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特許7353601結晶方位解析装置、結晶方位解析方法および学習済みモデル生成方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-22
(45)【発行日】2023-10-02
(54)【発明の名称】結晶方位解析装置、結晶方位解析方法および学習済みモデル生成方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/17 20060101AFI20230925BHJP
【FI】
G01N21/17 A
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020020828
(22)【出願日】2020-02-10
(65)【公開番号】P2021127994
(43)【公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-08-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1a.2019年第80回応用物理学会秋季学術講演会 講演情報、https://confit.atlas.jp/guide/event/jsap2019a/subject/20a-E314-5/advanced、令和1年9月4日(掲載日)1b.2019年第80回応用物理学会秋季学術講演会 口頭発表、令和1年9月20日(発表日)2a.2019年第80回応用物理学会秋季学術講演会 講演情報、https://confit.atlas.jp/guide/event/jsap2019a/subject/21a-B01-7/advanced、令和1年9月4日(掲載日)2b.2019年第80回応用物理学会秋季学術講演会 口頭発表、令和1年9月21日(発表日)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度(平成30年度)、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願 平成31年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】工藤 博章
(72)【発明者】
【氏名】宇佐美 徳隆
(72)【発明者】
【氏名】松本 哲也
(72)【発明者】
【氏名】小島 拓人
(72)【発明者】
【氏名】加藤 光
(72)【発明者】
【氏名】上別府 颯一郎
(72)【発明者】
【氏名】沓掛 健太朗
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】仏国特許出願公開第02988841(FR,A1)
【文献】特開2017-181382(JP,A)
【文献】特開平02-271241(JP,A)
【文献】特開2018-133174(JP,A)
【文献】特開2019-012037(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/61
G01N 33/00 - G01N 33/46
C01B 33/00 - C01B 33/193
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の表面に対して特定の入射角および方位角を有する照明光束を照射するよう構成され、前記照明光束の方位角が可変となるよう構成される照明装置と、
前記照明光束の方位角が異なる複数の照明条件において前記試料の表面を撮像し、前記複数の照明条件のそれぞれにおいて前記試料の表面を撮像した複数の輝度画像を生成する撮像装置と、
前記複数の輝度画像を用いて、前記試料の表面における結晶粒の分布および結晶方位を推定する計算装置と、を備え、
前記計算装置は、前記複数の輝度画像の各画素の輝度値をベクトル要素とし、前記複数の照明条件の条件数に対応した次元数を有する輝度ベクトルを画素ごとに算出し、
前記計算装置は、輝度ベクトルを入力とし、結晶方位を出力とする教師データを用いて機械学習させた学習済みモデルを用いて、前記試料の表面における結晶粒の結晶方位を推定することを特徴とする結晶方位解析装置。
【請求項2】
前記学習済みモデルは、結晶粒の結晶方位を示す回転クォータニオンを出力するよう構築されることを特徴とする請求項に記載の結晶方位解析装置。
【請求項3】
試料の表面に対して特定の入射角および方位角を有する照明光束を照射するよう構成され、前記照明光束の方位角が可変となるよう構成される照明装置と、
前記照明光束の方位角が異なる複数の照明条件において前記試料の表面を撮像し、前記複数の照明条件のそれぞれにおいて前記試料の表面を撮像した複数の輝度画像を生成する撮像装置と、
前記複数の輝度画像を用いて、前記試料の表面における結晶粒の分布および結晶方位を推定する計算装置と、を備え、
前記計算装置は、前記複数の輝度画像の各画素の輝度値をベクトル要素とし、前記複数の照明条件の条件数に対応した次元数を有する輝度ベクトルを画素ごとに算出し、前記輝度ベクトルを用いて前記試料の表面における結晶粒の分布および結晶方位を推定し、
前記計算装置は、前記撮像装置に対する各結晶粒の相対位置に基づいて、各結晶粒の結晶方位の推定値を補正することを特徴とする結晶方位解析装置。
【請求項4】
前記計算装置は、推定した結晶粒の分布に基づいて各結晶粒に対応する輝度ベクトルの代表値を算出し、前記輝度ベクトルの代表値を用いて各結晶粒の結晶方位を推定することを特徴とする請求項からのいずれか一項に記載の結晶方位解析装置。
【請求項5】
試料の表面に対して特定の入射角および方位角を有する照明光束を照射するよう構成され、前記照明光束の方位角が可変となるよう構成される照明装置と、
前記照明光束の方位角が異なる複数の照明条件において前記試料の表面を撮像し、前記複数の照明条件のそれぞれにおいて前記試料の表面を撮像した複数の輝度画像を生成する撮像装置と、
前記複数の輝度画像を用いて、前記試料の表面における結晶粒の分布および結晶方位を推定する計算装置と、を備え、
前記計算装置は、前記複数の輝度画像の各画素の輝度値をベクトル要素とし、前記複数の照明条件の条件数に対応した次元数を有する輝度ベクトルを画素ごとに算出し、前記輝度ベクトルを用いて前記試料の表面における結晶粒の分布および結晶方位を推定し、
