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特許7355628タイヤの高速直進安定性を評価するシステム、方法及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-25
(45)【発行日】2023-10-03
(54)【発明の名称】タイヤの高速直進安定性を評価するシステム、方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01M 17/02 20060101AFI20230926BHJP
   G01M 17/06 20060101ALI20230926BHJP
   B60C 19/00 20060101ALI20230926BHJP
【FI】
G01M17/02
G01M17/06
B60C19/00 H
B60C19/00 Z
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019220146
(22)【出願日】2019-12-05
(65)【公開番号】P2021089222
(43)【公開日】2021-06-10
【審査請求日】2022-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井上 寛治
【審査官】山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-008882(JP,A)
【文献】特開平06-011421(JP,A)
【文献】特開平10-315939(JP,A)
【文献】特開2001-191937(JP,A)
【文献】特開平06-294709(JP,A)
【文献】特開2002-257691(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0328818(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 17/00-17/10
B60C 19/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
台上試験装置による計測値である、スリップ角SAを連続的に変化させたときのスリップ角SA、コーナリングフォースCF及びセルフアライニングトルクSATの時系列データを取得する取得部と、
前記計測値を用いて、スリップ角SAに対するコーナリングフォースCFの遅れ角δCFを加味したコーナリングスティフネスCS(f)を算出するコーナリングスティフネス算出部と、
前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々について算出した前記コーナリングスティフネスCS(f)を用いて、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインGA(0)を算出する定常ゲイン算出部と、
前記計測値を用いて、前記前輪タイヤについて、スリップ角SAに対するセルフアライニングトルクSATの遅れ角δSATを加味したアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出するアライニングトルクスティフネス算出部と、
前記ヨーレート定常ゲインGψ・(0)に対する前記アライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/Gψ・(0)として定量評価値GAT/ψ・(s)を算出する、または、前記横加速度定常ゲインGA(0)に対する前記アライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/GA(0)として定量評価値GAT/A(s)を算出する定量評価値算出部と、
を備える、タイヤの高速直進安定性を評価するシステム。
【請求項2】
前記コーナリングスティフネス算出部は、スリップ角SAを正弦波に沿って連続的に変化させたときのコーナリングフォースCFの時系列データを用いて、前記スリップ角SAに対する位相ずれに基づいて前記遅れ角δCFを求める、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記コーナリングスティフネス算出部は、スリップ角SAを三角波に沿って連続的に変化させたときのコーナリングフォースCFの時系列データを用いて周波数応答関数を求め、その周波数応答関数の実数部として前記コーナリングスティフネスCS(f)を算出する、請求項1に記載のシステム。
【請求項4】
前記取得部が、スリップ角SAの周波数を変化させて複数の前記時系列データを取得した場合に、前記コーナリングスティフネス算出部は、複数の周波数ごとに前記コーナリングスティフネスCS(f)を算出して加重平均し、それを前記定常ゲイン算出部に供する、請求項1~3いずれか1項に記載のシステム。
【請求項5】
台上試験装置により試験タイヤを転動させて所要の計測値である、スリップ角SAを連続的に変化させたときのスリップ角SA、コーナリングフォースCF及びセルフアライニングトルクSATの時系列データを取得し、
