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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-20
(45)【発行日】2023-09-28
(54)【発明の名称】窒化物半導体基板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/38 20060101AFI20230921BHJP
   C30B 23/02 20060101ALI20230921BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20230921BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20230921BHJP
   H01L 21/203 20060101ALI20230921BHJP
   H01L 21/20 20060101ALI20230921BHJP
【FI】
C30B29/38 C
C30B29/38 D
C30B23/02
C23C14/06 A
C23C14/34 R
H01L21/203 S
H01L21/20
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019030603
(22)【出願日】2019-02-22
(65)【公開番号】P2020037507
(43)【公開日】2020-03-12
【審査請求日】2021-10-22
(31)【優先権主張番号】P 2018164959
(32)【優先日】2018-09-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【弁理士】
【氏名又は名称】新居 広守
(72)【発明者】
【氏名】上杉 謙次郎
(72)【発明者】
【氏名】三宅 秀人
【審査官】宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-529009(JP,A)
【文献】特開2011-061063(JP,A)
【文献】特開2013-143475(JP,A)
【文献】特開2010-272887(JP,A)
【文献】特開2018-046277(JP,A)
【文献】特開2008-010614(JP,A)
【文献】特開2017-055116(JP,A)
【文献】Japanese Journal of Applied Physics,2016年,Vol.55,05FD08 1-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/38
C30B 23/02
C23C 14/06
C23C 14/34
H01L 21/203
H01L 21/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スパッタ装置内に基板を準備する第1工程と、
前記スパッタ装置内に成膜材料であるターゲットを準備する第2工程と、
0.03Pa以上0.5Paよりも小さい内圧で前記ターゲットをスパッタリングすることにより、前記ターゲット材料の組成を含む窒化物層を前記基板上に成膜する第3工程と、
前記第3工程後に、前記窒化物層が成膜された前記基板を、1400℃以上1750℃以下の温度でアニールする第4工程とを有し、
前記窒化物層の膜厚は、160nm以上850nm以下である、
窒化物半導体基板の製造方法。
【請求項2】
前記第3工程では、前記内圧と成膜する前記窒化物層の膜厚とを組とした場合に、前記膜厚が大きいほど前記内圧が小さくなる条件で、前記窒化物層を成膜する、
請求項1記載の窒化物半導体基板の製造方法。
【請求項3】
記内圧をa以下、前記窒化物層の膜厚をb以下としたとき、
(a、b)の組は、(0.03Pa、850nm)、(0.05Pa、480nm)、(0.1Pa、320nm)、(0.2Pa、160nm)の少なくとも1つを満たし、または、
a、bがa≦76.6×b-1.17(Pa)を満たす、
請求項1または2に記載の窒化物半導体基板の製造方法。
【請求項4】
前記基板は、サファイア、炭化ケイ素、シリコンおよび窒化アルミニウムの少なくとも一つからなり、
前記ターゲットは、Al Ga In (1-x-y) N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表される窒化アルミニウム、窒化アルミニウムガリウム、窒化アルミニウムガリウムインジウム、または、アルミニウムであり、
前記第3工程において、前記基板と前記ターゲットとの間に高周波電圧を印加する
請求項1~3のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板の製造方法。
【請求項5】
前記基板はサファイア基板であり、
前記ターゲットは窒化アルミニウムの焼結体またはアルミニウムであり、
前記窒化物層は窒化アルミニウムからなり、
前記第4工程後における、前記窒化物層の(0002)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅が100arcsec以下であり、
前記窒化物層の(10-12)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅が300arcsec以下であり、前記窒化物層の貫通転位密度が1.0×10 cm -2 以下である、
請求項1~4のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板の製造方法。
【請求項6】
前記基板がサファイア基板であり、
前記窒化物層が形成される前記サファイア基板の表面は、c面に対して0.2°よりも大きく1.0°以下のオフ角を有する
請求項1~5のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化物からなる緩衝層を有する窒化物半導体基板の製造方に関する。
【背景技術】
【0002】
紫外光発光素子は、照明、殺菌、フォトリソグラフィ、レーザ加工機、医療機器、蛍光体用光源、分光分布分析、紫外線硬化など、次世代の光源として幅広く注目されている。この紫外光発光素子は、サファイアなどの基板上に成膜された、窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)、窒化アルミニウム(AlN)などの窒化物半導体で構成される。
【0003】
例えば、AlNは、半導体材料の中で非常に大きいバンドギャップエネルギーを有しており、約210nmよりも長波長の光に対して透明である。そのため、素子で発生した紫外光を吸収することなく効率よく外部へ取り出すことができる。また、高い熱伝導率、高い熱的および化学的安定性を有している。これらの特徴から、高効率な紫外光発光素子の基板として期待されている。
【0004】
高効率の発光素子を実現するためには、高品質な窒化物半導体薄膜を結晶成長することが不可欠である。この際、高品質なバルクのAlNを結晶成長の基板として用いることが望ましい。しかし、バルクのAlN単結晶基板は、高価で、かつ大面積の基板を作製することが困難なため、紫外光発光素子の基板材料にはコスト面で課題が大きい。
【0005】
このような状況に鑑み、安価でありかつ大面積基板を入手することが容易なサファイア基板上に高品質なAlN薄膜の層を作製することができれば、この半導体基板を用いてAlGaNを準ホモエピタキシャル成長させることにより、紫外光発光素子や受光素子を作製することができる。
【0006】
しかし、AlNはサファイアとの格子不整合と熱膨張係数差が大きく、結晶構造も異なるため、サファイア基板上に成長したAlN層には多数の貫通転位が存在する。そのため、サファイア基板上に成膜されたAlN層は、平坦な表面を得ることが困難であり、また結晶欠陥が多くなる課題がある。さらに発光層となるAlGaNの結晶性はAlNの結晶性を引き継ぐため、欠陥密度の低いAlNを作製する技術は極めて重要である。
【0007】
AlN結晶の欠陥密度を低く抑えた高品質な層(薄膜)を得る方法としては、例えば、特許文献1、2および非特許文献1に記載の技術がある。
【0008】
特許文献1は、本願発明者らが提案する方法であり、スパッタ成膜したAlN薄膜を高温でアニール処理することにより貫通転位密度を大幅に低減する方法を提案している。アニール処理により従来の有機金属気相成長法と比較して、低貫通転位密度のAlN薄膜を低コストで実現できるため、深紫外LEDを含む電子デバイスの下地基板としての利用が期待される。
【0009】
特許文献2は、基板とAlN薄膜との間にバッファー薄膜としてのAlN層と金属薄膜とを順に導入することにより、c軸配向性を高めたAlN薄膜を短時間で製造する方法を提案している。
【0010】
非特許文献1は、AlN層を有する結晶品質の高い窒化サファイア基板上に、パルス状の直流反応性スパッタリングによって823Kで堆積させたAlN膜の表面形態、結晶品
質、残留応力に及ぼすスパッタ圧力の影響を論じている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2017-55116号公報
【文献】特開2011-117059号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Makoto Ohtsuka et al. "Effect of sputtering pressure on crystalline quality and residual stress of AlN films deposited at 823 K on nitrided sapphire substrates by pulsed DC reactive sputtering" Japanese Journal of Applied Physics Vol. 55, Published 20 April 2016.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献1の窒化物半導体基板によれば、AlN薄膜の膜厚の増大に伴って、アニール処理時にAlN薄膜にクラックが発生しやすくなるという問題がある。クラックは、深紫外LEDを含む電子デバイスにおいて電流リークの原因となるため、窒化物半導体基板を用いた電子デバイスの作製時に歩留まりを低下させることが懸念される。
【0014】
本発明は、上述した課題を解決しようとするものであり、アニール処理に起因するクラックの発生を抑制する窒化物半導体基板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するために、本発明の一態様に係る窒化物半導体基板の製造方法は、スパッタ装置内に基板を準備する第1工程と、前記スパッタ装置内に成膜材料であるターゲットを準備する第2工程と、0.03Pa以上0.5Paよりも小さい内圧で前記ターゲットをスパッタリングすることにより、前記ターゲット材料の組成を含む窒化物層を前記基板上に成膜する第3工程と、前記第3工程後に、前記窒化物層が成膜された前記基板を、1400℃以上1750℃以下の温度でアニールする第4工程とを有し、前記窒化物層の膜厚は、160nm以上850nm以下である
【発明の効果】
【0018】
本発明の窒化物半導体基板の製造方法および窒化物半導体基板によれば、アニール処理に起因するクラックの発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、実施の形態に係る窒化物半導体基板の構成例を示す図である。
図2図2は、実施の形態に係るスパッタ装置の構成例を示す模式図である。
図3図3は、図1に示す窒化物半導体基板の製造方法の一例を示す図である。
図4A図4Aは、クラックが生じていない第1窒化物層3の試料の光学顕微鏡写真を示す図である。
図4B図4Bは、クラックが生じている第1窒化物層3の試料の光学顕微鏡写真を示す図である。
