(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-21
(45)【発行日】2023-09-29
(54)【発明の名称】閉鎖系細胞培養容器
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20230922BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
C12M1/00 G
C12M3/00 Z
(21)【出願番号】P 2019130142
(22)【出願日】2019-07-12
【審査請求日】2022-04-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000136354
【氏名又は名称】株式会社フコク
(74)【代理人】
【識別番号】100082876
【氏名又は名称】平山 一幸
(74)【代理人】
【氏名又は名称】柿本 恭成
(74)【代理人】
【識別番号】100178906
【氏名又は名称】近藤 充和
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 育美
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/207907(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/145870(WO,A1)
【文献】特開2014-128247(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00- 3/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養基部及び該培養基部に接する培養空間が密封収容体の内部に設けられ、前記培養基部上又は前記培養空間内で細胞が培養される閉鎖系細胞培養容器であって、
前記密封収容体は、環状枠体と、該環状枠体を外周側から移動不能に固定して少なくとも液密に覆う柔軟性フィルムと、を備
え、
前記培養基部及び前記培養空間は前記環状枠体に囲まれた内側の空間内に設けら
れ、
前記環状枠体は、前記柔軟性フィルムよりも硬度が高く前記培養空間を所定形状に保持可能な硬質材からなる閉鎖系細胞培養容器。
【請求項2】
前記環状枠体を側周壁とし、前記培養基部を底壁とするインナーケースを含む請求項1に記載の閉鎖系細胞培養容器。
【請求項3】
前記柔軟性フィルムは、前記環状枠体の少なくとも外周面を密着して覆うとともに前記環状枠体の上部開口を覆うことで、前記環状枠体の外周全体を囲んで覆っている請求項2に記載の閉鎖系細胞培養容器。
【請求項4】
前記柔軟性フィルムは、前記環状枠体の外周面の少なくとも一部を覆う下部フィルムと、前記上部開口を覆う上部フィルムと、を備え、
前記下部フィルムは、前記環状枠体の外周面より外側に突出した下鍔部を有し、
前記上部フィルムは、前記環状枠体の外周面より外側に突出した上鍔部を有し、
前記下鍔部と前記上鍔部とが少なくとも液密に溶着されている
請求項3に記載の閉鎖系細胞培養容器。
【請求項5】
前記下部フィルムは、前記環状枠体の外周面に密着する側周部と前記下鍔部との間に、前記上部開口の上端面を覆う環状括れ部が設けられている請求項4に記載の閉鎖系細胞培養容器。
【請求項6】
前記培養空間と外部とを連通可能なポート部を備え、
前記ポート部は、前記培養空間内に突出した内側突出部を有して前記環状枠体の上部開口付近の前記柔軟性フィルムに支持されている請求項2乃至5の何れかに記載の閉鎖系細胞培養容器。
【請求項7】
前記ポート部の内側突出部の開口が前記培養空間内の培地に浸漬される位置と前記培地より上方の位置との間で変位可能である請求項6に記載の閉鎖系細胞培養容器。
【請求項8】
前記内側突出部が前記環状枠体の内壁の高さに対応する長さを有し、前記内側突出部の開口が前記環状枠体の内壁側で前記培地に浸漬可能である請求項7に記載の閉鎖系細胞培養容器。
【請求項9】
前記環状枠体の外周面に、当該外周面に沿ってガイド部が形成され、前記ガイド部は、
前記環状枠体とともに前記柔軟性フィルムにより覆われている請求項1乃至8の何れかに記載の閉鎖系細胞培養容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密封収容体の内部で細胞培養を行うための閉鎖系細胞培養容器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、シャーレなどの開放系容器の内部で細胞培養を行う場合、培地(培養液)の交換や培養細胞の出し入れを無菌的に行うために、セルプロセッシングセンター(CPC)のような大掛かりな培養施設やセルプロセッシング・アイソレータのような大型装置が必要であった。
【0003】
大がかりな培養施設や装置を使用せずに細胞培養を行うために、培地や細胞の出し入れのためのアクセスポートを設けた閉鎖系培養容器が提案されている。例えば下記特許文献1では、開封可能な密閉容器と、密閉容器内に配置された細胞培養体と、を備え、細胞培養体が密閉容器から取り外し可能に設けられた閉鎖系培養容器が開示されている。
【0004】
この特許文献1には、細胞培養体を内挿して形態維持できる程度のシャーレ様の密閉容器や密閉容器の一部がフィルムにより剥離可能にヒートシールされていることなどが記載されている。また柔軟性を有する細胞培養用バッグ(細胞培養容器)内に、細胞培養用ディッシュ(細胞培養体)を導入し、開封可能にした密閉容器なども記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第WO2015/190090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら従来の閉鎖系培養容器では、細胞を培養するための細胞培養体や基材が、これらを閉鎖系で収容配置する密封容器や枠体等に対して固定されていないため、細胞培養体や基材が密封容器や枠体等の中で動いてしまい、閉鎖系培養容器を安定して支持あるいは把持することが困難であり、例えば運搬、培地交換、観察などの各種の培養操作において細胞培養体や基材等が密封容器や枠体等の内部で変位して培養に悪影響を与えることがあるなどの問題点があった。
