(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-28
(45)【発行日】2023-10-06
(54)【発明の名称】AIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法、避航対象判別情報共有方法、避航対象判別プログラム、及び避航対象判別利用方法
(51)【国際特許分類】
B63B 43/20 20060101AFI20230929BHJP
B63B 49/00 20060101ALI20230929BHJP
B63B 79/40 20200101ALI20230929BHJP
G01S 13/937 20200101ALI20230929BHJP
G08G 3/02 20060101ALI20230929BHJP
【FI】
B63B43/20
B63B49/00 Z
B63B79/40
G01S13/937
G08G3/02 A
(21)【出願番号】P 2019068470
(22)【出願日】2019-03-29
【審査請求日】2022-03-10
(73)【特許権者】
【識別番号】501204525
【氏名又は名称】国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100098545
【氏名又は名称】阿部 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100087745
【氏名又は名称】清水 善廣
(74)【代理人】
【識別番号】100106611
【氏名又は名称】辻田 幸史
(74)【代理人】
【識別番号】100189717
【氏名又は名称】太田 貴章
(72)【発明者】
【氏名】三宅 里奈
【審査官】福田 信成
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-182729(JP,A)
【文献】特開2003-288698(JP,A)
【文献】特開2018-172087(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0218232(US,A1)
【文献】三宅里奈他,AIS記録データによる避航操船手法の解析,日本航海学会講演予稿集,日本,日本航海学会,2014年09月30日,第2巻、第2号,第100-103頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63B 43/20
B63B 49/00
B63B 79/40
G08G 3/02
G01S 13/937
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
自船の周辺に存在する他船のAIS情報を受信するAIS情報受信過程と、
前記AIS情報を蓄積したAIS情報の時系列データに基づいた航跡情報から前記他船の変針を判断し、前記変針が前記他船の走行の障害となる障害物を避けるための避航動作であるか否かを判断する避航動作判別過程と、
前記避航動作判別過程の判断結果と前記AIS情報から、前記障害物がAIS非搭載障害物であるか否かを判断する避航対象判別過程と、
前記避航対象判別過程の判断結果と前記他船の前記航跡情報に基づき、前記他船と前記AIS非搭載障害物とが衝突する位置を推定する衝突位置推定過程と、
前記衝突位置推定過程の推定結果と、前記他船の他の周辺船舶に関する前記AIS情報と、前記周辺船舶から得られるレーダー情報、カメラ情報のいずれかに基づき、前記AIS非搭載障害物が移動体か否かを判断する移動体判断過程と、からなることを特徴とするAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法。
【請求項2】
前記移動体判断過程において、前記AIS非搭載障害物が移動体と判断された場合、前記AIS非搭載障害物が存在する海域の前記移動体としての小型船の航跡データベースから、前記AIS非搭載障害物の速力および進行方向を推定し、
前記移動体判断過程において、前記AIS非搭載障害物が移動体と判断されなかった場合、前記AIS非搭載障害物の速力をゼロとする航跡情報推定過程を備えたことを特徴とする請求項1に記載のAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法。
【請求項3】
