(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-25
(45)【発行日】2023-10-03
(54)【発明の名称】ヘモグロビン分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20230926BHJP
G01N 30/26 20060101ALI20230926BHJP
【FI】
G01N30/88 Q
G01N30/26 A
(21)【出願番号】P 2020083893
(22)【出願日】2020-05-12
【審査請求日】2023-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】390037327
【氏名又は名称】積水メディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木佐貫 正人
(72)【発明者】
【氏名】太平 博暁
(72)【発明者】
【氏名】山田 有理子
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-207497(JP,A)
【文献】特開2009-236768(JP,A)
【文献】特開2016-27326(JP,A)
【文献】国際公開第2019/203302(WO,A1)
【文献】国際公開第92/008984(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/88
G01N 30/26
G01N 30/02
G01N 33/72
B01D 15/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン交換クロマトグラフィーによるヘモグロビン分析方法であって、亜鉛イオンを含有する溶離液を用いてヘモグロビンを分離することを含む、分析方法。
【請求項2】
前記ヘモグロビンがヘモグロビンS及びヘモグロビンCからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1記載の分析方法。
【請求項3】
前記亜鉛イオンを含有する溶離液が塩化亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、炭酸亜鉛、及びグルコン酸亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種を含有する溶離液である、請求項1又は2記載の分析方法。
【請求項4】
前記溶離液中の前記亜鉛イオンの濃度が0μMより高く4.60μM以下である、請求項1~3のいずれか1項記載の分析方法。
【請求項5】
前記クロマトグラフィーが高速液体クロマトグラフィーである、請求項1~4のいずれか1項記載の分析方法。
【請求項6】
イオン交換クロマトグラフィーにおけるヘモグロビンの保持時間の制御方法であって、亜鉛イオンを含有する溶離液を用いてヘモグロビンを分離することを含む、制御方法。
【請求項7】
前記ヘモグロビンがヘモグロビンS及びヘモグロビンCからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項6記載の制御方法。
【請求項8】
亜鉛イオンを含有する、イオン交換クロマトグラフィーによるヘモグロビン分離用溶離液。
【請求項9】
前記亜鉛イオンを含有する溶離液が塩化亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、炭酸亜鉛、及びグルコン酸亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種を含有する溶離液である、請求項8記載の溶離液。
【請求項10】
前記溶離液中の前記亜鉛イオンの濃度が0μMより高く4.60μM以下である、請求項8又は9記載の溶離液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘモグロビンの分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘモグロビン(Hb)は、酸素と結合するヘム(色素部分)と、ヘムを抱えるグロビンからなる色素タンパク質であり、全身の細胞への酸素の運搬に関わる。正常ヒトグロビンのポリペプチドには、α、β、γ、δ鎖という4種類のサブユニットがあり、これらが2本のα鎖と2本の非α鎖からなるテトラマーを構成する。正常ヒトHbにはHbA(α2β2)、HbA2(α2δ2)及びHbF(α2γ2)の3種類が存在するが、その大部分はHbAである。HbAには主にHbA0と糖化したHbA1cが含まれ、HbA1cは糖尿病などのマーカーとして使用される。