図5図5は、実施の形態に係る窒化物半導体基板の圧縮歪および引っ張り歪を説明するための図である。
図6A図6Aは、窒化アルミニウム層の製造過程における歪の変化を示す説明図である。
図6B図6Bは、実施の形態に係る窒化アルミニウム層の製造過程における歪の変化を示す説明図である。
図6C図6Cは、実施の形態に係る窒化アルミニウム層の製造過程における歪の変化を示す他の説明図である。
図7A図7Aは、実施の形態に係る窒化アルミニウム層の膜厚、スパッタ圧力およびクラックの関係を示す図である。
図7B図7Bは、図7Aに基づいてクラックの発生を抑制可能な膜厚およびスパッタ圧力の組を選択する第1の具体例を示す図である。
図7C図7Cは、図7Aに基づいてクラックの発生を抑制可能な膜厚およびスパッタ圧力の組を選択する第2の具体例を示す図である。
図7D図7Dは、図7Aに基づいてクラックの発生を抑制可能な膜厚およびスパッタ圧力の組を選択する第3の具体例を示す図である。
図8図8は、実施の形態に係る窒化物半導体基板のX線回折装置による2θ―ωスキャン測定結果を示す図である。
図9A図9Aは、実施の形態に係るアニール前の窒化物半導体基板のラマン分光測定結果を示す図である。
図9B図9Bは、実施の形態に係るアニール前の窒化物半導体基板のラマン分光測定結果を示す図である。
図10A図10Aは、実施の形態に係るアニール後の窒化物半導体基板の(0002)面のX線ロッキングカーブ測定の結果を示す図である。
図10B図10Bは、実施の形態に係るアニール後の窒化物半導体基板の(10-12)面のX線ロッキングカーブ測定の結果を示す図である。
図11図11は、実施の形態に係るアニール後の窒化物半導体基板の膜厚と貫通転位密度との関係を示す図である。
図12図12は、実施の形態に係るアニール後の窒化物半導体基板の平面TEM像を示す図である。
図13A図13Aは、実施の形態に係る窒化物半導体基板のアニール温度と(0002)面のXRC半値全幅との関係を示す図である。
図13B図13Bは、実施の形態に係る窒化物半導体基板のアニール温度と(10-12)面のXRC半値全幅との関係を示す図である。
図14図14は、欠陥が生じた窒化物半導体基板1の光学顕微鏡写真を示す図である。
図15図15は、実施の形態に係るアニール後の窒化物半導体基板1の膜厚と(10-12)面のXRC半値全幅との関係を示す図である。
図16図16は、実施の形態に係る異なるスパッタ圧力でのアニール後の窒化物半導体基板1の表面形状を示す図である。
図17図17は、実施の形態に係る異なる膜厚でのアニール後の窒化物半導体基板1の表面形状を示す図である。
図18図18は、実施の形態の変形例における発光ダイオードの構成例を示す図である。
図19図19は、実施の形態の変形例におけるサファイア基板のオフ角を示す説明図である。
図20A図20Aは、ヒロックが発生していないAlGaN層の表面を示す微分干渉顕微鏡像を示す図である。
図20B図20Bは、図20AのAlGaN層の有する発光ダイオードの構成例を示す図である。
図21A図21Aは、ヒロックが発生しているAlGaN層の表面を示す微分干渉顕微鏡像を示す図である。
図21B図21Bは、図21AのAlGaN層の有する発光ダイオードの構成例を示す図である。
図22A図22Aは、サファイア基板がm軸方向に0.2°のオフ角を有する場合のAlGaN層の顕微鏡画像を示す図である。
図22B図22Bは、サファイア基板がm軸方向に0.4°のオフ角を有する場合のAlGaN層の顕微鏡画像を示す図である。
図22C図22Cは、サファイア基板がm軸方向に0.6°のオフ角を有する場合のAlGaN層の顕微鏡画像を示す図である。
図22D図22Dは、サファイア基板がm軸方向に0.8°のオフ角を有する場合のAlGaN層の顕微鏡画像を示す図である。
図22E図22Eは、サファイア基板がm軸方向に1.0°のオフ角を有する場合のAlGaN層の顕微鏡画像を示す図である。
図23A図23Aは、サファイア基板がa軸方向に0.2°のオフ角を有する場合のAlGaN層の顕微鏡画像を示す図である。
図23B図23Bは、サファイア基板がa軸方向に0.6°のオフ角を有する場合のAlGaN層の顕微鏡画像を示す図である。
図23C図23Cは、サファイア基板がa軸方向に1.0°のオフ角を有する場合のAlGaN層の顕微鏡画像を示す図である。
図24図24は、ヒロックの頂上部を観察した原子間力顕微鏡(AFM)像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて詳細に説明する。以下の説明においては、窒化アルミニウムをAlN、窒化アルミニウムガリウムをAlGaN、窒化アルミニウムガリウムインジウムをAlGaInN、サファイアをAl、炭化ケイ素をSiCと示すこともある。
【0021】
なお、以下で説明する実施の形態は、いずれも本発明の好ましい一具体例を示すものである。以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態、ステップ、ステップの順序などは、一例であり、本発明を限定する主旨ではない。本発明は、特許請求の範囲によって特定される。よって、以下の実施の形態における構成要素のうち、独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0022】
(実施の形態1)
[窒化物半導体基板の構成]
まず、実施の形態に係る窒化物半導体基板の構成例について説明する。図1は、本実施の形態に係る窒化物半導体基板1の構成例を示す図である。
【0023】
図1に示すように、本実施の形態に係る窒化物半導体基板1は、基板2と第1窒化物層3とを有する。
【0024】
基板2は、例えばサファイア基板である。基板2は、サファイアに限定されず、サファイア、炭化ケイ素(SiC)、シリコンおよび窒化アルミニウム(AlN)の少なくとも一つからなる基板であればよい。
【0025】
第1窒化物層3は、六方晶であり、結晶粒の集合体であるIII族窒化物半導体からなる
層であり、例えば窒化アルミニウム(AlN)層である。第1窒化物層3は、窒化アルミニウムに限定されず、AlGaIn(1-x-y)N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表わされる窒化アルミニウム(AlN)、窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)、または、窒化アルミニウムガリウムインジウム(AlNGaIn)であってもよい。
【0026】
また、第1窒化物層3は、六方晶ではなく四方晶を構成する半導体であってもよい。
【0027】
また、クラックの発生を抑制する第1窒化物層3の特性としては、例えば、第1窒化物層3の膜厚は560nm以下であり、第1窒化物層3の(0002)面におけるX線ロッキングカーブの半値幅が15arcsec以下であり、第1窒化物層3の(10-12)面におけるX線ロッキングカーブの半値幅が130arcsec以下であってもよい。また、第1窒化物層3の貫通転位密度が3.6×10cm-2以下であってもよい。
【0028】
[窒化物半導体基板の製造方法および製造装置]
次に、実施の形態に係る窒化物半導体基板1の製造方法および製造装置について説明する。図2は、実施の形態に係るスパッタ装置10の構成例を示す模式図である。図3は、実施の形態に係る窒化物半導体基板1の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【0029】
まず、図2に示すスパッタ装置10の構成例について説明する。同図のようにスパッタ装置10は、チェンバー100、吸気管101、排気管102、バルブ103、排気ポンプ104、基板ホルダ105、永久磁石108、高圧電源109を備える。
【0030】
チェンバー100は、基板2と、第1窒化物層3の原料となるターゲット107とを対向させて保持し、チェンバー内部の気体の圧力および温度を任意に設定可能なほぼ密閉さ
れた部屋である。以下では、スパッタを行う際のチェンバー内気体圧力をスパッタ圧力と呼ぶ。
【0031】
吸気管101は、外部から供給される不活性ガスをチェンバー100内部に導入するための吸気管である。不活性ガスは、ヘリウム(He)ガス、窒素(N)ガス、アルゴン(Ar)ガスなどである。吸気管101は、一つの吸気管から複数種類のガスを同時に供給してもよい。また、チェンバー100に対して、複数の吸気管101が接続されている構成でもよい。また、吸気管101から不活性ガス以外のガスを導入することが可能でもよい。不活性ガス以外のガスは、例えば水素(H)ガス、酸素(O)ガス、アンモニア(NH)ガスなどである。吸気管101は、供給するガスの流量を精密に制御する機構を備えていてもよい。
【0032】
排気管102は、チェンバー100内部のガスを外部に排気するための排気管である。
【0033】
バルブ103は、排気管102の排気流量を調整する。
【0034】
排気ポンプ104は、排気管102およびバルブ103を介してチェンバー100内部のガスを外部に排気するためのポンプである。
【0035】
基板ホルダ105は、ウェハ基板の状態の基板2を保持する。なお、基板ホルダ105は、同時に成膜される複数枚の基板2を保持してもよい。基板ホルダ105は加熱機構を有しており、基板2を500~650℃の範囲で、例えば600℃で加熱保持することが可能でもよい。基板ホルダ105は、ターゲット107から基板2を見込む角度を任意に制御することができる機構を有していてもよい。スパッタ成膜中に基板を自転あるいは公転させることが可能でもよい。
【0036】
ターゲット107は、ターゲットホルダに保持される。なお、ターゲットホルダは、異なる材料からなる複数種類のターゲットを保持し、スパッタリングの対象となるターゲットを切り替えることで、チェンバーを高真空に保持したまま、複数の異なる材料を連続してスパッタリングすることが可能な構成でもよい。また、複数の異なる材料を同時にスパッタリングすることが可能な構成でもよい。ターゲットの形状は、例えば直径10cmの円形である。ターゲットは、矩形あるいはそれ以外の形状であってもよい。
【0037】
高圧電源109は、基板2とターゲット107との間に高周波電圧を印加する。高周波電圧は、例えば、RF(Radio Frequency)電圧である。高周波電圧のRF電圧成分は、
基板2とターゲット107の間で吸気管101から供給されたガスをプラズマ化する。プラズマ化したガスは、セルフバイアスもしくは外部電源によって印加されたDC電圧成分による電界によってターゲット107に衝突し、ターゲット107表面の原子を弾き出す(スパッタリングする)。弾き出された原子は、従って、スパッタリングで与えられた運動エネルギーに従って、基板2に向かって飛び、付着する。その結果、基板2上にターゲット107を原料とする膜、あるいはターゲット107を構成する材料と吸気管101から供給されたガスの化合物からなる膜を形成する。高周波電圧の電圧は、例えば、0~5000V、高周波電圧の周波数は13.56MHzでよい。DC電圧成分は0から2000Vが設定できる。
【0038】
なお、図2のスパッタ装置10では、高周波電圧を用いるいわゆるRFスパッタの例を示したが、直流電圧を用いるDCスパッタでもよい。また、電圧はある一定の時間幅を有するパルス状に印加されてもよい。DCスパッタの場合、ターゲットには導電性を有する材料を用いる必要がある。
【0039】
永久磁石108は、プラズマ中の電子をターゲット107の近傍に拘束するための磁界を形成する。これにより、ターゲット近傍のプラズマ密度を高めてスパッタリング速度を上昇させる。また、基板からプラズマを遠ざけることにより、基板に対して電子や荷電粒子が照射されて第1窒化物層3の結晶品質が低下することを防ぐ。永久磁石108を有さなくてもよい。スパッタ成膜中に永久磁石108を任意に動かすことが可能でもよい。ターゲット107および永久磁石108の付近は冷却水によって冷却されており、ターゲットの温度上昇が抑えられる。
【0040】