前記AIS非搭載障害物の位置、前記速力および進行方向から得られる速度ベクトルを用い、最小安全航過距離rに基づきOZT(Obstacle Zone by Target:航行妨害ゾーン)計算の逆計算を行うことで前記AIS非搭載障害物が存在する領域を推定する障害物存在領域推定過程を備えたことを特徴とする請求項2に記載のAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法。
【請求項4】
前記AIS非搭載障害物が存在する領域の時間変化を推定する存在領域時間変化推定過程を備えたことを特徴とする請求項2又は請求項3に記載のAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法。
【請求項5】
前記衝突位置推定過程の推定結果と、
前記移動体判断過程の判断結果と、
前記障害物存在領域推定過程の推定結果と、
前記存在領域時間変化推定過程の推定結果
のいずれかを推定結果表示装置に表示することを特徴とする
請求項3を引用する請求項4に記載の避航対象判別方法。
【請求項6】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法で得られた推定結果、又は判断結果を通信手段を介して他の船舶や陸上施設と共有することを特徴とするAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別情報共有方法。
【請求項7】
コンピューターに、
請求項3に記載の、
前記AIS情報受信過程と、前記避航動作判別過程と、前記避航対象判別過程と、前記衝突位置推定過程と、前記移動体判断過程と、前記航跡情報推定過程と、前記障害物存在領域推定過程とを実行させることを特徴とするAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別プログラム。
【請求項8】
前記コンピューターを前記自船から離れた遠隔地に設置し、通信手段を通じて請求項7に記載のAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別プログラムを実行させることを特徴とするAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別利用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AIS(船舶自動識別装置、Automatic Identification System)を搭載していないAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法、避航対象判別情報共有方法、避航対象判別プログラム、及び避航対象判別利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
海洋における衝突事故の多くは、漁船やプレジャーボート等のAIS搭載義務を持たない小型船舶が関係している。
商船と小型船舶の衝突の事故原因は、見張り不十分であることが多い。衝突を予防するには、小型船を早期に発見することが最も重要であるが、AIS搭載していない船舶は見落としやすい。
【0003】
ここで、特許文献1には、緊急時に援助要請を行うためのメッセージを作成し記憶しておくメッセージ手段と、AIS制御部からの近隣船舶の情報により近隣船舶の中から緊急時に自船の救助が可能な船舶を逐次その距離の近い順に数隻選択して記憶・更新する選択手段と、緊急時に救助要請スイッチを押すことで、メッセージ手段からメッセージが出力され、出力されたメッセージに選択手段で選択された船舶の識別番号が付されて救助要請電文としてAIS制御部へ送られ、AIS制御部で宛先付安全関連通信文として放送する放送手段とを備えた自動船舶識別システムが開示されている。
また、特許文献2には、GPS受信機能、インターネット接続機能、及び画像表示機能を有し、AIS非搭載船に搭載され、インターネットを介してAIS非搭載船の船舶情報を発信しAIS搭載船とAIS非搭載船の総合情報を受信する複数の船舶情報通信手段と、インターネット接続機能を有しAIS非搭載船の船舶情報を受信し総合情報を発信する複数の船舶情報基地局と、インターネット接続機能を有しAIS搭載船からAIS情報を受信し総合情報を発信する複数のAIS基地局とを備える船舶運航監視システムが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2000-255486号公報
【文献】特開2006-163765号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、AIS非搭載船の存在場所を推定しようとするものではない。
