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  • 特許-不飽和ニトリルの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-20
(45)【発行日】2023-09-28
(54)【発明の名称】不飽和ニトリルの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 253/24 20060101AFI20230921BHJP
   C07C 255/08 20060101ALI20230921BHJP
   B01J 8/24 20060101ALI20230921BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20230921BHJP
【FI】
C07C253/24
C07C255/08
B01J8/24 301
C07B61/00 300
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022103404
(22)【出願日】2022-06-28
(62)【分割の表示】P 2020518841の分割
【原出願日】2018-05-15
(65)【公開番号】P2022128485
(43)【公開日】2022-09-01
【審査請求日】2022-06-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】舘野 恵理
(72)【発明者】
【氏名】田村 翔
【審査官】中村 政彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-308423(JP,A)
【文献】特開2015-098455(JP,A)
【文献】国際公開第2011/090131(WO,A1)
【文献】特表2017-512642(JP,A)
【文献】特開2001-213855(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 253/00
C07C 255/00
B01J 8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
流動床反応器において、炭化水素を気相接触アンモ酸化反応に供することにより対応する不飽和ニトリルを製造する反応工程を有する不飽和ニトリルの製造方法であって、
前記反応工程において、キャリアガスを用いて前記流動床反応器内の濃厚層に粉末を供給し、
前記濃厚層におけるガスの線速度LV2に対する、前記粉末を前記流動床反応器内に供給する供給口における前記キャリアガスの線速度LV1の比(LV1/LV2)が0.01以上1200以下であり、
前記キャリアガスの線速度LV1が0.01m/sec以上330m/sec以下であり、
前記濃厚層におけるガスの線速度LV2が0.3m/sec以上1.0m/sec以下であり、
前記濃厚層に該当する部分の前記流動床反応器内径が0.5mφ以上20mφ以下である、製造方法。
【請求項2】
前記流動床反応器内のガスの流量R2に対する、前記流動床反応器内に供給する前記キャリアガスの流量R1の比(R1/R2)の100倍が、0.0005以上50以下である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記キャリアガスが、不活性ガスである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記粉末が、前記気相接触アンモ酸化反応に用いられる触媒の粉末、前記触媒にMo原子を補充するためのMo化合物を含有する粉末、及び、前記触媒にW原子を添加するためのW化合物を含有する粉末、からなる群より選ばれる1種以上の粉末を含む、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記供給口は、前記流動床反応器内の側壁に形成されており、前記供給口における前記キャリアガスの供給角度が、鉛直方向に対して15°以上85°以下である、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記濃厚層におけるガスの線速度LV2は、鉛直方向下方から鉛直方向上方へのガスの流れにおける線速度である、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不飽和ニトリルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アルカン及び/又はアルケンのような炭化水素を触媒の存在下、気相接触アンモ酸化反応させる際には、流動床反応器が広く用いられている。そのような気相接触アンモ酸化反応を長時間にわたって行う際に、アクリロニトリルのような目的生成物の収率が低下しないよう様々な提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、アクリロニトリル収率が高く、かつ経時的なアクリロニトリル収率の低下が小さく、長時間安定した製造を行うことができるアクリロニトリルの製造方法を提供することを意図して、触媒の存在下、プロピレンと分子状酸素およびアンモニアとを反応させてアクリロニトリルを製造する方法において、触媒としてモリブデン、ビスマス、鉄、ニッケル、およびシリカを必須成分として含有するものを用い、反応開始から1000時間以降、種々の結晶相由来のX線回折ピーク強度が所定の関係を維持することを特徴とするアクリロニトリルの製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2005-029528号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
気相接触アンモ酸化反応に流動床反応器を用いた場合、粉末状の触媒そのものや触媒に含まれ得るモリブデンが飛散し、系外に排出される結果、不飽和ニトリルの収率が低下する。そのような収率の低下を防止するために、反応系内に触媒やモリブデン化合物を添加することが考えられる。そのような場合、特許文献1に記載の製造方法は、不飽和ニトリルの収率低下を抑制するのに有効な方法とはいえない。また、触媒活性を更に高めるためにタングステン化合物を反応系内に添加することも考えられる。しかしながら、実際に工業規模において流動床反応器を用いる場合、単に触媒やモリブデン化合物及びタングステン化合物を反応系内に添加しても、不飽和ニトリルの収率が低下するのを抑制したり、あるいは触媒活性を更に高めたりするのに、必ずしも十分とはいえない。
