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特許7352937乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための鑑別マーカー遺伝子セット、方法およびキット
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  • 特許-乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための鑑別マーカー遺伝子セット、方法およびキット 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-21
(45)【発行日】2023-09-29
(54)【発明の名称】乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための鑑別マーカー遺伝子セット、方法およびキット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6837 20180101AFI20230922BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20230922BHJP
   C12Q 1/6876 20180101ALI20230922BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20230922BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
C12Q1/6837 Z ZNA
C12Q1/686 Z
C12Q1/6876 Z
C12N15/09 200
C12M1/00 A
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2019134181
(22)【出願日】2019-07-19
(65)【公開番号】P2021016350
(43)【公開日】2021-02-15
【審査請求日】2022-05-25
(73)【特許権者】
【識別番号】509013703
【氏名又は名称】公立大学法人福島県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100156443
【弁理士】
【氏名又は名称】松崎 隆
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 慎哉
(72)【発明者】
【氏名】今井 順一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 恵美
(72)【発明者】
【氏名】大竹 徹
(72)【発明者】
【氏名】阿部 宣子
(72)【発明者】
【氏名】立花 和之進
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-085555(JP,A)
【文献】特開2012-085554(JP,A)
【文献】特表2019-516754(JP,A)
【文献】特表2017-508469(JP,A)
【文献】特表2015-519043(JP,A)
【文献】特表2012-525818(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-90
C12Q
MEDLINE/BIOSIS/REGISTRY/CAPLUS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法であって、
(a)前記被検試料において、乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための鑑別マーカー遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルを測定する工程と、
(b)測定された前記鑑別マーカー遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルから、前記被検試料が前記鑑別又は分類対象である所望のサブタイプであるかを鑑別または分類する工程と
を含み、
前記鑑別マーカー遺伝子セットが、下記表に記載のa~o群からなる遺伝子群より選択される少なくとも1つの遺伝子群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせを含み、
前記少なくとも1つの遺伝子群が、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプに応じて選択され
(i)前記所望のサブタイプがLuminal Aである場合に、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群、細胞周期スコアを算出するためのo群、ならびに、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群であり、
(ii)前記所望のサブタイプがLuminal B (HER2陽性)である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ならびに、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群であり、
(iii)前記所望のサブタイプがLuminal B (HER2陰性)である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群、ならびに、細胞周期スコアを算出するためのo群であり、
(iv)前記所望のサブタイプがHER2陽性である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ならびに、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群またはHER2様スコアを算出するためのi群であり、
(v)HER2陽性様である場合に、HER2様スコアを算出するためのi群、ならびに、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群であり、
(vi)前記所望のサブタイプがトリプルネガティブである場合に、トリプルネガティブスコアを算出するためのf群、g群、h群、および、n群であり、
(vii)前記所望のサブタイプが葉状腫瘍である場合に、葉状腫瘍スコアを算出するためのb群であり、
(viii)前記所望のサブタイプが扁平上皮癌である場合に、扁平上皮スコアを算出するためのa群であり、
(ix)前記所望のサブタイプが判定不能である場合に、癌スコアおよびそれ以外の全てのスコアを算出するためのa群~o群であり、
(x)前記所望のサブタイプが正常様である場合に、正常様スコアを算出するためのe群、細胞周期スコアを算出するためのo群、ならびに、癌スコアを算出するためのc群およびd群であり、または、
(xi)前記所望のサブタイプが正常である場合に、癌スコアを算出するためのc群およびd群である、方法。
【表1A】
【表1B】
【請求項2】
請求項1に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記工程(b)が、前記測定された遺伝子の発現レベルより前記鑑別マーカー遺伝子セットの発現プロファイルを得て、前記得られた発現プロファイルと、前記鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料における対応する鑑別マーカー遺伝子セットの発現プロファイルとを比較することにより、前記被検試料のサブタイプを鑑別又は分類する工程である、方法。
【請求項3】
請求項2に記載の鑑別または分類する方法であって、
前記工程(b)が、前記得られた発現プロファイルと、前記鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料における対応する鑑別マーカー遺伝子セットの発現プロファイルとを比較して、
前記被検試料が、比較した試料の発現プロファイルと同等の発現プロファイルを有する場合に比較したサブタイプの乳癌であると評価するか、または、比較した試料の発現プロファイルと異なる遺伝子の発現プロファイルを有する場合に比較したサブタイプの乳癌ではないと評価する、方法。
【請求項4】
請求項2に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記工程(b)における前記鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料における対応する鑑別マーカー遺伝子セットの発現プロファイルとの比較が、クラスタ分析により行われる、方法。
【請求項5】
請求項に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記工程(b)において、前記得られた発現プロファイルを所定の閾値と比較することにより鑑別又は分類する、方法。
【請求項6】
請求項2に記載の鑑別または分類する方法であって、
前記工程(b)が、測定された前記鑑別マーカー遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルからサブタイプ鑑別スコアを算出し、前記被検試料が前記鑑別又は分類対象である所望のサブタイプであるかを鑑別または分類する工程である、方法。
【請求項7】
請求項6に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記工程(b)におけるサブタイプ鑑別スコアが、前記鑑別又は分類対象である所望のサブタイプに応じて選択された各遺伝子群に含まれる遺伝子の発現レベルまたはその平均値に基づいて求められる、方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記所望のサブタイプが、Luminal A、Luminal B(HER2陽性)、Luminal B(HER2陰性)、HER2陽性様、HER2陽性、トリプルネガティブであり、
前記鑑別マーカー遺伝子セットが、前記f群、g群、h群、i群、j群、k群、l群、m群、n群およびo群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせを含む、方法。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか一項に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記所望のサブタイプが、Luminal A、Luminal B(HER2陽性)、Luminal B(HER2陰性)、HER2陽性、および、HER2陽性様であり、
前記鑑別マーカー遺伝子セットが、前記i群、j群、k群、l群、m群、および、o群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせを含む、方法。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記鑑別マーカー遺伝子セットが、前記選択された複数の遺伝子群の各遺伝子群に含まれるすべての遺伝子を含むものである、方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記鑑別マーカー遺伝子セットが、ABCF3、FBXW5、MLLT1、FAM234A、PITPNM1、WDR1、NDUFS7、および、AP2A1からなる対照群より選択される少なくとも1つの遺伝子をさらに含む、方法。
【請求項12】
乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するためのキットであって、
前記キットは、下記表に記載のa~o群からなる遺伝子群より選択される少なくとも1つの遺伝子群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の発現レベルを測定する手段を含み、
前記少なくとも1つの遺伝子群が、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプに応じて選択されものであり
(i)前記所望のサブタイプがLuminal Aである場合に、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群、細胞周期スコアを算出するためのo群、ならびに、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群であり、
(ii)前記所望のサブタイプがLuminal B (HER2陽性)である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ならびに、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群であり、
(iii)前記所望のサブタイプがLuminal B (HER2陰性)である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群、ならびに、細胞周期スコアを算出するためのo群であり、
(iv)前記所望のサブタイプがHER2陽性である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ならびに、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群またはHER2様スコアを算出するためのi群であり、
(v)前記所望のサブタイプがHER2陽性様である場合に、HER2様スコアを算出するためのi群、ならびに、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群であり、
(vi)前記所望のサブタイプがトリプルネガティブである場合に、トリプルネガティブスコアを算出するためのf群、g群、h群、および、n群であり、
(vii)前記所望のサブタイプが葉状腫瘍である場合に、葉状腫瘍スコアを算出するためのb群であり、
(viii)前記所望のサブタイプが扁平上皮癌である場合に、扁平上皮スコアを算出するためのa群であり、
(ix)前記所望のサブタイプが判定不能である場合に、癌スコアおよびそれ以外の全てのスコアを算出するためのa群~o群であり、
(x)前記所望のサブタイプが正常様である場合に、正常様スコアを算出するためのe群、細胞周期スコアを算出するためのo群、ならびに、癌スコアを算出するためのc群およびd群であり、または、
(xi)前記所望のサブタイプが正常である場合に、癌スコアを算出するためのc群およびd群である、
キット
【表2A】
【表2B】
【請求項13】
請求項12に記載のキットであって、
前記所望のサブタイプが、Luminal A、Luminal B(HER2陽性)、Luminal B(HER2陰性)、HER2陽性様、HER2陽性、トリプルネガティブであり、
前記f群、g群、h群、i群、j群、k群、l群、m群、n群およびo群からなる各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の発現レベルを測定する手段を含む、キット
【請求項14】
請求項12に記載のキットであって、
前記所望のサブタイプが、Luminal A、Luminal B(HER2陽性)、Luminal B(HER2陰性)、HER2陽性、および、HER2陽性様であり、
前記i群、j群、k群、l群、m群、および、o群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の発現レベルを測定する手段を含む、キット。
【請求項15】
請求項12に記載のキットであって、
前記a~o群からなる15つの遺伝子群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の発現レベルを測定する手段を含む、キット
【請求項16】
請求項12~15のいずれか一項に記載のキットであって、
ABCF3、FBXW5、MLLT1、FAM234A、PITPNM1、WDR1、NDUFS7、および、AP2A1からなる対照群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定する手段をさらに含む、キット
【請求項17】
請求項12~16のいずれか一項に記載のキットであって、
前記遺伝子の発現レベルを測定する手段が、前記遺伝子に対するプライマー、プローブ、または、それらの標識物からなる群より選択される少なくとも一つの手段である、キット。
【請求項18】
請求項17に記載のキットであって、
PCR用、マイクロアレイ用、または、RNAシークエンス用である、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための遺伝子マーカーのセット、方法およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
乳癌は均質な疾患ではなく、様々な特徴を持つ複数のサブタイプに分類される。このサブタイプ分類の先駆けとなったのが、2000年にPerouらにより報告された“intrinsic subtype”である(非特許文献1)。20個の乳癌組織のdoxorubicin治療前後及び、2個の原発巣と転移リンパ節で異なる腫瘍間でより変化する遺伝子を選択し、496個のintrinsic gene setを作成した。この496個のintrinsic gene setを用いて乳癌65症例をクラスタ分析し、ESR1、GATA3他luminal系遺伝子発現が多いER+/luminal like、高分子サイトケラチン(5/6/17)遺伝子発現が多いBasal like、ERBB2遺伝子が高発現するHER2-enrichedに亜分類した。
