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  • 特許-熱間圧延鋼板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-26
(45)【発行日】2023-10-04
(54)【発明の名称】熱間圧延鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230927BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230927BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20230927BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20230927BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/58
C21D8/02 A
C21D9/46 T
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2022505088
(86)(22)【出願日】2021-02-12
(86)【国際出願番号】 JP2021005325
(87)【国際公開番号】W WO2021176999
(87)【国際公開日】2021-09-10
【審査請求日】2022-04-12
(31)【優先権主張番号】P 2020035215
(32)【優先日】2020-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】中田 耕平
(72)【発明者】
【氏名】豊田 武
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-515548(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0316235(US,A1)
【文献】特開2011-099129(JP,A)
【文献】特表2011-530659(JP,A)
【文献】特開2019-039056(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0259483(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00- 8/10
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.30~0.80%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.50~2.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.100%以下、
N:0.0100%以下、
Cr:0.30~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Nb:0~0.10%、
V:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~2.00%、
Mo:0~0.40%、
B:0~0.0100%、
Ca:0~0.0050%、
REM:0~0.005%、ならびに
残部:Feおよび不純物であり、
ミクロ組織が、面積率で、
パーライト:90~100%、および
初析フェライト:0~10%からなり
前記パーライトの平均ラメラ間隔が0.08~0.30μmであり、
前記パーライトを構成するセメンタイトのうち長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトの割合が15%未満であることを特徴とする、熱間圧延鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.01~1.00%、
Nb:0.01~0.10%、
V:0.01~1.00%、
Cu:0.01~1.00%、
Ni:0.10~2.00%、
Mo:0.01~0.40%、
B:0.0005~0.0100%、
Ca:0.0005~0.0050%、および
REM:0.0005~0.005%
からなる群から選ばれる1種または2種以上を含むことを特徴とする、請求項1に記載の熱間圧延鋼板。
【請求項3】
引張強さが780MPa以上であることを特徴とする、請求項1または2に記載の熱間圧延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間圧延鋼板に関し、より詳しくは自動車等の構造部材に使用される熱間圧延鋼板であって、高強度でかつ延性に優れ、さらに打抜き時のボイド生成抑制を可能とする熱間圧延鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車業界では、燃費向上の観点から車体の軽量化が求められている。一方で、衝突安全性に関する規制の強化により、車体骨格における補強部品の追加などが必要となり、重量の増加につながっている。車体の軽量化と衝突安全性を両立するためには、使用する鋼板の高強度化が有効な方法の一つであり、このような背景から高強度鋼板の開発が進められている。
【0003】
一方、自動車部材の多くはプレス成形によって作られている。一般に、高強度化とともに鋼板の成形性は低下し、例えば、伸びや穴広げ率といった延性指標が低下する。これら延性指標が一定以下であると望みどおりの部材形状に成形できないため、高強度鋼板の開発においては、これらの機械的特性を一定以上担保しつつ高強度化を図ることが重要な課題となっている。
【0004】
例えば、鋼板の延性指標を担保したまま高強度化を図るために、従来技術において、鋼板の組織中にパーライトを所定量含めることが提案されている。
【0005】
特許文献1では、成分組成が、質量%で、C:0.4~0.8%、Si:0.8~3.0%、Mn:0.1~0.6%を含み、残部が鉄および不可避的不純物からなり、鋼組織が、全組織に対する面積率で、パーライトを80%以上、残留オーステナイトを5%以上含むとともに、前記パーライトの平均ラメラ間隔が0.5μm以下であり、方位差15°以上の大角粒界で囲まれたフェライトの有効結晶粒径が20μm以下であり、かつ、円相当直径0.1μm以上の炭化物が400μm当たり5個以下であることを特徴とする高強度高延性鋼板が記載されている。また、特許文献1では、上記の高強度高延性鋼板によれば、パーライトを主要組織としつつ、そのラメラ間隔を小さくして降伏強度(YS)を高めるとともに、有効フェライト粒を微細化することで伸びフランジ性(λ)を高め、さらに残留オーステナイトを分散させることで伸び(EL)を高めることによって、引張強さ(TS)が980MPa以上で、降伏比YR(=YS/TS)が0.8以上、引張強さ(TS)×伸び(EL)が14000MPa・%以上で、伸びフランジ性(λ)が35%以上を確保しうると記載されている。
