(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-20
(45)【発行日】2023-09-28
(54)【発明の名称】耐硫黄被毒性を有するメタン浄化触媒
(51)【国際特許分類】
B01J 23/52 20060101AFI20230921BHJP
B01D 53/86 20060101ALI20230921BHJP
F23G 7/07 20060101ALI20230921BHJP
F23J 15/00 20060101ALI20230921BHJP
【FI】
B01J23/52 A ZAB
B01D53/86 280
F23G7/07 T
F23J15/00 H
(21)【出願番号】P 2019173438
(22)【出願日】2019-09-24
【審査請求日】2022-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【氏名又は名称】小野 悠樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】中西 寛
(72)【発明者】
【氏名】笠井 秀明
(72)【発明者】
【氏名】ライアン ラクダオ アレヴァロ
【審査官】磯部 香
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-050926(JP,A)
【文献】特開平06-296866(JP,A)
【文献】特開2000-210536(JP,A)
【文献】特開2000-254501(JP,A)
【文献】特開2011-056379(JP,A)
【文献】AREVALO et al.,Sulfation of a PdO(101) methane oxidation catalyst: mechanism revealed by first principles calculations,Catal. Sci. Technol.,2018年12月10日,Vol.9, No.1,p.232-240
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 23/52
B01D 53/86
F23G 7/07
F23J 15/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PdO(101)面の最表面原子に、酸素原子が3配位した原子(3f)と4配位した原子(4f)が存在するPdOにおいて、前記酸素原子が3配位した原子(3f)の少なくとも一部がPd原子以外の原子Mと置換され
、
前記原子MがAuおよびAgの何れか一方または双方であることを特徴とする耐硫黄被毒性を有するメタン浄化触媒。
【請求項2】
前記原子Mが最表面に、最表面の金属原子数に対して1/4以上1/2未満の量で、最表面に配置されていることを特徴とする請求項1に記載の耐硫黄被毒性を有するメタン浄化触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐硫黄被毒性を有するメタン浄化触媒に関し、詳しくは、メタン浄化活性を損なうことなく、硫黄被毒を抑制することができる排ガス浄化用途に好適な耐硫黄被毒性を有するメタン浄化触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
天然ガスを燃料とする熱機関において、運転時で完全燃焼しなかった場合や、運転停止時には、排ガス中にメタンが残留する。メタンは温室効果ガス(二酸化炭素の25倍)であるため大気排出前に浄化する必要がある。ここで、メタンの浄化とは、メタンを酸化して炭化水素を除去することをいう(以下、同様)。
【0003】
排ガス中のメタンの浄化は、メタンより無害かつ地球温暖化係数の低い二酸化炭素と水へ変換する次の酸化反応が望ましい。
【0004】
CH4 + 2O2→ CO2 + 2H2O
現在、メタン浄化のメタン浄化触媒として酸化パラジウムが主に用いられている(特許文献1~5等)。しかし、脱硫された天然ガスにも微量の硫黄が含まれ、または、人為的に加える付臭剤にも硫黄が含まれ、メタン浄化触媒としての酸化パラジウムの触媒寿命を著しく損なう硫黄被毒を起こすという問題があった。
【0005】