また、図2のスパッタ装置10では、基板2がターゲット107よりも上側に対向して配置されるスパッタアップ型(またはフェイスダウン型)の構成例を説明したが、基板2がターゲット107よりも下に対向して配置されるスパッタダウン型(ファイスアップ型)でもよいし、基板2がターゲット107の側方に対向して配置されサイドスパッタ型(サイドフェイス型)でもよい。
【0041】
図2において、基板2とターゲット107の間の距離は、例えば14cmである。
【0042】
次に、図3のフローチャートを用いて、窒化物半導体基板1の製造方法について説明する。
【0043】
図3に示すように、窒化物半導体基板1の製造方法は、大きく分けて、第1工程(S21)、第2工程(S22)、第3工程(S23)および第4工程(S24)を有する。
【0044】
第1工程(S21)では、スパッタ装置10内の基板ホルダ105に基板2を準備する。この基板2は、例えば、サファイア基板である。このサファイア基板は、例えば(0001)面からサファイアの[1-100]方向(m軸方向)に対して0.2°傾斜した面を表面として有していてもよい。このサファイア基板の表面は、単一原子層または単一分子層からなるステップテラス構造が形成されていてもよい。このサファイア基板の裏面は、光学的に鏡面になるように研磨されていてもよいし、粗面化加工が施されていてもよい。このサファイア基板の裏面に、AlNまたはAlN以外の材料からなる層が成膜されていてもよい。基板ホルダ105は、例えば、2インチのウェハ基板を4枚以上保持可能な構成でもよい。基板ホルダ105は、2インチ以上のサイズの基板を保持可能な構成でもよい。
【0045】
第1工程(S21)の前段階として、図4には示されていないがチェンバー100と隣接して設けられ、独立して大気開放及び真空排気が可能なロードロックチェンバーに基板2を配置し、ロードロックチェンバー内で十分に高い真空度まで排気したのちに、真空下で基板2をロードロックチェンバーからスパッタチェンバーへ搬送し、基板2をチェンバー100内の基板ホルダに設置してもよい。これにより、基板ホルダ105に基板2を配置する際、チェンバー100が大気に曝露されることがなくなるため、チェンバー100内を常に高い真空度に維持することが可能となる。これにより、スパッタ成膜されたAlNの結晶品質を安定的に制御することが可能となる。基板2をチェンバー100内に搬送するまでに、ロードロックチェンバーの圧力を、例えば1×10-4Pa以下まで低減することが望ましい。
【0046】
第2工程(S22)では、スパッタ装置10内に成膜材料であるターゲット107を準備する。ターゲット107は、例えば、窒化アルミニウム(AlN)の焼結体である。
【0047】
第1工程(S21)および第2工程(S22)おいて、基板2およびターゲット107を配置してから、第3工程(S23)においてスパッタ成膜を開始するまでに、十分な時間、基板2をスパッタ成膜時と同じかそれよりも高い温度に保持した状態でチェンバー1
00を真空排気し、チェンバー100の圧力を下げることが望ましい。これにより、チェンバー内の残留ガス濃度を低減し、スパッタ成膜されたAlNの結晶品質を安定的に制御することが可能となる。また、基板2を加熱しながらチェンバー100を真空排気することにより、基板2をチェンバー内に配置する前に基板2表面に吸着した水分を効果的に除去することができる。これにより、スパッタ成膜されたAlNの結晶品質を安定的に制御することが可能となる。第3工程(S23)を開始する前に、チェンバー100の圧力を、例えば6×10-5Pa以下まで低減することが望ましい。
【0048】
第3工程(S23)では、0.5Paよりも小さいスパッタ圧力でターゲット107をスパッタリングすることにより、ターゲット材料の組成を含む第1窒化物層3(ここではAlN層)を基板2上に成膜する。より具体的に説明すると、チェンバー100のスパッタ圧力は、0.5Pa以下の所望の圧力になるように吸気管から供給されるガスの流量と排気ポンプ104の排気速度およびバルブ103の開度により調整される。基板ホルダ105の加熱機構によって、基板2の表面温度は約500~650℃の範囲内の温度で、例えば約600℃に保たれる。吸気管101からは不活性ガスとして例えば窒素ガスが供給される。窒素ガスの流量は、例えば、10~100sccm(standard Cubic Centimeter per Minute)である。単位sccmは、0℃、1気圧で標準化された単位である。高圧電源109の高周波電圧は数百Vであり、高周波電圧の周波数は例えば13.56MHzである。高圧電源109からターゲット107に供給する電力は、例えば200~1000Wである。スパッタリングする時間は、成膜すべき第1窒化物層3の所望する膜厚とターゲットに供給する電力に応じて定めればよい。第3工程(S23)の一部として、基板2にAlN膜の成膜を開始する前に、基板2とターゲット107の間にシャッターを配置した状態でターゲット107とシャッターの間でプラズマを発生させ、ターゲット107をスパッタリングする工程が設けられてもよい。これにより、ターゲットからスパッタされた原子がシャッターにさえぎられて基板2に到達しない状態でターゲット107をスパッタリングし、ターゲット表面に付着した不純物を除去することが可能となる。ターゲット表面を十分な時間スパッタリングしてから基板2とターゲット107の間に配置したシャッターを取り除き、基板2に対するAlN成膜を開始してもよい。これにより、その後スパッタ成膜されたAlN膜の結晶品質を安定的に制御することが可能となる。
【0049】
第1窒化物層3の膜厚について詳細は後述するが、クラック抑制の観点からは、膜厚は850nm以下でよい。また、窒化物層3の膜厚が大きいほどチェンバー100のスパッタ圧力を小さくすればよい。例えば、クラック抑制のためにはチェンバー100のスパッタ圧力をP(Pa)以下、前記窒化物層の膜厚をT(nm)以下としたとき、(P、T)の組は、(0.05、640)、(0.1、480)、(0.2、320)、および(0.4、240)の少なくとも1つを満たすようにしてもよい。あるいは、スパッタ圧力Pと窒化物層の膜厚Tが以下の範囲に含まれるように選択してもよい。すなわち、(1.1)P≦0.4かつT≦240、(1.2)P≦31117×T-2.06かつ240≦T≦640、(1.3)P≦0.05かつT≧640の(1.1)~(1.3)のいずれかひとつに含まれる範囲の中から選択してもよい。
【0050】
より好ましくは、(P、T)の組は、(0.05、560)、(0.1、400)、および(0.2、240)の少なくとも1つを満たすようにしてもよい。この場合においてスパッタ圧力、膜厚が上記以外の値の場合は、スパッタ圧力Pと窒化物層の膜厚Tが以下の範囲に含まれるように選択してもよい。すなわち、(2.1)P≦0.4かつT≦240、(2.2)P≦1436×T-1.61かつ240≦T≦560、(2.3)P≦0.05かつT≧560の(2.1)~(2.3)のいずれかひとつに含まれる範囲の中から選択してもよい。
【0051】
さらに好ましくは、(P、T)の組は、(0.03、850)、(0.05、480)
、(0.1、320)、および(0.2、160)の少なくとも1つを満たすようにしてもよい。この場合においてスパッタ圧力、膜厚が上記以外の値の場合は、スパッタ圧力Pと窒化物層の膜厚Tが以下の範囲に含まれるように選択してもよい。すなわち、(3.1)P≦0.2かつT≦160、(3.2)P≦76.6×T-1.17かつ160≦T≦850、(3.3)P≦0.03かつT≧850の(3.1)~(3.3)のいずれかひとつに含まれる範囲の中から選択してもよい。
【0052】
第4工程(S24)では、第1窒化物層3が成膜された基板2を、1400℃以上、好ましくは1650℃以上1750℃以下で熱処理する。第4工程をアニール処理とも呼ぶ。
【0053】
より具体的に説明すると、まず、第3工程によって第1窒化物層3が成膜された基板2を、アニール装置の内部に配置する。アニール装置は、アニール処理が可能な装置であればよく、スパッタ装置10とは別の装置であってもよいし、スパッタ装置10であってもよい。アニール装置内部での基板2の配置は次のように行う。すなわち、成膜された第1窒化物層3の主面から窒化物半導体の成分が解離するのを抑制するためのカバー部材で第1窒化物層3の主面を覆った気密状態にする。ここで、「解離」とは、第1窒化物層3の主面からその成分(窒素、アルミニウム、ガリウム、インジウム等)が離脱して抜け出すことをいい、昇華、蒸発および拡散が含まれる。また、半導体(または基板)の「主面」とは、その上に他の材料が積層(または形成)される場合における積層(形成)される側の表面をいう。
【0054】
次に、アニール装置内の不純物を排出するために排気して真空にした後に不活性ガスまたは混合ガスを流入することでガス置換を行う。その後に、気密状態に配置された第1窒化物層3をアニールする。このとき、第1窒化物層3が成膜された基板2の温度は1650℃以上1750℃以下で、かつ、窒素ガス、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガスまたは不活性ガスにアンモニアガスを添加した混合ガスの雰囲気で、アニールする。
【0055】
また、アニール装置内の不活性ガスまたは混合ガスの圧力は、0.1~10気圧(76~7600Torr)の範囲がアニール効果を期待できる範囲であるが、高温時の防爆強度等の関係から0.5~2気圧程度に設定される。原理的には、これらのガスに含まれるNの分圧が高い方がAlN緩衝層3の結晶性および表面荒れの抑制が期待できるが、ガスの圧力は1気圧前後に設定してもよい。ここで圧力単位の関係は1気圧=101,325Pa(パスカル)=760Torrである。
【0056】
このようなアニールによって、第1窒化物層3の貫通転位密度を低下させて結晶性を向上させることができる。
【0057】
なお、アニール装置は、一定の体積を持った加熱容器であって、基板温度を500℃~1800℃で制御できる機能、および、装置内に導入して置換するための不活性ガスおよび混合ガスの圧力と流量とを制御できる機能を有するものであればよい。アニール装置は、装置内に配置した第1窒化物層3が成膜された基板2をカバー部材が覆い、またはカバー部材を上向きに配置し、その上に第1窒化物層3が成膜された基板2を第1窒化物層3がカバー部材に接するように伏せて配置しても良い。さらにカバー部材と基板との間に任意の圧力を印加する機構を備えていてもよい。アニール装置は、複数枚の第1窒化物層3が成膜された基板2を同時に熱処理することが可能であってもよい。
【0058】
次に、第4工程(S24)における気密状態について説明する。
【0059】
気密状態とは、アニール装置内で実現される状態であり、第1窒化物層3の主面からそ
の成分(窒素、アルミニウム、ガリウム、インジウム等)が解離するのを抑制するためのカバー部材で第1窒化物層3の主面を覆った状態である。つまり、気密状態は、物理的な手法で、第1窒化物層3の主面からその成分が解離するのを抑制している。この状態では、カバー部材と第1窒化物層3の主面との間におけるガスが実質的に流れない滞留状態となる。このような気密状態で、窒化物半導体基板をアニールすることで、第1窒化物層3の主面からその成分が解離することによって主面が荒れてしまうことが抑制される。また、より高温でのアニールが可能となり、表面が平坦でかつ高品質の第1窒化物層3が形成された窒化物半導体基板1が実現される。
【0060】
なお、上記第1工程(S21)で準備される基板2は、サファイアに限定されず、サファイア、炭化ケイ素(SiC)および窒化アルミニウム(AlN)の少なくとも一つからなる基板であってもよい。
【0061】
また、上記第2工程(S22)で準備されるターゲット107は、窒化アルミニウムの焼結体に限定されず、AlGaIn(1-x-y)N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表わされる窒化アルミニウム(AlN)、窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)、または、窒化アルミニウムガリウムインジウム(AlGaInN)であってもよい。またはアルミニウムであってもよい。
