(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-25
(45)【発行日】2023-10-03
(54)【発明の名称】複合合金の製造方法及び電極の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/38 20060101AFI20230926BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20230926BHJP
【FI】
H01M4/38 A
H01M4/36 D
(21)【出願番号】P 2020182676
(22)【出願日】2020-10-30
【審査請求日】2022-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【氏名又は名称】山本 典輝
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【氏名又は名称】岸本 達人
(72)【発明者】
【氏名】陶山 博司
(72)【発明者】
【氏名】近 真紀雄
(72)【発明者】
【氏名】澤田 直孝
【審査官】井原 純
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-207466(JP,A)
【文献】特開2016-207467(JP,A)
【文献】特開2002-309328(JP,A)
【文献】特開平11-144728(JP,A)
【文献】特開平05-062672(JP,A)
【文献】特開平11-256201(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/38
H01M 4/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ蓄電池用電極に用いる複合合金の製造方法であって、
BCC構造を有しTi及びCrを含む水素吸蔵合金粉末を作製する粉末作製工程と、
前記粉末作製工程において作製された前記水素吸蔵合金粉末に酸を適用するエッチング工程と、
置換めっき法を用いて前記エッチング工程を経た前記水素吸蔵合金粉末の表面をPdで被覆するPd被膜形成工程と、
Pd被膜が形成された前記水素吸蔵合金粉末を500℃以下の温度で加熱する熱処理工程と、を備え、
前記Pd被膜形成工程において前記複合合金のPd元素重量比が0.47%以上となる条件で前記水素吸蔵合金粉末を前記Pdで被覆する、
複合合金の製造方法。
【請求項2】
前記Pd被膜形成工程において、前記複合合金の比表面積に対するPd元素重量比の割合が0.22g/m
2以上となる条件で前記水素吸蔵合金粉末を前記Pdで被覆する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記水素吸蔵合金はTi及びCrを含みかつ実質的に他の元素を含まないものである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法により製造された複合合金を用いて電極を作製する工程を備え、
前記電極の充電電圧と放電電圧との電圧差が0.45V以下である、
アルカリ蓄電池用電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願はアルカリ蓄電池用の電極に用いる複合合金の製造方法、及びアルカリ蓄電池用電極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルカリ蓄電池用の電極には、水素吸蔵合金にPd等の触媒相が形成された複合合金が用いられている。水素吸蔵合金自体では充放電活性が得られないためである。
【0003】