そこで、本発明者らは、酸化パラジウムのメタン浄化における耐硫黄被毒を低減するため、硫黄被毒およびメタン活性の電子・原子レベルの機構の検討を行い、その結果を非特許文献1において報告した。
【0006】
上記非特許文献1では、メタン浄化における耐硫黄被毒触媒のモデル表面として、酸化パラジウムの安定に出現しうるPdO(101)面に着目した。
図1はPdO(101)面の格子構造を示し、左側の図が側面図、右側の図が上面図である。薄い大きな灰色球はPd原子、濃い小さな灰色球は酸素原子を表す。最表面には、3つの酸素原子が配位したPd原子(以後Pd(3f)と表記)と4つの酸素原子が配位したPd原子(以後Pd(4f)と表記)が存在することが特徴である。
図1の側面図と上面図にそれぞれの酸素配位面を四角で表した。前者は表面に垂直、後者は表面平行面よりわずかに傾斜している。
【0007】
各原子の局所状態密度を
図2に示す。濃い実線がPdO(101)表面原子Pd(3f)の局所状態密度であり、薄い実線がPdO(101)表面原子Pd(4f)の局所状態密度である。比較のため金属のPd(211)表面原子の状態密度も示した。特徴的な電子状態としてフェルミレベル(E
F)より高エネルギー側に現れた非占有状態ピークがあげられる。解析の結果、それらはPd(3f)では、表面垂直方向に延びたd
zz軌道に、Pd(4f)では、隣接する酸素原子との間のd
yz軌道による反結合軌道に帰属することが分かった。
【0008】
図3の(a)にメタンの最安定吸着状態を求めた結果を示す。上側が上面図、下側が側面図である。また、
図3の(b)にメタン分子が表面に安定に吸着するために必要な電子遷移(供与(donation))に関与する電子軌道を示し、
図3の(c)にメタン活性に寄与する電子遷移(逆供与(back donation)に関与する電子軌道を示す。ここで、メタン活性とは、メタンから水素が取れやすくなった状態になることをいう(以下、同様)。メタン分子は、一つのPd(3f)上に吸着し、表面側のC-H結合距離が1.118Åに延び、活性化されていることが分かった。なお、表面とは反対側のC-H結合距離は1.095Åと気相中の1.097Åからほとんど変化していなかった。吸着時の電子状態を解析したところ。メタン分子のσ結合分子軌道からPd(3f)の非占有d
zzへ電子供与がなされ、分子-表面間共有結合が生じ分子吸着状態を安定化させ、Pd(3f)の占有d
yz軌道からメタンの表面側のC-H反結合σ*軌道に電子供与がなされ、C-H結合を弱めるメタン活性が起こっていることが分かった。
【0009】
図4に、活性化された表面側のC-H結合を切る反応(1)と、反対側の非活性化C-Hを切る反応(2)の反応経路と活性化障壁を調べた結果を示す。図中、TS1が吸着メタン分子のC-Hの内、Pd(3f)側の活性化されたC-Hを切る反応(1)の活性化障壁であり、TS2が非活性化C-Hを切る反応(2)の活性化障壁である。Pd(3f)側の活性化されたC-Hを切る反応(1)の活性化障壁は0.66eVと低く、容易におこる反応であることがわかった。これがPdOのメタン浄化触媒の最も重要な素反応過程である。
【0010】
次に、硫黄が酸化され二酸化硫黄SO
2として触媒表面に接近し吸着酸化する反応を調べた結果を
図5に示す。
図5には、Eley-Rideal機構、Langmuir Hinshelwod機構、Mars-van Krevelen機構の3種類の機構の反応経路を調べた結果を示した。酸素分子解離吸着の遷移状態TS-ERを経る反応経路(下図では点線)がEley-Rideal機構のもの、遷移状態TS-LHを経る反応経路(下図では実線)がLangmuir Hinshelwod機構のもの、酸素分子の解離を伴わずPdO表面の酸素を奪う反応経路(下図では破線)がMars-van Krevelen機構のものである。
図5の上図は、各機構の反応経路における原子位置の変遷を示し、
図5の下図は自由エネルギーの変化を示した。各機構の反応経路で自由エネルギーの高い方が400℃の場合、低い方が絶対零度の場合である。
【0011】
比較の結果、触媒表面に飛来したSO2は、表面の酸素を反応に用いるMars-van Krevelen機構で容易に酸化しSO4になることが見いだされた。そのとき、飛来したSO2が表面に吸着するには、隣接する2個のPd(3f)と、それに隣接する1個のPd(4f)の計3個の表面Pd原子が必要なことが分かった。
【0012】
