(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-20
(45)【発行日】2023-09-28
(54)【発明の名称】スピントロニクスデバイス、磁気メモリ及び電子機器
(51)【国際特許分類】
H10B 61/00 20230101AFI20230921BHJP
H01L 29/82 20060101ALI20230921BHJP
H10N 50/10 20230101ALI20230921BHJP
【FI】
H10B61/00
H01L29/82 Z
H10N50/10 Z
(21)【出願番号】P 2020541276
(86)(22)【出願日】2019-09-04
(86)【国際出願番号】 JP2019034831
(87)【国際公開番号】W WO2020050329
(87)【国際公開日】2020-03-12
【審査請求日】2021-01-19
(31)【優先権主張番号】P 2018165900
(32)【優先日】2018-09-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100174399
【氏名又は名称】寺澤 正太郎
(72)【発明者】
【氏名】能崎 幸雄
【審査官】宮本 博司
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-216286(JP,A)
【文献】特開2017-059594(JP,A)
【文献】国際公開第2018/155078(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/155077(WO,A1)
【文献】特開2017-112365(JP,A)
【文献】特開2014-086448(JP,A)
【文献】国際公開第2017/018391(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10B 61/00
H01L 29/82
H10N 50/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の導電層と、
キャリア移動度若しくは電気伝導率が前記第1の導電層よりも低い第2の導電層と、
キャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配を有する領域
と、
を備え、
前記領域は、前記第1の導電層と前記第2の導電層との境界領域であり、
前記領域の厚さは0nmより大きく100nm以下であり、
前記勾配によって生じる電子の速度場の回転によりスピン流を生成する、スピントロニクスデバイス。
【請求項2】
前記境界領域では、前記第1の導電層の構成材料と、前記第2の導電層の構成材料とが混在している、請求項
1に記載のスピントロニクスデバイス。
【請求項3】
前記境界領域では、前記第1の導電層との界面に近づくほど前記第1の導電層の構成材料の比率が大きくなり、前記第2の導電層との界面に近づくほど前記第2の導電層の構成材料の比率が大きくなる、請求項
1または
2に記載のスピントロニクスデバイス。
【請求項4】
前記第1の導電層に隣接する強磁性層を備えない、請求項
1~
3のいずれか1項に記載のスピントロニクスデバイス。
【請求項5】
前記第2の導電層は、前記第1の導電層を構成する材料の酸化物を含む、請求項
1~
4のいずれか1項に記載のスピントロニクスデバイス。
【請求項6】
前記第1の導電層は銅を主に含み、前記第2の導電層は酸化銅を主に含む、請求項
1~
4のいずれか1項に記載のスピントロニクスデバイス。
【請求項7】
前記第2の導電層は、前記第1の導電層を構成する材料の酸化物を除く他の材料からなる、請求項
1~
4のいずれか1項に記載のスピントロニクスデバイス。
【請求項8】
前記第1の導電層の構成材料はCu,Alからなる金属群から選択される1以上の金属を主に含み、前記第2の導電層は前記1以上の金属の酸化物を除く他の材料からなる、請求項
1~
4のいずれか1項に記載のスピントロニクスデバイス。
【請求項9】
前記第1の導電層の構成材料はAlを主に含み、前記第2の導電層はAlの酸化物を除く他の材料からなる、請求項
1~
4のいずれか1項に記載のスピントロニクスデバイス。
【請求項10】
請求項1~
9のいずれか1項に記載のスピントロニクスデバイスを備え、
前記スピントロニクスデバイスからの前記スピン流を強磁性層に注入して前記強磁性層の磁気モーメントを反転させることによりビット書き込みを行う、磁気メモリ。
【請求項11】
請求項
10に記載の磁気メモリを搭載する、電子機器。
【請求項12】
前記電子の速度場の回転による角運動量によって前記スピン流を生成する、請求項1~
9のいずれか一項に記載のスピントロニクスデバイス。
【請求項13】
第1の強磁性層と、
前記第1の強磁性層上に設けられた非磁性層と、
前記非磁性層上に設けられた第2の強磁性層と、
前記第2の強磁性層上に設けられた第1の導電層と、
キャリア移動度若しくは電気伝導率が前記第1の導電層よりも低く、前記第1の導電層上に設けられた第2の導電層と、
を備え、
前記第1の導電層と前記第2の導電層との境界領域は、積層方向にキャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配を有し、
前記境界領域の厚さは0nmより大きく100nm以下であり、
前記勾配によって生じる電子の速度場の回転によりスピン流を生成し、前記スピン流を用いて前記第2の強磁性層の磁化の向きを制御することにより情報を記憶する、磁気メモリ。
【請求項14】
請求項
13に記載の磁気メモリを1以上搭載する、電子機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、スピントロニクスデバイス、磁気メモリ及び電子機器に関する。本出願は、2018年9月5日出願の日本出願第2018-165900号に基づく優先権を主張し、前記日本出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1,2には、磁性体の磁化運動に由来するスピンの拡散運動に関する研究が開示されている。また、非特許文献3,4には、プラチナ(Pt)などの貴金属中でアップスピンとダウンスピンとが互いに逆向きに散乱する相対論的な効果に関する研究が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Mizukami et al., “The study on ferromagnetic resonance linewidth for NM/80NiFe/NM (NM=Cu,Ta,Pd and Pt) films”, Japanese Journal of Applied Physics, 40(2A), p.580, (2001)
【文献】Urban et al., “Gilbert Damping in Single and Multilayer Ultrathin Films: Role of Interfaces in Nonlocal Spin Dynamics”, Physical Review Letters, Volume 87, 217204, (2001)
【文献】Kato et al., “Observation of the spin Hall effect in semiconductors”, Science, Volume 306, pp.1910-1913 (2004)
【文献】Kimura et al., “Room-temperature reversible spin Hall effect”, Physical Review Letters, Volume 98, 156601 (2007)
【文献】Chen et al., “Spin-torque and spin-Hall nano-oscillators”, Proceedings, IEEE, Volume 104, pp.1919-1945 (2016)
【文献】An et al., “Spin-torque generator engineered by natural oxidation of Cu” Nature Communications, 7, 13069 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
スピン流は、電荷を伴わないスピン角運動量の流れであり、様々なスピントロニクスデバイスの制御に幅広く用いられ得る。電荷を伴わないので、ジュール熱を発生せず、電子デバイスのエネルギー消費を格段に低減することができる。更に、スピン流は、エルステッド磁場よりも効率的に、磁化へトルクを及ぼすことができる。スピン流は、微細化による高性能化の原理的限界に直面しているトランジスタやランダムアクセスメモリ、論理演算素子といった電子デバイスの性能を飛躍的に向上させる可能性を有する。
