(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-21
(45)【発行日】2023-09-29
(54)【発明の名称】ステータ、ステッピングモータ、及び時計
(51)【国際特許分類】
H02K 37/16 20060101AFI20230922BHJP
H02K 1/14 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
H02K37/16 C
H02K1/14 B
(21)【出願番号】P 2020042761
(22)【出願日】2020-03-12
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000002325
【氏名又は名称】セイコーインスツル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】山本 幸祐
(72)【発明者】
【氏名】木下 伸治
(72)【発明者】
【氏名】▲徳▼田 幸子
【審査官】島倉 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-68724(JP,A)
【文献】特開平5-295437(JP,A)
【文献】特開2015-216315(JP,A)
【文献】米国特許第4703208(US,A)
【文献】中国実用新案第203482059(CN,U)
【文献】特開2011-15592(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02K 37/16
H02K 1/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均結晶粒径がdである一体の磁性体によって構成され、ロータを内部に配置可能な貫通孔を有するステータの母材と、
前記貫通孔の周囲の前記ステータの母材の所定箇所に設けられ、平均結晶粒径がd
1である微細結晶領域と、
を備え、
前記平均結晶粒径d
1は(3/7)d未満である、
ステータ。
【請求項2】
前記母材の板厚をh1としたとき、
前記母材の板厚方向に沿った前記微細結晶領域の深さh2は、少なくとも(3/4)h1である、
請求項1に記載のステータ。
【請求項3】
前記母材は、第1面および、前記第1面に対向する第2面、を有し、
前記微細結晶領域は、前記母材の板厚方向に沿って前記第1面側から前記第2面側へ向かうにつれて、前記板厚方向に対して垂直方向における断面積が小さくなるように形成されている、
請求項1または請求項2に記載のステータ。
【請求項4】
前記平均結晶粒径d
1は(1/4)d未満であり、
前記微細結晶領域に、材料組成のクロム重量比が15%以上となっている箇所が存在している、
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のステータ。
【請求項5】
前記ステータは、接合箇所のない一体構造である、
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のステータ。
【請求項6】
コイルを励磁した場合に前記貫通孔の周囲の前記ステータの母材に磁極を発生させる磁路をさらに備え、
前記所定箇所は、前記磁路の断面積が他の部位よりも狭くなるように形成された幅狭部である、
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のステータ。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載のステータ、
を備えるステッピングモータ。
【請求項8】
請求項7に記載のステッピングモータを備える時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステータ、ステッピングモータ、及び時計に関する。
【背景技術】
【0002】
時計用ステッピングモータに用いられるステータの一例として、高透磁率からなるパーマロイ材によって形成されたステータが知られている。なお、ステッピングモータは、ステータ、ロータ、磁心、コイル等を有している。この種のステータには、例えば、ロータを駆動させる漏洩磁束を得やすくするため、ロータが設置される貫通孔周りの2か所(一般的に180度間隔)に、過飽和部が設けられている(一体型ステータ)。過飽和部は、この部分において磁束を飽和させやすくするために、極端に細くした形状(例えば約100μmの幅)となっている。このような一体型ステータを用いたステッピングモータでは、ロータの駆動のために過飽和部を磁束飽和させる必要がある。
