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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-28
(45)【発行日】2023-10-06
(54)【発明の名称】血液ポンプ及び補助人工心臓システム
(51)【国際特許分類】
   A61M 60/829 20210101AFI20230929BHJP
   A61M 60/178 20210101ALI20230929BHJP
   A61M 60/232 20210101ALI20230929BHJP
   A61M 60/416 20210101ALI20230929BHJP
   A61M 60/804 20210101ALI20230929BHJP
   A61M 60/824 20210101ALI20230929BHJP
【FI】
A61M60/829
A61M60/178
A61M60/232
A61M60/416
A61M60/804
A61M60/824
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020078529
(22)【出願日】2020-04-27
(65)【公開番号】P2021171377
(43)【公開日】2021-11-01
【審査請求日】2022-12-15
(73)【特許権者】
【識別番号】392000796
【氏名又は名称】株式会社サンメディカル技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100104709
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 誠剛
(72)【発明者】
【氏名】神田 航希
(72)【発明者】
【氏名】足立 幸志
(72)【発明者】
【氏名】田澤 茂
【審査官】細川 翔多
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-98007(JP,A)
【文献】特表2017-515054(JP,A)
【文献】特開平3-86458(JP,A)
【文献】特開平10-043291(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0205805(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 60/829
A61M 60/824
A61M 60/818
A61M 60/232
F04D 29/047
F16C 32/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状の摺動面を有する固定側摺動部材と、
環状の摺動面を有する回転側摺動部材と、
前記固定側摺動部材及び前記回転側摺動部材の外周側に位置する血液ポンプ室と、
前記固定側摺動部材及び前記回転側摺動部材の内周側に位置するクールシール液循環室と、を備え、
前記固定側摺動部材の摺動面と前記回転側摺動部材の摺動面とを当接させた状態で、かつ、前記固定側摺動部材の摺動面と前記回転側摺動部材の摺動面との間の間隙に前記クールシール液循環室からクールシール液を供給しながら使用する血液ポンプであって、
前記固定側摺動部材の摺動面と前記回転側摺動部材の摺動面のうちの少なくとも一方の摺動面は、テクスチャ構造を有しており、当該テクスチャ構造には、
前記摺動面の径方向に微細な周期で形成され、前記摺動面の垂直方向に微細な深さを有する微細(fine)溝と、
前記摺動面の径方向に前記微細(fine)溝の周期よりも長い周期で形成され、前記摺動面の垂直方向に前記微細(fine)溝よりも深い深さを有するマクロ(macro)溝と、が存在することを特徴とする血液ポンプ。
【請求項2】
請求項1に記載の血液ポンプにおいて、
前記テクスチャ構造は、当該テクスチャ構造を前記摺動面の径方向に沿って見たときに、前記摺動面の径方向に微細な周期で形成されている前記微細(fine)溝に、前記マクロ(macro)溝が所定の周期で形成された構造を有していることを特徴とする血液ポンプ。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の血液ポンプにおいて、
前記微細(fine)溝は、前記マクロ(macro)溝にも形成されていることを特徴とする血液ポンプ。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の血液ポンプにおいて、
前記マクロ(macro)溝は、前記摺動面の径方向の周期がほぼ30μmであり、前記摺動面に垂直方向の深さがほぼ0.3μmであることを特徴とする血液ポンプ。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の血液ポンプにおいて、
前記微細(fine)溝及び前記マクロ(macro)溝は、前記摺動面の周方向に細長い形状を有していることを特徴とする血液ポンプ。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の血液ポンプにおいて、
前記摺動面は、当該摺動面の全面に前記テクスチャ構造を有することを特徴とする血液ポンプ。
【請求項7】
体内に埋め込まれる血液ポンプを備える補助人工心臓システムであって、
