(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-22
(45)【発行日】2023-10-02
(54)【発明の名称】精神能力の向上に使用するための化合物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/216 20060101AFI20230925BHJP
C07C 69/734 20060101ALI20230925BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20230925BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20230925BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230925BHJP
【FI】
A61K31/216
C07C69/734 Z
A61P25/00
A61P25/28
A61P43/00 121
(21)【出願番号】P 2020545876
(86)(22)【出願日】2018-11-23
(86)【国際出願番号】 EP2018082420
(87)【国際公開番号】W WO2019101952
(87)【国際公開日】2019-05-31
【審査請求日】2021-10-25
(31)【優先権主張番号】102017127865.6
(32)【優先日】2017-11-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】520175259
【氏名又は名称】ライプニツ-インスティトゥート フュア ニューロバイオロジー(エルアイエヌ)スティフトン デス オフェントリヒン レヒツ
(73)【特許権者】
【識別番号】520175260
【氏名又は名称】ライプニツ-インスティトゥート フュア プランツェンバイオケミ(アイピービー)スティフトン デス オフェントリヒン レヒツ
(73)【特許権者】
【識別番号】520175271
【氏名又は名称】ドイチェス ツェントルム フュア ニューロデジェネレイティブ エルランクンゲン エー.ファオ.(ディーゼットエヌイー )
(74)【代理人】
【識別番号】100180781
【氏名又は名称】安達 友和
(74)【代理人】
【識別番号】100182903
【氏名又は名称】福田 武慶
(72)【発明者】
【氏名】ミッシェル,ビルギット
(72)【発明者】
【氏名】ガーバー,ベルトラム
(72)【発明者】
【氏名】ウェスヨハン,ルドガー
(72)【発明者】
【氏名】フランケ,カトリン
(72)【発明者】
【氏名】シグリスト,ステファン
(72)【発明者】
【氏名】ブケル,アヌラーダ
(72)【発明者】
【氏名】ラシュチャック,オレ
(72)【発明者】
【氏名】ズワカ,ハンナ
(72)【発明者】
【氏名】バーテルス,ルース
(72)【発明者】
【氏名】ディティアテフ,アレクサンダー
(72)【発明者】
【氏名】ソン,インソン
(72)【発明者】
【氏名】フェント,マルクス
(72)【発明者】
【氏名】レスマン,フォルクマー
(72)【発明者】
【氏名】エンドレス,トーマス
(72)【発明者】
【氏名】カーネ,ティロ
【審査官】中島 芳人
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-230946(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0045742(US,A1)
【文献】特表2013-501067(JP,A)
【文献】独国特許出願公開第102005019889(DE,A1)
【文献】Discovery of neurotrophic agents based on hydroxycinnamic acid scaffold,Chemical Biology & Drug Design,2016年,(2016), 88, 6 p926-937
【文献】Cytoprotective Effects of Docosyl Cafferate against tBHP-Induced Oxidative Stress in SH-SY5Y Human Neuroblastoma Cells,Biomolecules & Therapeutics,2011年,(2011), 19, 2, p195-200
【文献】Structure-activity relations of rosmarinic acid derivatives for the amyloid b-aggregation inhibition and antioxidant properties,European Journal of Medicinal Chemistry,2017年,(2017), 138, p1066-1075