【0006】
特許文献2では、重量%で、C:0.60~1.20%、Si:0.10~0.35%、Mn:0.10~0.80%、P:0よりは大きく0.03%以下、およびS:0よりは大きく0.03%以下を含み、Ni:0.25%以下(0を含む)、Cr:0.30%以下(0を含む)、およびCu:0.25%以下(0を含む)のうちのいずれか一つ以上を含み、残部Feおよびその他の不可避不純物からなり、かつセメンタイトの幅は0より大きく0.2μm以下であり、前記セメンタイトとセメンタイトとの間隔が0よりは大きく0.5μm以下である微細パーライト組織を有することを特徴とする高炭素熱延鋼板(熱間圧延鋼板)が記載されている。また、特許文献2では、微細パーライト組織の分率が90%以上であることが記載され、さらに、上記の高炭素熱延鋼板は、微細パーライト組織を有するため、最終製品に耐久性と強度を持たせることができると記載されている。
【0007】
特許文献3では、成分組成は、mass%で、C:0.3~0.85%、Si:0.01~0.5%、Mn:0.1~1.5%、P:0.035%以下、S:0.02%以下、Al:0.08%以下、N:0.01%以下、Cr:2.0~4.0%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、組織は、圧延加工パーライト組織からなり、所定の式により算出される固溶C量の割合が50%以上であることを特徴とする高強度鋼板が記載されている。また、特許文献3では、上記の高強度鋼板によれば、曲げ加工性に優れ、引張強さ1500MPa以上の高強度化を実現することができると記載されている。
【0008】
特許文献4では、所定の化学組成を有し、金属組織が、面積率で、パーライト:90~100%、疑似パーライト:0~10%、および初析フェライト:0~1%であり、前記パーライトの平均ラメラ間隔が0.20μm以下であり、前記パーライトの平均パーライトブロック径が20.0μm以下であることを特徴とする熱間圧延鋼板が記載されている。また、特許文献4では、上記の構成によれば、引張強さが980MPa以上の高強度でかつ延性、穴広げ性および打抜き性に優れた熱間圧延鋼板を得ることができると記載されている。特許文献4は、本願の優先日後に公開されたものであり、公知の先行技術ではなく関連技術に相当するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2016-098414号公報
【文献】特表2011-530659号公報
【文献】特開2011-099132号公報
【文献】国際公開第2020/179737号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
パーライトを比較的多く含む鋼板の場合、鋼板を打抜き加工またはせん断加工する際に、打抜き端面またはせん断端面において炭化物または炭化物と母相の界面を起点として微小なボイドが発生しやすくなる。このボイドは、打抜き加工またはせん断加工後の鋼板の成形性、および/または耐疲労性を劣化させる原因となる。したがって、パーライトを比較的多く含む鋼板を利用する場合、打抜き加工またはせん断加工後の鋼板のボイド発生が課題となる。例えば、特許文献4では、打抜き性の改善について検討されているものの、このようなボイドの発生を抑制するという観点からは必ずしも十分な検討はなされていない。
【0011】
そこで、本発明は、新規な構成により、高強度でかつ延性に優れ、さらには打抜き時のボイド生成抑制にも優れた熱間圧延鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成するために、熱間圧延鋼板の化学組成および組織について検討した。その結果、本発明者らは、熱間圧延鋼板の組織を優れた強度-延性バランスを持つパーライトを主体とし、それに加えて当該パーライトのミクロ組織を適切に制御することが重要であることを見出した。より具体的には、本発明者らは、延性低下の原因となるベイナイト、マルテンサイトをミクロ組織に含ませず、代わりにパーライトを熱間圧延鋼板中に面積率で90%以上含有させることで延性を担保し、それに加えてパーライト分率90%以上を保ったまま当該パーライトのラメラ間隔を微細化することによって延性を損なわずに熱間圧延鋼板の高強度化を図り、さらにパーライト中の粗大な球状セメンタイトの割合を低減することによって打抜き時のボイド発生を抑制できることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
本発明は、上記の知見に基づき完成したものであり、具体的には下記のとおりである。
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.30~0.80%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.50~2.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.100%以下、
N:0.0100%以下、
Cr:0.30~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Nb:0~0.10%、
V:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~2.00%、
Mo:0~0.40%、
B:0~0.0100%、
Ca:0~0.0050%、
REM:0~0.005%、ならびに
残部:Feおよび不純物であり、
ミクロ組織が、面積率で、
パーライト:90~100%、および
初析フェライト:0~10%であり、
前記パーライトの平均ラメラ間隔が0.08~0.30μmであり、
前記パーライトを構成するセメンタイトのうち長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトの割合が15%未満であることを特徴とする、熱間圧延鋼板。
(2)前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.01~1.00%、
Nb:0.01~0.10%、
V:0.01~1.00%、
Cu:0.01~1.00%、
Ni:0.10~2.00%、
Mo:0.01~0.40%、
B:0.0005~0.0100%、
Ca:0.0005~0.0050%、および
REM:0.0005~0.005%