【0062】
なお、第3工程(S23)のスパッタリングにおける不活性ガスは、窒素ガスに限らず、アルゴンガス、ヘリウムガス、または、窒素ガスとアルゴンガス、ヘリウムガスの混合気体でもよい。
【0063】
図3に示した窒化物半導体基板1の製造方法によれば、アニール処理に起因するクラックの発生を抑制することができる。
【0064】
ここで、クラックの具体例を顕微鏡写真で示す。図4Aは、クラックが生じていない窒化アルミニウム層の主面の光学顕微鏡写真を示す図である。図4Bは、クラックが生じている窒化アルミニウム層の主面の光学顕微鏡写真を示す図である。図4B中の複数の水平線及び斜め線が示すように、窒化アルミニウムの主面には、肉眼で目視可能な、あるいは典型的な光学顕微鏡で観察可能な窒化アルミニウム膜の破断が生じている。この膜の破断をクラックと呼ぶ。一方、図4Aではクラックが生じていない。図4Bのようなクラックは、窒化物半導体基板1を含む電子デバイスにおいて電流リークの原因となる。そのため、窒化物半導体基板1を用いた電子デバイスの作製において歩留まりを低下させる要因となる。また、クラックを起点として第1窒化物半導体層3が基板2から剥離する場合がある。剥離した第1窒化物層3は電子デバイス作製工程においてパーティクルとなり、歩留まりを低下させる要因となる。
【0065】
続いて、第1窒化物層3にクラックが生じるメカニズムについて説明する。アニール処理によって第1窒化物層3に生じるクラックは、第1窒化物層3に蓄積された歪が、第1窒化物層3の成膜時、アニール時、冷却時で変化することで、窒化物半導体基板に引っ張り歪が発生することが原因と考えられる。
【0066】
まず、窒化物半導体基板に蓄積される歪について説明する。
【0067】
図5は、実施の形態に係る窒化物半導体基板の圧縮歪および引っ張り歪を説明するための図である。図5では、サファイア基板の上に窒化アルミニウムが成膜された窒化物半導体基板を誇張して模式的に示している。図5の(a)は圧縮歪に関し、(b)は引っ張り歪に関する。
【0068】
図5の(a)において、窒化アルミニウム層には圧縮歪が蓄積している。より詳しくは、窒化アルミニウム層は、サファイア基板から主面と平行な方向に圧縮されるように力を受けている。この力によって、図5の(a)の上段に示すように、窒化アルミニウム層の結晶が主面と垂直な方向に伸びている。また、窒化アルミニウム層は、横方向に無理やり圧縮されているので主面と平行な方向に伸びようとする。その結果、図5の(a)の下段に示すように、窒化物半導体基板は、上に凸になるように反ることになる。
【0069】
図5の(b)において、窒化アルミニウム層には引っ張り歪が蓄積している。より詳しくは、窒化アルミニウム層は、サファイア基板から主面と平行な方向に引っ張られるように力を受けている。この力によって、図5の(b)の上段に示すように、窒化アルミニウム層の結晶が主面と平行な方向に伸びている。また、窒化アルミニウム層は、主面と平行な方向に無理やり引っ張られているので主面と平行な方向に縮もうとする。その結果、図5の(b)の下段に示すように、窒化物半導体基板は、下に凸になるように反ることになる。
【0070】
次に、製造過程における歪の変化について説明する。
【0071】
図6Aは、窒化アルミニウム層の製造過程における歪の変化を示す説明図である。同図では、図3の第3工程のスパッタリングではなく、従来のスパッタ法、有機金属気相成長法、ハイドライド気相成長法、または分子線エピタキシー法などにより、サファイア基板上に窒化アルミニウム層を成膜したことを前提とする。図6Aの横軸は、窒化アルミニウム層の製造における4つの状態(A)~(D)を示している。(A)の状態は、サファイア基板上に窒化アルミニウム層を成膜した直後の状態である。(B)の状態は、アニール処理において最高温度(1700℃)に到達した直後の状態である。(C)の状態は、最高温度でアニール中の状態のまま約3時間経過した状態である。(D)の状態は、アニール後に常温に到達した状態である。同図の縦軸は、窒化アルミニウム主面の格子歪率εαを示す。εαが正のときは引っ張り歪を示す。εαが負のときは圧縮歪を示す。
【0072】
図6Aでは、窒化アルミニウム層の製造時に蓄積される歪の変化を模式的に表している。具体的には、(A)の状態つまり成膜直後では、窒化アルミニウム層には引っ張り歪(a0)が生じている。(A)から(B)の状態にかけて、温度上昇に伴って引っ張り歪が大きくなっている。これは、AlNの熱膨張係数に対して基板(ここではサファイア基板を前提としている)の熱膨張係数が大きいことによる。(B)から(C)の状態にかけて、アニール中の固相反応により歪が緩和され、引っ張り歪が小さくなっていく。(C)の状態つまり1700℃の状態で約3時間経過した状態では、歪がほぼ0の状態(c0)になる。(C)から(D)の状態にかけて、温度低下によって圧縮歪が生じている。(D)の状態つまりアニール後に常温に達した状態では、圧縮歪(d0)になっている。このような窒化アルミニウム層に生じる歪は、サファイアと窒化アルミニウムの熱膨張係数差に起因する。図6A中の実線で示した工程では、(B)の状態つまりアニール処理において1700℃に到達した直後の状態で、引っ張り歪(b0)が最大になっている。実際には、(A)から(B)の状態へと昇温している過程においても、基板温度が高くなるに従い徐々に固相反応が開始し歪みが緩和されるため、窒化アルミニウム層の歪は図6A中の破線で示した経路をたどると推測される。図6A中、引っ張り歪は(b0)のタイミングで最大値になるとは限らないので、破線で示した曲線、つまり実際の変化経路の最大値を説明の便宜上(e0)とする。図6Aの引っ張り歪(a0)は、温度上昇に伴って引っ張り歪(e0)が大きくなっている。この引っ張り歪(e0)が大きいほどクラックが生じやすくなる。また、窒化アルミニウム層の膜厚が大きいほど、主面の引っ張り歪が大きくなり、クラックが生じやすくなる。クラックを抑制するためには上記した引っ張り歪みの最大値(e0)が大きくならない様にすることが重要である。
【0073】
次に、実施の形態に係る窒化物半導体基板1の製造方法における、クラックの発生を抑制するメカニズムについて説明する。
【0074】
図6Bは、実施の形態に係る窒化アルミニウム層の製造過程における歪の変化を示す説明図である。同図では、図3に示した製造方法によって、サファイア基板上に窒化アルミニウム層を成膜した場合を前提としている。図6Bの縦軸および横軸は図6Aと同じである。以下、異なる点を中心に説明する。
【0075】
(A)の状態つまりスパッタリングによる成膜直後では、窒化アルミニウム層には引っ張り歪ではなく、圧縮歪(a1)が生じている。成膜直後に図6Aでは引っ張り歪(a0)が生じていたのに対して、図6Bでは圧縮歪(a1)が生じる。成膜直後に窒化アルミニウム層に圧縮歪を蓄積させるには、図3の第3工程(S23)のスパッタ圧力を0.5Pa以下に低く設定することが、効果的であると考えられる。その理由としては、スパッタ圧力を低くすることにより、スパッタされた原子または分子が基板に到達するまでに散乱することを抑制するからである。より詳しくは、散乱の抑制は、スパッタされた原子または分子を、高いエネルギーを保持したまま基板に到達させることが可能であるからと考えられる。(A)成膜直後から(B)の1700℃到達直後の状態にかけて、温度上昇に伴って圧縮歪(a1)から引っ張り歪(b1)に変化している。(B)の状態つまりアニール処理において1700℃に到達した直後の状態では、引っ張り歪(b1)が最大になっている。しかしながら図6Aの(B)の状態における歪み(b0)よりも図6Bの(B)の状態における引っ張り歪み(b1)の方がe1としてe0より遙かに小さくできていることが分かる。(B)から(C)の状態にかけて、アニール中の固相反応により歪が緩和され、小さくなっている。(C)の状態つまり1700℃の状態のまま約3時間経過した状態では、歪がほぼ0の状態(c1)になる。(C)から(D)の状態にかけて、温度低下によって圧縮歪が生じている。(D)の状態つまりアニール後に常温に達した状態では、圧縮歪(d1)になっている。
【0076】
(B)の状態における図6Bの最大の引っ張り歪(e1)が、図6Aの最大の引っ張り歪(e0)よりも小さくなること、および歪み量の変遷を表す曲線全体を圧縮歪み側に制御できていることにより、図6Bでは図6Aと比べてクラックの発生を抑制することができる。図6Bの引っ張り歪(e1)が図6Aの引っ張り歪(e0)よりも小さいのは、(A)の状態で、図6Aでは引っ張り歪(a0)であるのに対して、図6Bでは圧縮歪(a1)になっているからである。また、図6Bでの歪の変化が、図6Aよりも小さくなっていることも、クラックの発生を抑制する要因になる。
【0077】
次に、基板2がサファイアでなく炭化シリコン(SiC)である場合の歪の変化について説明する。
【0078】
図6Cは、実施の形態に係る窒化アルミニウム層の製造過程における歪の変化を示す他の説明図である。同図では、図3に示した製造方法によって、炭化シリコン(SiC)基板上に窒化アルミニウム層を成膜した場合を前提としている。図6Cの縦軸および横軸は図6Aと同じである。以下、異なる点を中心に説明する。
【0079】
(A)の状態つまりスパッタリングによる成膜直後では、窒化アルミニウム層には引っ張り歪ではなく、圧縮歪(a2)が生じている。成膜直後に図6Aでは引っ張り歪(a0)が生じていたのに対して、図6Cでは圧縮歪(a2)が生じている。成膜直後に窒化アルミニウム層に圧縮歪を蓄積させるには、図3の第3工程(S23)のスパッタリングのスパッタ圧力を0.5Pa以下に低く設定することが、効果的であると考えられる。(A)から(B)の状態にかけて、温度上昇に伴って圧縮歪が大きくなっている。これは、AlNの熱膨張係数に対して基板(ここではSiC基板を前提としている)の熱膨張係数が小さいことによる。(B)の状態つまりアニール処理において1700℃に到達した直後の状態では、圧縮歪(e2)が最大になっている。(B)から(C)の状態にかけて、アニール中の固相反応により歪が緩和され、小さくなっている。(C)の状態つまり1700℃の状態のまま約3時間経過した状態では、歪がほぼ0の状態(c2)になる。(C)から(D)の状態にかけて、温度低下によって引っ張り歪が生じている。(D)の状態つまりアニール後に常温に達した状態では、引っ張り歪(d2)になっている。
【0080】
図6Cの引っ張り歪は、状態Dにおいて最大になっている。この最大の引っ張り歪(d2)は、(A)の状態における歪が、圧縮歪(a2)であることにより、引っ張り歪(d2)の大きさが抑制されていると考えられる。言い換えれば、(A)の状態における歪が、引っ張り歪である場合と比べて、(D)状態における引っ張り歪が小さくなっていると考えられる。これにより、図6Cでもクラックの発生を抑制することができる。
【0081】
図6B図6Cによれば、図3に示した窒化物半導体基板1の製造方法は、アニール処理に起因するクラックの発生を抑制することができる。また、クラックの発生を抑制した状態で第1窒化物半導体層3の膜厚を厚くすることができる。
【0082】
次に、実施の形態に係る窒化物半導体基板1の製造方法において窒化アルミニウム層の膜厚とスパッタ圧力とを変化させて、クラックの発生の有無を評価した結果について説明する。
【0083】
次に、窒化アルミニウム層の膜厚、スパッタ圧力およびクラックの関係について説明する。
【0084】
図7Aは、実施の形態に係る窒化アルミニウム層の膜厚、スパッタ圧力およびクラックの関係を示す図である。
【0085】