【0003】
グロビンサブユニットの立体構造の異常は異常Hb症を、一方、グロビンサブユニットの形成不全はサラセミアを引き起こし、いずれも貧血や、さらに重症例では溶血、発育不全、骨変形などをもたらす。異常Hb症は、一般にHbS、HbC、HbE、HbDなどの異常Hbを検出することで診断される。サラセミアは、α鎖の形成不全によるαサラセミアとβ鎖の形成不全によるβサラセミアに大別され、一般にHbA2、HbFなどの高値を指標に診断される。
【0004】
高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いてヘモグロビンを検出する方法がある。特許文献1には、リン酸1水素・2アルカリ金属塩(成分1)及びリン酸2水素・1アルカリ金属塩(成分2)を異なる比率で含む複数の溶離液を順次送液するグラジエント溶出を用いたHPLCにより、異常HbであるHbS、HbC、HbE及びHbDや、サラセミアマーカーHbA2及びHbFを分離可能であることが記載されている。特許文献2には、pH8.1以上、浸透圧40mOsm/kg以下の溶離液を用いたカチオン交換クロマトグラフィーにより、HbA0に加えて、HbA1c、HbS、HbC等の異常Hb、サラセミアマーカーなどを分離できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-27326号公報
【文献】国際公開公報第2019/203302号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来のHPLCを用いるヘモグロビン分析方法では、ヘモグロビンの分離が不十分になる場合があった。本発明は、血液試料から、異常ヘモグロビンを含む各種ヘモグロビンを簡便に分離及び検出することができるヘモグロビン分析方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、イオン交換クロマトグラフィーによるヘモグロビン分析方法に用いる溶離液について種々検討した結果、亜鉛イオンを含有する溶離液を用いることで、各種ヘモグロビンの保持時間を制御できることを見出した。
【0008】
したがって、本発明は、以下を提供する。
〔1〕イオン交換クロマトグラフィーによるヘモグロビン分析方法であって、亜鉛イオンを含有する溶離液を用いてヘモグロビンを分離することを含む、分析方法。
〔2〕前記ヘモグロビンがヘモグロビンS及びヘモグロビンCからなる群より選択される少なくとも1種である、〔1〕記載の分析方法。
〔3〕前記亜鉛イオンを含有する溶離液が塩化亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、炭酸亜鉛、及びグルコン酸亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種を含有する溶離液である、〔1〕又は〔2〕記載の分析方法。
〔4〕前記溶離液中の前記亜鉛イオンの濃度が0μMより高く4.60μM以下である、〔1〕~〔3〕のいずれか1項記載の分析方法。
〔5〕前記クロマトグラフィーが高速液体クロマトグラフィーである、〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の分析方法。
〔6〕イオン交換クロマトグラフィーにおけるヘモグロビンの保持時間の制御方法であって、亜鉛イオンを含有する溶離液を用いてヘモグロビンを分離することを含む、制御方法。
〔7〕前記ヘモグロビンがヘモグロビンS及びヘモグロビンCからなる群より選択される少なくとも1種である、〔6〕記載の制御方法。
〔8〕亜鉛イオンを含有する、イオン交換クロマトグラフィーによるヘモグロビン分離用溶離液。
〔9〕前記亜鉛イオンを含有する溶離液が塩化亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、炭酸亜鉛、及びグルコン酸亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種を含有する溶離液である、〔8〕記載の溶離液。