【0005】
従来のスピン流生成理論は、物質中に存在するスピン軌道相互作用(Spin Orbit Interaction;SOI)に基づいている。SOIは物質固有の現象であり、プラチナ、タンタル、タングステン、またはビスマスといった、原子番号が大きい希少金属において大きくなることが知られている。そのため、使用材料が限定され、そのことがスピン流強度の更なる向上を抑制する要因となっている。
【0006】
本開示は、特定の材料に依存することなく、大きなスピン流を生成することができるスピントロニクスデバイス、磁気メモリ及び電子機器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一実施形態によるスピントロニクスデバイスは、キャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配を有する領域を備え、その領域の厚さは0nmより大きく100nm以下であり、該勾配によって生じる電子の速度場の回転によりスピン流を生成する。一般的に、自由電子を含む材料に電圧を印加した場合、一個の電子に着目すると、電子は材料中にある散乱体に衝突しながら加速、減速を繰り返し、ジグザクに運動をしながら材料中を電圧印加方向に進む。これを時間的、空間的に大きなスケールで見ると、電子群が一方向に一様に移動すると捉えることができる。この電子の流れによる電荷の移動は、電流を生じさせる。
【0008】
キャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配を有する領域に電圧を印加すると、電子は散乱体に衝突しながら進むものの、キャリア移動度若しくは電気伝導率が高い領域を移動する電子の移動速度は、キャリア移動度若しくは電気伝導率が低い領域を移動する電子の移動速度よりも速くなる。すなわち、キャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配を有する領域においては、キャリア移動度若しくは電気伝導率が一様である通常の材料中とは異なり、電子の移動速度に一様ではない分布が生じる。このとき、当該領域中の微小領域に着目すると、その微小領域では、電子の移動速度の違いによって、電子の速度場(ベクトル場)が回転していると考えることができる。この速度場の回転の大きさは、渦度として捉えることもできる。この速度場の回転により、当該領域中の複数の電子の流れの中に「角運動量」が存在することとなる。この角運動量が一方向のスピン(アップスピンまたはダウンスピン)に変換され、アップスピン及びダウンスピンの平衡状態が乱れ、アップスピン及びダウンスピンの相対的な分布に偏りを生じさせる。その結果、分布の偏りを解消する方向にスピン流が生じる。
【0009】
本発明者の知見によれば、以上の作用により、例えばSOIに基づく場合と同程度以上の大きなスピン流を生成することができる。また、上記の作用は、キャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配を形成するだけで発現し、SOIを生じる貴金属(例えばPt)等の特別な材料を必要としない。従って、SOIの大小によらず、銅(Cu)やアルミニウム(Al)、鉄(Fe)、プラチナ(Pt)といった金属、酸化インジウム(In2O3)などの導電性酸化物、窒化チタン(TiN)などの導電性窒化物、ポリアセチレンなどの導電性高分子、更にはシリコン(Si)等の半導体をスピン流生成に用いることが可能となる。すなわち、上記のスピントロニクスデバイスによれば、磁気やSOIの有無に依存することなくスピン流を生成することができる。
【0010】
上記のスピントロニクスデバイスは、第1の導電層と、キャリア移動度若しくは電気伝導率が第1の導電層よりも低い第2の導電層と、を更に備え、上記領域は、第1の導電層と第2の導電層との境界領域であってもよい。互いにキャリア移動度若しくは電気伝導率が異なる第1及び第2の導電層の境界領域では、原子の拡散等により、キャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配が自ずから形成される。故に、このスピントロニクスデバイスによれば、キャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配を有する領域を容易に実現することができる。また、境界領域では、第1の導電層の構成材料と、第2の導電層の構成材料とが混在していてもよい。また、境界領域では、第1の導電層との界面に近づくほど第1の導電層の構成材料の比率が大きくなり、第2の導電層との界面に近づくほど第2の導電層の構成材料の比率が大きくなってもよい。
【0011】
上記のスピントロニクスデバイスは、第1の導電層に隣接する強磁性層を備えなくてもよい。上記のスピントロニクスデバイスによれば、上述した作用により、強磁性層を備えなくてもスピン流を生成することができる。
【0012】
上記のスピントロニクスデバイスにおいて、第2の導電層は、第1の導電層を構成する材料の酸化物を含んでもよい。これにより、キャリア移動度若しくは電気伝導率が第1の導電層よりも低い第2の導電層を容易に形成することができる。この場合、第1の導電層は銅を主に含み、第2の導電層は酸化銅を主に含んでもよい。
【0013】
上記のスピントロニクスデバイスにおいて、第2の導電層は、第1の導電層を構成する材料の酸化物を除く他の材料からなってもよい。このような場合であっても、上述したスピン流生成作用を得ることができる。例えば、第1の導電層の構成材料はCu,Alからなる金属群から選択される1以上の金属を主に含み、第2の導電層は1以上の金属の酸化物を除く他の材料からなってもよい。また、第1の導電層の構成材料はAlを主に含み、第2の導電層はAlの酸化物を除く他の材料からなってもよい。
【0014】
上記のスピントロニクスデバイスは、電子の速度場の回転による角運動量によってスピン流を生成してもよい。これにより、上述したようにスピン流を生じさせることができる。
【0015】
一実施形態による磁気メモリは、第1の強磁性層と、第1の強磁性層上に設けられた非磁性層と、非磁性層上に設けられた第2の強磁性層と、第2の強磁性層上に設けられた第1の導電層と、キャリア移動度若しくは電気伝導率が第1の導電層よりも低く、第1の導電層上に設けられた第2の導電層と、を備え、第1の導電層と第2の導電層との境界領域は、積層方向にキャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配を有し、境界領域の厚さは0nmより大きく100nm以下であり、該勾配によって生じる電子の速度場の回転によりスピン流を生成し、スピン流を用いて第2の強磁性層の磁化の向きを制御することにより情報を記憶する。また、別の実施形態による磁気メモリは、上記いずれかのスピントロニクスデバイスを備え、スピントロニクスデバイスからのスピン流を強磁性層に注入して強磁性層の磁気モーメントを反転させることによりビット書き込みを行う。これらの磁気メモリは、上述したスピントロニクスデバイスの構成を備える。故に、特定の材料に依存することなくスピン流を生成することができる。
【0016】
別の実施形態によるスピントロニクスデバイスは、第1の導電層と、キャリア移動度若しくは電気伝導率が第1の導電層よりも低い第2の導電層と、を備え、第1の導電層と第2の導電層との境界におけるキャリア移動度若しくは電気伝導率の変化によって生じる電子の速度場の回転によりスピン流を生成する。キャリア移動度若しくは電気伝導率が不連続に変化する場合であっても、電子の移動速度の違いによって、電子の速度場が回転する。この速度場の回転により、電子の流れの中に「角運動量」が生じ、上述した作用によってスピン流が生じる。従って、このスピントロニクスデバイスにおいても、大きなスピン流を生成することができる。また、この作用は、キャリア移動度若しくは電気伝導率を不連続に変化させるだけで発現し、SOIを生じる貴金属等の特別な材料を必要としない。
【0017】
別の実施形態による磁気メモリは、第1の強磁性層と、第1の強磁性層上に設けられた非磁性層と、非磁性層上に設けられた第2の強磁性層と、第2の強磁性層上に設けられた第1の導電層と、キャリア移動度若しくは電気伝導率が第1の導電層よりも低く、第1の導電層上に設けられた第2の導電層と、を備え、第1の導電層と第2の導電層との境界におけるキャリア移動度若しくは電気伝導率の変化によって生じる電子の速度場の回転によりスピン流を生成し、スピン流を用いて第2の強磁性層の磁化の向きを制御することにより情報を記憶する。この磁気メモリは、上述したスピントロニクスデバイスの構成を備える。故に、特定の材料に依存することなくスピン流を生成することができる。