【文献】Derivatives of caffeic acid, a natural antioxidant, as the basis for the discovery of novel nonpeptidic neurotrophic agents,Bioorganic & Medicinal Chemistry,2017年,(2017), 25, 12, p3235-3246
【文献】Synthesis and DNA Polymerase α and β Inhibitory Activity of Alkyl p-Coumarates Related Compounds,Chemical Pharmaceutical Bulletin,2009年,(2009), 57, 5, p476-480
【文献】Ferulic acid esters of unsaturated higher alcohols from Lupinusluteus roots,Phytochemistry,1997年,(1997), 46, 2, p347-352
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 69/
A61K 31/
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
精神能力の向上に使用するための、一般式Iに従う化合物、それらの立体異性体、鏡像異性体、またはジアステレオマーおよびそれらの生理学的に許容される塩、ならびに引用された化合物の混合物
を含む医薬組成物。
【化1】
(式中、
R
1
は、ヒドロキシであり、
R
2
は、H、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、およびi-プロポキシからなる群から選択され、
R
3は、H
、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、およびi-プロポキシからなる群か
ら選択され、
R
4およびR
5は、互いに独立して、Hである、またはいずれの場合でも、R
4およびR
5は一緒になって、R
4およびR
5が位置する相互に隣接するC原子間に、単結合、二重結合、または三重結合が存在するように、C-C結合を形成し、
R
6は、非分岐または分岐C
6からC
60アルキル、非分岐または分岐C
6からC
60アルケニル、C
6からC
60ヒドロキシルポリエチレングリコール、C
6からC
60メトキシポリエチレングリコール、およびC
5からC
120プレニルからなる群から選択され、
Xは、O、S、N-H、N-メチル、N-エチル、N-n-プロピル、N-i-プロピル、およびN-R
6からなる群から選択される)
【請求項2】
R
2がメトキシであること
を特徴とする、請求項
1に記載の精神能力の向上に使用するための
医薬組成物。
【請求項3】
R
3がHであること
を特徴とする、請求項
1または
2に記載の精神能力の向上に使用するための
医薬組成物。
【請求項4】
R
4およびR
5により形成されるC-C結合が二重結合であること
を特徴とする、請求項1から
3のいずれか1項に記載の精神能力の向上に使用するための
医薬組成物。
【請求項5】
前記二重結合がE二重結合であること
を特徴とする、請求項
4に記載の精神能力の向上に使用するための
医薬組成物。
【請求項6】
XがOであること
を特徴とする、請求項1から
5のいずれか1項に記載の精神能力の向上に使用するための
医薬組成物。
【請求項7】
R
6は、C
8からC
28アルキ
ルであること
を特徴とする、請求項1から
6のいずれか1項に記載の精神能力の向上に使用するための
医薬組成物。
【請求項8】
前記化合物が、
イコシル(2E)-3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパ-2-エノエート、
オクチル(2E)-3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパ-2-エノエート、
ヘキサデシル(2E)-3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパ-2-エノエート、
イコシル3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパノエート、
ドデシル(2E)-3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパ-2-エノエート、および
イコシル(2E)-3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパ-2-エノエートからなる群から選択されること