前記計算装置は、推定した結晶粒の分布に基づいて各結晶粒に対応する輝度ベクトルの代表値を算出し、前記輝度ベクトルの代表値を用いて各結晶粒の結晶方位を推定し、
前記計算装置は、前記照明装置に対する各結晶粒の相対位置に基づいて、各結晶粒に対応する輝度ベクトルの代表値を補正することを特徴する結晶方位解析装置。
【請求項6】
前記計算装置は、前記輝度ベクトルをクラスタリングすることにより、前記試料の表面における結晶粒の分布を推定することを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の結晶方位解析装置。
【請求項7】
試料の表面に対して特定の入射角および方位角を有する照明光束であって前記方位角が可変となる照明光束を前記試料の表面に照射し、前記照明光束の方位角が異なる複数の照明条件のそれぞれにおいて前記試料の表面を撮像した複数の輝度画像を取得するステップと、
前記複数の輝度画像の各画素の輝度値をベクトル要素とし、前記複数の照明条件の条件数に対応した次元数を有する輝度ベクトルを画素ごとに算出するステップと、
前記輝度ベクトルをクラスタリングすることにより、前記試料の表面における結晶粒の分布を推定するステップと、
前記輝度ベクトルを入力とし、結晶方位を出力とする教師データを用いて機械学習させた学習済みモデルを用いて、前記試料の表面における結晶粒の結晶方位を推定するステップと、を備えることを特徴とする結晶方位解析方法。
【請求項8】
試料の表面に露出する結晶粒についてX線または電子線を用いて特定された結晶方位を示すデータを取得するステップと、
前記結晶粒の表面に対して特定の入射角および方位角を有する照明光束を照射したときに測定された前記結晶粒の表面の輝度値であって、前記照明光束の方位角が異なる複数の照明条件のそれぞれにおいて測定された複数の輝度値を示すデータを取得するステップと、
前記複数の輝度値をベクトル要素とする輝度ベクトルを入力とし、前記結晶方位を示す回転クォータニオンを出力とする教師データを用いて、前記輝度ベクトルを入力として前記結晶方位の推定値を出力する学習済みモデルをコンピュータに構築させるステップと、を備えることを特徴とする学習済みモデル生成方法。
【請求項9】
前記学習済みモデルは、前記結晶方位の真値を示す第1回転クォータニオンと前記結晶方位の推定値を示す第2回転クォータニオンとの間の回転を示す誤差回転クォータニオンに基づく損失関数を用いて構築されることを特徴とする請求項に記載の学習済みモデル生成方法。
【請求項10】
前記輝度ベクトルは、前記複数の照明条件における前記照明光束の方位角の大きさ順にベクトル要素が配列されており、
前記学習済みモデルは、前記輝度ベクトルを時系列順に要素が配列された時系列データとして入力を受け付けるリカレントニューラルネットワーク層を備えることを特徴とする請求項またはに記載の学習済みモデル生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、結晶方位を解析する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
多結晶材料の特性を評価するため、試料表面に露出する多数の結晶粒の位置、形状および結晶方位を測定してマップ化した結晶方位マップが作成されることがある。結晶方位は、X線や電子線を用いて測定することができ、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて電子後方散乱回折(EBSD)像を測定する手法が一般的に知られている。その他、試料を様々な角度に傾斜または回転させてSEM画像を取得することにより、結晶方位をマッピングする手法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表2017-504032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
X線や電子線を用いて結晶方位を特定するためには、真空環境下で試料を測定する必要があるために測定に時間がかかる。また、寸法の大きい試料を切断せずにそのまま測定するためには、大型の真空チャンバ等を備える装置が必要となる。
【0005】
本開示はこうした課題に鑑みてなされたものであり、その例示的な目的の一つは、多結晶材料の結晶方位をより簡便に解析するための技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示のある態様の結晶方位解析装置は、試料の表面に対して特定の入射角および方位角を有する照明光束を照射するよう構成され、照明光束の方位角が可変となるよう構成される照明装置と、照明光束の方位角が異なる複数の照明条件において試料の表面を撮像し、複数の照明条件のそれぞれにおいて試料の表面を撮像した複数の輝度画像を生成する撮像装置と、複数の輝度画像を用いて、試料の表面における結晶粒の分布および結晶方位を推定する計算装置と、を備える。
【0007】
本開示の別の態様は、結晶方位解析方法である。この方法は、試料の表面に対して特定の入射角および方位角を有する照明光束であって方位角が可変となる照明光束を試料の表面に照射し、照明光束の方位角が異なる複数の照明条件のそれぞれにおいて試料の表面を撮像した複数の輝度画像を取得するステップと、複数の輝度画像の各画素の輝度値をベクトル要素とし、複数の照明条件の条件数に対応した次元数を有する輝度ベクトルを画素ごとに算出するステップと、輝度ベクトルをクラスタリングすることにより、試料の表面における結晶粒の分布を推定するステップと、輝度ベクトルを入力とし、結晶方位を出力とする教師データを用いて機械学習させた学習済みモデルを用いて、試料の表面における結晶粒の結晶方位を推定するステップと、を備える。
【0008】
本開示のさらに別の態様は、学習済みモデル生成方法である。この方法は、試料の表面に露出する結晶粒についてX線または電子線を用いて特定された結晶方位を示すデータを取得するステップと、結晶粒の表面に対して特定の入射角および方位角を有する照明光束を照射したときに測定された結晶粒の表面の輝度値であって、照明光束の方位角が異なる複数の照明条件のそれぞれにおいて測定された複数の輝度値を示すデータを取得するステップと、複数の輝度値をベクトル要素とする輝度ベクトルを入力とし、結晶方位を示す回転クォータニオンを出力とする教師データを用いて、輝度ベクトルを入力として結晶方位の推定値を出力する学習済みモデルをコンピュータに構築させるステップと、を備える。