【0018】
一実施形態による電子機器は、上記いずれかの磁気メモリを1以上搭載する。この電子機器は、上述したスピントロニクスデバイスの構成を備える。故に、特定の材料に依存することなくスピン流を生成することができる。
【0019】
一実施形態によるスピントルク発振素子は、強磁性層と、強磁性層上に設けられた第1の導電層と、キャリア移動度若しくは電気伝導率が第1の導電層よりも低く、第1の導電層上に設けられた第2の導電層と、を備え、第1の導電層と第2の導電層との境界領域は、積層方向にキャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配を有し、該勾配によって生じる電子の速度場の回転によりスピン流を生成し、スピン流を用いて強磁性層の磁化の向きを振動させることにより交流磁場を発生する。このスピントルク発振素子は、上述したスピントロニクスデバイスの構成を備える。故に、特定の材料に依存することなくスピン流を生成することができる。
【発明の効果】
【0020】
本開示によるスピントロニクスデバイス、磁気メモリ及び電子機器によれば、特定の材料に依存することなく、大きなスピン流を生成することができる。同様に、本開示によるスピントルク発振素子によれば、特定の材料に依存することなく、大きなスピン流を生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、第1実施形態に係るスピントロニクスデバイス1の構成を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、積層方向におけるデバイス1のキャリア移動度の変化を示すグラフである。
【
図3】
図3の(a)部及び(b)部は、積層方向と交差する方向に電圧を印加した際にデバイス1の内部を移動する電子の速さを示す模式図である。
【
図4】
図4は、参考例として、レイリー波によるスピン流の生成メカニズムを示す模式図である。
【
図5】
図5の(a)部は、実験のために用意された試料S1の層構造を示す図である。
図5の(b)部は、実験のために用意された試料S2の層構造を示す図である。
【
図6】
図6の(a)部は、実験のために用意された試料S3の層構造を示す図である。
図6の(b)部は、実験のために用意された試料S4の層構造を示す図である。
【
図7】
図7は、ホールバー20の外観を示す斜視図である。
【
図8】
図8は、電流からスピン流への変換についての実験の設定を概略的に示す図である。
【
図9】
図9は、変換効率θ
JcJsを評価した結果を示す図表である。
【
図10】
図10の(a)部は、試料S1,S2におけるR2xの電流依存性を示すグラフである。
図10の(b)部は、試料S3,S4におけるR2xの電流依存性を示すグラフである。
【
図11】
図11は、直流スピン流から直流電流への変換効率を測定するための構成を概略的に示す図である。
【
図12】
図12は、変換効率θ
JsJcを評価した結果を示す図表である。
【
図13】
図13の(a)部は、試料S1のPt層における電流J
cからスピン流J
sへの変換の様子を概念的に示す図である。
図13の(b)部は、試料S1のPt層におけるスピン流J
sから電流J
cへの変換の様子を概念的に示す図である。
【
図14】
図14の(a)部は、試料S3のCu層及びCu
2O層(特に、これらの層間の境界領域)における電流J
cからスピン流J
sへの変換の様子を概念的に示す図である。
図14の(b)部は、試料S3のCu層及びCu
2O層におけるスピン流J
sから電流J
cへの変換の様子を概念的に示す図である。
【
図15】
図15は、試料S3の層構造の概略モデルを示す図である。
【
図16】
図16は、第2実施形態に係る磁気メモリ30の構成を示す斜視図である。
【
図17】
図17の(a)部及び(b)部は、記憶素子Mi,jの構成を示す断面図である。
【
図18】
図18は、Au,Ag,Al,Cu,Pt,Ta,W,Bi
3Se
2,BiSbの電気伝導度σとスピンホール伝導度σ
SHの関係を示すグラフである。
【
図19】
図19の(a)部は、導電層2及び3、並びに境界領域4付近の原子構造を模式的に示す図である。
図19の(b)部は、厚さ方向における電気伝導度σの変化を示すグラフである。
【
図20】
図20は、表面に酸化膜が形成された銅膜(Cu
*)、及びPtにおける、電流からスピン流への変換効率、及びスピン流から電流への変換効率を示すグラフである。
【
図21】
図21は、摩擦の大きさを表すギルバートダンピング定数αと、外部磁場μ
0Hとの関係を示すグラフである。
【
図22】
図22は、一変形例に係るスピントロニクスデバイス1Aの構成を示す斜視図である。
【
図23】
図23は、積層方向におけるデバイス1Aの移動度の変化を示すグラフである。
【
図24】
図24は、積層方向と交差する方向に電圧を印加した際にデバイス1Aの内部を移動する電子の速さを示す模式図である。
【
図25】
図25は、表面が酸化した銅薄膜におけるスピン流強度と酸化時間との関係を示すグラフである。
【
図26】
図26の(a)部は、深さ方向における酸素原子の分布と、酸化時間との関係を示すグラフである。
図26の(b)部は、深さ方向における電気伝導度の分布と、酸化時間との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、添付図面を参照しながら本開示によるスピントロニクスデバイス、磁気メモリ及び電子機器の実施の形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0023】
(第1実施形態)
図1は、本開示の第1実施形態に係るスピントロニクスデバイス1(以下、単にデバイス1と称する)の構成を示す斜視図である。
図1に示されるように、このデバイス1は、導電層2(第1の導電層)と、導電層3(第2の導電層)とを備える。導電層2の構成材料は、例えばCu、Al、Fe、Pt、Au、Agといった金属、またはSi、Geといった半導体、SiGeやAlGaAsといった化合物半導体、In
2O
3などの導電性酸化物、TiNなどの導電性窒化物、ポリアセチレンなどの導電性高分子、或いはこれらの組み合わせであってもよい。導電層2の厚さは例えば0.1~1000nmの範囲内、導電層3の厚さは例えば0.1~1000nmの範囲内である。
【0024】
導電層3を構成する材料のキャリア移動度(以下、単に移動度という)は、導電層2を構成する材料の移動度よりも低い。導電層3は、導電層2を構成する材料の酸化物であってもよい。すなわち、導電層2が銅(Cu)を主に含む場合、導電層3は酸化銅(Cu2O若しくはCuO、Cu2O3、Cu4O3、Cu3O、Cu4O、或いはそれらの混合体)を主に含んでもよい。一実施例では、導電層2は銅からなり、導電層3は酸化銅からなる。また、導電層2がアルミニウム(Al)を主に含む場合、導電層3は酸化アルミニウム(Al2O3)を主に含んでもよい。一実施例では、導電層2はアルミニウムからなり、導電層3は酸化アルミニウムからなる。導電層3は、導電層2の表面が酸化することにより形成され得る。導電層3は、導電層2の表面に形成された自然酸化膜であってもよい。
【0025】
デバイス1は、境界領域4を更に備える。境界領域4は、導電層2と導電層3との境界に存在する層状の領域である。マクロに観察すると導電層2と導電層3とは互いに接しているが、ミクロに観察すると、原子の拡散によって導電層2と導電層3との間には僅かな厚さの境界領域4が形成される。境界領域4の厚さは、例えば0nmより大きく100nm以下である。境界領域4の厚さは、例えば数オングストロームといった、極めて0に近い値であってもよい。境界領域4では、導電層2の構成材料と、導電層3の構成材料とが混在している。境界領域4では、導電層2との界面に近づくほど導電層2の構成材料の比率が大きくなり、導電層3との界面に近づくほど導電層3の構成材料の比率が大きくなる。
【0026】
図2は、積層方向におけるデバイス1の移動度の変化を示すグラフである。
図2において、範囲D
2は導電層2に相当し、範囲D
3は導電層3に相当し、範囲D
4は境界領域4に相当する。
【0027】
図2に示されるように、導電層3を構成する材料の移動度μ
3は、導電層2を構成する材料の移動度μ
2よりも低い。導電層2の移動度μ
2は例えば0より大きく50000cm
2/Vs以下であり、導電層3の移動度μ