【0007】
そこで本発明では、無菌的に細胞培養を行うことができるとともに、安定して支持(操作者等の把持を含む)することが容易で、運搬、培地交換、観察等の各種の培養操作を無菌的に安定して行うことが可能な閉鎖系細胞培養容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明の閉鎖系細胞培養容器は、培養基部及び培養基部に接する培養空間が密封収容体の内部に設けられ、培養基部上又は培養空間内で細胞が培養される閉鎖系細胞培養容器であって、密封収容体は、環状枠体と、環状枠体を外周側から移動不能に固定して少なくとも液密に覆う柔軟性フィルムと、を備え、培養基部及び培養空間は環状枠体に囲まれた内側に設けられ、環状枠体は、柔軟性フィルムよりも硬度が高く培養空間を所定形状に保持可能な硬質材からなる。
【0009】
本発明の閉鎖系細胞培養容器では、環状枠体を側周壁とし、培養基部を底壁とするインナーケースを含むものとするのがよい。
また、柔軟性フィルムは、環状枠体の外周面の少なくとも一部を密着して覆うとともに環状枠体の上部開口を覆うことで、環状枠体の外周全体を囲んで覆うのが好適である。
【0010】
本発明の閉鎖系細胞培養容器では、柔軟性フィルムが環状枠体の外周面の少なくとも一部を覆う下部フィルムと、上部開口を覆う上部フィルムと、を備え、下部フィルムが環状枠体の外周面より外側に突出した下鍔部を有し、上部フィルムが環状枠体の外周面より外側に突出した上鍔部を有し、下鍔部と上鍔部とが少なくとも液密に溶着されているのがよい。その場合、下部フィルムは、環状枠体の外周面に密着する側周部と下鍔部との間に、上部開口の上端面を覆う環状括れ部が設けられているのが好ましい。
【0011】
本発明の閉鎖系細胞培養容器では、培養空間と外部とを連通可能なポート部を備え、ポート部は、培養空間内に突出した内側突出部を有して環状枠体の上部開口付近の柔軟性フィルムに支持されることが好ましい。その場合、ポート部の内側突出部の開口が培養空間内の培地に浸漬される位置と培地より上方の位置との間で変位可能であることがより好適である。
さらに、内側突出部が環状枠体の内壁の高さに対応する長さを有し、内側突出部の開口が環状枠体の内壁側で培地に浸漬可能であるのがよい。
【0012】
本発明の閉鎖系細胞培養容器では、柔軟性フィルムが環状枠体の外周全体を囲んで覆う場合、環状枠体の外周面に、当該外周面に沿ってガイド部が形成され、このガイド部は環状枠体とともに柔軟性フィルムにより覆われているのがよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の閉鎖系細胞培養容器によれば、環状枠体を柔軟性フィルムにより外周側から移動不能に固定して少なくとも液密に覆うことで、環状枠体に囲まれた内側に移動不能に培養基部及び培養空間を設けている。そのため、培養基部及び培養空間を閉鎖系に保つことができ細胞培養を無菌的に行うことができる。
同時に、培養基部及び培養空間を柔軟性フィルムに対して所定位置に固定して配置できるとともに、培養空間を所定形状に保つことができるため、細胞培養途中や終了時などに柔軟性フィルムの外側から環状枠体を安定して支持でき、培養基部及び培養空間が変位したり変形したりすることを抑えることができる。
その結果、閉鎖系のまま無菌的に細胞培養を容易に行うことができるとともに、安定して支持することが容易で、運搬、培地交換、観察等の各種の培養操作を無菌的に安定して行うことができる閉鎖系細胞培養容器を提供することができる。
【0014】
本発明の閉鎖系細胞培養容器において、培養基部がインナーケースの底壁からなり、環状枠体がインナーケースの側周壁からなるとき、当該インナーケースは培養基部及び環状枠体が一体である。そのため、培養基部及び培養空間を確実に所定位置及び所定形状に保つことができ、培養基部及び培養空間で確実に安定して無菌的に細胞培養を行うことができる。
【0015】
本発明の閉鎖系細胞培養容器において、柔軟性フィルムが環状枠体の少なくとも外周面を密着して覆うとともに、環状枠体の上部開口を覆うことにより、柔軟性フィルムが環状枠体とともに培養空間及び培養基部を確実に密封して、閉鎖系培養容器とすることができる。これにより、環状枠体の内側面は、培養空間の外側面として構成され、また、環状枠体と培養基部からなるインナーケースの側周壁の内側面及び底壁の上面は、それぞれ培養空間の外側面及び下面として構成される。
そのため、柔軟性フィルムの材質に関わらず、培養空間の外側面及び下面について、培養する細胞に応じて、所望の性状を有する培養空間の外側面及び下面を自由に選択することが可能となる。例えばインナーケースの培養基部のみに親水化などの処理を施し、このインナーケースを利用して、上述の本発明を適用することで本発明の閉鎖系細胞培養容器を得ることができる。この場合、柔軟性フィルムに何ら処理することなく、親水性を有する培養基部を備えた閉鎖系細胞培養容器とすることができる。
【0016】
さらに、環状枠体の外周面又はインナーケースの側周壁の外側に柔軟性フィルムが配置されるため、環状枠体又はインナーケースの側周壁の外周面の柔軟性フィルムに刃物を押し当てて柔軟性フィルムのみを切断することができる。そのため、柔軟性フィルムから環状枠体やインナーケースを取り出す際、環状枠体やインナーケース内の培地に刃物が直接接触したり、切断時に生じる異物が混入したりすることがなく、培養された細胞や培地が異物や雑菌等で汚染されることを防止できる。
【0017】
本発明の閉鎖系細胞培養容器において、柔軟性フィルムが環状枠体の外周面の少なくとも一部を覆う下部フィルムと、上部開口を覆う上部フィルムと、を備え、下部フィルムの下鍔部を環状枠体の外周面より外側に突出するように構成し、これに上部フィルムの上鍔部が対向するように構成することで、上記下鍔部と上鍔部とが環状枠体の外側に位置することから、溶着作業が容易となり、確実な密閉が可能となる。
【0018】
