(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-20
(45)【発行日】2023-09-28
(54)【発明の名称】内視鏡先端装置
(51)【国際特許分類】
A61B 1/00 20060101AFI20230921BHJP
A61B 1/06 20060101ALI20230921BHJP
G02B 23/24 20060101ALI20230921BHJP
【FI】
A61B1/00 521
A61B1/00 731
A61B1/06 531
A61B1/06 610
G02B23/24 A
(21)【出願番号】P 2019030856
(22)【出願日】2019-02-22
【審査請求日】2021-12-16
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】505246789
【氏名又は名称】学校法人自治医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】西沢 望
(72)【発明者】
【氏名】宗片 比呂夫
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 一真
(72)【発明者】
【氏名】濱田 敦志
(72)【発明者】
【氏名】口丸 高弘
【審査官】増渕 俊仁
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/099253(WO,A1)
【文献】特開2014-120692(JP,A)
【文献】特表2008-514304(JP,A)
【文献】特開2014-023958(JP,A)
【文献】特開2009-244119(JP,A)
【文献】特開2016-049342(JP,A)
【文献】特表2017-512989(JP,A)
【文献】特開2011-245019(JP,A)
【文献】特開2014-187896(JP,A)
【文献】H. Ikeda, et al.,Circular polarized light detector based on ferromagnet/semiconductor junctions,Journal of the Magnetics Society of Japan,日本,2014年,Vol. 38,pp. 147-150
【文献】室温で発光する円偏光スピンLEDの創製に成功―多分野への応用が期待される光源の登場―,東工大ニュース,2017年02月09日,https://www.titech.ac.jp/news/2017/037434
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 1/00-1/32
G02B 23/24-23/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
照射用の円偏光発光ダイオードと、散乱光の検出用の円偏光発光ダイオードとを備えた内視鏡先端装置であって、円偏光発光ダイオードが、磁化の向きが互いに反平行な一対の磁性金属電極を備え、検出用の円偏光発光ダイオードが、照射用の円偏光発光ダイオードの照射軸に対し、測定深度に応じて決定された所定の角度への散乱光を検出するように配置された、前記内視鏡先端装置。
【請求項2】
さらにパラボリックミラーの一部を備え、検出用の円偏光発光ダイオードが、パラボリックミラーに反射されたパラボリックミラーの放物線の中心軸方向に平行な反射光を検出するように配置された、請求項1に記載の内視鏡先端装置。
【請求項3】
複数の検出用の円偏光発光ダイオードが配置された、請求項1又は2に記載の内視鏡先端装置。
【請求項4】
検出用の円偏光発光ダイオードが、移動可能に配置された、請求項1又は2に記載の内視鏡先端装置。
【請求項5】
電流を流す電極を切り替えるとともに、検出用の円偏光発光ダイオードから検出された変調の同期信号を抽出する制御部をさらに含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置を内視鏡先端に備えた、内視鏡システム。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置を内視鏡先端に備え、電流を流す電極を切り替えるとともに、検出用の円偏光発光ダイオードから検出された変調の同期信号を抽出する制御部をさらに含む、内視鏡システム。
【請求項8】
請求項1~5のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置を内視鏡先端に備えた内視鏡システムと、当該内視鏡システムに接続された情報処理装置とを含む、癌組織識別システムであって、情報処理装置が、記憶部、処理部、及び出力部を含み、