からなる群から選ばれる1種または2種以上を含むことを特徴とする、上記(1)に記載の熱間圧延鋼板。
(3)引張強さが780MPa以上であることを特徴とする、上記(1)または(2)に記載の熱間圧延鋼板。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、引張強さが780MPa以上の高強度でかつ延性に優れ、打抜き時のボイド生成抑制を可能とする熱間圧延鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】(a)は実施例に対応する熱間圧延鋼板の代表的なミクロ組織を示す図であり、(b)は比較例に対応する熱間圧延鋼板における打抜き後のボイド発生を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<熱間圧延鋼板>
本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板は、質量%で、
C:0.30~0.80%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.50~2.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.100%以下、
N:0.0100%以下、
Cr:0.30~1.00%、
Cr:0.30~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Nb:0~0.10%、
V:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~2.00%、
Mo:0~0.40%、
B:0~0.0100%、
Ca:0~0.0050%、
REM:0~0.005%、ならびに
残部:Feおよび不純物であり、
ミクロ組織が、面積率で、
パーライト:90~100%、および
初析フェライト:0~10%であり、
前記パーライトの平均ラメラ間隔が0.08~0.30μmであり、
前記パーライトを構成するセメンタイトのうち長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトの割合が15%未満であることを特徴としている。
【0017】
まず、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板およびその製造に用いるスラブの化学組成について説明する。以下の説明において、熱間圧延鋼板およびスラブに含まれる各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0018】
[C:0.30~0.80%]
Cは、熱間圧延鋼板の強度確保のために必須の元素である。このような効果を十分に得るために、C含有量は0.30%以上とする。C含有量は0.35%以上、0.36%以上、0.37%以上、0.40%以上、0.45%以上または0.50%以上であってもよい。一方、Cを過度に含有すると、セメンタイトが析出し、十分なパーライト分率が得られない場合があるかまたは延性や溶接性が低下する場合がある。このため、C含有量は0.80%以下とする。C含有量は0.77%以下、0.75%以下、0.70%以下または0.65%以下であってもよい。
【0019】
[Si:0.01~0.50%]
Siは、鋼の脱酸のために用いられる元素である。しかし、Si含有量が過剰であると化成処理性が低下するとともに、鋼板のミクロ組織にオーステナイトが残留することによって鋼板の打抜き性が悪化する。そのため、Si含有量は0.01~0.50%とする。Si含有量は0.05%以上、0.10%以上もしくは0.15%以上であってもよく、および/または0.45%以下、0.40%以下もしくは0.35%以下であってもよい。
【0020】
[Mn:0.50~2.00%]
Mnは、鋼の相変態を遅らせ、冷却途中で相変態が生じるのを防ぐために有効な元素である。しかし、Mn含有量が過剰になるとミクロ偏析またはマクロ偏析が起こりやすくなり、穴広げ性を劣化させる。そのため、Mn含有量は0.50~2.00%とする。Mn含有量は0.60%以上、0.70%以上もしくは0.90%以上であってもよく、および/または1.90%以下、1.70%以下もしくは1.50%以下であってもよい。
【0021】
[P:0.100%以下]
P含有量は低いほど好ましく、過剰であると、成形性や溶接性に悪影響を及ぼすとともに、疲労特性も低下させるため、0.100%以下とする。好ましくは0.050%以下、より好ましくは0.040%以下または0.030%以下である。P含有量は0%であってもよいが、過剰な低減はコスト上昇を招くため、好ましくは0.0001%以上としてもよい。
【0022】
[S:0.0100%以下]
Sは、MnSを形成して破壊の起点として作用し、鋼板の穴広げ性を著しく低下させる。そのため、S含有量は0.0100%以下とする。S含有量は0.0090%以下であるのが好ましく、0.0070%以下または0.0060%以下であるのがより好ましい。S含有量は0%であってもよいが、過剰な低減はコスト上昇を招くため、好ましくは0.0001%以上としてもよい。
【0023】
[Al:0.100%以下]
Alは、鋼の脱酸のために用いられる元素である。しかし、Al含有量が過剰であると介在物が増加し、鋼板の加工性を劣化させる。そのため、Al含有量は0.100%以下とする。Al含有量は0%であってもよいが、0.001%以上または0.003%以上であるのが好ましい。一方、Al含有量は0.070%以下、0.050%以下または0.040%以下であってもよい。
【0024】
[N:0.0100%以下]
Nは、鋼中のAlと結びついてAlNを形成し、ピン止め効果によりパーライトブロック径の大径化を阻害することによって鋼の靱性を向上させる。しかし、N含有量が過剰になるとその効果は飽和し、むしろ靱性低下を引き起こす。そのため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は0.0090%以下または0.0070%以下であるのが好ましい。このような観点からはN含有量の下限を設ける必要はなく0%であってもよいが、N含有量を0.0010%未満に低減するには製鋼コストが嵩む。そのため、N含有量は0.0010%以上であることが好ましい。
【0025】
[Cr:0.30~1.00%]