本発明の閉鎖系細胞培養容器において、環状枠体の外周面に密着する下部フィルムの側周部と下鍔部との間に、上部開口の上端面を覆う環状括れ部を設けることで下部フィルムが環状枠体の上端面を覆うことで、環状枠体を上下方向から柔軟性フィルムで挟み込むことになり、環状枠体を安定して固定できることに加え、環状枠体の内部の培地が外側に溢れ難くできる。特に、環状枠体の開口上端と下部フィルムを密着させることで、より好ましくは下部フィルムの側周部と連続して下部フィルムと開口上端に密着させることで、環状枠体の外周面と下部フィルムの間に培地が入り込むことを防止することができる。
さらに、柔軟性フィルムによる環状括れ部は、蛇腹状に変形容易に構成できるので、環状括れ部の上部の下鍔部に溶着された上部フィルムが変位乃至変形し易くなる。そのため閉鎖系を保ちつつ、上部フィルムを変形乃至変位させて容積を変化させることができ、例えば培地の収容排出等の操作を容易に行うことができる。
【0019】
本発明の閉鎖系細胞培養容器において、培養空間と外部とを連通可能なポート部が柔軟性フィルムに支持されることにより、柔軟性フィルムを開封することなく、開閉可能なポート部を通じて培地や細胞の排出や導入を容易に行うことができる。このとき、柔軟性フィルムを介して環状枠体を把持して作業可能であるので、操作が容易となる。また、ポート部は、柔軟性フィルムに設けているので、環状枠体に硬質材を使用していても、ポート部の操作自由度が高い。
【0020】
さらに、ポート部の培養空間内に突出した内側突出部の開口が、培養空間内の培地に浸漬される位置と上方の位置との間で変位可能とすることで、ポート部の内側突出部の開口を培地に浸漬しない状態で固定して細胞培養を行うことができ、ポート部から培地へ振動が伝わったり、ポート部との接触により細胞が損傷したりすることなどを防止でき、安定した細胞培養を行える。一方、ポート部を変位させれば内側突出部の開口を培地中に浸漬でき、例えばポート部から培地の排出や導入を穏やかに行うことができ、培養する細胞に過剰に刺激を与えることを防止できる。
【0021】
さらに、ポート部の内側突出部が環状枠体又はインナーケースの側周壁の高さに応じた長さを有し、内側突出部の開口が環状枠体の内周面又はインナーケースの周壁部に沿った位置で培地に浸漬可能であるので、ポート部を変位させて内側突出部の開口を培地に浸漬させても、環状枠体又はインナーケース内で培養された細胞の中央側に内側突出部が接触することがなく、培養された細胞に損傷を与えるようなことを防止できる。
【0022】
本発明の閉鎖系細胞培養容器において、柔軟性フィルムが環状枠体又はインナーケースの外周全体を囲んで覆う場合、当該柔軟性フィルムに移動不能に固定された環状枠体又はインナーケースの外周面に、当該外周面に沿って周方向に延びる溝、突条又は段部などのガイド部を形成することにより、刃物を使用して柔軟性フィルムを切断して環状枠体又はインナーケースを取り出す際に、刃物がガイド部に案内されることで柔軟性フィルムを容易に安定的に切断することができる。また、ガイド部が環状枠体又はインナーケースの外周面に形成されているから、刃物が培養空間に入り込むことが無く、刃物による培養空間の汚染も抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の実施形態に係る閉鎖系細胞培養容器の平面図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る閉鎖系細胞培養容器の縦断面図である。
【
図3】本発明の実施形態に係る閉鎖系細胞培養容器の部分拡大面図である。
【
図4】本発明の実施形態に係る閉鎖系細胞培養容器を用いた細胞培養における静置状態を示す縦断面図である。
【
図5】本発明の実施形態に係る閉鎖系細胞培養容器を用いた細胞培養における培地交換の状態を示す縦断面図である。
【
図6】本発明の実施形態に係る閉鎖系細胞培養容器を用いた細胞培養が終了して細胞を取り出す状態を示す縦断面図である。
【
図7】(a)は本発明の実施形態に係る閉鎖系細胞培養容器における変形例を示す縦断面図であり、(b)は(a)とは異なる変形例に係る閉鎖系細胞培養容器の部分断面図である。
【
図8】本発明の実施形態の変形例に係る閉鎖系細胞培養容器の部分拡大面図である。
【
図9】本発明の実施形態における他の変形例に係る閉鎖系細胞培養容器の平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について図を用いて詳細に説明する。
本実施形態の閉鎖系細胞培養容器10は、
図1及び
図2に示すように、密封収容体11の内部に培養基部13及び培養基部13に接する培養空間12を備えた容器であり、上部開口21aを有する硬質のインナーケース21と、インナーケース21を外周側から移動不能に固定して気密に覆う柔軟性フィルム23と、培養空間12と外部とを連通するためのポート部25と、を備えている。上記インナーケース21は、柔軟性フィルム23が密着されることで、柔軟性フィルム23に対して固定されている。
【0025】
密封収容体11は、培養対象の細胞、細胞懸濁液、培地等を密封して収容する部材であり、本実施形態ではインナーケース21及び柔軟性フィルム23により構成されている。培養対象の細胞は何ら限定されるものではなく、接着性細胞であっても浮遊性細胞であってもよい。
【0026】
インナーケース21は、閉鎖系細胞培養容器10の所定形状の培養空間12を内側に確保可能な側周壁21bからなる円形の環状枠体15と、側周壁21bの一方の端部を気密に閉塞するように側周壁21bと一体に設けられた底壁21cからなる平面状の培養基部13と、を有している。
インナーケース21は、柔軟性フィルム23よりも硬度が高くて透明性を有する材料からなるものが好適であり、その場合、外部から人や機械(カメラ)による観察を容易に行うことができる。柔軟性フルムとインナーケースの両方が透明性を有する場合、培養操作中においても外部から観察することができるので、より好ましい。本実施形態では、インナーケース21として既存のガラス、ポリスチレン等の透明樹脂からなるシャーレ(ディッシュ)状の培養容器等が使用されている。
