(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-20
(45)【発行日】2023-09-28
(54)【発明の名称】チェーンロッカーおよびチェーンロッカー用鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230921BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230921BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20230921BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/60
C21D8/02 A
(21)【出願番号】P 2019141206
(22)【出願日】2019-07-31
【審査請求日】2022-03-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】鹿島 和幸
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-095742(JP,A)
【文献】特開2019-109061(JP,A)
【文献】特開2018-178216(JP,A)
【文献】特開2014-019908(JP,A)
【文献】特開2018-103123(JP,A)
【文献】特開昭57-118992(JP,A)
【文献】実開平06-001186(JP,U)
【文献】実開昭60-093585(JP,U)
【文献】中国特許出願公開第103667953(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00- 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
船舶用のチェーンロッカーであって、
前記チェーンロッカーは、鋼板を含み、
前記鋼板の化学組成が、質量%で、
C:0.01~0.20%、
Si:0.01~1.0%、
Mn:0.05~2.50%、
P:0.05%以下、
S:0.015%以下、
Al:0.003~0.1%、
N:0.0005~0.01%、
Cu:0.01~1.0%、
Ni:0.01~5.0%、
Cr:
0.04%以下、
Sn:0~0.5%、
Sb:0~0.5%、
Mo:0~1.0%、
W:0~1.0%、
V:0~1.0%、
Ca:0~0.01%、
Mg:0~0.01%、
REM:0~0.01%、
Nb:0~0.1%、
Ti:0~0.1%、
B:0~0.01%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記式(i)および(ii)を満足する、チェーンロッカー。
(1-1.35Cu)(1-0.37Ni)+0.25Cr≦0.80・・・(i)
Cu/Ni≦5.0・・・(ii)
但し、上記式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Sn:0.01~0.5%、
Sb:0.01~0.5%、
Mo:0.01~1.0%、
W:0.01~1.0%、
V:0.01~1.0%、
Ca:0.0001~0.01%、
Mg:0.0001~0.01%、および
REM:0.0001~0.01%、
から選択される1種以上を含有する、
請求項1に記載のチェーンロッカー。
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.001~0.1%、
Ti:0.001~0.1%、および
B:0.0001~0.01%、
から選択される1種以上を含有する、
請求項1または2に記載のチェーンロッカー。
【請求項4】
表面に防食被覆層を備えた請求項1~3のいずれかに記載のチェーンロッカー。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載のチェーンロッカーに用いられる鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チェーンロッカーおよびチェーンロッカー用鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶が海洋で停泊する際、碇が投錨される。投錨され、海底に沈められた碇は、係留チェーンにより船舶と繋がれており、係留チェーンの大部分は海水に浸かった状態となる。一方、船舶が航行する際には、係留チェーンが引き上げられることで、碇が抜錨される。この後、係留チェーンは、船舶内のチェーンロッカーと呼ばれる格納庫に保管される(例えば、非特許文献1を参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】沖縄県水産海洋技術センター“調査船図南丸について”、[online]、令和1年7月4日検索、インターネット<URL: https://www.pref.okinawa.jp/fish//center/tonan/soubi.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したチェーンロッカーでは、海水が付着した状態で係留チェーンが長期間保管される。また、碇が投錨または抜錨される際には、チェーンロッカーから係留チェーンが出し入れされ、チェーンロッカーの内壁と係留チェーンとが激しく擦れ合う。これにより、チェーンロッカーの内壁に施された塗装に疵が入り、腐食が進行しやすくなる。
【0005】
チェーンロッカーに代表されるような船舶内の設備では、定期的なドック点検時に必要に応じ再塗装するなどのメンテナンスを行うことが船舶基準等により定められている。しかしながら、腐食が進行し、さびが発生した状態で、塗装を塗り直しても、塗膜の密着性が十分に確保されないため、塗装の寿命が低下し、塗装を行う頻度が高くなるという問題がある。