【0006】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、流動床反応器において、炭化水素を気相接触アンモ酸化反応に供することにより対応する不飽和ニトリルを製造する反応工程を有する不飽和ニトリルの製造方法であって、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制できる製造方法を提供することを目的の一つとする。また、上記不飽和ニトリルの製造方法であって、タングステン化合物を添加することにより不飽和ニトリルの収率を十分に高めることのできる製造方法を提供することを目的の別の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意検討を行い、下記のことを見出した。まず、工業規模において不飽和ニトリルを製造する場合、流動床反応器内の特定の箇所に触媒等の粉末が偏析する。その結果、その粉末の利用効率が低下するため、不飽和ニトリルの収率低下を抑制したり、タングステン化合物の添加によって不飽和ニトリルの収率を高めたりすることができない。また、流動床反応器内に所定量の触媒等の粉末を添加しても、必ずしも目的とした量の粉末が触媒の一部として有効に機能しない。その結果、不飽和ニトリルの収率低下を抑制したり、タングステン化合物の添加によって不飽和ニトリルの収率を高めたりすることができない。そして、本発明者らは、それらの知見に基づいて更に検討を進めた結果、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は下記のとおりである。
[1]流動床反応器において、炭化水素を気相接触アンモ酸化反応に供することにより対応する不飽和ニトリルを製造する反応工程を有する不飽和ニトリルの製造方法であって、前記反応工程において、キャリアガスを用いて前記流動床反応器内の濃厚層に粉末を供給し、前記濃厚層におけるガスの線速度LV2に対する、前記粉末を前記流動床反応器内に供給する供給口における前記キャリアガスの線速度LV1の比(LV1/LV2)が0.01以上1200以下であり、前記キャリアガスの線速度LV1が0.01m/sec以上330m/sec以下であり、前記濃厚層におけるガスの線速度LV2が0.3m/sec以上1.0m/sec以下であり、前記濃厚層に該当する部分の前記流動床反応器内径が0.5mφ以上20mφ以下である、製造方法。
[2]前記流動床反応器内のガスの流量R2に対する、前記流動床反応器内に供給する前記キャリアガスの流量R1の比(R1/R2)の100倍が、0.0005以上50以下である、[1]に記載の製造方法
[3]前記キャリアガスが、不活性ガスである、[1]又は[2]に記載の製造方法。
]前記粉末が、前記気相接触アンモ酸化反応に用いられる触媒の粉末、前記触媒にMo原子を補充するためのMo化合物を含有する粉末、及び、前記触媒にW原子を添加するためのW化合物を含有する粉末、からなる群より選ばれる1種以上の粉末を含む、[1]~[]のいずれか1つに記載の製造方法。
]前記供給口は、前記流動床反応器内の側壁に形成されており、前記供給口における前記キャリアガスの供給角度が、鉛直方向に対して15°以上85°以下である、[1]~[]のいずれか1つに記載の製造方法。
]前記濃厚層におけるガスの線速度LV2は、鉛直方向下方から鉛直方向上方へのガスの流れにおける線速度である、[1]~[]のいずれか1つに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、流動床反応器において、炭化水素を気相接触アンモ酸化反応に供することにより対応する不飽和ニトリルを製造する反応工程を有する不飽和ニトリルの製造方法であって、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制できる製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、上記不飽和ニトリルの製造方法であって、タングステン化合物を添加することにより不飽和ニトリルの収率を十分に高めることのできる製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本実施形態の不飽和ニトリルの製造方法に用いる反応装置の一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0012】
本実施形態の不飽和ニトリルの製造方法は、流動床反応器において、炭化水素を気相接触アンモ酸化反応に供することにより対応する不飽和ニトリルを製造する反応工程を有するものであって、反応工程において、キャリアガスを用いて流動床反応器内の濃厚層に粉末を供給し、濃厚層におけるガスの線速度LV2に対する、粉末を流動床反応器内に供給する供給口におけるキャリアガスの線速度LV1の比(LV1/LV2)が0.01以上1200以下である。ここで、「濃厚層」とは、気相接触アンモ酸化反応中の流動床反応器の内部空間のうち、単位体積当たりの触媒(後述のように、Mo含有粉末及びW含有粉末を少量含み得る。)の存在量が100kg/m3以上である空間と該空間より下部に位置する空間とをいう。この濃厚層は、該空間より上部に位置し単位体積当たりの触媒の存在量が100kg/m3未満である「希薄層」と区別される。気相接触アンモ酸化反応は、主に濃厚層で進行する。
【0013】
本実施形態における反応工程では、流動床反応器において、炭化水素をアンモニアと共に酸素の存在下で気相接触アンモ酸化反応に供することにより対応する不飽和ニトリルを製造する。気相接触アンモ酸化反応に用いられる原料である炭化水素としては、例えば、メタン、エタン、プロパン、n-ブタン、イソブタン等のアルカン;エチレン、プロピレン、n-ブチレン、イソブチレン等のアルケンが挙げられる。これらの中では、生成するニトリル化合物の化学品中間原料としての価値の観点から、プロパン、イソブタン、プロピレン、イソブチレンが好ましく、プロパン及び/又はプロピレンがより好ましい。
【0014】
また、炭化水素及びアンモニアの供給原料は必ずしも高純度である必要はなく、工業グレードのガスを使用できる。供給酸素源としては、空気、純酸素又は純酸素で富化した空気を用いることができる。さらに、希釈ガスとしてヘリウム、ネオン、アルゴン、炭酸ガス、水蒸気、窒素等を供給してもよい。
【0015】
炭化水素としてプロパン又はイソブタンを用いる場合、気相接触アンモ酸化反応は、以下の条件で行うことができる。
【0016】
反応に供給する酸素のプロパン又はイソブタンに対するモル比は好ましくは0.1~6、より好ましくは0.5~4である。反応に供給するアンモニアのプロパン又はイソブタンに対するモル比は好ましくは0.3~1.5、より好ましくは0.7~1.2である。反応温度は好ましくは350~500℃、より好ましくは380~470℃である。反応圧力は好ましくは5×104~5×105Pa、より好ましくは1×105~3×105Paである。原料ガスと触媒との接触時間は好ましくは0.1~10(sec・g/cc)、より好ましくは0.5~5(sec・g/cc)である。
【0017】
