(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-27
(45)【発行日】2023-10-05
(54)【発明の名称】危険薬物ばく露評価方法
(51)【国際特許分類】
G01M 3/20 20060101AFI20230928BHJP
A61M 5/14 20060101ALI20230928BHJP
【FI】
G01M3/20 Z
A61M5/14
(21)【出願番号】P 2019138021
(22)【出願日】2019-07-26
【審査請求日】2021-10-07
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ICCN 2018 International Conference on Cancer Nursing(ICCN 国際がん看護学会2018)において平成30年9月23日に発表した。
(73)【特許権者】
【識別番号】519273762
【氏名又は名称】シオノギファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【氏名又は名称】山田 卓二
(72)【発明者】
【氏名】平井 和恵
(72)【発明者】
【氏名】石上 嘉朗
【審査官】岩永 寛道
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-207414(JP,A)
【文献】特開2018-168146(JP,A)
【文献】特開2007-171025(JP,A)
【文献】特開2018-132305(JP,A)
【文献】米国特許第05499529(US,A)
【文献】特表2019-507251(JP,A)
【文献】特開2017-056185(JP,A)
【文献】特開2010-222264(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 3/00- 3/40
A61M 3/00- 9/00
A61M 31/00
A61M 39/00- 39/28
G01N 1/00- 1/44
A61J 1/00- 19/06
A61K 8/00- 8/99
A61Q 1/00- 90/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フルオロウラシル又はシクロホスファミドを含む抗がん剤のばく露を評価する方法であって、前記
抗がん剤に代わる偽薬としてニコチン酸を用いる、ことを特徴とする、ばく露評価方法。
【請求項2】
閉鎖式薬物輸送システム又は非閉鎖式薬物輸送システムを評価する方法であって、
フルオロウラシル又はシクロホスファミドに代わる偽薬としてニコチン酸を用い
る、閉鎖式薬物輸送システム又は非閉鎖式薬物輸送システムを評価する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗がん剤等、人への健康被害を起こす危険薬物のばく露を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗がん剤は、がん細胞内の遺伝子に致命的な障害を及ぼす、あるいは細胞分裂を阻害することによりがん細胞の成長を防止する働きを有する。その反面、抗がん剤は、変異原性、催奇形成及び発がん性を有し、正常細胞に悪影響を及ぼす危険性もある。
【0003】
例えば、非特許文献1では、抗がん剤にはシクロホスファミド等の発がん性を有する化学物質が含有されていることもあるため、抗がん剤を取り扱う(調剤、投与、廃棄等)薬剤師や看護師等が意図せず、気化した抗がん剤を吸入ばく露又は漏出した抗がん剤への接触による経皮ばく露した場合に健康障害を発症するおそれのあることが指摘されている。
【0004】
そのため、危険薬物のばく露対策として、米国の薬局方にあたるUSP800では、抗がん剤の調製では閉鎖式接続器具を使用すべきこと、また、投与時には閉鎖式接続器具を使用しなければならない、と明記されている(2019年12月より発効予定)。
【0005】
また、「がん薬物療法におけるばく露対策合同ガイドライン2015年版」(日本がん看護学会)では、危険薬物調製時等に閉鎖式薬物移送システムの使用が推奨されている。
【0006】
以下、閉鎖式薬物移送システム、閉鎖式接続器具、およびこれに類するシステム及び器具を「閉鎖式薬物輸送システム」という。
