(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-20
(45)【発行日】2023-09-28
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230921BHJP
C22C 38/06 20060101ALI20230921BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20230921BHJP
C21D 8/12 20060101ALN20230921BHJP
H01F 1/147 20060101ALN20230921BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/06
C22C38/60
C21D8/12 B
H01F1/147 175
(21)【出願番号】P 2021546957
(86)(22)【出願日】2020-09-17
(86)【国際出願番号】 JP2020035339
(87)【国際公開番号】W WO2021054409
(87)【国際公開日】2021-03-25
【審査請求日】2022-03-02
(31)【優先権主張番号】P 2019169416
(32)【優先日】2019-09-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100144417
【氏名又は名称】堂垣 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】安田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】荒牧 毅郎
(72)【発明者】
【氏名】矢野 慎也
(72)【発明者】
【氏名】有田 吉宏
(72)【発明者】
【氏名】片岡 隆史
(72)【発明者】
【氏名】村上 健一
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/062853(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/151397(WO,A1)
【文献】特開2018-066061(JP,A)
【文献】特開平06-017261(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0072465(KR,A)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0072487(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/12, 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に形成されたグラス皮膜と、を含む方向性電磁鋼板であって、
前記母材鋼板は、化学成分として、質量%で、C:0.010%以下、Si:2.00~4.00%、Mn:0.05~1.00%、Al:0.010~0.065%以下、N:0.004%以下、S:0.010%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
前記グラス皮膜及び前記母材鋼板に含まれる酸素濃度が2500ppm以下であり、
前記グラス皮膜は前記母材鋼板の表層を被覆する被覆部分と、前記被覆部分から前記母材鋼板の表層部の内部に嵌入した嵌入構造とを有し、
前記グラス皮膜がフォルステライトおよびAl析出物から構成され、
前記グラス皮膜の表面から前記方向性電磁鋼板をグロー放電発光分析(GDS)することで得られるAlの濃度プロファイルが少なくとも2つのピークを有し、
各々のAlのピークを前記グラス皮膜の表面に近い側から順に
、前記被覆部分中のAl析出物に由来する第1ピーク、
前記嵌入構造中のAl析出物に由来する第2ピークとし、Alの
前記第1ピークの強度をI
Al_1、Alの
前記第2ピーク強度をI
Al_2としたとき、数式(1)の関係を満たすことを特徴とする方向性電磁鋼板。
I
Al_1<I
Al_2 ・・・ 式(1)
【請求項2】
前記母材鋼板の表層部の圧延方向に平行な垂直断面のうち、前記グラス皮膜の表面から板厚中心部方向への深さ10μmまでの範囲内の領域には、円相当径で1μm以上のAlを含有する析出物が圧延方向に平均で50個/mm以上の頻度で点在することを特徴とする、請求項1記載の方向性電磁鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄心として利用されるので、磁化特性、特に鉄損が低いことが望まれる。そのためには、{110}<001>方位に集積した結晶粒を高度に揃えることや、Siを含有させ固有抵抗を上げること、不純物を低減することが重要である。
【0003】
しかし、結晶方位の制御や鋼板成分による鉄損の低減には限界があり、磁区の幅を細分化して、鉄損を低減する技術(以下、「磁区制御技術」とも称す。)が開発されている。磁区制御技術は大別して、非耐熱型と耐熱型の技術とに分けられる。
【0004】
非耐熱型の磁区制御技術としては、例えば特許文献1、2に開示されているように、鋼板にレーザービームを照射することで、鋼板表層に線状の熱歪領域を形成する方法が知られている。この方法では、熱歪領域によって磁区幅が狭くなるので、鉄損が低減される。しかしながら、熱歪領域は熱処理により歪が解放されるため、非耐熱型の磁区制御技術が施された方向性電磁鋼板は巻鉄心のような加工後に歪取り焼鈍を要する変圧器には使用できない。そのため、方向性電磁鋼板の使用用途が制限されるという課題がある。
【0005】
一方、耐熱型の磁区制御技術が施された方向性電磁鋼板には、用途の制約を受けないというメリットがある。このような耐熱型の磁区制御技術としては、例えば特許文献3に開示されているような電解エッチングにより溝形成する方法が知られている。この方法では、例えば、まず二次再結晶後の鋼板表面にグラス皮膜を形成する。ついで、レーザーや機械的方法により鋼板表面のグラス皮膜を線状に除去し、エッチングにより地鉄が露出した部分に溝を形成する。したがって、この方法では、工程が複雑になり、かつ製造コストが高くなる。さらに、処理速度にも限界がある。
【0006】
他には、特許文献4で開示されているように、機械的な歯型プレスにより鋼板の表面に溝を形成する方法が知られている。しかし、電磁鋼板には電気抵抗を高める等の目的によりSiを約3質量%添加されることが多い。このような電磁鋼板は非常に硬いため、特許文献4に開示されている方法では、歯形の摩耗及び損傷が発生する可能性がある。さらに溝深さにバラツキが生じ、ひいては、鉄損改善効果にもバラツキが生じる可能性がある。
【0007】
さらに、上記の耐熱型の磁区制御技術には、鋼板にレーザービームを照射することで鋼板表層に熱歪領域を導入する非耐熱型の磁区制御技術に比べて、鉄損低減効果が十分に得られないという課題もある。特許文献5、6には、耐熱型の磁区制御技術として、鋼板表面の形状や溝形状を工夫した技術が開示されているが、耐熱型の磁区制御技術が有する上記各課題の根本的な解決には至っていない。
【0008】
ところで、上記のような磁区細分化による鉄損低減の効果を十分に得るためには、絶縁皮膜やグラス皮膜が鋼板に及ぼす張力(以下、「皮膜張力」とも称することがある)も極めて重要とされる。絶縁皮膜としては、例えば、リン酸塩とコロイダルシリカを含む水系塗布溶液を鋼板に塗布することで形成されるものなどが知られている。グラス皮膜としては、後述で詳細に説明するが、例えばフォルステライトを主成分とする酸化物を含むものが知られている。
【0009】
特許文献7、8には、グラス皮膜の張力を高めることを目的とした技術が開示されている。具体的には、特許文献7には、フォルステライト中(すなわちグラス皮膜中)のスピネル(例えば、MgAl2O4)を5%以上とした電磁鋼板が開示されている。また、特許文献8には、グロー放電発光分析によって得られるAlとFeの発光強度が所定の条件を満たす電磁鋼板が開示されている。さらに、特許文献9は、グラス皮膜の密着性を高める(トランス製造時の曲げ加工での剥離を防ぐ)ことを目的とした技術が開示されている。具体的には、特許文献9には、グロー放電発光分析によって得られるBの発光強度が所定の条件を満たす電磁鋼板が開示されている。しかしながら、特許文献7~9に開示されている技術では、グラス皮膜張力または密着性が向上することが期待できるものの、これらの技術だけでは磁区細分化効果は得られない。つまり、特許文献7~9に開示されている技術は、あくまで上述した耐熱型の磁区制御技術を前提としたものである。したがって、これらの技術によっても、依然として鉄損低減効果が十分に得られないという課題を十分に解決することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平6-57335号公報
【文献】特開2003-129135号公報