インナーケース21としては、ポリスチレン樹脂、既存のガラスからなるものの他、例えば、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、エチレン-プロピレン共重合体等のポリオレフィン系樹脂、シクロオレフィン系樹脂、ポリスチレン系樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、メタクリル系樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリサルホン樹脂、ポリエーテルサルホン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、アクリル系樹脂等からなるものなども使用可能である。
これらの中でも、培養容器に求められる成形性及び滅菌性の点から、ポリスチレン樹脂が好ましい。また、樹脂製培養容器とした場合、ディスポーザルタイプとすることが容易である。
【0027】
柔軟性フィルム23は、側周壁21bからなる環状枠体15を外周側から移動不能に固定して気密に覆うことができるフィルムからなる。柔軟性フィルム23は、インナーケース21の少なくとも側周壁21bに密着するとともにインナーケース21の上部開口21aを完全に閉塞するように覆っており、インナーケース21の全体が柔軟性フィルム23により気密に囲まれている。
ここで密着とは、一部が接着、溶着等により互いに接合されていてもよいが、対向当接面同士が離間しない状態で当接していれば接合されていなくてもよく、柔軟性フィルム23にテンションが付された状態、すなわち、インナーケース21の外表面にだぶつきやたぐまることなく密着し、また、インナーケース21の底壁側及び上部開口21a側では張った状態でインナーケース21を覆うことが好ましい。例えば、柔軟性フィルム23として、熱収縮フィルムなどを使用することにより、インナーケース21と柔軟性フィルム23間の密着状態を構成することができる。また、柔軟性フィルム23の伸縮性を利用して、インナーケース21と柔軟性フィルム23間の密着状態を構成することもできる。この場合、側周壁21bに加え、側周壁21bの上下端部、すなわち、上部開口21a側の端部と底壁21c側の端部に、柔軟性フィルム23が密着することで、より確実に固定することができる。
【0028】
本実施形態の柔軟性フィルム23は、
図2及び
図3に示すように、側周壁21b及び底壁21cの外周を覆う下部フィルム23aと、上部開口21aを閉塞するように覆う上部フィルム23bと、を備え、これらを互いに接着させることでインナーケース21を気密に覆っている。ここにおいて、培養容器としては、接着剤の揮発成分の問題などが生じない熱溶着にて接着させることが好ましい。
【0029】
下部フィルム23aは、インナーケース21の底壁21cを覆う平坦な下端部23a1と、インナーケース21の側周壁21bに対応した筒形状に形成されて側周壁21bを密着して覆う側周部23a2と、側周壁21bより径方向外側に全周にわたり突出した下鍔部23a3と、を有し、これらが立体形状を有して一体に連続している。
上部フィルム23bは、インナーケース21の上部開口21aを塞ぐ開口閉塞部23b1と、側周壁21bより径方向外側に全周にわたり突出した上鍔部23b2と、を有し、これらが平坦に連続している。
【0030】
下部フィルム23aと上部フィルム23bとは、下鍔部23a3と上鍔部23b2とを互いに対向当接した状態で周方向に連続して溶着されている。ここでは互いに同一素材の柔軟性フィルム23同士を溶着するので、溶着条件の設定等が容易であり、確実にシール可能である。
本実施形態では、下鍔部23a3及び上鍔部23b2の周方向における一部に、後述する樹脂成形体からなるポート部25が配置されているため、下部フィルム23aの下鍔部23a3と上部フィルムの上鍔部23b2とは、ポート部25を除く部位で互いに溶着されており、残部はそれぞれポート部25の外周面に溶着されている。
下鍔部23a3、上鍔部23b2及びポート部25が周方向に全周で溶着されることで下部フィルム23aと上部フィルム23bとが気密に接合されて密封されている。
【0031】
本実施形態では、さらに
図3に示すように、下部フィルム23aの側周部23a2と下鍔部23a3との間には、上部開口21aの周囲の上端面21dを密着して気密に覆って側周部23a2に連続する環状括れ部23a4が設けられている。
この環状括れ部23a4は、筒形状の側周部23a2からインナーケース21の内径と同等又はそれ以下に縮径することで設けられており、周方向の全周に連続している。
また下部フィルム23aの下端部23a1と環状括れ部23a4との間の距離がインナーケース21の側周壁21bの内壁面の高さに対応していて、環状括れ部23a4がインナーケース21の上部開口21aの周縁に密着して形成されている。
【0032】
このような柔軟性フィルム23は、例えば透明性及び可撓性を有する樹脂フィルムにより構成されていてもよい。例えば、熱可塑性樹脂からなる熱収縮可能なフィルムであれば、加熱によりインナーケース21に密着させやすい。また熱可塑性樹脂であれば溶着により密封し易く好適である。また下部フィルム23aと上部フィルム23bとが同一材料からなるのが好適であるが、互いに溶着可能な相溶性を有する材料からなるものであれば、異素材であってもよい。例えば、互いに溶着可能な相溶性を有する材料からなるものであることを前提に、上部フィルム23bをインナーケース21と同素材から構成することとしてもよい。
本実施形態の柔軟性フィルム23は、上述の通り、空気を透過させない気密性のフィルムを用いたが、液体だけ遮蔽できれば良い場合には、液密性のフィルムを用いても良い。
柔軟性フィルム23は、用途、要求により適するフィルムを用いることができる。例えば、培養細胞の種類や高酸素や低酸素等の培養環境に合わせて酸素や特定ガスのガス透過性柔軟性フィルムや酸素等の透過を抑制したガス非透過性フィルムを選択できる。