炭化水素としてプロピレンまたはイソブチレンを用いる場合、気相接触アンモ酸化反応は、以下の条件で行うことができる。
【0018】
反応に供給するプロピレンとアンモニアと酸素とのモル比(プロピレン/アンモニア/酸素)は、好ましくは1.0/1.0~1.5/1.6~2.2である。反応温度は、好ましくは380~480℃である。また、反応圧力は、好ましくは1×105~3×105Paである。原料ガスと触媒との接触時間は、好ましくは2~7sec・g/ccであり、より好ましくは3~6sec・g/ccである。
【0019】
図1に、本実施形態の不飽和ニトリルの製造方法において用いられ得る流動床反応器を備えた反応装置の一例を概略的に示す。反応装置100は、気相接触アンモ酸化反応を行う流動床反応器1と、その流動床反応器1に供給する触媒の粉末(以下、単に「触媒粉末」という。)、Mo(モリブデン)を含む化合物であるMo含有化合物を含有する粉末(以下、単に「Mo含有粉末」という。)、及びW(タングステン)を含む化合物であるW含有化合物を含有する粉末(以下、単に「W含有粉末」という。)からなる群より選ばれる1種以上の粉末を貯蔵するホッパー10と、流動床反応器1とホッパー10とを接続し、ホッパー10から流動床反応器に上記粉末を供給するための供給管11とを備える。
【0020】
ホッパー10は、図1においては一つしか示されていないが、触媒粉末、Mo含有粉末及びW含有粉末を別々に貯蔵するように、複数のホッパーであってもよい。また、供給管11内では、ホッパー11から流動床反応器1に向かって、上記粉末と共にキャリアガスが流通している。そのキャリアガスによって上記粉末が、供給管11を介して、流動床反応器1に形成されている粉末供給口12から流動床反応器1内の濃厚層3bに供給される。粉末供給口12は、反応器1の側壁に設けられてもよいし、反応器1の内部空間にまで供給管11を敷設することにより、その内部空間に設けられてもよい。キャリアガスとしては特に限定されないが、例えば、窒素、ヘリウム及びアルゴンなどの不活性ガス、空気、並びに二酸化炭素等が挙げられる。これらの中では、気相接触アンモ酸化反応に影響を与え難い観点から、気相接触アンモ酸化反応に対して不活性な不活性ガスが好ましい。
【0021】
流動床反応器1は、矢印F方向が地面と略鉛直方向となるように設置されている。流動床反応器1は、粉末2が流動可能に収納された内部空間3と、内部空間3に炭化水素を含む原料ガスAを供給する原料供給口4と、内部空間3から反応生成ガスCを排出する排出口6と、ホッパー10から供給された触媒粉末、Mo含有粉末及びW含有粉末からなる群より選ばれる1種以上の粉末を内部空間に供給する粉末供給口12とを有する。内部空間3は、下側に、主に気相接触アンモ酸化反応が進行し粉末2が密に存在する濃厚層3bを有し、上側に粉末2が疎に存在する希薄層3aを有する。ホッパー10からの粉末を濃厚層3bに供給することにより、その粉末を濃厚層3bに存在する触媒とより効率的に接触させることが可能になるため、不飽和ニトリルの収率をより高めることができる。粉末2は、その大部分が触媒粉末であるが、Mo含有粉末及びW含有粉末を少量含み得る。
【0022】
また、流動床反応器1は、内部空間3に酸素を含む酸素含有ガスBを供給する分散板5と、内部空間3内で反応生成ガスから触媒2を分離回収するサイクロン7とを有していてもよい。炭化水素を含む原料ガスAは、分散管8を介して原料供給口4から内部空間3内に供給される。また、流動床反応器1は、酸素含有ガスBを供給するガス供給口9を有していてもよい。ガス供給口9から内部空間3内に導入された酸素含有ガスBは、分散板5により分散される。複数の原料供給口4から供給される原料ガスAと、分散板5により分散されて供給される酸素含有ガスBは、互いに対向するように供給され、交絡しつつ混合される。
【0023】
粉末2は、それ自体の自重及び嵩密度、並びに、原料ガスA及び酸素含有ガスBの供給量(矢印F方向の流量)等のバランスの中で、内部空間3内で流動している。粉末2の単位空間あたりの存在量(分布)は、内部空間3の下から上(矢印F方向)に行くにつれて減少する。
【0024】
流動床反応器1は、内部空間3に、反応生成ガスから粉末2を分離回収するサイクロン7を有する。流動床反応器1は、そのほか、必要に応じて、主に内部空間3の濃厚層3bの反応熱を除去し反応温度を制御するための冷却コイル(不図示)や、内部空間3内のガス空塔速度を調整するための部材(不図示)を有していてもよい。サイクロン7には、入口7aから粉末2を同伴させた反応生成ガスが入る。サイクロン7に入った粉末2は、サイクロン7の円錐部分で螺旋を描くように内部空間3の下方に落下する。一方、当該粉末に同伴していた反応生成ガスは、サイクロン7の上部から上方に延びる管より排出口6へと導かれていく。サイクロン7の円錐部分の下方には、さらに内部空間3の下方に向けて管が伸びており、この管の中を通って粉末2は内部空間3の下方に導かれる。
【0025】
内部空間3内のガス空塔速度は、鉛直方向下方から鉛直方向上方へのガスの流れにおける線速度であり、内部空間3の断面積(矢印F方向と直行する方向の面積)によって変化する。例えば、断面積が一様でない内部空間3を想定したときに、断面積が広い箇所はガス空塔速度が遅くなり、断面積が狭い箇所はガス空塔速度が早くなる。内部空間3における特定の領域のガス空塔速度を調整するために、部材が用いられてもよい。その部材は、内部空間3の各所のガス空塔速度を調整する観点から、内部空間3に配置されるものである。ガス空塔速度を調整するための部材が配置された箇所のガスが流通可能な断面積は、ガス空塔速度を調整するための部材が占める分狭くなるので、ガス空塔速度を調整するための部材が設置されていないところと比較してガス空塔速度が早くなる。また、ガス空塔速度を調整するための部材を設置する方法に代えて、内部空間3の断面積が所望の箇所において変化するよう直径が一様でない流動床反応器1を用いてもよい。
【0026】
本実施形態では、上記反応工程における気相接触アンモ酸化反応における、線速度LV2に対する線速度LV1の比(LV1/LV2)が0.01以上1200以下である。ここで、線速度LV2は、上記ガス空塔速度のうち、濃厚層3bにおけるガスの線速度であり、線速度LV1は、上記粉末を流動床反応器1内に供給する粉末供給口12におけるキャリアガスの線速度である。LV1/LV2が0.01以上であることにより、粉末供給口12から流動床反応器1内に所望量の上記粉末を反応器内全体に偏在することなく供給することができる。その結果、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制でき、タングステン化合物を添加する場合では、不飽和ニトリルの収率を十分に高めることができる。LV1/LV2が1200以下であることにより、流動床反応器1内で供給した粉末が偏在することを防止できるので、その粉末を有効に反応に寄与させることが可能となる。その結果、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制でき、タングステン化合物を添加する場合では、不飽和ニトリルの収率を十分に高めることができる。同様の観点から、LV1/LV2は、0.05以上1100以下であると好ましく、0.10以上1000以下であるとより好ましく、0.70以上1.7以下であると更に好ましい。LV1/LV2は、線速度LV1及び線速度LV2を後述のようにして調整することにより、所定の数値範囲内に制御することができる。