【文献】特開昭61-117284号公報
【文献】特開昭61-117218号公報
【文献】国際公開第2010/147009号
【文献】特表2013-510239号公報
【文献】特開平8-134660号公報
【文献】特開2000-204450号公報
【文献】国際公開第2019/146697号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上述べた通り、耐熱型の磁区制御技術では、鉄損低減効果が十分に得られないという問題があった。一方、非耐熱型の磁区制御技術では、耐熱型の磁区制御技術に比べて鉄損低減効果を高めることができるものの、さらなる鉄損低減効果の改善が求められていた。
【0012】
本発明は上記の実情を鑑み開発されたものであり、磁区制御前の鉄損が一層改善し、かつ鉄損改善効果が十分に得られない耐熱性の磁区制御においても、十分に鉄損改善効果を得られる方向性電磁鋼板を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題の解決に向けて鋭意検討を重ねた。具体的には、本発明者は、磁区制御前の状態で、同一の磁束密度を有し、かつ種々の鉄損特性を有する方向性電磁鋼板に耐熱型の磁区制御を施す実験を繰り返した。この結果、本発明者は、磁区制御前の状態の鉄損が良好なほど、磁区制御後の鉄損も良いことを見出した。そして、本発明者は、磁区制御前の鉄損が良好な鋼板の特徴を調べた結果、いずれの鋼板においても、グラス皮膜の母材鋼板表層部への嵌入構造(以下、「グラス皮膜の嵌入構造」とも称する)が発達していることを明らかにした。本発明者は、このような知見に基づいて、本発明に想到した。本発明の要旨は次の通りである。
【0014】
本発明のある観点によれば、母材鋼板と、母材鋼板の表面に形成されたグラス皮膜と、を含む方向性電磁鋼板であって、母材鋼板は、化学成分として、質量%で、C:0.010%以下、Si:2.00~4.00%、Mn:0.05~1.00%、Al:0.010~0.065%以下、N:0.004%以下、S:0.010%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなり、グラス皮膜及び母材鋼板に含まれる酸素濃度が2500ppm以下であり、前記グラス皮膜は前記母材鋼板の表層を被覆する被覆部分と、前記被覆部分から前記母材鋼板の表層部の内部に嵌入した嵌入構造とを有し、前記グラス皮膜がフォルステライトおよびAl析出物から構成され、グラス皮膜の表面から方向性電磁鋼板をグロー放電発光分析(GDS)することで得られるAlの濃度プロファイルが少なくとも2つのピークを有し、各々のAlのピークをグラス皮膜の表面に近い側から順に、前記被覆部分中のAl析出物に由来する第1ピーク、前記嵌入構造中のAl析出物に由来する第2ピークとし、Alの前記第1ピークの強度をIAl_1、Alの前記第2ピーク強度をIAl_2としたとき、数式(1)の関係を満たすことを特徴とする方向性電磁鋼板が提供される。
IAl_1<IAl_2 ・・・ 式(1)
【0015】
ここで、母材鋼板の表層部の圧延方向に平行な垂直断面のうち、グラス皮膜の表面から板厚中心部方向への深さ10μmまでの範囲内の領域には、円相当径で1μm以上のAlを含有する析出物が圧延方向に平均で50個/mm以上の頻度で点在してもよい。なお、本明細書で特に断りのない限り、垂直断面とは鋼板表面の法線方向に平行な断面を指す。
【発明の効果】
【0016】
本発明の上記観点によれば、Alの第1ピーク強度をIAl_1とし、Alの第2ピーク強度をIAl_2とした場合、数式(1)の関係が満たされる。詳細は後述するが、数式(1)の条件が満たされる場合、グラス皮膜の嵌入構造が大きく発達し、多くのAl析出物が母材鋼板の表層部内に形成される。これらのAl析出物は磁極を構成するので、これらのAl析出物によって磁区細分化効果を十分に高めることができる。本発明に係る方向性電磁鋼板には、さらに磁区制御を施してもよい。したがって、本発明によれば、磁区制御前の鉄損が一層改善し、かつ鉄損改善効果が十分に得られない耐熱性の磁区制御においても、十分に鉄損改善効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施形態に係る方向性電磁鋼板をグロー放電発光分析(GDS)することで得られるAlの濃度プロファイルの一例を示すグラフである。
【
図2】本実施形態に係る方向性電磁鋼板の圧延方向に平行な垂直断面を模式的に示す断面図である。
【
図3】本実施形態に係る方向性電磁鋼板の圧延方向に平行な断面を光学顕微鏡で撮影した写真の一例である。
【
図4】グラス皮膜の嵌入構造が発達していない方向性電磁鋼板の圧延方向に平行な垂直断面を模式的に示す断面図である。
【
図5】本実施形態の脱炭焼鈍における昇温パターンの一例を説明するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<1.本発明の概要>
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。まず、本発明の概要について説明する。本発明者は、さらなる鉄損の低減のために、磁区細分化を促進する技術について鋭意検討した。磁区が細分化されると、磁区幅が狭くなる。磁区幅が狭くなると鋼板が磁化された際の磁壁の移動距離が短くなるので、磁壁移動時のエネルギーロスが低減する。すなわち鉄損が低減される。
【0019】
ここで、磁区細分化は、母材鋼板の表層部に新たな磁極を生成することで実現されうる。詳細に説明すると、このような磁極により母材鋼板表層部の静磁エネルギーが高くなる。そして、母材鋼板の表層部では、静磁エネルギーを低くするために新たに180°磁壁が生成される。これにより、磁区が細分化される。言い換えれば、磁区幅が狭くなる。
【0020】
以上述べた通り、磁区細分化には新たな磁極の生成が必要である。具体的には、母材鋼板とは透磁率の異なる物質による界面を母材鋼板の表層部に造りこむことが必要である。
【0021】
そこで、本発明者は、グラス皮膜を母材鋼板の表層部に嵌入させることを検討した。グラス皮膜の嵌入構造は母材鋼板の表層部で磁極を構成するので、磁区細分化を実現することができるからである。なお、詳細は後述するが、グラス皮膜の嵌入構造はAl析出物を含み、これらが磁極を構成する。
【0022】
本発明者は、グラス皮膜の嵌入構造による磁区細分化効果を最大限に発現するための検討を重ねたところ、所定の条件を満たすグラス皮膜を母材鋼板の表面に形成することで嵌入構造を制御し、磁区細分化効果を最大限、享受できることを見出した。
【0023】
具体的には、グラス皮膜及び母材鋼板に含まれる酸素濃度を2500ppm以下とする。さらに、方向性電磁鋼板をグロー放電発光分析(GDS)することにより得られるAlの濃度プロファイルにおいて、
図1に示すように、Alの第1ピーク1の強度(第1ピーク強度)をI
Al_1とし、Alの第2ピーク2の強度(第2ピーク強度)をI
Al_2とした場合、I
Al_1<I
Al_2(数式(1))の関係が満たされるようにグラス皮膜の構造を制御する。
図2、
図3に示すように、母材鋼板cの表層部の圧延方向に平行な垂直断面のうち、グラス皮膜aの表面から板厚中心部方向へ10μmの範囲内の領域には、円相当径で1μm以上のAlを含有する析出物bが圧延方向に平均で50個/mm以上の頻度で点在することが好ましい。以下、本実施形態について詳細に説明する。
【0024】
<2.方向性電磁鋼板の構成>
(2-1.全体構成)
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、母材鋼板と、母材鋼板の表面に形成されたグラス皮膜とを含む。グラス皮膜の表面にはさらに絶縁皮膜が形成されていてもよい。グラス皮膜は母材鋼板に嵌入する嵌入構造を有しており、嵌入構造が非常に発達している。すなわち、嵌入構造は複雑な3次元ネットワーク構造を有している。したがって、グラス皮膜は、母材鋼板の表層の大部分を被覆する被覆部分と、当該被覆部分から母材鋼板の表層部の内部に嵌入した嵌入構造とに区分される。さらに、嵌入構造はAlを含む析出物を多く含む。
【0025】
図2及び
図3は本実施形態に係る方向性電磁鋼板の圧延方向に平行な垂直断面の一例を示す。
図2は模式図であり、
図3は断面の顕微鏡写真である。NDは板厚方向(鋼板表面の法線方向)を示し、RDは圧延方向を示す。
【0026】
これらの例では、方向性電磁鋼板は、母材鋼板cと、母材鋼板cの表面に形成されたグラス皮膜aとを含む。グラス皮膜aは母材鋼板cに嵌入する嵌入構造を有しており、嵌入構造が非常に発達している。嵌入構造はAl析出物bを含む。なお、
図2及び
図3ではAl析出物が点在して存在するように見えるが、Al析出物は、
図2及び
図3で示されるように、紙面の平面上(すなわち鋼板の圧延方向に平行な断面上)にのみ存在するだけではなく、実際には
図2及び