また、特許文献2は、AIS非搭載船についても監視対象としているが、そのためにはAIS非搭載船にインターネットに接続された船舶情報通信手段を搭載する必要があり、当該船舶情報通信手段を搭載していないAIS非搭載船については監視できない。
AIS非搭載船の早期発見を行う手法としては、新たに塗料を開発してレーダー反射率を向上させる、レーダーの画像処理によりAIS非搭載船を検出する、船舶に搭載したカメラの画像処理によりAIS非搭載船を検出する、等が考えられるが、それらいずれの方法も機器の精度や、気象海象・地形に依存するため、十分とはいえない。
そこで本発明は、AIS非搭載障害物が、レーダーで感知し難く見落としやすい小型船又は海氷等である場合や、地形的な制約等によりレーダーに映らない場所に存在する場合であっても、その存在や場所を精度よく推定するAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法、避航対象判別情報共有方法、避航対象判別プログラム、及び避航対象判別利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1記載に対応したAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法においては、自船の周辺に存在する他船のAIS情報を受信するAIS情報受信過程と、AIS情報を蓄積したAIS情報の時系列データに基づいた航跡情報から他船の変針を判断し、変針が他船の走行の障害となる障害物を避けるための避航動作であるか否かを判断する避航動作判別過程と、避航動作判別過程の判断結果とAIS情報から、障害物がAIS非搭載障害物であるか否かを判断する避航対象判別過程と、避航対象判別過程の判断結果と他船の航跡情報に基づき、他船とAIS非搭載障害物とが衝突する位置を推定する衝突位置推定過程と、衝突位置推定過程の推定結果と、他船の他の周辺船舶に関するAIS情報と、周辺船舶から得られるレーダー情報、カメラ情報のいずれかに基づき、AIS非搭載障害物が移動体か否かを判断する移動体判断過程と、からなることを特徴とする。
請求項1に記載の本発明によれば、AIS非搭載障害物が、レーダーで感知し難く見落としやすい小型船又は海氷等である場合や、地形的な制約等によりレーダーに映らない場所に存在する場合であっても、その存在を精度よく推定してAIS非搭載障害物との衝突を回避することができる。また、他船が避航動作を行わなかった場合の他船とAIS非搭載障害物との衝突位置を推定することができる。また、AIS非搭載障害物が移動体か否かを判断することができる。
【0007】
請求項2記載の本発明は、移動体判断過程において、AIS非搭載障害物が移動体と判断された場合、AIS非搭載障害物が存在する海域の移動体としての小型船の航跡データベースから、AIS非搭載障害物の速力および進行方向を推定し、移動体判断過程において、AIS非搭載障害物が移動体と判断されなかった場合、AIS非搭載障害物の速力をゼロとする航跡情報推定過程を備えたことを特徴とする。
請求項2に記載の本発明によれば、AIS非搭載障害物の速力および進行方向を推定することができる。
【0008】
請求項3記載の本発明は、AIS非搭載障害物の位置、速力および進行方向から得られる速度ベクトルを用い、最小安全航過距離rに基づきOZT(Obstacle Zone by Target:航行妨害ゾーン)計算の逆計算を行うことでAIS非搭載障害物が存在する領域を推定する障害物存在領域推定過程を備えたことを特徴とする。
請求項3に記載の本発明によれば、AIS非搭載障害物が存在する領域を推定することができる。
【0009】
請求項4記載の本発明は、AIS非搭載障害物が存在する領域の時間変化を推定する存在領域時間変化推定過程を備えたことを特徴とする。
請求項4に記載の本発明によれば、AIS非搭載障害物が存在する範囲を時間的な経過を含めてより正確に推定することができる。
【0010】
請求項5記載の本発明は、衝突位置推定過程の推定結果と、移動体判断過程の判断結果と、障害物存在領域推定過程の推定結果と、存在領域時間変化推定過程の推定結果のいずれかを推定結果表示装置に表示することを特徴とする。
請求項5に記載の本発明によれば、AIS非搭載障害物に関する情報を視認情報化して把握しやすくできる。
【0011】
請求項6記載に対応したAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別情報共有方法においては、AIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法で得られた推定結果、又は判断結果を通信手段を介して他の船舶や陸上施設と共有することを特徴とする。
