1、第2の鋼板部材を構成する鋼板の少なくとも一方の引張強さが780MPa以上である場合に、本発明の作用・効果を十分に発揮させることができ、そこで、第1、第2の鋼板部材の少なくとも一方に使用する鋼板の引張強さは780MPa以上とした。
【0047】
なお、溶接部の強度の観点からも、第1、第2の鋼板部材を構成する鋼板の少なくとも一方としては、引張強さが780MPa以上、好ましくは980MPa以上の鋼板を用いることが好適である。
例えば非特許文献1の
図1に示しているように、スポット溶接継手のせん断強度の指標である引張せん断強さ(TSS)は、溶接対象の鋼板の引張強さが高くなればそれに伴って上昇する傾向を示す。これに対して剥離強度の一つの指標である十字引張強さ(CTS)は、溶接対象の鋼板の引張強さが780MPa未満では、鋼板の引張強さが高くなるに伴って若干上昇する傾向を示すものの、鋼板の引張強さが、780MPa以上となれば、鋼板の引張強さが高くなるに伴って低下する傾向を示す。そのほか、剥離強度の別の指標であるL字引張強さ(LTS)についても、非特許文献1の
図1には示されていないが、鋼板の引張強さが780MPa以上となれば、鋼板の引張強さが高くなるに伴って低下する傾向を示すことが確認されている。
このように、溶接対象の鋼板の引張強さが780MPa未満では、剥離強度の低下は認められないか、又はわずかであるため、剥離強度の低下に対する方策を講じる必要性は少ない。このような観点からも、引張強さが780MPa以上の高強度鋼板を対象とすることが好適である。
【0048】
第1、第2の鋼板部材を構成する鋼板の厚みは特に限定されるものではなく、自動車の車体の骨格部品として求められる強度(特に軸圧壊強度)や、溶接構造体である骨格部品の断面寸法などに応じて適宜選定すればよい。一般には、例えば0.8mm~2.3mm程度の板厚とすればよい。
【0049】
<インサート板の材質>
鋼からなるインサート板の強度は特に限定されず、溶接対象の鋼板部材に使用される鋼板(少なくとも1枚が引張強さ780MPa以上の高強度鋼板)と同程度の強度を有する鋼板、あるいはそれより低強度の鋼板など、適宜の鋼板を用いることができる。ここで、スポット溶接時における応力集中の緩和効果は、インサート板の強度に依存しないため、上記のようにインサート板の強度は限定されないのである。但し、インサート板として炭素濃度の低い低強度鋼を使用すれば、少なくとも1枚が引張強さが780MPa以上の高強度鋼板からなる溶接対象の鋼板部材とインサート板の成分が、スポット溶接時の溶融金属内で混合され、成分が平均化(鋼板部材の少なくとも1枚を構成する高強度鋼板の炭素濃度より低下)する。その結果、溶接部の靭性が向上するため、溶接部強度を向上させることができる。なお、インサート材の鋼板として炭素濃度の低い低強度鋼を使用する場合でも、炭素量(C量)が質量%で0.1%を越える鋼を用いることが望ましい。これは、インサート板のC量が0.1%以下では、溶接部のせん断強度(TSS)が低くなってしまうことが懸念されるからである。
【0050】
<インサート板の板厚>
インサート板の板厚ti(
図3、
図4参照)は、インサート板を介挿しない状態で第1、第2の鋼板部材のフランジ部(もしくは平坦部)を重ね合わせた場合に生じると想定される、スポット溶接部位の隙間の寸法と同等であることが望ましく、また隙間の寸法よりも小さい板厚であってもできるだけ隙間の寸法に近いことが望ましい。インサート板の板厚tiが、隙間の寸法に近いほど、インサート板により隙間を埋めて、ナゲット端での応力集中を部緩和する効果が大きくなる。
【0051】
さらにインサート板の板厚tiは、各鋼板部材の板厚th(
図3、
図4参照)との関係からも、好ましい条件がある。すなわち、インサート板の板厚tiは、鋼板部材の板厚thに応じて、
1.2>ti/th>0.20
を満たす範囲内とすることが好ましい。なお第1の鋼板部材の板厚と第2の鋼板部材の板厚が異なる場合には、薄い方の鋼板部材の板厚をthとして、上記の関係が満たされればよい。
【0052】