【0003】
2001年には同じグループが対象症例を85例に増やして検証し、生物学的性状に基づきLuminal A・B・C、ERBB2、Basal-like、Normal breast-likeに細分類された(非特許文献2)。この分類はタイプにより予後や薬物感受性が異なるため、薬物療法選択の指標となり得る点が有利である。そのため、現在臨床の現場で用いられているサブタイプ分類の原型となっている。
【0004】
“intrinsic subtype”は臨床の現場で使いやすいように、免疫組織化学的手法を用いた代替法が開発されてきた。2011年のSt. Gallenコンセンサス会議で、一般的な病理検査で得られる免疫組織化学的方法を主体としたER/PgR/HER2/Ki67情報に基づく以下の代替的intrinsic subtype分類が採択され、2013年、2015年の同会議でも基本的に継承されてきた。
(1) Luminal A-like:lumen(管腔上皮)から発生し、エストロゲン受容体(ER)陽性で分化度が高く、ホルモン療法が奏効するため、化学療法不要の可能性が高い。
(2) Luminal B-like:ER 陽性で、一見おとなしく見えるが、増殖マーカーKi-67が高値で、HER-2陽性の場合もあり、悪性度は高い。
(3) HER-2-enriched:ER陰性、HER-2陽性であり、ヒト化抗HER2モノクローナル抗体、トラスツズマブ(ハーセプチン)の効果が高い。
(4) Basal-like:ER陰性、HER-2陰性、プロゲステロン受容体(PgR)陰性のトリプルネガティブ乳癌であり、組織学的異型度が高く、化学療法の適応となる。
【0005】
代替分類を用いれば、ER/PgR/HER2/Ki67状況、さらには治療方針までイメージできるという利便性が影響し、‘luminal A-like’等の代替分類名は,わが国でも日常診療においてごく普通に聞かれるようになっている。しかし本来、intrinsic subtypeはあくまでも遺伝子発現解析に基づく分類であり、代替分類と必ずしも一致するものではない。また、Ki67、PgRとも代替分類に必要な項目とされてはいるが、そのカットオフ値は各施設で設定することが推奨されており、さらにKi67については、その評価法自体、世界的にも確固たる基準が定まっていない。このような現状では、臨床実地上、代替定義の適応が困難な場面も多いと思われる。代替分類名が日常診療で多用されるようになっているとはいえ、実際に行われる診療は、基本的にER/PgR/HER2(加えて、場合によりKi67)状況と従来の臨床病理学的情報に基づくリスクを考慮して行われるので、intrinsic subtype登場前と、本質的に大きな変化はない。また、遺伝子発現解析によるintrinsic subtype自体、再現性などの点から実臨床で使用できる段階にはない。これらの点から、intrinsic subtype代替定義の使用に際しては、あくまでも便宜的・概念的なものであることを念頭に置く必要があり、さらに、今後もこの代替定義が使用されていくのか、注視していく必要がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Perou CM et al., Nature 406 : 747-752, 2000
【文献】Sorlie T et al., Proc Natl Acad Sci 98(19), 10869-74, 2001
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、乳癌サブタイプの鑑別または分類に際し、遺伝子発現解析により再現性高く鑑別または分類可能な鑑別マーカー遺伝子セットおよび当該遺伝子セットを用いた乳癌サブタイプの鑑別または分類方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため、乳癌組織(453症例)および正常乳腺組織(17症例)を合わせて470症例の各検体から14,400遺伝子の遺伝子発現プロファイルを取得し、各乳癌サブタイプに特徴的な挙動を示し、乳癌サブタイプを鑑別または分類可能な遺伝子をピックアップすることに成功し本発明の完成に至った。
すなわち、本発明は以下の態様を含む:
本発明は一態様において、
〔1〕被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法であって、
(a)前記被検試料において、乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための鑑別マーカー遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルを測定する工程と、
(b)測定された前記鑑別マーカー遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルから、前記被検試料が前記鑑別又は分類対象である所望のサブタイプであるかを鑑別または分類する工程と
を含み、
前記鑑別マーカー遺伝子セットが、下記表に記載のa~o群からなる遺伝子群より選択される少なくとも1つの遺伝子群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせを含み、
前記少なくとも1つの遺伝子群が、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプに応じて選択される、方法に関する。
【表1A】
【表1B】
ここで、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔2〕上記〔1〕に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記工程(b)が、前記測定された遺伝子の発現レベルより前記鑑別マーカー遺伝子セットの発現プロファイルを得て、前記得られた発現プロファイルと、前記鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料における対応する鑑別マーカー遺伝子セットの発現プロファイルとを比較することにより、前記被検試料のサブタイプを鑑別又は分類する工程であることを特徴とする。
また、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔3〕上記〔2〕に記載の鑑別または分類する方法であって、
前記工程(b)が、前記得られた発現プロファイルと、前記鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料における対応する鑑別マーカー遺伝子セットの発現プロファイルとを比較して、
前記被検試料が、比較した試料の発現プロファイルと同等の発現プロファイルを有する場合に比較したサブタイプの乳癌であると評価するか、または、比較した試料の発現プロファイルと異なる遺伝子の発現プロファイルを有する場合に比較したサブタイプの乳癌ではないと評価することを特徴とする。
また、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔4〕上記〔2〕に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記工程(b)における前記鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料における対応する鑑別マーカー遺伝子セットの発現プロファイルとの比較が、クラスタ分析により行われることを特徴とする。
また、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔5〕上記〔2〕に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記工程(b)において、前記得られた発現プロファイルを所定の閾値と比較することにより鑑別又は分類することを特徴とする。
また、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔6〕上記〔2〕に記載の鑑別または分類する方法であって、
前記工程(b)が、測定された前記遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルからサブタイプ鑑別スコアを算出し、前記被検試料が前記鑑別対象である所望のサブタイプであるかを鑑別または分類する工程である、方法。
また、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔7〕上記〔6〕に記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記工程(b)におけるサブタイプ鑑別スコアが、前記鑑別対象である所望のサブタイプに応じて選択された各遺伝子群に含まれる遺伝子の発現レベルまたはその平均値に基づいて求められることを特徴とする。
また、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔8〕上記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記所望のサブタイプが、Luminal A、Luminal B (HER2陽性)、Luminal B (HER2陰性)、HER2陽性、HER2陽性様、トリプルネガティブ、葉状腫瘍、扁平上皮癌、正常様、正常および判定不能からなる群より選択されるサブタイプであることを特徴とする。
また、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔9〕上記〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記工程(a)における、前記鑑別対象である所望のサブタイプに応じて選択される前記少なくとも1つの遺伝子群が、
(i)前記所望のサブタイプがLuminal Aである場合に、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群、細胞周期スコアを算出するためのo群、ならびに、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群であり、
(ii)前記所望のサブタイプがLuminal B (HER2陽性)である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ならびに、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群であり、
(iii)前記所望のサブタイプがLuminal B (HER2陰性)である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群、ならびに、細胞周期スコアを算出するためのo群であり、
(iv)前記所望のサブタイプがHER2陽性である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ならびに、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群またはHER2様スコアを算出するためのi群であり、
(v)HER2陽性様である場合に、HER2様スコアを算出するためのi群、ならびに、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群であり、
(vi)前記所望のサブタイプがトリプルネガティブである場合に、トリプルネガティブスコアを算出するためのf群、g群、h群、および、n群であり、
(vii)前記所望のサブタイプが葉状腫瘍である場合に、葉状腫瘍スコアを算出するためのb群であり、
(viii)前記所望のサブタイプが扁平上皮癌である場合に、扁平上皮スコアを算出するためのa群であり、
(ix)前記所望のサブタイプが判定不能である場合に、癌スコアおよびそれ以外の全てのスコアを算出するためのa群~o群であり、
(x)前記所望のサブタイプが正常様である場合に、正常様スコアを算出するためのe群、細胞周期スコアを算出するためのo群、ならびに、癌スコアを算出するためのc群およびd群であり、または、
(xi)前記所望のサブタイプが正常である場合に、癌スコアを算出するためのc群およびd群であることを特徴とする。
また、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔10〕上記〔1〕~〔9〕のいずれかに記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記所望のサブタイプが、Luminal AおよびB、HER2陽性様、HER2陽性、トリプルネガティブであり、
前記鑑別マーカー遺伝子セットが、前記f群、g群、i群、j群、k群、l群、m群、n群およびo群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせを含むことを特徴とする。
また、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔11〕上記〔1〕~〔10〕のいずれかに記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記鑑別マーカー遺伝子セットが、前記選択された複数の遺伝子群の各遺伝子群に含まれるすべての遺伝子を含むものであることを特徴とする。
また、本発明の被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法は一実施の形態において、
〔12〕上記〔1〕~〔11〕のいずれかに記載の鑑別又は分類する方法であって、
前記鑑別マーカー遺伝子セットが、ABCF3、FBXW5、MLLT1、FAM234A、PITPNM1、WDR1、NDUFS7、および、AP2A1からなる対照群より選択される少なくとも1つの遺伝子をさらに含むことを特徴とする。
【0009】
また、本発明は別の態様において、
〔13〕乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための鑑別マーカー遺伝子セットであって、
前記鑑別マーカー遺伝子セットは、下記表に記載のa~o群からなる遺伝子群より選択される少なくとも1つの遺伝子群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせを含み、
前記少なくとも1つの遺伝子群が、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプに応じて選択される、鑑別マーカー遺伝子セットに関する。
【表2A】
【表2B】
ここで、本発明の鑑別マーカー遺伝子セットは一実施の形態において、
〔14〕上記〔13〕に記載の鑑別マーカー遺伝子セットであって、
前記所望のサブタイプが、Luminal A、Luminal B (HER2陽性)、Luminal B (HER2陰性)、HER2陽性、HER2陽性様、トリプルネガティブ、葉状腫瘍、扁平上皮癌、、正常様、正常および判定不能からなる群より選択されるサブタイプであることを特徴とする。
また、本発明の鑑別マーカー遺伝子セットは一実施の形態において、
〔15〕上記〔13〕又は〔14〕に記載の鑑別マーカー遺伝子セットであって、
前記少なくとも1つの遺伝子群は、
(i)前記所望のサブタイプがLuminal Aである場合に、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群、細胞周期スコアを算出するためのo群、ならびに、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群であり、
(ii)前記所望のサブタイプがLuminal B (HER2陽性)である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ならびに、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群であり、
(iii)前記所望のサブタイプがLuminal B (HER2陰性)である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群、ならびに、細胞周期スコアを算出するためのo群であり、
(iv)前記所望のサブタイプがHER2陽性である場合に、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群、ならびに、ホルモン感受性スコアを算出するためのl群およびm群またはHER2様スコアを算出するためのi群であり、
(v)前記所望のサブタイプがHER2陽性様である場合に、HER2様スコアを算出するためのi群、ならびに、HER2増幅スコアを算出するためのj群およびk群であり、
(vi)前記所望のサブタイプがトリプルネガティブである場合に、トリプルネガティブスコアを算出するためのf群、g群、h群、および、n群であり、
(vii)前記所望のサブタイプが葉状腫瘍である場合に、葉状腫瘍スコアを算出するためのb群であり、
(viii)前記所望のサブタイプが扁平上皮癌である場合に、扁平上皮スコアを算出するためのa群であり、