請求項6に記載の本発明によれば、他の船舶もAIS非搭載障害物を回避しやすくなり、陸上施設でも状況を把握し対応を取ることができる。
【0012】
請求項7記載に対応したAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別プログラムにおいては、コンピューターに、AIS情報受信過程と、避航動作判別過程と、避航対象判別過程と、衝突位置推定過程と、移動体判断過程と、航跡情報推定過程と、障害物存在領域推定過程とを実行させることを特徴とする。
請求項7に記載の本発明によれば、AIS非搭載障害物が、レーダーで感知し難く見落としやすい小型船又は海氷等である場合や、地形的な制約等によりレーダーに映らない場所に存在する場合であっても、コンピューターを用いて高速かつ自動的に推定することができる。
【0013】
請求項8記載に対応したAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別利用方法においては、コンピューターを自船から離れた遠隔地に設置し、通信手段を通じてAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別プログラムを実行させることを特徴とする。
請求項8に記載の本発明によれば、船舶毎に避航対象判別プログラムやコンピューターを設置せずに済み、遠隔地での一括処理や一括管理が可能となる。
【発明の効果】
【0014】
本発明のAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法によれば、AIS非搭載障害物が、レーダーで感知し難く見落としやすい小型船又は海氷等である場合や、地形的な制約等によりレーダーに映らない場所に存在する場合であっても、その存在を精度よく推定してAIS非搭載障害物との衝突を回避することができる。また、他船が避航動作を行わなかった場合の他船とAIS非搭載障害物との衝突位置を推定することができる。また、AIS非搭載障害物が移動体か否かを判断することができる。
【0015】
また、移動体判断過程において、AIS非搭載障害物が移動体と判断された場合、AIS非搭載障害物が存在する海域の移動体としての小型船の航跡データベースから、AIS非搭載障害物の速力および進行方向を推定し、移動体判断過程において、AIS非搭載障害物が移動体と判断されなかった場合、AIS非搭載障害物の速力をゼロとする航跡情報推定過程を備えた場合には、AIS非搭載障害物の速力および進行方向を推定することができる。
【0016】
また、AIS非搭載障害物の位置、速力および進行方向から得られる速度ベクトルを用い、最小安全航過距離rに基づきOZT(Obstacle Zone by Target:航行妨害ゾーン)計算の逆計算を行うことでAIS非搭載障害物が存在する領域を推定する障害物存在領域推定過程を備えた場合には、AIS非搭載障害物が存在する範囲を推定することができる。
【0017】
また、AIS非搭載障害物が存在する領域の時間変化を推定する存在領域時間変化推定過程を備えた場合には、AIS非搭載障害物が存在する範囲を時間的な経過を含めてより正確に推定することができる。
【0018】
また、衝突位置推定過程の推定結果と、移動体判断過程の判断結果と、障害物存在領域推定過程の推定結果と、存在領域時間変化推定過程の推定結果のいずれかを推定結果表示装置に表示する場合には、AIS非搭載障害物に関する情報を視認情報化して把握しやすくできる。
【0019】
また、本発明のAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別情報共有方法によれば、他の船舶もAIS非搭載障害物を回避しやすくなり、陸上施設でも状況を把握し対応を取ることができる。
【0020】
また、本発明のAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別プログラムによれば、AIS非搭載障害物が、レーダーで感知し難く見落としやすい小型船又は海氷等である場合や、地形的な制約等によりレーダーに映らない場所に存在する場合であっても、コンピューターを用いて高速かつ自動的に推定することができる。
【0021】