上記用途、要求に合わせて、柔軟性フィルム23としては、例えば低密度又は高密度ポリエチレン樹脂(直鎖状ポリエチレンを含む)、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂(EVA)、ポリプロピレン樹脂、エチレン-プロピレン共重合樹脂、ポリブタジエン樹脂、スチレン-ブタジエン共重合樹脂およびそれらの水素添加樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド系樹脂(ナイロン樹脂)ならびにそれらの樹脂の混合物などからなるものを使用してもよい。これらを単層又は複層フィルムとして用いる他、異なる素材フィルムを組み合わせた積層フィルムとして用いても良い。更には、フィルムの表層若しくは中間層にシリカ蒸着フィルム、アルミナ蒸着フィルムやポリビニルアルコールフィルム等のガスバリアー製のフィルムを用いた積層フィルム等を使用しても良い。
更に、部位により、用いるフィルムを異ならせることもできる。例えば、細胞培養においては、酸素を透過させるEVAフィルムを用いることが好ましいが、上部フィルム23bには下部フィルム23aより薄いEVAフィルムを使用することで、培養空間により多くの酸素を供給しやすくすることができる。
【0033】
ポート部25は、インナーケース21の径方向に対応する軸方向に延び、軸方向に貫通孔25aが設けられた樹脂成形体からなる。このポート部25は、培養空間12と外部とを連通し、又、キャップ29などで閉塞可能にインナーケース21の上部開口21a付近に配置されており、柔軟性フィルム23の下部フィルム23aと上部フィルム23bとの間に挟み込んだ状態で気密に接合されている。
【0034】
ポート部25の形状は、特に限定されるものではないが、厚みtに対して幅wが大きい扁平形状に形成され、幅w方向の中心側から両側縁に向けて厚みtが漸減する断面形状を有している。この形状により下部フィルム23aと上部フィルム23bとの間で容易に気密に溶着可能となっている。
【0035】
装着状態におけるポート部25の軸方向の一端側には、培養空間12内に突出した内側突出部25bが設けられ、軸方向の他端側には、外部に突出してピペットやシリンジ等の外部器具が接続される外部接続部25cが設けられている。
内側突出部25bはインナーケース21の側周壁21bの高さに対応する長さを有している。内側突出部25bの先端側は先細り形状に形成され、先端には貫通孔25aの開口25dが設けられている。
一方、外部接続部25cは、詳細な図示は省略しているが、例えば、ルアテーパのポートやニードルレスゴム栓等、使用する外部器具の接続形状に対応した形状を有し、外部機器を接続しない場合には、キャップ29などで閉塞されている。
【0036】
このポート部25は、柔軟性フィルム23の下部フィルム23aと上部フィルム23bとの間で支持されることで、
図4及び
図5に示すように、柔軟性フィルム23の柔軟性により変位可能となっている。この変位により、内側突出部25bは、
図4のように、上部フィルム23bの開口閉塞部23b1に沿って配置されて培地27より上方の位置と、
図5のように、開口25dがインナーケース21の側周壁21b側で培地27に浸漬される位置との間で、変位することができる。ポート部25は、培地27より上方の位置と培地27に浸漬しない位置に保持できるように形状維持性を有する素材から構成されることが好ましい。ポート部25は柔軟性フィルム23と接合可能な材料からなるものがよく、本実施形態では上部フィルム23b及び下部フィルム23aと溶着可能な材料からなるものを使用している。
【0037】
このような閉鎖系細胞培養容器10を製造するには、まず培養対象の細胞に適したインナーケース21を準備する。インナーケース21の底壁21cの表面からなる培養基部13がそのままの状態で培養対象の細胞に適したものでない場合、インナーケース21が単体の状態でインナーケース21の底壁21cなどを表面処理し、培養対象の細胞に適した表面の性状、例えば、親水性表面に改質して培養基部13を作製する。
【0038】
このインナーケース21に、例えば平坦な熱可塑性樹脂からなる柔軟性フィルムを底壁21c側から被せて加熱収縮や真空引きするなどして下端部23a1、側周部23a2、環状括れ部23a4及び下鍔部23a3を有する下部フィルム23aを、インナーケース21の外周に密着させて成形する。
【0039】
次に予め作製した樹脂成形体からなるポート部25を所定位置に配置した状態で、インナーケース21の上部開口21aを閉塞する位置に平坦な上部フィルム23bを配置し、下部フィルム23aの下鍔部23a3と上部フィルム23bの上鍔部23b2とを対向当接させる。
この状態で下部フィルム23aの下鍔部23a3と上部フィルム23bの上鍔部23b2とを溶着するとともに、上部フィルム23bとポート部25との間及びポート部25と下部フィルム23aとの間を溶着することで、
図1及び
図2に示すような閉鎖系細胞培養容器10を製造することができる。
【0040】
このようにして製造された閉鎖系細胞培養容器10を用いて細胞を培養するには、
図2に示すような閉鎖系細胞培養容器10を予め滅菌して準備する。所望の培養基部13や培養空間12を準備するために、滅菌された閉鎖系細胞培養容器10の内部に必要に応じて各種の処理を施してもよい。例えばコラーゲンコーティングやフィブロネクチンコーティングなどのコーティングを行う場合には、図示しないシリンジにコーティング液を入れ、シリンジをポート部25の外部接続部25cに接続して注入し、培養基部13全体にいきわたらせて所定時間放置する。その後、コーティング液をポート部25からシリンジにより吸い出して抜き取る。
【0041】
これらの準備が完了した後、細胞播種を行う。培養対象の細胞を培地27に懸濁させて細胞懸濁液を作製し、図示しないシリンジに細胞懸濁液を入れてポート部25の外部接続部25cに接続し、閉鎖系細胞培養容器10に注入する。その後、所定期間インキュベータ内に静置し、培養対象の細胞を培養基部13に接着させる。
培養基部13に接着しなかった細胞を取り除くため、後述する培地交換と同様の作業により、閉鎖系細胞培養容器10内の細胞懸濁液を所定量乃至全量を取り除き、新たな培地27を注入し、培養を開始する。
【0042】