前記血液ポンプは、請求項1~6のいずれかに記載の血液ポンプであることを特徴とする補助人工心臓システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液ポンプ及び補助人工心臓システムに関する。
【背景技術】
【0002】
心臓移植までの患者の生命を維持するために、血液に運動エネルギーを与える血液ポンプ及び当該血液ポンプを用いて心臓の機能の一部を補う補助人工心臓システムが知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
特許文献1に記載された血液ポンプ及び補助人工心臓システムについて図1図3を参照して説明する。なお、図1図3は、後述する本発明の実施形態を説明するために示す図であるが、特許文献1に記載の血圧ポンプ及び補助人工心臓システムにおいても共通する構成を有している。このため、特許文献1に記載の血圧ポンプ及び補助人工心臓システムを説明する際においても図1図3を参照して説明する。なお、図1図3については、本発明の実施形態について説明する際に詳細に説明することとし、特許文献1に記載の血圧ポンプ及び補助人工心臓システムを説明する際においては一部を簡略化して説明する。
【0004】
補助人工心臓システム100は、図1に示すように、血液ポンプ110と、血液ポンプ110と心臓の血流を接続するための人工血管120,130と、図示しない制御装置とを備える。
【0005】
血液ポンプ110は、図2及び図3に示すように、固定部10と、回転部20と、駆動部30と、クールシール液循環経路40と、軸受部50とを備える。固定部10は、筒状の固定側摺動部材12を有し、当該固定側摺動部材12の先端部には環状の摺動面14(図3(b)参照。)を有する。一方、回転部20は、回転側摺動部材22と、インペラ26と、回転シャフト28とを有する。また、回転側摺動部材22は、先端部に環状の摺動面24(図3(b)参照。)を有する。
【0006】
血液ポンプ110は、血液BL中で使用される軸受部50が、固定側摺動部材12の摺動面14と回転側摺動部材22の摺動面24とが対向して当接することにより、メカニカルシールとして機能している。なお、固定側摺動部材12の摺動面14と回転側摺動部材22の摺動面24とが対向して当接しているとしているが、実際には、固定側摺動部材12の摺動面14と回転側摺動部材22の摺動面24との間は1μm程度のわずかな間隙52を有している。なお、固定側摺動部材12の摺動面14と回転側摺動部材22の摺動面24との間の間隙52を「摺動面の間隙52」と表記する場合もある。また、図3(a)及び図3(b)においては、摺動面の間隙52を誇張して図示している。
【0007】
クールシール液循環経路40は、血液ポンプ110内部の潤滑、冷却、シール性の維持等の機能を果たすクールシール液CS(例えば、注射用水)を軸受部50に供給するものである。クールシール液CSは、クールシール液循環室16を介して摺動面の間隙52に供給され、血液BL中に流出するとともに、クールシール液出口44から排出される。
【0008】
クールシール液CSをこのように循環させることによって、血液BLを構成する成分(以下、血液成分という。)が摺動面の間隙52に浸入しにくくなり、摺動面(摺動面14及び摺動面24)に血液成分のうちの血漿タンパク質が付着しにくくなる。なお、血液成分が摺動面の間隙52に浸入しにくくなるようにして、摺動面に血漿タンパク質が付着しにくくする理由としては、仮に、血液成分が摺動面の間隙52に浸入して、摺動面に血漿タンパク質が付着すると、血漿タンパク質が変性して粘性が高くなり、それによって、摺動面の摺動抵抗が増大し、回転側摺動部材22の回転が不安定(血液ポンプの動作が不安定)になるといった不具合が発生する場合があり、このような不具合の発生を未然に防止するためである。
【0009】
上述したように、クールシール液CSを摺動面の間隙52に供給することにより、血液成分が摺動面の間隙52に浸入しにくくなるようにする(シール性を確保する)ことができるとともに、摺動面14と摺動面24との間を潤滑することができるが、この効果をより高めるために、特許文献1に記載の血液ポンプ110においては、固定側摺動部材12の摺動面14及び回転側摺動部材22の摺動面24のうちの少なくとも一方の摺動面(例えば固定側摺動部材12の摺動面14)に、クールシール液CSを流すための洗浄用水路60が形成されている(図11参照。)。
【0010】
図11は、特許文献1に記載されている血液ポンプの摺動面14に形成されている洗浄用水路60を説明するために示す図である。特許文献1に記載されている血液ポンプは、図11に示すように、摺動面14に、クールシール液CSを流すための洗浄用水路60が形成されている。これによって、摺動面の間隙52にクールシール液CSを供給し易くして、血液成分が摺動面の間隙52(図3参照。)に侵入したとしても、血液成分の洗浄を促進することができる。
【0011】