また、本発明のAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別利用方法によれば、船舶毎に避航対象判別プログラムやコンピューターを設置せずに済み、遠隔地での一括処理や一括管理が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の実施形態による避航対象判別方法を用いたAIS非搭載障害物の存在推定の概念図
【
図2】同避航対象判別方法を用いたAIS非搭載障害物の存在推定のフロー図
【
図3】同避航対象判別方法を用いたAIS非搭載障害物の存在推定手段の構成図
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明の実施形態によるAIS非搭載障害物の存在を推定する避航対象判別方法、推定結果表示装置、避航対象判別情報共有方法、避航対象判別プログラム、及び避航対象判別利用方法について説明する。
【0024】
図1は本実施形態による避航対象判別方法を用いたAIS非搭載障害物の存在推定の概念図である。
図2は同避航対象判別方法を用いたAIS非搭載障害物の存在推定のフロー図である。
図3は同避航対象判別方法を用いたAIS非搭載障害物の存在推定手段の構成図である。
自船10の周辺には、他船20が存在する。
図1では他船20として他船20Aと他船20Bの2隻が存在している。自船10及び他船20はAIS搭載船である。
図3に示すように、自船10における存在推定手段は、AIS情報受信部11、記録部12、避航動作判別部13、避航対象判別部14、AIS非搭載障害物範囲特定部15、推定結果表示装置16を有する。AIS情報受信部11、記録部12、避航動作判別部13、避航対象判別部14、AIS非搭載障害物範囲特定部15はコンピューター40に組み込まれておりプログラムに従って動作する。
【0025】
図2において、AIS情報受信部11は、他船20のAIS情報を受信する(S1:AIS情報受信過程)。AIS情報には、他船20の速力や進路、針路などといった運航データが含まれている。AIS情報受信部11が受信したAIS情報は、記録部12に保存される。
避航動作判別部13は、AIS情報を蓄積したAIS情報の時系列データに基づいた進路や針路等の情報も含まれた航跡情報から他船20の変針を判断し、変針があったと判断した場合はその変針が他船20の走行の障害となる障害物30を避けるための避航動作であるか否かを判断する(S2:避航動作判別過程)。なお、他船20の変速が運航パターン等から推定される所定範囲から外れたものであると判断した場合も他船20に変針があったとみなし、その変速(変針)が避航動作であるか否かを判断することもできる。
避航動作判別過程S2において、避航動作判別部13は、まず、記録部12に蓄積されたAIS情報から他船20A又は他船20Bの運航データを抽出し(S2-1:運航データ読み込み過程)、変針の有無を確認する(S2-2:変針確認過程)。
避航動作判別部13は、変針確認過程S2-2において変針の実行を確認した場合は、その変針が地形又は船型等による標準的な変針点か否かを判断する(S2-3:標準変針確認過程)。なお、変針が複数ある場合は、それぞれの変針について判断する。
標準変針確認過程S2-3において、変針が標準的な変針点において行われたものであったと判断した場合は、当該変針は計画航路に従った変針であると判断する(S2-4)。
一方、標準変針確認過程S2-3において、変針が標準的な変針点において行われたものではないと判断した場合は、他船20について現在位置から推定される目的港への到着時間とETA(当初到着予定時間)とを比較し、その結果が所定時間以下か否かを判断する(S2-5:ETA判断過程)。
ETA判断過程S2-5において、現在位置からの推定到着時間とETAとの差が所定時間よりも大きいと判断した場合は、当該変針は時間調整のためのものであったと判断する(S2-6)。
一方、ETA判断過程S2-5において、現在位置からの推定到着時間とETAとの差が所定時間よりも小さいと判断した場合は、障害物30を避航するための変針であった可能性があると判断する(S2-7)。
図1においては、他船20A、他船20BのAIS情報による航跡を点線で示し、その途中において本来想定される航跡を実線で示している。このように本来想定される航跡と実際の航跡とに所定以上の差がある場合は、何らかの障害物30を避航したと推定される。なお、
図1に示す物体30は、自船10からのレーダー死角範囲にある。
【0026】
避航対象判別部14は、避航動作判別過程S2の判断結果とAIS情報から、障害物30がAIS非搭載障害物であるか否かを判断する(S3:避航対象判別過程)。