【0009】
なお、以上の構成要素の任意の組み合わせや、本開示の構成要素や表現を方法、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、多結晶材料の結晶方位をより簡便に解析できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】結晶方位解析の対象となる多結晶シリコン基板を撮像した画像である。
図2】回転クォータニオンによる3次元回転の記述を説明するための図である。
図3】実施の形態に係る結晶方位解析装置の構成を概略的に示す側面図である。
図4図3の測定装置の構成を概略的に示す上面図である。
図5】測定装置を用いて取得される複数の輝度画像の一例を示す図である。
図6】実施の形態に係る計算装置の機能構成を概略的に示すブロック図である。
図7】輝度ベクトルの一例を示すグラフである。
図8図8(a)~(d)は、結晶粒の分布を推定する方法を模式的に示す図である。
図9】結晶方位を推定する学習済みモデルのネットワーク構造を模式的に示す図である。
図10】損失関数に用いる誤差回転クォータニオンを説明するための図である。
図11】実施の形態に係る結晶方位の推定結果を示すグラフである。
図12】実施の形態に係る結晶方位解析方法の流れを示すフローチャートである。
図13】実施の形態に係る学習済みモデル生成方法の流れを示すフローチャートである。
図14】結晶粒の位置に応じた結晶方位の補正方法を説明するための図である。
図15】照明装置に対する相対位置に応じた照明条件の補正を説明するための図である。
図16】照明装置に対する相対位置に応じた照明条件の補正を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
まず、本開示の概要を説明する。本開示は、多結晶材料の結晶方位を解析する技術に関する。多結晶材料の一例として、太陽電池用の多結晶シリコン基板が挙げられる。図1は、結晶方位解析の対象となる多結晶シリコン基板を撮像した画像である。図示されるように、多結晶シリコン基板の表面には多数の結晶粒が露出しており、各結晶粒の形状や大きさは様々であり、各結晶粒の結晶方位も様々である。このような結晶粒の分布および結晶方位は、太陽電池の品質に大きな影響を与えることが知られている。そのため、太陽電池の品質向上には結晶粒の分布および結晶方位を把握することが求められる。
【0013】
結晶方位を測定する方法として、X線や電子線を用いる方法が知られており、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて電子後方散乱回折(EBSD)像を測定する手法が一般的に用いられる。多結晶材料に含まれる多数の結晶粒を測定する場合、試料表面上の多数の測定点に対して個別に電子線を照射することで試料表面上の各測定点におけるEMSD像を取得し、各測定点の結晶方位を求めた上で、結晶粒の分布を特定しなければならない。太陽電池用の多結晶シリコン基板の場合、例えば150mm×150mm程度の基板面積を有し、非常に多数(例えば、数千以上または数万以上)の結晶粒が存在するため、基板表面の全体にわたって結晶粒を測定するには膨大な時間が必要となってしまう。このような大面積の多結晶基板の結晶方位分布を簡易的かつ網羅的に測定できる手法が求められる。
【0014】
本開示では、試料の表面を光学的に撮像した輝度画像を取得し、画像解析技術を用いて試料の表面に露出する結晶粒の分布を推定する。このとき、試料の表面に対して特定の方位角の照明光束を照射するようにし、照明光束の方位角を変化させながら試料表面の輝度画像を撮像することで、照明光束の方位角と各結晶粒の結晶方位の関係性に起因した試料表面の輝度変化を捉える。太陽電池用の多結晶シリコン基板の場合、基板表面には太陽光の反射を防止するためのテクスチャ構造が形成されており、通常、結晶異方性エッチングを利用したピラミッド型のテクスチャ構造が形成されている。このようなテクスチャ構造の面方位は、各結晶粒の結晶方位を反映しているため、特定の方位角から入射する照明光束に対する反射特性が結晶方位に応じて異なる。本開示では、照明光束の方位角の変化に起因する試料表面の輝度変化と結晶粒の結晶方位とが相関することを利用して、試料表面の輝度画像から各結晶粒の結晶方位を推定する。
【0015】
本開示では、さらに、照明光束の方位角の変化に起因する試料表面の輝度変化と、結晶粒の結晶方位との関係性を機械学習させた学習済みモデルを用いて、各結晶粒の結晶方位を推定する。このとき、結晶方位を一般的なミラー指数を用いて定義するのではなく、回転クォータニオンを用いて定義する。回転クォータニオンは、3次元コンピュータグラフィックス(3DCG)などの分野で三次元空間での物体の姿勢を定義するために利用されている。回転クォータニオンは、三次元空間での物体の任意の回転を定義できる。例えば、任意の方向ベクトルu(u,u,u)を回転軸とする角度ωの回転は、式(1)で示される回転クォータニオンQにより表すことができる。
【数1】
【0016】
回転クォータニオンQは、Q=w+xi+yj+zkの式で表され、4個の実数(w,x,y,z)を用いて表されることから四元数とも呼ばれる。回転クォータニオンQは、特に大きさ(ノルム)が1となるように定められており、回転軸となる方向ベクトルuが単位ベクトル(つまり、|u|=1)となるように定められる。
【0017】
図2は、回転クォータニオンによる3次元回転の記述を説明するための図である。図2は、ベクトルt(t,t,t)と、基準となる方向ベクトルs(0,0,1)と、ベクトルsからベクトルtへの回転に対応する回転軸ベクトルu(u,u,u)および回転角ωを示している。図2におけるベクトルsからベクトルtへの回転は、回転クォータニオンQ(w,x,y,z)を用いて表すことができる。具体的には、ベクトルtに対応するクォータニオンT(0,t,t,t)およびベクトルsに対応するクォータニオンS(0,0,0,1)について、T=QSQの関係が成立する。ここで、Qは、回転クォータニオンQの共役であり、Q=w-xi-yj-zkである。また、w=cos(ω/2)、x=sin(ω/2)・u、y=sin(ω/2)・u、z=sin(ω/2)・uの関係にある。回転クォータニオンQによる回転操作では、QおよびQを乗算する。このとき、回転角ωの半分(ω/2)が回転クォータニオンQの角度成分となる。