前記計測値を用いて、スリップ角SAに対するコーナリングフォースCFの遅れ角δCFを加味したコーナリングスティフネスCS(f)を算出し、
前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々について算出した前記コーナリングスティフネスCS(f)を用いて、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインGA(0)を算出し、
前記計測値を用いて、前記前輪タイヤについて、スリップ角SAに対するセルフアライニングトルクSATの遅れ角δSATを加味したアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出し、
前記ヨーレート定常ゲインGψ・(0)に対する前記アライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/Gψ・(0)として定量評価値GAT/ψ・(s)を算出する、または、前記横加速度定常ゲインGA(0)に対する前記アライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/GA(0)として定量評価値GAT/A(s)を算出する、
タイヤの高速直進安定性を評価する方法。
【請求項6】
前記コーナリングスティフネスCS(f)を算出する際に、スリップ角SAを正弦波に沿って連続的に変化させたときのコーナリングフォースCFの時系列データを用いて、前記スリップ角SAに対する位相ずれに基づいて前記遅れ角δCFを求める、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記コーナリングスティフネスCS(f)を算出する際に、スリップ角SAを三角波に沿って連続的に変化させたときのコーナリングフォースCFの時系列データを用いて周波数応答関数を求め、その周波数応答関数の実数部として前記コーナリングスティフネスCS(f)を算出する、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
スリップ角SAの周波数を変化させて複数の前記時系列データを取得した場合に、前記コーナリングスティフネスCS(f)を算出する際に、複数の周波数ごとに前記コーナリングスティフネスCS(f)を算出して加重平均する、請求項5~7いずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
請求項5~8いずれか1項に記載の方法を、1又は複数のプロセッサに実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、タイヤの高速直進安定性を評価するシステム、方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
良好な直進性を維持して高速走行時の安定性が確保されるよう、高速直進安定性に優れたタイヤの開発が進められている。高速直進安定性は、オンセンターフィール(On-center Feel)や高速ニュートラル感とも呼ばれる。
【0003】
従来、高速直進安定性の評価は、実車を用いた実走試験においてドライバーの官能評価により行われていた。しかし、実走試験では、多数の試験タイヤを効率的に評価できないうえ、高速直進安定性を評価できるテストコースが限られていることから、台上試験による定量評価で代用することが望まれている。
【0004】
特許文献1には、車両の直進性を評価する方法が記載されているが、タイヤの高速直進安定性を台上試験により定量評価するための手法を具体的に開示するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-234774号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示の目的は、タイヤの高速直進安定性を台上試験により定量評価するシステム、方法及びプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示のタイヤの高速直進安定性を評価するシステムは、
台上試験装置による計測値を取得する取得部と、
前記計測値を用いて、スリップ角SAに対するコーナリングフォースCFの遅れ角δCFを加味したコーナリングスティフネスCS(f)を算出するコーナリングスティフネス算出部と、
前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々について算出した前記コーナリングスティフネスCS(f)を用いて、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインGA(0)を算出する定常ゲイン算出部と、
前記計測値を用いて、前記前輪タイヤについて、スリップ角SAに対するセルフアライニングトルクSATの遅れ角δSATを加味したアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出するアライニングトルクスティフネス算出部と、
