(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-25
(45)【発行日】2023-10-03
(54)【発明の名称】伸縮加工糸及び繊維製品
(51)【国際特許分類】
D02G 3/24 20060101AFI20230926BHJP
D01F 8/14 20060101ALI20230926BHJP
D02G 1/02 20060101ALI20230926BHJP
【FI】
D02G3/24
D01F8/14 B
D02G1/02 Z
(21)【出願番号】P 2020531183
(86)(22)【出願日】2019-11-01
(86)【国際出願番号】 JP2019043169
(87)【国際公開番号】W WO2020095861
(87)【国際公開日】2020-05-14
【審査請求日】2022-09-01
(31)【優先権主張番号】P 2018209024
(32)【優先日】2018-11-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018209025
(32)【優先日】2018-11-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】松浦 知彦
(72)【発明者】
【氏名】森岡 英樹
(72)【発明者】
【氏名】増田 正人
【審査官】長谷川 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特公昭48-025026(JP,B1)
【文献】国際公開第2018/110523(WO,A1)
【文献】特開2016-188454(JP,A)
【文献】特開2016-030879(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F8/00-8/18
D02G1/00-3/48
D02J1/00-13/00
D03D1/00-27/18
D04B1/00-1/28
21/00-21/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維軸方向にコイル状の捲縮形態を有した繊維からなるマルチフィラメントからなり、前記繊維における捲縮のコイル径分布が2個以上の群を有し、コイル径の最大の群平均値と最小の群平均値の比(最大の群平均値/最小の群平均値)が
1.50以上3.00未満であり、
繊維長手方向の繊維径ムラの指標であるウスタームラU%が1.5%以下であり、かつマルチフィラメントを構成する繊維の断面が偏心芯鞘断面である伸縮加工糸。
【請求項2】
コイル径の最小の群平均値の群に含まれる繊維の本数が、マルチフィラメントを構成する繊維の総本数の20%以上である、請求項1に記載の伸縮加工糸。
【請求項3】
マルチフィラメントを構成する繊維の平均径が15μm以下である、請求項1または2に記載の伸縮加工糸。
【請求項4】
伸長エネルギーが1.5μJ/dtex以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載の伸縮加工糸。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の伸縮加工糸が少なくとも一部に含まれる繊維製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイル状の捲縮を有したマルチフィラメントからなる伸縮加工糸、およびその伸縮加工糸を製造するための複合口金に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリエステルやポリアミドなどの熱可塑性ポリマーを用いた繊維は力学的特性、寸法安定性をはじめ様々な優れた特性を有するため、衣料用途からインテリア、車両内装および産業資材等までと幅広い用途分野で利用されている。人々がより快適な生活を望むにつれ、繊維素材への要求もより高度な特性が求められるようになり、我々の最も身近に存在する衣料用素材には、その快適性を求めるための高度化が盛んに行なわれている。
【0003】
衣料用素材の快適性には、その素材を使用する環境や雰囲気により様々なものが存在するが、布帛の伸縮伸長に関わる特性を意味する、いわゆるストレッチ性能は着用快適性に直結する基本特性のひとつといっても過言ではない。
【0004】
ストレッチ素材は、特異な環境で過酷な運動を行なうアスリートのための高機能スポーツ衣料で多く採用されるものであったが、昨今ではその着用のしやすさや動きやすさが一般のユーザーにも認知され、幅広いアパレル素材で採用される傾向にある。このような動向に伴い、単なる伸びて縮むといった伸縮伸長性を達成するだけでは物足らず、その他の機能を付加したり、伸長伸縮の挙動を制御してストレッチ性をより複雑かつ高度に発現させた高機能ストレッチ素材に向けた開発が盛んに行われている。
【0005】
人が衣料を着用して動作する際には、衣料と肌との擦れや大きく動作した際のつっぱりでストレスを感じることが知られており、これを感じないことが着用快適性に繋がる。すなわち、人の動作に追従することを意味する動作追従性を高めることが、ストレスフリーな快適衣料素材となる。ストレスを感じないストレッチ素材を達成するには、着用した際、衣料が身体の形状にフィットし、適度に締め付けがある、すなわち適度なホールド感を持ちながらよく伸びることが重要である。これ等の課題に対し、異なるポリマーをサイドバイサイド型に貼り合せ、この収縮差によりスパイラル構造を発現させる潜在捲縮発現性繊維に関する技術の開示がある。
【0006】
特許文献1では固有粘度あるいは極限粘度が異なる2種類のポリエチレンテレフタレート(PET)を左右に貼り合せたサイドバイサイド型断面を有した複合繊維、特許文献2にはポリトリメチレンテレフタレート(PTT)とPETによるサイドバイサイド型複合繊維に関する技術の開示がある。このように2種類のポリマーが貼り合されたサイドバイサイド型複合繊維は、熱処理等を施すことで、ポリマー間の収縮率差に応じた捲縮を発現することが知られており、一般に潜在捲縮繊維と呼ばれる。この3次元的なスパイラル構造の捲縮は伸び縮みすることができ、潜在捲縮繊維は、この伸縮性を訴求点とした繊維となる。
【0007】
また、上記のような潜在捲縮繊維は、捲縮構造の伸長に起因した伸縮性に加えて、ポリマー構造起因の伸長特性を利用したり、捲縮形態を制御することで、適度なホールド感を有した布帛には欠かせない、伸長時の抵抗力を発現することができる。
【0008】
特許文献3には、固有粘度あるいは共重合率が異なるPTTからなるサイドバイサイド型複合繊維に関する技術が開示されている。特許文献3に記載の複合繊維は、捲縮を発現させることで、伸長変形時の高ひずみ領域では繊維自体が伸長することとなり、PTTの弾性的なポリマー特性に応じて、高反発でパワー感のあるストレッチ性能を有した布帛となる。
【0009】
以上のような収縮差で発現する潜在捲縮によるストレッチ性に加え、さらに衣料用素材のストレッチ性を向上させるためには、糸加工を施すことが考えられ、特許文献4および特許文献5に開示がある。
【0010】
特許文献4では、PTTからなるサイドバイサイド型複合繊維に仮撚加工を施したPTT系仮撚加工繊維が提案されている。特許文献4の技術においては、仮撚加工により潜在捲縮に加えて、仮撚加工による捲縮が付与されるため、繊維1本の捲縮伸縮力を有効に利用することができ、優れたストレッチ性と瞬間伸長回復性を有した布帛になる。
【0011】
特許文献5では、少なくとも2種類の潜在捲縮繊維を後加工により混繊することで、加工糸の長さ方向に収束部と非収束部を有する複合捲縮糸が提案されている。特許文献5に記載の加工糸では、その非収束部がストレッチ性を、収束部が反発感をそれぞれ担うこととなり、反発感のあるストレッチ特性を有した布帛になる。
【0012】
また潜在捲縮発現性繊維は高収縮側のポリマーAと低収縮側のポリマーBの製糸工程における収縮差が大きいほどより高度な捲縮を発現し、布帛にした際にも優れたストレッチ性能を発現することとなる。これを達成するには、例えば、組み合わせるポリマーA及びポリマーB間の溶融粘度差を高めることが考えられるが、ポリマー間の溶融粘度差を高めるに伴い、吐出安定性が低下し、安定的に製造することが困難になる場合があることが知られている。
【0013】
図8(b)は
図8(a)に示すような複合断面を有する潜在捲縮発現性繊維を紡糸する際に用いられる一般的な複合口金である。このような複合口金を用いて溶融粘度の異なる2種の熱可塑性ポリマーを紡糸すると高粘度側のポリマー(高粘度ポリマーA)は低粘度側のポリマー(低粘度ポリマーB)に押され、湾曲した状態で複合ポリマーが吐出される吐出曲がり現象が生じ、糸揺れや口金面への接触による糸切れが発生する。よって、安定的な吐出とするためには、吐出条件が限られる場合がある。
【0014】
この吐出曲がり現象は、複合口金内の複合ポリマー流の流動挙動に原因があると考えられる。
図8(b)に示したような複合口金を用いて溶融粘度の異なる2種のポリマーを紡糸する場合、
図8(c)に示すように誘導孔1で導かれた高粘度ポリマーAのポリマー流と誘導孔2で導かれた低粘度ポリマーBのポリマー流を導入孔4にて接合させる。2種のポリマーの溶融粘度が異なることにより、各ポリマー流は導入孔4の壁面から受ける抵抗が異なり、それにより導入孔4内の半径方向の速度分布が導入孔4内を進むにつれて
図8(c)に示したような非対称な速度分布V2になり、口金吐出孔8から吐出されたポリマー流Gに吐出曲がり現象が生じると推定される。
【0015】
この非対称な速度分布を有した複合ポリマーを吐出することが、吐出直後のポリマー間に吐出線速度の違いを生み、高粘度ポリマー側へ湾曲した状態を生む。
【0016】
このような紡糸性の課題に対して、例えば、特許文献6では、ポリマー流を合流する際の流速を制御することで吐出曲がり現象を抑制する複合口金が提案されている。
【0017】
特許文献6に記載された複合口金を
図9(a)及び
図9(b)で説明する。特許文献6に記載された複合口金では、誘導孔1で導かれた高粘度ポリマーAのポリマー流(高粘度ポリマー流)と誘導孔2で導かれた低粘度ポリマーBのポリマー流(低粘度ポリマー流)は導入孔4にて接合される。この際、
図9(b)に示したように、低粘度ポリマー流においては誘導孔2と導入孔4の間に、溝幅Wが低粘度ポリマーBの流れ方向に沿って連続的に拡幅する流路5が存在している。このため、低粘度ポリマー流が高粘度ポリマー流と接合する際には、低粘度ポリマー流の流速が十分低くなり、
図9(c)に示すように、導入孔4の下部では複合ポリマー流の断面方向における速度分布を対称に近づけることができ(
図9(c)の符号「V4」)、口金吐出孔8から吐出されたポリマー流Gの吐出曲がり現象を抑制することができる。
【0018】
また、複合断面を制御することで吐出曲がりを抑制する複合口金に関する提案も、特許文献7でなされている。
【0019】
特許文献7に記載された複合口金を
図10(b)で説明する。特許文献7に記載の複合口金では、誘導孔1で導かれた高粘度ポリマーAのポリマー流(高粘度ポリマー流)と誘導孔2で導かれた低粘度ポリマーBのポリマー流(低粘度ポリマー流)を導入孔4にて接合させ、接合ポリマー流を導入孔7に流下するとともに、別の誘導孔3に入った低粘度ポリマー流を流路6を介して導入孔7に導入する。別の誘導孔3から導かれた低粘度ポリマー流で接合ポリマー流の周囲を被覆しつつ口金吐出孔8に流下させることで、第1成分ポリマーAを第2成分ポリマーBが取り囲んだ
図10(a)に示すような偏心芯鞘断面を得ることができる。これにより、各ポリマー流の導入孔7の壁面から受ける抵抗が一定となり、第1成分ポリマーAを高粘度ポリマー、第2成分ポリマーBを低粘度ポリマーとした場合の複合ポリマー流の断面方向における速度分布は
図10(c)に示すような3つの山となるが(
図10(c)の符号「V5」)、導入孔7内の半径方向の速度分布は対称に近づけることができるため、口金吐出孔8から吐出されたポリマー流Gの高粘度ポリマー側への湾曲は低減され、吐出曲がり現象を抑制することができるとされている。また一般的にサイドバイサイド断面の全周を被膜すると、複合断面上の各ポリマーの重心間の距離が短くなることで、熱処理時の高収縮成分側への湾曲が抑制され、捲縮発現性が低下することが知られているが、特許文献7の複合口金では誘導孔3に導かれる低粘度ポリマー流を誘導孔2と誘導孔3にかかる圧力を調整して制御することで、被膜部分を薄皮とし、サイドバイサイド断面と同等の捲縮性も維持することができると提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【文献】日本国特公昭44-2504号公報
【文献】日本国特開2005-113369号公報
【文献】日本国特開2000-256918号公報
【文献】国際公開第2002/086211号
【文献】日本国特開2017-172080号公報
【文献】日本国特開平2-307905号公報
【文献】日本国特公昭55-27175号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
特許文献1および2で提案されている単なるサイドバイサイド型複合繊維が発現するほぼ同じサイズの捲縮では、繊維あるいは布帛に負荷を掛けた際に、繊維に絡み合いが生じておらず、結局は繊維1本毎に応力を担うために、比較的弱い力でよく伸びるものとなり、本発明の目的である適度なホールド感は得られず、動作追従性に優れるものにはなりにくい。
【0022】
また、特許文献3では、その捲縮構造が伸長する挙動は特許文献1および2と同様で、適度なホールド感を得がたいことに加えて、捲縮構造が完全に伸びきった際にポリマーの弾性的な特性に起因した抵抗力が加わるが、布帛の組織や用いられる部位によっては、抵抗力が過剰に働くものであり、つっぱり感として感じられる場合があった。
【0023】
特許文献4では、仮撚加工による顕在捲縮が付与されることで、サイズの異なる大小の捲縮がマルチフィラメント内に混在することにより、繊維間でコイルピッチやコイル径に幅広い分布を発現させることとなる。このような状態では、コイル径が大きい繊維がマルチフィラメント上にたるんで固定されることとなる。この弛んだ繊維は、マルチフィラメントの伸び縮みやこれに伴う抵抗力には寄与しないこととなるため、伸縮時の抵抗力が低下する場合があった。さらに、サイドバイサイド型複合繊維の仮撚加工糸であるため、加熱しながらマルチフィラメントを捻ることになる仮撚加工工程では、無理な条件で加工すると、加工時あるいは使用時の摩擦や衝撃によってポリマー間の剥離が生じる場合があり、布帛とした際に白化する等の課題がある場合があった。このため、過酷な環境下で使用されるために高い耐摩耗性が求められるスポーツ衣料やアウトドア衣料用途では、使用が制限される場合があった。
【0024】
特許文献5では、糸伸長時の抵抗力を担う収束部が繊維の捲縮形態に依らず1本の大きなスパイラル構造を形成することとなるため、布帛構造の拘束下では良好にスパイラル構造を形成できず、布帛とした際には伸長時の反発感に欠けるものであった。さらに、非収束部に着目すると、構成する繊維間の捲縮形態差が大きいため、同じ種類の繊維がマルチフィラメント断面内で偏在することとなり、同サイズの捲縮がお互いに噛み込みを起こすことで、複数本の繊維の捲縮位相が揃う場合がある。この場合、低捲縮側の繊維がマルチフィラメントの表面に浮かんで存在することとなり、布帛表面が不要に凹凸感を感じるざらついた触感になる場合があった。
【0025】
また従来の潜在捲縮発現性繊繊維を紡糸する際に用いられる複合口金における共通点として、誘導孔と導入孔の間に流路を有するという点がある。