例えば、特許文献1はBCC構造のTi、Cr及びVからなる水素吸蔵合金粉末の表面に、スパッタリング法を用いてPdを被覆し、その後、水素吸蔵合金粉末を628℃以上735℃以下の温度で熱処理することにより、複合合金を得ることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の水素吸蔵合金粉末はVを含む3元素系材料である。そのため、当該水素吸蔵合金粉末から得られた複合合金をアルカリ蓄電池に適用した場合に、電解液中にVが溶出し、電池性能が不安定になる問題がある。Vを用いないTi及びCrからなる2元素系の水素吸蔵合金粉末を用いた場合、628℃以上735℃以下の温度で熱処理をすると、水素吸蔵合金粉末のBCC構造が崩壊してしまい、十分な放電容量が得られない。また、特許文献1では、Pdを被覆する方法にスパッタリングを用いている。スパッタリングは真空環境で行われるため、量産化時に高コスト化しやすい。そのため、複合合金の生産面において改善の余地がある。
【0006】
そこで、本開示の主な目的は、上記実情を鑑み、製造コストを抑制しつつ、高い放電容量を有する複合合金の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示は、上記課題を解決するための一つの手段として、アルカリ蓄電池用電極に用いる複合合金の製造方法であって、BCC構造を有しTi及びCrを含む水素吸蔵合金粉末を作製する粉末作製工程と、粉末作製工程において作製された水素吸蔵合金粉末に酸を適用するエッチング工程と、置換めっき法を用いてエッチング工程を経た水素吸蔵合金粉末の表面をPdで被覆するPd被膜形成工程と、Pd被膜が形成された水素吸蔵合金粉末を500℃以下の温度で加熱する熱処理工程と、を備え、Pd被膜形成工程において複合合金のPd元素重量比が0.47%以上となる条件で水素吸蔵合金粉末をPdで被覆する、複合合金の製造方法を提供する。
【0008】
上記Pd被膜形成工程において、複合合金の比表面積に対するPd元素重量比の割合が0.22g/m2以上となる条件で水素吸蔵合金粉末をPdで被覆してもよい。また、水素吸蔵合金はTi及びCrを含みかつ実質的に他の元素を含まないものであってもよい。
【0009】
また、本開示は、上記課題を解決するための一つの手段として、上記製造方法により製造された複合合金を用いて電極を作製する工程を備え、電極の充電電圧と放電電圧との電圧差が0.45以下である、アルカリ蓄電池用電極の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本開示の複合合金の製造方法は、Ti及びCrを含む水素吸蔵合金粉末を用いている。このような水素吸蔵合金粉末により製造された複合合金をアルカリ蓄電池の電極に適用した場合、水素吸蔵合金粉末中のTi及びCrは電解液であるアルカリ溶液に溶出し難いため、電池性能が不安定になることが抑制される。また、Pd被膜の形成に置換めっき法を用いることにより、スパッタリング法に比べて製造コストを抑制することができる。さらにPd被膜が形成された水素吸蔵合金粉末の熱処理温度を500℃以下にすることにより、Pdを含む触媒相を形成しつつ、母材の結晶構造をBCC構造に維持することができる。そして、Pd被膜形成工程において、複合合金のPd元素重量比が0.47%以上となる条件で水素吸蔵合金粉末をPdで被覆することにより、製造される複合合金の放電容量を向上することができる。
【0011】
本開示のアルカリ蓄電池用電極の製造方法によれば、電極の充電電圧と放電電圧との電圧差が0.45V以下であるため、容量の利用率が高く、安定した充放電特性を備えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図3】実施例における複合合金のPd元素重量比を示す図である。
【
図4】実施例における複合合金のPd元素重量比/比表面積を示す図である。
【
図5】実施例における負極の電圧差を示す図である。
【
図6】実施例5の5サイクル目までの充放電曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[複合合金の製造方法]