このように、特許文献1に記載の血液ポンプによれば、摺動面にクールシール液CSを流すための洗浄用水路60が形成されていることから、摺動面の間隙52にクールシール液CSが十分に( 多量かつ勢いよく) 供給されるようになる。それによって、摺動面の間隙52に血液成分が侵入しにくくなり、また、血液成分が侵入したとしても、血液成分が排出され易くなる。この結果、摺動面に血漿タンパク質が付着しにくくなり、摺動抵抗が増大しにくい血液ポンプとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2014-128516号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1に記載の血液ポンプは、上記したように優れた効果が得られる信頼性の高い血液ポンプであるが、摺動面の間隙52への血液成分の侵入を完全に防ぐことは難しく、血液成分のわずかな侵入は存在する。そして、血液成分のうちの血漿タンパク質が摺動面に付着すると、付着した血漿タンパク質が摺動面の摺動によって変性して粘性が高くなることで、摺動面の摺動抵抗が増大し、回転側摺動部材22の回転が不安定(血液ポンプの動作が不安定)になるといった不具合が発生する可能性がある。従って、血液成分の侵入を確実に防ぐことができればよいが、血液成分の侵入を完全に防ぐことは困難であるため、摺動面の間隙52に血液成分が浸入して摺動面に血漿タンパク質が付着したとしても、血漿タンパク質が良好な状態で付着するように制御することが必要である。
【0014】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、高いシール性を有することは勿論、摺動面の間隙に血液成分が浸入して摺動面に血漿タンパク質が付着したとしても、血漿タンパク質が良好な状態で付着するように制御し、それによって、摺動抵抗の増大を確実に抑制できる信頼性の高い血液ポンプを提供することを目的とする。また、このような血液ポンプを備えることによって、信頼性の高い補助人工心臓システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
[1]本発明の血液ポンプは、環状の摺動面を有する固定側摺動部材と、環状の摺動面を有する回転側摺動部材と、前記固定側摺動部材及び前記回転側摺動部材の外周側に位置する血液ポンプ室と、前記固定側摺動部材及び前記回転側摺動部材の内周側に位置するクールシール液循環室と、を備え、前記固定側摺動部材の摺動面と前記回転側摺動部材の摺動面とを当接させた状態で、かつ、前記固定側摺動部材の摺動面と前記回転側摺動部材の摺動面との間の間隙に前記クールシール液循環室からクールシール液を供給しながら使用する血液ポンプであって、前記固定側摺動部材の摺動面と前記回転側摺動部材の摺動面のうちの少なくとも一方の摺動面は、テクスチャ構造を有しており、当該テクスチャ構造には、前記摺動面の径方向に微細な周期で形成され、前記摺動面の垂直方向に微細な深さを有する微細(fine)溝と、前記摺動面の径方向に前記微細(fine)溝の周期よりも長い周期で形成され、前記摺動面の垂直方向に前記微細(fine)溝よりも深い深さを有するマクロ(macro)溝と、が存在することを特徴とする。
【0016】
[2]本発明の血液ポンプにおいては、前記テクスチャ構造は、当該テクスチャ構造を前記摺動面の径方向に沿って見たときに、前記摺動面の径方向に微細な周期で形成されている前記微細(fine)溝に、前記マクロ(macro)溝が所定の周期で形成された構造を有していることが好ましい。
【0017】
[3]本発明の血液ポンプにおいては、前記微細(fine)溝は、前記マクロ(macro)溝にも形成されていることが好ましい。
【0018】
[4]本発明の血液ポンプにおいては、前記マクロ(macro)溝は、前記摺動面の径方向の周期がほぼ30μmであり、前記摺動面に垂直方向の深さがほぼ0.3μmであることが好ましい。
【0019】
[5]本発明の血液ポンプにおいては、前記微細(fine)溝及び前記マクロ(macro)溝は、前記摺動面の周方向に細長い形状を有していることが好ましい。
【0020】
[6]本発明の血液ポンプにおいては、前記摺動面は、当該摺動面の全面に前記テクスチャ構造を有することが好ましい。
【0021】
[7]本発明の補助人工心臓システムは、体内に埋め込まれる血液ポンプを備える補助人工心臓システムであって、前記血液ポンプは、[1]~[6]のいずれかに記載の血液ポンプであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明の血液ポンプによれば、固定側摺動部材の摺動面と回転側摺動部材の摺動面のうちの少なくとも一方の摺動面は上述したようなテクスチャ構造を有していることにより、高いシール性を有することは勿論、摺動面の間隙に血液成分が浸入して摺動面に血漿タンパク質が付着したとしても、血漿タンパク質が良好な状態で付着するように制御し、それによって、摺動抵抗の増大を確実に抑制できる信頼性の高い血液ポンプとすることができる。
【0023】
また、本発明の補助人工心臓システムによれば、上記[1]~[6]のいずれかに記載の血液ポンプを備えることによって、信頼性の高い補助人工心臓システムとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】実施形態に係る補助人工心臓システム100を説明するために示す図である。
図2】実施形態に係る血液ポンプ110を説明するために示す断面図である。
図3】実施形態に係る血液ポンプ110の軸受部50を説明するために示す図である。
図4】テクスチャ構造Texを説明するために示す図である。
図5】テクスチャ構造Texを形成する手順について説明するために示す図である。