【0018】
図2のベクトルtは、ベクトルsを回転クォータニオンQに基づいて回転させたものであるため、基準となる方向ベクトルsを固定すれば、回転クォータニオンQを用いてベクトルtを定義できる。結晶方位は3次元回転に対応していることから、本開示では、回転クォータニオンQを用いて結晶方位を定義する。回転クォータニオンQを用いる場合、4個の実数(w,x,y,z)が定義に必要なパラメータとなる。回転クォータニオンを用いることで、機械学習に用いる損失関数の定義および計算が容易となり、機械学習の精度を高めることができる。
【0019】
以下、図面を参照しながら、本開示を実施するための形態について詳細に説明する。なお、説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を適宜省略する。
【0020】
図3は、実施の形態に係る結晶方位解析装置10の構成を概略的に示す側面図である。結晶方位解析装置10は、測定装置12と、計算装置14とを備える。測定装置12は、結晶方位解析の対象となる試料18を測定し、解析に必要なデータを計算装置14に送信する。計算装置14は、測定装置12から取得するデータに基づいて、試料18の表面に露出する結晶粒の分布および結晶方位を推定する。計算装置14は、例えばケーブル16を介して測定装置12と接続されている。
【0021】
図面において、試料18の表面に沿う方向をx方向およびy方向とし、試料18の表面に直交する方向をz方向としている。
【0022】
測定装置12は、ステージ20と、撮像装置22と、照明装置24と、アーム26と、レール28とを備える。ステージ20は、試料18を支持するよう構成される。撮像装置22は、ステージ20の真上に配置され、ステージ20の上に配置される試料18の表面を撮像するよう構成される。撮像装置22は、例えば、試料18の表面の輝度を計測するための2次元輝度計である。撮像装置22は、試料18の表面の輝度分布に基づく輝度画像を生成する。撮像装置22は、試料18(またはステージ20)の中心Oにおいて、試料18(またはステージ20)の表面と直交する(つまり、z方向に延びる)撮像軸32を有する。
【0023】
照明装置24は、ステージ20の上に配置される試料18の表面に向けて照明光束36を照射するよう構成される。照明装置24は、試料18の表面に対して斜めに照明光束36を照射するよう構成される。照明光束36は、特定の入射角θを有し、照明軸34に沿って試料18の表面に斜めに入射する。照明光束36の入射角θは、z軸に対する傾斜角として定義される。照明装置24は、高さ方向(z方向)に円弧状に延びるアーム26に固定されている。照明装置24は、アーム26に沿って高さ位置を変えることで、照明軸34の角度θが可変となるよう構成されてもよい。照明光束36の入射角θは、例えば15°~75°の範囲で設定される。照明光束36の入射角θは、例えば30°、45°、60°などである。
【0024】
図4は、図3の測定装置12の構成を概略的に示す上面図である。図4では、分かりやすさのために撮像装置22を省略している。照明装置24は、試料18の表面に対して特定の方位角φを有する照明光束36を照射するよう構成される。照明光束36の方位角φは、z軸まわりの回転角として定義される。照明装置24は、照明光束36の方位角φが可変となるように構成される。ステージ20の周囲にはリング状のレール28が設けられ、照明装置24を支持するアーム26がレール28に沿って移動可能となるよう構成される。照明装置24は、矢印Rで示されるようにステージ20の周囲を周方向に移動することにより、試料18(またはステージ20)に対する照明軸34の方位角φを変化させる。図4では、特定の方位角φaの照明軸34aに沿って照明光束36aを照射する位置に配置される照明装置24aおよびアーム26aを点線で示している。照明装置24は、ステージ20の周囲の全周にわたって、つまり、方位角φが0°~360°となる範囲にわたって移動可能となるよう構成される。
【0025】
なお、照明装置24の構成は図示されるものに限られず、試料18(またはステージ20)の中心Oに対して照明装置24を周方向に移動させることのできる任意の機構を用いることができる。例えば、ステージ20の中心Oに設けられる回転軸から径方向に延びるアームに照明装置24を固定し、アームを中心Oに対して回転させることにより照明装置24を周方向に移動させてもよい。また、異なる方位角φのそれぞれの位置に照明装置を配置し、複数の照明装置の点灯を切り替えることで、異なる方位角φの照明光束が生成されるように構成されてもよい。その他、照明装置24の位置を固定し、ステージ20と撮像装置22がステージ20の中心Oに対して回転するよう構成されてもよい。
【0026】
照明装置24は、試料18の表面に対して平行光束を照射するよう構成される。すなわち、照明装置24は、照明光束36が特定の入射角θおよび方位角φのみを有するように構成されることが好ましい。これにより、試料18の表面の全体に対して特定の入射角θおよび方位角φの照明光束36を照射できる。例えば、照明装置24から出射される全光束のうち、特定の入射角θおよび方位角φを有する光束の割合が90%以上または95%以上であることが好ましい。
【0027】
つづいて、測定装置12の動作について説明する。照明装置24は、レール28に沿って周方向に移動しながら照明光束36を試料18の表面に照射することにより、試料18の表面に入射する照明光束36の方位角φを変化させる。撮像装置22は、特定の入射角θおよび方位角φを有する照明光束36が照射された試料18の表面を撮像し、試料18の表面の輝度画像を生成する。撮像装置22は、照明光束36の方位角φが異なる複数の照明条件のそれぞれにおいて試料18の表面を撮像し、複数の照明条件に対応する複数の輝度画像を生成する。測定装置12は、照明光束36の方位角φを0°~360°の範囲にわたって所定の角度Δφ(例えば10°)ごとに変化させながら試料18の表面を撮像することで、n枚(例えば36枚)の輝度画像を生成する。
