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特許7356680摩擦状態推定システム及び摩擦状態推定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-27
(45)【発行日】2023-10-05
(54)【発明の名称】摩擦状態推定システム及び摩擦状態推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01W 1/00 20060101AFI20230928BHJP
【FI】
G01W1/00 J
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019166477
(22)【出願日】2019-09-12
(65)【公開番号】P2021043108
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2022-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100136180
【弁理士】
【氏名又は名称】羽立 章二
(72)【発明者】
【氏名】中西 義孝
(72)【発明者】
【氏名】神田 淳
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】再公表特許第2018/051913(JP,A1)
【文献】特開2019-078720(JP,A)
【文献】特開2013-050416(JP,A)
【文献】特開2001-183250(JP,A)
【文献】特開2000-002772(JP,A)
【文献】特開2008-102006(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01W 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
堆積物が堆積した面状部を押圧部が押圧するときの摩擦状態を推定する摩擦状態推定システムであって、
前記堆積物は、前記押圧部が前記面状部を押圧するときに、境界潤滑による摩擦が生じるモード、混合潤滑による摩擦が生じるモード及び流体潤滑による摩擦が生じるモードが存在し、
堆積物のモードに応じて異なる数式による学習処理を行う学習処理部と、
前記堆積物を測定して測定値を得る測定部と、
前記押圧部が前記面状部を押圧していない状態から押圧した状態となったときの摩擦状態を推定する推定部を備え、
前記推定部は、前記測定値を用いて前記面状部に堆積した前記堆積物のモードを判定し、判定したモードに対応して行われた学習処理を利用して前記押圧部が前記面状部の押圧を開始した状態で生じる始動摩擦を推定して前記摩擦状態を推定する摩擦状態推定システム。
【請求項2】
複数の押圧制御情報候補から押圧制御情報を選択する押圧制御情報特定部と、
選択された前記押圧制御情報を用いて前記押圧部を制御する押圧制御部をさらに備え、
前記推定部は、複数の押圧制御情報候補を特定して、前記押圧部が前記各押圧制御情報候補により制御されたときの前記摩擦状態を推定して前記各押圧制御情報候補と前記摩擦状態の組合せを生成し、
前記押圧制御情報特定部は、推定された摩擦状態を利用して前記複数の押圧制御情報候補から前記押圧制御情報を選択する、請求項1記載の摩擦状態推定システム。
【請求項3】
前記推定部が推定した摩擦状態は、低い摩擦が生じると推定した低摩擦状態と、前記低摩擦状態よりも高い摩擦が得られると推定した高摩擦状態を含み、
前記押圧制御情報特定部は、前記低摩擦状態でなく前記高摩擦状態と組み合わされた前記押圧制御情報候補を前記押圧制御情報として選択する、請求項2記載の摩擦状態推定システム。
【請求項4】
参照押圧部をさらに備え、
前記参照押圧部は、前記押圧部とは異なって、前記面状部を押圧するものであり、
前記推定部は、前記参照押圧部が前記面状部を押圧した状態の摩擦状態を利用して、前記押圧部が前記面状部を押圧していない状態から押圧した状態となったときの摩擦状態を推定する、請求項1から3のいずれかに記載の摩擦状態推定システム。
【請求項5】
前記堆積物は雪氷である、請求項1から4のいずれかに記載の摩擦状態推定システム。
【請求項6】
堆積物が堆積した面状部を押圧部が押圧するときの摩擦状態を推定する摩擦状態推定方法であって、