図3の紙面に交差する(例えば紙面に垂直な)方向(すなわち鋼板の板幅方向)にも延び、かつ被覆部分に連結した3次元ネットワーク構造を有している。また、
図2、
図3では嵌入構造が概して被覆部分から母材鋼板の表層部に向かって嵌入する(つまり板厚方向に延びる)ように見えるが、嵌入構造は圧延方向および板幅方向に延びる場合もある。この部分の垂直断面を観察した場合、左右に(圧延方向および板幅方向に)長い嵌入構造が観察される。嵌入構造及びAl析出物の詳細は後述する。なお、グラス被膜のうち被覆部分は、母材鋼板の表層の大部分を被覆する部分であり、また母材鋼板の表層部の内部に嵌入する嵌入構造と繋がる部分である。被覆部分と嵌入構造は、後述するとおり、Al濃度プロファイルによって区分することができる。
【0027】
(2-2.母材鋼板の成分組成)
母材鋼板は、化学成分として、質量%で、C:0.010%以下、Si:2.00~4.00%、Mn:0.05~1.00%、Al:0.010~0.065%以下、N:0.004%以下、S:0.010%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなる。以下、成分組成に係る%は、母材鋼板の総質量に対する質量%を意味するものとする。
【0028】
(C:0.010%以下)
Cは、一次再結晶組織の制御に有効な元素であるが、磁気特性に悪影響を及ぼすので、仕上げ焼鈍前に脱炭焼鈍で除去される元素である。最終製品でC濃度が0.010%を超えると、Cが時効析出し、ヒステリシス損が劣化するので、C濃度は0.010%以下とする。C濃度は好ましくは0.007%以下、より好ましくは0.005%以下である。C濃度の下限は0%を含むが、C濃度を0.0001%未満に低減しようとすると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。なお、方向性電磁鋼板において、C濃度は、脱炭焼鈍によって通常0.001%程度以下に低減される。
【0029】
(Si:2.00~4.00%)
Siは、鋼板の電気抵抗を高めて、鉄損特性を改善する元素である。Si濃度が2.00%未満では、仕上げ焼鈍時に鉄組織のγ変態が生じ、鋼板の結晶方位が損なわれるので、Si濃度は2.00%以上とする。Si濃度は、好ましくは2.50%以上、より好ましくは3.00%以上である。一方、Si濃度が4.00%を超えると、方向性電磁鋼板の加工性が低下し、圧延時に割れが発生するので、Si濃度は4.00%以下とする。Si濃度は好ましくは3.50%以下である。
【0030】
(Mn:0.05~1.00%)
Mnは、熱間圧延時の割れを防止するとともに、Sと結合して、インヒビターとして機能するMnSを生成する元素である。Mn濃度が0.05%未満では、Mnの添加効果が十分に発現しないので、Mn濃度は0.05%以上とする。Mn濃度は、好ましくは0.07%以上、より好ましくは0.09%以上である。一方、Mn濃度が1.00%を超えると、MnSの析出分散が不均一になり、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下するので、Mn濃度は1.00%以下とする。Mn濃度は好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.60%以下である。
【0031】
(Al:0.010~0.065%)
Alは、Nと結合して、インヒビターとして機能する(Al、Si)NまたはAlNを生成する元素である。Al濃度が0.010%未満では、Alの添加効果が十分に発現せず、二次再結晶が十分に進行しないので、Al濃度は0.010%以上とする。Al濃度は好ましくは0.015%以上、より好ましくは0.020%以上である。一方、Al濃度が0.065%を超えると、インヒビターの析出分散が不均一になり、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下するので、Al濃度は0.065%以下とする。Al濃度は好ましくは0.050%以下、より好ましくは0.040%以下である。なお、詳細は後述するが、母材鋼板中のAlは嵌入構造が発達したグラス皮膜と反応し、Al析出物を形成するという機能も有する。
【0032】
(N:0.004%以下)
Nは、Alと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する元素である。ただし、最終製品でN濃度が0.004%を超えると鋼板中のNがAlNとして析出し、ヒステリシス損を劣化させるので、N濃度は0.004%以下とする。N濃度の下限は0%を含むが、N濃度を0.0001%未満に低減しようとすると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.001%が実質的な下限である。なお、方向性電磁鋼板において、N濃度は、仕上げ焼鈍によって通常0.001%程度以下に低減される。
【0033】
(S:0.010%以下)
Sは、Mnと結合して、インヒビターとして機能するMnSを生成する元素である。ただし、最終製品においてS濃度が0.010%を超えると鋼板中のSがMnSとして析出し、ヒステリシス損を劣化させるので、S濃度は0.010%以下とする。S濃度の下限は0%を含むが、S濃度を0.0001%未満に低減しようとすると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。なお、方向性電磁鋼板において、S濃度は、仕上げ焼鈍によって通常、0.005%程度以下に低減される。
【0034】
母材鋼板の成分において、上記元素を除く残部は、Fe及び不純物である。不純物は基本的に不可避的不純物であるが、母材鋼板に後述する任意添加元素が含まれる場合、不純物は不可避的不純物のほか、これらの任意添加元素で構成される。不可避的不純物は、鋼原料から及び/又は製鋼過程で不可避的に混入する元素であり、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の特性を阻害しない範囲で許容される元素である。
【0035】
また、母材鋼板には、その磁気特性を阻害せず、かつ他の特性を高め得ることを目的として、Cr:0.30%以下、Cu:0.40%以下、P:0.50%以下、Ni:1.00%以下、Sn:0.30%以下、Sb:0.30%以下、B:0.0100%以下、Mo:0.1%以下及び、Bi:0.01%以下の1種又は2種以上を任意添加元素として添加してもよい。これらの元素は任意添加元素なので、濃度の下限値は0%であってもよい。
【0036】
(Cr:0.30%以下)
Crは、脱炭焼鈍の酸化層を改善し、グラス皮膜形成に有効な元素である。このため、Crを0.30%以下の範囲で母材鋼板に添加してもよい。Cr濃度が0.30%を超えると、脱炭性を著しく阻害するので、Cr濃度の上限は0.30%であることが好ましい。
【0037】
(Cu:0.40%以下)
Cuは母材鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減させることに有効な元素である。C濃度が0.40%を超えると鉄損低減効果が飽和するとともに、熱延時に「カッパーヘゲ」なる表面疵の原因になるため、C濃度の上限は0.40%であることが好ましい。
【0038】
(P:0.50%以下)
Pは母材鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減させることに有効な元素である。P濃度が0.50%を超えると圧延性に問題を生じるため、P濃度の上限は0.50%であることが好ましい。
【0039】
(Ni:1.00%以下)
Niは母材鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減させることに有効な元素である。また、Niは熱延板の鉄組織を制御して磁気特性を向上させるうえで有効な元素でもある。しかしながら、Ni濃度が1.00%を超えると二次再結晶が不安定になるため、Ni濃度の上限は1.00%であることが好ましい。
【0040】
(Sn:0.30%以下、Sb:0.30%以下)
SnとSbは、良く知られている粒界偏析元素である。本実施形態に係る母材鋼板はAlを含有しているため、仕上げ焼鈍の条件によっては焼鈍分離剤から放出される水分によりAlが酸化されてコイル位置でインヒビター強度が変動する場合がある。この結果、磁気特性がコイル位置で変動する場合がある。この対策の一つとして、これらの粒界偏析元素の添加によりAlの酸化を防止する方法があり、そのためにSn及びSbをそれぞれ0.30%以下の濃度で母材鋼板に添加してもよい。一方、これらの元素の濃度が0.30%を超えると脱炭焼鈍時にSiが酸化されにくく、グラス皮膜の形成が不十分となるとともに、脱炭焼鈍性を著しく阻害する。このため、これらの元素の濃度の上限は0.30%であることが好ましい。
【0041】
(B:0.0100%以下)