【0027】
キャリアガスの線速度LV1は、0.01m/sec以上330m/sec以下であると好ましい。線速度LV1が0.01m/sec以上であることにより、供給管11内での粉末の体積をより抑制することができ、流動床反応器1内に粉末をより正確に供給することができる。その結果、不飽和ニトリルの収率が低下するのを更に十分に抑制でき、タングステン化合物を添加する場合では、不飽和ニトリルの収率をより十分に高めることができる。また、線速度LV1が330m/sec以下であることにより、供給管11内、流動床反応器1内、及び流動床反応器1内を流動する粉末2に供給管11内を流通する粉末が合流する粉末供給口12における粉末の粉砕を更に効果的に防止することができる。そのため、サイズの小さくなった粉末が系外に排出されるのを一層抑制することが可能となる。同様の観点から、線速度LV1は0.05m/sec以上300m/sec以下であるとより好ましく、0.1m/sec以上250m/sec以下であると更に好ましい。線速度LV1は、原料ガスAの流動床反応器1への供給量を調整することにより、所定の数値範囲内に制御することができる。また、キャリアガスの線速度LV1は、下記式により計算することができる。
線速度LV1(m/sec)=キャリアガス流量(Nm3/hr)/供給管11の配管径より求められる円の断面積(m2)/3600
線速度LV1は、上記キャリアガスの流量を調整することにより、所定の数値範囲内に制御することができる。供給管11が複数ある場合は、供給管11の各々1つ当たりでLV1を求め、LV1及びLV1/LV2が好ましい範囲内となるよう調整すればよい。
【0028】
濃厚層3bにおけるガスの線速度LV2は、0.3m/sec以上1.0m/sec以下であると好ましい。線速度LV2が0.3m/sec以上であることにより、供給管11からの粉末が流動床反応器1内を流動する粉末2と更に効率よく接触することができる。その結果、不飽和ニトリルの収率が低下するのを更に十分に抑制でき、タングステン化合物を添加する場合では、不飽和ニトリルの収率をより十分に高めることができる。また、線速度LV2が1.0m/sec以下であることにより、流動床反応器1内、及び流動床反応器1内を流動する粉末2に供給管11内を流通する粉末が合流する粉末供給口12における粉末の粉砕を更に効果的に防止することができる。そのため、サイズの小さくなった粉末が系外に排出するのを一層抑制することが可能となる。同様の観点から、線速度LV2は0.35m/sec以上0.90m/sec以下であるとより好ましく、0.4m/sec以上0.85m/sec以下であると更に好ましい。また、濃厚層3bにおけるガスの線速度LV2は、下記式により計算することができる。ここで、「濃厚層3bにおける有効断面積」とは、濃厚層3bにおいてガスが流通する方向に直交する方向の断面積であって、上記ガス空塔速度及び線速度LV2を調整するための部材がある時は、その分の面積を除いたものをいう。また、「ガス流量R2」は、原料ガス、酸素含有ガス及びキャリアガス等内部空間に供給されるガスの総量により決定される。
線速度LV2(m/sec)=ガス流量R2(Nm3/hr)/濃厚層3bにおける有効断面積(m2)のうち最も小さい面積/3600
線速度LV2は、上記ガス流量、及び/又は有効断面積を調整することにより、所定の数値範囲内に制御することができる。
【0029】
本実施形態の不飽和ニトリルの製造方法において、上記濃厚層3bにおけるガスの線速度LV2は、濃厚層3bにおける、鉛直方向下方から鉛直方向上方へのガスの流れにおける線速度である。この線速度LV2が上述の数値範囲内になるように調整することで、更に有効かつ確実に、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制でき、タングステン化合物を添加する場合には、不飽和ニトリルの収率を十分に高めることができる。
【0030】
本実施形態の不飽和ニトリルの製造方法において、内部空間3内のガスの流量R2(Nm3/hr)に対する、流動床反応器1内に供給するキャリアガスの流量R1(Nm3/hr)の比(R1/R2)の100倍が、0.0005以上50以下であることが好ましい。ここで、「キャリアガスの流量R1」は、供給管11内を流通するキャリアガス流量(Nm3/hr)であり、供給管11が複数ある場合は、各々の供給管のキャリアガス流量の総量を示す。「ガス流量R2」は、原料ガス、酸素含有ガス及びキャリアガス等内部空間に供給されるガスの総量により決定される。
【0031】
比R1/R2の100倍の値が0.0005以上であることにより、粉末供給口12から流動床反応器1内に所望量の上記粉末を反応器内全体により偏在することなく供給することができる。その結果、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制でき、タングステン化合物を添加する場合では、不飽和ニトリルの収率を十分に高めることができる。また、比R1/R2の100倍の値が50以下であることにより、流動床反応器1内で供給した粉末が偏在することをより確実に防止できるので、その粉末を更に有効に反応に寄与させることが可能となる。その結果、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制でき、タングステン化合物を添加する場合では、不飽和ニトリルの収率を十分に高めることができる。また、流動床反応器1内に供給されたキャリアガスや粉末による流動床反応器1内の温度の変動を防ぐことができる。その結果、反応温度の変動により不飽和ニトリルの収率が低下することを更に確実に防止できる。
【0032】
また、R1の値は反応器や粉末供給装置の規模により適宜調整できるが、0.05Nm3/hr以上50000Nm3/hr以下であることが好ましく、0.1Nm3/hr以上30000Nm3/hr以下であることがより好ましい。R1の値が0.05Nm3/hr以上であることにより、所望量の上記粉末を反応器内全体により偏在することなく所望の時間内に供給することができる。その結果、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制でき、タングステン化合物を添加する場合では、不飽和ニトリルの収率を十分に高めることができる。また、R1の値が50000Nm3/hr以下であることにより、流動床反応器1内で供給した粉末が偏在することをより確実に防止できるので、その粉末を更に有効に反応に寄与させることが可能となる。その結果、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制でき、タングステン化合物を添加する場合では、不飽和ニトリルの収率を十分に高めることができる。また、流動床反応器1内に供給されたキャリアガスや粉末による流動床反応器1内の温度の変動を防ぐことができる。その結果、反応温度の変動により不飽和ニトリルの収率が低下することを更に確実に防止できる