前記堆積物は、前記押圧部が前記面状部を押圧するときに、境界潤滑による摩擦が生じるモード、混合潤滑による摩擦が生じるモード及び流体潤滑による摩擦が生じるモードが存在し、
学習処理部は、堆積物のモードに応じて異なる数式による学習処理を行うものであり、
測定部が前記堆積物を測定して測定値を得る測定ステップと、
推定部が前記押圧部が前記面状部を押圧していない状態から押圧した状態となったときの摩擦状態を推定する推定ステップを含み、
前記推定部は、前記測定値を用いて前記面状部に堆積した前記堆積物のモードを判定し、判定したモードに対応して行われた学習処理を利用して前記押圧部が前記面状部の押圧を開始した状態で生じる始動摩擦を推定して前記摩擦状態を推定する摩擦状態推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、摩擦状態を推定する摩擦状態推定システム及び摩擦状態推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
冬季の空港を悩ませる問題の一つに、滑走路上の積雪がある。現在、積雪時における滑走路の滑りやすさは、特殊な計測車両に取り付けたタイヤの抵抗値を計測することにより判断されている。
【0003】
また、特許文献1には、測定対象表面に関する測定データを利用して、機械学習アルゴリズムなどにより測定対象表面の堆積物に関する堆積物情報を生成することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2019-78720号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、計測車両を用いて計測するためには、安全性を考慮して、空港を閉鎖しなければならない。日本は、1日のうちでも気象条件が極端に変化する。刻々と変わる状況に対応するためには、リアルタイムでの測定が必要となる。計測車両を利用した計測では、リアルタイム測定を実現することは困難である。また、計測用タイヤは摩耗するために交換が必要であり、計測車両も高価なため導入や運用にかかるコストが高かった。
【0006】
また、特許文献1記載の技術は、堆積物情報を生成するものである。しかしながら、滑走路の滑りやすさは摩擦に関連するところ、摩擦は、ある物質と他の物質とが接触した状態で生じる。特許文献1に記載の技術は、計測車両による計測と同様に、堆積物の状態を推定するものであって、具体的な物質間で生じる摩擦を推定することについては十分でなかった。そのため、例えば、複数の航空機が共通して使用する空港を閉鎖すべきか否かの判断には適していても、個々の航空機が空港を利用できるかというような個別的な判断には十分でない可能性があった。
【0007】
このような課題は、例えば自動車などでも同様に生じる。例えば、自動車が屋根のある車庫内から屋根のない公道へと移動するときに、積雪は、車庫内になく、公道に存在する。自動車が公道に出るタイミングで、事前に、特殊車両などにより公道上の積雪を測定することは現実的でない。
【0008】
そこで、本願発明は、具体的な物質の間の摩擦状態を推定する摩擦状態推定システム等を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明の第1の観点は、摩擦状態を推定する摩擦状態推定システムであって、押圧部が面状部を押圧するときの摩擦状態を推定する推定部を備え、前記推定部は、変化前状態、変化時状態、及び、変化後状態における摩擦状態を推定するものであり、前記変化前状態は、堆積物が堆積する前記面状部を前記押圧部が押圧していない状態、及び/又は、堆積物が堆積していない前記面状部を前記押圧部が押圧している状態であり、前記変化後状態は、堆積物が堆積する前記面状部を前記押圧部が押圧する状態であり、前記変化時状態は、前記変化前状態から前記変化後状態になるときの状態である。
【0010】
本願発明の第2の観点は、第1の観点の摩擦状態推定システムであって、測定堆積物及び測定堆積物が存在する環境を測定して測定値を得る測定部と、学習処理を行う学習処理部を備え、前記学習処理部は、少なくとも、前記押圧部が堆積物を介在させずに前記面状部を押圧した状態と、前記押圧部が堆積物の一部又は全部を介在させて前記面状部を押圧した状態とに対して、学習処理を行い、前記推定部は、前記測定値を利用して、測定対象物が堆積する前記面状部を前記押圧部が押圧するときに、少なくとも、前記押圧部が測定堆積物を介在させずに前記面状部を押圧した状態となるか、前記押圧部が測定堆積物の一部又は全部を介在させて前記面状部を押圧した状態となるかを判定して、前記学習処理を利用して前記摩擦状態を推定する。