3は例えば0より大きく50000cm
2/Vs以下である。また、これらの移動度の比(μ
2/μ
3)の下限値は、例えば10である。なお、比(μ
2/μ
3)の上限値は、例えば100000であるが、スピン流生成の観点からはこれより大きくても構わない。境界領域4のキャリア移動度は、勾配をもっており、導電層2との界面から導電層3との界面にかけて連続的に変化する。境界領域4における移動度の変化率は厚さ方向に一定であってもよく、一定でなくてもよい。例えば、導電層2,3に近い領域と比べて、導電層2,3の中間に位置する領域における移動度の変化率が大きくてもよい。移動度の変化は、境界領域4を構成する材料の比率の変化に起因する。
【0028】
図3の(a)部及び(b)部は、積層方向と交差する方向に電圧を印加した際にデバイス1の内部を移動する電子の速さを示す模式図である。
図3の(a)部はデバイス1の全体を示しており、
図3の(b)部は境界領域4付近を拡大して示している。図中の矢印A
2は導電層2における電子の移動を示し、矢印A
3は導電層3における電子の移動を示し、矢印A
4は境界領域4における電子の移動を示す。各矢印A
2~A
4の長さは電子の移動速度を表し、矢印が長いほど電子の移動速度が大きい。なお、自由電子を含む材料に電圧を印加した場合、各電子は材料中にある散乱体に衝突しながら加速、減速を繰り返し、ジグザクに運動をしながら材料中を電圧印加方向に進む。これを時間的、空間的に大きなスケールで見ると、電子群が一方向に一様に移動すると捉えることができる。
図3の矢印A
2~A
4は、そのような電子群の一様な移動を表現したものである。
【0029】
移動度が高い導電層2を移動する電子の移動速度は、移動度が低い導電層3を移動する電子の移動速度よりも速くなる。従って、矢印A
2は、矢印A
3よりも長くなる。一方、境界領域4においては、移動度が一様である導電層2,3とは異なり、電子の移動速度に一様ではない分布が生じる。本実施形態では、境界領域4における移動度が勾配をもっており、導電層2との界面付近では大きく、導電層3との界面付近では小さくなるように、移動度が連続的に変化する。従って、
図3の(b)部に示されるように、境界領域4における電子の移動速度は、導電層2との界面付近では速く、導電層3との界面付近では遅くなるように、連続的に変化する。なお、境界領域4における電子の移動速度の変化率は厚さ方向に一定であってもよく、一定でなくてもよい。例えば、導電層2,3に近い領域と比べて、導電層2,3の中間に位置する領域における移動速度の変化率が大きくてもよい。このような移動速度の変化もまた、境界領域4を構成する材料の比率の変化に起因する。
【0030】
デバイス1におけるスピン流生成作用について説明する。
図4は、参考例として、レイリー波によるスピン流の生成メカニズムを示す模式図である。レイリー波とは、音波の一種であり、固体の弾性変形が波として表面を伝播する現象である。圧電体の表面に一対の櫛歯型電極を対向配置し、これらの櫛歯型電極間に高周波の電圧を印加すると、圧電体の表面にレイリー波が生じる。レイリー波の進行方向に金属被膜102を形成すると、金属被膜102の表面102aにレイリー波が伝播する。このとき、金属被膜102の表面102a付近の断面では、金属被膜102中の格子点Qが楕円状に回転運動を行う。なお、図中の2つの円C1,C2は、代表的な2つの格子点Q1,Q2の軌跡をそれぞれ表す。このことは、金属被膜102中の各格子点Qが角運動量を持つことを意味する。その回転周波数は数GHzに達する。角運動量保存則により力学的な回転運動が電子スピンに変換される、いわゆるバーネット効果によって、上記の角運動量は一方向の電子スピン(アップスピンまたはダウンスピン)に変換される。通常、常磁性体では、局所的にみて、スピンの向きが互いに逆向きであるアップスピン及びダウンスピンの数は互いに等しい。しかし、一方の電子スピンの数が増加するとこの平衡状態が乱れ、アップスピン及びダウンスピンの濃淡が生じる。すなわち、一方のスピンよりも他方のスピンの方が多い領域が生じる。このとき、アップスピン及びダウンスピンの平衡状態を保つ為、濃淡を解消する方向にスピンが移動する。これがスピン流である。但し、電荷の移動が伴わないため、電流は流れない。
【0031】
本実施形態におけるスピン流の発生も、このメカニズムと同様に説明できる。境界領域4の微小領域に着目すると、電子の移動速度の違いによって、電子の速度場(ベクトル場)が回転していると考えることができる(
図3の(b)部の矢印Ar)。この速度場の回転Arの大きさは、渦度として捉えることもできる。この速度場の回転Arにより、境界領域4中の複数の電子の流れの中に角運動量が存在することとなる。そして、この角運動量は一方向の電子スピン(アップスピンまたはダウンスピン)に変換される。これにより、アップスピン及びダウンスピンの平衡状態が乱され、アップスピン及びダウンスピンの相対的な分布に偏りを生じさせる。その結果、分布の偏りを解消する方向(すなわち境界領域4から導電層2へ向かう方向)にスピン流が生じる。
【0032】
後述する実施例に示されるように、以上の作用により、スピン軌道相互作用(SOI)に基づく場合と同程度以上の大きさのスピン流を生成することができる。また、従来のSOIに基づくスピン流の生成にはSOIを生じる貴金属(例えばPt)等の特別な材料が必要であるが、上記の作用は、移動度の勾配を形成するだけで発現し、Pt等の特別な材料を必要としない。従って、僅かなSOIしか有しないCuやAlといった非磁性金属、更にはSi等の半導体を用いることが可能となる。すなわち、本実施形態のデバイス1によれば、特定の材料に依存することなくスピン流を生成することができる。
【0033】
また、本実施形態のように、デバイス1は、導電層2と、導電層2よりも低い移動度を有する導電層3と、を備えてもよい。互いに移動度が異なる導電層2と導電層3との間に位置する境界領域4では、原子の拡散等により、
図2に示されたように、移動度の勾配が自ずから形成される。故に、デバイス1が導電層2,3を備えることにより、移動度の勾配を有する領域を容易に実現することができる。
【0034】
また、デバイス1は、導電層2に隣接する強磁性層を備えなくてもよい。デバイス1によれば、上述した作用により、強磁性層を備えなくてもスピン流を生成することができる。
【0035】
また、本実施形態のように、導電層3は、導電層2を構成する材料の酸化物を含んでもよい。これにより、導電層2よりも低い移動度を有する導電層3を容易に形成することができる。但し、本実施形態は、導電層3が、導電層2を構成する材料の酸化物を除く他の材料(異種材料)からなることを妨げない。そのような場合であっても、導電層2と導電層3との間に境界領域4を形成できれば、上述したスピン流の生成作用を得ることができる。
【0036】
なお、移動度は、電気伝導率と正の相関を有する。すなわち、
(移動度)=(電気伝導率)/(電荷×キャリア密度)
として表される。従って、本明細書の説明において、移動度は電気伝導率に置き換えられることができる。
【0037】
(実施例1)
上述した理論を確かめるために本発明者が行った実験について説明する。なお、下記の実験は、すべて室温環境において行われた。
図5及び
図6は、実験のために用意された試料の層構造を示す図である。
図5の(a)部に示される試料S1は、強磁性層としてのNiFe層と、NiFe層上に設けられた、SOIを生じる貴金属であるPt層との積層構造を有する。
図5の(b)部に示される試料S2は、Pt層と、Pt層上に設けられたNiFe層との積層構造を有する。
図6の(a)部に示される試料S3は、NiFe層と、NiFe層上に設けられた、僅かなSOIしか生じないCu層と、Cu層の表面に形成された酸化膜であるCu
2O層との積層構造を有する。
図6の(b)部に示される試料S4は、Cu層と、Cu層上に設けられたNiFe層との積層構造を有する。なお、NiFe層の厚さを5nmとし、Pt層の厚さを10nmとした。また、
図6の(a)部においては、Cu層とCu
2O層とを合わせた厚さを10nmとし、
図6の(b)部においてはCu層の厚さを10nmとした。Cu
2O層は、Cu層の表面を室温下で大気に40時間晒すことにより形成した。
【0038】
まず、電流とスピン流との相互変換を調べるために、試料S1~S4のそれぞれを用いてホールバーを作成した。
図7は、ホールバー20の外観を示す斜視図である。第1層21は、試料S1,S3においてはNiFe層であり、試料S2においてはPt層であり、試料S4においてはCu層である。また、第2層22は、試料S1においてはPt層であり、試料S3においてはCu層及びCu