(ix)前記所望のサブタイプが判定不能である場合に、癌スコアおよびそれ以外の全てのスコアを算出するためのa群~o群であり、
(x)前記所望のサブタイプが正常様である場合に、正常様スコアを算出するためのe群、細胞周期スコアを算出するためのo群、ならびに、癌スコアを算出するためのc群およびd群であり、または、
(xi)前記所望のサブタイプが正常である場合に、癌スコアを算出するためのc群およびd群である、ことを特徴とする。
また、本発明の鑑別マーカー遺伝子セットは一実施の形態において、
〔16〕上記〔13〕~〔15〕のいずれかに記載の鑑別マーカー遺伝子セットであって、
前記f群、g群、 i群、j群、k群、l群、m群、n群およびo群からなる9つの遺伝子群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせを含む、鑑別マーカー遺伝子セットに関する。
また、本発明の鑑別マーカー遺伝子セットは一実施の形態において、
〔17〕上記〔13〕~〔15〕のいずれかに記載の鑑別マーカー遺伝子セットであって、
前記a~o群からなる15つの遺伝子群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせを含むことを特徴とする。
また、本発明の鑑別マーカー遺伝子セットは一実施の形態において、
〔18〕上記〔13〕~〔17〕のいずれかに記載の鑑別マーカー遺伝子セットであって、
ABCF3、FBXW5、MLLT1、FAM234A、PITPNM1、WDR1、NDUFS7、および、AP2A1からなる対照群より選択される少なくとも1つの遺伝子をさらに含む、ことを特徴とする。
【0010】
また、本発明の別の態様は
〔19〕被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するためのキットであって、
上記〔13〕~〔18〕のいずれかに記載の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための鑑別マーカー遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルを測定する手段を含む、キットに関する。
ここで、本発明のキットは一実施の形態において、
〔20〕上記〔19〕に記載のキットであって、
前記遺伝子の発現レベルを測定する手段が、前記遺伝子に対するプライマー、プローブ、または、それらの標識物からなる群より選択される少なくとも一つの手段である、ことを特徴とする。
また、本発明のキットは一実施の形態において、
〔21〕上記〔20〕に記載のキットであって、
PCR用、マイクロアレイ用、または、RNAシークエンス用であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の鑑別マーカー遺伝子セットによれば、当該鑑別マーカー遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現解析により再現性高く乳癌のサブタイプを鑑別または分類することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、下記実施例4に示す207種の鑑別マーカー遺伝子セットを用いて470症例についてユークリッド距離による群平均法のクラスタ分析を行った結果のヒートマップを示す。
図2図2は、下記実施例5に示す207種の鑑別マーカー遺伝子セットを用いて470症例についてのサブタイプ鑑別スコアのスコア化結果のヒートマップを示す。
図3図3は、下記実施例7に示す15種の鑑別マーカー遺伝子セットを用いて470症例についてユークリッド距離による群平均法のクラスタ分析を行った結果のヒートマップを示す。
図4図4は、下記実施例8に示す15種の鑑別マーカー遺伝子セットを用いて470症例についてのサブタイプ鑑別スコアのスコア化結果のヒートマップを示す。なお、図4中上段のヒートマップは図2のヒートマップを比較として示す。
図5図5は、下記実施例9に示す161種の鑑別マーカー遺伝子セットを用いて470症例についてユークリッド距離による群平均法のクラスタ分析を行った結果のヒートマップを示す。
図6図6は、下記実施例10に示す161種の鑑別マーカー遺伝子セットを用いて470症例についてのサブタイプ鑑別スコアのスコア化結果のヒートマップを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.乳癌のサブタイプを鑑別または分類するための鑑別マーカー遺伝子
1-1.概要
本発明の第1の態様は乳癌のサブタイプ(組織型)を区別可能な鑑別マーカー遺伝子セットである。本発明の鑑別マーカー遺伝子セットは、少なくとも199種の遺伝子群から選択される遺伝子より構成され、被験者の試料中における当該遺伝子群のうちの特定の遺伝子の発現レベルを測定することで、乳癌の組織型のうちLuminal A、Luminal B(HER2陽性)、Luminal B(HER2陰性)、HER2陽性、HER2陽性様、トリプルネガティブ、正常様、正常、扁平上皮癌、葉状腫瘍および判定不能のいずれかに分類することができる。
【0014】
1-2.定義
「乳癌」とは、通常は乳管や小葉といった乳管内の組織から発生する癌のことをいう。また、乳癌は、癌腫および肉腫を含み、乳房組織のあらゆる悪性腫瘍を指す。さらに乳癌は、不均一な疾患であり、様々な特徴を持つ複数のサブタイプに分類される。
【0015】
乳癌のサブタイプは、主に、Luminal A、Luminal B (HER2陽性)、Luminal B (HER2陰性)、HER2陽性、HER2陽性様、トリプルネガティブ、葉状腫瘍、扁平上皮癌、正常様、正常および判定不能の11つのタイプに分類される。一実施の形態においては、Luminal A、Luminal B (HER2陽性)、および、Luminal B (HER2陰性)は、一群として「Luminal A + B」としてサブタイプに分類することもできる。
ここで、「Luminal A」とは、臨床病理学的には、1)ER陽性かつPgR陰性、2)HER2陰性、3)Ki67が低値、4)MGEAにて再発リスクが低い、をすべて満たす症例をいうが、本明細書においては、臨床病理学的にLuminal Aと診断された症例の多くと遺伝子発現プロファイルが類似している症例も含む。
なお、臨床病理学的なサブタイプの診断は、主にER、PgR、HER2、Ki67の発現を免疫組織染色により確認するものであるが、これに限らず遺伝子発現解析により確認されたものも含む。
「Luminal B(HER2陽性)」とは、臨床病理学的には、ER陽性かつHER2陽性である症例をいうが、本明細書においては、臨床病理学的にLuminal B(HER2陽性)と診断された症例の多くと遺伝子発現プロファイルが類似している症例も含む。
「Luminal B(HER2陰性)」とは、臨床病理学的には、1)ER陽性かつHER2陰性、かつ、2)Ki67が高値、3)PgRが陰性または低値、4)MGEAにて再発リスクが高い、のいずれかに該当する症例をいうが、本明細書においては、Luminal Aの中で細胞周期関連遺伝子群が他の症例よりも高発現している症例も含む。
「HER2陽性」とは、臨床病理学的には、HER2陽性であり、ER陰性かつPgR陰性の症例をいうが、本明細書においては、臨床病理学的にHER2陽性と診断された症例の多くと遺伝子発現プロファイルが類似している症例も含む。
「HER2陽性様」とは、HER2が陰性であるが、その他の遺伝子発現プロファイルが、臨床病理学的にHER2陽性と診断された症例の多くと類似している症例をいう。
「トリプルネガティブ」とは、臨床病理学的にはER陰性、PgR陰性およびHER2陰性である症例をいうが、本明細書においては、臨床病理学的にトリプルネガティブと診断された症例の多くと遺伝子発現プロファイルが類似している症例も含む。
「扁平上皮癌」とは、表皮に存在する表皮角化細胞と呼ばれる細胞が悪性増殖してできた癌であり、本明細書においては、乳腺原発のものをいう。
「葉状腫瘍」とは、臨床病理学的には乳腺繊維腺腫に類似しているが、乳腺の小葉内の結合組織が増殖する線維腫瘍に対し、線維性間質と乳管上皮が急速に増殖したものをいう。
「判定不能」とは、Luminal A、Luminal B(HER2陽性)、Luminal B(HER2陰性)、HER2陽性、HER2陽性様、トリプルネガティブ、正常様、正常、扁平上皮癌および葉状腫瘍のいずれにも遺伝子発現プロファイルが類似しないものをいう。
「正常様」とは、臨床病理学的には「癌」と診断されているが、遺伝子発現プロファイルが正常乳腺組織と類似している症例をいう。
「正常」とは、正常組織をいう。
本明細書において「鑑別マーカー遺伝子」は、「鑑別遺伝子群」に含まれる遺伝子と関連するマーカーであり、乳癌の組織型を鑑別することのできるバイオマーカーをいう。本発明において、バイオマーカーは特に鑑別遺伝子群に含まれる各遺伝子の転写産物(mRNA)、そのcDNAまたは各遺伝子がコードするタンパク質である。
本明細書において、「遺伝子発現スコア」とは、「鑑別遺伝子群」に含まれる各遺伝子または複数の遺伝子の発現レベルにより定まるスコアである。スコアの種類や算定方法は特に制限されず、例えば、遺伝子ごとに発現レベルのカットオフ値を設定し、当該カットオフ値との比較により定まるスコア(-1≦n≦1)などを挙げることができる。
【0016】
本明細書において「遺伝子の発現レベル」とは、鑑別遺伝子の転写産物量、発現強度又は発現頻度をいう。ここでいう遺伝子の発現レベルは、鑑別遺伝子の野生型遺伝子の発現レベルに限らず、点突然変異遺伝子等の変異遺伝子の発現レベルも含み得る。また、鑑別遺伝子の発現を示す転写産物には、スプライスバリアントのような異型転写産物(バリアント)及びそれらの断片も含み得る。変異遺伝子、転写産物、又はその断片に基づく情報であっても本発明における遺伝子の発現プロファイルの構築が可能だからである。遺伝子の発現レベルは、鑑別マーカー遺伝子セットを構成する遺伝子群の転写産物、すなわちmRNA量等の測定により測定値として得ることができる。なお、好ましい実施の形態において、遺伝子の発現レベルの測定は、mRNAの測定である。
また本明細書において「発現プロファイル」とは、各遺伝子の発現レベルに関する情報をいい、特に複数の遺伝子の発現レベルに関する情報をいう。また、発現プロファイルには、鑑別マーカーの発現レベルより求められる「サブタイプ鑑別スコア」や「遺伝子発現スコア」が含まれる。
【0017】
本明細書において「測定値」とは、遺伝子発現レベルの測定方法によって得られた値である。測定値は、試料中のmRNA量等をng(ナノグラム)やμg(マイクログラム)等の重量で表した絶対値であってもよいし、また対照値に対する吸光度や標識分子による蛍光強度等で表した相対値であってもよい。
なお、各遺伝子の発現レベルの測定値は測定方法にもよるが、例えば、共通のサンプル(以下「共通リファレンス」という。)に対する相対比(発現比)として算出することができる。発現比を算出する際の共通リファレンスは、比較する試料間の測定条件において同じであればどのようなものでも構わない。例えば、特定の細胞株でもよく、複数の細胞株を混合したものでもよい。または、市販のユニバーサルリファレンスや、公知のハウスキーピング遺伝子またはそれらの組み合わせを共通リファレンスとして用いることもできる。
【0018】
本明細書において「鑑別又は分類」とは、乳癌罹患歴のある被験者由来の試料について、当該乳癌がいずれのサブタイプに属するものであるかを鑑別又は分類すること、または、いずれの組織型に属する可能性が高いあるいは低いかを鑑別又は分類することをいう。
【0019】
1-3.構成
本明細書において「鑑別遺伝子群」とは、ABCF3遺伝子、FBXW5遺伝子、MLLT1遺伝子、FAM234A遺伝子、PITPNM1遺伝子、WDR1遺伝子、NDUFS7遺伝子、AP2A1遺伝子、KRTDAP遺伝子、SERPINB3遺伝子、SPRR2A遺伝子、SPRR1B遺伝子、KLK13遺伝子、KRT1遺伝子、LGALS7遺伝子、PI3遺伝子、SERPINH1遺伝子、SNAI2遺伝子、GPR173遺伝子、HAS2遺伝子、PTH1R遺伝子、PAGE5遺伝子、ITLN1遺伝子、SH3PXD2B遺伝子、TAP1遺伝子、FN1遺伝子、CTHRC1遺伝子、MMP9遺伝子、ADIPOQ遺伝子、CD36遺伝子、G0S2遺伝子、GPD1遺伝子、LEP遺伝子、LIPE遺伝子、PLIN1遺伝子、CAVIN2遺伝子、LIFR遺伝子、TGFBR3遺伝子、CAPN6遺伝子、PIGR遺伝子、KRT15遺伝子、KRT5遺伝子、KRT14遺伝子、DST遺伝子、WIF1遺伝子、SYNM遺伝子、KIT遺伝子、GABRP遺伝子、SFRP1遺伝子、ELF5遺伝子、MIA遺伝子、MMP7遺伝子、FDCSP遺伝子、CRABP1遺伝子、PROM1遺伝子、KRT23遺伝子、S100A1遺伝子、WIPF3遺伝子、CYYR1遺伝子、TFCP2L1遺伝子、DSC2遺伝子、MFGE8遺伝子、KLK7遺伝子、KLK5遺伝子、DSG3遺伝子、TTYH1遺伝子、SCRG1遺伝子、S100B遺伝子、ETV6遺伝子、OGFRL1遺伝子、MELTF遺伝子、HORMAD1遺伝子、PKP1遺伝子、FOXC1遺伝子、ITGB8遺伝子、VGLL1遺伝子、ART3遺伝子、EN1遺伝子、SPHK1遺伝子、TRIM47遺伝子、COL27A1遺伝子、RFLNA遺伝子、RASD2遺伝子、A2ML1遺伝子、MARCO遺伝子、TSPYL5遺伝子、TM4SF1遺伝子、FABP5遺伝子、SPIB遺伝子、BCL2A1遺伝子、MZB1遺伝子、KCNK5遺伝子、LMO4遺伝子、RNF150遺伝子、LYZ遺伝子、C21orf58遺伝子、ATP13A5遺伝子、NUDT8遺伝子、HSD17B2遺伝子、ABCA12遺伝子、ENPP3遺伝子、WNT5A遺伝子、MPP3遺伝子、VPS13D遺伝子、PXMP4遺伝子、GGT1遺伝子、TRPV6遺伝子、MAB21L4遺伝子、CLDN8遺伝子、LBP遺伝子、SRD5A3遺伝子、PAPSS2遺伝子、TMEM45B遺伝子、CLCA2遺伝子、FASN遺伝子、MPHOSPH6遺伝子、NXPH4遺伝子、HPGD遺伝子、KYNU遺伝子、GLYATL2遺伝子、KMO遺伝子、SRPK3遺伝子、THRSP遺伝子、PLA2G2A遺伝子、TFAP2B遺伝子、FABP7遺伝子、SLPI遺伝子、SERHL2遺伝子、S100A9遺伝子、KRT7遺伝子、TMEM86A遺伝子、MBOAT1遺伝子、PGAP3遺伝子、STARD3遺伝子、ERBB2遺伝子、MIEN1遺伝子、GRB7遺伝子、GSDMB遺伝子、ORMDL3遺伝子、MED24遺伝子、MSL1遺伝子、CASC3遺伝子、WIPF2遺伝子、THSD4遺伝子、MAPT遺伝子、LONRF2遺伝子、TCEAL3遺伝子、DBNDD2遺伝子、FGD3遺伝子、GFRA1遺伝子、PARD6B遺伝子、STC2遺伝子、SLC39A6遺伝子、ENPP5遺伝子、ZNF703遺伝子、EVL遺伝子、TBC1D9遺伝子、CHAD遺伝子、GREB1遺伝子、HPN遺伝子、IL6ST遺伝子、GASK1B遺伝子、CA12遺伝子、KCNE4遺伝子、NAT1遺伝子、CYP2B6(CYP2B7P)遺伝子、ARMT1遺伝子、MAGED2遺伝子、CELSR1遺伝子、INPP5J遺伝子、PADI2遺伝子、PPP1R1B遺伝子、ESR1遺伝子、MLPH遺伝子、FOXA1遺伝子、XBP1遺伝子、GATA3遺伝子、ZG16B遺伝子、KIAA0040遺伝子、TMC4遺伝子、AGR2遺伝子、TFF3遺伝子、SCGB2A2遺伝子、MUCL1遺伝子、DDX11遺伝子、ATAD2遺伝子、GGH遺伝子、CDCA3遺伝子、CCNA2遺伝子、CCNB2遺伝子、ANLN遺伝子、UBE2C遺伝子、CKS2遺伝子、MKI67遺伝子、FOXM1遺伝子、UBE2T遺伝子、MCM4遺伝子、CKAP2遺伝子、JPT1遺伝子、KPNA2遺伝子、H2AFX遺伝子、H2AFZ遺伝子、CDK1遺伝子、PTTG1遺伝子、CDC20遺伝子、MYBL2遺伝子およびRRM2遺伝子からなる。
【0020】
本明細書において、「鑑別遺伝子群」に含まれる遺伝子には、同一アミノ酸配列をコードする縮重コドンを含む塩基配列からなる遺伝子、各遺伝子の各種変異体(バリアント)や点突然変異遺伝子等の変異遺伝子、及びチンパンジー等の他種生物のオルソログ遺伝子なども含まれる。このような遺伝子としては、下記表に記載のGenBankアクセッション番号により特定される遺伝子の塩基配列と70%以上(好ましくは75%以上、80%以上、85%以上、より好ましくは90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上)の塩基同一性を有する塩基配列からなる遺伝子であって、かつ、対象遺伝子の機能を保持する遺伝子を含む。
例えば、一実施の形態において、本発明に用いられるABCF3遺伝子は配列番号1に示される塩基配列を含む遺伝子として特定することができ、このときABCF3遺伝子には配列番号1に示される塩基配列と70%以上(好ましくは75%以上、80%以上、85%以上、より好ましくは90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上)の塩基同一性を有する塩基配列からなる遺伝子であって、ABCF3遺伝子の機能を保持する遺伝子を含む。なお、本明細書において「塩基同一性」とは、二つの塩基配列を整列(アラインメント)し、必要に応じてギャップを導入して、両塩基配列の塩基一致度が最も高くなるようにしたときの、遺伝子の全塩基数に対する比較するヌクレオチドの塩基配列中の同一塩基数の割合(%)をいう。
【0021】