を特徴とする、請求項1に記載の精神能力の向上に使用するための
医薬組成物。
【請求項9】
前記精神能力が記憶能力および学習能力を含み、認知症に関連する、請求項1から
8のいずれか1項に記載の精神能力の向上に使用するための
医薬組成物。
【請求項10】
薬学的に許容される賦形剤および添加剤を
さらに含む、
請求項1から9のいずれか1項に記載の精神能力の向上に使用するための医薬組成物。
【請求項11】
栄養補助剤、相乗増強剤、添加増強剤、吸収および輸送の改善のための化合物、ならびに開裂または代謝の減少のための薬剤、そしてそれらの混合物からなる群から選択される追加の活性物質と組み合わせた、請求項
10に記載の精神能力の向上に使用するための医薬組成物。
【請求項12】
前記医薬組成物が、経口、鼻腔内、または皮下投与用に調製されること
を特徴とする、請求項
10または
11に記載の精神能力の向上に使用するための医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精神能力の向上に使用するための化合物、およびこの化合物を含む医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
認知症の主な危険因子は老年期である。社会の人口動態学的発展に基づいて、例えばアルツハイマー病などの認知症疾患は、これまで以上に頻繁に発生している。これと並行して、パフォーマンス重視の社会では、メンタルフィットネスがますます重要な役割を果たしている。科学雑誌「ネイチャー」のオンライン調査によると、健康な科学者1400人のうち20%が、注意力、集中力、記憶力を高めるために2008年に医薬品に頼ったという。この社会的ニーズは、認知症疾患の面でも、パフォーマンスの向上の面でも、特に、記憶能力を向上させる目的で、合成または天然由来の物質を含む製剤の開発につながってきた。植物由来の調製が、しばしば関与している。
【0003】
学習および記憶能力に関して以下の化合物または植物が知られており、これに関連して市販されている:ラセタム(ピラセタムおよび類似体)、アンフェタミン、メチルフェニデート、サベルゾール、エキシフォン、レテプリニム、AChE阻害剤(例えば、タクリン、ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン、フペルジンA(トウゲシバ(Huperzia serrata (Thunb.) Trevis)、オメガ3脂肪酸(例:魚油、タイセイヨウサケ(Salmo salar L.))、クルクミン(Curcuma longa L.)、ビンカミン(Vinca minor L.)、イチョウ(Ginkgo biloba L.)、オタネニンジン(Panax ginseng C.A.Mey)、オトメアゼナ(Bacopa monnieri (L.) Wettst.)、アサガオカラクサ(Evolvulus alsinoides L.)、マカ(Lepidium meyenii Walp.)、エゾウコギ(Eleutherococcus senticosus (Rupr. & Maxim.) Maxim)、コカノキ(Erythroxylum coca Lam)、ショウガ(Zingiber officinale Roscoe)、セイヨウオトギリ(Hypericum perforatum L.)、およびイワベンケイ(Rhodiola rosea L)。
【0004】
これらの物質、特に多くの植物製品の記憶に対する正確な効果は、通常は知られていない。市販されている製品は、使用されている植物部分の個々の成分(基準物質)に標準化された植物抽出物が主に含まれているが、効果との因果関係は全く関係ない。したがって、類似の植物との混同を避けるために、例えば問題の植物の典型的な構成要素として、基準物質は通常、分析の側面に従って選択されるため、植物部分内の生理活性物質は、基準物質と一致しないことがよくある。このような場合、異なる製品バッチ内の生理活性物質の濃度が大きく変動すると予想され、製品の有効性にばらつきが生じ、用量が不正確になる。植物ベースの調製物の使用におけるこの根本的な問題は、原因として示された活性を有する特定の活性物質の使用によってのみ解決され得る。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明の目的は、先行技術のこれらの欠点を克服し、既知の物質と比較して、精神能力を特異的かつ有意に向上させることができる化合物を提供することである。
【0006】
この目的は、主請求項の特徴に従って精神能力の向上に使用するための化合物を提供することによって達成される。本発明による化合物の有利な実施形態は、従属請求項で特徴付けられる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の主題は、精神能力の向上に使用するための、一般式Iを有する化合物、