本開示の複合合金の製造方法について、一実施形態である複合合金の製造方法10(以下、「製造方法10」ということがある。)を用いて説明する。
図1に製造方法10のフローチャートを示した。
【0014】
製造方法10は、アルカリ蓄電池用電極に用いる複合合金の製造方法であって、次の工程を備えている。すなわち、製造方法10は、粉末作製工程S1と、エッチング工程S2と、Pd被膜形成工程S3と、熱処理工程S4と、を備えている。また、製造方法10は洗浄工程S2aを備えていてもよい。ここで、熱処理工程S4以外の工程は大気雰囲気中で行ってもよく、Ar等の不活性ガス雰囲気中(グローブボックス)で行ってもよいが、酸素との接触により水素吸蔵合金粉末に不動態が形成し得るため、不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましい。
以下、各工程につて説明する。
【0015】
<粉末作製工程S1>
粉末作製工程S1は、BCC構造を有しTi及びCrを含む水素吸蔵合金粉末を作製する工程である。このような水素吸蔵合金粉末により製造された複合合金をアルカリ蓄電池の電極に適用した場合、複合合金の母材に含まれるTi及びCrは電解液であるアルカリ溶液に溶出し難いため、電池性能が不安定になることが抑制される。
【0016】
粉末作製工程S1は、このような水素吸蔵合金粉末を作製可能であれば良く、その形態は特に限定されない。例えば、ガスアトマイズ法やロール急冷法等の金属溶湯を急冷する方法によって作製することができる。
【0017】
粉末作製工程S1によって作製される水素吸蔵合金粉末の結晶構造はBCC構造である。結晶構造がBCC構造であることにより、触媒相を形成することを条件に、高い充放電活性を得ることができる。
【0018】
水素吸蔵合金粉末は、BCC構造を維持することができれば、Ti及びCr以外の元素が含まれていてもよい。例えば、水素吸蔵合金粉末の組成にMo等の元素が含まれていてもよい。
【0019】
あるいは、水素吸蔵合金粉末は、Ti及びCrを含みかつ実質的に他の元素を含まないものであってもよい。また、水素吸蔵合金粉末はTi及びCrからなるものであってもよい。具体的には、純粋なTiCr合金である。Ti及びCrは電解液であるアルカリ溶液に溶出し難いため、このような水素吸蔵合金粉末を用いることにより電池性能が不安定になることがさらに抑制されるためである。
【0020】
ここで「実質的に他の元素を含まない」とは、製造上の誤差等を許容するものであり、Ti及びCr以外の元素が含まれていたとしても、その影響を無視できる程度の極微量であれば許容されることを意味する。具体的には、水素吸蔵合金粉末におけるTi及びCrの合計の含有量が99.9at%以上である。好ましくは99.95at%以上であり、より好ましくは99.97at%以上である。
【0021】
Ti及びCrの組成比は、水素吸蔵合金粉末の結晶構造の準安定相がBCC構造となる組成比であることが好ましい。BCC構造となることで高い水素吸放出容量を実現できるからである。比較的入手が容易なTiとCrで高い水素吸放出容量を実現できるTiCr合金は、資源リスク・容量あたりの材料コストの面で有利である。TiとCrはどの比率でも準安定相はBCC構造であるため、Ti及びCrの比率は特に限定されない。ただし、負極活物質として用いる場合には、水素平衡圧の観点から、組成比がTi:Cr=30:70~70:30(at%)の範囲であることが好ましく、Ti:Cr=40:60~60:40(at%)の範囲であることがより好ましい。
【0022】
水素吸蔵合金粉末の粒径は特に限定されず、所望の電池性能に合わせて適宜設定する。例えば、粒径範囲としては、1μm~1000μmの範囲で適宜設定することができる。所望の粒径範囲となるように、篩を用いて調整したり、粉砕処理をして調整したりしてもよい。
【0023】
<エッチング工程S2>