培養は、インキュベータ等の温度や湿度が調整された所定の培養雰囲気下に閉鎖系細胞培養容器10を静置することで行う。このときポート部25をキャップ29により閉塞した状態で、
図2のように培地27や細胞懸濁液等からなる収容液の液面より上方に配置しておく。これによりポート部25から不要な振動や刺激等が培養空間12内の培地27に伝達されることを防止する。
【0043】
このような培養期間中には、定期的に目視や顕微鏡による内部の観察を行い、また培地交換を行う。
閉鎖系細胞培養容器10内の観察を行うには、
図2のように培養雰囲気下に配置されている閉鎖系細胞培養容器10を、柔軟性フィルム23の外側から人手又は機械腕により支持して所定位置に運搬し、目視や顕微鏡で観察する。このとき柔軟性フィルム23により培養空間の無菌状態が確保できるため無菌状態が確保されていない外部空間にて行うことができる。
【0044】
培地交換を行うには、まず
図4に示すように、ポート部25のキャップ29を取り外して外部接続部25cを露出させ、この外部接続部25cに図示しないシリンジを接続し、
図5のように柔軟性フィルム23の柔軟性により、インナーケース1の上部開口21a付近を支点にして変位させる。ポート部25の内側突出部25bの長さがインナーケース21の側周壁21bの高さに対応するため、変位により内側突出部25bの先端、すなわち開口25dをインナーケース21の側周壁21b側で培地27内に浸漬することができ、底壁21cの角部に届くことができる。
【0045】
この状態で閉鎖系細胞培養容器10を傾斜させて排出しようとする使用済みの培地27を集めて、ポート25の開口25dから図示しないシリンジにより吸引し、吸引操作終了後、ポート25の開口25dを上部開口21a付近まで戻し、使用済みの培地27が液戻りしないように配慮しつつ、図示しないシリンジを取り外すことで、無菌的に使用済みの培地27を容易且つ確実に排出する。
次いで、滅菌処理された新たな培地27をシリンジに必要量とり、
図5のように変位させた状態で、シリンジをポート25の外部接続部25cに接続して、新たな培地をインナーケース21の側周壁21b側における底壁21cの角部に穏やかに注ぎ入れる。
その後、培養雰囲気下で静置して培養を継続する。培養期間は目的や細胞種により適宜設定することができる。
このようにして1乃至複数回の観察や培地交換を無菌的に行いつつ、培養期間を経過することで培養を終了する。
【0046】
培養終了後には、閉鎖系細胞培養容器10から培養した細胞を回収する。まず培地交換と同様にして、閉鎖系細胞培養容器10内の培地27を十分に取り除き、培地交換と同様の方法で、リン酸緩衝液洗浄を行う。
所定量のリン酸緩衝液をシリンジにより閉鎖系細胞培養容器10内に注入し、インナーケース21内によくいきわたらせる。その後、リン酸緩衝液を十分に吸引して、閉鎖系細胞培養容器10内から十分に取り除く。このリン酸緩衝液洗浄を1乃至複数繰り返して行う。
【0047】
次いで、トリプシン溶液を用いて培地交換と同様の方法で処理する。トリプシン溶液をシリンジにより閉鎖系細胞培養容器10内に注入し、インナーケース21内によくいきわたらせる。数十秒~数分間、室温またはインキュベータ内で静置し、トリプシンを効かせる。
次いでトリプシン溶液を排出し、血清入のリン酸緩衝液や培地27等を注入し、細胞懸濁液や細胞シートの状態で回収可能にする。このとき培養された細胞を培養基部13から剥がしたり、細胞同士の接着を切ったりすることを目的として、適宜ピペッティングなどを行うことができる。
【0048】
その後、培養された細胞の細胞懸濁液をシリンジに吸引するなどして、閉鎖系細胞培養容器10を開封してインナーケース21の上部開口21aから取り出して使用する。
閉鎖系細胞培養容器10を開封する場合、柔軟性フィルム23を切断してインナーケース21の上部開口21aを開口させることができる。その場合、
図4に仮想線で示すように、インナーケース21の側周壁21bに対応する部位に刃物31を当てて外側から柔軟性フィルム23を切断する。
【0049】
刃物31を側周壁21bに沿って1周移動させることで、
図6に示すように、柔軟性フィルム23の上部フィルム23b側を切断分離し、上部フィルム23bをインナーケース21の上部開口21aから除去する。このとき上部フィルム23bがインナーケース21に接着や溶着することなく密着した状態で配置されていたことで、切断後にインナーケース21の上部開口21aから容易に除去することができる。
その後、インナーケース21の上部開口21aから細胞を取り出して使用する。
【0050】
以上のような本実施形態の閉鎖系細胞培養容器10によれば、まず、インナーケース21の側周壁21bを柔軟性フィルム23により外周側から移動不能に固定して気密に覆うことで、環状枠体15である側周壁に囲まれた内側に移動不能に培養空間12及び培養基部13を設けている。そのため培養空間12及び培養基部13を閉鎖系に保つことができ細胞培養を無菌的に行うことができる。
【0051】
同時に培養空間12及び培養基部13を柔軟性フィルム23に対して所定位置に固定して配置できるとともに培養空間12を所定形状に保つことができ、またインナーケース21の外側面と柔軟性フィルム23とが密着しているので、細胞培養途中や終了時などに、柔軟性フィルム23に比べて硬度の高いインナーケース21を外側から柔軟性フィルム23を介して確実に把持することができ、培養空間12及び培養基部13が変位したり変形したりすることを抑えることができる。
【0052】
その結果、閉鎖系のまま無菌的に細胞培養を容易に行うことができるとともに人手であっても機械腕であっても安定して支持することができる。そのため安定した運搬や、培地交換、観察等の各種の培養操作が無菌的に安定して行うことができ、機械による自動化にも対応可能である。
【0053】
本実施形態の閉鎖系細胞培養容器10では、培養基部13がインナーケース21の底壁21cからなるとともに、環状枠体15がインナーケース21の側周壁21bからなるので、インナーケース21に培養基部13及び環状枠体15が一体に設けられている。そのため培養基部13及び培養空間12を確実に所定位置及び所定形状に保つことができ、培養基部13及び培養空間12で確実に安定して無菌的に細胞培養を行うことができる。