Crは、パーライトのラメラ間隔を微細化させる効果を有し、これによって鋼板の強度を担保することができる。また、Crはセメンタイトの球状化を抑制する効果を有し、巻取後の鋼板のセメンタイトの球状化を抑制することができる。したがって、パーライト中の粗大な球状セメンタイトの割合を低減して打抜き時のボイド発生を抑制するために、Crを一定以上含有させる必要がある。このために、Cr含有量の下限を0.30%、好ましくは0.40%、より好ましくは0.45%または0.50%とする。さらに、Crはセメンタイトを安定化させることから、Crを含有することでパーライトの生成領域を低炭素側に拡張させることができる。このため、Crを適切な量すなわち0.30%以上の量において含有することで、比較的低いC含有量の場合であっても90%以上のパーライト分率を達成することが可能となる。一方、Crを過剰に添加することによりパーライト変態が遅延し、ベイナイトやマルテンサイトといった硬質組織が生じてしまい、パーライト分率90%以上とすることが困難となる場合がある。あるいはまた、Crが過剰であると、パーライトの平均ラメラ間隔が小さくなりすぎて、引張強さの向上に伴い延性が低下する場合がある。そのため、Cr含有量の上限を1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.85%または0.80%とする。
【0026】
本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板およびその製造に用いるスラブの基本成分組成は上記のとおりである。さらに当該熱間圧延鋼板およびスラブは、必要に応じて、以下の任意元素を含有していてもよい。なお、当該任意元素を含有させない場合の含有量の下限は0%である。
【0027】
[Ti:0~1.00%]
[Nb:0~0.10%]
[V:0~1.00%]
Ti、NbおよびVは、炭化物析出により鋼板強度の向上に寄与する元素である。Ti、NbおよびV含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るため、必要に応じてこれらから選択される1種を単独で、または2種以上を複合して含有してもよい。しかしながら、いずれの元素も過剰に含有すると、多量の炭化物が生成し、鋼板の靱性を低下させる。そのため、Ti含有量は1.00%以下または0.60%以下、Nb含有量は0.10%以下または0.08%以下、V含有量は1.00%以下または0.60%以下であるのが好ましい。一方、上記効果を十分に得るためには、Ti、NbおよびV含有量の下限値は、いずれの元素も0.01%または0.05%であるのが好ましい。
【0028】
[Cu:0~1.00%]
Cuは鋼に固溶して靱性を損なわずに強度を高めることができる元素である。Cu含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るため、必要に応じて含有してもよい。しかし、その含有量が過剰であると析出物の増加により熱間での加工の際、表面に微小な割れを発生させることがある。したがって、Cu含有量は1.00%以下または0.60%以下であるのが好ましい。上記効果を十分に得るためには、Cu含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.05%以上であるのがより好ましい。
【0029】
[Ni:0~2.00%]
Niは鋼に固溶して靱性を損なわずに強度を高めることができる元素である。Ni含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Niは高価な元素であり、過剰添加はコストの上昇を招く。したがって、Ni含有量は2.00%以下または1.00%以下であるのが好ましい。上記効果を十分に得るためには、Ni含有量は0.10%以上であるのが好ましく、0.20%以上であるのがより好ましい。
【0030】
[Mo:0~0.40%]
Moは鋼の強度を高める元素である。Mo含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、その含有量が過剰であると、強度増加に伴う靱性の低下が顕著となる。したがって、Moの含有量は0.40%以下または0.20%以下であるのが好ましい。上記効果を十分に得るためには、Mo含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.05%以上であることがより好ましい。
【0031】
[B:0~0.0100%]
Bは、粒界に偏析し、粒界強度を高める効果を有する。B含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るため、必要に応じて含有してもよい。しかし、その含有量が過剰であると、効果が飽和して原料コストが嵩む。そのため、B含有量は0.0100%以下であるのが好ましい。B含有量は0.0080%以下または0.0060%以下であるのがより好ましい。上記効果を十分に得るためには、B含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.0010%以上であるのがより好ましい。
【0032】
[Ca:0~0.0050%]
Caは、破壊の起点となり加工性を劣化させる原因となる非金属介在物の形態を制御し、加工性を向上させる元素である。Ca含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るため、必要に応じて含有してもよい。しかし、その含有量が過剰であると効果が飽和して原料コストが嵩む。そのため、Ca含有量は0.0050%以下であるのが好ましい。Ca含有量は0.0045%以下または0.0040%以下であるのがより好ましい。上記効果を十分に得るためには、Ca含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.0010%以上であるのがより好ましい。
【0033】
[REM:0~0.005%]
REMは微量添加によって溶接部の靱性を向上させる元素である。REM含有量は0%であってもよいが、上記効果を得るため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、過剰に添加すると逆に溶接性は悪化する。そのため、REM含有量は0.005%以下または0.004%以下であるのが好ましい。上記効果を十分に得るためには、REM含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.001%以上であるのがより好ましい。なお、REMはSc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REMの含有量は上記元素の合計量を意味する。
【0034】