「鑑別遺伝子群」は、乳癌の各サブタイプに特徴的な遺伝子群として、下記a~o群に分けることができる(a~o群の各群は、かならずしも各サブタイプに一対一で対応するものではない)。本明細書において、扁平上皮癌に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群を「a群」、葉状腫瘍に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群を「b群」、癌に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群を「c群」、正常組織に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群を「d群」、正常様に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群を「e群」、トリプルネガティブ群に特徴的な発現パターンを示し、かつ、正常組織又は正常様に特徴的な発現パターンを示す遺伝子(以下「TNBC1」という。)群を「f群」、トリプルネガティブに特徴的な発現パターンを示す遺伝子(以下「TNBC2」という。)群を「g群」、トリプルネガティブに特徴的な発現パターンを示し、かつ、判定不能を規定する遺伝子の発現パターンにも類似する遺伝子(以下「TNBC3」という。)群を「h群」、HER2+様に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群を「i群」、HER2増幅に関連し、かつ、HER2遺伝子と染色体上近い位置に存在する遺伝子(以下「HER2増幅-1」という。)群を「j群」、HER2増幅に関連かつj群以外の遺伝子(以下「HER2増幅-2」という。)群を「k群」、ホルモン感受性関連遺伝子群を「l群」、ESR1遺伝子を「m群」、分化関連遺伝子を「n群」、および、細胞周期関連遺伝子群を「o群」に分類した。a~o群に分類した「鑑別遺伝子群」を下記表3に示す。表3には、各サブタイプにおいて遺伝子発現の変動が僅かである対照遺伝子(control)も示す。なお、i群に属する1遺伝子(MBOAT1)およびl群に属する2遺伝子(PADI2およびPPP1R1B)については、発現比が低い程その特徴を表す。MBOAT1遺伝子を鑑別または分類に用いる際にはスコア値として反転した値を用いるなど、適宜操作をすることが好ましい。
【表3A】
【表3B】
【表3C】
【表3D】
【表3E】
【表3F】
【表3G】
【0022】
「サブタイプ鑑別スコア」とは、乳癌のサブタイプを鑑別又は分類することのできるスコアである。乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する際には、1つまたは複数の「サブタイプ鑑別スコア」を用いることができる。「サブタイプ鑑別スコア」としては、癌スコア、細胞周期スコア、扁平上皮スコア、葉状腫瘍スコア、正常様スコア、トリプルネガティブスコア、HER2様スコア、HER2増幅スコア、ホルモン感受性スコアを挙げることができる。
各「サブタイプ鑑別スコア」は、a~o群に含まれる遺伝子の発現レベルを測定することにより求めることができる。ここで、各「サブタイプ鑑別スコア」を求めるのに必要な遺伝子群は下記表4の通りである。
【表4】
【0023】
「サブタイプ鑑別スコア」を算出するために発現レベルを測定する遺伝子は、上記表中に示される各サブタイプ鑑別スコアに対応する遺伝子群に属する遺伝子であればよい。発現レベルを測定する遺伝子は、各遺伝子群に含まれる少なくとも1つの遺伝子であればよく、好ましくは2以上、3以上、4以上、5以上、6以上、7以上、8以上、9以上、10以上、15以上、20以上である。発現レベルを測定する遺伝子の数は各遺伝子群に含まれる1つの遺伝子であってもサブタイプ鑑別スコアを算出することができ、最終的に当該サブタイプ鑑別スコアを用いて被検試料についてのサブタイプの鑑別又は分類をすることを可能とする。このように発現レベルを測定する遺伝子が1つである場合、作業が簡便となり費用も抑えることができ好ましい。一方、発現レベルを測定する遺伝子の数が増えるほど、サブタイプの鑑別又は分類の精度が向上する点において好ましい。本発明における好ましい一実施の形態において、発現レベルを測定する遺伝子は、各遺伝子群に含まれる全ての遺伝子である。
【0024】
なお、本発明の鑑別マーカー遺伝子セットは、場合により上記「鑑別遺伝子群」のうち1つ又は複数の特定の遺伝子を含まない。一実施の形態において、本発明の鑑別マーカー遺伝子セットは、特定のサブタイプを鑑別又は分類するために用いる特定の遺伝子(a~o群からなる遺伝子群に含まれる特定の遺伝子)を含まない。ここで、「特定のサブタイプを鑑別又は分類するために用いる特定の遺伝子」を含まないとは、鑑別マーカー遺伝子セットが、当該特定の遺伝子を当該特定のサブタイプの鑑別又は分類のために用いる態様で含まないが、当該特定の遺伝子が他のサタイプの鑑別又は分類のために用いる態様で含まれることを排除しない。また、別の実施の形態において、本発明の鑑別マーカー遺伝子セットは、特定の遺伝子(a~o群からなる遺伝子群に含まれる特定の遺伝子)を含まない。
【0025】
乳癌サブタイプの鑑別又は分類に必要な「サブタイプ鑑別スコア」は、鑑別又は分類対象となる所望のサブタイプごとに異なり、上記に列挙するサブタイプ鑑別スコアの1つまたは複数を組み合わせて用いられる。具体的には、乳癌サブタイプごとに下記表5のサブタイプ鑑別スコアまたはその組み合わせを用いることで、被検試料が所望のサブタイプであるか鑑別または分類することができる。
【表5】
【0026】
本発明の第一の態様である、乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための鑑別マーカー遺伝子セットは、a~o群からなる遺伝子群より選択される少なくとも1つの遺伝子群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせを含む。ここで、a~o群からなる遺伝子群より選択される少なくとも1つの遺伝子群は、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプに応じて適宜選択されるものである。
「鑑別又は分類対象である所望のサブタイプ」は乳癌のサブタイプのうち1つが選択されてもよく、複数のサブタイプが選択されてもよい。「鑑別又は分類対象である所望のサブタイプ」として複数のサブタイプが選択される場合、サブタイプの組み合わせに制限はなく、Luminal A、Luminal B (HER2陽性)、Luminal B (HER2陰性)、HER2陽性、HER2陽性様、トリプルネガティブ、葉状腫瘍、扁平上皮癌、正常様、正常および判定不能からなる群より選択されるサブタイプの組み合わせの全てを含む。以下の例に限定されないが、例えば一実施の形態において、サブタイプの組み合わせは、Luminal AおよびB群、HER2+様群、HER2+群、トリプルネガティブ群の4つのサブタイプであり、このとき鑑別マーカー遺伝子セットは、f群、g群、i群、j群、k群、l群、m群、n群およびo群の各遺伝子群より選択される少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせである。このような実施形態の場合、鑑別又は分類対象の試料は、Luminal AおよびB群、HER2+様群、HER2+群、もしくは、トリプルネガティブ群のいずれかのサブタイプであるか、又は、その他のサブタイプとして鑑別又は分類できる。また別の実施の形態おいては、「鑑別又は分類対象である所望のサブタイプ」として全てのサブタイプ(11つのサブタイプ)を対象とすることができる。このとき鑑別マーカー遺伝子セットは、a~o群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせである。
「鑑別又は分類対象である所望のサブタイプ」を選択することにより、上記表5を参照してサブタイプの鑑別に必要なサブタイプ鑑別スコアを決定し、上記表4を参照して当該サブタイプ鑑別スコアの算出に必要な遺伝子群をa~o群より選択する。鑑別マーカー遺伝子は、当該選択された各遺伝子群に属する少なくとも1つの遺伝子を含む。
例えば、「鑑別又は分類対象である所望のサブタイプ」がLuminal Aである場合、サブタイプ鑑別スコアは、ホルモン感受性スコア、細胞周期スコア、および、HER2増幅スコアである。よって、当該サブタイプ鑑別スコアの算出に必要な遺伝子群は、ホルモン感受性スコア算出に必要なl群およびm群、細胞周期スコア算出に必要なo群、ならびに、HER2増幅スコア算出に必要なj群およびk群となる。これにより、j群、k群、l群、m群、および、o群の各群より少なくとも1つの遺伝子を選択して鑑別マーカー遺伝子とすることができる。
【0027】
本発明に係る鑑別マーカー遺伝子セットは、一実施の形態において、a~o群からなる15つの遺伝子群の各遺伝子群より少なくとも1つずつ選択される遺伝子の組み合わせを含む。この実施形態によれば、当該鑑別マーカー遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現を測定することで、一度に複数のサブタイプの鑑別または分類を可能とする。
また、本発明に係る鑑別マーカー遺伝子セットは、一実施の形態において、ABCF3、FBXW5、MLLT1、FAM234A、PITPNM1、WDR1、NDUFS7、および、AP2A1からなる対照群より選択される少なくとも1つの遺伝子をさらに含むことができる。これら対照群に含まれる遺伝子は、いずれの乳癌サブタイプにおいても発現に大きな変動を生じない遺伝子として新たに見出されたものでありコントロールとして好適に用いることができる。
【0028】
2.乳癌のサブタイプの鑑別方法
2-1.概要
本発明の別の態様は、被検試料の乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法である。なお、本発明の鑑別又は分類する方法は、病理組織学的検査等との併用が可能であるため、一実施の形態においては、鑑別又は分類を補助する方法と言い換えることもできる。
本発明の鑑別又は分類する方法は、被験者から採取された試料中に含まれる鑑別マーカーの発現レベルを測定し、当該鑑別マーカーの発現プロファイルに基づいて該被験者における乳癌のサブタイプを鑑別又は分類する方法である。「鑑別マーカーの発現プロファイル」とは、鑑別マーカーを構成する各遺伝子の発現レベルに関する情報をいう。本明細書では、特に複数の鑑別遺伝子の発現レベルに関する情報を含む。一般に、取得する遺伝子の発現プロファイルが多いほど精度の高い鑑別が可能となる。
【0029】
2-2.測定方法
本発明の鑑別又は分類する方法は、鑑別遺伝子群に含まれる少なくとも1つの遺伝子の発現レベルを測定する工程を必須の工程として含む。より具体的には、本発明の鑑別又は分類する方法は、(a)被検試料において、乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルを測定する工程を含む。以下、測定方法について具体的に説明をする。
【0030】
「測定工程」とは、被検試料において鑑別マーカーの発現レベルを測定してその測定値を得る工程である。鑑別マーカーの発現の測定は、各鑑別マーカーにおける単位量あたりの発現レベルを測定することが好ましい。
本明細書において「被検試料」とは、被験者より採取された試料であり、乳癌組織または乳癌組織の疑いのある組織またはその一部を含む。また本明細書において「被験者」とは、試料を提供し、検査に供されるヒト個体をいう。被験者は、乳癌罹患歴のある個体又は乳癌罹患の疑いのある個体のいずれであってもよい。ここでいう「乳癌罹患歴のある個体」とは、現在乳癌に罹患している患者、及び過去乳癌に罹患した乳癌既往歴者を含む。本発明の方法の対象となる被験者として好ましくは、従来の組織病理学的検査では鑑別又は分類の難しいサブタイプの乳癌罹患歴のある被験者である。
本明細書において「鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者」とは、鑑別または分類対象である特定のサブタイプに属する乳癌に罹患している患者(例えば、Luminal A型乳癌に罹患している患者、Luminal B (HER2陽性)型乳癌に罹患している患者、など)のことをいう。特に、被検試料との比較のため、試料を提供するものをいう場合があり、これら特定のサブタイプの乳癌罹患患者より特定のサブタイプに属する乳癌由来の試料を得ることができる。鑑別または分類対象である特定のサブタイプは、1つのサブタイプに限られず、2以上のサブタイプの組み合わせであってもよい。
本態様で用いる「被験者」および「各サブタイプの乳癌罹患患者」は、性別、年齢、身長、体重等の身体的条件や、人数は特に制限はされないが、比較対象とされる「各サブタイプの乳癌罹患患者」は、被験体と年齢、身長、及び体重等の身体的条件が同一又は近似であることが好ましい。なお、本明細書では複数の「特定サブタイプの乳癌罹患患者」からなる集団を「特定サブタイプの乳癌罹患患者群」(例えば、Luminal A型乳癌に罹患している複数の患者からなる集団を「Luminal A型乳癌罹患患者群」)と称する。
【0031】
本明細書において「試料」とは、前記被験者から採取され、本態様の鑑別方法に供されるものであって、例えば、組織、細胞、体液又は腹腔洗浄液が該当する。ここでいう「組織」及び「細胞」は、被験者のいずれの部位由来でもよいが、好ましくは生検により採取された、又は手術により切除された検体、より具体的には乳房組織又は乳房細胞である。特に好ましくは生検により採取された乳癌細胞又は乳癌罹患の疑いのある乳癌組織又は乳癌細胞である。なお、これらの組織又は細胞は、ホルマリン固定後パラフィンに包埋されたもの(FFPE:Formalin-Fixed Paraffin Embedded)でもよい。また、ここでいう「体液」とは、被験者から採取された液体状の生体試料をいう。例えば、血液(血清、血漿及び間質液を含む)、髄液(脳脊髄液)、尿、リンパ液、消化液、腹水、胸水、神経根周囲液、各組織若しくは細胞の抽出液等が挙げられる。好ましくは血液である。
【0032】
試料の採取は、組織又は細胞であれば、生検又は手術による外科的摘出により入手すればよい。また、体液であれば、当該分野の公知の方法に基づいて行なえばよい。例えば、血液やリンパ液であれば公知の採血方法に従えばよい。本態様の鑑別又は分類方法において必要となる試料の量は、特に限定するものではない。組織又は細胞であれば少なくとも10μg、好ましくは少なくとも0.1mgあれば望ましい。また生検材料でも構わない。血液、又はリンパ液のような体液であれば、少なくとも0.1mL、好ましくは少なくとも1mL、より好ましくは少なくとも10mLの容量があればよい。試料は、鑑別マーカーの測定が可能なように、必要に応じて調製、処理することができる。例えば、試料が組織又は細胞であれば、ホモジナイズ処理や細胞溶解処理、遠心や濾過による夾雑物除去、プロテアーゼインヒビターの添加等が挙げられる。これらの処理の詳細についてはGreen & Sambrook, Molecular Cloning, 2012, Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Pressに詳しく記載されており、参考にすることができる。
【0033】
本明細書において「単位量」とは、任意に定められる試料の量をいう。例えば、容量(μL、mLで表される)や重量(μg、mg、gで表される)が該当する。単位量は特に特定しないが、一連の鑑別方法で測定される単位量は一定とすることが好ましい。本工程で測定に供される被験者由来の試料と、比較する各サブタイプの乳癌癌患者由来の試料の単位量を一定とすることでより正確な鑑別が可能となる。特に、鑑別マーカーの発現レベルを絶対値として測定する際には、単位量を一定にする必要がある。
【0034】
以下、遺伝子の転写産物の測定方法について具体的に説明をする。なお、遺伝子の転写産物の測定方法は公知である。以下では、特開2016-13081号公報の遺伝子の転写産物又は翻訳産物の測定方法に関する記載を参照または引用して記載する。なお、以下では代表的な遺伝子の転写産物又は翻訳産物の測定方法を説明するが、これらの方法に限定されず、公知の測定方法を用いることができる。
【0035】
鑑別遺伝子の転写産物の測定は、mRNA量の測定であっても、またmRNAから逆転写されて得られたcDNA量の測定であってもよい。一般に遺伝子の転写産物の測定には、上記の遺伝子の塩基配列の全部又は一部を含むヌクレオチドをプライマー又はプローブに用いて、遺伝子の発現レベルを絶対値又は相対値として測定する方法が採用される。
本態様のプライマー又はプローブは、通常、DNA、RNA等の天然核酸で構成される。安定性が高く、合成が容易で低廉なDNAは特に好ましい。また、必要に応じて天然核酸と化学修飾核酸や擬似核酸を組み合わせることもできる。化学修飾核酸や擬似核酸には、例えば、PNA(Peptide Nucleic Acid)、LNA(Locked Nucleic Acid;登録商標)、メチルホスホネート型DNA、ホスホロチオエート型DNA、2'-O-メチル型RNA等が挙げられる。また、プライマー及びプローブは、蛍光物質及び/又はクエンチャー物質、又は放射性同位元素(例えば、32P、33P、35S)等の標識物質、あるいはビオチン若しくは(ストレプト)アビジン、又は磁気ビーズ等の修飾物質を用いて標識又は修飾してもよい。標識物質は、限定されず、市販のものを用いることができる。例えば、蛍光物質であればFITC、Texas、Cy3、Cy5、Cy7、Cyanine3、Cyanine5、Cyanine7、FAM、HEX、VIC、フルオレサミン及びその誘導体、及びローダミン及びその誘導体等を用いることができる。クエンチャー物質であれば、AMRA、DABCYL、BHQ-1、BHQ-2、又はBHQ-3等を用いることができる。プライマー及びプローブにおける標識物質の標識位置は、その修飾物質の特性や、使用目的に応じて適宜定めればよい。一般的には、5’又は3’末端部に修飾されることが多い。また、一つのプライマー及びプローブ分子が一以上の標識物質で標識されていても構わない。これらの物質のヌクレオチドへの標識は公知の方法で行うことができる。