〔10〕前記溶離液中の前記亜鉛イオンの濃度が0μMより高く4.60μM以下である、〔8〕又は〔9〕記載の溶離液。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、イオン交換クロマトグラフィーによるヘモグロビン分析において、血液試料に含まれる主要なヘモグロビンであるHbA0や、HbS、HbC等の異常Hb、サラセミアマーカーなどの保持時間を制御することができる。本発明は、各種ヘモグロビンの分析に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】金属化合物含有溶離液を用いたイオン交換クロマトグラフィーによるHbSの分析結果。(A)金属塩添加なしの溶離液を用いた場合の結果、(B)塩化亜鉛含有溶離液又は硫酸亜鉛含有溶離液を用いた場合の結果、(C)塩化マグネシウム含有溶離液又は硫酸マグネシウム含有溶離液を用いた場合の結果、(D)塩化カルシウム含有溶離液又は硫酸カルシウム含有溶離液を用いた場合の結果。
【
図2】金属化合物含有溶離液を用いたイオン交換クロマトグラフィーによるHbCの分析結果。(A)金属塩添加なしの溶離液を用いた場合の結果、(B)塩化亜鉛含有溶離液又は硫酸亜鉛含有溶離液を用いた場合の結果、(C)塩化マグネシウム含有溶離液又は硫酸マグネシウム含有溶離液を用いた場合の結果、(D)塩化カルシウム含有溶離液又は硫酸カルシウム含有溶離液を用いた場合の結果。
【
図3】塩化亜鉛含有溶離液を用いたイオン交換クロマトグラフィーによるHbSの分析結果。(A)亜鉛イオン濃度0μMの場合の結果、(B)亜鉛イオン濃度0.19μMの場合の結果、(C)亜鉛イオン濃度0.38μMの場合の結果、(D)亜鉛イオン濃度0.76μMの場合の結果、(E)亜鉛イオン濃度1.53μMの場合の結果。
【
図4】塩化亜鉛含有溶離液を用いたイオン交換クロマトグラフィーによるHbCの分析結果。(A)亜鉛イオン濃度0μMの場合の結果、(B)亜鉛イオン濃度0.19μMの場合の結果、(C)亜鉛イオン濃度0.38μMの場合の結果、(D)亜鉛イオン濃度0.76μMの場合の結果、(E)亜鉛イオン濃度1.53μMの場合の結果。
【
図5】溶離液に含まれる亜鉛イオン濃度とHbSの保持時間の関係を示す図。
【
図6】溶離液に含まれる亜鉛イオン濃度とHbCの保持時間の関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0012】
本発明のヘモグロビン分析方法は、イオン交換クロマトグラフィーにより試料中のヘモグロビンを分離することを含む。当該本発明の方法に用いられる試料としては、通常のヘモグロビン分析に用いられるヘモグロビンを含む血液試料を用いることができる。例えば、ヒトから採取した血液を溶血又は希釈した血液試料を用いることができる。
【0013】
好ましくは、本発明の方法で行われるイオン交換クロマトグラフィーは、カチオン交換カラムを用いた、カチオン交換クロマトグラフィーである。本発明の方法で用いられるカチオン交換カラムは、カチオン交換基を有する固定相が充填されたカラムであればよい。該カチオン交換基としては、カルボキシル基、リン酸基、スルホン酸基などが挙げられ、このうちスルホン酸基が好ましい。
【0014】
該カチオン交換カラムの固定相としては、充填剤粒子、多孔質体等が挙げられ、充填剤粒子が好ましい。該充填剤粒子としては、無機系粒子、有機系粒子等が挙げられる。該無機系粒子としては、シリカ、ジルコニア等で構成される粒子が挙げられる。該有機系粒子としては、セルロース、ポリアミノ酸、キトサン等の天然高分子粒子や、ポリスチレン、ポリアクリル酸エステル等の合成高分子粒子が挙げられる。該カチオン交換基を有する固定相の好ましい例として、特開2011-047858号公報に開示されている、非架橋性の親水性アクリル系単量体とポリグリシジルエーテル類との混合物を重合して得られる架橋重合体粒子と、該架橋重合体粒子の表面に重合されたカチオン交換基を有するアクリル系単量体の層とを含む充填剤が挙げられる。
【0015】
好ましくは、本発明の方法で行われるクロマトグラフィーは、液体クロマトグラフィーであり、より好ましくは高速液体クロマトグラフィー(HPLC)である。本発明におけるイオン交換クロマトグラフィーは、公知の液体クロマトグラフィーシステム、すなわち、溶離液送液用のポンプ、サンプラ、検出器等を備えたシステムに接続したイオン交換カラムを用いて行うことができる。