ここで、上記の板厚比ti/thが0.20以下では、ナゲット端での応力集中を緩和する作用が十分に得られず、水素脆化の防止を十分に図ることが困難となることがあり、また疲労強度の低下防止やLME割れの発生防止の効果も十分に得られなくなる。一方、上記の板厚比ti/thが1.2以上となれば、水素脆化の防止の効果や、疲労強度の低下防止、さらにLME割れの発生防止の効果が飽和するばかりでなく、溶接部のせん断強度(引張せん断強さ:TSS)が低下してしまうことが懸念される。そこで板厚比ti/thは上記の範囲内とすることが好ましい。
【0053】
なお板厚比ti/thは、上記の範囲内でも、特に
1.2>ti/th>0.35
を満たす範囲内とすることが、より好ましい。
またここで、板厚比ti/thの上限を、1.0未満としてもよい。
【0054】
なお、第1、第2の鋼板部材の少なくとも一方の鋼板として引張強さが780MPa以上の高強度鋼板を用いた場合、板厚比ti/thが0.20以下では、ナゲット端での応力集中を分散させる作用が十分に得られないが、これに起因して、溶接部の剥離強度の低下も十分に防止し得ないことが本発明者等の実験により判明している。そこで次に、このような本発明者等の実験の概要について説明する。
【0055】
<インサート板の板厚と剥離強度との関係についての実験>
溶接対象の2枚の鋼板として、板厚が1.6mmの1470MPa級ホットスタンプ鋼(以下、HS鋼と記す)を用い、インサート板として板厚が0.2~1.6mmの270MPa級の炭素鋼(以下、270鋼と記す)を用いて、次のような実験を行なった。
すなわち、インサート板無しで2枚のHS鋼を重ね合わせる態様と、2枚のHS鋼の間にインサート板として種々の板厚の270鋼を挟んで重ね合わせた態様との2態様について、スポット溶接して3種の継手引張試験片を作成した。
【0056】
ここで、継手引張試験片としては、JIS Z 3136(2013年確認、2014年版)に準拠した引張せん断試験片(TSS試験片)、JIS Z 3137(2013年確認、2014年版)に準拠した十字引張試験片(CTS試験片)、及びL字引張試験片(LTS試験片)の3種とし、それぞれ引張試験を実施した。なおLTS試験片については規格はないが、
図9、
図10に示す形状、寸法とした。
【0057】
インサート板無しで2枚のHS鋼を重ね合わせた試験片(すなわちインサート板の板厚がゼロの試験片)と、種々の板厚のインサート材を介挿させた試験片についての、各引張試験による最大引張荷重とインサート材の板厚との関係を
図11~
図13に示す。
図11はTSS試験片についての結果を示し、
図12はCTS試験片についての結果を示し、
図13はLTS試験片についての結果を示す。
【0058】
図11から、TSS試験片では、インサート板を介挿した場合には、インサート板を介挿しない場合(インサート板の板厚がゼロの場合)よりも最大荷重が若干低下する傾向、すなわちせん断強度としてのTSSが低下する傾向が認められた。
【0059】
一方、
図12、
図13に示すように、CTS試験片及びLTS試験片では、インサート板を介挿した場合には、インサート板を介挿しない場合(インサート板の板厚がゼロの場合)よりも最大荷重が上昇する傾向が認められ、特にLTS試験片では、インサート材の板厚が0.32mmを越えれば(したがって前記板厚比ti/thが0.20を越えれば)安定して大きな最大荷重となること、すなわち安定して高い剥離強度が得られることが認められた。
【0060】
これらの結果から、インサート板を介挿させることによる剥離強度向上の有効性、特に前記板厚比ti/thが0.20を越えることによる剥離強度向上の有効性を新規に認識することができた。
【0061】
<インサート板の形状>
第1の実施形態として示したように、各溶接部位ごとに個別にインサート板を介挿する場合におけるインサート板の形状(厚みに対して直交する方向に沿った板面の形状)は、正方形もしくは長方形、あるいは円形もしくは長円形又は楕円形であってもよく、要はスポット溶接対象の部位の形状等に応じて、最適な形状を選択すればよい。また第2の実施形態として示すように、複数の溶接部位に跨って共通に連続するインサート板を介挿する場合、インサート板はフランジ部の長さ方向に連続して延びる長板状とすればよい。