この流路は誘導孔や導入孔に対して垂直方向に配置された溝流路であり、少なくともどちらか片方のポリマー流は該流路を経由して導入孔手前でもう一方のポリマーに接合される。この際、ポリマー流が垂直方向で衝突することから、ポリマー流の微細な流速変化による複合断面変化や、長時間紡糸の際の異常滞留発生という課題があり、それらに伴う突発的な捲縮性低下や吐出曲がりによる糸切れ等の製糸安定性に課題がある場合があった。
【0026】
また、誘導孔と導入孔の間に流路を設けないことで複合断面の寸法安定性の向上や異常滞留抑制は可能であるものの、今度は流路を介すことでの流速制御ができず、導入孔での速度分布の非対称性の拡大により、吐出曲がり現象の悪化を招いてしまう場合があった。
【0027】
また、特許文献7に記載された複合口金では、薄皮被覆した複合断面が形成可能なことから、急激な粘度変化でも吐出曲がり抑制は可能であるものの、誘導孔と導入孔の間に流路を有することからやはり複合断面の寸法安定性は担保されていない。また被膜のためには別の誘導孔3から導かれた低粘度ポリマー流の溜まりを流路6に形成し、そこに導入孔4の接合ポリマー流を流下する必要があるが、被膜を薄皮とするには別の誘導孔3から導かれる低粘度ポリマー流を極少量としなければならず、ポリマー流を極少量とすることで必然的に流路6のポリマー溜まりにて異常滞留が生じやすくなり、製糸安定性に課題がある場合があった。
【0028】
さらに特許文献7の技術では2回にわたってポリマー流を合流させる口金流路であることから、口金内での加工面積を広くとる必要があり、それに伴い1つの複合口金から得られる繊維の本数(フィラメント数)が限られていた。そのため、生産性は著しく低下してしまい、多品種への展開も制約されてしまう場合があった。
【0029】
以上のように、幅広い条件範囲で安定的に吐出できる複合口金は、潜在捲縮発現性繊維を製造する上で、極めて重要な要素であるが、上記した様な課題があり、これ等の課題を解消する潜在捲縮発現性繊維の複合口金が求められていた。
【0030】
すなわち、本発明は従来技術の課題を克服し、衣料に良好なストレッチ性を与えることのできる伸縮加工糸、該伸縮加工糸を含む繊維製品、前記伸縮加工糸を製造するための複合口金、並びに複合繊維の製造方法を提供することを課題とする。具体的に、捲縮糸を構成する繊維の捲縮形態を精密に制御し、改善することで、良好なストレッチ性と伸長時の適度な抵抗力による動作追従性と捲縮形態に応じた柔軟な表面触感を有する繊維素材とすることが可能な伸縮加工糸、およびその伸縮加工糸を製造するための複合口金において、従来のサイドバイサイド断面(
図8(a)参照)と同等の捲縮発現性を維持しつつ、吐出曲がり現象を大幅に抑制することが可能な複合断面を形成することを目的とし、更には、その複合断面の寸法安定性を吐出範囲によらず高く維持できることで、幅広い条件範囲で安定的に吐出可能な複合口金を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0031】
上記課題は、以下の(1)~(8)のいずれかの手段により達成される。
(1)繊維軸方向にコイル状の捲縮形態を有した繊維からなるマルチフィラメントからなり、前記繊維における捲縮のコイル径分布が2個以上の群を有し、コイル径の最大の群平均値と最小の群平均値の比(最大の群平均値/最小の群平均値)が3.00未満であり、かつマルチフィラメントを構成する繊維の断面が偏心芯鞘断面である伸縮加工糸。
(2)コイル径の最小の群平均値の群に含まれる繊維の本数が、マルチフィラメントを構成する繊維の総本数の20%以上である、前記(1)に記載の伸縮加工糸。
(3)マルチフィラメントを構成する繊維の平均径が15μm以下である、前記(1)または(2)に記載の伸縮加工糸。
(4)伸長エネルギーが1.5μJ/dtex以上である、前記(1)~(3)のいずれか1つに記載の伸縮加工糸。
(5)前記(1)~(4)のいずれか1つに記載の伸縮加工糸が少なくとも一部に含まれる繊維製品。
(6)第1成分ポリマーおよび第2成分ポリマーによって構成される複合ポリマー流を吐出するための複合口金であって、前記複合口金は、各ポリマー成分を計量する複数の計量孔を有する計量板、各ポリマー成分を分配するための分配孔が穿設された1枚以上の分配板、並びに吐出板とで構成されており、前記分配板のポリマー紡出経路方向の下流側最下層では、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔を複数の第2成分ポリマー分配孔が取り囲んだポリマー分配孔群が穿設されており、前記ポリマー分配孔群における第2成分ポリマー分配孔の少なくとも一部が、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔の円周部の外側に半円周状配列で配置されている複合口金。
(7)前記ポリマー分配孔群における第2成分ポリマー分配孔の全孔数Htと、その内で半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔の円周部の外側に半円周状配列で配置された第2成分ポリマー分配孔の孔数Hoとが下記式(1)を満足する、前記(6)に記載の複合口金。
1/16<Ho/Ht<1/4 ・・・式(1)
(8)前記(6)または(7)の複合口金を用いた複合繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0032】
本発明の伸縮加工糸は、マルチフィラメント内にコイル径が制御された複数のコイル状捲縮の群が混在するものであり、コイル径の大小に応じて伸長初期から適度な伸長抵抗を発現し、織編物とした際には適度なホールド性を有しながら良好に伸長変形する。よって、ストレスフリーな動作追従性を発現するストレッチ素材とすることができ、スポーツ・アパレル衣料用途から衛生材料などの産業資材用途まで幅広い用途の繊維製品への適用が期待できる。
【0033】
また本発明の伸縮加工糸を製造する際に用いられる複合口金においては、従来の潜在捲縮発現性繊維と同等の捲縮発現性を維持しつつ、吐出曲がり現象を大幅に抑制することが可能な複合断面を形成でき、かつその複合断面の寸法安定性を組み合わせるポリマーの粘度や吐出範囲によらず高い水準で維持できる。よって、幅広い条件範囲で安定的に優れたストレッチ性を有する複合繊維を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】
図1は、本発明の伸縮加工糸を構成する繊維の一例を示す図であり、捲縮形態におけるコイル径を説明するための捲縮形態を観察した図である。
【
図2】
図2は、本発明の伸縮加工糸を構成する繊維のコイル径の分布の一例を示す図である。
【
図3】
図3は、本発明の伸縮加工糸と従来のストレッチ糸との伸長変形プロフィールの関係を表す図である。
【
図4】
図4は、本発明の伸縮加工糸の伸長変形プロフィールの一例を用いて、伸長エネルギーを説明するための図である。
【
図5】
図5は、本発明の伸縮加工糸を構成する繊維の繊維径分布の一例を示す図である。
【
図6】
図6(a)および
図6(b)は、本発明の薄皮偏心芯鞘構造を有する複合繊維の断面パラメータを説明するための繊維断面図である。
【
図7】
図7は、実施例10で用いた口金の吐出板における吐出孔配置の模式図である。
【
図8】
図8(a)~
図8(c)は、従来の潜在捲縮発現性繊維に係る図であって、
図8(a)は従来の潜在捲縮発現性繊維の複合断面であるサイドバイサイド断面の形態図、
図8(b)は
図8(a)のサイドバイサイド断面を有する潜在捲縮発現性繊維を紡糸する際に用いられる一般的な複合口金の概略図、
図8(c)は
図8(b)の複合口金内を流れる各々のポリマー流が合流する導入孔内の半径方向の速度分布図である。
【
図9】
図9(a)~
図9(c)は、特許文献6の複合口金に係る図であって、
図9(a)は特許文献6の実施形態に用いられる複合口金の概略図、
図9(b)は
図9(a)のI-I’断面図、
図9(c)は
図9(a)の複合口金内を流れる各々のポリマー流が合流する導入孔内の半径方向の速度分布図である。
【
図10】
図10(a)~
図10(c)は、特許文献7の複合口金に係る図であって、
図10(a)は特許文献7の複合繊維の複合断面である偏心芯鞘断面の形態図、
図10(b)は特許文献7の複合繊維を防止する際に用いられる複合口金の概略図、
図10(c)は
図10(b)の複合口金内を流れる各々のポリマー流が合流する導入孔内の半径方向の速度分布図である。
【
図11】
図11(a)および
図11(b)は、本発明の実施形態に用いられる分配板に係る図であって、
図11(a)は分配板のポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設されたポリマー分配孔群の概略平面図、
図11(b)は
図11(a)の分配板を用いた複合口金から得られる複合繊維の複合断面形態図である。
【
図12】
図12(a)~
図12(c)は、本発明の複合繊維の製造方法を説明するための図であり、複合口金の形態の一例であって、
図12(a)は複合口金を構成する主要部分の正断面図であり、
図12(b)は分配板の一部の正断面図、
図12(c)は吐出板の正断面図である。
【
図13】
図13は、本発明の実施形態に用いられる分配板の概略部分断面図である。
【
図14】
図14(a)および
図14(b)は、本発明とは異なる従来の分配板に係る図であって、
図14(a)は分配板のポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設されたポリマー分配孔群の概略平面図、
図14(b)は
図14(a)の分配板を用いた複合口金から得られる複合繊維の複合断面形態図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明について、望ましい実施形態とともに詳述する。
本発明で言う伸縮加工糸とは、伸長変形を加えた際に伸びたり、縮んだりする特性を有した加工糸を指し、この伸縮加工糸は繊維軸方向にコイル状の捲縮形態を有した繊維からなるマルチフィラメントからなり、前記繊維における捲縮のコイル径分布が2個以上の群を有することが本発明の第1の要件となる。
【0036】
ここで言うコイル状の捲縮のコイル径とは、伸縮加工糸を構成する繊維の捲縮サイズを示す指標の一つであり、マルチフィラメントから分離した繊維を側面(繊維軸方向と垂直の方向)から2次元的に観察すると、
図1に例示した通りに繊維幅方向に山部と谷部が交互に観察され、この観察画像から本発明のコイル径を測定することができる。本発明の伸縮加工糸を構成する繊維を上記方法にて撮影した一例(
図1)を利用して本発明で言う捲縮のコイル径を更に詳述する。
【0037】
まず、評価するマルチフィラメントサンプルを、検尺機等を用いて10mのカセとし、0.2mg/dの加重を掛けて98℃以上の沸騰水中に浸漬し、15分間沸水処理を行う。沸水処理したマルチフィラメントサンプルを風乾にて十分に乾燥させた後に、1mg/dの荷重をかけて30秒間以上経過後に、2点間の距離が3cmとなるようにマルチフィラメントの任意の箇所にマーキングする。その後、塑性変形させないようマルチフィラメントから繊維を分繊し、予めつけておいたマーキングの間が元の3cmとなるように調整してスライドガラス上に固定し、このサンプルをデジタルマイクロスコープ等で捲縮の山が5~10個観察できる倍率で画像を撮影する。撮影した各画像(
図1)において、任意の隣り合う山の頂点をM1、M2とし、山の頂点M1およびM2の間にある谷の頂点をV1とした場合に、山の頂点M1と山の頂点M2を結んだ線と谷の頂点V1の最短距離が本発明で言う捲縮のコイル径(Dc)である。この捲縮のコイル径Dcは単位をμmとして、小数点第1位までを測定するものである。
【0038】
同じ操作をマルチフィラメントを構成する異なる繊維にランダムに行ない、これを繰り返すことで総データ数が100個となるようにコイル径を計測する。そのコイル径の測定値を、境界値を10×n(n:自然数)μmとして、幅10μmとした階級に分け、縦軸を頻度のヒストグラムとした際に、
図2に例示されるように2個以上の群(山)を有することが、本発明で言う“捲縮のコイル径分布が2個以上の群を有する”ことを意味する。ここで言う群とは下記(1)、(2)のいずれかを満たす場合のことを言い、
図2では2-(a)および2-(b)で示される2つの群(黒色着色部分)を有した伸縮加工糸のコイル径測定結果を例示している。
(1)頻度が5%以上の階級が2階級以上連続する場合、該当する階級全てを含めて1つの群とする(
図2の2-(a)に例示)。
(2)階級の頻度が10%を超えておりかつ、連続する前後の階級のいずれも頻度が5%未満である場合、その10%以上の階級を1つの群とする(
図2の2-(b)に例示)。
【0039】
図2に例示されたようなコイル径分布を有する加工糸は、捲縮サイズ(平均コイル径)に明瞭な差を有した2種類以上の繊維群によりマルチフィラメントが構成されていることを意味する。捲縮を有した加工糸の場合、捲縮コイルが伸び縮みすることにより伸長変形時の抵抗力(応力)を発現するものであり、1種類のコイル径のみで構成されているマルチフィラメントの場合には、マルチフィラメントを構成する繊維が一様に変形することとなるため、概ねの捲縮が伸びきるまで応力(抵抗力)が発現しない
図3の点線3-(a)に示すような単調なプロフィールとなる。一方、コイル径が異なる2種類以上の繊維がマルチフィラメントに存在する場合には、加工糸の伸長に応じて、サイズの異なる繊維が傾斜的に変形をすることとなる。すなわち、低伸長域では、コイル径が小さい繊維が変形し、ついで高伸長域ではコイル径の大きな繊維が変形するというように、
図3の実線3-(b)に示すような低伸長時から応力発現する特異的な変形プロフィールとなる。
【0040】
これは、本発明の伸縮加工糸の特徴を示す重要な特性であり、この低伸長時から傾斜的に応力し、伸長変形に応じて適度な抵抗力を発現することとなるため、衣服として着用した場合には、良好なホールド感が生まれることとなる。また、実際の加工糸においては、コイル径の大きい繊維にコイル径の小さい繊維が一部絡みついた状態でマルチフィラメントを構成する。このため、マルチフィラメント自体は分離することなく一体となり取扱い性が良好であるとともに、コイル径の小さい繊維の伸長変形にコイル径の大きい繊維が一部追従する形で変形することになり、マルチフィラメント全体では良好な伸長変形となる。
【0041】
この効果は、引張特性に見られる伸長エネルギーによって評価することができる。
まず、熱処理を施していない伸縮加工糸を、温度20±2℃、相対湿度65±2%のもとに無荷重で24時間放置する。24時間放置後の該糸サンプルに1mg/dの加重を掛け30秒以上経過した後に、加重を掛けたまま初期試料長を50mmとして、引張試験機(株式会社オリエンテック製“テンシロン”(TENSILON)UCT-100等)に固定する。引張速度を50mm/分として該糸サンプルの引張試験を実施し、横軸を伸び(単位はmm)、縦軸を応力(単位はcN/dtex)として、
図4に例示するような伸長-応力曲線を作成する。得られた伸長-応力曲線において、強度0.05cN/dtexとなる点を4-(a)、点4-(a)から横軸(応力0cN/tex)に向かって垂線を降ろした時の横軸との交点を4-(b)としたとき、点4-(a)および点4-(b)および原点に囲まれる面積Aeが伸長エネルギーを表し、単位をμJ/dtexとして算出することができる。同様の操作を異なる10本の糸サンプルについて行った結果の単純な数平均を求め、小数点第2位を四捨五入した値が本発明で言う伸長エネルギーである。
