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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-27
(45)【発行日】2023-10-05
(54)【発明の名称】カチオン性重合開始剤
(51)【国際特許分類】
   C07D 233/24 20060101AFI20230928BHJP
   C08F 2/24 20060101ALI20230928BHJP
   C08F 20/10 20060101ALI20230928BHJP
【FI】
C07D233/24 CSP
C08F2/24 Z
C08F20/10
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019209812
(22)【出願日】2019-11-20
(65)【公開番号】P2021080215
(43)【公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-03-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】辻 俊一
(72)【発明者】
【氏名】山崎 貴史
(72)【発明者】
【氏名】小川 晶子
【審査官】宮田 透
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/043484(WO,A1)
【文献】特開平02-000261(JP,A)
【文献】特表2005-517054(JP,A)
【文献】特開2019-065005(JP,A)
【文献】特開2001-187764(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D、C08F
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I):
【化1】
[式中、
71 、R 72 、R 73 、R 74 、R 81 、R 82 、R 83 およびR 84 がメチル基であり、R 75 、R 76 、R 77 およびR 78 が水素原子であり、YおよびZが単結合であり、
は、Cl、NO 、Br および らなる群から選択されるカウンターアニオンである]
の化学構造を有する化合物。
【請求項2】
がClである、請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
請求項1または2のいずれか一項に記載の化合物からなる、カチオン性重合開始剤。
【請求項4】
ポリマー粒子エマルションを製造する方法であって、請求項に記載のカチオン性重合開始剤、および炭素-炭素二重結合を含むモノマーによる乳化重合反応を行うことを含んでなる、方法。
【請求項5】
前記ポリマー粒子エマルションの収率が62%以上である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
請求項3に記載のカチオン性重合開始剤、および炭素-炭素二重結合を含むモノマーによる乳化重合反応により製造されるポリマー粒子エマルション。
【請求項7】
動的光散乱法による流体力学的な粒子径が125~196nmである、請求項6に記載のポリマー粒子エマルション。
【請求項8】
多分散性指数(PdI)が0.06~0.102である、請求項6に記載のポリマー粒子エマルション。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カチオン性重合開始剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリマー粒子エマルションを合成する一般的な方法である乳化重合法では、水溶性開始剤が必ず必要とされる。カチオン性重合開始剤は、水溶性開始剤の中でも、とりわけカチオン性粒子のエマルションを合成するときに好適に用いられる。特に4級アンモニウム構造を持ったカチオン性重合開始剤では、抗菌機能を持った粒子ができるなど、様々な利点を有する。
【0003】
国際公開第2017/043484号(特許文献1)には、カチオン性重合開始剤として機能する、4級アンモニウム構造を有する化合物が開示され、さらに、これを用いた乳化重合によってポリマー粒子エマルションを合成したことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2017/043484号
【発明の概要】
【0005】
国際公開第2017/043484号に記載のカチオン性重合開始剤の性状について検討を進めたところ、この重合開始剤を用いると乳化重合において凝集が生じ、高固形分濃度のエマルションを合成することが難しいことが明らかとなった。