前記内視鏡先端装置を作動させて、正常組織において散乱光を検出し、
前記記憶部に、検出された散乱光における円偏光度を記憶し;
前記内視鏡先端装置を作動させて散乱光を検出し、
前記処理部に、検出された散乱光における円偏光度と、前記記憶部に記憶された正常組織における円偏光度との差分を求めさせて、閾値を超えた個所について癌組織と識別し、
前記出力部に癌組織についての情報を表示させる、
を含む、前記癌組織識別システム。
【請求項9】
前記閾値が、0.1の円偏光度である、請求項8に記載の癌組織識別システム。
【請求項10】
請求項1~5のいずれか一項に記載の内視鏡先端
の作動方法であって、
制御部が前記内視鏡先端装置
を作動して、円偏光を発生させ、
前記内視鏡先端装置が正常組織における散乱光を検出
し;
前記内視鏡先端装置が観察部位における散乱光を検出
し;
制御部が、検出された正常組織における散乱光の円偏光度と、観察部位について検出された散乱光の円偏光度の差分を計算し;
表示部が、前記差分について閾値を超えた個所について癌組織と識別して表示する、前記方法。
【請求項11】
円偏光度の差分が、0.1以上である場合に、癌組織として識別する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
請求項1~5のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置を内視鏡先端に備えた内視鏡システムと、当該内視鏡システムに接続された情報処理装置とを含む、癌組織識別システムの制御プログラムであって、情報処理装置が、記憶部、処理部、及び出力部を含み、以下の指令:
前記内視鏡先端装置を作動させて、正常組織において散乱光を検出し、
前記記憶部に、検出された散乱光における円偏光度を記憶させ;
前記内視鏡先端装置を作動させて散乱光を検出し、
前記処理部に、検出された散乱光における円偏光度と、前記記憶部に記憶された正常組織における円偏光度との差分を求めさせて、閾値を超えた個所について癌組織と識別し、
前記出力部に癌組織についての情報を表示させる、
を含む、前記制御プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、円偏光発光ダイオードを備えた内視鏡先端装置、及び当該装置を用いたがん診断技術の提供に関する。
【背景技術】
【0002】
医療分野において、体内の組織を体外から観察する目的で内視鏡が用いられている。内視鏡には、体内へ挿入する部分が曲がる軟性内視鏡と、曲がらない硬性内視鏡に大別される。軟性内視鏡としては、内視鏡先端部の画像をグラスファイバーで体外の接眼部まで導いて肉眼で観察するファイバースコープや、先端部にCCDなどのカメラを備え、電気的にモニターまで導いて観察する電子内視鏡が挙げられる。硬性内視鏡に比較して、軟性内視鏡は所望の位置への導入が容易である点で優れている。
【0003】
生体組織に円偏光を備えたレーザーを組織に照射し、散乱光を検出し、偏光状態を解析することで、正常組織と前癌病変や癌組織とを識別する診断方法の開発されてきている(非特許文献1:B. Kunnen et al., J. Biophotonics 8, 317-323 (2015))。この方法では、レーザーに対し、2分の1波長板(HWP)を通過させた直線偏光を、ミラーに反射させ、さらに4分の1波長板(QWP)に入射させることで円偏光を生成し、レンズで集光して組織へと照射を行っている。また検出側では、レンズを通した平行光について偏光子を回転させながら光の強度を計測することで円偏光の測定が行われる。従来の円偏光の生成及び円偏光の測定のためには、上述の通り複雑な光学系を備える必要があり、その小型化は困難であった。したがって、円偏光を内視鏡先端から照射し、その反射光および散乱光状態の変化により病変部を識別する技術を実現するにあたり、内視鏡の先端部に円偏光生成装置及び円偏光検出装置を備えた内視鏡の開発はいまだ行われていなかった。また、円偏光生成装置及び円偏光検出装置を外部に設け、光ファイバを介して組織へと照射することも検討された。しかしながら、光ファイバは偏光を維持することができないことから、円偏光生成装置及び円偏光検出装置を外部に設けた内視鏡は、光ファイバによる偏向状態の乱れを最小化する制御を必要とするか(特許文献1:特許第5959547号)、又は硬性内視鏡によって実現された(非特許文献2:J. Qi et al., Scientific Report 6, 25953(2016))。
【0004】