【化1】
(式中、
R
1、R
2、およびR
3は、H、ヒドロキシ、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、およびi-プロポキシからなる群から互いに独立して選択され、
R
4およびR
5は、互いに独立して、Hである、またはいずれの場合でも、R
4および
R
5は一緒になって、R
4およびR
5が位置する相互に隣接するC原子間に、単結合、二重結合、または三重結合が存在するように、C-C結合を形成し、
R
6は、非分岐または分岐C
6からC
60アルキル、非分岐または分岐C
6からC
60アルケニル、C
6からC
60ヒドロキシルポリエチレングリコール、C
6からC
60メトキシポリエチレングリコール、およびC
5からC
120プレニルからなる群から選択され、
Xは、O、S、N-H、N-メチル、N-エチル、N-n-プロピル、N-i-プロピル、およびN-R
6からなる群から選択される)
それらの立体異性体、鏡像異性体、またはジアステレオマーおよびそれらの生理学的に許容される塩、ならびに引用された化合物の混合物である。
【0008】
好ましいのは、R1およびR2が互いに独立して、ヒドロキシおよび/またはメトキシである一般式Iを有する精神能力の向上に使用するための化合物である。
【0009】
特に好ましいのは、R1がヒドロキシであり、R2がメトキシである精神能力の向上に使用するための化合物である。
【0010】
さらに好ましいのは、R3がHである精神能力の向上に使用するための化合物である。
【0011】
さらに、好ましいのは、R4およびR5によって形成されるC-C結合が二重結合である、精神能力の向上に使用するための化合物である。
【0012】
特に好ましいのは、二重結合がE二重結合である精神能力の向上に使用するための化合物である。
【0013】
特に好ましいのは、XがOである精神能力の向上に使用するための化合物である。
【0014】
さらに、精神能力の向上に使用するための化合物が好ましく、ここで、R6は、C8からC28アルキル、好ましくはC12からC24アルキル、より好ましくはC8アルキル、C12アルキル、C16アルキル、またはC20アルキルである。
【0015】
さらに、精神能力の向上に使用するための化合物が好ましく、その化合物は、
イコシル(2E)-3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパ-2-エノエート、
オクチル(2E)-3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパ-2-エノエート、
ヘキサデシル(2E)-3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパ-2-エノエート、
イコシル3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパノエート、
ドデシル(2E)-3-(4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル)プロパ-2-エノエート、および
イコシル(2E)-3-(4-ヒドロキシフェニル)プロパ-2-エノエートからなる群から選択される。
【0016】
特に好ましいのは、精神能力の向上に使用するための化合物であり、ここで、精神能力は、記憶能力および学習能力を含み、認知症に関連する。
【0017】
さらに好ましいのは、本発明に従う少なくとも1つの化合物、および生理学的に許容される塩、立体異性体、鏡像異性体、ジアステレオマー、またはそれらの混合物、ならびに薬学的に許容される賦形剤および添加剤を含む、精神能力の向上に使用するための医薬組成物である。本発明の意味で、医薬組成物はまた、本発明に従う複数の化合物の組み合わせを含み得る。
【0018】
特に好ましいのは、栄養補助剤、相乗増強剤、添加増強剤、吸収および輸送の改善のための化合物、ならびに開裂または代謝の減少のための薬剤、そしてそれらの混合物からなる群から選択される追加の活性物質と組み合わせた、精神能力の向上に使用するための医薬組成物である。
【0019】
特に好ましいのは、精神能力の向上に使用するための医薬組成物であり、ここで医薬組成物は、経口投与、経鼻投与、または皮下投与のために配合される。
【0020】
本発明の意味では、精神能力は、学習能力の他に記憶能力を含む。記憶能力とは、情報を受信し、それを保存し、後の時点でそれを取り出す脳の能力を意味すると理解される。蓄積されるべき情報は、その性質上、多様化する可能性があり得る。感覚や経験だけでなく、教材、数字、名前、事実、時事問題なども含まれ得る。