前記ヨーレート定常ゲインGψ・(0)に対する前記アライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/Gψ・(0)として定量評価値GAT/ψ・(s)を算出する、または、前記横加速度定常ゲインG(0)に対する前記アライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)G(0)として定量評価値GAT/A(s)を算出する定量評価値算出部と、を備える。
尚、「ψ・」は、「ψ」の上に「・」が付された文字を表し、ヨー角ψの時間微分を意味する。
【0008】
本開示のタイヤの高速直進安定性を評価する方法は、
台上試験装置により試験タイヤを転動させて所要の計測値を取得し、
前記計測値を用いて、スリップ角SAに対するコーナリングフォースCFの遅れ角δCFを加味したコーナリングスティフネスCS(f)を算出し、
前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々について算出した前記コーナリングスティフネスCS(f)を用いて、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインG(0)を算出し、
前記計測値を用いて、前記前輪タイヤについて、スリップ角SAに対するセルフアライニングトルクSATの遅れ角δSATを加味したアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出し、
前記ヨーレート定常ゲインGψ・(0)に対する前記アライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/Gψ・(0)として定量評価値GAT/ψ・(s)を算出する、または、前記横加速度定常ゲインG(0)に対する前記アライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/G(0)として定量評価値GAT/A(s)を算出する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本開示におけるタイヤの高速直進安定性を評価するシステムを示すブロック図
図2】システムで実行される評価処理ルーチンの一例を示すフローチャート
図3】システムで実行される評価処理ルーチンの別例を示すフローチャート
図4】コーナリングフォースの時系列データの一例を示すグラフ
図5】実走試験による官能評価値と代用定量評価値との相関を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示の一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0011】
[タイヤの高速直進安定性を評価するシステム]
図1に示すシステム1は、台上試験装置20で計測した計測値を受け付け、その計測値に基づいて、高速直進安定性の定量評価値を算出する。システム1で算出される定量評価値は、実走試験の官能評価に代用できる代用定量評価値である。システム1で算出される定量評価値には、車両のヨーレートに関する定量評価値GAT/ψ・(s)、及び/または、車両の横方向加速度である横加速度に関する定量評価値GAT/A(s)が含まれる。表記の都合上、「ψ」の上に「・」が付された文字を「ψ・」で表し、ヨー角ψの時間微分を意味する。
【0012】
高速直進安定性は、車両の動きに対するステアリングの手応えとして捉えられるため、車両のヨーレートに対する操舵トルクとして、または、車両の横加速度に対する操舵トルクとして評価できる。前者(操舵トルク/ヨーレート)の評価値に代用できるのが定量評価値GAT/ψ・(s)であり、後者(操舵トルク/横加速度)の評価値に代用できるのが定量評価値GAT/A(s)である。これらの評価値が高いほど、車両の動きやすさに対してステアリングの手応えがしっかりして、高速直進安定性に優れることを意味する。どちらを採用してもよいが、例えば、実走試験で車両の向きが変わりやすい傾向にある場合は定量評価値GAT/ψ・(s)を採用し、車両が僅かに横方向に動く(振られる)傾向にある場合は定量評価値GAT/A(s)を採用することが考えられる。
【0013】
後述する通り、定量評価値GAT/ψ・(s)は、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)に対するアライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/Gψ・(0)として算出される。定量評価値GAT/A(s)は、横加速度定常ゲインG(0)に対するアライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/G(0)として算出される。これは、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインG(0)を車両の動きの尺度とし、アライニングトルクスティフネスATS(f)をステアリングの手応えの尺度としていることに起因する。
【0014】