O
2、CH
4、SO
2から二種を選んだ混合ガス下における熱力学的に安定な表面を調査した結果を
図6に示す。縦軸と横軸はそれぞれのガス種の化学ポテンシャルΔμで、温度が400℃の場合の分圧換算を併記した。それぞれの領域は、表示した化学式の分子が吸着した場合が安定な化学ポテンシャルの領域を表す。*は、分子が吸着しない清浄表面が安定であることを示す。☆(白抜き☆記号は)は、典型的な排ガス実験条件のガス分圧(P
CH_4 = 10
-3 atm、P
O_2 = 0.20 atm、P
SO_2 = 5x10
-6 atm)環境を示す。メタンと酸素の共存下(
図6の上図)、およびメタンと二酸化硫黄の共存下(
図6の中図)では、清浄表面が熱力学的に安定でメタン活性が維持されることが見いだされた。
【0013】
しかし、二酸化硫黄と酸素が共存すると、
図6の下図に示すように、SO
4で表面が覆われた状態が熱力学的に安定となり、メタン活性しいてはメタン浄化触媒の作用が失われることがわかった。なおこの硫黄被毒の表面状態生成には、SO
2およびSO
4の吸着が必要でそれには隣接する2個のPd(3f)と1個のPd(4f)が必要なことが
図5上図よりわかる。メタン浄化の触媒作用と硫黄被毒作用に必要な表面Pd原子が異なることを利用して、何らかの方法でメタン浄化活性を維持しつつ硫黄被毒を抑制する触媒を開発することが望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開平09-38498号公報
【文献】特開平09-229890号公報
【文献】特開平10-73556号公報
【文献】特開2000-254505号公報
【文献】特開2007-105633号公報
【非特許文献】
【0015】
【文献】"Sulfation of a PdO(101) methane oxidation catalyst: mechanism revealed by first principles calculations", Ryan L. Arevalo, Susan M. Aspera, Hiroshi Nakanishi, Catal. Sci. Technol., 2019, 9, 232-240, 10 December 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、以上のような従来技術の実状に鑑みてなされたもので、メタン浄化活性を損なうことなく、硫黄被毒を抑制することができる排ガス浄化用途に好適な耐硫黄被毒性を有するメタン浄化触媒を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明によれば、上記課題を解決するため、下記の発明が提供される。
【0018】
〔1〕PdO(101)面の最表面原子に、酸素原子が3配位した原子(3f)と4配位した原子(4f)が存在するPdOにおいて、前記酸素原子が3配位した原子(3f)の少なくとも一部がPd以外の原子Mと置換されていることを特徴とする耐硫黄被毒性を有するメタン浄化触媒。
【0019】
〔2〕上記第〔1〕の発明において、M原子が、最表面の金属原子数に対して1/4以上1/2未満の量で、最表面に配置されていることを特徴とする耐硫黄被毒性を有するメタン浄化触媒。
〔3〕上記第〔1〕または〔2〕の発明において、M原子がAuもしくはAgであることを特徴とするメタン浄化触媒。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、上記構成を採用することで、メタン浄化活性を損なうことなく、硫黄被毒を抑制することができる排ガス浄化用途に好適な耐硫黄被毒性を有するメタン浄化触媒を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】PdO(101)面の格子構造を示し、左側の図が側面図、右側の図が上面図である。薄い大きな灰色球はPd原子、濃い小さな灰色球は酸素原子を表す。最表面Pd原子には、酸素原子が3配位した原子(3f)と4配位した原子(4f)が存在し、それぞれの酸素配位面を四角で示した。
【
図2】各原子の局所状態密度を示す。濃い実線がPdO(101)表面原子Pd(3f)の局所密度であり、薄い実線がPdO(101)表面原子Pd(4f)の局所状態密度である。比較のため金属のPd(211)表面原子の局所状態密度も示した。