【0042】
ここで言う伸長エネルギーとは、材料が伸長変形するのに必要なエネルギー量を示すものであり、糸の伸長-応力曲線が
図3の点線3-(a)のように、単調なプロフィールの場合には、低伸長エネルギーとなり、人間が通常の動作で及ぼす低伸長変形時には抵抗なく変形することを意味し、布帛の変形と人間の動きには差異が生じることとなる。一方、
図3の実線3-(b)に示すような高伸長エネルギーとなるマルチフィラメントの場合には、低伸長変形時から抵抗力が発現し、人間の動きにフィットしながら変形することとなり、心地よいホールド感と良好な動作追従性を訴求することが可能となる。
【0043】
上記した良好な動作追従性を訴求する布帛とするためには、前述の方法にて測定される伸長エネルギーは1.5μJ/dtex以上であることが好ましい。係る範囲であれば、低伸長変形時から人間の動きに追従するのに好適な伸長抵抗力を発現することを意味し、ハイキングなどで緩やかな動きで長時間着用する場合やストレッチ運動など、体を大きく動かす場合でも、衣服が心地よく体をホールドしながら伸長することで、ストレスを感じない快適ストレッチ衣料となる。また、比較的俊敏な動きが必要となったり、瞬発的に大きな動きが必要となる陸上競技等のスポーツ衣料用途に適用するためには、伸長エネルギーは2.5μJ/dtex以上がより好ましい範囲として挙げることができる。この考えに従えば、ここで言う伸長エネルギーはより高いほどホールド感が増し、動作追従性も優れたものになると言うこともできるが、過剰に高めることで、体の動きを妨げ、過剰にホールド感は締め付けとしてストレスになる場合もあるため、実質的に本発明の目的を達成する上限値は、10.0μJ/dtex以下であり、伸長エネルギーが2.5~10.0μJ/dtexの範囲にあることが特に好ましい範囲として挙げることができる。
【0044】
マルチフィラメントの伸長変形を上記とするためには、本発明のようにコイル径分布における群の相関が適度な範囲にあることが非常に重要であり、これにより本発明の特異的な変形プロフィールが得られる。すなわち、本発明の伸縮加工糸においては、マルチフィラメントを構成する繊維間のコイル径差の制御が重要な要件であり、具体的には、コイル径の最大の群平均値と最小の群平均値の比(最大の群平均値/最小の群平均値)が3.00未満であることが必要である。
【0045】
本発明で言うコイル径の群平均値とは、前述した方法で測定したマルチフィラメントのコイル径分布から群を分類し、各群に含まれるコイル径の数平均を算出し、小数点第3位で四捨五入した値を意味する。コイル径分布の群の中で、上述の方法で算出した群平均値を比較したとき、群平均値のうち最大のものが最大の群平均値、最小のものが最小の群平均値である。そして、最大の群平均値から最小の群平均値を割り返して求めた値を小数点第2位で四捨五入した値が最大の群平均値と最小の群平均値の比である。この値が大きいほど伸縮加工糸を構成する繊維間でコイル径の乖離が大きくなることを意味している。
【0046】
本発明の伸縮加工糸においては、マルチフィラメントの伸長-応力曲線が段階的な変形とならず、良好な伸長エネルギーを得るためには、最大の群平均値と最小の群平均値の比は1.50~2.50の範囲がより好ましい範囲として挙げられる。
【0047】
さらには、上記した本発明の効果をより顕著なものとするためには、コイル径の最小の群平均値の群に含まれる繊維の本数が、マルチフィラメントを構成する繊維の総本数の20%以上とすることが好ましい。係る範囲においては、マルチフィラメントの伸長-応力曲線において、低伸長域での応力が向上し、低伸長域から良好に応力が発現されるため伸長エネルギーが増大し、本発明の伸縮加工糸の特徴である小さな動作をする場合のホールド感を好適に発現させることができる。コイル径の最小の群平均値の群に含まれる繊維の本数は増加させるに伴い低伸長時のホールド感を高める効果があり、本格的なスポーツ衣料として適用するのに好適な範囲として、最小の群平均値の群に含まれる糸の本数は40%以上を挙げることができ、本発明のより好ましい範囲として挙げることができる。なお、コイル径の最小の群平均値の群に含まれる繊維の本数の上限は特に限定されないが、本発明の趣旨である加工糸の伸長に応じて、サイズの異なる繊維が傾斜的に変形するためにはコイル径の大きい繊維も一定の割合で存在することが好ましく、この観点からすると、最小の群平均値の群に含まれる糸の本数は、繊維の総本数の90%以下であることが好ましく、より好ましくは80%以下である。
【0048】
本発明の伸縮加工糸からなる衣服を人の肌やインナー等との密着性を高めることを考えると、被接触物に接触する表面積を増大させることは有効に作用し、マルチフィラメント中の繊維の繊維径を小さくすることが好適であり、本発明においては、繊維の平均径が15μm以下であることが好ましい。係る範囲であれば、適度なホールド性に加え、布帛が肌の伸びに追従させて衣料と肌との擦れが大きく抑制されることになり、ストレスフリーな動作追従性を発現する快適ストレッチ素材となる。
【0049】
本発明で言う繊維の平均径とは、以下のようにして求めることができる。
まず、伸縮加工糸をマルチフィラメントのままエポキシ樹脂などの包埋剤で包埋し、この横断面を走査型電子顕微鏡(SEM)などで繊維が10本以上観察できる倍率ですべての繊維について画像を撮影する。撮影された各画像において、画像解析ソフト(例えば、三谷商事社製「WinROOF2015」)を用いて、繊維の断面積Afを計測し、この断面積Afと同一の面積となる真円の直径を算出する。これを、マルチフィラメントを構成するすべての繊維について測定し、単純な数平均を求め、単位をμmとして、小数点第2位を四捨五入した値が本発明で言う繊維の平均径である。
【0050】
前述の考えを推し進めると、マルチフィラメントの総繊度が同一である場合、繊維の平均径が小さくなるほど表面積が増加するため、繊維の平均径は12μm以下であることがより好ましい範囲として挙げられる。さらに、繊維の平均径が小さくなるに伴い、布帛とした際の密着性に加え、繊維の剛性が低下するため、快適な着用性には欠かせないソフトな触感が得られる。このため、直接肌に触れるインナーや高い動作追従性が求められるスポーツ下着用途に適用可能な布帛とするためには、繊維の平均径を10μm以下とすることが特に好ましい。
【0051】
本発明の伸縮加工糸は、布帛とした際には優れた動作追従性を有しており、当然使用環境が過酷なスポーツ用途やアウトドア用途でも使用可能であることから、繊維断面は耐摩耗性に優れる偏心芯鞘断面とすることが必要である。
【0052】
本発明で言う偏心芯鞘断面とは、例えば
図6(a)に示すような異なる2種類以上のポリマーからなる繊維断面において、鞘成分であるポリマーBが芯成分であるポリマーAを完全に覆っており、芯成分の重心点aが繊維断面の中心点cと異なっていることを意味する。
図6(a)には該偏心芯鞘断面を有する複合繊維の断面図を例示しているが、水平ハンチングが鞘成分(ポリマーB)、30degハンチング(右上がり斜線)が芯成分(ポリマーA)、繊維断面における芯成分の重心が重心点aであり、繊維断面の中心が中心点cとして図示している。
【0053】
このような偏心芯鞘断面においては、鞘成分が芯成分を完全に覆っていることにより芯成分と鞘成分との間(以下、「芯-鞘成分間」ともいう。)の剥離を抑制できるため、繊維や布帛に摩擦や衝撃が加わっても、白化現象や毛羽立ちなどが生じることがないので布帛品位を保つことができる。
【0054】
しかしながら、
図14(b)に例示するような従来技術の偏心芯鞘断面では、鞘成分Aの厚さが局所的に薄くなるため、繊維に摩擦や衝撃が加わった場合、鞘成分Aが薄い部分に応力が集中した結果、この部分を起点として芯-鞘成分間で剥離が生じる場合がある。
【0055】
また、これを回避するため、鞘成分の厚みを厚く設定した場合には、芯成分の重心点aと繊維断面の中心点cの距離(重心間距離)が近くなってしまい、繊維の捲縮発現を弱めてしまう場合がある。すなわち、偏心芯鞘断面を有する複合繊維では、熱処理等により芯成分と鞘成分の収縮差が生じ、繊維が大きく湾曲することで、3次元的なコイル状の捲縮が発現するが、重心間距離が近い場合、繊維を湾曲させるモーメントが小さいため、繊維の捲縮は粗大となり、ストレッチ性を損ねることとなる。
【0056】
このため、本発明の伸縮加工糸では、
図6(b)に例示したように、繊維の断面において鞘成分の一部が均一な薄皮である、薄皮偏心芯鞘断面であることが好ましい。
繊維断面が前述のような特徴的な鞘成分の配置であることで、芯-鞘成分間に掛かる応力を分散でき、かつ捲縮特性に重要となる重心間距離を大きく確保できる。
【0057】
ここで言う薄皮偏心芯鞘断面とは、以下の要件を満足する偏心芯鞘断面を意味する。
(A)芯成分を覆っている成分の最小となる厚みSと繊維の繊維径Dの比S/Dが0.01~0.10である。
(B)最小厚みSの1.05倍以内の厚みの周囲長部分(S比率)は繊維断面の全周囲長の30%以上を占めている。
【0058】
ここで言う鞘成分の最小となる厚みSは以下のように求められるものであり、
図6(b)を用いて説明する。
図6(b)には、薄皮偏心芯鞘断面を有する複合繊維の断面図を例示しているが、水平ハンチングが鞘成分、30degハンチングが芯成分、鞘成分の最小となる厚みをS、繊維の繊維径をDとして図示している。
まず、伸縮加工糸をマルチフィラメントのままエポキシ樹脂などの包埋剤にて包埋し、この横断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で10本以上の繊維が観察できる倍率として画像を撮影する。この際、金属染色を施すとポリマー間の染め差を利用して、芯成分と鞘成分の接合部のコントラストを明確にすることができる。撮影された各画像から同一画像内で無作為に抽出した10本について、前述した方法にて繊維の繊維径を測定した値が本発明で言う繊維の繊維径Dに相当する。ここで、10本以上の観察が不可能の場合は、他の繊維を含めて合計で10本以上を観察すればよい。
【0059】
また、繊維の繊維径Dを測定した画像を用いて、10本以上の繊維について、芯成分を覆っている鞘成分の最小となる厚みを測定した値が、本発明で言う最小厚みSに相当する。さらには、これら繊維の繊維径Dと最小厚みSについては、単位をμmとして測定し、S/Dを算出する。以上の操作を撮影した10画像について、単純な数平均値を求め、小数点第3位で四捨五入した値を求めるものである。
【0060】
本発明の伸縮加工糸は、繊維断面が前述のような薄皮偏心芯鞘断面であることで、良好なストレッチ性を有しながらも、芯-鞘成分間に掛かる応力を分散できるため、良好な耐摩耗性が得られる。
【0061】
ここで、本発明で言う耐摩耗性とは、例えばJIS L1096(2010)に示されるマーチンデール法にて評価することができる。該測定法では、対象の繊維を製織、染色した布帛サンプルと標準摩耗布の摩耗試験を行い、摩耗回数100回ごとに布帛サンプル変退色を評価するものであり、変退色の程度が基準スケールと同等になる摩耗回数にて耐摩耗性を評価するものである。本発明の伸縮加工糸においては、耐摩耗性が2000回以上であることが好ましい範囲として挙げることができる。特に、スポーツ用途やアウトドア用途のように過酷な環境にて使用する場合には、耐摩耗性が2500回以上であることがより好ましく、特に好ましくは耐摩耗性が3000回以上である。
【0062】
本発明の伸縮加工糸は、高次加工における工程通過性や加工して布帛とした際の実使用を考えると、一定以上の靭性を持つことが好適であり、繊維の破断時の強度と伸度は以下のとおりであることが好適である。
本発明の強度とは、JIS L1013(2010)に示される条件で繊維の荷重-伸長曲線を求め、破断時の荷重値を初期繊度で割った値であり、伸度とは、破断時の伸長を初期試料長で割った値である。ここで、初期繊度とは、繊維の単位長さの重量を複数回測定した単純な平均値から、10000m当たりの重量を算出した値を意味する。
【0063】
ここで言う強度および伸度は目的とする用途等に応じて、後述する製造工程の条件を制御することにより、調整することが好適であるが、本発明の伸縮加工糸の目安としては、強度が0.5~10.0cN/dtex、伸度が5~700%を好ましい範囲として挙げることができる。
本発明の伸縮加工糸をインナーやアウターなどの一般衣料用途に用いる場合には、強度が1.0~4.0cN/dtex、伸度が20~40%とすることが好ましい。また、使用環境が過酷であるスポーツ衣料用途などでは、強度が3.0~5.0cN/dtex、伸度が10~40%とすることが好ましい。
【0064】
また、本発明の伸縮加工糸は、繊維長手方向の繊維径ムラ、すなわち繊度ムラの指標であるウスタームラU%が1.5%以下であることが好ましい。これにより、布帛の染め斑を回避できるのみならず、布帛の収縮斑による品位の低下を回避し、良好な布帛品位を得ることが出来る。ウスタームラU%は、より好ましくは1.0%以下である。
【0065】
本発明の伸縮加工糸は、繊維巻き取りパッケージやトウ、カットファイバー、わた、ファイバーボール、コード、パイル、織編、不織布など多様な中間体として様々な繊維製品とすることが可能である。ここで言う繊維製品は、ジャケット、スカート、パンツ、下着などの一般衣料から、スポーツ衣料、衣料資材、カーペット、ソファー、カーテンなどのインテリア製品、カーシートなどの車輌内装品、化粧品、化粧品マスク、ワイピングクロス、健康用品などの生活用途や研磨布、フィルター、有害物質除去製品、電池用セパレーターなどの環境・産業資材用途に使用することができる。
【0066】
次に、本発明の伸縮加工糸の好ましい製造方法について述べる。
本発明の伸縮加工糸とするには、偏心芯鞘断面を有した複合繊維からなるマルチフィラメントにおいて、捲縮のコイル径分布に2個以上の群を有し、各群の群平均値の乖離が特定の範囲に制御されていることが必要となる。
【0067】
この偏心芯鞘断面を有した複合繊維の製造方法としては、日本国特許第5505030号や日本国特許第5703785号の明細書に記載の分配方式の複合口金を用いた複合紡糸が好適に用いられる。
【0068】
図12(a)~
図12(c)に本発明に好適に用いられる複合口金の概略断面図を示す。
なお、
図12(a)~
図12(c)は正断面図になるので、第1成分ポリマー吐出孔や第2成分ポリマー吐出孔が集合した吐出孔群は2つしか記載されていないが、本発明の実施における吐出孔群の数は限定されるものではない。
【0069】
本発明に用いられる複合口金は、第1成分ポリマーおよび第2成分ポリマーによって構成される複合ポリマー流を吐出するための複合口金であって、
図12(a)に示すように、各ポリマー成分を計量する複数の計量孔を有する計量板14、各ポリマー成分を分配するための分配孔18が穿設された1枚以上の分配板15、および吐出板16とで構成されている。
図12(a)に示す複合口金には、分配板15として、さらに分配溝17が穿設された分配板15を備えている。各分配板15は薄板にて構成されるのが好ましい。
図12(a)では分配板15は2枚使用されている。計量板14と分配板15、分配板15と吐出板16は、位置決めピンにより、紡糸パックの中心位置(芯)が合うように位置決めを行い、積層した後に、ネジやボルトなどで固定してもよく、熱圧着により金属接合(拡散接合)させてもよい。特に、分配板15は薄板を使用するため、分配板15同士は熱圧着により金属接合(拡散接合)させるのが好ましい。
【0070】