避航対象判別過程S3において、避航対象判別部14は、避航動作判別部13がS2-7を判断した場合は、避航した障害物30が当該他船20以外のAIS搭載船であったか否かを判断する(S3-1:AIS搭載船避航確認過程)。AIS搭載船避航確認過程S3-1の判断においては、ヘディング情報(HDG)、DCPA(Distance of Closest Point of Approach)、OZT(Obstacle Zone by Target:航行妨害ゾーン)、又は危険度指標等を用いる。なお、OZTの算出方法については後述する。
AIS搭載船避航確認過程S3-1において、障害物30が当該他船20以外のAIS搭載船であったと判断した場合は、変針はAIS搭載船を避航するためのものであったと判断する(S3-2)。
一方、AIS搭載船避航確認過程S3-1において、障害物30が当該他船20以外のAIS搭載船ではなかったと判断した場合は、さらに、AIS非搭載船が通行しうる位置か否かを判断する(S3-3:AIS非搭載船通行域確認過程)。例えば、AIS非搭載船の通行が禁じられている海域である場合には、当該位置はAIS非搭載船が通行しうる位置ではないと判断する。
AIS非搭載船通行域確認過程S3-3において、AIS非搭載船が通行しうる位置でないと判断した場合は、当該変針はやはりAIS搭載船を避航するためのものであったと判断する(S3-2)。
一方、AIS非搭載船通行域確認過程S3-3において、AIS非搭載船が通行しうる位置であると判断した場合は、当該変針はAIS非搭載船又は海氷等のAIS非搭載障害物を避航するためのものであったと判断する(S3-4)。
【0027】
このように、AIS非搭載障害物が、レーダーで感知し難く見落としやすい小型船又は海氷等である場合や、地形的な制約等によりレーダーに映らない場所に存在する場合であっても、その存在を精度よく推定してAIS非搭載障害物との衝突を回避することができる。
また、AIS搭載船避航確認過程S3-1の判断においては、避航対象判別過程S3の判断結果と他船20の航跡情報に基づき、他船20とAIS非搭載障害物とが衝突する位置を推定する衝突位置推定過程を備えることができる。これにより、他船20が避航動作を行わなかった場合の他船20とAIS非搭載障害物との衝突位置を推定することができる。
また、衝突位置推定過程の推定結果と、他船20の他の周辺船舶に関するAIS情報と、周辺船舶から得られるレーダー情報、カメラ情報のいずれかに基づき、AIS非搭載障害物が移動体か否かを判断する移動体判断過程を備えることができる。これにより、AIS非搭載障害物が移動体か否かを判断することができる。
なお、レーダー情報には、船舶に搭載される一般的なレーダーの他、ミリ波レーダーやレーザーレーダー(ライダー)等で得られる情報を含むものとする。また、カメラ情報には、一般的なカメラの他、ビデオカメラ、赤外線カメラ、サーモビュア等で得られる情報を含むものとする。
また、移動体判断過程において、AIS非搭載障害物が移動体と判断された場合、AIS非搭載障害物が存在する海域の移動体としての小型船の航跡データベースから、移動体の速力および進行方向を推定し、移動体判断過程において、AIS非搭載障害物が移動体と判断されなかった場合、AIS非搭載障害物の速力をゼロとする航跡情報推定過程を備えることができる。これにより、AIS非搭載障害物の速力および進行方向を推定することができる。特に、500GT未満の内航船など、航路がほぼパターン化されている小型船がAIS非搭載障害物である場合に有効である。
【0028】
AIS非搭載障害物範囲特定部15は、S3-4の判断をした場合は、AIS非搭載障害物が存在しうる範囲を特定する(S4:AIS非搭載障害物存在特定過程)。
AIS非搭載障害物存在特定過程S4において、AIS非搭載障害物範囲特定部15は、他船20より入手して記録部12に記録したAIS情報からAIS非搭載障害物を避航したデータを抽出し、OZTから逆算してAIS非搭載障害物が存在しうる範囲を推定する(S4-1:障害物存在領域推定過程)。なお、OZT逆算手法については後述する。
また、AIS非搭載障害物範囲特定部15は、他船20より入手して記録部12に記録したAIS情報からAIS非搭載障害物を避航したデータを抽出し、他船20がAIS非搭載障害物の避航を開始した位置と、避航を終了した位置を特定する(S4-2:避航区間特定過程)。
そして、AIS非搭載障害物範囲特定部15は、OZT逆算過程S4-1による推定結果と、避航区間特定過程S4-2による推定結果に基づき、AIS非搭載障害物が存在しうる範囲を広範囲に特定する(S4-3:AIS非搭載障害物存在範囲特定過程)。