【0028】
図5は、測定装置12を用いて取得される複数の輝度画像30の一例を示す図であり、図1に示した多結晶シリコン基板を撮像した輝度画像を示す。図5では、分かりやすさのために基板表面の一部領域を拡大した画像を示す。試料となる多結晶シリコン基板の表面には、水酸化カリウム(KOH)などのアルカリ溶液を用いた結晶異方性エッチングによってピラミッド型のテクスチャ構造が形成されている。ピラミッド形状を構成する面は、各結晶粒の{111}面の方位におおよそ向いている。そのため、ピラミッド形状を構成する面の向きは、各結晶粒の結晶方位に応じて異なる。
【0029】
左側の輝度画像30_1は、照明光束36の方位角φを0°とした照明条件で撮像したものである。中央の輝度画像30_iは、照明光束の方位角φをi×10°(iは、1以上(n-2)以下の整数)とした照明条件で撮像したものである。右側の輝度画像30_nは、照明光束の方位角φを350°とした照明条件で撮像したものである。試料18の表面に対して撮像装置22の位置を固定して撮像しているため、複数の輝度画像30のそれぞれにおける各結晶粒の位置や形状は同じである。しかしながら、複数の輝度画像30のそれぞれにおける各結晶粒の輝度値は、照明条件に応じて異なっている。また、特定の結晶粒が明るく見える照明条件と暗く見える照明条件は、各結晶粒について異なっている。これは、各結晶粒の結晶方位に応じて、基板表面のテクスチャ構造を構成するピラミッド面の向きが異なることに起因する。
【0030】
測定装置12は、図5に示されるような複数の輝度画像30を計算装置14に送信する。測定装置12は、複数の輝度画像30のそれぞれに対応する照明条件に関する情報を計算装置14に送信してもよく、例えば、照明光束36の入射角θや方位角φに関する情報を計算装置14に送信してもよい。計算装置14は、複数の輝度画像30に基づいて、試料18の表面に露出する結晶粒の分布および結晶方位を推定する。
【0031】
図6は、実施の形態に係る計算装置14の機能構成を概略的に示すブロック図である。計算装置14は、データ取得部40と、輝度ベクトル算出部42と、結晶粒分布推定部44と、結晶方位推定部46と、学習済みモデル記憶部48とを備える。
【0032】
図示する各機能ブロックは、ハードウェア的には、コンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や機械装置で実現でき、ソフトウェア的にはコンピュータプログラム等によって実現されるが、ここでは、それらの連携によって実現される機能ブロックとして描いている。したがって、これらの機能ブロックはハードウェア、ソフトウェアの組み合わせによっていろいろなかたちで実現できることは、当業者には理解されるところである。
【0033】
データ取得部40は、測定装置12から結晶方位の解析に必要なデータを取得する。データ取得部40は、測定装置12が生成した複数の輝度画像30と、複数の輝度画像30のそれぞれに対応する照明条件(例えば、照明光束36の入射角θや方位角φ)に関する情報とを取得する。
【0034】
輝度ベクトル算出部42は、データ取得部40により取得された複数の輝度画像30から「輝度ベクトル」を算出する。ここで「輝度ベクトル」とは、複数の輝度画像30の各画素の輝度値をベクトル要素とし、複数の照明条件の条件数に対応した次元数を有するベクトルデータまたは配列データのことをいう。例えば、照明光束36の方位角φを10°ずつ変化させた36枚の輝度画像30を用いる場合、輝度ベクトルの次元数は36次元である。輝度ベクトルは、輝度画像30の画素ごとに生成され、例えば、輝度画像30の各画素の画素値が36次元のベクトルデータで表されるように生成される。
【0035】
輝度ベクトルIは、I(I,I,・・・,I,・・・,I)のように表すことができる。輝度ベクトルの第1要素Iは、第1の照明条件で撮像された輝度画像30_1の特定の画素の輝度値に相当する。輝度ベクトルの第i要素Iは、第iの照明条件で撮像された輝度画像30_iの特定の画素の輝度値に相当する。輝度ベクトルの第n要素は、第nの照明条件で撮像された輝度画像30_nの特定の画素の輝度値に相当する。
【0036】
輝度ベクトルIの各ベクトル要素I~Iの輝度値は、所定の正規化処理がなされた正規化輝度値であってもよい。例えば、試料18の表面における照明光束36の照度分布が均一ではない場合、照度分布の不均一性を補正するように各画素の輝度値が正規化されてもよい。例えば、ステージ20に白色板を配置して撮像したときの各画素の輝度値を基準として、各画素の位置に対応する照度分布のばらつきが補正されてもよい。また、照明光束36の方位角φを変化させたときの照度分布のばらつきが補正されてもよい。例えば、ステージ20に白色板を配置して方位角φを変化させながら撮像したときの各照明条件における輝度値を基準として、照明条件の違いによる照度のばらつきが補正されてもよい。
【0037】
図7は、輝度ベクトルの一例を示すグラフである。グラフの縦軸は正規化された輝度値であり、グラフの横軸は輝度ベクトルの次元に対応する照明光束36の方位角φの大きさである。グラフのプロットは、異なる方位角φの照明光束36を用いて試料18の表面を撮像した輝度画像の画素値を正規化したものである。図示されるように、照明光束36の方位角φの大きさに応じて輝度値が大きく変化しており、図示される例では、方位角φが10°の位置と250°の位置に輝度値のピークが見られる。
【0038】
輝度ベクトル算出部42は、図7に示されるような輝度ベクトルを解析対象とする全ての画素について画素ごとに算出し、輝度画像30の各画素の画素値がベクトルデータで表された「ベクトル画像」を生成する。輝度ベクトル算出部42は、輝度画像30の全ての画素について輝度ベクトルを算出してもよく、輝度画像30の撮像範囲の全体に対応するベクトル画像を生成してもよい。輝度ベクトル算出部42は、輝度画像30のうち試料18の表面に対応する一部の画素について輝度ベクトルを算出してもよく、輝度画像30の撮像範囲の一部領域のみに対応するベクトル画像を生成してもよい。
【0039】