計量板14より供給された各成分のポリマーは、少なくとも1枚以上積層された分配板15の分配溝17および分配孔18を通過した後に合流し、複合ポリマー流が形成される。その後、複合ポリマー流は、吐出板16の吐出導入孔19、および縮小孔20を通過して、口金吐出孔21より吐出される。
【0071】
なお、複合口金の説明が錯綜するのを避けるために図示していないが、計量板14の分配板15側とは反対の上流側に積層する部材に関しては、紡糸機および紡糸パックに合わせて、流路を形成した部材を用いればよい。ちなみに、計量板14を、既存の流路部材に合わせて設計することで、既存の紡糸パックおよびその部材をそのまま活用することができる。このため、特に該複合口金のために紡糸機を専有化する必要はない。
【0072】
また、流路と計量板14間あるいは計量板14と分配板15間に複数枚の流路板(図示せず)を積層することも好ましい。これは、口金断面方向および繊維の断面方向に効率よく、ポリマーが移送される流路を設け、分配板15に導入される構成とすることが目的である。吐出板16より吐出された複合ポリマー流は、従来の溶融紡糸法に従い、冷却固化後、油剤を付与され、規定の周速になったローラーで引き取られて、本発明の複合繊維が製造される。
【0073】
ここで、本発明の目的を達成するための重要なポイントである、従来技術の製造方法では根本的な課題であった吐出曲がり現象を大幅に抑制しながらも、複合繊維の捲縮を高度なレベルで発現させることができる原理について以下に説明する。
【0074】
複合断面によって吐出曲がり現象を抑制するためには、複合断面上の各ポリマーの重心間の距離を短くし、複合ポリマー流の断面方向における速度分布の非対称性を緩和することが最も有効である。しかしながら、成分の重心間距離が短いと、加熱するなどの収縮処理を行った場合でも、高収縮成分側への繊維の湾曲が小さくなることにより、緩やかな捲縮しか発現しなくなる。すなわち、従来技術の場合には、吐出曲がりの抑制と高度な捲縮発現は両立できないものであり、吐出曲がりと捲縮発現にはトレードオフの関係が存在するものであった。
【0075】
この有効な対策としては、例えば、特許文献7でも提案のあるサイドバイサイド断面に薄皮を被膜した偏心芯鞘断面を形成させることが考えられる。しかしながら、
図10(b)及び
図10(c)に示すような従来技術の複合口金では、理想的な薄膜部分を安定的に形成させるための極少的なポリマー量の流れを緻密に制御しつつ、かつ異常滞留を発生させることなく経時的に安定な流れを形成させることが困難であり、潜在捲縮発現性繊維の製造方法として、採用された事例は実質的に少ない。このため、潜在捲縮発現性繊維の製糸には、主にサイドバイドサイド断面が採用され、適用するポリマーの粘度や単繊維繊度等に影響がある単孔吐出量等の吐出条件に制約がある中での製造を余儀なくされていた。
【0076】
そこで、本発明者らは上記の課題に対して鋭意検討を重ねた結果、本発明のごとく、分配板15のポリマー紡出経路方向の下流側最下層において、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔を複数の第2成分ポリマー分配孔が取り囲んだポリマー分配孔群が穿設されており、前記ポリマー分配孔群における第2成分ポリマー分配孔の少なくとも一部が、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔の円周部の外側に半円周状配列で配置されていることで、上記したトレードオフの関係を有していた吐出曲がりと捲縮発現を解消できることを見出した。
【0077】
本発明における「ポリマーの吐出経路方向」とは、各ポリマー成分が計量板から吐出板の口金吐出孔まで流れる主方向をいう。
本発明における「ポリマー分配孔群」とは、各成分のポリマー流が分配板15から1孔の吐出導入孔19に向けて吐出される際に通過する、分配板15のポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設された分配孔の集合体をいう。
【0078】
本発明における「半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔」とは、
図11(a)に示すポリマー分配孔群における第1成分ポリマー分配孔9のように、ポリマー分配孔群の最外接円11において、最外接円11を2等分し、かつ第1成分ポリマー分配孔9がその2等分された一方の半円に全て含むことが可能となる直線12を引くことができる配列をいう。ここでいう一方の半円に全て含むとは半円の内側および直線12上に第1成分ポリマー分配孔9が存在する状態を指す。また直線12を引くことができない配列は「円状配列」という。
【0079】
本発明における「第2成分ポリマー分配孔の少なくとも一部が、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔の円周部の外側に半円周状配列」とは、
図11(a)に示すポリマー分配孔群における第2成分ポリマー分配孔10のように、直線12と最外接円11によって形成された2つの半円のうち、第1成分ポリマー分配孔9が含まれる半円内の第2成分ポリマー分配孔10の全てが、第1成分ポリマー分配孔9の外側かつ該半円の円周方向に沿った曲線13上にある配列をいう。
図11(a)では、半円周状配列は一列であるが、何列であってもよい。
【0080】
上記の本発明の原理をポリマーの流れ形態に沿って説明する。第1成分ポリマー、第2成分ポリマーの両ポリマー流は、分配板15のポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設された分配孔18から吐出導入孔19に向けて一斉に吐出され、各ポリマー流がポリマーの紡出経路方向に垂直な方向に拡幅しつつ、ポリマーの紡出経路方向に沿って流れ、両ポリマーが合流し、複合ポリマー流を形成する。その際、まず半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔9を複数の第2成分ポリマー分配孔10が取り囲む配置とすることで、口金吐出孔から吐出されてなる複合繊維における複合断面上の各ポリマーの重心間に距離が生じ、熱処理時に高収縮成分側へ湾曲して複合繊維に捲縮発現性を付与することができる。さらに、吐出導入孔19を通過する複合ポリマー流が孔の壁面から受ける抵抗が一定となり、複合ポリマー流の断面方向における速度分布の非対称性を緩和することができるため、口金吐出孔21から吐出される際に生じる複合ポリマー流の高粘度ポリマー側へ湾曲は低減され、吐出曲がり現象を抑制することができる。
【0081】
また本発明における分配板15での各ポリマーの分配方法は、
図13に示すように、一つの分配孔18に対して一つの分配溝17を構成するトーナメント方式の流路を用いることが好ましい。分配溝17の端部にポリマー流を下流側へ導入する分配孔18を配設することで、ポリマーの異常滞留を無くし、ポリマーの分配性が高く、幅広い吐出範囲で流量や流速を精密に制御しながらポリマー流を合流できる。これにより従来の複合口金におけるポリマー合流の際の課題であった、ポリマー量の流れを緻密に制御しつつ、かつ異常滞留を発生させることなく経時的に安定な流れを形成させることができる。
【0082】
さらに第2成分ポリマー分配孔10の少なくとも一部を、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔9の円周部の外側に半円周状配列で配置すれば、吐出導入孔19に吐出された複合ポリマー流が口金吐出孔から吐出されることで得られる複合繊維の複合断面をサイドバイサイド断面に薄皮被膜した偏心芯鞘断面(
図11(b)参照)とすることができ、良好な捲縮発現性が期待できる。また前述したように分配板15での各ポリマーの分配方法を
図13のようなトーナメント方式とすることで、薄皮部分を形成する極少的なポリマー量の流れを緻密に制御することができ、特許文献7のような従来口金が有するポリマー溜まり部も必要としないことから、異常滞留を発生させることなく経時的に安定な流れを形成させることができる。
【0083】
本発明の分配板15のポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設されたポリマー分配孔群においては、第2成分ポリマー分配孔10の全孔数Htと、その内半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔9の円周部の外側に半円周状配列で配置された第2成分ポリマー分配孔10の孔数Hoが下記式(1)を満足するように配置するのが好ましい。
1/16<Ho/Ht<1/4 ・・・式(1)
【0084】
式(1)を満足するような第2成分ポリマー分配孔10の配置とすることで、口金吐出孔での吐出曲がり現象の抑制でき、サイドバイサイド断面(
図8(a)参照)と同程度の捲縮発現性を発現する複合繊維を得ることができる。
【0085】
ここで、式(1)の導出に関して詳細に説明する。本発明の分配板15のポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設されたポリマー分配孔群における第2成分ポリマー分配孔10の全孔数Htと、その内半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔9の円周部の外側に半円周状配列で配置された第2成分ポリマー分配孔10の孔数Hoの関係は、本発明の複合口金を用いて得られる複合繊維の複合断面における薄皮部分の厚みを決定するものである。
【0086】
本発明における「薄皮部分の厚み」とは、例えば
図11(b)の符号「S」に示すように第1成分ポリマーを覆っている第2成分ポリマーの厚みのうち、最小となる厚みをいう。
【0087】
Ho/Htの値を1/4よりも小さくすることで、薄皮部分の厚みが十分に薄くなり、第1成分ポリマーの重心点aと複合繊維断面の中心点cの距離が十分に離れることで、得られる複合繊維に良好な捲縮発現性を付与することができるため好ましい。特にHo/Htを1/6よりも小さくすることで、得られる複合繊維の捲縮発現性は従来のサイドバイサイド断面を有する潜在捲縮発現性繊維と遜色ない性能を発現することができるため、より好ましい範囲として挙げることができる。
【0088】
一方、薄皮部分の厚みを薄くするにつれて、吐出導入孔19での複合ポリマー流の断面方向における速度分布の非対称性が拡大することで、口金吐出孔からの吐出曲がり現象抑制効果が小さくなる。そのため、吐出曲がり現象抑制効果を十分に得るためには、Ho/Htの値は1/16よりも大きくすることが好ましい。特に1/10よりも大きくすることで、複合断面を分配孔群による点吐出で形成する本発明においては、薄皮部分を形成する半円周状配列で配置された第2成分ポリマー分配孔10の孔数を十分に設けることができ、薄皮部分での凹凸斑のない均質な複合断面を得ることができるため、より好ましい範囲として挙げることができる。
【0089】
本発明の吐出板16においては、生産効率や多品種化の観点から、複合ポリマー流を吐出するための口金吐出孔が1.0×10-2孔/mm2以上の孔充填密度で穿設されていることが好ましい。
【0090】
本発明における「孔充填密度」とは、複合口金における口金吐出孔数を口金面積で除することによって求めた値をいう。
【0091】
従来の複合口金においては、偏心芯鞘断面を形成するためには、ポリマー流を接合するための流路に加えて、被膜のための別流路等を設ける必要があった。このため、1本の繊維を形成するための導入孔や流路の加工面積を広くする必要があり、孔充填密度は高々5.0×10-3孔/mm2程度となってしまうため、1つの複合口金から得られる繊維の本数(フィラメント数)が制限されるものであった。
【0092】
一方、本発明の複合口金では、分配板15でのトーナメント方式の流路により各ポリマーを分配して複合断面を形成することから、ポリマー流を接合する流路と被膜のための流路を同一流路にて加工することができる。このため、従来技術の課題であった孔充填密度を極限まで増大させることが可能となる。
【0093】
本発明の複合口金においては、従来の複合口金では達成しえなかった1.0×10-2孔/mm2以上の孔充填密度を可能となる。これは、1つの複合口金から得られる繊維の本数が2倍以上となり、生産性向上効果を十分に発揮することができることを意味し、本発明の好ましい範囲として挙げることができる。この観点を推し進めると、衣料用途で好まれるソフト感を得るために1つの口金吐出孔当たりのポリマー量を少量として得られる複合繊維の繊維径を細くする、いわゆる細繊度化の品種を製造する際にも、従来と同等以上の生産性を維持することが可能となり、これを達成できる範囲として、孔充填密度が1.5×10-2孔/mm2以上であることがより好ましい。
【0094】
孔充填密度を高くするほど生産性向上や多品種化においては好適であるが、孔充填密度を高くするために分配孔や分配溝、吐出導入孔の大きさを小さくしすぎると、複合繊維を製造する際にポリマー内の異物等によるつまりが発生し、製糸性が悪化する懸念があるため、実質的な上限は5.0×10-2孔/mm2である。
【0095】
以下、
図12(a)~
図12(c)に例示した複合口金を計量板14、分配板15を経て、複合ポリマー流となし、この複合ポリマー流が吐出板16の口金吐出孔から吐出されるまでを複合口金の上流から下流へとポリマーの流れに沿って順次説明する。
【0096】
紡糸パック上流から第1成分ポリマー、第2成分ポリマーが、計量板の第1成分ポリマー用計量孔22a、第2成分ポリマー用計量孔22bに流入し、下端に穿設された孔絞りによって、計量された後、分配板15に流入される。ここで、各ポリマーは、各計量孔に具備する絞りによる圧力損失によって計量される。この絞りの設計の目安は、圧力損失が0.1MPa以上となることである。一方、この圧力損失が過剰になって、部材が歪むのを抑制するために、30.0MPa以下となる設計とすることが好ましい。この圧力損失は計量孔毎のポリマーの流入量および粘度によって決定される。例えば、温度280℃、歪速度1000s-1での粘度が、100~200Pa・sのポリマーを用い、紡糸温度280~290℃、計量孔毎の吐出量が0.1~5.0g/minで溶融紡糸する場合には、計量孔の絞りは、孔径0.01~1.00mm、L/D(吐出孔長/吐出孔径)0.1~5.0であれば、計量性よく吐出することが可能である。ポリマーの溶融粘度が上記粘度範囲より小さくなる場合や各孔の吐出量が低下する場合には、孔径を上記範囲の下限に近づくように縮小あるいは孔長を上記範囲の上限に近づくように延長すればよい。逆に高粘度、あるは吐出量が増加する場合には、孔径および孔長をそれぞれ逆の操作を行えばよい。
【0097】
また、この計量板14を複数枚積層して、段階的にポリマー量を計量することが好ましく、2段階から10段階に分けて計量孔を設けることがより好ましい。この計量板あるいは計量孔を複数回に分ける行為は、10-5g/min/holeオーダーと従来技術で用いられている条件よりも数桁低い微少量のポリマーを制御するには好適なことである。
【0098】
各計量孔22a,22bから吐出されたポリマーは、分配板15の分配溝17に別々に流入される。分配板15では、各計量孔22a,22bから流入したポリマーを溜める分配溝17とこの分配溝の下面にはポリマーを下流に流すための分配孔18が穿設されている。分配溝17には、2孔以上の複数の分配孔18が穿設されていることが好ましい。
【0099】
また、分配板15は、