エッチング工程S2は、粉末作製工程S1の後に行われる。エッチング工程S2は、粉末作製工程S1において作製された水素吸蔵合金粉末に酸を適用する工程である。エッチング工程S2は、Pd被膜形成工程S3の前処理であり、水素吸蔵合金粉末の表面に存在する不動態膜を除去するために行うものである。
【0024】
水素吸蔵合金粉末に酸を適用する方法は特に限定されず、表面の不動態膜を除去することができればよい。例えば、酸溶液に水素吸蔵合金粉末を浸漬する方法が挙げられる。酸溶液としては、上記の不動態膜を除去することができれば、有機酸溶液であっても、無機酸溶液であってもよい。例えば、酸溶液は、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸等のハロゲン化水素の酸であってもよい。酸溶液は、次亜塩素酸、亜塩素酸、塩素酸、過塩素酸、次亜臭素酸、亜臭素酸、臭素酸、過臭素酸、次亜ヨウ素酸、ヨウ素酸、過ヨウ素酸等のハロゲンオキソ酸であってもよい。酸溶液は、硝酸、リン酸、フルオロスルホン酸、テトラフルオロホウ酸、ヘキサフルオロリン酸、ホウ酸であってもよい。酸溶液は、メタンスルホン酸等のスルホン酸であってもよい。酸溶液は、ギ酸、酢酸等のカルボン酸であってもよい。不動態膜除去の観点から、酸溶液として硫酸水溶液を用いることが好ましい。
【0025】
酸溶液に水素吸蔵合金粉末を浸漬する時間は特に限定されないが、10分以上浸漬すればよい。不動態膜を確実に除去する観点から、30分以上が好ましい。浸漬時間の上限は特に限定されないが、例えば180分以下、好ましくは120分以下とすることができる。酸溶液は、不動態膜の除去を効率的に行う観点から、加熱された状態で用いることが好ましい。例えば、40℃以上、好ましくは60℃以上の温度の酸溶液を用いることが好ましい。酸溶液の温度の上限は特に限定されないが、例えば、酸溶液を100℃以下で用いることが好ましい。加熱方法は特に限定されないが、ホットプレートを用いることが好ましい。
【0026】
酸溶液の濃度は不動態膜の除去が可能な濃度であれば特に限定されない。濃度は酸の種類によって異なるためである。例えば、硫酸水溶液を用いる場合、濃度を0.1~0.5mol/Lとすることが好ましい。また、溶液中の酸素による再不動態化を抑制するために、不活性ガス(N2ガス、Arガス等)をバブリングして、溶液中の酸素を取り除いた酸溶液を用いることが好ましい。水素吸蔵合金粉末の不動態膜は酸化被膜であり、酸素との反応によって形成するためである。バブリング時間は、例えば5~30分程度とする。
【0027】
[洗浄工程S2a]
洗浄工程S2aは任意の工程であり、エッチング工程S2とPd被膜形成工程S3との間で行われる。洗浄工程S2aはエッチング工程S2後の水素吸蔵合金粉末に付着している酸を洗浄する工程である。洗浄は、例えば水を用いることができる。再不動態化を抑制する観点から、不活性化ガスでバブリングした水を用いることが好ましい。バブリング時間は、エッチング工程S2のバブリング時間と同様の範囲とすることができる。洗浄後、水素吸蔵合金粉末を乾燥させる。乾燥は室温で行ってもよいが、加熱してもよい。例えば、80℃程度に加熱することができる。
【0028】
<Pd被膜形成工程S3>
Pd被膜形成工程S3は、エッチング工程S2の後又は洗浄工程S2aに行われる。Pd被膜形成工程S3は、置換めっき法を用いて、エッチング工程S2又は洗浄工程S2aを経た水素吸蔵合金粉末の表面をPdで被覆する工程である。
【0029】