【0036】
プライマー又はプローブとして用いるヌクレオチドは、上記鑑別マーカーを構成する各遺伝子のセンス鎖、又はアンチセンス鎖からなるヌクレオチドのいずれであってもよい。
プライマー又はプローブの塩基長は特に限定しない。プローブの場合、後述するハイブリダイゼーション法に使用するのであれば、少なくとも10塩基長以上から遺伝子全長、好ましくは15塩基長以上から遺伝子全長、より好ましくは30塩基長以上から遺伝子全長、さらに好ましくは50塩基長以上から遺伝子全長であり、マイクロアレイに使用するのであれば、10~200塩基長、好ましくは20~150塩基長、より好ましくは30~100塩基長である。一般にプローブは長いほどハイブリダイゼーション効率が上昇し、感度は高くなる。一方、プローブは短いほど感度は低くなるが、逆に特異性が上昇する。一方、プライマーの場合、フォワードプライマー及びリバースプライマーのそれぞれが10~50bp、好ましくは15~30bpあればよい。
上記したプライマー又はプローブの調製は当業者に既知であり、例えば、前述のGreen & Sambrook, Molecular Cloning(2012)に記載された方法に準じて調製することができる。また、核酸合成受託メーカーに配列情報を提供し、委託製造することも可能である。
【0037】
鑑別遺伝子の転写産物の測定は、公知の核酸検出・定量方法であればよく、特に限定はしない。例えば、ハイブリダイゼーション法、核酸増幅法又はRNAシーケンシング(RNA-Seq)解析法が挙げられる。
「ハイブリダイゼーション法」とは、検出すべき標的核酸の塩基配列の全部又は一部に相補的な塩基配列を有する核酸断片をプローブとして用い、その核酸と該プローブ間の塩基対合を利用して、標的核酸若しくはその断片を検出、定量する方法である。本態様で標的核酸は、鑑別マーカーを構成する各遺伝子のmRNA若しくはcDNA、又はその断片が該当する。一般にハイブリダイゼーション法は、非特異的にハイブリダイズする目的外の核酸を排除するためストリンジェントな条件で行うことが好ましい。前述の低塩濃度かつ高温下の高ストリンジェントな条件はより好ましい。ハイブリダイゼーション法には、検出手段の異なるいくつかの方法が知られているが、例えば、ノザンブロット法(ノザンハイブリダイゼーション法)、マイクロアレイ法、表面プラズモン共鳴法又は水晶振動子マイクロバランス法が好適である。
「ノザンブロット法」は、遺伝子の発現を解析する方法の1つで、試料より調製した全RNA又はmRNAを変性条件下でアガロースゲル若しくはポリアクリルアミドゲル等による電気泳動によって分離し、フィルターに転写(ブロッティング)した後に、標的RNAに特異的な塩基配列を有するプローブを用いて、標的核酸を検出する方法である。プローブを蛍光色素や放射性同位元素のような適当なマーカーで標識することで、例えば、ケミルミ(化学発光)撮影解析装置(例えば、ライトキャプチャー;アトー社)、シンチレーションカウンター、イメージングアナライザー(例えば、FUJIFILM社:BASシリーズ)等の測定装置を用いて標的核酸を定量することも可能である。ノザンブロット法は、当該分野において周知著名な技術であり、例えば、前述のGreen, M.R. and Sambrook, J.(2012)を参照すればよい。
「マイクロアレイ法」は、基板上に標的核酸の塩基配列の全部若しくは一部に相補的な核酸断片をプローブとして小スポット状に高密度で配置、固相化したマイクロアレイ又はマイクロチップに標的核酸を含む試料を反応させて、基盤スポットにハイブリダイズした核酸を蛍光等によって検出する方法である。標的核酸は、mRNAのようなRNA、又はcDNAのようなDNAのいずれであってもよい。検出、定量には、標的核酸等のハイブリダイゼーションに基づく蛍光等をマイクロプレートリーダーやスキャナにより検出、測定することによって達成できる。測定した蛍光強度により、mRNA量若しくはcDNA量又はレファレンスmRNA(参照mRNA)に対するそれらの存在比を決定することができる。マイクロアレイ法も当該分野において周知の技術である。例えば、DNAマイクロアレイ法(DNAマイクロアレイと最新PCR法(2000年)村松正明、那波宏之監修、秀潤社)等を参照すればよい。
「表面プラズモン共鳴(SPR:Surface Plasmon Resonance)法」とは、金属薄膜へ照射したレーザー光の入射角度を変化させると特定の入射角度(共鳴角)において反射光強度が著しく減衰するという表面プラズモン共鳴現象を利用して、金属薄膜表面上の吸着物を極めて高感度に検出、定量する方法である。本発明においては、例えば、金属薄膜表面に標的核酸の塩基配列に相補的な配列を有するプローブを固定化し、その他の金属薄膜表面部分をブロッキング処理した後、被験体又は健常体若しくは健常体群から採取された試料を金属薄膜表面に流通させることによって標的核酸とプローブの塩基対合を形成させて、サンプル流通前後の測定値の差異から標的核酸を検出、定量することができる。表面プラズモン共鳴法による検出、定量は、例えば、Biacore社で市販されるSPRセンサを利用して行なうことができる。本技術は、当該分野において周知である。例えば、永田和弘、及び半田宏, 生体物質相互作用のリアルタイム解析実験法, シュプリンガー・フェアラーク東京, 東京, 2000を参照すればよい。
「水晶振動子マイクロバランス(QCM: Quarts Crystal Microbalance)法」とは、水晶振動子に取り付けた電極表面に物質が吸着するとその質量に応じて水晶振動子の共振周波数が減少する現象を利用して、共振周波数の変化量によって極微量な吸着物を定量的に捕らえる質量測定法である。本方法による検出、定量も、SPR法と同様に市販のQCMセンサを利用して、例えば、電極表面に固定した標的核酸の塩基配列に相補的な配列を有するプローブと被験体又は健常体若しくは健常体群から採取された試料中の標的核酸との塩基対合によって標的核酸を検出、定量することができる。本技術は、当該分野において周知であり、例えば、Christopher J. et al., 2005, Self-Assembled Monolayers of a Form of Nanotechnology, Chemical Review,105:1103-1169や森泉豊榮,中本高道,(1997) センサ工学,昭晃堂を参照すればよい。
「核酸増幅法」とは、フォワード/リバースプライマーを用いて、標的核酸の特定の領域を核酸ポリメラーゼによって増幅させる方法をいう。例えば、PCR法(RT-PCR法を含む)、NASBA法、ICAN法、LAMP(登録商標)法(RT-LAMP法を含む)が挙げられる。好ましくはPCR法である。核酸増幅法を用いた遺伝子の転写産物の測定方法には、リアルタイムRT-PCR法のような定量的核酸増幅法が使用される。リアルタイムRT-PCR法には、さらに、SYBR(登録商標)Green等を用いるインターカレーター法、Taqman(登録商標)プローブ法、デジタルPCR法、及びサイクリングプローブ法が知られているが、いずれの方法であってもよい。これらはいずれも公知の方法であり、当該技術分野における適当なプロトコルにも記載されているので、それらを参照すればよい。
「RNAシーケンシング(RNA-Seq)解析法」とは、RNAをcDNAに逆転写反応により変換し、それらを次世代シーケンサー(例えば、HiSeqシリーズ(illumina社)やIon Protonシステム(Thermo Fisher社)が存在するが、これに限らない。)を用いてリード数をカウントすることで遺伝子の発現量を測定する方法をいう。これらはいずれも公知の方法であり、当該技術分野における適当なプロトコルにも記載されているので、それらを参照すればよい。
【0038】
リアルタイムRT-PCR法で遺伝子の転写産物を定量する方法について、以下で一例を挙げて簡単に説明をする。リアルタイムRT-PCR法は、試料中のmRNAから逆転写反応によって調製されたcDNAを鋳型として、PCRの増幅産物が特異的に蛍光標識される反応系で、増幅産物に由来する蛍光強度を検出する機能の備わった温度サイクラー装置を用いてPCRを行う核酸定量方法である。反応中の標的核酸の増幅産物量をリアルタイムでモニタリングして、その結果をコンピュータで回帰分析する。増幅産物を標識する方法としては、蛍光標識したプローブを用いる方法(例えば、TaqMan(登録商標)PCR法)と、2本鎖DNAに特異的に結合する試薬を用いるインターカレーター方法とがある。TaqMan(登録商標)PCR法は、5’末端部がクエンチャー物質で、また3’末端部が蛍光色素で修飾されたプローブを用いる。通常は、5’末端部のクエンチャー物質が3’末端部の蛍光色素を抑制しているが、PCRが行われるとTaqポリメラーゼのもつ5’→3’エキソヌクレアーゼ活性により当該プローブが分解され、それによってクエンチャー物質の抑制が解除されるため蛍光を発するようになる。その蛍光量は、増幅産物の量を反映する。増幅産物が検出限界に到達するときのサイクル数(CT)と初期鋳型量とは逆相関の関係にあることから、リアルタイム測定法ではCTを測定することによって初期鋳型量を定量している。数段階の既知量の鋳型を用いてCTを測定し、検量線を作製すれば、未知試料の初期鋳型量の絶対値を算出することができる。RT-PCRで使用する逆転写酵素は、例えば、M-MLV RTase、ExScript RTase(TaKaRa社)、Super Script II RT(Thermo Fisher Scientific社)等を使用することができる。
リアルタイムPCRの反応条件は、一般に、公知のPCR法を基礎として、増幅する核酸断片の塩基長及び鋳型用核酸の量、並びに使用するプライマーの塩基長及びTm値、使用する核酸ポリメラーゼの至適反応温度及び至適pH等により変動するため、これらの条件に応じて適宜定めればよい。一例として、通常、変性反応を94~95℃で5秒~5分間、アニーリング反応を50~70℃で10秒~1分間、伸長反応を68~72℃で30秒~3分間行い、これを1サイクルとして15~40サイクルほど繰り返して伸長反応を行うことができる。前記メーカー市販のキットを使用する場合には、原則としてキットに添付のプロトコルに従って行えばよい。
リアルタイムPCRで用いられる核酸ポリメラーゼは、DNAポリメラーゼ、特に熱耐性DNAポリメラーゼである。このような核酸ポリメラーゼは、様々な種類のものが市販されており、それらを利用することもできる。例えば、前記Applied Biosystems TaqMan MicroRNA Assays Kit(Thermo Fisher Scientific社)に添付のTaq DNAポリメラーゼが挙げられる。特にこのような市販のキットには、添付のDNAポリメラーゼの活性に最適化されたバッファ等が添付されているので有用である。
【0039】
2-3.鑑別又は分類方法
本発明の鑑別方法は、上記のようにして測定した鑑別マーカーの発現レベルをもとに、被検試料がいずれのサブタイプの乳癌に属するものであるのかを鑑別又は分類する。すなわち、本発明の鑑別又は分類する方法は、(b)測定された遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルから、被検試料が鑑別又は分類対象である所望のサブタイプであるかを鑑別または分類する工程を含む。
鑑別マーカーは乳癌の各サブタイプに特徴的な遺伝子であり、それらを組み合わせた遺伝子セットの発現プロファイルに基づいて被検試料がいずれのサブタイプに属する乳癌であるのかを鑑別又は分類することが可能となる。
【0040】
ここで、本発明の鑑別又は分類方法の一実施の形態は、当該工程(b)において、測定された遺伝子の発現レベルより遺伝子セットの発現プロファイルを得て、得られた発現プロファイルと、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料における対応する遺伝子セットの発現プロファイルとを比較することにより、被検試料のサブタイプを鑑別又は分類する。
被検試料に対して比較対象となる、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料の遺伝子セットに含まれる各遺伝子の発現プロファイルは、予め測定したものを用いてもよいし、または、新たに鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料について遺伝子セットに含まれる各遺伝子の発現レベルを測定したものを用いても良い。
よって、本発明の鑑別又は分類方法は、一実施の形態において、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料において、乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための遺伝子セットに含まれる各遺伝子の発現レベルを測定する工程をさらに含む。この工程により得られた発現プロファイルと被験試料の発現プロファイルとを比較することができる。鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料は、1個体由来の試料でもよいし、2個体以上の試料を含んでいてもよい。由来する個体の数が多いほど、試料の個体差を平均化でき、鑑別の精度が高まるので好ましい。
【0041】
本発明の鑑別又は分類方法の別の実施の形態は、当該工程(b)において、得られた発現プロファイルと、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプを有する乳癌患者由来の試料における対応する遺伝子セットの発現プロファイルとを比較して、
被検試料が、比較した試料の発現プロファイルと同等の発現プロファイルを有する場合に比較したサブタイプの乳癌であると評価するか、または、比較した試料の発現プロファイルと異なる遺伝子の発現プロファイルを有する場合に比較したサブタイプの乳癌ではないと評価することができる。
例えば、被検試料とLuminal A型の乳癌患者由来試料とにおける発現プロファイルを比較した際、互いに同等の遺伝子の発現プロファイルを有していると判断された場合には、被検試料は、Luminal A型に属する乳癌であると鑑別又は分類することができる。一方で、被検試料とLuminal A型の乳癌患者由来試料とにおける発現プロファイルを比較した際、互いに異なる遺伝子の発現プロファイルを有していると判断された場合には、被検試料は、Luminal A型に属する乳癌ではないと鑑別又は分類することができる。
ここで、「同等の遺伝子の発現プロファイルを有する」とは、乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための遺伝子セットに含まれる各遺伝子の発現プロファイルが類似していることをいう。また、「異なる遺伝子の発現プロファイルを有する」とは、乳癌のサブタイプを鑑別又は分類するための遺伝子セットに含まれる各遺伝子の発現プロファイルが類似していないことをいう。
遺伝子セットにおける各遺伝子の発現プロファイルが同等であるか異なっているかについて判断する具体的な手法は、公知の方法を採用することができる。以下に限定されないが、例えば、(i)階層的クラスタリング分析に基づいて被検試料を鑑別又は分類対象である所望のサブタイプの乳癌へ分類する方法、(ii)遺伝子の発現レベルの比較により評価する方法、(iii)閾値の設定により被検試料が鑑別又は分類対象である所望のサブタイプに属するか鑑別する方法などを挙げることができる。
【0042】
(i)階層的クラスタリング分析
本発明の鑑別又は分類方法は、一実施の形態において、被検試料における鑑別マーカー遺伝子セットに含まれる各遺伝子の発現プロファイルをクラスタ分析することにより被検試料のサブタイプを鑑別又は分類することができる。
より具体的には、被検試料において測定した遺伝子セットの発現プロファイルは、鑑別又は分類対象のサブタイプに属する乳癌患者由来の試料における対応する遺伝子セットの発現プロファイルと比較して階層的クラスタ分析を行うことができる。階層的クラスタリング分析により被検試料のサブタイプを鑑別又は分類する際には、階層的クラスタを作成できるように、被検試料における遺伝子セットの発現プロファイル、および、鑑別又は分類対象のサブタイプに属する乳癌患者由来の試料における遺伝子セットの発現プロファイルに加えて、当該鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する乳癌患者由来の試料における遺伝子セットの発現プロファイルが必要となる。鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する乳癌患者由来の試料とは、鑑別又は分類対象であるサブタイプ以外のサブタイプであって、Luminal A、Luminal B (HER2陽性)、Luminal B (HER2陰性)、HER2陽性、HER2陽性様、トリプルネガティブ、葉状腫瘍、扁平上皮癌、正常様、正常および判定不能からなる群より選択されるサブタイプに属する乳癌患者由来の試料である。鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する乳癌患者由来の試料は、異なるサブタイプに属する2以上(3、4、5、6、7、8、9、10、11)の乳癌患者由来の試料であってもよい。2以上の鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する乳癌患者由来の試料を用いる場合、好ましくは全てのサブタイプに属する乳癌患者由来の試料を用いる実施形態である。