図13に示したように一つの分配孔18に対して1つの分配溝を構成するトーナメント方式の流路であってもよく、複数の分配孔18に対して一つの分配溝を構成し一部で各ポリマーが個別に合流と分配とが繰り返されるトーナメント方式の流路であってもよい。これは、複数の分配孔18-分配溝17-複数の分配孔18といった繰り返しを行う流路設計としておくと、ポリマー流は他の分配孔に流入することができる。このため、仮に分配孔18が部分的に閉塞した場合でも、下流の分配溝17で欠落した部分が充填される。また、同一の分配溝17に複数の分配孔18が穿設され、これが繰り返されることで、閉塞した分配孔18のポリマーが他の孔に流入しても、その影響は実質的に皆無となる。さらに、様々な流路を経た、すなわち熱履歴を経たポリマーが分配溝17で複数回合流し粘度が均質化されることから、粘度バラツキの抑制という点でも大きい。特に本発明の複合繊維においては、複合断面の寸効安定性を高い水準で維持することが製糸安定性に繋がるため、この熱履歴や粘度バラツキに対する配慮が効果的である。
【0100】
また、このような分配孔18-分配溝17-分配孔18の繰り返しを行う設計をする場合、上流の分配溝に対して、下流の分配溝を円周方向に1~179°の角度をもって配置させ、異なる分配溝から流入するポリマーを合流させる構造とすると、異なる熱履歴等を受けたポリマーが複数回合流されるため、複合断面の制御に効果的である。また、この合流と分配の機構は、前述の目的からすると、より上流部から採用することが好ましく、計量板14やその上流の部材にも施すことも好適である。このような構造を有した複合口金は、前述したように極少的なポリマー量の流れを緻密に制御しつつ、かつ異常滞留を発生させることなく経時的に安定な流れを形成するものであり、本発明に必要となる複合断面の寸効安定性を吐出範囲によらず高い水準で維持できる複合繊維の製造が可能になる。
【0101】
複合繊維の断面形態は、吐出板16直上の分配板15のポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設された分配孔の配置により制御することができる。この際、断面形態の精度を高めるために第1成分ポリマーおよび第2成分ポリマーを吐出板16直上の分配板15のポリマー紡出経路方向の下流側最下層では超多数に分配させることになるので、分配孔毎の吐出量が極めて少量となる。これにより、分配孔にかかる圧力損失も10-2から10-5MPaレベルと極めて小さくなることから、各分配孔から吐出されたポリマー流は他のポリマー流による干渉を容易に受けることとなる。そのため、ポリマー間の干渉を抑制するためには、第1成分ポリマー分配孔9および第2成分ポリマー分配孔10の孔径を調整し、各分配孔から吐出されるポリマー流の吐出速度を制御することが好ましい。
【0102】
流速比の好ましい範囲としては、単分配孔当たりの第1成分ポリマーの吐出速度F1、第2成分ポリマーの吐出速度をF2とした場合、その比(F1/F2あるいはF1/F2)が0.05~20であることが好ましく、更に好ましくは、0.1~10の範囲である。この範囲であれば、吐出板16直上の分配板15のポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設された分配孔から吐出されたポリマーはお互いに干渉することなく複合ポリマー流は層流として、吐出導入孔19を経て、縮小孔20に導かれるため、断面形態が安定し、精度よく形態を維持することができる。
【0103】
本発明の複合繊維を達成するためには、このような新規な複合口金を採用することに加えて、第1成分ポリマーの溶融粘度V1と第2成分ポリマーの溶融粘度V2との溶融粘度比(V1/V2)が1.1から15.0であることが好ましい。
【0104】
本発明における「溶融粘度」とは、チップ状のポリマーを真空乾燥機によって、水分率200ppm以下とし、キャピラリーレオメーターによって、測定できる溶融粘度を指し、紡糸温度での同せん断速度の際の溶融粘度をいう。
【0105】
本発明において複合繊維の断面形態は、基本的に分配孔の配置により制御されるものの、各ポリマーが合流し、複合ポリマー流を形成した後に縮小孔20によって断面方向に大幅に縮小されることとなる。このため、その時の溶融粘度比、すなわち、溶融ポリマーの剛性比が断面の形成に影響を与える場合がある。このため、本発明においては、V1/V2が2.0から12.0とすることがより好ましい。特に係る範囲においては、ポリマーの剛性は高収縮成分である第1成分ポリマーが高く、低収縮成分である第2成分ポリマーが低いこととなり、製糸工程や高次加工工程における伸長変形において、応力が高収縮成分である第1成分ポリマーに優先的に付与されることとなる。このため、高収縮成分が高配向となり、収縮差が拡大することでより高度な捲縮を発現できるため、複合繊維の捲縮発現性という観点からも好適である。
【0106】
また、複合ポリマー流の口金吐出孔での吐出曲がり現象抑制という観点においては、V1/V2が1に近いほど良いということになるが、上記の捲縮発現性までを考慮すると、V1/V2が2.0から8.0とすることが特に好ましい範囲である。
【0107】
なお、以上のポリマーの溶融粘度に関しては、同種のポリマーであっても、分子量や共重合成分を調整することで比較的自由に制御できるため、本発明においては、溶融粘度をポリマー組み合わせや紡糸条件設定の指標にしている。
【0108】
分配板15から吐出された複合ポリマー流は、吐出板16に流入する。ここで、吐出板16には、吐出導入孔19を設けることが好ましい。吐出導入孔19とは、分配板15から吐出された複合ポリマー流を一定距離の間、吐出面に対して垂直に流すためのものである。これは、第1成分ポリマーと第2成分ポリマーの流速差を緩和させるととともに、複合ポリマー流の断面方向での流速分布を低減させることを目的としている。本発明においては、少なくとも2種類以上のポリマーを複合ポリマー流とすることとなるため、この吐出導入孔19を設けることは断面形態や吐出曲がり現象抑制などの吐出安定性という観点では、好適なことである。
【0109】
この流速分布の抑制という点においては、各ポリマーの分配孔18における吐出量、孔径および孔数によって、ポリマーの流速自体を制御することが好ましく、流速比の緩和がほぼ完了するという観点から、複合ポリマー流が縮小孔20に導入されるまでに10-1~10秒(=吐出導入孔長/ポリマー流速)を目安として吐出導入孔19を設計することが好ましい。係る範囲であれば、流速の分布は十分に緩和され、断面の安定性向上に効果を発揮する。
【0110】
次に、複合ポリマー流は、所望の径を有した吐出孔に導入する間に縮小孔20によって、ポリマー流に沿って断面方向に縮小される。ここで、複合ポリマー流の中層の流線はほぼ直線状であるが、外層に近づくにつれ、大きく屈曲されることとなる。本発明の複合繊維を得るためには、第1成分ポリマー、第2成分ポリマーを合わせた無数のポリマー流によって構成された複合ポリマー流の断面形態を崩さないまま、縮小させることが好ましい。このため、この縮小孔20の孔壁の角度は、吐出面に対して、30°~90°の範囲に設定することが好適である。
【0111】
以上のように、吐出導入孔19および縮小孔20を経て複合ポリマー流は、分配孔18の配置の通りの断面形態を維持して、口金吐出孔21から紡糸線に吐出される。この口金吐出孔21は、複合ポリマー流の流量、すなわち吐出量を再度計量する点と紡糸線上のドラフト(=引取速度/吐出線速度)を制御する目的がある。口金吐出孔21の孔径および孔長は、ポリマーの粘度および吐出量を考慮して決定するのが好適である。本発明の複合繊維を製造する際には、吐出孔径Dは0.1~2.0mm、L/D(吐出孔長/吐出孔径)は0.1から5.0の範囲で選択することが好適である。
【0112】
本発明の複合繊維は以上のような複合口金を用いて製造することができ、生産性および設備の簡易性を鑑みると、溶融紡糸で実施することが好適である。
【0113】
溶融紡糸を選択する場合、第1成分ポリマーおよび第2成分ポリマーとして、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリプロピレン、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリアクリレート、ポリアミド、ポリ乳酸、熱可塑性ポリウレタン、ポリフェニレンサルファイドなどの溶融成形可能なポリマーおよびそれらの共重合体が挙げられる。特にポリマーの融点は165℃以上であると耐熱性が良好であり好ましい。また、酸化チタン、シリカ、酸化バリウムなどの無機質、カーボンブラック、染料や顔料などの着色剤、難燃剤、蛍光増白剤、酸化防止剤、あるいは紫外線吸収剤などの各種添加剤をポリマー中に含んでいてもよい。
【0114】
第1成分ポリマー(高収縮成分)および第2成分ポリマー(低収縮成分)の組み合わせは、加熱処理を施した際に収縮差を生じるポリマーの組み合わせが好ましい。このような観点では、溶融粘度で10Pa・s以上の粘度差が生まれる程度に分子量または組成に違いのあるポリマーの組み合わせが好適である。
【0115】
具体的なポリマーの組み合わせとしては、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリアミド、ポリ乳酸、熱可塑性ポリウレタン、ポリフェニレンサルファイドを第1成分ポリマーと第2成分ポリマーで分子量を変更して使用したり、一方をホモポリマーとして、他方を共重合ポリマーとして使用することが剥離を抑制するという観点から好ましい。また、捲縮発現性を向上させるという観点では、ポリマー組成が異なる組み合わせが好ましく、例えば、第1成分ポリマー/第2成分ポリマーで、例えばポリエステル系としてポリブチレンテレフタレート/ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート/ポリエチレンテレフタレート、熱可塑性ポリウレタン/ポリエチレンテレフタレート、ポリエステル系エラストマー/ポリエチレンテレフタレート、ポリエステル系エラストマー/ポリブチレンテレフタレート、ポリアミド系としてナイロン6-ナイロン66共重合体/ナイロン6または610、PEG共重合ナイロン6/ナイロン6または610、熱可塑性ポリウレタン/ナイロン6または610、ポリオレフィン系としてエチレン-プロピレンゴム微分散ポリプロピレン/ポリプロピレン、プロピレン-αオレフィン共重合体/ポリプロピレンなどの種々の組み合わせが挙げられるが、特にポリエステル系やポリアミド系での組合せは微細な縮形態の発現が可能となるだけでなく、発色性や風合い、耐摩耗性、寸法安定性等にも優れているため好ましい。
【0116】
本発明の製造方法における紡糸温度は、前述した観点から決定した使用ポリマーのうち、主に高融点や高粘度のポリマーが流動性を示す温度とすることが好適である。この流動性を示す温度とは、ポリマー特性やその分子量によっても異なるが、そのポリマーの融点が目安となり、融点+60℃以下で設定すればよい。これ以下の温度であれば、紡糸ヘッドあるいは紡糸パック内でポリマーが熱分解等することなく、分子量低下が抑制され、良好に複合繊維を製造することができる。
【0117】
本発明の製造方法におけるポリマーの吐出量は、安定性を維持しつつ溶融吐出できる範囲として、吐出孔当たり0.1g/min/holeから20.0g/min/holeを挙げることができる。この際、吐出の安定性を確保できる吐出孔における圧力損失を考慮することが好ましい。ここで言う圧力損失は、0.1MPa~40MPaを目安にポリマーの溶融粘度、吐出孔径、吐出孔長との関係から吐出量を係る範囲より決定することが好ましい。
【0118】
本発明の製造方法に用いる複合繊維を紡糸する際の第1成分ポリマーと第2成分ポリマーの比率は、吐出量を基準に重量比で30/70~70/30の範囲で選択することが好ましい。この範囲であれば複合断面の長期安定性および複合繊維を効率的に、かつ安定性を維持しつつバランス良く製造できる。さらに重心点aと中心点cの距離が十分に離れ、良好な捲縮発現性を実現できる範囲として、40/60~60/40がより好ましい。
【0119】
吐出孔から溶融吐出されたポリマー流は、冷却固化され、油剤等を付与することにより集束し、周速が規定されたローラーによって引き取られる。ここで、この引取速度は、吐出量および目的とする繊維径から決定するものである。本発明では、複合繊維を安定に製造するという観点から、ローラーの引取速度については、500~6000m/分程度にするとよく、ポリマーの物性や繊維の使用目的によって変更可能である。紡糸された複合繊維は、繊維の一軸配向の促進により力学特性が向上できるだけでなく、複合したポリマー間での延伸時の応力差と延伸時の配向差から生じる熱収縮差の拡大により良好な捲縮発現性が得られるという観点から、延伸を行うことが好ましい。延伸については、紡糸した複合繊維を一旦巻き取った後で延伸を施すこともよいし、一旦、巻き取ることなく、紡糸に引き続いて延伸を行うこともよい。また延伸に加えて仮撚加工を加えてもよい。
【0120】
この延伸条件としては、例えば、一対以上のローラーからなる延伸機において、一般に溶融紡糸可能な熱可塑性を示すポリマーからなる繊維であれば、ガラス転移温度以上融点以下の温度に設定された第1ローラーと結晶化温度相当とした第2ローラーの周速比によって、繊維軸方向に無理なく引き伸ばされ、且つ熱セットされて巻き取られる。また、ガラス転移を示さないポリマーの場合には、複合繊維の動的粘弾性測定(tanδ)を行い、得られるtanδの高温側のピーク温度以上の温度を予備加熱温度として、選択すればよい。ここで、延伸倍率を高め、力学物性や潜在捲縮性を向上させるという観点から、この延伸工程を多段で施すことも好適な手段である。上記のような製造方法により複合繊維を製造する場合には、
図6(b)に示した通り、繊維断面の一部が鞘成分からなる均一な薄皮で構成された薄皮偏心芯鞘断面繊維となり、本発明に用いるにはより好ましい断面形態として挙げることができる。該薄皮偏心芯鞘断面繊維においては、その繊維断面が、芯成分を覆っている成分の最小となる厚みSと繊維径Dの比S/Dが0.01~0.10であり、最小厚みSの1.05倍以内の厚みの周囲長部分(S比率)は繊維断面の全周囲長の30%以上を占めていることが特に好ましい形態として挙げることができる。係る範囲とすることにより、捲縮を左右する重心点間距離を自由度高く設定することができ、繊維の潜在捲縮のコイル径の制御幅を広く確保できる。
【0121】
本発明の伸縮加工糸の特徴である、マルチフィラメント中に2種類以上の捲縮が混在する状態とするためには、偏心芯鞘断面繊維を用いることで成分間の重心間距離を繊維毎に変化させる方法や、偏心芯鞘断面繊維の繊維毎の繊維径を変更する方法、また、偏心芯鞘断面繊維へ仮撚加工を施し、潜在捲縮に加えて顕在的な捲縮を付与する方法、コイル径の異なる2種類の偏心芯鞘断面繊維を後混繊する方法など、種々の方法を採用することが可能である。本発明の特長であるコイル径の大きい繊維にコイル径の小さい繊維が一部絡みついた状態でマルチフィラメントを構成することで、コイル径の小さい繊維の伸長変形にコイル径の大きい繊維が一部追従する形で変形することになり、マルチフィラメント全体では良好な伸長変形となるという観点においては、薄皮偏心芯鞘断面繊維の繊維毎に繊維径を変更する方法、または薄皮偏心芯鞘断面繊維へ仮撚加工を施す方法が好適に用いられる。
【0122】
本発明の伸縮加工糸を偏心芯鞘断面繊維の繊維毎に繊維径を変更する方法にて得る場合には、“2種類以上の繊維径が異なる偏心芯鞘複合繊維がマルチフィラメント中に混在する”ことが好ましい。
【0123】
本発明で言う“2種類以上の繊維径が異なる偏心芯鞘複合繊維がマルチフィラメント中に混在する”状態とは、糸束断面を前述した繊維径で、すべての単繊維を評価した場合に2つ以上の繊維径分布をとる状態を言い、2種類の繊維径が異なる偏心芯鞘複合繊維がマルチフィラメント内に存在する状態であれば、