Bは母材鋼板中のNと結合し、MnSと複合析出して、インヒビターとして機能するBNを形成する元素である。B濃度の下限は特に制限されず、上述したように0%でもよい。ただし、Bの添加効果を十分に発揮するためには、B濃度の下限は0.0005%であることが好ましい。B濃度は好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.0015%以上である。一方、B濃度が0.0100%を超えると、BNの析出分散が不均一になり、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下する。このため、B濃度は0.0100%以下であることが好ましい。B濃度は好ましくは0.0080%以下、より好ましくは0.0060%以下、より好ましくは0.0040%以下である。
【0042】
(Mo:0.1%以下)
Moは熱延時の表面性状を改善することに有効な元素である。ただし、Mo濃度が0.1%を超えるとMo添加効果が飽和してしまうため、Mo濃度の上限は0.1%であることが好ましい。
【0043】
(Bi:0.01%以下)
Biは硫化物などの析出物を安定化してインヒビターとしての機能を強化する効果がある。しかしながら、Bi濃度が0.01%を超えるとBiがグラス皮膜形成に悪影響を及ぼすため、Bi濃度の上限は0.01%であることが好ましい。
【0044】
(2-3.グラス皮膜及び母材鋼板中の酸素濃度)
グラス皮膜及び母材鋼板中の合計の酸素濃度は2500ppm以下とされる。酸素の殆どはグラス皮膜に含まれ、鋼板中に含まれる酸素は10~100ppm程度である。なお、方向性電磁鋼板が後述する絶縁皮膜を含む場合、酸素濃度は、方向性電磁鋼板から絶縁皮膜を除去した後に測定される。つまり、絶縁皮膜は酸素濃度の測定対象には含まれない。絶縁皮膜は、例えば水酸化ナトリウム水溶液等を用いて除去される。
【0045】
酸素分析法は、黒鉛るつぼ内に試料を入れ、試料を融解させ加熱し、COおよびCO2を赤外吸収法で測定するガス分析手法を用いる。
【0046】
酸素濃度が2500ppmを超えると、母材鋼板の磁束密度が低下し(より具体的には、磁鉄が少なくなり)、鉄損が劣化する。このため、酸素濃度の上限は2500ppmとされる。酸素濃度の下限は特に制限されないが、酸素濃度が500ppm以下と極端に低い場合は、事実上、母材鋼板の表面にグラス皮膜が形成されず、グラス皮膜の嵌入構造も発達しない。このため、鉄損が劣位となる。さらに、絶縁皮膜密着性が下がる可能性もある。そのため、酸素濃度は500ppm超であることが好ましく、1000ppm以上とされることがさらに好ましい。なお、酸素濃度は、不活性ガス溶融法の原理を用いたガス分析装置を用いて測定される。後述する実施例ではこの方法で測定された値である。酸素濃度を2500ppm以下とする方法としては、例えば、脱炭焼鈍条件、特に露点を調整する方法が挙げられる。例えば、焼鈍時間及び焼鈍温度を考慮しつつ露点を調整することで、酸素濃度を2500ppm以下とすることができる。
【0047】
(2-4.GDSによるAl濃度プロファイル)
本実施形態に係る方向性電磁鋼板をグロー放電発光分析(GDS)した場合、板厚方向にAlの発光強度分布(Al濃度プロファイル)が観測される。なお、方向性電磁鋼板が後述する絶縁皮膜を含む場合、Al濃度プロファイルは、方向性電磁鋼板から絶縁皮膜を除去した後に測定される。つまり、絶縁皮膜はAl濃度プロファイルの測定対象には含まれない。GDSによる測定は、グラス皮膜の表面から行われる。
【0048】
GDS分析は、試料に応じて、適宜条件調整が必要であり、その調整は当業者には通常の実務範囲内である。そのため、GDSの測定条件は限定されないが,例えば出力35Wとし、0.01~0.10秒間隔でデータを取り込んだ。
【0049】
Al濃度プロファイルは、少なくとも2つのピークを有する。各々のAlのピークをグラス皮膜の表面に近い側から順に第1ピーク、第2ピーク・・・とする。
図1にAl濃度プロファイルの一例を示す。
図1に示すAl濃度プロファイルは、2つのピーク、すなわち第1ピーク1、第2ピーク2を有する。ピークの数は好ましくは2つである。なお、ピーク同士は一部重なっていてもよいし、離間していてもよい。
【0050】
第1ピークは、グラス皮膜の被覆部分中のAl析出物に由来し、第2ピークはグラス皮膜の嵌入構造中のAl析出物に由来する。各ピークの由来となるAl析出物は、例えばグラス皮膜を構成するフォルステライト(Mg2SiO4)のSiがAlに置換されたMg2Al2O4である。MgAl2O4はフォルステライト(Mg2SiO4)と構成元素の組成が類似しており、多形の関係にあり、生成しやすい。ただし、Al析出物は必ずしもMg2Al2O4に限定されず、母材鋼板の表層部内で磁極を構成するものであれば特に制限されない。本実施形態において想定される他のAl析出物としては、MgAl2O4に他元素が置換型固溶した析出物やAl2O3等が挙げられる。
【0051】
さらに、Alの第1ピーク強度をIAl_1とし、Alの第2ピーク強度をIAl_2としたとき、数式(1)の関係を満たす。
IAl_1<IAl_2 ・・・ 式(1)
つまり、第2ピーク強度は第1ピーク強度よりも大きくなる。ここで、各ピーク強度は、各ピークにおけるAl発光強度の最高強度(言い換えれば最高ピーク高さ)として定義される。
また、数式(1)を変形して、第1ピーク強度と第2ピーク強度の比が1未満であってもよい。すなわち、数式(1)’の関係を満たす。
IAl_1/IAl_2 <1・・・ 式(1)’
第1ピーク強度は0であってもよく、ピーク比の下限は0であってもよい。また、ピーク比の下限は、0.1以上または0.1超、0.2以上または0.2超、0.3以上または0.3超、0.4以上または0.4超、0.5以上または0.5超、0.6以上または0.6超、0.7以上または0.7超、0.8以上または0.8超、0.9以上または0.9超、であってもよい。
一方、概して第2ピーク強度が強いほど、ピーク比は1に近づき好ましい。従って、ピーク比の上限は、0.9以下または0.9未満、0.8以下または0.8未満、0.7以下または0.7未満、0.6以下または0.6未満、0.5以下または0.5未満、0.4以下または0.4未満であってもよい。
【0052】
(2-5.母材鋼板の表層部の構造)
上述したように、第2ピーク強度は第1ピーク強度よりも大きくなる。これは、母材鋼板の表層部にグラス皮膜の嵌入構造が形成されており、後述で詳細に説明するとおりAl析出物が嵌入構造に多く分布するからである。そこで、
図2及び
図3を参照して、グラス皮膜の嵌入構造について説明する。上述したように、
図2及び
図3は本実施形態に係る方向性電磁鋼板の表面状態の一例を示す。これらの例では、方向性電磁鋼板は、母材鋼板cと、母材鋼板cの表面に形成されたグラス皮膜aとを含む。グラス皮膜aは母材鋼板cに嵌入する嵌入構造を有しており、嵌入構造が非常に発達している。嵌入構造はAl析出物bを含む。
【0053】
これらの例で示されるように、本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、母材鋼板の表層部にグラス皮膜の嵌入構造が形成されている。さらに、嵌入構造は非常に複雑な3次元ネットワーク構造を有している。なお、
図2及び
図3ではAl析出物が点在して存在するように見えるが、Al析出物は、
図2及び
図3で示されるように、紙面の平面上(すなわち鋼板の圧延方向に平行な断面上)にのみ存在するだけではなく、実際には
図2及び
図3の紙面に交差する(例えば紙面に垂直な)方向(すなわち鋼板の板幅方向)にも延び、かつ被覆部分に連結した3次元ネットワーク構造を有している。また、
図2、
図3では嵌入構造が概して被覆部分から母材鋼板の表層部に向かって嵌入する(つまり板厚方向に延びる)ように見えるが、嵌入構造は圧延方向および板幅方向に延びる場合もある。この部分の垂直断面を観察した場合、左右に(圧延方向および板幅方向に)長い嵌入構造が観察される。
【0054】
なお、本実施形態における「母材鋼板の表層部」は、母材鋼板の表面(グラス皮膜の被覆部分と母材鋼板との界面)から母材鋼板内の所定深さまでの領域を意味する。例えば、グラス皮膜の嵌入構造が形成されている部分を母材鋼板の表層部としてもよい。ここで、母材鋼板の表面(グラス皮膜の被覆部分と母材鋼板との界面)は、概ね、グラス皮膜の被覆部分と嵌入構造との境界に対応しており、当該境界はAl濃度プロファイルによって区分することができる。また、所定深さは、一般的な方向性電磁鋼板でのグラス皮膜の厚さを考慮して、グラス被膜の表面から板厚中心部方向への深さ10μmであってもよい。
【0055】
さらに、嵌入構造の一部はAl析出物で構成されている。Al析出物は、嵌入構造の先端部に多く分布する。ここで、嵌入構造の先端部は、例えば
図3のような二次元断面での観察において、鋼板内部側の深さ方向に延びた端部を意味する。
図2及び
図3においても、多くのAl析出物が嵌入構造の先端部に形成されていることが読み取れる。また、
