(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-21
(45)【発行日】2023-09-29
(54)【発明の名称】走査型プローブ顕微鏡及びそれを用いた細胞表面の観察方法
(51)【国際特許分類】
G01Q 30/20 20100101AFI20230922BHJP
G01Q 80/00 20100101ALI20230922BHJP
G01Q 60/24 20100101ALI20230922BHJP
【FI】
G01Q30/20
G01Q80/00 121
G01Q60/24
(21)【出願番号】P 2019199540
(22)【出願日】2019-11-01
【審査請求日】2022-08-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業、「3次元揺動構造のサブナノレベル計測・解析システムの開発とその実証実験 委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114074
【氏名又は名称】大谷 嘉一
(72)【発明者】
【氏名】福間 剛士
(72)【発明者】
【氏名】市川 壮彦
【審査官】山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-001911(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0300978(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01Q 10/00 - 90/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プローブと、前記プローブを試料表面に沿って走査する走査手段と、前記試料と前記プローブとの間に生ずる相互作用の検出制御手段
と、大きさが1μm~10μmの微小孔からなる多孔薄膜とを備え、
前記多孔薄膜を細胞からなる試料表面に密着し、
前記微小孔から前記試料表面の観察が可能であることを特徴とする走査型プローブ顕微鏡。
【請求項2】
前記プローブは自由端に探針を有するカンチレバーであり、
前記相互作用は前記探針と試料表面との間の相互作用力であることを特徴とする請求項1記載の走査型プローブ顕微鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型プローブ顕微鏡(SPM)に関し、特に不安定な試料の表面の観察も可能にしたSPMに係る。
【背景技術】
【0002】
走査型プローブ顕微鏡は、試料に対してプローブを接近させることで、このプローブと試料との間の相互作用を検出し、その検出した値をフィードバック制御しながら試料表面を走査(例えばX-Y面)することで、試料を観察する顕微鏡である。
【0003】
例えば、SPMの1つに含まれる原子間力顕微鏡(AFM)は、自由端に探針を有するカンチレバー(片持ち梁)をプローブとして用い、試料表面を走査するものである。
カンチレバーの探針を試料に近づけると、試料表面との間に相互作用力が相互作用量として生じ、これを検出する。
この相互作用量を一定に保つようにフィードバックさせながら、探針のZ軸方向の位置を制御し、X軸方向とこれに直交するY軸方向のX-Y面に沿って走査することで、試料の表面の微細な構造が観察できる。
なお、探針のZ軸方向の変位は、カンチレバーの自由端背面等にレーザー光等を照射し、その光学的変位を検出することが行われる。
AFMは、試料の導電性を問わない点、液中,大気中,真空中等の幅広い環境下で動作可能な点、観察対象にラベリングする必要がない点等の特徴があり、これまでもナノスケールの表面構造,物性計測に応用されている。
【0004】
SPMの原理は、上記に説明したように試料表面でのプローブ先端部との相互作用を検出するものであるから、試料表面が上下に揺動したり、対象となる試料の流動性が大きいと、充分に試料表面の観察や計測が難しい技術的課題があった。
このことは細胞膜が極めて柔らかく、膜内の分子流動性が高い真核細胞等を対象試料とする場合には、特に分子レベルの高分解能観察を困難にしていた。
これをさらに詳しく説明すると、1つ目には生きた細胞の細胞膜は、ナノスケールで見ると液中に浮いており支持されていないため、観察面の高さが上下に大きく揺動する問題があった。
2つ目には、細胞膜を構成する脂質分子やタンパク質分子は、膜内で常に流動していると考えられており、この面内における分子の拡散運動がAFMの観察速度に比べて速すぎる場合には、分子の位置や形状を鮮明に捉えることができなかった。
【0005】
本出願人は、先に液中原子間力顕微鏡を提案している(特許文献1)。
この液中原子間力顕微鏡は、液体の中に置かれた試料を観察できる点で優れている。
しかし、上記技術は液体の液面の一部に開口部を形成するために薄膜を用いたものであるのに対して、本発明は不安定な試料の表面に薄膜を密着させて試料表面を安定化させるのが目的である点で、技術的思想が相違する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、細胞,脂質膜,膜状ミセル体等の試料表面が不安定な試料においても、分子レベルの高分解能観察を可能にする走査型プローブ顕微鏡の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る走査型プローブ顕微鏡は、プローブと、前記プローブを試料表面に沿って走査する走査手段と、前記試料と前記プローブとの間に生ずる相互作用の検出制御手段とを備え、前記試料表面に密着させる薄膜を有し、前記薄膜は試料表面の観察を行うための観察孔を有していることを特徴とする。