【0003】
一方、二体型ステータでは、貫通孔周りの2か所(180度間隔)に、スリット部を形成(同時に溝切り加工)し、低透磁率材料または非磁性材料より成る線材から切断したスリット材を押込み、スリット部にスリット材を溶接して、2つに分かれているステータを溶接する。二体型ステータでは、結合された箇所が過飽和部である(例えば特許文献1参照)。
このような二体型ステータを用いたステッピングモータでは、過飽和部を磁束飽和させることなく、ロータを駆動させる漏洩磁束を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の一体型ステータでは、磁石及び電流供給時のコイルから発せられる磁束が過飽和部で消費されてしまう。このため、従来の一体型ステータでは、過飽和部によって磁束が損失するため、磁気的な効率低下が発生し、このような磁束の損失によってステッピングモータの消費電力が増加していた。
一方、従来の二体型ステータでは、一体型ステータと比較して磁気的な効率を改善できるが、スリット部を形成する際に生じる機械的なストレスによりステータに変形が生じる場合がある。従来の二体型ステータでは、ステータに変形が生じた場合、ロータとステータ間の距離に誤差が生じるため、静止位置ずれなどの不具合が生じる場合がある。
【0006】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであって、ステッピングモータの品質を向上させることができるステータ、品質を向上させることができるステッピングモータ、及び品質を向上させることができるステッピングモータを備える時計を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の一態様に係るステータは、平均結晶粒径がdである一体の磁性体によって構成され、ロータを内部に配置可能な貫通孔を有するステータの母材と、前記貫通孔の周囲の前記ステータの母材の所定箇所に設けられ、平均結晶粒径がd1である微細結晶領域と、を備え、前記平均結晶粒径d1は(3/7)d未満である。
【0008】
また、本発明の一態様に係るステータにおいて、前記母材の板厚をh1としたとき、前記母材の板厚方向に沿った前記微細結晶領域の深さh2は、少なくとも(3/4)h1であるようにしてもよい。
【0009】
また、本発明の一態様に係るステータにおいて、前記母材は、第1面および、前記第1面に対向する第2面、を有し、前記微細結晶領域は、前記母材の板厚方向に沿って前記第1面側から前記第2面側へ向かうにつれて、前記板厚方向に対して垂直方向における断面積が小さくなるように形成されているようにしてもよい。
【0010】
また、本発明の一態様に係るステータにおいて、前記平均結晶粒径d1は(1/4)d未満であり、前記微細結晶領域に、材料組成のクロム重量比が15%以上となっている箇所が存在しているようにしてもよい。
【0011】
また、本発明の一態様に係るステータにおいて、前記ステータは、接合箇所のない一体構造であるようにしてもよい。
【0012】
また、本発明の一態様に係るステータにおいて、コイルを励磁した場合に前記貫通孔の周囲の前記ステータの母材に磁極を発生させる磁路をさらに備え、前記所定箇所は、前記磁路の断面積が他の部位よりも狭くなるように形成された幅狭部であるようにしてもよい。
【0013】
本発明の一態様に係るステッピングモータは、上述したいずれか1つの様態のステータを備える。
【0014】
本発明の一態様に係る時計は、上述した様態のステッピングモータを備える。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ステッピングモータの品質を向上させることができるステータ、品質を向上させることができるステッピングモータ、及び品質を向上させることができるステッピングモータを備える時計を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施形態に係るステータを有するステッピングモータを用いた時計を示すブロック図である。
【