本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板において、上述成分以外の残部はFeおよび不純物からなる。不純物とは、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から混入されるものであって、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0035】
次に、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板の組織の限定理由について説明する。
【0036】
[パーライト:90~100%]
鋼板のミクロ組織をパーライトが主体の組織とすることによって、高い強度を保ちながらも延性の優れた鋼板とすることが可能となる。パーライトが面積率で90%未満であると、強度もしくは延性が確保できないかおよび/または組織の不均一性のために打抜き時のボイド発生の起点となりうるフェライト-パーライト境界が増加する。そのため、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板のミクロ組織中のパーライトは、面積率で90%以上とする。パーライトは、好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上または99%以上であり、100%であってもよい。
【0037】
[初析フェライト:0~10%]
パーライト以外の残部組織は、面積率で0%であってもよいが、残部組織が存在する場合には、それは初析フェライトに限る。したがって、初析フェライトは面積率で0~10%とする。残部組織を初析フェライトとすることで、良好な延性および打抜き性を担保することが可能である。本発明において、「初析フェライト」とは、熱間圧延後の冷却段階において初晶として析出した実質的にセメンタイトを含まない、すなわち結晶粒内のセメンタイトの分率が面積率で1%未満のフェライトを言うものである。なお、初析フェライトは、例えば、面積率で5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、または1%以下であってもよい。本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板においては、ミクロ組織中に残留オーステナイト、初析セメンタイト、ベイナイトおよびマルテンサイトが存在しないかまたは実質的に存在しない。「実質的に存在しない」とは、これらの組織の面積率が合計でも0.5%未満であることを意味する。このような微小な組織の合計量を正確に測定することは困難であり、またその影響も無視できることから、これらの組織の合計量が0.5%未満となる場合には、存在しないものと判断することが可能である。本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板は、C含有量が0.77%を超える過共析鋼の範囲を包含するものである。一般に、過共析鋼では、成分や冷却速度に依存して、冷却中に一定の温度範囲内で初析セメンタイトが生成する可能性がある。しかしながら、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板のようにC含有量が0.8%を超えない範囲であれば、初析セメンタイトが生成する温度範囲は十分狭く、かつ、初析セメンタイトの生成が遅いため、冷却中に初析セメンタイトが生成する前に鋼板の温度が初析セメンタイトの生成温度範囲を下回ることになり、初析セメンタイトはほとんど生成しない。例えば、後で詳しく説明する熱間圧延鋼板の製造方法では、比較的速い冷却速度で冷却工程が実施され、その結果として初析セメンタイトの生成温度範囲内での保持時間が短くなるため、たとえC含有量が比較的高い0.80%の過共析範囲であったとしても、初析セメンタイトは生成しないかまたはほとんど生成しない。このため、初析セメンタイトは、面積率で1%未満である。
【0038】
[パーライトの平均ラメラ間隔:0.08~0.30μm]
パーライトの平均ラメラ間隔は、鋼板の強度と強い相関を持ち、平均ラメラ間隔が小さいほど高い強度が得られる。平均ラメラ間隔が大きいと引張強さ780MPa以上の強度が得られないため、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板におけるミクロ組織中のパーライトの平均ラメラ間隔は0.30μm以下、好ましくは0.25μm以下または0.20μm以下とする。また、平均ラメラ間隔が小さすぎると、引張強さの向上に伴い延性が低下する場合がある。したがって、パーライトの平均ラメラ間隔の下限値を、0.08μmとする。パーライトの平均ラメラ間隔の下限値は、好ましくは0.09μm、より好ましくは0.10μmとする。
【0039】
[パーライトを構成するセメンタイトのうち長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトの割合:15%未満]
セメンタイトのアスペクト比とは、観察面に現出したセメンタイトの長軸の長さを短軸の長さで除した値のことである。また、長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトをここでは粗大な球状セメンタイトと定義する。このような粗大な球状セメンタイトは鋼板打抜き時にボイド発生の起点となること、および、粗大な球状セメンタイトの全セメンタイトに対する割合を一定以下とすることで鋼板打抜き時のボイド発生を抑制する効果が得られることが本発明者らの検討により判明した。このような効果を得るためには、粗大な球状セメンタイトは、パーライト中の全セメンタイトに対する割合で、15%未満とし、好ましくは14%以下、より好ましくは12%以下または10%以下とする。この割合の下限は0%であるが、1%又は3%としてもよい。なお、詳細は後述するが、アスペクト比とは、画像処理により、個々のセメンタイトに対し楕円体近似処理を行い、当該楕円体の長軸の長さと短軸の長さとの比である。
【0040】
[パーライトおよび残部組織の認定方法および測定方法]