一般的に、水素吸蔵合金粉末へのPd被膜の形成はスパッタリング法といった真空系の処理により行われてきていた。しかしながら、このような方法では生産コストが高くなり、量産化に不向きであった。湿式法である電解めっき法を用いて、Pd被膜を形成することも考えられるが、電解めっき法は微粉末への適用が難しい。そのため、Pd被膜形成方法としては、無電解めっき法又は置換めっき法を用いることが挙げられる。ここで、水素吸蔵合金粉末の表面は、母材に含まれるTiと大気中の酸素との反応性が高いため、酸化しやすく、通常表面に不動態が形成されている。そのため、めっきの直前又は同時並行に水素吸蔵合金粉末の表面に酸を適用して不動態を除去して活性化してから、Pd被膜を形成する必要がある。また、活性化後、大気中に水素吸蔵合金粉末を暴露すると、再度、表面に不動態が形成して失活してしまう虞がある。以上の理由から、酸による不動態の除去及びPd被膜形成を同時に行うことができる置換めっき法が望ましいと考えられる。置換めっき法を採用することにより、生産コストを抑制しつつ、放電容量の高い複合合金を得ることができる。
【0030】
また、複合合金の放電容量を高める観点から、Pd被膜形成工程S3において、製造される複合合金のPd元素重量比が0.47%以上となる条件で水素吸蔵合金粉末をPdで被覆することが好ましい。若しくは、Pd被膜形成工程S3において、製造される複合合金の比表面積に対するPd元素重量比の割合が0.22g/m2以上となる条件で、水素吸蔵合金粉末をPdで被覆することが好ましい。これらのいずれか一方又は両方を満たすことにより、高い放電容量を有する複合合金を製造することができる。ここで、複合合金のPd元素重量比はICP発光分光分析を用いて測定することができる。複合合金の比表面積はBET法を用いて測定することができる。
以下、Pd被膜形成工程S3の具体的な条件を説明する。
【0031】
Pd被膜形成工程S3は、置換めっき法を用いて、Pd塩を含む酸溶液に水素吸蔵合金粉末を浸漬することにより、水素吸蔵合金粉末の表面金属をPdに置換するものである。Pd塩の種類は特に限定されないが、当該酸溶液に対応するPd塩を用いることが好ましい。例えば、酸溶液に硫酸水溶液を用いる場合は、硫酸パラジウム(PdSO4)を用いることが好ましい。また、その他に、次のPd塩であってもよい。すなわち、Pd塩は塩化パラジウム、臭化パラジウム、ヨウ化パラジウム等のハロゲン化物であってもよい。Pd塩は次亜塩素酸パラジウム、亜塩素酸パラジウム、塩素酸パラジウム、過塩素酸パラジウム、次亜臭素酸パラジウム、亜臭素酸パラジウム、臭素酸パラジウム、過臭素酸パラジウム、次亜ヨウ素酸パラジウム、ヨウ素酸パラジウム、過ヨウ素酸パラジウム等のハロゲンオキソ化物であってもよい。Pd塩は、硝酸パラジウム、リン酸パラジウム、フルオロスルホン酸パラジウム、テトラフルオロホウ酸パラジウム、ヘキサフルオロリン酸パラジウムであってもよい。Pd塩は各種ホウ酸パラジウムであってもよい。Pd塩はメタンスルホン酸パラジウム等のスルホン酸パラジウムであってもよい。Pd塩はギ酸パラジウム、酢酸パラジウム等のカルボン酸パラジウムであってもよい。
【0032】
Pd塩の添加量は水素吸蔵合金粉末にPd被膜が適切に形成されれば特に限定されない。例えば酸溶液10ml当たり0.1g~0.6gを添加してもよい。複合合金の充放電活性を確実に発現させる観点から、酸溶液10ml当たり0.2g~0.6gを添加することが好ましい。Pd被膜形成工程S3に用いる酸溶液は、エッチング工程S2に適用可能な酸溶液を用いることができる。Pd被膜形成工程S3に用いる酸溶液とエッチング工程S2に酸溶液とは異なっていてもよいが、同様の種類の酸溶液を用いることが好ましい。例えば、硫酸水溶液である。また、再不動態化を抑制する観点から、不活性化ガスでバブリングした酸溶液を用いることが好ましい。バブリング時間は、エッチング工程S2のバブリング時間と同様の範囲とすることができる。酸溶液の濃度は特に限定されない。濃度は酸の種類によって異なるためである。例えば、硫酸水溶液を用いる場合、濃度を0.1mol/L~0.5mol/Lとすることが好ましい。
【0033】
水素吸蔵合金粉末の浸漬時間は特に限定されないが、10分以上60分以下とすることが好ましい。酸溶液の温度は、エッチング工程S2と同様に、加熱された状態で用いることが好ましい。例えば、40℃以上、好ましくは60℃以上の温度の酸溶液を用いることが好ましい。酸溶液の温度の上限は特に限定されないが、例えば、酸溶液を100℃以下で用いることが好ましい。