図2】実施形態に係るステッピングモータの概略構成例を示す斜視図である。
【
図3】実施形態に係るステータの正面模式図である。
【
図4】実施形態において、Fe-Ni合金に配置されたクロムをレーザーで溶融拡散して非磁性化した後の
図3の断面A-A’の写真例を示す図である。
【
図5】
図4における母材の組織像を拡大した図である。
【
図6】
図4における微細結晶領域の組織像を拡大した図である。
【
図7】従来構造のステータのB-H曲線と実施形態の構造を有するステータのB-H曲線を示す図である。
【
図8】母材の板厚に対する微細結晶領域の深さと非磁性化率の関係を示す図である。
【
図9】ステッピングモータの最小駆動電力と、ステータの非磁性化率の関係を示す図である。
【
図10】微細結晶領域の平均結晶粒径に対する非磁性化率を示す図である。
【
図11】平均結晶粒径が約18μmの微細結晶領域を拡大した図である。
【
図12】平均結晶粒径が約26μmの微細結晶領域を拡大した図である。
【
図13】実施形態に係るステータの製造方法の一例を示す工程手順例を示す図である。
【
図14】実施形態に係るステッピングモータの正面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下の説明に用いる図面では、各部材を認識可能な大きさとするため、各部材の縮尺を適宜変更している。
【0018】
図1は、本実施形態に係るステータを有するステッピングモータを用いた時計1を示すブロック図である。本実施形態では、時計1の一例としてアナログ電子時計を例示し説明する。
【0019】
図1に示すように、時計1は、電池2、発振回路3、分周回路4、制御回路5、パルス駆動回路6、ステッピングモータ7、及びアナログ時計部8を備える。
また、アナログ時計部8は、輪列11、時針12、分針13、秒針14、カレンダ表示部15、時計ケース81、及び時計1用のムーブメント82を備える。なお、本実施形態では、時針12、分針13、秒針14、カレンダ表示部15のうち1つを特定しない場合、指針16という。
【0020】
なお、発振回路3、分周回路4、制御回路5、パルス駆動回路6、ステッピングモータ7、及び輪列11は、ムーブメント82の構成要素である。また、ステッピングモータ7、及び輪列11が備えられるモジュールを機構モジュールともいう。
一般に、時計1の時間基準などの装置からなる時計の機械体をムーブメントと称する。電子式のムーブメントをモジュールと呼ぶことがある。時計としての完成状態では、例えば、文字板、指針等が取り付けられたムーブメントが、時計ケースの中に収容される。
【0021】
電池2は、例えばリチウム電池、いわゆるボタン電池である。なお、電池2は、太陽電池、及び太陽電池によって発電された電力を蓄電する蓄電池、であってもよい。電池2は、電力を制御回路5に供給する。
【0022】
発振回路3は、例えば水晶の圧電現象を利用し、その機械的共振から所定の周波数を発振するために用いられる受動素子である。ここで、所定の周波数は、例えば32[kHz]である。
分周回路4は、発振回路3が出力した所定の周波数の信号を所望の周波数に分周し、分周した信号を制御回路5に出力する。
【0023】
制御回路5は、分周回路4が出力する分周された信号を用いて計時を行い、計時した結果に基づいて、駆動パルスを生成する駆動指示を生成する。なお、制御回路5は、指針16を正転方向に運針させる場合、正転用の駆動パルスを生成する駆動指示を生成する。制御回路5は、指針16を逆転方向に運針させる場合、逆転用の駆動パルスを生成する駆動指示を生成する。制御回路5は、生成した駆動パルスをパルス駆動回路6に出力する。制御回路5は、例えばCPU(Central Processing Unit;中央演算処理装置)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit;特定用途向け集積回路)等であってもよい。
【0024】
パルス駆動回路6は、制御回路5が出力する駆動指示に応じて、指針それぞれに対して駆動パルスを生成する。
【0025】
ステッピングモータ7は、パルス駆動回路6が出力する駆動パルスに応じて指針16(時針12、分針13、秒針14、カレンダ表示部15)を運針させる。
図1に示す例では、例えば、時針12、分針13、秒針14、及びカレンダ表示部15それぞれに1つステッピングモータ7を備えている。
【0026】