2O層であり、試料S2,S4においてはNiFe層である。ホールバー20の長さLhは20μmであり、幅Wは8μmである。なお、理解を容易にするため、
図7にxyz直交座標系を併せて示す。x軸はホールバー20の長手方向に沿っており、y軸はホールバー20の短手方向に沿っており、z軸はホールバー20の積層方向に沿っている。この実験では、外部磁場H
dcをホールバー20に印加した。外部磁場H
dcはxy平面に沿っており、外部磁場H
dcとx軸との角度はφである。また、各ホールバー20の表面上に、SiO
2からなる厚さ70nmの絶縁膜を形成し、その上に、厚さ5nmのTi層、及び厚さ100nmのAu層からなるコプレーナ伝送線路を形成した。
【0039】
<電流からスピン流への変換>
このホールバー20を用いて、発明者は、電流からスピン流への変換について実験を行った。
図8は、その構成を概略的に示す図である。なお、
図8は試料S1,S3の場合を示しているが、試料S2,S4についても同様である。ホールバー20にロックインアンプ23を接続し、ホールバー20に交流の電流J
cを発生させつつ、長手方向(x方向)における電気抵抗の二次高調波成分R2xを測定した。電流J
cの周波数を137Hzとした。また、外部磁場H
dcをy方向に印加し、磁束密度μ
0H
yの大きさを-300~300mTとした。R2xの大きさは、第1層21と第2層22との界面に生じたスピン蓄積により増加した抵抗成分を含む。試料S1~S4における電流からスピン流への変換効率θ
JcJsを、それぞれR2xに基づいて評価した。
【0040】
図9は、試料S1~S4におけるθ
JcJsを評価した結果を示す図表である。Sam.1~Sam.4は、それぞれ試料S1~S4に相当する。また、Cu
*は酸化層が存在するCuを表す。括弧内の数値は厚さ(単位:nm)を表す。発明者は、変換効率θ
JcJsを評価するために、一軸性スピンホール磁気抵抗(Undirectional Spin-Hall Magnetroresistance;USMR)の値を測定した。なお、USMRは、第1層21と第2層22との界面におけるスピン蓄積によって生じる磁気抵抗であり、第2層22が発生するスピン流に比例する。したがって、電流の関数としてのUSMRの傾きから、電流からスピン流への変換効率を評価することができる。
【0041】
これらのR2xの値から、試料S1~S4における変換効率θ
JcJsの大きさを決定するために、R2xの電流依存性を調べた。
図10の(a)部に示されるグラフG11,G12それぞれは、試料S1,S2それぞれにおけるR2xの電流依存性を示す。また、
図10の(b)部に示されるグラフG21,G22それぞれは、試料S3,S4それぞれにおけるR2xの電流依存性を示す。
図10の(a)部、(b)部のグラフの傾きは変換効率θ
JcJsを表す。
【0042】
図10の(a)部に示されるように、試料S1,S2において、Pt層とNiFe層との積層順が逆転するとR2xの符号が反転するが、積層順によらずR2xの大きさは電流に比例する。この結果は、Pt層とNiFe層との積層順が逆転すると、NiFe層に注入されたスピン流のスピン分極が切り替えられるという事実を示唆する。更に、界面におけるスピン蓄積は、電流に線形に依存する。Ptのスピンホール効果(Spin Hall Effect:SHE)によって生じたスピン流の大きさは、電流に比例するからである。その結果、R2xは電流に対して線形に増加する。
【0043】
また、
図10の(b)部に示されるように、試料S3におけるR2xの値は電流に対して線形に増加するが、その一方で試料S4におけるR2xの値は電流にかかわらずごく僅かである。この結果は、Cu層とその酸化層との積層構造がスピン流を生成でき、酸化層が存在しないCu層のみの構成はスピン流を生成できないことを明瞭に示唆する。R2xから変換効率θ
JcJsを算出すると、Ptでは0.064であり、酸化層が存在するCuでは0.039であった。注目すべき点は、Ptと酸化層が存在するCuとで変換効率θ
JcJsが同じオーダー(桁)となった点である。なお、酸化銅の変換効率の相対的な大きさは非特許文献6における記載とほぼ等しいが、非特許文献6では、直流ではなく交流のスピン流を生成する為に、数GHzの周波数におけるスピントルクFMR(ST-FMR)を計測している。
【0044】
<スピン流から電流への変換>
スピン注入により生じる直流スピン流から直流電流への変換は、試料中の逆スピンホール効果(逆SHE)を使って評価し得る。スピンは、強磁性層における強磁性共鳴(FMR)の励起によって、強磁性層と非磁性層との界面に蓄積する。スピン流は、その後に非磁性層に注入される。非磁性層の逆SHEにより、スピン流は直流電流に変換される。この実験では、x方向に沿ったスピン分極を伴う直流スピン流が電流に変換され、y方向に沿ってホール電圧Vyを生じさせた。
【0045】
逆SHEによるホール電圧V
yの極性は、試料S1と試料S3とで同一であると予想される。なぜならば、
図9に示すように、USMRを使って測定される電流からスピン流への変換効率の符号が、試料S1,S3共に正であるからである。試料間のばらつきを除外するために、同一の試料を用いてUSMRおよび逆SHEを測定した。
【0046】
図11は、その測定系を概略的に示す図である。20dBmのパワーを有するマイクロ波をホールバー20の上に作製したコプレーナ伝送線路に印加し、NiFe層(第1層21)の両矢印Fの方向に交流磁場を発生させた。マイクロ波の周波数をNiFeの強磁性共鳴の周波数と一致させることにより、NiFe層に強磁性共鳴を生じさせた。マイクロ波の周波数は、4~12GHzである。このとき併せて、外部磁場H
dcの向きをx軸と平行とした。この場合、スピンポンピング(Spin Pumping;SP)効果によってNiFe層(第1層21)から他の層(第2層22)へ-x方向(矢印B)に沿ったスピン分極を伴う直流のスピン流J
sが発生する。このとき、他の層のSOIにより、スピン流J
sは電流J
cに変換され、電流J
cはホール電圧を短手方向(y軸方向)に生じさせる。このホール電圧V
yを、電圧計25を用いて測定した。そして、試料S1~S4におけるスピン流から電流への変換効率θ
JsJcを、ホール電圧V
yに基づいて評価した。
図12は、試料S1~S4におけるスピン流から電流への変換効率θ
JsJcを評価した結果を示す図表である。
【0047】
<考察>
図9と
図12とを比較すると、試料S1,S2,S4ではθ
JcJsとθ
JsJcとがほぼ等しい。このことは、電流からスピン流への変換と、スピン流から電流への変換とが互いに相反的であることを意味する。そして、この結果は、従来のSOIに由来するスピン流生成現象の特徴と一致する。これに対し、試料S3では、θ
JcJsがθ
JsJcの約9.75倍大きい。このことは、電流からスピン流への変換と、スピン流から電流への変換とが互いに非相反的であることを意味する。上記の実施例では、USMRを利用することによって、銅と酸化銅との積層構造における直流スピン流の発生が証明された。非特許文献6では、銅と酸化銅との積層構造における交流スピン流の生成がバルクのSHEに起因していることが述べられている。実験により得られたラシュバ効果が、金属に関して知られている値よりも極めて大きいからである。実際に、表面酸化銅のSOIがAuのSOIと同程度であり、PtのSOIの4分の1程度であることが実験により示されている。しかし、
図9及び
図12に示された結果は、表面酸化銅において生じるスピン流が相反的なSOIに従っておらず、非相反的なメカニズムに起因することを示唆している。
【0048】
非相反的なスピン流生成メカニズムの一つの可能性として、スピン・渦度結合(spin-vorticity coupling;SVC)が考えられる。SVCは、機械的な回転に起因するマクロな角運動量を、ミクロなスピン角運動量に変換する作用である。特に、固体若しくは液体の機械的な回転はスピン蓄積の源となり得る。実際に、SVCによるスピン流の生成は、液体水銀の乱流やCu膜表面のレイリー波を利用して実現されている(
図4を参照)。これらのシステムでは、格子の動きに起因する渦度場が、有効磁場として電子スピンに影響を与え、SVCにより、渦度の勾配に沿ってスピン流が発生する。キャリア移動度の大きな勾配を厚さ方向に有する表面酸化銅においても電流が渦度の勾配を生成し、スピン流を発生させる。
【0049】
図13及び
図14は、電流とスピン流との相互変換の様子を概念的に示す図である。
図13の(a)部は試料S1のPt層における電流J
cからスピン流J
sへの変換の様子を示す。
図13の(b)部は試料S1のPt層におけるスピン流J
sから電流J
cへの変換の様子を示す。
図14の(a)部は試料S3のCu層及びCu