【0016】
本発明のヘモグロビン分析方法では、従来のイオン交換クロマトグラフィーによるヘモグロビン分析と同様に、試料中のヘモグロビンをイオン交換カラムに吸着させた後、該カラムに溶離液を流して該カラムからヘモグロビンを溶離させることにより、試料中のヘモグロビンを分離する。したがって、本発明のヘモグロビン分析方法で使用される溶離液は、イオン交換クロマトグラフィーによるヘモグロビン分離のために使用される溶離液である。より好ましくは、該溶離液は、カチオン交換クロマトグラフィーにおいて、カチオン交換カラムからのヘモグロビンの溶離のために使用される溶離液である。
【0017】
本発明のヘモグロビン分析方法では、亜鉛イオンを含有する溶離液を用いる。亜鉛イオンを含有する溶離液は、イオン交換クロマトグラフィーによるヘモグロビン分析に用いられる公知の溶離液に亜鉛化合物を添加して作製することができる。
上記亜鉛化合物としては、特に限定されないが、水溶性の亜鉛化合物が好ましい。該水溶性の亜鉛化合物としては、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、炭酸亜鉛、グルコン酸亜鉛などが挙げられ、このうち、塩化亜鉛又は硫酸亜鉛が好ましい。該亜鉛化合物は、単独で用いられてもよく、2種以上で併用されてもよい。該溶離液に含まれる亜鉛イオン濃度に依存してHbA0、HbS、HbC、HbE、HbDなどのヘモグロビンの保持時間が延長されるので、該溶離液中の亜鉛イオン濃度は所望の保持時間に応じて適宜設定すればよい。該溶離液中の亜鉛イオン濃度としては、例えば、0μMより高く、好ましくは0.08μM以上、より好ましくは0.15μM以上であり、一方、好ましくは4.60μM以下、より好ましくは3.10μM以下、さらに好ましくは2.30μM以下、さらに好ましくは1.60μM以下、さらに好ましくは1.53μM以下である。該溶離液中の亜鉛イオン濃度が4.60μMを超えると、保持時間とのトレードオフで分離能が低下することがある。本発明で使用される該溶離液中の亜鉛イオン濃度は、好ましくは0μMより高く4.60μM以下であり、より好ましくは0.08μM以上3.10μM以下であり、さらに好ましくは0.08μM以上2.30μM以下であり、さらに好ましくは0.15μM以上1.60μM以下であり、さらに好ましくは0.15μM以上1.53μM以下である。なお、従来のヘモグロビン分析方法で用いられていた溶離液には、亜鉛イオンは含まれていない。
【0018】
本発明で使用される該溶離液は、上記の亜鉛化合物に加えて、公知の緩衝剤を含有する。該溶離液に含まれ得る緩衝剤の例としては、有機酸、無機酸、グッド緩衝剤などが挙げられる。有機酸の例としては、クエン酸、コハク酸、酒石酸、リンゴ酸等、及びこれらの塩が挙げられ、無機酸の例としては、塩酸、硝酸、硫酸、リン酸、ホウ酸、酢酸、過塩素酸等、及びこれらの塩が挙げられる。該溶離液に用いられる緩衝液は、これらの有機酸及び無機酸のいずれか1種又は2種以上を組み合わせて含有することができる。このうち、リン酸塩、コハク酸塩、及び過塩素酸塩のいずれか1種又は2種以上を含む緩衝液が好ましい。リン酸塩の例としては、ナトリウム塩及びカリウム塩などが挙げられ、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウムが好ましい。コハク酸塩の例としては、ナトリウム塩及びカリウム塩などが挙げられ、コハク酸一ナトリウム、コハク酸二ナトリウムが好ましい。過塩素酸塩の例としては、過塩素酸ナトリウムが挙げられる。これらのリン酸塩、コハク酸塩及び過塩素酸塩は、単独で用いられてもよく、2種以上で併用されてもよい。グッド緩衝剤の好ましい例としては、Bicine(N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン)、Tricine(N-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン)、及びTES(N-トリス(ヒドロキシメチル)メチル-2-アミノエタンスルホン酸)が挙げられ、このうち、TESが好ましい。
【0019】
本発明で使用される該溶離液における上述した緩衝剤の濃度及びpHは、亜鉛イオン及び後述する添加剤等の影響を考慮した上で、適宜設定すればよい。