【0033】
反応温度の変動幅は、不飽和ニトリルの収率低下の影響を低減する観点から、20℃未満であると好ましく、10℃未満であるとより好ましい。反応温度の変動幅は、粉体を流動床反応器1に投入開始してから投入完了するまでの間で、投入前からの温度変化の最も大きい値である。反応温度の変動幅は、内部空間3内の濃厚層に設置した温度計により測定できる。その温度計の設置場所は濃厚層の領域内であれば限定されないが、平均的な情報を得るため、温度計を濃度層の領域内に複数設置し、それらの測定点の平均値とすることが好ましい。
【0034】
本実施形態の不飽和ニトリルの製造方法において、粉末供給口12におけるキャリアガスの供給角度(図1中の符号θ)が、鉛直方向に対して15°以上85°以下であると好ましい。その供給角度θが鉛直方向に対して15°以上であると、粉末供給口12から供給された粉末が、その粉末供給口12付近に偏在することをより有効かつ確実に抑制することができる。その結果、気相接触アンモ酸化反応が局所的に進行したり進行しなかったりすることをより十分に防止することが可能となり、反応の制御を更に容易にできると共に不飽和ニトリルの収率をより高めることができる。また、供給角度θが鉛直方向に対して85°以下であることにより、粉末の存在密度の高い濃厚層3bにより有効かつ確実に粉末を供給することができるので、流動床反応器1内に存在する粉末2全体に新たに添加した粉末をより均一に混合することができる。これらの結果、気相接触アンモ酸化反応が局所的に進行したり進行しなかったりすることをより十分に防止することが可能となり、反応の制御を更に容易にできると共に不飽和ニトリルの収率をより高めることができる。
【0035】
本実施形態に係る触媒は、接触アンモ酸化反応中に流動床反応器1内から逃散していき、また、反応が進行するにつれて性能が低下する。そこで、流動床反応器1内の触媒量を一定量以上保持すると共に不飽和ニトリルの収率低下を一層抑制する観点から、流動床反応器1内に、粉末供給口12から触媒粉末を供給することが好ましい。触媒粉末の供給量は、上記と同様の観点から、1日当たり、流動床反応器1内の触媒1トン当たり、0.02kg以上2kg以下であると好ましく、0.05kg以上1.5kg以下であるとより好ましい。触媒粉末の供給量が上記下限値以上であると、反応器内の触媒量を一定量以上保持でき、不飽和ニトリルの収率低下をさらに抑制できるという効果を奏する。触媒粉末の供給量が上記上限値以下であると、反応器内の触媒量を適正範囲内に調整でき、不飽和ニトリルの収率をより有効に維持できるという効果を奏する。
【0036】
触媒の組成は、気相接触アンモ酸化反応に対して活性であれば特に限定されないが、本発明の作用効果をより有効かつ確実に奏する観点から、少なくとも元素としてモリブデンを含む酸化物触媒であると好ましい。より具体的には、プロパン又はイソブタンのアンモ酸化反応に対しては、下記式(1)で表される組成を有する触媒が挙げられる。
MoVaNbbcden・・・(1)
ここで、式(1)中、a、b、c、d、e及びnは、Mo1原子当たりのそれぞれの原子の原子比を示し、0.01≦a≦1、0.01≦b≦1、0.01≦c≦1、0≦d<1、0≦e<1の範囲にあり、nは原子価のバランスを満たす値である。
【0037】
Mo1原子当たり、Vの原子比aは0.1以上0.4未満、Nbの原子比bは0.01以上0.2未満がそれぞれ好ましい。また、Mo1原子当たりのX成分の原子比cは、0.01以上0.6未満が好ましく、0.1以上0.4未満がより好ましい。
【0038】
Xで示される元素としては、例えば、Sb(アンチモン)及びTe(テルル)より選択される1種以上の元素が挙げられる。これらの元素を含む化合物としては、例えば、硝酸塩、カルボン酸塩、カルボン酸アンモニウム塩、ペルオキソカルボン酸塩、ペルオキソカルボン酸アンモニウム塩、ハロゲン化アンモニウム塩、ハロゲン化物、アセチルアセトナート、アルコキシドが挙げられる。これらの中では、好ましくは硝酸塩及びカルボン酸塩に代表される水性原料が使用される。
【0039】
一般的に、不飽和ニトリルの工業的製造方法においては、400℃以上での長期使用に耐えうる特性が必要であり、Xで示される元素としてはSbを用いることが特に好ましい。一方、不飽和酸の工業的製造方法においては、400℃以下での反応も可能なため、長期運転時のTeの逃散の影響が小さく、Teも好適に使用可能である。
【0040】
Tで示される元素のMo1原子当たりの原子比であるdは、0以上1未満が好ましく、0.001以上0.1未満がより好ましく、0.002以上0.08未満が更に好ましい。Tで示される元素としては、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)、Hf(ハフニウム)、Ta(タンタル)、Cr(クロム)、W(タングステン)、Mn(マンガン)、Re(レニウム)、Fe(鉄)、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Pd(パラジウム)、Pt(白金)、Ag(銀)、Au(金)、Zn(亜鉛)、B(ホウ素)、Al(アルミニウム)、Ga(ガリウム)、In(インジウム)、Ge(ゲルマニウム)、Sn(スズ)、Pb(鉛)、P(リン)及びBi(ビスマス)からなる群より選択される1種以上の元素が好ましく、Ti、W及びMnがより好ましい。
【0041】
Zで示される元素のMo1原子当たりの原子比であるeは、0以上1未満が好ましく、0.0001以上0.5未満がより好ましい。Zで示される元素としては、Sr(ストロンチウム)、Ba(バリウム)、Sc(スカンジウム)、Y(イットリウム)、La(ランタン)、Ce(セリウム)、Pr(プラセオジム)及びYb(イッテルビウム)が好ましく、Ceが特に好ましい。アンモ酸化反応における不飽和ニトリルの収率向上の観点で、酸化物触媒はZで示される元素を含有するのが好ましく、触媒粒子内で均一に分散されていることが一層好ましい。ただし、Zで示される元素は、特開平11-244702号公報に教示されているように、スラリー中で好ましくない反応を生じるおそれがあるため、含有量は微量であることが好ましい。
【0042】