時針12、分針13、秒針14、カレンダ表示部15それぞれは、ステッピングモータ7によって運針される。
時針12は、パルス駆動回路6がステッピングモータ7を駆動することによって12時間で1回転する。分針13は、パルス駆動回路6がステッピングモータ7を駆動することによって60分間で1回転する。秒針14は、パルス駆動回路6がステッピングモータ7を駆動することによって60秒間で1回転する。カレンダ表示部15は、例えば日付を表示する指針であり、パルス駆動回路6がステッピングモータ7を駆動することによって24時間で1回転する。
【0027】
次に、本実施形態に係るステッピングモータ7の概略構成例について説明する。
図2は、本実施形態に係るステッピングモータ7の概略構成例を示す斜視図である。
図2に示すように、ステッピングモータ7は、ステータ201、ロータ202、磁心208、コイル209、及びネジ220を備える。
【0028】
ステータ201には、ロータ202を設けるためのロータ収容孔203(貫通孔)、ネジ220を取り付けるためのネジ孔218a、ネジ孔218bが形成されている。また、ステータ201には、ロータ収容孔203周りの2か所に、幅が他の部分より狭くなっている幅狭部210、211が形成されている。
ロータ202は、ロータ収容孔203に回転可能に配置されている。
コイル209は、磁心208に巻回されている。
また、ステッピングモータ7をアナログ電子時計に用いる場合、ステータ201と磁心208とは、ネジ220によってムーブメント82の地板51に固着され、互いに接合される。
磁路Rは、コイル209を励磁した場合にロータ収容孔203(貫通孔)の周囲のステータ201の母材240に磁極を発生させる磁路である。
【0029】
次に、
図3を用いてステータ201について説明する。
図3は、本実施形態に係るステータ201の正面模式図である。
図3において、ステータ201の長手方向をy軸方向、短手方向をx軸方向とする。なお、
図3に示すステータ201は、後述するモータ用ステータの製造方法によって製造される。
【0030】
図3のように、ステータ201は、接合箇所のない一体構造である。
ステータ201を構成する母材240は、例えばFe-Ni(鉄-ニッケル)合金の磁性板材で形成されている。また、母材240は、板状である。
ステータ201は、母材240に、ロータ収容孔203、幅狭部210、幅狭部211、ネジ孔218a、およびネジ孔218bが形成されることによって構成される。
ロータ収容孔203には、切り欠き部(内ノッチ)204、205が形成されている。
幅狭部210、211は、ロータ収容孔203の周囲に形成されている。幅狭部210、211は、磁路Rの断面積が他の部位よりも狭くなるように形成されている。
断面A-A’の断面の写真例(符号g1)において、第1面f1は、非磁性領域の形成の際にレーザーが照射される面であり、第2面f2は、第1面f1に対向する面である。符号g1のように、ステータ201は、平均結晶粒径が母材240より小さい微細結晶領域251を備える。また、微細結晶領域251は、ロータ収容孔203(貫通孔)の周囲のステータ201の母材240の所定箇所に設けられている。所定箇所は、例えば幅狭部である。なお、微細結晶領域251については後述する。
【0031】
ステッピングモータ7を時計に用いる場合、ステータ201の各サイズの例を説明する。
ロータ収容孔203の穴径は、例えば約1.5~2mmである。幅狭部210、211の一番細い箇所の幅は、例えば約0.1mm~0.2mmである。ステータ201の厚みは、例えば約0.3~0.5mmである。長手方向の長さは、例えば約10mmである。
【0032】
<ステータの結晶粒径の説明>
次に、Fe-Ni合金の片面に配置されたクロムに対してレーザー照射を行い、レーザーで溶融拡散して、クロムを15重量%以上にした後の
図3の断面A-A’の組織像を
図4~
図6に示す。
【0033】
図4は、本実施形態において、Fe-Ni合金に配置されたクロムをレーザーで溶融拡散して非磁性化した後の
図3の断面A-A’の写真例を示す図である。
図4において、上下方向(z軸方向)は、ステータ201の母材240の板厚方向である。レーザーは、クロムが配置されている面である第1面f1側から照射される。なお、母材240の平均結晶粒径はdである。
【0034】