パーライトおよび残部組織の分率は以下のようにして求める。まず、鋼板の表面から板厚の1/4または3/4の位置から、鋼板の圧延方向および厚さ方向に平行な断面が観察面となるように試料を採取する。続いて、当該観察面を鏡面研磨し、ピクラール腐食液で腐食した後、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて組織観察を行う。測定領域は80μm×150μmの面積、すなわち12,000μmの面積とし、例えば倍率が5000倍程度の組織写真から点算法を用いてパーライトの面積率を算出する。ここで、フェライトの結晶方位差が15°以上となる粒界によって囲まれた領域であって、フェライト相とセメンタイト相が混在し、セメンタイトの形態が層状および/または球状であるような領域をパーライトと認定する。したがって、例えば、パーライトは、フェライト相とセメンタイトが層状(ラメラ状)に分散したものに加え、塊状に分散したセメンタイトを主体とする組織、より具体的にはこのような塊状のセメンタイトを当該組織中のセメンタイト全量に対して面積率で50%超含有する組織をも包含するものである。後者の塊状に分散したセメンタイトを主体とするパーライトは少なく、全パーライトの10%以下としてもよい。また、パーライト中のセメンタイトは、大きいものでも210nm程度であり(平均的には100nm程度)、300nmを超えるものはない。また、ラス状の結晶粒の集合体であって、ラスの内部に長径20nm以上の鉄系炭化物を複数有し、さらにそれらの炭化物が単一のバリアント、すなわち同一の方向に伸長した鉄系炭化物群に属するものをベイナイトと認定する。また、塊状またはフィルム状の鉄系炭化物であって、円相当直径が300nm以上である領域を初析セメンタイトと認定する。パーライト組織において観察される介在物は基本的にセメンタイトであり、エネルギー分散型X線分光器付き走査電子顕微鏡(SEM-EDS)などを用いて、個々の介在物をセメンタイト又は鉄系炭化物であることを同定する必要はない。セメンタイト又は鉄系炭化物であることに疑義が生じた場合のみ、必要に応じて、SEM観察とは別に、SEM-EDSなどを用いて介在物を分析することでよい。初析フェライトと残留オーステナイトは共に内部にセメンタイトの面積分率が1%未満であり、このような組織があればSEMによる組織観察の後、電子線後方散乱回折法(Electron Back Scatter Diffraction、EBSD)を用いて分析し、bcc構造の組織を初析フェライトと判定し、fcc構造の組織を残留オーステナイトと判定する。
【0041】
[平均ラメラ間隔の測定方法]
平均ラメラ間隔は以下のようにして求める。まず、鋼板の表面から板厚の1/4または3/4の位置から、鋼板の圧延方向および厚さ方向に平行な断面が観察面となるように試料を採取する。続いて、当該観察面を鏡面研磨し、ピクラール腐食液で腐食した後、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて組織観察を行う。測定領域は80μm×150μmすなわち12,000μm(倍率は例えば5000倍)とし、セメンタイト層が組織写真の紙面に対して垂直に横切っている箇所を10個以上選択する。ピクラール腐食液で腐食させて測定することにより、深さ方向の情報が得られるため、セメンタイト層を垂直に横切っている箇所がわかる。そのような箇所を10個以上選択して測定することにより、それぞれの箇所でラメラ間隔Sを求め、それらの平均をとることで平均ラメラ間隔とする。各箇所でのラメラ間隔の測定方法は以下のとおりとする。まず、セメンタイト層を10~30本横切るようにセメンタイト層に対して垂直に直線を引き、その直線の長さをLとする。またその直線が横切るセメンタイト層の数をNとする。このとき、当該箇所でのラメラ間隔Sは、S=L/Nによって求められる。平均ラメラ間隔の測定では、フェライト相とセメンタイトが層状(ラメラ状)に分散したパーライトを測定対象とすることとし、塊状に分散したセメンタイトを主体とする組織は平均ラメラ間隔の測定対象とはしない。
【0042】
[パーライトを構成するセメンタイトのうち長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトの割合Rの測定方法]
上記Rの値は以下のようにして求める。まず、鋼板の表面から板厚の1/4または3/4の位置から、鋼板の圧延方向および厚さ方向に平行な断面が観察面となるように試料を採取する。続いて、当該観察面を鏡面研磨し、ピクラール腐食液で腐食した後、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて組織観察を行う。測定領域は80μm×150μmすなわち12,000μm(倍率は例えば5000倍)とし、得られた画像を2値化処理し、暗部をフェライト、明部をセメンタイトとする。このうち、個々のセメンタイトに対して、画像処理により楕円体近似を行い、当該楕円体の長軸の長さ、短軸の長さをそれぞれ個々のセメンタイトの長軸の長さ、短軸の長さと定義し、個々のセメンタイトのアスペクト比を以下の式で定義する。
[アスペクト比]=[長軸の長さ]/[短軸の長さ]
80μm×150μmの1視野において、上記の方法にて定義したセメンタイトの長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満であるセメンタイトの面積の合計を画像処理により算出し、これを全セメンタイトの合計面積で除したものを百分率で表現した値を本発明で規定するRの値とする。
【0043】
[機械的特性]
上記の化学組成および組織を有する熱間圧延鋼板によれば、高い引張強さ、具体的には780MPa以上の引張強さを達成することができる。引張強さを780MPa以上とするのは、自動車における車体の軽量化の要求を満足させるためである。引張強さは、好ましくは880MPa以上であり、より好ましくは980MPa以上である。上限値については特に規定する必要はないが、例えば、引張強さは1500MPa以下または1400MPa以下であってよい。同様に、上記の化学組成および組織を有する熱間圧延鋼板によれば、高い延性を達成することができ、より具体的には15%以上、好ましくは17%以上、より好ましくは20%以上の全伸びを達成することができる。上限値については特に規定する必要はないが、例えば、全伸びは40%以下または30%以下であってよい。引張強さおよび全伸びは、熱間圧延鋼板の圧延方向に直角な方向からJIS Z2241(2011)の5号引張試験片を採取し、JIS Z2241(2011)に準拠して引張試験を行うことで測定される。
【0044】
[板厚]
本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板は、一般的に1.0~6.0mmの板厚を有する。特に限定されないが、板厚は1.2mm以上もしくは2.0mm以上であってもよく、および/または5.0mm以下もしくは4.0mm以下であってもよい。
【0045】
<熱間圧延鋼板の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該熱間圧延鋼板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0046】
本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板の好ましい製造方法は、上で説明した化学組成を有するスラブを1150℃以上に加熱する工程、