【0054】
本実施形態の閉鎖系細胞培養容器10では、柔軟性フィルム23がインナーケース21の外周全体を覆っているため、インナーケース21に関わらずに柔軟性フィルム23により培養空間12及び培養基部13を確実に密封できる。そのため、インナーケース21の材質を柔軟性フィルム23の材質に関わらず自由に選択でき、例えばインナーケース21と柔軟性フィルム23との相溶性が低くて溶着できない組み合わせであっても使用可能である。
【0055】
またインナーケース21に各種の処理を施して柔軟性フィルム23により密封することが容易にでき、例えば接着性細胞を培養するインナーケース21の場合、インナーケース21単体の状態で培養基部13に親水化処理を施すなど、培養対象の細胞や環境等に応じてインナーケース21に各種の処理を施すことが可能である。つまり、必要な部位に所望の処理を施した閉鎖系細胞培養容器10を容易に得ることができる。
【0056】
さらに側周壁21bの外側に柔軟性フィルム23が配置されるため、側周壁21bの外周側で柔軟性フィルム23を刃物31により切断できる。そのため柔軟性フィルム23からインナーケース21を取り出す際、インナーケース21内の培地27に刃物31が直接接触したり、切断時に生じる異物がインナーケース21内に落下したりすることがなく、培養された細胞や培地27が異物や雑菌等で汚染されることを防止できる。
【0057】
本実施形態の閉鎖系細胞培養容器10では、柔軟性フィルム23が、側周壁21bを覆う下部フィルム23aと、上部開口21aを覆う上部フィルム23bと、を備え、インナーケース21の側周壁21bより径方向外側に突出した下部フィルム23aの下鍔部23a3と上部フィルム23bの上鍔部23b2とが気密に溶着されている。インナーケース21が存在していても、下鍔部23a3と上鍔部23b2とがインナーケース21の外側に位置し、溶着作業が容易となり、確実な密閉が可能となる。そのため、インナーケース21内の培養空間12及び培養基部13を容易且つ確実に密封することが可能である。
【0058】
本実施形態の閉鎖系細胞培養容器10では、下部フィルム23aの側周壁21bに密着する側周部23a2と下鍔部23a3との間に、上部開口21aの上端面21dを覆う環状括れ部23a4が設けられている。そのため下部フィルム23aがインナーケース21の上端面21dを覆うことで、インナーケース21を上下方向から挟み込むことになり、インナーケース21を安定して固定できることに加え、インナーケース21内の培地27が外側に溢れ難くできる。特に、上部開口21aの上端面21dに下部フィルム23aを密着させることで、インナーケース21と下部フィルム23aの間に培地27が入り込むことを防止できる。
【0059】
しかも、側周壁21bに密着して固定されている下部フィルム23aの側周部23a2に対し、環状括れ部23a4が蛇腹状に変形容易になるので、下鍔部に溶着された上部フィルム23bが変位乃至変形し易くなる。そのため、インナーケース21が硬質であっても、上部フィルム23bと下部フィルム23aとが溶着して形成された閉鎖系を保ちつつ、上部フィルム23bを変形乃至変位させて容積を変化でき、例えば培地27の収容排出等の操作を容易に行うことができる。
【0060】
本実施形態の閉鎖系細胞培養容器10では、培養空間12と外部とを連通するポート部25が柔軟性フィルム23に変位可能に支持されることにより、柔軟性フィルムを開封することなく、開閉可能なポート部25を通じて培地や細胞の排出や導入を容易に行うことができる。このときポート部25が柔軟性フィルム23に設けられているので、ポート部25の操作自由度が高い。
【0061】
本実施形態の閉鎖系細胞培養容器10では、ポート部25の培養空間12内に突出した内側突出部25bの開口25dが、培養空間12内の培地27に浸漬される位置と上方の位置との間で変位可能となっている。そのため、ポート部25の内側突出部25bの開口25dを培地27より上方の位置に配置して細胞培養を行うことができ、ポート部25から培地27へ振動が伝わったり、ポート部25との接触により細胞が損傷したりすることなどを防止でき、安定した細胞培養を行うことができる。一方、ポート部25を変位させれば、内側突出部25bの開口25dを培地27中に浸漬でき、例えばポート部25から培地27の排出や導入を穏やかに行うことができ、培養する細胞に過剰に刺激を与えることを防止できる。
【0062】
本実施形態の閉鎖系細胞培養容器10では、内側突出部25bが側周壁21bの高さに応じた長さを有し、内側突出部25bの開口25dがインナーケース21の周壁部に沿った位置で培地27に浸漬可能であるので、ポート部25を変位させて内側突出部25bの開口25dを培地27に浸漬させても、インナーケース21内で膜状に培養された細胞の中央側に内側突出部25bが接触することがなく、培養された細胞に損傷を与えるようなことを防止できる。
また、培地27の排出または導入に合わせてポート25を変位させたり、インナーケース21を傾けたりすることで、培地の出し入れなどを行うことができるため、培地27が上部フィルム23bの内面などに触れる機会を低減することができる。上部フィルム23bの内面は、当然に減菌処理されているが、触れる必要がない部位に培地27が触れる機会を低減することで、培地27の汚染リスクをより下げることができる。
【0063】
[変形例]
以下、本実施形態の変形例について説明する。
図7(a)(b)は、上記実施形態の一変形例の閉鎖系細胞培養容器10を示している。
図7(a)の閉鎖系細胞培養容器10は、インナーケース21の側周壁21bの外周側の全周にガイド部材33が配置されていて、このガイド部材33がインナーケース21の側周壁21bとともに、柔軟性フィルム23の下部フィルム23aにより連続して密着して覆われている。
【0064】
ここではガイド部材33が筒形の硬質リングからなり、インナーケース21の側周壁21bの底壁21c側端部における外周側にずれない程度に遊嵌されている。これにより、側周壁21bの外周に側周壁21bとガイド部材33との間に、全周に連続するガイド部としての段差部35が形成される。そしてガイド部材33と側周壁21bとが段差部35を介して柔軟性フィルム23により連続して密着して覆われている。