図2及び
図3において、母材鋼板中に略球状で点在しているように見えるAl析出物は、紙面に交差する方向(すなわち鋼板の板幅方向)に延びる嵌入構造の先端に形成されているものである。なお、嵌入構造がその後にさらに発達することがあるので、Al析出物は嵌入構造の先端部に以外に存在することもある。嵌入構造の具体的な3次元ネットワーク構造は特に制限されないが、嵌入構造が複雑であればあるほど、多くのAl析出物が嵌入構造内に生成し、そこにトラップされ留まる。本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、嵌入構造が非常に複雑な3次元ネットワーク構造を形成しているため、多くのAl析出物が嵌入構造内に存在する。一方で、Al析出物は、多くが嵌入構造で形成されそこにトラップされるので、グラス皮膜の被覆部分にはそれほど多くは析出しない。そして、上述したように、Al濃度プロファイルにおいて、第1ピークは、グラス皮膜の被覆部分中のAl析出物に由来し、第2ピークはグラス皮膜の嵌入構造中のAl析出物に由来する。このため、本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、第2ピーク強度が第1ピーク強度よりも大きくなり、数式(1)が満たされる。このことから、グラス皮膜の被覆部分と嵌入構造との境界を、Al濃度プロファイルによって区分することができる。
【0056】
Al析出物は、母材鋼板の表層部において鋼板とは透磁率の異なる界面を形成する。すなわち、母材鋼板の表層部に嵌入した嵌入構造のAl析出物は磁極を構成する。本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、多くのAl析出物、すなわち磁極が母材鋼板の表層部に形成されるため、磁区がより細分化される。
【0057】
なお、数式(1)が満たされない場合としては、例えば嵌入構造が発達しておらず、Al析出物の析出量が少ない場合が挙げられる。このような方向性電磁鋼板の一例を
図4に示す。
図4中の各符号の意味は
図2及び
図3と同様である。
図4の例では、嵌入構造がほとんど発達しておらず、したがってAl析出物はほぼグラス皮膜内(被覆部分に相当する部分)にのみ存在する。この場合、嵌入構造が発達せず、母材鋼板の表層部に磁極となるAl析出物がほとんど形成されないので、磁区細分化効果を享受できない。
【0058】
(2-6.Al析出物の観察方法)
グラス皮膜の嵌入構造は母材鋼板の表層部に嵌入した部分であり、その嵌入構造に含まれるAl析出物は、母材鋼板の表層部のうち、グラス皮膜の表面から深さ10μmまでの部分に多く存在する。このため、Al析出物は以下の方法で観察可能である。すなわち、母材鋼板の表層部の圧延方向に平行な垂直断面のうち、少なくともグラス皮膜の表面から深さ10μmまでの領域(以下、「観察領域」とも称する)を光学顕微鏡やFE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)等で観察する。ついで、観察領域の組成をEDS(エネルギー分散型X線分光法)やEPMA(電子線マイクロアナライザ)等で分析する。これにより、観察領域内のAl析出物を同定することができる。例えば、後述するAl析出物のサイズ、析出頻度を測定することができる。なお、析出頻度に関しては、例えば観察領域の写真を複数枚撮影し、各写真で測定された析出頻度を算術平均してもよい。
【0059】
(2-7.Al析出物のサイズ及び析出頻度)
上記観察領域内には、円相当径で1μm以上のAl析出物が圧延方向に平均で50個/mm以上の頻度で点在することが好ましい。この場合、磁区細分化効果をより高めることができる。
【0060】
円相当径が1μm未満のAl析出物の存在は母材鋼板の特性に悪影響を及ぼすものではないものの、このようなAl析出物は磁区細部化効果には寄与しにくいものと考えられる。Al析出物の円相当径の上限は特に制限されない。ただし、あまりにAl析出物が大きすぎるとAl析出物の個数密度が相対的に減少し、鉄損改善効果が低減する可能性があるので、例えば円相当径は10μm以下が好ましい。
【0061】
Al析出物の析出頻度が50個/mmより少ないと、磁極の発生頻度が下がるので、磁区細分化効果が若干低減する可能性がある。析出頻度の上限は特に制限されないが、析出頻度があまりに多すぎるとAl析出物が磁壁移動そのものを阻害する可能性がある。この場合、かえって鉄損が損なわれる可能性があるので、析出頻度は100個/mm以下が好ましい。
【0062】
以上述べた通り、本実施形態に係る方向性電磁鋼板によれば、Alの第1ピーク強度をIAl_1とし、Alの第2ピーク強度をIAl_2とした場合、数式(1)の関係が満たされる。数式(1)の条件が満たされる場合、グラス皮膜の嵌入構造が大きく発達し、多くのAl析出物が嵌入構造、言い換えると母材鋼板の表層部内に形成される。これらのAl析出物は磁極を構成するので、これらのAl析出物によって磁区細分化効果を十分に高めることができる。本実施形態に係る方向性電磁鋼板には、さらに後述する磁区制御を施してもよい。したがって、本実施形態によれば、磁区制御前の鉄損が一層改善し、かつ鉄損改善効果が十分に得られない耐熱性の磁区制御においても、十分に鉄損改善効果を得ることができる。
【0063】
<3.方向性電磁鋼板の製造方法>
次に、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の一例を説明する。なお、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は以下に説明する製造方法に限定されず、本実施形態に係る方向性電磁鋼板を製造できる製造方法であればどのような製造方法であってもよい。
【0064】
(3-1.製造方法の概要)
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、鋼スラブ準備工程、再加熱工程、熱間圧延工程、熱延板焼鈍工程、冷間圧延工程、脱炭焼鈍工程、窒化処理工程、焼鈍分離剤塗布工程、仕上げ焼鈍工程、純化焼鈍工程、及び冷却工程を含む。以下、各工程について詳細に説明する。
【0065】
(3-2.鋼スラブ準備工程)
この工程では、鋼スラブを準備する。具体的には、例えば転炉または電気炉等により鋼を溶製する。これにより得られた溶鋼を必要に応じて真空脱ガス処理した後、連続鋳造もしくは造塊後分塊圧延する。これにより鋼スラブが得られる。鋼スラブの厚さは特に制限されないが、通常は150~350mmの範囲、好ましくは220~280mmの厚みで鋳造される。ただし、鋼スラブは30~70mmの厚さ範囲のいわゆる薄スラブであっても良い。薄スラブを使用する場合、熱延板を製造する際に中間厚みに粗加工を行う必要がないという利点がある。
【0066】
ここで、鋼スラブの化学成分は、Nの質量%を除き上述した母材鋼板と同様である。ここではNの質量%のみ説明する。
【0067】
(N:0.004~0.012%)
Nは、Alと結合して、インヒビターとしての機能するAlNを形成する元素である。ただし、Nは冷間圧延時に鋼板中にブリスター(空孔)を形成する元素でもある。Nの質量%が0.004%未満では、AlNの形成が不十分となるので、N濃度は0.004%以上とする。好ましくは0.006%以上、より好ましくは0.007%以上である。N濃度が0.012%を超えると、冷間圧延時に鋼板中に多くのブリスターを形成する可能性があるので、N濃度は0.012%以下とする。
【0068】
(3-3.再加熱工程)
この工程では、鋼スラブを再加熱する。鋼スラブの再加熱温度は1280℃以下が好ましい。再加熱温度が1280℃を超える場合、溶融スケール量が多くなる。さらに、MnSが鋼スラブに完全固溶し、その後の工程で微細に析出するため、所望の一次再結晶粒径を得るための脱炭焼鈍温度を900℃超とする必要がある。このため、本実施形態では、鋼スラブを1280℃以下で再加熱することが好ましい。再加熱温度の下限値は特に制限されないが、例えば1100℃であってもよい。
【0069】
(3-4.熱間圧延工程、熱延板焼鈍工程)
熱間圧延(熱延)工程では、再加熱後の鋼スラブを熱延する。熱延板焼鈍工程では、上記熱間圧延工程により得られた熱延板を1000~1150℃の1段目温度まで加熱することで、鉄組織を再結晶させる。ついで、熱延板を850~1100℃かつ1段目温度より低い2段目温度で焼鈍する。この熱延板焼鈍工程は主に熱延時に生じた不均一組織の均一化を目的として行われる。
【0070】