加熱されたスラブを仕上げ圧延することを含む熱間圧延工程であって、前記仕上げ圧延の最終パス圧下率が20%以上で出側温度FTが750~850℃である熱間圧延工程、
得られた鋼板を仕上げ圧延出側温度から下記に示す1次冷却終了温度まで40~200℃/秒の平均冷却速度で冷却し(1次冷却)、次いで2~20秒放冷し、10~200℃/秒の平均冷却速度で560℃以下の温度まで冷却(2次冷却)することを含む冷却工程であって、下記式1で計算される温度Tcまたは前記出側温度FT-70℃のうち低い方の温度をTsとした場合に、前記1次冷却終了温度がTs~Ts+20℃の範囲内にある冷却工程、および
前記鋼板を巻取温度400~550℃で巻き取る工程
を含むことを特徴としている。
Tc(℃)=412.7+411.9×[C]+21.0×[Si]+2.7×[Mn]+114.4×[Cr] ・・・式1
ここで、[C]、[Si]、[Mn]および[Cr]は、各元素の含有量[質量%]である。以下、各工程について詳しく説明する。
【0047】
[スラブの加熱工程]
まず、上で説明した化学組成を有するスラブが熱間圧延前に加熱される。スラブの加熱温度は、Ti炭窒化物等を十分に再固溶させるため、1150℃以上とする。上限値は特に規定しないが、例えば1250℃であってもよい。また、加熱時間は、特に限定されないが、例えば30分以上であってもよく、および/または120分以下であってもよい。なお、使用するスラブは、生産性の観点から連続鋳造法において鋳造することが好ましいが、造塊法または薄スラブ鋳造法によって製造してもよい。
【0048】
[熱間圧延工程]
(粗圧延)
本方法では、例えば、加熱されたスラブに対し、板厚調整等のために、仕上げ圧延の前に粗圧延を施してもよい。粗圧延は、所望のシートバー寸法が確保できればよく、その条件は特に限定されない。
【0049】
(仕上げ圧延)
加熱されたスラブまたはそれに加えて必要に応じて粗圧延されたスラブは、次に仕上げ圧延を施され、当該仕上げ圧延における最終パス圧下率は20%以上、出側温度FTは750~850℃に制御される。仕上げ圧延の最終パス圧下率が20%未満、および/または出側温度FTが850℃超であると、冷却中におけるオーステナイト中の加工ひずみの蓄積が不足してしまい、パーライト変態が遅延し、巻取前にパーライト変態を完了することが困難となり、パーライト分率が90%以上を達成することができない。そのため、仕上げ圧延における最終パス圧下率は20%以上、好ましくは25%以上、さらに好ましくは30%以上とする。最終パス圧下率の上限値については特に規定する必要はないが、例えば、最終パス圧下率50%以下であってよい。また、同様に90%以上のパーライト分率を達成するため、仕上げ温度の出側温度FTの上限は850℃、好ましくは830℃、さらに好ましくは820℃とする。このような観点からはAr3点以上であれば特に仕上げ圧延の出側温度FTに下限を設ける必要はないが、低温になるほど鋼板の変形抵抗が増大し、圧延機に多大なる負担をかけ、設備トラブルの原因となりうる。そのため、仕上げ圧延の出側温度FTの下限を750℃とする。
【0050】
[冷却工程]
仕上げ圧延終了後、鋼板の冷却を行う。冷却工程は、さらに、1次冷却、放冷(空冷)、および2次冷却に細分化される。
【0051】
(1次冷却の平均冷却速度:40~200℃/秒)
冷却工程においては、上記の仕上げ圧延の出側温度FTから、40℃/秒以上の平均冷却速度で1次冷却終了温度まで冷却する。上記1次冷却終了温度までの平均冷却速度が40℃/秒未満であると、初析フェライトおよび/または初析セメンタイトが多く析出し、上記パーライト分率の目標値(90%以上)が達成できなくなるおそれがある。平均冷却速度は42℃/秒以上または45℃/秒以上であってもよい。平均冷却速度は、所望の組織を得るために200℃/秒以下とすることが好ましく、100℃/秒以下であってもよい。なお、1次冷却終了温度は、下記で説明するTs~Ts+20℃の範囲内で適宜選択することができる。
【0052】
(1次冷却終了温度:Ts~Ts+20℃)
前記冷却は、温度Tcまたは仕上げ圧延の出側温度FT-70℃のうち低い方の温度をTsとした場合に、Ts~Ts+20℃の温度範囲内で終了するものとする。ここで、Tcはセメンタイトの析出温度であり、下記の式1で表されるものとする。
Tc(℃)=412.7+411.9×[C]+21.0×[Si]+2.7×[Mn]+114.4×[Cr] ・・・式1
ここで、[C]、[Si]、[Mn]および[Cr]は、各元素の含有量[質量%]である。1次冷却終了温度がTsよりも低い場合、パーライト変態が遅延し、後続する放冷中にパーライト変態が生じない。その結果、パーライト分率90%以上が達成できなくなるか、または巻き取り後にパーライト変態が生じることとなる。例えば、550℃以下の温度で巻き取り後にパーライト変態が進行すると、このような低温下で生成するパーライトが増加することでパーライトの平均ラメラ間隔が0.08μmよりも小さくなる場合がある。また、1次冷却終了温度がTs+20℃よりも高い場合、パーライト変態の前にフェライト変態が生じて初析フェライトが比較的多く生成するため、同じくパーライト分率90%以上が達成できなくなる。このため、1次冷却終了温度を上記の通り指定する。
【0053】
(放冷時間:2~20秒)
上記1次冷却の終了後、2~20秒間放冷することにより粗大な球状炭化物の少ないパーライトを生成させる。放冷時間が2秒未満または0秒であると、冷却工程にて十分に相変態(パーライト変態)が進まず、パーライト分率90%以上が達成できなくなるか、または巻き取り後にパーライト変態が生じることとなる。例えば、550℃以下の温度で巻き取り後にパーライト変態が進行すると、このような低温下で生成するパーライトが増加することでパーライトの平均ラメラ間隔が0.08μmよりも小さくなる場合がある。したがって、冷却工程においてパーライト分率90%以上の相変態を完了させるために、放冷時間は2秒以上、好ましくは3秒以上、さらに好ましくは5秒以上とする。放冷時間の上限は特に設ける必要はないが、生産性の観点から放冷時間の上限を20秒とする。放冷時間の上限は15秒であってもよい。
【0054】
(2次冷却)