同図では、0.03Pa~0.8Paの範囲内の6つのスパッタ圧力と、160nm~850nmの範囲内の9つの膜厚との組み合わせで、窒化物半導体基板1を作製した結果を示している。図中の531-5、531-4等の数字は、窒化物半導体基板1の試料番号であり、ここではウェハの番号である。同図では、スパッタ条件は、次の通りである。ターゲット107は直径10cmのAlNの焼結体である。基板温度は600℃である。ターゲット107と基板2の間の距離は14cmである。高圧電源109の出力は700Wである。不活性ガスは窒素ガスであり、アルゴンガスを含まない。窒素ガスの流量は、24sccmである。スパッタ圧力の制御は、バルブ103の開閉度により調整した。このときの成膜レートは、約3nm/分である。アニール温度は1700℃であり、室温から1700℃まで1.5時間かけて昇温したのち3時間保持し、約4時間かけて室温まで降温する。
【0086】
図7Aにおいて、ハッチングのない試料番号は、対応する窒化物半導体基板1にクラックが発生していないことを示す。細かいハッチング付きの試料番号は、対応する窒化物半導体基板1の、ウェハ外周から5mmの領域よりも内側にクラックが発生していたことを示す。具体的には、圧力をa、膜厚をbとしたとき、(a、b)の組が、(0.05Pa、640nm)、(0.1Pa、480nm)、(0.2Pa、320nm)および(0.4Pa、240nm)の試料ではクラックが発生していた。
【0087】
また、粗いハッチング付きの試料番号は、同時条件でスパッタ成膜およびアニールを施した複数枚の対応する窒化物半導体基板1において、クラックが存在しない試料とクラックが存在する試料とが混在していることを示す。典型的には、粗いハッチング付きの試料番号は、対応するウェハの中央部分にはクラックが存在しないが、ウェハの周辺部分には
クラックが生じている可能性がある場合をいう。具体的には、(0.05Pa、560nm)、(0.1Pa、400nm)、および(0.2Pa、240nm)の試料番号は、対応する窒化物半導体基板1のウェハの周辺部分にクラックが生じている可能性があることを示す。
【0088】
なお、スパッタ圧力が0.8Pa以上の場合、スパッタ時に発生する引っ張り歪が小さくなるため、クラックが発生しにくくなる。しかし、0.8Pa以上の場合、0.4Pa以下の圧力で成膜した場合と比較して、アニールを施した後の結晶性が大幅に低下してしまうので成膜条件としては不適当である。
【0089】
図7Aに示すように、窒化アルミニウム層の膜厚が厚いほど、クラックが発生しやすい。また、スパッタ圧力が高いほど、より薄い膜厚でもクラックが発生しやすいことがわかる。同図に示す破線はクラックの発生を抑制する境界と見ることができる。このことから、図3の第3工程(S23)では、成膜すべき窒化アルミニウム層の膜厚が大きいほどスパッタ圧力を小さくすればよい。具体的には、スパッタ圧力をa以下、窒化アルミニウム層の膜厚をb以下としたとき、(a、b)の組は、同図の破線を境界として(0.05Pa、560nm)、(0.1Pa、400nm)、(0.2Pa、240nm)の少なくとも1つを満たすようにしてもよい。ただし、(a、b)の組が破線の境界付近であるときは、クラックが発生するかもしれないので、より確実にクラックのない窒化物半導体基板1を作製するために、対応するウェハの周辺部分を廃棄し、中央部分を窒化物半導体基板1として利用するようにしてもよい。
【0090】
また、さらに確実にクラックの発生を抑制、または、クラックの発生を防止するために、(a、b)の組は、同図の破線からマージンを設けて(0.03Pa、850nm)、(0.05Pa、480nm)、(0.1Pa、320nm)および(0.2Pa、160nm)の少なくとも1つを満たすようにしてもよい。こうすれば、ウェハの中央部分だけでなく周辺部分でもクラックの発生をさらに確実に抑制することができる。この場合においてスパッタ圧力、膜厚が上記以外の値の場合は、横軸膜厚、縦軸スパッタ圧力のグラフ上で上記点を結んだ近似曲線上から、膜厚、スパッタ圧力を選べば良い。スパッタ圧力に関しては0.4Pa以下で、近似曲線から求められる値より低い値を選べば良い。
【0091】
より具体的に、近似曲線を用いてクラックの発生を抑制可能な膜厚およびスパッタ圧力の組を選択する第1~第3の具体例について図7B図7Dを用いて説明する。
【0092】
まず、第1の具体例について説明する。図7Bは、図7Aに基づいてクラックの発生を抑制可能な膜厚およびスパッタ圧力の組を選択する第1の具体例を示す図である。同図の横軸は膜厚を、縦軸はスパッタ圧力を示す。白色の丸印は、図7Aの細かいハッチングの膜厚およびスパッタ圧力の組に対応する。灰色の丸印は、図7Aの粗いハッチングの膜厚およびスパッタ圧力の組に対応する。黒色丸印は、図7Aのハッチングのない膜厚およびスパッタ圧力の組に対応する。
【0093】
クラックを効果的に抑制するためには、スパッタ圧力P(Pa)とAlN膜厚T(nm)との組が以下の(1.1)~(1.3)式を満たせばよい。すなわち、図7Bの網掛けの領域に含まれていればよい。
(1.1)P≦0.4Pa (T≦240nm)
(1.2)P≦31117×T-2.06(Pa) (240nm≦T≦640nm)
(1.3)P≦0.05Pa (T≧640nm)
【0094】
上記の(1.2)式は同図中の(0.4Pa、240nm),(0.2Pa、320n
m),(0.1Pa、480nm),(0.05Pa、640nm)の4点を、両対数グラフ中で直線近似した式である。
【0095】
次に第2の具体例について説明する。図7Cは、図7Aに基づいてクラックの発生を抑制可能な膜厚およびスパッタ圧力の組を選択する第2の具体例を示す図である。図7Cは、図7Bと比べて、クラック発生をさらに抑制できる範囲を示している。以下、異なる点を中心に説明する。
【0096】
クラックをさらに効果的に抑制するためには、スパッタ圧力P(Pa)とAlN膜厚T(nm)との組が以下の(2.1)~(2.3)式の関係を満たせばよい。すなわち、図7Cの網掛けの領域に含まれていればよい。
(2.1)P≦0.4Pa (T ≦ 160 nm)
(2.2)P≦1436×T-1.61(Pa) (160nm≦T≦560nm)
(2.3) P≦0.05Pa (T≧560nm)
【0097】
上記の(2.2)式は、(0.2Pa、240nm),(0.1Pa、400nm),(0.05Pa、560nm)の3点を、両対数グラフ中で直線近似した式である。
【0098】
さらに、第3の具体例について説明する。図7Dは、図7Aに基づいてクラックの発生を抑制可能な膜厚およびスパッタ圧力の組を選択する第3の具体例を示す図である。図7Dは、図7Cと比べて、クラック発生をさらに抑制できる範囲、または、クラックの発生を防止するする範囲を示している。以下、異なる点を中心に説明する。
【0099】
クラックをさらに効果的に抑制または防止するためには、スパッタ圧力P(Pa)とAlN膜厚T(nm)との組が以下の(3.1)~(3.3)式の関係を満たせばよい。すなわち、図7Dの網掛けの領域に含まれていればよい。
(3.1) P≦0.2Pa (T≦160nm)
(3.2) P≦76.6×T-1.17(Pa) (160nm≦T≦850nm)
(3.3) P≦0.03Pa(T≧850nm)
【0100】
上記の(3.2)式は、(0.2Pa、160nm),(0.1Pa、320nm),(0.05Pa、480nm),(0.03Pa、850nm)の4点を、両対数グラフ中で直線近似した式である。
【0101】
図7A図7Dによれば、クラック発生を抑制可能であり、しかも、抑制する程度も制御することができる。
【0102】
続いて、実施の形態に係る窒化物半導体基板1の製造方法により作製した試料を評価した結果について説明する。
【0103】
図8は、実施の形態に係るアニール前の窒化物半導体基板1のX線回折装置(XRD:X-Ray Diffraction)によるX線回折測定結果を示す図である。同図は、X線回折装置(
XRD)による窒化アルミニウム層の(0002)面の2θ-ωスキャン結果を示す。同図の横軸は、2θつまり入射X線方向と回折X線方向とのなす角度を示す。縦軸は、回折
X線の強度を示す。また、同図では、AlN膜の膜厚が160nmで、スパッタ圧力が0.05Pa、0.1Pa、0.2Paの場合の2θ-ωプロファイルを示す。一般に強度ピークに対応する2θの値は、c軸格子定数が大きい場合は小さくなる(c軸格子定数が小さい場合は大きくなる)。同図ではスパッタ圧力が小さいほど、強度ピークの2θの値が低角側になっており、c軸格子定数が増大している。c軸格子定数が増大している状態は、図5の(a)に模式的に示した窒化物半導体基板1の状態に対応し、圧縮歪が蓄積している。言い換えれば、図8は、スパッタ圧力が小さいほど、窒化アルミニウム層には大きい圧縮歪が蓄積することを示している。
【0104】
図9Aは、実施の形態に係るアニール前の窒化物半導体基板1のラマン分光測定結果を示す図である。同図の横軸はラマンシフト量と呼ばれる波数(cm-1)を示す。縦軸は、ラマン散乱光の強度を示す。同図では、5つの異なるスパッタ圧力で作製した膜厚240nmの窒化アルミニウム層についてのラマンスペクトルを示している。図中の矢印は、窒化アルミニウム層のE highピークを示している。
【0105】
ここで、ラマン分光法とは、試料に光を照射したときに生じるラマン散乱光から結晶構造や構造品質を評価する測定手法である。ラマン散乱光の波長は試料の結晶構造を反映して、格子振動の固有モードに対応したフォノンエネルギー分だけ入射光より長波側にシフトすることが知られており、この変化量をラマンシフト量と呼んでいる。窒化アルミニウム層のラマンスペクトル中のピークはいくつか存在するが、このうち代表的なE highピークは、結晶中の歪量に比例してラマンシフト量が変化することが知られている。
【0106】
図9Aでは、0.8Paを除外して、スパッタ圧力が小さいほどE highピークに対応するラマンシフト量が高波数側になっている。つまり、スパッタ圧力が小さいほど、大きい圧縮歪が蓄積されることを示している。なお、スパッタ圧力が0.8Paのケースを除外しているのは、図7Aの説明で既に述べたように、0.8Pa以上の場合、結晶性が大幅に低下してしまうので成膜条件としては不適当であることによる。
【0107】
図9Bは、実施の形態に係るアニール前の窒化物半導体基板のラマン分光測定結果を示す図である。図中の矢印は、窒化アルミニウム層のA(LO)モードのピークを示している。図9Bは、A(LO)モードのピーク値を示す点以外は、図9Aと同じである。
【0108】
図9Bでは、スパッタ圧力が小さいほどA(LO)ピークに対応するラマンシフト量が高波数側になっている。つまり、スパッタ圧力が小さいほど、大きい圧縮歪が蓄積されることを示している。
【0109】
図10Aは、実施の形態に係るアニール後の窒化物半導体基板の(0002)面のX線ロッキングカーブ測定の結果を示す図である。図10Bは、実施の形態に係るアニール後の窒化物半導体基板の(10-12)面のX線ロッキングカーブ測定の結果を示す図である。図10Aおよび図10Bは、X線回折装置(XRD)でAlN膜の膜厚が480nmで、スパッタ圧力が0.05Paの場合の窒化アルミニウム層の(0002)面におけるX線回折と(10-12)面におけるX線回折のロッキングカーブ(XRC)測定を行った結果を示す。
【0110】
窒化アルミニウム層の結晶性は、(0002)面および(10-12)面のX線ロッキングカーブ測定で得られる回折ピークの半値全幅(FWHM:Full Width at Half Maximum、以下単に半値幅と呼ぶ)の値により確認することができる。このXRC半値幅が小さいほど、つまり、得られる回折ピークがシャープなほど結晶性が良好であることを示す。なお、XRCの半値幅の単位は、角度を表わすarcsec(”)である。
【0111】
図10Aでは(0002)面におけるXRC半値幅は12.9arcsecである。また、図10Bでは(10-12)面におけるXRC半値幅は122.8arcsecである。
【0112】