すなわち、熱延時に生じた不均一な鉄組織を最終冷間圧延前に均一化するために、本実施形態では、1回以上の焼鈍を行うことが必須である。この場合の1段目温度の上限値は、インヒビターに大きな影響を与える。例えば、1段目温度が1150℃を超える場合には、インヒビターがその後の工程で微細に析出する。このため、1段目温度の上限を1150℃とする。一方、1段目温度が1000℃未満の場合は、再結晶が不十分で熱延後の鉄組織を均一化できない。このため、1段目温度の下限を1000℃とする。2段目温度の上限値もインヒビターに大きな影響を与える。例えば、2段目温度が1100℃を超える場合には、インヒビターがその後の工程で微細に析出する。このため、2段目温度の上限を1100℃とする。2段目温度が850℃未満の場合には、γ相が生じないため、鉄組織の均一化ができない。このため、2段目温度の下限を850℃とする。さらに、2段目温度は1段目温度よりも低い値に制御する必要がある。
【0071】
(3-5.冷間圧延工程)
熱延板焼鈍工程を行った後、熱延板に1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延(冷延)を施す。これにより、最終冷延板を作製する。各冷間圧延は、常温で行ってもよいし、常温より高い温度たとえば200℃程度に鋼板温度を上げて圧延する温間圧延としてもよい。
【0072】
(3-6.脱炭焼鈍工程)
脱炭焼鈍工程では、まず、冷延工程後の鋼板(冷延板)を入側温度t0℃から入側温度よりも高い均熱温度t2まで加熱する加熱工程と、冷延板の温度を均熱温度t2℃に所定時間維持する均熱工程とを含む。脱炭焼鈍工程は湿潤雰囲気で行われる。ここで、入側温度t0℃は冷延板が焼鈍炉に導入される際の温度であり、概ね600℃以下である。均熱温度は700~900℃の範囲内の温度とされる。
【0073】
脱炭焼鈍の均熱工程(700~900℃の温度を所定時間維持する過程)は鋼中カーボンの除去と一次再結晶粒径を所望の粒径に制御することを目的として行われる。均熱工程は、例えば、700℃~900℃の温度域の均熱温度t2℃で、一次再結晶粒径が15μm以上となるような時間で行うことが好ましい。均熱温度t2℃が700℃未満では所望の一次再結晶粒径を実現できず、均熱温度t2が900℃超では一次再結晶が所望の粒径を超えてしまう。
【0074】
脱炭焼鈍工程では、加熱過程における加熱速度を制御することにより一次再結晶集合組織(具体的には、集合組織内の結晶方位)を制御することができる。一次再結晶集合組織では、{111}方位粒を減らし、{411}方位粒およびゴス方位粒が増えることが好ましい。再結晶のしやすさが結晶方位により異なり、{411}方位粒は100℃/秒近傍の加熱速度で最も再結晶しやすく、またゴス方位粒は、加熱速度に比例して再結晶しやすくなる。したがって、本実施形態では、鋼板温度が600℃以下のt0℃から700~900℃の範囲にあるt2℃(均熱帯での温度)までの加熱速度HR1を40℃/秒以上、好ましくは75℃/秒以上、さらに好ましくは75~125℃/秒の加熱速度で加熱することが好ましい。これにより、{111}方位粒を減らし、{411}方位粒およびゴス方位粒を増やすことができる。なお、詳細は後述するが、t0~t2の温度域の加熱速度HR1を40℃/秒以上に制御することで、鋼板の表層部にSiO2を生成、発達させることができる。すなわち、鋼板の表層部にSiO2を多く含む内部酸化層を形成することができる。なお、HR1はt0℃からt2℃までの平均加熱速度であり、加熱過程の一部において加熱速度が変動して、一時的に例えば40℃/秒未満になることがあってもよい。
【0075】
さらに、加熱工程では、前半と後半で加熱速度を変化させてもよい。
一実施形態では、脱炭焼鈍工程は、冷延板を600℃以下の入側温度t0℃から入側温度t0℃よりも高い均熱温度t2℃まで加熱する加熱工程と、冷延板の温度を均熱温度t2℃で維持する均熱工程と、を含み、脱炭焼鈍工程の加熱工程では、冷延板の温度が入側温度t0℃から700~900℃の範囲内でかつ均熱温度t2℃よりも低い到達温度t1℃に到達するまでの加熱速度hr1を40℃/秒以上とし、冷延板の温度が到達温度t1℃から均熱温度t2℃に到達するまでの加熱速度hr2を15℃/秒超~30℃/秒としてもよい。
【0076】
具体的には、
図5に示すように、冷延板の温度が入側温度t0℃から700~900℃の範囲内でかつ均熱温度t2℃よりも低い到達温度t1℃に到達するまで(すなわち、急速加熱温度範囲)の加熱速度hr1を40℃/秒以上とし、さらに、冷延板の温度が到達温度t1℃から均熱温度t2℃に到達するまでの加熱速度hr2を15℃/秒超~30℃/秒としてもよい。到達温度t1℃は上述した条件が満たされる範囲内で任意に設定されてよいが、到達温度t1℃を鋼板のキュリー点(750℃)以下とすることで、入側温度t0℃~到達温度t1℃の温度範囲(急速加熱温度範囲)での加熱を誘導加熱装置によって行うことができる。
【0077】
ここで、加熱速度hr1が40℃/秒以上であり、好ましくは75~125℃/秒であってもよい。
本実施形態では、冷延板の温度が入側温度t0℃から均熱t1℃に到達するまでの加熱速度hr1を40℃/秒以上とする。これにより、{111}方位粒を減らし、{411}方位粒およびゴス方位粒を増やすことができる。加熱速度hr1は、好ましくは75℃/秒以上、さらに好ましくは75~125℃/秒である。
【0078】
さらに、本実施形態では、冷延板の温度が到達温度t1℃から均熱温度t2℃に到達するまでの加熱速度hr2を15℃/秒超~30℃/秒としてもよい。加熱速度hr2の下限値は、好ましくは16℃/秒である。このように、本実施形態では、冷延板の温度が到達温度t1℃に到達した以降の加熱速度hr2を15℃/秒超~30℃/秒と比較的高い値としてもよい。これにより、{411}方位粒およびゴス方位粒の頻度が高く、かつゴス方位粒の結晶粒径が大径化した一次再結晶粒集合組織を得ることが可能である。この結果、その後の仕上げ焼鈍の二次再結晶で二次再結晶粒径が小径化するため、鉄損が良好な方向性電磁鋼板が得られる。
【0079】
ここで、加熱速度hr2を15℃/秒超~30℃/秒に制御した場合に上記の効果が得られる理由は明らかではないが、本発明者は、その理由を以下のように考えている。すなわち、急速加熱の到達温度t1℃から700~900℃にある均熱温度t2℃までの温度範囲では、未再結晶粒の再結晶とすでに再結晶を終えた結晶粒の粒成長が起こる。均熱温度t2℃では、未再結晶粒は全て再結晶粒となっている。その後、均熱温度t2℃での均熱工程(均熱焼鈍)では、再結晶粒が粒成長モードに入り、結晶粒径の小さな方位粒は蚕食され、結晶粒径の大きな方位粒は大径化する。ここで、ゴス方位粒は到達温度t1℃以下で再結晶を完了している。到達温度t1℃から均熱温度t2℃までの加熱速度hr2を15℃/秒超~30℃、好ましくは16℃/秒以上30℃/秒以下に制御することで、すでに再結晶を終えたゴス方位粒の粒成長が促進される。すなわち、均熱工程の開始時にはすでにゴス方位粒は大径化した結晶粒となっているため、均熱工程において他の方位粒に蚕食されることなく存在できる。
【0080】
ここで、加熱速度hr2が15℃/秒以下の場合は、到達温度t1℃以降に再結晶する方位の結晶粒の成長とゴス方位粒の成長が競合し、ゴス方位粒が十分に粒成長できない。この結果、一次再結晶粒集合組織においてゴス方位粒の頻度が低下してしまい、良好な鉄損特性を有する電磁鋼板が得られない。一方、加熱速度hr2が30℃/秒超の場合は、一次再結晶粒集合組織においてゴス方位粒の頻度、結晶粒径が極端に大きくなり、組織全体の整粒性(均一性)が著しく損なわれてしまう。このため、安定な二次再結晶が得られず、結果として鉄損特性は劣化してしまう。
また、hr2の上限は、25℃以下または25℃未満としてもよい。hr2の範囲は、後段で詳述するとおり、種々の加熱装置で加熱することができるが、hr2が大きくなり均熱温度t2をオーバーシュートすると、その後の二次再結晶不良につながることがある。そのため、hr2の上限は、25℃以下または25℃未満とすることにより、均熱温度t2をオーバーシュートすることを防ぐことができ、好ましい。
【0081】
(3-6-1.脱炭焼鈍工程における加熱方法)
脱炭焼鈍の加熱過程における加熱は誘導加熱で行ってもよい。この場合、加熱速度の自由度が高く、鋼板と非接触に加熱でき、さらに、脱炭焼鈍炉内への設置が比較的容易であるなどの効果が得られる。
【0082】
特に、加熱工程では、前半と後半で加熱速度を変化させて、到達温度t1℃が鋼板のキュリー点である750℃以下となる場合、誘導加熱装置のみで冷延板を入側温度t0℃から到達温度t1℃まで急速加熱することができる。
【0083】
一方、到達温度t1℃から均熱温度t2℃までの加熱及びその後の均熱工程での均熱処理は例えばラジアントチューブ等の輻射熱源を用いた加熱装置を用いて行ってもよい。誘導加熱装置ではキュリー点以降の加熱が困難であるが、輻射熱源を用いた加熱装置であればこのような温度域であっても安定して冷延板を加熱することができる。さらに、輻射熱による加熱には、加熱速度hr2の範囲内(加熱速度hr1よりも遅い範囲内)において制御が容易であるというメリットもある。
【0084】