上記の放冷から下記の巻き取り工程までの間に2次冷却が行われる。先に説明したように1次冷却の終了後に2秒以上放冷することで、パーライト分率90%以上の相変態を完了させることができ、さらに以下で説明するように巻取温度を550℃以下とすることでセメンタイトの球状化を抑制することができる。このため、冷却工程における2~20秒の放冷と巻き取り工程の間の冷却は、10~200℃/秒の平均冷却速度で冷却すること以外に特に制限はない。2次冷却の平均冷却速度は鋼板のミクロ組織には大きな影響を与えないものの、平均冷却速度が高いほど鋼板の温度にムラが生じやすくなる。このため、2次冷却の平均冷却速度は200℃/秒以下とし、100℃/秒以下であってもよい。生産性の観点から、2次冷却の平均冷却速度は10℃/秒以上とし、20℃/秒以上であってもよい。また、2次冷却の終了温度は巻取温度と同じである必要はなく、巻取温度を制御する観点から560℃以下であればよい。2次冷却終了温度の下限は特に限定されないが、例えば、2次冷却終了温度は400℃以上であってよい。2次冷却の終了後直ちに巻取りを行ってもよく、2次冷却の終了後巻取りまでの間、放冷(空冷)としてもよい。
【0055】
[巻取り工程]
冷却工程の後、冷却中に相変態が一定以上完了した鋼板を巻取る。巻取時の鋼板の温度は400~550℃とする。巻取温度が550℃超の場合、その後のセメンタイトの球状化・粗大化が発生する温度域にある時間が長くなるため、冷却中の生成したパーライト中の層状セメンタイトが球状化してしまい、打抜き時のボイド起点となりうる粗大な球状セメンタイトが多数生じてしまう。その結果として、パーライトを構成するセメンタイトのうち長軸の長さが0.3μm超でかつアスペクト比が3.0未満のセメンタイトの割合が15%未満の特徴を満足しない組織が形成されてしまう場合がある。このため、巻取温度は550℃以下とし、540℃以下または530℃以下であってもよい。また、巻取温度が400℃未満の場合、ベイナイトやマルテンサイトといった硬質組織が生成するため、鋼板の伸びが低下する。このため、巻取温度は400℃以上とし、420℃以上または440℃以上であってもよい。本製造方法では、先に説明したとおり、1次冷却終了後の2~20秒間の放冷によって冷却工程においてパーライト変態を完了させるため、巻取温度はパーライトの平均ラメラ間隔には特に影響しない。
【0056】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例
【0057】
以下の実施例では、本発明の実施形態に係る熱間圧延鋼板を種々の条件下で製造し、得られた熱間圧延鋼板の機械的特性について調べた。
【0058】
まず、連続鋳造法により表1に示す化学組成を有するスラブを製造した。次いで、これらのスラブから表2に示す加熱、熱間圧延、冷却および巻取条件により板厚2.5mmの熱間圧延鋼板を製造した。なお、表1に示す成分以外の残部はFeおよび不純物である。また、製造した熱間圧延鋼板から採取した試料を分析した化学組成は、表1に示すスラブの化学組成と同等であった。
【0059】
【表1】
【0060】
【表2】
【0061】
このようにして得られた熱間圧延鋼板から圧延方向に直角な方向からJIS Z2241(2011)の5号引張試験片を採取し、JIS Z2241(2011)に準拠して引張試験を行い、引張強さ(TS)および全伸び(El)を測定した。また、打抜き時のボイド発生の有無は下記の方法で評価した。まず、打抜きクリアランスを12.5%として10mm径の穴を打抜き、穴の中心点を通り圧延方向に平行な断面にて鋼板を切断する。次にその断面を鏡面研磨した後、ピクラールにてミクロ組織を現出させ、SEMにて倍率5000倍で端面から50μm以内の領域を観察し、円相当直径0.2μm以上のボイドが認められれば「ボイド有」とし、認められなければ「ボイド無し」とした。TSが780MPa以上であり、かつElが15%以上、および打抜き時のボイド発生が無しである場合を、高強度でかつ延性およびボイド発生抑制に優れた熱間圧延鋼板として評価した。結果を下表3に示す。表3における残部組織は、パーライト以外の組織を示しており、よってパーライトを除いて残部組織として示される組織以外の組織を含まないことを意味している。
【0062】
【表3】
【0063】
表3からも明らかなように、本発明の範囲に含まれる実施例1~5、14、17~19、および24~27では、引張強さが780MPa以上であり、かつElが15%以上、および打抜き時のボイド発生が無いことから、高強度でかつ延性およびボイド発生抑制に優れた熱間圧延鋼板を得ることができた。図1(a)に示すように、これらの実施例に対応する熱間圧延鋼板では、ミクロ組織がパーライトを主体とし、当該パーライトのラメラ間隔が微細化され、さらに当該パーライト中の粗大な球状セメンタイトの割合が低減されていることがわかる。
【0064】
それらに対して、比較例6では仕上げ圧延の最終パス圧下率が低かったために相変態が促進されず、パーライト分率が低下して十分な引張強さが得られなかった。比較例7では仕上げ圧延の出側温度が高温であったために相変態が促進されず、パーライト分率が低下して十分な引張強さが得られなかった。比較例8では平均冷却速度が低かったために冷却中にフェライト変態が生じ、パーライト分率が低下して十分な引張強さが得られなかった。比較例9および15では1次冷却終了温度が低いために、ベイナイトが生成してしまい、十分な延性が得られなかった。比較例10および16では1次冷却終了温度が高温であったために放冷中に初析フェライトが比較的多く生成してしまい、十分な引張強さが得られなかった。比較例11では放冷時間が短かったために、冷却中に相変態が完了せず、巻取工程にてベイナイトが生成し十分な延性が得られなかった。比較例12では巻取温度が低温であるために同様にベイナイトが生成し、十分な延性が得られなかった。比較例13では巻取温度が高温であるために、巻取後にセメンタイトが球状化してしまい、粗大な球状セメンタイトの割合が増大し打抜き時にボイドが発生してしまった。比較例20ではC含有量が低かったために、初析フェライト分率が増加し、十分な引張強さが得られなかった。比較例21ではC含有量が過剰であるために初析セメンタイトが生成し、十分な延性が得られなかった。比較例22ではCr含有量が低かったために、Crによるセメンタイトの球状化抑制効果が十分に発揮されず、粗大な球状セメンタイトの割合が増大し打抜き時にボイドが発生してしまった。比較例23ではCr含有量が過剰であったために、パーライトの平均ラメラ間隔が過剰に微細化され、引張強さの向上に伴い延性が低下した。比較例28では放冷時間が0秒であったために、巻き取り後にパーライト変態が生じ、さらに巻取温度が高かったために、巻取後にセメンタイトが球状化してしまい、粗大な球状セメンタイトの割合が増大し打抜き時にボイドが発生してしまった。比較例29では放冷時間が0秒であったために、低温での巻き取り後にパーライト変態が進行してしまい、パーライトの平均ラメラ間隔が過剰に微細化され、引張強さの向上に伴い延性が低下した。図1(b)は打抜き時にボイド発生が観察された比較例に対応する熱間圧延鋼板を示しており、これを参照すると微小なボイドが多く発生しているのが認められる。
図1