一方、従来の円偏光生成装置とは全く異なるメカニズムで円偏光を生成する発光ダイオードが開発されている(非特許文献3:Nishizawa et al., PNAS (2017) vol. 114, no. 8 1783-1788)。また、円偏光発光ダイオードにおいて、円偏光の極性の変換を可能にする、円偏光極性の高速偏重機能を備えた円偏光発光ダイオードが開発されている(特許文献2:特開2014-120692号)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5959547号
【文献】特開2014-120692号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】B. Kunnen et al., J. Biophotonics 8, 317-323 (2015)
【文献】J. Qi et al., Scientific Report 6, 25953(2016)
【文献】Nishizawa et al., PNAS (2017) vol. 114, no. 8 1783-1788
【文献】J.C. Ramella -Roman et al., Opt. Exp. 13, 4420 (2005)
【文献】H. Ikeda et al., Journal of the Magnetics Society of Japan (2014), vol. 38, issue 3- 2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
円偏光を照射し、照射された組織における散乱光の偏光度を検出可能な内視鏡の開発が求められてきたものの、これまでは主に体外に円偏光生成装置及び円偏光検出装置を備える内視鏡システムが開発されているにすぎなかった。そこで、内視鏡の先端部に搭載可能な小型の円偏光の生成及び検出を可能にする内視鏡先端装置を提供することを目的とする。
【0008】
本発明者らは、照射用及び検出用の円偏光発光ダイオードを搭載した、癌組織を識別可能な内視鏡先端装置を設計及び検討した。その結果、検出用偏光発光ダイオードを照射軸に対し所定の角度に配置することにより、癌組織と正常組織の識別力を維持しつつ、測定深度を調節できることを見出し、本発明に至った。
よって、本発明は、以下に関する:
[1] 照射用の円偏光発光ダイオードと、散乱光の検出用の円偏光発光ダイオードとを備えた内視鏡先端装置であって、円偏光発光ダイオードが、磁化の向きが互いに反平行な一対の磁性金属電極を備え、検出用の円偏光発光ダイオードが、照射用の円偏光発光ダイオードの照射軸に対し、測定深度に応じて決定された所定の角度への散乱光を検出するように配置された、前記内視鏡先端装置。
[2] さらにパラボリックミラーの一部を備え、検出用の円偏光発光ダイオードが、パラボリックミラーに反射されたパラボリックミラーの放物線の中心軸方向に平行な反射光を検出するように配置された、項目1に記載の内視鏡先端装置。
[3] 複数の検出用の円偏光発光ダイオードが配置された、項目1又は2に記載の内視鏡先端装置。
[4] 検出用の円偏光発光ダイオードが、移動可能に配置された、項目1又は2に記載の内視鏡先端装置。
[5] 電流を流す電極を切り替えるとともに、検出用の円偏光発光ダイオードから検出された変調の同期信号を抽出する制御部をさらに含む、項目1~4のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置。
[6] 項目1~5のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置を内視鏡先端に備えた、内視鏡システム。
[7] 項目1~4のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置を内視鏡先端に備え、電流を流す電極を切り替えるとともに、検出用の円偏光発光ダイオードから検出された変調の同期信号を抽出する制御部をさらに含む、内視鏡システム。
[8] 項目1~5のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置を内視鏡先端に備えた内視鏡システムと、当該内視鏡システムに接続された情報処理装置とを含む、癌組織識別システムであって、情報処理装置が、記憶部、処理部、及び出力部を含み、
前記内視鏡先端装置を作動させて、正常組織において散乱光を検出し、
前記記憶部に、検出された散乱光における円偏光度を記憶し;
前記内視鏡先端装置を作動させて散乱光を検出し、
前記処理部に、検出された散乱光における円偏光度と、前記記憶部に記憶された正常組織における円偏光度との差分を求めさせて、閾値を超えた個所について癌組織と識別し、
前記出力部に癌組織についての情報を表示させる、
を含む、前記癌組織識別システム。