階層的クラスタ分析の手法は公知の手法を採用することができる。特に本発明における好ましい実施形態においては、ユークリッド距離による群平均法によるクラスタ分析である。クラスタ分析には公知のソフトウェアを用いることができ、以下に限定されないが、例えば、市販のソフトウェアとしてExpressionView Pro software(MicroDiagnostic, Tokyo, Japan)を用いることができる。
階層的クラスタ分析を行うことで、被検試料と、鑑別又は分類対象のサブタイプに属する乳癌患者由来の試料とからなる階層構造(樹形図)を描くことができ、サブタイプごとのクラスタに分けることができる。これにより、被検試料がいずれのサブタイプのクラスタに分類されるのか確認することができ、いずれのサブタイプである可能性が高いかを鑑別又は分類することが可能となる。
【0043】
(ii)遺伝子の発現レベルの比較により評価する方法
また、一実施の形態においては、被検試料における遺伝子セットに含まれる各遺伝子の組み合わせの遺伝子の発現レベルの合計値と、鑑別又は分類対象のサブタイプに属する乳癌患者由来の試料における当該遺伝子の発現レベルの合計値とを比較することにより、被検試料の組織型を評価することができる。
以下に限定されないが、一形態を挙げて説明すると、鑑別又は分類対象のサブタイプに属する乳癌罹患患者群および鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する乳癌罹患患者群における遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルの合計値をそれぞれ群散布図として作図して、被検試料における遺伝子セットの遺伝子の発現レベルの合計値がどこにプロットされるかを確認する。プロットされた位置により、被検試料がいずれのサブタイプに属する乳癌である可能性が高いか評価することができる。
なお、遺伝子セットおよびそれに含まれる遺伝子は、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプに特徴的な遺伝子として当該サブタイプに応じて選択されたものであるため、比較対照となる鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する乳癌罹患患者群は、鑑別又は分類対象のサブタイプ以外であれば、いずれのサブタイプに属する乳癌罹患患者群であってもよい。好ましくは、正常のサブタイプに属する乳癌罹患患者群である。また、一実施形態においては、比較対照として用いる鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する乳癌患者由来の試料は、異なるサブタイプに属する2以上(3、4、5、6、7、8、9、10、11)の乳癌患者由来の試料であり、より好ましい実施形態においては全てのサブタイプに属する乳癌患者由来の試料である。
なお、遺伝子の発現レベルの合計値を鑑別に用いる際、MBOAT1遺伝子、PADI2遺伝子、および、PPP1R1B遺伝子については得られた発現レベルの値を反転して用いる。例えば、遺伝子の発現レベルについてマイクロアレイ等の方法により得られた各遺伝子の発現レベルの合計値を利用する際には、MBOAT1遺伝子、PADI2遺伝子、および、PPP1R1B遺伝子の発現レベル(例えば、共通リファレンスに対するLog2比)に対して-1を乗じて反転した値を求め、反転した値と他の遺伝子の発現レベルとの合計値を算出する。
【0044】
(iii)閾値の設定により鑑別又は分類する方法
また、一実施の形態においては、被検試料における遺伝子セットの発現プロファイルを、所定の閾値と比較することにより組織型を鑑別することができる。
ここで、「所定の閾値」とは、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプに属する乳癌患者群由来の試料における鑑別マーカーの発現プロファイルに基づく所定のカットオフ値をいう。カットオフ値の設定は、例えば、以下のようにして設定することができるが、これに限定されない。すなわち、鑑別又は分類対象である所望のサブタイプに属する乳癌患者群(判別患者群)由来および鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する乳癌患者群(対照患者群)由来の試料について遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現レベルを測定し、各試料について遺伝子の発現レベルを算出する。次いで、得られた遺伝子の発現レベルの値からROC曲線を作成することにより所定のカットオフ値を導くことができる。カットオフ値を設定することにより、当該カットオフ値を超えるか否かで、いずれの組織型卵巣癌である可能性が高いか鑑別することができる。
一実施の形態において、鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する乳癌罹患患者群(対照患者群)は、鑑別又は分類対象のサブタイプ以外であれば、いずれのサブタイプに属する乳癌罹患患者群とすることができる。また、別の実施形態においては、鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する乳癌患者由来の試料は、異なるサブタイプに属する2以上(3、4、5、6、7、8、9、10、11)、好ましくは全ての乳癌患者由来の試料を比較対照用いる実施形態である。
より具体的な一実施の形態として、a~o群に属する遺伝子についてカットオフ値を設定する際、以下の2群間(判別患者群および対照患者群)の遺伝子発現レベルを比較してROC曲線を作成し、カットオフ値を設定することができる。しかしながら、カットオフ値の設定は、以下の実施形態に限定されない。
a群:扁平上皮癌に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(a群)に含まれる遺伝子の発現が高い群を「扁平上皮癌」として判別患者群、当該遺伝子の発現が低い群を「非扁平上皮癌」を対照患者群と設定することができる。
b群:葉状腫瘍に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(b群)に含まれる遺伝子の発現が高い群を「葉状腫瘍」として判別患者群、当該遺伝子の発現が低い群を「非葉状腫瘍」を対照患者群と設定することができる。
c群: 癌に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(c群)に含まれる遺伝子の発現が低い正常組織の群を「非癌」として対照患者群、当該遺伝子の発現が高い正常組織以外のいずれかのサブタイプに属する乳癌組織の群を「癌」として判別患者群と設定することができる。
d群:正常組織に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(d群)に含まれる遺伝子の発現が高い正常組織の群を「正常」として判別患者群、当該遺伝子の発現が低い正常組織以外の群を「非正常」として対照患者群に設定することができる(なお、正常と似ている正常様および特徴の乏しい群は「正常」、「非正常」のいずれにも含まれない)。
e群: 正常様に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(e群)に含まれる遺伝子の発現が高い群を「正常様」として判別患者群、当該遺伝子の発現が低いLuminal A・Luminal B・HER2増幅+・HER2様・トリプルネガティブの群を「非正常様」として対照患者群と設定することができる。
f,g,h群: トリプルネガティブに特徴的な発現パターンを示し、かつ、正常組織又は正常様に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(f群)、トリプルネガティブに特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(g群)、トリプルネガティブに特徴的な発現パターンを示し、かつ、判定不能を規定する遺伝子の発現パターンにも類似する遺伝子群(h群)に含まれる遺伝子の発現が高いトリプルネガティブ群を「TNBC」として判別患者群、当該遺伝子の発現が低いLuminal A・Luminal B・HER2増幅+・HER2様の群を「非TNBC」として対照患者群に設定することができる。
i群: HER2+様に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(i群)に含まれる遺伝子の発現が高いHER2様・HER2増幅+の群を「HER2様」として判別患者群、当該遺伝子の発現が低いLuminal A・Luminal B・トリプルネガディブの群を「非HER2様」として対照患者群に設定することができる。
j,k群: HER2増幅に関連し、かつ、HER2遺伝子と染色体上近い位置に存在する遺伝子群(j群)、または、HER2増幅に関連かつj群以外の遺伝子群(k群)に含まれる遺伝子の発現が高いHER2増幅+・Luminal Bの群を「増幅あり」として判別患者群、当該遺伝子の発現が低いLuminal A群・HER2様群・トリプルネガティブの群を「増幅なし」を対照患者群に設定することができる。このとき、「増幅あり」の群は、j群およびk群に含まれる遺伝子の発現にバラツキが生じる場合があり、j群およびk群に含まれる少なくとも5つの遺伝子の発現が高いものとして採用することが好ましい。
l,m群: ホルモン感受性関連遺伝子群(l群)またはESR1遺伝子(m群)に含まれる遺伝子の発現が高いLuminal AまたはLuminal Bの群を「ホルモン感受性あり」として判別患者群、当該遺伝子の発現が低いHER2増幅+群・HER2様群・トリプルネガティブ群を「ホルモン感受性なし」として対照患者群に設定することができる。
n群: 分化関連遺伝子群(n群)に含まれる遺伝子の発現が高いLuminal A・Luminal B・HER2増幅+・HER2様の群を「分化」として判別患者群、当該遺伝子の発現が低いトリプルネガディブの群を「未分化」として対照患者群に設定することができる。
o群: 細胞周期関連遺伝子群(o群)に含まれる遺伝子の発現が高い「増殖が速い群」として判別患者群、当該遺伝子の発現が低い「増殖が遅い群」を対照患者群として設定することができる。
なお、判別患者群および対照患者群は、クラスタ分析によりそれぞれに分類した結果を用いてもよい。例えば、e群において、「正常様」の判別患者群はクラスタ分析により「正常様」に分類された患者群を採用することができ、「非正常様」の対照患者群はクラスタ分析によりLuminal A・Luminal B・HER2増幅+・HER2様・トリプルネガティブに分類された患者群を採用することができる。
【0045】
「ROC曲線(Receiver Operatting Characteristic curve、受信者動作特性曲線)」は、縦軸を真陽性率(TPF: True Position Fraction)、すなわち感度、横軸を偽陽性率(FPF: False Position Fraction)、すなわち(1-特異度)とし、検査結果のどの値を所見ありと判断するかの閾値、つまりカットオフポイント(cutoff point)を媒介変数として変化させてプロットしていくことで作成される。特異度とは、陰性者を正確に陰性と判断する率である。
作成したROC曲線からカットオフ値を設定する方法は、基本的に感度、特異度をともに高める(1に近づくようする)ように設定することができる。そのためには、カットオフ値がROC曲線上で点(0,1)に最も近い点を与える値に設定すればよい。最も好ましい実施の形態においては、鑑別又は分類対象のサブタイプに属する乳癌罹患患者群と鑑別又は分類対象以外のサブタイプに属する全ての乳癌患者群由来の試料とを明確に鑑別可能なカットオフ値とすることである。
上記のように所定の閾値を設定した場合、当該閾値と被検者由来の試料における遺伝子セットの発現プロファイルとの比較は、当該閾値と被検試料における所定のサブタイプを鑑別又は分類するための遺伝子セットの遺伝子の発現レベルの合計値とを比較すればよい。
【0046】
(iv)サブタイプ鑑別スコアに基づいて鑑別又は分類する方法
また、一実施の形態においては、サブタイプ鑑別スコアに基づいて乳癌のサブタイプを鑑別又は分類することができる。
上述のように、乳癌サブタイプごとに1つのサブタイプ鑑別スコアまたは複数のサブタイプ鑑別スコアの組み合わせを用いることで、被検試料が所望のサブタイプであるか鑑別または分類することができる(上記表5)。
ここで、サブタイプ鑑別スコアは、上記表4に従って、a~o群の鑑別遺伝子群より適切な群に含まれる遺伝子の発現レベルを測定することにより求める。より具体的には、各サブタイプ鑑別スコアは下記式(I)~(IX)により算出することができる:
癌スコア = (c×「c群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」-d×「d群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」)÷(「c群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」+「d群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」) (I)
細胞周期スコア = o (II)
扁平上皮スコア = a (III)
葉状腫瘍スコア = b (IV)
正常様スコア = e (V)
トリプルネガティブスコア = (f×「f群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」+g×「g群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」+h×「h群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」-n×「n群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」)÷(「f群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」+「g群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」+「h群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」+「n群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」 (VI)
HER2様スコア = i (VII)
HER2増幅スコア= (j×「j群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」+k×「k群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」)÷(「j群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」+「k群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」 (VIII)
ホルモン感受性スコア = (l×「l群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」+m×「m群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」)÷(「l群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」+「m群における多重ロジスティックス回帰分析によって算出した回帰係数」) (IX)
(一般式(I)~(IX)において、a~oはそれぞれ「a~o群の遺伝子発現スコア」を意味する。)
ここで、「a~o群の遺伝子発現スコア」は一実施の形態において、カットオフ値との比較により算出することができる。例えば、カットオフ値よりも遺伝子発現が高い場合に「1」、低い場合に「-1」とスコア化することができる。a~o群の各群より複数の遺伝子が選択される場合には、それぞれの群ごとに、スコア化した値の平均値(最大値は1、最小値は-1)を算出して用いることができる。
【0047】
上述のように、サブタイプ鑑別スコアは一実施の形態において、「a~o群の遺伝子発現スコア」を用いて算出することができる。このとき、最大値は1、最小値は-1としてスコア化可能であり、スコアが高い程、そのサブタイプである可能性が高い。