後ほど詳述するが、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)及び横加速度定常ゲインG(0)は、それぞれ、前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々のコーナリングスティフネスCS(f)、並びに車両特性値を用いて求められる。前輪タイヤと後輪タイヤの双方を考慮することにより、実走試験と比較的良好に合致する定量評価値が得られる。コーナリングスティフネスCS(f)は、後述する遅れ角δCFを用いて算出され、コーナリングフォースCFの応答性の尺度となる。アライニングトルクスティフネスATS(f)は、前輪タイヤのセルフアライニングトルクSATを用いて求められる。アライニングトルクスティフネスATS(f)は、後述する遅れ角δSATを用いて算出され、セルフアライニングトルクSATの応答性の尺度となる。
【0015】
システム1は、台上試験装置20による計測値を取得する取得部10と、コーナリングスティフネス算出部11と、定常ゲイン算出部12と、アライニングトルクスティフネス算出部13と、定量評価値算出部14と、車両特性値などを取得する取得部15とを備える。これら各部10~15は、プロセッサ2、メモリ3、各種インターフェイスなどを備えたコンピュータにおいて、予め記憶されている評価処理ルーチン(図2,3参照)をプロセッサ2が実行することにより、ソフトウェア及びハードウェアが協働して実現される。
【0016】
取得部10は、台上試験装置20による計測値を、ユーザによる操作またはネットワーク経由で取得する。取得部10は、取得した計測値のデータ(計測データ)をメモリ3に記憶する。台上試験装置20は、所定の試験荷重とスリップ角を与えながらタイヤ軸を駆動し、試験路面上で試験タイヤを転動させるコーナリング試験機として構成されている。台上試験装置20は、好ましくはフラットベルト式コーナリング試験機であるが、これに限定されず、ドラム式や平板式(フラットテーブル式)など他の形式のコーナリング試験機であっても構わない。
【0017】
コーナリングスティフネス算出部11は、取得部10が取得した計測値を用いて、スリップ角SAに対するコーナリングフォースCFの遅れ角δCFを加味したコーナリングスティフネスCS(f)を算出する。定常ゲイン算出部12は、前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々について算出したコーナリングスティフネスCS(f)を用いて、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインG(0)を算出する。アライニングトルクスティフネス算出部13は、取得部10が取得した計測値を用いて、スリップ角SAに対するセルフアライニングトルクSATの遅れ角δSATを加味したアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出する。定量評価値算出部14は、比ATS(f)/Gψ・(0)としての定量評価値GAT/ψ・(s)を算出する、または、比ATS(f)/G(0)としての定量評価値GAT/A(s)を算出する。
【0018】
台上試験装置20による台上試験(コーナリング試験)では、コーナリングフォースCF及びセルフアライニングトルクSATの時系列データを取得できる。コーナリング試験の評価速度には、例えば時速120kmまたは時速160kmなど、代用の対象となる実走試験の評価速度(走行速度)が適用される。図4は、コーナリングフォースCFの時系列データの一例を示すグラフである。この例では、スリップ角SAが正弦波で入力されている。より具体的には、スリップ角SAがゼロとなる中立状態から左(または右)へ操舵した後、中立状態を経て右(または左)へ操舵し、再び中立状態に戻る操舵を一つの周期とする左右連続操舵により、スリップ角SAが正弦波(正弦曲線)に沿って連続的に変化している。入力するスリップ角SAの大きさ(スリップ角SAの振幅)は、1度以下が好ましく、0.5度程度がより好ましい。
【0019】
図4のように、コーナリングフォースCFは、スリップ角SAに対して位相を遅らせており、そのコーナリングフォースCFのスリップ角SAに対する位相ずれは、遅れ角δCFとして取得できる。コーナリングスティフネス算出部11は、下記の式(1)により、スリップ角SAに対する遅れ角δCFを加味したコーナリングスティフネスCS(f)[N/rad]を算出することができる。本明細書において、中括弧内は単位を示す。
【数1】
SAamp[rad]は、スリップ角SAの振幅である。CFamp[N]は、コーナリングフォースCFの振幅である。遅れ角δCF[rad]は、例えば正弦波のピーク間隔に基づいて取得される。
【0020】
このように、コーナリングスティフネス算出部11は、スリップ角SAを正弦波で入力したときのコーナリングフォースCFの時系列データを用いて、スリップ角SAに対する位相ずれに基づいて遅れ角δCFを求める。図4に示す範囲ではスリップ角SAの周波数(操舵周波数)が一定であり、その所定の周波数(例えば、0.2Hz)におけるコーナリングスティフネスCS(f)が求められる。かかる周波数は、好ましくは0.5Hz以下であり、より好ましくは0.1~0.5Hzであり、更に好ましくは0.1~0.3Hzである。0.5Hz以下の周波数成分が多く、特に0.1~0.3Hzの周波数成分のレベルが高いためである。このことは、実走試験で高速直進安定性を評価したときの舵角のパワースペクトルから確認できる。