[9] 前記閾値が、0.1の円偏光度である、項目8に記載の癌組織識別システム。
[10] 癌組織識別方法であって、
項目1~5のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置を用いて、正常組織において散乱光を検出し;
正常組織における散乱光の円偏光度と、観察部位について検出された散乱光の円偏光度の差分に基づき、癌組織を識別する、前記癌組織識別方法。
[11] 円偏光度の差分が、0.1以上である場合に、癌組織として識別する、項目10に記載の方法。
[12]項目1~5のいずれか一項に記載の内視鏡先端装置を内視鏡先端に備えた内視鏡システムと、当該内視鏡システムに接続された情報処理装置とを含む、癌組織識別システムの制御プログラムであって、情報処理装置が、記憶部、処理部、及び出力部を含み、以下の指令:
前記内視鏡先端装置を作動させて、正常組織において散乱光を検出し、
前記記憶部に、検出された散乱光における円偏光度を記憶させ;
前記内視鏡先端装置を作動させて散乱光を検出し、
前記処理部に、検出された散乱光における円偏光度と、前記記憶部に記憶された正常組織における円偏光度との差分を求めさせて、閾値を超えた個所について癌組織と識別し、
前記出力部に癌組織についての情報を表示させる、
を含む、前記制御プログラム。
【発明の効果】
【0009】
本発明の内視鏡先端装置は、集積化されており内視鏡の先端部に搭載可能である。また、病理組織と正常組織を識別しつつ、所定の測定深度で検出が可能になる。内視鏡の先端部に搭載することで、生体内の組織において、病理組織の識別が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1Aは、磁化の向きが互いに反平行な一対の磁性金属電極を備えた円偏光発光ダイオードを示す。磁性金属電極に流す電流を切り替えることで、照射される円偏光の偏向方向を切り替えることができる。円偏光発光ダイオードの例示的な構成を
図1Bに示す。
【
図2】
図2は、円偏光を組織モデルに入射した場合の、光の散乱経路をシミュレーションした図を示す。
【
図3】
図3Aは、光散乱シミュレーションにおいて、検出角に応じた、正常組織と癌組織における散乱光の円偏光度を示すグラフである。
図3Bは、光散乱シミュレーションにおいて、検出角に応じた、正常組織と癌組織における測定深度を示すグラフである。
【
図4】
図4は、照射用の円偏光発光ダイオードと、散乱光の検出用の円偏光発光ダイオードとを備えた内視鏡先端装置を模式的に示した図である。検出用の円偏光発光ダイオードが、測定深度に応じて決定された所定の角度への散乱光を検出するように配置されている。
【
図5】
図5は、パラボリックミラーを備え、検出用の円偏光発光ダイオードが、パラボリックミラーに反射された中心軸方向の平行反射光を検出するように配置された内視鏡先端装置を模式的に示した図である。
【
図6】
図6は、照射用の円偏光発光ダイオードと、散乱光の検出用の円偏光発光ダイオードと、パラボリックミラーと、制御部とを備えた内視鏡先端装置を模式的に示した図である。
【
図7】
図7Aは、マウス転移モデルから回収した大腸癌の肝転移組織切片の写真と、正常部位と腫瘍部位における顕微鏡写真を示す。正常部位では、細胞核が6μmである一方で、腫瘍部位では細胞核は11μmであった。
図7Bは、肝転移組織切片に対し、左回り円偏光(λ=900nm)を照射した場合の、正常部位および腫瘍部位における散乱光の偏向状態を示すポアンカレ球による表示である。
【
図8】
図8Aは、内視鏡先端装置を備えた内視鏡システムの模式図である。
図8(B)は、内視鏡システムに接続された情報処理装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、照射用の円偏光発光ダイオードと、散乱光の検出用の円偏光発光ダイオードとを備えた内視鏡先端装置に関する。照射用及び散乱光の検出用の円偏光発光ダイオードを用いることにより、装置の集積化及び小型化が可能となり、内視鏡の先端に搭載が可能となる。
【0012】
本発明に用いられる円偏光発光ダイオードは、磁化の向き5が互いに反平行な一対の磁性金属電極3a,3bを備える。これにより、電流を流す電極を切り替えることで、円偏光の偏向方向4a,4bを切り替え可能となる(
図1A)。また、偏光発光ダイオードの端面に円偏光を受光すると、偏光の向きに応じて各磁性金属電極に起電力が生じ、円偏光の検出が可能となる。基板1上に、発光ダブルヘテロ構造を有する円偏光発光ダイオード2が成膜され、その上にバリヤー層2aが成膜されている。これらの層の製造には、有機金属化学気相 エピタキシー法(MOVPE法)又は電子線エピタキシー法(MBE法)が用いられうる。バリヤー層2aの上面には、一対の磁性金属電極3a、3bが形成されている。磁化の向きを互いに反平行とされた一対の磁性金属電極3a、3bを製造するにあたり、厚さや材料を変えることで磁化特性の異なる磁性金属電極3a、3bを用いることができるが、磁化の向きを互いに反平行とされていれば同一の電極を用いてもよい。