2O層(特に、これらの層間の境界領域)における電流J
cからスピン流J
sへの変換の様子を示す。
図14の(b)部は試料S3のCu層及びCu
2O層におけるスピン流J
sから電流J
cへの変換の様子を示す。なお、図中において、Sは電子スピンを表している。また、電流J
cの矢印の大きさは電子の移動速度を表している。
図14の(a)部に示される円形の矢印は、電子の流れの渦度V(すなわち電子の速度場の回転)を表している。
【0050】
図14の(a)部に示される渦度Vは、Cu層及びCu
2O層との境界領域における不均一な移動度によって、電子の移動速度の分布が空間的に不均一となったことにより生じたものである。こうして、電流J
cは、渦度勾配に沿ったスピン流J
sにSVCを通じて変換される。なお、
図14の(b)部に示されるように、Cu層及びCu
2O層との境界領域に対して移動度の勾配と平行にスピン流J
sを注入しても、電子の流れの渦度Vが発生しないため、スピン流J
sは電流J
cに変換されない。
【0051】
図15は、試料S3の層構造の概略モデルを示す図である。前述したように、試料S3は、NiFe層上に設けられたCu層と、Cu層上に設けられたCu
2O層とを有する。なお、このモデルにおいて、Cu層の厚さは4nmであり、境界領域を含むCu
2O層の厚さは6nmである。
図15には、厚さ方向(z方向)における移動度の変化を示すグラフが併記されている。該グラフから明らかなように、Cu
2O層の移動度μ
Cu2Oは、Cu層の移動度μ
Cuよりも小さい。そして、Cu層とCu
2O層との境界領域では、移動度が連続的に変化する。境界領域の厚さDは、例えば6nm未満である。このような移動度の連続的な変化は、Cu原子とO原子との相互拡散により生じる。ここで、厚さ方向(z方向)において移動度が滑らかに変化すると仮定して、μ(z)を
【数1】
と表す。このとき、変換効率θ
JcJsは下記の数式(1)によって与えられる。
【数2】
但し、lは銅における電子の平均自由行程であり、L=D/2である。また、境界領域より上のCu
2O層は理想的な絶縁体であると仮定している。
【0052】
数式(1)から明らかなように、Lが小さいほど(すなわち境界領域が薄いほど)、大きな変換効率θJcJsが得られる。例えば、室温における銅の典型的な値であるL=3nm且つl=2.8nmの場合、変換効率θJcJsは0.044となる。
【0053】
以上に説明したように、移動度の変化を有する領域内においては、電子の流れにおける渦度(すなわち電子の速度場の回転)からの角運動量の転換により、スピン流が生成される。このようなスピン流の生成方式は、強磁性材料や大きなSOIを有する材料を必要とせず、スピントロニクスデバイスの材料選択の自由度を高めることができる。
【0054】
(第2実施形態)
図16は、本開示の第2実施形態に係る磁気メモリ30の構成を示す斜視図である。この磁気メモリ30は、磁気ランダムアクセスメモリであって、第1実施形態に係るデバイス1を備える。具体的には、磁気メモリ30は、行方向(s方向)及び列方向(t方向)にマトリクス状に配置された記憶素子(メモリセル)M
1,1~M
I,Jを備える。なお、図には代表して記憶素子M
i,j、M
i,(j+1)、M
(i+1),j、M
(i+1),(j+1)が示されている(i=1,2,・・・,I-1,j=1,2,・・・,J-1)。
【0055】
図17の(a)部は、記憶素子M
i,jの構成を示す断面図である。記憶素子M
i,jは、巨大磁気抵抗(GMR)素子またはトンネル磁気抵抗(TMR)素子であって、第1の強磁性層(固定層)31と、強磁性層31上に設けられた非磁性層32と、非磁性層32上に設けられた第2の強磁性層(可動層)33と、強磁性層33上に設けられたデバイス1とを備える。デバイス1は、第1実施形態と同様の構成を備える。すなわち、デバイス1は、強磁性層33上に設けられた導電層2と、導電層2上に設けられた導電層3と、導電層2,3の間に形成された境界領域とを備える。導電層2,3の構成は第1実施形態と同様であり、導電層3の移動度は、導電層2の移動度よりも低い。そして、導電層2と導電層3との境界領域は、積層方向に移動度の勾配を有する。この移動度の勾配によって生じる電子の速度場の回転により、デバイス1にスピン流が生成される。導電層2上には、一対の電極35,36が配置されている。電極35,36は、互い間隔をあけて並んでいる。強磁性層31の下には、電極37が配置されている。
【0056】
なお、
図16に示した他の記憶素子M
i,(j+1)、M
(i+1),j、M
(i+1),(j+1)もまた、
図17の(a)部に示した記憶素子M
i,jと同様の構成を有するGMR素子またはTMR素子である。
【0057】
図17の(a)部に示された記憶素子M
i,jには、強磁性層31,33の相対的な磁化M
1,M
2の向きに応じた情報が記憶される。強磁性層31,33の材料としては、例えばNiFeが採用される。強磁性層31,33は、互いに異なる材料により構成されてもよく、同じ材料により構成されてもよい。強磁性層31の磁化M
1は固定されており、強磁性層33の磁化M
2は可変である。非磁性層32の材料としては、Cuなどの非磁性金属のほかに、例えば酸化アルミニウム(Al
2O
3)や酸化マグネシウム(MgO)等の絶縁体も使用可能である。
【0058】
再び
図16を参照する。第j行にはワード線WL
jが配設され、第(j+1)行にはワード線WL
j+1が配設されている。第i列には3本のビット線BLA
i、BLB
i、BLC
iが配設され、第(i+1)列には3本のビット線BLA
i+1、BLB
i+1、BLC
i+1が配設されている。このように、各行毎に少なくとも1本のワード線が配設され、各列毎に少なくとも3本のビット線が配設されている。また、各記憶素子M
i,j、M
i,(j+1)、M
(i+1),j、M
(i+1),(j+1)には、一対の選択トランジスタSTA及びSTBが接続されている。選択トランジスタSTAの一方の電流端子は電極35に接続され、選択トランジスタSTBの一方の電流端子は電極36に接続されている。第i列の記憶素子M
i,j、M
i,(j+1)に接続された選択トランジスタSTA,STBの他方の電流端子は、それぞれビット線BLA
i、BLB
iに接続されている。第(i+1)列の記憶素子M
(i+1),j、M
(i+1),(j+1)に接続された選択トランジスタSTA,STBの他方の電流端子は、それぞれビット線BLA
i+1、BLB
i+1に接続されている。第j行の記憶素子M
i,j、M
(i+1),jに接続された選択トランジスタSTA
,STBの各制御端子は、ワード線WL
jに接続されている。第(j+1)行の記憶素子M
i,(j+1)、M
(i+1),(j+1)に接続された選択トランジスタSTA
,STBの各制御端子は、ワード線WL
j+1に接続されている。
【0059】
また、第i列の記憶素子Mi,j、Mi,(j+1)の電極37は、ビット線BLCiに接続されている。第(i+1)列の記憶素子M(i+1),j、M(i+1),(j+1)の電極37は、ビット線BLCi+1に接続されている。ワード線WLj、WLj+1、ビット線BLAi、BLAi+1、BLBi、BLBi+1、BLCi、及びBLCi+1は、図示を省略した制御回路に接続される。
【0060】
記憶素子Mi,j、Mi,(j+1)、M(i+1),j、M(i+1),(j+1)の書き込み時には、選択された記憶素子(ここでは記憶素子Mi,jとする)に対応したワード線WLjを通じて当該行の選択トランジスタSTA,STBをオンし、当該列のビット線BLAi,BLBiを通じて電極35と電極36との間に電流を流すことにより、記憶素子Mi,jのデバイス1にスピン流Jsを発生させる。このスピン流Jsが、強磁性層33の磁化M2と相互作用し、磁化M2に対するスピン角運動量の受け渡しが起こる。この結果、強磁性層33の磁化M2が反転する。
【0061】
記憶素子M
i,j、M
i,(j+1)、M
(i+1),j、M
(i+1),(j+1)は、GMR効果またはTMR効果を利用して情報を読み出す。すなわち、選択された記憶素子(ここでは記憶素子M
i,jとする)に対応したワード線WL
jを通じて当該行の選択トランジスタSTA
,STBをオンし、当該列のビット線BLA
i,BLB
i,BLC
iを通じて電極35,36と電極37との間に電流を流す。
図17の(a)部に示すように、強磁性層31及び33の磁化が平行状態にあるとき、強磁性層31、非磁性層32及び強磁性層33を通る縦方向の電流経路は相対的に低抵抗であり、ビット線BLA
i,BLB
i,BLC
iを介して例えば「1」が読み出される。一方、