本発明は、例えば生きた細胞,脂質膜,あるいは膜状ミセル等、いわゆるふわふわ感がある不安定な試料の表面に薄膜を密着させることで、上下方向の揺動や面内の流動を抑える点に特徴があり、各種SPMに展開できる。
【0009】
本発明においては、AFMに適用すべく、プローブは自由端に探針を有するカンチレバーであり、前記相互作用は前記探針と試料表面との間の相互作用力であってもよい。
【0010】
本発明において観察孔は、探針を試料表面に接近させることができるように、薄膜に設けた貫通孔をいい、試料表面のナノスケールレベルの表面観察が可能な範囲で微小な孔であってよい。
【発明の効果】
【0011】
詳細には後述するが、本発明は例えば生きた細胞等、細胞膜が上下に揺動しやすかったり、面内の分子流動が速い試料に対してもその表面に薄膜を密着させることで、試料表面の変化を抑え、安定化させることができる。
これにより、分子レベルの高分解能観察が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】試料の表面を押さえるように薄膜を密着させる例を示す。
【
図2】薄膜に試料を付着させ、これを裏返して微小孔(観察孔)から表面観察する例を示す。
【
図3】薄膜の例としてマイクロ多孔窒化シリコン薄膜を示す。
【
図4】薄膜上でMDCK細胞を培養し、蛍光観察した例を示す。
【
図5】(a)は微小孔付近のAFM観察例を示し、(b)はMDCK細胞の基底膜側の観察例を示す。
【
図6】生きた大腸がん由来細胞(CoLo204)の表面観察(AFM)例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
試料に薄膜を密着させる方法としては、次のような2つの形態が例として挙げられる。
1つ目は、
図1に示すように基板13上に試料1を載置又は収容し、この試料1の上側から押さえるように薄膜12を密着させることで、微小の観察孔12aからカンチレバー11の探針11aを接近及び走査させてカンチレバーの変位を検出する方法。
2つ目は、薄膜1の表面にて細胞等の試料を培養し、その後に上下逆転させることで基底膜の裏面側から観察孔を介して、AFM観察する方法である。
薄膜としては、厚み50~300nmレベルのものを用いることができ、観察孔となる微小孔は直径で1μm以上、10μm以下、好ましく5μm以下のものが例として挙げられる。
これらは、試料ホルダーとしてキット化することもできる。
【実施例1】
【0014】
微小な穴の空いた薄膜としては、たとえば透過型電子顕微鏡のサンプルホルダーとして用いられているマイクロ多孔窒化シリコン薄膜(SiN膜)を用いることができる。
様々な規格が存在するが、
図3に示した厚さ200nm、直径5μmの穴が10μm毎に空いている多孔膜を本実施例に用いた。
SiN膜上でMadin-Darby canine kidney(MDCK)細胞を培養した所、細胞はSiN膜の穴の上で増殖し上皮層を形成することが分かった(
図4)。
図4は、グレースケールになっているため分かりにくいが、実際には細胞核を青色に染色し、細胞膜を緑色に染色した。
図4で色の薄い部分が、細胞膜に相当する(スケールバー:100μm)。
次に細胞を培養し4%パラホルムアルデヒドで固定した後SiN膜をAFMのサンプルステージ上に両面テープで上下逆にして貼り付けAFM観察を行った結果、SiN膜表面にアプローチ後そのまま穴の底の細胞表面を観察可能であることが分かった(
図5)。
図5(a)は薄膜と穴(観察孔)との境界付近を示し、(b)はMDCK細胞1と2との境界付近を示す。
さらに大腸がん由来細胞(Colo204)をSiN膜上で培養後穴(観察孔)を通して生きたまま観察した結果、細胞表面を安定的にかつ高分解能でイメージングすることに成功した(
図6)。
図6(a)-6(c)に矢印で示した輝点は、3つの連続画像のすべてにおいて可視化されている。
したがって、これは雑音などではなく、表面の突起構造が可視化されたものである。
また、
図6(d)は
図6(a)で四角く囲った領域の拡大図であり、そこに示した点線A-Bに沿って取得した高さプロファイル(
図6(e))から、この突起構造の半値全幅は約9nmとなり、10nm以下の分解能が得られていることが分かる。
これは分子レベルに迫る高分解能観察が細胞表面で可能であることを示している。
さらに、細胞表面の流動速度はおおよそ5-10nm/minであり、見積もられている平均的な膜の流動速度(100μm/min)と比べて遥かに遅く、数百nm四方の視野で数分毎の観察でも十分に構造物を追跡可能であることが分かった。
この方法を用いることによって生きた細胞表面の分子分解能観察を妨げていた2つの問題を同時に解決できることが明らかになった。
過型電子顕微鏡用のサンプルホルダー以外にも濾過用に用いられるニュークリポアメンブレン(GEヘルスケア)と電子線堆積カーボン探針を用いて細胞表面のAFM観察が可能であることも確認している。
【符号の説明】
【0015】
1 試料
11 カンチレバー
11a 探針
12 薄膜
12a 観察孔
13 基板