図5に例示するような2つの繊維径分布(5-(a)、5-(c))をとる。
【0124】
すなわち、各分布の範囲(分布幅)に入る繊維径を有した単繊維群を“1種類”とし、潜在捲縮糸を構成するすべての繊維の測定結果において、この繊維径分布が
図5のように2個以上存在することが、本発明で言う“2種類以上の繊維径が異なる偏心芯鞘複合繊維が糸束中に存在している”ことを意味している。ここで言う繊維径の分布幅(5-(e)、5-(f))とは、各単繊維群の中で最も存在数が多いピーク値である中央繊維径(5-(b)、5-(d))の±5%の範囲を意味する。
【0125】
本発明で用いる偏心芯鞘複合繊維に熱処理等をして捲縮発現させた場合には、その繊維径に依存した捲縮形態をとるためマルチフィラメント内でコイル径が異なる複数の捲縮が混在することとなる。すなわち、マルチフィラメントを構成する繊維の中央繊維径の最大値(Dmax)と最小値(Dmin)の比(Dmax/Dmin)が1.20以上であることが好ましい。
【0126】
またここでいう繊維径及び中央繊維径比(Dmax/Dmin)とは、以下のようにして求めることができる。
まず、潜在捲縮糸をエポキシ樹脂などの包埋剤で包埋し、この横断面を走査型電子顕微鏡(SEM)(例えば、キーエンス社製走査型電子顕微鏡、型番「VE-7800型」)で単繊維が10本以上観察できる倍率で、すべての単繊維について画像を撮影する。撮影された各画像において、画像解析ソフト(例えば、三谷商事株式会社製「WinROOF2015」)を用いて、単繊維の断面積Afを計測し、この断面積Afと同一の面積となる真円の直径を、単位をμmとして算出し、小数点第2位を四捨五入することで繊維径を算出する。これを、潜在捲縮糸を構成するすべての単繊維について上記の測定を実施し、この結果から
図5のような繊維径の分布を作成し、繊維径ごとに単繊維を分類した後に、各単繊維群において最も存在数の多いピーク値である中央重心点間距離を求める。この結果を基に、潜在捲縮糸中で中央重心点間距離が最大のもの(Dmax)および最小のもの(Dmin)を用い、中央重心点間距離比(Dmax/Dmin)を算出する。
【0127】
Dmax/Dminが1.20以上であれば、コイル径の大きい繊維にコイル径の小さい繊維が一部絡みついた状態のマルチフィラメントを構成することができ、本発明の目的であるコイル径の小さい繊維の伸長変形にコイル径の大きい繊維が一部追従する形で変形する伸縮加工糸を得ることができる。さらに、Dmax/Dminが1.30~2.00であれば、繊維間で捲縮位相ずれを生じ、マルチフィラメントの伸長-応力曲線が段階的な変形とならず、良好な伸長エネルギーを有した伸縮加工糸を得ることができるため、より好ましい範囲として挙げることができる。
【0128】
また本発明の伸縮加工糸を薄皮偏心芯鞘断面繊維に仮撚加工を施す方法にて得る場合には、加工条件により付与する顕在捲縮のサイズを容易に変更可能であり、潜在捲縮のサイズに応じて加工条件を決定すれば、本発明の伸縮加工糸の要件である特定のコイル径分布に制御することができる。
【0129】
さらに仮撚加工により得た伸縮加工糸では、繊維長手方向の捲縮サイズが一様ではなく、潜在/顕在捲縮がランダムに存在するため、捲縮サイズ毎で繊維同士が収束することがない。このため、後混繊等により作製した伸縮加工糸等で見られるようなマルチフィラメントの分離が抑制でき、高次工程中の取扱性や工程通過性に優れるため、品位良く本発明の伸縮加工糸を得ることができる。
【0130】
仮撚加工を活用して本発明の伸縮加工糸を安定的に製造するには、加撚領域でのマルチフィラメントの実撚数により加工糸の顕在捲縮のコイル径サイズをコントロールすることが好適である。
【0131】
すなわち、加撚領域でのマルチフィラメントの撚数である仮撚数T(単位は回/m)が、仮撚加工後のマルチフィラメントの総繊度Df(単位はdtex)に応じて決定される、以下の条件を満たすように、加撚機構の回転数や加工速度等の仮撚条件を設定することが好ましい。
20000/Df0.5≦T≦40000/Df0.5
【0132】
ここで、仮撚数Tは、仮撚工程の加撚領域で走行しているマルチフィラメントを、ツイスター直前で、撚りをほどかないよう、50cm以上の長さで採取する。採取した糸サンプルについて、撚りをほどかないよう、検撚機に取り付け、JIS1013(2010)8.13に記載の方法にて実撚数を測定したものが仮撚数である。仮撚数が上述の条件を満たすことで、得られたマルチフィラメントでは顕在捲縮のコイル径を微細に制御でき、本発明の伸縮加工糸の特徴的なコイル径分布を達成できる。
【0133】
また、上記の仮撚条件において、マルチフィラメント中の繊維全体に均一な捲縮を付与し、品位良く本発明の加工糸を得るためには、加撚領域での延伸倍率を調整するとよい。ここで言う延伸倍率とは加撚領域に糸を供給するローラーの周速V0と加撚機構の直後に設置されたローラーの周速Vdを用い、Vd/V0として算出されるものであり、供給する糸の特性に応じて決定することが好ましい。
【0134】
供給糸に延伸を施した偏心芯鞘繊維を使用する場合には、Vd/V0を0.9~1.4倍とすればよく、供給糸に未延伸の偏心芯鞘繊維を使用する場合には、Vd/V0を1.2~2.0倍として、仮撚加工と同時に延伸を行うこともよい。延伸倍率を係る範囲とすることで、加撚領域では過張力となったり、マルチフィラメントのたるみが発生したりすることなることなく、マルチフィラメント中の繊維全体に均一な捲縮を付与できる。
【0135】
さらに、顕在捲縮を強固に固定する観点から、仮撚温度は、鞘成分ポリマーのガラス転移温度(Tg)を基準として、Tg+50~Tg+150℃の範囲から決定することが好ましい。ここで言う仮撚温度とは、加撚領域に設置されたヒーターの温度を意味する。仮撚温度を係る範囲とすることで、繊維断面内で大きく捻り変形した鞘成分を十分に構造固定できるため、顕在捲縮の寸法安定性は良好となり、シボやスジなく品位の良い布帛を得ることができる。ここで言う鞘成分のTgとは、鞘成分に使用したポリマーのチップを示差走査熱量測定(DSC)することで測定されるものである。なお、本発明の伸縮加工糸では、顕在捲縮を固定し、本発明の伸縮加工糸の特徴的なコイル径分布を達成するためにも、加撚領域にのみヒーターを配置する1ヒーター法を用いることが好ましい。
【0136】
本発明においては、上記条件にて仮撚加工を実施することで、マルチフィラメントの顕在捲縮のコイル径を、潜在捲縮のコイル径に対して、本発明の効果が発現できる好適な範囲内に制御することができ、品位高く本発明の伸縮加工糸を製造できる。
【0137】
以上のように、本発明の伸縮加工糸の製造方法を一般の溶融紡糸法に基づいて説明したが、メルトブロー法およびスパンボンド法でも製造可能であることは言うまでもなく、さらには、湿式および乾湿式などの溶液紡糸法などによって製造することも可能である。
【実施例】
【0138】
以下実施例を挙げて、本発明の伸縮加工糸について具体的に説明する。
【0139】
実施例および比較例については、下記の評価を行った。
【0140】
A.繊度
100mの繊維の重量を測定し、その値を100倍した値を算出した。この動作を10回繰り返し、その平均値の小数点第2位を四捨五入した値を総繊度(dtex)とした。また上記の総繊度をフィラメント数で割った値が単繊維繊度(dtex)となる。
【0141】
B.繊維の強度、破断伸度
試料を引張試験機(株式会社オリエンテック製“テンシロン”(TENSILON)UCT-100)でJIS L1013(2010) 8.5.1標準時試験に示される定速伸長条件で測定した。この時の掴み間隔は20cm、引張り速度は20cm/分、試験回数10回とした。なお、破断伸度は伸長-応力曲線における最大強力を示した点の伸びから求めた。
【0142】
C.マルチフィラメントのコイル径分布および最大の群平均値と最小の群平均値の比
伸縮加工糸を、検尺機等を用いて10mのカセとし、0.2mg/dの加重を掛けて98℃以上の沸騰水中に浸漬し、15分間沸水処理を行った。該処理糸を風乾にて十分に乾燥させた後に、1mg/dの荷重をかけて30秒間以上経過後に、2点間の距離が3cmとなるようにマルチフィラメントの任意の箇所にマーキングした。その後、塑性変形させないようマルチフィラメントから繊維を分繊し、予めつけておいたマーキングの間が元の3cmとなるように調整してスライドガラス上に固定し、このサンプルをキーエンス社製、VHX-2000デジタルマイクロスコープにて、捲縮の山が5~10個観察できる倍率で画像を撮影した。撮影した各画像において、コイル径を、単位をμmとして、小数点第1位までを測定した。
同じ操作をマルチフィラメントを構成する異なる繊維についてランダムに行ない、これを繰り返すことで総データ数が100個となるようにコイル径を計測した。
これらの測定値を、境界値を10×n(n:自然数)μmとして、幅10μmとした階級に分け、縦軸を頻度のヒストグラムを作成した。
作成したヒストグラムにおいて、本発明で言う群が存在する場合には、各群に含まれるコイル径を単純平均することでの群平均値を算出した。
これらの結果を基に、コイル径分布に含まれる全ての群平均値の内、最大のものを最小のもので割返してそれら比を算出した。なお、最大の群平均値と最小の群平均値の比は小数点第3位を四捨五入するものである。
【0143】
D.繊維の平均径
伸縮加工糸をエポキシ樹脂などの包埋剤で包埋し、この横断面をキーエンス社製 VE-7800型走査型電子顕微鏡(SEM)で繊維が10本以上観察できる倍率で、すべての繊維について画像を撮影した。撮影された各画像において、画像解析ソフト(三谷商事株式会社製「WinROOF2015」)を用いて、繊維の断面積Afを計測し、この断面積Afと同一の面積となる真円の直径を算出した。これを、マルチフィラメントを構成するすべての繊維について測定し、単純な数平均をとることで繊維の平均径を算出した。なお、繊維の平均径は単位をμmとして、小数点第2位を四捨五入したものである。
【0144】
E.引張特性における伸長エネルギー
伸縮加工糸を温度20±2℃、相対湿度65±2%のもとに無荷重で24時間放置した。24時間放置後の該糸サンプルに1mg/dの加重を掛け30秒以上経過した後に、加重を掛けたまま初期試料長を50mmとして、株式会社オリエンテック製“テンシロン”(TENSILON)UCT-100引張試験機に固定した。引張速度を50mm/分として糸サンプルの引張試験を実施し、横軸を伸び(単位はmm)、縦軸を応力(単位はcN/dtex)として、
図4に例示するような伸長-応力曲線を作成した。得られた伸長-応力曲線において、強度0.05cN/dtexとなる点(
図4の4-(a))と、該点からから横軸(応力0cN/tex)に向かって垂線を降ろした時の横軸との交点(
図4の4-(b))、および原点に囲まれる面積Aeを求めた。これを異なる10本の糸サンプルについて行った結果の単純な数平均を求めることで伸長エネルギーを算出した。なお、伸長エネルギーは単位をμJ/dtexとし、小数点第2位を四捨五入したものである。
【0145】
F.布帛評価(動作追従性、密着性)
ヨコ糸およびタテ糸に伸縮加工糸を用い、ヨコ密度90本/inchで平織物を作製し、80℃で20分の精錬を行い、180℃で1分の中間セットを行った後に120℃で20分のリラックス処理を行った。
上記で作製した織物サンプルは熟練者10名によって、ヨコ糸方向に伸長させた際の伸びと伸長時の抵抗感から、織物に変形を加えた際の動作追従性について、次の3段階で評価した。
また、布帛を伸長させる際の肌-布帛間の擦れにおいて、肌への密着性を次の3段階で評価した。
動作追従性および密着性については、Aを5点、Bを2点、Cを0点とし、10名の合計点数が30点以上のとき評価「A」、10点~29点のとき評価「B」、9点以下のとき評価「C」とした。なお、評価「A」及び「B」が合格である。
A: 適度な抵抗感を持ち、大きく伸びる。
B: 抵抗感がやや小さいまたはやや大きいが、大きく伸びる。
C: 伸長時の抵抗感が不十分または伸長時に過剰な抵抗がある。
【0146】
G.耐摩耗性
上記F.で作製した布帛について、JIS L1096(2010)8.19項E法(マーチンデール法)により耐摩耗性を評価した。
【0147】
H.複合口金(分配式口金)
実施例12~20、比較例4~9における複合口金が分配式口金である場合、分配板のポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設されたポリマー分配孔群における第1成分ポリマー分配孔の配列を評価した。この際、ポリマー分配孔群の最外接円において、最外接円を2等分しかつ第1成分ポリマー分配孔が2等分した半円の片側に全て含むことが可能となる任意の直線を引くことができる配列を半円状配列とした。ここでいう半円の片側に全て含むとは半円の内側もしくは直線上に第1成分ポリマー分配孔が存在する状態を指す。また任意の直線を引くことができない配列は円状配列とした。
また、ポリマー分配孔群における第2成分ポリマー分配孔の孔数について、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔の円周部の外側に半円周状配列で配置された第2成分ポリマー分配孔の孔数Hoを評価した。この際、ポリマー分配孔群の最外接円を2等分しかつ第1成分ポリマー分配孔が2等分した半円の片側に全て含むことが可能となる任意の直線によって最外接円を2つの半円に分け、そのうち第1成分ポリマー分配孔が含まれる半円内における該半円の円周方向に平行な任意の曲線の上にある第2成分ポリマー分配孔の孔数を半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔の円周部の外側に半円周状配列された第2成分ポリマー分配孔の孔数Hoとした。またHoをポリマー分配孔群における第2成分ポリマー分配孔の全孔数Htで除することでHo/Htを算出した。
【0148】
I.複合口金(孔充填密度)
実施例12~20、比較例4~9における複合口金の口金吐出孔数を口金面積で除した値を孔充填密度(孔/mm2)とした。
【0149】
J.ポリマーの溶融粘度、粘度比
チップ状のポリマーを真空乾燥機によって、水分率200ppm以下とし、株式会社東洋精機製作所製キャピログラフによって、歪速度を段階的に変更して、溶融粘度を測定した。なお、測定温度は紡糸温度と同様にし、窒素雰囲気下で加熱炉にサンプルを投入してから測定開始までを5分とし、せん断速度1216s-1の値をポリマーの溶融粘度として評価した。さらに、第1成分ポリマーの溶融粘度を第2成分ポリマーの溶融粘度で割った値について、小数点2桁以下を四捨五入した値を粘度比(V1/V2)とした。
【0150】
K.吐出安定性
実施例12~20、比較例4~9についての製糸を行い、口金吐出孔から吐出されたポリマー流を口金面下300mm、口金面の垂線より45°の角度からカメラで撮影し、撮影された画像における口金面の法線方向に対するポリマー流の吐出曲がり角度から吐出安定性を以下の3段階で評価した。
極めて良好 A :45°未満
良好 B :45°以上、60°未満
不良 C :60°以上
【0151】
L.製糸安定性
実施例12~20、比較例4~9についての製糸を行い、1千万m当たりの糸切れ回数から製糸安定性を以下の3段階で評価した。
極めて良好 A :0.8回/千万m未満
良好 B :0.8回/千万m以上、2.0回/千万m未満
不良 C :2.0回/千万m以上
【0152】
M.断面(複合断面、薄皮部分の厚み割合、薄皮部分の厚みバラつき)