図17の(b)部に示すように、強磁性層33の磁化の向きが反転して、強磁性層31及び33の磁化が反平行状態にあるとき、強磁性層31、非磁性層32及び強磁性層33を通る縦方向の電流経路は相対的に高抵抗であり、ビット線BLA
i,BLB
i,BLC
iを介して例えば「0」が読み出される。
【0062】
本実施形態に係る磁気メモリ30によれば、特定の材料に依存することなくスピン流を生成することが可能なデバイス1によってスピン流を生成し、このスピン流が強磁性層33の磁化と相互作用し、強磁性層33の磁化方向を制御できる。
【0063】
また、本実施形態の磁気メモリ30は、様々な電子機器に適用可能である。すなわち、電子機器は、磁気メモリ30を1以上搭載してもよい。電子機器としては、磁気メモリ30を複数搭載したメモリボード、複数の磁気メモリ30あるいはメモリボードを搭載した電子部品、磁気メモリ30あるいはメモリボードあるいは電子部品を搭載した家電製品、パソコン、スマートフォン、車載機器、測定機器、制御機器等、メモリを必要とする機器がある。
【0064】
また、本実施形態の磁気メモリ30によれば、以下のような新たな効果を奏することができる。
【0065】
(1)電気伝導度の改善
スピン軌道相互作用(SOI)に由来するスピンホール効果によるスピン流生成の効率は、スピンホール伝導度σSHで表される。電圧Vに電気伝導度σを乗算すると電流密度が得られるが(オームの法則)、これと同様に、電圧Vにスピンホール伝導度σSHを乗算するとスピン流密度が得られる。磁気メモリのビット書き換えに必要なスピン流を発生するための電圧Vは、スピンホール伝導度σSHが大きいほど小さくなる。ビット書き換えの消費エネルギーは電圧Vの2乗に比例するので、スピンホール伝導度σSHが大きいほど、ビット書き換えの消費エネルギーを小さくすることができる。
【0066】
ここで、
図18は、スピンホール伝導度σ
SH及び電気伝導度σに応じて種々の材料をプロットしたグラフである。
図18において、縦軸はスピンホール伝導度σ
SHをh/(4πe)(ここでhはプランク定数、eは素電荷量)で除算した値(単位:ジーメンス・m
-1)を表し、横軸は電気伝導度σ(単位:ジーメンス・m
-1)を表す。
図18に示されるように、一般に電気伝導度σが大きいCuやAgといった金属においては、スピンホール伝導度σ
SHが小さい。また、スピンホール伝導度σ
SHが大きいBiSbなどのトポロジカル絶縁体の電気伝導度σは小さい。電気伝導度σが小さい材料を磁気メモリのスピン流発生源とすると、磁気メモリの各ビットの配線抵抗が大きくなり、信号の遅延及び減衰、信号波形の変形、電力消費の増大、電磁波の輻射などが生じ、高速且つ省電力の動作を妨げる。これに対し、本実施形態では、全く新しい原理に基づくスピン流生成を行うことにより、Al、Cu、及びAgといった、電気伝導度σが大きいが物質固有のスピンホール伝導度σ
SHが小さい材料を用いて、大きなスピン流を生成することができる。
【0067】
図19の(a)部は、導電層2及び3、並びに境界領域4付近の原子構造を模式的に示す図である。同図において、範囲D
2は導電層2に相当し、範囲D
3は導電層3に相当し、範囲D
4は境界領域4に相当する。また、同図には、導電層2を構成する原子41と、導電層2を構成する原子42とが模式的に示されている。同図に示されるように、境界領域4においては、導電層2を構成する原子41と、導電層3を構成する原子42とが相互に拡散しており、導電層2に近づくほど原子41の割合が高くなり、導電層3に近づくほど原子42の割合が高くなる。
図19の(b)部は、厚さ方向における電気伝導度σの変化を示すグラフであって、横軸は電気伝導度σを示し、縦軸は(a)部に対応する厚さ方向位置を示す。
【0068】
図19の(b)部に示されるように、金属表面の酸化や窒化、或いは異種物質の境界において組成に勾配を持たせることにより、電気伝導度σを厚さDの間にσ
H(最大電気伝導度)からσ
L(最小電気伝導度、σ
H>σ
L)まで次第に変化させたとする。なお、典型的には、最大電気伝導度σ
Hは導電層2の電気伝導度であり、最小電気伝導度σ
Lは導電層3の電気伝導度である。このとき、境界領域4の中心における電気伝導度は最大電気伝導度σ
H及び最小電気伝導度σ
Lの平均値(σ
H+σ
L)/2で与えられるので、σ
Hがσ
Lよりも十分に大きければ、σ
H/2と近似できる。一方、境界領域4の電流渦により生じるスピン流のスピンホール伝導度σ
SHは、理論計算により、下記の数式(2)で与えられる。
【数3】
ここでlは、境界領域4を流れる電子の平均自由行程(衝突距離)である。また、L=D/2(Dは境界領域4の厚さ)である。この数式から明らかなように、境界領域4のスピンホール伝導度σ
SHは、σ
Hに比例する。このことは、
図18に示された各種材料に固有のスピンホール伝導度σ
SHとは無関係に、電気伝導度σが大きい物質を用いて、大きなスピン流を生成できることを示す。さらに、上記の数式(2)では、スピンホール伝導度σ
SHがLの2乗に反比例している。すなわち、スピンホール伝導度σ
SHは境界領域4の厚さDの2乗に反比例する。故に、厚さDを小さくすることにより、導電層2,3の材料系を変更することなく、スピン流生成の効率を向上することができる。以上のことから、電気伝導率の勾配を有する境界領域4の該勾配によって生じる電子の速度場の回転によりスピン流を生成する本実施形態の磁気メモリ30によれば、従来の磁気メモリと比較して、各ビットにおける配線抵抗を格段に低減し、信号の遅延及び減衰、信号波形の変形、電力消費の増大、電磁波の輻射などを抑制することができる。
【0069】
(2)磁気的摩擦の改善
図20は、表面に酸化膜が形成された銅膜(Cu
*)、及びPtにおける、電流からスピン流への変換効率(図中の○印)、及びスピン流から電流への変換効率(図中の□印)を示すグラフである。
図20に示されるように、銅膜(Cu
*)においては、Ptとは異なり、スピン流から電流への逆変換は殆ど生じない。これは、境界領域4において電気伝導度σの勾配方向にスピン流を流しても電流の渦が発生しないことに因る。
【0070】
前述したように、磁気メモリのビット書き込みは、強磁性層33の磁気モーメントの反転により行われる。磁気モーメントの運動には摩擦(結晶格子へのエネルギーの散逸)が働き、この摩擦が大きい材料ほど、磁気モーメントの向きを変えにくい。
図21は、この摩擦の大きさを表すギルバートダンピング定数αと、外部磁場μ
0Hとの関係を示すグラフである。
図21において、横軸は外部磁場μ
0H(単位:mT)を表し、縦軸はギルバートダンピング定数αを表す。
【0071】
図21を参照すると、強磁性体であるNiFe単体の場合、ギルバートダンピング定数αは磁場に依存せず一定値(0.008程度)であるが、NiFeにPtを接合するとその2倍程度まで増加する。これは、NiFeの磁気モーメントの方向が変化すると、その反作用としてPtにスピン流が流れ出し、そのスピン流がPtにおいて電流に変換され(逆スピンホール効果)、ジュール熱を発生する(すなわち、エネルギーが散逸する)ことに因る。従来のスピン注入型の磁気メモリでは、Ptにおいて発生させたスピン流を強磁性層に注入してビット書き込みを行うので、Ptを強磁性層に接合する必要がある。このとき、強磁性層の磁気モーメントに働く摩擦が増加してしまうので、書き込みにくくなる。スピン流生成効率が高い材料ほど、接合相手である強磁性層のギルバートダンピング定数αを増加させるので、このことがビット書き込みの効率を低下させる要因となる。これに対し、境界領域4における電気伝導率の勾配によってスピン流を生成する本実施形態の方式によれば、上述したようにスピン流から電流への逆変換が殆ど発生しないので、強磁性層のギルバートダンピング定数αを殆ど増加させずに済む。このことは、
図21において、表面を酸化した銅薄膜(Cu
*)をNiFe層に接合した場合、NiFeのギルバートダンピング定数αが殆ど増加していないことから明らかである。
【0072】
以上のことから、本実施形態の磁気メモリ30によれば、強磁性層33の磁気モーメントが反転する際の磁気的な摩擦を格段に低減することができる。従って、ビット書き込みに必要なスピン流強度をより小さくすることができる。
【0073】