【0013】
磁性金属電極3aに電圧を負荷して磁化すると、磁性金属電極3aの下の発光ダブルヘテロ構造が機能して円偏光発光ダイオードの端面から左回り偏光(σ
-)4aが照射される。磁性金属電極3bに電圧を負荷して磁化すると、磁性金属電極3bの下の発光ダブルヘテロ構造が機能して円偏光発光ダイオードの端面から右回り偏光(σ
+)4bが照射される。磁性金属電極は、円偏光発光ダイオードのバリヤー層の上面に形成される。円偏光発光ダイオードの例示的な構成を
図1Bに示す。円偏光発光ダイオードは、この構成に限定されることなく、電流を流す電極を切り替えることで、円偏光の偏向方向4a,4bを切り替え可能であるかぎり、任意の構成の円偏光発光ダイオードを用いることができる。
【0014】
また、散乱光の検出用の円偏光発光ダイオードは、照射用の円偏光発光ダイオードと同じであってよく、異なる構成の円偏光発光ダイオードを用いてもよい(非特許文献5:H. Ikeda et al., Journal of the Magnetics Society of Japan (2014), vol. 38, issue 3- 2)。円偏光発光ダイオードの端面に円偏光を受光すると、偏光の向きに応じて各磁性金属電極に起電力が生じ、電流が記録される。
【0015】
左右円偏光を周期的に切り替えて照射した場合に、検出用の円偏光発光ダイオードから検出される電流から、変調の同期信号を抽出することにより、表面反射光や迷光の影響を排除することができ、組織内部散乱光の偏光状態の検出の精度が向上する。電流の切り替え及び同期信号の抽出は、内視鏡先端装置内又は外部に構成された制御部により制御されうる。制御部は、具体的には、パルス信号源とロックインアンプで構成されている。照射用の円偏光発光ダイオードへパルス信号源から任意の周波数のパルス信号を入力することにより左右円偏光を周期的に切り替え、そのパルス信号を参照信号としてロックインアンプにより検出信号を抽出する。
【0016】
図2は、円偏光を組織モデルに入射した場合の、光の散乱経路をシミュレーションした図を示す。入射光として、900nm、右回り変更(P=1.0)を入射し、組織モデルとして、直径aの球体が水中に分布する水溶液モデル(吸収係数μ
a=0.1mm
-1、散乱係数μ
s=6.86mm
‐1)を組織モデルとして利用する。直径aの球体は、組織中の核を表しており、正常組織モデルでは、a=6μmとし、癌組織モデルではa=11μmとする。入射光が対象組織の垂直方向に対し1°傾いて入射し、散乱光を検出する検出器が、入射位置から1.0mm離れた個所で散乱光を検出する。この条件で組織に対する垂直方向に対し、検出器を傾けた場合の、円偏光度及び測定深度をシミュレーションする(
図3A及びB)。なお、組織に対する垂線に対する入射光の傾きの反対方向を正の角度として表示する。
【0017】
検出装置は、測定深度に応じて、照射軸に対して所定の角度、例えば-60°~80°傾けることができる(
図3A)。理論に限定することを意図するものではないが、この範囲を超えた場合には、正常組織と、癌組織との識別が難しくなり(
図3A)、また角度が大きくなるにつれて、散乱光の測定深度が浅くなる(
図3B)。
【0018】
本発明は、照射用の円偏光発光ダイオード11と、散乱光の検出用の円偏光発光ダイオード12とを備えた内視鏡先端装置10は、具体的に
図4のように構成されうる。照射軸が照射対象に対して略垂直となるように内視鏡先端装置10を配置し、照射対象の組織100に対して円偏光が照射される(
図4)。照射軸を対象の垂直方向から傾ける観点から、照射軸は対象に対する垂直方向から1°~30°、好ましくは1°傾けることができる(
図4)。照射用の円偏光発光ダイオード11は、内視鏡先端装置10に配置される。照射軸を傾ける場合、予め照射用の円偏光発光ダイオード11を内視鏡先端装置10に傾けて配置してもよいし、内視鏡先端装置10の位置を制御することで照射軸を傾けてもよい。散乱光検出用の円偏光発光ダイオード12は、入射点から、一定距離d離れた検出位置を測定可能なように配置される。検出用の円偏光発光ダイオード12は、測定深度に応じて、照射軸に対して所定の角度、例えば0°~80°傾けることができる(
図4)。理論に限定することを意図するものではないが、この範囲を超えた場合には、正常組織と、癌組織との識別が難しくなり(
図3A)、また角度が大きくなるにつれて、散乱光の測定深度が浅くなる(