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、国際公開第2017/043484号に記載のカチオン性重合開始剤における対イオン(カウンターアニオン)を特定の種類に限定することにより、乳化重合において凝集がほとんど生じることなく、高固形分濃度のエマルションが高収率で得られることを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0007】
従って、本発明は、乳化重合における凝集の形成量を低減することのできるカチオン性重合開始剤を提供する。
【0008】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)一般式(I):
【化1】
[式中、
Yは、単結合またはCHR85を表し、
Zは、単結合またはCHR86を表し、
72、R73、R75、R76、R77、R78、R85およびR86は、それぞれ独立して、水素原子、C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルカルボニル、フェニルおよびヒドロキシからなる群から選択され、ここで前記C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルカルボニルおよびフェニルは、さらにC1-6アルキル、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルカルボニル、フェニルおよびヒドロキシからなる群から選択される1または2個の置換基で置換されていてもよく、
72およびR73は、さらに、それぞれ独立して、アダマンチル、またはSi(OCH(CH)で置換されたC1-6アルキルを表してもよく、
あるいは、R75およびR76、またはR77およびR78は、一緒になって-(CH3-5-を形成してもよく、
81、R82、R83、およびR84は、C1-4アルキル、C1-4アルキルカルボニル、およびC1-3アルコキシからなる群から選択される置換基であり、ここで前記C1-4アルキルは一つのC1-3アルコキシ基で置換されていてもよく、及び
71およびR74は、それぞれ独立して、C1-3アルキル基であり、
は、Cl、NO 、Br、I、CHSO およびOHからなる群から選択されるカウンターアニオンである]
の化学構造を有する化合物。
(2)X が、Cl、NO 、Br、IおよびCHSO からなる群から選択されるカウンターアニオンである、前記(1)に記載の化合物。
(3)X がClである、前記(1)に記載の化合物。
(4)前記YおよびZが単結合を表す、前記(1)~(3)のいずれかに記載の化合物。
(5)前記R81、R82、R83、およびR84が、それぞれ独立して、メチル、エチル、メチルカルボニル、イソブチル、および2-メチル-2-メトキシ-プロピルからなる群から選択される、前記(1)~(4)のいずれかに記載の化合物。
(6)前記R71およびR74がメチル基である、前記(1)~(5)のいずれかに記載の化合物。
(7)前記R72およびR73、前記R75およびR77、前記R76およびR78、前記R81およびR84、前記R82およびR83、並びに前記R71およびR74が、それぞれ同一の置換基を表し、かつ、前記YおよびZが、同一の置換基または共に単結合を表す、前記(1)~(6)のいずれかに記載の化合物。
(8)R71、R72、R73、R74、R81、R82、R83およびR84がメチル基であり、R75、R76、R77およびR78が水素原子であり、YおよびZが単結合である、前記(1)~(3)のいずれかに記載の化合物。
(9)前記(1)~(8)のいずれかに記載の化合物からなる、カチオン性重合開始剤。
(10)ポリマー粒子エマルションを製造する方法であって、前記(9)に記載のカチオン性重合開始剤、および炭素-炭素二重結合を含むモノマーによる乳化重合反応を行うことを含んでなる、方法。
(11)前記(10)に記載の方法によって得られる、ポリマー粒子エマルション。
【0009】
本発明によれば、乳化重合におけるポリマー粒子の凝集が低減されるため、高固形分濃度のポリマー粒子エマルションを高収率で得ることが可能となる。
【発明の具体的説明】
【0010】
本明細書において「C1-3アルキル」とは、炭素数1~3の直鎖状、分岐鎖状、または環状のアルキル基を意味し、メチル、エチル、n-プロピル、i-プロピル、シクロプロピルが含まれる。
【0011】
本明細書において「C1-4アルキル」とは、炭素数1~4の直鎖状、分岐鎖状、環状または部分的に環状のアルキル基を意味し、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、i-プロピル、n-ブチル、s-ブチル、i-ブチル、t-ブチル、シクロプロピル、シクロブチルなどが含まれ、例えば、C1-3アルキルなども含まれる。