【0011】
本願発明の第3の観点は、第1又は第2の観点の摩擦状態推定システムであって、参照押圧部をさらに備え、前記参照押圧部は、前記押圧部とは異なって、前記面状部を押圧するものであり、前記推定部は、前記参照押圧部が堆積物を介在させずに前記面状部を押圧した状態の摩擦状態、前記参照押圧部が堆積物を介在させて前記面状部を押圧した状態の摩擦状態、及び、これらの摩擦状態の関係、並びに、前記押圧部が堆積物を介在させずに前記面状部を押圧した状態の摩擦状態を利用して、前記変化前状態、前記変化時状態及び前記変化後状態における摩擦状態を推定する。
【0012】
本願発明の第4の観点は、第1から第3のいずれかの観点の摩擦状態推定システムであって、前記堆積物は、雪氷であり、前記測定部が測定する測定値は、複数存在し、前記推定部は、複数の測定値の一部又は全部を独立の因子として分析して、少なくとも、前記押圧部が測定堆積物を介在させずに前記面状部を押圧した状態となるか、前記押圧部が測定堆積物の一部又は全部を介在させて前記面状部を押圧した状態となるかを判定する。
【0013】
本願発明の第5の観点は、第2の観点の摩擦状態推定システムであって、前記学習処理部及び前記推定部は、堆積物が堆積する前記面状部を前記押圧部が押圧するときに、それぞれ、前記押圧部が前記堆積物を介在させずに前記面状部を押圧する状態と、前記押圧部が一部に前記堆積物を介在させて前記面状部を押圧する状態と、前記押圧部が全体として前記堆積物を介在させて前記面状部を押圧する状態とを場合分けして、それぞれの状態において異なる要素を加味して、前記学習処理及び前記摩擦状態の推定を行う。
【0014】
本願発明の第6の観点は、第1から第5のいずれかの観点の摩擦状態推定システムであって、前記押圧部に対して、押圧制御情報を用いて前記面状部を押圧する状態を制御する押圧制御部を備え、前記推定部は、前記押圧制御情報、及び、前記押圧制御情報により前記押圧部を制御した場合の摩擦状態を推定する。
【0015】
本願発明の第7の観点は、第6の観点の摩擦状態推定システムであって、前記推定部は、複数の前記押圧制御情報及び摩擦状態の組合せを推定し、前記推定部が推定した複数の摩擦状態は、低い摩擦が生じると推定した低摩擦状態と、前記低摩擦状態よりも高い摩擦が得られると推定した高摩擦状態を含み、前記押圧制御部は、前記押圧部に対して、前記低摩擦状態でなく、前記高摩擦状態における押圧制御情報を用いて前記面状部を押圧する状態を制御する。
【0016】
本願発明の第8の観点は、摩擦状態を推定する摩擦状態推定方法であって、推定部が、押圧部が面状部を押圧するときの摩擦状態を推定する推定ステップを含み、前記推定ステップにおいて、前記推定部は、変化前状態、変化時状態、及び、変化後状態における摩擦状態を推定するものであり、前記変化前状態は、堆積物が堆積する前記面状部を前記押圧部が押圧していない状態、及び/又は、堆積物が堆積していない前記面状部を前記押圧部が押圧している状態であり、前記変化後状態は、堆積物が堆積する前記面状部を前記押圧部が押圧する状態であり、前記変化時状態は、前記変化前状態から前記変化後状態になるときの状態である。
【発明の効果】
【0017】
本願発明の各観点によれば、始動摩擦(押圧部が、堆積物が存在する面状部を押圧する状態になるときの摩擦)について、推定部が、面状部と押圧部との具体的な摩擦状態を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本願発明の実施の形態に係る摩擦状態推定システムの(a)構成の一例を示すブロック図と、(b)、(c)及び(d)動作の一例を示すフロー図である。
図2】本願発明における雪氷摩擦について説明するための図である。
図3】分離度を説明するための図である。
図4図1の押圧部23と面状部3との間の摩擦を測定した例を示すグラフである。
図5】学習処理により4クラスから2クラスに変更する処理を行った一例を示す図である。
図6】測定された摩擦係数によるパターン分類を示す図である。
図7】測定された分離度によるパターン分類を示す図である。