繊維をエポキシ樹脂などの包埋剤にて包埋した後、この横断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で10本以上の繊維が観察できる倍率として画像を撮影し、複合断面を観察した。この際、金属染色を施すとポリマー間の染め差ができることを利用して、複合断面の接合部のコントラストを明確にした。
さらに撮影された画像の複合断面が
図11(b)に示すような偏心芯鞘断面であった場合には、各画像から同一画像内で無作為に抽出した10本以上の繊維について、芯成分を覆っている鞘成分の最小となる厚み(
図11(b)の符号「S」)を表す薄皮部分の厚みと、繊維軸に対して垂直方向での繊維の幅を表す繊維径を単位μmにて求め、薄皮部分の厚みを繊維径で割った値を算出した。なお、これを異なる10本の繊維において行った結果の単純な数平均を求め、小数点2桁以下を四捨五入した値を薄皮部分の厚み割合とし、10本の繊維における薄皮部分の厚みの標準偏差CV%(変動係数:Coefficient of Variation)を薄皮部分の厚みバラつきとした。
【0153】
N.捲縮発現性
実施例12~20、比較例4~9についての製糸を行い、得られた複合繊維の伸縮伸長率(JISL1013(2010)8.11項C法(簡便法))から捲縮発現性を以下の3段階で評価した。
極めて良好 A :60%以上
良好 B :40%以上、60%未満
不良 C :40%未満
【0154】
[実施例1]
伸縮加工糸を構成する繊維の芯成分として、溶融粘度160Pa・sのポリブチレンテレフタレート(PBT)、鞘成分として溶融粘度30Pa・sのポリエチレンテレフタレート(PET1)を用いた。これらのポリマーを個別に溶融した後に、ポンプにより芯/鞘の吐出量比を50/50となるように計量を行い、
図11(a)に例示した分配孔を有する分配板を組み込んだ同一の紡糸パックに別途流入させて、紡糸温度を280℃として、72ホールの吐出孔が穿設された口金から吐出した。
実施例1で用いた分配板は、繊維とした際に、芯成分Aを覆う鞘成分Bのポリマーの一部が均一な薄皮となり、本発明で言う薄皮偏心芯鞘断面の要件を満足する複合断面(
図6(b))を形成するものである。
【0155】
吐出された複合ポリマー流を冷却後油剤付与し、速度を1000m/分として、65℃に加熱したローラーに巻き付け、次いで速度を3200m/分とし、150℃に加熱したローラーとの間で3.2倍の延伸を行い、56dtex-72フィラメントの延伸糸を得た。
巻き取った延伸糸は、加工速度を250m/分、延伸倍率を1.0倍としたローラー間で、170℃に設定したヒーターにて加熱しながら、フリクションディスクを用い、仮撚数が3000T/mとなるような回転数にて仮撚加工を施し、56dtex-72フィラメントの本発明の伸縮加工糸を得た。
なお、得られた伸縮加工糸では、延伸糸の繊維断面が精密に制御されていたため、仮撚工程において、芯/鞘成分間の剥離による毛羽や白化といった欠点がなく、糸品位と工程通過性に優れるものであった。
【0156】
得られた伸縮加工糸は、強度3.5cN/dtex、伸度28%と実用に耐えうる十分な力学特性を有しており、繊維の平均径は7.5μmであった。また、繊維の捲縮形態を観察したところ、コイル径分布には2つの群が見られ、各々の群平均値は85.3μm、159.7μmであり、最大の群平均値と最小の群平均値の比は1.87であった。また、コイル径の最小の群平均値の群に含まれる繊維の割合は51%であった。
【0157】
このように、実施例1の伸縮加工糸はサイズが好適に乖離した捲縮が混在するものであり、実施例1の伸縮加工糸の伸長-応力曲線は、
図3の実線3-(b)に例示するような、低伸度領域から応力を好適に発現することで、伸長エネルギーは3.9μJ/dtexと高い値を示し、好適な伸長抵抗力を有するものであった。
【0158】
実施例1の伸縮加工糸を布帛とし、リラックス処理を行うと、良好なストレッチ性を発揮しながらも、低伸長領域から適度な伸長抵抗を有することで、ホールド性に優れるものであり、動作追従性に優れるものであった(動作追従性:A)。さらに伸縮加工糸の繊維平均径が細いことで、伸長時には肌-布帛間の擦れが小さく、肌との密着性に優れるものであった。(密着性:A)
また、実施例1の伸縮加工糸からなる布帛は、柔らかな風合いも相まって、心地よい動作追従性を有しながらも、マーチンデール法での耐摩耗性は3000回と、過酷な環境下の使用にも耐えうる良好な耐摩耗性を有したものであった。結果を表1に示す。
【0159】
[実施例2、3]
実施例2、3は、実施例1と同様にして延伸糸を作製し、仮撚工程でフリクションディスクの回転数を変更することで、仮撚数をそれぞれ3500T/m、2500T/mとした以外は、実施例1と同様の条件にて仮撚加工を実施して本発明の伸縮加工糸を得た。
実施例2、3では、フリクションディスクから受ける摩擦力が変化したものの、延伸糸の繊維断面が本発明の要件を満たす薄皮偏心芯鞘断面に制御されているため、芯/鞘間の剥離による毛羽や白化等の欠点なく、糸品質と加工通過性に優れるものであった。
【0160】
実施例2、3の伸縮加工糸においては、いずれもコイル径分布に2つの群が見られ、仮撚数に応じて顕在捲縮サイズが変化したため、最大-最小の群平均値の比が変化したが、いずれの場合も、本発明の効果を発揮できる範囲に制御されるものであった。
実施例2の伸縮加工糸は、仮撚工程での仮撚数を高くしたことで、極めて微細な顕在捲縮が得られ、コイル径分布において最大-最小の群平均値の比が拡大した。このため、実施例2の伸縮加工糸の伸長-応力曲線では、低伸長域での応力発現がやや低下したものの、低応力でより伸長することとなり、伸長エネルギーは4.3μJ/dtexと高くなった。
このため、布帛として伸長させた際には、低伸長領域から高伸長領域に渡って柔らかく伸び、動作追従性に優れるものであった。
実施例3の伸縮加工糸は、仮撚工程での仮撚数が低いため、コイル径分布において最大-最小の群平均値の比が近接した。このため、実施例3の伸縮加工糸の伸長-応力曲線では、低伸長域で発現する応力が増大した一方、より低伸度で応力が立ち上がることとなり、伸長エネルギーは2.6μJ/dtexとなり、布帛として伸長させた際には、低伸長領域での抵抗がやわらぎ、カジュアル衣料に適したソフトな動作追従性を有するものであった。結果を表1に示す。
【0161】
[実施例4、5]
実施例4、5では、仮撚工程での延伸倍率をそれぞれ1.1、0.9とした以外は、実施例1と同様にして本発明の伸縮加工糸を得た。
実施例4、5は、加撚領域での張力が変化し、フリクションディスクから受ける摩擦力が変化したものの、延伸糸の繊維断面が精密に制御されているため、芯/鞘間の剥離による毛羽や白化等の欠点なく、糸品質と加工通過性に優れるものであった。
【0162】
実施例4、5の伸縮加工糸においては、仮撚数を実施例1と同程度としたため、いずれも実施例1と同程度の最大-最小の群平均値の比を有するコイル径分布となったが、加撚領域での張力に応じて、最小の群平均値を中心とする群に含まれる捲縮の割合が変化した。
実施例4の伸縮加工糸は、延伸倍率が高く、加撚領域での張力が高いため、顕在捲縮が掛かりにくく、最小の群平均値を中心とする群に含まれる捲縮の割合が低下した。このため、実施例4の伸縮加工糸の伸長-応力曲線では、小コイル径の伸長に相当する低応力領域が縮小したため、伸長エネルギーは1.8μJ/dtexとなり、布帛とし伸長させた際には、ややつっぱり感を感じるものであったが、従来対比動作追従性に優れたものであり、問題無いレベルであった。
実施例5の伸縮加工糸は、低延伸倍率のため加撚領域での張力が低く、顕在捲縮が掛かりやすいため、マルチフィラメント全体に均一に顕在捲縮が存在し、最小の群平均値を中心とする群に含まれる捲縮の割合が増加した。このため、実施例5の伸縮加工糸の伸長-応力曲線では、小コイル径の伸長に相当する低応力領域が拡大したことで、伸長エネルギーは3.8μJ/dtexと良好なものであった。結果を表1に示す。
【0163】
[実施例6]
実施例6では、実施例1と同様の分配孔が穿設された分配板を使用し、吐出孔数を24とした口金を用いた。
伸縮加工糸を構成するポリマー、芯/鞘の吐出比率、紡糸温度は実施例1と同様にして吐出し、実施例1と同様の延伸、巻きとり条件にて延伸することで、56dtex-24フィラメントの延伸糸を得た。
得られた延伸糸は、実施例1と同様の加工速度、延伸倍率、ヒーター温度条件とし、仮撚数が3000T/mとなるよう、フリクションディスクの回転数を調整した条件にて、仮撚加工を実施することで、本発明の伸縮加工糸を得た。
【0164】
実施例6で得た延伸糸では、繊維径の増大に伴い、繊維断面内で薄皮厚みの絶対値が増加し、耐摩耗性が向上したため、仮撚工程において、芯/鞘成分間の剥離による毛羽や白化といった欠点がなく、糸品位と工程通過性に特に優れるものであった。
実施例6の伸縮加工糸は、繊維の平均径が15.0μmであり、繊維の捲縮形態を観察したところ、コイル径分布には群平均値がそれぞれ137.0μm、344.0μmである2つの群が見られた。繊維の平均径増大に伴い、潜在/顕在捲縮のコイル径も増大したことに加えて、繊維が捲縮構造を発現するモーメントが増大したため、実施例6の伸縮加工糸の伸長-応力曲線は、特に低伸長時に高い応力を発現するものであった(伸長エネルギー:2.5μJ/dtex)。結果を表1に示す。
【0165】
[実施例7]
実施例7では、実施例1と同様の分配孔が穿設された分配板を使用し、吐出孔数を18とした口金を用いた。
伸縮加工糸を構成するポリマー、芯/鞘の吐出比率、紡糸温度は実施例1と同様にして吐出し、実施例1と同様の延伸、巻きとり条件にて延伸することで、56dtex-18フィラメントの延伸糸を得た。
得られた延伸糸は、実施例1と同様の加工速度、延伸倍率、ヒーター温度条件とし、仮撚数が3000T/mとなるよう、フリクションディスクの回転数を調整した条件にて、仮撚加工を実施することで、伸縮加工糸を得た。(56dex-18フィラメント、最大-最小群平均値比率2.62)
【0166】
実施例7の伸縮加工糸は、繊維の平均径が18.5μmであり、繊維の捲縮形態を観察したところ、コイル径分布には群平均値がそれぞれ163.7μm、429.4μmである2つの群が見られた。繊維の平均径増大に伴う、潜在/顕在捲縮のコイル径および、繊維が捲縮構造を発現するモーメントの増大により、実施例7の伸縮加工糸の伸長-応力曲線は、低伸長時には本発明の効果を損ねない程度であるが、非常に高い応力を発現するものであった(伸長エネルギー:1.9μJ/dtex)。
実施例7の伸縮加工糸を布帛とすると、実施例1と比較して密着性には劣るものの、伸長させた際には、高い伸長抵抗によりホールド感が高いものとなり、本発明の効果を損ねない程度の好適な着圧を有するものとなった。結果を表1に示す。
【0167】
[実施例8,9]
実施例8、9はポリマーを表1の通り変更し、実施例1と同様の口金を用いて吐出を行った。
【0168】
実施例8では、速度が1000m/分で、60℃に加熱されたローラーにマルチフィラメントを巻き付けた後に、速度が3400m/分で、150℃に加熱したローラーとの間で延伸を行い、56dtex-72フィラメントの延伸糸を得た。
得られた延伸糸は実施例1と同様の加工速度、延伸倍率、ヒーター温度条件とし、仮撚数が3000T/mとなるよう、フリクションディスクの回転数を調整した条件にて、仮撚加工を実施することで、本発明の伸縮加工糸を得た。
【0169】
実施例9では、吐出した複合ポリマー流を、速度が1000m/分で、80℃に加熱されたローラーに巻き付けた後に、速度が3000m/分で、150℃に加熱したローラーとの間で延伸を行い、56dtex-72フィラメントの延伸糸を得た。
得られた延伸糸は実施例1と同様の加工速度、延伸倍率とし、ヒーター温度を200℃に設定し、仮撚数が3000T/mとなるよう、フリクションディスクの回転数を調整した条件にて、仮撚加工を実施することで、本発明の伸縮加工糸を得た。
【0170】
実施例8、9ではポリマーの変更に伴い、繊維断面の形状がわずかに変化したものの、いずれも繊維断面が本発明で言う薄皮偏心芯鞘断面に制御されていたため、仮撚工程において、芯/鞘成分間の剥離による毛羽や白化といった欠点がなく、糸品位と工程通過性に優れるものであった。
実施例8では、芯成分に熱処理を施した際に高収縮するPPTを用いたため、微細な潜在捲縮が得られ、コイル径分布において最大-最小の群平均値の比が縮小したものの、全体として細かい捲縮を有するものであった。これに加え、PPTが低ヤング率であるために、実施例8の伸縮加工糸の伸長-応力曲線は、低応力で非常によく伸びる特徴的なものとなり、伸長エネルギーは4.0μm/dtexと優れたものであった。布帛とし、伸長させた際には、本発明の効果を損ねない程度の柔らかな伸長抵抗を有し、ストレッチ性に特に優れるものであった。
実施例9では、芯成分にPET2(溶融粘度290Pa・s)を使用することで、糸のヤング率が大きくなり、捲縮の伸長抵抗が増大した。このため、実施例9の伸縮加工糸の伸長-応力曲線は、発現する応力が全体的に高く、伸長エネルギーは1.8μJ/dtexと低くなったが、布帛とし伸長した際には、高い伸長抵抗によりホールド感が高いものとなり、本発明の効果を損ねない程度の好適な着圧を有するものとなった。結果を表2に示す。
【0171】
[実施例10]
実施例10では、繊維とした際に、繊維断面が薄皮偏心芯鞘断面となり、その薄皮厚みが0.04、0.09となるように、それぞれの分配孔において薄皮を形成する分配孔(
図11(a)の曲線13上に存在する分配孔)の数を変化させた、2種類の分配孔群を穿設した分配板を用いた。なお、各分配孔群からなる吐出孔の数はそれぞれ36ホールである。
図7には、実施例10で用いた口金の吐出板16における吐出孔配置を示しているが、薄皮厚みが0.04となる分配孔群に相当する吐出孔群(7-(a))と、薄皮厚みが0.09となる分配孔群に相当する吐出孔群(7-(b))が交互に配置された千鳥格子孔配置の口金を用いた。
【0172】
実施例10では、上記の分配板を用いたこと以外、実施例1と同様に紡糸、延伸、仮撚りを実施して本発明の伸縮加工糸を得た。
【0173】
実施例10では、構成する繊維の薄皮厚みが変化したものの、いずれも本発明で言う薄皮偏心芯鞘断面に制御されていることで、仮撚工程において、芯/鞘成分間の剥離による毛羽や白化といった欠点がなく、糸品位と工程通過性に優れるものであった。
【0174】
実施例10の伸縮加工糸の捲縮形態を観察すると、繊維の断面形態に応じた2種類の潜在捲縮と顕在捲縮が混在しており、コイル径分布では3つの群を有していた。このため、伸長-応力曲線においては、この3種類の捲縮がマルチフィラメントの伸長に応じて順次変形するため、低伸長域から高伸長域に渡って応力の立ち上がりが緩やかであり、伸長エネルギーは5.0μJ/dtexと非常に高くなった。
このため、布帛とし伸長させた際には、伸度に応じて緩やかに応力が発現するため、ホールド性に非常に優れており、極めて良い動作追従性を有していた。結果を表2に示す。
【0175】
[実施例11]
実施例11では、繊維とした際に、繊維径が7.0μm、11.0μmとなるように、孔径0.18mm、0.23mmの吐出孔がそれぞれ36ホール穿設されており、口金面内で細繊維径に相当する小孔径の吐出孔と太繊維径に相当する大孔径の吐出孔が配置された口金を用いた。
図7には、実施例11で用いた口金の吐出板16における吐出孔配置を示しているが、孔径0.18mmの吐出孔群(7-(a))と、孔径0.23mmの吐出孔群(7-(b))が交互に配置された千鳥格子孔配置の口金を用いた。
実施例11では、上記の複合口金を用いたこと以外、実施例1と同様に紡糸、延伸を行い、仮撚加工を施さず、本発明の伸縮加工糸を得た。