図6】パルスレーザー光の各照射ラインL1,L2,・・・における強度分布の一例を示す図である。
図7】摺動面24に形成されたテクスチャ構造Texを顕微鏡写真で示す図である。
図8】マクロ溝が存在しない微細溝のみのテクスチャ構造Tex’を説明するために示す図である。
図9】時間の経過に対する漏れ率(CS液への血液の漏れ率)の変化を調べる実験を行った結果を説明するために示す図である。
図10】時間の経過に対する摩擦係数(摺動抵抗)変化を調べる実験を行った結果を説明するために示す図である。
図11】特許文献1に記載されている血液ポンプの摺動面14に形成されている洗浄用水路60を説明するために示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の血液ポンプ110及び補助人工心臓システム100の実施形態について説明する。まずは、図1を参照して実施形態に係る補助人工心臓システム100について説明する。
【0026】
補助人工心臓システム100は、図1に示すように、体内に埋め込まれる血液ポンプ110と、血液ポンプ110と心臓の血流とを接続するための人工血管120,130と、図示しない制御装置と、を備える。制御装置は、補助人工心臓システム100の使用者の体外で用いるためのものであり、ケーブル140を介して血液ポンプ110と接続されて使用される。
【0027】
続いて、血液ポンプ110の実施形態について、主に図2及び図3を参照して説明する血液ポンプ110は、心臓の左心室の機能を補助する遠心ポンプである。血液ポンプ110は、図2及び図3に示すように、固定部10と、回転部20と、駆動部30と、クールシール液循環経路40とを備える。なお、図3において、図3(a)は血液ポンプの要部を模式的に示す図であり、図3(b)は血液ポンプの軸受部50の構造を模式的に示す図である。また、図3(a)及び図3(b)においては、摺動面の間隙52(固定側摺動部材12の摺動面14と回転側摺動部材22の摺動面24との間の間隙52)を誇張して図示している。
【0028】
固定部10は、筒状の固定側摺動部材12(いわゆるシートリング)を有し、当該固定側摺動部材12は、図3に示すように、先端部に環状の摺動面14を有する。回転部20は、回転側摺動部材22(いわゆるシールリング)と、インペラ26と、回転シャフト28とを有し、先端部に環状の摺動面24を有する。インペラ26は、血液に運動エネルギーを付加する。回転シャフト28は、駆動部30と接続されており、駆動部30により駆動力(回転力)を与えられて回転部20全体を回転させる。駆動部30は、例えば、回転モーターを備える。
【0029】
血液ポンプ110は、遠心ポンプのインペラ軸を動圧軸受で支持する構造となっており 、血液BL中で使用される軸受部50が、固定側摺動部材12の摺動面14と回転側摺動部材22の摺動面24とが対向して当接することにより、メカニカルシールとして機能している。前述したように、固定側摺動部材12の摺動面14と回転側摺動部材22の摺動面24とが対向して当接しているとしているが、実際には、固定側摺動部材12の摺動面14と回転側摺動部材22の摺動面24との間は1μm程度のわずかな間隙52を有している。
【0030】
なお、固定側摺動部材12及び回転側摺動部材22としては、実施形態に係る血液ポンプ110においては、炭化珪素(SiC)からなる摺動部材が用いられている。固定側摺動部材12及び回転側摺動部材22の外周側には血液ポンプ室32が設けられ、固定側摺動部材12及び回転側摺動部材22の内周側にはクールシール液循環室16が設けられている。このクールシール液循環室16はクールシール液循環経路40(図2参照。)につながっている。
【0031】
クールシール液循環経路40は、血液ポンプ110内部の潤滑、冷却、シール性の維持等の機能を果たすクールシール液CS(例えば、水や生理食塩水)を循環させるものである。クールシール液CSは、クールシール液循環経路40のクールシール液入口42から流入し、回転シャフト28と固定部10との間の空間及び回転シャフト28の内側の空間18を通過した後、クールシール液循環室16を介して摺動面の間隙52に供給され、血液BL中に流出するとともに、クールシール液出口44から排出される。
【0032】
クールシール液CSは、摺動面の間隙52に血液成分が浸入することを抑制する(シール性を確保する)機能を有するとともに、摺動面14及び摺動面24を潤滑する機能を有する。
【0033】
実施形態に係る血液ポンプ110においては、固定側摺動部材12の摺動面14及び回転側摺動部材22の摺動面24のうち、回転側摺動部材22の摺動面24は、テクスチャ構造Texを有している。当該テクスチャ構造Texには、微細(fine)溝Gfとマクロ(macro)溝Gmとが存在する。微細(fine)溝Gfは、摺動面24の径方向に微細な周期で形成され、マクロ(macro)溝Gmは、摺動面24の径方向に微細(fine)溝Gfの周期よりも長い周期で形成され、摺動面24の垂直方向に微細(fine)溝Gfよりも深い深さを有する。
【0034】