もちろん、加熱方法は特に限定されるものではない。加熱方法は、上述した方法の他、新たなレーザー、プラズマ等の高エネルギー熱源を利用する方法、通電加熱装置を利用する方法等であってもよい。これらを適宜組み合わせることも可能である。ただし、誘導加熱装置あるいは輻射熱源を用いた加熱装置を用いることで、冷延板に加熱装置が直接接触することなく冷延板を加熱することができるというメリットがある。
【0085】
ここで、HR1、HR2(後述)、hr1、hr2等の加熱速度の測定方法は、特に限定されないが、例えば放射温度計等を用いて鋼板温度を測定することによって算出することが可能である。ただし、鋼板温度t0、t1、t2等の測定が困難であり、HR1、HR2、hr1、hr2等の開始、終了点の正確な場所の推定が困難である場合は、昇温過程の各々のヒートパターンを類推することで、これらの場所を推定してもよい。
【0086】
(3-7.窒化処理工程)
脱炭焼鈍後、鋼板の窒素濃度が40ppm以上1000ppm以下となるように、鋼板に窒化処理を施す。窒化処理後の鋼板の窒素濃度が40ppm未満では鋼板内にAlNが十分に析出せず、AlNがインヒビターとして機能しない。このため、鋼板の窒素濃度は40ppm以上とする。一方、鋼板の窒素濃度が1000ppm超となった場合、仕上げ焼鈍において二次再結晶完了後も鋼板内に過剰にAlNが存在する。このようなAlNは鉄損劣化の原因となる。このため、鋼板の窒素濃度は1000ppm以下とする。
【0087】
(3-8.焼鈍分離剤塗布工程)
窒化処理工程後、鋼板の表面に焼鈍分離剤を塗布する。後述する仕上げ焼鈍は鋼板をコイル状に巻き取った状態で行われる場合がある。このような状態で仕上げ焼鈍を行った場合、コイルが焼き付いてコイルを巻きほどくことが困難になることがある。そこで、本実施形態では、仕上げ焼鈍後にコイルを巻きほどくことができるように、焼鈍分離剤を塗布する。ここで、焼鈍分離剤の主成分はMgOであり、焼鈍分離剤中のMgOが仕上げ焼鈍時に内部酸化層中のSiO2と固相反応し、フォルステライト(Mg2SiO4)が生成、グラス皮膜を形成する。
【0088】
(3-9.仕上げ焼鈍工程)
仕上げ焼鈍工程は、二次再結晶焼鈍工程とも称される焼鈍であり、鉄組織の二次再結晶を促す処理である。仕上げ焼鈍工程では、鋼板を後述する1200℃程度まで加熱する。ここで、加熱過程において、少なくとも1000℃~1100℃の温度範囲では、加熱速度HR2を15℃/h以下とすることが好ましい。また、加熱速度の制御に代えて、1000℃~1100℃の温度範囲内に10時間以上保持することも有効である。つまり、この温度域での加熱速度を極めて遅くする。これにより、ゴス方位の優先成長(二次再結晶)を促すことができる。加熱速度HR2が速すぎる(15℃/hを超える)場合、ゴス方位以外の結晶方位の結晶粒が成長してしまう。他の温度域における加熱速度は特に制限されず、従来の仕上げ焼鈍と同程度であればよい。
【0089】
仕上げ焼鈍工程は、窒素水素の混合雰囲気にて行う。さらに、本実施形態では、窒素濃度(窒素分圧)を加熱過程において段階的に下げる制御を行う。具体的には、700~900℃の温度範囲をT2、800~1000℃の温度範囲をT3、900~1200℃の温度範囲をT4とした場合、室温からT2まで(T2以下)の窒素分圧P0を60~90%、T2からT3まで(T2超T3以下)の窒素分圧P1を40~60%、T3からT4まで(T3超T4以下)の窒素分圧P2を10~40%とする。このとき、T2<T3<T4かつP0>P1>P2とする。詳細は後述するが、このように窒素分圧を段階的に下げることで、グラス皮膜の嵌入構造を大きく発達させることができる。なお、T4を1200℃より低い温度とした場合、T4~1200℃の窒素分圧P2は0%(水素分圧100%)となる。
【0090】
(3-10.純化焼鈍工程)
仕上げ焼鈍工程に続く純化焼鈍工程では、二次再結晶完了後に純化を行うことで、インヒビターとして利用した析出物(AlN、MnS等)の無害化を行う。これにより最終磁気特性におけるヒステリシス損を低減することが可能となる。純化焼鈍工程では、例えば、水素雰囲気下、1200℃で10時間以上鋼板の保定を行うことが好ましい。
【0091】
(3-11.冷却工程)
純化焼鈍工程後、鋼板を冷却する。ここで、1200~1000℃の温度範囲(T5)の冷却速度(降温速度)CRを30~100℃/hとすることが好ましい。冷却速度CRは、より好ましくは30~50℃/hである。詳細は後述するが、冷却速度CRを低くすることで、嵌入構造をより発達させることができる。
【0092】
上述した工程により、本実施形態に係る方向性電磁鋼板を作製することができる。なお、上述した各工程によって本実施形態に係る方向性電磁鋼板を作製可能な理由は明確ではないが、本発明者はその理由を概ね以下のように考えている。
【0093】
まず、脱炭焼鈍工程の加熱過程において、t0~t2の温度範囲での加熱速度HR1を40℃/秒以上に制御することで、仕上げ焼鈍前の鋼板の表層部にSiO2を多く含む内部酸化層を形成することができる。
【0094】
ついで、仕上げ焼鈍工程では、内部酸化層中のSiO2と焼鈍分離剤中のMgOが固相反応することで、フォルステライト(Mg2SiO4)が生成する。そして、フォルステライトが鋼板の表面で集積し、グラス皮膜となる。これにより、鋼板(母材鋼板)の表面にグラス皮膜が形成される。ここで、上述したように、仕上げ焼鈍工程では、700~1200℃において窒素分圧を高い分圧から低い分圧へ段階的に下げる。これにより、焼鈍分離剤中のMgOが内部酸化層中のより深い位置に存在するSiO2とも安定して反応し、フォルステライトを生成する。つまり、グラス皮膜が母材鋼板の表層部内に嵌入し、嵌入構造が形成される。さらに、生成したフォルステライトがオストワルド成長することで、嵌入構造が発達する。具体的には、嵌入構造の3次元ネットワーク構造が複雑化し、さらに、嵌入構造を構成する枝が太くなる。
【0095】
一方で、およそ1000℃以上の温度で、母材鋼板内のインヒビターであるAlNがグラス皮膜側に向けて浮上しつつ、Nが分離する。その後、嵌入構造の先端部に到達したAlが嵌入構造中のフォルステライトと反応し、Al析出物(MgAl
2O
4等)を生成する。このAl析出物は嵌入構造にトラップされその場に留まる。さらに、冷却工程において、1200~1000℃の温度範囲(T5)の冷却速度CRを30~100℃/hの範囲に制御することで、嵌入構造を構成するAl析出物のオストワルド成長が促進され、嵌入構造がさらに発達する。ここでは、Al析出物の枝が複雑化し、かつ太くなる。この嵌入構造に多く分布するAl析出物がAl濃度プロファイルの第2ピークに相当する。なお、母材鋼板内のインヒビターであるAlNから分離したAlの多くは嵌入構造でAl析出物を生成するが、分離したAlの一部がグラス皮膜の嵌入構造でない箇所すなわち被覆部分に到達し、グラス皮膜の被覆部分にAl析出物を生成する。このグラス皮膜に存在するAl析出物がAl濃度プロファイルの第1ピークに相当する。従って、グラス皮膜のAl析出物に由来する第1ピークよりも、嵌入構造のAl析出物に由来する第2ピークが大きくなる。すなわち、数式(1)が満たされるように、Al析出物が嵌入構造で成長し、母材鋼板の表層部内に発達する。
図2及び
図3は嵌入構造が発達した(すなわち数式(1)が満たされる)例を示し、
図4は嵌入構造が発達していない(すなわち数式(1)が満たされない)例を示す。
【0096】
ここで、冷却速度CRが低いほど、嵌入構造が発達する。すなわち、冷却速度CRが低いほどAl析出物の析出頻度が大きくなり、ひいては、50個/mm以上となる。
【0097】
上記各工程を行った後、さらに絶縁皮膜コーティング工程及び磁区制御工程を行ってもよい。
【0098】
(3-12.絶縁皮膜コーティング)
冷却工程後の鋼板表面に、さらに絶縁皮膜コーティングを塗布し、焼き付ける。絶縁皮膜の種類については、特に限定されることはなく、従来公知のあらゆる絶縁皮膜が本実施形態の方向性電磁鋼板に適合する。絶縁皮膜の例としては、リン酸塩とコロイダルシリカを含む水系塗布溶液を塗布して形成される皮膜が挙げられる。この場合、リン酸塩としては、例えば、Ca、Al、Sr等のリン酸塩が挙げられる。中でも、リン酸アルミニウム塩がより好ましい。コロイダルシリカは特に限定はなく、その粒子サイズも適宜使用することができる。特に好ましい粒子サイズ(平均粒径)は、200nm以下である。粒子サイズが100nm未満でも分散に問題はないが製造コストが高くなって現実的でない場合がある。粒子サイズが、200nmを超えると処理液中で沈降する場合がある。
【0099】
絶縁皮膜コーティング液をロールコーター等の湿式塗布方法により鋼板表面に塗布し、大気雰囲気にて、800~900℃の温度で10~60秒間焼き付けることによって、張力絶縁皮膜を形成することが好適である。
【0100】
(3-13.磁区制御工程)