触媒中のMoの原料となるMoを含有する化合物(以下、「Mo含有化合物」という。他の元素についても同様。)としては、例えば、酸化モリブデン酸アンモニウム、ヘプタモリブデン酸アンモニウム、リンモリブデン酸、ケイモリブデン酸が挙げられ、それらの中でも、ヘプタモリブデン酸アンモニウム[(NH46Mo724・4H2O]を好適に用いることができる。
【0043】
触媒中のVの原料となるV含有化合物としては、例えば、五酸化バナジウム、メタバナジウム酸アンモニウム及び硫酸バナジルが挙げられ、中でも、メタバナジウム酸アンモニウム[NH4VO3]を好適に用いることができる。
【0044】
触媒中のNbの原料となるNb含有化合物としては、例えば、ニオブ酸、ニオブの無機酸塩及びニオブの有機酸塩が挙げられ、中でも、ニオブ酸を好適に用いることができる。
【0045】
Xで示される元素としてTeを使用する場合、触媒中のTeの原料としてテルル酸[H6TeO6]を好適に用いることができ、Sbを使用する場合、触媒中のSbの原料としてアンチモン酸化物、特に三酸化アンチモン[Sb23]を好適に用いることができる。
【0046】
プロピレン又はイソブチレンの気相アンモ酸化反応には、例えば、下記式(2)及び式(3)で表される組成を有する触媒が挙げられる。
Mo12BiaFebcdefgn ・・・(2)
ここで、式(2)中、Jは、Ni、Co、Mn、Zn、Mg、Ca、Sr及びBaからなる群より選ばれる1種以上の元素の元素を示し、Dは、Cr、W、V、Nb、B、Al、Ga、In、P、Sb及びTeからなる群より選ばれる1種以上の元素を示し、Eは、希土類元素からなる群より選ばれる1種以上の元素を示し、Lは、Ru、Rh、Pd、Os、Ir及びPtからなる群より選ばれる1種以上の元素を示し、Gは、Na、K、Rb及びCsからなる群より選ばれる1種以上の元素を示し、a、b、c、d、e、f、g及びnは、それぞれ、ビスマス(Bi)、鉄(Fe)、Jで示される元素、Dで示される元素、Eで示される元素、Lで示される元素、Gで示される元素及び酸素(O)のモリブデン(Mo)12原子に対する原子比を示し、aは0.05以上7以下、bは0.1以上7以下、cは0以上12以下、dは0以上5以下、eは0以上5以下、fは0以上0.2以下、gは0.01以上5以下、nは酸素以外の構成元素の原子価を満足する酸素原子の数である。
【0047】
Mo12(Bi1-aCeabFecdefg ・・・(3)
ここで、式(3)中、Xは、Ni及びCoからなる群より選ばれる1種以上の元素を示し、Tは、Mg、Ca、Zn、Sr及びBaからなる群より選ばれる1種以上の元素を示し、Zは、K、Rb及びCsからなる群より選ばれる1種以上の元素を示し、aは、BiとCeの合計に対するCeの相対原子比を示し、0.2以上0.8以下であり、bは、モリブデン(Mo)12原子に対するBiとCeの合計原子比を示し、0.5以上1.5以下であり、cは、Mo12原子に対するFeの原子比を示し、0.1以上3以下であり、dは、Mo12原子に対するXの原子比を示し、0.1以上9.5以下であり、eは、Mo12原子に対するTの原子比を示し、0以上9.5以下であり、fは、Mo12原子に対するZの原子比を示し、0.01以上2以下であり、gは、Mo12原子に対する酸素の原子比を示し、存在する他の元素の原子価要求を満足させるのに必要な酸素の原子数である。
【0048】
これらの元素を含む塩又は化合物としては、通常、アンモニウム塩、硝酸塩、カルボン酸塩、カルボン酸アンモニウム塩、ペルオキソカルボン酸塩、ペルオキソカルボン酸アンモニウム塩、ハロゲン化アンモニウム塩、ハロゲン化物、アセチルアセトナート及びアルコキシドを用いることができ、好ましくは硝酸塩、カルボン酸塩等の水溶性原料である。
【0049】
触媒中のMoの原料となるMo含有化合物としては、例えば、酸化モリブデン酸アンモニウム、ヘプタモリブデン酸アンモニウム、リンモリブデン酸、ケイモリブデン酸が挙げられ、それらの中でも、ヘプタモリブデン酸アンモニウム[(NH46Mo724・4H2O]を好適に用いることができる。
【0050】
本実施形態における触媒は、シリカを含有する触媒、より具体的にはシリカに担持されたシリカ担持触媒であってもよい。触媒が酸化物触媒である場合、シリカ担持触媒に含まれるシリカの含有量、好ましくは担体シリカの含有量は、触媒の強度を向上させる観点から、SiO2換算で、酸化物とシリカとを含むシリカ担持触媒の全質量に対して20質量%以上であることが好ましい。また、その含有量は、十分な活性を付与する観点から、SiO2換算で、酸化物とシリカとを含むシリカ担持触媒の全質量に対して70質量%以下であることが好ましい。その含有量は、より好ましくは、SiO2換算で、酸化物とシリカとを含むシリカ担持触媒の全質量に対して40質量%以上65質量%以下である。
【0051】
酸化物触媒がシリカに担持されている場合、シリカの原料としてシリカゾル、粉体シリカ等を添加することができる。粉体シリカは、高熱法で製造されたものが好ましく、予め水に分散させて使用することでスラリー中への添加及び混合がより容易となる。分散方法としては特に制限はなく、一般的なホモジナイザー、ホモミキサー及び超音波振動器等を単独又は組み合わせて用いることで粉体シリカを分散させることができる。
【0052】
本実施形態に係る触媒中のモリブデンは気相接触アンモ酸化反応中に反応器から逃散していくため、特に何もしなければ酸化物触媒中のモリブデン含有量は低下していく傾向にある。そこで、流動床反応器1内に存在する触媒中のモリブデン含有量が低下するのを抑制するよう、流動床反応器1内に、粉末供給口12からMo含有粉末を供給することが好ましい。
【0053】
Mo含有粉末の流動床反応器1内への供給量は特に限定されないが、1日当たり、流動床反応器1内の触媒1トン当たり0.02kg以上2kg以下であると好ましく、0.05kg以上1kg以下であるとより好ましい。上記範囲の量のMo含有化合物を供給することによって、触媒からの逃散に見合う量のモリブデンを反応器に供給し、触媒中のモリブデン量を維持して収率の低下をより防止しやすくなる。また、上記供給量を上記上限値以下にすることにより、余剰のモリブデン化合物やその分解物により反応ガス中のアンモニアが燃焼し、アンモニアを無駄に消費することをより有効かつ確実に抑制することができる。さらに、流動床反応器1内の温度の上昇を引き起こして反応温度が安定しないこともより容易に防止することができる。
【0054】
流動床反応器1内に供給するするMo含有粉末におけるMo含有化合物としては一般的なものでよく、例えば、ヘプタモリブデン酸アンモニウム((NH46Mo724・4H2O)、三酸化モリブデン(MoO3)、リンモリブデン酸(H3PMo1240)、ケイモリブデン酸(H4SiMo1240)及び五塩化モリブデン(MoCl5)が挙げられる。これらの中では、ヘプタモリブデン酸アンモニウム〔(NH46Mo724・4H2O〕が好ましい。ヘプタモリブデン酸アンモニウムは添加後に分解しやすいため、触媒中により取り込まれやすく、また、Mo含有化合物中のモリブデンの対イオン等による触媒への悪影響が少ない。これらのことなどから、ヘプタモリブデン酸アンモニウムを用いると、不飽和ニトリルの収率維持の効果を一層得やすい傾向にある。