【0020】
上記溶離液は、1液で用いてもよく、pH及び/又は塩濃度グラジエント溶出のため2液以上で用いてもよい。好ましくは以下の溶離液A(以下、A液と称することがある)及び溶離液B(以下、B液と称することがある)を含む2液以上で用いる。2液以上を用いる場合、亜鉛イオンは、A液、B液のいずれかに含有されていればよく、A液及びB液の両方に亜鉛イオンが含有されていてもよい。
【0021】
A液
A液に含まれ得る緩衝剤の例としては、有機酸、無機酸などが挙げられる。有機酸の例としては、クエン酸、コハク酸、酒石酸、リンゴ酸等、及びこれらの塩が挙げられ、無機酸の例としては、塩酸、硝酸、硫酸、リン酸、ホウ酸、酢酸、過塩素酸等、及びこれらの塩が挙げられる。該A液に用いられる緩衝液は、これらの有機酸及び無機酸のいずれか1種又は2種以上を組み合わせて含有することができる。このうち、リン酸塩、コハク酸塩、及び過塩素酸塩のいずれか1種又は2種以上を含む緩衝液が好ましい。リン酸塩の例としては、ナトリウム塩及びカリウム塩などが挙げられ、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウムが好ましい。コハク酸塩の例としては、ナトリウム塩及びカリウム塩などが挙げられ、コハク酸一ナトリウム、コハク酸二ナトリウムが好ましい。過塩素酸塩の例としては、過塩素酸ナトリウムが挙げられる。これらのリン酸塩、コハク酸塩及び過塩素酸塩は、単独で用いられてもよく、2種以上で併用されてもよい。該A液における緩衝剤の濃度は、0.1mM以上400mM以下であればよく、好ましくは1mM以上300mM以下である。
【0022】
該A液のpHは、好ましくはpH4.0以上、より好ましくはpH5.0以上であり、好ましくはpH6.8以下、より好ましくはpH6.0以下である。該A液のpH範囲は、好ましくはpH4.0~6.8であり、より好ましくはpH5.0~6.0である。また、該A液の浸透圧は、好ましくは160mOsm/kg以上、より好ましくは170mOsm/kg以上であり、好ましくは240mOsm/kg以下、より好ましくは220mOsm/kg以下である。該A液の浸透圧の範囲は、好ましくは160~240mOsm/kgであり、より好ましくは170~220mOsm/kgである。好ましい実施形態において、A液は、pH4.0~6.8であり、かつ浸透圧が160~240mOsm/kg、より好ましくは170~220mOsm/kgである。より好ましい実施形態において、A液は、pH5.0~6.0であり、かつ浸透圧が160~240mOsm/kg、より好ましくは170~220mOsm/kgである。本明細書における浸透圧の値は、凝固点降下法により測定された浸透圧の値をいう。浸透圧は、市販の浸透圧計、例えばオズモメーター3250(Advanced Instruments製)等を用いて測定することができる。また本明細書において、浸透圧の単位mOsm/kgとは、mOsm/kgH2Oを意味し、これはmOsm/L又はmOsmとも表記されることがある。
【0023】
B液
B液に含まれ得る緩衝剤の例としては、有機酸、無機酸、グッド緩衝剤などが挙げられる。有機酸の例としては、クエン酸、コハク酸、酒石酸、リンゴ酸等、及びこれらの塩が挙げられ、無機酸の例としては、塩酸、硝酸、硫酸、リン酸、ホウ酸、酢酸、過塩素酸等、及びこれらの塩が挙げられる。該B液に用いられる緩衝液は、これらの有機酸及び無機酸のいずれか1種又は2種以上を組み合わせて含有することができる。このうち、リン酸塩、コハク酸塩、及び過塩素酸塩のいずれか1種又は2種以上を含む緩衝液が好ましい。リン酸塩の例としては、ナトリウム塩及びカリウム塩などが挙げられ、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウムが好ましい。コハク酸塩の例としては、ナトリウム塩及びカリウム塩などが挙げられ、コハク酸一ナトリウム、コハク酸二ナトリウムが好ましい。過塩素酸塩の例としては、過塩素酸ナトリウムが挙げられる。これらのリン酸塩、コハク酸塩及び過塩素酸塩は、単独で用いられてもよく、2種以上で併用されてもよい。グッド緩衝剤の例としては、Bicine(N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン)、Tricine(N-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン)、及びTES(N-トリス(ヒドロキシメチル)メチル-2-アミノエタンスルホン酸)が挙げられ、このうち、TESが好ましい。