【0021】
コーナリングスティフネス算出部11は、前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々についてコーナリングスティフネスCS(f)を算出する。定常ゲイン算出部12は、そのコーナリングスティフネスCS(f)を用いて、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインG(0)を算出する。定常ゲイン算出部12は、下記の式(2)及び式(3)により、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)を算出することができる。
【数2】
L[m]は、車両のホイールベースである。K[rad/m]は、遅れ角δCFを加味したスタビリティファクタであり、下記の式(3)によって算出される。V[m/sec]は、台上試験の評価速度である。
【数3】
CS[N/rad]は、前輪タイヤのコーナリングスティフネスCS(f)である。F[N]は、前輪タイヤに作用するフロント荷重である。CS[N/rad]は、後輪タイヤのコーナリングスティフネスCS(f)である。F[N]は、後輪タイヤに作用するリア荷重である。
【0022】
また、定常ゲイン算出部12は、下記の式(4)及び上記の式(3)により、横加速度定常ゲインG(0)を算出することができる。定常ゲイン算出部12は、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)及び横加速度定常ゲインG(0)の少なくとも一方を算出すればよい。
【数4】
【0023】
本明細書では、ホイールベースL、速度V、フロント荷重F及びリア荷重Fを一括して「車両特性値」と呼ぶ。車両特性値は、台上試験に先駆けて取得することができる。本実施形態では、車両特性値が事前に取得されており、メモリ3に記憶されている。取得部15は、車両特性値をユーザによる操作またはネットワーク経由で取得し、その計測データをメモリ3に記憶する。図1では、取得部15を取得部10とは別個に示しているが、これらを一本化してもよく、したがって取得部10が取得部15を兼ねていてもよい。
【0024】
図4に示す範囲ではスリップ角SAの周波数が一定であるが、これを変化させて、複数の周波数ごとにコーナリングスティフネスCS(f)を算出してもよい。この場合における周波数の好ましい範囲は既述の通りであり、したがって0.5Hz以下が好ましい。コーナリングスティフネス算出部11は、複数の周波数ごとにコーナリングスティフネスCS(f)を算出して加重平均し、それを定常ゲイン算出部12に供することができる。これにより、複数の周波数を考慮したコーナリングスティフネスCS(f)を用いて定量評価値を算出し、高速直進安定性をより精度良く評価できる。
【0025】
上述した加重平均は、周波数成分の割合に応じた重みで重み付けすることが好ましい。一例として、0.1Hz刻みで0.1Hz、0.2Hz、0.3Hz、0.4Hz、0.5Hzの五つの周波数を採り、それら各々のコーナリングスティフネスCS(f)を算出し、舵角のパワースペクトルのレベルに応じた重みで重み付けした加重平均処理を行って、定常ゲイン算出部12で用いる最終的なコーナリングスティフネスCS(f)を求めることが考えられる。舵角のパワースペクトルは、実走試験によりFFT(高速フーリエ変換)アナライザなどを用いて取得できる。
【0026】
アライニングトルクスティフネス算出部13は、前輪タイヤについて、スリップ角SAに対するセルフアライニングトルクSATの遅れ角δSATを加味したアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出する。アライニングトルクスティフネス算出部13は、セルフアライニングトルクSATの時系列データを用いて、スリップ角SAに対する位相ずれに基づいて遅れ角δSATを求める。セルフアライニングトルクSATの時系列データ(図示せず)は図4と同様の傾向を示し、アライニングトルクスティフネスATS(f)は、コーナリングスティフネスCS(f)と同じ要領で算出される。アライニングトルクスティフネス算出部13は、下記の式(5)により、アライニングトルクスティフネスATS(f)[Nm/rad]を算出できる。
【数5】
SAamp[rad]は、式(1)と同じく、スリップ角SAの振幅である。SATamp[Nm]は、セルフアライニングトルクSATの振幅である。遅れ角δSAT[rad]は、例えば正弦波のピーク間隔に基づいて取得される。
【0027】
既述のように、定量評価値算出部14は、ヨーレートに関する定量評価値GAT/ψ・(s)、または、横加速度に関する定量評価値GAT/A(s)を算出する。定量評価値算出部14は、下記の式(6)により、定量評価値GAT/ψ・(s)を算出できる。
【数6】