図3B)。一例として、深度0.5~1.0mmを測定する場合には、60°~80°が選択され、深度1.0~1.5mmを測定する場合には20°~60°が選択され、そして深度1.5~2.0mmを測定する場合には0°~20°が用いられる。測定深度と角度との関係は、入射する円偏光の性質に基づいて変化しうるものであり、上述の関係に限定されることを意図するものではない。なお、入射点と検出位置との距離dは、組織と内視鏡先端装置の距離Lや照射軸に対する検出用の円偏光発光ダイオードの角度に応じて変化しうる。組織と内視鏡先端装置の距離を一定に保つためのガイドをさらに備えてもよい。
【0019】
本発明の内視鏡先端装置10は、組織と内視鏡先端装置の距離Lを測定可能なように構成される。距離Lは、本技術分野に既知の任意の構成によって測定される。一例として、レーザー距離計の原理を用いることができる。すなわち、レーザーに変調を与えて測定対象に向けて出射し、反射してきた光の遅延時間を計測することによって距離計測を行うことができる。通常、レーザーに与える電気的な変調信号と光検出器の出力信号の位相比較を行って、レーザーに与えた変調信号を基準に遅延時間を計測する。また、別の例として、撮像部の位置又は視軸を一定量ずらして、複数枚の撮像画像を取得し、取得された画像を比較して処理することに基づいて距離Lを測定することができる。
【0020】
照射用の円偏光発光ダイオード1つに対し、1つの検出用の円偏光発光ダイオードを配置してもよいし、複数の検出用の円偏光発光ダイオードを配置することもできる。また、1の検出用の円偏光発光ダイオードにアクチュエーターなどの移動機構を備えることで、移動可能に配置してもよい。
【0021】
さらに別の態様では、内視鏡先端装置10は、パラボリックミラー13を含んで構成されうる(
図5A)。パラボリックミラーとは、断面が放物線の一部となる鏡である。パラボリックミラーの放物線の中心軸と照射軸とが略直交するようにパラボリックミラーを内視鏡先端装置に配置することができる。照射軸を対象の垂直方向から傾ける観点から、放物線の中心軸と照射軸とは、1~30°、好ましくは1°ほど、直交から傾いていてもよい。パラボリックミラーを備える場合には、検出用の円偏光発光ダイオードは、パラボリックミラーからの反射光のうち、放物線の中心軸方向に平行な平行反射光を検出するように配置することができる。すなわち、照射軸に対して略垂直方向の光を検出するために、検出用の円偏光発光ダイオードは、照射用の円偏光発光ダイオードの向きと略垂直方向に配置される。これにより内視鏡先端装置のさらなる集積化及び小型化が可能になる。さらに集積化する観点から、検出用の円偏光発光ダイオードは、アレイ状に配置することが好ましい(
図5A)。
【0022】
内視鏡先端装置とパラボリックミラーの焦点までを距離を、内視鏡先端装置と測定対象組織との距離Lと一致させた場合、焦点の位置での散乱光を、深度に応じて測定することが可能となる(
図5A)。一方で、内視鏡先端装置と測定対象組織との距離がLよりも短い場合、より広い検出領域Aについて、深度に応じた測定が可能になる(
図5B)。パラボリックミラーを、照射軸方向や放物線の中心軸方向移動させる移動機構をさらに備えてもよい。
【0023】
図6は、照射用の円偏光発光ダイオード11と、散乱光の検出用の円偏光発光ダイオード12と、パラボリックミラー13とを集積化した内視鏡先端装置10の一実施形態を示す。照射用の円偏光発光ダイオード11と、散乱光の検出用の円偏光発光ダイオード12とは、それぞれ電流を流す電極を切り替えるとともに、検出用の円偏光発光ダイオードから検出された変調の同期信号を抽出する制御部14に接続されている。制御部14は、照射円偏光の周期的切り替えを可能とするとともに、検出用の円偏光発光ダイオード12から検出された変調の同期信号を抽出する。それにより、反射光の影響を排除しつつ、組織内において生じた散乱光の円偏光をより精度よく検出することが可能になる。制御部14は、内視鏡先端装置10に具備されていてもよいし、外部に配置されていてもよい。
【0024】
本発明の内視鏡先端装置10や、内視鏡先端装置10に搭載される円偏光発光ダイオード11/12、制御部14、及びパラボリックミラー13は、内視鏡先端に搭載する観点から大きさが制限される。一例として、内視鏡先端装置10は、最大辺の長さが10mm以下、より好ましくは8mm以下、さらに好ましくは5mm以下に設計されうる。一方、十分な検出感度を確保する観点から、通常4mm以上に設計されうる。円偏光発光ダイオードの大きさは、任意に決定できるが、光を照射又は受光する端面の1辺が、1.5mm以下、積層厚み5μm以下で設計されうる。
【0025】