図4は、テクスチャ構造Texを説明するために示す図である。図4(a)は摺動面24を模式的に示す平面図である。なお、図4(a)に示す摺動面24には、実際には、テクスチャ構造Texとして、微細(fine)溝Gfとマクロ(macro)溝Gmとが存在しているが、微細(fine)溝Gf及びマクロ(macro)溝Gmはそれぞれの径方向の幅、摺動面24に垂直方向の深さ及び、摺動面24の周方向に沿った長さは、nm単位又はμm単位であるため、図4(a)においては、これら微細(fine)溝Gf及びマクロ(macro)溝Gmは示されておらず、図4(a)においては、テクスチャ構造Tex全体を灰色で示している。
【0035】
また、図4(b)は図4(a)に示す摺動面24を径方向(x軸に沿った方向)に沿って切断して、切断部分を周方向(y軸に沿った方向)に見た断面の一部(径方向に100μm程度の範囲とする。)を模式的に示す図であり、テクスチャ構造Texの周期構造(摺動面24の径方向に沿った周期構造)を示している。
【0036】
図4(b)に示すように、テクスチャ構造Texには、微細(fine)溝Gfと、マクロ(macro)溝Gmとが存在する。以下、微細(fine)溝Gfは「微細溝Gf」と表記し、マクロ(macro)溝Gmは「マクロ溝Gm」と表記する場合もある。
【0037】
微細溝Gfは、摺動面24の径方向に微細な周期で形成され、当該摺動面24の垂直方向に微細な深さを有している。一方、マクロ溝Gmは、摺動面24の径方向に微細溝Gfの周期よりも長い周期で形成され、当該摺動面24の垂直方向に微細溝Gfよりも深い深さを有している。なお、マクロ溝Gmを個々のマクロ溝として説明する際には、図示の右側からマクロ溝Gm1,Gm2,Gm3として説明する。
【0038】
このように、テクスチャ構造Texは、当該テクスチャ構造Texを摺動面24の径方向に沿って見たときに、摺動面24の径方向に微細な周期で形成されている微細溝Gfに、マクロ溝Gm(マクロ溝Gm1,Gm2,Gm3)が所定の周期で(所定の間隔ごとに)形成された構造を有している。換言すれば、摺動面24の径方向に所定の周期で(所定の間隔ごとに)形成されているマクロ溝Gm(マクロ溝Gm1,Gm2,Gm3)の間に、微細溝Gfが形成された構造を有しているともいえる。なお、微細溝Gfは、マクロ溝Gmにも形成されている。換言すれば、微細溝Gfが摺動面24に連続的に形成されながらも、全体として、うねるようにマクロ溝Gmが形成されているともいえる。
【0039】
このようなテクスチャ構造Texは、摺動面24に仮想的に設定された同心円状の複数の照射ラインの各照射ラインに沿って超短パルスレーザー光(以下、「パルスレーザー光」と略記する場合もある。)を照射することにより形成されたものである。
【0040】
図5は、テクスチャ構造Texを形成する手順について説明するために示す図である。図5(a)は摺動面24に仮想的に設定された同心円状の複数の照射ラインL1~Lnを模式的に示す図であり、図5(b)は、各照射ラインL1~Lnに対するパルスレーザー光の照射手順を説明するために示す図である。なお、照射ラインL1~Lnは、摺動面24の内周側から第1照射ラインL1、第2照射ラインL2、・・・、第n照射ラインLnとする。
【0041】
テクスチャ構造Texを形成する手順について具体的に説明する。ここで、テクスチャ構造Texを形成するために使用した超短パルスレーザー加工装置は、キャノンマシナリ社製であり、当該超短パルスレーザー加工装置に使用されているパルスレーザー光源は、浜松ホトニクス社製(型式:MOIL-psl115909、波長:1030nm、パルス幅:1.5ps(ピコ秒)、出力:4W)である。
【0042】
摺動面24に仮想的に設定された同心円状の複数の照射ラインの各照射ラインL1~Lnのうちの1つの照射ライン(第1照射ラインL1とする。)における照射開始位置を起点にパルスレーザー光を照射する。なお、パルスレーザー光の照射は、矢印A方向(図5(a)参照。)に回転している摺動面24に対して行われるものとする。このため、照射ライン(この場合は、第1照射ラインL1)においては、相対的に矢印A’方向(図5(a)参照。)に沿ってパルスレーザー光が照射されて行くこととなる。
【0043】
そして、第1照射ラインL1における1周分のパルスレーザー光の照射が終了すると、次の1つの照射ライン(第2照射ラインL2とする。)において同様にパルスレーザー光の照射を行う。
【0044】
ここで、各照射ラインL1~Lnの隣り合う照射ラインの間隔d(図5参照。)は、パルスレーザー光を各照射ラインに照射したときの各パルスに対応する照射範囲(加工範囲ともいう。)が重畳するように設定されている。ここでは、加工範囲の径Φは100μmであるとし、隣り合う照射ラインの間隔dは30μmであるとする。なお、図5(a)においては、隣り合う照射ラインの間隔dが誇張して描かれている。
【0045】
上述したように、第1照射ラインL1におけるパルスレーザー光照射が終了すると、照射開始位置を径方向に30μmずらして、第2照射ラインL2においてパルスレーザー光照射を行い、これを第n照射ラインLnまで順次行う。この様子を模式的に示したものが図5(b)である。
【0046】
図5(b)は前述したように、摺動面24に対するパルスレーザー光の照射の手順を説明するために示す図である。なお、図5(b)は図5(a)における摺動面24を径方向(x軸に沿った方向)に沿って切断して、切断部分を周方向(y軸に沿った方向)に見た場合を模式的に示す図である。
【0047】