【0021】
用語「学習」は、行動パターンまたは認知構造を獲得または変更するプロセスを示す。学習は直接観察することはできず、学習操作中や学習操作後に顕在化する学習能力のみが対象となる。学習とは、対象者が、多かれ少なかれ受動的に生産された経験および/または自分自身の活動(およびその結果)の結果として、一時的にではなく、特定の状況(特定の刺激に応答して)における自分の行動を変化させたりする場合に語られる。
【0022】
さらに、本発明の意味では、精神能力は、認知症疾患を患っているヒトや動物にも関連する。認知症とは、思考、記憶、方向付け、思考内容の連結などの精神能力の喪失、すなわち記憶力や学習能力の喪失を伴う疾患症状の総称であり、日常生活動作を自立して行うことができなくなる疾患である。他のものの中には、アルツハイマー病、血管性認知症、ピック病、前頭側頭型認知症などが含まれる。
【0023】
本発明の意味では、精神能力の向上は、精神能力の改善、または他の精神能力の回復を意味するとも理解される。
【0024】
本発明の意味では、栄養補助食品は、アミノ酸の他に、カフェインのようなパフォーマンスを向上させる栄養補助食品を含み得る。
【0025】
本発明の意味では、相乗的または付加的な増強剤は、カフェイン、ニコチン、または記憶力を増強するための上述の公知の製品のいずれかであり得る。
【0026】
さらに、本発明の意味では、吸収および輸送性向上用化合物は、リポソーム、シクロデキストリン、リジン、ポリエチレングリコール、コール酸、およびフィトステロールからなる群から選択され得る。
【0027】
本発明の意味では、開裂または代謝を抑制するための薬剤は、エステルヒドロラーゼ阻害剤、細胞からの流出抑制剤、肝臓での代謝を抑制するための薬剤、例えば酸化酵素の阻害剤などであり得る。
【0028】
以下、添付の図および図面を参照して、本発明を詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1A】キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)幼虫にエイコサニルフェルレートを与えた後の学習実験の概要を示す図である。
【
図2A】キイロショウジョウバエ幼虫にエイコサニルフェルレートまたはその誘導体を与えた後の学習実験の概要を示す図である。
【
図3A】年老いたキイロショウジョウバエにエイコサニルフェルレートを与えた後の学習実験の概要を示す図である。
【
図4A】エイコサニルフェルレートの注射後のマウスにおける学習実験の概要である。
【
図5A】エイコサニルフェルレートで処理された後の海馬CA1マウス細胞のex vivo電気生理学的記録の図である。
【
図5B】注入された電流強度に関連して、
図5AによるCA1錐体状細胞の活動電位の数を示す図解である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
一般式Iを有する化合物は、ケイ皮酸の親油性エステルおよびその誘導体、特にフェルラ酸の誘導体である。以下では、ケイ皮酸のエステルを「ZSE」と呼び、フェルラ酸のエステルを「FSE」と呼ぶ。
【0031】
従来技術の既知の物質と比較して、これらの化合物は、それらがヒトおよび動物の精神能力を特異的かつ有意に向上させることができるという利点を有する。これにより、注意力や集中力を高めることもできる。さらなる利点は、正確な用量が可能であり、よって有効性の変動を排除できるという事実である。
【0032】
したがって、これらの化合物が認知症、特にアルツハイマー病の治療にも使用できることは、さらに有利である。認知症は、特に、精神能力の喪失を伴うという特徴がある。したがって、本発明による化合物の使用による精神能力の向上は、認知症の治療にも有利であろう。
【0033】
本発明の医薬組成物は、所望の用途のタイプに応じて製薬技術で従来使用されている賦形剤および添加剤を使用することにより、既知の方法で適切な用量で調製される。
【0034】
好ましくは、医薬組成物は、経口、鼻腔内、または皮下投与用に調整される。
【0035】
医薬組成物の投与形態は、例えば、錠剤、ロゼンジ、カプレット、糖衣錠、カプセル、丸薬、粉末、溶液、エアロゾル、懸濁液、デポー形態、または注射用溶液などの非経口製剤である。特に経口適用に好ましいのは、食品および/または飼料、飲料、または栄養補助食品として与えることができる投与形態である。
【0036】
本発明による医薬製剤の製造は、それ自体知られており、当業者に知られているハンドブックに記載されている。例えば、Hager’s Handbuch (5th edition) 2, 622-1045;List et al., Arzneiformenlehre, Stuttgart: Wiss. Verlag 1985;Sucher et al. Pharmaceutical Technologie, Stuttgart: Thieme 1991;Ullmann’s Technologie, Berlin: Ullstein Mosby 1995などである。