式(6)の右辺において、分母にスリップ角SAを乗じるとヨーレートと近い値になり、分子にスリップ角SAを乗じると操作トルクと近い値になる。このように、定量評価値GAT/ψ・(s)は、ヨーレート(車両の動き)に対する操舵トルク(ステアリングの手応え)の比に相応するものとして、実走試験の評価に代用できる。
【0028】
また、定量評価値算出部14は、下記の式(7)により、定量評価値GAT/A(s)を算出できる。
【数7】
式(7)の右辺において、分母にスリップ角SAを乗じると横加速度と近い値になり、分子にスリップ角SAを乗じると操作トルクと近い値になる。このように、定量評価値GAT/A(s)は、横加速度(車両の動き)に対する操舵トルク(ステアリングの手応え)の比に相応するものとして、実走試験の評価に代用できる。
【0029】
スリップ角SAを正弦波で入力したときの時系列データを用いる例を説明したが、これに代えて、スリップ角SAを三角波で入力したときの時系列データを用いることも可能である。この場合、コーナリングスティフネス算出部11は、スリップ角SAを三角波で入力したときのコーナリングフォースCFの時系列データを用いて周波数応答関数を求め、その周波数応答関数の実数部としてコーナリングスティフネスCS(f)を算出する。算出したコーナリングスティフネスCS(f)は、上記と同様にして定常ゲイン算出部12に供される。
【0030】
台上試験においてスリップ角SAを三角波で入力する場合、ばらつきを抑える観点から、左への操舵(左切り)と右への操舵(右切り)の両方を含めることが好ましく、更に、そのような左右への操舵を複数回行って、それらを平均化することがより好ましい。スリップ角SAを三角波で入力(インパルス入力)することにより様々な周波数成分が含まれるため、FFTアナライザなどを用いて、複数の(例えば、0.1Hz、0.2Hz、0.3Hz、0.4Hz、0.5Hzの五つの)周波数の周波数応答関数が求められる。
【0031】
スリップ角SAを三角波で入力したときのコーナリングフォースCFの時系列データによれば、下記の式(8)で表される周波数応答関数H(f)が求められる。
H(f)=CF(f)×SA(f)/SA(f)×SA(f) ・・・(8)
CF(f)は、コーナリフングフォースCFのフーリエスペクトルである。SA(f)は、スリップ角SAのフーリエスペクトルである。SA(f)は、SA(f)の複素共役である。
この周波数応答関数H(f)を複素数で表示すると、下記の式(9)の関係となる。
ampiδ=Hr+Hi×i=Hamp×cosδ+Hamp×sinδ×i ・・・(9)
ampは振幅、Hrは実数部、Hiは虚数部、iは虚数単位である。実数部Hrは、コーナリングスティフネスに相当し、これが振幅Hampとcosδとの積になっている。よって、この実数部Hrが、遅れ角δCFを加味したコーナリングスティフネスCS(f)となる。セルフアライニングトルクSATの時系列データを用いた場合も、これと同様に、周波数応答関数の実数部として、遅れ角δSATを加味したアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出できる。
【0032】
スリップ角SAを三角波で入力した場合には、複数の周波数ごとのコーナリングスティフネスCS(f)が算出されるので、これらを加重平均して定常ゲイン算出部12に供することができる。加重平均の要領は、上述した通りである。また、必ずしも加重平均を行う必要はなく、スリップ角SAを正弦波で入力した場合と同様に、所定の周波数(例えば、0.2Hz)におけるコーナリングスティフネスCS(f)を求めて、それを定常ゲイン算出部12に供してもよい。
【0033】
[タイヤの高速直進安定性を評価する方法]
本実施形態のシステム1が行う、タイヤの高速直進安定性を評価する方法につき、図2,3を参照して説明する。図2は、スリップ角SAを正弦波で入力したときの処理ルーチンである。図3は、スリップ角SAを三角波で入力したときの処理ルーチンである。これらの方法は、システム1に含まれる1又は複数のプロセッサによって実行される。
【0034】
図2に示す処理ルーチンにおいて、まずは、台上試験装置20により試験タイヤを転動させて所要の計測値を取得する(ステップS1)。具体的には、スリップ角SAを与えながら試験タイヤを転動させるコーナリング試験を実施し、コーナリングフォースCF及びセルフアライニングトルクSATの時系列データを取得する。このステップは、システム1の取得部10によって行われる。
【0035】
次に、ステップS1で取得した計測値を用いて、上記の式(1)により、スリップ角SAに対するコーナリングフォースCFの遅れ角δCFを加味したコーナリングスティフネスCS(f)を算出する(ステップS2)。このステップは、システム1のコーナリングスティフネス算出部11によって行われる。コーナリングスティフネス算出部11は、前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々についてコーナリングスティフネスCS(f)を算出する。既述の通り、所定の周波数におけるコーナリングスティフネスCS(f)を求めてもよいし、複数の周波数ごとにコーナリングスティフネスCS(f)を算出して加重平均してもよい。
【0036】