従来のスピン注入トルク型の磁気メモリ(STT-MRAM)におけるビット書き換え時の消費エネルギーは数百(fJ)であり、また、それを改良したスピン軌道トルク型の磁気メモリ(SOT-MRAM)におけるビット書き換え時の消費エネルギーはSTT-MRAMの1/20以下であるが、本実施形態の磁気メモリ30によれば、更に、SOT-MRAMの1/10以下にまでビット書き換え時の消費エネルギーを低減することができる。また、本実施形態の磁気メモリ30においては、各ビットの構成はSOT-MRAMと同様であり、各ビットの大きさを、STT-MRAM(80F2)よりも格段に小さく(例えば40F2)することができる。なお、Fは最小加工寸法(minimum feature size)である。また、データ書き込み時間をSTT-MRAM(10ns)よりも格段に小さく(例えば1ns以下)することができ、データ書き換えのサイクル寿命をSTT-MRAM(1012回)よりも格段に多く(例えば1015回)することができる。
【0074】
(変形例)
上述した各実施形態では、導電層2と導電層3との間に存在する境界領域4におけるキャリア移動度若しくは電気伝導率の勾配を利用してスピン流を発生させているが、境界領域4の厚さが限りなく0に近い場合(すなわち境界領域4が存在せず、キャリア移動度若しくは電気伝導率が不連続に変化する場合)であっても、該変化によってスピン流を発生させることができる。
【0075】
図22は、本変形例に係るスピントロニクスデバイス1Aの構成を示す斜視図である。このデバイス1Aは、導電層2(第1の導電層)と、導電層3(第2の導電層)とを備える。導電層2,3の構成材料、移動度(電気伝導率)及び厚さは、第1実施形態と同様である。但し、本変形例では境界領域の厚さが限りなく0に近いか若しくは存在しない。従って、導電層2,3は互いに接している。
【0076】
図23は、積層方向におけるデバイス1Aの移動度の変化を示すグラフである。
図23において、範囲D
2は導電層2に相当し、範囲D
3は導電層3に相当する。第1実施形態と同様、導電層3を構成する材料の移動度μ
3は、導電層2を構成する材料の移動度μ
2よりも低い。そして、本変形例では導電層2,3が互いに接している(境界領域がない)ため、移動度は導電層2,3の界面を境に不連続に(階段状に)変化する。
【0077】
図24は、積層方向と交差する方向に電圧を印加した際にデバイス1Aの内部を移動する電子の速さを示す模式図である。図中の矢印A
2,A
3は、それぞれ導電層2,3における電子の移動を示す。各矢印A
2,A
3の長さは電子の移動速度を表し、矢印が長いほど電子の移動速度が大きい。
【0078】
移動度が高い導電層2を移動する電子の移動速度は、移動度が低い導電層3を移動する電子の移動速度よりも速くなる。従って、矢印A
2は、矢印A
3よりも長くなる。このような電子の移動速度の違いによって、導電層2,3の界面において電子の速度場が回転する(
図24の矢印Ar)。この速度場の回転Arにより、電子の流れの中に角運動量が存在することとなる。そして、この角運動量は一方向の電子スピン(アップスピンまたはダウンスピン)に変換される。これにより、アップスピン及びダウンスピンの平衡状態が乱され、アップスピン及びダウンスピンの相対的な分布に偏りを生じさせる。その結果、分布の偏りを解消する方向(すなわち界面から導電層2へ向かう方向)にスピン流が生じる。
【0079】
本変形例のデバイス1Aにおいても、第1実施形態と同様に、大きなスピン流を生成することができる。また、この作用は、キャリア移動度若しくは電気伝導率を不連続に変化させるだけで発現し、SOIを生じる貴金属等の特別な材料を必要としない。従って、スピントロニクスデバイスの材料選択の自由度を高めることができる。
【0080】
また、上述した第2実施形態のデバイス1を、本変形例のデバイス1Aに置き換えてもよい。その場合、特定の材料に依存することなくスピン流を生成することが可能なデバイス1Aによってスピン流を生成し、このスピン流が強磁性層33の磁化と相互作用し、強磁性層33の磁化方向を制御できる。
【0081】
本発明によるスピントロニクスデバイス、磁気メモリ及び電子機器は、上述した実施形態に限られるものではなく、他に様々な変形が可能である。例えば、上記実施形態では第1の導電層の構成材料としてCu,Alを例示し、第2の導電層の構成材料としてそれらの酸化物を例示したが、第1の導電層はCu,Al以外の他の金属であってもよく、第2の導電層はそれらの酸化物であってもよい。或いは、第1の導電層の構成材料はCu,Alを含む金属群から選択される1以上の金属であり、第2の導電層はその酸化物を除く他の異種材料から構成されてもよい。或いは、第1の導電層は半導体からなり、第2の導電層は絶縁体からなってもよい。このように、導電性有機物や導電性酸化物、導電性窒化物など導電性を示すものはすべて第1及び第2の導電層の対象となり得る。
【0082】
また、本発明の好ましい実施形態について詳述したが、本発明は係る特定の実施形態に限定されるものではない。すなわち、本発明に関して多数存在する実施例の一部を記載したに過ぎず、本発明の目的や課題、あるいは効果を達成できる範囲内であれば、実施例に直接の記載がなくても、種々の変形・変更が可能であることは言うまでもない。特に、実施例に記載されている複数の構成部あるいは機能については、その組合せの変更(追加、削除)が可能である。
【0083】
また、本発明の課題や目的については、「発明が解決しようとしている課題」に総括的に記載しているが、それに限定されるものではなく、実施例の中にも記載されている課題や目的についても、それぞれの発明について有効であることは言うまでも無い。また、実施例に記載されている効果については、課題あるいは目的の裏返しであるため、そこに課題あるいは目的が直接記載されていなくてもその存在を理解すべきである。
【0084】
また、実施例には課題あるいは目的を達成するための発明が記載されているものの、その達成度については必ずしも100%である必要はなく、それは発明の構成の組合せに応じて変わるものであり、例え10%の達成度でも、目的を達成していないとしてその発明が否定されるべきではないことは言うまでもない。
【0085】
(付言)
第1実施形態において述べた、電気伝導率の勾配を有する領域によりスピン流を生成し得る事実に関しては、次の実験結果もまた明確な根拠となる。
図25は、表面が酸化した銅薄膜におけるスピン流強度と酸化時間との関係を示すグラフである。
図25において、横軸は酸化時間(単位:秒)を表し、縦軸はスピン流強度に比例する量ΔR/Rを表す。すなわち、Rはスピン流の発生を無視できる条件で測定した電気抵抗を表し、ΔRはスピン流の発生による電気抵抗の変化量を表す。従って、ΔR/Rは、スピン流の発生による電気抵抗の変化率を表す。
図25から明らかなように、酸化時間6000秒付近においてスピン流強度(スピン流量)が極大となり、さらに酸化させると、酸化時間が長くなるほどスピン流強度は次第に減少する。仮に、酸化銅自体がスピン流を生成する能力を獲得しているのであれば、酸化が進行するほどスピン流強度が増加するはずである。一般に、物質の酸化過程では、まず「表面の酸素吸着」が起こり、表面全体に酸素が十分吸着した後、「物質内部への酸素原子の拡散進行」が生じる。
【0086】
図26の(a)部は、深さ方向における酸素原子の分布と、酸化時間との関係を示すグラフである。
図26の(b)部は、深さ方向における銅薄膜の電気伝導度の分布と、酸化時間との関係を示すグラフである。これらの図において、横軸は深さ(単位:nm)を表し、(a)部の縦軸は酸素原子密度を表し、(b)部の縦軸は電気伝導度の規格化値(各深さにおける銅薄膜の電気伝導度を、無酸化銅の電気伝導度により除算したもの)を表す。また、各図において、グラフG31,G41は酸化時間が600秒である場合を示し、グラフG32,G42は酸化時間が6000秒である場合を示し、グラフG33,G43は酸化時間が12000秒である場合を示す。
【0087】
図26から明らかなように、酸化時間が短いと、銅表面での酸化による電気伝導度の低下が小さく、最大電気伝導度σ
Hと、最小電気伝導度σ
Lとの差(σ
H-σ
L)が小さい。故に、電気伝導度σの傾斜勾配が小さい。酸化が進むにつれて電気伝導度σの傾斜勾配は大きくなるが、銅表面に酸素が十分に吸着した後においては、銅内部への酸素拡散が進行するので、傾斜勾配は減少に転じる。このように、酸化時間に起因する電気伝導度σの傾斜勾配の変化の傾向と、
図26に示された、酸化時間に起因するスピン流強度の変化の傾向とが相互に一致していることから、電気伝導率の勾配を有する領域において電流の渦がスピン流を生成していることが強く示唆される。
【符号の説明】
【0088】
1…スピントロニクスデバイス、2,3…導電層、4…境界領域、20…ホールバー、21…第1層、22…第2層、23…ロックインアンプ、25…電圧計、30…磁気メモリ、31,33…強磁性層、32…非磁性層、35,36,37…電極、102…金属被膜、102a…表面、Hdc…外部磁場、Jc…電流、Js…スピン流、Q…格子点、S1~S4…試料、V…渦度。