具体的には、図5(b)は第1照射ラインL1におけるパルスレーザー光の照射が終了したのち、照射開始位置を径方向に30μmずらして、第2照射ラインL2においてパルスレーザー光照射を行うといった操作を順次繰り返した時の摺動面24における加工範囲の推移を模式的に示す図であり、パルスレーザー光の照射を照射ラインL1~L4まで順次行った状態が示されている。
【0048】
図6は、各照射ラインL1~Lnにおけるパルスレーザー光の強度分布の一例を示す図である。各照射ラインL1~Lnにおけるパルスレーザー光の加工範囲は100μmである。
【0049】
摺動面24に対するパルスレーザー光の照射の手順について図5及び図6を参照してさらに具体的に説明する。まず、第1照射ラインL1においてパルスレーザー光の照射(第1回目の照射とする。)を行ったあと、照射位置を30μm径方向にずらして、第2照射ラインL2においてパルスレーザー光の照射(第2回目の照射とする。)を行い、第2回目の照射を行ったあと、照射位置を30μm径方向にずらして、第3照射ラインL3においてパルスレーザー光の照射(第3回目の照射とする。)を行い、第3回目の照射を行ったあと、照射位置を30μm径方向にずらして、第4照射ラインL4においてパルスレーザー光の照射(第4回目の照射とする。)を行う。
【0050】
このようにして、パルスレーザー光の照射を照射ラインL1~Lnまで順次行う。このとき、摺動面24の各照射ラインL1~Lnにおける周速が一定となるように摺動面24を回転制御することが好ましい。ここでは、周速は20mm/秒としている。但し、周速はこれに限定されるものではなく、適宜、設定可能である。なお、摺動面24の中心軸(回転側枢動部材14の中心軸)Ozから内周側の照射ラインL1までの距離(半径)と摺動面24の中心軸Ozから外周側の照射ラインLnまでの距離(半径)との差はわずかである。このため、各照射ラインL1~Lnにおける周速の違いによる影響は少ないことから、各照射ラインL1~Lnにおける周速の制御は、特に精度が要求されるものではない。
【0051】
上述したような操作を行うと、径方向においてほぼ30μmごとにマクロ溝Gmが形成される(図4(b)参照。)。なお、パルスレーザー光の強度のピーク値Fmax(図6参照)の照射位置が、マクロ溝Gmの最深部(底部)Dpが形成される位置にほぼ対応することとなる。
【0052】
また、上述したように、各照射ラインL1~Lnにおけるパルスレーザー光の照射を径方向に30μmずつずらして行っているため、各照射ラインL1~Lnのパルスレーザー光による加工範囲に重畳領域が生じる。例えば、第3回目の照射(照射ラインL3における照射)が終了した時点においては、照射ラインL2に対応する加工範囲には3回分の照射が重畳した重畳領域が生じることとなる。当該重畳領域は薄い灰色で示されている。そして、続いて行われる第4回目の照射が終了した時点においては、照射ラインL3に対応する加工範囲にも同様の重畳領域が生じることとなる。なお、第4回目の照射における加工範囲は第1回目の照射による加工範囲にもわずかながら重畳する。
【0053】
このように、第3回目以降の照射においては、各照射ラインに対応する加工範囲は少なくとも3回分の照射が重畳することとなる。重畳領域においては、当該重畳領域に照射されたパルスレーザー光の強度分布(図6参照)に応じた強度を有するパルスレーザー光が重畳するため、重畳した強度に応じたマクロ溝が形成される。
【0054】
このようにして、各照射ラインL1~Lnに対してパルスレーザー光の照射を順次行うと、摺動面24には図4に示したような周期構造を有するテクスチャ構造Texが形成される。このテクスチャ構造Texには、マクロ溝Gmと微細溝Gfとが存在するものとなる。なお、上述した操作、すなわち、第1照射ラインL1においてパルスレーザー光の照射(第1回目の照射)を行ったあと、30μmだけ径方向にずらして、第2照射ラインL2においてパルスレーザー光の照射(第2回目の照射)を行うといった操作を順次行うことによって、パルスレーザー光の散乱や干渉などによって微細溝Gfが副次的に作成される。微細溝Gfはこのようにして形成されるが、このとき、マクロ溝Gmにも微細溝Gfが形成される。具体的には、マクロ溝Gmが形成されている箇所(マクロ溝Gmの底部や側壁部など)にも微細溝Gfが形成される。このため、微細溝Gfは摺動面24のテクスチャ構造Texのほぼ全体に存在するといえる。
【0055】
ところで、図4に示すマクロ溝Gm(マクロ溝Gm1,Gm2,Gm3)のうち、マクロ溝Gm1は照射ラインL1に形成されたマクロ溝であり、マクロ溝Gm2は照射ラインL2に形成されたマクロ溝であり、マクロ溝Gm3は照射ラインL3に形成されたマクロ溝であるとする。これらマクロ溝Gm1,Gm2,Gm3は、この場合、径方向において30μmの周期で形成されている場合が示されているが、厳密に30μmの周期で形成されるものではなく、「ばらつき」はある。このため、マクロ溝Gmは、この場合、ほぼ30μmの周期で形成されるといえる。また、マクロ溝Gmの深さ(摺動面24の垂直方向の深さ)は、ほぼ0.3μm(300nm)であるが、個々のマクロ溝Gmによって「ばらつき」はある。
【0056】
一方、微細溝Gfは、径方向における周期(図4(c)参照。)は、ほぼ0.5μmの周期であるが、微細溝Gfの周期も「ばらつき」はある。また、微細溝Gfの深さ(摺動面24の垂直方向の深さ))は、ほぼ0,1μm(100nm)程度であるが、これも「ばらつき」はある。