【0055】
本実施形態に係る触媒はそのままでも触媒活性を有するものである。ただし、流動床反応器1を用いた気相接触アンモ酸化反応中の触媒にW含有化合物を接触させることにより、不飽和ニトリルの選択率を向上させることができる。例えば、触媒を収容した流動床反応器1に原料ガス等を供給し、気相接触アンモ酸化反応を進行させた状態で、不飽和ニトリルの選択率が十分でない場合もあり得る。このような場合であっても、その反応を進行させながらW含有粉末を供給することによって、初期状態より選択率を向上させることが可能となる。
【0056】
本実施形態の製造方法において、流動床反応器1にW含有粉末を供給する際の、供給するW含有化合物の量は、W含有化合物中に含まれるタングステンと、触媒中に含まれるモリブデンとのモル比(W/Mo比)が流動床反応器1内で0.0001以上0.1以下となるようにすると好ましい。流動床反応器1内でW/Mo比を0.0001以上にすることで触媒とW含有化合物との接触頻度が高まり、触媒中のモリブデン等の金属とタングステンをより効率良く交換することができる。一方、W/Mo比を0.1以下にすることで、過剰なアンモニアの燃焼をより有効に抑え、不飽和ニトリルの収率低下を更に抑制することができる。W含有化合物の供給後は、流動床反応器1内で、W含有化合物を供給した後の触媒中に含まれるタングステンの量と供給前の触媒中に含まれるタングステンの量との差Wcと、触媒中に含まれるモリブデンの量とのモル比(Wc/Mo比)を、0.0001以上0.1以下となるようにすると好ましい。
【0057】
上述したように、タングステンは触媒を構成する元素として含まれている場合も有り得る。その場合であっても、流動床反応器1にW含有粉末を供給することによって、不飽和ニトリルの選択率を向上させることができる。この理由としては、流動床反応器1に供給されるW含有化合物は触媒の表面近傍の改質に関わっており、触媒の結晶中に入り込んだタングステン成分とは異なる作用を及ぼすことに起因していると本発明者らは推定している。ただし、要因はこれに限定されない。
【0058】
より具体的には、流動床反応器1内にW含有化合物を供給すると、触媒とタングステン化合物が接触し、W含有化合物が固相反応により触媒中の特に表面に拡散し、Mo等の金属元素との交換反応が起こると想定される。この交換反応が不飽和ニトリルの選択率改善に寄与していると本発明者らは考えている。
【0059】
上記W/Mo比を所定の数値範囲内にする方法は特に限定されないが、W含有粉末及び/又はMo含有粉末を、上述のように、適宜ホッパー10から粉末供給管11を介して、流動床反応器1内に供給することが好ましい。供給する頻度や、一回に供給する量はW/Mo比が0.0001以上0.1以下を維持する限り、適宜設定することができる。
【0060】
流動床反応器1内に供給される粉末の粒径は特に限定されないが、例えば、平均粒径で1μm以上500μm以下である。また、粉末の嵩密度も特に限定されないが、例えば、25℃において0.1g/cm3以上10.0g/cm3以下である。
【0061】
本実施形態の不飽和ニトリルの製造方法に用いる流動床反応器の寸法は特に限定されず、例えば濃厚層に該当する部分の反応器内径が0.5mφ以上20mφ以下の反応器を用いることができる。また、本実施形態の不飽和ニトリルの製造方法は、特に工業規模の大型の流動床反応器を用いる場合に、本発明の作用効果をより有効かつ確実に奏することができる。すなわち、工業規模の大型の流動床反応器においては、小型の流動床反応器(例えばパイロットプラントや実験室規模)に比べて、粉末の偏在化や粉末の供給管内での粉末の堆積が生じやすい。しかしながら、本実施形態の不飽和ニトリルの製造方法では、そのような大型の流動床反応器においても、粉末の偏在化をより有効に抑制することができ、粉末の供給管内での粉末の堆積をより有効に防止することができる。その結果、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制したり、タングステン化合物を供給する場合に不飽和ニトリルの選択性、ひいては不飽和ニトリルの収率を十分に高めたりすることができる。そのような大型の流動床反応器の寸法は、例えば、反応器内径が3mφ以上20mφ以下の範囲である。
【実施例1】
【0062】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0063】
(実施例1)
粉末供給口12が分散板5と分散管8との間に位置する以外は図1に示すのと同様の構成を備える第一の反応装置を用意した。流動床反応器1は、内径0.6m、長さ15mの縦型円筒形を有していた。内部空間3の下端(分散板5)から0.14mの高さに粉末供給口12(供給管11の配管径より求められる円の断面積:0.0006m2)の中心が位置するように、ホッパー10と流動層反応器1とを、粉末の供給管11を介して接続した。なお、分散管8と分散板5の間隔は0.26mであり、粉末供給口12におけるキャリアガスの供給角度θは45°であった。
【0064】
流動床反応器1内に、特許第5779192号公報の実施例1に記載の触媒(Mo1.00.214Sb0.220Nb0.1050.030Ce0.005n/50.0wt%-SiO2)580kgを充填した。反応温度445℃、反応圧力常圧下にプロパン:アンモニア:空気=1:1:15のモル比となるように、反応原料であるプロパン及びアンモニアを原料供給口4から供給し、ガス供給口9を介して空気を分散板5から供給し、気相接触アンモ酸化反応を開始した。また、W含有粉末として、WO3の粉末(平均粒径:45μm、嵩密度:2.0g/cm3)をホッパー10に収容した。気相接触アンモ酸化反応を開始して触媒性能が安定したところで、そのWO3の粉末0.4kgを、供給管11を介して粉末供給口12から流動床反応器1内にキャリアガスである窒素と共に供給した。このときの線速度LV1が表1に示す量になるよう、窒素の流量を調整した。線速度LV2は、空気、プロパン及びアンモニアの量を調整して表1に示す量となった。このとき流動床反応器1の濃厚層における有効断面積のうち最も小さい面積は、0.25m2であった。また、キャリアガスである窒素の供給管11内での流量R1は11m3/hr、内部空間3内のガスの流量R2は450m3/hrであった。その後、気相接触アンモ酸化反応を継続しながら、WO3の粉末を5日おきに0.4kgずつ、25日間で計6回、流動床反応器1内に供給した。なお、流動床反応器1内の差圧と差圧測定点の高さから濃厚層が存在する領域を下記式により求めたところ、濃厚層の上端は、内部空間3の下端(分散板5)から7mの位置であった。
(高さh1から高さh2(高さh1よりも高い。)までの間の単位体積当たりの触媒の存在量)=(h2とh1との間の差圧)/(h2とh1との間の距離)