図7は、マウス転移モデルから回収した大腸癌の肝転移組織切片の写真と、正常部位と腫瘍部位における顕微鏡写真を示す。正常部位では、細胞核が6μmである一方で、腫瘍部位では細胞核は11μmであり、この核の大きさを
図2のシミュレーションにおける組織モデルに利用した。
図7Bは、肝転移組織切片に対し、左回り円偏光(λ=900nm)を照射した場合の、正常部位および癌組織における散乱光の偏向状態を示すポアンカレ球の表示である。ポアンカレ球において、緯度が円偏光状態を表しており、両極が1.0の完全円偏光状態を表し、赤道面が偏光度0を表す。散乱光の偏光状態の位置が示されており、正常組織に比較して、癌組織では赤道面に近い位置となる。
【0026】
正常組織と癌組織とでは、細胞の形態や密度が異なる。正常組織の細胞では、細胞や核の形状は揃っている一方で、癌細胞では、細胞や核の形状が不ぞろいになり、またその核の大きさが、正常組織の細胞に比較して肥大化する(
図7A)。円偏光を照射すると、その細胞や核の形状の不揃いから、癌組織では散乱光の偏向が乱れる傾向がある(
図3A、
図7B)。本発明の内視鏡先端装置を用いることにより、病理組織識別方法が提供される。具体的に、本発明の内視鏡先端装置を用いて、正常組織における散乱光を検出し、次いで他の観察部位において散乱光を検出し、正常組織における散乱光の円偏光度と、観察部位について検出された散乱光の円偏光度の差分に基づき、病理組織、特に癌組織を識別することができる。がん組織においては、円偏光度が、概ね0.1ほど低下することから(
図3)、観察部位について検出された散乱光の円偏光度の差分が0.1を超えた場合に、病理組織と識別することができる。
【0027】
本発明の内視鏡先端装置10は、内視鏡に搭載される。したがって、本発明のさらなる態様は、内視鏡先端装置10が搭載された内視鏡システム20に関してもよい。本発明の内視鏡システムは、本発明の内視鏡先端装置及び信号伝達回線とは別に、通常の内視鏡システムに搭載される任意の構成、例えば光ファイバ、ガイドワイヤ、CCDカメラなどの撮像部、ステント、バルーン、シースなどをさらに含んでいてもよい。
【0028】
本発明の内視鏡先端装置10を含む内視鏡システム20を用いると、正常組織と病理組織とを識別することができる。したがって、本発明のさらなる態様では、内視鏡に接続された情報処理装置30を含む、病理組織識別システムに関していてもよい。情報処理装置30は、入力部34を介して内視鏡と接続されている。病理組織としては、特に癌組織が挙げられる。ここで情報処理装置30は、記憶部31、処理部32、及び出力部33を含み、以下の:
前記内視鏡先端装置10を作動させて、正常組織において散乱光を検出し、
前記記憶部31に、検出された散乱光における円偏光度を記憶し;
前記内視鏡先端装置10を作動させて散乱光を検出し、
前記処理部32に、検出された散乱光における円偏光度と、記憶部31に記憶された正常組織における円偏光度との差分を求めさせて、閾値を超えた個所について癌組織と識別し、
前記出力部33に癌組織についての情報を表示させる、
を行うことにより、病理組織を識別して表示することができる。情報処理装置は、入力部や通信部を介して内視鏡システムと接続されうる。
【0029】
記憶部31は、RAM、ROM、フラッシュメモリ等のメモリ装置、ハードディスクドライブ等の固定ディスク装置、又はフレキシブルディスク、光ディスク等の可搬用の記憶装置などを有する。記憶部は、入力部から入力されたデータ及び指示、処理部で行った演算処理結果等の他、コンピュータの各種処理に用いられるプログラム、データベースなどを記憶する。コンピュータプログラムは、例えばCD-ROM、DVD-ROM等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体や、インターネットを介してインストールされてもよい。コンピュータプログラムは、公知のセットアッププログラム等を用いて記憶部にインストールされる。
【0030】
処理部32は、観察部位において検出された散乱光における円偏光度と、記憶部31に記憶された正常組織における円偏光度との差分を求め、閾値、例えば0.1を超えた個所を病理組織、例えば癌組織と決定することができる。処理部32は、記憶部に記憶された正常組織における円偏光度との差分を、数値に応じて着色することもできる。処理部32は、記憶部31に記憶しているプログラムに従って各種の演算処理を実行する。演算処理は処理部32に含まれるCPU又はプロセッサによりおこなわれる。このCPU又はプロセッサは、入力部34、記憶部31、及び出力部33を制御する機能モジュールを含み、各種の制御を行うことができる。これらの各部は、それぞれ独立した集積回路、マイクロプロセッサ、ファームウェアなどで構成されてもよい。処理部32により病理組織についての情報は、一旦、記憶部31に記憶されてもよいし、そのまま処理部32が、出力部33に表示してもよい。制御部14が、内視鏡先端装置10の外部に存在している場合、情報処理装置30の処理部が、制御部14が行う制御を行ってもよい。