【0057】
ところで、マクロ溝Gmは、周方向に細長い形状となるが、これは、摺動面24を回転させながらパルスレーザー光を照射するためである。マクロ溝Gmの周方向の長さは、パルスレーザー光の1発分のパルス幅と摺動面の回転速度(周速)に依存した長さとなる。一方、微細溝Gfはマクロ溝Gmの形成によって副次的に形成されるため、マクロ溝Gmとほぼ同様に周方向に細長い形状となる。
【0058】
図7は、摺動面24に形成されたテクスチャ構造Texを顕微鏡写真として示す図である。なお、図7は摺動面24に形成されたテクスチャ構造Texを局所的に示すものであり、図7に示す周方向(y軸に沿った方向)に沿った細長い模様は、微細溝Gfよりもさらに微細な周期を有する周期構造を示すものである。このような周期構造は、パルスレーザー光の干渉などによって形成されるものであり、テクスチャ構造Texのほぼ全体に存在する。
【0059】
摺動面24が図4図7において説明したテクスチャ構造Texを有していることによって、高いシール性を有することは勿論、摺動面の間隙52に血液成分が浸入して摺動面の間隙52に血漿タンパク質が付着したとしても、血漿タンパク質が良好な状態で付着するように制御し、それによって、摺動抵抗の増大を確実に抑制できる信頼性の高い血液ポンプとすることができる。
【0060】
ここで、本発明者らは、摺動面24が図4に示すテクスチャ構造Tex(マクロ溝Gmが存在するテクスチャ構造)を有する場合と、マクロ溝Gmが存在しない微細溝Gfのみのテクスチャ構造(このテクスチャ構造をテクスチャ構造Tex’とする。)を有する場合とで次に示すような実験を行った。
【0061】
ここで、マクロ溝Gmが存在しない微細溝Gfのみのテクスチャ構造Tex’としては、例えば、図8に示すようなテクスチャ構造を例示できる。なお、図8に示すようなテクスチャ構造Tex’を形成するには、レーザー加工条件を適宜変更することによって可能となる。
【0062】
ここでは、時間経過に対する摩擦係数の変化を調べる実験と、時間経過に対する漏れ率(CS液への血液の漏れ率)の変化を調べる実験とを行った。なお、これらの実験を行うに際しては、実際の血液ポンプの内部構造を模擬した試験装置を用いた。このとき、固定側摺動部材12及び回転側摺動部材22は共に炭化ケイ素(SiC)を用い、クールシール液CS(例えば、注射用水)を摺動面の間隙52(固定側摺動部材12の摺動面14と回転側摺動部材22の摺動面24との間の間隙52)に侵入させるようにして循環させた。また、血液としてはヤギ(山羊)の生体から採取した血液を使用した。また、回転側摺動部材22の荷重(スラスト荷重)は2ニュートン(2N)、回転速度は毎分2000回転(2000rpm)とした。
【0063】
また、この実験においては、対向する2つの摺動面14,24、すなわち、固定側摺動部材12の摺動面14及び回転側摺動部材22の摺動面24のうち、一方の摺動面(回転側摺動部材22の摺動面24)がテクスチャ構造Texを有し、他方の摺動面(固定側摺動部材12の摺動面14)は平滑面(Polished SiC)となっているものとする。
【0064】
図9は、時間の経過に対する漏れ率(CS液への血液の漏れ率)の変化を調べる実験を行った実験結果を説明するために示す図である。図9において、横軸は時間(min:分)を表しており、縦軸は1分間当たりの漏れ率(nL/min)を表している。また、図9においては、○印は、摺動面24がテクスチャ構造Tex(マクロ溝Gmが存在するテクスチャ構造)を有している場合の特性を示し、△印は摺動面24がテクスチャ構造Tex’ (マクロ溝Gmが存在せず微細溝Gfのみのテクスチャ構造(図8参照。))である場合の特性を示している。
【0065】
図10は、時間の経過に対する摩擦係数の変化を調べる実験を行った実験結果を説明するために示す図である。図10において、横軸は時間(min:分)を表し、縦軸は摩擦係数(μ)を表している。また、図10においては、実線は摺動面24がテクスチャ構造Tex(マクロ溝が存在するテクスチャ構造)を有している場合の特性を示し、一点鎖線は摺動面がテクスチャ構造Tex’(マクロ溝Gmが存在せず微細溝Gfのみのテクスチャ構造(図8参照。))である場合の特性を示している。
【0066】
図9及び図10に示す実験結果において、まず、図9に示す実験結果によれば、摺動面24がテクスチャ構造Texを有している場合及び摺動面24がテクスチャ構造Tex’である場合のいずれの場合においても、時間の経過とともに漏れ率は減少して行く。漏れ率はシール性を表しているため、摺動面24がテクスチャ構造Texを有している場合及び摺動面24がテクスチャ構造Tex’である場合のいずれの場合においても、時間の経過とともにシール性が向上しているといえる。
【0067】
一方、図10に示す実験結果によれば、摺動面24がテクスチャ構造Texを有している場合においては、時間の経過とともに摩擦係数は減少して行くが、摺動面24がテクスチャ構造Tex’である場合においては、時間の経過とともに摩擦係数は増大して行く。
【0068】
図9及び図10に示す実験結果に示すように、摺動面24がテクスチャ構造Texを有していると、時間の経過とともに漏れ率及び摩擦係数は共に減少して行く。これに対して、摺動面24がテクスチャ構造Tex’である場合には、漏れ率は時間の経過とともに減少して行くが、摩擦係数は時間の経過とともに増大してしまう。摩擦係数が増大するということは摺動抵抗が増加するということであるため、マクロ溝Gmが存在しないテクスチャ構造Tex’では摺動抵抗の点で良好な結果が得られていない。