なお、ガイド部材33の外周に環状に溝部が設けられていてもよく、その場合には溝部の外周も柔軟性フィルム23により覆われている。
その他は上記実施形態と同様である。
【0065】
このような閉鎖系細胞培養容器10であっても上記実施形態と同様の作用効果が得られる。しかもこの変形例では、側周壁21bの外周側にガイド部材33が配置され、段差部35が全周に形成されて柔軟性フィルム23により覆われている。
そのため、側周壁21bの外周側で刃物31により柔軟性フィルム23を切断する際、刃物31をガイド部材33の段差部35に当てた状態で、刃物31を側周壁21bに沿って移動させることで、柔軟性フィルム23を容易に切断することができる。すなわち、上記段差部35が、ガイド部として、柔軟性フィルム23を切断する際に刃物31を案内する。
【0066】
この変形例では、ガイド部材33を側周壁21bの外周側に配置することでガイド部としての段差部33を形成したが、ガイド部を別の構成にすることも可能である。例えば、
図7(b)に示すように、側周壁21bの外周面に、切断の想定ラインに沿ってガイド部として突条36を単数又は複数設けることで、押し当てる刃物31を突条36により案内するようにしてもよい。
ガイド部は押し当てる刃物31を側周壁21bの外周面で案内できればよいので、上記突条36の他にも、溝や複数の凸部などで形成することもできる。
【0067】
なお、上記実施形態及び変形例は、本発明の範囲内において適宜変更可能である。
上記実施形態では、底壁21c及び側周壁21bを有するインナーケース21を、柔軟性フィルム23で少なくとも液密に覆った閉鎖系細胞培養容器10の例について説明したが、特に限定されるものではない。
例えば
図8に示すように、両端が開口した環形状を有する環状枠体15を、柔軟性フィルム23で少なくとも液密に覆うことで、閉鎖系細胞培養容器10とすることも可能である。その場合、環状枠体15に囲まれた内側の空間内の柔軟性フィルム23における内側表面が培養基部13となり、環状枠体15の内側の空間が培養空間12となる。このような構成にしても、上記実施形態と同様に、運搬、培地交換、観察等の各種の培養操作を無菌的に安定して行うことが可能な閉鎖系細胞培養容器10として使用することができる。
【0068】
さらに培養基部13は、インナーケース21の底壁21cや柔軟性フィルム23等の密封収容体自体の表面でなくてもよく、密封収容体11の内部に、板材、フィルム、メッシュ等のような別部材からなる培養基部13を収容して構成してもよい。
【0069】
また上記実施形態では、環状枠体15は上面視円形であるが、上面視で楕円形、四角形、六角形等の多角形など、内側に培養空間12を保持できる形状であればよい。
さらに内側が複数に区画された環状枠体15を用いることもできる。例えば
図9に示すように、内部が複数に仕切られた環状枠体15を柔軟性フィルム23により少なくとも液密に覆うことで、複数に区画された培養空間12や培養基部13を設けてもよい。これにより、シート状に培養された培養細胞群(細胞シート)を区画毎に取り出すことができ操作性がよい。
また変位自在なポート部25を各区画に対応して1つ或いは複数配置することで、区画された培養基部13に適するように培地の供給や排出を行うことができる。場合によっては、ポート部25からの培地の噴流によって、培養細胞群(細胞シート)を底壁から剥離する操作などを行うこともできる。
【0070】
また上記実施形態では、柔軟性フィルム23がインナーケース21の全体を覆うように構成された例について説明したが、インナーケース21の内側の空間を少なくとも液密に密封できる限り、インナーケース21の一部を覆うように構成することも可能である。即ち、柔軟性フィルム23によりインナーケース21の側周壁21bの外周面だけを覆うことで密着させた状態で、上部開口21aを閉塞することで少なくとも液密に密封できれば、インナーケース21の残部を柔軟性フィルム23により覆わなくてもよい。
【0071】
さらに上記実施形態では、柔軟性フィルム23が下部フィルム23aと上部フィルム23bとの2分割構造を有する例について説明したが、一体の柔軟性フィルム23や3分割以上に分割された柔軟性フィルム23により、インナーケース21や環状枠体15を覆うように構成してもよい。
【0072】
上記実施形態では、柔軟性フィルム23が下鍔部23a3と上鍔部23b2との加熱による溶着によって密封された例について説明したが、接着等の他の方法で接合して密封することも可能である。接着剤等を用いる場合、培養対象の細胞、細胞懸濁液、培地27等に直接接触しない部位で接合するのがよく、例えば環状枠体15の外周側で接着してもよい。
また、柔軟性フィルム23の下鍔部23a3と上鍔部23b2とを溶着により密封する場合において、少なくとも液密性を確保できる程度の弱シール、所謂イージーピールを採用してもよい。その場合、培養空間の培養細胞などを取り出す際に上部フィルムの剥離を容易にするため、例えば舌片状の剥離用つまみ部を形成しておくことが望ましい。
さらに上記実施形態では、ポート部25が柔軟性フィルム23に変位可能に支持されることで、内側突出部25bの開口25dを変位可能にした例について説明したが、これに限定されるものではなく、例えば柔軟性フィルム23の伸縮等によって内側突出部25bの開口25dを変位可能に構成してもよい。
【符号の説明】
【0073】
10 閉鎖系細胞培養容器
11 密封収容体
12 培養空間
13 培養基部
15 環状枠体
21 インナーケース
21a 上部開口
21b 側周壁
21c 底壁
21d 上端面
23 柔軟性フィルム
23a 下部フィルム
23b 上部フィルム
23a1 下端部
23a2 側周部
23a3 下鍔部
23a4 環状括れ部
23b1 開口閉塞部
23b2 上鍔部
25 ポート部
25a 貫通孔
25b 内側突出部
25c 外部接続部
25d 開口
27 培地
29 キャップ
31 刃物
33 ガイド部材
35 段差部(ガイド部)
36 突条(ガイド部)
t 厚み
w 幅