【0037】
驚くべきことに、本発明者らは、キイロショウジョウバエおよびマウスにおける式Iの化合物の使用が、精神および学習能力の有意な向上をもたらすことを見出した。
【0038】
キイロショウジョウバエの幼虫の餌にエイコサニルフェルレート(FSE-20)を追加すると、用量依存的に学習能力と記憶能力が大幅に向上する。さらに、年老いたハエの学習能力が2倍になることもわかった。他の合成されたFSEは同様に、エステルのアルコール成分のアルキル鎖の有意な短縮がある場合(FSE-20>FSE-16>>FSE-8の効果)、または二重結合が2,3-ジヒドロフェルラ酸(DH-FSE-20)を形成するために水素化されている場合、学習能力の改善はあまり顕著ではないが、キイロショウジョウバエの幼虫の学習の向上につながる。フェルラ酸エステルに比べてメトキシ基を欠くパラクマリン酸の長鎖エステル(4-ヒドロキシ桂皮酸(4OH-ZSE-20))は、弱いながらも顕著な活性を示すことを特徴とする。さらに、本発明者らは、最も活性な化合物がナノモルの範囲でさえ効果を有することを見出した。例えば、FSE-20は飼料マッシュで700nMで効果がある。
【0039】
さらに、本発明者らは、マウスにおいて、学習実験の前のFSE-20の注射が、経時的により安定な記憶をもたらすことを発見した。さらに、ex vivo実験では、錐体状CA1海馬細胞の興奮性がFSE-20で処理されたマウスで用量依存的に増加することが示されている。げっ歯類およびヒトの両方における錐体状CA1海馬細胞が、学習能力および記憶能力に関与していることが知られている。
【0040】
驚くべきことに発見された効果は、植物抽出物の適用とは対照的に、単一物質の投与に基づいているため、正確な用量と生理活性物質の過剰摂取の回避が保証される。
【0041】
ここで使用されているショウジョウバエを含むヒトや動物の学習と記憶の神経分子メカニズムは高度に似ているため、人間への拡張が示される。さらに、FSE-20を注入されたマウスはより安定した記憶を持ち、海馬CA1細胞に対するex vivo実験は、FSE-20溶液で処理されたときにこれらの細胞の興奮性の増加を示している。細胞の興奮性の低下は、加齢に伴う認知能力の低下と関連しており、認知症の場合には、細胞の興奮性を増加させることにより、FSE-20が記憶のいくつかの形態を促進することも示す。
【0042】
したがって、本発明に従う、以下の化合物が特に好ましい実施形態である:
【表1】
【0043】
本発明は、別の表現でもう一度以下に提示される。
【0044】
本発明の主題は、ヒトおよび動物の一般的な精神能力を向上するための、好ましくは、ヒトおよび動物における学習能力および/または記憶能力の向上のための一般式IAのエステル、
【化2】
一般式IA
(ここで、
B=単結合、二重結合(EまたはZ)、または三重結合、ここで、E二重結合が好ましい、
X=O、S、NH、N-Me、N-Et、N-Pr、N-R
A、ここで、Oが好ましい、
R
A=親油性鎖、好ましくはC
6-C
60アルキル、C
6-C
60アルケニル、C
6-C
60ポリアルケニル、またはC
6-C
60イソアルキル、C
6-C
60PEG-OHまたはC
6-C
60PEG-OMe、オリゴプレニル(C
5-C
120)、より好ましくは、C
12-C
28アルキル、R
1、R
2;R
3=任意の組み合わせでH、OH、OMe、OEt、OPr、好ましくはR
1、R
2=任意の組み合わせでOHおよび/またはOMe、R
3=H、ここで、フェルラ酸誘導体(R
1=OH、R
2=OCH
3、R
3=H)が最も特に好ましい)および/または上記の化合物の組み合わせ(混合物)に関する。認知症疾患、特にアルツハイマー病の治療のための一般式IAのエステルの使用がさらに好ましい。
【0045】
さらに好ましいのは、任意の混合物における、長鎖非分岐および/または単純なメチル分岐アルコール(RA)のフェルラ酸エステルの使用である。この場合に好ましく使用されるのは、特に、ケイ皮酸の天然に存在する長鎖アルキルエステル、特に、フェルラ酸のテトラコサノール、ドコサノール、ヘンエイコサノール、エイコサノール、ノナデカノール、オクタデカノール、ヘキサデカノール、およびドデカノールエステルである。RA=C16-C24のフェルラ酸のエステル、特にエイコサニルフェルレート(C20エステル)の使用が好ましい。
【0046】
飲料および/または栄養補助食品および/または任意の種類の医薬品を含む食品および/または飼料における前述の化合物の使用がさらに好ましい。