【
図3】(a)はPdO(101)表面におけるメタンの最安定吸着状態(上図が上面図、下図が側面図)を求めた結果を示し、(b)はメタン分子の表面吸着に寄与する電子遷移(供与(donation))に関与する電子軌道を示し、(c)はメタン活性に寄与する電子遷移(逆供与(back donation))に関与する電子軌道を示す。
【
図4】活性化された表面側のC-Hを切る反応(1)およびその活性化障壁と、反対側の非活性化C-Hを切る反応(2)の反応経路およびの活性化障壁を調べた結果を示す図である。
【
図5】Pd(101)表面において硫黄が酸化され二酸化硫黄SO
2として触媒表面に吸着し酸化する反応を調べた結果を示す図である。酸素分子解離吸着の遷移状態TS-ERを経る反応経路(下図では点線)がEley-Rideal機構のもの、遷移状態TS-LHを経る反応経路(下図では実線)がLangmuir Hinshelwod機構のもの、酸素分子の解離を伴わずPdO表面の酸素を奪う反応経路(下図では破線)がMars-van Krevelen機構のものである。
図5の上図は、各機構の反応経路における原子位置の変遷を示し、
図5の下図は自由エネルギーの変化を示す。
【
図6】Pd(101)表面の安定な吸着状態を示す図で、O
2、CH
4、SO
2から二種を選んだ混合ガス環境下に置かれた場合の熱力学的に安定な表面吸着状態をそれぞれガスの化学ポテンシャル上にマッピングした。CH
4*、O
2*、SO
2*、SO
4*を記した領域は、それぞれCH
4、O
2、SO
2、SO
4が吸着した状態が安定なことを表す。また化学記号を含まない単独の*は、清浄表面が安定な領域であることを表す。白抜き星(☆)は、典型的なメタン浄化実験条件のガス分圧環境を示す。
【
図7】表面原子を他の元素の原子Mで置き換えた場合の置換モデルとその安定性を示す図である。左図は上から下へ置換を行っていないPdO(101)の最表面の状態、すべてのPd(4f)をMに置換した最表面の状態、すべてのPd(3f)をMに置換した最表面の状態を示す。右図はエネルギー安定性を示す。右図グラフ中のそれぞれの置換原子Mにおいて3f●と4f◆の内、下側にある方が、安定な置換状態である。たとえば、AuではPd(4f)よりPd(3f)をAuで置換した方が安定である。
【
図8】表面原子Pd(4f)原子すべてをMで置換した場合のCH
4とSO
2の吸着エネルギーを比較して示す図である。
【
図9】表面原子を1つ置きに他の元素の原子Mで置き換えた場合の置換モデルとその安定性を示す図である。左上図は、一つ置きのPd(4f)をMに置換した最表面の状態、左下図は、1つ置きのPd(3f)をMに置換した最表面の状態を示す。右図はエネルギー安定性を示す。右図グラフ中のそれぞれの置換原子Mにおいて3f●と4f◆の内、下側にある方が、安定な置換状態である。たとえば、AuではPd(4f)よりPd(3f)をAuで置換した方が安定である。
【
図10】一つ置きの表面原子Pd(3f)を原子Mに置換した場合のCH
4とSO
2の吸着エネルギーを比較して示す図である。
【
図11】PdO(101)表面と、同表面でPd(3f)を一つ置きに金原子に置換した場合のCH
4およびSO
2の吸着状態を示す図である。上図は、(101)表面の側面図、下図は、(101)表面の上面図である。
【
図12】
図6の酸素O
2とSO
2が同時に存在する場合の図に、表面のPd(3f)を一つ置きにAuに置換した場合の各表面安定状態の領域の境界(破線)を書き加えたものである。典型的なメタン浄化実験条件(☆)では、清浄表面(*)が安定な表面状態に変わったことが分かる。
【
図13】PdO(101)表面(実線●)と、同表面でPd(3f)を一つ置きに金原子に置換した表面(破線◆)に吸着したCH
4において活性化された表面側のC-Hを切る反応の活性化障壁を調べた結果を示す図である。後者の場合メタンの安定吸着安定サイトは残されたPd(3f)であり、前者に劣らないメタン活性を示した。すなわちメタン浄化触媒作用をもつ。
【
図14】メタン浄化触媒反応の実験結果である。ZrO
2上に担持したPt(□), Ir(△), Ru(◇)の金属ナノ粒子及びAu:Pd=1:4の合金ナノ粒子(●)と1:15の合金ナノ粒子(〇)を酸化させたもののメタン浄化率の温度依存性を示す。実験排ガス成分はCH