磁区制御工程の具体的な処理方法は特に制限されず、例えばレーザー照射、電子ビーム、エッチング、歯車による溝形成法にて、磁区制御を施すことで、より低鉄損が得られる。なお、上述したように、磁区制御前であっても、本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、鉄損が大きく改善している。したがって、仮に鉄損改善効果が十分に得られない耐熱性の磁区制御を行う場合であっても、十分に鉄損改善効果を得ることができる。
【実施例】
【0101】
次に本発明の実施例について説明する。なお、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0102】
<1.実施例1>
実施例1では、表1に示す成分組成の鋼スラブを1150℃に加熱した後に熱間圧延に供し、板厚2.6mmの熱延板とした。ついで、該熱延板に1段目温度を1100℃、2段目温度を900℃として熱延板焼鈍を施した。ついで、熱延板に一回の冷間圧延又は中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施し、最終板厚0.23mmの冷延板を作製した。
【0103】
【0104】
ついで、最終板厚0.23mmとした冷延板に脱炭焼鈍と窒化処理(鋼板の窒素量を増加する焼鈍)を施した。脱炭焼鈍における加熱速度HR1は100℃/sとした。加熱方式はラジアントチューブ方式とした。ここで、t0は550℃であり、t2は840℃とした。また、均熱帯では、温度t2を100秒維持した。また、窒素濃度は200~25
0ppmの範囲とし、JIS G 1228に記載の手法にて分析した。
【0105】
その後、鋼板の表面にマグネシア(MgO)を主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、仕上げ焼鈍を行った。仕上げ焼鈍工程では、鋼板を1200℃まで加熱した。ここで、1000~1100℃の温度域での加熱温度を10℃/hとした。さらに、焼鈍雰囲気に関しては、800℃まで(T2まで)の窒素分圧P0を80%、1000℃まで(T3まで)の窒素分圧P1を50%、1200℃まで(T4まで)の窒素分圧P2を20%とした。ただし、比較例b10、b11の焼鈍雰囲気は後述する雰囲気とした。純化は1200℃で10時間とした。
【0106】
その後の冷却工程では、1200℃から1000℃までの温度範囲(T5)の冷却速度CRを60℃/hとして鋼板を冷却した。ただし、比較例b12、b13の冷却速度CRは後述する値とした。以上の工程により方向性電磁鋼板を作製した。
【0107】
ついで、方向性電磁鋼板の酸素濃度を測定し、さらに、GDSによってAl濃度プロファイルを測定した。ここで、酸素濃度はJIS G 1239に記載の手法にて分析した。GDSは35Wの出力で,0.01秒間隔でデータを取得した。その結果を表2に示す。
【0108】
その後、鋼板にリン酸塩とコロイダルシリカからなる水系塗布液を塗布し、空気中800℃で60秒焼き付けた。これにより、鋼板の表面(より具体的にはグラス皮膜の表面)に張力絶縁皮膜を形成した。ついで、張力絶縁皮膜が付与された方向性電磁鋼板の鉄損W17/50(1.7T、50Hzの励磁条件下で測定されたエネルギー損失)を測定した。測定はJIS C 2550に基づき実施した。その結果を表2に示す。
【0109】
【0110】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の要件(成分組成、酸素濃度、Al濃度プロファイルに関する数式(1))をすべて満たす発明例B1~B17においては鉄損が0.85W/kg以下と良好な磁気特性が得られている。
【0111】
一方、比較例b1、b2、b4、b5では、一部の成分組成の質量%が本実施形態の範囲を外れる鋼スラブを用いたので、二次再結晶せず、鉄損が1.0W/kgを超え、著しく劣位であった。比較例b3、b9では、一部の成分組成の質量%が本実施形態の範囲を下回る鋼スラブを用いたため、固有抵抗が小さく、鉄損が0.9W/kg以上と劣位であった。比較例b6、b7では、一部の成分組成の質量%が本実施形態の範囲を上回る鋼スラブを用いたため、不純物が残留し、鉄損が0.9W/kg以上と劣位であった。比較例b8では、一部の成分組成の質量%が本実施形態の範囲を外れる鋼スラブを用いたので、再加熱後の鋼板が脆化し圧延中止せざるを得なかった。比較例b10、b11は仕上げ焼鈍の雰囲気に関して、800℃まで(T2まで)の窒素分圧P0を50%、1000℃まで(T3まで)の窒素分圧P1を50%、1200℃まで(T4まで)の窒素分圧P2を50%とした。すなわち、窒素分圧を一定とした。このため、グラス皮膜の嵌入構造が発達せず、鉄損が0.85W/kg超と劣位であった。比較例b12、b13は仕上げ焼鈍後の冷却工程において、1200℃から1000℃までの温度範囲(T5)の冷却速度CRを150℃/hとした。このため、グラス皮膜の嵌入構造、特にAl析出物が発達せず、鉄損が0.85W/kg超と劣位であった。
【0112】
<2.実施例2>
実施例2では、表1に示す成分組成の鋼スラブを1150℃に加熱した後に熱間圧延に供し、板厚2.6mmの熱延鋼板とした。ついで、該熱延板に1段目温度を1100℃、2段目温度を900℃として熱延板焼鈍を施した。ついで、熱延板に一回の冷間圧延又は中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施し、最終板厚0.23mmの冷延板を作製した。
【0113】
ついで、最終板厚0.23mmとした冷延鋼板に脱炭焼鈍と窒化処理(鋼板の窒素量を増加する焼鈍)を施した。脱炭焼鈍における加熱速度HRは100℃/sとした。加熱方式はラジアントチューブ方式とした。ここで、t0は580℃であり、t2は860℃とした。また、均熱帯では、温度t2を120秒維持した。また、窒素濃度は220~26
0ppmの範囲とし、JIS G 1228に記載の手法にて分析した。
【0114】
その後、鋼板の表面にマグネシア(MgO)を主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、仕上げ焼鈍を行った。仕上げ焼鈍工程では、鋼板を1200℃まで加熱した。ここで、1000~1100℃の温度域での加熱温度を10℃/hとした。ここで、焼鈍雰囲気及びその後の冷却工程における冷却速度CRを発明例ごとに変更した。具体的には、発明例C1~C3(表3参照)の焼鈍雰囲気に関しては、800℃まで(T2まで)の窒素分圧P0を90%、1000℃まで(T3まで)の窒素分圧P1を60%、1200℃まで(T4まで)の窒素分圧P2を30%とした。その後の冷却工程では、1200℃から1000℃までの温度範囲(T5)の冷却速度CRを100℃/hとした。
【0115】
一方、発明例C4~C17(表3参照)の焼鈍雰囲気に関しては、800℃まで(T2まで)の窒素分圧P0を75%、1000℃まで(T3まで)の窒素分圧P1を50%、1200℃まで(T4まで)の窒素分圧P2を30%とした。また、1200℃から1000℃までの温度範囲(T5)の冷却速度CRを40℃/hとした。
【0116】
その後、実施例1と同様に方向性電磁鋼板の酸素濃度を測定し、さらに、GDSによってAl濃度プロファイルを測定した。ここで、酸素濃度はJIS G 1239に記載の手法にて分析した。さらに、実施例2では、方向性電磁鋼板の断面観察も行った。具体的には、母材鋼板の表層部の圧延方向に平行な垂直断面のうち、グラス皮膜の表面から深さ10μmまでの領域、すなわち観察領域を光学顕微鏡で撮影した。撮影時の倍率は400倍とし、各試料につき10枚の画像を撮影した。ついで、各画像中の観察領域の組成をSEM-EDSで分析することで、観察領域内の組成を同定した。10枚の画像の各々から円相当径1μm以上のAl析出物の析出頻度(圧延方向の析出頻度)を測定し、これらを算術平均することで、各試料におけるAl析出物の析出頻度(個数頻度)を算出した。それらの結果を表3に示す。
【0117】
その後、鋼板にリン酸塩とコロイダルシリカからなる水系塗布液を塗布し、空気中800℃で60秒焼き付けた。これにより、鋼板の表面(より具体的にはグラス皮膜の表面)に張力絶縁皮膜を形成した。ついで、張力絶縁皮膜が付与された方向性電磁鋼板の鉄損W17/50(1.7T、50Hzの励磁条件下で測定されたエネルギー損失)を測定した。測定はJIS C 2550に基づき実施した。その結果を表3に示す。
【0118】
【0119】
Al析出物の析出頻度が50個/mm以上を満たす発明例C4~C17の鉄損は、いずれもAl析出物の析出頻度が50個/mm未満となる発明例C1~C3と比較して、0.80W/kg以下とさらに良好であった。なお、発明例C4~C17での冷却速度は、発明例C1~C3の冷却速度よりも低いため、このような結果が得られたと推定される。
【0120】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0121】
1:Alの第1ピーク
2:Alの第2ピーク
a:グラス皮膜(Mg2SiO4)
b:Al析出物
c:母材鋼板