図6に戻り、結晶粒分布推定部44は、輝度ベクトル算出部42が算出した輝度ベクトルを用いて、試料18の表面に露出する結晶粒の分布を推定する。結晶粒分布推定部44は、輝度ベクトルの次元数(例えば36次元)を有する空間上にベクトル画像の各画素の輝度ベクトルをマッピングし、輝度ベクトルをクラスタリングする。このとき、同じクラスタに分類された複数の画素が位置する範囲を結晶粒とみなすことで、各結晶粒の境界(つまり、粒界)を画定し、結晶粒の分布を特定する。
【0040】
図8(a)~(d)は、結晶粒の分布を推定する方法を模式的に示す図である。図8(a)は、解析対象とする領域のベクトル画像60を模式的に示す。ベクトル画像60の各画素は、36次元の輝度ベクトルで表されている。図8(b)は、ベクトル画像60の各画素の輝度ベクトル61をマッピングした空間を模式的に示す。図8(b)では、説明の制約上、第1方位角の輝度値Iと第2方位角の輝度値Iの2次元のみを示しているが、実際には36次元となる。図8(c)は、輝度ベクトル61をクラスタリングする様子を模式的に示しており、輝度ベクトル61の値に基づいて3個のクラスタ62a,62b,62cに分類された様子を示している。図8(d)は、分類されたクラスタ62a~62cのそれぞれが占める領域をベクトル画像60に重畳したものである。図示されるように、各クラスタ62a~62cが占める領域が画定され、各クラスタに対応する結晶粒の位置および形状が特定される。
【0041】
結晶粒分布推定部44は、任意のクラスター分析手法を用いて結晶粒の分布を特定することができる。クラスター分析の具体的な手法として、例えば、混合ガウスモデルを用いたクラスター分析を適用でき、ディリクレ過程を事前分布とする無限混合ガウスモデルの変分推論によってクラスタリングすることで結晶粒分布を高精度に自動推定できる。具体的には、同一の結晶粒の輝度ベクトルが同一のガウス分布に従うと仮定し、ガウス分布のパラメータを推定するとともに、事前分布をディリクレ過程とすることでいくつのガウス分布で近似できるかを自動推定する。
【0042】
結晶粒分布推定部44は、結晶粒が占める領域に含まれる複数の画素に対応する複数の輝度ベクトルに基づいて、輝度ベクトルの代表値を算出してもよい。輝度ベクトルの代表値は、結晶方位推定部46が結晶方位を推定するための入力データとして用いられる。図8(d)に示したように、同じクラスタに分類される複数の輝度ベクトルの値にはばらつきがあるため、代表値を算出することで結晶方位の推定精度を高めることができる。代表値として、同じクラスタに分類される複数の輝度ベクトルの平均値、中央値、最頻値などを用いることができる。
【0043】
図6に戻り、結晶方位推定部46は、結晶粒分布推定部44により推定された各結晶粒について、結晶粒分布推定部44が算出した輝度ベクトルの代表値に基づいて結晶方位を推定する。結晶方位推定部46は、輝度ベクトルを入力とし、結晶方位を出力とする教師データを用いて機械学習させた学習済みモデルを用いて結晶方位を推定する。学習済みモデル記憶部48は、結晶方位を推定するために事前に機械学習された学習済みモデルを記憶している。結晶方位推定部46は、学習済みモデル記憶部48に記憶されたモデルを用いて結晶方位を推定する。
【0044】
図9は、結晶方位を推定する学習済みモデルのネットワーク構造70を模式的に示す図である。ネットワーク構造70は、入力層72と、中間層74と、出力層76とを備える。入力層72は、輝度ベクトルIを入力データとして受け付ける。中間層74は、三層構造となっており、リカレントニューラルネットワーク層(RNN層)74aと、第1全結合層74bと、第2全結合層74cとを有する。出力層76は、結晶方位を示す回転クォータニオンQを定める4個のパラメータq,q,q,qを出力データとして出力する。
【0045】
RNN層74aは、輝度ベクトルIを時系列データとして受け付けるよう構成されており、例えば、複数の長・短期記憶(LSTM)ユニットで構成される。RNN層74aは、輝度ベクトルIのベクトル要素を時系列順に要素が配列された時系列データとみなし、照明光束36の方位角φが段階的に変化していく過程を時間変化とみなして処理する。これにより、照明光束36の方位角φが連続的に変化することに起因して輝度値が連続的に変化するという物理現象について、方位角φの変化と輝度値の変化の相関性をより適切に機械学習することができる。
【0046】
ある実施例において、入力層72は、入力となる輝度ベクトルIに対応する1個のユニットを有する。出力層76は、出力となる4個のパラメータq,q,q,qに対応する4個のユニットを有する。ある実施例において、輝度ベクトルIの次元数が36次元であり、RNN層74aのLSTMユニットのユニット数は36であり、第1全結合層74bのユニット数は64であり、第2全結合層74cのユニット数は64である。なお、中間層74の階層構造は例示であり、階層数やユニット数は別の値であってもよい。
【0047】
つづいて、学習済みモデルの生成方法について説明する。まず、教師データとする入力データおよび正解データを取得する。入力データは、輝度ベクトルであり、上述の測定装置12を用いた測定により取得できる。正解データは、X線または電子線を用いて特定された結晶方位を示す回転クォータニオンである。例えば、測定装置12を用いて測定した試料18の表面に露出する結晶粒の結晶方位を公知の技術を用いて解析することにより、正解データとなる結晶方位を取得できる。
【0048】
機械学習の最適化に用いる損失関数は、結晶方位を示す回転クォータニオンQを利用して定義される。図10は、損失関数に用いる誤差回転クォータニオンを説明するための図である。図10において、第1回転クォータニオンQ(w,x,y,z,)は、正解となる結晶方位の真値に対応し、第2回転クォータニオンQ(w,x,y,z)は、モデルから出力される結晶方位の推定値に対応する。本開示では、第2回転クォータニオンQを第1回転クォータニオンQに補正するための回転を「誤差回転クォータニオンΔ」として定義し、誤差回転クォータニオンΔに基づいて損失関数を定義する。誤差回転クォータニオンΔは、式(2)で示される。
【数2】
【0049】
ここで、式(2)の角度成分(δ/2)は、第1回転クォータニオンQと第2回転クォータニオンQの間の角度差であり、式(1)における角度成分(ω/2)に相当する。式(2)の角度成分(δ/2)を2倍にした角度値δは、結晶方位の真値と推定値の角度差(方位差δともいう)に一致する。そこで、本開示では、方位差δを損失関数として用いる。
【0050】