これらの測定結果を含み、2インチウェハ形状の窒化物半導体基板1の外周から5mmの範囲を除いた領域における典型的な半値幅は、以下を満たす。すなわち、窒化アルミニウム層である窒化物層の(0002)面におけるX線ロッキングカーブの半値幅は15arcsec以下であり、(10-12)面におけるX線ロッキングカーブの半値幅が150arcsec以下であり、130arcsec以下のものもある。この半値幅は、窒化アルミニウム層の結晶性が非常に良好であることを示している。
【0113】
図11は、実施の形態に係るアニール後の窒化物半導体基板の膜厚と貫通転位密度との関係を示す図である。また、図12は、図11のサンプルデータに対応する窒化物半導体基板の平面TEM像を示す図である。図11の横軸は、窒化アルミニウム層の膜厚を示す。縦軸は、貫通転位密度(TDDs:Threading Dislocation Densities)を示す。図12の平面TEM像は、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)による平面視における画像である。図11の4点つまり膜厚が160nm、180nm、320nmおよび480nmに対応する点は、図12の4つの画像(a)~(d)に対応している。図11の4点が示す貫通転位密度は、図12の(a)~(d)に記載の貫通転位密度をプロットしたものであり、画像に出現する暗点(暗点は貫通転位に対応する)の個数を計数することによって導出された値である。
【0114】
図12の(a)では、膜厚153nmの窒化アルミニウム層の貫通転位密度は1.05×10cm-2であり、(0002)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅(FWHM)が39arcsecであり、(10-12)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅(FWHM)が332arcsecである。
【0115】
図12の(b)では、膜厚173nmの窒化アルミニウム層の貫通転位密度は8.81×10cm-2であり、(0002)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅(FWHM)が33arcsecであり、(10-12)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅(FWHM)が302arcsecである。
【0116】
図12の(c)では、膜厚312nmの窒化アルミニウム層の貫通転位密度は5.96×10cm-2であり、(0002)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅(FWHM)が23arcsecであり、(10-12)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅(FWHM)が218arcsecである。
【0117】
図12の(d)では、膜厚418nmの窒化アルミニウム層の貫通転位密度は3.59×10cm-2であり、(0002)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅(FWHM)が19arcsecであり、(10-12)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅(FWHM)が196arcsecである。
【0118】
図11および図12によれば、窒化アルミニウム層の膜厚が厚くなるほど、アニール後の貫通転位密度が減少する傾向があることがわかる。例えば、膜厚500nm以上では、窒化アルミニウム層の貫通転位密度は3.6×10cm-2以下にすることができる。
【0119】
次に、アニール温度と窒化アルミニウム層の結晶性との関係について説明する。
【0120】
図13Aは、実施の形態に係る窒化物半導体基板のアニール温度と(0002)面のXRC半値全幅との関係を示す図である。図13Bは、実施の形態に係る窒化物半導体基板のアニール温度と(10-12)面のXRC半値全幅との関係を示す図である。
【0121】
図13Aおよび図13Bにおいて横軸はアニール温度を示す。縦軸はXRCの半値幅を示す。図13Aおよび図13Bでは、縦軸のXRC半値幅は小さいほど結晶性が良いこと
を示す。
【0122】
図13Aでは、半値幅の値はアニール温度に対する依存性がない。また、図13Aに示す(0002)面の半値幅は、図13Bに示す(10-12)面の半値幅と比べて、十分に小さい値であるため、貫通転位密度には大きな影響を与えないと言える。
【0123】
図13Bでは、アニール温度が高いほど、半値幅が単調に減少し、結晶性が向上している。
【0124】
次に、アニール温度の範囲について説明する。
【0125】
図14は、欠陥が生じた窒化物半導体基板1の光学顕微鏡写真を示す図である。同図は、1750℃のアニール温度で作製した窒化アルミニウム表面の顕微鏡写真を示す。同図中の表面が荒れている不定形の複数の領域は、肉眼で確認できるような大きな欠陥を示している。この欠陥は、アニール温度が高すぎる場合に、窒化アルミニウム層とサファイア基板の界面におけるサファイア基板の分解、または、窒化アルミニウム層とサファイア基板の反応による酸窒化アルミニウム(AlON)の形成により生じると考えられる。欠陥は、歩留まり低下の原因となる。
【0126】
アニール温度が1750℃を超えると欠陥が現れ始めることから、アニール温度は、1650℃~1750℃の範囲内でよい。また、図13Aおよび図13Bの結果から、結晶性を良好にするには1725℃程度でよい。
【0127】
次に、窒化アルミニウム層の膜厚と、結晶性との関係について説明する。
【0128】
図15は、実施の形態に係るアニール後の窒化物半導体基板1の膜厚と(10-12)面のXRC半値全幅との関係を示す図である。
【0129】
同図の横軸は、窒化アルミニウム層の膜厚を示す。縦軸はXRCの半値幅を示す。同図では、異なる5つのスパッタ圧力で成膜したアニール後の窒化アルミニウム層を測定対象としている。XRCの半値幅は、小さいほど結晶性が良いことを示している。図中で、塗りつぶしのマークはクラックが発生していない試料を、白抜きのマークはクラックが発生またはクラックがある可能性のある試料を示す。同図では、0.8Paを除くスパッタ圧力で400nmから700nmの膜厚で半値幅が極小、つまり結晶性が良くなっていることがわかる。また、スパッタ圧力が低くなるにつれて、XRCの半値幅が極小値を取る膜厚が厚くなっていることがわかる。
【0130】
次に、窒化アルミニウム層の表面の凹凸状態について説明する。
【0131】
図16は、実施の形態に係る異なるスパッタ圧力でのアニール後の窒化物半導体基板1の表面形状を示す図である。
【0132】
同図の(a)~(e)の5つの画像は、図7Aに示した5種類のスパッタ圧力で成膜した膜厚が240nmの窒化アルミニウム層の表面の凹凸を示す原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)による画像である。各画像は5μm×5μmに対応する。画
像の濃淡は窒化アルミニウム層表面の凹凸を示している。すなわち、図16の(a)および(b)では、白と黒は1nmの凹凸を示す。同図の(c)および(d)では、白と黒は2nmの凹凸を示す。同図の(e)では、白と黒は10nmの凹凸を示す。各画像の表面荒さRMS(Root Mean Square)値は表面の平坦さを示し、その値が小さいほど平坦であることを意味する。
【0133】
図16では、スパッタ圧力が低いほど、窒化アルミニウムの表面がより平坦になっている。これは、スタッパ圧力を高くすれば、複数の単原子層ステップあるいは単分子層ステップが会合するステップバンチングが発生し、大きな凹凸が形成される。また、スパッタ成膜中にAlN膜中に混入した酸素不純物がアニールに伴ってAlN膜表面付近に析出し酸化物を形成することによって多数の突起が形成され、表面の平坦さが低下するからだと考えられる。
【0134】
図17は、実施の形態に係る異なる膜厚でのアニール後の窒化物半導体基板1の表面形状を示す図である。
【0135】
同図の(a)~(g)の7つの画像は、図7Aに示した7種類の膜厚に対応するスパッタ圧力0.05Paで成膜した窒化アルミニウム層の表面凹凸を示すAFMによる画像である。各画像は、図16と同様に窒化アルミニウム層表面の平坦さを表わしている。
【0136】
図17の(a)~(f)は、膜厚が薄いほど平坦であることを示している。膜厚6400nmの同図の(g)では、図7Aに示したように、クラックが発生している。膜厚560nmの同図の(f)では、図7Aに示したように、クラックが発生しているかもしれない。同図の(a)~(e)は良好な平坦さを示している。
【0137】
以上説明してきたように、本実施の形態における窒化物半導体基板1の製造方法は、以下の結晶品質を満たす。すなわち、窒化アルミニウム層である窒化物層の(0002)面におけるX線ロッキングカーブの半値幅は15arcsec以下であり、(10-12)面におけるX線ロッキングカーブの半値幅が150arcsec以下であり、貫通転位密度が3.6×10cm-2以下である。そのため本発明の製造方法の実現可能範囲として、(0002)面におけるX線ロッキングカーブの半値幅は100arcsec以下、(10-12)面におけるX線ロッキングカーブの半値幅が300arcsec以下、貫通転位密度が1×10cm-2以下とすることができる。
【0138】
本実施の形態における窒化物半導体基板1の製造方法は、スパッタ装置内に基板を準備する第1工程と、前記スパッタ装置内に成膜材料であるターゲットを準備する第2工程と、0.5Paよりも小さい内圧で前記ターゲットをスパッタリングすることにより、前記ターゲット材料の組成を含む窒化物層を前記基板上に成膜する第3工程と、を有する。
【0139】
これによれば、アニール処理に起因するクラックの発生を抑制することができる。なぜなら、スパッタ圧力を0.5Pa以下に低くすることにより、スパッタされた原子または分子が基板に到達するまでに散乱することを抑制するからである。言い換えれば、スパッタされた原子または分子を、高いエネルギーを保持したまま基板に到達させ、基板に対して垂直に入射させるからである。
【0140】
ここで、前記窒化物層の膜厚は、560nm以下であってもよい。
【0141】
これによれば、560nm以下の膜厚でクラックの発生を効果的に抑制することができる。
【0142】
ここで、前記窒化物層の膜厚が大きいほど前記内圧を小さくしてもよい。
【0143】
これによれば、膜厚とスパッタ圧力(内圧)との組み合わせに応じて、クラックの発生を効果的に抑制することができる。
【0144】
ここで、前記内圧をa以下、前記窒化物層の膜厚をb以下としたとき、(a、b)の組は、(0.03Pa、850nm)、(0.05Pa、480nm)、(0.1Pa、320nm、(0.2Pa、160nm)の少なくとも1つを満たし、または、a、bが(1)a≦0.2Paかつb≦160nm、(2)a≦76.6×T-1.17(Pa)かつ160nm≦b≦850nm(3)a≦0.03Paかつb≧850nmのいずれかひとつに含まれる範囲の中から選択されてもよい。
【0145】
これによれば、膜厚とスパッタ圧力との組み合わせを制限することにより、クラックの発生を効果的に抑制することができる。
【0146】
ここで、前記第3工程において、前記基板と前記ターゲットとの間に高周波電圧を印加してもよい。
【0147】
これによれば、高周波電圧を利用するスパッタリングを利用することができる。
【0148】
ここで、前記基板は、サファイア、炭化ケイ素、シリコンおよび窒化アルミニウムの少なくとも一つからなり、前記ターゲットは、AlGaIn(1-x-y)N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表される窒化アルミニウム、窒化アルミニウムガリウム、窒化アルミニウムガリウムインジウム、または、アルミニウムであってもよい。
【0149】
これによれば、これらの基板とターゲットの組み合わせにおいてクラックの発生を抑制することができる。
【0150】