【0069】
この実験によって、摺動面24がテクスチャ構造Texを有することにより、時間の経過とともに漏れ率及び摩擦係数は共に減少して行くことが確認できた。この理由は、テクスチャ構造Texにおいては微細溝Gfの存在だけでなく、マクロ溝Gmが存在していることによるものと考えられる。
【0070】
すなわち、摺動面24がテクスチャ構造Texを有することにより、仮に、血液成分が摺動面の間隙52に侵入したとしても、マクロ溝Gmが液溜りの役目を果たし、血液成分はマクロ溝Gmで流動し易くなり、摺動面24の回転によって発生する熱が放散され易くなるものと考えられる。これにより、摺動面の間隙52に侵入した血液成分の温度が上昇しにくくなり、熱が血漿タンパク質に及ぼす様々な影響(例えば、タンパク質の立体構造変化)を抑えることができると考えられる。このように、摺動面において、熱が血漿タンパク質に及ぼす様々な影響を抑えることで、血漿タンパク質の粘性が高くなりにくく、摺動抵抗の増大を確実に抑制することができると考えられる。なお、このような現象は、摺動面24がテクスチャ構造Texを有することによって生じる様々な現象のうちの1つの現象である。
【0071】
ところで、摺動面24がテクスチャ構造Texを有していると、熱が血漿タンパク質に及ぼす様々な影響のうちのタンパク質の立体構造変化が起こりにくいということは、フーリエ変換赤外分光光度法(FTIR)によって得られたタンパク質の2次構造を表すスペクトル(図示は省略)にも表れている。
【0072】
すなわち、実験を行う際に用いたヤギの血漿タンパク質(実験開始前の血漿タンパク質)の2次構造を表すスペクトルと、実験開始以降の所定時間経過後における当該ヤギの血漿タンパク質の2次構造を表すスペクトルとを比較すると、それぞれの2次構造を表すスペクトルに大きな変化が生じていないことが確認できた。このことは、摺動面24がテクスチャ構造Texを有していると、血液成分がCS液に漏れ出て摺動面の間隙52に侵入したとしても、熱が血漿タンパク質に及ぼす様々な影響の結果として現れる変化の一つであるタンパク質の立体構造変化が起こりにくいことを示すものといえる。
【0073】
以上のことから、実施形態に係る血液ポンプは、摺動面24がテクスチャ構造Texを有していることによって、高いシール性を有することは勿論、摺動面の間隙に血液成分が浸入して摺動面に血漿タンパク質が付着したとしても、血漿タンパク質が良好な状態で付着するように制御し、それによって、摺動抵抗の増大を確実に抑制できる信頼性の高い血液ポンプとすることができることが確認できた。
【0074】
なお、本発明は上記の実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変形実施可能となるものである。たとえば、下記に示すような変形実施も可能である。
【0075】
(1)上記実施形態においては、固定側摺動部材12の摺動面14及び回転側摺動部材22の摺動面24のうち、回転側摺動部材22の摺動面24がテクスチャ構造Texを有している場合を例示したが、固定側摺動部材12の摺動面14がテクスチャ構造Texを有するようにしてもよく、固定側摺動部材12の摺動面14及び回転側摺動部材22の摺動面24の両方がテクスチャ構造Texを有するものであってもよい。
【0076】
(2)上記実施形態において示した数値(例えば、マクロ溝Gm及び微細溝Gfのそれぞれ径方向の周期、垂直方向の深さなど)は、一例であって、上記実施形態において示した数値に限定されるものではない。例えば、上記実施形態においては、マクロ溝Gmは、径方向における周期がほぼ30μmの周期であり、その深さは、ほぼ0.3μm(300nm)である場合を例示し、また、微細溝Gfは、径方向における周期が、ほぼ0.5μmの周期であり、また、その深さは、ほぼ0,1μm(100nm)とした場合を例示したが、これらの数値には、多少の幅を持たせることも可能である。すなわち、図9及び図10に示した実験結果と同等又はそれに近い結果を得ることができるマクロ溝及び微細溝の周期や深さを示す値は、多少の幅を有しているといえる。
【符号の説明】
【0077】
10・・・固定部、12・・・固定側摺動部材、14・・・摺動面(固定側摺動部材12の摺動面)、18・・・回転シャフト28の内側の空間、20・・・回転部、22・・・回転側摺動部材、24・・・摺動面(回転側摺動部材22の摺動面)、28・・・回転シャフト、30・・・駆動部、40・・・クールシール液循環経路、42・・・クールシール液入口、50・・・軸受部、52・・・摺動面の間隙(摺動面14と摺動面24との間隙)、100・・・補助人工心臓システム、110・・・血液ポンプ、120,130・・・人工血管、140・・・ケーブル、L1~Ln・・・仮想的に設定された照射ライン、Gf・・・微細(fine)溝、Gm・・・マクロ(macro)溝、Tex・・・テクスチャ構造(マクロ(macro)溝が存在するテクスチャ構造)、Tex’・・・テクスチャ構造(マクロ(macro)溝が存在せず微細溝Gfのみのテクスチャ構造)
図1
図2
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図11