【0024】
該B液における該緩衝剤の濃度は、好ましくは2mM以上、より好ましくは2.5mM以上、さらに好ましくは5mM以上であり、好ましくは17mM以下、より好ましくは15mM以下、さらに好ましくは12.5mM以下である。本発明で使用される該B液における該緩衝剤の濃度の範囲は、好ましくは2~17mMであり、より好ましくは2.5~15mMであり、さらに好ましくは5~12.5mMである。
【0025】
該B液のpHは、好ましくはpH8.1以上、より好ましくはpH8.2以上、さらに好ましくはpH8.3以上であり、好ましくはpH10.0以下、より好ましくはpH9.0以下、さらに好ましくはpH8.6以下である。該B液のpH範囲は、好ましくはpH8.1~10.0であり、より好ましくはpH8.2~9.0であり、さらに好ましくはpH8.3~8.6である。また、該B液の浸透圧は、好ましくは15mOsm/kg以上、より好ましくは19mOsm/kg以上、さらに好ましくは26mOsm/kg以上であり、好ましくは40mOsm/kg以下、より好ましくは37mOsm/kg以下、さらに好ましくは36mOsm/kg以下である。該B液の浸透圧の範囲は、好ましくは15~40mOsm/kgであり、より好ましくは19~37mOsm/kgであり、さらに好ましくは26~36mOsm/kgである。好ましい実施形態において、B液は、pH8.1~10.0であり、かつ浸透圧が15~40mOsm/kgである。より好ましい実施形態において、B液は、pH8.2~9.0であり、かつ浸透圧が19~37mOsm/kgである。さらに好ましい実施形態において、B液は、pH8.3~8.6であり、かつ浸透圧が26~36mOsm/kgである。
【0026】
本発明で使用される該溶離液は、上述した亜鉛イオンや緩衝剤以外に、溶媒、及び、ヘモグロビン変性剤、三価ヘム鉄への結合剤、pH調整剤、界面活性剤などの添加剤を含有していてもよい。
【0027】
好ましくは、本発明で使用される該溶離液は、ヘモグロビン変性剤を含有する。ヘモグロビン変性剤は、ヘモグロビンのヘム鉄を二価から三価に変化させ、メトヘモグロビンを生成することができる酸化剤であればよい。そのような酸化剤の例としては、亜硝酸塩、フェリシアン化カリウム、メチレンブルー、過酸化水素、アスコルビン酸、硫化水素などが挙げられる。このうち、亜硝酸塩が好ましく、亜硝酸ナトリウム又は亜硝酸カリウムがより好ましい。該溶離液における該ヘモグロビン変性剤の濃度は、好ましくは0.05~15mmol/L、より好ましくは1.0~10mmol/Lである。
【0028】
また好ましくは、本発明で使用される該溶離液は、三価ヘム鉄への結合剤を含有する。該三価ヘム鉄への結合剤は、該ヘモグロビン変性剤により生成されたメトヘモグロビンを安定化させて、その溶出挙動を安定化させる。該三価ヘム鉄への結合剤の例としては、アジ化物、シアン化物等が挙げられる。アジ化物の例としては、アジ化ナトリウム、ジフェニルリン酸アジド、4-ドデシルベンゼンスルフォニルアジド、4-アセチルアミノベンゼンスルフォニルアジド、アジ化カリウム、アジ化リチウム、アジ化鉄、アジ化水素、アジ化鉛、アジ化水銀、アジ化銅、アジ化銀等が挙げられる。シアン化物の例としては、シアン化カリウム、シアン化水素、シアン化ナトリウム、シアン化銀、シアン化水銀、シアン化銅、シアン化鉛、シアン化鉄、シアン化リチウム、シアン化アンモニウム等が挙げられる。好ましくは、該三価のヘム鉄への結合剤はアジ化物であり、より好ましくはアジ化ナトリウムである。該溶離液における該三価ヘム鉄への結合剤の濃度は、好ましくは0.05~15mmol/L、より好ましくは0.5~10mmol/Lである。
【0029】
該pH調整剤としては、公知の酸及び塩基が挙げられ、酸の例としては、塩酸、リン酸、硝酸、硫酸などが挙げられ、塩基の例としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化マグネシウム、水酸化バリウム、水酸化カルシウムなどが挙げられる。
【0030】
該界面活性剤としては、公知の界面活性剤が挙げられ、例えば、TritonX、Tween20等挙げられる。