ここで、前記第3工程の後に、前記窒化物層が成膜された前記基板をアニールする第4工程を有していてもよい。
【0151】
これによれば、クラック発生の抑制に加えて、高温のアニール処理によって結晶性を向上させることができる。
【0152】
ここで、前記基板はサファイア基板であり、前記ターゲットは窒化アルミニウムの焼結体またはアルミニウムであり、前記窒化物層は窒化アルミニウムからなっていてもよい。
【0153】
ここで、前記第3工程後に、前記窒化物層が成膜された前記基板を、1400℃以上1750℃以下の温度でアニールする第4工程を有していてもよい。
【0154】
これによれば、クラックの発生を抑制し、かつ、結晶性を向上させることができる。
【0155】
ここで、前記第4工程後における、前記窒化物層の(0002)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅が100arcsec以下であり、前記窒化物層の(10-12)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅が300arcsec以下であり、前記窒化物層の貫通転位密度が1.0×10cm-2以下であってもよい。
【0156】
また、本実施の形態における窒化物半導体基板1の製造方法は、圧縮歪を有する窒化アルミニウム層を基板上に形成する第1ステップと、前記窒化アルミニウム層が形成された前記基板をアニールする第2ステップと、前記第2ステップの後に前記基板を冷却することにより、前記窒化アルミニウム層の歪を、圧縮歪および引っ張り歪の一方である第1の歪から、圧縮歪および引っ張り歪の他方である第2の歪に変化させる第3ステップと、を有する。
【0157】
これによれば、アニール処理に起因するクラックの発生を抑制することができる。
【0158】
ここで、前記基板はサファイア基板であり、前記第1の歪は引っ張り歪であり、前記第2の歪は圧縮歪であり、前記第2ステップにおいて、前記窒化アルミニウム層の歪を圧縮歪から引っ張り歪に変化させてもよい。
【0159】
ここで、前記基板が炭化シリコン基板であり、前記アニール中の前記窒化アルミニウム層は圧縮歪を有し、前記第1の歪は圧縮歪であり、前記第2の歪は引っ張り歪であってもよい。
【0160】
また、本実施の形態における窒化物半導体基板1、基板と、前記基板上に形成された窒化物層とを有し、前記窒化物層の膜厚は560nm以下であり、前記窒化物層の(0002)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅が100arcsec以下であり、前記窒化物層の(10-12)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅が300arcsec以下である。
【0161】
これによれば、アニール処理に起因するクラックの発生を抑制することができる。
【0162】
ここで、前記窒化物層の膜厚は160nm以上であり、転位密度が1×10cm-2以下であってもよい。
【0163】
これによれば、窒化物層の結晶性を良好にすることができる。
【0164】
ここで、前記基板は、サファイア、炭化ケイ素および窒化アルミニウムの少なくとも一つからなり、前記窒化物層は、AlGaIn(1-x-y)N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表される窒化アルミニウム、窒化アルミニウムガリウム、または、窒化アルミニウムガリウムインジウムであってもよい。
【0165】
ここで、前記基板はサファイア基板であり、前記窒化物層は窒化アルミニウムからなっていてもよい。
【0166】
上記した様に0.5Pa以下という極低圧力でスパッタリングを行うことで、スパッタ成膜が完了したのち常温状態に置かれたAlNに発生している引っ張り歪みを無くすか、小さくして圧縮歪み側に調整することが可能となる。これによりアニール時にAlNに発生する引っ張り歪の最大値を小さくするか、アニール時にAlNに引っ張り歪が発生せず常に圧縮歪みが印加された状態を保つことで、クラックを抑制できる。アニール時の引っ張り歪みの絶対値を下げることは、上記クラック抑制を実現するために重要な要素である。さらにアニール処理と併用することで、160nmから560nmという薄い膜厚での非常に高い結晶品質の実現ができるものである。ここで、結晶品質の数値としては、窒化物層の(0002)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅が15arcsec以下、(10-12)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅が130arcsec以下、窒化物層の貫通転位密度が3.6×10cm-2以下であり、今日までに、同程度の膜厚を有するAlN薄膜に関して報告されている例と比較して、非常に高品質なレベルを達成している。ここで(0002)回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅は、(0002)面におけるX線ロッキングカーブの半値幅と同意義で使用しており、正確には(0002)面からの回折におけるX線ロッキングカーブの半値幅のことを指している。
【0167】
(変形例)
続いて、実施の形態で説明した窒化物半導体基板の変形例について説明する。
【0168】
図1に示した、基板2と第1窒化物層3とを有する窒化物半導体1は、例えば、第1窒化物層3をAlNテンプレート層として、その上に一層以上のAlGaN層が形成され、紫外発光素子等の発光ダイオードとして利用可能である。
【0169】
この発光ダイオードにおいて、本願発明者らは、上記のAlGaN層にヒロックが発生することがあり、発光ダイオードの発光効率を低下させることがあるという問題を見出した。ここでヒロックとは、層表面から盛り上がった大きな錘状の凸部をいう。このヒロックは、層表面の平坦性を低下させる原因になる。
【0170】
変形例では、上記ヒロックの発生を抑制する窒化物半導体1および発光ダイオードの構成例について説明する。
【0171】
まず、変形例の概要を説明する。変形例では、図1に示した基板2がサファイア基板であり、サファイア基板の表面のうち第1窒化物層3が形成される表面が、サファイア基板の結晶面に対して所定のオフ角を有している。所定のオフ角は、例えば、サファイア基板のc面に対して0.2°よりも大きく、1.0°以下である。また好ましくは0.4°より大きく1.0°以下である。基板2が所定のオフ角を有することにより、上記のヒロックの発生を抑制することができる。
【0172】
次に図面を用いて変形例の詳細について説明する。
【0173】
図18は、実施の形態の変形例に係る窒化物半導体1を含む発光ダイオード1aの積層構造例を示す概略図である。同図の発光ダイオード1aは、図1に示した基板2および第1窒化物層3を有する窒化物半導体1を含み、窒化物半導体1の上に形成された複数の層を有する。
【0174】
図18の発光ダイオード1aは、基板2と、第1窒化物層3(ここではAlNテンプレート層)と、平坦化層4fと、緩衝層5と、電子注入層6と、発光層7と、電子ブロック層8、正孔注入層9、電極コンタクト層10cとが順に形成されている。
【0175】
基板2および第1窒化物層3(AlNテンプレート層)は、図1とほぼ同じである。ただし、図18の基板2はサファイア基板であり、第1窒化物層3が成される基板2の表面は、c面に対して0.2°よりも大きく、1.0°以下のオフ角を有する。
【0176】
なお、平坦化層4fから電極コンタクト層10cまでのいずれか1層が、上記のAlGaN層に該当し、1150℃以上の温度でのエピタキシャル成長により、AlNテンプレート層の上方に成膜される。
【0177】
AlNテンプレート層3は、図3に示したように、スパッタリング法を用いて基板2上に形成されるテンプレート層である。AlNテンプレート層3は、エピタキシャル成長のテンプレートとして用いることができる。テンプレート層の材料としてAlNを選定した理由は以下のとおりである。AlNの特徴は、AlNの格子定数が紫外発光ダイオードの発光層として利用されるAlGaNの格子定数と良好な整合をとり得ること、紫外光の透過率が高いこと、熱伝導率が高いこと、の3点である。これら特徴が、テンプレートとして最適であると考えられるためである。
【0178】
平坦化層4fは、AlN層であるが、これに限らない。例えば、平坦化層4fは、AlxGayIn(1-x-y)N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表わされる窒化アルミニウム(AlN)、窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)、または、窒化アルミニウムガリウムインジウム(AlGaInN)であってもよい。平坦化層4fは、スパッタリング法を用いて作製したAlNテンプレート層3の表面を平坦化するために用いられる。さらに、平坦化層4fは、格子定数を整合する役割も担う。例えば、AlN(例えばテンプレート層3)の上方へ、AlGaN-MQW(例えば発光層7)を成膜する場合、AlNとAlGaN-MQWの格子定数がそれぞれ異なるため、AlNとAlGaN-MQWの間に格子定数を整合する層を挿入する必要がある。平坦化層4fは、その格子定数を整合する層として機能する。
【0179】
緩衝層5は、AlGaN層であるが、これに限らない。緩衝層5は、平坦化層4fと同様に、例えば、AlxGayIn(1-x-y)N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表わされるAlN、AlGaN、または、AlGaInNであってもよい。緩衝層5は、平坦化層4fと同様に格子定数を整合する層として機能する。
【0180】
電子注入層6は、n-AlGaN層であるが、これに限らない。平坦化層4f、緩衝層5と同様に、例えば、AlxGayIn(1-x-y)N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表わされるAlN、AlGaN、または、AlGaInNであってもよい。さらに、電子注入層6は、電子注入する機能を発揮することを目的として、n型半導体であることが望ましい。また、電子注入層6は、電子輸送する機能を併せて発揮してもよい。電子注入層6は、n型半導体として機能するために、ドーピング材料として、例えばSi(ケイ素)、Ge(ゲルマニウム)、Sn(スズ)、O(酸素)、S(硫黄)、Se(セレン)、Te(テルル)を用いることができるが、実施の形態においては、Siを用いる。
【0181】
なお、実施の形態においては、この電子注入層6を、1150℃以上の温度でのエピタキシャル成長により、AlNテンプレート層の上方に成膜されるAlGaN層として取り扱う。ただし、上述したように、平坦化層4fから電極コンタクト層10cまでのいずれか1層が、1150℃以上の温度でのエピタキシャル成長により、AlNテンプレート層の上方に成膜されるAlGaN層であってもよい。
【0182】
また、発光層7は、異なるAl組成を有する複数のAlGaN層で形成されたMQW(multiple quantum well)層である。MQWとは、量子井戸を複数重ねた多重量子井戸の構造である。この発光層7は、電子注入層6及び正孔注入層9から、電子及び正孔が注入される。この発光層7の中で、電子と正孔が再結合し、光を発する。すなわち、この発光層7の伝導帯と価電子帯のエネルギー差であるバンドギャップが大きいほど、波長の短い光を発することができる。AlGaNは、AlとGaとの組成比を制御することができるため、それぞれのバンドギャップである3.4eV(GaN)から6.0eV(AlN)までの任意のバンドギャップをもつことができる。この領域は、紫外発光の領域となるため、AlGaNは、紫外発光ダイオードの発光材料として、適している。
【0183】