【0012】
本明細書において「C1-6アルキル」とは、炭素数1~6の直鎖状、分岐鎖状、環状または部分的に環状のアルキル基を意味し、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、i-プロピル、n-ブチル、s-ブチル、i-ブチル、t-ブチル、n-ペンチル、3-メチルブチル、2-メチルブチル、1-メチルブチル、1-エチルプロピル、n-ヘキシル、4-メチルペンチル、3-メチルペンチル、2-メチルペンチル、1-メチルペンチル、3-エチルブチル、および2-エチルブチル、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、およびシクロプロピルメチルなどが含まれ、例えば、C1-4アルキルおよびC1-3アルキルなども含まれる。
【0013】
本明細書において「C1-3アルコキシ」とは、アルキル部分として既に定義した炭素数1~3のアルキル基を有するアルキルオキシ基を意味し、例えば、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、i-プロポキシなどが含まれ、例えば、C1-4アルコキシおよびC1-3アルコキシなども含まれる。
【0014】
本明細書において「C1-6アルコキシ」とは、アルキル部分として既に定義した炭素数1~6のアルキル基を有するアルキルオキシ基を意味し、例えば、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、i-プロポキシ、n-ブトキシ、s-ブトキシ、i-ブトキシ、t-ブトキシ、n-ペントキシ、3-メチルブトキシ、2-メチルブトキシ、1-メチルブトキシ、1-エチルプロポキシ、n-ヘキシルオキシ、4-メチルペントキシ、3-メチルペントキシ、2-メチルペントキシ、1-メチルペントキシ、3-エチルブトキシ、シクロペンチルオキシ、シクロヘキシルオキシ、シクロプロピルメチルオキシなどが含まれ、例えば、C1-4アルコキシおよびC1-3アルコキシなども含まれる。
【0015】
本明細書においてハロゲン原子としては、例えばフッ素原子、塩素原子、臭素原子およびヨウ素原子などが挙げられる。
【0016】
本明細書において「C1-4アルキルカルボニル」とは、基-CO(C1-4アルキル)を表し、ここで当該C1-4アルキルは既に定義したとおりである。
【0017】
本明細書において「C1-6アルキルカルボニル」とは、基-CO(C1-6アルキル)を表し、ここで当該C1-6アルキルは既に定義したとおりである。
【0018】
本明細書において、共重合体とは、各ユニットにあたるモノマーを混ぜ、重合反応をしてできた高分子鎖の集合体である。ポリマーとは、モノマーユニットが結合し連なった高分子鎖を示す。
【0019】
本発明の化合物は、一般式(I):
【化2】
[式中、
Yは、単結合またはCHR85を表し、
Zは、単結合またはCHR86を表し、
72、R73、R75、R76、R77、R78、R85およびR86は、それぞれ独立して、水素原子、C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルカルボニル、フェニルおよびヒドロキシからなる群から選択され、ここで前記C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルカルボニルおよびフェニルは、さらにC1-6アルキル、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルカルボニル、フェニルおよびヒドロキシからなる群から選択される1または2個の置換基で置換されていてもよく、
72およびR73は、さらに、それぞれ独立して、アダマンチル、またはSi(OCH(CH)で置換されたC1-6アルキルを表してもよく、
あるいは、R75およびR76、またはR77およびR78は、一緒になって-(CH3-5-を形成してもよく、
81、R82、R83、およびR84は、C1-4アルキル、C1-4アルキルカルボニル、およびC1-3アルコキシからなる群から選択される置換基であり、ここで前記C1-4アルキルは一つのC1-3アルコキシ基で置換されていてもよく、及び
71およびR74は、それぞれ独立して、C1-3アルキル基であり、
は、Cl、NO 、Br、I、CHSO およびOHからなる群から選択されるカウンターアニオンである]
の化学構造を有する。
【0020】
本発明の好ましい実施態様によれば、X は、Cl、NO 、Br、IおよびCHSO からなる群から選択され、より好ましくはClとされる。