続いて、前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々について算出したコーナリングスティフネスCS(f)を用いて、上記の式(2)~(4)により、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインG(0)を算出する(ステップS3)。これらの算出には、事前に取得可能な車両特性値(ホイールベースL、速度V、フロント荷重F及びリア荷重F)が用いられる。このステップは、システム1の定常ゲイン算出部12によって行われる。
【0037】
また、ステップS1で取得した計測値を用いて、上記の式(5)により、前輪タイヤについて、スリップ角SAに対するセルフアライニングトルクSATの遅れ角δSATを加味したアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出する(ステップS4)。このステップは、システム1のアライニングトルクスティフネス算出部13によって行われる。ステップS4は、ステップS2及び/またはステップS3に先駆けて実施しても構わない。
【0038】
そして、ステップS3及びステップS4で算出した算出値を用いて、上記の式(6)により、比ATS(f)/Gψ・(0)として定量評価値GAT/ψ・(s)を算出する、または、上記の式(7)により、比ATS(f)/G(0)として定量評価値GAT/A(s)を算出する(ステップS5)。このステップは、システム1の定量評価値算出部14によって行われる。
【0039】
図3に示す処理ルーチンでは、ステップS1で取得した計測値を用いてスリップ角SAとコーナリングフォースCFの周波数応答関数を求め、その周波数応答関数の実数部としてコーナリングスティフネスCS(f)を算出する(ステップS2’)。また、スリップ角SAとセルフアライニングトルクSATの周波数応答関数を求め、その周波数応答関数の実数部としてアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出する(ステップS4’)。その他のステップS1,S3及びS5は、図2に示す処理ルーチンと同じであるため、説明を省略する。
【0040】
図5は、実走試験による官能評価値と代用定量評価値との相関を示すグラフである。試験タイヤは、タイヤサイズが225/50VR16の乗用車用空気入りタイヤである。横軸は、図2の処理により算出した定量評価値GAT/ψ・(s)(=ATS(f)/Gψ・(0))である。縦軸は、高速直進安定性を実走試験で官能評価したときの評点を、プロットのいずれか1つ(例えば、黒塗りした三角)で示される基準タイヤ(コントロール)の評点との差で示した、官能評価差である。回帰式RFを作成することにより、以降は台上試験の結果(即ち、定量評価値GAT/ψ・(s))に基づいて実走試験の評点を予想できる。定量評価値GAT/A(s)を算出した場合も同様である。
【0041】
以上のように、本実施形態のタイヤの高速直進安定性を評価するシステム1は、
台上試験装置20による計測値を取得する取得部10と、
前記計測値を用いて、スリップ角SAに対するコーナリングフォースCFの遅れ角δCFを加味したコーナリングスティフネスCS(f)を算出するコーナリングスティフネス算出部11と、
前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々について算出したコーナリングスティフネスCS(f)を用いて、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインG(0)を算出する定常ゲイン算出部12と、
前記計測値を用いて、前輪タイヤについて、スリップ角SAに対するセルフアライニングトルクSATの遅れ角δSATを加味したアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出するアライニングトルクスティフネス算出部13と、
ヨーレート定常ゲインGψ・(0)に対するアライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/Gψ・(0)として定量評価値GAT/ψ・(s)を算出する、または、横加速度定常ゲインG(0)に対するアライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/G(0)として定量評価値GAT/A(s)を算出する定量評価値算出部14と、を備える。
これにより、タイヤの高速直進安定性を台上試験で定量評価することができる。
【0042】
一つの態様において、コーナリングスティフネス算出部11は、スリップ角SAを正弦波で入力したときのコーナリングフォースCFの時系列データを用いて、スリップ角SAに対する位相ずれに基づいて遅れ角δCFを求める。また、別の態様において、コーナリングスティフネス算出部11は、スリップ角SAを三角波で入力したときのコーナリングフォースCFの時系列データを用いて周波数応答関数を求め、その周波数応答関数の実数部としてコーナリングスティフネスCS(f)を算出する。
【0043】