【0006】
本発明では、上記課題を解決し、腐食の進行を抑制し、さびの発生を低減し得る耐食性を有したチェーンロッカーおよびチェーンロッカー用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のチェーンロッカーおよびチェーンロッカー用鋼板を要旨とする。
【0008】
(1)船舶用のチェーンロッカーであって、
前記チェーンロッカーは、鋼板を含み、
前記鋼板の化学組成が、質量%で、
C:0.01~0.20%、
Si:0.01~1.0%、
Mn:0.05~2.50%、
P:0.05%以下、
S:0.015%以下、
Al:0.003~0.1%、
N:0.0005~0.01%、
Cu:0.01~1.0%、
Ni:0.01~5.0%、
Cr:0.1%以下、
Sn:0~0.5%、
Sb:0~0.5%、
Mo:0~1.0%、
W:0~1.0%、
V:0~1.0%、
Ca:0~0.01%、
Mg:0~0.01%、
REM:0~0.01%、
Nb:0~0.1%、
Ti:0~0.1%、
B:0~0.01%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記式(i)および(ii)を満足する、チェーンロッカー。
(1-1.35Cu)(1-0.37Ni)+0.25Cr≦0.80・・・(i)
Cu/Ni≦5.0・・・(ii)
但し、上記式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0009】
(2)前記化学組成が、質量%で、
Sn:0.01~0.5%、
Sb:0.01~0.5%、
Mo:0.01~1.0%、
W:0.01~1.0%、
V:0.01~1.0%、
Ca:0.0001~0.01%、
Mg:0.0001~0.01%、および
REM:0.0001~0.01%、
から選択される1種以上を含有する、
上記(1)に記載のチェーンロッカー。
【0010】
(3)前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.001~0.1%、
Ti:0.001~0.1%、および
B:0.0001~0.01%、
から選択される1種以上を含有する、
上記(1)または(2)に記載のチェーンロッカー。
【0011】
(4)表面に防食被覆層を備えた上記(1)~(3)のいずれかに記載のチェーンロッカー。
【0012】
(5)上記(1)~(4)のいずれかに記載のチェーンロッカーに用いられる鋼板。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、腐食の進行を抑制し、さびの発生を低減し得る耐食性を有したチェーンロッカーおよびチェーンロッカー用鋼板を提供することを目的とする。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者は、腐食の進行を抑制し、さびの発生を低減し得るチェーンロッカーを得るために、以下のような検討を行った。
【0015】
鋼材の耐食性能は、その鋼材が使用される腐食環境により大きく変化する。すなわち、特定の腐食環境において耐食性に優れていると評価される鋼材であっても、異なる腐食環境においては耐食性を発揮できない場合がある。このため、本発明者は、チェーンロッカー内の環境について調査した。具体的には、本発明者は、航行時におけるチェーンロッカー内の温度および湿度の変動を詳細に測定した。
【0016】
上述したように、船舶の航行時に、係留チェーンは海中から引き上げられ、チェーンロッカーで保管される。このため、チェーンロッカー内では、海水が付着した係留チェーンが長期間保管された状態となる。その結果、チェーンロッカー内では、湿度の高い状態と比較的湿度の低い状態とが繰り返されながらも、相対湿度が50%RH程度を下回ることがなかった。
【0017】
ところで、海水の主成分として一般的なものは塩化ナトリウムであるが、これ以外にも塩化マグネシウム等の塩化物が含まれている。特に、塩化マグネシウムは潮解作用が強く、例えば、相対湿度が30%RH程度以上であれば、大気中の水分を容易に取り込む。
【0018】
したがって、係留チェーンに付着し、チェーンロッカー内に持ち込まれた塩化マグネシウム等がチェーンロッカー内で大気中の水分を取り込むため、チェーンロッカーの内壁では、わずかに湿った状態が維持される。この結果、チェーンロッカーの内壁には、常に薄い水膜(以下の説明において、「薄膜水」ともいう。)が形成されることになる。
【0019】
また、内壁の表面に形成した薄膜水内では、海水中に含まれる塩化物がさらに濃化する現象が生じる。このように、塩化物が濃化した環境において、鋼材が腐食すると、腐食により鉄が溶出した箇所で鉄イオンの加水分解反応が生じ、表面のpHが低下し、さらに腐食が進行しやすくなる。以上より、本発明者は、チェーンロッカー内が、極めて厳しい特殊な腐食環境であることを明らかにした。
【0020】
さらに、チェーンロッカーの内壁は、錨の投錨または抜錨の際、係留チェーンと擦れ合う部分が生じるため、耐摩耗性をも有することが望ましい。
【0021】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものであり、以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0022】
1.概要
本発明は、船舶用のチェーンロッカーに係るものである。上記チェーンロッカーは、鋼板を含む。また、本発明に係るチェーンロッカーは、鋼板以外に、鋼板同士に溶接を施した際に形成された溶接部(具体的には、溶融して凝固した溶接金属、および、溶接金属の周囲に形成された熱影響部)をも含む。