【0176】
実施例11の伸縮加工糸の捲縮形態を観察すると、繊維の繊維径に応じた2種類の潜在捲縮が混在しており、コイル径分布では2つの群を有していた。このため、伸長-応力曲線においては、この2種類の捲縮がマルチフィラメントの伸長に応じて順次変形するため、低伸長域から高伸長域に渡って応力の立ち上がりが緩やかであり、伸長エネルギーは3.2μJ/dtexと高い値を示し、好適な伸長抵抗力を有するものであった。
実施例11の伸縮加工糸を布帛とし、リラックス処理を行うと、良好なストレッチ性を発揮しながらも、低伸長領域から適度な伸長抵抗を有することで、ホールド性に優れるものであり、動作追従性に優れるものであった。結果を表2に示す。
【0177】
[比較例1]
比較例1では、実施例1と同様にして延伸糸(56dtex-72フィラメント)を作製した後に、加撚領域での実撚数が5500T/m(仮撚数は40000/Df0.5以上)となるような条件にて仮撚加工を行い、伸縮加工糸を得た。(56dex-72フィラメント、最大-最小群平均値比率3.00)
比較例1の伸縮加工糸では、最大-最小コイル径比率が本発明の伸縮加工糸と比較すると大きいため、比較例1の伸縮加工糸の伸長-応力曲線は段階的な変形を示し、応力の急な立ち上がりが見られるものであった。このため、比較例1の加工糸からなる布帛では、伸長に応じて急に抵抗が増大することで、急激に大きな動作をした場合には、動作に追従できない箇所があり、部分的にツッパリを感じるものであった。結果を表2に示す。
【0178】
[比較例2]
比較例2では、実施例1と同様の条件で紡糸、延伸を行い、仮撚加工を施さず、56dtex-72フィラメントの伸縮加工糸を得た。
比較例2の伸縮加工糸では、コイル径分布には潜在捲縮による1つの群のみが見られ、伸長-応力曲線は
図3の点線3-(a)に示すような単調なプロフィールとなった。
このため、布帛とすると、良好なストレッチ性は有しているものの、低伸長時の抵抗感に欠けるものであり、布帛を伸長した際に低伸長域から高伸長域の幅広い範囲で良好なホールド感と動作追従性という観点で見た場合、実施例1には劣るものであった。結果を表2に示す。
【0179】
[比較例3]
比較例3では、溶融粘度120Pa・sのポリエチレンテレフタレート(PET3)を溶融し、72ホールの吐出孔が穿設してある口金から吐出し、紡糸、延伸することで56dtex-72フィラメントのPET単独糸を得た。これを、ヒーター温度を200℃とした以外、実施例1と同様の条件にて仮撚加工を実施し、伸縮加工糸を得た。(56dtex-72フィラメント)
比較例3の伸縮加工糸の捲縮形態を観察すると、コイル径分布はブロードで、本発明で言う群を有さないものであり、コイル径が粗大な繊維が伸縮加工糸表面にたるんで固定されていた。このため、たるんだ繊維は伸長時の応力を担わない結果、比較例3の伸縮加工糸の伸長-応力曲線は、低伸長時の応力が極めて低く、さらに捲縮が伸長しきった後の応力の立ち上がりが急激なものであった。結果を表2に示す。
【0180】
[実施例12]
第1成分ポリマーとして、ポリブチレンテレフタレート(PBT 溶融粘度:112Pa・s)、第2成分ポリマーとして、ポリエチレンテレフタレート(PET 溶融粘度:39Pa・s)を準備した。第1成分ポリマーと第2成分ポリマーをいずれもエクストルーダーを用いてそれぞれ260℃、280℃で溶融後、第1成分ポリマーと第2成分ポリマーの繊維断面中の面積比が50/50となるように、紡糸温度を280℃としてポンプによる計量を行い、
図12(a)~
図12(c)に示した本実施形態の複合口金に流入させ、孔充填密度を1.2×10
-2孔/mm
2で配置した吐出孔から0.35g/min/孔にて流入ポリマーを吐出した。このとき複合紡糸用口金の分配板については、
図11(a)に示すようなポリマー紡出経路方向の下流側最下層に、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔を複数の第2成分ポリマー分配孔が取り囲んだポリマー分配孔群を穿設し、前記ポリマー分配孔群における64孔の第2成分ポリマー分配孔の内8孔を、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔の円周部の外側に半円周状配列で配置した分配板を用いた。
【0181】
吐出孔から吐出された複合ポリマー流の吐出曲がり角度は36°と極めて良好な吐出安定性を有しており、複合ポリマー流は冷却固化後油剤を付与し、紡糸速度1000m/minで巻取り、80℃と130℃に加熱したローラー間で3.0倍延伸を行うことで、紡糸・延伸工程を通じて56dtex-48フィラメント(単繊維繊度1.2dtex)の複合繊維を得た。この紡糸・延伸工程における糸切れ回数は、0.3回/千万mと極めて良好な製糸安定性を有していた。
【0182】
得られた複合繊維の複合断面は、第1成分ポリマーが芯、第2成分ポリマーが鞘となる
図11(b)に示すような偏心芯鞘断面であり、薄皮部分の厚み割合は4%と十分な薄さでありつつ、薄皮部分の厚みバラつきが10%と高い複合断面の寸法安定性を有していた。また複合繊維の伸縮伸長率は65%であり、極めて良好な捲縮発現性を有していた。結果を表3に示す。
【0183】
[比較例4]
ポリマー流を
図8(b)に示すようなサイドバイサイド断面を有する複合繊維を紡糸する際に用いられる従来の複合口金に流入させ、孔充填密度を加工限界である1.2×10
-2孔/mm
2で配置した吐出孔から0.35g/min/孔にて流入ポリマーを吐出する以外は全て実施例12に従い、56dtex-48フィラメントの複合繊維を得た。
得られた複合繊維の紡糸・延伸工程においては、実施例12と比較して吐出孔から吐出された複合ポリマー流の吐出曲がりが大きかった。また、紡糸時におけるポリマー流の糸揺れや口金面への接触による糸切れも多発する結果であった。結果を表3に示す。
【0184】
[比較例5]
ポリマー流を
図10(b)に示すような偏心芯鞘断面を有する複合繊維を紡糸する際に用いられる従来の複合口金に流入させ、孔充填密度を加工限界である6.1×10
-3孔/mm
2で配置した吐出孔から0.35g/min/孔にて流入ポリマーを吐出する以外は全て実施例12に従い、56dtex-48フィラメントの複合繊維を得た。
得られた複合繊維の紡糸・延伸工程においては、薄皮部分を形成するポリマー流量が極少であることから、複合口金内の流路でポリマーの異常滞留が発生し、劣化ポリマーが混入したことによる延伸時の糸切れが多発する結果であった。また得られた複合繊維の複合断面は、実施例12と比較して薄皮部分の厚みバラつきが大きく、複合断面の寸法安定性に劣るものであった。結果を表3に示す。
【0185】
[比較例6]
複合紡糸用口金の分配板について、ポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設されたポリマー分配孔群における第1成分ポリマー分配孔の配列を
図14(a)に示すような円状配列の配置とした分配板を用いる以外は全て実施例12に従い、56dtex-48フィラメントの複合繊維を得た。
得られた複合繊維は、芯成分の重心点位置が複合繊維断面中心に近づいたことにより捲縮が大きいものであり、実施例12と比較すると捲縮発現性が著しく低下するものであった。結果を表3に示す。
【0186】
[実施例13、14]
複合紡糸用口金の分配板について、ポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設されたポリマー分配孔群における64孔の第2成分ポリマー分配孔の内6孔(実施例13)、4孔(実施例14)を、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔の円周部の外側に半円周状配列で配置した分配板を用いる以外は全て実施例12に従い、56dtex-48フィラメントの複合繊維を得た。
得られた複合繊維は、半円周状配列で配置した第2成分ポリマー分配孔の孔数が少なくなるほど、芯成分の重心点位置が複合繊維断面中心から離れたことで、捲縮がより微細となっており、実施例12と比較すると良好な捲縮発現性を有するものであった。結果を表3に示す。
【0187】
[実施例15、16]
複合紡糸用口金の分配板について、ポリマー紡出経路方向の下流側最下層に穿設されたポリマー分配孔群における64孔の第2成分ポリマー分配孔の内12孔(実施例15)、16孔(実施例16)を、半円状配列の複数の第1成分ポリマー分配孔の円周部の外側に半円周状配列で配置した分配板を用いる以外は全て実施例12に従い、56dtex-48フィラメントの複合繊維を得た。
得られた複合繊維は、半円周状配列で配置した第2成分ポリマー分配孔の孔数が多くなるほど、実施例12と比較して薄皮部分の厚みが増加したことから、吐出孔から吐出された複合ポリマー流の吐出曲がりが小さくなっていた。また、紡糸時におけるポリマー流の糸揺れや口金面への接触による糸切れもほとんど発生しなかった。結果を表3に示す。
【0188】
[実施例17]
孔充填密度を1.8×10-2孔/mm2で配置した吐出孔から0.23g/min/孔にて流入ポリマーを吐出する以外は全て実施例12に従い、56dtex-72フィラメントの複合繊維を得た。
得られた複合繊維は、単繊維繊度が細くなることで糸の剛性が低下するため、該複合繊維を用いた布帛は良好なストレッチを有しつつ、風合いに優れるものであった。結果を表4に示す。
【0189】
[比較例7]
ポリマー流を
図8(b)に示すようなサイドバイサイド断面を有する複合繊維を紡糸する際に用いられる従来の複合口金に流入させ、孔充填密度を加工限界である1.2×10
-2孔/mm
2で配置した吐出孔から0.23g/min/孔にて流入ポリマーを吐出する以外は全て実施例12に従い、紡糸を実施したところ、比較例4と比較して、吐出量が減少して重力が減少したことから、吐出孔から吐出された複合ポリマー流の吐出曲がりがさらに悪化しており、紡糸時におけるポリマー流の口金面への接触が定常的に発生し、紡糸不可であった。結果を表4に示す。
【0190】
[比較例8]
ポリマー流を
図10(b)に示すような偏心芯鞘断面を有する複合繊維を紡糸する際に用いられる従来の複合口金に流入させ、孔充填密度を加工限界である6.1×10
-3孔/mm
2で配置した吐出孔から0.23g/min/孔にて流入ポリマーを吐出する以外は全て実施例12に従い、56dtex-72フィラメントの複合繊維を得た。
得られた複合繊維の紡糸・延伸工程においては、比較例5と比較して、薄皮部分を形成するポリマー流量が極少であることから、複合口金内の流路でポリマーの異常滞留が発生し、劣化ポリマーが混入したことによる延伸時の糸切れが多発する結果であった。また得られた複合繊維の複合断面においても、薄皮部分の厚みバラつきがより大きくなっており、複合断面の寸法安定性も著しく悪化していた。結果を表4に示す。
【0191】
[実施例18]
第1成分ポリマーをポリブチレンテレフタレート(PBT 溶融粘度:218Pa・s)とする以外は全て実施例12に従い、56dtex-48フィラメントの複合繊維を得た。
得られた複合繊維は、第1成分ポリマーと第2成分ポリマーの粘度比が増加したことで、高収縮成分である第1成分ポリマーが高配向となり、収縮差が拡大することで捲縮がより微細となっており、実施例12と比較すると良好な捲縮発現性を有するものであった。結果を表4に示す。
【0192】
[比較例9]
第1成分ポリマーをポリブチレンテレフタレート(PBT 溶融粘度:218Pa・s)とし、ポリマー流を
図8(b)に示すようなサイドバイサイド断面を有する複合繊維を紡糸する際に用いられる従来の複合口金に流入させ、孔充填密度を加工限界である1.2×10
-2孔/mm
2で配置した吐出孔から0.35g/min/孔にて流入ポリマーを吐出する以外は全て実施例12に従い、紡糸を実施したところ、比較例4と比較して、第1成分ポリマーと第2成分ポリマーの粘度比が増加したことから、吐出孔から吐出された複合ポリマー流の吐出曲がりがさらに悪化しており、紡糸時におけるポリマー流の口金面への接触が定常的に発生し、紡糸不可であった。結果を表4に示す。
【0193】
[実施例19]
第1成分ポリマーをポリトリメチレンテレフタレート(PTT 溶融粘度:109Pa・s)とする以外は全て実施例12に従い、56dtex-48フィラメントの複合繊維を得た。
得られた複合繊維は、第1成分ポリマーをPBTからPTTに変更したことから、荷重下での捲縮発現性が良好となっており、布帛とした際には高いストレッチ性が得られるものであった。結果を表4に示す。
【0194】
[実施例20]
第1成分ポリマーをポリオキシテトラメチレングリコール20%共重合ポリブチレンテレフタレート(PTMG20%共重合PBT 溶融粘度:410Pa・s)とする以外は全て実施例12に従い、56dtex-48フィラメントの複合繊維を得た。
得られた複合繊維は、第1成分ポリマーをPBTからPTMG共重合PBTに変更したことから、弾性的な挙動が強く感じられるものとなり、布帛とした際にはスパンデックスライクなストレッチ性が得られるものであった。結果を表4に示す。
【0195】
【0196】
【0197】
【0198】
【0199】
本発明を特定の態様を用いて詳細に説明したが、本発明の意図と範囲を離れることなく様々な変更および変形が可能であることは、当業者にとって明らかである。なお、本出願は2018年11月6日付で出願された日本特許出願(特願2018-209024)、及び2018年11月6日付で出願された日本特許出願(特願2018-209025)に基づいており、その全体が引用により援用される。
【符号の説明】
【0200】
M1、M2:伸縮加工糸を構成する繊維の捲縮形態における任意の隣り合う山の頂点
V1:伸縮加工糸を構成する繊維の捲縮形態における谷の頂点
Dc:伸縮加工糸を構成する繊維の捲縮コイル径
D:繊維径
2-(a)、2-(b):伸縮加工糸の繊維のコイル径分布における群の一例
3-(a):1種類のコイル径のみで構成されているマルチフィラメントの伸長変形プロフィールの一例
3-(b):伸縮加工糸の伸長変形プロフィールの一例
4-(a):伸縮加工糸の伸長変形プロフィールにおいて、強度が0.05cN/dtexとなる点
4-(b):4-(a)から横軸に向かって垂線を降ろした時の横軸との交点
5-(a)、5-(c):繊維径分布
5-(b)、5-(d):中央繊維径
5-(e)、5-(f):繊維径の分布幅
6-(a):実施例10で用いた口金の吐出板における吐出孔配置のうち、薄皮厚みが0.04となる分配孔群に相当する吐出孔群
6-(b):実施例10で用いた口金の吐出板における吐出孔配置のうち、薄皮厚みが0.09となる分配孔群に相当する吐出孔群
A : 芯成分(第1成分ポリマー、高粘度ポリマー)
B : 鞘成分(第2成分ポリマー、低粘度ポリマー)
G : 吐出されたポリマー流
V1~V5:導入孔内部でのポリマーの速度分布
W : 溝幅
a : 繊維横断面の複合断面におけるポリマーAの重心点
c : 繊維横断面の複合断面における中心点
S : 繊維横断面の複合断面におけるポリマーBの最小となる厚み
1、2、3 : 誘導孔
4、7 : 導入孔
5、6 : 流路
8 : 口金吐出孔
9 : 第1成分ポリマー分配孔
10 : 第2成分ポリマー分配孔
11 : ポリマー分配孔群の最外接円
12 : 直線
13 : 曲線
14 : 計量板
15 : 分配板
16 : 吐出板
17 : 分配溝
18 : 分配孔
19 : 吐出導入孔
20 : 縮小孔
21 : 口金吐出孔
22a: 第1成分ポリマー用計量孔
22b: 第2成分ポリマー用計量孔