図4では、クロムを配置後に、このクロムに対してレーザーパワーが約150Wのレーザーを、約4msの照射時間だけ照射して、クロムの拡散溶融を行った。クロムの拡散溶融によって、微細結晶領域251が形成される。形成される微細結晶領域251の平均結晶粒径d
1は、母材の平均結晶粒径dより小さい。このような微細結晶領域251は、
図4に示されるように、第2面f2に到達していない。
【0035】
微細結晶領域251の形状は、略くさび形である。第2面f2の近傍における微細結晶領域251の幅W2は、第1面f1における微細結晶領域251の幅W1より小さい。すなわち、母材240の第1面f1側から板厚方向に沿って第2面f2へ向かうにつれて、板厚方向に対して垂直方向における微細結晶領域251の断面積が小さくなっている。また、母材240の板厚はh1である。母材240の板厚方向に沿った微細結晶領域251の深さはh2である。
【0036】
ここで、平均結晶粒径の求め方を説明する。
まずはじめに、対象の材料を研磨および琢磨した上で、表面を軽くエッチングし、エッチングした表面を顕微鏡などを用いて観察し、スケールとともに像を取得する。次に、取得した像に長さLの線を引き、線上にある結晶粒の個数Nを数える。ただし、線の両端の結晶は1/2に数える。実施形態では、この長さLを結晶粒の個数Nと倍率kで除算した値を平均結晶粒径(d=L/kN)とした。
【0037】
図5は、
図4の母材240の組織像を拡大した図である。実測の結果、母材240の平均結晶粒径は約42μmであった。
図6は、
図4の微細結晶領域251の組織像を拡大した図である。実測の結果、微細結晶領域251の平均結晶粒径は約9μmであった。また、
図6のように、微細結晶領域251において、例えば、母材240の組織と微細結晶領域251との境界付近領域2511の平均結晶粒径は、内部領域2512の平均結晶粒径より小さかった。また、境界付近領域2511の平均結晶粒径は、平均結晶粒径d
1より小さかった。
なお、
図4~
図6に示した例では、微細結晶領域251の平均結晶粒径は、母材240の平均結晶粒径の約1/4.7である。
【0038】
<ステータの残留磁束の説明>
次に、ステータの残留磁束密度について説明する。
図7は、従来構造のステータのB-H曲線と本実施形態の構造を有するステータのB-H曲線を示す図である。
図7において、横軸は磁界[A/m]であり、縦軸は磁束密度[T(テスラ)]である。
従来の微細結晶領域を有していないステータのB-H曲線g110において、残留磁束密度は、点g111と点g112の大きさである。
本実施形態の微細結晶領域251を有しているステータ201のB-H曲線g120において、残留磁束密度は、点g121と点g122の大きさである。このように、本実施形態のステータ201は、従来構造のステータと比較して残留磁束密度が低下している。
また、本実施形態のステータ201のB-H曲線g120の面積は、従来のステータのB-H曲線g110の面積より小さい。従って本実施形態のステータ201は、従来のステータよりヒステリシス損が少ない。
これにより、本実施形態によれば、従来のステータと比較して、非磁性化率を向上させることができる。この結果、本実施形態によれば、後述するように、本実施形態のステータ201を有するステッピングモータ7の消費電力を低減することができる。これにより、本実施形態によれば、消費電力を低減することができるので、ステッピングモータ7の品質を向上させることができる。
【0039】
<非磁性化率>
次に、微細結晶領域251の深さと非磁性化率の関係について説明する。
図8は、母材240の板厚に対する微細結晶領域251の深さと非磁性化率の関係を示す図である。
図8において、横軸は板厚に対する微細結晶領域251の到達深さの割合(%)であり、縦軸は非磁性化率(%)である。なお、板厚に対する微細結晶領域251の到達深さの割合とは、母材240の板厚h1に対する微細結晶領域の深さh2の割合である(
図4参照)。また、非磁性化率とは、非磁性体のB-H曲線の面積に対する、磁性体のB-H曲線の面積とステータのB-H曲線の面積との差、の割合(%)である。
【0040】
図8のように、板厚に対する微細結晶領域の深さと非磁性化率の関係は、線形近似でき、ほぼ比例関係であり、到達深さの割合が増加すると非磁性化率も増加する。
図8からは、微細結晶領域251が深い程、非磁性化率を増加させることができることが確認された。