サブタイプ鑑別スコアの算出に複数の鑑別遺伝子群を使う場合(例えば、トリプルネガティブスコアの算出)は、例えば、多重ロジスティック回帰分析によって算出した回帰係数を、それぞれ鑑別遺伝子群の遺伝子発現スコアの平均値にかけ、最大値1および最小値-1となるよう、回帰係数の合計で除算することができる。
【0048】
サブタイプ鑑別スコアを求めた後、次のように乳癌の組織型を鑑別することができる:
(1)「トリプルネガディブ」「HER2増幅」「ホルモン感受性」「HER2+様」「葉状腫瘍」「正常様」のスコアの中で、最大となるスコアを探す。
(2)6つのスコアの中で「トリプルネガディブ」のスコアが最大かつ高いスコア(例えば、0.2よりも大きいスコア)であれば「TNBC」と判定する。
(3)6つのスコアの中で「HER2増幅」のスコアが最大かつ高いスコア(例えば、0.2よりも大きいスコア)であり、「ホルモン感受性」のスコアが高ければ(例えば、0よりも大きいスコア)「Luminal B-HER2+」と判定する。「HER2増幅」のスコアが最大かつ高いスコア(例えば、0.2よりも大きいスコア)であり、「ホルモン感受性」のスコアが低ければ(例えば、0以下のスコア)「HER2+」と判定する。
(4)6つのスコアの中で「ホルモン感受性」のスコアが最大かつ高いスコア(例えば、0よりも大きいスコア)であり、「HER2増幅」のスコアが高ければ(例えば、0.2よりも大きいスコア)「Luminal B-HER2+」と判定する。「ホルモン感受性」のスコアが最大かつ高いスコア(例えば、0よりも大きいスコア)であり、「HER2増幅」のスコアが低ければ(例えば、0.2以下のスコア)「Luminal A(仮)」と判定する。「Luminal A(仮)」のうち、「細胞周期」のスコアが高ければ(例えば、0よりも大きいスコア)「Luminal B-HER2-」と判定し、「細胞周期」のスコアが低ければ(例えば、0以下のスコア)「Luminal A」と判定する。
(5)6つのスコアの中で「HER2+様」のスコアが最大かつ高いスコア(例えば、0.2よりも大きいスコア)であり、「HER2増幅」のスコアが高ければ(例えば、0.2よりも大きいスコア)「HER2+」と判定する。「HER2+様」のスコアが最大かつ高いスコア(例えば、0.2以上のスコア)で、「HER2増幅」のスコアが低いスコア(例えば、0.2以下のスコア)であれば「HER2+様」と判定する。
(6)6つのスコアの中で「葉状腫瘍」のスコアが最大かつ高いスコア(0.1よりも大きいスコア)であれば「葉状腫瘍」と判定する。
(7)6つのスコアの中で「正常様」のスコアが最大かつ高いスコア(0.1よりも大きいスコア)であれば「正常様」と判定する。
(8)(7)までの判定で、いずれにも属さない症例の中で、「癌」「細胞周期」のスコアがともに低い(例えば、0以下)症例は「正常様」と判定する。
(9)(8)までの判定で、いずれにも属さない症例は「判定不能」と判定する。
(10)「扁平上皮」のスコアが高いスコア(例えば、0.2以上)である症例は、上記のサブタイプ判定に「扁平上皮がん」も加える。
ここで、各サブタイプ鑑別スコアが高いとは、基本的に最大値は1、最小値は-1としてスコア化した場合にスコアが0を超えることをいう。各サブタイプ鑑別スコアが低いとは、最大値は1、最小値は-1としてスコア化した場合にスコアが0未満であることをいう。この時、各サブタイプ鑑別スコアが1に近づくほどそのサブタイプの可能性が高くなり、-1に近づくほどそのサブタイプではない可能性が高くなる。上記に例示すように、「スコアの高さ」または「スコアの低さ」の基準は適宜設定することができる。0より最大値1(上限)側または最小値-1(下限)側へ近づけて基準を設定することで乳癌サブタイプの鑑別又は分類時の擬陽性率を下げることができる。
また、サブタイプ鑑別スコアを用いた乳癌の組織型の鑑別方法は上記の方法に限定されず、用いるサブタイプ鑑別スコアの種類および数により適宜設定してもよい。
【0049】
2-3.効果
本態様の鑑別又は分類方法によれば、生検や手術により摘出した検体を調べることで、その検体がいずれのサブタイプに属する乳癌であるかを鑑別又は分類することができる。正診率の高い本態様の鑑別方法によって、いずれのサブタイプに属する乳癌であるかの診断することが可能となり、再発リスクや治療法の判断を考慮し、対応できる利点がある。
【0050】
3.乳癌患者由来の被検試料において、いずれのサブタイプに属する乳癌であるのかを鑑別又は分類するためのキット
3-1.概要
本発明の別の態様は、いずれのサブタイプに属する乳癌であるのかを鑑別又は分類するための試薬(鑑別用試薬)である。本態様の鑑別用試薬は、例えば乳癌に罹患している被験者由来の試料に適用することで、その被験者の乳癌がいずれのサブタイプに属するものであるかを鑑別することができる。
【0051】
3-1-1.構成
本態様の鑑別用試薬は、鑑別マーカーを構成する鑑別遺伝子群の転写産物、すなわちmRNA又はcDNAを検出するためのプローブ又はプライマーセットを含む。これらの具体的な構成については、測定工程の欄に記載している。例えば、鑑別マーカーを構成する4種の鑑別遺伝子群の転写産物を検出する場合、鑑別用キットは、対応する遺伝子の転写産物を検出可能な4種のプローブ群を含むことができる。
本態様の鑑別用試薬が上記のようなプローブの場合、鑑別用試薬は、各プローブを基板上に固定したDNAマイクロアレイ又はDNAマイクロチップの状態で提供することもできる。各プローブを固定する基板の素材は、限定はしないが、ガラス板、石英板、シリコンウェハー等が通常使用される。基板の大きさは、例えば、3.5mm×5.5mm、18mm×18mm、22mm×75mmなどが挙げられるが、これはプローブのスポット数やそのスポットの大きさなどに応じて様々に設定することができる。プローブは、1スポットあたり通常0.1μg~0.5μgのヌクレオチドが用いられる。ヌクレオチドの固定化方法には、ヌクレオチドの荷電を利用してポリリジン、ポリ-L-リジン、ポリエチレンイミン、ポリアルキルアミン等のポリ陽イオンで表面処理した固相担体に静電結合させる方法や、アミノ基、アルデヒド基、エポキシ基などの官能基を導入した固相表面に、アミノ基、アルデヒド基、SH基、ビオチンなどの官能基を導入したヌクレオチドを共有結合により結合させる方法が挙げられる。
【0052】
3-2.効果
本態様の鑑別用キットを用いて、乳癌罹患歴のある被験者に適用することで、当該乳癌が、いずれのサブタイプに属するものであるのかを客観的かつ正確に鑑別することができる。
本発明の検出キットは、鑑別マーカーの検出に必要な他の試薬、例えば、バッファや二次抗体、検出及び結果鑑別に用いる説明書を含んでいてもよい。
【0053】
4.鑑別又は分類結果に基づいた治療方法
本発明は、別の態様として、上記に記載の鑑別方法によりいずれのサブタイプに属する乳癌であるかを鑑別又は分類した被験者に対して、当該鑑別又は分類結果に基づいて抗癌剤を投与する治療方法を提供する。
すなわち、本発明の鑑別方法により、特定のサブタイプに属する乳癌であると鑑別又は分類された被験者に対しては、当該特定のサブタイプに属する乳癌に有効な抗癌剤を有効量投与する。
それぞれのサブタイプに属する乳癌に有効な抗癌剤(例えば、パクリタキセル、シスプラチン、カルボプラチン、ドセタキセル)やその組み合わせ、投与方法、投与量等は公知であり、当業者であれば適宜、組織型に対応した化学療法を実施することができる。
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【実施例
【0054】
(実施例1.RNA 調製)
外科的に採取した乳癌組織は、ISOGEN(Nippon Gene Co., Ltd., Tokyo, Japan)を用いてtotal RNAを抽出した。また、正常乳腺組織および一部の乳癌組織は海外の取扱い業者から購入し、同様にしてtotal RNAを抽出した。125μg以上のtotal RNAを取得できたサンプルは引き続き、MicroPoly(A)purist Kit(Ambion, Austin, TX, USA)を用いてpoly(A)+RNAを精製した。
ヒト共通リファレンスRNAは、Human Universal Reference RNA Type I (MicroDiagnostic)またはHuman Universal Reference RNA Type II (MicroDiagnostic)を使用した。
【0055】
(実施例2.網羅的遺伝子発現解析)
poly(A)+RNAを用いた遺伝子発現プロファイル取得(「システム1」と名付ける)に使用するDNAマイクロアレイは、ヒト由来の転写産物に対応する31,797種類の合成DNA(80 mers)(MicroDiagnostic)をカスタムアレイヤーでスライドガラス上にアレイ化したものを用いた。一方、total RNAを用いた遺伝子発現プロファイル取得(「システム2」と名付ける)のためのDNAマイクロアレイは、ヒト由来の転写産物に対応する14,400種類の合成DNA(80 mers)(MicroDiagnostic)をカスタムアレイヤーでスライドガラス上にアレイ化したものを用いた。
検体由来のRNAは、システム1の場合は2μgのpoly(A)+RNAから、システム2の場合は5 μgのtotal RNAからSuperScript II(Invitrogen Life Technologies, Carlsbad, CA, USA)およびCyanine 5-dUTP(Perkin-Elmer Inc.)を用いて標識cDNAを合成した。同様に、ヒト共通リファレンスRNAは、2μgのpoly(A)+RNAまたは5μgのtotal RNAからSupreScript IIおよびCyanine 3-dUTP(Perkin-Elmer Inc.)を用いて標識cDNAを合成した。
DNAマイクロアレイとのハイブリダイゼーションは、Labeling and Hybridization kit(MicroDiagonostic)を用いて行なった。
【0056】
DNAマイクロアレイとのハイブリダイゼーション後の蛍光強度は、GenePix 4000B Scanner(Axon Instruments, Inc., Union city, CA, USA)を用いて測定した。また、検体由来Cyanine-5標識cDNAの蛍光強度をヒト共通リファレンスRNA由来Cyanine-3標識cDNAの蛍光強度で除することにより発現比(検体由来Cyanine-5標識cDNAの蛍光強度/ヒト共通リファレンスRNA由来Cyanine-3標識cDNAの蛍光強度)を算出した。さらに、GenePix Pro 3.0 software(Axon Instruments, Inc.,)を用いて、算出した発現比にノーマライゼーションファクターを乗じてノーマライズを行なった。次に発現比をLog2に変換し、変換した値をLog2比(Log2 ratio)と名付けた。なお、発現比の変換はExcel software(Microsoft, Bellevue, WA, USA)およびMDI gene expression analysis software package(MicroDiagnostic)を用いて行なった。
【0057】
(実施例3.乳癌のサブタイプ鑑別において有用なマーカー)
本発明では、クラスタ分析することによって発現パターンが乳癌のサブタイプと相関する199種(コントロールとなる対照遺伝子を8遺伝子含む場合207種)の遺伝子マーカーのセットを提供する。
乳癌組織(453症例)および正常乳腺組織(17症例)を合わせて470症例の各検体から14,400遺伝子の遺伝子発現プロファイルを取得した。シグナルを検出できなかった検体が3以下、発現比の絶対値が0.45未満、標準偏差が0.35未満、最大値-最小値の値が2.2未満、かつ、「sum of medians」の平均値が400を超えた遺伝子の中から、対照として8遺伝子を選択した。
【0058】
次に、正常組織を除いた乳癌組織453症例を、ESR1およびERBB2の発現レベル比が2.0以上のグループ、ESR1の発現レベル比が2.0以上かつERBB2の発現レベル比が2.0未満のグループ、ERBB2の発現レベル比が2.0以上かつESR1の発現レベル比が2.0未満のグループ、ESR1およびERBB2の発現レベル比が2.0未満のグループに分類した。それらの4つのグループをもとに4群比較を行い、p値が0.01未満かつ発現比の平均の差の絶対値が1.0以上の遺伝子を374種類抽出した。
さらに、扁平上皮癌、葉状腫瘍および正常組織に特徴的な遺伝子については、t検定による2群比較により選定した。これらの遺伝子を扁平上皮癌に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(以下「a群」という。)、葉状腫瘍に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(以下「b群」という。)、癌に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(以下「c群」という。)、正常組織に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(以下「d群」という。)、正常様に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(以下「e群」という。)、トリプルネガティブ群に特徴的な発現パターンを示し、かつ、正常組織又は正常様に特徴的な発現パターンを示す遺伝子(以下「TNBC1」という。)群(以下「f群」という。)、トリプルネガティブに特徴的な発現パターンを示す遺伝子(以下「TNBC2」という。)群(以下「g群」という。)、トリプルネガティブに特徴的な発現パターンを示し、かつ、判定不能を規定する遺伝子の発現パターンにも類似する遺伝子(以下「TNBC3」という。)群(以下「h群」という。)、HER2+様に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群(以下「i群」という。)、HER2増幅に関連し、かつ、HER2遺伝子と染色体上近い位置に存在する遺伝子(以下「HER2増幅-1」という。)群(以下「j群」という。)、HER2増幅に関連かつj群以外の遺伝子(以下「HER2増幅-2」という。)群(以下「k群」という。)、ホルモン感受性関連遺伝子群(以下「l群」という。)、ESR1(以下「m群」という。)、分化関連遺伝子群(以下「n群」という。)および細胞周期関連遺伝子群(以下「o群」という。)に分類した。全体のバランスを考慮し、それぞれの群が1~37個の間になるように調整した。遺伝子の数が不足している群については、相関係数を用いて、当該群の遺伝子と類似する挙動を示す遺伝子を加えた。このようにして抽出した遺伝子の中から、クラスタを明確に分類できる199遺伝子(a群が8遺伝子、b群が8遺伝子、c群が4遺伝子、d群が10遺伝子、e群が9遺伝子、f群が6遺伝子、g群が35遺伝子、h群が7遺伝子、i群が37遺伝子、j群が5遺伝子、k群が6遺伝子、l群が29遺伝子、m群が1遺伝子、n群が11遺伝子、o群が23遺伝子)を選定した。対照として選択した上記8遺伝子を合わせて207遺伝子を乳癌のサブタイプ鑑別にかかるマーカー遺伝子群とした。なお、上記選定された199遺伝子は表2に示す遺伝子群であり、当該199遺伝子は表2に示すようにa~o群に分類される。また、本実施例において使用した207遺伝子に対するプローブの配列情報を下記表に示す。
【表6A】
【表6B】
【表6C】
【表6D】
【0059】
(実施例4.乳癌の鑑別マーカー遺伝子セットを用いたクラスタ分析1)
実施例3により選択された207種の遺伝子セットを鑑別マーカー遺伝子セットとし、各遺伝子の遺伝子発現レベルを測定し(データは示さず)、クラスタ分析を行った。また、クラスタ分析はExpressionView Pro software(MicroDiagnostic)を用い、ユークリッド距離による群平均法にて行なった。クラスタ分析の結果を図1に記載する。図1に示すように、抽出した207遺伝子の発現プロファイルに基づいて階層的クラスタ分析を行ったところ、正常様群、判定不能群、正常群、Luminal A群、HER2+様群、Luminal B群、HER2+群、トリプルネガティブ群、その他群のクラスタに分類することができた。
【0060】
(実施例5.鑑別マーカー遺伝子セットによるスコア化)
実施例3により選択された207種の遺伝子を含む鑑別マーカー遺伝子セットにおいて、各遺伝子のROC分析を行い、カットオフ値を決めた。なお、カットオフ値は、感度=特異度になる値としてそれぞれの遺伝子群ごとに適宜決定した。ROC分析の詳細は以下の通りである。
a群に属する8遺伝子で470症例のクラスタ分析を行ったところ、2つのクラスタに分類された。臨床で扁平上皮癌と診断された症例を含み、マーカーの発現が高い5症例を含むクラスタを「扁平上皮癌」、発現が低い465症例を含むクラスタを「非扁平上皮癌」とした。「扁平上皮癌」を判別患者群、「非扁平上皮癌」を対照患者群として、470症例で8遺伝子それぞれについてのROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
b群に属する8遺伝子で470症例のクラスタ分析を行ったところ、2つのクラスタに分類された。臨床で悪性葉状腫瘍と診断された症例を含み、マーカーの発現が高い3症例を含むクラスタを「葉状腫瘍」、発現が低い467症例を含むクラスタを「非葉状腫瘍」とした。「葉状腫瘍」を判別患者群、「非葉状腫瘍」を対照患者群として、470症例で当該8遺伝子それぞれについてROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