【0021】
本発明の一つの実施態様では、式(I)のYおよびZは単結合を表す。
【0022】
本発明の一つの実施態様では、式(I)のR81、R82、R83およびR84は、それぞれ独立して、メチル、エチル、メチルカルボニル、イソブチル、および2-メチル-2-メトキシ-プロピルからなる群から選択される。
【0023】
本発明の一つの実施態様では、式(I)のR71およびR74はメチル基である。
【0024】
本発明の一つの実施態様では、式(I)のR72、R73、R75、R76、R77、R78、R85、およびR86は、それぞれ独立して、水素原子、C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルカルボニル、フェニルおよびヒドロキシからなる群から選択される。
【0025】
本発明の一つの実施態様では、式(I)のR75およびR76、またはR77およびR78は、一緒になって-(CH-を形成する。
【0026】
本発明の好ましい実施態様によれば、式(I)のR72およびR73、R75およびR77、R76およびR78、R81およびR84、R82およびR83、並びにR71およびR74は、それぞれ同一の置換基を表し、かつ、YおよびZは、同一の置換基、または共に単結合を表す。
【0027】
本発明のさらに好ましい実施態様によれば、式(I)のR71、R72、R73、R74、R81、R82、R83、およびR84がメチル基であり、R75、R76、R77、およびR78が水素原子であり、YおよびZが単結合である。
【0028】
式(I)の化合物は、例えば、国際公開第2017/043484号に記載の方法に従って合成することができる。また、カウンターアニオンの交換は、例えば、メタノール中でシリカ系陰イオン交換カラムを通すことによって行うことができる。
【0029】
本発明の化合物は、ラジカル重合によるポリマーの製造におけるカチオン性重合開始剤として用いることができる。特に、本発明のカチオン性重合開始剤は、乳化重合によるポリマー粒子エマルションの製造において、ポリマー粒子の凝集を低減し、高収率でポリマー粒子エマルションを製造することを可能とする。
【0030】
重合開始剤の使用量は、重合反応が進行する濃度の範囲内で適量を選択することができ、特に制限されるものではないが、例えば、使用するモノマーに対して0.01モル%以上、好ましくは0.1モル%以上、さらに好ましくは0.5モル%以上の量で使用することができる。
【0031】
重合反応の原料となるモノマーとしては、炭素-炭素二重結合を有する化合物であれば、いずれのものも使用することができる。特に、本発明は、乳化重合において水に溶けにくいポリマーを合成する際にもポリマーの凝集が生じにくく、ポリマー濃度の高いエマルションを合成できるという利点を有する。よって、本発明の一つの好ましい実施態様では、水を溶媒とする乳化重合に用いられるモノマーとされる。このようなモノマーとしては、メタクリレート、アクリレート、スチレン、スチレン誘導体、酢酸ビニルなどが挙げられ、最も汎用的なモノマーとしては、メタクリル酸メチル(MMA)およびスチレンを挙げることができる。
【0032】
また、重合反応において架橋剤を用いることもできる。架橋剤としては、分子中に2以上のビニル基を含むモノマーであって、架橋剤として通常使用されているものであれば特に限定されない。架橋剤の具体的な例としては、N,N'-メチレンビスアクリルアミド、N,N'-エチレンビスアクリルアミド、N,N'-メチレンビスメタクリルアミド、N,N'-エチレンビスメタクリルアミド、エチレングリコールジアクリレート、エチレングリコールジメタクリレートなどが挙げられる。
【0033】
重合反応に使用する反応溶媒は、特に限定されないが、例えば、水、エタノール、アセトン、ジオキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドや、これらの任意の混合物などが挙げられる。本発明の好ましい実施態様によれば、反応溶媒は、エタノールと水の混合物またはアセトンと水の混合物とされる。
【0034】
重合反応の温度と時間は特に制限されないが、例えば0~100℃、好ましくは50~80℃の反応温度において、例えば1~48時間、好ましくは1~16時間、より好ましくは1~10時間の反応時間で行うことができる。
【実施例
【0035】
以下に実施例を示すことにより本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0036】
カチオン性重合開始剤である2,2’-アゾビス-(2-(1,3-ジメチル-4,5-ジヒドロ-1H-イミダゾール-3-イウム-2-イル))プロパン トリフレート(ADIP)は、国際公開第2017/043484号に記載の方法に従って合成した。