なお、結晶の微細化が不十分である場合には、微細結晶領域251の到達深さと非磁性化率の相関が
図8の比例関係から外れ、微細結晶領域251の到達深さに対して非磁性化率は低い値を示す。
【0041】
次に、ステッピングモータ7の最小駆動電力と、ステータ201の非磁性化率の関係を説明する。
図9は、ステッピングモータ7の最小駆動電力と、ステータ201の非磁性化率の関係を示す図である。
図9において、横軸は非磁性化率(%)であり、縦軸は最小駆動電力の低減率(%)である。なお、
図9は、非磁性化率が0%の場合を低減率0%として表している。三角印はコギングトルクAの場合の第1のサンプルによるステッピングモータ7を示し、丸印はコギングトルクBの場合の第2のサンプルによるステッピングモータ7を示す。
【0042】
非磁性化率の高さに応じてロータ202の回転性能は変化する。具体的には、非磁性化率に応じて、ステッピングモータ7の最小駆動電力が変化する。
図9より、非磁性化率は80%以上で非磁性化率100%とほぼ同等の性能を得られることがわかる。また、非磁性化率50%以上80%未満では、非磁性化率100%の半分程度の性能を得られることがわかる。
【0043】
図8より、非磁性化率を50%以上にするには、母材240の板厚方向に沿った微細結晶領域251の到達深さh2(
図4)を、板厚h1(
図4)の約3/4(すなわち(3/4)h1)である約75%以上にする必要がある。また、非磁性化率を80%以上にするには、母材240の板厚方向に沿った微細結晶領域251の到達深さを、板厚の約90%以上にする必要がある。
【0044】
図10は、微細結晶領域の平均結晶粒径d
1に対する非磁性化率を示す図である。
図10において、横軸は平均結晶粒径(μm)であり、縦軸は非磁性化率(%)である。なお、
図10は、微細結晶領域251の到達深さがほぼ100%であるサンプルについて、平均結晶粒径d
1が十分微細化したサンプル(約9μm以下)と、約18μm及び約26μmに微細化したものついて非磁性化率を測定した結果を示している。また、
図11は、平均結晶粒径d
1が約18μmの微細結晶領域251を拡大した図である。
図12は、平均結晶粒径d
1が約26μmの微細結晶領域251を拡大した図である。
【0045】
以下の説明で、母材240の平均結晶粒径d(約42μm)を微細結晶領域の平均結晶粒径d
1で除算した値を除算値という。
図10より、平均結晶粒径d
1が26μmの場合の非磁性化率は約15%程度であり除算値が約1.6であり、
図9のようにステッピングモータ7の最小駆動電力の低減には不十分である。
平均結晶粒径d
1が18μmの場合の非磁性化率は約33%程度であり除算値が約2.3であり、
図9のようにステッピングモータ7の最小駆動電力の低減に寄与する。
平均結晶粒径d
1が9μm以下の場合の非磁性化率は約90%程度であり除算値が約4.7であり、
図9のようにステッピングモータ7の最小駆動電力の低減率を平均結晶粒径d
1が18μmより向上できる。
このように、除算値が大きい方が、非磁性化率が向上し、ステッピングモータ7の最小駆動電力の低減の効果が高くなる。
【0046】
また、
図8~
図12を用いて説明したように、平均結晶粒径d
1が約9μm以下(母材の平均結晶粒径の約25%以下)では、母材240の板厚に対する微細結晶領域251の到達深さに応じて、ステッピングモータ7の最小駆動電力の低減の効果を得ることができる。そして、平均結晶粒径d
1が約18μm以下(母材240の平均結晶粒径dの約42%以下)では、板厚に対する微細結晶領域251の到達深さによっては、ステッピングモータ7の最小駆動電力の低減の効果を得ることができる。このため、本実施形態では、平均結晶粒径d
1が、18μm以下、すなわち(3/7)d(≒16/42)以下であることが望ましい。さらに、本実施形態では、平均結晶粒径d
1が、9μm程度、すなわち(1/4)d(≒9/42)以下であることが好ましい。
【0047】
<製造方法の説明>
次に、ステータ201の製造方法の一例を、
図13を用いて説明する。
図13は、本実施形態に係るステータ201の製造方法の一例を示す工程手順例を示す図である。
【0048】
(1)クロムの配置
Fe-Ni合金の所望の位置にクロムを配置する(S101)。クロムは粉末状やメッキ、ペースト、あるいは薄膜などにして配置する。
【0049】
(2)レーザー溶融