【0031】
該溶媒としては、メタノール、エタノール、アセトニトリル、アセトン等の水溶性有機溶媒が挙げられる。該溶媒の濃度は、塩等が析出しない程度であることが好ましく、例えば80%(v/v)以下が好ましく、より好ましい範囲は0.1%(w/w)以上50%(w/w)以下である。
【0032】
好ましくは、本発明のヘモグロビン分析方法では、上記溶離液を用いたグラジエント溶離により、ヘモグロビンを分離する。好ましくは、本発明の方法では、A液、B液の間でグラジエントをかける。
【0033】
好ましくは、本発明の方法におけるグラジエント溶離では、まず、A液100%(B液0%)で通液し、次いでグラジエントをかけてB液の割合を増加させ、B液の割合を100%まで上げる。グラジエントの大きさは、カラムの性能等に合わせて適宜調整すればよく、特に限定されない。グラジエントの一例は、A:B=100:0 → Bの割合を50~98容量%(好ましくは70~95容量%)まで増加 → 段階的にBの割合をさらに増加 → A:B=0:100である。グラジエントの別の一例は、A:B=100:0 → 溶離液が全体でpH6.5~8.0、浸透圧20~100mOsm/kgになるようBの割合を増加 → 段階的にBの割合をさらに増加 → A:B=0:100である。必要に応じて、この後に再びA:B=100:0の通液時間を設けてもよい。
【0034】
一実施形態において、本発明のヘモグロビン分析方法は、異常ヘモグロビンの検出に利用される。本発明の方法で検出される異常ヘモグロビンとしては、HbS、HbC、HbE、HbD、及びHbO-Arabからなる群より選択される少なくとも1種が挙げられ、好ましくはHbS、HbC、HbE、及びHbDからなる群から選択される少なくとも1種、より好ましくはHbS及びHbCからなる群より選択される少なくとも1種である。本発明の方法は、亜鉛イオンを溶離液に含有せしめるという簡便な手法で上記に挙げた異常ヘモグロビンの保持時間を制御することで、該異常ヘモグロビンの分離検出に貢献することが可能である。
【0035】
別の一実施形態において、本発明のヘモグロビン分析方法は、サラセミアマーカーの検出に利用される。本発明の方法で検出されるサラセミアマーカーとしては、HbA2、HbF、HbH、HbBart’、及びHbConstant Springからなる群より選択される少なくとも1種が挙げられ、好ましくはHbA2である。本発明の方法は、亜鉛イオンを溶離液に含有せしめるという簡便な手法で上記に挙げたサラセミアマーカーの保持時間を制御することで、該サラセミアマーカーの分離検出に貢献することが可能である。
【0036】
さらに別の一実施形態において、本発明は、イオン交換クロマトグラフィーにおけるヘモグロビンの保持時間の制御方法を提供する。本発明のヘモグロビンの保持時間の制御方法は、各種ヘモグロビンの分析に利用される。本発明の方法で保持時間が制御される標的ヘモグロビンとしては、HbA0、上述した異常ヘモグロビン、及び上述したサラセミアマーカーからなる群より選択される少なくとも1種が挙げられ、好ましくはHbA0、HbS、HbC、HbE、及びHbDからなる群から選択される少なくとも1種、より好ましくはHbS及びHbCからなる群より選択される少なくとも1種である。本発明の方法は、亜鉛イオンを溶離液に含有せしめるという簡便な手法で該標的ヘモグロビンの保持時間を制御することで標的以外のヘモグロビンや夾雑物の保持時間との差を拡大させ、該標的ヘモグロビンの分離検出に貢献することが可能である。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0038】
(参考例1:ヘモグロビン分離用カラムの調製)
非架橋性の親水性アクリル系単量体としてテトラエチレングリコールモノメタクリレート(日油社製)200g、及び、ポリグリシジルエーテル類としてポリエチレングリコールジグリシジルエーテル(日油社製)200gを混合した単量体混合物に、重合開始剤として過酸化ベンゾイル(ナカライテスク社製)1.0gを溶解した。得られた混合物を、4重量%のポリビニルアルコール(日本合成化学工業社製、「ゴーセノールGH-20」)水溶液5Lに分散させ、攪拌しながら窒素雰囲気下で80℃に加温し、1時間重合反応を行った。温度を30℃に冷却した後、カチオン交換基を有するアクリル系単量体として2-メタクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸(東亜合成社製)100gを反応系に添加し、再び80℃に加温して1時間重合反応を行った。得られた架橋重合体粒子をイオン交換水及びアセトンで洗浄することにより、スルホン酸基が導入された架橋重合体粒子を得た。得られたヘモグロビン分離用カラム充填剤を、内径4mm、長さ20mmのステンレス製カラムに充填し、ヘモグロビン分離用カチオン交換カラムを調製した。