【0037】
合成した粒子の直径はゼータサイザーナノZSP(マルバーン社)で測定した動的光散乱法による流体力学的な粒子径(Z-Ave)である。また、PdIは多分散性指数(polydispersity index)を表しており、粒子径分布の幅を評価できる。0.1以下のPdI値を有する分布は単分散と一般的に呼ばれ、一方、0.1から0.3の間の値を有する分散体は、狭い径分布を有すると考えられている。ゼータ電位はゼータサイザーナノZSP(マルバーン社)で測定した。
【0038】
実施例1:対イオンが引き起こす乳化重合の阻害効果(課題の検証)
超純水およびアセトンを窒素置換した。バイアル瓶(30mL容)に、終濃度280mMのメタクリル酸メチル(MMA)、終濃度1.68mMのエチレングリコールジメタクリレート(EGDMA)、および終濃度4.4mMの重合開始剤:2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]二塩酸塩(略称VA-044,CAS RN.27776-21-2)を添加し、アセトン濃度が40v/v%となるように、水とアセトンを最終容積が30mLになるまで加えた。さらに、各サンプルに終濃度8.8mMの塩(以下の表に表示)を加え、密栓してスターラーで撹拌しながら、75℃で3時間の重合反応を行った。
【0039】
各塩を入れて合成したエマルションの粒子の直径、多分散度、そして凝集(沈降)の有無の結果を表1に示した。これらの塩のうち、カウンターアニオンが2価アニオンの硫酸イオン(OG606,SO 2-)、1価アニオンの中でもトリフレートイオン(OG602、CFSO )が、塩を添加しない場合(OG598)と比較して凝集をもたらすことがわかった。8.8mMという塩濃度は、他の1価のカウンターアニオンのCl(OG604)、Br(OG605)およびNO (OG607)では凝集が認められない程度の低濃度である。2価イオンはDVLO理論からも凝集しやすいことがわかっているが、1価アニオンでも低濃度で凝集するイオンとしてトリフレートイオンがあることを見出した。
【0040】
【表1】
【0041】
実施例2:カウンターアニオンを交換したカチオン性重合開始剤(式(I)の化合物)の合成
ADIPを、-20℃に冷やしたメタノールに溶解し、50mg/mL ADIP溶液を作製した。InertSep SAX2カラム(充填剤5g、0.3meq/g担持量、事前に15mLのMeOHでコンディショニング)に6mLのADIP溶液を充填し、300mg分のADIPを処理した。次に、6mLの氷冷MeOHをカラムに加え、計12mLの素通り画分を得た。これを繰り返すことにより、トータルで15gのADIPを処理した。5℃で冷やしながら減圧下乾固を行い、最終的に8.67gの粉体ADIP-Clを得た。ADIP-Clのカウンターアニオンがトリフレートイオンから塩化物イオンに置換されていることは、LC-MSによるトリフレートイオンの定性分析、および硝酸銀比色法による塩化物イオンの定量によって確認した。
【0042】
収率100%でカウンターアニオンをトリフレートイオンから塩化物イオンに置換したADIP-Clを合成できた。また、アゾ基の吸光度(375nm)を指標にした分解活性を測定したところ、ADIPの70℃における分解速度は12.6×10-4(/s)であり、ADIP-Clの70℃における分解速度は9.4×10-4(/s)となり、カウンターアニオンを交換しても、開始剤の能力の1つである分解速度にも違いはなかった。
【0043】
実施例3:ADIP-Clを用いることによる安定なカチオン性PMMAエマルションの合成法
超純水およびアセトンを窒素置換した。バイアル瓶(30mL容)に、終濃度470mMのメタクリル酸メチル(MMA)、終濃度2.82mMのエチレングリコールジメタクリレート(EGDMA)、および終濃度4.4mMの重合開始剤:VA-044、2,2’-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)ニ塩酸塩(略称V-50,CAS RN.2997-92-4)、ADIPまたは実施例2で合成したADIP-Clを添加し、アセトン濃度が40v/v%となるように、水とアセトンを最終容積が30mLになるまで加え、密栓してスターラーで撹拌しながら、75℃で3時間の重合反応を行った。
【0044】
合成結果を表2に示した。ADIPのみが凝集を発生させてしまうことがわかった。ADIPには、8.8mM相当のトリフレートイオンが含まれており、これは実施例1で用いた塩と同じ濃度である。トリフレートイオンを塩化物イオンに置換したOG825では凝集が認められなかったため、トリフレートイオンを持たないカチオン性重合開始剤を使うことで安定なエマルションを合成できることがわかった。なお、OG825の直径は125nm、PdIは0.102、ゼータ電位は60mVであり、カチオン性粒子が合成できていることが分かった。