図8図6及び図7を重ねた図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下では、図面を参照して、本願発明の実施例について説明する。なお、本願発明は、この実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0020】
図1は、本願発明の実施の形態に係る摩擦状態推定システムの(a)構成の一例を示すブロック図と、(b)、(c)及び(d)動作の一例を示すフロー図である。
【0021】
図1(a)を参照して、摩擦状態推定システムは、摩擦状態推定装置1と、押圧装置5を備える。摩擦状態推定装置1は、測定部11(本願請求項の「測定部」の一例)と、学習処理部13(本願請求項の「学習処理部」の一例)と、推定部15(本願請求項の「推定部」の一例)と、押圧制御情報特定部17を備える。
【0022】
面状部3(本願請求項の「面状部」の一例)には、堆積物7が堆積する。押圧装置5は、押圧制御部21(本願請求項の「押圧制御部」の一例)と、押圧部23(本願請求項の「押圧部」の一例)を備える。押圧部23は、面状部3を押圧する。押圧制御部21は、押圧部23に対して、押圧制御情報を利用して面状部3を押圧する状態を制御する。
【0023】
以下では、具体的に説明するために、押圧装置5は飛行機であり、押圧部23はタイヤである場合を例に説明する。面状部3は、滑走路であり、堆積物7は、雪氷である。雪氷は、降った状態でそのまま積もる状態や、自重や飛行機の着陸動作などにより圧縮された状態や、融けて水(液体)となって留まったり流れたり、水蒸気(気体)となって乾くこともある(すなわち、相転移などを考慮する必要がある。)。
【0024】
測定部11は、滑走路に堆積する雪氷、及び、この雪氷が存在する環境を測定する。以下では、測定部11が測定する測定値には、雪氷の厚み、雪氷の密度、及び、外気温を含むとする。学習処理部13は、押圧部23が面状部3を押圧するときの摩擦状態などについて学習処理を行う。推定部15は、押圧部23が面状部3を押圧するときの摩擦状態を推定する。例えば、飛行機が滑走路に着陸するときに、タイヤによって生じる摩擦が安全に着陸できる程度のものであるか否かを推定する。押圧制御情報特定部17は、押圧制御部21が押圧部23を制御するために使用する押圧制御情報を特定する。
【0025】
図1(b)は、学習処理部13の動作の一例を示すフロー図である。
【0026】
学習処理部13は、実験などにより、測定値、押圧制御情報及び摩擦状態を獲得する(ステップSTE1)。例えば、堆積物に対する特定の測定値が得られた状況において、押圧制御部21が押圧制御情報を用いて押圧部23を制御したときに、どのような摩擦状態となったかを獲得する。
【0027】
学習処理部13は、モード(潤滑モード)を特定する(ステップSTE2)。以下では、モードは、次の3つとする。モード1は、境界潤滑による摩擦である。モード2は、混合潤滑による摩擦である。モード3は、流体潤滑による摩擦である。
【0028】
モード1は、航空機の着陸時に滑走路上の雪氷が排除され、多数の真実接触面積が発現する状態である。タイヤの表面及び滑走路面には、表面粗さレベルの凹凸がある。この凹凸は、μm以下である。タイヤ表面と滑走路面の凸部分同士が接触し、高圧により凝着する。この部分が、真実接触面積である。モード1では、凝着した真実接触面積をせん断するために摩擦力が発生する。モード1は、モード2及び3よりも摩擦力が発生しやすい。
【0029】
モード3は、航空機の着陸時に滑走路面上の雪氷が「氷状」に変化し、低摩擦となる状態である。例えば、ハイドロプレーニング現象と呼ばれる現象である。雪氷などの介在物が多すぎ、表面粗さレベルの凸同士の接触が存在しない状態である。摩擦力は、介在物のせん断力のみで発現する。
【0030】
モード2は、航空機の着陸時に滑走路面上の雪氷が「液状」に変化し、微視的に残る状態である。表面粗さレベルの凸同士の接触に雪氷などの介在物が一部存在する状態であり、モード1とモード3の中間(遷移域)に該当する。例えば、タイヤ溝によって介在物を排除してモード1に近づけることができる。また、ABSが作動して一定のスリップ率で制動制御することによりモード1に近づけることができる。
【0031】
学習処理部13は、特定されたモードに対して、獲得した測定値、押圧制御情報及び摩擦状態を用いて学習処理を行う(ステップSTE3)。
【0032】
図1(c)は、測定部11の動作の一例を示すフロー図である。測定部11は、定期的に、及び/又は、管理者の指示などに応じて、滑走路に堆積する雪氷及びこの雪氷が存在する環境を測定する処理を繰り返し行う(ステップSTM1)。