【0034】
Pd被膜形成工程S3では、酸溶液に水素吸蔵合金粉末及びPd塩を添加する順序は特に限定されない。例えば、酸溶液にPd塩を添加した後、水素吸蔵合金粉末を浸漬させてもよく、酸溶液に水素吸蔵合金粉末を浸漬した後、Pd塩を添加してもよい。後者の場合、酸溶液に水素吸蔵合金粉末を浸漬した後、前処理として数分間(例えば5~10分)おいて不動態を除去してから、Pd塩を添加することが好ましい。これにより、Pd塩の添加量が少ない場合であっても、放電容量を高めることができる。酸溶液は、エッチング工程S2で用いた酸溶液をそのまま用いてもよいが、新たな酸溶液を用いてもよい。
【0035】
<熱処理工程S4>
熱処理工程S4は、Pd被膜形成工程S3の後に行われる工程である。熱処理工程S4は、Pd被膜形成工程S3を経て、Pd被膜が形成された上記水素吸蔵合金粉末を500℃以下の温度で加熱する工程である。これにより複合合金を製造することができる。
【0036】
熱処理温度を500℃以下にすることにより、Ti、CrとPd被膜との固固界面の元素拡散を十分に進行させて、表面に触媒相を形成させることができる。そして、複合合金の表面に触媒相を形成させることにより、充放電活性を発揮させることができる(
図2)。また、熱処理温度を500℃以下にすることにより、母材の水素吸蔵合金粉末の結晶構造をBCC構造に維持することができ、高い放電容量の複合合金を製造することができる。
【0037】
熱処理の好ましい温度範囲は300℃以上500℃以下である。熱処理温度が300℃未満であると触媒相が適切に形成されない虞がある。熱処理温度が500℃を超えると、母材のBCC構造が崩れる虞がある。加熱雰囲気は特に限定されず、大気雰囲気でもよく、不活性ガス雰囲気でもよいが、減圧雰囲気であることが好ましい。水素吸蔵合金粉末と酸素との反応を抑制するためである。減圧雰囲気の圧力は低いほど好ましい。例えば100Pa以下とすることが好ましく、真空とすることがより好ましい。加熱時間は特に限定されないが、例えば1時間~3時間である。
【0038】
なお、特許文献1の水素吸蔵合金粉末に上記熱処理工程S4を適用すると、熱処理温度が低く、Ti、CrとPd被膜との固固界面の元素拡散が十分に進行せず、表面にH伝導の抵抗層が残存する可能性がある。
【0039】
以上より、本開示の複合合金の製造方法について、一実施形態である複合合金の製造方法10を用いて説明した。本開示の複合合金の製造方法によれば、製造コストを抑制しつつ、高い放電容量の複合合金を製造することができる。
【0040】
[電極の製造方法]
次に本開示の複合合金の製造方法により製造された複合合金を用いてアルカリ蓄電池用電極を製造する方法について説明する。
【0041】
本開示のアルカリ蓄電池用電極の製造方法は、本開示の複合合金の製造方法により製造された複合合金を用いて電極を作製する工程(電極作製工程)を備え、当該電極の充電電圧と放電電圧との電圧差が0.45V以下であることを特徴とする。充電電圧とは、充電時のプラトー電圧であり、放電電圧とは放電時のプラトー電圧である。このような電圧差は、例えば、後述の実施例の方法で測定することができる。
【0042】
<電極作製工程>
上記の通り、電極作製工程は本開示の複合合金の製造方法により製造された複合合金を用いて電極を作製する工程である。
【0043】
電極の作製は特に限定されず、公知の方法により作製することができる。例えば、複合合金を多孔質の導電性部材(発泡Ni等)に充填し、ロールプレスすることにより電極を作製することができる。また、複合合金を含む電極材料を混錬し、その後ペースト状にして得られた組成物を多孔質の導電性部材に塗布し、続いて乾燥させた後、これを所定の圧力でプレスすることにより電極を作製することができる。
【0044】