電子ブロック層8は、AlN層であるが、これに限らない。平坦化層4f、緩衝層5、電子注入層6と同様に、例えば、AlxGayIn(1-x-y)N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表わされるAlN、AlGaN、または、AlGaInNであってもよい。電子ブロック層8は、電子注入層6から注入された電子が、発光層7から正孔注入層9側へ漏れ出ることを防ぐために用いられる。そのため、電子注入層8は発光層7よりも大きなバンドギャップを有する材料で構成されることで効果的に機能する。電子ブロック層8は、異なるバンドギャップを有する複数の材料を積層した構造であってもよい。電子ブロック層8は、電子ブロック層8の中で、積層方向に対してバンドギャップが連続的に変化する構造であってもよい。電子ブロック層8は、p型半導体化するために、Al、Ga,In,N以外の元素が不純物としてドーピングされていてもよい。
【0184】
正孔注入層9は、p-AlGaN層であるが、これに限らない。正孔注入層9は、平坦化層4f、緩衝層5、電子注入層6、電子ブロック層8と同様に、例えば、AlxGayIn(1-x-y)N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表わされるAlN、AlGaN、または、AlGaInNであってもよい。この正孔注入層9は、発光層へ正孔を注入する機能を持ち、さらに、正孔を輸送する機能も併せ持ってもよい。また、正孔注入層9は、p型半導体化するために、ドーピング材料として、Mg(マグネシウム)、Be(ベリリウム)、C(炭素)、Zn(亜鉛)を用いることができるが、実施の形態においては、Mgを用いる。
【0185】
電極コンタクト層10cとして正孔注入層9よりドーピング材料を増加させたp-AlGaNであるが、これに限らない。電極コンタクト層10cは、平坦化層4f、緩衝層5、電子注入層6、電子ブロック層8、正孔注入層9と同様に、例えば、AlxGayIn(1-x-y)N(0≦x≦1、0≦y≦1、(x+y)≦1)で表わされるAlN、AlGaN、または、AlGaInNであってもよい。電極コンタクト層10cは、正孔を供給する電極と接続されている。
【0186】
上記のAlNテンプレート層(第1窒化物層3)は、図3に示したように、スパッタリング法を用いて基板2上にAlNを成膜するステップ(S21~S23)と、成膜されたAlNを、例えば1700℃以上の温度でアニールすることにより、テンプレート層を形成するアニール処理ステップ(S24)によって作製される。
【0187】
またAlNテンプレート層3より上方の層については、MOVPE法を用いて作製している。また、平坦化層4fから電極コンタクト層10cまでのいずれか1層が、1150℃以上の温度でのエピタキシャル成長により、AlNテンプレート層の上方に成膜されるAlGaN層である。実施の形態においては、電子注入層6を、この1150℃以上の温度でのエピタキシャル成長により、AlNテンプレート層の上方に成膜されるAlGaN層として取り扱う。
【0188】
次に、上記ヒロックの問題について詳しく説明する。ここではヒロックが発生しない例と発生する例とを対比しながら説明する。
【0189】
図20Aおよび図20Bは、ヒロックが発生しない例を示す図である。これに対して、図21Aおよび図21Bは、ヒロックが発生する例を示す図である。
【0190】
図20Aは、ヒロックが発生していないAlGaN層の表面を示す微分干渉顕微鏡(Nomarski)像を示す図である。図20Aの(a)と(b)とはスケールが異なり、(b)は(a)の拡大像である。図20AのAlGaN層は図20Bの電子注入層6に該当し、Siをドーピングした電気伝導層としてのn型AlGaN層であり、Alの組成比が約60~80%、膜厚が約2μmである。これに対して、図21Aは、ヒロックが発生しているAlGaN層の表面を示す微分干渉顕微鏡像を示す図である。図21Aの(a)と(b)とはスケールが異なり、(b)は(a)の拡大像である。図21Aは、図20Aと比べると、層表面から盛り上がった大きな錘状の凸部つまりヒロックが発生しているのがわかる。
【0191】
次に、ヒロックが発生しない図20Bとヒロックが発生する図21Bの相違点について説明する。
【0192】
図20Bは、図20AのAlGaN層を有する発光ダイオードの構成例を示す図である。また、図21Bは、図21AのAlGaN層の有する発光ダイオードの構成例を示す図である。
【0193】
図20Bに示す発光ダイオード1bは、図18の発光ダイオード1aと類似しているが、主に次の点が異なっている。すなわち、図20Bは、図18と比べて、基板2(サファイア基板)のオフ角が小さい(オフ角が0.2°以下である)点と、第1窒化物層3(AlNテンプレート層)および平坦化層4fの代わりにAlNテンプレート層3bを有する点とが異なっている。図20BのAlNテンプレート層3bは、スパッタリング法ではなく、有機金属気相成長法(MOVPE法:metal organic vapor phase epitaxy)を用いて作製された点が異なる。AlNテンプレート層3bも含めて基板2よりも上方の各層はMOVPE法により形成されたものである。
【0194】
これに対して、図21Bに示す発光ダイオード1cは、図18の発光ダイオード1aと類似しているが、主に次の点が異なっている。すなわち、図21Bは、図18と比べて、基板2(サファイア基板)のオフ角が小さい(オフ角が0.2°以下である)点が異なっている。オフ角が小さい点以外は、図18と同じである。図21AのAlGaN層は図21Bの電子注入層6に該当し、SiをドーピングしたN型AlGaN層であり、Alの組成比が約60~80%、膜厚が約2μmである。
【0195】
また、図21Bは、図21AのAlNテンプレート層3bの代わりに、AlNテンプレート層3と平坦化層4fとを有する点に主な差異がある。AlNテンプレート層3bがMOVPE法で形成されるのに対して、AlNテンプレート層3はスパッタリングと高温アニールにより形成される。図20Aでは観察されなかったヒロックの問題が、図21Aで観察されたのは、この差異によるものと考えられる。
【0196】
本変形例は、図21Bのように、スパッタリングと高温アニールにより形成されたAlNテンプレート層3と、平坦化層4fとを有する発光ダイオードにおいてヒロックの発生を抑制するものである。
【0197】
そのため、変形例における発光ダイオード1aは、図18の構成であり、基板2(サファイア基板)の表面のうち第1窒化物層3に接する表面が、サファイア基板のc面に対して0.2°よりも大きく、1.0°以下のオフ角を有する構成としている。
【0198】
続いて、図22A図22E図23A図23Cを用いて、ヒロックの大きさとオフ角の大きさとの関係について、発光ダイオード1aの作製例に基づいて説明する。
【0199】
図22Aから図22Eは、サファイア基板がm軸方向にオフ角を有する場合の、AlGaN層(電子注入層6)表面の顕微鏡画像を示す図である。図22Aから図22EのAlGaN層(電子注入層6)は、いずれもMOVPE法により、成長温度1150℃、成長圧力20kPa、成長速度4μm/hで膜厚約1.5μmに成長された。また、この層のAl組成比は約75%である。また、図22Aから図22Eのベースとなる基板2(サファイア基板)のオフ角は、サファイア基板のm軸に対して順に0.2°、0.4°、0.6°、0.8°、1.0°であり、オフ方向が画像の左右方向(m軸の方向)である例を示す。図22Aから図22Eまでのそれぞれにおける(a)と(b)はスケールが異なり、(b)は(a)の拡大像である。
【0200】
図22Aから図22Eにかけてサファイア基板のオフ角は0.2°から1.0°まで0.2°刻みで大きくなっている。ヒロックは、オフ角が0.2°の場合と比べて、0.2°から1.0°までの範囲内で、小さく抑制されているといえる。また、ヒロックの大きさは、オフ角が大きくなるにつれて、小さくなっている。つまり、オフ角は0.2°から1.0°大きくなるにつれて、ヒロックの大きさは、より小さく抑制されている。
【0201】
図23Aから図23Cは、サファイア基板がa軸方向にオフ角を有する場合のAlGaN層(電子注入層6)表面の顕微鏡画像を示す図である。図23Aから図23CのAlGaN層(電子注入層6)は、いずれもMOVPE法により、成長温度1150℃、成長圧力20kPa、成長速度4μm/hで膜厚約1.5μmに成長された。また、この層のAl組成比は約75%である。また、図23Aから図23Cのベースとなる基板2(サファイア基板)のオフ角は、サファイア基板のa軸に対して順に0.2°、0.6°、1.0°であり、オフ方向が画像の上下方向(a軸の方向)である例を示す。図23Aから図23Cまでのそれぞれにおける(a)と(b)はスケールが異なり、(b)は(a)の拡大像である。
【0202】
図23Aから図23Cにかけてサファイア基板のオフ角は0.2°から1.0°まで0.4°刻みで大きくなっている。ヒロックは、オフ角が0.2°の場合と比べて、0.2°から1.0°までの範囲内で、小さく抑制されているといえる。また、ヒロックの大きさは、オフ角が大きくなるにつれて、小さくなっている。つまり、オフ角は0.2°から1.0°大きくなるにつれて、ヒロックの大きさは、より小さく抑制されている。
【0203】
図22A図22Eのオフ角はm軸を基準とし、図23A図23Cのオフ角はa軸を基準とするが、オフ方向はこれに限らず、c面を基準としてオフ角を有していればどの方向でもヒロックを抑制する効果があると推測される。
【0204】
次に、サファイア基板のオフ角によってヒロックが抑制される現象について考察する。図24は、ヒロックの頂上部を観察した原子間力顕微鏡(AFM)像を示す図である。同図ではヒロックには、中心に終端部を有する渦巻き状のステップテラス構造が確認できる。このことから、オフ角が小さい基板上に形成されたヒロックは、螺旋あるいは混合転位を核としたスパイラル成長に起因するものと考えられる。オフ角の増大による成長表面のステップ密度の上昇がスパイラル成長とヒロック形成の抑制に寄与したものと推察される。
【0205】
以上説明してきたように、実施形態の変形例における窒化物半導体基板の製造方法は、前記基板がサファイア基板であり、前記窒化物層または前記窒化アルミニウム層が形成される前記サファイア基板の表面は、c面に対して0.2°よりも大きいオフ角を有する。
【0206】
これによれば、ヒロックの発生を抑制し、窒化物半導体をベースに構成される発光ダイオードにおける発光効率の低下を抑制することができる。
【0207】
ここで、前記窒化物層が成膜される前記サファイア基板の表面は、c面に対して1.0°以下のオフ角を有していてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0208】
本発明は、基板上にIII族窒化物半導体からなる緩衝層が形成された窒化物半導体基板
として、例えば、照明、殺菌、フォトリソグラフィ、レーザ加工機、医療機器、蛍光体用光源、分光分布分析、紫外線硬化などの光源として使用される紫外光発光素子に使用する
窒化物半導体基板として利用することができる。
【符号の説明】
【0209】
1 窒化物半導体基板
2 基板
3 第1窒化物層
4 第2窒化物層
4f 平坦化層
5 緩衝層
6 電子注入層
7 発光層
8 電子ブロック層
9 正孔注入層
10 スパッタ装置
10c 電極コンタクト層
100 チェンバー
101 吸気管
102 排気管
103 バルブ
104 排気ポンプ
105 基板ホルダ
107 ターゲット
108 永久磁石
109 高圧電源
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6A
図6B
図6C
図7A
図7B
図7C
図7D
図8
図9A
図9B
図10A
図10B
図11
図12
図13A
図13B
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20A
図20B
図21A
図21B
図22A
図22B
図22C
図22D
図22E
図23A
図23B
図23C
図24