【0047】
前述の物質および製剤のプロドラッグの形態での使用、特にフェノール基が、例えばフェノールエステル、特にフェルラ酸のアセテートまたはスクシネートとして、一時的に近接的または生物学的に開裂可能な基によって保護されている物質の使用は、追加的に有利である。
【0048】
さらに好ましいのは、前述の化合物を、他の活性物質、特に性能増強物質(例えば、カフェイン)ならびに/またはアミノ酸を含む栄養補助剤、ならびに/またはマトリックスならびに/または相乗増強剤ならびに/または吸収もしくは輸送の改善のための調製物(例えば、リポソーム、シクロデキストリン、リジン、PEG、コール酸、およびフィトステロールまたは他の親油性担体)ならびに/または開裂および代謝を減少させるための薬剤またはカプセル化剤と組み合わせても使用することである。しかしながら、このリストは単に好ましい実施形態を示すに過ぎず、言及された活性物質、薬剤、および製剤にいかなる制限を課すことを意図するものではない。
【0049】
前述の物質および製剤の使用は、特に非口腔外適用のために、特に鼻腔内スプレーでの使用のために、または経皮適用のための製品での使用のために好ましい。
【0050】
以下、実施例により本発明を、本発明の範囲を限定することなくさらに詳細に説明する。
【0051】
実施例1
合成されたFSE-20を与えたことによるキイロショウジョウバエ幼虫の記憶能力の向上
図1Aに示されているのは、キイロショウジョウバエ幼虫を使った学習実験Eの概要である。概要は、幼虫が4つの群に分けられたことを示す。1つの群は、標準的な飼料マッシュで飼育した対照群Kを表し、他の3つの群はそれぞれ、飼料マッシュ中に異なる濃度のFSE-20(7.1×10
-8、7.1×10
-7、および7.1×10
-6[M] FSE-20)を添加して飼育した。5日後(「5d」と書かれた矢印)、学習実験Eを実施した。
【0052】
学習実験Eでは、動物にそれぞれ2種類の逆調教レジメンAのいずれかを与えた後、試験Bを行った。第1群Iには、訓練Aでは飼料報酬(果糖)と一緒に第1の香りを提示し、第2群Iには単独で第2の香りを提示した(第1の香り+/第2の香り)。
図1Aでは、第1の香りが白の四角で描かれ、第2の香りが黒の四角で描かれている。さらに、果糖を含むシャーレを縦縞のある白丸で表し、果糖を含まないシャーレを縦縞のない白丸で表す。第2群IIは逆にトレーニングされた(第1の香り/第2の香り+)。続いて、学習実験Eの実験Bでは、2つの群I、IIの幼虫が選択状況で第1の香りを好むか、第2の香りを好むかを調べ、それにより、学習および記憶能力(パフォーマンス指数)Pが決定された。
【0053】
図1Bに示すのは、学習実験Eで試験した学習および記憶能力Pの結果を示す図解である。したがって、標準飼料マッシュ(対照K、黒箱)を用いて、または飼料マッシュ中に7.1×10
-8、7.1×10
-7、または7.1×10
-6M FSE-20溶液(白箱)を用いて、いずれかの方法で成長させた幼虫の学習および記憶能力Pを比較する。この図解は、飼料マッシュ中のFSE-20溶液を用いて成長させた全ての幼虫群の学習および記憶能力Pが、対照群Kと比較して増加していることを明らかにする。さらに、この図解は、非常に低い濃度(70nM)の場合には、学習傾向の増加が明らかになることを示す。700nMでは、学習および記憶能力Pは約50%も実質的に改善されているが、7μMから始まる非常に高い濃度では、再び低下する。
【0054】
実施例2
合成したFSE-20またはその誘導体を与えた後のキイロショウジョウバエ幼虫の学習および記憶能力Pの比較。
図2Aに示されているのは、飼料マッシュへの添加物として本実施例で使用されている化合物の概要である。キイロショウジョウバエ幼虫を標準飼料マッシュで飼育した対照群Kを第1群とした。さらに、第1群は飼料マッシュ中にFSE-20を7.1×10
-7Mの濃度で添加して飼育した。他の群は、飼料マッシュ中の異なるFSE-20誘導体の濃度7.1×10
-7Mで飼育した。これらのFSE-20誘導体は、FSE-8、FSE-12、FSE-16、4OH-ZSE-20、およびDH-FSE-20を含む。5日後(「5d」と書かれた矢印)、キイロショウジョウバエ幼虫は、実施例1に記載されているように、学習実験Eで試験された。
【0055】
図2Bに示すのは、学習実験Eの以下の結果をまとめた図解である。
【0056】
対照群Kでは、学習および記憶能力Pの増加は見られない。対照的に、飼料マッシュへのFSE-20の添加は、幼虫の学習および記憶能力Pの著しい増加をもたらす。
【0057】
また、FSE-20の誘導体は、以下に要約するように、学習および記憶能力Pを増加させる。
【0058】