4=0.1%, O
2=10%, SO
2=5ppm, H
2O=3%、他 Heである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を実施の形態に基づき詳細に説明する。
【0023】
本発明のメタン浄化触媒は、メタン、SO2等の硫黄化合物およびストイキオメトリー以上の酸素を含む被処理ガスを処理対象とする。ここで、硫黄化合物は10ppm程度まで含まれていてもよい。また、ストイキオメトリー以上の酸素とは、被処理ガス中の炭化水素、一酸化炭素などの還元性成分を完全酸化するのに必要な量以上のことをいう。被処理ガスの処理温度は300~500℃程度である。
【0024】
本発明のメタン浄化触媒は、Al2O3、ZrO2、SiO2、CeO2、Y2O3、La2O3等の酸化物担体の1種以上にPdOのPd(3f)の一部をAuで置き換えたAu3f-PdOを担持して構成される。PdOの担持量は、担体に対して重量割合で1~3%程度が好ましい。PdOの担持量が上記範囲であると、適切なメタン浄化活性を得ることができる。
【0025】
メタン浄化活性を維持しつつ硫黄被毒を抑制する触媒を創案するために、本発明者らが前記の非特許文献1で報告した研究を通して得た知見は次の2つである。
【0026】
条件1.メタン浄化活性には、PdO(101)最表面のPd(3f)原子が必要である。
【0027】
条件2.硫黄被毒には、隣接する2個のPd(3f)と、それに隣接する1個のPd(4f)が必要である。
【0028】
メタンを浄化するメタン浄化活性を維持しつつ硫黄被毒を抑制するには、条件1を満たしつつ、条件2を崩し、かつ安定な表面を形成する必要がある。本発明者らは、これらの知見に基づいて鋭意検討を行い、次の2つの方策について考察した。
【0029】
方策1:PdO(101)最表面のPd(4f)原子を他の元素の原子に置換し、SO2に対して不活性にする。
【0030】
図7に、置換モデルとその安定性を示す。
図7の左上の図に置換を行っていないPdO(101)の最表面の状態を示す。
図7の左の真ん中の図はPd(4f)を他の元素Mで置き換えた最表面の状態を示す。
図7の左下の図はPd(3f)を他の元素Mで置き換えた最表面の状態を示す。置き換える元素として、M = Cr, Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Mo, Tc, Ru, Rh, Ag, W, Re, Os, Ir, Pt, Auについて調べた。
図7の右図にエネルギー安定性を示す。縦軸のΔEの絶対値は安定性とは無関係である。図中、○が3f、◇が4fのデータである。3fと4fのエネルギーの大小関係で、ΔEが小さい方が安定である。たとえば、金(Au)の場合、Pd(4f)よりPd(3f)と置換した方が安定である。Pd(4f)と確実に置換できるのはM = Cr, Mn, W, Ir, Ptである。
【0031】
浄化活性と被毒作用を比較するため、Pd(4f)を他の原子Mで置換した場合のCH
4とSO
2の吸着エネルギーを
図8に示す。CH
4の吸着エネルギーの絶対値が大きくなり、SO
2の吸着エネルギーの絶対値が小さくなるのが候補となる(図中の薄灰色の領域)。銅(Cu)とニッケル(Ni)が、その範囲に入っているが、これらは、Pd(3f)を置換した方が安定なため不適である。この方法では、調査範囲で好適な元素Mはなかった。
【0032】
方策2:Pd(3f)原子を部分的に他の元素の原子Mに置換し、隣接するPd(3f)をなくす、若しくは隣接するPd(3f)を減らし、SO2に対する活性を抑制する。
【0033】
図9に、置換モデル(左図)とそのエネルギー安定性を示す。
図9の左上の図はPd(3f)の一部を他の原子Mで置換した最表面の状態を示し、左下の図はPd(4f)の一部を他の原子Mで置換した最表面の状態を示す。置き換える原子Mとして、M = Cr, Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Mo, Tc, Ru, Rh, Ag, W, Re, Os, Ir, Pt, Auについて調べた。
図9の右図にエネルギー安定性を示す。