なお、AIS非搭載障害物が存在する範囲(領域)の時間変化を推定する存在領域時間変化推定過程をさらに備えることで、AIS非搭載障害物が存在する範囲を時間的な経過を含めてより正確に推定することができる。AIS非搭載障害物が存在する領域の時間変化の推定は、AIS非搭載障害物の速力や進行方向等に基づいて行う。なお、移動体判断過程においてAIS非搭載障害物が移動体でないと判断された場合は、移動体の速度はゼロとしてAIS非搭載障害物が存在する範囲(領域)の時間変化を推定する。
【0029】
AIS非搭載障害物範囲特定部15は、AIS非搭載障害物存在範囲特定過程S4-3で推定したAIS非搭載障害物が存在しうる範囲を、AIS非搭載障害物の標準的な通行データと比較する(S4-4:通行データ比較過程)。これにより、AIS非搭載障害物が存在しうる範囲がより狭い範囲に絞り込まれる(S4-5)。
【0030】
モニター等の推定結果表示装置16は、衝突位置推定過程の推定結果、移動体判断過程の判断結果、障害物存在領域推定過程の推定結果、及び存在領域時間変化推定過程の推定結果のうち少なくとも一つを表示する。これにより、AIS非搭載障害物に関する情報を視認情報化して把握しやすくできる。
また、得られたAIS非搭載障害物に関する推定結果又は判断結果は、インターネット等の通信手段を介して他の船舶や陸上施設と共有することができる。これにより、他の船舶もAIS非搭載障害物を回避しやすくなり、陸上施設でも状況を把握し対応を取ることができる。
また、コンピューター40は自船10から離れた遠隔地に設置し、遠隔地においてAIS非搭載障害物の存在を推定し、通信手段を通じて自船10に推定結果を送信してもよい。これにより、船舶毎に避航対象判別プログラムやコンピューターを設置せずに済み、遠隔地での一括処理や一括管理が可能となる。
【0031】
ここで、OZTの算出方法について説明する。
図4は本実施形態によるOZTの幾何学的算出方法を示す図である。
まず、他船20の一つである他船Oを中心に最小安全航過距離rを半径とする円を描く。次に、障害物30であるAIS非搭載船Tからこの円の接線AA’及びBB’を描く。次に、AIS非搭載船Tの位置に速度ベクトルの終点を持つAIS非搭載船速度ベクトルV
Tを
図4に示すように描き、その始点をCとする。次に、点Cを中心として、半径が他船速度ベクトルV
0となる円を描く。この円Cと上記で求めた接線AA’及びBB’の交点をE及びFとする。
このとき、CEとCFがDCPA=rとなる他船針路となり、この二つの針路で挟まれたΔCが衝突針路範囲となる。相手船の方位をA
Z、相手船の針路をC
T、∠OTAをαとすると、衝突針路C
O(線分CEとCFの針路)は、速力三角形の式により下式(1)で表される。
【数1】
ここで、衝突針路が存在する条件は、下式(2)である。
【数2】
CE及びCFの始点を他船Oとなるように平行移動したものをOE’及びOF’とする。その線分をAIS非搭載船針路の延長線上まで延ばし、OE’ 及びOF’により切り取られる範囲がOZTとなる。
【0032】
次に、OZT逆算手法について説明する。
まず、AIS非搭載船を避航した航跡から、障害物30を避けたと思われる範囲にOZTがあると仮定する。
図4において、他船20の位置及び速力はAIS情報のデータから既知であり、AIS非搭載船情報が不明である。
AIS非搭載船の標準的な通航データから当該海域で取りうる針路及び速力の幅を特定する。
そして、OZTの算出方法の逆手順により、AIS非搭載船が存在しうる範囲を推定する。
このように、AIS非搭載障害物の位置、速力及び進行方向から得られる速度ベクトルを用い、最小安全航過距離rに基づきOZT計算の逆計算を行うことでAIS非搭載障害物が存在する領域を推定する障害物存在領域推定過程S4-1を備えることで、AIS非搭載障害物が存在する領域を推定することができる。なお、移動体判断過程においてAIS非搭載障害物が移動体でないと判断された場合は、移動体の速度はゼロとしてAIS非搭載障害物が存在する領域を推定する。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明により、AIS非搭載船や海氷等といった障害物との不意な見合い発生等が抑制され、また事前に障害物の場所を避けた計画航路を立てられるなど安全航行に貢献できる。
【符号の説明】
【0034】
10 自船
20 他船
30 障害物
40 コンピューター
S1 AIS情報受信過程
S2 避航動作判別過程
S3 避航対象判別過程
S4-1 障害物存在領域推定過程