【0039】
(参考例2:検体の調製)
検体A:AFSCヘモコントロール(ヘレナ研究所社製、HbA0、HbS及びHbC含有)を0.1%トリトンX-100含有リン酸緩衝液(pH7.0)で適宜希釈して検体を調製した。
検体B:HbS含有検体(European Reference Laboratory for Glycohemoglobin製、HbA0及びHbS含有)を0.1%トリトンX-100含有リン酸緩衝液(pH7.0)で適宜希釈して検体を調製した。
検体C:HbC含有検体(European Reference Laboratory for Glycohemoglobin製、HbA0及びHbC含有)を0.1%トリトンX-100含有リン酸緩衝液(pH7.0)で適宜希釈して検体を調製した。
【0040】
(試験1)
参考例2で調製した検体A及びCについてヘモグロビン分析を行った。分析条件を以下に示す。
HPLC装置:Prominence20Aシリーズ(島津製作所社製)
検出器:SPD-M20A(島津製作所社製)
送液ポンプ:LC-20AD(島津製作所社製)
脱気ユニット:DGU-20A5R(島津製作所社製)
カラムオーブン:CTO-20AC(島津製作所社製)
オートサンプラー:SIL-20AC(島津製作所社製)
カラム:参考例1で作成したヘモグロビン分離用カチオン交換カラム
流速:1.1mL/min
検出波長:415nm
試料注入量:10μL
溶離液
溶離液A:表1のとおり
溶離液B:10mmol/L TES、5mmol/L亜硝酸ナトリウム、1mmol/Lアジ化ナトリウム(pH8.4、浸透圧31mOsm/kg)
グラジエント:表2のとおり
溶離液のpH及び浸透圧は、pHメーター:F-52(堀場製作所製)、及びオズモメーター3250(Advanced Instruments製)にて測定した。
【0041】
【0042】
【0043】
実施例1及び2、並びに比較例1~5の溶離液を用いて得られた検体AにおけるHbSピークのクロマトグラムを
図1に、実施例1及び2、並びに比較例1~5の溶離液を用いて得られた検体CにおけるHbCピークのクロマトグラムを
図2に示す。各クロマトグラムは、横軸に保持時間を、縦軸にピーク強度を示し、HbS又はHbCのピーク付近を拡大したものである。溶離液AにMgCl
2、CaCl
2、MgSO
4又はCaSO
4を含む場合(比較例2~5)には、HbS及びHbCの保持時間は、溶離液Aに金属塩を添加しない場合(比較例1)と同等であった。これに対し、溶離液AにZnCl
2又はZnSO
4を含む場合(実施例1及び2)には、HbS及びHbCの保持時間は、比較例1に比して延長されていた。本結果より、亜鉛イオンを含む溶離液を用いることで、HbS及びHbCの保持時間を制御できることが示された。
【0044】
(試験2)
参考例2で調製した検体B及びCについてヘモグロビン分析を行った。溶離液Aとして表3に記載の緩衝液を用いた以外は、試験1と同様の条件で試験した。
【0045】
【0046】
比較例1並びに実施例1及び3~5の溶離液を用いて得られた検体BにおけるHbSのピークのクロマトグラムを
図3に、比較例1並びに実施例1及び3~5の溶離液を用いて得られた検体CにおけるHbCのピークのクロマトグラムを
図4にそれぞれ示す。各クロマトグラムは、横軸に保持時間を、縦軸にピーク強度を示し、HbS又はHbCのピーク付近を拡大したものである。また、検体Bのクロマトグラムにおける溶離液Aに含まれる亜鉛イオン濃度とHbSの保持時間の関係を
図5に、検体Cのクロマトグラムにおける溶離液Aに含まれる亜鉛イオン濃度とHbCの保持時間の関係を
図6にそれぞれ示す。亜鉛イオン濃度依存的にHbS及びHbCの保持時間が延長されることが明らかとなった。本結果より、亜鉛イオンを含む溶離液を用いることで、クロマトグラフィー分析におけるヘモグロビンの保持時間を濃度依存的に制御できることが示された。