【0023】
2.化学組成
鋼板の化学組成について以下に示す。化学組成に関し、各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、限定理由の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0024】
C:0.01~0.20%
Cは、強度および耐摩耗性を確保するために必要な元素である。チェーンロッカーとしての強度および耐摩耗性を確保するために、C含有量は0.01%以上とする。ここで、チェーンロッカーは溶接で鋼板同士を接合させることで、製造される。その一方、C含有量が0.20%を超えると、母材および、溶接で形成された溶接熱影響部の靭性が著しく低下する。このため、C含有量は0.20%以下とする。C含有量は0.03%以上であるのが好ましく、0.05%以上であるのがより好ましい。また、C含有量は0.18%以下であるのが好ましく、0.16%以下であるのがより好ましい。
【0025】
Si:0.01~1.0%
Siは、脱酸のために必要な元素である。また、Siは、耐摩耗性の向上にも寄与する。このため、Si含有量は0.01%以上とする。しかしながら、Siを、1.0%を超えて含有させると溶接熱影響部の靭性が低下する。このため、Si含有量は1.0%以下とする。なお、靭性の観点からSi含有量は、より低いほうが望ましい。この場合、Si含有量は0.8%以下であるのが好ましく、0.6%以下であるのがより好ましい。
【0026】
Mn:0.05~2.50%
Mnは、強度および耐摩耗性を確保するために必要な元素である。強度を確保するために、Mn含有量は0.05%以上とする。しかしながら、Mnを、2.50%を超えて含有させると、靭性が著しく低下する。このため、Mn含有量は2.50%以下とする。Mn含有量は0.2%以上であるのが好ましく、0.4%以上であるのがより好ましい。また、Mn含有量は2.40%以下であるのが好ましく、2.30%以下であるのがより好ましい。
【0027】
P:0.05%以下
Pは不純物として粒界に偏析し、靭性を低下させる元素である。そして、P含有量が0.05%を超えると靭性が著しく低下する。このため、P含有量は0.05%以下とする。P含有量は少なければ少ないほど好ましいが、Pの過度な低減は製造コストを増加させるため、P含有量は0.001%以上とするのが好ましい。
【0028】
S:0.015%以下
Sは不純物として鋼中に存在し、MnSを形成する。このMnSは腐食の起点となり、耐食性を低下させる。このため、S含有量は0.015%以下とする。S含有量は少なければ少ないほど好ましいが、Sの過度な低減は製造コストを増加させるため、S含有量は0.0001%以上とするのが好ましい。
【0029】
Al:0.003~0.1%
Alは脱酸剤として必要な元素であり、含有させることで脱酸効果が得られる。また、AlはNと結合し、AlNを形成することで、結晶粒を微細化させる。このため、Al含有量は0.003%以上とし、0.005%以上とするのが好ましい。しかしながら、Alを、0.1%を超えて含有させると靭性の低下を招く。このため、Al含有量は0.1%以下とする。なお、Al含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.06%以下であるのがより好ましい。
【0030】
N:0.0005~0.01%
Nは、Alと結合しAlNを形成することにより、結晶粒を微細化させる効果がある。このため、N含有量は0.0005%以上とし、0.001%以上とするのが好ましい。しかしながら、N含有量が0.01%を超えると靭性が低下する。このため、N含有量は0.01%以下とする。N含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.006%以下であるのがより好ましい。
【0031】
Cu:0.01~1.0%
Cuは、表面が濡れた状態における鋼の溶出を抑制する。さらに、Cuは薄膜水が形成し、塩化物が濃化する状態においても、鋼の溶出を著しく抑制する。この結果、Cuは耐食性を向上させる。また、腐食により生成した腐食生成物の保護性が高いため、長期にわたり高い耐食性を保持する効果も有する。さらに、Cuは、耐摩耗性を向上させる効果も有する。
【0032】
そして、Cuを0.01%以上含有させることにより、上記の効果を得ることができる。このため、Cu含有量は0.01%以上とする。しかしながら、Cu含有量が1.0%を超えると、効果が飽和するばかりでなく靭性が低下する。このため、Cu含有量は1.0%以下とする。Cu含有量は0.03%以上であるのが好ましく、0.05%超であるのがより好ましく、0.1%以上であるのがさらに好ましい。また、Cu含有量は0.8%以下であるのが好ましく、0.6%以下であるのがより好ましい。
【0033】
Ni:0.01~5.0%
Niは、Cuと同様、薄膜水形成環境での鋼の溶出を著しく抑制し耐食性を向上させる効果を有する。このため、Ni含有量は0.01%以上とする。しかしながら、Ni含有量が5.0%を超えると効果が飽和するばかりでなく、鋼材のコストが上昇する。そのため、Ni含有量は5.0%以下とする。Ni含有量は0.05%以上であるのが好ましく、0.1%以上であるのがより好ましい。また、Ni含有量は4.5%以下であるのが好ましく、4.0%以下であるのがより好ましい。
【0034】
Cr:0.1%以下
Crは、不純物として含有される元素である。また、Crは塩化物が濃化する薄膜水形成環境において耐食性を著しく低下させる。このため、Cr含有量は0.1%以下とする。Cr含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.06%以下であるのがより好ましい。なお、Cr含有量は少なければ少ないほどよいが、Crの過度な低減は製造コストを増加させるため、Cr含有量は0.001%以上であるのが好ましい。