式(2)で示される誤差回転クォータニオンΔは、結晶方位の真値に対応する第1回転クォータニオンQと、結晶方位の推定値に対応する第2回転クォータニオンQとを用いて簡単に算出できる。複数の回転操作を回転クォータニオンは、個々の回転操作を示す回転クォータニオンの積により表すことができる。したがって、誤差回転クォータニオンΔについて、Q=ΔQが成り立ち、Δ=Q/Qとなる。なお、回転クォータニオンQによる除算は、回転クォータニオンQの共役Qの乗算と同じであるため、誤差回転クォータニオンΔは、Δ=Q で表すことができる。したがって、誤差回転クォータニオンΔは、真値に対応する第1回転クォータニオンQと、推定値に対応する第2回転クォータニオンQの共役Q の積で求めることができ、計算負荷が小さい。損失関数として用いる方位差δは、誤差回転クォータニオンΔから単純な三角関数の計算で求まるため、計算負荷が小さい。また、方位差δを損失関数として用いることで、結晶方位を示すミラー指数の差を損失関数として用いる場合よりも学習精度を高めることができる。
【0051】
図11は、実施の形態に係る結晶方位の推定結果を示すグラフである。図11は、多結晶シリコン基板の表面に露出する千個の結晶粒について結晶方位を推定した結果を示す。グラフの縦軸は、結晶粒のカウント数であり、グラフの横軸は、結晶方位の真値と推定値の差を示す方位差δである。グラフは、各結晶粒について算出した結晶方位の方位差δの値を4°ごとに集計したヒストグラムである。方位差δの平均値は13.3°であり、方位差δの中央値は9.6°である。したがって、本実施の形態によれば、結晶粒の結晶方位を10°程度の誤差で簡易的に推定することができる。
【0052】
計算装置14は、結晶粒分布推定部44および結晶方位推定部46の推定結果に基づいて、試料18の表面における結晶粒の分布および結晶方位をマップ化した結晶方位マップを生成してもよい。結晶方位マップでは、各結晶粒が結晶方位に応じて色分けされて表示される。結晶方位マップで用いられる色分けは、例えば、ミラー指数の値に応じて定められる。
【0053】
図12は、実施の形態に係る結晶方位解析方法の流れを示すフローチャートである。まず、試料18に対する照明光束36の方位角φを変えながら試料表面を撮像した複数の輝度画像30を取得する(S10)。次に、複数の輝度画像30の各画素の輝度値を要素とし、照明光束の方位角の数に対応した次元数を有する輝度ベクトルを画素ごとに算出する(S12)。つづいて、算出した輝度ベクトルをクラスタリングして、試料表面の結晶粒分布を推定する(S14)。つづいて、輝度ベクトルを入力とし、結晶方位を出力とする教師データを用いて機械学習させた学習済みモデルを用いて、試料表面の結晶粒の結晶方位を推定する(S16)。
【0054】
図13は、実施の形態に係る学習済みモデル生成方法の流れを示すフローチャートである。まず、X線または電子線を用いて特定された試料表面の結晶粒の結晶方位を示すデータを取得する(S20)。次に、結晶粒に対する照明光束の方位角を変えながら結晶粒を照明したときに結晶粒の表面を測定した複数の輝度値を取得する(S22)。つづいて、複数の輝度値をベクトル要素とする輝度ベクトルを入力とし、結晶方位を示す回転クォータニオンを出力とする教師データを用いて、輝度ベクトルを入力として結晶方位の推定値を出力する学習済みモデルをコンピュータに構築させる(S24)。
【0055】
本実施の形態によれば、試料の表面を光学的に撮像した輝度画像を用いて試料の結晶方位を簡易的に解析できる。本実施の形態によれば、試料を真空チャンバ内に配置してX線や電子線を照射する必要がなく、大気中の測定のみで試料の結晶方位を解析できる。また、試料の表面全体を撮像した輝度画像を用いるため、試料の表面全体にわたってX線や電子線を走査して測定する必要がなく、測定にかかる時間を大幅に短縮できる。本実施の形態によれば、例えば、多結晶シリコン基板を用いて太陽電池を量産する製造ラインにおいて、多結晶シリコン基板の表面を全数検査することも容易となる。
【0056】
本実施の形態によれば、輝度画像を撮像する撮像装置の画素数を増やすことで、測定の空間分解能を容易に高めることができる。例えば、100万画素や1,000万画素程度の高精細な撮像素子を利用すれば、1mm以下の空間分解能を容易に得ることができる。その結果、より高精細な結晶方位マップを得ることができる。
【0057】
本実施の形態によれば、照明光束の方位角の変化と輝度値の変化の関係性を機械学習させることで推定精度を高めることができる。他の方法として、結晶異方性エッチングにより形成されるテクスチャ構造の面方位を理論的に計算し、特定の面方位に対して特定の方位角の照明光束を照射したときの輝度値を理論的にシミュレーションすることもできる。しかしながら、本発明者らの知見によれば、結晶異方性エッチング形成されるテクスチャ構造の面方位が理論値からずれることがあり、理論計算による推定値と実際値とがうまく一致しないことが分かっている。本実施の形態によれば、このような理論値からのずれが加味された機械学習が自動的になされるため、結晶方位の推定精度を高めることができる。
【0058】
以上、本開示を実施の形態にもとづいて説明した。本開示は上記実施の形態に限定されず、種々の設計変更が可能であり、様々な変形例が可能であること、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは、当業者に理解されるところである。
【0059】
ある実施の形態において、結晶方位推定部46は、学習済みモデルを用いて算出された結晶方位の値を補正してもよい。例えば、試料18の表面に露出する各結晶粒のx方向およびy方向の位置に応じて、各結晶粒の結晶方位の推定値を補正してもよい。
【0060】
図14は、結晶粒の位置に応じた結晶方位の補正方法を説明するための図であり、図3と同様の測定装置12を示している。撮像装置22が試料18の任意の点P(x,y)を撮像するとき、撮像装置22から点Pに向かう撮像方向38は、撮像装置22の撮像軸32に対して角度ψで傾斜している。そのため、撮像装置22により撮像される点Pの輝度値は、試料18の表面の法線方向の輝度ではなく、撮像軸32に対して角度ψで傾斜した撮像方向38の輝度となる。そのため、撮像装置22を用いて取得された点Pの輝度値に基づいて結晶方位を推定した場合、撮像方向38を基準とした結晶方位が推定されることになり、点Pの(x,y)座標に応じて結晶方位の推定値にずれが生じてしまう。点Pの(x,y)座標に応じて撮像方向38が異なるためである。