FSE-8がキイロショウジョウバエ幼虫の学習および記憶能力Pを増加させることが示された。この目的のために、物質を最終濃度700nMで飼料マッシュに混ぜた。さらに、飼料マッシュ中の最終濃度700nMでは、FSE-16は学習を増加させるように動物にも作用することが示された。また、飼料マッシュに最終濃度700nMのDH-FSE-20を添加することで、幼虫の学習および記憶力を高める効果がある。
【0059】
キイロショウジョウバエ幼虫の飼料マッシュに4OH-ZSE-20を700nMの濃度で添加したところ、動物の学習および記憶能力Pのわずかな増加が認められた。飼料マッシュへの700nMの最終濃度のFSE-12の添加はまた、動物の学習および記憶能力Pのわずかな増加だけをもたらす。
【0060】
実施例3
合成されたFSE-20を用いて、成熟した年老いたキイロショウジョウバエの学習および記憶能力Pを増加させる。
図3Aは、年老いたハエを用いた学習実験Eの実施の概要を示す図である。この実験では、ハエを標準飼料を与えた対照群Kと、飼料にFSE-20を添加した試験群の2群に分けた。飼料中のFSE-20の濃度は7.1×10
-7Mとし、成虫が羽化してから15日後(矢印「15d」)に実施例1の原理に対応する学習実験Eでハエを試験した。
【0061】
図3Bは、学習実験Eの結果を示す図解である。これによれば、ハエの飼料にFSE-20を添加した年老いた動物の学習および記憶能力Pが、最大約50%まで大幅に改善されたことがわかる。
【0062】
実施例4
FSE-20注入後のマウスを用いた学習実験E。
図4Aは、マウスの学習実験Eの概要を示す。生後3から4ヶ月のマウスの学習および記憶能力Pに対するFSE-20の効果を調べるために、トレーニングAに先立ってFSE-20の溶液(6mg/kg体重)を腹腔内注射した。翌日の学習実験Eでは、トレーニングAの間、動物を特定の環境に置き、同時にマウスに回避的な電気刺激(雷マーク)を与えた。その後、1日後(1d)の最初の試験B-1において、非特異的恐怖反応(凍結)Fを、中立的な環境、すなわち動物にとって初めての環境で測定した。第2試験B-2では、第1試験B-1から2時間(2h)後に、トレーニングA(条件付き環境)中に電気刺激を動物に与えた場合の環境中での恐怖反応を測定した。
【0063】
図4Bに示すのは、マウスを用いた学習実験Eの結果をまとめた図解である。描かれているのは、2つのマウス群(対照KおよびFSE-20で処理された群)が恐怖反応(凍結)Fを示した間の時間の割合であり、これは、動物にとって中立的な環境、すなわち新しい環境での第1試験B-1の間に、そしてその後の第2試験B-2の間に、条件付けされた環境内の2つの連続した次のスパンの時間で測定された(白棒)。第2試験の第1スパンの時間は1分目から5分目を含み、第2スパンの時間は6分目から10分目を含む。第1スパンの時間の結果を黒の棒グラフで表し、第2スパンの時間の結果を黒の縦縞が入った白の棒グラフで表す。FSE-20で処理されたマウスでは、学習実験Eの後半(6分目から10分目)では前半(1分目から5分目)と同様に強く顕著な恐怖行動Fが示されるのに対し、対照群Kでは後半で強く減少した恐怖行動Fが示される。その結果、対照群では、この時点ですでに記憶の喪失または消滅が生じているのに対し、FSE-20で処理された動物では、時間の経過とともに記憶がより安定している。
【0064】
実施例5
FSE-20を用いた海馬CA1マウス細胞のex vivo電気生理学的記録。
FSE-20の神経興奮性に対する効果を測定するために、4から6週齢の雄マウスの「急性」(新鮮に調製されたもの)海馬スライスのCA1錐体状細胞全体をパッチクランプ法で行った。
【0065】
図5Aは、+80、+200、および+320pAの3つの連続した電気刺激に対するCA1細胞の活動電位の代表的な反応を示す図である。対照KおよびFSE-20で処理した細胞の活動電位を示す。真ん中の図は、1μMのFSE-20で処理した細胞の活動電位を示し、一番下の図は、4μMのFSE-20で処理した細胞の活動電位を示す。
【0066】
図5Bに描かれているのは、異なる処理を施した細胞および対照群Kの注入された電流強度(pA)に関連して、作用電位の数が示されている図解である。
【0067】
40から440pAの電流強度に応答して生成される活動電位の数は、FSE-20で処理された2つの群(1μMおよび4μM)では、対照Kと比較して有意に増加している。したがって、FSE-20の存在下でのより高い細胞興奮性は、FSE-20が何らかの記憶の形態を促進することを示し、対照的に、細胞興奮性の減少が加齢に伴う認知能力の低下および認知症の場合と関連している。
【0068】
参照文字一覧
A 訓練
B 試験
E 学習実験
F 恐怖反応
K 対照または対照群
P 学習および記憶能力(パフォーマンス指数)
I 第1群
II 第2群