【0035】
鋼は、上記成分に加え、Sn、Sb、Mo、W、V、Ca、Mg、およびREMから選択される1種以上の元素を含有させてもよい。
【0036】
Sn:0~0.5%
Snは、薄膜水が形成し、腐食界面のpHが低下する環境において、イオンとして溶出し、インヒビター作用により鋼の溶解反応を著しく抑制する。この結果、Snは耐食性を向上させる効果を有する。また、Snは、耐摩耗性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。
【0037】
しかしながら、Snは0.5%を超えて含有させると靭性が著しく低下する。このため、Sn含有量は0.5%以下とする。また、Sn含有量は0.4%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Sn含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.03%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0038】
Sb:0~0.5%
SbはSnと同様、薄膜水形成環境において鋼の溶出を抑制する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Sbを、0.5%を超えて含有させると靭性が著しく低下する。このため、Sb含有量は0.5%以下とする。Sb含有量は0.4%以下であるのが好ましく、0.3%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Sb含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.03%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0039】
Mo:0~1.0%
Moは、強度および耐摩耗性を高める作用を有する。また、Moは腐食環境において溶出したMoがモリブデン酸イオンを形成し、インヒビター作用により鋼の溶出を抑制する作用を有する。この結果、Moは耐食性を向上させる効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。
【0040】
しかしながら、Mo含有量が1.0%を超えると効果が飽和するだけでなく靭性が著しく低下する。このため、Mo含有量は1.0%以下とする。Mo含有量は0.8%以下であるのが好ましく、0.5%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mo含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.03%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0041】
W:0~1.0%
WもMoと同様の作用を有する。腐食環境において溶出したWがタングステン酸イオンを形成することで鋼の溶出を抑制する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。
【0042】
しかしながら、W含有量が1.0%を超えると効果が飽和するだけでなく靭性が低下する。このため、W含有量は1.0%以下とする。W含有量は0.8%以下であるのが好ましく、0.5%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、W含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.03%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0043】
V:0~1.0%
VもMoと同様の作用を有する。腐食環境において溶出したVがバナジン酸イオンを形成することにより鋼の溶出を抑制する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。
【0044】
しかしながら、V含有量が1.0%を超えると、効果が飽和するだけでなく靭性が低下する。このため、V含有量は1.0%以下とする。V含有量は0.8%以下であるのが好ましく、0.5%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、V含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.03%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0045】
Ca:0~0.01%
Caは、イオンとして溶出し、pHの低下が生じた腐食界面においてpHを上昇させる。この結果、腐食が抑制されるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Ca含有量が0.01%を超えると効果が飽和するだけでなく靭性が低下する。このため、Ca含有量は0.01%以下とする。Ca含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.006%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ca含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましく、0.0005%以上であるのがさらに好ましい。
【0046】
Mg:0~0.01%