【0061】
そこで、撮像装置22に対する各結晶粒の相対位置に基づいて、各結晶粒の結晶方位の推定値を補正するようにしてもよい。補正処理は、例えば、結晶方位推定部46から出力される結晶方位を示す回転クォータニオンQに式(3)で示される補正回転クォータニオンΨを乗算すればよい。
【数3】
【0062】
補正回転クォータニオンΨは、撮像方向38から撮像軸32への回転操作を意味する。補正回転クォータニオンΨにて定義される角度ψは、撮像軸32と撮像方向38のなす角度であり、点Pの位置座標(x,y)と撮像装置22から試料18の表面までの距離Dにより表すことができる。また、補正回転クォータニオンΨにて定義されるベクトルn(n,n,n)は、撮像軸32と撮像方向38の双方に直交する単位ベクトルであり、点Pの位置座標(x,y)により表すことができる。
【0063】
上述の実施の形態では、照明光束の方位角を変化させて複数の輝度画像を撮像する場合について示した。別の実施の形態では、複数の照明条件として、照明光束の入射角を変化させてもよいし、照明光束の入射角と方位角の組み合わせを変化させてもよい。例えば、照明光束の入射角θを30°~60°の範囲で5°刻みに設定するとともに、照明光束の方位角φを0°~350°の範囲で10°刻みに設定することで、7×36枚の輝度画像を取得して結晶方位の推定に用いてもよい。
【0064】
別の実施の形態では、各結晶粒の輝度値を照明条件と対応付けた入力データを用いてもよい。例えば、学習済みモデルの入力層72に入力させるデータとして、輝度値Iと、照明光束の入射角θと、照明光束の方位角φとを対応付けた(I,θ,φ)の配列データを入力としてもよい。例えば、輝度ベクトルとして、n次元の(I,θ,φ)の配列データを含む行列データを入力に用いてもよい。
【0065】
上述の実施の形態では、試料18の表面全体に照明装置24から平行光束を照射する場合について説明した。別の実施の形態では、試料18の表面に対して平行化されていない照明光束を照射してもよい。この場合、試料18の表面の位置に応じて、照明装置24から照射される照明光束の入射角θおよび方位角φが異なってしまう。平行化されていない照明を用いる場合、照明装置に対する相対位置に応じた照明条件の違いを補正するようにしてもよい。
【0066】
図15および図16は、照明装置124に対する相対位置に応じた照明条件の補正を説明するための図である。図15は、上述の図3に対応し、図16は、上述の図4に対応する。測定装置112は、照明装置124を備える。照明装置124は、完全に平行化(コリメート)されていない照明光束136,137を試料18の表面に照射するよう構成される。図15および図16において、試料18の中心Oに照射される照明光束136の入射角はθであり、方位角はφである。一方、試料18の中心Oとは異なる点P(x,y)に照射される照明光束137の入射角はθ’であり、方位角はφ’である。照明装置124から中心Oまでの距離をLとすると、照明装置124の位置座標Sは、下記式(4)で表すことができる。また、照明装置124から点Pまでの距離をLとすると、照明装置124の位置座標Sは、下記式(5)で表すことができる。下記式(4)および(5)を連立することで、任意の点P(x,y)に入射する照明光束137の入射角θ’および方位角φ’を算出できる。
【数4】
【0067】
平行化されていない照明装置124を用いる場合、撮像装置22が撮像する輝度画像の画素の位置に応じて照明条件が異なる。その結果、複数の輝度画像の各画素の画素値から輝度ベクトルを画素ごとに生成した場合、輝度ベクトルの各次元に対応する照明条件が画素ごとに異なってしまう。特に、機械学習において入力データとして使用した輝度ベクトルの各次元に対応する照明条件からのずれが大きい場合、入力データの前提が異なるため、正しい推定結果が得られなくなってしまう。
【0068】
そこで、学習済みモデルの入力層72に入力させるデータとして、試料18の中心Oにおける照明条件に基づく配列データ(I,θ,φ)ではなく、画素の位置に応じて照明条件が補正された補正配列データ(I,θ’,φ’)を用いるようにしてもよい。入力データとして使用可能な入射角θおよび方位角φが5°刻みや10°刻みなどで離散的に設定されている場合、補正した入射角θ’および方位角φ’が離散的な数値と一致しないことが予想される。この場合、特定の入射角θおよび方位角φにおける輝度値Iを複数の補正配列データから補間処理により算出してもよい。例えば、特定の入射角θおよび方位角φに近い角度値を有する4点の配列データ(I,θ’,φ’)、(I,θ’,φ’)、(I,θ’,φ’)、(I,θ’,φ’)から補間処理によって(I,θ,φ)を求めてもよい。補間処理は、2点や3点のみを用いてもよいし、線形補間やスプライン補間などの任意の補間方法を用いてもよい。入力データの補正処理および補間処理は、輝度画像の全画素に対する輝度ベクトルに対して実行してもよいし、各結晶粒に対応する輝度ベクトルの代表値に対してのみ実行してもよい。
【0069】
その他、学習済みモデルの入力層72に入力させるデータとして、試料18の表面の位置座標(x,y)をパラメータに追加してもよい。つまり、入力データとして(I,θ,φ,x,y)の配列データを用いてもよい。
【0070】
上述の実施の形態では、クラスタリングにより結晶粒の境界を特定することとしたが、別の実施の形態では、クラスタリング処理を省略してもよく、結晶粒の境界が特定されなくてもよい。この場合、撮像装置22が撮像する輝度画像の各画素について個別に結晶方位を推定してもよい。
【0071】
上述の実施の形態では、多結晶シリコン基板を例示したが、本開示は任意の多結晶材料または単結晶材料の表面の結晶方位解析に適用できる。
【符号の説明】
【0072】
10…結晶方位解析装置、12…測定装置、14…計算装置、18…試料、22…撮像装置、24…照明装置、36…照明光束、42…輝度ベクトル算出部、44…結晶粒分布推定部、46…結晶方位推定部、48…学習済みモデル記憶部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16