コーナリングスティフネス算出部11は、所定の周波数(例えば、0.2Hz)におけるコーナリングスティフネスCS(f)を求めて、それを定常ゲイン算出部12に供してもよい。また、コーナリングスティフネス算出部11は、複数の周波数(例えば、0.1Hz、0.2Hz、0.3Hz、0.4Hz、0.5Hz)ごとにコーナリングスティフネスCS(f)を算出して加重平均し、それを定常ゲイン算出部12に供してもよい。この場合、複数の周波数を考慮したコーナリングスティフネスCS(f)を用いて定量評価値を算出し、高速直進安定性をより精度良く評価できる。
【0044】
また、本実施形態のタイヤの高速直進安定性を評価する方法は、
台上試験装置20により試験タイヤを転動させて所要の計測値を取得し、
前記計測値を用いて、スリップ角SAに対するコーナリングフォースCFの遅れ角δCFを加味したコーナリングスティフネスCS(f)を算出し、
前輪タイヤ及び後輪タイヤの各々について算出したコーナリングスティフネスCS(f)を用いて、ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインG(0)を算出し、
前記計測値を用いて、前輪タイヤについて、スリップ角SAに対するセルフアライニングトルクSATの遅れ角δSATを加味したアライニングトルクスティフネスATS(f)を算出し、
ヨーレート定常ゲインGψ・(0)に対するアライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/Gψ・(0)として定量評価値GAT/ψ・(s)を算出する、または、横加速度定常ゲインG(0)に対するアライニングトルクスティフネスATS(f)の比ATS(f)/G(0)として定量評価値GAT/A(s)を算出する。
これにより、タイヤの高速直進安定性を台上試験で定量評価することができる。
【0045】
一つの態様では、コーナリングスティフネスCS(f)を算出する際に、スリップ角SAを正弦波で入力したときのコーナリングフォースCFの時系列データを用いて、スリップ角SAに対する位相ずれに基づいて遅れ角δCFを求める。また、別の態様では、コーナリングスティフネスCS(f)を算出する際に、スリップ角SAを三角波で入力したときのコーナリングフォースCFの時系列データを用いて周波数応答関数を求め、その周波数応答関数の実数部として前記コーナリングスティフネスCS(f)を算出する。
【0046】
コーナリングスティフネスCS(f)を算出する際には、所定の周波数(例えば、0.2Hz)におけるコーナリングスティフネスCS(f)を求めて、それを次ステップ(ヨーレート定常ゲインGψ・(0)または横加速度定常ゲインG(0)を算出するステップ)に供してもよい。また、コーナリングスティフネスCS(f)を算出する際に、複数の周波数(例えば、0.1Hz、0.2Hz、0.3Hz、0.4Hz、0.5Hz)ごとに前記コーナリングスティフネスCS(f)を算出して加重平均し、それを次ステップに供してもよい。この場合、複数の周波数を考慮したコーナリングスティフネスCS(f)を用いて定量評価値を算出し、高速直進安定性をより精度良く評価できる。
【0047】
本実施形態に係るプログラムは、上記方法を1又は複数のプロセッサに実行させるプログラムである。このプログラムを実行することによっても、上記方法の奏する作用効果を得ることが可能となる。言い換えると、上記方法を使用しているとも言える。
【0048】
以上、本開示の実施形態について図面に基づいて説明したが、具体的な構成は、これらの実施形態に限定されるものでないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施形態の説明だけではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0049】
例えば、特許請求の範囲、明細書及び図面において示した、装置、システム、プログラム、並びに、方法における動作、手順、ステップ及び段階などの各処理の実行順序は、前の処理の出力を後の処理で用いるのでない限り、任意の順序で実現できる。特許請求の範囲、明細書及び図面内のフローに関して、便宜上「まず」や「次に」などを用いて説明したとしても、この順で実行することが必須であることを意味するものではない。
【0050】
例えば、図1に示す各部10~15は、所定のプログラムをコンピュータのCPUで実行することで実現されているが、各部を専用回路で構成してもよい。本実施形態では1つのコンピュータにおけるプロセッサが各部10~15を実装しているが、少なくとも1又は複数のプロセッサに分散して実装してもよい。
【0051】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。各部の具体的な構成は、上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【符号の説明】
【0052】
1・・・システム、10・・・取得部、11・・・コーナリングスティフネス算出部、12・・・定常ゲイン算出部、13・・・アライニングトルクスティフネス算出部、14・・・定量評価値算出部、20・・・台上試験装置
図1
図2
図3
図4
図5