Mgは、Caと同様、腐食界面のpHを上昇させることで腐食を抑制する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Mg含有量が0.01%を超えると効果が飽和するだけでなく靭性も低下する。このため、Mg含有量は0.01%以下とする。Mg含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.006%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mg含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましく、0.0005%以上であるのがさらに好ましい。
【0047】
REM:0~0.01%
REMは、CaおよびMgと同様、腐食界面のpHを上昇させることで腐食を抑制する効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REM含有量が0.01%を超えると、効果が飽和するだけでなく靭性も低下する。このため、REM含有量は0.01%以下とする。REM含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.006%以下であるのがより好ましい。
【0048】
一方、上記効果を得るためには、REM含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましく、0.0005%以上であるのがさらに好ましい。
【0049】
ここで、本発明において、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、上記REM含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。REMは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加される。
【0050】
また、鋼には、上記成分のほかに、さらにNb、Ti、およびBから選択される1種以上の元素を含有させてもよい。
【0051】
Nb:0~0.1%
Nbは、強度を高める作用を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Nb含有量が0.1%を超えると靭性が低下する。このため、Nb含有量は0.1%以下とする。Nb含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Nb含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.003%以上であるのがより好ましく、0.004%以上であるのがさらに好ましい。
【0052】
Ti:0~0.1%
Tiは、Nと結合してTiNを形成することにより、溶接熱影響部の靭性を向上させる。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Ti含有量が0.1%を超えると効果が飽和する。このため、Ti含有量は0.1%以下とする。Ti含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ti含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.002%以上であるのがより好ましく、0.003%以上であるのがさらに好ましい。
【0053】
B:0~0.01%
Bは、強度を高める作用を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、B含有量が0.01%を超えると靭性が低下する。このため、B含有量は0.01%以下とする。B含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、B含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましく、0.0005%以上であるのがさらに好ましい。
【0054】
鋼の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0055】
上述のように、本発明では耐食性を担保する上で、CuおよびNiの含有量を適切に制御する必要がある。また、本発明においては、薄膜水が形成した状態において耐食性を低下させるCrについても、その含有量を適切に制御する必要がある。本発明の成分系においては、これら元素の相互作用も鑑み、下記式(i)を満足する必要がある。
【0056】
(1-1.35Cu)(1-0.37Ni)+0.25Cr≦0.80・・・(i)
上記の式(i)は本発明の鋼の耐食性能を表すものであり、式(i)を満足する場合、つまり式(i)左辺値が0.80以下である場合、チェーンロッカーとして十分な耐食性を確保できる。このため、式(i)左辺値を0.80以下とする。さらに、良好な耐食性を確保するためには、式(i)左辺値は、0.77以下とするのが好ましく、0.75以下とするのがより好ましい。式(i)左辺値は、0.73以下とするのがさらに好ましく、0.71以下とするのが一層好ましく、0.70以下とするのがより一層好ましい。一方、式(i)を満足しない場合は耐食性が十分でなく、チェーンロッカーとして長期の使用が困難である。
【0057】
また、本発明は、製造性の観点から下記式(ii)を満足する必要がある。
Cu/Ni≦5.0・・・(ii)
式(ii)は本発明の鋼の製造性を表すものであり、式(ii)を満足する場合、鋼板として問題なく製造できる。一方、式(ii)を満足しない場合は鋳造または圧延時に脆化により表面割れなどが生じるため、製造が困難となる。
【0058】
但し、上記式(i)、(ii)中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0059】