図7と同様、縦軸のΔEの絶対値は安定性とは無関係である。図中、○が3f、◇が4fのデータである。3fと4fのエネルギーの大小関係で、ΔEが小さい方が安定である。この場合、M = Ni, Cu, Ag, Auの場合がPd(4f)よりPd(3f)と置換した方が安定である。Pd(3f)と置換した場合のCH
4とSO
2の吸着エネルギーを
図10に示す。最も好適な関係にあるのは金(M=Au)の場合であることが分かった。金には劣るがM=Agも若干の効果が期待できる。
【0034】
図11にもとのPdO(101)表面と、同表面でPd(3f)を一つ置きに金原子に置換した場合のCH
4およびSO
2の吸着状態を示す。
図11において、右図で大きい薄い灰色の球がPd、右図の右側上下の図でSO
2が吸着している大きい灰色の球がAu、Pdと結合している小さい濃い灰色の球がPdOのO、右図の右側上下のSO
2の中央の小さい薄い灰色の球がSO
2のS、右図の右側上下のSO
2の小さい濃い灰色の球がSO
2のO、右図の左側上下のPd(3f)に吸着しているCH
4の中央の小さい濃い灰色の球がC、右図の左側上下のPd(3f)に吸着しているCH
4の小さい薄い灰色の球がHである。CH
4は、どちらの表面でも同じ形態で吸着しているのに対して、SO
2の場合は、OおよびSがPdのトップに向かう形で吸着していた形態が、2つのOが向かうべき隣接するPd(3f)が失われ、Sが金へ、片方のOのみがPdへ吸着する形態に代わっていることが分かる。これが、SO
2の吸着エネルギーが下がった原因である。
【0035】
O
2とSO
2が同時に存在する場合の安定な表面吸着状態を調査した結果を
図12に示す。白抜き星(☆)シンボルは、典型的なメタン浄化実験条件のガス分圧環境を示す:T=400℃:Po_
2=0.20 atm, Pso_
2=5x10
-6atm。Pd(3f)を一つ置きにAuに置換することにより、酸化しにくくなり、O
2、SO
2、SO
4の吸着安定領域が縮小され、典型的な実験分圧では清浄表面が安定であることが分かった。すなわち、Pd(3f)の一部をAuに置換することにより、SO
2が酸化したSO
4で覆われてしまうことが抑止され、かつ、メタン浄化活性なPd(3f)が残されており、メタンの浄化反応は抑制されない。なお、この場合、Pd(3f)の数は半分になっているが、もともとCH
4が吸着し、反応が進んでいる隣のPd(3f)は、吸着メタン同士の相互作用のため浄化活性は失っている。すなわちオリジナルのPdO表面に比べ浄化活性が落ちるものではない。
【0036】
残されたPd(3f)における浄化活性を評価した結果を
図13に示す。分子状吸着状態(CH
4*)からの活性化障壁は0.68eV で、0.02eV高くなっているが、その差は極めて低く、常温で反応が進む状態であることは変わりなく、むしろCH
4分子状吸着の吸着エネルギーの絶対値の増加分だけ、反応活性が上がっている。
【0037】
この系では金は表面偏析する特性をもつため、適量のAuをPdに混ぜて液相還元法等で金属ナノ粒子を作成すれば、ナノ粒子の表面にAuが析出してくる。それを酸化してPdOを作成すると、Auは、Pd(4f)よりは、Pd(3f)と置換する方が安定であるから、自動的にPd(3f)の位置にAuが配置される。最も好適なAu原子の数は表面原子の1/4の量であるが、それ以上でも隣り合わないPd(3f)が残れば硫黄被毒でメタン浄化活性が失活するものではない。そのためAu原子数は表面原子数の1/4以上1/2未満の量が望ましい。
【0038】
例えば、直径3.7nmの金属ナノ粒子の場合、全原子数に対して、6.3%~12.6%のAu原子を混ぜれば良い。原子数比でAu:Pd = 1:15~1:7、重量比で1:8~1:4に相当する。
【0039】
また、メタン浄化触媒は、一般のPdO担持触媒と同様な温度、時間条件で焼成処理を行い使用することができる。
【実施例】
【0040】
液相還元法で、AuとPtを原子数比で1:4および1:15で混合しナノ合金を作成しZrO
2上に担持した触媒を用いてモデル排ガス(CH
4=0.1%, O
2=10%, SO
2=5ppm, H
2O=3%、他He)でメタン浄化活性を実験で検証した。
図14に得られたメタン浄化率の温度依存性を示す。比較のためPt、Ir、Ruを同様にZrO
2上に担持した触媒の結果を記した。Pt、Ruより、低温からIrと同等の高メタン浄化率を示し、メタン浄化触媒作用がSO
2、O
2存在下でもあることが示された。