【0062】
<インサート板の板面のサイズ>
フランジ部の幅方向におけるインサート板のサイズは、スポット溶接によって形成されるべき目標のナゲット径dn(
図3、
図4参照)の1.2倍以上とすることが好ましい。インサート板の板面のサイズがナゲット径dnの1.2倍未満では、抵抗スポット溶接時の加圧力によって溶融金属がインサート板の外縁からはみ出てしまって、溶融金属の散りやナゲット径の目標値未達が生じる恐れがある。
【0063】
ここで、インサート板の板面のサイズとは、インサート板の板面形状が正方形もしくは長方形である場合は、各辺の長さを意味する。したがってこの場合は、インサート板の各辺の最小長さがナゲット径の1.2倍以上であればよい。また、インサート板の板面形状が円形、長円形、もしくは楕円形の場合、インサート板のサイズとは、その径(中心を通るすべての方向についての径)を意味する。すなわちこの場合は、インサート板の最小径がナゲット径の1.2倍以上であればよい。なおインサート板のサイズの上限は特に規定しないが、通常はフランジ部の大きさ以下とすること好ましい。
【0064】
なおまた、ナゲット径は溶接条件によって変化するが、一般に溶接対象の鋼板の板厚thとの関係で、
3√th≦dn≦5√th
を満たすナゲット径dnが得られるように、溶接条件を選定するのが一般的である。したがって、インサート板の板面のサイズも、溶接条件と溶接対象の高強度鋼板の板厚thによって定まる目標とするナゲット径dnに応じて設定すればよい。
【0065】
なお、溶接構造体を構成する鋼板部材は、2枚に限らず、3枚以上の複数数であってもよい。例えば、ハット型顔面を有する第1の鋼板部材と、ハット型断面を有するかまたは平板状の第2の鋼板部材と、さらにハット型断面を有するかまたは平板状の第3(あるいはさらに第4、第5など)の鋼板部材とを組み合わせて溶接構造体としてもよい。この場合、すべての鋼板部材同士の間にインサート板を挟んでも、あるいは一部の(例えば2枚の)鋼板部材同士の間にのみインサート板を挟んでもよい。なお上記のように3枚以上の複数の鋼板部材を用いて溶接構造体を構成する場合、第1の鋼板部材、第2の鋼板部材の少なくとも一方に引張強さが780MPa以上の鋼板を用いていれば、第3(あるいはさらに第4、第5など)の鋼板部材としては、引張強さが780MPa以上の鋼板を用いても、あるいはより低強度の鋼板を用いていてもよい。
【0066】
<溶接構造体の製造方法>
本発明の溶接構造体を製造するにあたっては、予め、前述のようなフランジ部を有する第1の鋼板部材、例えばハット型断面を有する第1の鋼板部材と、第1の鋼板部材のフランジ部に対応する平板部(例えばフランジ部)を有する第2の鋼板部材(例えばハット型断面を有する鋼板部材若しくは平板状の鋼板部材)と、インサート板とを用意しておく。そして第1の鋼板部材のフランジ部の板面と、第2の鋼板前記部材の平坦部(例えばフランジ部)の板面とを、それらの間にインサート板を介在させた状態で重ね合わせる。その後、インサート板が介在する重ね領域内に抵抗スポット溶接を施せばよい。
【0067】
ここで、インサート板を介在させた状態で、第1の鋼板部材のフランジ部と第2の鋼板前記部材の平坦部(例えばフランジ部)とを重ねるにあたっては、事前に、第1の鋼板部材のフランジ部の板面、もしくは第2の鋼板部材の平坦部(例えばフランジ部)の板面にインサート板を仮付け接合しておくことが好ましい。このようなインサート板の仮付け接合を適用する場合の第1の製造方法例を
図14に、また第2の製造方法例を
図15に示す。なお、
図14、
図15のいずれも、第1の鋼板部材1と第2の鋼板部材2の両者にハット型断面を有する部材を用いた溶接構造体を製造する例、すなわち
図1、
図2として示した第1の実施形態の溶接構造体、もしくは
図6に示した第2の実施形態の溶接構造体を製造する場合の製造方法例として示している。
【0068】