【0045】
【表2】
【0046】
実施例4:ADIP-Clを用いた高濃度のポリスチレン(PS)エマルションの合成
全ての超純水は、撹拌子を回しながら窒素バブリングし、溶存酸素を30分以上追い出してから使用した。30mL容透明バイアル瓶に12mLのエタノールを添加した。モノマー濃度が終濃度1000mMとなるように、スチレン3.45mLをバイアル瓶に添加した後、1mLの超純水に溶解した重合開始剤ADIPまたはADIP-Clを終濃度10mMとなるようバイアル瓶に添加した。全容量を30mLに調整するために超純水を添加した後、60℃の湯浴にバイアル瓶をセットし、強撹拌子(1-6618-02、強力撹拌子、φ4.5×12mm)を用いて撹拌し、計6時間合成を行った。
【0047】
合成結果を表3に示した。ADIPを用いた場合(OG919)は収率も10%と低く、さらにPdIも0.49と極めて高く、凝集傾向にあった。一方、トリフレートイオンを塩化物イオンに置換したADIP-Clで合成した場合(YT010)、収率は62%まで向上し、直径200nm程度のきわめて単分散で安定な粒子懸濁液を合成できることがわかった。実施例3の結果と併せて、PMMAやPSといった代表的なポリマーエマルションの合成において、トリフレートイオンを置換したADIP-Clがカチオン性ポリマー粒子懸濁液を作製するために有用であることが示された。
【0048】
【表3】
【0049】
実施例5:対イオンによるポリメタクリル酸メチル(PMMA)粒子およびポリスチレン(PS)粒子の凝集効果
各種塩に対する粒子の沈殿挙動を調べるために、PMMA粒子懸濁液OG1024を合成した。具体的には次の手順に従って合成を行った。まず、超純水を窒素置換した。バイアル瓶(30mL容)に、終濃度1000mMのメタクリル酸メチル、および終濃度2mMの重合開始剤:2,2’-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)二塩酸塩(略称V-50,CAS RN.2997-92-4)を添加し、水を最終容積が30mLになるまで加え、密栓してスターラーで撹拌しながら、60℃で16時間の重合反応を行った。室温まで冷却したサンプルを真空乾燥して粒子固形分濃度を算出した。粒子固形分濃度が0.14mg/ml、各添加塩濃度が7.5mMになるよう調整し、密栓してボルテックスミキサーで混合してDLS測定用のサンプルとした。
【0050】
同じく、各種塩に対する粒子の沈殿挙動を調べるために、PS粒子懸濁液YT085を合成した。具体的には次の手順に従って合成を行った。まず、超純水を窒素置換した。バイアル瓶(30mL容)に、終濃度1000mMのスチレン、および終濃度10mMの重合開始剤V-50を添加し、30v/v%エタノール水溶液を最終容積が30mLになるまで加え、密栓してスターラーで撹拌しながら、80℃で6時間の重合反応を行った。室温まで冷却したサンプルを真空乾燥して粒子固形分濃度を算出した。粒子固形分濃度が0.14mg/ml、各添加塩濃度が50mMになるよう調整し、密栓してボルテックスミキサーで混合してDLS測定用のサンプルとした。
【0051】
合成したエマルション粒子に対して各塩を添加した後の直径および多分散度の結果を、それぞれ表4および表5に示した。塩を添加しない場合のPMMA粒子(OG1024)の直径382nmに対して、カウンターアニオンが2価アニオンの硫酸イオン(SO 2-)、1価アニオンのトリフレートイオン(CFSO )の添加により、直径がそれぞれ1169、740nmまで増大した(表4)。トリフレートイオンの添加ではPdIが0.58と極めて大きく、凝集傾向にあった。同様に、PS粒子(YT085)の直径356nmに対して、上記2つのアニオンの添加により、直径が硫酸イオンで1529nm、トリフレートイオンで2544nmまで増大し、トリフレートイオンではPdIが0.50と極めて大きく、凝集傾向にあった。(表5)。一方、Cl、Br、I、NO 、またはCHSO の添加では、上記2つのアニオンと比較してOG1024、YT085の直径は大きく変化していない。以上の結果から、乳化重合により合成された粒子に対しても、実施例1と同様に、2価イオンと1価のトリフレートイオンが凝集を引き起こすことが明らかとなった。これらの結果から、エマルション粒子の凝集を回避するには、重合開始剤のカウンターアニオンは、Cl、Br、I、NO 、およびCHSO のうちのいずれかを選択することが望ましいものと考えられる。
【0052】
【表4】
【0053】
【表5】