【0007】
このようなばく露対策の要請に答えるために、抗がん剤等の危険薬物を安全に移送するための具体的な閉鎖式薬物輸送システムが、特許文献1、2に提案されている。
【0008】
しかし、閉鎖式薬物輸送システムによるばく露対策を客観的かつ定量的に評価するにあたって危険薬物の抗がん剤を使用すれば、評価試験従事者のばく露を最小限にするために、非実際的な評価試験しか行うことができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2011-010945号公報
【文献】特開2013-085822号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】「発がん性等を含有する抗がん剤等に対するばく露防止対策について」、厚生労働省労働基準局安全衛生部、基安化発0529第1号、平成26年5月29日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は、抗がん剤等の危険薬物を用いることなく閉鎖式薬物輸送システムを評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この目的を達成するために、本発明は、フルオロウラシル又はシクロホスファミドを含む抗がん剤のばく露を評価する方法であって、前記抗がん剤に代わる偽薬としてニコチン酸を用いる、ことを特徴とする。
本発明はまた、閉鎖式薬物輸送システム又は非閉鎖式薬物輸送システムの性能を評価するにあたって、フルオロウラシル又はシクロホスファミドに代わる偽薬としてニコチン酸を用いる、ことを特徴とする。
【0013】
本発明のばく露評価方法で用いるニコチン酸は、ビタミンB(複合体)の一つで、生体に広く分布し、穀物、豆類、肝臓、肉、酵母などに多い、皮膚に触れても又体内に吸収されても危険性の無い物質である。また、ニコチン酸の分子量123.11は、抗がん剤ばく露の分野では一般的なターゲットとされているフルオロウラシルの分子量130.08やシクロホスファミドの分子量279.10に比較的近い。
【0014】
性能評価の対象である閉鎖式薬物輸送システムは、抗がん剤の調製・投与・廃棄に使用される種々の器具が含まれる。これらの器具には、抗がん剤の注入・採取・希釈に利用される閉鎖式薬剤移注システム、抗がん剤の投与に利用される閉鎖式輸液システム(プライミングセットタイプ、スパイクセットタイプ)、抗がん剤の廃棄に利用される抗がん剤ばく露防止用ボックス(コンテナ)、及びそれらのシステムの使用にあたって利用される各種薬液取扱器具(例えば、バイアルアダプタ、シリンジユニット、スパイクアダプタ、ルアーロックコネクタ、カテーテルコネクタ、シリンジコネクタ、保護プラグ、その他のコネクタ)が含まれる。
【0015】
ばく露評価の際に、生物学的安全キャビネット又は無菌調製用密封アイソレータを使用してもよい。
【0016】
ばく露評価にあたって、看護師等の取扱者は、実際に抗がん剤を調製・投与・廃棄するときと同様に、適当な防護具、具体的には、抗がん薬耐性試験済みの手袋・ガウン・マスク・保護めがね(フェイスシールド、ゴーグル)を着用する。
【0017】
抗がん剤(実際には偽薬であるニコチン酸)が周辺環境に飛散する量を定量的に評価するために、取り扱う閉鎖式薬物輸送システムの周囲にサンプリングシートを適宜配置する。サンプリングシートには、シオノギファーマ株式会社から提供されている抗がん薬ばく露量調査用サンプリングシートが好適に利用できる。サンプリングシートは、例えば、10cm×10cmの正方形で、厚さが0.3mmのポリエチレンテレフタレートの樹脂フィルムで形成されている。透明樹脂シートは、基材に粘着層が積層された二重構造を有し、使用前の状態では粘着層が剥離フィルムによって被覆されている。
【0018】
閉鎖式薬物輸送システムの評価時、評価対象の閉鎖式薬物輸送システムを使って、抗がん剤(実際には偽薬であるニコチン酸)の注入・採取・希釈、移送、廃棄作業を行う。
【0019】
作業終了後、サンプリングシートと防護具を回収し、これらサンプリングシートと防護具に付着したニコチン酸の量を求める。ニコチン酸の量を分析する方法は、特許第5846775号公報に詳細に記載されている方法を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、抗がん剤ではなく、これに代わるニコチン酸を用いて、閉鎖式薬物輸送システムのばく露を定量的に評価できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0022】