ここで、高さh1は分散板5の高さとする。
表1には、内部空間3の下端(分散板5)からの高さを「濃厚層の上端」として示す。
【0065】
最初に粉末を供給する直前の触媒及び反応開始から30日後の触媒を採取し、それぞれの組成を蛍光X線分析により求めた。30日間に流動床反応器1内に供給した粉末の合計量を「理論増加量」とし、その理論増加量(kg)に対する、下記式で示される「実質増加量」の比(実質増加量/理論増加量)の百分率を利用効率として導き出した。この利用効率が高いほど、所望のとおりに粉末が流動床反応器1内に供給されたことを意味する。なお、下記式中の「WO3量」は、蛍光X線分析により求められたWの量からWO3として換算された量を意味する。結果を表1に示す。
実質増加量(kg)=(反応開始から30日経過後に触媒に含まれるWO3量(質量%)-最初に粉末を供給する直前の触媒に含まれるWO3量(質量%))×流動床反応器1内の触媒量(kg)
【0066】
また、気相接触アンモ酸化反応を開始した直後のアクリロニトリルの収率と、反応開始から30日経過後のアクリロニトリルの収率とを導き出した。開始した直後のアクリロニトリルの収率から、30日経過後のアクリロニトリルの収率がどの程度上昇したかを調べ、「収率改善幅」として評価した。この収率改善幅が大きいほど、触媒活性を高めることができたことを意味する。さらに、粉末を供給した時の流動床反応器1内の温度変動幅を、反応器内部空間3内の濃厚層における、分散板から50mm上部に設置した4点の温度計の指示値の平均値として記録した。結果を表1に示す。
【0067】
(実施例2~6、8~10、並びに比較例1及び2)
線速度LV1及びLV2を表1に示す数値になるように変更した以外は実施例1と同様にして、利用効率、収率改善幅及び温度変動幅を評価した。結果を表1に示す。
【0068】
(実施例7)
線速度LV2を、流動床反応器1の濃厚層に部材を設置し、有効断面積のうち最も小さい面積を0.22m2として表1に示す数値となるように変更した以外は実施例1と同様にして、利用効率、収率改善幅及び温度変動幅を評価した。結果を表1に示す。
【0069】
(実施例11~18、並びに比較例3及び4)
ホッパー10に収容し、流動床反応器1内に供給した粉末をWO3粉末からヘプタモリブデン酸アンモニウム(AHM)粉末に変更し、線速度LV1及びLV2、並びに粉末の供給量を表1に示すように変更した以外は実施例1と同様にして、利用効率及び収率改善幅を評価した。なお、「実質増加量」は下記のようにして求められたものを用い、下記式中の「AHM量」は、蛍光X線分析により求められたMoの量からAHMとして換算された量を意味する。
実質増加量(kg)=(反応開始から30日経過後に触媒に含まれるAHM量(質量%)-最初に粉末を供給する直前の触媒に含まれるAHM量(質量%))×流動床反応器1内の触媒量(kg)
【0070】
(実施例19~26、並びに比較例5及び6)
ホッパー10に収容し、流動床反応器1内に供給した粉末をWO3粉末から触媒粉末に変更し、線速度LV1及びLV2、並びに粉末の供給量を表1に示すように変更した以外は実施例1と同様にして、収率改善幅及び温度変動幅を評価した。結果を表1に示す。
【0071】
(実施例27)
図1に示すのと同様の構成を備える第二の反応装置を用意した。流動床反応器1は、内径8m、長さ20mの縦型円筒形を有していた。内部空間3の下端(分散板5)から0.40mの高さに粉末供給口12(供給管11の配管径より求められる円の断面積:0.019m2)の中心が位置するように、ホッパー10と流動層反応器1とを、粉末の供給管11を介して接続した。なお、分散管8と分散板5の間隔は0.39mであり、粉末供給口12におけるキャリアガスの供給角度θは45°であった。流動床反応器1内に、特開5779192号公報の実施例1に記載の触媒100トンを充填した。反応温度445℃、反応圧力常圧下にプロパン:アンモニア:空気=1:1:15のモル比となるように、反応原料であるプロパン及びアンモニアを原料供給口4から供給し、ガス供給口9を介して空気を分散板5から供給し、気相接触アンモ酸化反応を開始した。また、W含有粉末として、WO3の粉末(平均粒径:45μm、嵩密度:2.0g/cm3)をホッパー10に収容した。気相接触アンモ酸化反応を開始して触媒性能が安定したところで、そのWO3の粉末250kgを、供給管11を介して粉末供給口12から流動床反応器1内にキャリアガスである窒素と共に供給した。このときの線速度LV1が表1に示す量になるよう、窒素の流量を調整した。線速度LV2は、空気、プロパン及びアンモニアの量を調整して表1に示す量となった。このとき流動床反応器1の濃厚層における有効断面積のうち最も小さい面積は、67.3m2であった。また、キャリアガスである窒素の供給管11内での流量R1は800m3/hr、内部空間3内のガスの流量R2は120000m3/hrであった。その後、気相接触アンモ酸化反応を継続しながら、WO3の粉末を5日おきに250kgずつ、25日間で計6回、流動床反応器1内に供給した。なお、流動床反応器1内の差圧と差圧測定点の高さから、実施例1と同様にして濃厚層が存在する領域を求めたところ、濃厚層の上端は、内部空間3の下端(分散板5)から13mの位置であった。表1には、内部空間3の下端(分散板)からの高さを「濃厚層の上端」として示す。温度変動幅は、分散板から800mm上部の位置に設置した4点の温度計の指示値の平均値として記録した。
【0072】
(実施例28~32、比較例7~8)
ホッパー10に収容し、流動床反応器1内に供給した粉末をWO3粉末からヘプタモリブデン酸アンモニウム(AHM)粉末に変更し、線速度LV1及びLV2、並びに粉末の供給量を表1に示すように変更した以外は実施例1と同様にして、利用効率、収率改善幅及び温度変動幅を評価した。結果を表1に示す。
【0073】
(実施例33、34)
供給角度θを表1に示す値に変更した以外は実施例15と同様にして、利用効率、収率改善幅及び温度変動幅を評価した。結果を表1に示す。
【0074】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明によると、不飽和ニトリルの収率が低下するのを十分に抑制できる不飽和ニトリルの製造方法、並びに、タングステン化合物を添加することにより不飽和ニトリルの収率を十分に高めることのできる不飽和ニトリルの製造方法を提供することができる。よって、本発明はそのような効果を期待する分野に産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0076】
1…流動床反応器、2…粉末、3…内部空間、3a…希薄層、3b…濃厚層、4…原料供給口、5…分散板、6…排出口、7…サイクロン、7a…入口、8…分散管、9…ガス供給口、10…ホッパー、11:供給管、12…粉末供給口、100…反応装置、A…原料ガス、B…酸素含有ガス、C…反応生成ガス。
図1