正常組織を「非癌」、それ以外を「癌」とした。「癌」を判別患者群、「非癌」を対照患者群として、470症例でc群に属する4遺伝子それぞれについてROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
正常組織を「正常」、それ以外を「非正常」とした。ただし正常と似ている正常様および特徴の乏しい群は「正常」、「非正常」から除いた。「正常」を判別患者群、「非正常」を対照患者群として、435症例でd群に属する10遺伝子それぞれについてROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
【0061】
207遺伝子×470症例のクラスタ分析で、正常様のクラスタに含まれる症例(正常組織を含む)を「正常様」、Luminal A・Luminal B・HER2増幅+・HER2様・トリプルネガティブのクラスタに含まれる症例を「非正常様」とした。「正常」を判別患者群、「非正常」を対照患者群として、428症例でe群に属する9遺伝子それぞれについてROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
207遺伝子×470症例のクラスタ分析で、トリプルネガティブ群のクラスタに含まれる症例を「TNBC」、Luminal A・Luminal B・HER2増幅+・HER2様のクラスタに含まれる症例を「非TNBC」とした。「TNBC」を判別患者群、「非TNBC」を対照患者群として、407症例でf群、g群またはh群に属する48遺伝子それぞれについてROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
207遺伝子×470症例のクラスタ分析で、HER2様・HER2増幅+のクラスタに含まれる症例を「HER2様」、Luminal A・Luminal B・トリプルネガディブのクラスタに含まれる症例を「非HER2様」とした。「HER2様」を判別患者群、「非HER2様」を対照患者群として、407症例でi群に属する37遺伝子それぞれについてROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
207遺伝子×470症例のクラスタ分析で、HER2増幅+・Luminal Bのクラスタに含まれる44症例について、j群またはk群に属する11遺伝子でクラスタ分析を行った。それぞれ増幅領域が異なっており、その範囲によってクラスタが分かれていたため、その増幅領域ごとに「増幅あり」と「増幅なし」に分けた(11遺伝子すべて「増幅あり」29症例;8遺伝子「増幅あり」3症例;7遺伝子「増幅あり」3症例;5遺伝子「増幅あり」9症例)。Luminal A群・HER2様群・トリプルネガティブ群のクラスタに含まれる症例は「増幅なし」とした。「増幅あり」を判別患者群、「増幅なし」を対照患者群として、407症例で当該11遺伝子それぞれについてROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
【0062】
207遺伝子×470症例のクラスタ分析で、Luminal A群・Luminal B群のクラスタに含まれる症例を「ホルモン感受性あり」、HER2増幅+群・HER2様群・トリプルネガティブ群のクラスタに含まれる症例を「ホルモン感受性なし」とした。「ホルモン感受性あり」を判別患者群、「ホルモン感受性なし」を対照患者群として、407症例でl群またはm群に含まれる30遺伝子それぞれについてROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
207遺伝子×470症例のクラスタ分析で、Luminal A群・Luminal B群・HER2増幅+群・HER2様群のクラスタに含まれる症例を「分化」、トリプルネガディブのクラスタに含まれる症例を「未分化」とした。「分化」を判別患者群、「未分化」を対照患者群として、407症例でn群に属する11遺伝子それぞれについてROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
o群に属する23遺伝子で470症例のクラスタ分析を行ったところ、2つのクラスタに分かれた。臨床でトリプルネガティブと診断された症例を多く含み、マーカーの発現が高いクラスタを「増殖が速い群」、発現が低いクラスタを「増殖が遅い群」とした。「増殖が速い群」を判別患者群、「増殖が遅い群」を対照患者群として、470症例で当該23遺伝子それぞれについてROC分析を行い、カットオフ値を算出した。
【0063】
各症例について、発現比がカットオフ値より大きい場合は1、小さい場合は-1、データが0の場合は0とし、a~o群の遺伝子グループごとに平均値を計算した。ただしi群に属する1遺伝子(MBOAT1)およびl群に属する2遺伝子(PADI2およびPPP1R1B)については、発現比が低い程その特徴を表しており、他と逆であるため、発現比がカットオフ値より小さい場合は1、大きい場合は-1、データが0の場合は0とした。
【0064】
各症例において得られた各遺伝子グループの平均値を使って、サブタイプ鑑別スコア(癌スコア・細胞周期スコア・扁平上皮スコア・葉状腫瘍スコア・正常様スコア・トリプルネガティブスコア・HER2様スコア・HER2増幅スコア・ホルモン感受性スコア)を算出した。各サブタイプ鑑別スコアは、具体的には以下のようにして算出した。各サブタイプ鑑別スコアの最大値は1、最小値は-1であり、スコアが高い程、その可能性が高い。
癌スコア = (c×2.5-d×5.5)÷8
細胞周期スコア = o
扁平上皮スコア = a
葉状腫瘍スコア = b
正常様スコア = e
トリプルネガティブスコア = (f×2.6+g×11.4+h×2.4-n×6.8)÷23.2
HER2様スコア = i
HER2増幅 スコア= (j×3.8+k×0.7)÷4.5
ホルモン感受性スコア = (l×5.3+m×0.4)÷5.7
なお、本実施例では算出に複数の遺伝子グループ(a~o群)を用いるため、多重ロジスティック回帰分析によって算出した回帰係数を、それぞれ遺伝子グループの平均値にかけ、最大値1および最小値-1となるよう、回帰係数の合計で除算した。いずれも470症例を使用、詳細は次の通り:「癌」では、正常組織を0、正常組織以外を1とおいて目的変数とし、「癌」「正常」の遺伝子グループのスコアを説明変数として使用した。「トリプルネガディブ」は、207遺伝子×470症例のクラスタ分析でトリプルネガディブのクラスタに含まれる症例を1、それ以外を0とおいて目的変数とし、「TNBC1」「TNBC2」「TNBC3」のスコアを説明変数として使用した。「HER2増幅」は、207遺伝子×470症例のクラスタ分析でHER2+増幅・Luminal Bに含まれる症例を1、それ以外を0とおいて目的変数とし、「HER2増幅1」「HER2増幅2」のスコアを説明変数として使用した。「ホルモン感受性」は、207遺伝子×470症例のクラスタ分析でLuminalA・Luminal Bを1、それ以外を0とおいて目的変数とし、「ホルモン感受性」「ESR1」のスコアを説明変数として使用した。
上記式により470症例において、算出した各サブタイプ鑑別スコアをスコア化することができた。スコア化した結果を図2に示す(図2のヒートマップの縦軸はサブタイプ鑑別スコアを示し、横軸は470症例由来のサンプルを示す。また、図2中、横軸の470症例由来のサンプルの並び方は、図1のヒートマップと同じ並び方を示し、図2中下段に示すサブタイプの分類は図1のクラスタ分析結果を示す)。
【0065】
(実施例6.サブタイプ鑑別スコアによる乳癌の組織型鑑別1)
実施例5で得られたサブタイプ鑑別スコアに基づいて、次のように乳癌の組織型を鑑別した。
(1)「トリプルネガディブ」「HER2増幅」「ホルモン感受性」「HER2+様」「葉状腫瘍」「正常様」のスコアの中で、最大となるスコアを探した。
(2)6つのスコアの中で「トリプルネガディブ」のスコアが最大かつ0.2よりも大きければ「TNBC」と判定した。
(3)6つのスコアの中で「HER2増幅」のスコアが最大かつ0.2よりも大きく、「ホルモン感受性」のスコアが0よりも大きければ「Luminal B-HER2+」と判定する。「HER2増幅」のスコアが最大かつ0.2よりも大きく、「ホルモン感受性」のスコアが0以下であれば「HER2+」と判定した。
(4)6つのスコアの中で「ホルモン感受性」のスコアが最大かつ0よりも大きく、「HER2増幅」のスコアが0.2よりも大きければ「Luminal B-HER2+」と判定する。「ホルモン感受性」のスコアが最大かつ0よりも大きく、「HER2増幅」のスコアが0.2以下であれば「Luminal A(仮)」と判定する。「Luminal A(仮)」のうち、「細胞周期」のスコアが0よりも大きければ「Luminal B-HER2-」と判定し、「細胞周期」のスコアが0以下であれば「Luminal A」と判定した。
(5)6つのスコアの中で「HER2+様」のスコアが最大かつ0.2よりも大きく、「HER2増幅」のスコアが0.2よりも大きければ「HER2+」と判定する。「HER2+様」のスコアが最大かつ0.2以上で、「HER2増幅」のスコアが0.2以下であれば「HER2+様」と判定した。
(6)6つのスコアの中で「葉状腫瘍」のスコアが最大かつ0.1よりも大きければ「葉状腫瘍」と判定した。
(7)6つのスコアの中で「正常様」のスコアが最大かつ0.1よりも大きければ「正常様」と判定した。
(8)(7)までの判定で、いずれにも属さない症例の中で、「癌」「細胞周期」のスコアがともに0以下の症例は「正常様」と判定した。
(9)(8)までの判定で、いずれにも属さない症例は「判定不能」と判定した。
(10)「扁平上皮がん」のスコアが0.2以上である症例は、上記のサブタイプ判定に「扁平上皮がん」も加えた。
【0066】
(実施例7.乳癌の鑑別マーカー遺伝子セットを用いたクラスタ分析2)
本実施例では、実施例3により選択されたa~o群の15つの鑑別遺伝子群より1遺伝子ずつ選択された遺伝子群を鑑別マーカー遺伝子セットとし、乳癌のサブタイプの明らかな470症例について、当該15つの遺伝子の発現レベルを測定し(データは示さず)、クラスタ分析を行った。具体的には、a群よりSPRR2A、b群よりSERPINH1、c群よりFN1、d群よりCAVIN2、e群よりKRT15、f群よりGABRP、g群よりEN1、f群よりLYZ、i群よりCLCA2、j群よりGRB7、k群よりORMDL3、l群よりCYP2B6、m群よりESR1、n群よりFOXA1、o群よりCDC20の遺伝子をそれぞれ選択し、サブタイプ鑑別スコアを算出した。また、クラスタ分析は実施例4と同様にExpressionView Pro software(MicroDiagnostic)を用い、ユークリッド距離による群平均法にて行なった。クラスタ分析の結果を図4に記載する。図4に示すように、a~o群の15つの鑑別遺伝子群より1遺伝子ずつ選択した遺伝子の発現プロファイルに基づいて階層的クラスタ分析を行ったところ、正常様群、判定不能群、正常群、Luminal A群、HER2+様群、Luminal B群、HER2+群、トリプルネガティブ群、その他群のクラスタに分類することができた。
【0067】
(実施例8.サブタイプ鑑別スコアによる乳癌の組織型鑑別2)
実施例7で用いた鑑別マーカー遺伝子セットを用いて、乳癌のサブタイプの明らかな470症例の各遺伝子の発現レベルから実施例5と同様の方法で各サブタイプ鑑別スコアを算出した結果を図4に示す。なお、スコアの算出は次のように行った。
各症例において得られた各遺伝子グループの平均値を使って、サブタイプ鑑別スコア(癌スコア・細胞周期スコア・扁平上皮スコア・葉状腫瘍スコア・正常様スコア・トリプルネガティブスコア・HER2様スコア・HER2増幅スコア・ホルモン感受性スコア)を算出した。各サブタイプ鑑別スコアは、具体的には以下のようにして算出した。各サブタイプ鑑別スコアの最大値は1、最小値は-1であり、スコアが高い程、その可能性が高い。
癌スコア = (c×1.3-d×27.4)÷28.7
細胞周期スコア = o
扁平上皮スコア = a
葉状腫瘍スコア = b
正常様スコア = e
トリプルネガティブスコア = (f×3.0+g×1.2+h×0.7-n×2.1)÷7
HER2様スコア = i
HER2増幅 スコア= (j×2.5+k×1)÷3.5
ホルモン感受性スコア = (l×1.1+m×1.9)÷3
図4は、実施例5で得られたスコア化ヒートマップ(図2)を比較のために示しており、図4で示すように、a~o群の15つの鑑別遺伝子群より1遺伝子ずつ選択して鑑別マーカー遺伝子セットとした場合であっても、サブタイプ鑑別スコアを算出することで、乳癌のサブタイプを鑑別または分類することができた。
【0068】
(実施例9.乳癌の鑑別マーカー遺伝子セットを用いたクラスタ分析3)
f群、g群、 i群、j群、k群、l群、m群、n群およびo群に属する153種の遺伝子セットを鑑別マーカー遺伝子セットとし、各遺伝子の遺伝子発現レベルを測定し(データは示さず)、対照群の各遺伝子(8種類)の遺伝子発現レベルを測定し(データは示さず)、それらを合わせてクラスタ分析を行った。また、クラスタ分析はExpressionView Pro software(MicroDiagnostic)を用い、ユークリッド距離による群平均法にて行なった。クラスタ分析の結果を図5に記載する。図5に示すように、抽出した161遺伝子の発現プロファイルに基づいて階層的クラスタ分析を行ったところ、Luminal AおよびB群、HER2+様群、HER2+群、トリプルネガティブ群、その他群のクラスタに分類することができた。
【0069】
(実施例10.サブタイプ鑑別スコアによる乳癌の組織型鑑別3)
実施例9で用いた鑑別マーカー遺伝子セットを用いて、乳癌のサブタイプの明らかな470症例の各遺伝子の発現レベルから実施例5と同様の方法で各サブタイプ鑑別スコアを算出した結果を図6に示す。次のように各サブタイプ鑑別スコアを算出した。なお、スコアの算出は次のように行った。
各症例において得られた各遺伝子グループの平均値を使って、サブタイプ鑑別スコア(癌スコア・細胞周期スコア・扁平上皮スコア・葉状腫瘍スコア・正常様スコア・トリプルネガティブスコア・HER2様スコア・HER2増幅スコア・ホルモン感受性スコア)を算出した。各サブタイプ鑑別スコアは、具体的には以下のようにして算出した。各サブタイプ鑑別スコアの最大値は1、最小値は-1であり、スコアが高い程、その可能性が高い。
細胞周期スコア = o
トリプルネガティブスコア = (f×1.5+g×7.1-n×5.9)÷14.5
HER2+様スコア = i
HER2増幅スコア= (j×6.5+k×1.8)÷8.3
ホルモン感受性スコア = (l×7.20+m×0.15)÷7.35
【0070】
得られたサブタイプ鑑別スコアに基づいて、次のように乳癌の組織型を鑑別した。
(1)「トリプルネガティブスコア」「HER2+様スコア」「HER2増幅スコア」「ホルモン感受性スコア」のスコアの中で、最大となるスコアを探した。
(2)4つのスコアの中で「トリプルネガティブスコア」が最大かつ0.2よりも大きいもののうち「細胞周期スコア」が-0.6よりも大きいものを「トリプルネガティブ」、「細胞周期スコア」が-0.6以下のものを「正常」と判定した。
(3)4つのスコアの中で「HER2増幅スコア」が最大かつ0.2よりも大きいもののうち、「ホルモン感受性スコア」が0よりも大きいものを「Luminal B-HER2+」、「ホルモン感受性スコア」が0以下のものを「HER2+」と判定した。
(4)4つのスコアの中で「ホルモン感受性スコア」が最大かつ0よりも大きいものうち、「HER2増幅スコア」が0.2よりも大きいものを「Luminal B-HER2+」と判定した。また、「ホルモン感受性スコア」が最大かつ0よりも大きく、さらに「HER2増幅スコア」が0.2以下のもののうち「細胞周期スコア」が0よりも大きいものを「Luminal B-HER2-」、「細胞周期スコア」が0以下のものを「Luminal A」と判定した。
(5)4つのスコアの中で「HER2+様スコア」が最大かつ0.2よりも大きく、さらに「HER2増幅スコア」が0.2よりも大きいものを「HER2+」と判定した。
(6)4つのスコアの中で「HER2+様スコア」が最大かつ0.2以上で、さらに「HER2増幅スコア」が0.2以下のものを「HER2+様」と判定した。
(7)(6)までの判定で、いずれにも属さない症例は「判定不能群」と判定した。
その結果、乳癌のサブタイプをLuminal AおよびB群、HER2+様群、HER2+群、トリプルネガティブ群、判定不能群に鑑別または分類することができた。なお、a~o群に含まれる199遺伝子の鑑別マーカー遺伝子セットを用いて同様に算出した各サブタイプ鑑別スコアの結果と比較したところ、乳癌のサブタイプをLuminal AおよびB群、HER2+様群、HER2+群、トリプルネガティブ群、または、判定不能群への鑑別または分類は同程度の精度であった。
また、サブタイプ鑑別スコアを用いて乳癌の組織型を鑑別することで、Luminal AおよびB群のうち、Luminal A群、Luminal B群(HER2陽性)、および、Luminal B群(HER2陰性)をさらに区別することが可能となった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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