【0031】
出力部33は、処理部で決定された病理組織についての情報を出力するように構成される。特に癌組織について、色を変えて表示したり、円偏光度の差分に応じて色を変えて表示することができる。出力部33は、演算処理の結果を直接表示する液晶ディスプレイ等の表示装であってもよいし、外部記憶装置への出力又はネットワークを介して出力するためのインターフェイス部であってもよい。
【0032】
入力部34は、インターフェイスを含む。インターフェイスは、例えば、キーボード、マウス等の操作部、LANやポート等の通信部、CD-ROM、DVD-ROM、BD-ROM、メモリースティックなどの外部記憶装置や、内視鏡システムに接続されていてもよい。
【0033】
本発明は、さらに情報処理装置30を制御するためのプログラムや、制御方法に関してもよい。また情報処理装置30を制御するためのプログラムを格納する媒体、例えば非揮発性媒体にも関する。
【0034】
本発明のプログラムは、内視鏡先端装置10を備える内視鏡システムに接続された情報処理装置30を制御するプログラムである。情報処理装置30は、入力部34を介して内視鏡システムに接続され、さらに記憶部31、処理部32、及び出力部33を含む。本発明のプログラムは、以下の指令:
前記内視鏡先端装置10を作動させて、正常組織において散乱光を検出し、
前記記憶部31に、検出された散乱光における円偏光度を記憶させ;
前記内視鏡先端装置10を作動させて散乱光を検出し、
前記処理部32に、検出された散乱光における円偏光度と、記憶部31に記憶された正常組織における円偏光度との差分を求めさせて、閾値を超えた個所について癌組織と識別し、
前記出力部33に癌組織についての情報を表示させる、
を含み、情報処理装置30に実行させることができる。これにより、出力部において、病理組織を識別して表示することができる。
【実施例】
【0035】
実施例1:円偏光を組織モデルに入射した場合の、光の散乱経路をシミュレーション
生体組織中での円偏光の散乱経路と偏光状態について偏光散乱に特化したモンテカルロ法(非特許文献4:J.C. Ramella -Roman et al., Opt. Exp. 13, 4420 (2005))を用いてシミュレーションを行った。MATLAB(販売元:Mathworks社)を利用し、擬似生体組織は細胞核を模した直径aの球体(屈折率n=1.59)が水中にランダムに分布する散乱媒体(吸収係数μ
a=0.1mm
-1、散乱係数s=6.86mm
-1)とした。a=6μmの擬似組織に波長900nmの右回り円偏光(円偏光度P=+1)を入射角1°で入射し、入射点と検出点の距離dを1.0mm、検出幅wを0.3mm、検出角を25±5°の幅で検出した場合の散乱経路の結果を示した(
図2A)。次いで、d=1.0mm、w=1.0mmにおいて健常組織(a=6μm)およびがん組織(a=11μm)で散乱したのちに検出される光の円偏光度P(
図3A)および散乱深さL(
図3B)の検出角依存性を示した。ここで散乱深さとは検出された光のうち30%以上の光が透過した深さとした。これらの結果から健常組織とがん組織に対する散乱光の円偏光度は検出角によらず0.2程度の一定の差が得られた。さらに、検出角度を変えることによって検出できる深さを1.0mmから1.5mmの範囲で変調できた。
【0036】
実施例2:内視鏡先端装置を用いた正常組織及び癌組織における散乱光の偏光度の測定
6週齢マウスに対して、マウス大腸がんcolon-26細胞(30万個)を脾臓内投与して作成されたマウス転移モデルから、肝転移病巣を摘出し、50μm切片を取得した(
図7A)。照射用の円偏光発光ダイオードと、散乱光の検出用の円偏光発光ダイオードとを備えた内視鏡先端装置から、λ=900nmの左回り円偏光を照射し、その散乱光を検出し、ポアンカレ球においてその偏光状態を表示した(
図7B)。
【符号の説明】
【0037】
1 基板
2 円偏光発光ダイオード
2a バリヤー層
3a 磁性金属電極
3b 磁性金属電極
4a 左回り偏光(σ - )
4b 右回り偏光(σ + )
5 磁化の方向
10 内視鏡先端装置
11 照射用の円偏光発光ダイオード
12 検出用の円偏光発光ダイオード
13 パラボリックミラー
14 制御部
100 組織
101 組織の垂直方向に対する検出用の円偏光発光ダイオードの角度
20 内視鏡システム
21 ファイバ
30 情報処理装置
31 記憶部
32 処理部
33 出力部
34 入力部