抗がん剤に代えて、ニコチン酸を用いて薬液輸送システムのばく露を評価した。ニコチン酸の代替可能性を評価するために、薬液輸送システムには、閉鎖式輸液セットではなく、非閉鎖式輸液セットを用いた。
【0023】
評価時、看護師3名(A,B,C)が、手袋・ガウン・マスク・保護めがね(フェイスシールド、ゴーグル)を着用し、生理食塩水100mlにニコチン酸15mlを混注した調製済み輸液バッグに、非閉鎖式輸液セットを接続し、ばく露対策を考慮しない4つの静脈内投与手技と、ばく露対策を考慮した3つの静脈内投与手技を行った。
【0024】
ばく露対策を考慮しない4つの静脈内投与手技は以下のとおりである。
(1)輸液バッグに輸液セットを挿入する手技(スパイク)
(2)輸液セットを輸液の溶液で満たす手技(プライミング)
(3)輸液バッグをメインルートの三方活栓に接続して輸液を全部流した後にその接続解除する手技(除去)
(4)輸液を流した後、輸液セットを輸液バッグから除去する手技(除去)
【0025】
ばく露対策を考慮した3つの静脈内投与手技は以下のとおりである。
(5)輸液バッグに輸液セットを接続し、生理食塩水でプライミングを行った後、ニコチン酸を混注した「輸液バッグ」を用いてメインルートの三方活栓に接続し、輸液をすべて流した後にその接続を解除する手技
(6)輸液バッグに輸液セットを接続し、プライミングを行わず、ニコチン酸を混注した「輸液バッグ」を用いてメインルートの三方活栓に接続し、プライミング後に輸液をすべて流した後にその接続を解除する手技
(7)輸液セットをメインルートから除去する前にバックプライミングを行い、生理食塩水で輸液セットをウォッシュアウトしてから除去する手技
【0026】
投与手技毎に、新しい調剤用輸液バッグを用い、新しい防護具を着用した。また、投与手技毎に床面に3つのサンプリングシート(上述のサンプリングシート)を配置し、投与手技終了後にサンプリングシートと防護具を回収した。回収したサンプリングシートと防護具を検査機関に送り、そこでサンプリングシートと防護具に付着したニコチン酸の残留濃度を液体クロマトグラフィ-・タンデム質量分析法(LC/MS/MS)を用いて測定した。
【0027】
分析結果を
図1の表に示す。表に示すように、ばく露対策を考慮しない投与手技の場合、サンプリングシートにおけるニコチン酸の残留濃度は、スパイク手技(1)ではすべてND(検出できず)であったが、プライミング手技(2)では36,900~98,800ng(ナノグラム)、除去手技(3)で23.3~79,500ng、除去手技(4)ではND~2.14であった。また、手袋の残留濃度は120,000~1,120,000ng、ガウンでは右袖で288~1,570ng、左袖で200~8,560ng、前面で287~10,300ngであった。
【0028】
これに対し、ばく露対策を考慮した投与手技の場合、サンプリングシートにおけるニコチン酸の残留濃度は、手技(4)ではすべてND(検出できず)で、手技(5)ではND~102,000ng、手技(6)ではND~31.6ngであった。また、手袋の残留濃度は120,000~1,120,000ng、ガウンでは右袖で288~1,54.03~43,3000ng、左袖でND~1,470ng、前面でND~584ngであった。
【0029】
上記評価試験より、一般の輸液セットを用いた投与手技における、環境及び看護師の個人防護具の汚染の実態が明らかになった。ばく露対策を考慮しない方法では、ばく露対策を考慮した方法比べて遙かに汚染の程度が高かった。また、一般輸液セットを用いた投与であっても、調製済み輸液でプライミングをしないこと、バックプライミングを行うことにより汚染を低減できる可能性が示唆された。さらに、一般輸液セットを用いた投与に際しては個人防護着用を徹底することの必要性が示唆された。
【0030】
以上、説明したとおり、抗がん剤に代わる偽薬としてニコチン酸を用いた場合でも、閉鎖式薬物輸送システムは勿論、非閉鎖式薬物輸送システムのばく露量を定量的に評価できる。当然ながら、ニコチン酸を用いたばく露評価方法は、抗がん剤を用いたばく露評価方法に比べて安全である。