なお、本発明では、上記鋼の鋼板に溶接を施し、チェーンロッカーの形状とするが、このチェーンロッカーの表面に防食被覆(皮膜)を施してもよい。すなわち、チェーンロッカーは、表面に防食被覆層を備えてもよい。
【0060】
防食被覆層としては、その種類は限定されず、一般的なものを用いればよい。具体的には、Znめっき、Alめっき、Zn-Alめっき等に例示される防食めっき皮膜、Zn溶射、Al溶射等に例示される金属溶射皮膜、ビニルブチラール系、エポキシ系、ウレタン系、フタル酸系、ふっ素系、油性塗料、瀝青質系等に例示される一般の防食塗装皮膜等が挙げられる。
【0061】
3.表層硬さ
耐摩耗性を得たい場合には、表層硬さが135HV超であるのが好ましい。なお、表層硬さは、JIS Z 2244:2009に準拠して行い、試験力は9.8N(1kgf)とした。硬さ測定には、10mm×10mm×厚さの試験片を切り出し、鋼板断面が観察面となるよう樹脂に埋め込み、鏡面まで研磨したのち、試験片の鋼板表面より板厚中心方向に0.5、1.0、1.5、2.0、2.5、3.0mmの位置において、各3点測定を行い、合計18点のビッカース硬さを測定し、すべての測定点の平均値を表層硬さとする。
【0062】
4.製造方法
本発明に係る鋼板およびチェーンロッカーは、製造方法によらず、上述の構成を有していれば、その効果を得られるが、例えば、以下のような製造方法により、安定して製造することができる。具体的には、先ず、上記化学組成を有する鋼片を、常法の連続鋳造法等により製造するのが好ましい。
【0063】
続いて、得られた鋼片を、1100~1200℃の範囲で均熱し、熱間圧延を施す。熱間圧延の際、圧延1パスあたりの圧下率が3.0%以上であるのが好ましい。また、熱間圧延において、圧延仕上げ温度が700~900℃となるように制御するのが好ましい。熱間圧延後は、大気中で放冷する、またはAr3点以上の温度から550℃までの温度域を5.0℃/s以上の冷却速度で冷却するのが好ましい。なお、上述の温度は、鋼板の表面温度である。冷却後、適宜、酸洗等を施してもよい。
【0064】
得られた鋼板について、溶接を行い、チェーンロッカーの形状とする。溶接条件は、常法を用いればよく、溶接後に防食被覆を施してもよい。
【0065】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0066】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶製し、連続鋳造を行い、鋼片を得た。続いて、得られた鋼片を1120℃で加熱し、熱間圧延を行い、850℃を圧延仕上げ温度とした。その後、室温まで大気中で放冷して、板厚20mmの鋼板とした。
【0067】
(表面割れ評価)
得られた鋼板について、まず、表面の観察を目視で行い、表面割れの有無を評価した。その後、試験片を下記に記載の腐食試験に供した。
【0068】
(腐食試験)
得られた鋼板から、腐食試験に用いる、60mm×100mm×3mm形状の試験片を採取し、腐食試験に供した。耐食性を評価するための腐食試験においては、チェーンロッカー内の腐食環境を模擬し、以下の条件で試験を行った。腐食試験では、海水浸漬工程と乾燥湿潤工程とからなる処理を1サイクルとして、8サイクル(約8週間)実施した。
【0069】
海水浸漬工程では、試験片を1週間(7日)に1度、35℃の人工海水に15分浸漬させ、係留チェーンが引き上げられ、格納された際の環境を模擬した。試験に用いた人工海水の組成は、NaCl:2.45%、MgCl2:1.11%、Na2SO4:0.41%、CaCl2:0.15%、KCl:0.07%、NaHCO3:0.02%、KBr:0.01%であった。なお、上記の人工海水の組成の%は、質量%を示している。
【0070】
また、乾燥湿潤工程では、チェーンロッカー内において、比較的湿度の低い状態を模擬した乾燥工程と比較的湿度の高い状態を模擬した湿潤工程との二つの工程を実施した。乾燥工程では、温度が60℃、相対湿度が65%RHの環境で4時間保持し、湿潤工程では、温度が60℃、相対湿度が90%RHの環境で4時間保持した。
【0071】
海水浸漬工程の後、次の海水浸漬工程に至るまでの間、乾燥工程と湿潤工程とを交互に繰り返す処理を行なった。この場合、乾燥工程と湿潤工程とを行なう工程を1回とすると、1日の間で上記処理が3回行なわれることとなる。上記の腐食試験の後、腐食生成物を物理的・化学的に除去し、腐食試験前後の重量差を表面積で除したものを片面あたりの平均板厚減少量(mm)とした。
【0072】
(硬さ試験)
耐摩耗性を評価するための表層硬さを測定した。表層硬さを算出するための硬さ試験の条件はJIS Z 2244:2009に準拠して行い、試験力は9.8N(1kgf)とした。硬さ測定には、鋼板断面が観察面となるよう樹脂に埋め込み、鏡面まで研磨したのち、試験片の鋼板表面より板厚中心方向に0.5、1.0、1.5、2.0、2.5、3.0mmの位置において、各3点測定を行い、合計18点のビッカース硬さを測定し、すべての測定点の平均値を表層硬さとした。そして、表層硬さが135HV超である場合を、耐摩耗性が良好であると判断した。
【0073】
上記の試験結果を表1に示す。
【0074】
【0075】
表1に示すように、試験No.1~18は、本発明で規定する組成を満足し、かつ式(i)および式(ii)を満足するため、耐食性が良好であり、表面割れも発生しなかった。また、耐摩耗性も良好であった。一方、試験No.19および21は、式(i)を満足しないため、耐食性が劣る結果となった。また、試験No.20は式(ii)を満足しないため、表面割れが発生した。また、試験No.22は、Mn含有量が規定範囲外であり、表層硬さが低下し、耐摩耗性が劣る結果となった。