図14に示す第1の製造方法では、予め用意された第1、第2の鋼板部材1、2のうち、第2の鋼板部材2におけるフランジ部21、22の板面にインサート板6をレーザ―接合、スポット溶接、あるいは接着剤による接合など、任意の接合手段によって、仮付けしておく。その後、第1、第2の鋼板部材1、2をそのフランジ部11、12;21、22間にインサート板が位置するように組み合わせ、スポット溶接を行なう。
【0069】
図15に示す第2の製造方法では、予め用意された第1、第2の鋼板部材1、2のうち、第1の鋼板部材1におけるフランジ部11、12の板面にインサート板6をレーザ―接合、スポット溶接、あるいは接着剤による接合など、任意の接合手段によって、仮付けしておく。その後、第1、第2の鋼板部材1、2を、そのフランジ部11、12;21、22間にインサート板が位置するように組み合わせ、スポット溶接を行なう。
【0070】
なお第1の実施形態として示したように、各溶接部位ごとに個別にインサート板を介挿させる場合には、第2の鋼板部材2のフランジ部21、22もしくは第1の鋼板部材1のフランジ部11、12における目標溶接打点に各インサート板の中心が一致するように、各インサート板6を配置して、第2の鋼板部材2のフランジ部21、22もしくは第1の鋼板部材1のフランジ部11、12にインサート板を仮付け接合すればよい。また第2の実施形態として示したように、複数の溶接部位に跨ってインサート板を介挿させる場合は、第2の鋼板部材2のフランジ部21、22もしくは第1の鋼板部材1のフランジ部11、12の長手方向に沿って長板状のインサート板を仮付け接合すればよい。
【0071】
これらの製造方法例によれば、インサート板を介挿してスポット溶接する作業を効率的に行うことができる。
【0072】
<スポット溶接条件>
抵抗スポット溶接にあたっての溶接条件は、通常の3枚組の鋼板を溶接する際の条件を採用することができる。例えばナゲット径dnが、溶接対象の鋼板の板厚thとの関係で、
3√th≦dn≦5√th
を満たすナゲット径dnが得られるように、溶接条件を選定すればよい。
【実施例】
【0073】
以下に、本発明の実施例について、比較例とともに説明する。
【0074】
<実施例1>
板厚が1.2mmで、引張強さが1520MPaの高強度鋼板(C量が0.22質量%)からなるハット型断面を有する第1の鋼板部材、及び同じ高強度鋼板からなるハット型断面を有する第2の鋼板部材を溶接対象の鋼板部材とし、引張強さが1013MPaの種々の板厚の高強度鋼板(C量が0.13質量%)をインサート板とした。そしてこれらを組み合わせて、抵抗スポット溶接して、
図1、
図2に第1の実施形態として示したような溶接構造体を作成した。溶接には定置式で単相交流のスポット溶接機を用いた。加圧力は5kN、通電時間は0.24secとし、ナゲット径が4√tとなる電流を選定した。
ここで、インサート板の板面の形状は、1辺が60mmの正方形とし、ナゲット径が6mmとなる条件でスポット溶接を行った。溶接構造体の全長は300mmとして、スポット溶接打点のピッチ(ナゲットのピッチ)は40mm、溶接打点数(ナゲット数)は、幅方向両側の合計で14点とした。
【0075】
これらの条件と、インサート板の板厚tiと溶接対象の鋼板の板厚thとの比ti/thを、表1の処理番号2~7に示す。但し、本実施例では、スペーサ板を介挿しない場合のフランジ部間の隙間を1.5mmとした。この隙間を確保するため、各溶接部の間に厚さが1.5mmでサイズが5mm×5mmの薄鋼板をスペーサ板として予め配置した。このスペーサ板は、例えば両面粘着テープを用いて片側の鋼板に付ければ良いが、本実施例でも両面粘着テープを用いた。
なお、比較のため、インサート板を挿入せずにスポット溶接により組み立てた溶接構造体の例を、処理番号1の従来例(2枚組)として表1中に示す。
【0076】
以上のようにして得られた溶接構造体について、溶接部の遅れ破壊評価試験、及び軸圧壊衝撃吸収特性の評価に供した。
ここで、遅れ破壊評価は、0.1規定の塩酸に200時間浸漬して、遅れ破壊の発生数を調べた。
また軸圧壊衝撃吸収特性の評価では、100kgの錘を14m/secの速度で部材に衝突させた。このとき錘の進行方向は部材の軸に一致させ、また部材を置く台の下には圧壊荷重を測定するためのロードセルを設置した。さらに部材上端の圧壊変位は、錘下面位置をレーザ変位計で計測した変位で代替した。こうして計測した荷重を圧壊変位150mmまで積分して、吸収エネルギと定義し、衝撃吸収特性の指標とした。