【0033】
図1(d)は、摩擦状態推定装置1における推定処理の一例を示すフロー図である。航空機が着陸するときの摩擦状態(すなわち、航空機が滑走路面を押圧していない状態から、滑走路面を押圧する状態に遷移するときの摩擦状態)を推定する場合を例にして説明する。
【0034】
推定部15は、押圧制御情報の候補を決定する(ステップSTC1)。例えば、押圧制御情報の候補として、ABSを作動させない状態で着陸した場合とする。
【0035】
推定部15は、測定部11による測定値を利用してモードを判定する(ステップSTC2)。ここで、推定部15は、押圧装置5についての情報(例えば、飛行機の種類(機体の大きさ、重さなど)、旅客数、座席の配置、タイヤ溝の有無・形状など)や、押圧制御情報の候補(例えば、着陸速度、降下速度、タイヤやエンジンなどによるブレーキなど)を考慮してもよい。
【0036】
推定部15は、判定したモードにおいて、学習処理部13による学習処理を利用して、測定部11による測定値を用いて、押圧制御部21が押圧制御情報の候補により押圧部23を制御して面状部3を押圧したときに発生する摩擦状態を推定する(ステップSTC3)。これにより、測定部11による測定値、押圧制御情報の候補、及び、摩擦状態の組合せが得られる。
【0037】
推定部15は、他の押圧制御情報の候補やモードがあるか否かを判定する(ステップSTC4)。推定部15は、例えば、ABSを作動させる場合などの他の押圧制御情報の候補や、同じ測定値及び押圧制御情報の候補に対して異なるモードで摩擦状態を推定するならば、ステップSTC1~STC3の処理を繰り返し、測定部11による測定値、押圧制御情報の候補、及び、摩擦状態の組合せを複数得る。検討すべき押圧制御情報の候補及びモードに対して推定処理を行ったならば、ステップSTC5に進む。
【0038】
ステップSTC5において、押圧制御情報特定部47は、摩擦状態を利用して、押圧制御情報の候補から、押圧制御情報を選択する。ここで、例えば、安全に着陸できないような低い摩擦しか生じない状態(低摩擦状態)は選択せず、安全に着陸できるような高い摩擦を得られる状態(高摩擦状態)を選択する。なお、例えば、事前に同じ測定値及び押圧制御情報の候補に対して複数のモードで推定処理を行った場合に、現時点ではモード1の可能性が高く安全と評価できるが、着陸時にはモード3となる可能性が高く、この場合には危険と評価すべき場合もある。仮に、安全に着陸できる摩擦状態を得られないならば、いずれの押圧制御情報の候補も選択せず、着陸をせずに他の空港に着陸するようにする。
【0039】
押圧制御部21は、選択された押圧制御情報を利用して、押圧部23を制御して着陸する(ステップSTC6)。測定部11は、そのときの摩擦状態を測定する。学習処理部13は、測定部11による測定値、押圧制御情報、及び、摩擦状態の組合せを利用して、判定されたモードでの学習処理を行い(ステップSTC7)、処理を終了する。
【0040】
なお、摩擦状態推定装置1の各構成の一部又は全部は、押圧装置5が備えてもよい。
【0041】
また、摩擦状態推定装置1は、押圧装置5が面状部3を押圧していない状態から面状部3を押圧する状態になるときの摩擦状態(例えば、飛行機が滑走路面に着陸する場合)(本願請求項の「変化時状態」の一例)、及び/又は、押圧装置5が、堆積物が堆積していない面状部3を押圧する状態から、堆積物が堆積する面状部3を押圧する状態になるときの摩擦状態(例えば、自動車が、雪氷が堆積していない車庫内から、雪氷が堆積する路面上に移動する場合)(本願請求項の「変化時状態」の他の一例)を推定してもよい。さらに、変化時状態の前後の状態(本願請求項の「変化前状態」及び「変化後状態」の一例)における摩擦状態を推定してもよい。
【0042】
また、推定部は、参照押圧部により面状部を押圧することを利用して、押圧部の摩擦状態を推定するものであってもよい。参照押圧部は、押圧部とは異なるものである。例えば、参照押圧部が堆積物を介在させずに面状部を押圧した状態の摩擦状態、参照押圧部が堆積物を介在させて面状部を押圧した状態の摩擦状態、及び、これらの摩擦状態の関係、並びに、押圧部が堆積物を介在させずに面状部を押圧した状態の摩擦状態を利用して、押圧部により摩擦状態を推定してもよい。例えば、自らの飛行機が特定の飛行場に着陸するときに、雪氷のない状態での摩擦状態を把握しておく。同様に、他の飛行機についても、この飛行場に着陸するときに、雪氷のない状態での摩擦状態を把握しておく。この飛行場に雪氷が堆積した状態となったとき、自らに似た飛行機が直前に着陸したときの摩擦状態を把握する。各飛行機について、雪氷がない状態の飛行場への着陸と、雪氷がある状態の飛行場への着陸との関係が既知であるとする。自らの飛行機が着陸するときに、直前の類似飛行機に関する情報と、自らの雪氷がない状態での着陸に関する情報を利用して、自らが着陸するときの摩擦状態を推定してもよい。