電極を構成する材料には、少なくとも複合合金が含まれていればよいが、任意にバインダーや導電助剤が含まれていてもよい。バインダーとしては、例えばカルボキシメチルセルロース(CMC)やポリビニルアルコール(PVA)等を用いることができる。導電助剤としては、例えばNi等の金属粒子を用いることができる。
【0045】
以上の通り、本開示のアルカリ蓄電池用電極の製造方法について説明した。本開示のアルカリ蓄電池用電極の製造方法により作製された電極は、本開示の複合合金の製造方法により製造された複合合金を備えているため、高い放電容量を備える。また、電極の充放電電圧差が所定の範囲にあるため、容量利用率が高く安定した充放電特性を備えている。
【実施例】
【0046】
以下、本開示の製造方法について、実施例を用いてさらに説明する。ただし、本開示の製造方法はこれに限定されるものではない。
【0047】
[複合合金の作製]
以下の手順に従って、実施例1~5及び比較例1~10に係る複合合金を作製した。参考例1に係る複合合金は、バレルスパッタリングを用いて作製した。
【0048】
<粉末作製工程>
ガスアトマイズ法を用いて、組成がTi50Cr50となる水素吸蔵合金粉末を作製した。具体的には、ガスアトマイズ装置を用い、TiCr合金溶湯に高圧のArガスを吹き付けることで、準安定相を得ることができる急冷速度でTiCr合金を冷却することができ、これにより粉末状のTi50Cr50合金試料を得た。
【0049】
また、水素吸蔵合金粉末の粒径は、所定の篩を用いて38μm~100μmに調整した。100μmを超える粉末に対しては、粉砕処理を行い、再度篩を用いて粒径を調整した。
【0050】
<エッチング工程>
表1に記載の各条件に従って、作製された水素吸蔵合金粉末を酸溶液に浸漬させた。条件9ではエッチング工程を行わなかった。ここで、表1中の処理雰囲気のGBとは、グローブボックスを意味する。加熱方法のH/Pとは、ホットプレートを用いて、酸溶液を含むビーカーを下部から加熱して処理した状態を示す。O/Bとは、オイルバスを用いて、酸溶液を含むビーカーを全体的に加熱して処理した状態を示す。条件2に記載の「気泡発生」とは、水素ガスが発生したことを意味する。水素ガスは、酸により不動態膜が除去され、母材のTiCr合金が酸に溶出する際に発生する。
【0051】
<洗浄工程>
表1に記載の各条件に従って、エッチング工程を経た水素吸蔵合金粉末に対し、不活性ガスでバブリングした水を用いて、付着している酸を洗浄した。条件1、2、9では洗浄工程を行わなかった。
【0052】
<Pd被膜形成工程>
表1に記載の各条件に従って、置換めっき法を用いて、エッチング工程又は洗浄工程を経た水素吸蔵合金粉末にPd被膜を形成させた。ここで、条件1、2では、エッチング工程の酸溶液をそのまま用いてPd被膜形成工程を行っている。条件9では、エッチング工程、洗浄工程を行わずに、Pd被膜形成工程を行っている。また、表1中の添加順序のPd→MHとは、Pd塩(PdSO4)を酸溶液(H2SO4水溶液)に添加し、均一に撹拌した後、水素吸蔵合金粉末(MH)を添加することを意味する。また、MH→Pdは洗浄後の水素吸蔵合金粉末(MH)を新たな酸溶液に添加し、再度エッチング処理(Pd添加前処理時間:5分)をした後、Pd塩(PdSO4)を添加することを意味する。また、処理時間とは、水素吸蔵合金粉末及びPd塩が酸溶液に添加されてから数えた時間である。
【0053】
<熱処理工程>
表2に記載の各条件に従って、Pd被膜形成工程を経た水素吸蔵合金粉末を加熱し、複合合金を作製した。比較例1~3は熱処理を行わなかった。
以上により実施例1~5及び比較例1~10に係る複合合金を作製した。
【0054】
<バレルスパッタリング>
バレルスパッタリングを用いて、粉末作製工程において作製した水素吸蔵合金粉末にPd被膜を形成させた。バレルスパッタリングの条件は次のとおりである。株式会社フルヤ金属社製のバレルスパッタ装置を用い、TiCr材料粉末を回転攪拌しながらPdを被覆し、被覆層の厚さが10nmとなるようにスパッタコートを行った。そして、得られた水素吸蔵合金粉末を、表2に記載の条件で熱処理を行った。これにより参考例1に係る複合合金が得られた。