【0077】
これらの試験結果を表1中に示す。なお遅れ破壊評価については、総溶接打点数14点のうち、何点に遅れ破壊が発生したかをカウントし、それを遅れ破壊発生数として表1中に記載した。また軸圧壊衝撃試験において、総溶接打点数14点のうち、何点が破断したかをカウントし、それを溶接部破断点数として表1中に記載した。
【0078】
【0079】
表1に示すように、インサート板を用いない処理番号1の従来例と比較して、インサート板を介挿した処理番号2~7の本発明例では、遅れ破壊の発生が少ないこと、したがって水素脆化が発生しにくいことが明らかであり、また靭性にも優れ、かつ軸圧壊強度にも優れていることが明らかである。
【0080】
なお遅れ破壊発生数が5点以下で、かつ溶接部破断点数が5点以下の場合を、特に良好と判定することができるが、インサート板を介挿した処理番号2~7の本発明例では、これらの性能を満たして、特に良好となっていることが確認された。
【0081】
<実施例2>
板厚が1.4mmで、引張強さが1510MPaの合金化溶融亜鉛めっき鋼板(亜鉛めっきの目付け量が60g/m
2;母材鋼板のC量が0.24質量%)からなるハット型断面を有する第1の鋼板部材、及び同じ合金化溶融亜鉛めっき鋼板からなるハット型断面を有する第2の鋼板部材を溶接対象の鋼板部材とし、引張強さが317MPaの種々の板厚の鋼板(C量が0.002質量%)をインサート板とした。そしてこれらを組み合わせて、抵抗スポット溶接して、
図1、
図2に第1の実施形態として示したような溶接構造体を作成した。ここで、インサート板の板面の形状は、1辺が60mmの正方形とし、ナゲット径が6mmとなる条件でスポット溶接を行った。溶接構造体の全長は300mmとして、スポット溶接打点のピッチ(ナゲットのピッチ)は40mm、溶接打点数(ナゲット数)は、幅方向両側の合計で14点とした。
【0082】
これらの条件と、インサート板の板厚tiと溶接対象の鋼板の板厚thとの比ti/thを、表2の処理番号12~15に示す。但し、本実施例では、スペーサ板を介挿しない場合のフランジ部間の隙間を1.5mmとした。なお、比較のため、インサート板を挿入せずにスポット溶接により組み立てた溶接構造体の例を、処理番号11の従来例(2枚組)として表2中に示す。
【0083】
以上のような亜鉛めっき鋼板を用いた溶接構造体についての、スポット溶接条件は次のとおりである。すなわち、溶接には定置式で単相交流のスポット溶接機を用いた。加圧力は5.5kN、通電時間は0.28secとし、ナゲット径が4√tとなる電流を選定した。14点あるスポット溶接部の外観検査、その後の断面観察を通じてLME割れの有無を確認し、LME割れの発生数をカウントした。
【0084】
【0085】
表2に示すように、インサート板を用いない処理番号11の従来例と比較して、インサート板を介挿した処理番号12~15の本発明例では、LME割れの発生が少ないこと、したがって耐LME性に優れていることが明らかである。
【0086】
なおLME割れ発生数が5点以下の場合を、耐LME性良好と判定することができるが、インサート板を介挿した処理番号12~15の本発明例では、その条件を満たしていることが確認された。
【0087】
以上、本発明の好ましい実施形態および実験例について説明したが、これらの実施形態、実験例は、あくまで本発明の要旨の範囲内の一つの例に過ぎず、本発明の要旨から逸脱しない範囲内で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。すなわち本発明は、前述した説明によって限定されることはなく、添付の特許請求の範囲によってのみ限定され、その範囲内で適宜変更可能であることはもちろんである。
【符号の説明】
【0088】
1 第1の鋼板部材
2 第2の鋼板部材
3 ナゲット
4 溶接構造体
5 隙間
6 インサート板
11 フランジ部
12 フランジ部
21 フランジ部
21A 平坦部
22 フランジ部
22A 平坦部