【0043】
図2を参照して、本願発明における雪氷摩擦の捉え方について具体的に説明する。
【0044】
図2(a)を参照して、着陸前(図右側)では、タイヤは、滑走路面に対して、例えば相対速度1m/sで下降し、相対速度200km/hで水平に移動している。着陸直後(着陸前後の2秒間(例えば着陸前1秒と着陸後1秒)、図中央)は、始動摩擦(Start-up Friction)が生じる。その後の減速中(図左側)は、定常摩擦(Steady-state Friction)が生じる。
【0045】
一般的に、摩擦は、摩擦学(トライポロジー)により分析されている。この場合、摩擦発現モデルを提案し、推定式を導き、検証することが行われている。しかしながら、摩擦力の発生機構は非常に複雑であり、具体的な物質間の摩擦をリアルタイムに推定することは困難であった。特に、摩擦発現モデルを利用して、着陸直後(図中央)の始動摩擦を推定することは困難である。
【0046】
本願発明は、学習処理を利用することにより、リアルタイムに始動摩擦を推定することができる。
【0047】
さらに、モードを判定し、これに応じて学習処理を行う。図2(b)にあるように、測定部11による測定値を利用して、モード1(排除領域)、モード2(液化領域)、モード3(氷化領域)と場合分けをする。そして、学習処理及び推定処理において、異なる理論(本願請求項の「異なる要素」の一例)を加味することにより、高い精度で摩擦状態を推定することができる。
【0048】
モード1では、図2(c)にあるように、タイヤと路面の直接接触問題とすることができる。例えば、ゴム特性、接地面圧/面積、スリップ率などを考慮して、変数sを利用した数1を参照して摩擦状態を推定できる。
【0049】
【数1】
【0050】
モード2では、図2(d)にあるように、Soft-EHL理論を導入することができる。例えば、予測式による液膜厚(μmレベル)の推定、真実接触部の補正、摩擦力の補正などを考慮して、数2を参照して摩擦状態を推定できる。
【0051】
【数2】
【0052】
モード3では、図2(e)にあるように、薄膜流体潤滑を導入することができる。例えば、氷状の薄膜(圧力により再液化した膜)の推定、真実接触部の補正、摩擦力の補正などを考慮して、数3を参照して摩擦状態を推定できる。
【0053】
【数3】
【0054】
図3を参照して、分離度について説明する。分離度は、0が直接に接している状態であり、1が完全に離れた状態である。
【0055】
図3(a)は、分離度を測定する装置の一例である。車輪51は、ゴムのタイヤを使ったものである。図3(a)の装置により、電圧、及び、車輪51とプレート53との表面の抵抗を測定する。車輪51をプレート53に近づけて押し付けると、雪氷があるために、図3(b)にあるように、車輪51とプレート53が接触する接触部55と、雪氷が介在して接触しない部分とが存在する場合がある。同様に、車輪51とプレート53が全部接触する場合もあれば、雪氷が介在して全部接触しない場合もある。図3(c)は、縦軸が電圧、横軸が車輪51とプレート53との表面の抵抗である。車輪51とプレート53が完全に離れた状態での分離度は1であり、車輪51とプレート53が直接接触する状態での分離度は0である。
【0056】
図4は、押圧部23と面状部3との間の摩擦を測定した例を示すグラフである。
【0057】
図4(a)~(c)は、雪氷がない状態の測定例である。図4(a)は、Normal Load(線L11)と、摩擦力(線L12)の測定値を示す。横軸は時間(s)で、縦軸は負荷(Load、N)である。摩擦係数μは、摩擦力/Normal Loadにより計算して得られる。Normal Load及び摩擦力は0.1秒で最大となっており、このときのμは0.390であった。図4(b)及び(c)は、それぞれ、スリップ率及び分離度を示す。スリップ率は、0は負荷がかかっていない状態、1は回転していない状態を示す。