続けて、クロムが配置された領域にレーザーを照射する(S102)。これにより、配置したクロムが母材(Fe-Ni合金)に溶け込み、クロム重量比が15%以上となる領域が形成される。
【0050】
(3)外形加工
次に、クロム重量比が例えば15%以上となった箇所がステータ201の幅狭部210、211となるように、Fe-Ni合金に対して外形加工を行う(S103)。外形加工の方法としては、プレス加工が好ましい。ただし、これに限らず、外形加工の方法としては、ワイヤー放電加工やレーザー加工などの方法を用いてもよい。
これにより、幅狭部と、それ以外の箇所とで、クロム重量比が異なるステータ201の外形が完成する。
【0051】
(4)磁性焼鈍
次に、ステータ201に対して高温アニール(焼鈍)処理を行う(磁性焼鈍)(S104)。これにより、外形加工の工程などで生じる残留応力の除去・緩和などを行う。
【0052】
このように、本実施形態のステータ201は、ステータ201が一体に形成されていて接合部がないため、従来の二体型ステータのようなスリット部を有していない。このため、本実施形態によれば、スリット部を形成する手順がないため、スリット部の形成時の機械的ストレスによる変形が発生しない。この結果、本実施形態のステータ201を有するステッピングモータ7によれば、ロータ202とステータ201との間の距離に誤差が発生しにくいため、静止位置ズレなどが発生しにくい。
なお、
図13を用いて説明した製造方法は一例であり、これに限らない。
【0053】
例えば、Fe-Ni合金材である母材に、クロムの代わりに、周期表においてクロム(Cr)近傍の元素である銅(Cu)、マンガン(Mn)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)の1つを配置し、配置した箇所にレーザーを照射して微細結晶領域を形成しても、本実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0054】
次に、
図14を用いて、本実施形態に係るステッピングモータ7について詳述する。
図14は、本実施形態に係るステッピングモータ7の正面模式図である。
図14に示すステッピングモータ7は、ロータ収容孔203、ステータ201、ロータ202、磁心208、コイル209、及び幅狭部210、211を備えている。
【0055】
なお、ロータ202は、ロータ収容孔203内に回転可能に配設された2極のロータである。磁心208は、ステータ201と接合されている。コイル209は、磁心208に巻回されている。
【0056】
なお、幅狭部210、211は、ロータ202の安定位置確保のためロータ収容孔203に設けられる切り欠き部204、205に干渉しない部分に設けられる。コイル209は、第1端子OUT1、第2端子OUT2を有している。
【0057】
ロータ収容孔203は、輪郭が円形とされた貫通孔の対向部分に複数(
図14の例では2つ)の半月状の切り欠き部204、205を一体形成した円孔形状に構成されている。これら切り欠き部204、205は、ロータ202の停止位置または静止安定位置を決めるための位置決め部として構成されている。例えば、切り欠き部204は、ロータが所定位置になると、そのポテンシャルエネルギーが低くなり、ロータの位置を安定させる作用をもたらす。
【0058】
ロータ202は、2極(S極及びN極)に着磁されている。
コイル209が励磁されていない状態では、ロータ202は、
図14に示すように前記位置決め部に対応する位置、換言すれば、ロータ202の磁極軸Aが、切り欠き部204、205を結ぶ線分と直交するような位置(角度θ
0位置)に安定して停止(静止)している。
【0059】
ロータ収容孔203の周囲に設けられた磁路Rの一部(
図14の例では2箇所)に、非磁性領域の幅狭部210、211が形成されている。ここで、ステータ201の幅狭部の断面の幅を断面幅tとし、磁路に沿った方向の幅をギャップ幅wとする。幅狭部210、211は、断面幅tとギャップ幅wとにより画定された領域に形成されている。
以下の説明では、ステータ201において、幅狭部211の外周を点a1、幅狭部211内を点b1、幅狭部211の近傍且つ磁路Rの外周と内周との間を点cと定義する。
【0060】
次に、本実施形態に係るステッピングモータ7の動作を、
図14を参照して説明する。