【0055】
[評価]
以下の方法により、作製した複合合金の性能を評価した。
【0056】
<Pd元素重量比>
作製した複合合金について、ICP発光分光分析を用いてPd元素重量比を測定した。また、BET法を用いて、当該複合合金の比表面積を測定し、複合合金の比表面積に対するPd元素重量比の割合を算出した。結果を表2、
図3、
図4に示した。なお、比較例1~4、参考例1については測定を行っていない。
【0057】
<放電容量>
作製した複合合金を発泡Ni(網目状のNi金属構造体)に充填し、所定の圧力でロールプレスすることにより作用極(負極)を作製した。対極(正極)としてβ-Ni(OH)2電極を2枚用いた。また、参照極としてHg/HgO電極を用いた。ここで、作用極と対極との容量比は約1:3に調整した。また、セパレータとしてPE/PP製の不織布を用い、電解液として6MKOHを用いた。これらの部材を組み立てて電池を作製した。具体的には、正極で負極を挟み、正極-負極-正極となるように配置した。次に、正極と負極との間にはセパレータを配置し、電解液を充填して電池を作製した。
【0058】
そして、作製した電池を用いて、10サイクルの充放電を行った。充電条件は、C/5で10時間定電流充電を行うことである。放電条件は、C/10で作用極の電圧が0.5Vになるまで定電流放電を行うことである。得られた結果から、放電容量、充放電電圧差を得た。また、TiCr合金の理論容量を530mAh/gとして、上記の充放電を5サイクル実施した時の5サイクル目の実測放電容量を理論容量で割ることで、利用率を算出した。結果を表2、
図5に示した。また、参考として、実施例5の5サイクル目までの充放電曲線を
図6に示した。
【0059】
【0060】
【0061】
[結果]
表2の通り、実施例1~5は参考例1と同等の放電容量を有していた。このことから、バレルスパッタリングに替えて置換めっき法を用いたとしても、高い放電容量を有する電極が作製できることが確認できた。また、
図3から、複合合金のPd元素重量比が0.47%以上となることで、高い放電容量が得られることが分かった。同様に、
図4から、複合合金の比表面積に対するPd元素重量比の割合が0.22g/m
2以上となることで、高い放電容量が得られることが分かった。さらに、
図5から、負極における充放電電圧差が0.45以下である場合、利用率が高く、高い放電容量が得られることが分かった。
【0062】
比較例1~3は、充放電活性が発現していなかった。これは、熱処理工程を行っていないため、複合合金に対して触媒相が馴染まなかったためと考えられる。
比較例4は、実施例1と同様の条件で複合合金を作製したものであるが、エッチング工程における酸処理時間が条件1の120分に対して10分と短かった事で一部不動態膜が残存したため、実施例1に比べて放電容量が低下したと考えられる。
比較例5~8は、Pd被膜工程における酸溶液の濃度がそれぞれ異なる条件で複合合金を作製しているが、いずれも放電容量が極めて低い又は充放電活性が発現しない結果となった。これは、不動態の除去とPd被膜の形成が両立しなかったからであると考えられる。例えば、実施例2と比較例8とを比較すると、実施例2はPd塩を添加する前に前処理を行っており、これにより不動体の除去が促進されたため、Pd塩の添加量が少ない場合であっても、適切にPd被膜が形成された。一方で、比較例8は前処理を行っていないため、Pd添加量が少なく(実施例3との比較)、適切にPd被膜が形成されなかったと考えられる。
比較例9はエッチング工程及び洗浄工程を行っていない試験例である。このような場合、Pd被膜形成工程において、水素吸蔵合金粉末の不動体の除去が適切に進まず、そのためPd被膜が適切に形成しなかったため、放電容量が極めて低い結果になったと考えられる。