【0058】
図4(d)~(f)は、雪氷がある状態の測定例である。図4(d)は、Normal Load(線L21)と、摩擦力(線L22)の測定値を示す。横軸は時間(s)で、縦軸は負荷(Load、N)である。Normal Load及び摩擦力は0.1秒で最大となっており、このときのμは0.256であった。図4(e)及び(f)は、それぞれ、スリップ率及び離れた程度を示す。図4(g)は、雪氷の一例を示す。
【0059】
図5は、非線形サポートベクターマシン(SVM)により4クラスから2クラスに変更する処理を行った一例を示す。データは、各温度に対して、雪氷密度(縦軸、kg/m3)及び雪氷厚さ(横軸、mm)である。複数の摩擦係数μの測定値に対して、Min-maxスケーリングにより値を0~1になるように変換して、非線形SVM(カーネル関数:ガウシアンカーネル(RBF)により)、4クラス(0.25未満、0.25以上0.30未満、0.30以上0.35以下、0.35より大きい)から、2クラス(Low(0.30未満)とHigh(0.30以上))に変更するものである。温度は、図5(a)及び(e)が-5℃、図5(b)及び(f)が-10℃、図5(c)及び(g)が-15℃、図5(d)及び(h)が-20℃である。
【0060】
図5(a)~(d)は、実測値に応じて、安全(High)と危険(Low)のおおよその領域を示す。図5(e)~(h)は、非線形SVMにより得られた安全(High)と危険(Low)の領域を示す。学習処理を利用することにより、2クラスに分類することができている。
【0061】
図5より、雪氷パラメータの一例として3つの因子を想定することができる。すなわち、雪氷の厚み、雪氷の密度及び外気温である。ここで、雪氷の密度[kg/m3]は、雪氷の重さを雪氷の体積で割った値である。
【0062】
図6は、雪氷の厚み、雪氷の密度、及び、外気温を異にした場合に測定された摩擦係数によるパターン分類を示す。図6(a)は、3つの因子により示したものである。図6(b)は、横軸を雪氷の厚さとし、縦軸を雪氷の密度としたものである。雪氷が薄く、密度が低いときに、摩擦係数が大きくなっている。図6(c)は、横軸を雪氷の密度とし、縦軸を外気温としたものである。縦軸の外気温は、下側が高く、上側が低い。外気温が高く、密度が低いときに、摩擦係数が大きくなっている。図6(d)は、横軸を雪氷の厚さとし、縦軸を外気温としたものである。摩擦係数が高くなっているのは、雪氷が排除されやすい状況にあることが予想される。
【0063】
図7は、雪氷の厚み、雪氷の密度、及び、外気温を異にした場合に測定された分離度によるパターン分類を示す。図7(a)は、3つの因子により示したものである。
【0064】
図7(b)は、横軸を雪氷の厚さとし、縦軸を雪氷の密度としたものである。図7(c)は、横軸を雪氷の密度とし、縦軸を外気温としたものである。図7(d)は、横軸を雪氷の厚さとし、縦軸を外気温としたものである。分離度は、雪氷の厚さの影響を受け、厚いほど分離度が高くなっている。
【0065】
図7(e)は、横軸を雪氷の厚さとし、縦軸を雪氷の密度としたものである。図7(f)は、横軸を雪氷の密度とし、縦軸を外気温としたものである。図7(g)は、横軸を雪氷の厚さとし、縦軸を外気温としたものである。分離度は、雪氷の密度の影響をも受け、400~500kg/m3で分離度が高くなっている。液化や氷化の影響を受けていることが予想される。
【0066】
図8は、図5及び図6における分析を重ねたものである。摩擦係数が高い領域は、分離度が高い領域とは異なる。そのため、摩擦が発生している状態(モード)を分類することは、有用であると考えられる。特に、3つの因子による分析により、モードを分析することができる。
【0067】
図5の実験により、学習処理を用いて、摩擦状態(安全か危険か)を推定できることを示した。また、図6図8の実験により、例えば3つの因子(雪氷の厚み、雪氷の密度、及び、外気温)を用いてモードを判定することができることを示した。
【符号の説明】
【0068】
1 摩擦状態推定装置、3 面状部、5 押圧装置、7 堆積物、11 測定部、13 学習処理部、15 推定部、17 押圧制御情報特定部、21 押圧制御部、23 押圧部、51 車輪、53 プレート、55 接触点
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8