まずパルス駆動回路6から駆動パルス信号をコイル209の端子OUT1、OUT2間に供給して(例えば、第1端子OUT1側を正極、第2端子OUT2側を負極)、
図14の矢印方向に電流iを流すと、ステータ201には破線矢印方向に磁束が発生する。
【0061】
本実施形態では、非磁性領域である幅狭部210、211が形成されており、当該領域の磁気抵抗は増大している。そのため、従来の「幅狭部」に相当する領域を磁束飽和させる必要がなく、容易に漏洩磁束を確保でき、その後、ステータ201に生じた磁極とロータ202の磁極との相互作用によって、ロータ202は
図14の矢印方向に180度回転し、磁極軸が角度θ
1位置で安定的に停止(静止)する。
なお、本実施形態では、ステッピングモータ7を回転駆動することによって通常動作(本発明の各実施の形態はアナログ電子時計であるため運針動作)を行わせるための回転方向(
図14では反時計回り方向)を正方向とし、その逆(時計回り方向)を逆方向としている。
【0062】
次に、パルス駆動回路6から、逆極性の駆動パルスをコイル209の端子OUT1、OUT2に供給して(駆動とは逆極性となるように、第1端子OUT1側を負極、第2端子OUT2側を正極)、
図14の反矢印方向に電流を流すと、ステータ201には反破線矢印方向に磁束が発生する。
その後、前述と同様に、非磁性領域である幅狭部210、211が形成されていることから、容易に漏洩磁束を確保でき、ステータ201に生じた磁極とロータ202の磁極との相互作用によって、ロータ202は前記と同一方向(正方向)に180度回転し、磁極軸が角度θ
0位置で安定的に停止(静止)する。
【0063】
以後、このように、コイル209に対して極性の異なる信号(交番信号)を供給することによって、前記動作が繰り返し行われて、ロータ202を180度ずつ矢印方向に連続的に回転させることができる。
【0064】
このように、ステータ201を有するステッピングモータ7は、ロータ収容孔203の周囲の磁路の一部に非磁性領域である幅狭部210、211が形成されているため、当該領域で消費される磁束が大幅に低減でき、ロータ202を駆動させる漏洩磁束を効率よく確保できる。
また、従来では「過飽和部」とされていた箇所に非磁性領域である幅狭部210、211を形成して低透磁率化させることにより、ロータ202自体から発せられる磁束についても当該領域での消費が抑制される。その結果、ステッピングモータ7によれば、磁気ポテンシャルの損失を防止することができ、ロータ202を磁気的に停止(静止)・保持させるための保持力を高めることができる。
【0065】
また、従来では「過飽和部」とされていた箇所にOUT1側(負極)の磁束で飽和させて回転させた後、OUT2側(正極)で回転させるにはOUT1側(負極)の際に生じた残留磁束を打ち消す必要があった。しかしながら、本実施形態によれば、当該領域での残留磁束が大幅に低減されているため、残留磁束の打ち消しに要する時間が不要となり回転を収束させるまでの時間が短縮できる。このため、本実施形態によれば、高速運針を行う際の動作安定性を維持することができ、駆動周波数を上げることができる。
【0066】
従来ステータの場合は、幅狭部に形成されている過飽和部を磁束飽和させた後に、漏洩磁束が磁石に流れて回転に至る。このため、従来ステータの場合は、磁束飽和のために電力が消費されていた。
これにたいして本実施形態では、ステータ201をステッピングモータ7に適用させることで、非磁性化されている微細結晶領域を磁束飽和させる必要が無いため、幅狭部を磁束飽和させるために要していた電力が不要となる。この結果、本実施形態によれば、磁束飽和のための電力が不要であるため、消費電力を低減することができる。これにより、本実施形態によれば、ステータ201をステッピングモータ7に適用することで、ステッピングモータ7の品質を向上させることができる。さらに、本実施形態によれば、ステッピングモータ7を時計1に適用することで、上述したように従来より高速運針を行うことができるので、時計1の品質を向上させることができる。
【符号の説明】
【0067】
201…ステータ、202…ロータ、203…ロータ収容孔、204,205…切り欠き部、208…磁心、209…コイル、210,211…幅狭部、218a,218b…ネジ孔、240…母材、251…微細結晶領域、7…ステッピングモータ、1…時計、R…磁路、f1,f11…第1面、f2,f12…第2面